序──本書と本案内
ヤン・N・ブレマー『来世の勃興と衰退』(Jan N. Bremmer, The Rise and Fall of the Afterlife: The 1995 Read-Tuckwell Lectures at the University of Bristol, London: Routledge, 2002)[1]は、一九九五年にブリストル大学で行われたリード・タックウェル記念講義に基づく、来世観念の通史である。著者はフローニンゲン大学の宗教史家で、古代ギリシア宗教と初期キリスト教の双方にまたがる第一線の研究者として知られる。本文は導入章を兼ねる第一章と六つの講義章の計七章・約百頁、これに補遺三篇が続き、巻末には本文にほぼ匹敵する約九十頁の注と文献が付される──講義の軽快さと、それを支える文献学的装備の重さとの対比が、本書の性格をよく表している。管見の限り邦訳はない。
本書の主題は、表題の通り「勃興と衰退」の弧である。天国・地獄・不滅の魂・煉獄といった、西洋文明に自明のごとく根づいて見える観念は、ギリシアとイスラエルという二つの源流のいずれにおいても当初から存在したのではなく、年代を特定しうる歴史的過程のなかで段階的に構築され(勃興)、近代以降、心霊主義の一時的復興を経て、審判も地獄も欠いた現代の臨死体験の来世像へと解体していった(衰退)。「どの時代も、その時代にふさわしい来世を持つ」(p.102)という本書の結語は、この弧の全体を一句に畳んだものである。
本書の第一章は、著者自身の『初期ギリシアの魂概念』(一九八三)[2]の成果を圧縮して前提としており、同書には既に独立の案内がある(XXV「多元的な魂」[10])──プシュケー概念史の詳細はそちらに譲り、本篇は来世観念史の側に集中する。これにより本篇は、ギリシャ側参照系列(XX・XXII〜XXV)の第六篇をなす。拙稿「三界の系譜」は本書を、口承的基層の未分化な冥界、オルフェウス=ピュタゴラス派による魂の格上げ、ギリシア・シャーマニズム説の批判、煉獄の成立、近代の衰退という六箇所で引用した。本案内は、それらの引用の背後にある本書の全体像──方法・章別の内容・批評と留保──を示し、あわせて拙稿が使わなかった部分(第四章の復活論と補遺三篇)が次の課題にとって持つ意味を記す。
一、本書の方法──解体と機構
本書を貫く操作は二つある。第一は、通説の史料批判的解体である。ブレマーの手つきは一貫している──ある観念の起源として流通してきた学説(外来説であることが多い)を取り上げ、その論拠となった史料を年代層に腑分けし、決定的な細部が後代の付加であることを示して、説そのものを退ける。ギリシアの魂概念の起源をスキタイ経由のシャーマニズムに求めたメウリ=ドッズ説(第三章)[5]、イスラエルの復活信仰をゾロアスター教に帰した宗教史学派の通説(第四章)、煉獄の誕生を十二世紀の社会構造変動から説いたル・ゴフ(第五章)[6]、「死んで甦る神々」とキリスト教の関係をめぐるJ・Z・スミス(第四章)[7]──いずれも同じ刃で解体される。
第二は、解体の後に据えられる積極的説明、すなわち社会的機構による説明である。ブレマーは観念の変化を観念の内的論理からではなく、それを担った集団の社会的状況から説明する。輪廻転生の教義は、僭主政の台頭とペルシアの征服によって政治的影響力を失いつつあった古拙期貴族層への、失われた地位の代替物として(第二章)。復活信仰の尖鋭化は、迫害と殉教の文脈において──殉教を要さなかったグノーシス派が肉体の復活に拘らなかったことが、この機構の対照例をなす(第四章)。煉獄の「場所」としての整備は、カタリ派という競合異端への対抗として(第五章)。地位の補償・迫害の圧力・競合の圧力──三つの機構は互いに独立だが、いずれも「教義は社会的圧力のもとで彫琢される」という同一の説明様式に属する。
付言すれば、本書の議論は資料状況の更新の上に立っている。デルヴェニ・パピルス、オルビアの骨板、南イタリア・テッサリアの金板(オルフェウスの金葉)など、一九七〇年代以降に続々と公刊されたオルフェウス教関係の新資料、そして一九九二年に公刊されたクムラン文書4Q521が、第二章と第四章の議論をそれぞれ従来の研究水準から引き上げている。
二、章別の見取り図
第一章 来世という観念の発明──二つの源流の基層
導入章。ギリシアとイスラエルの「基層」を確認する。ホメロスにおいて心的語彙は複数併立し(テュモス、ノオス、メノス)、プシュケーは死と失神の危機においてのみ現れる──北方民族誌の言う「自由魂/身体魂」の二元構造に対応する布置である。死者のプシュケーは感情も実体も欠く希薄な影であり、しばしば「力なき頭たち」として集合的に扱われる。冥界ハデスは暗鬱だが未分化であり、賞罰の区画はない。エリュシオンの楽土は『オデュッセイア』の後期部分にはじめて現れ、渡し守カロンの登場は死者の世界の切り離しと死への不安の増大の指標とされる。他方イスラエルでは、「魂」に相当する単一の語はなく、ネフェシュは生命力・感情の座であって死者の魂を意味せず(一元論的人間観)、死後の世界シェオルは善人も悪人も区別なく赴く塵の場である。捕囚後になって、シェオル内部の善悪の区画(『エノク書』)とゲヘナの観念が現れるが、旧観念は新観念と併存し続けた。拙稿が「未分化の基層」「基層内部の後発層」「イスラエルの層序」として引いたのは、すべてこの章である。
第二章 オルフェウス教・ピュタゴラスと魂の格上げ
転換の章。魂の「格上げ」の機関車は輪廻転生の教義であり、担い手はピュタゴラス、パルメニデス、エンペデクレス、そしてオルフェウス教徒──いずれも南イタリアという都市世界の周縁に結晶した圏域であった。オルフェウス教については新資料に基づき、金板の「合言葉」としての機能、書物中心という市民宗教にない特徴、女性信奉者の存在、「オルフェウス密儀」が実際には「バッコス密儀」と呼ばれるべきこと、浄化された者の饗宴と泥に横たわる罪人という天国・地獄二分法の萌芽が論じられる。章の掉尾で著者は、この格上げの由来としてシャーマニズム説(第三章で解体)とインド説(接触の証拠の欠如)をともに退け、ギリシア内部の政治的・社会的変化──集団の存続から個人の生存への関心の移動と、没落する貴族層への補償──を代わりに据える。「三界の系譜」第三章三の中核はこの章に依る。
第三章 旅する魂?──ギリシア・シャーマニズム再考
解体の章であり、拙稿の観点からは本書の白眉である。アバリス・アリステアス・エピメニデスら古拙期の「奇跡を行う者たち」を「ギリシアのシャーマン」と呼び、スキタイ経由のシャーマニズム流入にギリシアの新しい魂概念の起源を求めた系譜──メウリ「スキュティカ」(一九三五)からドッズ『ギリシア人と非理性』第五章(一九五一)へ[4]──を、著者は史料の年代層に即して解体する。ヘロドトスの伝えるスキタイの大麻蒸し風呂にはシャーマニズムの指標が欠けており(パジリク古墳の出土品はむしろ日常的習慣を示唆する)、個々の「シャーマン」の最古層の伝承において不思議な移動を行うのは魂ではなく身体そのものであって、「魂の遍歴」の細部は後代の再解釈による付加である。結論は簡潔である──彼らはシャーマンではなく、魂の遍歴を実践してもいなかった。ドッズの問い(新しいプシュケー概念はどこから来たか)は残るが、答えは舶来説から内因説(第二章)へ移される。ドッズ側の詳細は既刊の案内(XXII)[9]を、本書側の詳細は本章を、それぞれ参照されたい。
第四章 復活──ゾロアスターから古代末期まで
魂から身体へ転じる章。ギリシア人・ローマ人にとって死者の復活は考えがたい発想であった(「一度死ねば復活はない」)。復活信仰の起源について著者は、(一)イエス自身は終末論的復活を多く語らず、復活を信仰の根幹に据えたのはパウロであること、(二)クムラン文書4Q521が死者の復活に明示的に言及する最初期のテキストだが、クムラン全体では例外的であること、(三)ゾロアスター教起源説は、復活への関心が『古アヴェスター』に見られず、その強調がサーサーン朝期──むしろキリスト教の影響が疑われる時期──に属するため維持しがたいこと、を順に論じ、復活信仰をユダヤ教内部の比較的遅い発展(『ダニエル書』十二章、マカベア反乱期)とする。そしてこの信仰を中核へ押し上げた機構が迫害である──殉教者にとって肉体の復活は切実であり、殉教を要さなかったグノーシス派はこれに拘らなかった。章末では「死んで甦る神々」をめぐるスミスの類推説を退け、アッティス崇拝やミトラ教の復活的要素がむしろ二〜四世紀にキリスト教の影響下で発展した可能性を碑文史料から論証し、「成功は模倣を促す」と結ぶ。拙稿「三界の系譜」はこの章を用いなかった──復活は身体の運命の問題であり、他界の空間論という主題から外れるからである。だがこの章こそ、構想中の復活論考(後述)の柱となる。
第五章 初期キリスト教における来世観の発展──ペルペトゥアから煉獄まで
二つの事例研究。前半は二〇三年に処刑された北アフリカの若い女性ペルペトゥアの獄中日記を含む殉教記録の精読であり、初期キリスト教の天国像(光・庭園・無数の祝福された者の共同体・神との親密な愛情関係)が、ユダヤ黙示文学とギリシア・ローマの詩的形象の双方から養分を得つつ、殉教という圧力のもとで形成されたことを示す。後半は煉獄の成立史であり、ル・ゴフの「十二世紀の誕生」説を批判的に検討した上で、名詞 purgatorium の最古の確実な用例が、カタリ派の南フランス浸透と時を同じくするシトー会士(クレルヴォーのベルナルドゥスら)の説教に現れることを指摘し、異端との競合こそが煉獄を教義上の「場所」として整備させたという仮説を提示する。カタリ派が「身体という牢獄」と輪廻を説く、オルフェウス教の流れを汲む教説であったことは、本書の第二章と第五章を千五百年越しに結ぶ環である。
第六章・第七章 降霊術・心霊主義・臨死体験──衰退の弧
第六章は古代の降霊術(『オデュッセイア』第十一歌のネキュイア、テスプロティアの死者の神託所の考古学、ローマ内乱期の降霊文学、魔術パピルス)と十九世紀の心霊主義とを比較し、場所と儀礼に拘束された古代の実践から、どこでも開かれる社交的な近代の交霊会への変化、および霊媒のジェンダー非対称を論じる。第七章は臨死体験(NDE)を古代(エルの物語ほか)・中世(ドリュトヘルムらの幻視)・現代の三層で比較し、現代のNDEから審判・地獄・しばしば神までもが脱落し、来世が内面的な自己改善の道具と化していることを、世俗化の一段階として位置づける。「どの時代も、その時代にふさわしい来世を持つ」の結語はここに置かれる。拙稿が補説二(ワーグナー)の末尾で引いた「衰退の弧」はこの二章の要約である。
補遺三篇
(一)イエスの信徒たちはなぜ自らを「キリスト教徒」と呼んだのか──この呼称がローマ当局との対決の場(「お前はキリスト教徒か」への肯定的応答)において確立され、嘲りの言葉から名誉の称号へ転化した過程。(二)「パラダイス」という語の誕生──メディア語の「囲い」に発し、アカイメネス朝の狩猟園を経て、七十人訳がエデンの園の訳語に採るまでの語誌。(三)ドロテウスの幻視──四世紀後半の詩篇に描かれた、帝国の軍事組織をそのまま投影した天の宮廷。いずれも本論の主題の側面を照らす独立の論考であり、とりわけ補遺二の語誌は、楽園表象の物質的基盤(囲われた園・水・樹木)を示す点で、補遺三の「軍営としての天」と好対照をなす──天上世界が地上の権力構造の投影として想像されるという観察は、拙稿の政治神学的読解と響き合う。
三、批評と留保
本書の強みは、方法の一貫性にある。観念史がしばしば陥る「観念の自己展開」の語り口を避け、すべての転換に担い手と圧力を特定する──この説明様式は、拙稿「三界の系譜」が垂直宇宙を王権・祭司制・文字の関数として読む方針と、独立に同じ向きを向いている。刊行時の英語圏主要誌の書評も、講義に由来する読みやすさと学識の結合を概ね好意的に評した。
留保も記しておく。第一に、講義という形式の制約上、各章の議論は圧縮されており、論証の全体は巻末注に沈んでいる──本文だけで判断せず、注を参照する必要がある(第四章・第五章と補遺三篇には先行する別稿版があり、詳細版はそちらに求めうる)。第二に、個々の論点には係争が残る。ゾロアスター教の復活信仰を後代とする第四章の年代論は、アヴェスター文献の年代決定自体が専門家間で大きく割れている領域に踏み込んでおり、イラン学の側からの異論がありうる。煉獄とカタリ派を結ぶ第五章の仮説は、ル・ゴフ批判としては鋭いが、著者自身が新たな仮説として提示するものであって定説ではない。第三に、オルフェウス教関係の記述は新資料研究の進展が速い領域であり、本書(二〇〇二年)以後の研究──著者自身のその後の論集を含む──で更新を確認すべきである。
四、覚え書きへの接続──三界論と復活論
「三界の系譜」(Draft v2)における本書の使用箇所を整理する。第三章一(ホメロスの未分化の死者・エリュシオンとカロンの後発性)、第三章二(オルフェウス=ピュタゴラス派の終末論と旧観念の残存、煉獄とカタリ派)、第三章三(プシュケー概念史とブレマーの内因的説明)、第四章四(ギリシア・シャーマニズム説の解体を承けたドッズ評価の修正)、第五章一・四(補償という相関項候補、イスラエルの層序)、補説二(衰退の弧)[8]。確定稿までに、以上の各引用に本書の頁番号を付す。
本書の未使用部分──第四章と補遺群──は、構想中の復活論考「身体の行方──復活の系譜と日本人の困惑」(仮題)の材料となる。三界論が「他界はどこにあるか」という空間論であったのに対し、復活論は「死者の身体はどうなるか」という身体論であり、二篇は魂と身体で相補する。理論的な蝶番は、本書から取り出した「制度的圧力が教義を彫琢する」という機構である──煉獄を整備させた競合の圧力と、復活を尖鋭化させた迫害の圧力は、同一機構の二例をなす。日本側の対照素材(殯・火葬の受容・洗骨・両墓制)と、可能ならばキリシタンの復活受容を並置することで、「なぜ日本人に復活が不思議なのか」を構造的に述べることが目標となる。