序──本案内の目的と射程
卑弥呼と邪馬台国をめぐる研究は、日本国内と英語圏とで並行的に蓄積されてきたが、両者の対話は十分でない。その一因は単純である──英語圏の主要業績に邦訳がないのである。本案内が扱う三冊、ピゴット『日本王権の出現』(一九九七)、キダー『卑弥呼と日本のとらえどころのない首長制邪馬台国』(二〇〇七)、ネルソン『シャーマニズムと国家の起源』(二〇〇八)は、管見の限りいずれも邦訳がなく、日本語での本格的な紹介も乏しい。唯一の例外がブラッカー『梓弓』(一九七五)で、これには『あずさ弓──日本におけるシャーマン的行為』の邦訳がある(補説参照)。
本案内の目的は二つある。第一に、拙稿「鬼道と祭政二重主権」(XII-B)[9]が依拠するこれら英語圏文献について、各書の全体像・理論的背景・批判点を、専門外の読者にも追える形で提示すること。第二に、それを通じて、三冊が卑弥呼研究のなかで占める布置──王権論のピゴット、考古学的総合のキダー、ジェンダー考古学のネルソン──を示すことである。各章末に、XII-B が各書の何を継承し、何を退けるかを付記する。
第一章 ピゴット『日本王権の出現』(一九九七)
一、著者と本書の位置
ジョーン・R・ピゴット(Joan R. Piggott)は、英語圏における前近代日本史研究の中心的存在の一人である。『日本王権の出現』(The Emergence of Japanese Kingship, Stanford University Press, 1997)[1]は刊行当時コーネル大学に在職中の著作で、のち著者は南カリフォルニア大学に移り、前近代日本研究のプログラムと漢文史料の講読ワークショップを主宰して、英語圏の日本古代史研究の育成に当たってきた。本書は刊行時、Journal of Asian Studies をはじめとする主要誌に書評が掲載され、古代日本の王権形成を扱う英語の包括的研究として、以後の標準的参照文献となっている。
二、全体の構図──「王権の考古学」
本書は、三世紀の卑弥呼から八世紀の聖武天皇までの約五百年を、「王権の考古学(archaeology of kingship)」として通観する。冒頭で卑弥呼は「倭の神権的最高首長(theurgic paramount of Wa)」と位置づけられ、以下、雄略(第二章)、継体・欽明から推古(第三章)、天智(第四章)、天武・持統、聖武へと、王権の儀礼的・象徴的次元の発展が段階を追って描かれる。この構成自体が一つの主張である──卑弥呼は皇統の外に立つ孤立した「九州の女酋長」(本居宣長以来の偽僣説)ではなく、その後の日本王権へ連続する発展系列の出発点として扱われる。偽僣説は、英語圏ではこの書によってほぼ決着を見たと言ってよい。あわせて本書冒頭の比較編年図(Figure 2)は、中国史書・考古編年・記紀系譜を一望に対照させる優れた道具であり、拙稿(XIV)はこれを改図の上で利用した。
三、理論的道具立て
本書の方法上の特徴は、『日本書紀』の文献批判と考古資料の総合の上に、比較人類学・比較歴史学の概念を明示的に載せる点にある。ギアツの「模範的中心」、エリアスの「宮廷社会」、クレッセン=スカルニクの初期国家論、そしてタンビアの「銀河系政体(galactic polity)」[5]──中央が放射的に統制する同心円型政体ではなく、カリスマ的中心の周囲を小規模単位が「公転」し、関係の強弱が脈動する政体形態──である。とりわけ拙稿にとって決定的なのは、第二章の雄略分析においてホカート『王と評議員』[6]が明示的に援用されることである。「ホカートの用語で言えば、雄略大王は戦士王であると同時に法の王としても、地上の王であると同時に天上の王としても機能した」(p.46)──しかしピゴットは、この枠組みを最も自然に適用しうるはずの卑弥呼分析(第一章)には体系的に展開しなかった。XII-B は、この方法論的不整合を補い、雄略に適用されたホカート的枠組みを卑弥呼へ遡及適用する試みとして構想されている。
四、第一章「卑弥呼」の内容──覚え書きが最も依拠する部分
第一章は、倭人伝のいう「国(クニ)」を集落の階層的連合(hamlet hierarchy)として捉える。環濠に囲まれた首邑が、外交・交易・冶金・首長祭祀によって従属集落への優越を保ち、灌漑と共同防衛の必要が、貢納の徴収・労役の動員・市の監督といった萌芽的な統治実務を呼び起こす(pp.20–22)。卑弥呼の至高性は、神権的職能と並んで対外回路の掌握に支えられていた──列島が乏しい鉄の、加耶からの輸入と連合内への再分配、そして魏の冊封(「親魏倭王」)という外部の権威による保証である(pp.25–27)。ピゴットが石母田正を引いて言う通り、東アジアの首長は「他者との関係」と「神々との関係」という二重の対外関係からその特権を引き出した──卑弥呼とは、先進技術・交易品・霊力が民に到達する「門(portal)」であった。また大陸動乱の影響を最も強く受けたのが九州の政体であり、それが吉備・大和など東方連合に瀬戸内航路支配上の新たな優位を与えたとする議論(p.23、バーンズに依拠)は、九州説と畿内説の力学を通時的に考える上で示唆に富む。
五、日本における受容と評価
邦訳はなく、日本の古代史学の主流において本書が正面から検討された形跡は、管見の限り乏しい(推古朝の「相補的共治」解釈が間接的に流通している程度である)。この疎隔の一因は方法論の距離にあろう──比較人類学の概念枠組みを積極的に用いる本書の行き方は、実証的・文献学的伝統を主流とする日本古代史学とは肌合いを異にする。しかし本書の美質はまさにそこにある。不明確なところは不明確として深入りしない節度と引き換えに、日本語では読んだことのない一貫した歴史観──儀礼的・象徴的王権が五百年をかけて形成される過程の通観──が得られるのである。XII-B が本書から継承するのは「神権的最高首長」概念とホカート援用の先例であり、補うのはその卑弥呼への未適用である。
第二章 キダー『卑弥呼と日本のとらえどころのない首長制邪馬台国』(二〇〇七)
一、著者と本書の位置
J・エドワード・キダー・ジュニア(J. Edward Kidder Jr.)は、半世紀にわたり国際基督教大学で教えた、英語圏における日本考古学の第一人者である。縄文土器から法隆寺に至る著作群で知られ、本書(Himiko and Japan's Elusive Chiefdom of Yamatai: Archaeology, History, and Mythology, University of Hawai’i Press, 2007)[2]はその集大成的著作にあたる。弥生から古墳への移行期について、纒向遺跡の都市的性格、三角縁神獣鏡の問題、出雲・大和対立の構造、卑弥呼周辺の卜占・呪術的実践までを網羅する考古学的シンセシスとして、英語圏ではほぼ独占的な位置を占める。日本の発掘成果を逐一英語圏に橋渡ししてきた著者ならではの、記述の宝庫である。
二、理論枠組み──「首長制」と「シャーマン」
ただし理論的枠組みには注意を要する。本書は一貫して「首長制(chiefdom)」の語を用いる。これはサーヴィスとサーリンズの新進化主義人類学──社会は「バンド→部族→首長制→国家」の段階を発展するという図式──の語彙であり[7]、倭国連合体はこの梯子の「国家一歩手前」の段に置かれることになる。XII-B がクラストルの『国家に抗する社会』[8]によって乗り越えようとするのは、まさにこの発展段階論である──共立と祭政二重主権を「未発達」ではなく積極的な政治的選択として読むために。同様に、卑弥呼の宗教的職能は基本的に「シャーマン」の語のもとに──病と共同体の未来を霊界接近によって扱う宗教的職能者として──記述されるにとどまり、それを統治装置として読む視点には及ばない。
三、本書の慎重さ──鬼道・ジェンダー・三類型
しかし本書を「卑弥呼を女性シャーマンと短絡した書」と評するのは公正でない。キダーの扱いは、細部において一見よりはるかに慎重である。第一に、彼は「シャーマニズムと神道という語の安易な使用が視界を曇らせてきた」と戒め、「シャーマニズムは定義上ジェンダーを問わない」と明言する(p.127)。第二に、「鬼道」について、中国人が呪術一般を指す包括的な語を当てたのであって卑弥呼の実践の具体的内実は不明かもしれないと注意し、漢代の語彙における「鬼道」が道教的民間宗教を指し、その一部が「過度」な祭祀として文人から批判されたことを、R・A・シュタインに依りつつ指摘する(p.132)──「鬼道」を蔑称的レンズとして読むXII-B の方針は、実は本書によって先取りされている。第三に、日本人学者の卑弥呼観を、(一)祭祀専従説、(二)祭政未分化説、(三)「分割されつつ対等な権威──卑弥呼と男性カウンターパート」説の三類型に整理する(p.133)。キダー自身は三類型を並置するにとどまるが、XII-B はこの第三類型を選び取り、ホカートによって理論的に基礎づける。すなわちキダーは、XII-B にとって乗り越えの対象である以上に先行的な協力者であり、乗り越えられるのは個々の観察ではなく、それらを統治装置として束ね直す理論的枠組みの不在なのである。
第三章 ネルソン『シャーマニズムと国家の起源』(二〇〇八)
一、著者と本書の位置
サラ・M・ネルソン(Sarah M. Nelson)は、デンヴァー大学で長く教えた考古学者で、英語圏における朝鮮考古学の開拓者(『朝鮮の考古学』一九九三)であると同時に、ジェンダー考古学の第一世代を代表する研究者である。本書(Shamanism and the Origin of States: Spirit, Power, and Gender in East Asia, Left Coast Press, 2008)[3]は、中国・朝鮮・日本列島の新石器時代から国家形成期に至る考古資料を博捜し、シャーマンの儀礼と信仰こそが古代東アジアにおける国家形成の重要な構成要素であり、シャーマン自身が──その多くは女性であった──指導者たりえたと論じる。
二、主張──新進化主義への内部批判とジェンダーの次元
本書の位置は、キダーの枠組みとの対比で明確になる。「シャーマンは未発達な前国家社会の宗教者であり、農耕・国家段階に至って祭司に取って代わられ周辺化する」という新進化主義的図式に対し、ネルソンは英語圏考古学の内部から修正を迫る──東アジアでは、農耕と政治的複雑化が進んだ段階でもなお、霊界への接近権を持つ者が共同体の頂点に立ちえた、と。XII-B にとって戦略的に重要なのは、彼女が中国の史書に孕まれた儒教的な性差別的偏向(gynophobia)を指摘し、それが女性シャーマンの権力を史料の上から系統的に抹消してきたと論じる点である。シャーマンを男性に限定し女性を従属的に描く叙述は過去そのものの反映ではなく、後代の規範の投影にほかならない──この指摘は、「鬼道」「能く衆を惑わす」という倭人伝の否定的形容を、宗教的逸脱への蔑視と女性祭祀王権への違和という二重の偏向を含むレンズとして読む視座を与える。
具体例のうちXII-B が援用するのは二つである。第一に琉球──世襲的な神女(ノロ)の体系に「統治に関わるジェンダー化されたパートナーシップ」の規則、すなわち最高神女とその兄弟がともに儀礼に関与する構造を見いだす(レブラ、ロックムの民族誌に依拠)。これは鳥越憲三郎が聞得大君と国王のあいだに見た祭政二重主権[10]と同一の構造であり、両者は独立に同じ像へ達している。第二に新羅──女王たちを単なる世俗的君主ではなく、聖骨という最高エリートとして、また山の女神の末裔として霊への優先的接近権を持つシャーマン的支配者として描く。倭の卑弥呼・琉球の聞得大君・新羅の女王という「東アジア女性祭祀王権の系列」(XII-B 副題)は、ネルソンのこの二例に支えられている。
留保を一つ。本書の「シャーマン」概念は意図的に広く取られており、憑依・脱魂・祭司的職能の区別(エリアーデ[4]とルイスをめぐって拙稿シャーマニズム論考が腑分けした水準)を、本書は分析の主軸としない。この外延の広さは、東アジアを一望する本書の強みであると同時に、概念の切れ味を求める読者には物足りなさとして残るところであり、XII-B もネルソンからは実証的基盤(ジェンダー偏向の指摘と琉球・新羅の事例)のみを継承し、シャーマニズム概念の理論的整理は別系(ルイス)に拠っている。
補説 ブラッカー『あずさ弓』──唯一の邦訳
カーメン・ブラッカー(Carmen Blacker)はケンブリッジ大学で日本学を講じたイギリスの日本学者・民俗学者であり、『梓弓』(The Catalpa Bow: A Study of Shamanistic Practices in Japan, Allen & Unwin, 1975)[4]は日本のシャーマニズム的伝統を扱った英語圏の古典である。本書には邦訳がある──『あずさ弓──日本におけるシャーマン的行為』秋山さと子訳、岩波現代選書、一九七九年(のち同時代ライブラリー上・下、一九九五年)。三冊と異なり、批評会諸氏は日本語で全体を確かめることができる。
第六章「古代の巫女(The Ancient Sibyl)」が卑弥呼を日本の巫女伝統の起源として論じ、以下、ミコ・イタコ・修験・憑きもの落としまで、日本の巫俗の全域を踏査する。方法論的基盤はエリアーデ『シャーマニズム』にあり、シャーマニズムを「脱魂の技術」として定義する立場から、卑弥呼の鬼道も脱魂的シャーマニズムの一形態として記述される。この点にXII-B の批判が向かう──エリアーデの定義は北方ユーラシアの狩猟・遊牧民の宗教を理論化したものであり、稲作農耕社会の祭祀的指導者への無媒介の適用には疑問がある。日本の巫俗の主流が脱魂型ではなく憑霊型であることは国内研究の一致して示すところであり、拙稿シャーマニズム論考は、ルイスの中心的/周辺的憑依の区別によってこの腑分けを行った。ブラッカーから継承すべきは、卑弥呼を後代の巫女伝統と連続させて読む視座そのものである。
結び──四書の布置
四書の布置を一望する。キダーは記述の総合──弥生・古墳移行期の考古学的事実を英語圏で最も網羅的に提供するが、理論枠組み(首長制・シャーマン)は新進化主義にとどまる。ピゴットは王権論──ホカートとタンビアを携えて王権の儀礼的次元を通観するが、その枠組みを卑弥呼には適用しなかった。ネルソンはジェンダー考古学──新進化主義への内部批判と、史書の偏向の指摘、東アジア女性祭祀王権の実証事例を提供する。ブラッカーは巫女伝統──卑弥呼を後代へ連続させる視座を与えるが、エリアーデ的定義に拘束される。XII-B「鬼道と祭政二重主権」は、キダーの記述の上に、ピゴットが雄略に用いたホカート的枠組みを卑弥呼へ遡及適用し、ネルソンの二重偏向論とブラッカー由来の連続性の視座を組み込む──四書のいずれとも異なり、いずれをも要する構図である。