『Homeric Questions』案内
グレゴリー・ナジー『Homeric Questions』(1996)[1]は、「ホメロス問題」を単数形の作者性問題から複数形の探究へと組み替え、ホメロス詩の成立を、単一の天才による一回的な著述としてではなく、作曲・上演・伝播という三つの力学が数世紀にわたって絡み合う進化の過程として描き直した書物である。著者ナジー(1942– )はハーヴァード大学の古典学者で、パリー=ロードの口承詩学[2][3]の正統的な継承者と目される人物であり、本書は序論・全四章・エピローグからなる、彼のホメロス論の方法論的宣言の書である。本稿はスネル案内(XX)・ドッズ案内(XXII)・スネル批判篇(XXIII)に続くギリシャ側参照系列の第四篇として本書を紹介し、あわせて、阿礼集団論(XIX)三章および太安万侶論(XIX-B)八章がすでに援用したその枠組みの理論的典拠を、独立に開示するものである。構成は筆者の作成した俯瞰スライド(全一四枚、PDF)の骨組みに従い、各節の冒頭にスライドの標題・要点を柱として掲げた。
序、三分で掴む全体像
〔柱〕課題:喪失した「パフォーマンス」への問い/メカニズム:口承伝統の進化と伝播/結論:「著者」の解体と、新たな文献学の誕生
本書の課題・機構・帰結は三行で言える。課題は、かつて生きた「上演」に宿っていたムーサたちが、いかにして書かれたテキストの守護者へと変質し、真のホメロス像を歪めたのかを問うことである。機構は、「天才的な一人の著者」が書いたのではなく、作曲・上演・伝播という三要素が絡み合いながら、汎ギリシャ的な聴衆に向けて洗練されていく進化論的モデルである。帰結は、歴史上の単独の著者を失う代わりに、ギリシャ文化の文化英雄としてのホメロスを取り戻し、言葉への愛(フィロロジー)を再定義することである[1]。
一、パラダイムの転換 ―― 「ホメロス問題」から「ホメロス諸問題」へ
〔柱〕探求の性質:正誤の二元論から、対立する視点を包含する開かれた対話(ゼーテーマ)へ/対象の捉え方:固定された起源から、絶えず更新される「生きた上演」へ/アプローチ:文献学のみから、言語学と人類学の統合へ
書名がなぜ伝統的な単数形 the Homeric Question ではなく複数形なのか。ナジーは序論でこれを、プラトンの哲学的探究に由来しアリストテレスからポルフュリオスの『ホメロス問題集』に受け継がれたギリシャ語ゼーテーマ(zḗtēma)の精神――対立する視点を包含しうる開かれた探究――の継承として説明する。伝統的古典学が「ホメロスが書いたのか、別人か」という正誤の二元論で問うところを、ナジーは「一致する、あるいは異なる」という立場から論を進めると宣言し、第一次資料をホメロスのディクション(léxis)に置いたうえで、記述・歴史言語学(とりわけ語源研究)と人類学(生きた口承社会の比較)を統合する方針を示す[1]。序論にはまた、フィロロジーという概念の系譜――アレクサンドリア図書館のエラトステネスが自らを「フィロロゴス」と称したこと、かつて生きた上演に宿っていたムーサたちが書かれたテキストの守護者へ変質していったこと――と、ヘロドトスの伝えるキオス島の二つの惨事(文字を学んでいた百二十人の少年の圧死と、上演に赴いた百人のコロスの疫病死)を、口承的で包摂的な合唱の伝統と書字中心の教育との分裂の象徴として読む、印象深い考察が置かれている。序論は、口承定型句理論の創始者でありながら生前十分な栄誉を受けなかったパリーとロードへの献辞をもって結ばれる。
二、三つの力学 ―― 作曲・上演・伝播
〔柱〕作曲:伝統的な主題とフォーミュラを用いた詩の構築/上演:聴衆の反応に応じた「いま、ここ」での即興と更新/伝播:求心的・遠心的な力を持つ社会的ネットワークを通じた広がり
本書の分析装置の核心は、パリー=ロードが到達した「作曲と上演は一つの過程の両面である」という知見――ロードの定式でいえば、口承詩は上演のために作られるのではなく、上演の中で作られる[2]――に、ナジーが第三の要素として「伝播」を加えた三幅対である。第一章はこの装置を支える十の基本概念(フィールドワーク、共時態と通時態、上演における作曲、伝播、主題、フォーミュラ、経済性の原理、伝統と革新、統一性と構成、著者とテクスト)を提示する。ここで注意すべきは、「口承」が「書かれたもの」の単純な対義語ではないことである。ホメロス詩自体がベレロポンテスの携える書字板のような文字への言及を含むことは、口承の伝統が文字文化の存在を否定しないことの証拠とされる。また「伝統」は外部観察者ではなく担い手の社会自身の認識から捉えるべきものであり、ナイジェリアのティヴ族の系譜伝承が筆録後も社会関係に応じて更新され続けた事例が引かれる――伝統は決して硬直したものではない[1]。
三、口承伝統のルール ―― 誤解と現実
〔柱〕「芸術的に優れていたから残った」→伝播の力学を問え/「統一的だから一人の天才が書いた」→統一性は伝統そのものの産物/「フォーミュラが詩人に言葉を強制した」→通時的には内容こそが形式を規定する
第一章後半は、現代のホメロス研究者が用いがちな十の言い回しを一つずつ解剖する、本書で最も痛快な部分である。三つだけ挙げる。第一、「ホメロスの詩は同時代の他の詩より芸術的に優れていたから残った」――比較対象(エピック・サイクル等)が失われている以上これは憶測にすぎず、問うべきは「なぜ」ではなく「いかにして」汎ギリシャ的地位を得たかという伝播の力学である。第二、「構造があまりに統一的だから、口承伝統を超越した一人の天才が文字で書いたに違いない」――統一性や一貫性(経済性の原理)は個人の計画性ではなく、上演の中で鍛え抜かれた伝統そのものの産物でありうる。即興的な口承詩人は計画性を欠くという思い込み自体が反証されている。第三、「フォーミュラや韻律が詩人に特定の言葉を強制した」――これは形式と内容の関係の取り違えであり、通時的には内容(主題)こそが形式を規定する[1]。これらの解剖は、スネル批判篇(XXIII)で見た「語彙の欠如から概念の欠如を推論する誤謬」と同種の、方法論的な違反の摘発として読むことができる。
四、進化モデル ―― 五段階の漏斗
〔柱〕最古期(流動性最大・文字なし)→形成期(汎ギリシャ的伝播)→画定期(前六世紀・転写の可能性)→標準化期(書写業の実務)→硬直期(前二世紀・アリスタルコス校訂)
第二章の中心は、ロードの口述筆記説――生きた歌い手が誰かに口述し、書き取らせたとする文字化モデル――の批判と、それに代わる進化論的モデルの提示である。口述筆記説は、前七世紀末にはすでに始まっていた叙事詩の広域伝播を説明できず、また生きた口承伝統の実地経験(書き取られた瞬間にその歌の上演可能性が失われる現象)とも整合しない。さらに前五五〇年頃までのギリシャの詩的銘文は、上演の「記録」ではなく、それ自体が一人称で語りかける「上演の等価物」として書かれており、アルファベットが叙事詩を記録するために発達したという説にも根拠がない。そこでナジーは、伝承がより広い社会的枠組みへ伝播するにつれて上演ごとの再構成の余地が狭まり、規範的で統一された「テクスト」へ収斂していくという進化モデルを立て、ホメロス伝承の変遷を五つの時代――流動性が最も高く文字テクストを持たない最古期、汎ギリシャ的伝播が進む形成期、アテナイのパンアテナイア祭を中心に転写の可能性が生じる画定期、出版・書写業の実務的要因により収束が進む標準化期、アリスタルコスの校訂によって最も硬直した形に至る時代――として区分する[1]。ここでいう「テクスト」があくまで比喩であることは、ガーナ北部ロダーガ族の儀礼歌バグレが、演唱者たちの「完全に固定されている」という自己認識に反して実際には多様な異本を持つ、という事例で示される。固定の宣言と固定の実態とは別物なのである。
五、パンヘレニズムと伝播の同心円 ―― 機会依存性の消失
〔柱〕地域的(パーブージー伝承:非業の死者への地域信仰)→広域的(イジボンゴ:地元外の聴衆への説明の追加)→汎ギリシャ的(ローカルな言及の削ぎ落とし・英雄の神格化)
進化モデルを裏づける比較資料として、第二章後半はインド・中央アジア・アフリカの生きた口承叙事詩を広範に検討する。特に詳しいのはインドの事例で、ラージャスターンの英雄叙事詩(パーブージーなど)が、非業の死を遂げた者の霊を祀る地域的なカルトに由来しながら、上演の広がりとともに英雄が神格化され、地域固有の細部が薄れて汎インド的な神話上の人物と同一視されていく過程が示される[6]。南アフリカのコーサ族の讃美歌イジボンゴでは、聴衆が地域的限定を超えて広がるにつれ、地元でしか通じない言及に説明が追加されていく。これらの伝統がいずれも、聴衆や後援者に応じて内容を変える強い機会依存性(occasionality)を示すのに対し、伝承されたホメロス詩には特定の上演機会への言及がほとんど見られない。ナジーはこの欠如をこそ、ホメロス詩がすでに広範な伝播を経て、特定の機会性を超えた普遍的受容にふさわしい形へ進化した結果と読む[1]。地域→広域→汎域という同心円の各段階で、詩は聴衆の広がりと引き換えにローカルな身体を削ぎ落としていく――この見立ては、比較神話学の道具として汎用性が高い。
六、散逸と再統合の神話 ―― ペイシストラトス校訂伝説
〔柱〕The Myth:僭主(または賢者)が散逸した断片を一挙に集め統合したというビッグバン的起源論/The Reality:文化英雄に制度の起源を帰す神話類型と、僭主一族の政治的プロパガンダ/Key Distinction:転写は上演の補助手段にすぎない
第三章は、ホメロス詩がいつ・どのような文脈で書き留められた可能性があるかを扱う。ナジーはまず、ペイシストラトス[7]一族が神託詩を「所有」し、その保管と管理を通じて権力の一部を維持していたというヘロドトスの記事に着目し、この時代をホメロス詩が写本に転写された蓋然性の高い契機と位置づける。ただし決定的な区別が導入される――転写(transcript)は上演の代替物ではなく補助手段にすぎず、書字が作曲の前提だったことを示す証拠はない。そのうえで、散逸したテクストが賢者たちによって王権のもとで一挙に再統合されるという物語型が、ペルシャの『王書』、アイルランドの『クアルンゲの牛争い』回収譚、インドの諸叙事詩、スパルタのリュクルゴス伝承、そしてアテナイの「ペイシストラトス校訂」伝説に共通して見出されることが示される。これらは特定の歴史的出来事の記録ではなく、立法者や文化英雄に制度の起源を帰す神話的パターンの反映であり、とりわけペイシストラトス一族の政治的自己正当化として機能した。長期の集合的進化を一回限りの劇的な出来事――いわばビッグバン――として語り直す、遡及的凝縮の典型である[1]。この神話類型論が『古事記』序文の読解に対してもつ射程については、太安万侶論の八章で詳述した[5]。
七、縫い合わせる者たち ―― パンアテナイア祭の継起上演システム
〔柱〕The Relay System(均等な重み付け):一人の吟唱詩人が語り終えた箇所から次の吟唱詩人が引き継ぐ/Rhapsōidós=「歌を縫い合わせる者」/Homer=「接合する者」の可能性
では、単独の著者なしに、いかにして『イリアス』の長大なスケールと統一性が生まれたのか。第三章の答えが、パンアテナイア祭における継起上演の規則――一人の吟唱詩人が語り終えた箇所から次の吟唱詩人が引き継ぐ――である。ナジーはこれを伝承の「均等な重み付け」の制度と呼び、インドの長大叙事詩が演唱上の挿話に区切られる事例やアパッチ族の儀礼歌が固定順序を持つ事例と比較しつつ、この演唱順序の制度化こそが全篇の固定配列を生んだと論じる。この制度成立の政治的過程(シキュオンの禁令からソロン・ヒッパルコス・リュクルゴスの三証言まで)は阿礼集団論三章に整理したのでここでは繰り返さない[4]。本章で特筆すべきはむしろ語源学である。ラプソードス(rhapsōidós)は「歌を縫い合わせる者」を意味し、「ホメロス」という名自体も車輪の職人、すなわち「接合する者」を意味する可能性がある。ギリシャの伝承は、詩の統一性を「編み物」や「縫い合わせ」の比喩で理解していたのである[1]。統一とは天才の設計ではなく、接合の技芸だった――この語源学的洞察は、それ自体が進化モデルの縮図をなしている。
八、ムートスの再定義 ―― フィクションから「範例」へ
〔柱〕現代の「神話」:作り話、即興的創作(ウィルコック説)/ホメロスの「Mûthos」:日常的発話(エポス)と対比される有標の語、記憶から想起して語られる権威ある公的発話行為
第四章は、ホメロスの登場人物が語る神話的な引き合い(パラデイグマ)の多くを詩人のその場の即興的創作と見るウィルコックの有力説への、正面からの異議申し立てである。鍵は「神話とは上演である」という命題にある。リチャード・マーティンの研究[6]に基づき、ホメロスの言語においてムートス(mûthos)が日常的発話エポス(épos)と対比される有標(marked)の語であり、記憶から想起して語られる、権威を伴う公的な発話行為を指したことが示される。「作り話」という現代的な意味は、後代にアレーテイア(真実)と対比されることで周辺化された結果にすぎない。したがって登場人物の語る神話的引き合い――たとえば『イリアス』第一歌のゼウスへの謀反の逸話――は、その場限りの即興ではなく、あらかじめ存在する膨大な伝承の中から状況に最も適したものを選び取る、高度な伝統的実践である。この選択のプロセス自体が伝統の一部なのだ[1]。この読みの威力を示すのが、第九歌「使節団」の双数形の難問である。アガメムノンの使者は三人(オデュッセウス・フォイニクス・アイアス)なのに、本文は彼らを「二人」と呼ぶ文法形式を繰り返す。旧文献学はこれを「もともと二人だった古い版の編集ミス」と説明したが、ナジーは、アキレウスとオデュッセウスの伝統的確執というテーマを背景に、アキレウスが暗にオデュッセウスを除け者にし親しい二人だけを迎えていることを示す、既存伝承の変異形を織り合わせた芸術的演出と再解釈する。層序学的な「編集ミス」が、上演の詩学では「意味」に変わるのである。
九、失われた「著者」の代わりに私たちが得たもの
〔柱〕私たちが本当に愛してきたのは、歴史上の特定の個人ではなく、詩そのものであった/歴史的実在を証明できない著者を失う代わりに、上演のたびに蘇る文化英雄としてのホメロスを得る
第三章の結びは、本書全体の倫理的な要をなす。進化論的アプローチは、私たちから「崇敬すべき単一の著者」を奪うように見えるかもしれない。しかし私たちが本当に愛してきたのは、歴史上のその個人ではなく、『イリアス』と『オデュッセイア』という作品そのものだった。歴史的実在を証明できない著者を失う代わりに、私たちはギリシャ文化全体が育んだ文化英雄としてのホメロス――詩が新たに上演されるたびに蘇り続ける、生きた神話的存在――を取り戻すことができる[1]。喪失の物語を回復の物語へ反転させるこの結語は、実証の切れ味と伝統への敬意とを両立させようとする本書の姿勢を、最もよく示している。
十、エピローグ ―― Philology lives
〔柱〕ロバート・コンリーの詩:「祖先の儀礼の古い形を知らない不安の中で、自分の詩こそが自分の炎(祈り)である」/伝統の危機:数千年の蓄積が一世紀の技術進歩で失われつつある/言葉は、愛されなければ死んでしまう(ギルバート・マレー)
エピローグでナジーは、本書の狙いが上演と口承伝統の躍動性を古典学の概念的枠組みに再定位することにあったと総括し、ネイティヴ・アメリカンの詩人ロバート・コンリーの自伝的な詩を引く。祖先の儀礼の古い形をもはや知らないという不安の中で、それでも「自分の詩こそが自分の炎であり祈りである」という自覚に救いを見出すこの詩を、ナジーは失われゆく伝統社会の経験が急速に消えつつある現代への応答として読み、消えゆく社会を「原始的」と呼ぶことを戒める。そしてエラトステネス以来の「フィロロゴス」の系譜と、ギルバート・マレーの洞察――言葉は、愛されなければ死んでしまう――を経由し、『イリアス』第九歌でフォイニクスが「私は覚えている」とメレアグロスの物語を語り始める場面に、記憶からの物語りと、語り手と聞き手が「愛する者たち(phíloi)」であるという受容の本質を見て、「文献学は生きている。文献学よ、永遠なれ」という宣言で本書を閉じる[1]。上演の詩学の書が、最後に読む者・聞く者の愛の問題に着地する――この着地点は、記紀を千三百年後に読む私たち自身の位置の定義としても、そのまま通用するだろう。
結 ―― 大和への含意
ナジーの結論は三行に要約できる。ホメロスは「出来事」ではなく「進化」である。パフォーマンスこそが口承伝統の核心である。ムートスは作り話ではなく、記憶に基づく権威ある発話行為である。この三行が記紀研究に対してもつ含意を、四点に整理して本稿を閉じる。
第一に、制度論。パンアテナイア祭の演唱規制が口承を結晶させたという分析は、天武朝の「誦習」を国家による演唱内容と配列の固定として読む視角を与える。これは阿礼集団論三章で展開した[4]。第二に、筆録論。口述筆記説批判・転写概念・散逸再集成の神話類型は、『古事記』序文と安万侶の表記設計を理論的に読み直す装置となる。これは太安万侶論八章で展開した[5]。第三に、歌謡論。機会依存性の概念は、記紀歌謡研究にとって直接の道具となりうる。允恭朝歌物語の歌々のように、本来は特定の場と機会に結びついていたであろう歌謡が、物語への嵌め込みによって機会性を剥がされ、新しい文脈を与えられて伝承された過程は、ナジーの言う「聴衆の広がりに応じた一般化」の、宮廷という求心点で生じた日本版として分析できるはずである。軽太子と衣通姫の歌物語を扱う際の理論的な柱の一つとなろう。第四に、語りの権威論。ムートス=記憶から想起される権威ある公的発話という規定は、祝詞・寿詞、大嘗祭における語部の古詞奏上、そして「誦習」という行為そのものの発話論的な位置づけに、そのまま転用できる。記紀の神話は「作り話」の集成ではなく、権威ある発話行為の制度的な堆積である――ナジーのムートス論は、この当然のことを、言語学的な精密さで言い直すことを可能にしてくれるのである。
参考文献
対象書
口承詩学
拙稿
ナジーの依拠する諸研究
解説注
本稿はスネル案内(XX)・ドッズ案内(XXII)・スネル批判篇(XXIII)に続くギリシャ側参照系列の第四篇であり、阿礼集団論(XIX)三章および太安万侶論(XIX-B)八章の理論的典拠を独立に開示する。内容は筆者の通読要約および俯瞰スライド(全一四枚、PDF はこちら)に基づき、各節冒頭の〔柱〕はスライドの標題・要点を転記したものである。原典頁数の付記、ナジーが依拠する諸研究(注6)の書誌確定、およびエピローグに引かれるコンリーの詩とマレーの言の原文確認は、原典照合のうえ補訂版で行う。結語第三項(機会依存性と記紀歌謡)は、予定稿「軽太子と衣通姫」歌謡論において展開する。