Ductus lectoris · Historia psychiatriae
横浜基礎研究所 文献案内──精神医学史
Bibliotheca · Historia psychiatriae

『DSM-5から締め出されたもの』案内

E・ショーターの歴史的疾病分類学──消された疾患単位と、歴史にもとづく対案
Edward Shorter, What Psychiatry Left Out of the DSM-5: Historical Mental Disorders Today
(Routledge, 2015) — a reader’s guide
Draft v2·Augustus MMXXVI
松石 竹志Takeshi Matsuishi, M.D., Ph.D.
Nota 本篇は、E・ショーター『DSM-5から締め出されたもの』の紹介である。臨床精神医学の基本は身につけているが、DSM-5やICD-11にいたるまでの精神医学史にはなじみがない読者──医師・心理職・福祉職──を想定し、医学史の前提知識は求めない。ヒーリー『マニー──双極性障害小史』[10]が「語の歴史」──マニアという語が指してきたものの移り変わり──を描くのに対し、ショーターが描くのは「疾患単位の歴史」である。錯乱性躁病・悪性緊張病・メランコリア・青年期精神異常という、かつて実在をみとめられながらDSMの体系から締め出された単位の歴史をたどり、歴史にもとづく対案の分類まで出してみせる。本篇は紹介と要約、批評史の整理に徹し、原文の引用は批評・研究のための短い引用にとどめる(筆者手元の全訳は私的使用の範囲にとどめ、公開しない)。同著者(フィンクとの共著)『恐怖の狂気』の案内は、稿をあらためて緊張病篇とする。

序──本書と本案内

エドワード・ショーター『DSM-5から締め出されたもの──歴史のなかの精神疾患と現代』(Edward Shorter, What Psychiatry Left Out of the DSM-5: Historical Mental Disorders Today, New York: Routledge, 2015, 188頁、全10章)[1]は、トロント大学の医学史家による、DSM体系への歴史学からの正面攻撃である。DSMとは、アメリカ精神医学会の『精神疾患の診断・統計マニュアル』のことで、その第5版にあたるDSM-5(2013年)は、いまや世界中の診療と研究の事実上の標準になっている。書名の「締め出されたもの」とは、この標準の分類表に席をもらえなかった病たちのことである。著者は『精神医学の歴史』(1997年、邦訳あり)で知られる精神医学通史の第一人者であり、その後の仕事は精神薬理学史(『Before Prozac』)、うつ病概念史(『How Everyone Became Depressed』)へと進んできた[2]。ヒーリーとは電気けいれん療法史の共著者でもある[4]。本書の第五章では、そのヒーリーの『マニー』を「彼の優れた著書」と呼び、気分安定薬信仰の由来についてはそちらを読むようにと述べている[10]

表題は挑発的だが、本書は反精神医学の書ではない。むしろ逆である。ショーターの立場は徹底した疾患実在論──精神の病は、はしかや糖尿病と同じように、人間の作った分類とはかかわりなく自然のなかに実在する、という立場──である。ただし、DSMの単位はその実在に対応していない。対応する単位なら、精神医学は2世紀かけてすでに見つけていた。これが全巻の主張である。結論章の言葉でいえば、時代の集合知が蒸留した「メランコリア、錯乱性躁病、青年期精神異常、致死性緊張病」──いずれも次節でひとつずつ見てゆく──は自然な疾患単位に対応するとみられ、「小児科がおたふく風邪を忘れないのと同様、精神医学もこれら過去からの貴重な獲得物を無視してはならない」(pp. 179–180)。本稿がこの本を取り上げるのは、この「締め出された単位」の目録が、いま使われている診断体系がどう作られてきたかを歴史の側から見直すための、もっとも手際のよい見取り図になっているからである。

一、本書の主題と方法

方法論は第二章「疾患のデザイン」にはっきりと示される。精神医学に疾患単位が生まれる道は二つある、とショーターは言う。ひとつは集合知のコンセンサス──何十年ものあいだ、無数の臨床家の観察が「大きな奔流」のなかで持ち寄られ、すこしずつひとつの病像へと形を結んでゆく道である。もうひとつは「偉人の勅令」──クレペリン(19世紀末に現代の分類の骨組みを築いたドイツの精神科医)やスピッツァー(1980年のDSM-III改訂を主導したアメリカの精神科医)のような権威が、上から定義を布告する道である。19世紀の疾病分類史は前者の見本とされる。妄想の中身よりも思考の壊れ方を(内容から形式へ)、ある時点の症状の断面よりも長い経過と行き着く先を(横断面から経過と転帰へ)重んじるようになり、狂気を知性の病とみる古い見方から、情動〔Gemüt〕の病の発見へと進んだ道である。これに対しDSMは後者の堕落したかたち──委員会のなかの「馬の駆け引き」、つまり委員どうしの取引で診断が決まる仕組み──だとされる。パニック症と全般不安症がDSM-IIIに入ったいきさつを委員の証言でたどり直すくだりや、FDA(アメリカの医薬品審査当局)の元幹部リーバーが「FDAがマニュアルを使うのはこれらの疾患が実在すると考えるからではない」と語る2008年のインタビュー(聞き手はヒーリーである)の引用が、この診断を裏づける。

では何を基準に単位を立て直すのか。ショーターの答えは三つ組である。第一に、150年の診断伝統というふるいを生き延びたこと。第二に、治療反応の特異性──電気けいれん療法(ECT)・ベンゾジアゼピン・三環系抗うつ薬といった特定の治療に、その単位だけが際立って反応すること。第三に、生物学的指標──たとえばメランコリアでは、ストレスホルモン調節の乱れを検出するデキサメタゾン抑制試験が、緊張病では、ベンゾジアゼピンの静注で症状が目の前で解けるかを見るロラゼパム負荷試験が、それぞれ目印になる。第九章の宣言を引けば、「歴史的診断は、思いつきと流行と合意で起草された現行の診断体系よりも、自然をその関節に近いところで切り分ける可能性をもつと考えることが、なお可能である」(pp. 161–162)。「自然をその関節で切る」とはプラトン以来の比喩で、分類の切れ目が自然の継ぎ目に沿うことをいう。ここで、同じ歴史を「語の歴史」として描いたヒーリー『マニー』と並べてみると、対照がくっきりする。ヒーリーは、マニアという語の指すものが時代ごとに断絶していることを示して、疾患概念が人の手で作られたものであることをあばき出した。精神科医ガーミは、それを診断の足場を崩しかねない危険なポストモダニズムだと批判した。ショーターはこの二人とは別の、第三の頂点に立つ。断続の診断はヒーリーと共有しながら、そこから「ゆえに正しい単位が失われた」という実在論の帰結を引き出し、対案の分類まで出してみせるのである。三者が一致する点はひとつだけある──DSMの単位は自然の関節を切っていない、という点である。

二、章別の見取り図

第三章 錯乱性躁病(Delirious Mania)──本書の白眉

章の並びを破って第三章から始めるのは、この章が本書の主張をもっとも鮮やかに示すからである。ショーターはまず、maniaという語の古い意味が、今日連想される多幸ではなく暴力的激高──理性を奪うほどの激しい怒りと興奮──であったことを確認する(ヒーリーも『マニー』第一章で同じ確認をしている)。そのうえで、「凶暴な躁病」「錯乱性躁病」が18〜19世紀の集合知としてかたちを結んだ、実在の疾患だったと論じる。その系譜のかなめに置かれるのが、フランス革命期のパリで精神医療の改革を主導した医師ピネルの「妄想なき躁病」(manie sans délireである。判断も記憶も少しも損なわれないまま、周期的な激高発作だけに襲われる──パリのビセートル施療院に収容されていた、ある職人の症例である(ピネル『精神疾患に関する医学=哲学論考』第二版、pp. 157–159)。この観察は、フォデレ、エスキロールの殺人モノマニー、ベル躁病(1849年)、モーズレーの衝動性狂気へと受け継がれてゆく。ところが、クレペリンが躁病を「気分が高揚し、考えがとめどなく流れ出す病」(高揚と観念奔逸)と定義し直したとき、暴力型の躁はこの本流から切り離されてしまう。切り離された暴力型は、シュナイダーの「爆発性精神病質」からDSMの「間欠爆発症」──かっとなって手が出る、という一面だけを取り出した現代の診断名──へと切り縮められた。章の冒頭と結びには現代の症例が置かれる。抗精神病薬ハロペリドールでかえって悪化し、後年は18年間平穏に暮らした青年ジョーダンである。ショーターは書く──「われわれはここで何かを失った。病的暴力を理解する能力である」(pp. 26–27)。結論部では、フィンクにしたがい、錯乱性躁病は緊張病の一種であり、緊張病の治療(ベンゾジアゼピン・ECT)に劇的に反応するとされる。

第二章 疾患のデザイン(Disease Designing)と第四章 悪性緊張病(Malignant Catatonia)

第二章は前節で述べた方法論の章だが、分類史の起点にピネルを置くことも見のがせない。『論考』第二版の四種(躁病・メランコリー・痴呆・白痴)は「最初の併合派(lumper)」──病像を細かく割るのではなく、大きくまとめる立場──の仕事とされ、以後の分類史が分割と併合のあいだを振り子のように行き来したさまが描かれる。第四章の主役は悪性(致死性)緊張病である。緊張病とは、身体が固まって動かなくなり口もきかなくなる、あるいは逆に激しい興奮が止まらなくなる、運動と意志の病をいう。その極型である致死性緊張病は、自殺にいたるメランコリアを除けば、精神医学で唯一「死がプログラムされた」病──放置すれば死へ向かって進む病──であった。この章はその埋もれてきた歴史である。ブリエール・ド・ボワモンのdélire aigu(急性譫妄。1845年の報告では16例中12例が15日以内に死亡)、ベル躁病、ノスタルジア(ホーファーの造語1678年。ナポレオン軍の撤退期に流行した「郷愁病」)──死にいたる同じ経過が、こうしたさまざまな病名の下に隠れていた。それをカールバウムが緊張病(1874年)としてひとつの病に独立させ、クレペリンが早発性痴呆(のちの統合失調症)の亜型へ吸収して教科書から消し、シュタウダーの「致死性緊張病」(1934年)が呼び戻し、静注ロラゼパム(1983年)とECTがついに治療可能にした──それでもDSM-5の索引に「悪性緊張病」の項はない、という章である。

第五章 双極性という狂騒(Bipolar Craziness)と第七章 防火壁(Firewall)

第五章が撃つのは、「双極性障害」という枠組みの膨張である。躁と鬱の交代そのものは臨床医学の始まりの時代から知られていた(ピケルはスペイン王フェルナンド六世の症例に「同一の病」と記した)。ただしそれは二つの疾患ではなく、一つの病の二つの顔とされてきたのである。うつだけを繰り返す「単極性」と、躁とうつを往復する「双極性」とに病を二分する今日の区分は、自然が与えたものではなく、ヴェルニッケ─クライスト─レオンハルト学派の手になるものである。単極・双極という発想はこの学統のなかで育ち、クライストの弟子レオンハルトが『内因性精神病の分類』(1957年)で体系化した。のちにこの二分だけが取り出され、1980年のDSM-IIIに入って標準になったのである。一方のクレペリンは、繰り返す気分の病をすべてひとつの「躁うつ病」にまとめた一元論の立場に立ち、単極と双極を分ける二元論には与しなかった。この対立はかたちを変えていまも続いており、双極症群を抑うつ症群から独立の章に切り離したDSM-5と、両者をなお「気分症群」のもとにまとめるICD-11とは、ちょうどこの分かれ道の両側に立っている。単極と双極の差は病のなりたちの違いではなく重症度と経過の違いにすぎず、「抗うつ薬が躁転(うつの治療中に躁がひき起こされること)を誘発する」という教えも対照試験の裏づけを欠く都市伝説だ、とショーターは論じる。そしてまさにこの文脈で、気分安定薬信仰の由来はヒーリーの「優れた著書」に譲られるのである。第七章が扱うのは、クレペリンが1899年に築いた「防火壁」──気分の病と統合失調症は別種の病であり、両者のあいだには越えられない壁がある、という教義──の崩壊である。実際には、重症の抑鬱はしばしば精神病性である(1981年の研究でメランコリア患者の42%が妄想性、ヒーリーが北ウェールズで行った歴史疫学研究ではメランコリア患者の70%が精神病性、p. 142)。統合失調症の側には気分症状が流れ込み、遺伝素因は両診断にまたがる。壁の両側の症状は、たがいに越境しあっているのである。「北ウェールズでは、妄想と気分のあいだに防火壁などまったくない」というヒーリーの私信が章の結論を支えている。

第六章 青年期精神異常(Adolescent Insanity)と第八章 病期(Stages)

第六章は「統合失調症」の解体である。この診断名の下に実在するのは、15〜25歳という年齢に固く結びついた独立疾患「青年期精神異常」だとショーターは言う。その本質は妄想や幻覚ではなく、かつて「痴呆」と呼ばれたもの──人格の変化、意欲の喪失、感情の平板化──にある。モレルのdémence précoce(早発性痴呆、1852年)、エディンバラ学派の adolescent insanity、ヘッカーの破瓜病(1871年。報告された14例の全例が18〜22歳で発症)が、この観察のかたちを結んだものであった。ところがブロイラーが1908年にこれを「統合失調症」と改名したとき、年齢との結びつきが定義から抜け落ち、概念は壊れた──そう論じられる。興味深いことに、この系譜にはピネルの症例──動かず、語らない28歳の彫刻家──も組み込まれている。第八章の主題は、単一精神病の段階論である。これは、精神の病は別々の疾患の寄せ集めではなく、ひとつの基底の病が深まりながら病像を変えてゆくのだ、という19世紀ドイツの考え方をいう。ツェラー(すべての精神疾患はメランコリーに始まる──429人の入院統計付き)、グリージンガー、ノイマン(「狂気に形態はなく、段階だけがある」)、カールバウムという系譜が、「基底疾患は列車であり、車両(症状像)は機関車が進むにつれて姿を変える」という比喩のもとに再評価される。クレペリンの二分法とDSMがこの観察を消し去ったこと、そして現代の縦断研究(発症前の前駆期の研究、双極性障害の段階的発達論)がそれを再発見しつつあることが示される。

第九章 歴史にもとづくもう一つの疾病分類学(An Alternative, History-Based, Nosology)と第十章 結論

終わり近くで本書は目録から設計図へと転じ、10項目の代替分類を提案する。列挙すれば──急性短期精神病(フランス精神医学のbouffée déliranteにあたる、突発して短期間でおさまる精神病)、神経精神医学的病態、慢性精神症(「統合失調症」を青年期発症・予後不良型と遅発・予後良好型とに解体する)、そして「クレペリン病」──キャロルが名づけた、躁の有無を問わない再発性のメランコリー症候群。これが立てば「双極性障害」という診断は不要になり、廃止される──、パラノイア、病期理論、緊張病(錯乱性躁病を含む)、閾値下(診断基準に満たない程度)の気分・不安症、譫妄、心身関係の破綻、である。結論章は簡潔である。DSM-5がメランコリアを「コードを持たない特定用語」──独立の診断コードを与えられない添え書き──へ追いやった一方で、緊張病だけは統合失調症の亜型から独立の症候群へ復権した。フィンクの粘り強い運動の成果であり、本書はこれを、忘れられかけた診断の「救出」がなお可能であることの成功例として記録する[7]

三、締め出された疾患単位──一覧

本書が「締め出された」とする疾患単位を、一覧に整理しておく。前節までの章別の描写を一望するための表である。

疾患単位本書の主張DSMでの運命
delirious mania激高・暴力・錯乱の急性病。ピネル「妄想なき躁病」をかなめとする系譜。緊張病の一種でECT反応性(第3章)「間欠爆発症」へ縮小。単位としては不在
malignant catatonia「死がプログラムされた」病。délire aigu・ベル躁病・ノスタルジアの下に埋もれる(第4章)DSM-5の索引に項目なし
melancholia精神病性であることの多い重症の抑鬱。防火壁を破る実例(第7章)コードを持たない「特定用語」へ格下げ
adolescent insanity15〜25歳に特異的な独立疾患。本質は精神病でなく「痴呆」(第6章)「統合失調症」に溶けこみ、年齢特異性を失う
stage theory単一の基底疾患がメランコリー→躁→錯乱→痴呆と病像を変える(第8章)横断面診断の体系に居場所なし
Kraepelin's disease躁の有無を問わない再発性メランコリー症候群(第9章、キャロル命名)採用されれば「双極性障害」は廃止される

四、批評と留保

本書は憤りの書であり、どちらの側に立つかを隠していない。注を見れば明らかなとおり、本書はテイラー=フィンクの精神病理学派──メランコリアと緊張病の復権を掲げる一派──との同盟のうえに立ち、テイラー、フィンク、ボルヴィグ、ヒーリーらとの私信が実証のかなめを支えている。割り引いて読むべき点もはっきりしている。デキサメタゾン抑制試験の再評価は現在の精神医学では少数派の立場であり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を「政治的概念」として分類から締め出すそぶりは挑発の域に踏み込む。第九章の10分類も、著者自身が認めるとおり検証された体系ではなく、歴史というふるいを唯一の根拠とする提案である。刊行時の書評も学界の主流が動かなかったことを示している[9]

それでも本書の値打ちは揺るがない。本稿がこの本から受け取るのは10分類のよしあしではなく、歴史記述のほうだからである。錯乱性躁病の系譜(ピネル→フォデレ→ベル→モーズレー→切断)、致死性緊張病の埋もれた歴史、防火壁の構築と崩壊、段階論の伝統──これらは一次資料と診断統計に足をつけた、専門史家の水準の仕事である。しかも本稿の観点からは、ヒーリーとショーターが同じ史実から逆の哲学的結論を引き出していることこそが最大の教材である。概念は断続する──ここまでは二人とも一致する。そこから、疾患概念の商業的構築を読むか(ヒーリー)、正しい単位の喪失を読むか(ショーター)。この分かれ道は史料では決着がつかない。本稿の立場も、この分かれ道の手前で踏みとどまるものである──過去の症例や病名を現代の診断概念へ対応づける読みは、あくまで遡及的な読解であって、確定的な同定ではない。

五、さらに読むために

本書のあとに、あるいは本書とあわせて読むものを挙げておく。精神医学史の通史としては、著者自身の『精神医学の歴史』(邦訳あり)[2]が最良の入口である。本書と対をなす一冊は、ヒーリー『マニー──双極性障害小史』[10]である。ショーターが「疾患単位の歴史」を描くのに対し、ヒーリーは同じ歴史をマニアという「語の歴史」として描いており、二冊をあわせ読むと、実在論と構築論の両側から診断の歴史を眺めることになる。緊張病の歴史は、ショーター=フィンク『恐怖の狂気』(2018年)[5]に一冊まるごとの規模で展開されており、その案内を本篇の続篇として予定している。メランコリアと緊張病の診断学については、本書がよりどころとするテイラー=フィンクの主著[6]と、パーカーらのメランコリア論[8]がある。

補訂に向けた自己点検(一)頁指示は筆者手元の原文スキャン(第2〜10章)の照合による。第1章「Introduction」のみ未スキャンであり、内容は出版社紹介文と他章からの参照で補った──確定稿までに確認すること。(二)書評(Simpson, Sociology of Health & Illness, 2017)は書誌のみ確認し本文未入手である。入手して四節に反映すること。(三)『精神医学の歴史』邦訳の書誌(訳者・刊行年)を現物で確認すること。

文献

Opera principalia
[1]
Shorter, Edward. What Psychiatry Left Out of the DSM-5: Historical Mental Disorders Today. New York: Routledge, 2015. 本邦未訳。(引用箇所:全篇。頁指示は原書による)
[2]
Shorter, Edward. A History of Psychiatry: From the Era of the Asylum to the Age of Prozac. New York: Wiley, 1997(木村定訳『精神医学の歴史──隔離の時代から薬物治療の時代まで』青土社、1999年); Before Prozac: The Troubled History of Mood Disorders in Psychiatry. New York: Oxford University Press, 2009; How Everyone Became Depressed: The Rise and Fall of the Nervous Breakdown. New York: Oxford University Press, 2013.(引用箇所:序、五節)
Opera coniuncta et critica
[4]
Shorter, Edward, and David Healy. Shock Therapy: A History of Electroconvulsive Treatment in Mental Illness. New Brunswick: Rutgers University Press, 2007.(引用箇所:序)
[5]
Shorter, Edward, and Max Fink. The Madness of Fear: A History of Catatonia. New York: Oxford University Press, 2018. 本篇の続篇(緊張病篇)で扱う予定。(引用箇所:五節)
[6]
Taylor, Michael Alan, and Max Fink. Melancholia: The Diagnosis, Pathophysiology, and Treatment of Depressive Illness. Cambridge: Cambridge University Press, 2006; Fink, Max, and Michael Alan Taylor. Catatonia: A Clinician's Guide to Diagnosis and Treatment. Cambridge: Cambridge University Press, 2003. 本書がよりどころとする精神病理学派の主著。(引用箇所:四、五節)
[7]
Fink, Max. “Rediscovering Catatonia: The Biography of a Treatable Syndrome.” Acta Psychiatrica Scandinavica 127, suppl. 441 (2013): 1–50. 結論章が緊張病「救出」の典拠とする論文。(引用箇所:二章第九・十章)
[8]
Parker, Gordon, and Dusan Hadzi-Pavlovic, eds. Melancholia: A Disorder of Movement and Mood. Cambridge: Cambridge University Press, 1996. 「非メランコリア」概念の出典。(引用箇所:五節)
[9]
Simpson, [書評]. Sociology of Health & Illness, 2017. 書誌のみ確認、本文未入手(自己点検(二)参照)。(引用箇所:四節)
[10]
Healy, David. Mania: A Short History of Bipolar Disorder. Baltimore: Johns Hopkins University Press, 2008. 本書と対をなす「語の歴史」。本稿とは別に案内がある(healy-mania-annai.html)。(引用箇所:Nota、序、五節)