ここに収めるのは、研究でも解説でもない、随筆である。アランは毎日、同じ長さの紙に一篇のプロポを書いた——証明せず、網羅せず、その日目に留まったひとつの事柄から歩き出して、紙が尽きるところで筆を置いた。この系列はその流儀に倣う。学術的な主張はここにはなく、引用にも適さない。ただ読まれるためにだけ書かれている。
一回にひとつの場面。論証はしない。結論も要らない。『古事記』は声に出され、聴かれた物語と歌を文字に留めた書物である——だからここでは、読むというより聴くつもりで書く。巷に流布していた物語と、別の脈絡で歌われていた歌とを、編む者がいかに組み合わせて一つの作品に仕上げたか。それを頁の上で鑑賞することが、この連作のただひとつの姿勢である。