【海外】行き場を失う精神疾患患者−フランス精神科医療の現状 (2003-09-19)

 精神疾患患者の社会復帰を促進することは大事だが、精神疾患への誤解と偏見が根強くあるなかで地域の住民を説得して社会復帰施設を整備していくことは難しい−。フランス精神科医療は大きなジレンマを前に足踏みを続けている。政府は精神疾患患者の長期入院を解消するとして精神病床の削減を進めているが、それに変わる受け入れ先は用意されず、患者は行き場を失っている。
 
 1960年以降、欧米諸国は、精神障害患者の長期入院是正と社会復帰促進を旗印に、精神科医療の地域化を勧めていった。フランスは60年に精神科医療における「医療区域制」を導入。成人用829区、小児・思春期用321区を設定し、各区域ごとに精神衛生相談所と精神科デイケアセンターを整備していった。
 
 フランス保健省は、これを境に精神科病床の削減を強力に推進する。老朽化した精神科病床は次々と解体され、精神科の長期療養病床は激減した。だが、こうした病床に入院していた患者の受け入れ先の整備はなかなか進まなかった。
 
 ストレスを抱える人が増加していることも、精神科医療の供給不足に拍車をかけた。60年代は家庭・仕事上のストレスからくる神経症やうつ病、90年代以降は、不安症、適応障害、思春期の拒食症、統合失調症、麻薬中毒症などが増加。精神科の治療を受けている人はフランス全土で実に400万人に上るといわれている。
 
 精神科病床がどんどん削減され、在宅で治療を受ける体制も十分でないために、患者は病院にも入れない、社会復帰もできない宙ぶらりんの状態になっている。医療、そして家族にも見捨てられた患者の一部はホームレスになって町に溢れる。フランスではホームレスの大半が精神疾患患者だといわれている。
 
 問題はこれだけではない。フランス人の抗うつ剤、精神安定剤の消費量は世界一。時間と費用のかかる精神科専門療法よりも、投薬中心の治療が主流であることを示している。
 
 精神科医やコメディカルで構成する精神科医療三部会のボコブザ会長は、「フランスの精神科医療政策は、精神疾患患者を社会不適応者として片付けるか、薬漬けかのどちらかに導く」と憂えている。
 
パリ発 奥田七峰子日医総研海外駐在研究員
(JMA PRESS NETWORK)


【海外】公立病院の財政建て直しに民間のノウハウ導入 パリ市公立病院協会 (2003-09-19 )

パリ市公立病院協会の最高責任者にこの春、民間出身のローズ=マリー・ヴァンレールベルグ氏が就任した。同協会傘下の病院の累積赤字は増加の一途を辿っており、トップ交代は民間の経営ノウハウを導入することで財政の建て直しを図ろうとする苦肉の策。こうした協会側の意向を受けて、同氏は就任早々、事務職員のリストラや診療科の統廃合などの経営スリム化に取り組む決意を記した手紙を全職員あてに送付した。
 
 パリ市公立病院協会には39の公立病院が所属。総病床数は2万5000床、職員数9万人に上る巨大組織だが、医師、看護師の不足や不透明な経営など悪評はつきない。公立病院の予算は総枠予算制によって管理されている。病院側が前年度の活動実績をもとに作成した施設計画と予算計画にもとづいて予算が配分されるが、歳出の細かな項目までの報告は求められていない。そのため医師、看護師をはじめとする医療従事者数に比べ、事務職員数が不必要なまでに多く、歳出の6割以上を人件費が占めるという、非効率極まりない公立病院の経営に改革のメスが入れられたことはなかった。 
 
 唯一の救いは提供する医療の水準の高さだと言われてきたが、医師不足、看護師不足が恒常化しつつある劣悪な労働環境に嫌気がさしたのか、民間病院や製薬業界へ流出する医師が増えてきている。かつて公立病院の勤務医はフランス医師社会の中でエリートとされていたが、毎年の公募でも欠員が目立つようになってきている。
 
 事態がただならぬ状況にあることを察した政府は、公立病院改革として(1)総枠予算制を廃止して経営の透明化を図る(2)医療費を抑制するためフランス式DRGであるTPA(診療報酬を出来高払いではなく定額で支払う方式)を導入する−方針を明確に打ち出している。
 
 こうした背景のなかで、パリ市公立病院協会の最高責任者交代劇が起こった。政府が改革に乗り出すのであれば、累積赤字を年々増やしている現在のような運営はできなくなるとの危機感が協会内部で強まったものとみられる。
 
 新しく最高責任者に就いたローズ=マリー・ヴァンレールベルグ氏は国内トップ乳製品メーカー、ダノン社の人事部長からの転職。経営改革という大任を背負った同氏は就任早々、あいさつとして全職員に手紙を送った。
 
 手紙の中で同氏は、自身の任務について、「預かった公金である医療費の管理、このひとことに集約される」と明言した。協会の2003年1月1日時点の累積赤字が1億4000ユーロ(約185億円:1ユーロ=132円)に上り、このまま放置すれば今年中に2億ユーロ(約264億円)にまで膨らむと試算。「企業であったら既に倒産しているはずだ。財政均衡努力以外に選択肢は無い」と経営改革に乗り出す固い決意を表明した。
 
 具体策としては(1)投薬と検査の適正化(2)医薬品、医療材料の値引き交渉の強化(3)病院間を含む診療科の統廃合(4)雇用オーバーとの批判が集まっている事務職員数の削減−など大幅な経営スリム化に取り組む考えを示した。また病診連携の推進やチーフ医師らによる内部での自発的コントロールなどを通じて、勤務医の経営管理への関与を求める意向も明らかにしている。(参照文献:Le Quotidien du Medecin 2003年4月30日号)
 
 パリ発 奥田七峰子日医総研海外駐在研究員(JMA PRESS NETWORK)

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