【日本語要旨】 世界保健機関 ICD-11 が 2022年に混合エピソード(mixed episode)を独立した気分エピソード型として保持した決定は、2013年の DSM-5 が同概念を「混合性の特徴を伴う(with mixed features)」という specifier へと格下げした選択と鮮明な対照をなす。本論考は、この国際分類体系における分岐の歴史的・臨床的意義を、1899年ハイデルベルクの Wilhelm Weygandt 教授資格論文から ICD-11 までの123年の概念史的軌跡のうちに位置づけることを目的とする。
論述はドイツ・フランス・英米の三極を横断する。ドイツ語圏については、Kraepelin–Weygandt 系列によるハイデルベルクでの体系化(情動・精神運動・連合的思考の三次元論と Labilität 仮説)、Jaspers『精神病理学原論』(1913年)における方法論的留保(了解心理学と説明心理学の混同という Weygandt 三次元論への批判)、Schneider『臨床精神病理学』第 14 版における現象学的否定(Konjunktiv II による文法的留保を用いた「Wechsel oder Umschlag」への再分類)を順次検討する。フランス語圏については、Régis–Rémond–Voivenel–Michaux 系列の批判的距離化と、Henri Ey による構造論的読解——混合状態を「倫理的時間構造の脱組織化における意識の二極化」として把握する——を扱う。英米圏については、DSM の七十年にわたる試行錯誤と Malhi–Bell の現代的 ACE モデル(Activity–Cognition–Emotion/Affect)を取り上げる。
本邦における混合状態論の議論において従来正面から扱われることのなかった Weygandt 教授資格論文の中核内容を、書誌的背景・三症状次元の理論・三主要型の臨床記述(manischer Stupor、agitierte Depression、unproduktive Manie)・ハイデルベルク・クリニック 150例の縦断的統計に即して、本邦で初めて本格的に紹介する。Kapsambelis 編フランス精神医学教科書第 32 章の F 夫人例を、各節における哲学的議論の臨床的具体として織り込み、最終節(第十節)において、混合状態の同定が抗うつ薬処方判断・自殺リスクの管理・治療失敗の予防という日々の臨床実践において帯びる切迫性を論じる。
ICD-11 の決定は、概念史的には Weygandt 1899年への123年ぶりの構造的回帰であると同時に、臨床的には混合状態の見逃しがもたらす破滅的転帰を防ぐ安全装置(Sicherheitsvorrichtung)の再構築として評価される。
キーワード:混合状態、Wilhelm Weygandt、Emil Kraepelin、Karl Jaspers、Kurt Schneider、Henri Ey、ICD-11、混合エピソード、双極障害、Labilität、Konjunktiv II、ACE モデル、Sicherheitsvorrichtung
The World Health Organization's decision to retain "mixed episode" (gemischte Episode) as an independent mood episode type in ICD-11 (2022) stands in sharp contrast to DSM-5 (2013), which demoted the same concept to a "with mixed features" specifier. This paper situates the historical and clinical significance of this divergence within a conceptual-historical trajectory spanning 123 years, from Wilhelm Weygandt's 1899 Habilitationsschrift at Heidelberg to the present.
The argument traverses three traditions. From German-language psychiatry: the Kraepelin–Weygandt synthesis at Heidelberg (the three-dimensional theory of affect, psychomotricity, and associative thought, with Labilität as its structural core); Jaspers's methodological reservation in Allgemeine Psychopathologie (1913), criticizing the confusion of verstehende and erklärende psychology in Weygandt's analysis; and Schneider's phenomenological negation in Klinische Psychopathologie (14th edition), which deployed the Konjunktiv II grammatical reservation to reclassify the phenomenon as Wechsel oder Umschlag. From French psychiatry: the critical distancing of the Régis–Rémond–Voivenel–Michaux line, and Henri Ey's structural reading in Études psychiatriques (1954), which conceptualized mixed states as "extreme polarizations of consciousness at the level of the disorganized ethical temporal structure" (polarisations extrêmes de la conscience désorganisée au niveau de la structure temporelle éthique). From the Anglo-American tradition: DSM's seventy-year vacillation and Malhi–Bell's contemporary ACE model (Activity–Cognition–Emotion/Affect) as a modern reactivation of Weygandt's three-dimensional analysis.
Weygandt's 1899 monograph Über die Mischzustände des manisch-depressiven Irreseins, scarcely discussed in Japanese psychiatry, is here introduced in detail for the first time, including its bibliographic background, three-symptom-dimensional theory, three main clinical types (manischer Stupor, agitierte Depression, unproduktive Manie), and longitudinal statistics from 150 cases at the Heidelberg Clinic. The clinical case of "Madame F." from Kapsambelis's Manuel de psychiatrie clinique et psychopathologique de l'adulte is woven through the philosophical argument as its clinical concretization. The final section examines the existential urgency confronting everyday psychiatric practice: the judgment of antidepressant prescription, the management of suicide risk, and the prevention of treatment failure.
ICD-11's decision is evaluated both as a conceptual-historical return to Weygandt's 1899 insight — the first such return in 123 years — and as the reconstruction of a clinical safety device (Sicherheitsvorrichtung) protecting vulnerable patients from the catastrophic outcomes of missed mixed states.
Keywords: mixed states, Wilhelm Weygandt, Emil Kraepelin, Karl Jaspers, Kurt Schneider, Henri Ey, ICD-11, mixed episode, bipolar disorder, Labilität, Konjunktiv II, ACE model, Sicherheitsvorrichtung
序
本論考がたどろうとする混合状態(mixed state)概念の系譜の意味を理解するには、まず具体的な臨床像から入るのが分かりやすい。フランス精神医学の主要教科書である Kapsambelis 編『成人精神医学・精神病理学マニュアル』の第 32 章には、F 夫人と呼ばれる中年女性の症例が紹介されている[39]。彼女は元夫への激しい怒りと興奮のさなかに警察に保護され、救急外来へと運ばれた。その怒りは、元夫が自分から「お金、宝石、尊厳、心のすべてを奪った」というものである。しかしその一方で、彼女は「家業の破綻を招いた元凶は自分である」という深い罪業観念にもとらわれている。テレビで目にする他の事件までも自分の「悪い考え」のせいだと感じ、自分を刑務所に入れてほしいと警察に求める。元夫を激しく糾弾する言葉と、自らを警察に引き渡そうとする自罰的衝動とが、同じ臨床像のなかに共存しているのである。気分は深く抑うつ的でありながら、行動の面ではむしろ躁的な高揚を示している。単純な抑うつエピソードでも、純粋な躁エピソードでもない――混合状態の臨床例として、まさに教科書的な姿を示しているといえる。
この種の臨床像を前にしたとき、臨床医はきわめて切迫した判断を迫られる。F 夫人を「抑うつエピソード」と診断して抗うつ薬を処方すれば、躁的興奮と自罰的衝動とを助長し、自殺企図を招きかねない。逆に「躁エピソード」と診断して気分安定薬や抗精神病薬のみを投与すれば、抑うつ症状の改善が遅れることになる。混合状態を見逃すことは、薬物選択の誤りをとおして、患者の生命に直結する転帰の差をもたらすのである。実際、混合エピソード時の自殺リスクは、双極障害のほかのいかなる状態よりも高い。このことは蓄積された臨床的・薬理学的観察によって確認されており、ICD‑11 CDDR も混合エピソードを「自殺リスクが特に顕著である状態」として明示している[1]。混合状態を独立した診断単位として認めることは、単なる分類技術上の問題ではなく、臨床現場における安全装置(Sicherheitsvorrichtung)の問題なのである。
それゆえ、混合状態論の歴史をたどる作業は、決して抽象的な概念史の問題にとどまらない。19世紀末ハイデルベルクで Wilhelm Weygandt が提示した三次元論にはじまり、Karl Jaspers の哲学的留保、Kurt Schneider による否定、Henri Ey の構造論的読解、フランス精神医学の伝統的抵抗、DSM の七十年にわたる試行錯誤、そして2022年 ICD‑11 における混合エピソードの独立カテゴリーとしての復権へと至る、一世紀あまりにわたる思想史の歩み――それは、F 夫人のような患者を臨床医が正しく認め、適切に治療しうるか否かという、日々の臨床実践の質を直接的に規定する条件の歴史にほかならない。本論考の最終節(第十節)でこの臨床的切迫性をあらためて取り上げるが、それに先立って、まずこの臨床的地平を読者に示しておくことから始めたい。
ICD‑11 の臨床記述および診断要件(CDDR)が2022年に公刊されて以来、混合エピソード(mixed episode)の取り扱いは、21世紀の精神医学診断学における最も注目すべき分岐点のひとつとなっている。米国精神医学会の DSM‑5 は2013年、DSM‑IV までの「混合エピソード」というカテゴリーを廃止し、これを「混合性の特徴を伴う(with mixed features)」という気分エピソードへの specifier へと格下げした。これに対して世界保健機関の ICD‑11 は、混合エピソードをあえて独立の気分エピソードとして保持したのである[1]。両者の判断は単なる分類技術上の差異ではなく、躁うつ病という疾患単位そのものの捉え方をめぐる、きわめて深い学問的伝統の対立を反映している。
ここで、ICD‑11 CDDR が混合エピソードをどのように規定しているかを確認しておくことは有益である。CDDR の診断要件は、要約すれば次のような骨格をもつ。すなわち、一つの気分エピソードの内部において、顕著な躁症状と抑うつ症状とが同時に併存するか、もしくは同日内ないし日々のあいだで急速に交替(rapid alternation)し、その状態が少なくとも2週間にわたって大部分の日に認められること、これである。CDDR は個別症状の数の閾値を課さず、両極からの「顕著な症状群(prominent symptoms)」の存在が臨床判断のもとで認められれば足りる、という構成をとっている。
CDDR はさらに、混合エピソードの臨床像を以下の三つの型(パターン)に分けて記述している。第一は「躁症状優位型」であり、顕著な躁症状を呈する患者において、対極(contrapolar)にあたる抑うつ症状として、悲嘆的気分・無価値観・絶望・自殺念慮などが共存する型である。第二は「抑うつ症状優位型」であり、顕著な抑うつ症状を呈する患者において、対極にあたる躁症状として、易刺激性・思考奔逸ないし思考の混雑・多弁・活動性の亢進などが共存する型である。第三は「急速交替型」であり、抑うつと躁の症状群が急速に変動する型であって、気分(多幸と悲哀ないし不快気分のあいだ)・情動反応性(鈍麻と強い反応性のあいだ)・欲動(活動性・発話・性欲・食欲の増加と低下のあいだ)・認知機能(活性化と抑制ないし思考・注意・記憶の鈍化のあいだ)という四つの領域における揺らぎが観察される。
CDDR はまた、混合エピソードがしばしば純粋な躁・抑うつエピソードを上回る重篤な機能障害を伴いうること、そして自殺リスクの顕著さを明示している[1]。
この CDDR 規定と DSM‑5 の「混合性の特徴を伴う(with mixed features)」specifier との対比は、単なる用語上の差異ではなく実質的なものである。DSM‑5 specifier は、躁・軽躁・抑うつのいずれかの気分エピソードについて完全な診断基準が満たされたうえで、対極の極からの三症状以上の併存を追加要求する。しかも、その対極症状の選別から、易刺激性・精神運動激越・注意散漫・睡眠変化といった、躁にもうつにも見られうる「重複」症状群をあらかじめ除外している。この除外規定の帰結として、両極の境界に位置する重要な臨床像の大部分は、specifier の適用範囲から脱落してしまうことになる。これに対して CDDR は、症状の重複性そのものをむしろ混合エピソードの中核的特徴として位置づけ、Schneider 系列が「Wechsel oder Umschlag」と呼んだ現象を急速交替型として診断単位の内部に取り込むことに成功している。すなわち ICD‑11 CDDR の混合エピソード規定は、Kraepelin 学派以来の「同時性」概念と、Schneider 系列が代替案として提示した「急速交替」概念とを、診断単位の内部に併置して包摂するという特徴的な構造をもつのである――この構造の系譜論的意義については、第五節と第八節においてあらためて立ち戻って論じる。
ICD‑11 の判断は、ある意味で歴史的回帰のすがたを呈している。回帰の先にある原点とは、1899年、ハイデルベルク大学精神科の助手であった Wilhelm Weygandt が教授資格論文として上梓した一冊の著作――『躁鬱性精神病の混合状態について(Über die Mischzustände des manisch‑depressiven Irreseins)』――にほかならない[2]。同年に刊行された Kraepelin『精神医学』第 6 版において躁鬱病が独立した疾患単位として確立されたまさにそのとき、その内的構造の解析として Weygandt が提示したのが、情動・精神運動・連合的思考の三領域における Labilität(不安定性)という三次元論であった。この三次元論は、診断学のうえで、20世紀後半の DSM 体系のなかでいったんは周辺化されかけたものの、ICD‑11 の発表をもって、ほぼ一世紀ぶりに国際分類の中軸へと復帰したのである。
本稿は、Weygandt 1899年から ICD‑11 2022年に至るこの混合状態概念の系譜を、ドイツ語圏(Kraepelin–Weygandt 系列、および Jaspers の哲学的批評、Schneider による否定)、フランス語圏(Falret 以来の精神医学伝統と Henri Ey の構造論的読解)、英米圏(DSM の七十年と現代の ICD‑11 派 Malhi らの ACE モデル)の三極を横断しながら追跡することを目的とする。本邦においてはきちんとした紹介がいまだ存在しない Weygandt 原典の中核内容を、第三節において本格的に提示する。なお本稿の論述は、筆者の既往の論考――Pinel から Kraepelin への精神医学史論[3]、DSM の七十年論[4]、Henri Ey と Eugen Bleuler 論[5]、Kurt Schneider のガイドラインとしての仮説[6]――と相互に参照される構造をもっており、これら一連の論考群の延長線上に位置するものである。
第一節 歴史的前史 ―― 古代から19世紀フランス精神医学まで
混合状態の臨床的記述は、躁うつ病という統一概念の確立に先立ってすでに古代医学のうちに見出すことができる。ヒッポクラテス全書の記述は乏しいものの、2世紀のカッパドキアの Aretée は躁とメランコリアの相互移行についていくつかの aphorisme を残しており、なかでも「メランコリアは躁の始まりまたは一種の半躁である(la mélancolie est un commencement ou une espèce de demi‑manie)」[7]という命題はとりわけ有名である。Aretée はまた「メランコリアは段階的進行によってよりも、その重症度によって躁となる」「悲嘆が脳に交感的に作用するとき、過度の悲しみは過度の喜びと笑いに変わり、それは生涯の一部分にわたって持続する」と述べており、これは躁とうつの臨床的近接性を最初期に明示した記述である。Galenos もまた、躁的興奮が鎮まると患者は寡黙で臆病になると報告している。4世紀の Alexandre de Tralles は、躁とメランコリアの間欠的な周期性を比較的明確に識別したと評価されている[8]。
中世から17世紀までの医学文献において混合状態が体系的に論じられた形跡はほとんどないが、Thomas Willis は『獣の魂について』(De anima brutorum, 1676)のなかで、躁とメランコリアの相互移行の重要性を強調し、「これら二つの病はしばしば煙と炎のように互いに引き継ぎ、譲り合う(saepe haec duo quasi fumus et flamma se mutuo excipiunt ceduntque)」[9]という有名な表現を用いた。Morgagni『疾病の場所と原因についての解剖学的研究』第八書簡、および Lorry『メランコリアおよび黒胆汁性疾患について』(1765)も Willis のこの理解を継承している。
近代精神医学における混合状態論の本格的な始まりは、19世紀フランス精神医学に求められる。1851年、Jean‑Pierre Falret は『パリ病院ガゼット』に、続いて1854年に医学アカデミーで「循環性精神錯乱(folie circulaire)」概念を提示した[10]。Falret の循環性精神錯乱概念は、躁エピソードとメランコリーエピソードが同一個体において周期的に交替するという縦断的観察に基づくものであり、両者を独立した疾患ではなく単一の精神疾患の二相として捉える視座を提供した。
ほぼ同時期、Jules Baillarger は同じく医学アカデミーで「二相性精神錯乱(folie à double forme)」概念を提示し[11]、Falret との優先権論争を惹起した。両者の概念は厳密には異なる――Falret が両極の間に明晰な間隔(intervalle lucide)を置く周期構造を強調したのに対し、Baillarger は両極の連続的移行を強調した――が、いずれも躁とうつを単一疾患として把握する点で共通する。Bénédict‑Augustin Morel は、これに対して「躁とメランコリーの相互変態は精神錯乱のすべての変種に観察される現象であって、特別の疾患型を構成するものではない」[12]と述べて両者の独立性を否定したが、これは少数派であった。
Falret–Baillarger の枠組みのもとで、注目すべき先駆的観察が幾つか加わる。1854年に Louis‑Victor Marcé は産後気分症における混合状態を世界で初めて記述した[13]。Joseph Guislain(ベルギー)は躁エピソードとメランコリーの組み合わせを精神疾患の臨床像のうち最も頻出するものとして記述しており[14]、これは後の Weygandt および Kraepelin による混合状態の体系化を予告する観察である。1861年、Jules Falret(息子)は「真の躁を思わせる興奮状態の中で、しばしば悲しい性質の優勢な考え」が出現することのみならず、「正反対の状態、冷静な動きや理性的な外見と結びついた極端な考えの混乱」も存在することを報告している[15]。これらは混合状態論の素材を準備するものであった。
1852・1856年の Annales Médico‑Psychologiques 誌における Billod の論考は「二相性精神錯乱(folie à double phase)」を独立して扱い、フランスにおけるこの概念の確立に寄与した。だが、この概念をフランスで決定的に確立したのは、1883年に刊行された Antoine Ritti の『二相性精神錯乱の臨床的論考』(Traité clinique de la folie à double forme) である[16]。Ritti の書は Baillarger に献辞された包括的記述であり、フランスにおける本概念の標準的参照点となった。
このフランス側の系譜と並行して、ドイツ語圏では L. Meyer『循環性精神疾患について』(1874)、L. Kirn『周期性精神病』(Stuttgart, 1878)、Krafft‑Ebing『精神医学教科書』第 3 版(Stuttgart, 1888)、Heinrich Schüle『臨床精神医学』第 3 版(Leipzig, 1886、仏訳1888)などが「周期性精神病(periodische Psychosen)」の名のもとにこの問題群を扱った[17]。だが、これらすべての先駆的観察を統合し、躁うつ病という単一疾患単位として確立したのは、1899年の Kraepelin『精神医学』第 6 版であり、その内的構造の解析として混合状態論を提示したのが、同年同地(ハイデルベルク)の Weygandt にほかならない。
第二節 Kraepelin による躁鬱病の確立 ―― 1899年第 6 版の意義
筆者既往論考「ピネルからクレペリンへ」[3]において詳述したとおり、Emil Kraepelin の『精神医学』第 6 版(1899年、ライプツィヒ Barth 社刊)は、近代精神医学史において転換点をなす。第 5 版(1896年)でカタトニア(Kahlbaum)、ヘベフレニア(Hecker)、Morel の dementia praecox を統合した「早発性痴呆(Dementia praecox)」を一疾患単位として提示した Kraepelin は、第 6 版において、これと並ぶもう一つの大内因性精神病として躁鬱病(manisch‑depressives Irresein)を確立した。
Kraepelin の躁鬱病概念は、Falret の循環性精神錯乱、Baillarger の二相性精神錯乱、周期性躁病、周期性うつ病、循環精神病など、それまで分散していた多様な「気分症」的疾患記述を、縦断的経過と転帰の観点から一つの疾患単位に統合するものであった。Henri Ey が後に正確に定式化したように、「彼の記述により、これら諸状態がすべて単一の根本的疾患――躁鬱性精神錯乱――の発現、等価物として捉えるほうが論理的であることが明らかにされた」[18]。混合状態は、この統一概念の臨床的・理論的根拠として、Kraepelin によって体系内に組み込まれた。すなわち、純粋な躁エピソードと純粋なうつエピソードの間に位置する移行的・複合的状態が観察可能であるという事実そのものが、両者の本質的同一性を証明するという論理である。
ただし Kraepelin が混合状態の記述に充てた紙面は、第 6 版および第 8 版(1909〜1913年)を通じてさほど多くはない。その内的構造の本格的な分析は、もっぱら直弟子である Wilhelm Weygandt の教授資格論文に委ねられたといってよい。1899年は、Kraepelin 第 6 版と Weygandt 教授資格論文という、ハイデルベルク派の躁鬱病概念を構成する二冊の書物が同時に刊行された、まさに躁鬱病学の「奇蹟の年(annus mirabilis)」であった。次節は、この Weygandt 原典の内容を本邦においてはじめて本格的に紹介するものである。
第三節 Weygandt 1899年 ―― 混合状態論の体系化
本節は、本邦における混合状態論の議論において従来正面から扱われることのなかった Weygandt 教授資格論文の中核内容を、その書誌的背景・理論構造・臨床記述・統計的根拠に即して紹介する。引用は同書の頁数を本文中に直接示す形式とする(底本:Royal College of Physicians 図書館蔵本のスキャン)。
一 書誌的事項とハイデルベルクという制度的文脈
Wilhelm Weygandt 著『躁鬱性精神病の混合状態について――四図版および一リトグラフ表を伴う臨床精神医学への寄与』(Über die Mischzustände des manisch‑depressiven Irreseins. Ein Beitrag zur klinischen Psychiatrie mit vier Abbildungen und einer lithograph. Tafel) は、1899年、ミュンヘンの J. F. Lehmann 社から刊行された。著者の肩書はハイデルベルク大学精神科クリニック助手(Assistenzarzt)、Dr. phil. et med.(哲学・医学博士)。本書は教授資格論文(Habilitationsschrift)として執筆されたものであり、刊行と同年に Kraepelin『精神医学』第 6 版が同じくライプツィヒから出版されている。両書は事実上の姉妹書として読まれるべきものであり、Weygandt 自身が本書のなかで Kraepelin 第 6 版の頁数を脚注で繰り返し参照している――特に第 6 版第2巻 S. 396 の「躁性昏迷(manischer Stupor)」の項、および S. 390 Tafel VII Fig. 4 に掲載された葉冠の女性患者の写真がそれである。
Weygandt の論述の方法論的特徴は、Kraepelin 学派ハイデルベルク・クリニックの実験心理学的伝統と密接に結びついている。同クリニックには Kraepelin 自身が1890年代から営む「心理学的研究室(Psychologisches Laboratorium)」があり、A. Gross による Schriftwaage(筆圧計)研究、Aschaffenburg による連合実験、Bettmann による身体的・精神的疲労影響実験などが系統的に展開されていた[19]。Weygandt 自身も独立に Kraepelin の心理学的研究シリーズに「飢餓状態の心理的作用について」(Über die psychischen Wirkungen des Hungers, Münch. mediz. Wochenschrift, 1898, S. 385) を寄稿しており、教授資格論文においても自らの実験結果を援用している。すなわち、Weygandt の混合状態論は、純粋な記述精神医学(deskriptive Psychiatrie)ではなく、当時最先端の実験心理学的方法論によって裏打ちされた、ハイデルベルク派の野心的な統合的試みであった。
二 三症状次元の理論と Labilität 仮説
Weygandt の理論的核心は、躁うつ病の臨床像を構成する三つの症状次元(drei Symptompaare)の同定にある(pp. 1–5)。すなわち、第一の次元は情動(Affekt)であり、「高揚した気分(gehobene Stimmung)」と「抑うつ気分(Depression)」が両極をなす。第二の次元は精神運動(Psychomotilität)であり、「興奮(Erregung)」と「抑制(Hemmung)」が両極をなす。第三の次元は連合的思考(assoziatives Denken)であり、「観念奔逸(Ideenflucht)」と「思考抑制(Denkhemmung)」が両極をなす。
純粋な躁エピソードは「高揚気分+運動興奮+観念奔逸」の三重奏であり、純粋なうつエピソードは「抑うつ気分+運動抑制+思考抑制」の三重奏である。理論的には三次元 × 二極 = 八通りの組み合わせが可能であり、純粋な両極を除く六通りが「混合状態(Mischzustände)」として診断学的に区別されうる、というのが Weygandt の演繹的構成である。
しかし Weygandt 自身は、この六類型を均等に並列的に扱うのではなく、より深い理論的洞察を提示する。第 5 頁において彼は次のように論じる(筆者試訳)――
循環性ないし躁鬱性精神病の本質を構成するのは、〔気分・運動・思考の〕二系列の症状群――すなわち高揚気分・運動興奮・観念奔逸と、抑うつ・運動抑制・思考抑制――の対立そのものではなく、むしろ情動・精神運動・思考過程という三領域における Labilität(不安定性)の意味での障害である[20]。
すなわち、混合状態の存在は躁うつ病の本質的構造そのものを露呈する――混合状態は例外でも周辺現象でもなく、躁うつ病の中核的真理を最も明瞭に示す現象なのだ、というのが Weygandt の理論的主張である。ICD‑11 はその123年後に、混合エピソードを抑うつ・躁・軽躁エピソードと並ぶ第四の独立気分エピソード型として位置づけることになるが、Weygandt のこの主張は、その決定の理論的根拠をはるか以前から提供していたといえる。
三 三主要型の臨床記述
Weygandt は六通りの理論的可能性のうち、臨床実践上最も重要と判断する三主要型を中心に詳細な臨床記述を展開する(pp. 19–60)。これは Weygandt 論述の独自の貢献であり、後年の Kraepelin 第 8 版の六類型列挙とも、Henri Ey 経由で現代まで継承されている標準的列挙とも、整理の水準が異なる。
第一型は躁性昏迷(manischer Stupor)――高揚した躁的気分+精神運動抑制+思考抑制の組み合わせ(pp. 22–40)である。Weygandt はこれを最も重要な混合型として位置づけ、40 頁近くを充てて詳細に記述している。患者は身体的にはほぼ完全な昏迷状態にあって、寡黙で動かない。一方、表情には抑うつのしるし――前頭の縦の皺、下垂した眉、口角の下降、表情筋(皺眉筋・眼輪筋・口角下制筋)の緊張――は見られず、むしろ穏やかで明朗な、しばしば茶目っ気のある(verschmitzt)、時には嘲笑的(moquant)な表情を呈する。性的な誘惑性、軽い悪戯、医師や看護師の鍵を取ろうとする試み、巧妙な脱走計画など、抑制の表面下に確実に「行動への衝動(Thatendrang)」が潜在していることが観察される。Weygandt は H. A. 氏(1859年生、農夫)と Frau C. G.(1869年生、女中)の2例を写真付きで詳細に提示し、後者については1年以上の経過を追跡している。
第二型は興奮性抑うつ(agitierte Depression)――抑うつ気分+精神運動興奮+しばしば観念奔逸の組み合わせ(pp. 40–51)である。患者は深い罪業観念や絶望にとらわれながら、同時に絶え間ない饒舌、運動性の落ち着きのなさ、刺激への反応性の亢進を示す。Weygandt はこの類型と、後の Kraepelin 学派が独立疾患とした「退行期メランコリー(Involutionsmelancholie)」の興奮型との臨床的鑑別を慎重に論じる。決定的な鑑別点は外的刺激への反応性(Ablenkbarkeit)の有無であり、循環性混合状態の患者は環境刺激に強く反応し興奮が増強するのに対し、退行期メランコリーの患者は内的苦悩に没入して周囲に無関心である。Weygandt はこれにより、表面的に類似する両状態を予後的にも明確に区別することを可能にした。混合状態は躁うつ病に属するため寛解が期待できるのに対し、Kraepelin の理解では退行期メランコリーは慢性化と人格荒廃に至りうる別個の疾患である。
第三型は非生産的躁病(unproduktive Manie)――高揚気分+運動興奮+思考抑制の組み合わせ(pp. 51–60)である。患者は躁的興奮と多動を示すものの、発話の内容は単調で陳腐であり、機知に欠け、判断力の低下を思わせる。表面的には早発性痴呆(Dementia praecox、特にカタトニア型)の興奮状態と類似しうるが、Weygandt は気分の自然な明朗性、運動の優雅さ(Natürlichkeit)、外的刺激への反応性によって両者を鑑別することを可能にした。これもまた予後的に決定的な区別であり、躁うつ病の混合型は寛解するのに対し、早発性痴呆は荒廃に至るというのが Kraepelin–Weygandt の二大内因性精神病論の臨床帰結である。
四 ハイデルベルク・クリニック150例の縦断的統計
Weygandt の論述の方法論的特徴は、ハイデルベルク・クリニック過去7年間における150例の躁うつ病症例の縦断的統計(pp. 21–22)にも示されている。その内訳は次のとおりである。生涯を通じてうつ相のみ、ないし躁相のみを示した純粋例は11例。躁相と抑うつ相は出現するが両者の混合は観察されない混合のない循環例は35例。移行期に短期間の混合を呈した例は50例。長期にわたる気分または運動領域の動揺を呈した例は22例。そして、明瞭で長期持続する三主要型の混合状態を呈した例は30例強(全体の20%超)であり、その内訳は躁性昏迷11例、非生産的躁病9例、興奮性抑うつ12例である。
すなわち Weygandt は、混合状態を例外的・付随的現象としてではなく、躁うつ病症例の少なくとも五分の一が長期持続する明瞭な混合状態を呈する中核的現象として臨床的に位置づけたのである。この実証的な位置づけは、後述するように、ICD‑11 と現代的双極症研究の主流的見解――特に Malhi–Bell によれば、重症気分症患者の少なくとも三分の一が混合状態を呈する――と歴史的に響き合うものである。
五 Meynert 批判 ―― 「躁性昏迷」とカタトニア性昏迷の鑑別
Weygandt の論述には、ウィーン学派の Theodor Meynert に対する慎重な訂正が含まれる(p. 29)。Meynert は『臨床精神医学講義』(Wien, 1890, S. 56 f.) において「昏迷性躁病(Stuporöse Manie)」を記載していたが、Weygandt は Meynert の症例記述――衒奇的(geschraubt)言い回し、決まり文句の反復、音響連合(Assonanzen)、語列挙――が示す症候は、実は中等度カタトニア性興奮の像と完全に一致するものであって、真の躁性昏迷とは別物であると論じた。すなわち Meynert の Stuporöse Manie は躁うつ病ではなく早発性痴呆カタトニア型の一現象なのであり、両者を混同してはならない、という鑑別である。これは Kraepelin–Weygandt 軸が Meynert 系の主観的・脳病理学的精神医学から距離をとり、独自の縦断的・記述的・実験心理学的方法論を確立する瞬間として、ドイツ精神医学史上重要な箇所である。
六 実験心理学的裏付け ―― 世紀末ハイデルベルク・パラダイムの方法論的野心
Weygandt の論述の最終部(pp. 60–63)は、混合状態論を実験心理学的所見によって裏打ちしようとする試みに充てられる。すなわち、Kraepelin 自身のアルコール影響実験(『若干の薬剤による単純精神過程への影響について』Jena, 1892)、Smith のアルコール研究(『アルコール問題』Tübingen, 1895)、Fürer のアルコール急性中毒後遺症研究、Bettmann の身体的・精神的疲労研究、Aschaffenburg の徹夜実験による疲弊状態における連合変容研究、Weygandt 自身の飢餓実験、そして Hänel のトリオナール(睡眠薬)影響研究などが援用される。これらの実験は、躁的症状群――高揚気分・運動興奮・観念奔逸――が完全な統合体としてではなく分離可能な要素の組み合わせとして出現しうること、すなわち三次元論の経験的妥当性を示唆するものとして引かれている。
Weygandt はしかしながら慎重であり、これらの実験的所見が直ちに混合状態の生理学的説明を提供するものではないことを明言したうえで、「いずれにしても、これらの実験的研究は、本書で記述された臨床状態のより深い理解への通路を見出す数多くの足がかりを今後とも提供しうるであろう」と結ぶ。これは記述精神医学と実験心理学を結合しようとする世紀末ハイデルベルク・パラダイムの方法論的野心を、最も明瞭に表現した一節であるといえる。
七 結語 ―― Weygandt 論述の今日的意義
Weygandt 1899年論文を本邦において紹介する意義は、単に概念史上の一文献を発掘することにとどまらない。第一に、Weygandt の三次元論――情動・精神運動・連合的思考――は、後述する Malhi–Bell の現代的 ACE モデル(活動・認知・情動)と構造的にほぼ完全に対応するものであって、現代双極症研究における次元的アプローチの最も古典的な先駆をなす。第二に、Weygandt の Labilität 仮説――三領域における不安定性こそが躁うつ病の本質である――は、ICD‑11 が混合エピソードを独立した気分エピソード型として保持した決定の理論的根拠を、ほぼ120年前から提供していた。第三に、Weygandt の臨床的鑑別法――退行期メランコリーとの区別、カタトニアとの区別――は、混合状態の予後判定における Kraepelin 二大内因性精神病論の核心的応用である。
次節以降、Weygandt のこの体系化に対する Jaspers の哲学的留保(第四節)、Schneider の現象学的否定(第五節)、フランス精神医学伝統における受容と Henri Ey の構造論的読解(第六・第七節)、DSM の七十年における処遇(第八節)、そして ICD‑11 における復権(第九節)を順次検討する。
第四節 Jaspers の哲学的留保
Karl Jaspers の『精神病理学原論』(Allgemeine Psychopathologie, 1913年初版) は、Weygandt の混合状態論に対して、両義的かつきわめて示唆に富む批評を加えている。同書第 273 頁、章「異常気分状態の症候複合体(Die Symptomenkomplexe der abnormen Gemütszustände)」のうち、Jaspers は次のように論じる――
Kraepelin und Weygandt1) haben die Manie in die Komponenten Heiterkeit, Ideenflucht, Bewegungsdrang, die Depression in Traurigkeit, Gedankenhemmung, Bewegungshemmung zerlegt und daraus z. B. abgeleitet: Heiterkeit + Gedankenhemmung + Bewegungsdrang = „unproduktive Manie"; Heiterkeit + Gedankenhemmung + Bewegungshemmung = „manischer Stupor" usw. In dieser Richtung, die ihre Bedeutung wesentlich in diagnostischer Beziehung (Auffassung rätselhafter Zustände als heilbarer Phasen bei sonst an Manie oder Depression erkrankenden Individuen) hatte, ist keine weitere Entwicklung eingetreten; das erscheint natürlich, da Elemente verständlicher Zusammenhänge ohne weiteres einfach als objektive Komponenten und Faktoren des Seelenlebens verwandt worden sind (die so häufige Vermengung verstehender mit objektiv erklärender Psychologie). Nur die objektive Trennung von Verstimmungs- und Hemmungserscheinungen läßt sich vielleicht aufrecht erhalten.
[筆者訳] Kraepelin と Weygandt は、躁病を「高揚(Heiterkeit)・観念奔逸(Ideenflucht)・運動衝動(Bewegungsdrang)」、抑うつを「悲しみ(Traurigkeit)・思考抑制(Gedankenhemmung)・運動抑制(Bewegungshemmung)」という構成要素に分解し、そこからたとえば次のように導き出した――「高揚+思考抑制+運動衝動=『非生産的躁病(unproduktive Manie)』」、「高揚+思考抑制+運動抑制=『躁性昏迷(manischer Stupor)』」等々。この方向は本質的に診断上の意義(躁病もしくは抑うつに罹患している個体において他では不可解な状態を治療可能な相として把握すること)をもつものであったが、これ以上の発展は生じなかった。もっとも、これは当然のことのように思われる。なぜなら、了解可能な連関(verständliche Zusammenhänge)の諸要素が、それ以上の議論なしに単に精神生活の客観的構成要素・因子として用いられてきた(了解心理学と客観的説明心理学のしばしばの混同)からである。ただ、気分変調(Verstimmung)と抑制現象との客観的分離だけは、おそらく維持されうるであろう。[21]
Jaspers の批評の核心は、Weygandt が暗黙裡に犯している方法論的混同――「了解心理学(verstehende Psychologie)」と「説明心理学(erklärende Psychologie)」の混同――の指摘にある。すなわち、「高揚した気分」「観念奔逸」「運動への衝動」といった概念は、本来は意味連関のうちで了解可能な体験現象(verständliche Erlebnisphänomene)として精神生活に属するものであるところ、Weygandt はこれらをあたかも客観的に分離・組み合わせ可能な物理的構成要素であるかのように扱っている。Jaspers にとって、これは精神病理学の二つの根本的方法論――一方は心的体験の意味的内的連関を理解しようとする了解的方法、他方は心的現象を生物学的・神経学的因果連鎖の現れとして説明しようとする説明的方法――の重大な混同である。
しかしながら、Jaspers の批判は全面的拒絶ではなく、留保つきの部分的承認である。「気分変調と抑制現象との客観的分離だけは、おそらく維持されうるであろう(Nur die objektive Trennung von Verstimmungs- und Hemmungserscheinungen läßt sich vielleicht aufrecht erhalten)」という最後の一文は、Weygandt の三次元論のうち、少なくとも二次元――情動次元と運動/思考の抑制次元――の客観的分離可能性は精神病理学的に支持しうる、という限定的同意を含んでいる。なお、原文の "Nur" の限定性、"vielleicht"(おそらく、あるいは「もしかすると」)の弱い可能性留保、および "Verstimmung"(病的気分・気分変調)の医学的特殊性は、Jaspers の認識論的慎重さを示す重要な構成要素である。
ここで、Jaspers の批判の射程を具体的臨床例によって例証しておくことは有益であろう。序にて言及した Kapsambelis 教科書の F 夫人例[39]は、Jaspers 的省察の格好の素材を提供する。F 夫人にとって、激しい怒り(元夫への糾弾)と深い罪業観念(家業破綻の自責)とは、単に並列された二つの物理的構成要素ではない。両者は彼女の生世界(Lebenswelt)のなかで内的に連関する一つの倫理的体験――「すべてを奪った相手への怒りこそが、結局は自らの責めである」という反転的同一化――の二つの相にほかならない。Weygandt の三次元論の語彙でこれを「抑うつ気分+運動興奮+(場合によっては)思考の動揺」と記述するとき、われわれは F 夫人の体験のうちに作動する了解可能な意味連関――罪業観念から自罰的衝動への倫理的駆動、他者糾弾から自己処罰要求への内的反転――を等閑視する危険を孕む。これが、Jaspers が Weygandt 三次元論を「了解と説明の混同」として批判した内容の臨床的具体である。しかしながら、F 夫人の臨床像のうちで「抑うつ気分」と「運動興奮」とを客観的に分離して記述することそのものは、決して臨床的に無意味ではない。むしろ、この客観的分離こそが、抗うつ薬単独処方を回避し気分安定薬を選択するという治療判断の認識論的根拠となる。Jaspers が「気分変調と抑制現象との客観的分離だけは維持できるだろう」と慎重に留保した内容は、まさにこの治療判断の認識論的基盤を、120年前の段階で Weygandt 三次元論のうちに辛うじて承認したものといえる。すなわち、F 夫人の症例は、Jaspers の哲学的批判と限定的承認とがそれぞれ何を意味するのかを、臨床的レベルで例証する優れた素材となるのである。
Jaspers のこの留保は、現代の理解から見れば驚くほど予言的である。ICD‑11 の混合エピソード規定(CDDR 2022)は、まさに「気分」と「精神運動/思考」の二大次元における不協和――気分は抑うつ的でありながら運動・思考が興奮性を示す、ないしその逆――を中核的特徴として捉えており、Jaspers が辛うじて維持可能と認めた次元的分離が、120年後の国際分類のなかで結晶している。後述する Malhi–Bell の ACE モデルはこれを Activity(活動)・Cognition(認知)・Emotion(情動)の三領域の「結合解除(decoupling)」として再定式化したが、これもまた Weygandt の三次元論を Jaspers の批評を経由しつつ現代的に蘇らせたものに他ならない。すなわち、Jaspers が「これ以上の発展はなかった」と1913年に評した混合状態論は、実は21世紀において再起動されたといえる。
なお、Jaspers のこの留保つきの部分的承認――「気分変調と抑制現象との客観的分離だけは維持できる」――が含意する哲学的射程は、Schneider 系列の現象学的厳密化の方向ではなく、むしろ Henri Ey の構造論的統合の方向に開かれている。Jaspers 自身は、了解心理学と説明心理学の混同をどのように克服すべきかを示さなかった。しかし、彼が「客観的に分離可能」と認めた次元を、単なる物理的構成要素としてではなく「意識の構造的階層」のうちに位置づけ直すという企図は、四十年後の Henri Ey のうちに開花することになる。すなわち、Weygandt 1899年と Ey 1954年とのあいだに介在する Jaspers 1913年の批評は、両者を切断する障壁としてではなく、Weygandt の素朴な実証主義から Ey の構造論的読解への方法論的橋として読まれうる。第七節において Ey の構造論的読解を検討する際に、この点に立ち戻る。
第五節 Schneider による混合状態概念の否定
Jaspers の哲学的留保は両義的なものであったが、Kurt Schneider はこれをより厳格な現象学的‐臨床的論証へと展開し、混合状態を独立した臨床単位として認めることを明確に否定した。Schneider のこの否定論は、ドイツ語圏精神医学において決定的な影響を与え、Masson 第 7 章(Aubry–Weibel–Bertschy)が「ドイツでは、混合状態の概念は Schneider によって明確に否定され、彼の考えは現代精神医学に強い影響を与えた」[22]と要約する状況を生み出した。
Schneider の論証は、その『臨床精神病理学』(Klinische Psychopathologie) の双極性精神病に関する記述のなかで、きわめて簡潔に、しかし含蓄の深い形で提示されている。第 14 版(1992年、Huber–Gross 校訂版)p. 44 から原文と訳文を以下に示す(筆者訳)。
Zyklothyme Depression und Manie stehen sich übrigens nicht als Typen, sondern als Arten gegenüber. (Wir glauben ja nicht mehr an manisch-depressive „Mischzustände". Was allenfalls so aussehen könnte, ist Wechsel oder Umschlag, soweit es sich überhaupt noch in die Zyklothymie einfügt.)
[筆者訳] なお、循環性の抑うつと躁とは、相互に二つの「型(Typen)」として対立しているのではなく、二つの「種(Arten)」として対立している。(われわれは、躁うつ性の「混合状態」というものを、もはや信じてはいないのである。せいぜいそのように見えうるかもしれないものがあるとすれば、それは循環性の枠内になおも収まりうるかぎりにおいて、交替(Wechsel)または急変(Umschlag)にすぎない。)[23]
この簡潔な括弧書きの三文に、Schneider の混合状態論否定の論証構造のすべてが凝縮されている。第一の論点は、Typen と Arten という分類論的位階の区別である。Schneider にとって、抑うつと躁とは同一の「種」のなかの二つの「型」として連続的に対立しているのではなく、別々の「種」として非連続的に対立している。これは Kraepelin–Weygandt の躁鬱病統一概念――両極を同一疾患の二相として把握する立場――の根本的否定であり、両極の本質的同一性を前提する混合状態概念がここでは演繹的にあらかじめ排除されている。
しかし、より注目すべきは Schneider が用いる文法的留保の形式である。「Wir glauben ja nicht mehr ...(われわれはもはや信じない)」という直説法による主観的態度の表明と、「Was allenfalls so aussehen könnte ...(せいぜいそう見えうるかもしれないもの)」という接続法 II 式(Konjunktiv II)による反実仮想的距離化とが、ここでは対をなしている。Schneider は混合状態の存在を直接的に否定する命題(たとえば „Mischzustände existieren nicht“)を述べたのではない。彼は「われわれは信じない」という共同体的・職業的態度の宣言と、「もしそう見えるとすれば、それはむしろ Wechsel oder Umschlag であろう」という仮定的・留保的言明とを組み合わせることで、混合状態概念を学問的に距離化したのである。これは筆者既往論考[6]において提示した「Schneider の Konjunktiv II による文法的留保」――一級症状の文法的核心と同型の操作――が、ここでは混合状態論争においても作動していることを意味する。Schneider のドイツ語精神病理学的散文の様式は、断定によらず仮定法によって学問的領域を画定するという、独自の修辞的・認識論的構造をもつのであり、これは英訳や本邦訳においては失われやすい繊細な学的誠実性の表現でもある。
すなわち Schneider の論証は、混合状態という現象そのものを否認するのではなく、それを「同時的混合」というカテゴリーから「Wechsel または Umschlag(交替または急変)」という、両極の独立性を前提する別カテゴリーへと再分類する手法である。「allenfalls so aussehen könnte(せいぜいそう見えうるかもしれない)」という接続法 II 式の繊細な留保は、混合状態が見かけのうえで存在することを認めながら、その存在論的身分を仮定法のなかへ封じ込める。観察された臨床現象は維持されるが、それは「混合」ではなく「交替」または「急変」として再記述されるのであり、躁・うつという二つの「種」の相互排他性は救われる。
Schneider のこの立場は、Jaspers の方法論的二元論――了解と説明の厳格な区別――を継承するものといえる。それを基礎としつつ Schneider は、Kraepelin–Weygandt 系の混合状態論を、現象学的に「非了解的」な疑似客観化として批判的に距離化したのである。Weygandt が「三次元の客観的分離と再結合」によって混合状態の論理的可能性を演繹したのに対し、Schneider は「両極を二つの種として把握する」という分類論的決断と接続法 II 式による文法的留保とによって、この演繹的構成の臨床的根拠そのものを否定したのであった。なお、Schneider の引用文の文脈――同じ p. 44 において彼は Weitbrecht に言及し、循環性鬱と躁を「型」の対立としてではなく「種」の対立として捉える視座が現代精神医学において支配的であることを示唆している――もまた、Schneider 否定論が単なる個人的見解ではなく、20世紀後半ドイツ語圏精神医学の制度的合意の表現であったことを示している。
興味深いことに、ICD‑11 CDDR は Schneider のこの論点を実質的に取り込みつつ吸収する形になっている。すなわち、CDDR の混合エピソード規定は、症状が「同時的に出現するか、もしくは非常に急速に交替する(occur simultaneously or alternate very rapidly)――日々ないし同日内において」と両論を併記している。Schneider は混合状態の存在を直説法で否認しつつ、見かけ上それと見えうる現象のみを接続法 II 式によって Wechsel oder Umschlag として反実仮想化したのであったが、ICD‑11 はその論理を、混合エピソードの一形態として「急速交替型」を認める形で包摂してしまった[1]。Schneider の現象学的厳密性が、ICD‑11 において診断カテゴリー内部の subtype として再吸収されているわけである。Schneider が「混合状態」と「Wechsel oder Umschlag」とを論理的・分類論的に対立させて区別したのに対し、ICD‑11 はこの両者を同一カテゴリーの内部に subtype として並置する――Schneider の論証の核心であった分類論的決断(両極を「種」として把握する)は、ここでは無効化されているのである。これは筆者の別の論考である「Kurt Schneider のガイドラインとしての仮説」[6]において提示した観点を、本主題に即して延長するもう一つの事例である。すなわち、現代ドイツ語圏精神医学が Schneider 系列の現象学的伝統を「ガイドライン化」によって主流化していることと、ICD‑11 における混合エピソード復権という Kraepelin–Weygandt 系列の現象学的・歴史的真理の復活とは、構造的緊張をなしているのである。
加えて、Malhi–Bell の ACE モデル[37]を本節の論点に即して延長すれば、Schneider の現象学的観察と Weygandt–Kraepelin 系列の理論的洞察とのあいだの一見の矛盾は、いっそう緩和されうる。すなわち、活動(Activity)・認知(Cognition)・情動(Emotion)の三領域は、健常状態においては互いに「結合(coupled)」して同期的に変動するが、混合エピソードにおいてはこれら三領域の「結合解除(decoupling)」が生じ、各領域が相互に独立した時間軸において動揺する――いわば三次元の「非同期性(asynchrony)」が立ち現れる。この理解のもとでは、Schneider が「Wechsel または Umschlag」と看取した臨床事実は、否認されることなく、むしろ三次元の非同期的揺らぎの一つの現れとして再解釈されうる。気分が抑うつ的でありながら精神運動が興奮性の動揺を示す状況、あるいは思考が観念奔逸を示しながら気分が抑うつへと沈み込んでゆく状況は、観察の解像度を上げれば「交替(Wechsel)」または「急変(Umschlag)」として記述しうるものである。しかし、それぞれの次元が独自の時間スケールにおいて動揺するという「次元的非同期性」の観点から見れば、両極の同時性と急速交替性とは同一現象の二つの相貌にすぎない。Weygandt の Labilität 仮説と Schneider の Wechsel/Umschlag 仮説とは、ACE モデルの非同期性概念においてはじめて統合的に把握されうるのであり、ICD‑11 CDDR が「同時的または急速交替(simultaneously or alternate very rapidly)」と両論を併記したことは、この理論的統合への国際分類のレベルでの最初の一歩として読まれうる[37]。
第六節 フランスにおける受容と抵抗
Kraepelin の躁鬱病概念および Weygandt の混合状態論のフランスへの受容は、Henri Ey が後に振り返るように決して平坦なものではなかった。Ey は Étude n° 25「躁鬱性周期性精神病」(Les psychoses périodiques maniaco‑dépressives) において、フランス精神医学伝統内部の批判的諸潮流を明示的に列挙している[24]。
第一の批判の声は Emmanuel Régis に発する。Régis は『精神医学概説』第 6 版(1923年)pp. 318–319 において、Kraepelin の躁鬱病統一概念に対して根本的留保を表明した[25]。Régis にとって、躁とメランコリーを単一疾患の二相として一括することは、フランス精神医学が Falret 以来営んできた緻密な臨床型区別の伝統への侵害であり、特に混合状態という concept の濫用は、単なる症状の偶然的併存を「疾患の本質」として実体化する認識論的誤謬を犯すものであった。
第二の、より激しい批判は Émile Rémond と Paul Voivenel に発する(1910年)。Ey は彼らの論考を「Kraepelin の概念に対する辛辣にして時に不当な批判(une critique virulente et parfois injuste de la conception de Kraepelin)」と評しているが、その読解は今もなお興味深いと付言している[26]。Rémond–Voivenel の批判の中心は、Kraepelin が混合状態を「両極の偶然的並列」とではなく「両極の構造的同一性の証明」として読むその論理的飛躍にあった。彼らにとって、躁症状とうつ症状が同時または交替的に観察されるという臨床的事実は、両者を単一疾患の二相として把握する根拠とはなりえず、むしろ複数の独立した精神症状が個別的事情のもとに組み合わさって出現するありふれた事象に過ぎないものであった。
第三の、最も近代的な批判は Léon Michaux、F. Saulnier、A. Bureau による『混合状態について』(A propos des états mixtes, Semaine des Hôpitaux de Paris, 1950)に展開される[27]。Michaux らは、「興奮と抑うつの急速な交替(alternance rapide)は、しばしば〈偽の混合状態(faux états mixtes)〉の診断と取り違えられる」と論じ、混合状態概念の厳密な精製を要求した。彼らによれば、真の混合状態と呼びうるのは「躁的文脈のなかで抑うつ観念が固執性・テーマ的執拗性をもって持続するという情動的不協和(dissonance affective)」を呈する例に限られるべきであり、これは混乱意識(confusion mentale)の下位水準で生まれた妄想観念が示す条件的機制に類比される事象として理解されるべきものであった。注目すべきことに、Michaux らの論証構造――「急速交替は真の混合ではない」――は、ドイツ語圏 Schneider のそれと同型である。両者は方法論的伝統こそ異なるものの、混合状態概念の独立性を否定するという結論において一致していた。
これらフランス側の批判の根本的動機は、いずれも Kraepelin–Weygandt 系列の体系化への抵抗――すなわち、ドイツ的「総合(Synthese)」への、フランス的「分析(analyse)」の側からの異議――として位置づけられる。フランス精神医学伝統の核心は、Pinel・Esquirol 以来の精緻な臨床型区別と、「症状の自然史(histoire naturelle des symptômes)」の縦断的観察にあり、これは Kraepelin が縦断的経過と転帰によって疾患単位を構成しようとした方法論と、原理的には親和的なはずのものであった。だが、Kraepelin の体系化があまりに広範な気分症状群を「躁鬱病」という単一名のもとに一括する形をとったために、フランス側はこれを過度の縮減と見なし、抵抗したのであった。
ただし、フランスにおいてもこの抵抗は全面的なものではなかった。Ey が指摘するとおり、Joseph‑Honoré Deny と Albert Camus(哲学者・作家ではなく精神科医)の『間欠性精神錯乱――躁鬱性精神病』(Les folies intermittentes. La psychose maniaco‑dépressive, 1907)は Kraepelin 概念をフランスに導入し受容した代表的論考であり、André Antheaume の1907年ジュネーブ・ローザンヌ会議報告は、Kraepelin と Magnan の総合をフランス学派の古典的見解として確立した[28]。Magnan はフランス側で「間欠性精神錯乱(folie intermittente)」という呼称のもとに同種の現象を扱っており、Kraepelin との総合は理論的に可能であった。
このフランス側の受容と抵抗の二極のなかで、もっとも独創的な統合的解釈を提示したのが、Henri Ey の構造論的読解である。次節において、これを検討する。
第七節 Henri Ey の構造論的読解 ―― 「倫理的時間構造における意識の二極化」
Henri Ey の躁鬱性精神病論は、彼の主著『精神医学エチュード』(Études psychiatriques) 第3巻(1954年初版)所収の Étude n° 25「躁鬱性周期性精神病」において展開される。同論考は Étude n° 21「躁病」、Étude n° 22「メランコリー」、Étude n° 27「意識の構造と脱構造」と相互参照される構造をもち、Ey の Organo‑dynamisme(器官力動論)における重要な布石をなす。
Ey は Kraepelin の六類型を仏語に移して以下のように列挙する(p. 440、Kraepelin 第 8 版第3巻 p. 1303 を典拠)――(1) 観念奔逸を伴う抑うつ(dépression avec fuite des idées)、(2) 興奮性メランコリー(mélancolie agitée)、(3) 躁的要素を伴う昏迷(stupeur avec éléments maniaques)、(4) 非生産的躁病(manie improductive)、(5) 抑うつ性躁病(manie dépressive)、(6) 無動性躁病(manie akinétique)[29]。
この六類型は、現代の Masson 教科書第 7 章(Aubry–Weibel–Bertschy)にもほぼそのまま継承されており、フランス語圏における Kraepelin–Weygandt 混合状態論の標準的列挙となっている。だが、Weygandt 1899年原典が示した三主要型――躁性昏迷・興奮性抑うつ・非生産的躁病――とは項目編成および順序が異なっており、これは Kraepelin が後年(特に第 8 版、1913年)に独自に体系化を発展させた結果と考えられる。本邦における混合状態論の紹介においては、しばしば Ey ないし Masson 経由のこの「フランス語圏標準六類型」が引かれることになるが、その遠い源泉が Weygandt 1899年の三次元・三主要型構成にあることを忘れてはならない。
Ey の独自貢献は、混合状態を単に「両極の中間形」として記述することにとどまらず、これを「意識の二極化(polarisations extrêmes de la conscience)」という構造論的視座のもとに位置づけ直した点にある(p. 440)。Ey にとって、躁とうつは独立した二疾患でも、単なる気分の二方向性偏倚でもなく、「倫理的時間構造(structure temporelle éthique)の水準で脱組織化された意識の二つの極端な分極(deux polarisations extrêmes de la conscience désorganisée au niveau de la structure temporelle éthique)」である[30]。この定式化は、Ey の Organo‑dynamisme における意識階層論――意識は感覚運動・知覚・言語・倫理時間という階層構造をもち、各水準の脱構造化が異なる精神病理学的様態を生む――のなかに、躁鬱性精神病を位置づけるものである[41]。なかでも「倫理的時間(temps éthique)」の水準は、自我が時間的展望と価値秩序のなかで自己を構成する最高次の意識構造にあたる。
この構造論的読解のもとで、混合状態は単なる症状の偶然的併存ではなく、倫理的時間構造の脱組織化が躁とうつの両極のあいだを動揺するという一つの存在様式の臨床的証言として現れる。すなわち、混合状態の存在こそが、躁とうつが意識の脱組織化のレベルにおいて構造的に同一の障害の二極にすぎないことを臨床的に証明する――これは Weygandt が1899年に Labilität 仮説として表現した直観を、Ey が現象学・存在論的水準で再定式化したものに他ならない。
Ey の構造論的読解の臨床的射程は、これを具体的症例に適用するときに最もよく示される。序および第四節において言及した F 夫人例[39]に立ち戻れば、Ey の「倫理的時間構造の脱組織化」というテーゼの臨床的意味は、にわかに鮮明な形を取る。F 夫人が同時に呈する二つの行動――元夫への激しい糾弾と、自らを刑務所に入れるよう警察に要求する自罰的衝動――は、表面的には正反対の方向性を有しているように見える。一方は外的世界における他者への攻撃性であり、他方は自我への内的処罰要求である。しかし Ey の構造論的視座のもとで読むならば、両者は単一の構造的事象の二つの相にほかならない。F 夫人の「倫理的時間(temps éthique)」――自我が時間的展望と価値秩序のなかで自己を構成する最高次の意識構造――は脱組織化されており、過去(家業破綻の責任)・現在(元夫への怒り)・未来(処罰の要求)の倫理的連続性が崩壊した状態において、彼女の体験は他者攻撃と自罰要求との両極に二極化されている。これは両極のあいだの「中間状態」ではなく、むしろ倫理的時間構造そのものの脱組織化が、その極限の現れとして同時的に呈する二つの分極(polarisations extrêmes)なのである。テレビで目にする他の事件まで自分の「悪い考え」のせいだと感じるという拡張的罪業観念――時間的・空間的な因果秩序を踏み越えて自我が無限に責任を負ってしまうこの拡張――もまた、倫理的時間構造の脱組織化のひとつの帰結として読むことができる。Weygandt が三次元の客観的不安定性(Labilität)として記述した臨界現象は、Ey の手によって「倫理的時間構造の脱組織化における意識の二極化」という存在論的事象として再定式化される。F 夫人の臨床像は、この再定式化の臨床的妥当性を例証する具体的素材として読まれうるのであり、Ey の構造論的読解が単なる哲学的修辞ではなく具体的患者の体験に根ざしたものであることを示している。
ここにおいて Ey は、第四節で論じた Jaspers の方法論的留保――了解心理学と説明心理学の混同という Weygandt 三次元論への批判――に対する哲学的応答を提供しているといえる。Jaspers が Weygandt の手法に見いだした問題は、心的体験を意味連関のうちで了解する次元と、心的現象を客観的構成要素として分離・再結合する次元との混同であった。Ey の構造論的読解は、両次元を「意識の階層構造」のうちに位置づけ直すことによって、これを克服する。すなわち、躁とうつおよびその混合は、特定の意味体験ではなく、意識の倫理的時間構造そのものの脱組織化として把握されるのであり、ここにおいて「了解」と「説明」とは対立するのではなく、意識の階層水準の差異として共存可能となる。Jaspers が1913年に「気分変調と抑制現象との客観的分離だけは維持できるだろう」と慎重に留保した内容は、Ey の手によって「倫理的時間構造の脱組織化」という存在論的次元の二極化として再構成された。こうして Weygandt 1899年の三次元論は、哲学的にも臨床的にも、ようやく耐久性ある基礎を獲得することになったのである。
Ey はまた、Bumke『精神医学ハンドブック』(Handbuch der Geisteskrankheiten) 所載の縦断的統計を引いて、混合状態の臨床的支配性を強調している(p. 433)。すなわち、20歳前後発症例において抑うつ20%、混合状態50%、躁30%;40歳前後発症例において抑うつ50%、混合状態34%、躁16%;高齢発症例では純粋躁エピソードはわずか一〜2%、というものである。すなわち Ey の臨床的把握によれば、若年発症の躁うつ病においては混合状態こそが単一エピソードのなかで最頻型であった。これは Weygandt の150例統計(明瞭混合20%超)よりさらに高い数値であり、ICD‑11 CDDR が「青年期と若年成人期では混合エピソードがより多く観察されうる」と発達的所見として記述する内容と歴史的に響き合う。
結局のところ、Ey の構造論的読解は、Weygandt の Labilität 仮説をフランス的・現象学的伝統のなかで再活性化したものと評価することができる。Schneider 系列のドイツ語圏現象学的精神病理学が混合状態概念に冷淡であったのに対し、フランス的現象学(Ey、後の Tellenbach、Blankenburg らフランス語圏で受容された立場)は、むしろ混合状態を躁うつ病の構造的真理の表出として積極的に評価しうる地平を開いたのである。両者は同じく現象学的伝統を継承しながらも、混合状態をめぐる評価において対極的位置を占めるに至った。
第八節 DSM の試行錯誤 ―― 1952から2013まで
筆者既往論考「DSM の七十年」[4]において詳述したとおり、DSM の歴史は混合状態概念の取り扱いにおいて一貫した曲折を示してきた。
Aubry–Weibel–Bertschy(Masson 第 7 章)が指摘するとおり、「1952年に DSM が初めて発表されたときから、そしてその後も、混合状態はこの分類体系の中で首尾一貫した適切な位置を見出すことが困難であった」[31]。DSM‑I(1952)および DSM‑II(1968)の段階では混合状態はカテゴリーとして存在しなかった。これは Adolf Meyer の精神生物学的反応図式が両分類の基底にあり、Kraepelin–Weygandt 流の縦断的疾患単位構成とは方法論的に異質であったためである。
DSM‑III(1980)と DSM‑IV(1994、本文改訂版2000)は Kraepelin 学派の復活――Robins–Guze の操作的診断基準と縦断的視座の re‑import――のもとで、双極 I 型障害のサブタイプとして「混合エピソード」を再導入した。しかし、DSM‑IV の混合エピソード規定は、躁エピソードと大うつ病エピソードの完全な症候群が同時に少なくとも1週間にわたって併存することを要求する、きわめて厳格な基準であった。Aubry らはこれを「臨床現実を反映していない過度に限定的な基準」と評しており[31]、Malhi–Bell も同様の評価を下している。すなわち、DSM‑IV の混合エピソード規定は診断的有用性に乏しく、実臨床で適用される機会も稀であり、結果として多くの臨床的混合状態が「分類不能」として落ちこぼれることになったのである[32]。
並行して、Hagop S. Akiskal を中心とする気質論的アプローチが、混合状態の多様な現れを説明する別の枠組みを提示した。Akiskal は1992年、抑うつ気質(temperament dépressif)の基底のうえに躁エピソードが重なるとき、混合型躁状態(mixed mania)が生じるという気質論的仮説を提唱した[33]。EPIMAN 研究(フランス)は、「古典的」躁エピソードでは高揚気分的気質(hyperthymic)の比率が、混合型躁エピソードにおける抑うつ気質の比率と比較して有意に高いことを確認している[34]。同時期に McElroy らおよび Dilsaver らは「不快気分性躁病(dysphoric mania)」概念を提示し、混合状態の中核的臨床像として位置づけた[35]。
DSM‑5(2013)は、こうした批判と新知見を取り込もうとして、しかし結果的にはむしろ問題を悪化させる方向に舵を切った。すなわち、DSM‑IV の独立した「混合エピソード」カテゴリーを廃止し、これを「混合性の特徴を伴う(with mixed features)」という気分エピソード(うつエピソードまたは躁/軽躁エピソード)への specifier に格下げした。DSM‑5 の specifier 規定は、対極の症状が三つ以上存在することを要求するが、苛立ち・注意散漫・精神運動性変化のような重要な症状を意図的に除外している(理由:これらは非特異的とされた)。Aubry らは、これらの症状こそが他の診断枠組みにおいて混合型うつ病で最も頻繁に観察される症状であることを指摘し、DSM‑5 の specifier 規定の臨床的妥当性を限定的なものとして批評している[31]。Malhi–Bell はさらに辛辣で、DSM‑5 のシステムを「論理性に欠け、さらなる混乱を引き起こしそうなシステム」と断じている[36]。
DSM‑5 の決定の背景には、抑うつ症と双極症の章を完全に分離するという構造的判断があり、これは混合状態という、まさに両者の境界において立ち現れる現象を概念的に位置づけ困難にする結果を招いた。Aubry らはこれを的確に表現している――「抑うつ症と双極症が二つの異なる章に分かれていることも、混合状態の同定を困難にする一因となっている」[31]。DSM‑5 の方法論的選択は、結果的に Kraepelin–Weygandt 系列の躁うつ病統一概念そのものへの暗黙の異議申立てとなったのである。
Malhi–Bell が ACE モデル(Activity – Cognition – Emotion/Affect)として提示する代替的概念枠組みは、まさにこの DSM‑5 の限界を超えるものとして構想されている。彼らによれば、活動・認知・情動の三領域がふだんは「結合(coupled)」しているのに対し、混合状態においてはこれらが「結合解除(decoupled)」する――抗うつ薬治療によって誘発される混合症候群はその典型例である[37]。Malhi–Bell の図 4.5 はこの ACE モデルを視覚化したものであり、Weygandt の三次元論――情動・精神運動・連合的思考――の現代的再構成に他ならない。Weygandt が1899年に Labilität と呼んだ事象が、Malhi–Bell においては decoupling と呼ばれていることになる。重要文献として、Salvatore, Baldessarini, Centorrino らによる Weygandt 1899年論文の英訳および解説(Harvard Review of Psychiatry, 2002年)が、両者の連続性を明示的に追跡している[38]。
第九節 ICD‑11 における混合エピソードの復権
世界保健機関 ICD‑11 は、2022年に正式運用が開始され、その精神・行動・神経発達症章の臨床記述および診断要件(CDDR, Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements)が公刊された[1]。ICD‑11 における気分症(mood disorders)のうち、双極および関連症(6A60–6A6Z)と抑うつ症(6A70–6A7Z)の両者にわたって診断される気分エピソードのひとつとして、混合エピソード(mixed episode)が独立した位置を保持していることは、本論考の中心的論点をなす。
ICD‑11 CDDR における混合エピソードの本質的(必須)特徴は、次のように規定される(pp. 220–222)――
顕著な躁症状と顕著な抑うつ症状の数(several prominent manic and several prominent depressive symptoms)が、躁エピソードおよびうつエピソードに観察されるものと一致する形で出現し、これらの症状は同時的に起こるか、もしくは非常に急速に交替する(日々ないし同日内において)。症状は躁および/またはうつエピソードに合致する気分の変容――抑うつ気分、不快気分、多幸気分または拡大気分――を含み、少なくとも2週間にわたり、ほぼ毎日、一日の大半において出現するものでなければならない(治療介入によって短縮される場合を除く)。
CDDR はさらに、混合エピソードの三つの臨床パターンを記述する。第一に、躁症状が優位で、反対極(contrapolar)の抑うつ症状を伴う型――不快気分、無価値感の表明、希望喪失、自殺念慮など。第二に、抑うつ症状が優位で、反対極の躁症状を伴う型――苛立ち、観念奔逸ないし思考の混雑、多弁、活動性の亢進など。第三に、急速交替型――気分(多幸とうつ/不快気分の間)、情動反応性(鈍麻と過剰反応の間)、欲動(活動・発話・性欲・食欲の増加と低下の間)、認知機能(活性化と抑制ないし思考・注意・記憶の遅延の間)の各次元での揺らぎが観察される型である。
Weygandt 1899年原典との連続性は明白である。第一型と第二型はそれぞれ Weygandt の「興奮性抑うつ」(うつ気分+運動興奮)と「躁性昏迷」(躁気分+運動抑制)の論理を継承するものであり、第三型はまさに Weygandt の中核的理論命題である Labilität――三次元における動揺――の臨床的現れに他ならない。CDDR が「気分・情動反応性・欲動・認知機能」の四次元での揺らぎを記述する箇所は、Weygandt の三次元論(情動・精神運動・連合的思考)に「情動反応性」を加えてやや拡張した形であり、Malhi–Bell の ACE モデル(活動・認知・情動)にも対応する。
ICD‑11 と DSM‑5 の決定的な相違は、ICD‑11 が混合エピソードを「数個の症状(several symptoms)」という柔軟な記述によって規定するのに対し、DSM‑5 が「対極の症状が三つ以上」という厳密なカットオフを採る点にある。Malhi–Bell はこの差を ICD‑11 の優位性として明示的に評価している――「ICD‑11 では、一般的に、より次元的なアプローチをとっていることがうかがえる。たとえば、どのような症状を探すべきかについて示唆を与えたり、数値や閾値を設定するのではなく、これらを『数個』として指定したりしている。これは臨床医に大きな責任を負わせると同時に、臨床的判断の自由度を高めるものである」[37]。
CDDR は混合エピソードの臨床的重要性についても明示的に述べている。混合エピソードでは妄想や幻覚(うつ・躁の両者の内容を反映する)が出現しうること、抗うつ薬治療中に発生した混合症候群は治療中止後も持続して全診断要件を満たせば混合エピソードと診断すべきこと、青年期では成人期に比してより多くの混合エピソードが観察されることなどが記述される。特に自殺リスクについては、双極 I 型および II 型障害の追加的臨床特徴の項に「双極障害患者の自殺リスクは一般人口に比して有意に高く、特に抑うつエピソードまたは混合エピソード時、および急速循環型の患者において顕著である」(CDDR p. 236)と明記されており[1]、これは Malhi–Bell が「混合気分は自殺の多発と関連しており、しばしば誤診される」[37]と強調する臨床的重要性に呼応する。
ICD‑10 から ICD‑11 への移行のうちに、混合エピソードの位置づけの根本的変容を読み取ることができる。ドイツ語圏の標準的精神医学教科書である Lieb–Frauenknecht–Brunnhuber『精神医学・精神療法集中講座(Intensivkurs Psychiatrie und Psychotherapie)』第 6 章[40]に即して整理すれば、ICD‑10 においては、混合エピソードは一方では双極性感情障害のサブカテゴリ「F31.6 現在混合エピソード」として、他方では「その他の感情障害」のもとの「F38.00 混合性感情エピソード(gemischte affektive Episode)」として、二系統のコード付けが可能であった。これは ICD‑10 が混合状態を双極性障害の枠内に完全には収めきらず、双極性障害の縦断的経過から相対的に独立して立ち現れうる「混合性のエピソード」をも視野に収めうる、相対的に開かれた構造をもっていたことを意味する。ICD‑11 はこれに対し、F38.00 に相当する独立の「混合性感情エピソード」コードを廃止し、混合エピソードを双極 I 型障害(6A60.9 精神病症状を伴わない/6A60.A 精神病症状を伴う)の構成要素のうちに完全に統合した。さらに、混合エピソードが一回でも観察されれば、初発例であっても自動的に双極 I 型障害が診断される――双極 II 型障害(6A61)には混合エピソードは構造上存在しない(ただし、双極 II 型から I 型への診断的移行はもちろん可能である)。すなわち ICD‑11 は、混合エピソードを単に「双極性障害のひとつのエピソード型」としてではなく、双極 I 型障害の独立性と重症度をその一回の出現によって診断的に確定する「もっとも重い気分エピソード型」として位置づけたのである。これは、Weygandt が19世紀末ハイデルベルク・クリニックにおいて長期持続性混合状態を主として双極 I 型相当(当時の用語では「躁鬱性精神錯乱」)の重症例として記述したこととも整合する。混合状態を躁うつ病の中核的真理として位置づけた彼の1899年の理論的主張に対して、国際分類のレベルでもっとも徹底した制度的応答が与えられたものといえよう。
ICD‑11 における混合エピソードと急速循環型(rapid cycling, 6A80.5)との鑑別もまた、概念的に注目すべき論点を呈する。Lieb 教科書はこの区別を次のように明示する[40]――もし抑うつ症状と躁症状が「日ごと、あるいは同一日のなかで」交替するならば、それはラピッドサイクリングではなく混合エピソード(特にその第三型「急速交替型」)として診断されるべきである。一方、ラピッドサイクリングは年間四回以上の独立した気分エピソード(数日〜数週間単位の独立エピソードの頻発)として定義される。両者は時間スケールのうえで明確に区別される――混合エピソードの「急速交替型」は分・時間〜日単位の超短周期動揺、ラピッドサイクリングは日〜週単位の周期的動揺である。この操作的区別は、第五節において詳述した Schneider の Wechsel/Umschlag 概念――「混合状態」とは別カテゴリーとしての交替・急変――を想起させる。Schneider は短周期的な気分の動揺を観察上の事実として認めながら、これを「混合状態」ではなく「Wechsel oder Umschlag」として再分類することによって、両極の独立性を救済した。ICD‑11 はこれと正反対に、まさにその超短周期交替こそを混合エピソードの一形態(急速交替型)として位置づけ、これをラピッドサイクリングから明確に区別したうえで、双極 I 型診断の核心へと組み込んだのである。Schneider の現象学的厳密性は、ICD‑11 において形式的には吸収されながら、その分類論的方向においては徹底的に逆転されたことになる。
序および第七節において言及した Kapsambelis 教科書第 32 章(Margate 執筆)の臨床例 32.4.2 は、ICD‑11 が記述する混合エピソードの第二型――抑うつ症状が優位で反対極の躁症状を伴う型――の典型例として読むことができる[39]。F 夫人は、元夫に対する苦情を訴えに来たところを警察に止められ救急外来に運ばれた症例である。元夫が彼女から「お金、宝石、尊厳、心のすべてを奪った」とする激しい怒りと、自分こそが家業の破綻を招いた元凶であるという罪業観念とが共存する。「あのろくでなしがあんなことをしたのなら、結局のところ、私のせいなのだから」という理由で自らを刑務所に入れるよう警察に要求するという行動は、抑うつ的観念内容(自責・罪業)から駆動された躁形式の興奮と多動を完璧に示している。テレビのニュースで目にする他の事件まで自分の「悪い考え」のせいだと感じるという拡張的罪業観念は、ICD‑11 の規定に正確に該当する「同時的」混合状態の臨床的証言である。Schneider は混合状態の存在を直説法で否認し、見かけ上それと見えうる現象を接続法 II 式によって反実仮想化することで学問的に距離化したのであったが、それにもかかわらず、このような現象は実臨床のなかに確かに立ち現れるのである。
注目すべきは、Malhi–Bell(および ICD‑11 編纂作業の関係者の多く)が、ICD‑11 の混合エピソード規定もなお限界を残していると認めていることである。すなわち、抑うつエピソード(2週間)と躁エピソード(1週間)の最低期間規定が異なるため、混合エピソードにおける期間規定(2週間)の根拠が一義的でないこと、抑うつエピソードに採用された症状クラスター構造(情動・認知行動・神経植物の三クラスター)が躁エピソードには適用されていないこと、などの内的不整合が指摘される[37]。これらの限界は、ICD‑12 ないしそれ以降の改訂において、ACE モデル的・次元的アプローチへの移行によって解決されるべき課題として残されているといえる。
しかし、これらの限界にもかかわらず、ICD‑11 が混合エピソードを独立した気分エピソード型として保持した決定は、精神医学診断学において123年ぶりの Weygandt 1899年への構造的回帰として、歴史的に高く評価されるべきものである。
第十節 臨床的切迫性 ―― 混合エピソードの見逃しが招く悲劇
ここまで本論考は、混合状態概念の系譜を概念史的・理論的観点から追跡してきた。しかし、ICD‑11 が混合エピソードを独立した気分エピソード型として保持したという2022年の決定の歴史的意義を真に理解するためには、概念史の地平を一度離れ、臨床実践の地平に降り立つ必要がある。混合状態の同定をめぐる学問的論争は、単なる分類技術上の議論ではなく、臨床現場における患者の生死を分けうる切迫性をはらんでいるからである。本節は、序においてすでに予示した臨床的切迫性を三つの局面において展開し、ICD‑11 編纂者たちが混合エピソードの独立を選択したその動機を、臨床にたずさわる精神科医の立場から以下のように推測できると思う。
一 抗うつ薬使用と自殺リスク
混合エピソードの臨床的同定の最も切迫した重要性は、抗うつ薬処方の判断という、日々の精神科臨床において繰り返される決断の場面に現れる。抑うつ気分・絶望感・無価値感・希死念慮といった抑うつ症状群を示す患者を前にしたとき、臨床医がこれを「単純な抑うつエピソード」として把握し、抗うつ薬を処方するのは、現代精神医学の標準的アルゴリズムに従えば自然な判断である。しかし、この患者の臨床像のうちに、苛立ち、観念奔逸、思考の混雑、多弁、運動性の興奮、睡眠時間の短縮にもかかわらぬ覚醒感の維持といった「反対極の躁症状」が潜在しているならば、どうであろうか。これが ICD‑11 CDDR の規定する混合エピソードの第二型(抑うつ症状優位+反対極の躁症状)に該当する場合、抗うつ薬の単独処方は患者を破滅的な転帰へと押しやりかねない。臨床薬理学的には、混合状態における抗うつ薬の使用は、躁転(switch)、急速循環化(rapid cycling)、興奮の増悪、そして最も恐るべきことに自殺企図の急増を招きうることが、蓄積された臨床的・薬理学的観察によって確認されている[37]。
ICD‑11 CDDR が双極障害の臨床特徴について「自殺リスクは一般人口に比して有意に高く、特に抑うつエピソードまたは混合エピソード時、および急速循環型の患者において顕著である」(CDDR p. 236)と明記し[1]、Malhi–Bell が「混合気分は自殺の多発と関連しており、しばしば誤診される」[37]と強調するのは、まさにこの臨床的切迫性を反映してのことである。混合エピソードの「誤診」は単なる診断的不正確さにとどまらず、患者の生命に直結する治療判断の誤りに転化する。この点において混合状態の独立した診断カテゴリー化は、純粋に概念上の問題ではなく、臨床上の安全装置(Sicherheitsvorrichtung)の問題なのである。
こうした臨床的切迫性は、決して例外的事象に関するものではない。ドイツ語圏の標準的精神医学教科書である Lieb 第 6 章は、双極性障害患者146例の13年間追跡研究のデータを示しており、患者は罹病期間中の約9%を混合エピソードの状態で過ごしていたとされる――無症状期53%、抑うつ期32%、純粋(軽)躁期6%という同データの内訳のなかで、決して無視しうる比率ではない[40]。混合エピソードは、双極 I 型障害患者の臨床経過において継続的に立ち現れる現実であり、それゆえに混合エピソードを正確に同定しうるか否かという問題は、いずれの臨床精神科医にとっても一回限りの稀有な臨床課題ではなく、日常的に反復される判断問題なのである。Lieb 教科書はまた、混合エピソードに対する治療の特殊性についても明記しており、第二世代抗精神病薬と気分安定薬の併用が中心となること、ジプラシドンが軽症から中等症の躁エピソードおよび混合エピソードに対する急性期治療として承認されていること、オランザピンとクエチアピンがラピッドサイクリングおよび混合エピソードに対しても有効であること、そして混合エピソードの自殺リスクの高さゆえにリチウムの抗自殺効果が特に重要視されることを指摘する[40]。これらの治療学的特殊性は、混合エピソードを単純な抑うつエピソードや純粋躁エピソードから明確に区別する臨床上の理由を、薬物療法のレベルにおいても根拠づけるものである。
二 混合状態の見逃しと長期予後
第二の臨床的切迫性は、混合状態の見逃しが長期的予後に及ぼす破壊的影響として現れる。Weygandt 1899年論文においてすでに、混合状態の正確な同定が予後判定の決定的鍵となることが繰り返し強調されていた。第三節で詳述したとおり、Weygandt は躁性昏迷をカタトニア性昏迷から、興奮性抑うつを退行期メランコリーから、非生産的躁病をカタトニア性興奮から、それぞれ慎重に鑑別することの臨床的重要性を論じている。これらの鑑別は単なる分類学的精緻さではなく、躁うつ病の混合型は寛解しうるが、誤診された早発性痴呆カタトニア型ないし退行期メランコリーは荒廃と人格崩壊に至りうるという、患者の生涯を分かつ予後判定の問題であった。脱走計画を企てる「躁性昏迷」の患者や、長期にわたって観察した Frau C. G. の症例を写真付きで詳述し、また Meynert の「Stuporöse Manie」をカタトニア型早発性痴呆として再分類するという執拗な作業に Weygandt が従事した背景には、こうした見逃しが患者にとっていかなる不可逆な帰結をもたらすかという、世紀末ハイデルベルク・クリニック特有の臨床的問題意識が横たわっていたのである[2]。
現代の文脈に翻訳すれば、これは混合エピソードの単純な抑うつエピソードからの鑑別、ないし純粋な躁エピソードからの鑑別の臨床的重要性として再表現される。混合エピソードを単極性うつ病として誤診すれば抗うつ薬単独処方による破滅的転帰の危険があり、純粋躁病として誤診すれば抗うつ要素の見落としによる自殺リスクの過小評価が生じる。いずれの誤診も、患者の人生軌道を不可逆に変えうる。Weygandt が123年前に「混合状態の見逃しが患者の予後と人格にもたらす破壊」として警鐘を鳴らした問題は、現代精神薬理学の文脈において、抗うつ薬・抗精神病薬・気分安定薬の選択肢が拡大したぶんだけ、いっそうの切迫性をもって反復されているのである。
三 Kapsambelis 教科書 F 夫人例 ―― 同時存在型の治療困難
第三の臨床的切迫性は、混合エピソードの「同時存在型」――ICD‑11 第一・第二型に該当する型――の治療における本質的困難として現れる。序および第四節・第七節・第九節で繰り返し検討してきた Kapsambelis 教科書第 32 章(Margate 執筆)の臨床例 32.4.2、すなわち F 夫人の症例[39]は、この困難を例証する範例として、最終的にその治療上の射程に即して検討されるに値する。
F 夫人は、元夫から「お金、宝石、尊厳、心のすべてを奪われた」とする激しい怒りと興奮を呈しつつ、同時に「家業の破綻を招いた元凶は自分である」という深い罪業観念にとらわれていた。元夫を糾弾する激しい行動と、自らを刑務所に入れるよう警察に要求する自罰的行動とが、一つの臨床像のうちに同居している。観念内容は抑うつ的(自責・罪業・無価値感)でありながら、行動形式は躁的な高揚(激しい怒り、運動性興奮、多弁、衝動性)を示しており、これは ICD‑11 CDDR が記述する第二型混合エピソード(抑うつ症状優位+反対極の躁症状)の教科書的な姿を示しているといえる。
F 夫人の症例における治療上の困難は深刻である。抗うつ薬を処方すれば躁的興奮と自罰的衝動とを助長し、自殺企図を招きかねない。気分安定薬や抗精神病薬を投与すれば、抑うつ症状の改善が遅れることになる。リチウムは混合エピソードに対する単独治療として有効性が限定的であることが知られており、バルプロ酸ないし非定型抗精神病薬との併用が推奨されるが、その用量調整は微妙であり、臨床医の判断ミスは患者の生命を直接危険にさらす。F 夫人例が教科書において詳述されているのは、この治療上の困難がいかに切迫したものであるかを次世代の臨床医に示すためであり、ICD‑11 が混合エピソードを独立した診断カテゴリーとして保持した決定の臨床的合理性を、最も具体的な形で例示するものである。
四 ICD‑11 編纂者たちの臨床的動機 ―― 仮説的再構成
ここまでの三つの臨床的切迫性を踏まえれば、ICD‑11 が2013年の DSM‑5 の方向(混合エピソードから specifier への格下げ)に追随せず、混合エピソードを独立した気分エピソード型として保持する道を選択した決定の臨床的動機を、仮説的に再構成することが可能となる。臨床精神科医の一人として推察するに、ICD‑11 編纂者たちは、概念史的・理論的整合性の問題よりもむしろ、DSM‑5 の specifier への格下げが臨床現場にもたらしうる――あるいはすでにもたらしつつあった――臨床的不幸を、深く憂慮していたのではあるまいか。混合エピソードを「混合性の特徴を伴う」という付随的指定子へと格下げすることは、臨床医の意識のうちで混合状態を独立した診断・治療上の単位として把握する習慣を弱体化させ、結果として抑うつエピソードへの抗うつ薬単独処方の適応判断における臨界的な注意を低下させる。これは統計的には可視化されにくい類の臨床的不幸――たとえば抗うつ薬処方後数週間以内の自殺、ないし躁転後の混合エピソード遷延化と長期予後の悪化――として現れる。そして、その一例一例は個別の臨床判断の誤りとして処理されてしまい、診断分類体系の構造的問題にまで遡って接続されることはない。
ICD‑11 編纂者たちが、こうした「沈黙の臨床的不幸」を統計的・症例集積的にどの程度把握していたかは、本論考の筆者の知るところではない。しかし、Malhi–Bell が「混合気分は自殺の多発と関連しており、しばしば誤診される」[37]と繰り返し強調する語調、および ICD‑11 CDDR が混合エピソードの臨床特徴について抑うつエピソードや躁エピソードに比してむしろ詳細な記述を割いている叙述の重みは、彼らの背後にこの種の臨床的問題意識が横たわっていたことを推察させる。事実関係は不明であり、これは臨床精神科医としての「勘ぐり」の域を出ないが、概念史と臨床現場とが交錯する臨界点において、ICD‑11 の混合エピソード復権という決定が、単なる Kraepelin–Weygandt 系列への学問的回帰ではなく、現代精神科臨床の安全装置としての切迫した実践的判断でもあったということは、強調しておくに値する。
五 結節点 ―― 「概念」と「臨床」とが出会う場所
混合状態論の系譜は、Weygandt の三次元論から ICD‑11 の三類型まで、概念史的には驚くべき構造的連続性を示す。しかし、この連続性は単なる概念の自己発展ではなく、臨床現場における混合状態の現実そのもの――抗うつ薬処方の判断における切迫性、見逃しがもたらす予後の破壊、F 夫人のような同時存在型における治療の本質的困難――が、概念史を駆動してきた歴史的事実の表現であるといえる。Schneider が混合状態の存在を直説法で否認し、見かけ上それと見えうる現象のみを接続法 II 式によって Wechsel oder Umschlag として反実仮想領域に許容したとき、それは概念的・現象学的厳密性の選択であり、その水準においてはおそらく正当である。しかし、DSM‑5 および DSM‑5‑TR が specifier への格下げによって混合状態の輪郭を不明確にしたのに対し、ICD‑11 が混合エピソードを独立カテゴリーとして明確に認めたことは、臨床的実用性の観点から優れた対応であると判断される。本節を経て、結章においてあらためて、概念史と臨床現実とのこの交錯の意味を総括する。
結論 ―― 混合状態論の系譜と臨床
本論考は、Wilhelm Weygandt 1899年から ICD‑11 2022年に至る混合状態概念の系譜を、ドイツ・フランス・英米の三極を横断しながら追跡した。Kraepelin–Weygandt 系列によるハイデルベルクでの体系化、Jaspers の哲学的留保、Schneider の現象学的否定、フランス精神医学伝統内部の抵抗(Régis–Rémond–Voivenel–Michaux)と Henri Ey の構造論的読解、DSM の七十年における試行錯誤、そして ICD‑11 における復権――この百二十年余りの軌跡は、単なる診断技術上の変遷ではなく、躁うつ病という疾患単位の本質をめぐる深い学問的伝統間の対話である。
筆者の別の論考である「Kurt Schneider のガイドラインとしての仮説」[6]において提示した観点を、本論考は混合状態という具体的主題に即して延長したものといえる。すなわち、ICD‑11 における混合エピソード復権は、Kraepelin–Weygandt 系列の歴史的概念の復活であると見なせる。Schneider は、混合状態の存在ははっきりと否認し、それは急速な交替か変化にすぎないとした。一方、フランス精神医学伝統は、Régis–Rémond–Voivenel 系列の批判的距離化と Henri Ey の構造論的統合という、二つの異なる応答経路を提示してきた。Ey の経路――混合状態を「倫理的時間構造における意識の二極化」として読み解く――は、Weygandt の Labilität 仮説の最も洗練された現代的継承を提供する。
ICD‑11 と Malhi–Bell の ACE モデルは、Weygandt 三次元論を123年後に再起動するものといえる。Activity – Cognition – Emotion/Affect の三領域における結合解除(decoupling)という概念枠組みは、Weygandt が Affekt – Psychomotilität – Denken の三次元における Labilität として記述したものを、現代的神経科学・臨床心理学の語彙で表現し直したものに他ならない。この意味で、混合状態論の系譜は、19世紀末ハイデルベルク・クリニックの実験心理学的方法論と、21世紀の次元的・領域的精神医学とのあいだに、驚くべき構造的連続性を示すのである。
ただし、本論考が辿った系譜は、単なる「Weygandt の勝利」を意味するものではない。Jaspers の批判――本来は了解心理学が適用されるべき領域に、説明心理学が用いられているという方法論的警告――は、現代の混合状態論に対しても依然として有効性を保つ。ACE モデルが活動・認知・情動の三領域を「客観的構成要素」として扱うとき、それぞれの領域が体験的・意味的にも構成されていることを忘却する危険を、Jaspers が1913年に指摘したまま、現代精神医学はなお抱えているのである。Schneider の問題提起もまた同様に有効性を保つ。彼の論点――抑うつと躁とは「型(Typen)」ではなく「種(Arten)」として対立するのであり、見かけの混合は実は急速な交替か変化にすぎない、というもの――は、混合エピソードの臨床診断に際して常に念頭に置かれるべき方法論的留保でありつづける。
ここで筆者自身の立場を明示しておきたい。概念的・現象学的厳密性のレベルにおいては、Schneider の批判はおそらく正しい――混合状態とは、両極の真の同時的混合というより、二つの「種」のあいだの急速な交替(Wechsel)あるいは急変(Umschlag)の連続として、より厳密に記述されうるであろう。しかし臨床的必要性・重要性の地平に立ったとき、混合状態を独立した一つの臨床エピソードとして明確に認めるほうが、多少の概念的無理はあっても実用的である。抗うつ薬単独処方の回避、気分安定薬選択の根拠付け、自殺リスクの一括的管理という臨床実践上の要請は、混合エピソードの独立カテゴリー化を強く支持する。DSM‑5 および DSM‑5‑TR が specifier への格下げによって混合状態の輪郭を不明確にしたのに対し、ICD‑11 が独立カテゴリーとして明確に認めた対応は、臨床的実用性の観点から優れた選択であると判断される。Schneider への敬意を概念的・歴史的水準で保ちつつ、臨床診断学のレベルでは ICD‑11 の構造に賛同する――これが本論考が辿った系譜のもとに筆者がとる立場である。
本邦における混合状態論の今後の発展には、Weygandt 原典の翻訳・紹介に始まり(本論考第三節がその第一歩を提供することを目指した)、Salvatore–Baldessarini らの英訳・解説(Harvard Review of Psychiatry 2002年)の本邦受容、Schneider 一次資料の精読、Henri Ey 構造論的読解の臨床的具体化、ICD‑11 CDDR の臨床的運用と本邦双極障害学界における位置づけ――これらの諸課題が並列的に展開される必要があると考える。本論考は、その出発点としての概念史的整理を提供することを目指したものである。
最後に、本論考が辿った概念史的軌跡は、序および第十節において提示した臨床的切迫性の地平において、はじめてその真の意味を獲得することを強調しておきたい。混合状態をめぐる Kraepelin–Weygandt と Schneider との対立、DSM‑5 と ICD‑11 との分岐は、抽象的な分類論争ではなく、抗うつ薬処方の判断・治療失敗の予防・自殺リスクの回避という、日々の臨床実践において立ち現れる具体的な患者の生死を分けうる切迫した問題と直結している。ICD‑11 が混合エピソードを独立した気分エピソード型として保持する決定を下したとき、それは概念史的・歴史的回帰であると同時に、臨床的安全装置の再構築でもあった。臨床精神科医としての筆者は、この決定を、Weygandt 1899年から123年を経て、次世代の臨床現場における無数の患者の生命と人格を救う可能性が、ようやく国際分類体系のレベルで保証されはじめた瞬間として、高く評価したい。