パラフィリア症

アンリ・エーから ICD-11 へ
―― 概念史と構造論的考察
Les troubles paraphiliques d’Henri Ey à la CIM-11
Une étude historique, structurelle et critique
松石 竹志 Takeshi Matsuishi, M.D., Ph.D.
Editio princeps · Augustus MMXXVI
要旨 Abstract

【日本語要旨】 本稿は、パラフィリア症(paraphilic disorder)概念の一世紀半にわたる形成史――ラセーグ・ガルニエの古典的記述、クラフト=エビングの網羅的記述、フロイトの理論的転回、アンリ・エーの構造論的総合(1954)、DSM-III から DSM-5 への「パラフィリア/パラフィリア症」分離――を辿り、その到達点である ICD-11/CDDR(2024)のパラフィリア症群(6D30〜6D3Z)を、「同意」基準による再構造化として分析する。診断の中軸は逸脱性から他者危害性へ移動し、同意なき他者に向かう五カテゴリーと、苦痛・危害を要件とする補足カテゴリーとの二大群分けが成立した。

本稿の方法は三層の弁証法的統合である。第一に ICD-11/CDDR の操作的明確化――四つのクオリファイア、同意基準の中心化――を正確に再構成する。第二にアンリ・エーのエチュード12・13の構造論的読解――ラセーグ型露出症における誇示と自罰の二重運動、「孤立した倒錯」概念への批判、世界内存在の構造的動揺としてのパラフィリア――を、操作的診断が失いがちな人格構造的深層として復権させる。第三に現代の批判的視座――Weierstall-Pust と Schmidt の過剰病理化(Überpathologisierung)警告、Joyal の次元的アプローチ、「atypical」基準の経験的脆弱性(Joyal 2015:一般人口の 57% が DSM-5 パラフィリア的関心基準を満たす)――によって、操作的分類の限界を画定する。

後半では個別カテゴリー(露出症・窃視症・小児性愛症・強要型性的サディズム症・窃触症・6D35/6D36/6D3Z)を臨床的に検討し、鑑定実務への適用――病的パラフィリア症・衝動的機会的犯罪・詐病の三層判別、除外診断、DSM-5 の forensic warning を踏まえた診断と責任能力の峻別、段階的薬物療法――を論じる。操作的明確化は、構造論的深層理解と批判的視座に支えられて初めて、臨床と法医学の双方で適正に機能するというのが本稿の結論である。

キーワード:パラフィリア症、ICD-11/CDDR(2024)、同意基準、DSM-5-TR、パラフィリアとパラフィリア症の分離、アンリ・エー エチュード12・13、露出症、自罰機制、小児性愛症、強要型性的サディズム症、過剰病理化、Joyal 次元的アプローチ、責任能力鑑定、forensic warning、薬物療法


Abstract (English)

This paper traces the century-and-a-half formation of the concept of paraphilic disorder — from the classical clinical descriptions of Lasègue and Garnier through Krafft-Ebing's compendium, Freud's theoretical turn, and Henri Ey's structural synthesis of 1954, to the DSM-5 separation of paraphilia from paraphilic disorder — and analyses its present terminus, the ICD-11/CDDR paraphilic disorders (6D30–6D3Z, 2024), as a restructuring around the criterion of consent. The axis of diagnosis has moved from deviance to harm: five categories directed at non-consenting persons stand against residual categories requiring marked distress or risk of harm.

The method is a three-layer dialectical integration: an exact reconstruction of the operational clarifications of ICD-11/CDDR (the four qualifiers, the centrality of consent); a structural reading of Ey's Études 12 and 13 — the double movement of display and self-punishment in Lasègue-type exhibitionism, the critique of the "isolated perversion", paraphilia as a structural perturbation of being-in-the-world — reclaimed as the depth dimension that operational diagnosis tends to lose; and the contemporary critical perspectives of Weierstall-Pust and Schmidt (the warning against Überpathologisierung), Joyal's dimensional approach, and the empirical fragility of the "atypical" criterion (Joyal 2015: 57% of a community sample meet DSM-5 paraphilic-interest criteria).

The latter half examines the individual categories clinically and their application in forensic practice: the three-level differentiation of pathological paraphilic disorder, impulsive-opportunistic offending, and malingering; the exclusion diagnoses; the strict separation of diagnosis from criminal responsibility in light of the DSM-5 forensic warning; safeguards against over-pathologization; and graduated pharmacotherapy. Operational clarity, the paper concludes, functions properly in clinic and court only when sustained by structural depth-understanding and a critical perspective.

Keywords: paraphilic disorders; ICD-11 / CDDR (2024); consent criterion; DSM-5-TR; paraphilia vs. paraphilic disorder; Henri Ey, Études 12–13; exhibitionism; self-punishment mechanism; pedophilic disorder; coercive sexual sadism disorder; over-pathologization; Joyal's dimensional approach; assessment of criminal responsibility; forensic warning; pharmacotherapy


パラフィリアおよびパラフィリア症(paraphilic disorder)の概念は、十九世紀末のラセーグ・ガルニエの臨床的記述に始まり、クラフト=エビングの網羅的記述、フロイトの理論的転回、そしてアンリ・エーの構造論的総合(1954)を経て、現代の DSM-5(2013)と ICD-11(2018年公表、2019年世界保健総会採択、2022年発効)/CDDR(2024)[14]に至る、一世紀半にわたる概念史を有する。本稿はこの概念史の到達点としての ICD-11/CDDR を、エチュード12「Exhibitionnisme[8]とエチュード13「Perversité et perversions[6]が展開した古典的構造論との緊張のうちに位置づけ、さらに現代ドイツ語圏の批判的論者 ―― Weierstall-PustSchmidtJoyalMoserBriken ら ―― が指摘する診断概念上の限界と弁証法的に総合することを試みる、概念史的・構造論的考察である。

本稿が依拠する主要参照源について、あらかじめ述べておく。ICD-11/CDDR[14]を一次資料とし、現代ドイツ語圏における ICD-11 のパラフィリア症概念の受容と批判的吟味については、Hölzel 編『Psychiatrie und Psychotherapie』所収の Weierstall-PustSchmidt 担当の第19章「Paraphile Störungen[15]、ならびに Lieb 編『Intensivkurs Psychiatrie』所収の Turner 担当の第16章「Sexuelle Funktionsstörungen, Geschlechtsinkongruenz, Paraphile Störungen[18]の二つの独語標準教科書を主軸とする。前者は ICD-11 改訂の理論的・批判的吟味を、後者は臨床実務に即した操作的記述を提供する。古典的精神病理学の系列については、ラセーグ(1877)[1]、ガルニエ(1900)[3]、クラフト=エビング(1886)[4]、フロイト(1905)[5]、およびアンリ・エー『精神医学の研究』第二巻のエチュード12[8]とエチュード13[6]を直接参照する。

ICD-11/CDDR の貢献は明白である。同意の有無を分類軸の中心に据え、フェティシズム、フェティシスティック・トランスベスティズム、合意あるサドマゾヒズムを独立カテゴリーから外し、性的逸脱そのものではなく他害性と苦痛を診断要件として中心化したことは、社会道徳の変化とエビデンスに基づく病理化の制限という、二つの方向性の制度的反映として読むことができる。一方で、CDDR の徹底した実用主義は、エーが半世紀前に Dupré を批判して退けた原子論的記述への、ある種の回帰でもある。各疾患の essential features は対象と行為によって独立に記述され、Boss が「世界内存在の構造的動揺」と呼んだ深層構造は、CDDR の語彙には現れない。

加えて、ICD-11 の運用には、Weierstall-PustSchmidt(2024)[15]が体系的に指摘する複数の概念的限界が残されている。診断要件における量的閾値の不在、法医学的関連行動への診断の重心移動に伴う過剰病理化(Überpathologisierung)の危険、DSM-5 の精神疾患定義との整合性問題、DSM-5 自身が含む forensic warning との緊張、そして Joyal(2021)[20]が提案する dimensional approach の不在 ―― これらは ICD-11 を棄却すべき理由ではなく、その運用を支える背後の批判的視座の必要性を示すものである。

本稿の弁証法的立場は、これら三つの方向性 ―― ICD-11 の実用的明確化、エーの構造論的厚み、現代ドイツ語圏の批判的監視 ―― を相補的に統合することである。すなわち、ICD-11 の essential features を診断概念の足場として運用しつつ、その運用判断を支える深層構造の理解はアンリ・エーの記述に学び、運用の限界と過剰病理化の危険については Weierstall-PustSchmidtJoyal らの批判的視座を組み込む、という三層構造である。

第一章 概念の歴史的形成

1-1 ラセーグ・ガルニエの古典的記述

「露出狂(exhibitionnisme)」という臨床概念を初めて系統的に提示したのは、Charles Lasègue が 1877 年に Union Médicale 誌に発表した論文である[1]。ラセーグはこの「異常な性的行動」 ―― 公衆の場で、しかも執拗に、しかし必ずしも色情的な脈絡を伴わずに性器を露出する行為 ―― について、行為の瞬間性、本人による無意味さの自覚、性的前兆の不在、行為後の結果に対する無関心、性的欲求が露出に限定されてそれを超えた色情的冒険には発展しないこと、そして特に行為の前または最中に襲う不安発作を、診断的特徴として挙げた[8, § I]

二十三年後の 1900 年、Garnier は国際医学会議で次のように定義した。「強迫的・衝動的な性的倒錯であり、抑えがたい必要によって、しばしば一定の時刻と場所で、勃起していない性器を、淫らな操作や挑発を伴わずに公衆の面前に晒すことによって特徴づけられる。この行為は、患者の性的欲求のすべてを尽くすものであり、強迫的な葛藤を終わらせ、発作を閉じる」[3]

ラセーグおよびガルニエが「露出狂」概念に与えた中核的特徴は、本質的に医事法学的(médico-légal)であった。行為が公的(public)であること ―― 少なくとも一人の、通常は同意しない目撃者を含むこと、あるいは「強引に」「不意に」他者の視線に晒されること ―― が定義の核である。この概念は最初から「公衆風俗を侵す行為(outrage public à la pudeur)」という法的範疇の医学的下位区分として成立した。これは現代の ICD-11 が「同意のない他者」を分類軸の中心に据えたことと、構造的には同型である。そして 1948 年、WHO が ICD-6 を発表したとき、露出症(Exhibitionism)はこの分類体系に最初のパラフィリア概念として組み込まれることになる[26]

1-2 クラフト=エビングと網羅的記述

Richard von Krafft-Ebing の『Psychopathia Sexualis』(初版 1886、第十六・十七版仏訳 1931)[4]は、性的倒錯の網羅的・記述的なテキストとして、十九世紀末から二十世紀前半の精神医学的標準を形成した。そこには露出狂、サディズム、マゾヒズム、フェティシズム、小児性愛、屍姦、獣姦、その他の異常性愛の臨床像が、症例とともに集積されている。クラフト=エビングの方法は、各偏倚を独立した臨床単位として記述する点で本質的に集成的(compilatoire)であり、後に DSM が引き継ぐ列挙的分類の祖型を提供した。

1-3 フロイトの理論的転換

Sigmund Freud の『性に関する三論文』(Drei Abhandlungen zur Sexualtheorie, 1905, 第五版 1922)[5]は、性的倒錯の概念に根本的な変革をもたらした。それまでの精神医学的伝統 ―― クラフト=エビング、マニャン、シャルコー、ガルニエ ―― は、倒錯を遺伝的素因と縮退(dégénérescence)に結びつけ、健常者の正常な性生活と、病的な「性的倒錯者」とを質的に区別するという二元論的構図のうちで論じてきた。フロイトの『三論文』は、この二元論を内側から解体する。

『三論文』第一論文(Die sexuellen Abirrungen「性的迷走」)の冒頭で、フロイトは精神医学が前提としてきた「性欲動(Geschlechtstrieb)」概念そのものを問題化し、そこから二つの基本的区別を導入する。すなわち 性対象(Sexualobjekt ―― 性的吸引の発する人物 ―― と、性目標(Sexualziel ―― 欲動が向かう行為 ―― の区別である。倒錯(Perversion)はこの二つの軸のいずれかにおける逸脱として記述される。すなわち対象の倒錯(同性、児童、動物、無生物等)と目的の倒錯(窃視・露出、サディズム・マゾヒズム、口腔・肛門性愛等)である。

Wir wollen die Person, von welcher die geschlechtliche Anziehung ausgeht, das Sexualobjekt, die Handlung, nach welcher der Trieb drängt, das Sexualziel nennen.

「性的吸引の発する人物を性対象と呼び、欲動が向かう行為を性目標と呼ぶことにしよう」

— Freud, Drei Abhandlungen zur Sexualtheorie, I, §1

この区別は精神医学的記述の語彙に決定的な変容をもたらした。倒錯はもはや「縮退者の体質的異常」ではなく、性欲動という同一の機制の、対象または目的の方向における変様として記述可能となる。すなわち倒錯と正常との間には連続性が前提される。ラセーグ=ガルニエの古典的「露出狂」が「縮退の一形態」として位置づけられていたのに対し、フロイトの後では、それは性目標が視覚的領域に置換された「目的倒錯」として、正常な視覚的興奮との連続体上に置かれることになる。

『三論文』の第二の決定的命題は、幼児性欲(infantile Sexualitätの発見と、それに伴う「多形倒錯的素質(polymorph-perverse Anlage」のテーゼである。フロイトによれば、幼児期の性欲動は単一の対象・目的に統合されておらず、口唇・肛門・性器・皮膚等の複数の身体領域に分散した部分本能(Partialtriebe)の集合体として営まれる。この多形倒錯的素質は、思春期において正常には性器的統合へと収斂するが、その統合に失敗ないし部分的な固着・退行が生じた場合、当該の部分本能が成人期の性生活で支配的な位置を占め続けることになる ―― これが倒錯である。

Die Disposition zu den Perversionen ist die ursprüngliche und allgemeine Anlage des menschlichen Geschlechtstriebes, aus welcher sich erst infolge organischer Veränderungen und psychischer Hemmungen im Laufe der Entwicklung das normale Sexualverhalten herausbildet.

「倒錯への素質は、人間の性欲動の本来的かつ普遍的な配備である。発達の過程における器質的変容と心的抑制の結果として、初めて正常な性行動がそこから形成される」

— Freud, Drei Abhandlungen, I, §5(一般的考察)

この命題の射程は深い。第一に、「正常」な性行動は、生まれつき人間に備わったものではなく、多形倒錯的素質からの選別と抑圧の所産として後成的に獲得されるものとなる。第二に、倒錯は「正常人」のうちにも潜在的に存在する素質の発現であって、倒錯者と正常者との境界は質的ではなく程度的(量的)になる。第三に、神経症(Neurose)と倒錯(Perversion)は、同一の幼児期素質の異なる運命として捉えられる ―― 神経症は抑圧された倒錯であり、倒錯は抑圧されないで現れた神経症的素材である("die Neurose ist sozusagen das Negativ der Perversion"=「神経症はいわば倒錯の陰画である」)。

『三論文』はさらに、サディズムとマゾヒズムを、性欲動の能動性/受動性という最も根本的な対立軸の発現として論じる。両者は独立した二つの倒錯ではなく、一対の「対立対」(Gegensatzpaar)として、同一の人物のうちでしばしば共存する。この洞察は、後の『欲動とその運命』(Triebe und Triebschicksale, 1915)と『マゾヒズムの経済論的問題』(Das ökonomische Problem des Masochismus, 1924)で精緻化され、最終的には『快感原則の彼岸』(Jenseits des Lustprinzips, 1920)における死の欲動(Todestrieb)の概念へと連なる。

Sadismus und Masochismus nehmen unter den Perversionen eine besondere Stellung ein, denn der ihnen zugrunde liegende Gegensatz von Aktivität und Passivität gehört zu den allgemeinen Charakteren des Sexuallebens.

「サディズムとマゾヒズムは倒錯のうちで特殊な位置を占める。両者の根底にある能動性と受動性の対立は、性生活の一般的特性に属するからである」

— Freud, Drei Abhandlungen, I, §2

フロイトの理論的転換が古典精神医学にもたらした帰結を、三点に整理しておきたい。第一に、倒錯と正常との境界が連続的になり、倒錯の症状は単離した本能異常ではなく、力動的な葛藤の所産として読まれるべきものになった。第二に、倒錯は単に異常行動ではなく、人格構造(Charakter)の一断面として位置づけられるようになった ―― これは後にアンリ・エーが組織論的に体系化する直接の基盤を提供する。第三に、サディズム/マゾヒズム、能動/受動、対象/目的、固着/退行といった概念対が、倒錯記述の標準語彙となり、これら無しには現代のパラフィリア論はもはや書きえない。なお、「正常人にも倒錯はある」というこの洞察は、半世紀以上を経て DSM-5(2013)の「パラフィリア/パラフィリア症」分離原理 ―― 異常な性的興奮パターンそのものは精神疾患ではなく、それが当事者の苦痛または他者への危害を生んで初めて疾患となる ―― として制度化されることになる。

1-4 アンリ・エーの構造論的総合

Henri Ey の『精神医学の研究(Études Psychiatriques)』第二巻、特にエチュード12「Exhibitionnisme[8]とエチュード13「Perversité et perversions[6](1950 年)は、ラセーグ=クラフト=エビング=フロイトの諸潮流を、組織論的精神病理学(organo-dynamique)の枠組みで統合した、おそらく最も完成度の高い古典的総合である。

エチュード13は次のように構成される。第一節で「邪悪さ(perversité)」一般の問題を提起し、道徳的人格の発達を論じ、正常な邪悪さと病的な邪悪さを区別する。第二節で構成的人格病理としての「モラル・インサニティ(fou moral)」を扱う。第三節で「部分的倒錯 = 性的倒錯」を二大群に分類する ―― 対象選択の異常(自己愛、小児性愛・老人性愛・近親相姦、同性愛、動物性愛、フェティシズム)と、性行為の変形(痛覚エロス化 = サドマゾヒズム、視覚エロス化 = 窃視・露出、消化器エロス化 = 糞便愛、排尿エロス化 = ondinism)である。続いて症候性または後天的倒錯行動(脳炎、腫瘍、統合失調症など)が論じられる。第四節で道徳的意識の病理として総括される。

エーの分類は、内容的には現在の ICD-11 に列挙されるパラフィリア症のほぼすべてを先取りしている。しかし方法論的原理においては、ICD-11 と正反対の立場をとる。エーは、倒錯を「孤立した本能の偏倚」として記述・分類する Dupré 流の方法を、明確に「原子論的(atomistique)」として批判する。「孤立した倒錯(perversion isolée)は部分的偏倚ではなく、本人と他者および世界との関係の全体的・構造的動揺の一部である」[6, p. 273]

エーが援用するのは、BossBinswangerStrausSchwarzKunzGebsattel ら、ドイツ語圏の現存在分析(Daseinsanalyse)の理論家たちである。Boss(1947)[7]は性的倒錯を「破砕(Zerstückelung)」「分解(Zerteilung)」と呼び、本来は二者関係(duale Seinmodus)として営まれるべき性愛が、敵対的・抵抗的な様態に変質した、世界内存在の構造的動揺と捉えた。Straus は糞便愛について、「蝿を糞便に結びつける向性ではなく、正常への対抗の志向性(Norm-windigkeit)を経由する」[6, p. 273]とした。Schwarz は同性愛について、「同性愛的存在の意味は、その意味の不在である」[6, p. 273]と述べた。

エーの貢献は、こうした諸潮流を「分類原理」として統一したところにある。すなわち、「あらゆる病的な本能的倒錯は、われわれの他者との関係の起源にある本能的層への退行である限りにおいて、リビドー的生の倒錯である」[6, p. 275]。倒錯はそれぞれ独立した症候群ではなく、共通の構造的退行が、対象選択または性行為形式のいずれかの軸で表出した形である。

エーの臨床的洞察は、特に露出狂の自罰機制の分析(エチュード12)に結晶している。「ラセーグ型」の純粋な露出狂は、勃起を伴わない萎縮した陰茎の露出、強烈な不安、行為の不条理を本人が自覚することという特徴を備え、これらはすべて自罰的・マゾヒスティックな機制で統一的に理解される。「萎縮し敗北した(flétri et vaincu)」状態の陰茎を晒すことは、男性的虚栄を誇示すると同時にそれに罰を加える二重運動であり、ここに古典的去勢不安の動的表現がある[8, § IV]

1-5 DSM-III から DSM-5 へ ―― 「逸脱」から「パラフィリア」、そして「パラフィリア症」

エーの構造論的総合と、現代の ICD-11 / DSM-5 とのあいだには、半世紀以上の時間的経過がある。この間にパラフィリア概念は数次の制度的合理化を経た。

DSM-I(1952)と DSM-II(1968)は「性的逸脱(sexual deviation)」という人格障害下位範疇を用いていた[9]。DSM-III(1980)はこれを「パラフィリア(paraphilias)」と改称した[10]。改称の意図は、Stoller(1975)[11]らに支持される「価値中立的」用語への移行であり、宗教的・道徳的含意を持つ「逸脱」を、ギリシャ語で「para(傍ら、逸れて)+ philia(愛)」を意味する中立的な造語で置き換えるというものであった。実際にはこの中立化は表層的なもので、列挙される疾患の臨床像はクラフト=エビング以来ほぼ変わらなかった。

DSM-IV(1994)と DSM-IV-TR(2000)[12]は基準を精緻化したが、概念的には DSM-III の延長線上にあった。なお DSM-IV-TR では「Paraphilien」という名称が用いられ、「Störung(障害)」の付加はまだなかった[16]

DSM-5(2013)における Ray Blanchard らの提案は、より重要な概念的転換を含む[13]。「パラフィリア(paraphilia)」と「パラフィリア症(paraphilic disorder)」を分離したのである。前者はその個人にとって固有の atypical な性的興奮パターンの存在を指し、これ自体は疾患ではない。後者は、それが(a)当事者に著明な苦痛または機能障害を生じさせるか、(b)他者の意思に反する性的行為に至るときに、初めて精神疾患となる。これは、フロイトの「正常人の中にも倒錯はある」という洞察を、診断概念のレベルで明示化したものとも読める。そして社会道徳の変化、特に性的少数者の権利擁護運動以降の価値観の変化を、診断分類が反映したものとも読める。なお「パラフィリア」概念そのものに対しては、その操作的不明確さと臨床的意義の乏しい性的実践の包含を理由として、Joyal(2018, 2021)[19, 20]Moser(2019)[22]Turner-MooreWaterman(2023)[23]らによる批判的議論が現在まで続いている。

1-6 ICD-11 と CDDR ―― 「同意」基準による再構造化

ICD-11 の改訂作業を担ったのは、WHO が 2008 年頃に設置した「性関連疾患および性の健康分類ワーキンググループ(Working Group on the Classifications of Sexual Disorders and Sexual Health, WGSDSH)」であり、その議論の経緯は Krueger ら(2017)[17]によって詳述されている。その成果としての ICD-11(2018 年公表、2019 年世界保健総会採択、2022 年発効)と、その臨床的記述・診断要件を詳述した CDDR(2024)[14]は、DSM-5 の「パラフィリア/パラフィリア症」の分離原理を採用した上で、独自の編成を加えた。最も重要な編成原理は、「同意」を分類軸の中心に据えたことである。

Briken(2020)[24]が整理する ICD 系列におけるパラフィリア概念の進化を見ると、ICD-9 では性的行動そのものが、ICD-10 では逸脱した性的選好(abweichende sexuelle Präferenz)が、それぞれ焦点であった。ICD-11 はこれに対し、同意の有無と危害リスクを定義の中心に据えた。これは三十年余りの段階的な制度的合理化であって、ある日突然の概念革命ではない。露出症(Exhibitionism)が ICD-6(WHO 1948)[26]に最初のパラフィリア概念として組み込まれて以来、ICD 系列はこの領域で連続的な発展を経てきたものである。

CDDR では、パラフィリア症(6D30〜6D3Z)は二大群に分けられる。第一群は「同意できない者を対象とする」パラフィリア症である。これには 6D30 露出症、6D31 窃視症、6D32 小児性愛症、6D33 強要型性的サディズム症、6D34 窃触症、そして 6D35 同意のない者を含む他のパラフィリア症が含まれる。第二群は「単独行動または同意者を含む」パラフィリア症であり、6D36 がこれに該当する。

ICD-10(1992)の F65「性嗜好障害」と比較すると、ICD-11 の主要な変更点は次の通りである。第一に、フェティシズム症(F65.0)、フェティシスティック・トランスベスティズム(F65.1)、サドマゾヒズム(F65.5)が独立した診断カテゴリーから外された[15][24]。これらは多くの場合、合意のあるパートナー間で行われ、当事者の苦痛を生じない、という認識が背景にある(Bártová et al. 2021[25]JoyalCarpentier 2017[27]De Neef et al. 2019[28]Brown et al. 2020[29])。残された場合は 6D36(または重大な傷害・死亡リスクがあれば 6D35)として診断可能である。第二に、「同意」が分類軸として中心化された。第三に、診断要件が「行動に移したか、または著明な苦痛を伴っているか」のいずれかに簡明化された。第四に、新しいカテゴリーとして「強要型性的サディズム症」(6D33)が導入され、また従来 F65.8(その他の性嗜好障害)の下に分散していた窃触症(Frotteurismus)が独立カテゴリー(6D34)として定式化された。露出症、窃視症、小児性愛症の記述は、より広い体験・行動パターンを許容する形で改訂された[24, Tab. 19.1, 19.2]

ICD-11 / CDDR の臨床的利点は明白である。essential features を順に確認することで、診断に必要な情報を漏れなく収集する形式が整えられている。理論的議論を要する深い精神病理学的読解を要請することなく、「同意できない他者への持続的・反復的な性的興奮パターンがあるか」「行動に移しているか、または著しい苦痛があるか」という二つの軸での判定が可能となる。

しかし同時に、CDDR の徹底した実用主義は、エーが半世紀前に「これではだめだ」と批判した、まさに原子論的記述への回帰でもある。各疾患の essential features は、対象(露出される性器、観察される他者の裸体、子ども、苦痛・脅威)と行為(公衆での露出、ひそかな観察、行動・空想・衝動の存在)によって独立に記述される。Boss が「世界内存在の構造的動揺」と呼んだ深層構造は、CDDR の語彙には現れない。加えて、Weierstall-PustSchmidt(2024)[15]が体系的に指摘するように、ICD-11 の運用には診断概念上の複数の限界が残されている。これらの論点は第二章で詳述する。

本稿の弁証法的立場は、これら三つの方向性 ―― ICD-11 の実用的明確化、エーの構造論的厚み、Weierstall-PustSchmidt の批判的監視 ―― を相補的に統合することである。ICD-11 / CDDR の essential features は診断概念の足場として位置づけうるが、その判断 ―― 特に「行動への移行の有無」「著明な苦痛の有無」「除外診断の成否」「過剰病理化の回避」 ―― を支える臨床的洞察は、エー的構造論と現代ドイツ語圏の批判的視座の保持なしには持ちえない。

第二章 ICD-11 パラフィリア症群の構造

2-1 二大群分け

CDDR は冒頭の概観部分で次のように述べる。「パラフィリア症は、持続的・強烈な atypical な性的興奮のパターンによって特徴づけられ、性的思考、空想、衝動または行動として表出する。興奮パターンの焦点が、年齢または身分によって意思を持ちえない、または持ちえないようにされた他者を対象とすること(例:思春期前の子ども、窓越しに観察される無自覚の個人、動物)が中心である。パラフィリア症はまた、当事者に著明な苦痛をもたらす、あるいは傷害または死亡の重大な危険を伴う他の atypical な性的興奮パターンも含みうる」[14, p. 571]

この概観から、CDDR の二大群分けの構造が読み取れる。第一群(同意できない者を対象とするパラフィリア症)は、概観の前段に対応し、6D30〜6D35 を構成する。第二群(単独または同意者を含む)は、概観の後段に対応し、6D36 がここに分類される。この二大群分けは、ICD-11 の核心的な編成原理 ―― すなわち「同意」と「自他危害リスク」の中心化 ―― を直接に反映している[24]

2-2 診断要件の四つの「クオリファイア」

Weierstall-PustSchmidt[15, Tab. 19.3]は、ICD-11 のパラフィリア症診断要件を四つの「クオリファイア(Qualifier)」として整理している。これは ICD-11 の公式な四区分ではないが、診断要件の構造を見通す上で有用な分析的整理である。

第一のクオリファイアは、「持続的かつ強烈な atypical な性的興奮のパターン(anhaltendes und intensives Muster atypischer sexueller Erregung)」である。ICD-11 はおおむね 6 ヵ月以上の持続を求めるが、Weierstall-PustSchmidt は重要な批判を加える ―― ICD-11 は「持続的」「強烈」「atypical」のいずれについても、量的な閾値を提示していないのである[15]。「atypical」概念それ自体も、性科学において数十年来論争の対象であり、ICD-11 はある「規範からの逸脱」を Norm として持ち出すことを断念している[20, Joyal 2014; 19, Joyal 2018]。著しい苦痛を伴う臨床像を診断対象とすることでは、診断は逸脱の規範化を超えて精神疾患の輪郭を保ちうるが、では「atypical」をどの閾値で取るかという問いは、CDDR では明示的に未解決のまま残されている[23, Turner-Moore と Waterman 2023]

第二のクオリファイアは、興奮パターンが「性的思考、空想、衝動、あるいは行動として現れる」ことである。思考・空想・衝動の存在自体は、行動として表出しない限り診断には不十分である。しかし犯罪行為が問題となる場合は、行為そのものを超えて、根底にある atypical な持続的・強烈な興奮パターンの存在が必須要件として求められる。なぜなら、単発的・衝動的・機会的な、あるいは物質使用や酩酊によってのみ生じた犯罪行為は、診断から明確に除外されるからである[14, p. 571]。これは JoyalCarpentier(2022)[31]が指摘した「パラフィリア的興奮と行動の一致/乖離」の問題系に対する CDDR の応答とも読める。

第三のクオリファイアは、「同意できないあるいは同意する意思のない者を巻き込む行動が生じた、または当事者がその興奮パターンによって強く負担を感じている」ことである。これは選択的要件で、いずれか一方が満たされれば足りる。なお同意能力の判定 ―― 年齢、身分、覚醒状態 ―― は、子ども(思春期前)、無自覚の個人、動物などを例示するに留まり、個別の判定基準は CDDR では具体化されていない。

第四のクオリファイアは、「主観的な精神的負担単独 ―― たとえば羞恥や知覚されたスティグマ ―― は、診断の十分条件ではない」ことである。これは ICD-11 が同意のあるパラフィリア的傾向を脱病理化したことの、診断要件レベルでの帰結である。恥や罪悪感のみを根拠としては、パラフィリア症の診断は付与されない。

2-3 6D30〜6D34 ―― 独立カテゴリー

ICD-11 が独立カテゴリーとして残した五つは、いずれも他害性または重大な自他危害リスクを伴うパラフィリア症である。6D30 露出症、6D31 窃視症、6D32 小児性愛症、6D33 強要型性的サディズム症、6D34 窃触症の各 essential feature の詳細は、第四章で個別に検討する。

2-4 6D35、6D36 ―― 補足カテゴリー

6D35「他のパラフィリア症で同意のない者を対象とするもの」は、上記独立カテゴリーに該当しないが、同意のない他者に向けられた atypical な性的興奮パターンを示す症例の受け皿である。屍姦(Necrophilie)、動物性愛(Zoophilie ―― ICD-11 のテキストでは動物が「人物」として扱われていることに Weierstall-PustSchmidt は形式的不整合を指摘する[15, Tab. 19.9 Kommentar])、睡眠中の人物への性愛(Somnophilie; DeehanBartels 2021[32])などが該当する。

6D36「他のパラフィリア症で単独行動または同意者を対象とするもの」は、単独行動または同意者を含む atypical な性的興奮パターンを示す者で、二者択一の要件のいずれかを満たす場合に該当する。すなわち、第一に、当事者がその興奮パターンに著しく心を乱されており、その心の乱れが単に他者からの拒絶またはその恐れに由来するものではないこと。第二に、その性的倒錯行為が傷害または死亡の重大な危険を伴うこと(自慰時の窒息による快楽追求 = asphyxophilia、または合意あるサディズムで重度の身体損傷をもたらす実践など)[14, p. 588; 15, Tab. 19.10]

2-5 ICD-10 からの主要変更点と、その意味

すでに第一章 1-6 で概観したように、ICD-11 の主要な変更点は次の通りである。フェティシズム症(F65.0)、フェティシスティック・トランスベスティズム(F65.1)、サドマゾヒズム(F65.5)の独立カテゴリーからの削除[24]。窃触症(Frotteurismus)の F65.8 からの独立カテゴリー化(6D34; Clark et al. 2016[33])。強要型性的サディズム症(6D33)という新カテゴリーの導入。露出症・窃視症・小児性愛症の記述において、「持続的・集中的・強烈な性的興奮パターン」という共通形式(Muster)への用語的調和(Harmonisierung)。

これらの変更は、DSM-5 の「パラフィリア/パラフィリア症」分離と相補的に、ICD-11 が他害性と苦痛を診断の基準として中心化したことを示している。当事者間で同意があり、苦痛が生じない atypical な性的興奮は、もはや精神疾患ではない、という立場である。これは社会道徳の変化と、エビデンスに基づく病理化の制限という、二つの方向性の制度的反映と読める[22, Moser 2019; 30, Moser と Kleinplatz 2020; 34, Beier 2020]

2-6 ICD-11 の利点と理論的限界 ―― Weierstall-PustSchmidt の体系的批判

ICD-11 / CDDR の利点は、繰り返しになるが、鑑定実務における判定の明確化と他害性原理の整合化である。一方で、その理論的限界も指摘されるべきである。以下では、Weierstall-PustSchmidt[15, §19.4]が結語部分で展開する五つの批判点を、本稿の論旨に沿って整理する。

第一に、診断要件の量的閾値の不在である。「持続的」「強烈」「atypical」のいずれについても、CDDR は判定の基準点を提示していない。これは法医学的鑑定の場面で深刻な問題を生む。鑑定医が異なれば「持続的」の解釈が異なり、「強烈」の評価が分かれ、「atypical」の境界が揺れる。Dobbrunz ら(2021)[35]は、ドイツの鑑定医を対象に、責任能力評価における判定者間信頼性を検討し、パラフィリア症診断の運用には著しいばらつきがあることを示している。CDDR の文言は明確化を志向しながら、運用の実態では恣意性の余地を残しているのである。

第二に、法医学的関連行動への診断の重心移動による、犯罪行動の過剰病理化(Überpathologisierung)の危険である。Weierstall-PustSchmidt は、この点が ICD-11 改訂の最も問題含みの帰結であると指摘する。essential features が「行動に移したか、または著しい苦痛があるか」を要件とする以上、鑑定医が犯罪行為そのものを直接の根拠としてパラフィリア症と診断する誘惑が生じる。これは CDDR 自体が冒頭で警告する事態 ―― 多くの性犯罪は持続的・基底的なパラフィリア的興奮パターンと関連しない[14, p. 571] ―― と矛盾する運用である。Keeley ら(2021)[36]の ICD-11 フィールドスタディは、まさにこの危惧 ―― ICD-11 の基準が、心理病理学的根拠の十分でないままに、過剰に診断を付与する危険 ―― を実証的に示している。

第三に、DSM-5 の精神疾患定義との整合性問題である。DSM-5 は精神疾患を、「個人の認知、情動制御、または行動における臨床的に重大な障害によって特徴づけられる症候群」と定義し、明示的に「社会的に逸脱した行動(政治的、宗教的、または性的)と、個人と社会との間の葛藤は、その逸脱や葛藤が前記の機能不全に基づいていない限り、精神疾患ではない」と述べる[13, DSM-5, S. 26]。この定義に照らせば、性的逸脱そのもの ―― 心理機能の不全を伴わないもの ―― は精神疾患ではない。そして、繰り返される他害的行為(パートナー間暴力など)や犯罪行為(傷害、強盗、強姦)も、それ自体としては精神疾患として扱われていない[21, Moser 2018]。同様に、自己や他者への重大な傷害・死亡リスクを伴う非性的な行動 ―― エクストリームスポーツ、オートバイ、武器所持 ―― も精神疾患ではない。ところがパラフィリア症のみが、性的逸脱を伴う社会的逸脱として、精神疾患カテゴリーに残された。この非対称性が、Weierstall-PustSchmidt の指摘する概念的な歪みである。

第四に、DSM-5 自身が含む forensic warning ―― 臨床診断は法的能力評価に直接転用すべきでないという警告 ―― との緊張である。DSM-5(2013)は p. 33f. で次のように警告する。「DSM-5 のカテゴリー、基準、テキスト記述が法医学的目的で用いられる場合、診断情報が誤用または誤解される危険が生じる。その危険は、法的性質の根本的な問いと、臨床診断に含まれる情報とが、完全には一致しないという事実から生じる。DSM-5 に従う精神疾患の臨床診断の存在は、(…)当該人が精神的障害の法的基準、または法的意味における特定の制限(たとえば取引能力、刑事責任能力、または障害)を満たすことを必ずしも意味しない。後者については、通常、DSM-5 診断の内容を超えた情報、たとえば当該人の機能的障害の程度、およびこれらの障害が当該人の関連能力にどのように影響するかについての情報が必要である」[13, DSM-5, p. 33f.]。この警告は ICD-11 にも同様に当てはまり、法医学的文脈におけるパラフィリア症概念の運用に対しては、決定的に重要な含意を持つ。パラフィリア症の診断を付与することと、責任能力の有意な減退を認めることとは、別個の臨床的判断である。このことは第五章で詳述する。

第五に、Joyal(2021)[20]が提案する dimensional approach への移行可能性である。Joyal は、現行のカテゴリカルな診断 ―― あるかなしかの二値判定 ―― を超えて、パラフィリア症の重症度を三つの次元で評価することを提案する。第一の次元は、パラフィリックな性的体験・行動への選好または固着の強度であり、これは当事者にどの程度の代替的・正常嗜好的(normophilic)な性的選択肢が利用可能かを評価することに対応する。第二の次元は、パラフィリック衝動を抑制する能力の程度である。第三の次元は、パラフィリックな体験が egosyntonic(自我親和的、肯定的情動を伴う)か、egodystonic(自我異和的、否定的情動を伴う)かである。これら柔軟性・意志・情動性の三次元は、人格障害の現代的診断(ICD-11 における dimensional 化)と類似の方向性を示しており、精神疾患概念とのより緊密な接続を可能にする提案である。Joyaldimensional approach は、第三章で論じるエーの構造論的読解と、興味深い親近性を持つ ―― 両者ともに、パラフィリアを孤立した行動カテゴリーとしてではなく、人格構造全体の中での位置として把握しようとする点で共通する。

これらの限界は、ICD-11 を批判して棄却すべき理由ではなく、ICD-11 を運用する際に背後に保持しておくべき構造論的視野と批判的監視の必要性を示すものである。Weierstall-PustSchmidt 自身、ICD-11 を「動的な領域における重要なマイルストーン」と評価しており、その先の発展可能性を肯定的に捉えている[15, §19.4 結語]。本稿もまたその位置取りを共有する。

2-7 DSM-5/DSM-5-TR との対照

本節では、ICD-11 と DSM-5(2013)/DSM-5-TR(2022)[46]との診断概念上の異同を、本論文の主題(古典的構造論との緊張)に関わる範囲で整理する。両分類体系はパラフィリア領域で同一方向に収斂しつつも、構造原理と運用基準において複数の差異を保持しており、その差異の精査は鑑定実務にも理論的議論にも有用である。なお DSM-5 と DSM-5-TR の間でパラフィリック障害群の診断基準そのものには実質的変更はなく、文体・併存記述・文化的留意の追補が中心である[46]

第一の差異 ―― 共通方向性とその発祥点。「パラフィリア/パラフィリア症」の概念的分離(前者を疾患ではない興奮パターンとし、後者のみを精神疾患とする)は、DSM-5 において Blanchard[13]が制度化したものである。ICD-11 はこの分離原理を基本的に受容したうえで、独自の編成 ―― 同意と他害性を分類軸の中心に据える ―― を加えた。両分類は、価値中立化の方向性、当事者の苦痛または他者への危害を診断要件として中心化する方向性、そして合意のあるパラフィリック傾向を脱病理化する方向性において、共通する制度的合理化の段階にある。

第二の差異 ―― 「ノルモフィリック/atypical」基準の操作的不明確さ。DSM-5 はパラフィリアを、「表現型として正常で、性的に成熟し、同意能力のある人間のパートナーとの性器刺激や前戯的愛撫」(=ノルモフィリック)の範囲外の関心と定義する[46, Ch.1]。ICD-11 / CDDR は「atypical」という用語を採用するが、いずれの定義も Joyal[20]が体系的に批判する操作的不明確さを共有している。Joyal(2015)の経験的研究[47]は、フランス語圏成人 1,040 名を対象に 53 のパラフィリック性的空想項目について調査し、統計的に稀な空想は 53 項目中わずか 2 項目(12 歳未満児童との性、動物との性)に過ぎないこと、そして サンプルの 57% が DSM-5 のパラフィリック性的関心の基準を満たす ことを示した。これは、「atypical」「ノルモフィリック」という規範の経験的根拠の脆弱性を示すデータであり、両分類が苦痛または他害性なしには診断を成立させないという制度的歯止めの重要性を、逆方向から照らし出すものである。

第三の差異 ―― 「排他性(exclusivity)」基準の段階的希釈。Joyal[20]が指摘する通り、DSM の各版を通じて、パラフィリック関心が当事者の性的関心の中で占める位置の規定は段階的に弱められた。DSM-II(1968)は「主に他の対象に向けられる」と規定し、DSM-III(1980)は「性的興奮に必要」と規定した。Money(1984)はさらに「強迫的に依存し、義務的に依存」と定義した。しかし DSM-5 では、当該興奮パターンが「ノルモフィリック関心と同等以上」の興奮を生むことで足り、排他性も必要性も問われなくなった。ICD-11 / CDDR の「持続的・集中的・強烈なパターン」も、量的閾値を提示しない点では DSM-5 と同位置にある。この基準希釈は、第二章 2-6 で論じた量的閾値の不在問題と直結する。

第四の差異 ―― 個別カテゴリーの基準上の不整合。DSM-5 と ICD-11 は、いくつかの個別カテゴリーで基準の細部が異なる。小児性愛症について、DSM-5 は対象を「13 歳以下」と規定するが、これは Seto[48]の 11 歳上限や Tanner 段階による思春期前判定と整合しない。また DSM-5 は当事者の年齢を「16 歳以上」と規定するが、LievesleyHarper[48]は、未成年者への性的魅力の自覚は 12〜14 歳前後(思春期)であることが多く(Grundmann ら 2016)、この年齢制限は早期支援を求める若年当事者を制度的に治療から排除する結果を生む、と批判する。窃視症について、DSM-5 は基準 C で「18 歳以上」と規定するが、Hopkins ら(2016)[50]によれば実際の窃視者の 50% は 15 歳以前に衝動が発症しており、ここでも診断基準と臨床現実の乖離が問題となる。これに対し ICD-11 / CDDR はいずれの場合も具体的年齢規定を控え、診断者の臨床判断に委ねる方針をとっている。

第五の差異 ―― 信頼性と妥当性。Levenson(2004)[56]は、米国の SVP(Sexually Violent Predator)宣告手続における精神科鑑定医のパラフィリア診断の判定者間信頼性を検討し、全パラフィリアでカッパ係数 0.47、サディズム 0.30、特定不能のパラフィリア 0.36 という低値を報告した。これは精神医学診断としては不十分な信頼性であり、DSM-5 のフィールドトライアルでパラフィリック障害が対象に含まれなかったこととも関連する。ICD-11 のフィールドスタディ(Keeley ら 2021[36])も同種の判定者間ばらつきの問題を示しており、この信頼性問題は両分類に通底する。Dobbrunz ら(2021)[35]のドイツでの責任能力評価研究もまた、この問題系の一部である。

第六の差異 ―― DSM-5 自身の精神疾患定義との緊張。DSM-5 は精神疾患を「個人の認知、情動制御、または行動における臨床的に重大な障害」と定義し、明示的に「社会的に逸脱した行動と、個人と社会との間の葛藤は、その逸脱や葛藤が前記の機能不全に基づいていない限り、精神疾患ではない」と述べる[13, DSM-5, p. 26]Hinderliter(2010)[57]はこの定義との緊張を鋭利に指摘して言う ―― 「この種の論理ならば、横領障害やインサイダー取引障害も DSM に加えるべきか」。すなわち、性的逸脱を伴う社会的逸脱のみが精神疾患カテゴリーに残されているという非対称性は、DSM-5 自身の精神疾患定義と整合しない。Moser[21, 22]はこの整合性問題に基づき、パラフィリア診断の精神医学マニュアルからの完全削除、ないし「性的関心障害」というより一般的診断への置換を提案している。Wakefield の「有害な機能不全(harmful dysfunction)」定義 ―― 生物学的に設計された機能の失敗(機能不全)と、個人および社会への重大な害(有害性)の両方を要求する ―― も同種の批判的整理を提供するが、それ自身が歴史的・社会的・法的要因に依存する点で限界を持つ[20]。これらの整合性問題は、ICD-11 にもほぼそのまま当てはまる。

以上の六つの差異が示すのは、DSM-5(-TR) と ICD-11 が、構造原理として相補的な関係にありつつ、いずれも操作的明確化の達成と引き換えに古典的構造論的視座の喪失という代価を払っている、という共通の事態である。両分類の差異は、本論文の弁証法的立場の必要性を、二つの分類体系のいずれの側からも要請する形で照射するものと読める。

第三章 古典的精神病理学の意義 ―― エーの構造論的視点の弁証法的継承

3-1 エーの分類原理 ―― エチュード13の内容を辿る

エーが『精神医学の研究(Études Psychiatriques)』第二巻に収めた二つのエチュード ―― エチュード12「Exhibitionnisme」とエチュード13「Perversité et perversions sexuelles」 ―― は、対をなす作品である。エチュード13が「性的倒錯」一般の構造論的分類を提示するのに対し、エチュード12はその分類の臨床的・鑑定実務的射程を、露出症という具体例において展開する。両エチュードは、内容的には現代の ICD-11 のパラフィリア症章に収録される諸臨床単位のほぼすべてを先取りしているが、方法論的原理においては、ICD-11 と正反対の立場をとる。本節ではまずエチュード13の内容を、エーの叙述順序に沿って辿る。

エチュード13は四節構成をとる。第一節は「perversité(邪悪さ)」の問題から出発する。エーはここで道徳的人格の発達という観点を導入し、正常な邪悪さ(誰しもが持つ攻撃性、嫉妬、自己中心性)と、病的な邪悪さ(道徳的意識そのものの構造的変質)を区別する。この出発点が決定的に重要なのは、エーが性的倒錯(perversions sexuelles)を、いきなり性の領域に局在する症候として論じ始めるのではなく、まず人格の倫理的・関係的構造の異常という、より広い文脈に位置づけることを宣言しているからである。第二節では構成的人格病理としての「fou moral(モラル・インサニティ)」が論じられ、シャルコー、マニャン以来の古典精神医学の系譜が継承される。

エチュード13の中核をなす第三節「部分的倒錯(性的倒錯)」では、エーは性的倒錯を二つの大群に分類する。第一群「対象選択の異常(anomalies du choix de l'objet」は次の五項目である ―― 1° 自己愛・オナニズム、2° 小児性愛・老人性愛・近親相姦(pédophilie, gérontophilie, incestueux)、3° 同性愛、4° 動物性愛、5° フェティシズム・屍姦・トランスベスティズム。第二群「性行為の変形(代替的エロス化、érotisations substitutives」は次の四項目である ―― 1° 痛覚エロス化(サドマゾヒズム、algolagnie)、2° 視覚エロス化(窃視・露出、érotisation visuelle)、3° 消化器エロス化(糞便愛)、4° 排尿エロス化(ondinism)。続いて症候性または後天的倒錯行動(脳炎、腫瘍、統合失調症など)が論じられ、第四節で道徳的意識の病理として総括される。

この分類はエー独創ではない。Hesnard による「対象の倒錯」と「目的の倒錯」の区別を継承し、さらに古くはフロイトの『三論文』第一論文の「対象における逸脱」と「目的における逸脱」の区別にまで遡る。エーの貢献は、この二大区分を、原子論的な症候カタログとしてではなく、構造論的な分類原理として確立した点にある。すなわち、各カテゴリーは独立した臨床単位ではなく、より深層の構造的退行が「対象選択の軸」または「性行為形式の軸」のいずれかに表出した形である ―― これがエーの基本テーゼである。エチュード13の冒頭部で、エーは Dupré(『Pathologie de l'imagination』)の分類学を、「孤立した傾向」の上に倒錯を構築する原子論的方法として明確に退ける。

Ce qui vicie toutes ces classifications, fussent-elles l'œuvre des plus illustres auteurs, c'est qu'elles tendent à se construire sur des tendances isolées, sur les membra disjecta d'un instinct conçu comme un assemblage de fonctions localisées en tel ou tel organe.

「これらの分類すべてを vicient(堕落させる)のは、たとえ最も卓越した研究者の手によるものであっても、それらが孤立した傾向の上に、生命の本能の『membra disjecta(離散した諸器官)』 ―― 諸器官に局在する諸機能の集合体として捉えられた本能 ―― の上に、構築されようとする点である」

— Ey, Études Psychiatriques, III, Étude XIII, p. 275

この方法論的批判は、ICD-11 / CDDR の essential features の構造に対しても、同じ強度で当てはまる。CDDR は、各パラフィリア症を独立した臨床単位として記述する。露出症の essential feature と、窃視症の essential feature は、別個の項目として配置され、両者の構造的連関 ―― エーが「視覚エロス化」として一括した深層 ―― は、CDDR の記述には存在しない。エーが半世紀以上前に Dupré に向けて発したこの批判は、図らずも現代の操作的診断分類に対する批判としても、そのまま機能する。エーが代案として提示するのは、構造論的・現存在分析的読解である。倒錯はいずれも、「membra disjecta」のように切り離された症候の集合ではなく、人格全体の関係性構造の動揺の表出として、その深層から記述されるべきである。

ICD-11 の 6D30〜6D36 をエーの分類に重ねると、対応関係が明確に見える。6D30 露出症と 6D31 窃視症はエーの II.2°(視覚エロス化)に対応する単一の構造的軸の二側面である。6D32 小児性愛症はエーの I.2° に対応する。6D33 強要型サディズム症はエーの II.1° の一部分(サディズム側)に対応するが、マゾヒズム側は ICD-11 では 6D36 に分散され、両者の対立対としての結合は失われている。6D34 窃触症はエー独自の節を持たず、エチュード12で Magnan から引かれた「exhibitionnistes frotteurs」の記述に部分的に対応する。6D35 と 6D36 は、エーが「対象選択の異常」のうち動物性愛・屍姦・フェティシズムとして扱った領域の現代版に他ならない。すなわち ICD-11 の臨床単位は、エチュード13の分類内容にほぼ一対一で対応するが、その分類原理は構造論的統合から原子論的列挙へと転換している ―― これが本論文の中心的論題である。

3-2 「孤立した倒錯」概念への構造論的批判 ―― algolagnie の読解

エーの分類が ICD-11 と決定的に異なるのは、各カテゴリーを独立した臨床単位として扱うことへの拒否である。前節で見た membra disjecta 批判は、この拒否の方法論的宣言にあたる。本節では、その代案としてエーが提示する構造論的読解を、エチュード13で最も鮮やかに展開された具体例 ―― サディズムとマゾヒズムの「対立対」を「algolagnie(痛覚エロス化)」として統合する読解 ―― を通じて確認する。

エチュード13の「II.1° 痛覚エロス化」の節で、エーはサド侯爵(Marquis de Sade, 1740-1814)と Sacher-Masoch(1836-1895)を、「ある一つの倒錯の二つの極」として対置する。サドは他者に苦痛を与えることに性的快感を見出し、マゾッホは自身が苦痛を受けることに性的快感を見出す。表面上、両者は反対の現象である。しかしエーはフロイトの『三論文』および『欲動とその運命』の能動/受動の対立対の議論を継承し、両者を一つの構造的退行の二つの発現形態として読む。

Ces deux perversions, malgré leurs formes opposées, ou peut-être à cause d'elles, sont unies par leur racine commune : l'algolagnie, l'érotisation de la douleur. Le sadisme et le masochisme ne sont pas deux maladies distinctes, mais les deux versants d'une même altération structurale de l'existence sexuelle.

「これらの倒錯はその対立的形態にもかかわらず、あるいはそれゆえに、共通の根、algolagnie(痛覚のエロス化)によって結ばれている。サディズムとマゾヒズムは二つの別個の疾患ではなく、性的存在の同一の構造的変質の二つの斜面である」

— Ey, Études Psychiatriques, III, Étude XIII, p. 316

この読解の方法論的射程は深い。第一に、ここでは表面上の症候の差異(加害/被害、能動/受動)を超えて、その背後にある共通の構造(痛覚エロス化=苦痛と快感の倒錯的な結合)が、分類の根拠とされている。第二に、サディズムとマゾヒズムは別個の臨床単位ではなく、同一構造の二つの斜面(versants)として、相互に転換可能な対立対として読まれる。第三に、この構造論的読解は、フロイト的な力動(能動/受動の往還、固着/退行)を前提とすることなく成立する点で、フロイトを継承しつつもフロイトを超える、エー独自の立場を構成する。

同様の構造論的統合は、エチュード13の他の諸項目にも貫徹される。視覚エロス化(érotisation visuelle)の節では、露出症と窃視症が「自己を見せる/他者を見る」という対立対として、しかし「視覚的領域への性的目標の変位」という共通構造のもとに統合される。糞便愛(消化器エロス化)と排尿愛(排尿エロス化)も同様に、「正常な性器的統合への対抗」という共通の構造的方向のうちに位置づけられる。「対象選択の異常」群においても、自己愛、小児性愛、老人性愛、近親相姦、同性愛、動物性愛、フェティシズムは、独立した症候群ではなく、「対象選択の構造的歪み」というより深層の方向の異なる発現として読まれる。

このエーの構造論的読解は、ICD-11 / CDDR の essential features の構造に対する根本的な批判として、現在もそのまま機能する。CDDR は、各パラフィリア症を独立した臨床単位として記述する。露出症の essential feature、窃視症の essential feature、サディズム症の essential feature、マゾヒズム関連症の essential feature は、それぞれ別個の項目として配置され、両者の構造的連関 ―― エーが「視覚エロス化」「algolagnie」として一括した深層 ―― は、CDDR の記述には存在しない。エーが半世紀以上前に Dupré に向けて発した批判は、図らずも現代の操作的診断分類に対する批判としても、そのまま機能する。

エーがこの方法論的批判の代案として提示するのは、現存在分析的読解である。「孤立した倒錯(perversion isolée)は部分的偏倚ではなく、リビドー領域の変質であるのみならず『世界内存在』様式の全体的攪乱である」[6, p. 273]Boss を引いて、「性的倒錯は、構造的な世界内存在の変形であり、二者関係的存在様式(duale Seinmodus)の異常であって、それは愛の裏返しでありながら、なお愛の登録系で生きられ続け、自我を他者に結びつける受動的弁証法の一形式である」[7; 6 引用]とする。次節ではこの現存在分析的読解を、三人の理論家の議論を通じて詳述する。

3-3 ダザイン分析的読解 ―― 三人の理論家

エーが特に重視する三人の理論家を確認しておく。

Erwin Straus は糞便愛について次のように述べた。「糞便愛は、蝿を糞便に結びつける向性ではなく、正常への対抗の志向性(Norm-windigkeit)を経由する、それが倒錯の生命神経(Lebensnerv)を構成する」[6, p. 273]。糞便愛の本質は、糞便への単純な志向ではなく、正常な性愛への対抗の意志的構造であるという読解である。

Oswald Schwarz は同性愛について述べた。「同性愛的存在の意味は、その意味の不在である」[6, p. 273]。これは同性愛を否定する命題ではなく、同性愛が独立した「肯定的意味」を持つ生のあり方ではなく、異性愛の不在によって規定される構造である、という現象学的指摘である。なお現代では同性愛そのものは医学的疾患範疇から完全に外されているが、Schwarz の読解は、現代でも倒錯一般の構造分析に転用可能である。

Medard Boss はその主著『Sinn und Gehalt der sexuellen Perversionen』(1947)[7]において、性的倒錯を「破砕(Zerstückelung)」「分解(Zerteilung)」と呼び、本来は二者関係として営まれる性愛が、敵対的・抵抗的な様態に変形した、世界内存在の構造的動揺であると論じた。Boss の分析の重要な含意は、倒錯がそれ自体として自立した臨床単位ではなく、より深層の存在様式の表出であるという点にある。

エーがこれらの読解を継承して定式化するのは、次の命題である。「あらゆる病的な本能的倒錯は、われわれの他者との関係の起源にある本能的層への退行である限りにおいて、リビドー的生の倒錯である」[6, p. 275]

エチュード13がこのように構造論的分類原理を提示するのに対し、対をなすエチュード12「Exhibitionnisme」は、この分類原理の臨床的・鑑定実務的射程を、露出症という具体例において展開する。エーはエチュード12で、ラセーグ=ガルニエの古典的記述を出発点とし、19 世紀末から 20 世紀前半までの法医学的・精神医学的文献を網羅的に検討した上で、露出症の臨床像を二群に大別する。第一群は「純粋な露出狂(exhibitionnistes purs」 ―― ラセーグ型に近い臨床像で、強い不安発作、無勃起の萎縮した陰茎の露出、行為の不条理を本人が自覚しながらも抗えない強迫的衝動性、自罰的・マゾヒスティックな機制を特徴とする。第二群は「性的倒錯者の露出(exhibitionnistes pervers」 ―― より広汎なパラフィリア的構造に組み込まれ、性的興奮・勃起・反応の獲得を伴う露出行動である。後者にはマニャンが「exhibitionnistes frotteurs」と呼んだ、露出と接触衝動が複合する型も含まれる。

この鑑別の鑑定実務的含意は決定的である。第一群(純粋な露出狂)は神経症性ないし強迫性の構造を示し、責任能力の有意な減退を支持する所見が得られる場合がある。一方、第二群(倒錯者の露出)は構成的人格病理の枠組みで論じられる場合が多く、責任能力評価は事案ごとに慎重な構造的判別を要する。エーはここで、行為の単発性と累犯性を構造的兆候として読み解く方法を提示する ―― 累犯(récidive)は構造的な病的組織を露わにし、単発の犯行は一時的な過誤である可能性がより高い、という臨床的経験則である。

La récidive est par elle-même un signe structural ; elle révèle l'organisation pathologique sous-jacente et plaide en faveur de l'irresponsabilité et de l'internement. L'acte unique, en revanche, peut n'être qu'une défaillance occasionnelle, et le diagnostic structural doit dans chaque cas s'appuyer sur l'analyse détaillée de l'ensemble de la personnalité.

「累犯はそれ自体において構造的兆候である。それは下層にある病的組織を露わにし、責任無能力と監置(internement)を支持する。これに対し一回限りの行為は一時的な過誤であるに過ぎない場合があり、構造的診断は事案ごとに、人格全体の詳細な分析に立脚しなければならない」

— Ey, Études Psychiatriques, III, Étude XII, § III

このエー的構造論的鑑定原則は、現代の鑑定実務に直接継承可能である。本論文 5-1 で論じる「鑑定の三層判別(病的パラフィリア症 vs 衝動的・機会的犯罪 vs 詐病)」は、エーがエチュード12で提示した「純粋な露出狂 vs 倒錯者の露出 vs 状況的・機会的露出」の三層構造の現代版に他ならない。ただしエーの「監置(internement)」観は当時の制度的文脈に強く規定されており、現代の処遇論への直接転用は慎重を要する。重要なのは、構造論的兆候としての累犯性、単発行為の慎重な評価、人格全体の詳細な分析という、鑑定の方法論的態度そのものである。

エーがエチュード12で提示する露出症の臨床的洞察 ―― 純粋型における自罰機制の分析 ―― も、現代の鑑定実務にとって示唆的である。第一章で見たとおり、ラセーグ型の純粋な露出狂の三徴(勃起を伴わない萎縮した陰茎の露出、強烈な不安、行為の不条理の自覚)は、すべて自罰的・マゾヒスティックな機制 ―― 誇示と自罰の二重運動 ―― で統一的に理解されるのであった[8, § IV]。この記述には、フロイトの「サディズム=マゾヒズム」対立対の構造、自罰機制(Selbstbestrafung)の力動、ラセーグの「アゾール(不安)」の臨床描写、そして Boss の「世界内存在の構造的動揺」が、すべて統合されて結晶化している。

3-4 弁証法的整理 ―― エー的構造論の現代的展開の三系列

ここで本稿の弁証法的立場を明示する。エー的構造論と ICD-11 的実用主義は、対立的な選択肢ではなく、鑑定実務の異なる位相に対応する相補的な装置である。さらに注目すべきは、エーが半世紀以上前に展開した構造論的読解と、構造的に同型の問題意識に立脚する複数の現代的研究系列が、近年の経験的精神医学および犯罪心理学のうちに発展していることである。本稿はこれらを「エー的構造論の現代的展開の三系列」として整理し、本論文の弁証法的立場を支える論拠とする。

ICD-11 の essential features は、判定の明確化を提供する。診断者はチェックリスト的に基準を確認し、診断の有無を判定し、それを臨床の言語ないし法廷の言語に翻訳する。この操作的明確化なしには、診断概念の運用は主観性と恣意性に晒されやすい。

しかし、essential features の運用判断 ―― 特に「行動に移したか」「著しい苦痛があるか」の境界例の判定、症候性パラフィリア行動との鑑別、責任能力の有無・程度の評価、過剰病理化の回避 ―― は、エー的構造論の保持なしには十全には遂行できない。鑑定医が、ラセーグ型露出狂の自罰機制、Boss が言う「世界内存在の構造的動揺」、衝動性と構成的邪悪さの区別といった構造論的軸を内在化していなければ、CDDR の文言の表層的適用に堕する危険がある。

第一系列 ―― Freund の求愛障害仮説(1990)と KnightLongpré のアゴニスティック連続体(2013, 2020)。Kurt Freund(1990)[52]は、露出症、窃視症、触接症、強姦を、正常な求愛プロセスの段階的逸脱として統一的に読解する仮説を提出した。すなわち、視覚的選択 → 窃視症、非身体的相互作用 → 露出症、身体的接触 → 触接症(Frotteurismus)、性交 → 強姦という四段階の対応関係である。この仮説の決定的含意は、これらのパラフィリアが「同一障害の異なる発現形態」として捉えられる点にある。これはエーがエチュード13で「視覚エロス化(érotisation visuelle)」として露出症と窃視症を一括した分類原理 ―― さらにはサディズムとマゾヒズムを「algolagnie」として連続体的に統合した方法 ―― と構造的に同型の読解として、構造論的精神病理学の系譜のうちに位置づけうる先駆的試みであった。

ただし、この具体的な4段階マッピングそのものは、Knight(2010, 2013)[58]Longpré ら(2020)[58]による近年の経験的研究によって、部分的に反証されている。Knight ら(2013)は MIDSA データ(n=529)の因子分析・項目反応理論・タクソメトリック分析を用い、強制性愛(paraphilic coercion; PC)とサディズムが FreundMoney(1986)が想定した「異なる種類の症候群」ではなく、共通の「アゴニスティック連続体(agonistic continuum」上の次元的現象であることを示した。LongpréKnight(2020)[58]は非犯罪者・地域対照群・大学生でも同所見を再現し、犯罪集団を超えた一般化可能性を確認した。Knight ら(2013)の3因子解 ―― (1) 一般パラフィリア(露出症・窃視症・トランスベスティズム・スカトロギア・フェティシズム・性的先取)、(2) 小児性愛、(3) アゴニスティック連続体(サディスティック行動・空想・パラフィリック強制)―― は、求愛障害モデルの4段階分節とは異なる構造を示す。重要なのは、Knight のアゴニスティック連続体モデル自体もまた次元的・構造論的な統合読解であり、エー的構造論の経験的後継として位置づけうることである。Freund の歴史的貢献は、構造論的視座の現代精神医学への移植に求められるべきであり、その具体的細目は経験的研究によって洗練・修正されつつある。

なお、Bader ら(2008)と Abel ら(1988)[50]のデータ ―― 露出症患者の 32% が窃視症を、30% が触接症を併発し、露出症患者の 93% が小児性愛・強姦・窃視症のいずれかを併発するという経験的所見 ―― は、Knight の因子分析が示す「一般パラフィリア」因子の存在と整合的であり、エーが「視覚エロス化」として一括した分類原理の経験的根拠としても、依然として有効である。

第二系列 ―― LongpréGuayKnight の三経路発達モデル(2018)。LongpréGuayKnight(2018)[53]は、518 例の性犯罪者サンプルを用いた構造方程式モデル化により、サディスティック性犯罪の発達経路に共通の児童期ルート(反社会的父親、不安定な母親、ネグレクト・虐待)から三つの経路に分岐する構造を見出した。第一は「分裂質経路」 ―― 逸脱性的空想、低自尊心、社会的孤立、分裂質・回避性人格、複数パラフィリア併存を特徴とする経路。第二は「脱抑制経路」 ―― 物質乱用と外在化行動、反社会性人格、衝動的攻撃を特徴とし、長期的な逸脱空想は乏しい経路。第三は「ナルシシスト・ミーンネス経路」 ―― 自己愛性人格、権力・名声・賞賛への執着を特徴とし、被害者に痛み・屈辱を与えることを通じて支配を達成する経路。サディスティック行動は表面的には同一でも、その背後の動機構造は構造的に異なる。これは、エーが「孤立した倒錯ではなく構造的退行」と論じた立場 ―― そして Boss が「破砕(Zerstückelung)」「分解(Zerteilung)」と呼んだ世界内存在の様態の異常 ―― の、現代的経験的展開である。本論文 4-4 で詳述するように、この三経路は、本論文の鑑定実務上の三層判別(病的・堕落者・詐病)とも部分的に重なる構造を示している。

第三系列 ―― Joyaldimensional approach(2021)。Joyal(2021)[20]が提案する三次元アプローチ ―― パラフィリック選好の固着強度(柔軟性)、抑制能力(意志)、自我親和性/異和性(情動性) ―― は、第二章 2-6 第五批判で論じた通り、二値的なカテゴリー診断を超える方向性を提示する。エーが「世界内存在の構造的動揺」と呼んだ深層は、Joyal の三次元では、より測定可能な形で再構成される。とりわけ「自我親和性/異和性」の次元は、ラセーグ型露出狂が「行為の不条理を本人が自覚しながらも抵抗できない」という古典的記述(自我異和的)と、「行為に肯定的情動を伴う」構成的邪悪さ(自我親和的)との古典的鑑別を、現代の精神医学的次元評価の言語に翻訳したものと読める。

これら三系列に通底するのは、パラフィリア症を「孤立したラベル」として診断するのではなく、人格構造と存在様式の中での位置として把握しようとする姿勢である。Freund正常な求愛プロセスの逸脱として、Longpré らは共通の児童期ルートからの発達分岐として、Joyal多次元的評価軸として、それぞれ異なる方法論的位相からこの構造論的視座を再構成する。エチュード13で展開された「対象選択の異常」と「性行為の変形」の二大区分は、これら現代的展開を統合的に読解するための分類原理として、依然として有効性を保っているといえる。

弁証法的統合の具体的な姿は、次章で個別カテゴリーごとに、そして第五章で鑑定実務全般に即して、展開される。

第四章 個別カテゴリーの臨床的検討

4-1 露出症(6D30)

CDDR の essential feature は次の通りである。「持続的・集中的・強烈な性的興奮のパターン ―― 持続的な性的思考、空想、衝動または行動として現れる ―― が、無自覚の人物への、公的場所での自身の性器露出を含み、通常はより接近した接触を誘うまたは意図することがない場合、診断のために必要とされる。当該個人は、これらの思考、空想または衝動に基づいて行動したか、またはこれらによって著しく苦痛を感じている必要がある」[14, p. 572]

Weierstall-PustSchmidt[15, Tab. 19.4]は、ICD-10 と ICD-11 の比較において、いくつかの注目すべき変更点を指摘している。第一に、ICD-10 が「主として異性に対する露出(meist gegengeschlechtlich)」と性的指向の限定を含んでいたのに対し、ICD-11 はこの限定を削除した。これは性的指向の多様性に対応する形での包括化である。第二に、ICD-11 は性的興奮を中核に据えるが、ICD-10 が含んでいた「自慰」「より接近した接触の意図の欠如」といった具体的記述を相対化し、より広い行動・体験パターンを許容する。第三に、「Neigung(傾向)」から「Muster(パターン)」への用語転換が、思考・空想・衝動を含む包括的記述を可能にしている。第四に、ICD-11 はオンライン露出を明示的に扱っていない ―― 「公的場所において(an einem öffentlichen Ort)」という限定により、デジタル空間での露出は、現行の essential feature の射程外に置かれている。これは情報通信技術の発達した社会における運用上の論点である。第五に、第二次性徴部の露出を伴う場合の扱いは、CDDR では未決のまま残されている[15, Tab. 19.4 後半]

この essential feature の枠組みは、ラセーグの古典的記述(行為の瞬間性、無意味さの自覚、不安発作、淫らな脈絡の不在)を、抽象化された行動的記述に置き換えたものとして読める。失われたのは、ラセーグが特に強調した不安と無意味さの自覚である。CDDR には「intense pattern of sexual arousal」とあるが、これはむしろガルニエが「いわゆる『真の』露出狂」と区別した「神経症型」露出狂の特徴に近い。

エーは、純粋なラセーグ型露出狂を「臨床的稀少(rareté clinique)」とし[8, § II A]Staehlin の 70 例の統計でも 5 例しかなかったと記録している。多くの露出狂は、勃起を伴い、自慰的操作を伴い、サディスティックな挑発の要素を持つ「神経症型」である。CDDR の essential feature は、おそらくこの神経症型を典型として記述している。

しかし鑑定実務の場面では、ラセーグ型に近い症例 ―― 不安発作を伴い、行為の不条理を本人が自覚し、累犯的でありながら毎回の行為直前に強烈な葛藤を経験するタイプ ―― も、依然として現れる。エーの自罰機制の分析は、こうしたタイプの症例の責任能力評価に直接的に資する。第一章に見た誇示と自罰の二重運動という自罰的構造こそが、「行動制御能力の有意な低下」の精神病理学的根拠を提供するからである。

露出症は思春期に始まり、若年成人期以降は比較的安定するが、年齢とともに衝動制御の改善と性欲の減退によって行動表出は減少する[14, p. 573]。圧倒的に男性に多い。文化により公的露出の規範が異なり、ある文化で露出症的とされる行動が別の文化では許容される(裸体主義的環境、独語圏では FKK 浜辺など)[14, p. 573; 15]。差異診断として、強迫的性行動症(compulsive sexual behaviour disorder)との境界が CDDR で論じられる。両者ともに反復的な性的衝動・行動を含むが、露出症は「持続的・集中的・強烈な特定パターンの性的興奮」が中核であるのに対し、強迫的性行動症は「衝動・行動の制御失敗」が中核で、興奮対象の特異性は問わない[14, p. 574]

本論文 3-4 で論じた Freund(1990)の求愛障害仮説[52]と、これを経験的に洗練した Knight(2013)[58]のアゴニスティック連続体モデル ―― そして Bader ら(2008)[50]および Abel ら(1988)が示す併存率データ ―― 露出症患者の 32% が窃視症を、30% が触接症を併発し、93% が小児性愛・強姦・窃視症のいずれかを併発する ―― は、エーが「視覚エロス化」として一括した分類原理の経験的根拠を、4-1 と 4-2 を貫いて提供する。Knight ら(2013)[58]の因子分析が抽出した「一般パラフィリア」因子(露出症・窃視症・トランスベスティズム・スカトロギア・フェティシズムを含む)も、この構造的連関の現代的経験的支持となる。鑑定実務の場面では、露出症が他のパラフィリア症と独立に存在することは稀であり、併存パターンの体系的聴取が求められる。なお、インターネット、ウェブカメラ、スマートフォンを介した電子的露出(オンライン露出、セクスティング、ライブストリーミング露出)は、本論文 4-1 冒頭で Weierstall-PustSchmidt が「ICD-11 はオンライン露出を明示的に扱っていない」と指摘した運用上の論点に対応する。Kaylor ら(2016)[50]の若年成人 959 名の研究は、セクスティング実践者の少数のみが障害的であり、多数は正常な性的探求の一環であることを示し、オンライン露出をどの閾値で病理化するかという問題が、現行 CDDR の運用範囲を超えていることを示唆している。

McNallyFremouw(2014)[37]は、露出症行動の犯罪エスカレーションリスクについて批判的レビューを行い、露出症が他の重大な性犯罪へと進展するリスクは、しばしば過大評価されてきたと指摘している。鑑定実務において、露出症の累犯歴は重要だが、それのみを根拠として将来の重大犯罪リスクを推定することには慎重であるべきである。

4-2 窃視症(6D31)

CDDR は窃視症を、「裸である、脱衣中である、または性的活動中の無自覚の人物を、その認識なしに観察することによる、持続的・集中的・強烈な性的興奮のパターン」と記述する[14, p. 575]。要件は露出症と同様、「行動に移したか、または著しい苦痛を経験している」である。

Weierstall-PustSchmidt[15, Tab. 19.5]によれば、窃視症の essential feature は ICD-10 と ICD-11 で本質的内容は変わらないが、表現の調和が行われた。ICD-10 では露出症が「Neigung(傾向)」、窃視症が「Drang(衝動)」と異なる用語を使っていたが、ICD-11 では両者ともに「Muster(パターン)」に統一されている。また、合意のある窃視行為(同意あるパートナー間、ストリップクラブの訪問など)は明示的に除外される。これは独語版 ICD-11 で特に明確化されているとされる[15, Tab. 19.5]

露出症と窃視症は併存することが多い[18]。エーがこれらを「視覚エロス化」として一括した理由は、両者が同一の構造 ―― 視線を性愛の主要な媒体とすること ―― の能動的・受動的な二側面だからである。

差異診断としては、強迫的性行動症との境界、物質使用障害下の機会的行動との境界が要点である。本邦の都市環境において、いわゆる盗撮事案は窃視症として診断されうるが、単発的な盗撮、商業的撮影目的の盗撮、衝動的・機会的な盗撮は、必ずしも持続的・反復的な性的興奮パターンを基盤としない。鑑定では本人の性的空想内容、自慰の対象、過去の性的行動歴の聴取が必須である。

窃視症の発症年齢に関しては、DSM-5 が基準 C で「18 歳以上」と規定するのに対し、Hopkins ら(2016)[50]の研究は、実際の窃視者の 50% が 15 歳以前に衝動が発症したと報告していることを明らかにした。CDDR は思春期発症の頻度を認めつつも、診断は成人後に行うことが推奨されるという慎重な立場をとっており、両分類とも早期発症事例の臨床的取扱いに運用上の課題を残している。なお現代では、ウェブカメラハッキング、隠しカメラ、ビデオ窃視サイトの拡散など、テクノロジーを介した窃視行為が新たな臨床問題を構成している[50]。これらは、本論文 4-1 で論じたオンライン露出と並行する形で、ICD-11 / CDDR の射程を超えた領域として、今後の改訂論点を構成すると考えられる。

4-3 小児性愛症(6D32)

CDDR の essential feature は次の通りである。「思春期前(通常 11 歳未満)の子どもに対する、持続的・集中的・強烈な性的興奮のパターン ―― 持続的な性的思考、空想、衝動または行動として現れる」[14, p. 577]。当事者が行動に移したか、または著しい苦痛を経験している必要がある。診断は最低 18 歳以上、対象との年齢差は最低 5 歳以上が要件として推奨される。

Weierstall-PustSchmidt[15, Tab. 19.6]は ICD-11 の小児性愛症の改訂を、より臨床的に明確な形式と評価する。ICD-11 では「思春期前の子ども」という対象が essential qualifier として明示されたことで、ヘベフィリア(思春期初期の子どもに対する性的選好)を排除する形になった。Bártová ら(2021)[25]が示すように、思春期前の子どもへの性的興味は、思春期周辺(peripubertal)の対象者への性的興味と比べて顕著に稀である。したがって、ICD-11 の essential feature は対象範囲を厳密に限定したことになる。これは DSM-5 の小児性愛症基準とも整合する[15]

ヘベフィリア(Hebephilie)は、ICD-11 では独立した診断ではない。対象が同年代または思春期後の児童で、加害者と年齢が近い場合は、本診断は適用されない。

未成年者への性的魅力をより広い概念枠組みで捉える試みとして、Seto(2017)[48]が提案する クロノフィリック連続体(chronophilic continuumがある。これは、年齢別の性的志向のスペクトラムを、ネピオフィリア(nepiophilia、0〜2 歳)、ペドフィリア(3〜10 歳)、ヘベフィリア(11〜14 歳)、エフェボフィリア(年長児童)、テレイオフィリア(生殖年齢の成人)、メソフィリア(中年)、ジェロントフィリア(高齢者)として位置づけるものである。エチュード13でエーが「対象選択の異常」のうち I.2° として「pédophiliegérontophilieincestueux」を一括して扱った分類原理は、このクロノフィリック連続体と構造的に同型の発想を、半世紀以上前に提示していたと読みうる。なおファロメトリック研究(Blanchard ら 2009)はヘベフィリアの独立性を実証的に支持しており、ICD-11 がヘベフィリアを独立診断としなかった判断は、対象範囲の厳密な限定という診断分類上の戦略であって、この連続体の実在性そのものを否定するものではない。

さらに Seto(2012)[48]は、小児性愛を「性的志向の一形態」として概念化することを提案している。性的志向を「特定の性的刺激クラスへ注意・興味・魅力・性器興奮を継続的に向ける傾向」と定義し、(1) 早期発症、(2) 変容困難性、(3) 性的・恋愛的魅力の一致、という三条件を提示する。Grundmann ら(2016)の研究によれば、未成年者への性的魅力の最初の自覚は 12〜14 歳前後(思春期)であることが多い。これは、DSM-5 が当事者の年齢を「16 歳以上」と規定することにより、自らの性的魅力を自覚しつつ援助を求める若年当事者を、診断・治療の対象から制度的に排除する結果を生んでいる、という LievesleyHarper[48]の批判につながる。これに対し ICD-11 / CDDR は具体的年齢規定を控え、診断者の臨床判断に委ねる方針をとっており、本論文 2-7 で論じた両分類の差異の一例を構成する。

小児性愛症と児童性虐待(child sexual abuse, CSA)は、部分的に重なるが完全には一致しない。Lieb 教科書(Turner 解説)[18]によれば、児童性犯罪者のうち小児性愛症を併存する者は約 40〜50% であり、そのうち排他型(思春期前児童にのみ性的反応する者)は約 15% である。残りの 60% の児童性虐待は、被害者の家族環境からの加害、衝動的・機会的犯罪、他のリスク因子(反社会的・衝動的人格特性、親密性の欠如、性嗜癖、低社会経済階層、失業)に関連する。しかし、小児性愛症は児童性虐待の最も重要なリスク因子である。加害者の 90% 以上は男性で、被害者は主に女性である[18]Schmidt ら(2013)[38, 48]は、児童性犯罪有罪者の半数未満しか子供への優位な性的選好を持たないことを示しており、非小児性愛性の児童性犯罪が、小児性愛症として過剰病理化される(psychopathologisieren)危険を、特に法医学的鑑定の場面で警告している。Seto の動機-促進モデル(Motivation-Facilitation Model, 2019)[48]もまた、性的魅力(動機)と促進要因(反社会的人格、認知的歪み、急性中毒)が同時に作用して初めて犯罪行動が生じると説明し、Finkelhor(1984)の前提条件モデルが想定するような線形ではなく、相互作用的な発生機序を主張している。これは本論文 5-1「鑑定の三層判別」と整合する理論モデルである。

エチュード13ではエーは小児性愛(pédophilie)を「対象選択の異常」のうち I.2° に含めて簡潔に扱っている。古典精神医学の伝統では、小児性愛は単独の臨床単位というよりは、より広い倒錯的構造(自己愛的退行、フェティシスティックな対象選択、加虐的契機)の表出として論じられた。現代の研究は、神経生物学的基盤(前頭葉・側頭葉の構造変化、テストステロン・セロトニンの関与)を示唆するが、所見は非特異的かつ部分的に矛盾する[18]

鑑定実務では、小児性愛症の診断は、加害行為そのもの(児童性虐待の事実)から自動的には導出されない。CDDR の essential feature の確認 ―― 持続的・反復的な性的興奮パターンが、思春期前の子どもに焦点づけられている、という所見の確立 ―― が必要である。一回限りの行為、衝動的・機会的行為、家族内の葛藤に伴う行為などは、必ずしもパラフィリア症ではない。これは CDDR が冒頭で警告する「多くの性犯罪は持続的・基底的なパラフィリア的興奮パターンと関連しない」という命題と整合する[14, p. 571]

近年、児童性的搾取素材(child sexual exploitation material, CSEM)に関わるオンライン犯罪は、小児性愛症の鑑定における重要な論点となっている。Quayle[59]の総説によれば、英国インターネット監視財団(IWF, 2018)は同年に 105,047 件の URL が CSEM を含むと確認し(前年比 15% 増)、ウェブカメラやスマートフォンを用いた 11〜15 歳の「自己制作」コンテンツの増加が報告されている。経験的研究としては、Seto ら(2006)[59]のファロメトリック評価(n=685)が、CSEM 違反者は児童への接触性犯罪者よりも児童への性的覚醒が高いこと、すなわち CSEM 所持は小児性愛のより強い診断指標である ことを示した。Seto(2010)[59]Gerwinn ら(2018)、Schmidt ら(2013)[38, 48]は、児童に対する性犯罪を犯す者のうち DSM-5 の小児性愛症の診断基準を満たすのは 20〜50% であると整理している。一方、Seto ら(2015)[59]のスウェーデン人男性 1,978 名(17〜20 歳)の代表的サンプル研究では、4.2% が CSEM を視聴しており、Dombert ら(2016)のドイツ人男性 8,718 名の研究では 3.2% が思春期前児童に対する性犯罪を、0.1% が小児性愛的性的選好を報告している。これらは、CSEM 所持者層が必ずしも小児性愛症群と一致しないこと、そして小児性愛的性的選好の真の有病率の推定の困難を示す。

鑑定実務上有用な所見として、EkeSeto(2017)[59]の CSEM 違反者 372 例の研究は、接触被害者の平均年齢が CSEM コレクションの年齢選好と有意に相関し、性別も一致することを示した。Glasgow(2010)[59]はダウンロードされた CSEM の分析が、性的逸脱の明確な証拠と人格逸脱の分析に有用であることを論じた。Long ら(2013)[59]は CSEM +接触犯罪の二重犯罪者と CSEM のみの犯罪者を比較し、二重犯罪者は SAP(英国量刑指針)レベル 3・4 の高い割合の画像と接触被害者と一致する性別・年齢の CSEM を所持していたことを示した。FortinProulx(2019)[59]は CSEM コレクションの 4 類型を抽出した ―― 「退化スパイラル」(37.5%、年齢低下+被害深刻化)、「性化された青年」(20%、年齢上昇+被害深刻化)、「Boy/Girl-Love」(20%、年齢低下+被害減少)、「段階的縮小」(22.5%)。SetoEke(2015)[59]が開発した CPORT(児童ポルノグラフィ違反者リスクツール)は、CSEM 違反者の再犯リスク評価に用いられ、性的再犯(AUC=.72)と CSEM 再犯(AUC=.74)を有意に予測する。本論文 5-3 で論じる CDDR essential features の運用判断において、これらの所見は、過剰病理化と過小評価の両方への歯止めを提供する。

ただし、再犯率パターンには重要な差異がある。Elliott ら(2019)[59]の英国地域介入プログラム 690 名の 13 年間追跡では、再犯率 24.8%(性的再有罪判決 12.6%)であったが、CSEM のみグループの 2.7% のみが後続接触犯罪で有罪判決を受けた一方、混合グループ(CSEM+接触犯罪)は 2 倍の再有罪判決、3 倍の性的再有罪判決を受けた。Faust ら(2015)、Goller ら(2016)、SetoEke(2015)[59]は一致して、オンラインのみの性犯罪者は接触犯罪者より反社会的傾向が低く、再犯率も低いことを示している。すなわち、CSEM 違反のみで接触犯罪へのエスカレーションを推定することには慎重であるべきである。

エーが論じた「症候性または後天的倒錯」も、ここで重要な除外診断として現れる。前頭側頭型認知症(Pick 病)、各種パーキンソン症候群、統合失調症残遺状態、ドーパミン作動薬治療、嗜眠性脳炎の後遺症 ―― これらは小児に対する不適切な性的接触を生じうる。CDDR は前頭側頭型認知症等を脳機能障害群として別途分類するが、鑑定実務では除外診断として常に念頭に置くべきである。

4-4 強要型性的サディズム症(6D33)

CDDR の essential feature は次の通りである。「身体的または心理的苦痛を、同意のない他者に与えること、または与えると脅かすことによる、持続的・集中的・強烈な性的興奮のパターン」[14, p. 580]。当事者が行動に移したか、または著しい苦痛を経験している必要がある。

ICD-11 における重要な変更点は、この「強要型」サディズム症が独立カテゴリーとされ、「合意のあるサディズム・マゾヒズム」(BDSM、ICD-10 の F65.5 サドマゾヒズム)が独立カテゴリーから外されたことである[15, Tab. 19.7; 24]。後者は、苦痛を伴う場合のみ 6D36 として診断可能である。この変更は、Brown ら(2020)[29]De Neef ら(2019)[28]が示すように、合意あるサドマゾヒズム実践が一般人口に少なからず存在し臨床的意義に乏しいという経験的知見を反映している。その診断分類体系への含有はスティグマ化に寄与する、という MoserKleinplatz(2020)[30]の批判が制度的に容れられた形である。

この制度的決定の経験的正当性を強化する所見として、WismeijerVan Assen(2013)[55]による BDSM 実践者 902 名の心理社会的プロファイル研究が挙げられる。それによれば、支配的男性 BDSM 実践者は社会的に良好に適応しており、70.1% が大卒、67.7% がプロフェッショナル職、安定した親密関係を有し、拒絶感受性が低く、ビッグファイブで開放性・誠実性が高く、神経症傾向が低く、主観的ウェルビーイングが高い。サディスティック尺度(MCMI-III)に臨床的有意スコアは認められず、強姦神話受容や性差別主義は対照群より低い[55]Connoly(2006)も、BDSM 実践者の精神病理は対照群より有意に低いことを報告している。すなわち、合意ある BDSM 実践とサディスティック性犯罪は、表面的に類似した行為を含むことがあっても、心理社会的プロファイルにおいて根本的に異なる現象である。これが、ICD-11 が前者を脱病理化し、後者を独立カテゴリー化した制度的決定の経験的根拠となる。

エチュード13で、エーは algolagnie(痛覚エロス化)の節で、サディズムとマゾヒズムを連続体として論じている。サド侯爵と Sacher-Masoch という二つの固有名詞をその「両端」とし、「これらの倒錯はその対立的形態にもかかわらず、あるいはそれゆえに、共通の根、algolagnie(痛覚のエロス化)によって結ばれている」[6, p. 316]とする。フロイトの sado-masochisme に関する分析(自他破壊的衝動の連続体としての位置づけ)が引用される[6, p. 316]

このエーの構造論的読解の現代的展開として、本論文 3-4 で論じた LongpréGuayKnight(2018)の三経路発達モデル[53]が、特に 4-4 における鑑定実務上の意義を持つ。518 例のサンプルに基づくこの研究は、サディスティック性犯罪者を、共通の児童期ルート(反社会的父親、不安定な母親、ネグレクト・虐待)から分岐する三経路として読解する。「分裂質経路」(逸脱性的空想・社会的孤立・分裂質ないし回避性人格・複数パラフィリア併存)、「脱抑制経路」(物質乱用・反社会性人格・衝動的攻撃、長期的な逸脱空想は乏しい)、「ナルシシスト・ミーンネス経路」(自己愛性人格・権力と支配への執着)の三経路は、サディスティック行動が表面的には同一でも、その背後の動機構造が構造的に異なることを示す。鑑定実務において、この区別は責任能力評価の精緻化にも、再犯リスク予測にも、治療応諾性の見立てにも、重要な情報をもたらす。脱抑制経路の事例では、本論文 5-1 で論じる「衝動的・機会的犯罪」(エーの「堕落者」)への分類が支持されうる一方、分裂質経路の事例では持続的・基底的なパラフィリック構造が認められ、責任能力の有意な減退の評価が支持されうる。

さらに KnightLongpré(2013, 2020)[58]は、強要型サディズム症と「パラフィリック強制(paraphilic coercion; PC)」の関係について重要な経験的所見を提示している。Knight ら(2013)は MIDSA データ(n=529)の因子分析で 3 因子解 ―― (1) 一般パラフィリア(露出症・窃視症・トランスベスティズム・スカトロギア・フェティシズム・性的先取)、(2) 小児性愛、(3) アゴニスティック連続体(サディスティック行動・空想・パラフィリック強制)―― を抽出した。項目反応理論とタクソメトリック分析の結果は、PC とサディズムが分類学的(taxonic)ではなく次元的(dimensional)構造を持つこと、そして両者が同一の連続体上に分布することを示している。Longpré ら(2020)[58]の追試(n=680)はこの所見を確認し、非犯罪者・地域対照群・大学生でも基本的所見を再現した。これらの所見は、DSM 各版で繰り返し提案されつつ却下された「paraphilic coercive disorder」の独立カテゴリー化が経験的に支持されないこと、そして、サディズムを連続体上の上端のみに限定する従来の診断概念が「切り詰め(truncation)」によって測定誤差を増大させてきたことを示唆する。これは本論文 2-7 で論じた DSM の「Paraphilic Coercive Disorder」不採択の制度的判断とも整合する所見である。アゴニスティック連続体は、KnightSims-Knight(2003, 2004, 2011)と Robertson ら(2018)[58]の構造方程式モデル化によって、児童期の心理的・身体的・性的虐待が、思春期の素行問題、過剰性欲、冷淡/操作性を媒介して、成人期のサディズム特性へと至る発達経路として描かれている。

古典的臨床像としては、Brittain(1970)[54]のサディスティック性犯罪者の記述が、エー的構造論との接続点を提供する。Brittain は、児童期の母親の過保護・統制と父親の過剰しつけによる被害、成人期の内気・社会的孤立・低自尊心・性的無能感、そして女性を性的に拷問・屈辱する強烈な空想世界が将来の犯罪のテンプレートとなる、という臨床像を提示した。これは、エーがエチュード13でサディズム・マゾヒズムを「algolagnie」として連続体的に論じたのと同じ構造論的視座にあり、現代の Longpré ら三経路モデルの「分裂質経路」とも整合する。Proulx ら(2006, 2007)[51]は、サディスティック群の児童期被害(特に屈辱体験 62.8% vs 非サディスト群 43.3%)、人格特性(分裂質 44.0%、回避性 33.3%)、犯行 48 時間前の前駆症状(女性との葛藤、怒り、逸脱性的空想)を経験的に裏付けている。

性殺人犯のうちサディスティック性犯罪者の比率について、Higgs ら(2017)[51]Briken ら(2005)、GeberthTurco(1997)、Stefanska ら(2019)の知見を総合すると、性殺人犯の 約 1/3 にサディズムが存在するHiggs ら(2017)[51]は性殺人を、(1) 性的化された殺人(殺害行為自体が性的刺激源)、(2) 怨恨殺人(怒りの発現)、(3) 強姦殺人(状況的・道具的に致死暴力)の三類型に区分し、(1) のみを真のサディスティック性殺人として位置づける。ProulxBeauregard(2009, 2014)[51]の非殺人性的攻撃者の類型では、怒り 41%、機会主義 32%、サディスト 27% であり、サディスト群の 60% が殺人に至っている。これらの数値は、強要型性的サディズム症の鑑定における致死性リスクの参照点となる。なお、Mokros ら(2012)[51]が開発した SeSaS(Severe Sexual Sadism Scale)は、加害行為における具体的なサディスティック特徴(被害者の屈辱、武器使用、身体切断、長時間の苦痛など)を 11 項目で採点する構造化臨床判断尺度であり、第7章のアゴニスティック連続体モデル[51]と並んで、本領域における次元的アセスメントの代表例である。

鑑定実務において、強要型サディズム症の診断は、行為の重大性 ―― 身体的傷害、人質的脅迫、強制的性的行為 ―― を伴う事案で問題となる。Mokros ら(2019)[39]は、強要型性的サディズムについての系統的レビューを行い、最重大事件との関連を整理しているが、同時に Quinsey(2010)[40]Thornton(2010)[41]Knight(2010)[42]は、「coercive paraphilia」または「paraphilic coercive disorder」のカテゴリー化が、非パラフィリック・非サディスティックな強姦犯罪を過剰病理化する危険を、強い警告とともに論じてきた。CDDR が essential feature として「持続的・反復的な興奮パターン」を要求することは、単発の重大事件、激情犯罪、薬物使用下の暴力行為を、自動的にパラフィリア症と診断することを禁ずるという含意を持つ。鑑定では、被告の性的空想・性的行動歴を慎重に聴取し、当該の興奮パターンの持続性・特異性を確立する必要がある。

なお Weierstall-PustSchmidt[15, §19.3.4 Kommentar]は、強要型性的サディズム症の診断的困難性を指摘している。被告が情報提供を拒否する場合、他のパラフィリア症と同様に診断的に必要な「思考・空想・衝動」の存在を立証することが、行動からの推論のみでは困難である。これはまさに過剰病理化が起こりやすい場面であり、慎重な鑑別が求められる。

4-5 窃触症(6D34)

CDDR の essential feature は次の通りである。「混雑した公的場所において、無自覚の他者に身体を接触させ・擦り付けることによる、持続的・集中的・強烈な性的興奮のパターン」[14, p. 583]。当事者が行動に移したか、または著しい苦痛を経験している必要がある。

窃触症は、わが国では特に都市部の公共交通機関における「痴漢」行為として、頻繁に問題となる。ICD-11 における独立カテゴリー化は、Clark ら(2016)[33]が指摘するように、この行為類型が犯罪としては頻繁でありながら、これまで分類体系に独自の位置を持たなかったという欠落を補うものである[15, §19.3.5 Kommentar]。ICD-10 では F65.8(その他の性嗜好障害)の下に分散していた一連の行為(卑猥な電話、群衆中での身体接触、動物への性的行為、絞扼や酸欠による性的興奮増大など)のうち、「擦り付け(Sich-Reiben)」と「触れる(Berühren)」が「窃触症」として独立した。残る F65.8 の各行為は、6D34 では扱わず、6D35 または 6D36 に振り分けられる。

エーは窃触症の独立節をエチュード13には設けていないが、エチュード12の中で MAGNAN の「exhibitionnistes frotteurs」の記述、および ABELYTRUCHE が報告した複合症例を引いている[8, § I 5°]。窃触症と露出症の併存は古典精神医学の知見でもあったことになる。

鑑定実務上、本邦の都市部における痴漢事案の多くは、累犯的でありながら、衝動性・機会主義的・物質使用関連であることが少なくない。CDDR の「6 ヵ月以上の持続性・反復性」「特異的な興奮パターン」要件を厳密に運用すれば、すべての痴漢事案を窃触症と診断することにはならない。Lieb 教科書は窃触症を「比較的稀な型」と評する[18]ことが、診断の慎重さを示唆する。ここでも過剰病理化の危険は無視できない。

4-6 6D35 ―― 同意のない者を含む他のパラフィリア症

6D35 は、6D30〜6D34 の独立カテゴリーに該当しないが、同意のない他者に向けられた atypical な性的興奮パターンを示す症例の受け皿である。Weierstall-PustSchmidt[15, Tab. 19.9]は、ここに分類される代表的な臨床像として、屍姦(Necrophilie)、動物性愛(Zoophilie)、そして睡眠中の人物への性愛(Somnophilie; DeehanBartels 2021[32])を挙げる。診断には、当事者が興奮パターンに従って行動したか、または強い苦痛を経験している必要がある。明示的に、合意のあるパラフィリック行動は除外される。

このカテゴリーの臨床像を構造的に把握するために有用な理論枠組みとして、PettigrewDeehan[49]が提案する「受動性パラフィリア(passivity paraphilias」概念がある。彼らはネクロフィリア(死体への性的魅力)とソムノフィリア(睡眠中の人への性的魅力)を、「受動状態の永続性」のみが異なる連続体上の現象として統合的に論じ、両者の中核動機を「支配・受動性・無防備性・拒絶可能性の段階的排除」(Pettigrew 2017)として定式化している。これは、エーがエチュード13で「対象選択の異常」を統一的退行構造として読解した方法と構造的に同型の試みである。本論文 3-4 で論じた現代的構造論の三系列に並ぶ、エー的構造論の同方向の経験的展開と読みうる。

ネクロフィリアの分類について、RosmanResnick(1989)は、(1) 真性ネクロフィリア(持続的)と (2) 疑似ネクロフィリア(一時的)に区分し、前者をさらに通常型(霊安室・葬儀場で職務上接触)と殺人型(死体獲得を目的とした殺人)に細分する[49]Aggrawal(2009a)[49]はさらに 10 種に細分化し、ロマンチック・ネクロフィリア(愛する人の死を受容できず遺体を保管)、ネクロムティロマニア(死体損壊から快感)、ネクロフェティシスト(死体と「関係性」を構築し会話・食事・就寝を共にする)などを含む。動機論については、無意識的な親への敵意(Pomer 1959)、愛する対象の喪失への対処(Rapoport 1942)、自尊心の低さ(DimcockSmith 1997)、去勢不安(SmithBraun 1978)、性的虚弱性の補償、死への恐怖の克服(RosmanResnick 1989)など多様な説が提示されているが、共通テーマは「死体に対する完全な支配権、拒絶不可能性、要求の不在」である[49]。これは PettigrewDeehan が定式化する受動性パラフィリアの中核動機と一致する。

ソムノフィリアについては、Money(1984)の原初的定義に始まり、Aggrawal(2009b)の「眠っているパートナーへの愛撫・性行為」、Oeverland(2018)の「他人の家に侵入し睡眠中の人を性的に目覚めさせる」など、定義の収斂が未だ達成されていない。DeehanBartels(2019b)[49]は 232 名のソムノフィリア群調査により、「目覚めずにいてほしい」群と「目覚めてほしい」群がほぼ均等に存在し、両者を別の興奮源として区別すべきことを示した(後者は「眠れる森の美女症候群」Sleeping Beauty syndromeと呼ばれる)。Joyal ら(2015)[47]は、男性の 22.6%、女性の 10.8% が「酔った・眠った・意識のない人を性的に虐待する」関心を報告しており、ソムノフィリア的関心が一般人口に決して稀でないことを示している。なお DeehanBartels(2019a)[49]は、ソムノフィリアの鏡像パラフィリアとして「ドルマフィリア(Dormaphilia」(自分自身が受動的=眠っている側として性行為される側に立つことに性的興奮を得る)を提案しており、マゾヒスティック空想・性的服従欲求と正の相関を示すと報告している。これらの新しい記述は、CDDR の現行 6D35 の射程内で扱うか、別途の分類を要するか、今後の改訂論点を構成する。

Weierstall-PustSchmidt は、ICD-11 の 6D35 の規定における形式上の不整合を指摘している ―― 6D35 のテキストは「Personen(人物)」が焦点とされる一方で、動物性愛(Zoophilie)も明示的に含まれており、結果的に動物が暗黙に「人物」として扱われることになる[15, Tab. 19.9 Kommentar]。この種の概念的曖昧さは、鑑定実務の場面では、診断の運用判断に微細な揺らぎを生じさせうる。

4-7 6D36 ―― 単独行動または同意者を含む他のパラフィリア症

ICD-11 でフェティシズム症、フェティシスティック・トランスベスティズム、性的マゾヒズムが独立カテゴリーから外されたことの帰結として、これらは 6D36 のカテゴリーに包摂される可能性が残された。6D36 の essential feature は二者択一の構造をとる[14, p. 588; 15, Tab. 19.10]。第一に、当事者がその興奮パターンに著しく心を乱されており、その心の乱れが単に他者からの拒絶またはその恐れに由来するものではないこと。第二に、その性的倒錯行為が傷害または死亡の重大な危険を伴うこと。後者の例として、自慰時の窒息による快楽追求(asphyxophilia)、または合意あるサディズムで重度の身体損傷をもたらし医学的注意を要する実践などが挙げられる。

Weierstall-PustSchmidt[15, §19.3.7 Kommentar]は、この閾値設定の臨床的・概念的問題を提起している。閾値が「重大な傷害または死亡」と比較的高く設定されたことで、医学的注意を要する非致命的損傷をもたらす合意あるマゾヒズム的実践の扱いは、CDDR では不確定なままである。また、なぜ性的逸脱に関する自他危害リスクが精神疾患として分類されるのか ―― エクストリームスポーツ、オートバイ、武器所持といった他の自他危害リスクを伴う非性的行動は精神疾患として扱われていないのに ―― という、第二章 2-6 で論じた一貫性の問題が、ここで再び浮上する[21, Moser 2018]。さらに Keeley ら(2021)[36]は、このカテゴリーが、合意あるサドマゾヒズム実践の激しい変種を再病理化するために濫用される危険を警告している。

鑑定実務において、6D36 が問題となるのは、フェティシズムが窃盗(フェティッシュ対象の獲得を目的とする)と結びつく事案、性的マゾヒズムが asphyxophilia として死亡事案を生じる事例、フェティシスティック・トランスベスティズムがその他の犯罪と結びつく事案、などである。これらの場合、独立カテゴリーがないため、各事案の臨床像を essential features を通じて精緻に記述する作業が、より重要となる。エチュード13におけるフェティシズム(I.5°)、サドマゾヒズム(II.1°)、ondinism(II.4°)の記述は、こうした記述作業の参照点を提供する。

4-8 6D3Z ―― 詳細不明のパラフィリア症

6D3Z は、他の ICD-11 章と同様に、詳細不明の残余カテゴリーである。特定のクオリファイアが定義されておらず、Weierstall-PustSchmidt は「臨床実務での使用は推奨されない」と述べている[15, §19.3.8]。鑑定の場面でこのカテゴリーが用いられることは、ほぼないと考えてよい。

第五章 鑑定実務への適用

5-1 鑑定の三層判別 ―― 病的パラフィリア症 vs 衝動的・機会的犯罪 vs 詐病

エチュード12でエーが提示した鑑定の三層構造 ―― 病的(病的露出狂)、堕落者(dévoyé)、詐病 ―― は、現代の鑑定実務にも継承されるべき基本的判別枠組みである[8, § III]

第一層、病的パラフィリア症:CDDR の essential features を満たす持続的・反復的な atypical 性的興奮パターンを基盤とし、被告の精神医学的構造の中核に当該パラフィリアが位置づけられる事例。責任能力の有意な減退または喪失が論じられうる ―― ただし、本章 5.4 で詳述するように、診断の付与と責任能力の評価とは別個の判断である。

第二層、衝動的・機会的犯罪:CDDR が冒頭で警告する「持続的・基底的なパラフィリア的興奮パターンと関連しない、衝動的・機会的・物質使用関連の性的犯罪」[14, p. 571]。エーは「堕落者(dévoyé)」と呼んだ層に対応する。責任能力は完全か、あるいは限定的減退にとどまる。

第三層、詐病:精神医学的疾患を装って責任を回避しようとする層。エーは「我々の経験は、詐病者の見分けは比較的容易である」とした[8, § III]。現代では、加害者の性犯罪歴・性的空想歴の慎重な聴取、近親者・配偶者からの聴き取り、適切な場合の心理検査の併用が、鑑別に資する。

CDDR の essential features が要求する「6 ヵ月以上の持続性・反復性」は、第一層と第二層を区別する制度的装置として機能する。一度きりの逸脱行動 ―― たとえば長年の禁酒の後の酩酊下の性的露出、家庭内ストレス下の単独の児童に対する不適切接触 ―― は、それだけではパラフィリア症の診断を支えない。

5-2 除外診断の実務

5-2-1 物質使用

CDDR は、物質使用または酩酊下の衝動的・機会的性的犯罪を、パラフィリア症の診断から除外することを明記している[14, p. 571]。鑑定では、犯行時の物質使用状況の詳細な確認、平時の性的興奮パターンとの比較、長期にわたる薬物乱用歴の評価が必要である。

5-2-2 器質性疾患

Lieb 教科書(Turner)が要点を列挙している[18] ―― 前頭側頭葉病変(Pick 病)、各種パーキンソン症候群、ドーパミン作動薬治療下、統合失調症残遺状態。エーが「症候性または後天的倒錯」として独立節を立てた問題系は、現代の鑑定実務でも維持されるべき重要な除外診断である。

エーは特に嗜眠性脳炎による倒錯行動を、「現代神経病理学の最も非凡な発見の一つ」と評価した[6, p. 332]。1922 年から 1925 年頃の集中的観察により、パーキンソン病像を伴う脳炎後遺症患者に、強迫的・反復的・itératif な露出症、同性愛行動、近親相姦、獣姦、フェティシズムが認められた。DelmontCarrère による定式化として、症候性倒錯の現象学的特徴は、itération incoercible(抑えがたい反復)、ingravescence(漸進的悪化)、多型性、随伴する不安の四要素である[6, p. 332]。エーは決定的な鑑別点として、症候性倒錯の特徴は衝動性(impulsivité)であり、これは構成的・先天的なパラフィリア的構造とは対比されるとした。

現代の鑑定実務において、この鑑別は維持されるべきである。器質性疾患による二次性パラフィリア行動は、神経学的検査、画像検査、認知機能評価により系統的に除外される必要がある。特に高齢初発例(晩年に初めて性的逸脱行動を呈する被告)では、前頭側頭型認知症の早期病変を強く疑うべきである。

5-2-3 統合失調症

エチュード13は統合失調症と倒錯行動の関係について、三つの層を区別している[6, pp. 333-334]。第一に、héboïdophrénie(ヘボイドフレニー):Kahlbaum 以来の用語で、Kraepelin が早発性痴呆の特殊型として定式化した、倫理的規律の崩壊と倒錯的・衝動的・反社会的行動を主徴とする型。第二に、前駆期の医事法学的時期(période médico-légale de la démence précoce, Pascal):統合失調症の前駆症状として、反社会的反応、攻撃的衝動、性的行動の異常、即興的・無動機の殺人や近親相姦的犯罪が出現する時期。第三に、自閉的退行に伴う複合的倒錯:Bleuler 以来、統合失調症の自閉性において、原始的な複合的退行(攻撃性、サドマゾヒズム、同性愛、自己愛)が露出することが知られる。

鑑定実務において、統合失調症の前駆期または進行期に出現する性的犯罪は、パラフィリア症ではなく、統合失調症の症候として扱われるべきである。CDDR も essential featuresboundaries 節で、統合失調症との鑑別を扱う(個別カテゴリーごとに)。Lieb 教科書も「統合失調症残遺状態」を除外診断として明記している[18]

5-3 ICD-11 essential features の運用

ICD-11 / CDDR の essential features は、診断確立のために確認されるべき五つの構成要素を含む。これらは「persistent sexual thoughts, fantasies, urges or behaviours」を中核とする CDDR の規定を、運用可能な確認軸として整理したものである。

第一は、性的興奮パターンの確認である。これは犯行行為そのものを超えて、性的空想の内容、自慰の対象、ポルノグラフィ嗜好、過去の性的経験、性的パートナーとの関係性、性的衝動の主観的経験を含む。CDDR の essential features は「persistent sexual thoughts, fantasies, urges or behaviours」と規定するため、行動以外の主観的契機の確認が不可欠である。

第二は、6 ヵ月以上の持続性の確認である。当該の性的興奮パターンが、どの時期から、どのような形で持続してきたかを、本人および可能なら近親者から聴取する。

第三は、「行動に移したか、または著しい苦痛があるか」の判定である。前者は犯行歴・諸行動の事実関係から、後者は本人の主観的体験の聴取から確立される。両者のいずれかが認められれば、診断は支持される。

第四は、他害性または重大なリスクの確認である。同意のない他者を対象とする場合(6D30〜6D35 群)は、それ自体が他害性の構成要件である。同意者・単独行動の場合(6D36)は、当事者の苦痛または重大な傷害・死亡リスクが要件となる。

第五は、除外診断の系統的実施である。物質使用、器質性疾患、統合失調症、その他の精神疾患を除外する。これは前節 5-2 で詳述した。

これら五つの構成要素確認に加え、鑑定実務における性的逸脱の機能的評価のフレームワークとして、Thornton(2002, 2016)[60]が提唱する 構造化リスク評価(Structured Risk Assessment; SRA)フレームワークが有用である。SRA は性犯罪に関連する持続的心理的因子を 4 領域に分類する ―― (1) 性的関心、(2) 歪んだ態度、(3) 関係スタイル、(4) 自己管理。SRA における「性的逸脱」概念は、「犯罪関連性的関心(offense-related sexual interests; ORSI)」と「乏しい性的自己制御(poor sexual self-regulation」の二つの相互関連概念として理解される。ORSI の代表例は児童への性的関心(sexual interest in children)と性化された暴力(sexualized violence)であり、これらは ICD-11 の小児性愛症および強要型サディズム症と概念的に重なるが、SRA はより広く、持続的・全般的な発現に重点を置いて定義する。「乏しい性的自己制御」は、性化された対処、性的活動の高頻度、非人格的性などを含み、強迫的性行動症(6C72)と部分的に重なる[60]Berg ら(2018)[60]のメタアナリシス(n=5,699)は、ダイナミックリスク尺度(VRS-SO、STABLE-2007)が性的再犯を頑健に予測(d=0.71)し、Static-99R 等の保険統計尺度を超えた漸進的予測力を持つことを示した。CDDR の essential features 確認に SRA の 4 領域評価を組み合わせることで、診断概念の操作的明確化と、再犯リスクの動的評価を、相補的に達成しうる。なお、これらのリスク評価尺度はあくまで補助的・情報的なものであり、本論文 5-4 で論じる責任能力評価の判断主体は、依然として鑑定医自身の臨床的判断である。

5-4 臨床診断と法的責任能力の区別 ―― DSM-5 forensic warning の意義

鑑定の場面で最も重要な原則の一つは、パラフィリア症の臨床診断を付与することと、その被告の刑事責任能力を評価することとは、別個の判断であるという認識である。これは DSM-5(2013)が p. 33f. で次のように明示する原則である。「DSM-5 のカテゴリー、基準、テキスト記述が法医学的目的で用いられる場合、診断情報が誤用または誤解される危険が生じる。DSM-5 に従う精神疾患の臨床診断の存在は、当該人が精神的障害の法的基準、または法的意味における特定の制限(たとえば刑事責任能力)を満たすことを必ずしも意味しない」[13, DSM-5, p. 33f.]。ICD-11 / CDDR は法的能力評価の操作的基準を直接には提供しないが、この警告は ICD-11 の運用にも当然に適用される[15, §19.4]

CDDR は、パラフィリア症の essential features の節で「逮捕、収監、機能障害といった結果は、診断のための必要条件ではない」と注意を促している[14, p. 572]。裏返して言えば、診断を満たしたことが自動的に責任能力の減退を意味するわけではない、ということである。

具体的には、鑑定医は次の二段階を区別すべきである。第一段階として、CDDR の essential features に基づき、パラフィリア症の有無を判定する。第二段階として、当該疾患が犯行時の被告の認知・情動制御・行動制御能力にどのような機能的影響を及ぼしたかを、具体的な臨床的証拠から評価する。診断の存在は第一段階を完了するに過ぎない。第二段階の判断は、診断とは別の臨床的・法的論理を要する。

特定の状況下では、責任能力の有意な減退が論じられうる。第一に、ラセーグ型に近い純粋な衝動性パラフィリア症 ―― 不安発作を伴い、行為の不条理を本人が自覚しながらも抵抗できない状態 ―― の場合。第二に、症候性パラフィリア(前頭側頭型認知症、パーキンソン症候群等)の場合、原疾患の評価による責任能力減退が成立する。第三に、統合失調症の前駆期または進行期に出現する場合。これら三つの状況は、いずれもパラフィリア症の診断「だけ」ではなく、その背後にある精神病理学的構造の質が、責任能力評価を支える。

エーがエチュード12で提示した責任能力評価の指針 ―― 「累犯は構造的兆候として読まれ、神経症性構造を支持し、責任無能力と監置を支持する。一回目の犯行は責任能力減退を支持しがたい場合がある。最終的判断は事案ごとの詳細な分析による」[8, § III] ―― は、現代の鑑定実務にも継承可能である。ただしエーの「監置(internement)」観は当時の制度的文脈に強く規定されており、現代の処遇論への直接転用は慎重を要する。

5-5 過剰病理化の危険と歯止め

Weierstall-PustSchmidt[15, §19.4]が体系的に警告する過剰病理化(Überpathologisierung)の危険は、本邦の鑑定実務にも妥当する。その危険は二方向に現れる。

第一の方向は、犯罪行為そのものを根拠としてパラフィリア症と診断する誤りである。鑑定医が犯罪行為の重大性に動かされ、十分な臨床的根拠なしに、被告の犯行を持続的・基底的なパラフィリア的興奮パターンに帰してしまう傾向である。Keeley ら(2021)[36]のフィールドスタディが示すように、ICD-11 のフィールド試験において、まさにこの過剰診断の傾向が観察されている。歯止めは、CDDR が冒頭で示す原則 ―― 多くの性犯罪は持続的・基底的なパラフィリア的興奮パターンと関連しない[14, p. 571] ―― を、鑑定の運用に常に念頭に置くことである。

第二の方向は、もはや独立カテゴリーから外された合意あるパラフィリック実践 ―― フェティシズム、フェティシスティック・トランスベスティズム、合意あるサドマゾヒズム ―― を、6D36 の規定を介して再度病理化する誤りである。これらは ICD-11 の改訂で意図的に脱病理化されたものであり、当事者の苦痛または重大な傷害・死亡リスクという厳密な要件を満たさない限り、診断対象とすべきではない。

歯止めとして、Joyal(2021)の dimensional approach の考え方は、鑑定実務の場面でも援用可能である。パラフィリック選好の固着強度、抑制能力、自我親和性/異和性 ―― これらの三次元を質的に評価することで、二値的な診断付与のリスクを相対化できる。SchmidtNiehaus(2022)[43]Martinec Nováková ら(2023)[44]は、外来精神療法家のパラフィリア症患者への対応に関する調査で、診断ラベルへの過度の依存が治療関係を阻害する事例を報告している。これは鑑定の場面にも転用可能な臨床的洞察である。

なお Dobbrunz ら(2021)[35]のドイツでの鑑定研究は、責任能力評価における判定者間信頼性が低いことを実証的に示しており、鑑定実務全体にとって、訓練と査読の制度的整備が判断の信頼性を高める要件であることを示唆している。

5-6 治療学的観点と再犯リスク

パラフィリア症の治療学的アプローチについて、ICD-11 / CDDR は具体的指針を提供しないが、現代の臨床精神医学において確立された治療法を概観することで、診断概念の臨床的射程が補完される。Lieb 教科書(Turner)は、性的興味の可変性について、変化不可能とする立場と変化可能とする立場の二つを区別している[18]

変化不可能とする立場は、行動制御の強化を目標とする。具体的には、刺激制御法(誘因状況の認識・回避:たとえば小児性愛症患者が子どもの遊び場を避ける)と、機能不全認知(「相手は痛めつけられたいはずだ」「子どもは性行為を喜ぶ」)の認知行動療法的修正である。

変化可能とする立場では、Marshall の自慰飽和法(masturbatorische Sättigung)が代表的である[18]。自慰中に湧くパラフィリア空想を意識的に保持し、オルガズム到達後にも継続させて空想を「飽和」させ、興奮的価値を低下させる手法である。

薬物療法は、性犯罪リスクに応じて段階的に選択される[18, 63]。性犯罪リスクのないパラフィリア症(例:軽度のフェティシズム)では心理療法のみ。リスクが高まるにつれ、まず SSRI(強迫性障害用量で)、次にシプロテロン酢酸エステル(合成テストステロン拮抗薬:受容体競合的遮断により性欲・興奮・射精能を著明に低下させる、可逆的)、最重症では LHRH/GnRH アゴニスト(化学的去勢に近い効果)が用いられる。これらの薬剤は特定的な抗パラフィリア作用ではなく、全般的な性反応性低下を介して衝動性を弱める機序と考えられている。

治療応諾性の高い事例、強い苦痛を訴え治療を求める事例は、純粋な反社会性人格傾向の事例とは構造的に区別される。Mann ら(2010)[45]は、再犯リスク評価の枠組みでパラフィリア症を重要なリスク因子としつつも、ダイナミックなリスク因子(治療動機、社会的支持、職業的安定)の重要性を強調している。治療可能性の評価は、被告の予後判断と処遇選択に直結する論点を構成する。

治療と管理の論点をやや広く展開すると、近年の系統的な総説(MinerMunns[61]Beier 編 2017、Briken ら 2017)は、行動的介入として、隠匿感作(covert sensitization)、嗅覚嫌悪(olfactory aversion)、自慰再条件付け(orgasmic reconditioning)の歴史的展開と効果検証を整理している。McGuire ら(1964)が提示した「刺激はオーガズム的快楽との関連で性的覚醒特性を獲得する」という条件付けの基本命題と、Marquis(1970)の自慰条件付け手続きが、現代の行動療法的介入の理論的基盤を構成する。McPhailOlver(2019)[60]のメタ分析は、薬理学的・行動学的介入により PPG で測定される小児性愛・ヘベフィリア刺激への性的覚醒が臨床的に意味のある減少を示すことを報告した。

地域社会における管理と支援の枠組みとして、ドイツの Dunkelfeld プロジェクトBeier ら 2009, 2015)[62]は、自身を司法に晒すことなく治療を求める小児性愛・ヘベフィリア当事者への匿名・自発的支援を提供する取り組みであり、犯罪化以前の予防的介入として国際的に注目されてきた。カナダ・米国の COSACircles of Support and Accountability[62]は、釈放された性犯罪者を地域社会の小集団が支援・監督する司法外プログラムであり、孤立とスティグマがリスク要因となる事例での再犯防止に効果を示している。これらは、刑事司法的処遇のみでは捕捉できない領域を補完する制度的工夫である。

刑務所内介入については、MarshallBurton(2010)[64]、および SygelWallinius(2021)[64]が提示する 恥とトラウマに配慮した介入(shame- and trauma-sensitive interventionsの枠組みは、サディスティック性犯罪者の発達経路に児童期トラウマと屈辱体験が高頻度で関与する(本論文 4-4 で論じた Brittain 古典的臨床像と Longpré 三経路モデル参照)という所見を踏まえ、刑罰的接近のみでは治療効果を生まないことを論じる。YatesPrescott(2011)[65]Good Lives Model(GLM)は、再犯防止を否定的目標(avoidance goals)の達成としてではなく、当事者の「善き生」の積極的構築(approach goals)として再概念化する治療理論であり、行動制御モデル一辺倒の伝統を補完する論点を提示する。これらの治療学的展開は、CDDR の essential features が直接には扱わない領域であるが、診断概念の臨床的射程が、刑事司法・地域社会・治療的支援の各場面でどのように接続するかという問題に、重要な視野を提供する。

結 論

本稿は、ICD-11 / CDDR のパラフィリア症概念を、アンリ・エーの古典的構造論との弁証法的緊張のうちに位置づけ、さらに現代ドイツ語圏の批判的論者(Weierstall-PustSchmidtJoyalMoserBriken ら)の論点を組み込み、概念史的・構造論的な弁証法的総合を試みた。

ICD-11 / CDDR の貢献は、判定の明確化、他害性原理の中心化、そして同意のあるパラフィリア的傾向の脱病理化である。WGSDSHKrueger ら 2017)の改訂作業を経て、ICD-9 → ICD-10 → ICD-11 の三十年余りの段階的合理化は、Briken(2020)の言葉を借りれば「動的な領域における重要なマイルストーン」を達成した。

しかし同時に、CDDR の essential features は、エーが半世紀前に「これではだめだ」と Dupré を批判して退けた原子論的記述の枠を、再び採用している。各カテゴリーは独立した臨床単位として記述され、深層の構造的連関 ―― 「視覚エロス化」「痛覚エロス化」といったエーの統一的軸 ―― は CDDR の語彙の外にある。露出症と窃視症の併存、サディズムとマゾヒズムの連続性、フェティシズムと小児性愛の交錯といった、臨床的に頻繁な所見の構造的説明は、CDDR が直接には提供しない。

加えて Weierstall-PustSchmidt は、ICD-11 に内在する五つの限界 ―― 量的閾値の不在、過剰病理化の危険、DSM-5 精神疾患定義との整合性問題、forensic warning との緊張、dimensional approach の不在 ―― を体系的に指摘する。これらの批判は、ICD-11 を棄却すべき理由ではなく、その背後に保持されるべき批判的視座の必要性を示すものである。

本稿が提案する弁証法的立場は、ICD-11 / CDDR の essential features を診断概念の足場として位置づけつつ、その判断を支える深層構造の理解 ―― 特に行動移行と苦痛の境界、症候性パラフィリア行動との鑑別、診断と責任能力評価との区別、過剰病理化への歯止め ―― を、エー的構造論と現代の批判的・構造論的視座のうちに保持することである。露出症のラセーグ型における自罰機制、Boss が論じた「世界内存在の構造的動揺」、エーの三層判別(病的・堕落者・詐病)、エーが「症候性または後天的倒錯」として明確化した鑑別診断の枠組み、そして第三章 3-4 で整理したエー的構造論の現代的展開の三系列 ―― 第一系列として Freund(1990)の求愛障害仮説とこれを経験的に洗練した KnightLongpré のアゴニスティック連続体(2013, 2020)、第二系列として LongpréGuayKnight(2018)の三経路発達モデル、第三系列として Joyal(2021)の dimensional approach ―― は、いずれも CDDR の essential features と排他的に対立するのではなく、その背後にある構造として位置づけられるべきものである。

同時に、本稿が新たに加えた DSM-5(-TR) との対照(第二章 2-7)は、ICD-11 の運用上の限界の多くが、姉妹分類体系である DSM-5(-TR) にも構造的に共有されていることを示す。両分類のいずれも、操作的明確化の達成と引き換えに古典的構造論的視座の喪失という代価を払っており、両者を相補的に運用しつつ、その背後にエー的構造論と現代的構造論諸系列の批判的視野を保持することが、鑑定実務における過剰病理化の歯止めとなる。

特に強調すべきは、臨床診断と法的責任能力の区別である。DSM-5 の forensic warning が明示するように、パラフィリア症の診断を付与することと、犯行時の責任能力の有意な減退を認めることとは、別個の臨床的・法的判断であり、診断ラベルが自動的に法的結論を導くことはない。この区別の遵守こそが、ICD-11 のチェックリスト的判定が陥りやすい過剰病理化の最大の歯止めとなる。

患者の臨床像を立体的に読むための構造論的視野の再活性化、診断概念の操作的明確化と精神病理学的構造論の弁証法的統合、過剰病理化への歯止めの自覚化 ―― これらが、本稿の中心的提案である。

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[62]Beier, K. M. ら « Managing paraphilic interests in the community : An international perspective. » In : Craig, L. A. & Bartels, R. M. (Eds.) Sexual Deviance, Ch. 17. Wiley, 2021. 主要参照内包 : Beier, K. M. ら « The German Dunkelfeld Project : Preventive child sexual abuse therapy. » 2009, 2015 ; COSA(Circles of Support and Accountability)プログラム評価研究.(引用箇所:第五章)
[63]Briken, P. ら « Pharmacological treatments for individuals with paraphilic disorders or at risk for sexual offending. » In : Craig, L. A. & Bartels, R. M. (Eds.) Sexual Deviance, Ch. 18. Wiley, 2021. 主要参照内包 : SSRI、シプロテロン酢酸エステル、LHRH/GnRH アゴニストの薬理学的治療プロトコル.(引用箇所:第五章)
[64]Sygel, K. & Wallinius, M. « Rehabilitating paraphilic disorder in prisons : Interventions sensitive to shame and trauma and the importance of safe prisons. » In : Craig, L. A. & Bartels, R. M. (Eds.) Sexual Deviance, Ch. 19. Wiley, 2021. 主要参照内包 : Marshall, W. L. & Burton, D. L., 2010 ; 恥・トラウマ配慮型介入の経験的研究.(引用箇所:第五章)
[65]Yates, P. M. & Prescott, D. « Behavioral control models in managing sexual deviance. » In : Craig, L. A. & Bartels, R. M. (Eds.) Sexual Deviance, Ch. 20. Wiley, 2021. 主要参照内包 : Good Lives Model(GLM)の理論的展開と臨床応用.(引用箇所:第五章)
補助文献――本稿では直接引用しないが、主題の歴史的・臨床的理解に資する関連文献
Hesnard, A. Psychopathologie sexuelle. Paris, 1934.
Foucault, M. Histoire de la sexualité, vol. I : La volonté de savoir. Paris : Gallimard, 1976.
Money, J. Lovemaps. New York : Irvington, 1986.
Marshall, W. L., Laws, D. R. & Barbaree, H. E. (Eds.) Handbook of Sexual Assault. New York : Plenum, 1990.
Beier, K. M. et al. ベルリン群(Berliner Dissexualitätsstudien)および “Don’t Offend” プログラム関連文献.
Okulicz-Kozaryn, M., Schmidt, A. F. & Banse, R. « Worin besteht die Expertise von forensischen Sachverständigen? » Psychologische Rundschau 70(4), 250–258, 2019.
Perrotta, G. « Paraphilic disorder : definition, contexts and clinical strategies. » Neuro Research 1(1), 1–15, 2019.
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