序章+第1章 神経発達症群
支援の核となる中核的障害群の理解
コア層 約15分/全層(上級職向け解説含む) 約65分知的発達症をもつ利用者を支援する上で、その方の中核的特性を正確に理解することは、あらゆる個別支援の出発点となります。本章では、ICD-11における神経発達症群の全体像、知的発達症の重症度分類、自閉スペクトラム症や注意欠如多動症などの特徴、そして併存症を理解することの重要性について解説します。
あわせて、目の前で症状が起きているときに職員がどう動くかを、番号つきの手順として示しています。
新任の方・時間のない方は、5節「自閉スペクトラム症」と6節「注意欠如多動症」、8節「併存症と『氷山の下』を見る視点」だけをお読みください。これだけで日々の業務に必要な内容は足ります。とくに、緑の枠で示した「その場でどうするか」は、メルトダウン・予定変更・自傷を伴う常同行動・ADHDのある方への日々の関わりという、現場で必ず出会う四つの場面の手順です。ここだけでも先に目を通してください。経験のある方・主任以上の方は、全体をお読みください。折りたたみの「もっと詳しく」は、関心のある方向けの補足です。
1. なぜICD-11を学ぶのか
国際疾病分類ICD-11は、単なる診断コードのリストではありません。それは、医師・セラピスト・支援スタッフ・行政機関が同じ枠組みで利用者の状態を理解するための国際的な共通言語です。この共通言語を持つことで、アセスメントの一貫性が高まり、多職種連携が円滑になり、より質の高いケアを提供することが可能になります。
本マニュアルは、ICD-11という羅針盤を施設の現場で使いこなすためのガイドです。診断分類を覚えることが目的ではなく、その分類を通じて「目の前の利用者の行動の背景に何があるのか」を多角的に理解する視点を養うことを目指します。
もっと詳しく:ICD-11の特徴と従来との違い
ICD-11は、2019年にWHO総会で承認され、2022年に発効した最新の国際疾病分類です。日本でもICD-10からの段階的移行が進められています。なお、ICD-10は死因統計・傷病統計、診療報酬、公費制度などで長く広く使われてきました。変わったのは、診断基準としての運用の部分です。
従来のICD-10と比較した主な変更点として、以下が挙げられます。
- 「症」を中心とした用語:「障害(disorder)」から「症」への翻訳変更が進み、「自閉症スペクトラム障害」は「自閉スペクトラム症」、「知的能力障害」は「知的発達症」と呼ばれるようになりました。
- 神経発達症群としての整理:ICD-10では多岐に分散していた神経発達症が、ICD-11では第6章「精神、行動または神経発達の疾患」の冒頭に置かれる一つの疾患グループにまとめられ、体系的な理解が容易になりました。
- カタトニアの独立した分類:従来は統合失調症の下位型として扱われていたカタトニアが、独立した症候群として分類されるようになりました。
- 複雑性PTSD(cPTSD)の正式な採用:長期的・反復的なトラウマ後に見られる症状群が、PTSDとは区別される独立した診断として認められました。
- 食行動症群・排泄症群・ストレス関連症群の整理:ICD-10ではあいまいであったり関連分類が各所に分散していたりしたこれらの領域も、ICD-11では診断要件が明確に整理され、格段に使いやすくなりました。とくにストレス関連症群に位置づけられた反応性アタッチメント症(反応性愛着障害)と脱抑制対人交流症は、被虐待経験のある子どもの支援に直結する診断であり、本法人が運営する児童部門にとって重要性の高い変更です。
これらの変更は、現代の精神医学・福祉実践の蓄積を反映したものであり、より正確で個別化された支援を可能にする基盤を提供しています。
2. 神経発達症群とは何か
神経発達症群とは、ICD-11において発達期に生じる行動と認知の障害の一群であり、知的機能・運動・言語・社会性といった特定の機能を身につけ、使いこなすことに著しい困難がある状態と定義されます。ここでいう発達期とは、原則として18歳になる前に始まっていることを指します。初めて医療機関を受診した年齢は問いません(CDDR p.91)。成人になって初めて診断を受ける方にも、同じ定義が当てはまります。
原因は単一ではありません。CDDRは、その病因は複雑で多くの個別のケースでは不明であるとしたうえで、出生時から存在する遺伝的要因などの生物学的要因が主であると推定されるとしています。同時に、環境的な刺激の乏しさや学習機会・経験の不足も寄与要因となりうるため、評価にあたっては常に考慮すべきとも明記しています(CDDR p.91)。また、発達期に生じた中枢神経系の損傷・疾患・侵襲によって生じることもあります。
神経発達症は、施設で支援する利用者の大多数に関わる状態です。その基本的特性を理解することは、一部の専門家のための知識ではなく、あらゆる施設における日々の支援で求められる基礎的なコンピテンシー(実務能力)です。
影響を受ける主要な能力領域
診断の共通特性
神経発達症群の診断には、以下の共通した特性が考慮されます。これらは、一時的な問題や他の要因と区別するための重要な指標となります。
- 発症時期:障害は発達期(原則として18歳になる前)に始まります。大人になってから初めて診断される場合でも、その始まりは発達期にさかのぼることができます
- 機能への影響:知能、運動能力、言語、社会的行動など、正常な発達に重要な1つ以上の特定の機能に影響が及びます
- 鑑別診断(他の原因との区別):症状が、他の精神疾患や身体的な病気、あるいは経済的困窮や教育機会の不足といった外的要因だけで説明できる場合は、神経発達症とは診断されません
- 機能障害:家族、学校、職場など、生活の様々な分野において重大な支障を引き起こします
CDDRは、環境要因について次のように述べています。
「しかしながら、適切な環境的刺激の欠如、および十分な学習の機会と経験の欠如もまた、神経発達症群における寄与要因となりうるものであり、その評価においては常に考慮されるべきである」(CDDR p.91)。
また、心理社会的剥奪については次のように述べています。
「幼少期における極端な心理社会的剥奪は、言語、社会的相互作用、情動表出といった特定の精神機能に、重度かつ選択的な障害を生じさせうる。剥奪の発症時期・重症度の水準・持続期間によっては、より良好な環境へ移ったのちに、これらの領域の機能が大きく改善することがある。しかしながら、発達に十分な刺激を与える環境で相当の期間を過ごした後にも、いくらかの欠損が残存することがあり、そのような場合には、すべての診断要件が満たされるのであれば、知的発達症の診断が適切でありうる」(CDDR p.100)。
3. ICD-11による下位分類
ICD-11では、神経発達症群は影響を受ける主要な機能領域に基づいて、以下のように分類されています。
4. 知的発達症(6A00)
知的発達症は、本マニュアルで支援する利用者の中核的特性を形成する障害です。ICD-11では、知的機能(考える・学ぶ・問題を解決する力)が同年齢の平均を大きく下回ること、および適応行動(コミュニケーションやセルフケアなど、日常生活で身につけて発揮するスキル)にも著しい制約があることの両方がそろい、それが発達期に始まっている場合に診断されます。
重症度は、知的機能と適応行動の両方の水準に基づいて、以下の4段階に分類されます(CDDR pp.93–94)。
| 重症度 | 言語・学力の習得 | 日常生活動作(セルフケア) | 必要な支援レベル |
|---|---|---|---|
| 軽度 平均より約2〜3標準偏差下 |
複雑な言語概念や学業的スキルの習得・理解に困難があることが多い | 基本的なセルフケア、家事、実用的な活動は、大半の方が習得できる | 成人期には比較的自立した生活と就労が一般に可能。ただし適切な支援を要する場合がある |
| 中等度 平均より約3〜4標準偏差下 |
言語能力と学業的スキルの習得力には幅があるが、おおむね基礎的な範囲にとどまる | 基本的なセルフケア、家事、実用的な活動を習得できる方もいる | 成人期に自立した生活や就労を実現するには、相当かつ一貫した支援が必要 |
| 重度 平均より約4標準偏差以上下 |
言語能力と学業的スキルの習得力が非常に限られる。運動機能の障害を伴うこともある | 集中的な訓練により、基本的なセルフケアスキルを習得できる場合がある | 適切なケアのために、監督された環境での日常的な支援を要するのが通常 |
| 最重度 平均より約4標準偏差以上下 |
コミュニケーション能力が非常に限られ、学業的スキルは基本的・具体的なものに限られる | 運動障害・感覚障害を併存することがあり、セルフケアには包括的な支援を要する | 適切なケアのために、監督された環境での日常的な支援を要するのが通常 |
表1 ICD-11による知的発達症の重症度分類(CDDR pp.93–94)
診断と重症度の判定は医師が行います。この表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。「言葉での説明がどこまで通じるか」「セルフケアのどこに手が要るか」「どの場面で見守りが必要か」を具体的に記録し、主任に伝えることが職員の役割です。
なお、療育手帳などの障害判定の具体的な基準は、自治体ごとの規則によって定められています。本表はICD-11・CDDRによる医学的な重症度の考え方を示すものであり、行政上の判定区分とは必ずしも一致しません。判定の詳細については、お住まいの自治体の定めるところによります。
重度と最重度は、知的機能の水準としてはいずれも「平均より約4標準偏差以上下」で、標準化された知能検査では信頼性をもって区別できません。そのためCDDRは、両者を適応行動の違いのみで区別すると明記しています(CDDR p.94)。日々の生活場面での「できること・できないこと」の記録が、そのまま区別の根拠になるということです。
知的発達症の方を支えるうえで、とくに知っておきたい四つのこと
CDDRの本文には、施設の日常業務に直結するにもかかわらず見落とされやすい記述がいくつかあります。ここでは四つを取り上げます。
知的発達症のある方に他の精神疾患(うつ病、不安症など)が併存している場合、その自殺リスクは、知的発達症のない精神疾患患者と同等です(CDDR p.95)。
「知的障害があるから、死にたいという気持ちは持たないだろう」「言葉にできないから深刻ではないだろう」という思い込みは危険です。抑うつ、活動性の低下、これまでできていたことをしなくなる、自傷の増加といった変化に気づいたら、必ず記録し、主任に報告してください。「死にたい」に類する発言があった場合は、その言葉をそのまま記録し、すぐに報告します。
CDDRは、大きな生活上の変化やつらい出来事は、知的発達症のある方にとってとくに困難であるとし、日課・生活の枠組み・教育や住まいの取り決めが変わるときには追加の支援が必要になると述べています(CDDR pp.95–96)。
施設の現場では、居室の変更、担当職員の異動・退職、同室者の入退所、行事や季節による日課の変更が、これに当たります。これらは職員側から見れば「事務的な調整」ですが、利用者にとっては人生の移行そのものです。変更の前後には行動変化が起きうるものとして、あらかじめ観察を強めておくことが実務的な備えになります(本章§8-3の社会的軸も参照)。
知的機能が平均よりおよそ1〜2標準偏差下にある状態は「境界知能(borderline intellectual functioning)」と呼ばれ、診断可能な障害ではありません。しかしCDDRは、こうした方々が知的発達症のある方と類似した支援・介入のニーズを示しうると明記しています(CDDR p.96)。
実務上は、療育手帳の判定に該当せず制度の支援につながりにくい方がここに含まれます。「手帳がないから支援は不要」ではありません。生活のどこに困難があるかを具体的に記録することが、相談支援や他制度への接続の土台になります。
知的発達症、暫定(6A00.4)は、知的発達症を示す所見はあるものの確定的な評価が難しい場合に用いられます。典型的には4歳未満の乳幼児で、観察された遅れが一時的なものかどうか判断できない場合です(この文脈では「全般的発達遅延」と呼ばれることがあります)。
重要なのは、4歳以上でも用いられることです。感覚障害・身体障害(盲、言語習得前の聾など)、運動やコミュニケーションの障害、重度の行動上の問題、あるいは他の精神・行動・神経発達症の症状によって妥当な評価が実施できない場合には、成人でもこのコードが使われます(CDDR p.95)。
古い診断書に「暫定」「疑い」とあるとき、それは「軽い」という意味ではなく、「評価が実施できていない」という意味かもしれません。再評価の機会について、主任を通じて相談する価値があります。
もっと詳しく:知的発達症の重症度評価における留意点
IQ値だけで判断しない
かつてはIQ値のみによる区分が中心でしたが、ICD-11では、知的機能と適応行動の両方を標準化された検査で評価し、いずれも平均より約2標準偏差以上低い(おおよそ下位2.3%未満)ことを診断の要件とします。重症度も両方の水準を考慮して決められます。IQの数値だけで診断や重症度が決まるわけではない、という点が重要です(CDDR pp.92–94)。同じIQ値でも、適応スキルの発達状況、利用可能な支援環境、本人の強みなどによって、必要な支援レベルは大きく異なります。
「重症度」と「人としての価値」を混同しない
重症度分類は支援計画立案のための実用的な枠組みであり、本人の人としての価値や可能性を表すものでは決してありません。最重度の方であっても、その方なりの感情、好み、関係性が必ず存在し、それを尊重する姿勢が支援の基本です。
合併する身体疾患への注意
重度・最重度の知的発達症では、てんかん、脳性麻痺、視覚・聴覚障害、心疾患、消化器疾患などの身体合併症の頻度が高くなります。日常的な健康観察と、年1回以上の包括的な健康診断が推奨されます。
もっと詳しく(上級):知的発達症の概念と用語の変遷
知的発達症をめぐる用語は、20世紀を通じて段階的に変化してきました。現在の「知的発達症」という呼称に至るまでの経緯を理解しておくことは、現場で古い診断書や記録に触れた際に、その意味を正確に読み解くためにも役立ちます。
日本における用語変遷
- 精神薄弱:戦前から20世紀後半まで用いられた用語。現在では差別的ニュアンスを伴うとして使用されません。
- 精神遅滞(mental retardation):ICD-9、ICD-10 の時代に標準的な訳語として用いられましたが、次第に差別的含みをもつとされるようになりました。
- 知的障害/知的能力障害:20世紀末から21世紀初頭にかけて普及した用語。
- 知的発達症:ICD-11・DSM-5 に対応する日本語訳として現在標準化されつつあります。
用語変更の背景にある概念的変化
この段階的な用語変更は、単なる言い換えではなく、知的発達症の本質的理解の変化を反映しています。
- 「精神」から「知的」へ:精神疾患と知的障害とを明確に区別し、両者の混同を避ける意図
- 「遅滞」から「発達症」へ:能力の静的な不足ではなく、発達の過程における問題として捉える視点の導入
- 「障害」から「症」へ:日本語訳における病理化のニュアンスを緩和する試み
DSM-5 と ICD-11 における位置づけ
DSM-5 では "intellectual disability (intellectual developmental disorder)" が正式用語となり、ICD-11 では "disorder of intellectual development" として規定されています。神経発達症群(ICD-11 第6章、コード 6A00)に位置づけられ、遺伝性症候群(脆弱 X 症候群、結節性硬化症、ダウン症候群など)による知的発達症の場合は、第20章「発達異常(developmental anomalies)」との併記が可能となっています。これにより、純粋に記述的な診断と病因論的な診断とを同時に記録できる仕組みが ICD-11 では整えられました。
適応行動の重視という概念的転換
かつての分類では IQ 値による区分が中心でしたが、ICD-11・DSM-5 では、知的機能と適応行動(adaptive behavior)の両方を標準化された検査で評価する枠組みが採用されました。CDDR も、IQ は知的機能の限界を示す代理指標にすぎず、単独の診断要件ではないこと、IQ の値だけで診断してはならず適応行動の包括的評価を必ず含めなければならないことを明記しています(CDDR p.96)。IQ の値は、検査の種類・実施条件・その人の発達段階によってかなり変動します。
この概念的転換は、障害認定の実務においても、IQ 一辺倒ではない多面的評価の重要性を示唆しています。本章第9節では、こうした分類体系と日本の障害者支援の法律体系との構造的な関係について、一般論として概観しています。
もっと詳しく:知的発達症の病因 — 時期別の俯瞰
知的発達症の原因は単一ではなく、遺伝的・生物学的・環境的要因が脳の発達期に作用した結果として生じます。多くの場合は複数の要因が重なっており、原因が特定できないケースも、特に軽度の知的発達症では珍しくありません。施設で支援する利用者の生活歴・既往歴を読み解く視点として、原因が作用した時期で大きく三つに分けて俯瞰しておくと、利用者の歴史を立体的に理解する助けになります。
出生前要因(受胎から出生まで)
- 染色体・遺伝子の変化:21トリソミー(ダウン症候群)、脆弱X症候群、コピー数多型、その他多数の遺伝症候群
- 代謝異常・酵素欠損:フェニルケトン尿症、レッシュ・ナイハン症候群など
- 神経皮膚症候群:神経線維腫症、結節性硬化症
- 先天奇形:小頭症、水頭症など
- 先天性感染症:トキソプラズマ症、風疹、サイトメガロウイルス、単純ヘルペス、ジカウイルス、梅毒など
- 先天性甲状腺機能低下症
- 妊娠中の物質曝露:アルコール(胎児性アルコール・スペクトラム障害)、バルプロ酸ナトリウム等の処方薬、鉛、放射線
周産期要因(出産期前後2週間)
- 早産:脳室内出血、高ビリルビン血症などの合併
- 出生時外傷
- 低酸素脳症:臍帯異常、胎盤機能不全など
- 周産期感染
出生後要因(乳児期以降)
- 感染:髄膜炎、脳炎
- 代謝性:低血糖、高ビリルビン血症
- 外傷:事故性または非事故性(虐待)の頭部外傷
- 環境毒素:鉛、水銀
- 低酸素:溺水・準溺水
- 重度ネグレクト:刺激の極端に乏しい養育環境
環境要因の重みと可逆性
注目すべきは、最後に挙げた重度ネグレクトが知的発達の遅れを引き起こしうるという事実です。施設で十分な刺激を受けずに育った子どもが、適切な養育のある家庭に移ったあとで知的機能の改善を示すという報告があり、これは「知的発達症は静的・固定的なもの」という素朴な見方を修正する重要な観察です。施設で支援する成人利用者のなかにも、生育歴に養育環境の問題を含む方がおられる可能性があります。豊かな環境と良質な対人関係は、それ自体が支援の土台であるだけでなく、神経発達への持続的な作用をもつものとして理解できます。
「原因はわからない」場合の意味
知的発達症の多くは、現在の医学でも明確な原因が特定できません。原因を特定できるのは一部にとどまるというのが、国内外に共通した状況です。日本の地域疫学調査として、横浜市総合リハビリテーションセンターを受診した337名(男性207名・女性130名、年齢14〜58歳、平均22歳)を対象とした調査があります(1987年10月〜1989年3月の1年半、田中ビネー式によりIQ50未満を重度262名、IQ51〜70を軽度75名に分類)。この調査では、重度群で原因不明が57.2%(出生前25.6%・周産期9.2%・出生後8.0%)、軽度群で原因不明が65.3%(出生前14.7%・周産期8.0%・出生後12.0%)でした。すなわち原因が特定できるのは、重度群でも4割程度(42.8%)、軽度群では3割半(34.7%)にとどまります。なお軽度群では家族性の関連が27%に認められています。重度群の出生前原因のうち遺伝子・染色体異常が68.6%と最も多く、そのうちダウン症候群が80.4%(37名)を占めた一方、軽度群で遺伝子・染色体異常が認められたのは2.6%のみでした(出典:Yoshida A, Sugano T, Matsuishi T, Endo K, Yamada Y. An Epidemiological Study on the Cause of Mental Retardation in Yokohama City. Journal of Disability and Medico-pedagogy, Vol. 5, 2002)。なお、信頼できる地域疫学データは、各国の医療・福祉制度や社会的条件に支えられて初めて成立するものであり、こうした調査の例は世界的にも多くありません。原因不明の多さは「未だ認識されていない遺伝的状態」「検出不能な環境的影響」「複数の小さな要因の累積」などを反映していると考えられます。原因不明であることは、その方の状態が軽い、あるいは支援不要であることを意味するわけではありません。原因の特定可能性とは別に、その方の現在の生活機能と必要な支援に焦点を当てるのが、福祉現場における基本姿勢です。
もっと詳しく:知的発達症の高齢化と認知症の併発について
医療と支援の進歩により、知的発達症をもつ方の平均寿命は大きく延びました。とくにダウン症候群の方は40歳代以降にアルツハイマー型認知症を併発しやすいという重要な特性があります。これは21番染色体上にアミロイド前駆体タンパク質(APP)の遺伝子があり、通常より多くのAPPが生涯にわたって産生され続けることに関係しています。
知的発達症の方の認知症は、もとからの知的機能の低さの上に新たな低下が重なるため、一般高齢者で用いられる認知症スクリーニング検査(MMSE、HDS-R等)では捉えにくい構造的な難しさがあります。また、記憶障害よりも先に性格・行動の変化、活動意欲の低下、自己管理スキルの進行性喪失として現れる傾向があります。
これらの主題については、本マニュアル第9章「神経認知障害群」の第9節(Down症候群による認知症)で詳しく扱っています。長期的な観察視点、ベースライン記録の作り方、もとからの行動特性とBPSDの見分け方など、施設職員にとって実用的な内容を網羅していますので、高齢の利用者を担当される方は併せてご参照ください。
参考文例:知的発達症 三領域による状態記述
本表は重症度を判定するためのものではなく、介護日誌・個別支援計画・障害支援区分認定申請書・施設間の申し送り等における状態記述の参考文例として用いることを想定しています。該当箇所を利用者の実情に合わせて抜粋・改変してご利用ください。
自閉スペクトラム症の併存が認められる方については、表3 自閉スペクトラム症 支援必要度の記述例 もあわせてご参照ください(クリックで展開)。
| 重症度 | 概念的領域(Conceptual) | 社会的領域(Social) | 実用的領域(Practical) |
|---|---|---|---|
| 軽度 Mild (手帳 B2 相当) |
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| 中等度 Moderate (手帳 B1 相当) |
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| 重度 Severe (手帳 A2 相当) |
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| 最重度 Profound (手帳 A1 相当) |
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表2 三領域による状態記述の参考文例(DSM-5/ICD-11 CDDR 融合版)
診断は医師が行います。この表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。
使用上の留意事項
- 自閉スペクトラム症が併存している方では、社会的領域の評価に頼らない。自閉スペクトラム症は、その本質として社会的スキルの障害を含みます。したがって、併存する知的発達症の適応行動を評価するときは、社会的スキルよりも、知的機能と概念的領域・実用的領域を重視すべきだとCDDRは明記しています(CDDR pp.99, 125, 130)。社会的領域だけを見ると、知的発達症の重症度を実際より重く見積もってしまうためです。記録にあたっても、「対人関係ができない」で終わらせず、概念的(言葉・数・時間・金銭の理解)と実用的(食事・更衣・入浴・移動・服薬)の観察を具体的に残してください。
- 重度・最重度の知的発達症のある方では、自閉スペクトラム症の診断そのものが難しい。CDDRは、この場合の自閉スペクトラム症の診断はとくに困難であり、綿密かつ縦断的(長期にわたる)評価を要するとしています(CDDR pp.99, 130)。一度の診察で決まるものではありません。だからこそ、日々の記録を長期にわたって積み重ねる職員の役割が決定的になります。
- 本表はDSM-5(AAIDD準拠)およびICD-11 CDDRにおける三領域(概念的・社会的・実用的)の記述を融合したものであり、重症度を判定するためのものではない。状態記述の参考文例として用いる。
- DSM-5・AAIDDでは、重症度は知能指数(IQ)ではなく「適応行動における支援必要度」によって判定することが強調されている。ICD-11 CDDRでは知的機能と適応行動の両軸で判定するが、三領域の枠組みは両体系に共通である。
- 障害者手帳のランク(A1/A2/B1/B2)との対応はあくまで目安である。手帳判定はIQを主要指標とするのに対し、本表の記述は適応行動に基づくため、両者は必ずしも一致しない。
- ICD-11 CDDR においては、重度と最重度はIQでは信頼性をもって区別できないため、適応行動のみによって区別するとされている(CDDR p.94)。手帳上のA1/A2区別がIQに基づくため、臨床像と制度的区分が乖離する場合がある点に留意する。
典拠
- American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed. (DSM-5). Intellectual Disability, Table 1 "Severity Levels for Intellectual Disability".
- World Health Organization (2024). Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural or Neurodevelopmental Disorders (CDDR). 6A00 Disorders of intellectual development, 本文 pp.92–96/Tables 6.1–6.4, pp.101–111.
- Schalock, R. L., et al. (2021). Intellectual Disability: Definition, Diagnosis, Classification, and Systems of Supports, 12th ed. AAIDD.
5. 自閉スペクトラム症(6A02)
自閉スペクトラム症(ASD)は、知的発達症と並んで本マニュアルで支援する利用者に多く見られる神経発達症です。多くの利用者がASDと知的発達症を併せもっており、両方の特性を理解することが日常支援の質を大きく左右します。
ASDは、2つの主要な特徴によって定義されます。
(1) 社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的な障害
- 他者の言葉やアイコンタクト、表情といった非言語的なサインの理解や、それに対する関心・反応が乏しい
- 双方向の会話を開始したり、維持したりすることが難しい
- 他者の感情や状況を察して、自分の行動を適切に調整することが苦手
- 仲間との間で典型的な関係を築き、維持することに困難がある
(2) 制限的で反復的な、融通の利かない行動・興味・活動のパターン
- 些細な環境の変化や予期せぬ出来事に対して強い苦痛を感じる
- 特定の日課や手順に融通が利かず、それに固執する
- ルールに過剰に固執する(例:遊びのルールなど)
- 過剰で持続的な儀式化された行動パターン(例:特定の方法で品物を並べたり並べ替えたりすることにこだわる)
- 体を揺らす、つま先で歩く、手をひらひらさせるなどの反復的な運動動作
- 非常に限定された特定の興味に没頭する
- 特定の音、光、触覚、匂いなど、感覚刺激に対して過敏または鈍感である
ICD-11では、この2つの特徴がそろっていることに加えて、特性の始まりが発達期にあること(ただし、社会的な要求が本人の対処力を上回る年齢になって初めて全体像が明らかになる場合もあります)、そして生活の重要な場面に支障が生じていることが診断の要件とされています。なお、並外れた努力で表面上は適応している方でも、診断が妥当な場合があるとICD-11は明記しています。
ASDの方が示す「こだわり」や「常同行動」は、しばしば本人にとって安心や落ち着きをもたらすものです。これを単に「問題行動」として制止すると、不安が高まり、より深刻な行動上の困難につながることがあります。一方で、その行動が本人の生活や安全を阻害する場合には、慎重な環境調整が必要です。
後の章(第7章 強迫症)で詳しく扱いますが、ASDの「こだわり」と強迫症の「強迫行為」の鑑別は、施設職員にとって重要な臨床的課題の一つです。
社会的コミュニケーションや対人的やりとりの「ふつう」は、文化によって異なります。CDDRは、社会によっては、相手への敬意を示すために視線を合わせないことが規範である場合があり、これを対人的相互作用の障害と誤って解釈してはならないと明記しています(CDDR p.130)。
日本の生活文化でも、目上の人とまっすぐ目を合わせ続けないこと、感情を表に出さないことは珍しくありません。視線が合わない、表情が乏しいといった観察は、それ単独では診断的な意味を持ちません。その方の育った環境や家族の関わり方を知っている人(家族・古参の職員)の情報とあわせて記録することが大切です。
ASDのある方への「その場の対応」
ASDのある方の支援では、起きてしまってからどうするかと、起こさないために事前にどう伝えるかの二つが要になります。以下の二つの手順は、施設で最も頻繁に必要になる場面です。
パニック・メルトダウンが起きているとき
メルトダウンとは、感覚刺激・予定変更・要求の積み重なりによって本人の対処能力が限界を超え、叫ぶ・泣く・暴れる・自傷するなどの形で溢れ出てしまう状態です。わがままでも、反抗でもありません。本人はその瞬間、自分の行動をコントロールできていません。
- まず自分と周囲の安全を確保する──物が飛ぶ、叩かれる可能性がある場合は、まず腕の届かない距離まで下がります。他の利用者がそばにいれば、声をかけて別の場所へ誘導します。一人で対応できないと感じたら、その場で応援を呼びます。応援を呼ぶことは失敗ではありません。
- 次に刺激を減らす──テレビ・音楽・掃除機を止め、可能なら照明を落とします。周囲にいる職員・利用者の人数を減らします。人が集まってくること自体が刺激になります。
- 距離を取る──身体に触れず、腕一本分より離れた位置に下がります。正面に立たず、斜め前か横に位置を取ります。正面から近づくことは、多くの方にとって圧迫として体験されます。
- 言葉を減らす──話しかけるとしても「大丈夫」「ここにいます」程度の短い言葉を、間を置いて、ゆっくり、低い声で。説明・説得・叱責はこの場面では届きません。
- 指示を出さない──「座って」「やめて」「静かに」といった指示は、処理すべき情報をさらに増やします。何もさせようとせず、収まるのを待ちます。
- 安全な場所へ移れるなら移る──本人が自分から動ける状態であれば、静かな部屋・いつもの居室など、本人が落ち着ける場所へ移動する余地を作ります。無理に誘導はしません。
- 収まるまで、そばで待つ──視界に入る位置で静かに待ちます。収まったあと、しばらくは疲労が残ります。すぐに元の活動へ戻さず、休息の時間を取ります。
- 収まった後、責めない──「どうしてあんなことをしたの」と問い詰めない。本人は説明できませんし、次の不安を高めるだけです。落ち着いてから、いつも通りに接します。
- 記録する──次の項目を、その日のうちに記録します。
- 始まった時刻/収まった時刻/おおよその持続時間
- 直前の30分に何があったか(音、人、予定の変更、要求、待ち時間、体調)
- どんな行動が現れたか(自傷の部位と回数、他害、器物、発声の内容)
- けがの有無と部位
- 何をしたら収まったように見えたか
- 身体を押さえつける──窒息・骨折・関節損傷の危険があり、本人の恐怖を強め、次回以降のメルトダウンを重くします。本人または他者に差し迫った危険がある場合を除き、行いません。やむを得ず身体に触れた場合は、その事実と理由を必ず記録し、主任に報告します。
- 大声で制止する、叱る──聴覚刺激が加わり、状態を悪化させます。
- 正面から近づく、目を覗き込む──圧迫として体験され、防衛的な反撃を招きます。
- 複数の職員で取り囲む──人の数そのものが刺激です。対応する職員は原則一人、離れた位置に応援を控えさせます。
- その場で理由を問いただす──本人はまだ言語処理ができる状態にありません。
- 「またやった」と記録に書く──解釈ではなく事実を書きます(本章§11-4を参照)。
予定の変更を伝えるとき
予定の変更は、ASDのある方にとって最も苦痛な出来事の一つです。CDDRも、慣れた環境のささいな変化や予期しない出来事によって強い苦痛が引き起こされることを、限定的・反復的な行動様式の例の一つとして挙げています(CDDR p.124)。伝え方を変えるだけで、その日一日の安定が大きく変わります。
- まず、わかった時点ですぐ伝える──直前まで黙っていると、心の準備の時間が失われます。変更が決まったら、その日のうちに伝えます。ただし、当日まで日数がある変更を早く伝えすぎると不安が長引く方もいます。その方に合った伝えるタイミングを、個別支援計画に書き残しておきます。
- 静かな場所で、一対一で伝える──食堂や廊下など人の多い場所は避けます。他の刺激があると、話が入りません。
- 短く、具体的に、肯定形で伝える──「今日は外出しません」ではなく「今日は施設で過ごします。おやつは3時です」。何がなくなるかではなく、何をするかを伝えます。
- 目に見える形で示す──カレンダー、スケジュール表、絵カード、写真を使い、変更部分を一緒に書き換えます。口頭だけで終わらせません。書き換える作業を本人と一緒に行うと、納得が得られやすくなります。
- 選べるところを作る──変更そのものは選べなくても、「代わりに何をするか」は選べます。「散歩と音楽、どちらにしますか」と二つ程度から選んでもらいます。選択肢は多くしすぎません。
- その後の見通しを示す──「来週の水曜日には行きます」「終わったらいつも通り、お風呂です」と、変更の後に戻る場所を示します。カレンダーに印を付けます。
- 反応を待つ──伝えた直後に返事を求めません。理解し受け入れるのに時間がかかります。少し離れて様子を見ます。
- 記録する──いつ・誰が・どのように伝えたか、本人の反応はどうだったかを記録します。次に同じ場面が来たときの財産になります。
- 直前まで黙っている──「言うと荒れるから」は逆効果です。準備なしに直面させることが、最も強い苦痛を生みます。
- 「仕方ないでしょう」と説得する──理由の説明で納得が得られる場面ではありません。事実と、次の見通しを示します。
- 口頭だけで済ませる──言葉は消えます。目に見える形にしないと残りません。
- いったん伝えた予定をさらに変える──変更の変更は、職員への信頼そのものを損ないます。やむを得ない場合は、最初と同じ手順をもう一度、最初から行います。
- 「約束」という言葉を安易に使う──守れなかったときの衝撃が大きくなります。確定していないことは「まだ決まっていません」と伝えます。
もっと詳しく:感覚特性の理解
ASDをもつ方々の多くは、感覚処理の独特な特性を有しています。これは生活のあらゆる場面に影響を与えうる、しかし周囲からは見えにくい困難です。
感覚過敏の例
- 聴覚過敏:蛍光灯のジー音、エアコンの稼働音、複数人の会話、トイレの水を流す音などが耐え難い苦痛として体験される
- 触覚過敏:服のタグ、特定の生地、髪を切る、爪を切る、歯磨きなどが激しい不快感を引き起こす
- 視覚過敏:強い光、ちらつく光、特定の色や模様への過剰な反応
- 嗅覚過敏:洗剤、香水、食事の匂いへの強い嫌悪
- 味覚・食感過敏:特定の食感(ぬるぬる、ぱさぱさなど)への極端な拒否
感覚鈍麻の例
- 痛みや温度への鈍感さ(怪我や火傷に気づかない)
- 満腹感や空腹感、便意・尿意の認知の弱さ
- 身体感覚全般への鈍感さ
支援上の意義
感覚特性は、利用者の「問題行動」と見える行動の背景として、最も見過ごされやすい要因の一つです。トイレの失敗、食事拒否、突然の興奮や逃避、自傷行動などの背景に、職員が気づきにくい感覚的苦痛が隠れていることがあります。「なぜこの方は今この行動を取っているのか」を考えるとき、必ず感覚特性の可能性を視野に入れてください。
ICD-10やDSM-IVの時代に用いられていた「アスペルガー症候群」は、ICD-11では独立した診断名としては用いられず、自閉スペクトラム症(6A02)に統合されました。古い診断書に「アスペルガー症候群」「広汎性発達障害」と記載されている場合、現在の枠組みでは自閉スペクトラム症として理解して差し支えありません。
ICD-11では、自閉スペクトラム症の診断に対して①知的発達症の併存の有無と②機能的言語の障害の程度を特定用語(specifier)として付記します(CDDR pp.125–126)。診断名そのものより、この二つの付記のほうが支援設計に直結します。
なお、この分類の歴史的な経緯については、当法人の『精神医学マニュアル』の該当章で扱っています。
もっと詳しく:女性の自閉症 — マスキングと過少診断
自閉スペクトラム症は、男性は女性の約4倍診断されやすいとされます(CDDR p.130)。しかし近年、この性差の少なくない部分が女児・女性での過少診断を反映している可能性が、繰り返し指摘されています。本マニュアルが対象とする成人施設の現場でも、この理解は重要です。
呈示の質的な違い
自閉症をもつ女児・女性は、男児と比べて社会的コミュニケーション・相互作用の違いが微妙で、長年見過ごされることがあります。考えられる理由は二つあります。
- 生来的な差異の可能性:女性の自閉症の表現型そのものが、社会的指向性・関心領域などにおいて男性とやや異なる可能性
- マスキング・カモフラージング:周囲の女児・女性の社会的振る舞いを観察的に学習し、模倣によって社会場面を切り抜ける戦略を発達させる傾向。「小さな哲学者」「小さな大人」のように、知的に振る舞うことで違和感を覆い隠すケースもある
関心領域の違いが診断を遠ざける
自閉症の典型例として知られる「電車・恐竜・武器・歴史的事実」などの関心領域は男児に多く、これらは「自閉症らしい」興味として認識されやすい傾向があります。一方、女児の限定的・強い関心は動物、人形、特定のキャラクター、ファッション、特定の人物など、より「年齢相応に見える」対象に向かうことがあり、関心の対象だけを見ると診断的に意義のある特性として捉えられにくいのです。重要なのは関心の対象ではなく、その関心がどれほど強烈で、どれほど排他的で、どれほど生活を占めているかという質的・量的な異常さです。
当事者からの語り
自閉症のある女性の多くが、成人期になってから自身の子ども時代を振り返り、「学校で女子のコミュニケーションの不文律が理解できなかった」「アニメや本の場面を正確に再現する遊びを好み、他の子がストーリーを変えると不快になり一人遊びを選んだ」「視線を合わせ続けることがしっくりこなかったが、訓練して短時間合わせられるようになった」といった経験を語っています。こうしたマスキングの存在自体が、診断を遅らせる構造的な要因となっています。
ADHD女性との重なり
同じ構造の見落としが、ADHDでも起こります。CDDRは、女性では不注意症状が優勢で、男性では多動・衝動性が目立つとし、この差はとくに年少期に顕著だとしています(CDDR p.147)。外に現れにくいぶん、女性のADHDは診断につながりにくくなります。自閉症とADHDは併存することもあり、この重なりがさらに認識を困難にします(本章§6の上級ブロックも参照)。
施設で支援する女性利用者についての示唆
本法人のように成人を支援する施設では、定型発達と思われていた女性利用者のなかに、未診断の自閉症が含まれうるという視点を持つことが重要です。これは決して「全員を疑う」ことを意味するのではなく、対人関係の持続的な困難、慢性的な不安、感覚過敏、職場や家庭での疲弊などの背景に、長年マスキングしてきた自閉症特性がある可能性を、選択肢の一つとして考慮するということです。とくに知的発達症のある女性利用者は、もとの知的特性に隠されて自閉的特性が認識されにくく、「指示に従わない」「集団になじめない」といった表面的な評価で済まされていることがあります。観察記録に「対人関係の質的な違い」「変化への過剰な抵抗」「強烈で限定的な関心」が積み重なっているとき、これらは医療職への重要な情報となります。
参考文例:自閉スペクトラム症 支援必要度の記述
本表はDSM-5が示すASDの支援必要度レベル(Level 1〜3)を現場用に展開したもので、介護日誌・個別支援計画・モニタリング記録・サービス等利用計画等における状態記述の参考文例として用いることを想定しています。該当箇所を利用者の実情に合わせて抜粋・改変してご利用ください。
本章§5冒頭で述べた通り、ASDは知的発達症との併存が高頻度です。知的発達症の併存が認められる方については、表2 三領域による状態記述の参考文例 もあわせてご参照ください(クリックで展開)。
ICD-11との関係について:ICD-11はASDの重症度を「支援必要度」として一元的に示す尺度を採用せず、①知的発達症の併存の有無、②機能的言語の障害の程度、③既得スキルの喪失の有無 の3種類の特定用語の組合せにより類型化する(CDDR pp.124–126、6A02.0〜6A02.5)。現場での「ASDらしさの程度」を記述する用途には、DSM-5の3段階レベル表の方が実用性が高いため、本表はDSM-5準拠とした。
| レベル | 社会的コミュニケーション | 限定的・反復的行動 |
|---|---|---|
| レベル1 支援を要する Requiring support |
|
|
| レベル2 多くの支援を要する Requiring substantial support |
|
|
| レベル3 非常に多くの支援を要する Requiring very substantial support |
|
|
表3 自閉スペクトラム症 支援必要度の記述例(DSM-5レベル表準拠)
使用上の留意事項
- 知的発達症が併存している方では、この表と表2を機械的に足し算しない。自閉スペクトラム症は本質として社会的スキルの障害を含むため、併存する知的発達症の適応行動を評価するときは、社会的スキルより、知的機能と概念的領域・実用的領域を重視すべきとCDDRは述べています(CDDR pp.99, 125, 130)。本表のレベルが高い(=支援必要度が大きい)ことが、そのまま知的発達症の重症度の高さを意味するわけではありません。
- 重度・最重度の知的発達症のある方への自閉スペクトラム症の診断はとくに困難で、綿密かつ縦断的な評価を要するとされています(CDDR pp.99, 130)。診断名がついていないことは「自閉的特性がない」ことを意味しません。逆に、ついていることが確定的な判断だとも限りません。いずれの場合も、日々の観察記録の蓄積が評価の土台になります。
- DSM-5では、社会的コミュニケーションと限定的・反復的行動の二軸を独立して評価することが想定されている。同一利用者において「社会的コミュニケーションはレベル2、限定的・反復的行動はレベル1」のように、異なる記述が併存しうる。
- レベルは固定的なものではなく、環境・支援体制・加齢・治療により変動する。記録にあたっては「現時点での」評価であることを明示するのが望ましい。
- ICD-11の特定用語(機能的言語障害の程度等)は別次元の情報であり、本表と併用可能である。併用する場合は出典を明記する。
- 感覚過敏・感覚鈍麻はDSM-5の診断要件に含まれるが、レベル表には直接反映されにくい。本表のレベル3の記述には感覚面の一般的特徴を加えたが、個別の感覚特性は別途記述することが望ましい(本章§5「もっと詳しく:感覚特性の理解」参照)。
典拠
- American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed. (DSM-5). Autism Spectrum Disorder, Table 2 "Severity Levels for Autism Spectrum Disorder".
- World Health Organization (2024). Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural or Neurodevelopmental Disorders (CDDR). 6A02 Autism spectrum disorder, pp.124–126, Table 6.5.
6. 注意欠如多動症(6A05)
注意欠如多動症(ADHD)は、不注意(集中力の維持が困難)、多動性(じっとしていられない)、衝動性(考えずに行動してしまう)の3つの主要な症状によって特徴づけられます。ICD-11では、これらは「不注意」と「多動性-衝動性」の2つの症状群に整理されています。
ICD-11では、現在の臨床像でどの症状が目立つかに応じて、以下のように記載されます。これは固定的な「タイプ分け」ではなく、経過とともに変わりうる現在の姿(呈示、presentation)を示すものです。
- 主に不注意:不注意が目立つ呈示
- 主に多動性-衝動性:多動性と衝動性が目立つ呈示
- 混合型:不注意と多動性-衝動性の両方が目立つ呈示
診断の要件も押さえておきましょう。ICD-11(CDDR)では、症状が年齢や知的発達の水準から期待される正常な変動の範囲を明らかに超えていること、それが6か月程度以上続く持続的なパターンであること、12歳より前から症状が認められること(ただし、受診が青年期・成人期になって初めてという方もいます)、そして家庭・学校・職場など複数の場面で症状が現れ、学業・仕事・対人関係に明らかな支障を生じていることが求められます(CDDR pp.142–143)。ただしCDDRは、症状の現れ方はその場面の構造や求められることによって変動しうるとも述べています。「どの場面でも同じように出るはず」とは限りません。症状が他の精神疾患や、物質・医薬品の影響、神経系の疾患によってよりよく説明される場合には、ADHDとは診断されません。
「6か月」は絶対の線引きではありません。CDDRの原文は「持続的なパターン(例:少なくとも6か月以上)」という例示です(CDDR p.142)。「まだ5か月だから当てはまらない」と職員が判断する必要はありません。気づいた事実を記録し、報告してください。
ADHDは発達期から続く特性です。したがってCDDRは、学齢期の子どもや青年に急に多動が出現した場合は、症状が他の精神疾患や身体疾患でよりよく説明される可能性を考えるべきだと述べています(CDDR p.146)。とくに青年期・成人期での多動の突然の出現は、精神症(統合失調症など)や双極症の始まりを示していることがあります。
また、次のものもADHDに似た症状を生じます。職員が原因を判断する必要はありませんが、これらの情報を添えて報告することで、医療職の判断が大きく助けられます。
- 身体疾患:低血糖、甲状腺機能亢進症・低下症、毒物への曝露、睡眠・覚醒障害など(CDDRが例として挙げているもので、これがすべてではありません)(CDDR p.149)
- 医薬品:気管支拡張薬、甲状腺ホルモン薬、抗てんかん薬(カルバマゼピン、バルプロ酸など)、抗精神病薬(リスペリドンなど)(CDDR pp.143, 149)
- 物質:アルコール・ニコチン・大麻・刺激薬の使用や、その中断(離脱)
報告に添えるとよい情報:「いつから変わったか」「その前後で薬が変わっていないか(新規追加・増量・中止)」「食事や睡眠に変化はないか」「発熱や体重変化はないか」。とくに薬の変更と行動変化の時期の対応は、職員にしか記録できない情報です。
もっと詳しく:ADHDと知的発達症の併存
知的発達症をもつ方の中にも、ADHDを併存する方が少なくありません。しかし、知的発達症の特性とADHDの特性が重なって見えることがあり、両者の鑑別は容易ではない場合があります。
例えば、知的発達症のある方が指示に集中できないとき、それは:
- 指示の内容そのものを理解できていないため(知的発達症の中核特性)
- 注意を維持する能力そのものが弱いため(ADHDの併存)
- 環境刺激が多すぎて集中できないため(感覚過敏の影響)
- 不安や苦痛により集中する余裕がないため(情緒的要因)
などのいずれか、あるいは複数の要因が関与している可能性があります。施設職員の役割は、これらの可能性を念頭に置いた観察記録を残し、医療スタッフと連携することです。
なお、知的発達症のある方にADHDを診断するには、ADHDの症状がその方の知的機能の水準から見て不釣り合いに強いことが必要とされます(CDDR p.147)。知的水準に見合った不注意は、ADHDではありません。
ADHDのある方への日々の関わり
ADHDは、薬物療法だけで完結する状態ではありません。環境と関わり方を整えることが、日々の安定に直接効きます。以下は、施設のどの場面でも使える基本の手順です。
ADHDのある方に、日々どう関わるか
- まず注意を向けてもらってから話す──名前を呼び、こちらを見た(または動きが止まった)ことを確認してから本題に入ります。作業中・テレビを見ている最中に背中から話しかけても、内容は届きません。
- 指示は短く、一度に一つだけ──「歯を磨いて、着替えて、食堂に来て」ではなく、「歯を磨きましょう」。終わったのを見てから次を伝えます。三つ並べると、たいてい一つ目だけが実行されます。
- 目に見える形にする──手順表、写真、チェックリスト、時計やタイマーを使います。「あと10分」より、タイマーの残り時間が見えるほうが伝わります。持ち物や道具は、置き場所を決めて写真を貼ります。
- 環境の刺激を減らす──集中してほしい作業は、人の動線から離れた席で行います。テレビ・ラジオを消し、机の上に今使う物だけを置きます。窓際・出入口の近くは避けます。
- 動ける時間を先に確保する──じっとしている時間の前に、身体を動かす活動を入れます。長い作業は、15〜20分程度で区切り、間に立ち歩く時間を挟みます(区切りの長さはその方に合わせて調整し、記録に残します)。
- できたことを、その場で具体的に伝える──「えらいね」ではなく「最後まで自分でたためましたね」。行動が終わった直後に伝えるほど効果があります。ADHDのある方は、時間の空いた評価が結びつきにくい特性があります。
- 失敗は先回りして防ぐ──忘れ物が多いなら、出発前に一緒に確認する時間を日課に組み込みます。注意して直させるより、手順を変えるほうが確実です。
- 衝動的な行動は、責める前に環境を見る──順番を待てない、割り込む、物を取ってしまうといった行動は、「待つ時間の長さ」「待つ場所の刺激」を変えるだけで減ることがあります。
- 記録する──どの時間帯に落ち着かなくなるか、どの活動なら集中が続くか、どんな伝え方が通ったかを記録します。これは薬の効果判定にも使われる重要な情報です。
- 長い説明・説教をする──途中で情報を保持できなくなり、内容ではなく「怒られた」という記憶だけが残ります。
- 「何度言ったらわかるの」と言う──回数の問題ではありません。伝え方と環境の問題です。自己評価だけを下げます。
- 集団の前で注意する──羞恥は行動を変えず、対人関係の困難を上乗せします。
- じっとしていることを長時間求める──我慢の総量には限りがあります。使い切ると、あとの時間が崩れます。
- 「わざとやっている」と解釈して記録する──意図の推測は記録に書きません。観察された行動そのものを書きます。
- 不注意の目立たない方を「ADHDではない」と決めつける──多動のない、ぼんやりして見えるタイプの呈示があります(CDDR p.145)。静かな方ほど見落とされます。
もっと詳しく:ADHDの生涯経過と、女性での見落とし
生涯にわたる経過
小児期にADHDと診断された方のほぼ半数は青年期にも症状が続きます。そして約3分の1は、成人期にも生活上の支障が続くとされます(CDDR p.146)。青年期・成人期には、外から見える多動は目立たなくなり、代わりに不注意・衝動性・落ち着かなさが残ります(CDDR p.146)。
成人期のADHDは、仕事を続けることの難しさ、実力に見合わない就労状況、家族・同僚・パートナーとの関係の緊張として現れます。また、一対一の場面より集団の中でのほうが行動の調整が難しいという特徴があります(CDDR p.145)。施設の支援場面でも、個別対応では落ち着いている方が集団活動で崩れることは珍しくありません。「集団だから頑張れるはず」ではなく、集団は難易度が高い場面であると捉えてください。
女性で見落とされやすい
ADHDは男性により多く見られますが、女性では不注意症状が優勢で、男性では多動・衝動性が目立つ傾向があり、これはとくに年少期に顕著です(CDDR p.147)。行動として外に現れにくいぶん、女性は診断につながりにくくなります。
施設で支援する女性利用者のなかに、未診断のADHDが含まれている可能性は常にあります。「ぼんやりしている」「指示が入らない」「片づけができない」といった評価で済まされていないか、記録を見直す価値があります。前節の「女性の自閉症 — マスキングと過少診断」と同じ構造の問題です。両者は併存することもあります。
併存しやすいもの
CDDRは、ADHDが発達性発話または言語症群、チック症・トゥレット症候群としばしば併存し、強迫症・ゲーム症のリスクを高め、てんかんの合併率も高いと述べています。また、感情の調節の困難、欲求不満への耐性の低さ、軽度の不器用さなども多く見られます(CDDR p.145)。
なお、ADHDがICD-10で「行動および情緒の障害」に置かれていたものが、DSM-5・ICD-11で神経発達症群に移された経緯など、この分類の歴史的な議論については、当法人の『精神医学マニュアル』の該当章で扱っています。
本法人が運営する児童部門では、子どものADHD様の症状が、外傷的な出来事への反応や、死別などの悲嘆反応である可能性に常に留意する必要があります。CDDRは「文化に関連する特徴」の項で、小児期の外傷的な出来事への曝露や悲嘆反応によって不注意・多動衝動性の症状が生じうるとし、とくに脆弱で不利な立場に置かれた集団(紛争後地域を含む)ではその可能性に留意して、ADHDの診断が妥当かどうかを検討すべきだと述べています(CDDR p.147)。
成人施設でも同じ問題が起こります。生育歴に被虐待経験のある利用者では、過覚醒による集中困難や衝動的反応が、ADHDの症状と表面的に重なって見えます。また、両者が併存していることもしばしばあり、二者択一で考える必要はありません。この鑑別については、本マニュアル第6章「ストレス関連症群」で詳しく扱います。
7. その他の神経発達症
発達性発話または言語症群(6A01)
発達性発話または言語症群は、話し言葉の獲得・理解・産出・コミュニケーション的使用に持続的な困難を示す一群の障害で、知的発達症(6A00)や自閉スペクトラム症(6A02)とは別個に設けられた独立したカテゴリーです。知的能力全般には遅れがなく、聴覚にも明らかな問題がないにもかかわらず、言語領域に限って困難を示す点がこの群の本質です。
CDDRは、発達性発話または言語症群を、困難の中心(主座)がどこにあるかによって三つに分類しています。すなわち、音の発音、話の流暢さ、言語そのもののいずれに困難があるか、という区別です。
1)発達性語音症(6A01.0)
音の発音や調音(発声器官の使い方)に持続的な困難があり、発話の明瞭度が低下する状態です。たとえば、年齢相応であれば発音できるはずの音が置換される(「さかな」→「たかな」)、省略される、歪んで発音されるなどの現象が持続します。本人は何を言いたいかわかっていて、語彙や文法にも問題がないのに、音として形にならない、というのがこの型の特徴です。
2)発達性発話流暢症(6A01.1)— いわゆる「吃音」
話のリズムや流れに持続的な乱れがあり、音・音節・単語の繰り返し(「わ、わ、わたし」)、引き伸ばし(「わーーたし」)、あるいは音が出せず言葉が詰まる「ブロック」などが現れる状態です。話そうとする努力に伴って顔や身体に緊張が表れたり、話すこと自体を避けるようになったりすることも少なくありません。発症の多くは2歳半〜4歳頃です。幼児期には多くの子どもが一時的に言葉のつっかえ(発達上の非流暢さ)を示しますが、それとは異なり、この障害では症状が持続し、コミュニケーションや社会生活に支障をきたします。
3)発達性言語症(6A01.2)— 言語そのものの困難
音の発音や話の流暢さではなく、言語という記号体系そのものの獲得・理解・産出・文脈に応じた使用に困難がある状態です。語彙が乏しい、文を組み立てられない、相手の言っていることを理解できない、会話の文脈にそぐわない発言をする、といった形で現れます。発達性言語症は、さらに困難の中心がどこにあるかによって四つの特定用語(specifier)に分けられます。これについては下記の「もっと詳しく」を参照してください。
施設で支援する成人利用者の多くは、すでに他の診断(知的発達症、自閉スペクトラム症など)を受けており、発達性発話または言語症群の診断名が独立して記されていることは稀です。しかし、知的発達症や自閉スペクトラム症に言語領域の困難が上乗せされていることは非常によくあります。
職員が日常的に観察して記録に残すべき点は、次のような「言語のどの側面が苦手なのか」という素朴な観察です。
- 音の言い間違いが多いのか(語音)
- 言葉に詰まる・つっかえるのか(流暢さ)
- 語彙が少なく、物を指差して「これ」と言うことが多いのか(語彙・意味)
- 文が短く単語の羅列になりがちか(統語)
- 話の順序が分かりにくく、前後関係がつかみにくいのか(談話)
- 冗談や比喩、遠回しな言い方が通じにくいのか(語用)
職員の役割は診断ではなく、どの側面が本人の生活の支障になっているかを具体的に言語化して専門職に伝えることにあります。これは言語療法士(言語聴覚士)や嘱託医が適切な評価・介入を設計するための一次情報となります。
もっと詳しく:発達性言語症(6A01.2)の四つのサブ型と語用の位置づけ
CDDR は、発達性言語症(6A01.2)にさらに四つの特定用語(specifier)を設けています(CDDR p.119、6A01.20〜6A01.23)。困難の中心がどこにあるかによって区分され、臨床像の描写と介入設計を方向づけます。
| コード | サブ型 | 主な困難の所在 | 保たれていること |
|---|---|---|---|
| 6A01.20 | 受容・表出両方の障害を伴う型 | 言語の理解(受容)と産出(表出)の両方が年齢水準より著しく低い | — |
| 6A01.21 | 主として表出の障害を伴う型 | 言語産出(発話・手話)が年齢水準より著しく低い | 理解(受容)は相対的に保たれている |
| 6A01.22 | 主として語用論の障害を伴う型 | 言語の社会的文脈での理解と使用(推論、言外の意味、冗談、曖昧性の解消) | 受容・表出(音韻・統語・語彙)は相対的に保たれている |
| 6A01.23 | 他の特定される言語障害を伴う型 | 上記いずれにも当てはまらないが、発達性言語症の一般基準は満たす | — |
重要な制約:CDDR は、語用論型(6A01.22)を自閉スペクトラム症の診断がある場合には用いないことを明確に規定しています(CDDR p.119)。すなわちこのサブ型は、自閉スペクトラム症の診断要件(対人相互性の障害、限定的・反復的行動の存在)を満たさないにもかかわらず、語用の領域に選択的な困難を示す事例のために設けられたものです。自閉スペクトラム症の診断がついている方については、語用の障害だけを理由に発達性言語症を追加で診断することはしない、というのが CDDR の規定です(CDDR pp.122, 131)。なお、自閉スペクトラム症につける「機能的言語の障害」の特定用語は、主として表出言語(言葉で伝える力)の障害を表すものであり、自閉スペクトラム症の中核的特徴である語用の障害を表すものではありません(CDDR p.125)。
なお、DSM-5 が同じ臨床像を「社会的(語用論的)コミュニケーション症」という独立診断としたのに対し、ICD-11 はサブ型にとどめました。この設計思想の違いと分類学上の議論については、当法人の『精神医学マニュアル』の該当章で扱っています。診断書に「社会的(語用論的)コミュニケーション症」とあれば、ICD-11 でいう 6A01.22 とほぼ同じ臨床像を指していると理解して差し支えありません。
もっと詳しく(上級):鑑別診断の要点 — 言語の困難は必ず多軸で考える
発達性発話または言語症群の診断は、他の原因で説明できないことが確認されて初めて成立する、いわば除外診断的な性格をもちます。CDDR は発達性言語症の本質的特徴の最終項目で「知的発達症、自閉スペクトラム症、他の神経発達症、感覚障害、または脳の損傷・感染を含む神経系の疾患によってより良く説明されないこと」を要求しています(CDDR p.118)。
1)聴覚 — 必ず最初に確認する
言語の困難を示す児童・成人に対しては、必ず聴覚検査を先行させることが CDDR p.123 に明記されています。難聴による言語発達の遅れは、発達性言語症とはまったく別の実体です。ただし、聴覚障害の重症度から期待される以上に言語の困難が顕著である場合は、発達性言語症の併存診断がつきうる、とされます。施設現場では、入所時の聴覚評価記録の有無を確認し、加齢に伴う聴覚低下の可能性も定期的に見直す必要があります。
2)知的発達症との境界
知的発達症では全般的な認知機能の遅れに伴って言語発達も遅れることが多く、これは発達性言語症ではありません。ただし、知的機能および適応行動の全般的な水準から期待される以上に言語の困難が顕著な場合、両者の併存診断がつきうる、とされています(CDDR p.122)。施設で支援する重度知的発達症の方の多くは、言語障害を含む広い機能障害を示しますが、「知的水準に見合わない言語領域の選択的な遅れ」が認められる場合のみ、両者の併存を考える、というのが CDDR の立場です。
3)自閉スペクトラム症との境界
自閉スペクトラム症では語用の障害がしばしば前景に立ちますが、語用の障害だけを理由に、追加で発達性言語症を診断することはしません(CDDR p.122)。ただし、音韻・統語・意味の領域にも ASD の診断要件では説明しきれない具体的な困難が認められる場合は、両者の併存診断がつきうる、とされます。逆に、発達性言語症の方は、対人相互性への関心や非言語的サインへの反応は保たれており、限定的・反復的行動も通常示さない点で ASD とは区別されます。
4)場面緘黙症との境界
場面緘黙症(6B06)は、特定の場面(典型的には家庭外)で話さないという現象で、不安症群に分類されます(ICD-11 および DSM-5-TR)。言語能力そのものは保たれており、家庭や親しい人との間では普通に話せます。発達性語音症と場面緘黙症は同時に存在しうるとされます(CDDR p.115)。施設現場では、「この方は話せないのか、それとも話さないのか」を区別する観察が重要です。
5)神経系疾患による二次性の発話・言語症候群
脳卒中、外傷性脳損傷、脳炎・髄膜炎、ランドー・クレフナー症候群などによる言語能力の喪失は、言語の困難が臨床的な関心の特定の焦点となっている場合に、発達性言語症ではなく 二次性発話・言語症候群(secondary speech or language syndrome)として、原疾患と併記で診断されます(CDDR p.123)。獲得した言語能力の退行は発達性言語症の特徴ではなく、自閉スペクトラム症(生後2年目、1〜2歳頃の初語の喪失)あるいは神経疾患を示唆する所見として注意深く扱われます。
もっと詳しく(上級):経過と成人期 — 施設支援の対象としての「大人の発達性言語症」
疫学と経過(すべてCDDRの数値)
- 発達性語音症(6A01.0):有病率は加齢とともに下がり、3〜4歳で最大16%、6歳で約4%、8歳で3.6%(CDDR p.114)。男児に多く、幼児期の男女比は2:1〜3:1、6歳では1.2:1まで縮まります(CDDR p.114)。
- 発達性発話流暢症(6A01.1、いわゆる吃音):就学前児の約5〜8%が吃音を示し、80〜90%は6歳までに発症、9歳以降の発症はまれです。生涯罹患率は約5%、人口有病率は約1%と推定されています(CDDR p.117)。多く(65〜85%)は思春期前に、介入なしで寛解します(CDDR p.116)。就学前の男女比は1.5:1ですが、女児のほうが寛解しやすいため、学齢期以降・成人期では4:1になります(CDDR p.117)。
- 発達性言語症(6A01.2):小児期の有病率は6〜15%(CDDR p.121)。男女比は集団によって幅があり、1.3:1〜6:1(CDDR p.121)。
経過については、発達性言語症の持続性の高さが際立ちます。小児期に診断された方の約75%が思春期後期まで診断要件を満たし続け、その影響は成人期早期にも行動・社会・適応・コミュニケーションの問題として残り、生涯にわたる社会的影響を及ぼしうるとされます(CDDR p.121)。語音症・流暢症が加齢とともに軽快しやすいのとは対照的です。
また、吃音のある青年・成人では社会不安が一般的で、最大で40〜60%が社交不安症の診断要件を満たすとされます(CDDR p.116)。話すことそのものより、話す場面への不安が生活を狭めている場合があります。
施設で支援する成人利用者で配慮すべきこと
本法人のように知的発達症を主診断とする成人を支援する施設では、発達性発話または言語症群を独立した診断名として明示されているケースは少数です。しかし、言語領域の困難は日常生活のあらゆる場面に影響しています。
- 訴えの聞き取り困難:体調不良、痛み、不快感などを自ら言語化できない方は、行動上のサイン(不穏、食欲低下、自傷、攻撃など)で困難を表現することがある。職員が「言葉にできない訴え」に注意を向けるべき所以である
- 語用の困難:話の文脈や相手の意図が読み取りにくい方には、抽象的な説明や遠回しな言い方ではなく、具体的・直接的・短い表現で伝える工夫が必要
- 吃音をもつ方:急かさず、話し終えるまで待ち、代わりに言葉を補ったりしない。本人の発話のリズムを尊重することが、二次的な不安や回避を防ぐ鍵となる
- 補助的コミュニケーション手段:視覚的支援(絵カード、写真、ピクトグラム)、ジェスチャー、簡便なサインなど、拡大代替コミュニケーション(AAC)の導入が有効な場合がある
成人期の発達性言語症は、適切な環境調整と継続的な支援によって、本人の苦痛を軽減し、コミュニケーションの機会を広げることが可能です。施設職員が「言葉にできないこと」に気づき、それを言語化して専門職に伝え、環境側の調整につなげることが、この領域における核心的な役割となります。
発達性学習症(6A03)
全般的な知的発達に遅れはないものの、読み・書き・算数といった特定の学力の習得に著しい困難を抱える状態です。適切な指導を受けているにもかかわらず困難が続くこと、経済的・環境的な不利や教育機会の不足では説明できないことが要件になります(CDDR p.134)。
- 読字不全を伴う(6A03.0):単語を正確に読む、すらすら読む、読んで理解することに困難がある
- 書字表出不全を伴う(6A03.1):正しく綴る、文法・句読点を正しく使う、書いて考えをまとめることに困難がある
- 算数不全を伴う(6A03.2):数の感覚、計算、数学的な推論に困難がある
学齢期の子どもの5〜15%と推定され、成人での有病率は不明ですが約4%と見積もられています(CDDR p.137)。男児に多く、地域集団での男女比は1.5:1〜3:1、医療機関を受診した集団では6:1程度とされます(CDDR p.138)。
なお、CDDRは、読みの困難の現れ方が言語によって異なると指摘しています。英語では「不正確でゆっくりした単語の読み」となるのに対し、音と文字の対応がより直接的な言語(スペイン語・ドイツ語)と、日本語・中国語のような非アルファベット言語では、正確だが遅い読みという形で現れるのが典型です(CDDR p.137)。英語圏の有病率や症状像をそのまま日本に当てはめることはできません。
発達性協調運動症(6A04)
身体的な原因がないにもかかわらず、「不器用さ」として現れる、協調した運動の習得と実行の困難を特徴とします。粗大運動(歩く、走る、階段、ボール投げ)と微細運動(ボタン、ファスナー、箸、筆記)のどちらか、または両方に現れます(CDDR p.139)。子どもの5〜11歳での有病率は約5〜6%、これより軽い運動の困難まで含めると最大10%とされます(CDDR p.141)。男児に多く、男女比は2:1〜7:1です(CDDR p.141)。ADHDとの併存が最も多く、およそ半数に及びます(CDDR p.140)。
発達性協調運動症は「子どもの不器用さ」と思われがちですが、CDDRは最大で50〜70%が青年期・成人期まで持続するとしています(CDDR p.140)。成人期まで続いた場合、運動面だけでなく社会的・心理的な機能と身体的健康にも影響するとされます(CDDR p.140)。
さらにCDDRは、この障害のある子どもが身体的・社会的な能力についての自己効力感が低く、過体重・肥満のリスクが高いことを指摘しています(CDDR p.141)。これは成人入所施設で日々目にする課題と直結します。
施設で気づける手がかり──次のような像の背景に、この特性が隠れていることがあります。
- 転倒が多い、段差やドア枠にぶつかる──「不注意」ではなく協調運動の問題かもしれません
- 体操・散歩・作業活動を嫌がる──「やる気がない」のではなく、うまくできない経験の積み重ねによる回避かもしれません
- 肥満・運動不足──活動回避の結果としての二次的な問題である可能性
- 食事に時間がかかる、こぼす、更衣に手間取る──微細運動の困難として理解すると、介助の設計が変わります
この見方は、支援の中身を変えます。嫌がる活動を無理に続けさせるのではなく、道具を変える(持ち手の太いスプーン、ボタンをマジックテープに)、手順を分ける、成功しやすい難易度に下げるほうが、活動量と自信の両方を保てます。
常同運動症(6A06)
体を揺らす、手をひらひらさせる、頭を打ちつける、目を突く、手を噛むなどの、本人が自ら行う(不随意ではない)反復的で、外見上は目的がなく、しばしばリズミカルな運動が持続している状態です(CDDRは持続期間の目安を「例として数か月以上」と示しています)。その運動が物質・医薬品の直接的な生理学的作用(離脱を含む)によるものでないことも要件に含まれます。そのうえで、日常活動に大きな支障をきたすか、あるいはそれ自体が臨床的な対応を要するほどの自傷を生じている(保護的措置がなければ自傷に至る場合を含む)ときに診断されます(CDDR pp.149–150)。発症は発達期の早期で、多くは3歳より前、複雑な常同運動を示す子どもの最大80%は2歳より前に現れます(CDDR p.151)。
ICD-11では、自傷を伴うか否かを必ず区別して記録します(自傷を伴わない 6A06.0/自傷を伴う 6A06.1)。6A06.1に含まれるのは、頭を打ちつける、顔を叩く、目を突く、手・唇・その他の身体部位を噛むといった行動で、頭部保護のヘルメットなどの保護的措置がなければ自傷に至る場合もここに含まれます(CDDR p.150)。知的発達症やASDのある方に多く併存し、定型発達の子どもでは自然に消えていくのに対し、知的発達症のある方、および知的発達症を伴うASDのある方では持続することがあります(現れ方は時間とともに変わりうるとされます)(CDDR p.151)。
口や顔が勝手に動く不随意運動を、常同行動と取り違えてはいけません。CDDRは、薬剤誘発性ジストニア(遅発性ジスキネジア)を常同運動症とは別のものとして明確に区別しています。これは抗精神病薬によって最も多く引き起こされる運動障害で、口や顔の不随意な運動が主で、頻度は下がりますが体幹や四肢の不規則な運動として現れることもあります。この場合、常同運動症の診断は適切ではありません(CDDR p.152)。
職員が記録すべき見分けの手がかり:
- 本人が意図しているように見えるか──常同行動は本人が自ら行うもので、話しかけたり気をそらしたりすると中断できることが多い。遅発性ジスキネジアは本人の意思と無関係に起こる
- いつから始まったか──常同行動は幼少期から続いていることが多い。新しく現れた口・舌・顔の動きは、薬剤性を強く疑う
- 薬の変更と時期が一致しないか──抗精神病薬の開始・増量・変更の前後で現れていないか
- 部位──口をもぐもぐ動かす、舌を出し入れする、口をすぼめる、まばたきが増えるといった口・顔面中心の動きは要注意
判断は職員の役割ではありません。「いつから」「どの部位が」「どんな動きが」「薬の変更はいつか」を記録し、主任に報告してください。遅発性ジスキネジアは早期に気づけば薬剤調整で改善しうる一方、長く続くと戻りにくくなります。職員の記録が決定的な意味を持つ領域です。
自傷を伴う常同行動が起きているとき
頭を打ちつける、顔を叩く、手を噛む、目を突くといった行動が目の前で起きている場面です。本人を止めることより、けがを防ぐことを優先します。
- まず、けがにつながる物を取り除く──打ちつけている先が壁・床・家具の角であれば、間にクッション・座布団・畳んだタオルを差し入れます。近くの硬い物、割れる物、とがった物をどけます。本人を動かすより、環境を動かすほうが安全です。
- 保護具があれば装着を促す──ヘルメット、アームガード、手袋など、その方に用意されている保護具を使います。個別支援計画に定められた方法に従います。抵抗が強い場合は無理に着けません。
- 刺激を減らす──音・光・人の数を減らします。常同行動は不安・苦痛・退屈・感覚の過剰のいずれによっても強まります。
- 近くで、静かに見守る──手の届く範囲にいながら、押さえつけずに待ちます。声をかけるなら短く、穏やかに。
- 気をそらす方法を試す──常同運動は、注意をそらすことで中断できることが多いとされます(CDDR p.152)。その方の好きな物・音楽・活動を差し出す、別の部屋へ誘う、手に持てる物を渡すなど、個別支援計画に記載された方法をまず試します。
- 収まったら、けがを確認する──頭部、顔、手、指、口の中を確認します。出血・腫れ・変形・皮膚の欠損があれば、すぐに主任へ報告します。目を突く行為があった場合は、見た目に異常がなくても必ず報告します。
- 記録する──開始時刻、持続時間、部位、回数、強さ、直前に何があったか、けがの有無、何が有効だったかを記録します。
- 力ずくで手足を押さえて止める──抵抗によって、かえって強い力での自傷や、関節・骨の損傷を招きます。また、押さえられること自体が苦痛と恐怖を生み、次回以降の行動を強めます。差し迫った重大な危険がある場合を除き行いません。やむを得ず身体に触れたときは、その事実・理由・時間を必ず記録し、主任に報告します。
- 大声で叱る、制止する──刺激が増え、悪化します。
- 「やめなさい」と繰り返す──常同行動は意図的な反抗ではありません。指示では止まりません。
- 本人だけの問題として片づける──常同行動・自傷の増加は、痛み・体調不良・環境の変化のサインであることがあります。増えたときは必ず本章§8-3の三軸で背景を考え、報告します。
- 保護具を懲罰的に使う──保護具は本人を守るためのものであり、行動を抑えるための道具ではありません。使用は個別支援計画と組織の手続きに基づいて行います。
チック症・トゥレット症候群(8A05.0)
チック症は、ICD-11では第8章「神経系の疾患」に分類されています。しかしCDDRは、神経発達症群との高い併存率と家族集積性のために、次の三つを神経発達症群の章に交差掲載しています(CDDR pp.92, 153)。
- トゥレット症候群(8A05.00):運動チックと音声チックの両方があり(両者が同時に、あるいは持続的に現れるとは限りません)、1年以上持続し、発達期に発症したもの(CDDR p.154)
- 慢性運動チック症(8A05.01):運動チックのみが1年以上持続するもの(CDDR p.157)
- 慢性音声チック症(8A05.02):音声チックのみが1年以上持続するもの(CDDR p.157)
チックとは、突発的で、すばやく、リズムを欠き、繰り返し現れる運動または発声です(CDDR p.154)。トゥレット症候群は学齢期の子どもの約0.5%、慢性運動チック症は0.3〜0.8%と推定されています(CDDR pp.155, 158)。発症は多くが4〜6歳、症状の強さは8〜12歳頃にピークを迎え、青年期を通じて徐々に軽くなります。成人期早期までに大半の方で症状が著しく軽減し、3分の1以上は完全に消失します(CDDR p.155)。ADHDとの併存が多いことが知られています(CDDR p.154)。
施設の記録では、この二つがしばしば混同されます。CDDRの記述(pp.152, 156)に基づく見分けの手がかりは次のとおりです。判断は医師が行いますが、以下の観点で観察を書き分けると、鑑別に決定的な情報になります。
| 観察の観点 | 常同行動(6A06) | チック(8A05.0) |
|---|---|---|
| 動きの質 | 型が決まっていて予測できる。リズミカルなことが多い | 突発的・すばやい。リズムを欠く |
| 持続時間 | 一回の動きが長く続く | 一回の動きは短時間で終わる |
| 始まる年齢 | より低年齢(多くは3歳前) | より遅い(多くは4〜6歳) |
| 前ぶれの感覚 | ない | 前駆衝動がある。「出そうな感じ」があり、出すと楽になる(10歳頃から自覚されるようになる) |
| 自分で止められるか | 意図的な抑制という形ではない。気をそらすと中断できることが多い | 短時間なら自分の意思で抑えられる。ただしその後に反動が出やすい |
| 本人にとっての感じ | 心地よい・落ち着くものとして体験されることが多い | 心地よいとは感じない。緊張が解ける感覚はあるが、快ではない |
| 変動 | 比較的一定 | ストレスで強まり、睡眠中や集中して楽しんでいるときに減る。週・月単位で強くなったり弱くなったりする |
- 指摘しない、まねしない、数えない──注意を向けさせるとチックは増えます。「また出てるよ」は逆効果です。
- 症状について尋ねすぎない──CDDRは、チックが暗示によって誘発されやすく、特定の症状について質問すると、しばらく消えていた古いチックが一時的に再出現することがあると述べています(CDDR pp.154, 158)。
- 我慢を求めない──短時間は抑えられますが、そのぶん後で強く出ます。抑えることに使われる労力は相当なものです。
- ストレスを減らす──チックはストレスで悪化します。急かさない、責めない、静かな環境を用意する、といった配慮がそのまま症状の軽減につながります。
- 他の利用者・新人職員に説明する──「わざとやっている」「行儀が悪い」と受け取られると、本人の孤立を生みます。
- 汚言(コプロラリア)は本人の意思ではない──不適切な言葉が意思に反して出てしまう症状です。CDDRはこれをまれな症状とし、トゥレット症候群のある方の10〜15%にとどまり、思春期の中ごろに現れやすいとしています(CDDR p.155)。人格や躾の問題ではありません。
- 強い力の運動チックはけがにつながりうる──強い力で繰り返されると自傷に至ることがありますが、自傷しようという意図によるものではありません(CDDR pp.157, 159)。けがの有無を確認し、記録します。
8. 併存症と「氷山の下」を見る視点
神経発達症は、単独で存在するだけでなく、他の精神的・身体的な問題を併発することが少なくありません。これら追加的に存在する精神疾患や行動上の問題、医学的疾患などを「併存症」と呼びます。
併存症は本人の苦痛を増大させ、行動の背景を複雑にし、支援計画の立案を困難にする可能性があります。したがって、表面的な行動だけでなく、その背景にどのような併存症が隠れているのかを評価する視点を持つことが、包括的なアセスメントと効果的な支援計画の鍵となります。
8-1. 「氷山モデル」:見える行動と見えない背景
8-2. 診断のオーバーシャドウィング — 「特性のせい」と片づけない
氷山モデルが示す「水面下」を見る視点は、単に併存症の知識を持つことだけでは身につきません。それを妨げる、ある特有の落とし穴を意識する必要があります。それが診断のオーバーシャドウィング(diagnostic overshadowing)です。
診断のオーバーシャドウィングとは、知的発達症や自閉スペクトラム症のある利用者の体調変化や行動変化を見たとき、「これは知的発達症のせい」「これは自閉症の特性」と短絡的に解釈し、その背後にある身体疾患、痛み、メンタルヘルス問題、環境要因、感覚的苦痛などの治療可能な原因を見逃してしまう現象を指します。
これは特定の職員の不注意の問題ではなく、神経発達症のある利用者を支援するすべての専門職が日常的に陥りうる、構造的な認知の偏りです。利用者が「もともとそういう方」であるがゆえに、新しい変化が「いつもの特性の延長」として読み流されてしまうのです。
- 歯痛による不穏が「いつものこだわり行動の悪化」と解釈される — 痛みは伝えられないため、行動の崩れとして現れる
- 便秘や尿路感染による苛立ちが「自閉症の易刺激性」と片づけられる — 体調不良は本人にも周囲にも見えにくい
- 耳垢栓塞による聴力低下が「呼びかけへの反応の悪さ」と認識される — もともと反応の少ない方では変化に気づきにくい
- 白内障による視覚障害が「動作の鈍化」と説明される — 加齢の自然な変化と混同されやすい
- 抑うつによる活動性低下が「もともとあまり活発な方ではなかった」と容認される — 静かな変化ほど見落とされやすい
- 薬剤副作用による嚥下機能低下が「食事への興味の減少」と捉えられる — 多剤併用の方では特に注意が必要
これらは仮想的な懸念ではなく、神経発達症のある人々の医療において繰り返し報告されてきた構造的な問題です。海外の調査では、知的発達症のある人々の死亡の相当数が、適切な医療介入があれば回避可能であったとされており、その一因として診断のオーバーシャドウィングが指摘されてきました。
診断のオーバーシャドウィングを完全に避けることは、誰にも難しいことです。重要なのは、この現象の存在を意識すること、そして「この変化は本当にこの方の特性で説明できるのか?」という問いを、変化に気づくたびに自分に投げかける習慣をもつことです。
とくに、「いつもと違う」という同僚の感覚を軽視しないでください。長くその利用者を見てきた職員の「何かおかしい」という直観は、しばしば言葉にならない観察の集積であり、後から振り返ると重要なサインを捉えていたことが少なくありません。記録に残し、主任に報告する価値が必ずあります。
8-3. 行動変化への系統的アプローチ — 生物心理社会の三軸
診断のオーバーシャドウィングを避けるための、実践的な道具立てが「生物心理社会的アプローチ(biopsychosocial approach)」です。これは、利用者に新たな行動変化が現れたとき、その原因の可能性を生物学的・心理学的・社会的の三つの軸で系統的に検討する枠組みです。
「不穏になった」「食欲が落ちた」「眠れなくなった」「自傷が増えた」「攻撃的になった」「興味を失った」 — こうした変化に気づいたとき、まず三つの軸を順に検討します。
生物学的軸 — まず身体を疑う
言葉で訴えにくい利用者の場合、行動変化が身体的な問題のほぼ唯一のサインになることがあります。次のような事項を職員間で共有・確認します。
- 歯科の問題:歯の痛み、歯茎の腫れ、義歯の不具合は、食事拒否・苛立ち・自分の頬を叩くなどの行動として現れる
- 消化器症状:便秘、胃食道逆流、腹痛は、不穏・うずくまり・食欲低下のサイン
- 感染:耳・尿路・呼吸器・皮膚の感染。発熱しないまま進行することもある
- 感覚の問題:耳垢栓塞による聴覚低下、白内障による視覚障害は、高齢化に伴って気づかれにくく進行する
- 巻き爪・感染爪・靴擦れ:歩行の変化、座り込みの増加として現れる
- てんかん発作:もともとてんかんのある方で、発作の頻度・型が変わっていないか
- 薬剤副作用:とくに新しく追加された薬、増量された薬、相互作用の可能性
- 落ち着かなさ・注意の散りやすさが急に出てきた場合:低血糖、甲状腺機能の異常(亢進・低下)、睡眠・覚醒障害、毒物への曝露などが背景にあることがあります(CDDRが例として挙げているものです)(CDDR p.149)。また、気管支拡張薬、甲状腺ホルモン薬、抗てんかん薬(カルバマゼピン、バルプロ酸など)、抗精神病薬(リスペリドンなど)でも同様の症状が生じます(CDDR pp.143, 149)。ADHDは発達期から続く特性ですから、大人になってから急に多動が現れた場合は、ADHDではなく別の原因を考えます(CDDR p.146、本章§6も参照)
- 口・顔の勝手な動きが新しく現れた場合:抗精神病薬による遅発性ジスキネジアの可能性があります。常同行動と取り違えないでください(CDDR p.152、本章§7も参照)
もともとある特性は、ゆっくりとしか変わりません。急に現れた変化は、身体か薬か環境のどれかが動いたサインです。CDDRも、学齢期の子どもや青年に多動が急に出現した場合には、他の精神疾患や身体疾患でよりよく説明される可能性を考えるべきだとしています(CDDR p.146)。CDDRが挙げている例では、青年期・成人期での突然の出現は、精神症や双極症の始まりを示すことがあります。「前からこういう方だった」と片づける前に、「本当に前からか」を記録で確認する習慣をつけてください。
心理学的軸 — 内面の苦痛を考える
言語表出が限られていても、不安・抑うつ・恐怖・退屈などの内面的な苦痛は確かに存在します。表出の仕方が定型発達と異なるだけです。
- 抑うつ:これまで楽しんでいた活動への興味喪失、社会的引きこもり、睡眠ニーズの増減、これまでできていたスキルの喪失
- 不安:落ち着きのなさ、特定の場面の回避、職員への過度の付着、行動の崩れ
- 過去のトラウマの想起:似た刺激(音、匂い、人物、場面)による反応
- 退屈・刺激不足:日中の活動が乏しい時期に行動の崩れが目立つ
社会的軸 — 環境と関係性の変化を確認する
本人を取り巻く環境や関係性の変化は、行動変化の重要な引き金となります。利用者は変化を言葉で訴えないため、職員側が能動的に確認します。
- 人の喪失・変化:親しい家族の死亡・面会減少、長年の担当職員の異動・退職、仲の良い他利用者の入退所
- 物理的環境の変化:居室の変更、部屋の模様替え、施設の改修工事、騒音
- 日課の変更:行事、季節の変わり目、休日のスケジュール
- 対人関係のトラブル:他利用者との衝突、誤解、いじめ、職員との関係の不調
- セーフガーディング上の懸念:身体的・性的・心理的な被害の可能性
CDDRは、大きな生活上の変化やつらい出来事は、知的発達症のある方にとってとくに困難であるとし、日課・生活の枠組み・教育や住まいの取り決めが変わるときには追加の支援が必要になると明記しています(CDDR pp.95–96)。
職員から見れば「居室をひとつ移っただけ」「担当が替わっただけ」でも、本人にとっては生活の土台が動く出来事です。変更の予定が決まった時点で、その前後の観察を強めることを申し送りに含めてください。行動変化が起きてから原因を探すより、確実で早く済みます。予定変更の伝え方については、本章§5の「その場でどうするか(予定の変更を伝えるとき)」を参照してください。
入浴・更衣の介助時に、利用者の身体に説明のつかないあざ、傷、痕跡、出血を認めた場合は、自傷・転倒・他者からの加害のいずれであるかを現場で判断せず、必ず記録し、主任に報告します。その後の判断と対応は、組織として行われるものであり、職員個人が抱え込む事項ではありません。
8-4. 痛みの評価 — 「言葉にならない訴え」に気づく
三軸鑑別のうち、生物学的軸でとくに重要であり、かつ最も見落とされやすいのが痛みです。神経発達症のある利用者の支援において、痛みの認識と対応は特別な注意を要する領域です。
痛みの認識を妨げる構造的要因
- 言語的訴えの困難:「ここが痛い」と的確に伝えられない
- 痛覚の感じ方の違い:自閉症のある方では、痛みの閾値が高い/低い/反応が遅延するなど、感覚処理が独特なことがある
- 非典型的な表出:泣く・顔をしかめるといった一般的な痛みのサインを示さず、別の形(不穏、自傷、特定の身体部位を叩く、特定の姿勢を取る)で表現する
- 支援者側の先入観:「痛覚閾値が高い」と決めつけ、必要量より少ない鎮痛薬しか投与しないことが起こりうる。これは利用者の苦痛を不必要に長引かせる
- 普段と違う表情、しかめ面、固まったような表情
- 呼吸の変化(速い、浅い、息を止める)
- 特定の部位を触る、叩く、押さえる、避ける
- 姿勢の変化(前屈み、背を反らす、横向きにしか寝ない)
- 動作の渋り、歩きたがらない、動かしたがらない
- 食事量の減少、特定の食べ物を避ける
- 睡眠の崩れ、夜間の不穏
- 普段おとなしい方が急に攻撃的になる、活発な方が急におとなしくなる
- 普段あまり泣かない方の涙、普段静かな方の発声増加
- 自傷の出現や悪化、特定部位への自傷の集中
本人を知る情報の活用
痛みの評価には、その方を長く知る人の情報が決定的に重要です。家族・長年の担当職員から「この方は痛みをこう表現する」という個別のパターンを聴き取り、共有することが、新しく担当する職員にとって大きな助けとなります。視覚的支援(フェイススケール、絵カード、写真)、簡単なサインや指差し、コミュニケーション機器など、本人に合った手段を試す価値があります。
同時に、ある利用者で有効だった手段が別の利用者で同じように働くとは限りません。個々の方の表現の仕方を学ぶ姿勢そのものが、この領域における支援の中核です。
8-5. 本マニュアルで扱う主な併存症カテゴリー
本マニュアルでは、施設の支援現場で特に遭遇する可能性の高い、以下の併存症カテゴリーについて各章で解説しています。
- 排泄症群
- 衝動制御症群
- 秩序破壊的または非社会的行動症群
- ストレス関連症群
- 不安または恐怖関連症群
- 強迫症または関連症群
- 食行動症または摂食症群
また、独立した章としてカタトニア(治療可能な医学的症候群でありながら、知的発達症やASDの特性と見誤られやすい重要な症候群)とてんかんを扱っています。いずれも生命に関わる内容です。
カタトニアは生命を脅かす可能性のある医学的緊急事態になることがあります。常同行動、緘黙、活動性の極端な変化を、本人の特性と早合点せず、「いつもと違う変化」に気づいたときには医療スタッフに速やかに相談してください。詳細は第12章「カタトニア」を参照してください。
9. 分類体系と日本の福祉制度 — 上級職向け解説
本章の最後に、中堅以上の職員、とりわけ制度運用や多機関連携に関わる上級職の方々に向けた解説を置きます。本マニュアルの他の部分は主として日々の支援現場を念頭に置いて記述されていますが、本節は、国際的な診断分類体系と日本の福祉制度の枠組みとの関係について、一般的・概念的な観点から論じます。
新人・中堅職員の方は、興味に応じて以下の「もっと詳しく」ボタンを開いてお読みください。本節の知識は日常の支援業務では直接必要とされませんが、施設全体の運営背景や、他機関との連携における共通理解の基盤を提供します。
- 日本の福祉制度における「知的発達症を主軸とする」枠組みの特徴
- ICD-11 の診断構造との対照と、その概念的な意味
- ICD-10 から DSM-5・ICD-11 への根本的な再分類(上級ブロック)
- DSM-5 と ICD-11 における学習発達症の定義の違い(上級ブロック)
なお、本節は日々の支援業務に直接必要な内容ではありません。制度運用や多機関連携に関わる方向けの解説です。
日本の福祉制度における「知的発達症を主軸とする」枠組み
日本の障害者に関する法制度は、歴史的に知的障害を中心とする枠組みとして整備されてきました。知的障害福祉法がその基盤をなしており、自閉スペクトラム症を含む発達障害については、後に発達障害者支援法が整備されました。
この法制度の構造は、支援現場の臨床的現実とよく整合しています。施設で支援する利用者の多くは知的発達症を基盤としつつ自閉の特性を併せもっており、知的発達症の基盤の上に自閉の特性がどのように重なっているかを記述する形式は、日本の福祉実務にとって自然な記述様式となります。「知的+自閉」という診断体系の順序は、この臨床的・制度的現実と調和したものと言えます。
ICD-11 の分類構造との対照
他方、WHO の ICD-11 はこれとは異なる構造を採用しています。自閉スペクトラム症(6A02)の診断にあたって、「知的発達症の合併の有無」を特定用語として付記する形式となっており、自閉が主診断、知的発達の状態が特定事項という位置づけです。日本の制度の軸とはちょうど逆の形になります。
これは、国際的な診断分類と国内の法制度との間の概念的な軸のずれです。日本の施設で支援する利用者の多くが知的発達症と自閉の併存ケースであることを踏まえれば、知的発達症を主軸とする枠組みには十分な臨床的・制度的合理性があります。多機関連携や診断書の記述において、両方の軸を理解しておくことが、上級職には求められます。
もっと詳しく(上級):学習症診断と施設職員の視点
DSM-5 および ICD-11 CDDR における学習発達症の診断は、いずれも「年齢基準で期待される水準からの著明な低下」を中核基準とし、「知的発達症によってよりよく説明されない」ことを排除基準として採用しています。両分類は構造的にほぼ同一の論理を共有しており、学習発達症の診断について実質的に同じ臨床像を捉える設計になっています。
この排除基準の実務的含意は重要です。学習困難を呈する方について知的機能全般の評価が行われていない場合、学習症の確定診断は原理的に困難となります。排除基準の充足を検証するためには、知的機能の評価が論理的に必要だからです。DSM-5 解説では、学習症診断に知能検査は原則不要ですが、知的発達症が疑われる場合には例外的に必要とされています。
施設職員として押さえておきたい視点
「学習症」と診断されている利用者の中には、実際には知的発達症の評価が十分に行われていないケースが含まれうる、という点に留意する必要があります。学習困難を呈する方について知的機能全般の評価が行われていない場合、学習症の確定診断は原理的に困難です。除外基準(知的発達症で説明できないこと)を検証するには、知的機能の評価が論理的に必要だからです。
日本では、障害者手帳・障害年金制度へのアクセスが診断分類と一体化しているため、知的障害の認定を避けて学習症の診断を求める動きが生じる一方、学習症では障害認定が得られず適切な福祉支援につながらない、という矛盾が起こりえます。また、CDDRは日本語を「非アルファベット言語」に位置づけており、こうした言語では、英語で典型的な「不正確でゆっくりした単語の読み」とは症状の現れ方が異なり、正確だが遅い読みという形をとるのが典型だとしています(CDDR p.137)。英語圏の有病率をそのまま日本に当てはめることはできません。
施設職員の役割
社会福祉法人の施設は診断機関ではなく、診断の妥当性判定や知能検査の実施は職員の職務ではありません。しかし、日々の支援の中で利用者の「診断ラベル」と「観察される生活機能」との間に乖離を感じる場面がありえます。例えば、学習症と診断されているものの、身辺自立や金銭管理、対人コミュニケーションなど学業以外の領域にも広く支援の必要性が認められる、といった場合です。
このような場合には、医療担当部署や行政の判定機関に相談し、適切な発達評価につなげる姿勢が、利用者の長期的な福利のために重要となります。適切な発達評価を経て障害認定を受けることは、障害者手帳・障害年金制度へのアクセス、就労支援、そして何より本人に適合した支援プログラムの選択を可能にします。こうしたナレッジは、引退される先輩職員から引き継いでいくべき施設の知的財産の一部です。
10. 支援的アプローチと合理的配慮
10-1. 多職種連携による支援
神経発達症群に対する支援は画一的ではなく、個々の長所と短所、そして生活環境を考慮した、個別的かつ学際的なアプローチが不可欠です。施設では、以下の様々な専門領域が連携して支援を提供します。
- 薬物療法:併存する不安、抑うつ、易刺激性、睡眠困難、てんかんなどの症状を緩和します
- 心理療法:自信や意欲を高め、困難な状況への対処戦略を学びます
- 行動療法:注意力や衝動性のコントロール、社会的なスキルを向上させることを目指します
- 作業療法:運動能力を向上させ、日常生活における自立を支援します
- 言語療法:コミュニケーション能力全般の向上を図ります
- 理学療法:身体機能や基本的な運動能力の維持・向上を目指します
- 教育的支援:個々のニーズに合わせて学習環境や方法を調整します
大切な前提として、現在のところ、知的発達症や自閉スペクトラム症のコア特性そのものを軽減する薬物は存在しません。薬物が用いられるのは、併存する症状(不安、抑うつ、易刺激性、睡眠障害、てんかん、ADHDの多動・不注意など)や、本人および周囲の安全を脅かす重度の行動上の困難に対してです。「薬を飲めば自閉症が治る」「薬で知的発達症が改善する」といった誤解を、本人・家族・新人職員に対して正しく伝えることも、施設の役割の一つです。
薬物の処方権は医師にあり、職員の役割は処方された薬を確実に投与することと、観察した事実を主任に正確に報告することです。日々の観察――食欲、活気、表情、歩行、夜間の様子、新しく現れた変化など――を記録に残し、主任を通じて医療連携の場に届けることが、医療職が処方を最適化するための土台になります。
10-2. 合理的配慮の五つの観点
2024年4月から、改正障害者差別解消法により、民間事業者にも合理的配慮の提供が法的義務となりました。社会福祉法人の施設は、入所利用者だけでなく、通所利用者、家族、地域住民への対応においても、合理的配慮の考え方を日常業務に組み込むことが求められます。
知的発達症や自閉スペクトラム症のある方への合理的配慮は、抽象的な理念ではなく、具体的な五つの観点に分けて検討することができます。各利用者の特性に応じて、これらの観点ごとにどのような調整が必要かを、職員間で共有し、記録に残しておきます。
(1) 時間 — 急がせない
知的発達症のある方は、情報の処理、判断、応答に通常より長い時間を要することがあります。診察・通院・面談・行事などにおいて、十分な時間を確保することが配慮の第一歩です。具体的には、予約枠の延長、複数回に分けた説明、待ち時間の少ない時間帯(朝一番、最終枠など)の優先、急かさない関わり、などが含まれます。
(2) 環境 — 感覚刺激と空間への配慮
多くの利用者は感覚刺激への過敏さや独特の処理特性をもちます。静かな環境、適切な照明(強すぎず、ちらつかない)、適切な室温、不必要な視覚刺激の少ない空間が、安心と落ち着きの基盤になります。集団場面で圧倒される方には、個別対応や小集団への分割、退避できる静かな空間の確保が有効です。本人が安心できる物(毛布、人形、特定のおもちゃ)の持参を認めることも、立派な配慮です。
(3) 態度 — 尊厳と「経験者」の認識
利用者本人を、知的発達症や自閉症であることに関わらず、一人の人間として尊厳をもって扱うことは、すべての配慮の前提です。具体的には、本人の意思を確認する努力、目を合わせて話す(本人が望む形で)、子ども扱いをしない、決めつけない、急に身体に触れない、などが含まれます。同時に、家族・長年の介護者を「その方の経験的専門家」として認識し、その知識と判断を尊重します。「専門職としての自分」が、家族の知っていることをすべて知っているわけではありません。
(4) 伝え方 — 言葉だけに頼らない
抽象的・遠回しな表現を避け、短く具体的な文で伝えます。専門用語は説明する、または避けます。視覚的支援(絵カード、写真、ピクトグラム、スケジュール表)、ジェスチャー、簡便なサインなど、言葉以外の手段を活用します。「この方は話せないから理解もできない」と決めつけないでください。表現できる以上に理解していることが多くあります。逆に、流暢に話す方でも、意図や言外の意味の理解には困難があることがあります。
(5) 支援 — 本人を孤立させない
家族・なじみの職員・友人・連携先の医療職など、本人を支える人的資源を意識的に活用します。新しい場面、不慣れな場面、不安を引き起こす場面では、本人がよく知る人の同伴が大きな安心となります。とくに、医療機関の受診、行事への参加、災害時の避難など、慣れない環境への移動を伴う場面では、事前の説明、予習(写真や動画での見学)、当日の付き添いを意識的に組み込みます。
合理的配慮の核心は、「画一的な配慮」ではなく「その方に合った配慮」です。ある利用者には静寂が必要でも、別の利用者には適度なBGMがあった方が落ち着く、ということが日常的にあります。家族・本人・長年の担当職員からの聴き取りを通じて、その方に固有の「配慮の処方箋」を蓄積していくことが、施設の支援の質を支えます。
11. 観察の役割と職員の責任の限界
本章を締めくくるにあたって、本マニュアル全体を貫く一つの原則を明確にしておきます。職員の役割は観察と記録、そして主任への報告であり、医学的判断や因果の判定ではありません。主任から先の組織的な判断と医療連携は、施設の組織が引き受けます。この線引きを職員一人ひとりが理解しておくことは、利用者にとっても、職員自身の心理的安全のためにも、本質的に重要です。
11-1. なぜ職員の観察が決定的に重要なのか
これまでの各節で繰り返し述べてきたように、知的発達症や自閉スペクトラム症のある方々は、自分の体調変化や心身の苦痛を言葉で訴えることが難しい場合が多くあります。痛みは行動の崩れとして、不安は不眠として、感染症は食欲低下として、抑うつは活動性の低下として現れます。
こうした「言葉にならない訴え」を最初に捉える位置にいるのが、日々の生活を共にする介護職員です。嘱託医は数か月に一度、看護職も限られた時間しか利用者と接することができません。一方、介護職員は朝の表情、食事の様子、入浴時の身体、夜間の睡眠、対人関係の機微――これら一日のあらゆる時間における利用者の姿を最も近くで見ています。
この近距離からの観察には、ほかの職種には得られない情報が含まれており、利用者の体調や状態の変化を最も早く捉えうる立場にあります。介護職員の観察は、施設の支援全体の出発点となるかけがえのない一次情報です。職員が捉えた変化は、まず現場管理者である主任に報告され、施設の組織的な判断を経て、必要に応じて医療職へとつながっていきます。
11-2. 役割の線引きと報告の流れ
職員の役割には明確な線引きがあります。職員に求められるのは、観察した事実を具体的に記録し、主任に報告することです。それを超えた医学的判断――「これは何の病気か」「どの薬が原因か」「いつから何が起こっていたのか」「治療すべきか様子を見るべきか」――は、医療職の責任領域です。
そして、観察された情報を医療職へつなぐかどうかの判断もまた、職員一人の責任ではありません。本法人では、観察された情報は次のような流れで組織的に処理されます。
職員→主任→施設長→医療職の四段階で情報が処理される
この組織構造には、明確な意図があります。
第一に、職員の心理的安全を守るためです。「これは医療職に伝えるほどのことだろうか」と一人で悩む必要はありません。気になることがあれば、まず主任に報告すればよいのです。判断は主任が引き受け、必要があれば施設長に上げます。
第二に、主任・施設長の管理能力と責任意識の向上のためです。現場の情報を集約し、それを評価し、適切な判断を下す経験の蓄積こそが、現場管理者・施設管理者の専門性を作ります。
第三に、嘱託として関与する医療職の負担を適切に保つためです。本法人の医療職は嘱託の立場であり、施設に常駐しているわけではありません。あらゆる相談を直接持ち込むのではなく、施設内で組織的に整理した上で連携することが、限られた医療リソースを最大限に活用することにつながります。
要するに、職員一人ひとりは「観察し、主任に報告する」という自分の役割に専念してください。「これは医療職に伝えるべきか」「いつ伝えるべきか」を判断するのは職員の役割ではありません。気づいたことを主任に報告した時点で、職員としての責任は果たされています。その後の判断は、施設の組織が引き受けます。
11-3. 投与のミスが起きたとき
処方された薬を、医師の指示通りに、決められた量で、決められた時刻に投与することは、介護職員の重要な業務の一つです。しかし、人間が行う以上、間違いはどうしても起こりえます。複数の利用者を同時に担当しているなかで、別の利用者の薬を渡してしまう、配布の時刻を取り違える、配薬の手順で確認を飛ばしてしまう――これらは、注意深い職員でも完全に避けることが難しい性質のミスです。
ミスが起きたとき、最も大切なのはすぐに主任に報告することです。誰しも「自分のミスを知られたくない」「黙っておけば気づかれないのでは」という思いに駆られることがあります。それは人間として自然な反応です。しかし、報告の遅れこそが、利用者の安全を最も脅かします。
投与の取り違えや時刻の誤りがあった場合、それを早く把握できれば、必要な経過観察や追加対応が可能になります。報告が遅れると、その方の体調に変化が現れたときに原因が分からず、適切な対応が遅れる結果になります。早期の報告は、ミスをした職員自身を守ることでもあります。
ミスをした職員を責めない文化
ミスをした職員が責められるべきではありません。施設の組織は、ミスが完全には避けられないことを前提として作られています。そのうえで、ミスを早く把握し、利用者の安全を確保するための仕組みが、まさに「主任への即時報告」です。
ミスを報告した職員に対しては、施設の組織として、責めるのではなく、その後の対応に必要な情報を確認し、再発防止のために何ができるかを共に考えます。あなたが報告することで、利用者の安全が守られ、施設全体の支援の質も向上します。一人で抱え込まないでください。
ミスを犯した自分を責める気持ちは、利用者を大切に思う気持ちの裏返しとして、自然な反応です。しかし、「自分は介護職員に向いていないのではないか」「もう信用してもらえないのではないか」と過度に思い詰める必要はありません。長くこの仕事を続けている職員のなかに、過去にミスをしたことのない人はいません。大切なのは、ミスから学び、次に活かすことです。それを支えるのが、施設の組織と同僚の存在です。
11-4. 観察を「具体的事実」として記録する
「気になる」「いつもと違う」という直観は、観察の出発点としては大切ですが、主任に報告し、さらに上位に伝わっていくためには、これを具体的な事実に翻訳する必要があります。
- 「○月○日 午前7時の朝食、ご飯を半分残し、味噌汁は手をつけず。普段は完食」
- 「○月○日 入浴時、左肩に青あざ(直径3cm程度)あり。本人に尋ねるも返答なし。前日の入浴時にはなし」
- 「○月○日 14時頃から右の頬を頻繁に叩く動作あり。同様の動作はこれまで観察されていない」
- 「○月○日 夜間2時、3時、5時に覚醒。普段は朝までほぼ覚醒なし。この状態が1週間続いている」
- ×「食欲不振」 → ○ 何をどれだけ食べたか
- ×「不穏」 → ○ どのような行動が、いつ、どれくらいの頻度で
- ×「体調が悪そう」 → ○ 表情・呼吸・姿勢などの観察事実
- ×「自傷行為あり」 → ○ どの部位を、どの程度、どの時間帯に
観察した事実と、それに対する解釈・判断は、明確に区別して記録します。「食欲不振」は観察ではなく解釈です。観察は「ご飯を半分残した」という事実です。両者を区別することで、主任やそれ以降の医療職は、事実から自分自身で判断を組み立てることができます。
11-5. 「いつもと違う」感覚を大切にする
長くその利用者を見てきた職員の「何か違う」「最近様子がおかしい」という感覚は、しばしば言葉にならない多数の細かな観察の集積です。本人と毎日接していなければ得られない、貴重な臨床的直観です。
この感覚を、「うまく説明できないから」と引っ込めないでください。「具体的に何がおかしいのか」を言葉にできなくても、その感覚そのものを記録に残し、主任に報告する価値があります。後から振り返ったときに、その「違和感」が体調変化の最初のサインであったというケースは、決して珍しくありません。
「うまく言えないのですが、最近この方の表情が以前と違うように感じます」「数日前から食事のスピードが落ちているような気がします」「夜間の様子に違和感があります」――こうした表現は、決して「不確かな伝達」ではありません。むしろ、現場の最前線にいる職員にしか得られない情報を、誠実に主任に届ける言葉です。これを記録に残し、共有することは、観察者としての職員の責任を果たすことです。
11-6. 不幸な転帰となった場合 — 過度に自分を責めないこと
残念ながら、どれほど丁寧な観察と組織的な対応を重ねても、利用者の体調が急変したり、不幸な転帰となったりすることは起こりえます。長くこの仕事に携わっていれば、誰もが経験することです。
このようなとき、職員のなかには「あのとき気づけなかった自分が悪かったのではないか」「もっと早く伝えていれば」と自責の念を抱く方が少なくありません。利用者を大切に思う気持ちの裏返しとして、自然な反応です。しかし、ここでもう一度、本節の冒頭で述べた線引きを思い出してください。
不幸な転帰の原因を医学的に評価することは、医療職の責任領域です。何が起こっていたのか、避けられたものか、避けられないものだったのか――こうした判断を、医学的訓練を受けていない介護職員が一人で抱え込む必要は、まったくありません。
職員が果たすべきだったのは、日々の観察と、それを主任に報告することまでです。それを果たしていれば、たとえ転帰が不幸なものであったとしても、職員個人が責められるべき事項ではありません。
こうした場面では、施設は組織として職員の心理的負担を支える責任を負います。一人で抱え込まず、主任・同僚・施設長など、施設の支え合いの仕組みに頼ってください。
11-7. 観察と連携 — 本マニュアル全体への橋渡し
本章は、神経発達症群の全体像を概観する入口の章です。次章以降では、施設の現場で出会いやすい併存症――排泄症群、衝動制御症群、ストレス関連症群、不安または恐怖関連症群、強迫症、食行動症など――を順に取り上げ、それぞれにおける観察のポイントと組織的連携の視点を具体化していきます。
各章を通じて、本章で示した三つの基本姿勢を繰り返し確認することになります――
- 氷山の下を見る:観察される行動の背景に、言葉にならない苦痛・身体疾患・環境要因がないかを考える
- 「特性のせい」と片づけない:診断のオーバーシャドウィングを避け、生物心理社会の三軸で行動変化を検討する
- 観察と報告に専念する:医学的判断は組織を通じて医療職に委ね、職員は具体的事実の記録と主任への報告に責任を持つ
これらは、本マニュアルが施設の職員に一貫して伝えたい共通の構えです。
神経発達症群は、発達期に発症し、認知・コミュニケーション・行動に生涯にわたる影響を及ぼす中核的な障害群です。施設で支援する利用者の多くは、知的発達症と自閉スペクトラム症を併せもっています。
これらの中核的特性に加えて、多くの利用者は併存症を抱えており、日常的に観察される「問題行動」の多くは、その背景にある併存症のサインである可能性があります。「氷山の一角」だけを見るのではなく、水面下にある言葉にできない苦痛、感覚特性、トラウマ、不安、身体的不快感などに目を向ける視点が、効果的な支援の鍵となります。とくに、行動変化を「特性のせい」と短絡的に解釈する診断のオーバーシャドウィングを避け、生物・心理・社会の三軸で系統的に検討する習慣を身につけることが、利用者の見えにくい苦痛を捉える上で重要です。
そして、理解したことはその場の動きに落とし込まれてはじめて支援になります。本章では、メルトダウンが起きているとき、予定の変更を伝えるとき、自傷を伴う常同行動が起きているとき、そしてADHDのある方に日々どう関わるか、の四つの場面について、番号つきの手順と「してはいけないこと」を示しました。迷ったときはこの手順に戻ってください。
合理的配慮の五つの観点(時間・環境・態度・伝え方・支援)は、抽象的な理念ではなく、利用者一人ひとりの特性に合わせて具体化していく実践の枠組みです。職員の役割は観察と記録、そして主任への報告であり、医学的判断は医療職の責任領域です。観察情報は主任から施設長へ、必要に応じて医療職へと組織的に流れていきます。この線引きを保ちながら、各自が自分の役割を確実に果たすことが、施設全体の支援の質を支えます。
本マニュアルの各章は、この視点を具体的な臨床知識として身につけるためのものです。
本章の記述は、WHO『Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural and Neurodevelopmental Disorders』(CDDR, Geneva: WHO, 2024)と照合し、有病率などの数値を含め、CDDRの記載に統一しています(2026年8月改訂)。CDDRの日本語版が刊行され、日本国内の数値が示された際には、あらためて追記する予定です。