序章+第1章 神経発達症群
支援の核となる中核的障害群の理解
コア層 約8分/全層(上級職向け解説含む) 約40分知的発達症をもつ利用者を支援する上で、その方の中核的特性を正確に理解することは、あらゆる個別支援の出発点となります。本章では、ICD-11における神経発達症群の全体像、知的発達症の重症度分類、自閉スペクトラム症や注意欠如多動症などの特徴、そして併存症を理解することの重要性について解説します。
1. なぜICD-11を学ぶのか
国際疾病分類ICD-11は、単なる診断コードのリストではありません。それは、医師・セラピスト・支援スタッフ・行政機関が同じ枠組みで利用者の状態を理解するための国際的な共通言語です。この共通言語を持つことで、アセスメントの一貫性が高まり、多職種連携が円滑になり、より質の高いケアを提供することが可能になります。
本マニュアルは、ICD-11という羅針盤を施設の現場で使いこなすためのガイドです。診断分類を覚えることが目的ではなく、その分類を通じて「目の前の利用者の行動の背景に何があるのか」を多角的に理解する視点を養うことを目指します。
もっと詳しく:ICD-11の特徴と従来との違い
ICD-11は2022年1月に世界保健機関(WHO)によって正式に発効した最新の国際疾病分類です。日本でもICD-10からの段階的移行が進められています。
従来のICD-10と比較した主な変更点として、以下が挙げられます。
- 「症」を中心とした用語:「障害(disorder)」から「症」への翻訳変更が進み、「自閉症スペクトラム障害」は「自閉スペクトラム症」、「知的能力障害」は「知的発達症」と呼ばれるようになりました。
- 神経発達症群の独立した章:ICD-10では多岐に分散していた神経発達症が、ICD-11では第1章として独立し、体系的な理解が容易になりました。
- カタトニアの独立した分類:従来は統合失調症の下位型として扱われていたカタトニアが、独立した症候群として分類されるようになりました。
- 複雑性PTSD(cPTSD)の正式な採用:長期的・反復的なトラウマ後に見られる症状群が、PTSDとは区別される独立した診断として認められました。
これらの変更は、現代の精神医学・福祉実践の蓄積を反映したものであり、より正確で個別化された支援を可能にする基盤を提供しています。
2. 神経発達症群とは何か
神経発達症群とは、ICD-11において脳と神経系の発達に影響を及ぼす一群の障害と定義されます。原因は遺伝的、生物学的、環境的要因が複雑に関与していると考えられており、全児童の約10〜15%が罹患していると推定されています。
この有病率の高さは、これらの基本的特性の理解が一部の専門家のための知識ではなく、あらゆる施設における日々の支援で求められる基礎的なコンピテンシーであることを示しています。
影響を受ける主要な能力領域
診断の共通特性
神経発達症群の診断には、以下の共通した特性が考慮されます。これらは、一時的な問題や他の要因と区別するための重要な指標となります。
- 発症時期:障害は小児期または青年期、通常は就学前に始まります
- 機能への影響:知能、運動能力、言語、社会的行動など、正常な発達に重要な1つ以上の特定の機能に影響が及びます
- 鑑別診断:症状は、他の精神疾患や、貧困・教育不足といった外的要因、あるいは身体的な病気では十分に説明できません
- 機能障害:家族、学校、職場など、生活の様々な分野において重大な支障を引き起こします
3. ICD-11による下位分類
ICD-11では、神経発達症群は影響を受ける主要な機能領域に基づいて、以下のように分類されています。
4. 知的発達症(6A00)
知的発達症は、本マニュアルで支援する利用者の中核的特性を形成する障害です。知能が著しく平均以下であること、およびコミュニケーションやセルフケアといった環境への適応能力における障害を特徴とします。
重症度は、必要な支援のレベルに応じて以下の4段階に分類されます。
| 重症度 | 学力・運動能力 | 日常生活動作 | 必要な支援レベル |
|---|---|---|---|
| 軽度 | 複雑な言語概念や学問的スキルの習得が困難 | 基本的なセルフケアや家事・実用的動作は習得可能で、比較的自立した生活や就労ができる | 適切な支援が必要な場合がある |
| 中度 | 言語能力や学力は基礎的な能力に限られることが多い | 基本的なセルフケアや家事をこなせる場合もある | 成人期に自立した生活や就労を実現するには、相当かつ一貫した支援が必要 |
| 重度 | 言語能力や学力習得能力が非常に限られている。運動機能の障害が見られる場合がある | 監督された環境での日常的なサポートがなければ、適切なケアが困難 | 集中的な訓練により、基本的なセルフケアスキルを習得できる場合がある |
| 最重度 | コミュニケーション能力は非常に限られ、学力は基本的な具体的操作に限られる | 運動・感覚障害を伴うことがある。適切な介護を受け、監督された環境での日常的な支援が必要 | セルフケアには包括的な支援が必要 |
表1 ICD-11による知的発達症の重症度分類
もっと詳しく:知的発達症の重症度評価における留意点
IQ値だけで判断しない
かつての分類ではIQ値による厳密な区分が用いられましたが、ICD-11では適応行動(adaptive behavior)の評価がより重視されるようになりました。同じIQ値でも、適応スキルの発達状況、利用可能な支援環境、本人の強みなどによって、必要な支援レベルは大きく異なります。
「重症度」と「人としての価値」を混同しない
重症度分類は支援計画立案のための実用的な枠組みであり、本人の人としての価値や可能性を表すものでは決してありません。最重度の方であっても、その方なりの感情、好み、関係性が必ず存在し、それを尊重する姿勢が支援の基本です。
合併する身体疾患への注意
重度・最重度の知的発達症では、てんかん、脳性麻痺、視覚・聴覚障害、心疾患、消化器疾患などの身体合併症の頻度が高くなります。日常的な健康観察と、年1回以上の包括的な健康診断が推奨されます。
もっと詳しく(上級):知的発達症の概念と用語の変遷
知的発達症をめぐる用語は、20世紀を通じて段階的に変化してきました。現在の「知的発達症」という呼称に至るまでの経緯を理解しておくことは、現場で古い診断書や記録に触れた際に、その意味を正確に読み解くためにも役立ちます。
日本における用語変遷
- 精神薄弱:戦前から20世紀後半まで用いられた用語。現在では差別的ニュアンスを伴うとして使用されません。
- 精神遅滞(mental retardation):ICD-9、ICD-10 の時代に標準的な訳語として用いられましたが、次第に差別的含みをもつとされるようになりました。
- 知的障害/知的能力障害:20世紀末から21世紀初頭にかけて普及した用語。
- 知的発達症:ICD-11・DSM-5 に対応する日本語訳として現在標準化されつつあります。
用語変更の背景にある概念的変化
この段階的な用語変更は、単なる言い換えではなく、知的発達症の本質的理解の変化を反映しています。
- 「精神」から「知的」へ:精神疾患と知的障害とを明確に区別し、両者の混同を避ける意図
- 「遅滞」から「発達症」へ:能力の静的な不足ではなく、発達の過程における問題として捉える視点の導入
- 「障害」から「症」へ:日本語訳における病理化のニュアンスを緩和する試み
DSM-5 と ICD-11 における位置づけ
DSM-5 では "intellectual disability (intellectual developmental disorder)" が正式用語となり、ICD-11 では "disorder of intellectual development" として規定されています。神経発達症群(ICD-11 第6章、コード 6A00)に位置づけられ、遺伝性症候群(脆弱 X 症候群、結節性硬化症、ダウン症候群など)による知的発達症の場合は、第20章「発達異常(developmental anomalies)」との併記が可能となっています。これにより、純粋に記述的な診断と病因論的な診断とを同時に記録できる仕組みが ICD-11 では整えられました。
適応行動の重視という概念的転換
かつての分類では IQ 値による厳密な区分が重視されましたが、ICD-11・DSM-5 では、適応行動(adaptive behavior)の評価がより重視されるようになりました。Tebartz van Elst が強調するように、神経発達症群は個人の生涯を通じた「基盤構造(Basisstruktur)」として理解されるべきであり、IQ 値という単一の指標では捉えきれない、日常生活・社会的統合・人生設計のあらゆる側面への影響を視野に入れる必要があるのです。
この概念的転換は、障害認定の実務においても、IQ 一辺倒ではない多面的評価の重要性を示唆しています。本章第9節では、こうした分類体系と日本の障害者支援の法律体系との構造的な関係について、一般論として概観しています。
参考文例:知的発達症 三領域による状態記述
本表は重症度を判定するためのものではなく、介護日誌・個別支援計画・障害支援区分認定申請書・施設間の申し送り等における状態記述の参考文例として用いることを想定しています。該当箇所を利用者の実情に合わせて抜粋・改変してご利用ください。
自閉スペクトラム症の併存が認められる方については、表3 自閉スペクトラム症 支援必要度の記述例 もあわせてご参照ください(クリックで展開)。
| 重症度 | 概念的領域(Conceptual) | 社会的領域(Social) | 実用的領域(Practical) |
|---|---|---|---|
| 軽度 Mild (手帳 B2 相当) |
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| 中等度 Moderate (手帳 B1 相当) |
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| 重度 Severe (手帳 A2 相当) |
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| 最重度 Profound (手帳 A1 相当) |
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表2 三領域による状態記述の参考文例(DSM-5/ICD-11 CDDR 融合版)
使用上の留意事項
- 本表はDSM-5(AAIDD準拠)およびICD-11 CDDRにおける三領域(概念的・社会的・実用的)の記述を融合したものであり、重症度を判定するためのものではない。状態記述の参考文例として用いる。
- DSM-5・AAIDDでは、重症度は知能指数(IQ)ではなく「適応行動における支援必要度」によって判定することが強調されている。ICD-11 CDDRでは知的機能と適応行動の両軸で判定するが、三領域の枠組みは両体系に共通である。
- 障害者手帳のランク(A1/A2/B1/B2)との対応はあくまで目安である。手帳判定はIQを主要指標とするのに対し、本表の記述は適応行動に基づくため、両者は必ずしも一致しない。
- ICD-11 CDDR においては、重度と最重度はIQでは信頼性をもって区別できないため、適応行動のみによって区別するとされている(CDDR p.94)。手帳上のA1/A2区別がIQに基づくため、臨床像と制度的区分が乖離する場合がある点に留意する。
典拠
- American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed. (DSM-5). Intellectual Disability, Table 1 "Severity Levels for Intellectual Disability".
- World Health Organization (2024). Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural or Neurodevelopmental Disorders (CDDR). 6A00 Disorders of intellectual development, pp.92–96, Tables 6.1–6.4.
- Schalock, R. L., et al. (2021). Intellectual Disability: Definition, Diagnosis, Classification, and Systems of Supports, 12th ed. AAIDD.
5. 自閉スペクトラム症(6A02)
自閉スペクトラム症(ASD)は、知的発達症と並んで本マニュアルで支援する利用者に多く見られる神経発達症です。多くの利用者がASDと知的発達症を併せもっており、両方の特性を理解することが日常支援の質を大きく左右します。
ASDは、2つの主要な特徴によって定義されます。
(1) 社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的な障害
- 他者の言葉やアイコンタクト、表情といった非言語的なサインの理解や、それに対する関心・反応が乏しい
- 双方向の会話を開始したり、維持したりすることが難しい
- 他者の感情や状況を察して、自分の行動を適切に調整することが苦手
- 仲間との間で典型的な関係を築き、維持することに困難がある
(2) 制限的で反復的な、融通の利かない行動・興味・活動のパターン
- 些細な環境の変化や予期せぬ出来事に対して強い苦痛を感じる
- 特定の日課や手順に融通が利かず、それに固執する
- ルールに過剰に固執する(例:遊びのルールなど)
- 過剰で持続的な儀式化された行動パターン(例:特定の方法で品物を並べたり並べ替えたりすることにこだわる)
- 体を揺らす、つま先で歩く、手をひらひらさせるなどの反復的な運動動作
- 非常に限定された特定の興味に没頭する
- 特定の音、光、触覚、匂いなど、感覚刺激に対して過敏または鈍感である
ASDの方が示す「こだわり」や「常同行動」は、しばしば本人にとって安心や落ち着きをもたらすものです。これを単に「問題行動」として制止すると、不安が高まり、より深刻な行動上の困難につながることがあります。一方で、その行動が本人の生活や安全を阻害する場合には、慎重な環境調整が必要です。
後の章(第7章 強迫症)で詳しく扱いますが、ASDの「こだわり」と強迫症の「強迫行為」の鑑別は、施設職員にとって重要な臨床的課題の一つです。
もっと詳しく:感覚特性の理解
ASDをもつ方々の多くは、感覚処理の独特な特性を有しています。これは生活のあらゆる場面に影響を与えうる、しかし周囲からは見えにくい困難です。
感覚過敏の例
- 聴覚過敏:蛍光灯のジー音、エアコンの稼働音、複数人の会話、トイレの水を流す音などが耐え難い苦痛として体験される
- 触覚過敏:服のタグ、特定の生地、髪を切る、爪を切る、歯磨きなどが激しい不快感を引き起こす
- 視覚過敏:強い光、ちらつく光、特定の色や模様への過剰な反応
- 嗅覚過敏:洗剤、香水、食事の匂いへの強い嫌悪
- 味覚・食感過敏:特定の食感(ぬるぬる、ぱさぱさなど)への極端な拒否
感覚鈍麻の例
- 痛みや温度への鈍感さ(怪我や火傷に気づかない)
- 満腹感や空腹感、便意・尿意の認知の弱さ
- 身体感覚全般への鈍感さ
支援上の意義
感覚特性は、利用者の「問題行動」と見える行動の背景として、最も見過ごされやすい要因の一つです。トイレの失敗、食事拒否、突然の興奮や逃避、自傷行動などの背景に、職員が気づきにくい感覚的苦痛が隠れていることがあります。「なぜこの方は今この行動を取っているのか」を考えるとき、必ず感覚特性の可能性を視野に入れてください。
もっと詳しく(上級):アスペルガーはどこへ行った? — DSM-5 と ICD-11 の異なる対処
ICD-10 や DSM-IV まで独立した診断カテゴリーとして存在していた「アスペルガー症候群」は、DSM-5(2013)および ICD-11(2022)への改訂によって、主要な診断名から姿を消しました。しかし、従来アスペルガーと診断されてきた方々の臨床像そのものが消えたわけではありません。両分類は、それぞれ異なる方法でこの臨床像を再配置しています。本ブロックでは、この「アスペルガーはどこへ行ったのか」という問いに、DSM-5 と ICD-11 が与えた異なる答えを整理します。
ICD-10 における下位分類
ICD-10(1990年代半ば〜)では、自閉症は「広汎性発達障害」のカテゴリーに分類され、以下の主要サブタイプに区分されていました。
- 早期幼児自閉症(F84.0):最重症型で、3領域すべてから合計6症状以上を満たすもの
- アスペルガー症候群(F84.5):認知・言語の遅延を伴わず、コミュニケーション障害も診断要件としないもの
- 非定型自閉症:3領域すべての基準は満たさないが、自閉症的特徴を示すもの(定義が不明確)
改訂時の問題意識 — 境界の不明確なまま拡散する診断
Tebartz van Elst らが指摘するように、これらのサブカテゴリーには実践上の重大な問題がありました。3つのサブタイプ間には生涯にわたる著しい症状の重複が見られ、非定型自閉症は臨床での不均一な適用によって過剰診断あるいは過少診断の原因となり、アスペルガー症候群は発達の遅延を伴わないために診断が12歳以降まで遅れる事例もしばしば見られました。とりわけアスペルガー症候群については、正常変異との境界が不明確なまま診断が拡散していく傾向が、改訂時の問題意識の一つとなっていました。これらのサブカテゴリーの臨床的・科学的・予後的妥当性は、最終的に確認されないまま分類の改訂を迎えることになったのです。
DSM-5(2013)の対処 — 自閉症の範疇からの切り出し
DSM-5 は、すべての自閉症形態を一つの「自閉スペクトラム症(ASD)」に統合しました。「広汎性(pervasive)」という用語も、「アスペルガー症候群」という呼称も、新分類では使用されなくなりました。
同時に DSM-5 は、従来アスペルガーと診断されていた層のうち、ASD の診断要件(とくに限定的・反復的行動パターンの存在)を満たさないケースを、自閉の範疇から外す方向性を取りました。このように外されたケースは、コミュニケーション障害群の中に新設された「社会的(語用論的)コミュニケーション症」という独立した診断に振り分けられる形となります。この対処により、アスペルガーと呼ばれていた臨床像のかなりの部分は、自閉の範疇の外に改めて配置されたことになります。なお、米国におけるこの移行に際しては、旧分類の枠組みで受けていた現場上の取り扱いを不安定化させないような運用上の配慮がなされたことが、Horwitz の DSM 史に記されています。
ICD-11(2022)の対処 — 言語発達障害のサブグループ化
ICD-11 も自閉症形態の ASD への統合と、アスペルガーという呼称の廃止を行った点は DSM-5 と同じです。しかし、社会的コミュニケーションの困難のみを示すケースの扱い方には違いがあります。ICD-11 はこれを独立した診断として設けず、言語発達障害のサブグループ「語用論的言語発達障害」として位置づけました。独立診断としての格付けは DSM-5 よりも弱められています。
Tebartz van Elst はこの構造的な違いに注意を促しており、両分類が「アスペルガー的なケースをどう扱うか」について、似て非なる設計思想を持っていることを指摘しています。
統合の背景にある考え方
両分類が採った統合と再配置の背景には、以下のような考え方があります。
- 正常バリアントと障害との間、あるいは異なる表現型の間に、自然に与えられた明確なカットオフは存在しない
- 分類はあくまで臨床的合意(コンセンサス)によって定義される次元的連続体である
- 知的障害の有無や言語発達の状態をスペシファイア(特定子)として併記することで、サブタイプによる区分よりも豊かに個別性を表現できる
参考文例:自閉スペクトラム症 支援必要度の記述
本表はDSM-5が示すASDの支援必要度レベル(Level 1〜3)を現場用に展開したもので、介護日誌・個別支援計画・モニタリング記録・サービス等利用計画等における状態記述の参考文例として用いることを想定しています。該当箇所を利用者の実情に合わせて抜粋・改変してご利用ください。
本章§5冒頭で述べた通り、ASDは知的発達症との併存が高頻度です。知的発達症の併存が認められる方については、表2 三領域による状態記述の参考文例 もあわせてご参照ください(クリックで展開)。
ICD-11との関係について:ICD-11はASDの重症度を「支援必要度」として一元的に示す尺度を採用せず、①知的発達症の併存の有無、②機能的言語の障害の程度、③既得スキルの喪失の有無 の3種類のスペシファイアの組合せにより類型化する(CDDR pp.124–126、6A02.0〜6A02.5)。現場での「ASDらしさの程度」を記述する用途には、DSM-5の3段階レベル表の方が実用性が高いため、本表はDSM-5準拠とした。
| レベル | 社会的コミュニケーション | 限定的・反復的行動 |
|---|---|---|
| レベル1 支援を要する Requiring support |
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| レベル2 多くの支援を要する Requiring substantial support |
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| レベル3 非常に多くの支援を要する Requiring very substantial support |
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表3 自閉スペクトラム症 支援必要度の記述例(DSM-5レベル表準拠)
使用上の留意事項
- DSM-5では、社会的コミュニケーションと限定的・反復的行動の二軸を独立して評価することが想定されている。同一利用者において「社会的コミュニケーションはレベル2、限定的・反復的行動はレベル1」のように、異なる記述が併存しうる。
- レベルは固定的なものではなく、環境・支援体制・加齢・治療により変動する。記録にあたっては「現時点での」評価であることを明示するのが望ましい。
- ICD-11のスペシファイア(機能的言語障害の程度等)は別次元の情報であり、本表と併用可能である。併用する場合は出典を明記する。
- 感覚過敏・感覚鈍麻はDSM-5の診断要件に含まれるが、レベル表には直接反映されにくい。本表のレベル3の記述には感覚面の一般的特徴を加えたが、個別の感覚特性は別途記述することが望ましい(本章§5「もっと詳しく:感覚特性の理解」参照)。
典拠
- American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed. (DSM-5). Autism Spectrum Disorder, Table 2 "Severity Levels for Autism Spectrum Disorder".
- World Health Organization (2024). Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural or Neurodevelopmental Disorders (CDDR). 6A02 Autism spectrum disorder, pp.124–126, Table 6.5.
6. 注意欠如多動症(6A05)
注意欠如多動症(ADHD)は、不注意(集中力の維持が困難)、多動性(じっとしていられない)、衝動性(考えずに行動してしまう)の3つの主要な症状パターンによって特徴づけられます。
ICD-11では、これら3つの症状の優位性に応じて以下のタイプに分類されます。
- 主に不注意:不注意が目立つタイプ
- 主に多動性-衝動性:多動性と衝動性が目立つタイプ
- 混合型:不注意と多動性-衝動性の両方が存在するタイプ
もっと詳しく:ADHDと知的発達症の併存
知的発達症をもつ方の中にも、ADHDを併存する方が少なくありません。しかし、知的発達症の特性とADHDの特性が重なって見えることがあり、両者の鑑別は容易ではない場合があります。
例えば、知的発達症のある方が指示に集中できないとき、それは:
- 指示の内容そのものを理解できていないため(知的発達症の中核特性)
- 注意を維持する能力そのものが弱いため(ADHDの併存)
- 環境刺激が多すぎて集中できないため(感覚過敏の影響)
- 不安や苦痛により集中する余裕がないため(情緒的要因)
などのいずれか、あるいは複数の要因が関与している可能性があります。施設職員の役割は、これらの可能性を念頭に置いた観察記録を残し、医療スタッフと連携することです。
もっと詳しく(上級):ADHD の分類史と DSM-5・ICD-11 における診断基準の変遷
ADHD の分類と診断基準は、ここ20年で大きく変化してきました。経験のある職員や上級職の方々が、利用者の診断書に記載されている分類やコードの意味を正確に理解するために、この変遷を概観しておくことは有益です。とりわけ児童養護施設の利用者では、虐待によるトラウマ関連症状が ADHD 様の表現を呈することがあり、慎重な鑑別が求められます。
ICD-10 から神経発達症群への移行 — 歴史的な再分類
ICD-10 では、ADHD(多動性障害)は「小児・青年期に通常発症する行動および情緒の障害(F9)」の章に分類されており、神経発達症ではなく行動障害として位置づけられていました。DSM-5(2013)でこの ADHD が神経発達症群へ移行させられた際、この決定は出版前から激しい議論と論争を呼びました。
Tebartz van Elst によれば、この移行の根拠は以下のとおりです。
- ADHD の症状は幼少期に発症し、生涯にわたって持続する慢性的な特性である
- 遂行機能の低下と反応変動性の増大という神経心理学的中核があり、前頭-帯状回-線条体-視床および前頭-頭頂-小脳ネットワークの接続性異常が見出されている
- 自閉症、知的発達症、学習障害、チック症との遺伝的重複と高率の併存が示されている
- これらは次元的要因であり、DSM-5 の次元的診断アプローチと整合する
DSM-5 における主要な変更点
DSM-5 は、ADHD 診断の臨床実務に次のような重要な変更をもたらしました。
- 発症年齢の変更:「7歳以前の発症」から「12歳以前の発症」へ。これは、高い IQ や不注意優勢型の者は学校の要求が高まる時期に初めて障害が顕在化するという臨床的事実を反映しています。
- 成人向け症状例の追加:18項目の診断基準に、初めて成人特有の症状表現と青年期の発現形態の具体例が補足されました。
- 成人の診断閾値の引き下げ:17歳以上では、6項目ではなく 5項目で診断可能となりました。
- 浸透性基準の緩和:2つ以上の生活領域での「障害」の証明から、「症状」の存在の証明へと緩和されました。
- ASD との同時診断の許容:ICD-10 では両者は除外関係でしたが、DSM-5 では併存が認められました。
- 「サブタイプ」から「優勢する臨床像(predominant presentation)」への用語変更:ADHD 症状が発達・生涯を通じて変化しうるという事実を反映したものです(特に多動-衝動型症状は年齢とともに減少し、不注意症状は持続します)。
- 重症度の指定と部分寛解の認定が可能となりました。
DSM-5 と ICD-11 の相違点
両分類は大筋で調和が図られていますが、以下の重要な違いがあります。
- 診断項目数の要求:DSM-5 は具体的な項目数の充足を規定しますが、ICD-11 は一般的には一定数の項目を満たすことを要求せず、2つの症状群(不注意、多動/衝動性)のうち少なくとも1群で一部の症状が満たされることを求めます。
- 衝動性の独自記述:ICD-11 には DSM-5 にない記述として、「即時的な刺激に対して熟考なく、結果やリスクを考慮せずに自発的に反応する傾向」が含まれています。これは、成人の衝動性をより的確に記述するために選択された表現です。
性差と過少診断の問題
ADHD の有病率の性差は発達に伴って変化します。小児期は男女比 2-3:1 ですが、成人期では 1:1 に近づきます。女児は外顕化行動が少なく、不注意症状が優勢であるため、小児期には診断が遅れがちです。Tebartz van Elst らは彼女たちを「静かな少数派(stille Minderheit)」と呼んでおり、施設で支援する女性利用者のなかに未診断の ADHD が含まれている可能性は、常に念頭に置くべきです。
生涯経過と成人期の臨床像
ADHD は成人期にも約 50〜60% が持続します。外的多動は減少し、内的不穏、不注意、衝動性、感情調節障害、ストレス過敏性が前景に移ります。パートナーシップ、職場、組織能力に関わる機能障害が目立つようになります。Paul Wender や Russell Barkley はこれらの成人特有の診断基準を提唱しました。青年期には、服薬中止や大麻使用による自己投薬のリスク、学業中断の問題なども指摘されており、施設としても把握しておくべき経過上の特徴です。
施設支援における含意 — 児童養護施設での鑑別の難しさ
本法人のように児童養護施設を運営する場面では、利用児の ADHD 様症状が虐待によるトラウマ反応である可能性に常に留意する必要があります。トラウマによる過覚醒、集中困難、衝動的反応は、ADHD の不注意・多動・衝動性と表面的に重なって見えることがあり、医療機関との連携による慎重な鑑別が求められます。また、ADHD とトラウマが併存している場合もしばしばあり、二者択一ではなく両者の相互作用を視野に入れた支援が必要です。この鑑別については、本マニュアル第6章「ストレス因関連症群」で詳しく扱います。
7. その他の神経発達症
言語発達症(6A01)
話し言葉または書き言葉の生成、あるいは理解における困難さを特徴とします。
- 発達性語音症:特定の音の発音が困難で、発話の明瞭度が低下します
- 発達性発話流暢症:いわゆる「吃音」として現れ、発話の流れがスムーズでない状態です
- 発達性言語症:語彙や文法の発達に困難があり、言語的な自己表現や理解に問題が生じます
発達性学習症(6A03)
全般的な知的発達に遅れはないものの、読み・書き・算数といった特定の学力の習得に著しい困難を抱える状態です。
- 読字不全を伴う:文字を読むことに困難がある
- 書字表出不全を伴う:文字を書くことに困難がある
- 算数不全を伴う:計算や数量の理解に困難がある
発達性協調運動症(6A04)
身体的な原因がないにもかかわらず、「不器用さ」として現れる、随意運動の計画と実行の困難さを特徴とします。字を書く、服を着る、ボールを投げるといった動作が苦手な場合があります。
常同運動症(6A06)
頭を振る、手をばたつかせるなど、目的のない反復的な運動を特徴とします。
8. 併存症を理解することの重要性
神経発達症は、単独で存在するだけでなく、他の精神的な問題を併発することが少なくありません。これら追加的に存在する精神疾患や行動上の問題を「併存症」と呼びます。
併存症は本人の苦痛を増大させ、行動の背景を複雑にし、支援計画の立案を困難にする可能性があります。したがって、表面的な行動だけでなく、その背景にどのような併存症が隠れているのかを評価する視点を持つことが、包括的なアセスメントと効果的な支援計画の鍵となります。
「氷山モデル」:見える行動と見えない背景
本マニュアルで扱う主な併存症カテゴリー
本マニュアルでは、施設の支援現場で特に遭遇する可能性の高い、以下の併存症カテゴリーについて各章で解説しています。
- 排泄症群
- 衝動制御症群
- 秩序破壊的または非社会的行動症
- ストレス因関連症群(第6章で解説)
- 不安・恐怖関連症群
- 強迫症または関連症群
- 食行動症または摂食症群
また、付録としてカタトニア(治療可能な医学的症候群でありながら、知的発達症やASDの特性と見誤られやすい重要な症候群)についても解説しています。
カタトニアは生命を脅かす可能性のある医学的緊急事態になることがあります。常同行動、緘黙、活動性の極端な変化を、本人の特性と早合点せず、「いつもと違う変化」に気づいたときには医療スタッフに速やかに相談してください。詳細は付録「カタトニアの理解」を参照してください。
9. 分類体系と日本の福祉制度 — 上級職向け解説
本章の最後に、中堅以上の職員、とりわけ制度運用や多機関連携に関わる上級職の方々に向けた解説を置きます。本マニュアルの他の部分は主として日々の支援現場を念頭に置いて記述されていますが、本節は、国際的な診断分類体系と日本の福祉制度の枠組みとの関係について、一般的・概念的な観点から論じます。
新人・中堅職員の方は、興味に応じて以下の「もっと詳しく」ボタンを開いてお読みください。本節の知識は日常の支援業務では直接必要とされませんが、施設全体の運営背景や、他機関との連携における共通理解の基盤を提供します。
- 日本の福祉制度における「知的発達症を主軸とする」枠組みの特徴
- ICD-11 の診断構造との対照と、その概念的な意味
- ICD-10 から DSM-5・ICD-11 への根本的な再分類(上級ブロック)
- DSM-5 と ICD-11 における学習発達症の定義の違い(上級ブロック)
なお、診断分類の変遷を理解する上では、第5節の自閉スペクトラム症の上級ブロック「アスペルガーはどこへ行った?」も参考になります。
日本の福祉制度における「知的発達症を主軸とする」枠組み
日本の障害者に関する法制度は、歴史的に知的障害を中心とする枠組みとして整備されてきました。知的障害福祉法がその基盤をなしており、自閉スペクトラム症を含む発達障害については、後に発達障害者支援法が整備されました。
この法制度の構造は、支援現場の臨床的現実とよく整合しています。施設で支援する利用者の多くは知的発達症を基盤としつつ自閉の特性を併せもっており、知的発達症の基盤の上に自閉の特性がどのように重なっているかを記述する形式は、日本の福祉実務にとって自然な記述様式となります。「知的+自閉」という診断体系の順序は、この臨床的・制度的現実と調和したものと言えます。
ICD-11 の分類構造との対照
他方、WHO の ICD-11 はこれとは異なる構造を採用しています。自閉スペクトラム症(6A02)の診断にあたって、「知的発達症の合併の有無」を特定子(スペシファイア)として付記する形式となっており、自閉が主診断、知的発達の状態が特定事項という位置づけです。日本の制度の軸とはちょうど逆の形になります。
これは、国際的な診断分類と国内の法制度との間の概念的な軸のずれです。日本の施設で支援する利用者の多くが知的発達症と自閉の併存ケースであることを踏まえれば、知的発達症を主軸とする枠組みには十分な臨床的・制度的合理性があります。多機関連携や診断書の記述において、両方の軸を理解しておくことが、上級職には求められます。
もっと詳しく(上級):ICD-10 から DSM-5・ICD-11 への移行における根本的な再分類
神経発達症群という概念そのものが、DSM-5 および ICD-11 で大きく再編された背景を押さえておくことも、上級職の方々にとっては有益です。Tebartz van Elst によれば、DSM-5(2013)の最大の変革点は以下の三点に集約されます。
(1) 最初の章としての位置づけ
発達障害が「neurodevelopmental disorders(神経発達症群)」として、他のすべての精神疾患に先立って第1章に配置されました。これは、発達に関わる特性が時間的にすべての他の精神疾患に先行し、その人の人生が展開する構造的基盤・枠組みを形成するという考え方に基づきます。
(2) 統合されたカテゴリー構成
ICD-10 では知的障害(F7)、ADHD(F9 に含まれる行動障害)、チック症は発達症とは別の章に分類されていましたが、DSM-5 では、これらが自閉症や学習障害と同じ神経発達症の枠組みに統合されました。この統合の根拠として、Tebartz van Elst は以下を挙げています。
- これらの障害はすべて、年齢相応の発達からの逸脱であり、典型的には生後10年以内(多くは最初の数年間)に認識され、本質的に慢性的であるという共通点がある
- 自閉症だけでなく、ADHD、知的障害、読字障害、算数障害、チック症もすべて幼少期から生涯にわたる特性であり、個人の「構造的な強み・弱みのクラスター」として人生を貫く
- これらの障害は相互に高い頻度で併存する
- 最新の遺伝学的研究により、単一遺伝子レベル(脆弱 X 症候群、クラインフェルター症候群)でも多遺伝子レベルでも、各発達症間に遺伝的重複があることが示されている
(3) ICD-11 による病因論的枠組みの部分的導入
ICD-11(WHO 2022)は DSM-5 の基本構造に大筋で追随していますが、「二次性発達症」のカテゴリーと、第20章「発達異常(developmental anomalies)」という独立した章を設け、明確な病因をもつ発達障害を別に整理しました。Tebartz van Elst はこれを、純粋に記述的な分類を超えた病因論的な枠組みの部分的導入として、神経精神医学的観点から高く評価しています。
歴史的視点からみた意義
こうした再分類は、20世紀前半に支配的であった、発達障害を体験反応的・伝記的に説明する精神分析的思考(例:Bettelheim の「冷蔵庫マザー仮説」)からの脱却を意味しています。遺伝的・生物学的基盤と環境要因の相互作用という現代的な理解が、分類体系そのものに反映されるようになったのです。
もっと詳しく(上級):DSM-5 と ICD-11 における学習発達症の定義の違い
DSM-5 と ICD-11 は、発達症群の大きな再編については大筋で一致していますが、個々の障害の定義に関しては、なお見過ごせない相違が残っています。Tebartz van Elst の解説によれば、学習発達症の診断基準は、両分類の相違が最も顕著に現れる領域の一つです。上級者の方々には、DSM-5 と ICD-11 で定義が一致していないという事実そのものを、まず理解しておいていただくのが大切です。
ICD-10 までの診断枠組み
ICD-10 では、読字、書字、算数の各領域における学習の困難は「限局性学業技能障害(F81)」として分類され、知的能力障害(IQ < 70)では説明できない特定領域の障害と定義されていました。診断には、該当領域のテスト値が同年齢平均から 1.5 標準偏差以上低いことが求められていました。
IQ 乖離基準の扱い — 最大の相違点
DSM-5 と ICD-11 の最も重要な相違点は、いわゆる IQ 乖離基準の扱いにあります。
- DSM-5:基礎知能(IQ)と読字・書字・計算成績との乖離を診断基準から撤廃し、年齢・学年基準のみを使用する方針を採りました。
- ICD-11(ドイツ語版草案):読字・書字障害について IQ および年齢との二重乖離基準を引き続き維持しており、算数障害でも計算能力と年齢・知能との乖離が求められています。
これは DSM-5 からの明確な逸脱であり、両分類間の定義上の実質的な違いとなっています。同じ児が DSM-5 基準では学習発達症と診断されても、ICD-11 基準では該当しない(あるいはその逆)という事態が起こりうるのです。
重症度分類と用語の違い
DSM-5 は学習発達症について、軽度・中等度・重度の 3 段階の重症度分類を可能にし、学校的配慮や支援の個別化に有用な枠組みを提供しました。ICD-11 で同様の分類が可能かは、現時点で必ずしも明確ではありません。
また、ICD-11 ドイツ語版は「学習発達障害(Lernentwicklungsstörung)」を使用し、DSM-5 の「限局性学習症(Spezifische Lernstörung)」とは用語そのものが異なっています。日本語訳にもこの違いが影響しうる点に注意が必要です。
定義上の違いは学習発達症だけではない
DSM-5 と ICD-11 の間には、学習発達症以外にも定義上の相違が散在しています。主なものを挙げれば以下のとおりです。
- 二次性発達症:ICD-11 は、別の身体疾患の明確な結果として生じた発達障害を分類する「二次性発達症」という新カテゴリーを設け、第20章「発達異常(developmental anomalies)」として脆弱 X 症候群、結節性硬化症、口蓋心臓顔面症候群、クラインフェルター症候群などの遺伝性疾患を整理しました。DSM-5 にはこのような区分は存在しません。Tebartz van Elst はこれを、純粋に記述的な分類を超えた病因論的枠組みの導入として高く評価しています。
- チック症:DSM-5 では神経発達症群に含まれますが、ICD-11 では神経発達症の章で言及されるものの、実際には神経疾患として分類されています。
- ADHD の診断項目数:DSM-5 は具体的な項目数の充足を規定しますが、ICD-11 は一般的には一定数の項目を満たすことを要求しません。
- ASD と ADHD の同時診断:DSM-5 および ICD-11 ではこれが認められるようになりました(ICD-10 では除外関係)。
- 社会的コミュニケーションの困難のみを示すケース:DSM-5 は「社会的(語用論的)コミュニケーション症」として独立診断としましたが、ICD-11 は言語発達障害のサブグループに位置づけ、独立性を弱めています。詳細は第5節の「アスペルガーはどこへ行った?」の上級ブロックをご参照ください。
上級者にとっての含意
これらの定義上の違いは、利用者の診断書や国際的な文献を解釈するときに、「この診断がどの分類体系に基づいているのか」を意識する必要性を生じさせます。DSM-5 の診断と ICD-11 の診断は、表面的には同じ障害名でも、対象とする臨床像がわずかに異なる場合があることを、上級者は理解しておく必要があります。
10. 支援的アプローチ
神経発達症群に対する支援は画一的ではなく、個々の長所と短所、そして生活環境を考慮した、個別的かつ学際的なアプローチが不可欠です。施設では、以下の様々な専門領域が連携して支援を提供します。
- 薬物療法:落ち着きのなさ、不安、抑うつといった随伴症状を緩和します
- 心理療法:自信や意欲を高め、困難な状況への対処戦略を学びます
- 行動療法:注意力や衝動性のコントロール、社会的なスキルを向上させることを目指します
- 作業療法:運動能力を向上させ、日常生活における自立を支援します
- 言語療法:コミュニケーション能力全般の向上を図ります
- 理学療法:身体機能や基本的な運動能力の維持・向上を目指します
- 教育的支援:個々のニーズに合わせて学習環境や方法を調整します
これらの専門的な治療・療法を支える基盤として、施設職員による日々の観察と記録がきわめて重要な役割を果たします。職員が日常的に得ている、利用者の表情、行動、生活リズム、調子の変化に関する情報は、医療スタッフが診断や治療方針を判断するためのかけがえのない一次情報です。本マニュアルの各章で解説する「観察のポイント」は、この役割を果たすための具体的な視点を提供します。
神経発達症群は、発達期に発症し、認知・コミュニケーション・行動に生涯にわたる影響を及ぼす中核的な障害群です。施設で支援する利用者の多くは、知的発達症と自閉スペクトラム症を併せもっています。
これらの中核的特性に加えて、多くの利用者は併存症を抱えており、日常的に観察される「問題行動」の多くは、その背景にある併存症のサインである可能性があります。「氷山の一角」だけを見るのではなく、水面下にある言葉にできない苦痛、感覚特性、トラウマ、不安、身体的不快感などに目を向ける視点が、効果的な支援の鍵となります。
本マニュアルの各章は、この視点を具体的な臨床知識として身につけるためのものです。