第2章 排泄症群

日常的な「排泄の問題」の背景にあるものを読み解く

コア層 約8分(1・2・7節)/全層 約26分
この章で学ぶこと

排泄に関する困難は、知的発達症をもつ利用者や、児童養護施設で生活する子どもたちの支援において、職員がきわめて頻繁に遭遇する事象です。しかしそれは、単なる「身体的なトラブル」でも「しつけの問題」でもありません。本章では、ICD-11における遺尿症(6C00)と遺糞症(6C01)の理解、失禁が起きた直後にどう関わるか身体的原因の除外、そして排泄症状の背景にある心理・トラウマ・感覚特性について解説します。

どこから読めばよいか

新任の方・時間のない方は、2節「その場でどうするか」と7節「観察と記録のポイント」だけをお読みください。これだけで日々の業務に必要な内容は足ります。経験のある方・主任以上の方は、全体をお読みください。折りたたみの「もっと詳しく」は、関心のある方向けの補足です。

1. 排泄症群とは何か

ICD-11において排泄症群(Elimination disorders)とは、ベッドや衣服の中に繰り返し尿を出すこと(遺尿症)と、不適切な場所に繰り返し便を出すこと(遺糞症)を指します。これらは、排泄のコントロールが通常であれば達成されている発達年齢に到達した人に生じる状態です。意図的にも、意図せずにも起こりえます(CDDR p.421)。

排泄症群は、知的発達症や自閉スペクトラム症をもつ方々において、しばしば見られる併存症です。また、児童養護施設においては、虐待・ネグレクトの既往をもつ子どもたちに、いったん獲得された排泄コントロールが失われる形での夜尿の再発がしばしば観察されます。それゆえ排泄症群は、本マニュアルが対象とする利用者層において特に理解が求められる併存症の一つとなります。

本章でくり返し出てくる言葉を、先に一つだけ確認しておきます。溢流性便失禁(いつりゅうせいべんしっきん)とは、直腸にたまった硬い便のすき間から、ゆるい便がしみ出てくる状態のことです。見た目は「下痢」ですが、原因は便秘です。この取り違えが、施設でもっとも起こりやすい誤解です。

ICD-11 における排泄症群の構造 身体疾患・薬剤の影響を除外し、発達年齢を満たすことが診断の前提 排泄症群 6C00–6C0Z 遺尿症 6C00 遺糞症 6C01 特定用語(specifier) 特定用語(specifier) 6C00.0 夜間性遺尿症 6C00.1 日中性遺尿症 6C00.2 夜間および昼間 6C01.0 便秘・溢流性     便失禁を伴う 6C01.1 便秘・溢流性     便失禁を伴わない どの特定用語がつくかによって、背景も支援の方針も大きく変わる
図1 ICD-11 における排泄症群の分類 夜間/昼間の別、便秘・溢流性便失禁の有無は、CDDRでは「特定用語(specifier)」として整理されている(CDDR pp.422, 425)。排泄症群の特定用語はこの1階層のみで、これより下位の区分は設けられていない
もっと詳しく:「非器質性」という語が外れたこと

ICD-10では「非器質性遺尿症(F98.0)」「非器質性遺糞症(F98.1)」という名称でした。ICD-11では「非器質性」の語が外れています。排泄の問題には身体的要因と心理的要因が絡み合っており、心因と身体因を二つに分ける見方が適切でないためです。職員の実務にとって重要なのは、この名称変更そのものではなく、「心の問題だから身体は調べなくてよい」という発想が成り立たないという点です。

なお、この分類の歴史的な経緯については、当法人の『精神医学マニュアル』の該当章で扱っています。

2. その場でどうするか

排泄の失敗は、本人の尊厳に直接かかわる出来事です。そのとき職員が何を言い、どんな表情をしていたかは、本人の記憶に強く残ります。以下の手順は、迷ったときにそのまま使えるように書いています。

その場でどうするか

失禁・便失禁に気づいたとき

  1. まず表情を変えずに近づく──ため息をつかない、顔をしかめない、舌打ちをしない。本人は職員の顔を見ています。
  2. 次に人目を遮る──居室・浴室・多目的トイレなど、他の利用者の視線が届かない場所への移動を促す。移動が難しければ、まずカーテン・ドア・バスタオルで視線をさえぎる。
  3. 短く声をかける──「着替えましょうか」「一緒に行きましょう」。原因を尋ねる質問(なぜ、どうして)は、この場ではしない。
  4. 手早く淡々と交換する──衣類・寝具を替え、皮膚を清拭し、必要なら保湿する。会話はふだんどおりの話題でよい。
  5. 皮膚を見る──発赤、ただれ、傷、出血がないかを確認する。あれば看護職に報告する。
  6. 記録する──時刻/場所/量(衣類・寝具のどこまで濡れたか)/便であれば性状/本人の様子と発言/直前に何があったか。
してはいけないこと
  • 叱る・注意する──排泄の失敗は多くの場合、本人の意思では止められません。叱責は「隠す」行動を強め、こちらが観察できる情報を減らします。
  • ため息をつく・目を合わせずに処理する──言葉より強く伝わり、恥の感情を深めます。
  • 他の職員に聞こえる声でその場で報告する──「また出ちゃってます」といった申し送りは、本人の尊厳を損ないます。記録と交代時の申し送りで伝えます。
  • 「今度から言ってね」と約束を求める──本人が制御できない場合、守れない約束は自責を強めるだけです。
  • 職員の判断で水分を減らす──脱水・尿路感染・便秘のリスクを高めます。水分の調整は医療職と相談して行います。
その場でどうするか

ゆるい便がくり返し漏れている──「下痢が続いている」ように見えるとき

  1. まず排便記録をさかのぼる──最後に「まとまった量の、形のある便」が出たのはいつか。3日以上出ていなければ、便秘とその奥の便のつまりを疑う。
  2. 便の性状を書き分ける──水様か泥状か、少量が何回もか。ブリストルスケール(便の形を7段階で表す一般的な分類)を使うと、職員間でも医療職にも伝わりやすくなる。
  3. お腹を見る──腹部の張り、触れたときの硬さ、本人がお腹をさわる・かがむなどのしぐさ、食欲の低下、嘔吐の有無を確認する。
  4. 本人の様子を確認する──便意を訴えるか、トイレを避けていないか、排便のときに痛がる様子はないか。
  5. 看護職・医療スタッフに報告する──「下痢です」ではなく、「○日排便なし、少量の水様便が1日○回、腹部膨満あり」と、事実を並べて伝える。
  6. 指示が出るまでは通常の排泄介助を続け、記録を切らさない──日ごとの排便の有無と便の性状を残す。
してはいけないこと
  • 下痢止めを求める・使う──これは下痢ではありません。原因は直腸にたまった硬い便です。下痢止めは便のつまりをさらに悪化させます。
  • 「わざと漏らしている」と考える──便秘に伴う漏れは、多くの場合、本人の意思によらずに(不随意に)起こります(CDDR p.425)。
  • 施設の判断だけで浣腸・摘便を行う──医師・看護職の指示に基づいて行います。
  • 水分と食物繊維の調整だけで様子を見続ける──すでに便がつまっている段階では、それだけでは解消しません。時間が経つほど本人の苦痛が増します。
この2つの場面に共通すること

どちらの場面でも、職員に求められているのは診断ではなく、事実を残して伝えることです。「遺糞症かどうか」「便秘かどうか」を見極める必要はありません。何日排便がないか、便がどんな形か、お腹が張っているか──この3つを書いて渡せば、医療職は判断できます。

3. 遺尿症(6C00

遺尿症とは、ベッドや衣服に繰り返し尿を出す状態が続いていることです。診断には、次の要件を満たす必要があります。

診断要件(CDDR p.421)

特定用語(specifier)による区分

診断は医師が行います。次の表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。

特定用語 コード 特徴(CDDR p.422)
夜間性遺尿症 6C00.0 夜間(睡眠中)のみ起こる。最も多い形であり、典型的には入眠後まもなく、夜の前半に生じる
日中性遺尿症 6C00.1 覚醒中のみ起こる。この型は「尿失禁(urinary incontinence)」とも呼ばれます。医療記録や紹介状にこの語で書かれていることがあるため、同じものを指していると分かるようにしておいてください
夜間性および日中性遺尿症 6C00.2 夜間と覚醒中の両方で起こる

日中の遺尿は、公衆トイレを使うことへの不安(社交不安)や、楽しい活動をやめたくない気持ちから排尿を先延ばしにすることと関連して起こることがあります(CDDR p.422)。

生まれてからずっとか、いったんできていたか

CDDRの正式な特定用語ではありませんが、実務ではきわめて重要な区別があります(CDDR p.423)。

職員への注意点

知的発達症のある利用者で「最近おねしょが増えた」「以前は乾いていたのに失禁が再発した」という変化は、単に「特性が悪化した」のではなく、環境変化、不安、身体疾患(特に尿路感染)、抑うつ、トラウマ反応など、何らかの背景要因が生じている可能性を示すサインです。「いつもと違う変化」として記録し、医療スタッフに伝えてください。

正常との境界について、CDDRが述べていること

CDDRは、正常との境界(閾値)について次のように述べています。

「小児期の半ばごろまで、子どもが時折の尿失禁を経験することは珍しいことではない」(CDDR p.423)。

また、診断要件では「ベッドや衣服への反復的かつ持続的な排尿(例:数か月にわたって週に数回)」が求められています(CDDR p.421)。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。「たまに失敗する」ことを、それだけで問題として扱わないでください。

他の診断との関係について、CDDRが述べていること

CDDRは、他の診断との関係について次のように述べています。

「遺尿が臨床的注意の別個の焦点である場合には、他の精神・行動・神経発達症の診断とあわせて遺尿症の診断を与えてよい」(CDDR p.422)。

「遺尿症は知的発達症のある人によく見られる。その診断は、遺尿症のすべての診断要件が満たされ、かつ本人の発達年齢が、排尿のコントロールが通常期待される年齢(暦年齢でおよそ5歳に相当)と同等である場合にのみ、与えられるべきである」(CDDR p.423)。

「遺尿は神経認知障害(例:認知症)のある人にも生じうる。すべての診断要件が満たされ、かつその状態が別個の臨床的注意を要する場合には、遺尿症の追加の診断を与えることができる」(CDDR p.423)。

(原語は a distinct focus of clinical attention です。「それ自体として支援や治療の対象になる問題」という意味合いです。)

入所者の高齢化が進む施設では、「認知症だから仕方がない」で止めずに、排泄の困難そのものを評価の対象として挙げてください。関連する内容は第9章「神経認知障害群」を参照してください。

もっと詳しく:遺尿症の経過・性差・家族歴(CDDR pp.423–424)
  • 経過:多くの子どもは思春期までに排尿コントロールを確立しますが、少数は成人期まで遺尿症が続きます。思春期まで続く場合、排尿の回数も増える傾向があるとされています(CDDR p.423)。
  • 年齢:日中性遺尿症は9歳を超える子どもでは比較的少なくなります(CDDR p.423)。
  • 性差:夜間性遺尿症は男性に多く、日中性遺尿症は女性に多いとされています(CDDR p.424)。
  • 家族歴:遺尿症の既往をもつ親の子どもでは、遺尿症がより多く見られます(CDDR p.423)。
  • 文化:排泄訓練の方法、コントロール獲得が期待される年齢、遺尿を病的とみなすかどうか、恥や偏見の強さは、文化によって異なります(CDDR p.423)。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。「何歳だから異常」と暦年齢だけで決めないこと。そして、家族歴や文化的背景を責める材料にしないこと。この二点を確認してください。

4. 遺糞症(6C01

遺糞症とは、不適切な場所に繰り返し便を出す状態が続いていることです。診断には、次の要件を満たす必要があります。

診断要件(CDDR p.424)

特定用語(specifier)による区分

遺糞症は便秘の有無によって二つの異なる病態に分けられます。これは支援方針を決めるうえできわめて重要な区別です。

特定用語 コード 特徴(CDDR p.425)
便秘および溢流性便失禁を伴う遺糞症 6C01.0 遺糞症の最も一般的な形。便の停留と、糞塊(ふんかい:かたまった便)の嵌入(かんにゅう:便が直腸に詰まって動かなくなること)が特徴。便は典型的には(常にではないが)形がなく、ゆるいか液状。漏れは時々のものから持続的なものまでさまざま。トイレを避けることが便秘につながる経過がしばしば見られる
便秘および溢流性便失禁を伴わない遺糞症 6C01.1 便の停留や嵌入はなく、排便の生理学的コントロールは正常。社会的に受け入れられる場所で排便することへの気の進まなさ、抵抗、あるいはそうできないことが特徴。便は通常の硬さで、不適切な排便は間欠的(ときどき)

便秘・溢流性便失禁の悪循環

便秘および溢流性便失禁を伴う遺糞症(6C01.0)は、施設職員が最も頻繁に遭遇する形態です。そのしくみを理解しているかどうかで、支援の質が大きく変わります

便秘 → 嵌入 → 溢流性便失禁の悪循環 ① 排便のときに痛い・不快 硬い便、肛門の切れ、トイレ環境への嫌悪 ② 排便を避ける・がまんする 「痛いから出さない」という学習が生じる ③ 便秘・糞塊の嵌入 直腸のなかで硬い便のかたまりが動かなくなる ④ 直腸の感じ方がにぶくなる 便意を感じにくくなる(腸が広がったままになる) ⑤ 溢流性便失禁 便のかたまりのすき間から、ゆるい便がしみ出る この循環が回り続ける 職員からは「無意識の漏便」「下痢が続いている」ように見える 断ち切るには医療的対応(便のかたまりの除去と下剤の管理)が必要
図2 便秘および溢流性便失禁を伴う遺糞症の悪循環
支援上の重要ポイント

溢流性便失禁を伴う遺糞症は、表面的には「下痢が続いている」「失禁している」ように見えます。しかし背景にあるのは慢性便秘と直腸内の便のつまりです。叱責や行動修正では改善しません。それどころか「便をがまんする→さらに便秘が悪化する」悪循環を強化してしまいます。「ゆるい便・水様便が頻繁に漏れる」「お腹が張っている」「便意を訴えない、または訴えられない」という観察があれば、必ず医療スタッフに情報提供してください。対応の手順は2節の2つ目の囲みにあります。

正常との境界(CDDR p.426)

CDDRは、幼児期の早い時期に時折おこる便のお漏らしは珍しいことではないと明記しています。便失禁は、頻繁かつ持続的に起きて初めて診断の対象になります。

他の診断との関係について、CDDRが述べていること

CDDRは、他の診断との関係について次のように述べています。

「遺糞症は知的発達症のある人によく見られる。その診断は、すべての診断要件が満たされ、かつ本人の発達年齢が、便のコントロールが通常期待される年齢(暦年齢でおよそ4歳に相当)と同等である場合にのみ、与えられるべきである」(CDDR p.425)。

「遺糞は神経認知障害(例:認知症)のある人にも生じうる。すべての診断要件が満たされ、かつその状態が別個の臨床的注意を要する場合には、遺糞症の追加の診断を与えることができる」(CDDR p.425。第9章参照)。

「遺糞症があり、かつ慢性の便秘のある人は、遺尿症の症状を併存して経験することがある。それぞれの診断要件が完全に満たされる場合には、両方の診断を与えてよい」(CDDR p.426)。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。「便の問題」と「尿の問題」を別々に扱わず、あわせて記録してください。

もっと詳しく:遺糞症の追加的特徴・経過・性差(CDDR pp.425–426)
  • 遺糞症は最も多くは不随意ですが、随意的に見える場合もあります。いずれの場合も診断は可能です。不随意の排便は、便秘および溢流性便失禁を伴う型に最も多く関連します。
  • 意図的な遺糞症は、反抗挑発症や素行・非社会的行動症と関連することがあります(第3・4章参照)。
  • 排便の保持・回避行動は、過去に排便時の困難や痛みを経験した人に見られやすくなります。慢性便秘と便の停留が続くと、後天性の巨大結腸に至ることがあります。
  • 限局性恐怖症や社交不安症(公衆トイレを使うことへの恐怖など)も、保持行動の原因になりえます。
  • 遺糞症のある人は、当惑や自己評価の低下を経験することがあります。年長の子どもでは、からかいや孤立によって社会的機能に支障が出ることがあります。「人前で便が出てしまうのが怖い」という理由で社会的場面を避けるようになる場合もあります。
  • 経過:遺糞症は何年も続くことがあり、悪化するエピソードが繰り返されることがあります。
  • 有病率:6〜12歳の学齢期の子どもで1.5〜7.5%と、高い頻度で見られます(CDDR p.426)。
  • 性差:遺糞症は男性に多いとされています。女性では、便の細菌による尿道の汚染のため、尿路感染症が併存しやすくなります(CDDR p.426)。女性利用者の排泄介助では、この点に注意してください。

5. 発達年齢で判断するということ

原則

CDDRは、診断要件のなかで次のように述べています。「本人が、排尿のコントロールが通常期待される発達年齢(暦年齢でおよそ5歳に相当)に到達していること」(CDDR p.421)、「本人が、便のコントロールが通常期待される発達年齢(暦年齢でおよそ4歳に相当)に到達していること」(CDDR p.424)。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。暦年齢が25歳の利用者であっても、発達年齢が3歳相当であれば、この要件を満たしません。

排泄のコントロールは、次のいくつもの段階を必要とします。どれか一つでも育っていなければ、達成できません。

発達に遅れのない子どもでは、尿のコントロールはおよそ5歳までに、便のコントロールはおよそ4歳までに獲得されます。CDDRが示す「5歳」「4歳」は、この目安に対応しています。

暦年齢と発達年齢:診断の前提が変わる 利用者A(軽度知的発達症) 暦年齢 25歳 / 発達年齢 約8歳 → 排泄症の診断が可能 5歳・4歳の目安を十分に超えて いるため、他の要件を満たせば 遺尿症・遺糞症と診断される → 支援に加えて医学的評価を 利用者B(重度知的発達症) 暦年齢 25歳 / 発達年齢 約2歳 → 排泄症の診断には該当しない 排泄コントロールの獲得期に 達していないため、失禁は 知的発達症の特性として理解 → 支援と医学的評価は同じく必要
図3 発達年齢に基づく診断判断の例 どちらの場合も、日々の排泄介助と身体的評価の必要性は変わらない
職員の視点

「排泄症の診断に該当しない」ということは、「支援が不要」ということでは決してありません。重度知的発達症の利用者の排泄コントロールの困難は、その方の発達特性として理解されるのであって、引き続き丁寧な排泄介助・誘導・環境調整が必要です。診断概念は支援の目的を整理するための道具であり、支援の有無を決めるものではありません。

なお、CDDRは注記で次のように述べています。「症状カテゴリー『尿失禁(MF50.2)』またはその下位カテゴリーは、その病像が遺尿症の診断要件を満たさない場合に考慮されうる。その尿失禁を引き起こしていると考えられる基礎疾患の診断もあわせて与えられるべきである」(CDDR p.421)。便失禁(ME07)についても同様の注記があります(CDDR p.424)。

6. 身体的原因を除外することの重要性

排泄症群の診断は、身体的原因を除外したうえで初めて成立します。これは建前ではなく、職員がもっとも注意深く観察すべき論点の一つです。

知的発達症の利用者は、自分の身体感覚を言葉で表現することが困難な場合が多く、痛みや不快感が排泄行動の変化としてしか現れないことがあります。「最近失禁が増えた」「便が漏れるようになった」という変化の背景に、見過ごされている身体疾患が潜んでいる可能性を、常に意識してください。

遺尿症で除外すべき身体的要因

疑うべき疾患・要因 観察される徴候
尿路感染症 頻尿、排尿時の不快な表情、尿の混濁・血尿、発熱、不機嫌、腰背部の違和感を示す動作
糖尿病(未治療・コントロール不良) 多飲・多尿、体重減少、倦怠感、口渇
神経因性膀胱・脊髄関連の問題 排尿リズムの乱れ、残尿感を示す動作、下肢の動きの変化
薬剤の影響 抗精神病薬・利尿薬などの開始や増量と時期的に一致する失禁。この場合、失禁は薬の副作用とみなされ、通常は遺尿症の診断は正当化されません(CDDR p.424)
便秘(大きな便のかたまりによる膀胱の圧迫) 遺糞症との併存、腹部膨満、排便間隔の延長

遺糞症で除外すべき身体的要因

疑うべき疾患・要因 観察される徴候
慢性便秘・糞塊の嵌入 排便間隔の延長、腹部膨満、ゆるい便・水様便の頻回な漏れ、食欲低下
ヒルシュスプルング病(神経節無形成性巨大結腸) 乳幼児期からの重度便秘、腹部膨満、成長不良
肛門裂(こうもんれつ:肛門の切れ)・痔疾患 排便時の苦痛、便の表面の血液、排便後の不機嫌
消化管感染症・炎症性腸疾患 下痢、腹痛を示す動作、発熱、体重減少
薬剤の影響 一部の抗生物質、一部の抗がん剤、緩下剤、マグネシウムを含む制酸薬の使用(CDDR p.427)
二分脊椎・神経学的疾患 下肢機能の異常、肛門括約筋のゆるみ
医療連携の判断基準

排泄症状に加えて以下のいずれかが観察される場合は、行動上の問題として対応する前に、必ず医療スタッフに相談してください。
・発熱、体重減少、食欲低下、活気の低下
・腹部の膨満、便秘の長期化(3日以上の排便なし)
・尿の混濁・血尿、排尿時の苦痛を示す表情や声
・下肢の動きの変化、姿勢保持の異常
・薬剤の開始・変更と時期的に一致する症状の出現

「薬のせい」「病気のせい」で終わらせない(CDDR pp.424, 427)

CDDRは、薬剤の場合と他の医学的状態の場合を分けて述べています。この区別は、これまで見落とされやすかった点です。

職員は、「症状はいつから出ているか」「治療はいつ、どこまで行われたか」「治療のあとも続いているか」の3点を記録して伝えてください。

もっと詳しく:薬剤と排泄症状──CDDRの記載と、本マニュアルの補足

知的発達症の利用者には、行動上の問題への対応として抗精神病薬などが処方されていることが少なくありません。薬剤調整と排泄症状の関係には注意を払ってください。ここでは、CDDRが名前を挙げている薬剤と、CDDRには記載がない本マニュアルの補足を分けて示します。

CDDRが名前を挙げている薬剤

  • 遺尿(CDDR p.424):抗精神病薬、利尿薬、その他失禁を誘発する物質・薬剤。
  • 便失禁(CDDR p.427):一部の抗生物質、一部の抗がん剤、緩下剤、マグネシウムを含む制酸薬。

CDDRには記載がない、本マニュアルの補足

以下はCDDRの記載ではありません。施設臨床で注意されている事項として挙げるものであり、CDDRの根拠として引用しないでください。

  • SSRI・SNRI:まれに尿失禁が報告されることがあります。
  • ベンゾジアゼピン系睡眠薬:深い睡眠により覚醒が遅れ、夜間の遺尿につながることがあります。
  • 抗精神病薬の抗コリン作用による便秘 → 溢流性便失禁:多くの抗精神病薬は便秘を引き起こし、それが慢性化すると溢流性便失禁を生じることがあります。「薬剤による便秘 → 溢流性便失禁」という二段階のしくみであり、見落とされやすいパターンです。
  • 緩下剤の漫然とした使用:施設での便秘対策として続いている場合、量と反応の記録を残してください。

いずれの場合も、職員の役割は薬剤を評価することではなく、「いつ薬が変わったか」と「いつから症状が変わったか」を並べて記録し、渡すことです。

児童養護施設における排泄症状

児童養護施設で生活する子どもたちの排泄症状は、成人の知的発達症利用者とは異なり、虐待・ネグレクトのトラウマを背景とすることがあります。いったん獲得された排泄コントロールが失われる形での夜尿、性的虐待の徴候としての排泄行動の変化など、児童養護施設に固有の観察点と対応の原則については、付録「児童養護施設における理解」にまとめています。

7. 観察と記録のポイント

医療スタッフが診断と支援方針を立てるためには、日常的に利用者と接している職員の観察と記録が決定的な役割を果たします。以下を参考に、客観的かつ簡潔な記録を心がけてください。

遺尿症の観察項目

遺糞症の観察項目

便の性状を共通のことばで書く

「軟便」「ゆるい」「泥状」は、書く人によって意味がずれます。ブリストルスケール(便の形を7段階に分ける一般的な分類)のような共通のものさしを使うと、職員間でも医療職との間でも、伝わり方が揃います。使用中の記録様式にこの欄がなければ、備考に段階の数字を書き添えるだけでも有効です。

段階 見た目 読み取り
1コロコロした硬い塊が分かれている便秘の側。排便に時間や痛みを伴いやすい
2ゴツゴツした硬いソーセージ状
3表面にひび割れのあるソーセージ状通常の範囲
4表面がなめらかなソーセージ状
5やわらかい半分固まった塊ゆるい側。5〜7が少量ずつ何度も出ていて、まとまった排便がないときは、溢流性便失禁を疑う
6境界のはっきりしない泥状
7固形物のない水様

この表は排泄介助中の観察を書き分けるための目安です。段階そのものが診断になるわけではありません。

記録の例

悪い記録の例 → 良い記録の例

悪い例:「Aさん、今日もおもらしあり。困った。」
→ 何が、いつ、どの程度起きたかが分からず、評価に役立たない。

良い例:「Aさん、本日6時起床時にパジャマ・シーツ全体に夜間遺尿あり。今週これで4回目(月・水・木・本日)。先週までは週1〜2回だった。今週月曜から面会の予定変更があり、その後増加している印象。本人は気にする様子なく、淡々と着替えに応じる。」
→ 頻度の変化、時期、状況因子、本人の様子が具体的に記載されており、医療スタッフが評価に活用できる。

悪い例:「Bさん、下痢が続いている。」
→ 「下痢」という解釈が入ってしまい、便秘が背景にある可能性が見えなくなる。

良い例:「Bさん、まとまった排便は5日前が最後。本日、ブリストル7相当の水様便が少量、10時・13時・16時の3回下着に付着。腹部やや膨満、触れると硬い。食事は半量。本人は便意の訴えなし。」
→ 溢流性便失禁を疑う材料がそろっており、医療職がすぐ動ける。

8. ASDの感覚特性とトイレ環境

自閉スペクトラム症をもつ利用者では、トイレという環境が感覚過敏のために強い不快や恐怖の対象になっていることがあります。これが排泄回避を引き起こし、結果として遺尿症や便秘性の遺糞症の温床となることがあります。

トイレ環境で負荷になりうるもの

感覚 負荷になりうるもの 調整の例
聴覚 便器を流す音、手洗いの水音、換気扇の音、ドアの開閉音 流す前に予告する、本人が出てから流す、換気扇の音を減らす
嗅覚 芳香剤、消毒のにおい、他の人のにおい 強い芳香剤をやめる、換気の時間を確保する
触覚 便座の素材、トイレットペーパーの感触、下着の感触 便座カバー、本人が受け入れられる紙・下着を探す
視覚 蛍光灯のちらつき、便器の中の水、自分の便が見えること ちらつきの少ない照明、視線の位置の工夫
温度 冬季のトイレの寒さ、便座の冷たさ 暖房便座、脱衣時の室温を上げる
空間・姿勢 個室の閉所感、足が床につかない不安定さ 扉を完全に閉めなくてよい配慮、足台を置く

この表は環境調整の出発点です。どれが本人にとっての負荷かは、一つずつ変えて反応を見るほかありません。

排泄症状を呈するASD利用者に対しては、行動的アプローチや叱責的対応を行う前に、環境調整による負荷軽減を試みることが原則です。あわせて、トイレに行く時間と手順を絵カードで示す、新しいトイレに行く前に写真で予習するなど、視覚的な予測可能性を高める工夫も有効です。

アセスメントの視点

「自宅のトイレなら使えるが、施設の特定のトイレは使わない」「特定の時間帯のトイレ使用を避ける」「特定のトイレットペーパー以外は使わない」など、排泄回避が状況選択的である場合は、感覚特性やこだわりが背景にある可能性が高いと考えられます。職員は「どのトイレなら使えるか」「何時頃なら使えるか」「どんな条件が揃えば排泄できるか」を観察し、本人の使えるパターンを共有することが重要です。

9. 支援的アプローチと医療連携

排泄症群への支援は、身体・心理・環境・関係性の各側面を統合した多面的なアプローチが原則です。施設職員は、医療スタッフ・心理職・栄養士などと連携し、利用者ごとに個別化された支援計画を構築する一員となります。

遺尿症への支援的アプローチ

遺糞症(特に便秘・溢流性)への支援的アプローチ

遺糞症(非便秘性)への支援的アプローチ

医療連携を考えるべきタイミング

速やかな医療相談を要する状況

以下の状況では、施設内対応のみで様子を見ず、医療スタッフへの相談・受診を検討してください。
これまで排泄コントロールができていた利用者の急な失禁の出現(特に成人)
3日以上の排便なし、腹部膨満、嘔吐、食欲低下を伴う
血尿、血便、排泄時の苦痛の訴え(言語的・非言語的)
発熱、活気の低下、体重減少を伴う排泄症状
下肢の動きや姿勢の変化を伴う排泄症状(神経学的問題の可能性)
性的虐待の可能性を示唆する所見(会陰部・肛門部の損傷、特定状況での激しい拒否など)

この章のまとめ

排泄症群(遺尿症・遺糞症)は、知的発達症の利用者および児童養護施設の子どもたちにおいて高い頻度で見られる、しかしその背景がきわめて多層的な併存症です。ICD-11の診断は、暦年齢ではなく発達年齢を基準とし、身体的原因の除外を前提とします。

施設職員には、表面的な「排泄の問題」の背後に、身体疾患のサイン、便秘・溢流性便失禁の悪循環、薬剤の影響、トラウマの再演、ASDの感覚過敏など、多様な要因が潜んでいる可能性を読み取る視点が求められます。とりわけ、いったん確立していた排泄コントロールが失われた場合は、まず身体疾患・環境ストレス・トラウマ反応のサインとして観察・報告することが基本です。心理的な退行(甘え直し)として理解できる場合もありますが、その判断は医療職・心理職が行います。また、溢流性便失禁を「下痢」と取り違えず慢性便秘の医療的対応が必要と判断する視点は、利用者の苦痛を軽減するために不可欠です。

そして何よりも、排泄の問題は本人の尊厳に直結する事柄です。叱責でも訓練でもなく、個別的・私的な事柄として、淡々と、共感的に、最小限の関係者で扱われるべきものであることを、本マニュアルは強調します。

本章の記述は、WHO『Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural and Neurodevelopmental Disorders』(CDDR, Geneva: WHO, 2024)と照合し、有病率などの数値を含め、CDDRの記載に統一しています(2026年8月改訂)。CDDRの日本語版が刊行され、日本国内の数値が示された際には、あらためて追記する予定です。