第2章 排泄症群

日常的な「排泄の問題」の背景にあるものを読み解く

コア層 約9分/全層 約22分
この章で学ぶこと

排泄に関する困難は、知的発達症をもつ利用者や、児童養護施設で生活する子どもたちの支援において、職員がきわめて頻繁に遭遇する事象です。しかしそれは、単なる「身体的なトラブル」でも「しつけの問題」でもありません。本章では、ICD-11における遺尿症(6C00)と遺糞症(6C01)の理解、特に施設で重要となる発達年齢相応性の評価身体的原因の除外、そして排泄症状の背景にある心理・トラウマ・感覚特性について解説します。

1. 排泄症群とは何か

ICD-11において排泄症群(Elimination disorders)とは、ベッドや衣服の中に繰り返し尿を出すこと(遺尿症)と、不適切な場所に繰り返し便を出すこと(遺糞症)を指します。これらは、本来であれば排泄のコントロールが達成されているはずの発達年齢に到達した個人に生じる状態であり、随意的にも不随意的にも起こりえます。

排泄症群は、知的発達症や自閉スペクトラム症をもつ方々において、一般人口よりも高い頻度で見られる併存症です。また、児童養護施設においては、虐待・ネグレクトの既往をもつ子どもたちに、退行現象としての夜尿の再発がしばしば観察されます。それゆえ排泄症群は、本マニュアルが対象とする利用者層において特に理解が求められる併存症の一つとなります。

排泄症群 ICD-11 6C00–6C0Z 遺尿症 6C00 遺糞症 6C01 夜間 6C00.0 昼間 6C00.1 両方 6C00.2 便秘・溢流性 便失禁を伴う 6C01.0 便秘・溢流性 便失禁を伴わない 6C01.1 ICD-11 における排泄症群の構造 器質的疾患・薬剤の影響を除外し、発達年齢を満たすことが診断の前提 いずれも下位分類によって背景因子と支援方針が大きく変わる
図1 ICD-11 における排泄症群の分類
もっと詳しく:ICD-10 からの変更点と歴史的背景

ICD-10では、排泄症群は「小児期及び青年期に通常発症する行動および情緒の障害」(F90–F98)の中に「非器質性遺尿症(F98.0)」「非器質性遺糞症(F98.1)」として位置づけられていました。「非器質性」という名称は、器質的疾患を除外したうえで残った機能的な排泄問題を意味するもので、心因性のニュアンスを強く含むものでした。

ICD-11では、「非器質性」の語が削除され、単に「Enuresis」「Encopresis」と呼ばれるようになりました。これは、排泄症群の背景に身体的要因と心理的要因が複雑に絡み合っていることが現代の臨床研究によって明らかになり、心因と身体因を二項対立的に分ける見方が適切でないという認識が広まったためです。

また、ICD-11では遺糞症が「便秘および溢流性便失禁を伴う/伴わない」という臨床的に意義深い下位分類で整理されました。これは小児消化器病学の知見を反映したもので、両者では治療アプローチが根本的に異なります(後述)。

2. 遺尿症(6C00

遺尿症とは、反復的かつ持続的に、ベッドや衣服に尿を排出する状態です。診断のためには、以下の要件を満たす必要があります。

診断要件(ICD-11)

下位分類

分類 コード 特徴
夜間遺尿症 6C00.0 夜間(睡眠中)のみ尿失禁が起こる。最も多い形であり、典型的には入眠後しばらく経った夜の前半に生じる
昼間遺尿症 6C00.1 覚醒中のみ尿失禁が起こる。社会不安(公衆トイレを使うことへの不安)や、楽しい活動を中断したくない気持ちから排尿を我慢することと関連することがある
夜間および昼間遺尿症 6C00.2 夜間と覚醒中の両方で尿失禁が起こる

一次性遺尿症と二次性遺尿症

ICD-11の正式な下位分類ではありませんが、臨床的にきわめて重要な区別として、一次性二次性の遺尿症があります。

職員への注意点

知的発達症のある利用者で「最近おねしょが増えた」「以前は乾いていたのに失禁が再発した」という変化は、単に「特性が悪化した」のではなく、環境変化、不安、身体疾患(特に尿路感染)、抑うつ、トラウマ反応など、何らかの背景要因が生じている可能性を示すサインです。「いつもと違う変化」として記録し、医療スタッフに伝えてください。

もっと詳しく:遺尿症の経過と発達上の特徴

経過の特徴

  • 多くの子どもは思春期までに排尿コントロールを確立しますが、少数は成人期まで遺尿症が持続します。
  • 思春期に持続する遺尿症では、排尿の頻度も増加することが多いとされています。

発達上の特徴

  • 遺尿症は出生時から存在することもあれば(一次性)、いったんコントロールを獲得した後に発症することもあります(二次性)。
  • 排尿コントロールを獲得していた小児に遺尿症が発症する典型的な年齢は、5〜8歳とされています。
  • 昼間遺尿症は9歳以上では比較的少なくなります。

性差

  • 夜間遺尿症は男子に多く、昼間遺尿症は女子に多い傾向があります。

家族歴

  • 遺尿症の既往をもつ親の子どもは、遺尿症の頻度が高いことが知られています。生物学的(遺伝的)要因の関与が示唆されます。

文化的背景

  • 排泄訓練の方法や、コントロール獲得の期待される年齢は、文化によって異なります。何歳から「異常」と見なすか、どの程度の恥や偏見と結びつくかは、文化的規範に強く影響されます。

3. 遺糞症(6C01

遺糞症とは、反復的かつ持続的に、不適切な場所に便を排出する状態です。診断のためには、以下の要件を満たす必要があります。

診断要件(ICD-11)

下位分類

遺糞症は、便秘の存在の有無によって二つの異なる病態に分けられます。これは支援方針を決定する上できわめて重要な区別です。

分類 コード 特徴
便秘および溢流性便失禁を伴う遺糞症 6C01.0 遺糞症の最も一般的な形。便の停留と糞塊形成(嵌入)が特徴。便はしばしば(常にではないが)形のない(軟便または液状)のものとなり、漏れる量も時々から持続的までさまざま。トイレを避けることが便秘につながる経過がしばしば見られる
便秘および溢流性便失禁を伴わない遺糞症 6C01.1 便の停留や嵌入はなく、排便の生理学的コントロールは正常な状況下で、社会的に受容される場所での排便への抵抗・拒否を特徴とする。便は通常正常な硬さで、不適切な排便は間欠的

便秘・溢流性便失禁の悪循環

便秘および溢流性便失禁を伴う遺糞症(6C01.0)は、施設職員が最も頻繁に遭遇する形態であり、そのメカニズムを理解することで支援の質が大きく変わります

便秘 → 嵌入 → 溢流性便失禁の悪循環 ① 排便時の痛み・不快 硬便、肛門裂、トイレ環境への嫌悪 ② 排便回避・我慢 「痛いから出さない」学習が生じる ③ 便秘・糞塊形成 直腸内に硬い便塊が嵌入する ④ 直腸の感受性低下 便意を感じにくくなる(巨大結腸化) ⑤ 溢流性便失禁 便塊の隙間から液状便が漏れる 職員からは「無意識の漏便」として観察される 本人は「便秘」とは認識されず、軟便・液状便が常に漏れているため 「下痢が続いている」と誤って解釈されることがある この悪循環を断ち切るには医療的対応(便塊除去・下剤管理)が不可欠
図2 便秘および溢流性便失禁を伴う遺糞症の悪循環
支援上の重要ポイント

溢流性便失禁を伴う遺糞症は、表面的には「下痢が続いている」「失禁している」ように見えますが、その背景にあるのは慢性便秘と直腸内の便塊嵌入です。叱責や行動修正では決して改善せず、それどころか「便を我慢する→さらに便秘が悪化する」悪循環を強化してしまいます。「軟便・水様便が頻繁に漏れる」「腹部が張っている」「便意を訴えない/訴えられない」という観察があれば、医療スタッフに必ず情報提供してください。

もっと詳しく:遺糞症の追加的特徴と経過

追加的臨床特徴

  • 遺糞症は最も多くは不随意ですが、随意的に見える場合もあります。いずれの場合も診断は可能です。不随意の便排出は、便秘および溢流性便失禁を伴う型に最も多く関連します。
  • 意図的な遺糞症は、反抗挑発症や素行・非社会的行動症と関連することがあります。
  • 排便の保持・回避行動は、特に過去に排便時の困難や痛みを経験した利用者に見られることがあります。慢性便秘と便の停留が続くと、後天性巨大結腸を発症する可能性があります。
  • 特定の恐怖症や社交不安症(公衆トイレを使うことへの恐怖など)も、保持行動の原因となりうるとされています。

経過の特徴

  • 遺糞症は何年も持続することがあり、症状の悪化のエピソードが繰り返されることがあります。

発達上の特徴

  • 便失禁は出生時から存在することもあれば(一次性)、いったん腸のコントロールを獲得した後に発症することもあります(二次性)。
  • 遺糞症は学齢期の子どもでは比較的高頻度(6〜12歳の小児で1.5〜7.5%)に見られます。

性差

  • 遺糞症は男子に多いとされています。
  • 女性では、便細菌による尿道汚染のため、遺糞症と尿路感染症が併存することがあります。これは女性利用者を支援する際に特に注意すべき点です。

遺尿症との併存

  • 慢性便秘を伴う遺糞症の利用者は、遺尿症の症状を併発することがしばしばあります。これは便塊が膀胱を圧迫し、膀胱機能に影響を及ぼすためです。両方の診断要件が満たされる場合は、両診断が併記されます。

4. 発達年齢相応性という概念

知的発達症の利用者を支援するうえで、排泄症群の診断における「発達年齢相応性」という概念は決定的に重要です。ICD-11は、遺尿症・遺糞症の診断において、暦年齢ではなく発達年齢を基準とすることを明確に求めています。

原則

排泄症群は、本人が、その排泄機能のコントロールが通常達成される「発達年齢」に到達している場合にのみ診断されます。すなわち、暦年齢が25歳の利用者であっても、その方の発達年齢が3歳相当であれば、排泄のコントロール困難を「遺尿症」「遺糞症」として診断することはできません。

なぜ発達年齢で判断するのか

排泄のコントロールは、神経学的成熟と認知発達の両方を必要とする複雑な能力です。膀胱や直腸の充満感を知覚し、それを意識化し、排泄の場と時を社会的に適切に判断し、必要なら我慢して、適切な場所まで移動して衣服を整えて排泄する――この一連のプロセスは、知的発達がある段階に到達していなければ達成できません。

定型発達児では、尿のコントロールはおよそ5歳までに、便のコントロールはおよそ4歳までに獲得されるとされています。ICD-11が示す「5歳」「4歳」は、この定型発達における目安に対応しています。

暦年齢と発達年齢の対比:診断の前提が変わる 利用者A(軽度知的発達症) 暦年齢 25歳 発達年齢 約8歳 → 排泄症の診断が可能 発達年齢 5歳・4歳の閾値を 十分に超えているため、 他の要件を満たせば 遺尿症・遺糞症と診断される 利用者B(重度知的発達症) 暦年齢 25歳 発達年齢 約2歳 → 排泄症の診断には該当しない 発達年齢が排泄コントロール 獲得期に達していないため、 「失禁」は知的発達症の 特性として理解される
図3 発達年齢に基づく診断判断の例
職員の視点

「排泄症の診断に該当しない」ということは、「支援が不要」ということでは決してありません。重度知的発達症の利用者の排泄コントロールの困難は、その方の発達特性として理解されるのであって、本人にも介護者にも引き続き丁寧な排泄介助・誘導・環境調整が必要です。診断概念は支援の目的を整理するための道具であり、支援の有無を決めるものではないことを理解してください。

5. 身体的原因を除外することの重要性

ICD-11の診断要件にも明記されている通り、排泄症群の診断は身体的原因を除外したうえで初めて成立します。これは机上の建前ではなく、利用者の支援において職員がもっとも注意深く観察すべき臨床的論点の一つです。

知的発達症の利用者は、自分の身体感覚を言葉で表現することが困難な場合が多く、痛みや不快感が排泄行動の変化としてしか現れないことがしばしばあります。「最近失禁が増えた」「便が漏れるようになった」という変化の背景に、見過ごされている身体疾患が潜んでいる可能性は常に意識する必要があります。

遺尿症で除外すべき身体的要因

疑うべき疾患・要因 観察される徴候
尿路感染症 頻尿、排尿時の不快な表情、尿の混濁・血尿、発熱、不機嫌、腰背部の違和感を示す動作
糖尿病(未治療・コントロール不良) 多飲・多尿、体重減少、倦怠感、口渇
神経因性膀胱・脊髄関連の問題 排尿リズムの乱れ、残尿感を示す動作、下肢の動きの変化
薬剤の影響 抗精神病薬・利尿薬・その他の薬剤の開始や増量と時期的に一致する失禁
便秘(巨大便塊による膀胱圧迫) 遺糞症との併存、腹部膨満、排便間隔の延長

遺糞症で除外すべき身体的要因

疑うべき疾患・要因 観察される徴候
慢性便秘・糞塊嵌入 排便間隔の延長、腹部膨満、軟便・水様便の頻回な漏れ、食欲低下
ヒルシュスプルング病 乳幼児期からの重度便秘、腹部膨満、成長不良
肛門裂・痔疾患 排便時の苦痛、便の表面の血液、排便後の不機嫌
消化管感染症・炎症性腸疾患 下痢、腹痛を示す動作、発熱、体重減少
薬剤の影響 抗生物質、緩下剤、マグネシウム含有制酸薬、抗がん剤などの使用
二分脊椎・神経学的疾患 下肢機能の異常、肛門括約筋の弛緩
医療連携の判断基準

排泄症状に加えて以下のいずれかが観察される場合は、行動上の問題として対応する前に、必ず医療スタッフに相談してください。
・発熱、体重減少、食欲低下、活気の低下
・腹部の膨満、便秘の長期化(3日以上の排便なし)
・尿の混濁・血尿、排尿時の苦痛を示す表情や声
・下肢の動きの変化、姿勢保持の異常
・薬剤の開始・変更と時期的に一致する症状の出現

もっと詳しく:薬剤誘発性の排泄症状

知的発達症の利用者には、行動上の問題への対応として抗精神病薬や気分安定薬が処方されていることが少なくありません。これらの薬剤は排泄機能に直接的・間接的に影響を及ぼしうるため、薬剤調整と排泄症状の関係に注意を払うことが重要です。

遺尿症を引き起こしうる薬剤

  • 抗精神病薬:特にクロザピン、リスペリドン、オランザピンなどで尿失禁の報告があります。鎮静作用、α1受容体遮断作用、膀胱機能への直接作用などが想定されています。
  • 利尿薬:薬理作用として当然多尿となります。投与時間と失禁時間の関係を観察します。
  • SSRI・SNRI:稀ですが尿失禁を引き起こすことがあります。
  • ベンゾジアゼピン系睡眠薬:深い睡眠による覚醒の遅延が夜間遺尿を促進することがあります。

遺糞症(便失禁)を引き起こしうる薬剤

  • 緩下剤の過剰使用:施設での便秘対策として漫然と使用されている場合に注意が必要です。
  • マグネシウム含有制酸薬・下剤:軟便・下痢を引き起こします。
  • 抗生物質:腸内細菌叢の変化による下痢を引き起こします。
  • 抗精神病薬の便秘惹起作用 → 溢流性便失禁:多くの抗精神病薬は抗コリン作用により便秘を引き起こし、それが慢性化すると溢流性便失禁を生じることがあります。これは「薬剤による便秘 → 溢流性便失禁」という二段階のメカニズムであり、見落とされやすいパターンです。

ICD-11は、薬剤投与以前から排泄症状が存在していた場合は遺尿症・遺糞症の診断を付けてよいとしていますが、薬剤投与以後に出現したものは原則として薬剤副作用として扱い、遺尿症・遺糞症とは診断しないとしています。

6. 児童養護施設における排泄症状とトラウマ

児童養護施設で生活する子どもたちの多くは、虐待・ネグレクトを背景として施設に入所しています。これらの子どもたちにおける排泄症状は、しばしばトラウマ反応の一つの表れとして理解する必要があります。

排泄症状とトラウマの関連

虐待・ネグレクトを経験した子どもにおいて、排泄症状は以下のような形で現れることがあります。

トラウマインフォームドな対応の原則

排泄症状を呈する被虐待児に対して、職員が絶対に避けるべきことがあります。
叱責、皮肉、恥をかかせる言葉:トラウマを再活性化し、症状を悪化させます。
排泄訓練的な厳しいスケジュール強制:コントロール感の喪失というトラウマの中核を再現します。
他の子どもの前での排泄介助・声かけ:羞恥と恐怖を強化します。
他のスタッフへの軽率な情報共有:必要な共有は行うべきですが、本人の尊厳を損なう形で語ることは避けてください。

原則として、排泄の問題は個別的・私的な事柄として、最小限の関係者のみで、淡々と、共感的に扱われるべきです。

退行現象としての夜尿の再発をどう理解するか

施設に入所して数週間〜数か月経ってから、それまで乾いていた子どもがおねしょを始めることがあります。これは多くの場合、「環境に慣れ、緊張がほどけた結果として、抑え込まれていた退行欲求が表出した」ものとして理解されます。

これは決して「悪化」ではなく、むしろ本人がその施設・職員に対して安全感をもち始めたサインでもあります。職員はこれを「期待を裏切られた」と感じる必要はありません。淡々と対応し、子どもが安心して退行できる場を提供することが、長期的な回復への道筋となります。

もっと詳しく:複雑性PTSDと排泄症状

ICD-11で正式に診断概念として採用された複雑性PTSD(cPTSD)は、長期的・反復的なトラウマ(特に小児期の虐待・ネグレクト)を背景に発症する症候群です。複雑性PTSDの中核症状(PTSDの三症状+自己組織化の障害=感情調節不全・否定的自己概念・対人関係の困難)に加えて、身体化症状として排泄機能の不調が見られることがあります。

具体的には:

  • 解離性のエピソード中の失禁
  • 過覚醒状態における頻尿・尿意切迫
  • 自己身体への嫌悪感に関連する排泄回避と便秘
  • 特定の感覚刺激(流水音、便器の冷たさなど)によるフラッシュバックと排泄行動の異常

これらは厳密にはICD-11の遺尿症・遺糞症の診断要件を満たさないこともありますが、利用者の苦痛は同じく強烈です。職員は、複雑性PTSDをもつ利用者の排泄症状を、単なる「行動の問題」ではなくトラウマの身体的表現として理解する視点をもつ必要があります。詳細は「第6章 ストレス因関連症群」を参照してください。

7. ASDの感覚特性とトイレ環境

自閉スペクトラム症をもつ利用者では、トイレという環境が感覚過敏のために強い不快や恐怖の対象となっていることがあります。これが排泄回避を引き起こし、結果として遺尿症や便秘性遺糞症の温床となることがあります。

トイレ環境における感覚過敏の例

トイレ環境における感覚的負荷の要因 トイレ環境 感覚刺激の集積場所 聴覚 流水音、便器の流水音、 換気扇、ドアの音 嗅覚 芳香剤、消毒臭、 他者の便臭 触覚 便座の冷たさ・素材、 トイレットペーパーの感触 視覚 蛍光灯のちらつき、 便器内の水・自分の便 温度 冬季のトイレの寒さ、 便座の冷感 空間感覚 個室の閉所感、 便器に座る不安定感 これらが組み合わさって「トイレに行きたくない」「便を出したくない」という回避を生む
図4 トイレ環境におけるASD利用者にとっての感覚的負荷

感覚特性に配慮したトイレ環境調整

排泄症状を呈するASD利用者に対して、行動的アプローチや叱責的対応を行う前に、環境調整による負荷軽減を試みることが原則です。

アセスメントの視点

「自宅のトイレなら使えるが、施設の特定のトイレは使わない」「特定の時間帯のトイレ使用を避ける」「特定のトイレットペーパー以外は使わない」など、排泄回避が状況選択的である場合は、感覚特性やこだわりが背景にある可能性が高いと考えられます。職員は「どのトイレなら使えるか」「何時頃なら使えるか」「どんな条件が揃えば排泄できるか」を観察し、本人の使えるパターンを共有することが重要です。

8. 観察と記録のポイント

排泄症状の評価において、医療スタッフが診断と支援方針を立てるためには、日常的に利用者と接している職員の観察と記録が決定的な役割を果たします。以下のポイントを参考に、客観的かつ簡潔な記録を心がけてください。

遺尿症の観察項目

遺糞症の観察項目

記録の例

悪い記録の例 → 良い記録の例

悪い例:「Aさん、今日もおもらしあり。困った。」
→ 何が、いつ、どの程度起きたかが分からず、評価に役立たない。

良い例:「Aさん、本日6時起床時にパジャマ・シーツ全体に夜間遺尿あり。今週これで4回目(月・水・木・本日)。先週までは週1〜2回だった。今週月曜から面会の予定変更があり、その後増加している印象。本人は気にする様子なく、淡々と着替えに応じる。」
→ 頻度の変化、時期、状況因子、本人の様子が具体的に記載されており、医療スタッフが評価に活用できる。

9. 支援的アプローチと医療連携

排泄症群への支援は、身体・心理・環境・関係性の各側面を統合した多面的なアプローチが原則です。施設職員は、医療スタッフ・心理職・栄養士などと連携し、利用者ごとに個別化された支援計画を構築する一員となります。

遺尿症への支援的アプローチ

遺糞症(特に便秘・溢流性)への支援的アプローチ

遺糞症(非便秘性)への支援的アプローチ

医療連携を考えるべきタイミング

速やかな医療相談を要する状況

以下の状況では、施設内対応のみで様子を見ず、医療スタッフへの相談・受診を検討してください。
これまで排泄コントロールができていた利用者の急な失禁の出現(特に成人)
3日以上の排便なし、腹部膨満、嘔吐、食欲低下を伴う
血尿、血便、排泄時の苦痛の訴え(言語的・非言語的)
発熱、活気の低下、体重減少を伴う排泄症状
下肢の動きや姿勢の変化を伴う排泄症状(神経学的問題の可能性)
性的虐待の可能性を示唆する所見(会陰部・肛門部の損傷、特定状況での激しい拒否など)

この章のまとめ

排泄症群(遺尿症・遺糞症)は、知的発達症の利用者および児童養護施設の子どもたちにおいて高い頻度で見られる、しかしその背景がきわめて多層的な併存症です。ICD-11の診断は、暦年齢ではなく発達年齢を基準とし、身体的原因の除外を前提とします。

施設職員には、表面的な「排泄の問題」の背後に、身体疾患のサイン、便秘・溢流性便失禁の悪循環、薬剤の影響、トラウマの再演、ASDの感覚過敏など、多様な要因が潜んでいる可能性を読み取る視点が求められます。とりわけ、児童養護施設での二次性遺尿の再発を「悪化」ではなく安全感が芽生えたサインとしての退行として理解する視点、そして溢流性便失禁を「下痢」と取り違えず慢性便秘の医療的対応が必要と判断する視点は、利用者の苦痛を軽減するために不可欠です。

そして何よりも、排泄の問題は本人の尊厳に直結する事柄です。叱責でも訓練でもなく、個別的・私的な事柄として、淡々と、共感的に、最小限の関係者で扱われるべきものであることを、本マニュアルは強調します。