第3・4章 衝動制御症群および秩序破壊的または非社会的行動症群

繰り返される問題行動をどう見立て、どう医療とつなぐか

コア層 約12分(1・2・8節)/全層 約55分
本章の重要性

本章で扱う2つの症群は、当法人が支援する利用者層において日常的に接する可能性が最も高い精神医学的問題の一つです。知的発達症や自閉スペクトラム症(ASD)との合併、過去の虐待・ネグレクト経験を背景とする行動化(こうどうか:気持ちを言葉にできず、行動として現れること)、薬物療法の影響など、見立てが難しい状況が重なりやすく、「特性なのか」「しつけの問題なのか」「医療的対応を要する障害なのか」の判断を職員は日々迫られます。本章は、この判断の土台となる知識と観察視点を提供します。

この章で学ぶこと

本章では、ICD-11 が定める2つの症群──衝動制御症群(放火症・窃盗症・強迫的性行動症・間欠爆発症)と秩序破壊的または非社会的行動症群(反抗挑発症・素行・非社会的行動症)──について、目の前で爆発や反抗が起きたときにどう動くか、そして基本的な定義、施設での見え方、知的発達症・ASD特性や被虐待体験との区別、医療連携のあり方を学びます。診断や治療方針の決定は医療スタッフの役割ですが、これらの症群を見分けるための最初の情報を持っているのは、日々の生活を共にしている施設職員です。

本章では、正式名称である「秩序破壊的または非社会的行動症群」を、読みやすさのために「秩序破壊症群」と略して書く箇所があります。同じものを指しています。

どこから読めばよいか

新任の方・時間のない方は、2節「その場でどうするか」と8節「観察と記録のポイント」だけをお読みください。これだけで日々の業務に必要な内容は足ります。経験のある方・主任以上の方は、全体をお読みください。折りたたみの「もっと詳しく」は、関心のある方向けの補足です。10節・11節(家族対応・支援計画)は主任以上の方を主な読者としています。

1. なぜこの章が重要なのか

当法人が運営する施設には、知的発達症やASDなどの発達症をもつ利用者と、幼少期に虐待やネグレクトを経験した利用者(児童養護施設の入所児者)がともに暮らしています。この両方の背景は、本章で扱う症群と密接に関わります。

放火、盗み、性的な逸脱行動、爆発的な怒り、ルール違反、他者への攻撃──こうした「繰り返される問題行動」は、職員が最も対応に苦慮する場面です。そして同時に、以下のような問いに日々直面します。

これらの問いに、その場で明確な答えを出すことは専門医にも困難です。しかし、どのような情報をどう観察・記録しておくかによって、医療スタッフがその後に行う見立ての精度は大きく変わります。本章の目的は、職員がその情報を提供できるようになることです。

決めつけないことの重要性

「あの子は性格が悪い」「しつけがなっていない」「親が悪い」──このような断定的な見方は、利用者への適切な支援を妨げるだけでなく、医療的対応が必要な状態を見逃す原因にもなります。本章を通じて繰り返し強調するのは、決めつけずに観察し、複数の視点から見立てるという姿勢です。

2. その場でどうするか

本章でもっとも大切な節です。爆発は、始まってからでは選択肢がほとんどありません。だからこそ、前兆・発生時・収束後の3つの場面で何をするかを、あらかじめ体に入れておく必要があります。ここでは加えて、日々もっとも頻度の高い「反抗・拒否に出会ったとき」の手順も示します。

前提:職員の安全は、利用者支援の条件です

けがをした職員は、その日から支援できません。職員が身構えている施設では、利用者も落ち着けません。自分の身を守る行動は、利用者を見捨てることではなく、支援を続けるための条件です。以下の手順は、すべてこの前提の上に書かれています。

2-1. 爆発の前兆に気づいたとき

その場でどうするか

「いつもと違う」緊張・興奮のサインに気づいたとき

  1. まず近づかずに観察する──呼吸が速い、貧乏ゆすり、拳を握る、行ったり来たりする、声が大きくなる、目が合わなくなる、特定の相手をにらむ。CDDRは、爆発の前に震え・胸の締めつけ感・全般的な緊張や興奮といった前触れの症状が現れることがあると記しています(CDDR p.531)。
  2. 次に刺激を減らす──テレビや音楽を止める、照明を落とす、その場の人数を減らす、周囲の会話を止める。
  3. 要求を下げる──いま出している指示や課題を、その場で取り下げる。「あとでいいですよ」と言い切る。予定は変えてかまいません。
  4. 立つ位置を変える──正面ではなく斜め前に立つ。本人と出入口の間に立たない。手の届く距離まで近づかない。
  5. 応援を呼ぶ──次のいずれかに当てはまったら、その時点で人を呼ぶ。判断を先延ばしにしない。
    • 立ち上がって、人や物に近づいた
    • 物を手に取った、または壊し始めた
    • 声かけに1〜2回応じず、緊張が下がる気配がない
    • その場に他の利用者がいて、すぐには離れられない
    • 過去に、同じ前兆から爆発に至ったことがある
  6. 落ち着いてから記録する──何分前から、どんなサインが、何をきっかけに出たか。前兆のサインは人によって決まっていることが多く、書きためるほど早く気づけるようになります。
してはいけないこと
  • 「落ち着いて」と繰り返す──言葉が重なるほど刺激になり、かえって高まります。
  • 理由を問いただす──前兆の段階で説明を求めると、言葉にできない苛立ちが増します。
  • 体に触れて止めようとする──触れられることが引き金になる方がいます。
  • 人を集めて取り囲む──応援は呼びますが、囲まないでください。囲まれたと感じると逃げ道がなくなります。
  • その場に他の利用者を残す──巻き込まれます。先に離してください。

2-2. 爆発が始まったとき

この場面の優先順位

①職員自身の安全 → ②他の利用者の安全 → ③本人の安全 → ④物の保全の順です。この順番を入れ替えないでください。本人を止めようとして職員が負傷する事故は、この順番が崩れたときに起きます。

その場でどうするか

大声・物の破壊・他者への攻撃が始まったとき

  1. まず自分が下がる──手の届かない距離まで離れる。目安は2メートル以上。物を投げている場合は、さらに離れて壁や家具を間に置く。自分と出入口の間に本人を置かない。
  2. 他の利用者を離す──「こちらへ」と短く言って、別の部屋・別の階へ誘導する。説明はあとでかまいません。自力で動けない利用者がいる場合は、職員がその前に立ちはだかるのではなく、本人との間にテーブルなどを置いて距離を作ります。
  3. 応援を呼ぶ──次のいずれかで、ためらわずに呼ぶ。
    • 他者に手が出た、または手が届く距離まで近づいた
    • 危険な物(刃物・ガラス・熱源・火)が手元にある
    • その場に職員が一人しかいない
    • 本人が自分を傷つけている
    • 出入口や階段の近くで起きていて、飛び出す危険がある
  4. 声かけは短く、低く、少なく──「ここにいます」「大丈夫です」程度にとどめ、間を空けてゆっくり繰り返す。
  5. 逃げ道をふさがない──本人の背後や出入口をふさぐ位置に立たない。本人が別の場所へ移ろうとするなら、危険がないかぎり止めない。
  6. 危険な物は、静かに下げられる範囲だけ下げる──取り上げようとして体に触れない。手が届く範囲の物を静かに動かすだけにとどめる。
  7. 収まりはじめたら、それ以上何もしない──静かになったら、話しかけずに距離を保って待つ。ここで声をかけると、再燃することがあります。
してはいけないこと
  • 議論する・言い分を正す──「そんなことは言っていません」と訂正すると、爆発は長引きます。
  • 指示を重ねる──「座って」「静かに」「やめて」を続けると、刺激が積み上がります。
  • 大声を出す──こちらの興奮がそのまま伝わり、激しさが増します。
  • 正面に立つ・見下ろす──対決の姿勢に見えます。斜め前に立ち、目の高さをそろえてください。
  • 一人で身体を押さえ込む──職員も本人も負傷します。身体的介入は、ほかに手段がなく、本人または他者に差し迫った危険があるときに限り、複数名で、施設の定めた手順に従って、必要最小限の時間だけ行います。
  • 部屋に閉じ込める・出入口をふさぐ──逃げ場を失うと、攻撃はこちらに向かいます。
  • 罰や条件を持ち出す──「そんなことをしたら○○はなしです」は、この場面では通じず、恨みだけが残ります。

2-3. 収束した後

その場でどうするか

爆発が収まった直後、そしてその日のうちに

  1. まず静かな環境を確保し、距離を保ったまま数分待つ──人・音・光を減らす。声をかけない時間を作る。
  2. 身体を確認する──本人の手・腕・頭の傷、出血、腫れ。周囲の破損物とガラス片。他の利用者と職員のけがも確認する。
  3. 短く声をかける──「けがはないですか」「お水を飲みますか」。この段階の会話はここまでにする。
  4. 片づけは職員が行う──破損物の片づけを本人にさせない。手伝いを申し出た場合も、この日は無理をさせない。
  5. 他の利用者に対応する──見ていた利用者に「もう大丈夫です」と伝え、不安を訴える方には個別に時間をとる。
  6. 職員のケアをする──対応した職員を一人にしない。その日のうちに上司へ報告し、短くても振り返りの時間をとる。恐怖や怒りを感じたことを、率直に言える場が必要です。
  7. 記録する──開始と終了の時刻/直前30分の出来事/前兆の有無/実際の行為の内容/誰がどう対応したか/収束のきっかけ/けがの有無/本人の事後の様子と発言。
  8. 振り返りは日を改める──本人との話し合いは、少なくとも本人が落ち着いて食事や睡眠をとれた後に行う。

当日中に医療スタッフへ報告する状況:頭部の打撲/意識のもうろう、けいれん、いつもと違う目の動き/これまでにない激しさ・長さの爆発/薬剤の変更後に起きた爆発/発熱・頭痛・嘔吐など身体症状を伴う場合/本人が自分を傷つけた、または「死にたい」と述べた場合。

してはいけないこと
  • その場で叱責する・反省を求める──直後は言葉が入りません。恥と怒りだけが残ります。
  • 「なぜあんなことをしたの」と問い詰める──説明できないことが多く、問い詰めは次の爆発の下地になります。CDDRは、爆発のあとに抑うつ気分・疲労・後悔・自責・恥・罪悪感が、しばしば(ただし常にではなく)現れると記しています(CDDR p.531)。
  • 何事もなかったように流す──記録と報告を省くと、パターンが見えなくなり、次も同じ強さで起こります。
  • 本人を長時間ひとりにする──自傷のリスクがあります。距離は保ちつつ、視野に入る場所にいてください。

2-4. 反抗・拒否に出会ったとき

その場でどうするか

指示や誘いに「やらない」「いやだ」と返されたとき

  1. まず一度引く──その場で押し返さない。「わかりました、少し待ちますね」と言って距離をとる。
  2. 要求の出し方を変える──「〜してください」を「〜と〜、どちらにしますか」に変える。手順を一つずつに分ける。かかる時間を伝える(「3分で終わります」)。
  3. 選択肢を2つ用意する──どちらを選ばれても支援側が困らない2つにする。3つ以上は迷いを生みます。
  4. 逃げ道を作る──「今はやめておいて、あとでもいいですよ」と、断っても関係が壊れない道を残す。
  5. 勝ち負けにしない──人前で従わせようとしない。周囲の視線があるほど、本人は引けなくなります。他の利用者がいる場所なら、場所を変える。
  6. こちらの関わり方を検討する──特定の職員にだけ反抗が向くなら、その職員の指示の出し方・声の調子・タイミングを、チームで見直します。CDDRは、特定の権威者との関係の問題でよりよく説明される反抗的なふるまいは、反抗挑発症とは診断しないと明記しています。例として、敵対的にふるまう、あるいは無理な要求をする親・教師・上司が挙げられています(CDDR p.538)。
  7. 記録する──何を求めたとき、誰に対して、どんな言い方で拒否が出たか。応じてもらえた場面も、同じ細かさで記録する。拒否だけを書くと、実像がゆがみます。
してはいけないこと
  • 同じ指示を繰り返す──回数が増えるほど、応じにくくなります。引くに引けなくなるのは本人も同じです。
  • 交換条件を持ち出す──「やらないと○○はなし」は、その場では効いても、反抗の構図を強めます。
  • 他の利用者と比べる──「◯◯さんはできているのに」は、確実に関係を損ないます。
  • 複数の職員で囲んで説得する──圧力と受け取られ、爆発の引き金になります。
  • 「頼まない」ことで解決する──その場は静かになりますが、本人の生活が縮み、状態の悪化も見えなくなります(5-2節の囲みを参照)。

3. ICD-11における位置づけ──2つの症群

ICD-11は、本章で扱う疾患を2つの独立した症群として配置しています。

ICD-11における2つの症群 衝動制御症群 6C70–6C7Z 中心概念:衝動に抗えない 6C70 放火症 6C71 窃盗症 6C72 強迫的性行動症 6C73 間欠爆発症 6C7Y・6C7Z その他・特定不能 本人の体験の水準の問題 「やめたいのにやめられない」 秩序破壊的または 非社会的行動症群 6C90–6C9Z 中心概念:持続する行動パターン 6C90 反抗挑発症 6C91 素行・非社会的行動症 6C9Y・6C9Z その他・特定不能 行動の水準の問題 両症に共通の特定用語:  向社会的情動の限られた型  典型的な向社会的情動の型
図1 ICD-11における2つの症群の構成 衝動制御症群は「衝動への抵抗不能」、秩序破壊的または非社会的行動症群は「持続的な行動パターン」をそれぞれ中心概念としている。各症の下位区分(特定用語・下位型)は本文の表を参照

なぜ2つに分かれているのか

ICD-11がこの2つを分けた理由を大づかみに知っておくと、それぞれの症群の理解が深まります。

もっと詳しく:2つに分けて考えることの実務上の意味

医療連携のときに「どちらの症群に重心があるか」を意識すると、話が通じやすくなります。衝動を抑えられないことが前面に出ていれば、薬物療法や衝動を扱う心理療法が話題になります。持続する行動パターンが前面に出ていれば、環境調整と長期の行動支援計画が話題になります。職員が集めるべき情報も、それに応じて変わります。

なお、この分類の歴史的な経緯(ICD-11とDSM-5の設計思想の違いなど)については、当法人の『精神医学マニュアル』の該当章で扱っています。

4. 衝動制御症群(6C70–6C7Z

4-1. 放火症・窃盗症に必須の3段階構造

衝動制御症群の4つの症(放火症・窃盗症・強迫的性行動症・間欠爆発症)では、3つの段階構造がみられることがあります。この構造を頭に入れておくと、観察すべきポイントが明確になります。CDDRの症群総論は、この段階構造を衝動制御症群全体について「行為の前に緊張や情動的興奮が高まることが多く(often)、行為のあとには快感・満足・緊張の緩和が続くのが典型的(typically)」と述べています(CDDR p.519)。ただし、CDDRの各症の必須特徴を突き合わせると、この3段階のサイクルが必須特徴として書き込まれているのは放火症(p.520)・窃盗症(p.523)だけです。間欠爆発症・強迫的性行動症の必須特徴にはこの項目がなく、みられることもありますが診断に必須ではありません。※この対比自体はCDDRが一文で述べているものではなく、本マニュアルが各症の必須特徴を比較して整理したものです。この節の見出しを「共通構造」としないのは、そのためです。

放火症・窃盗症に必須の3段階構造 行為の前 緊張・興奮の高まり ・落ち着かなさ ・対象への没頭 ・身体的な興奮感 ・「やりたい」が強まる ・抵抗しようとする 行為中・直後 快感・満足・緊張の緩和 ・「すっきりした」 ・興奮の頂点 ・行為への没入 ・現実感が薄れる  (解離のような状態) 事後 罪悪感・恥・後悔 ・「またやった」 ・自責感 ・落ち込み・疲労 ・反省を伴うとは  かぎらない 中核:「やめたいのにやめられない」という抵抗不能の体験 間欠爆発症・強迫的性行動症では、このサイクルは診断に必須ではない
図2 放火症・窃盗症に必須の3段階構造 行為前の緊張の高まり、行為中・直後の快感と緊張緩和──このサイクルが必須特徴として書き込まれているのは放火症(CDDR p.520)・窃盗症(同 p.523)である。間欠爆発症・強迫的性行動症では、みられることはあっても診断に必須ではない。※この対比は本マニュアルがCDDRの各症の必須特徴を比較して整理したもの(CDDR pp.519–531)

共通する診断要件

ICD-11の衝動制御症群の共通定義は、おおむね次のように要約できます。

なお、本人が「衝動的だった」と言葉で説明できなくても、診断は妨げられません。職員の観察が、本人の言葉を補います。

4-2. 4つの症の概観

衝動制御症群に含まれる4つの症について、それぞれの診断の核心と施設での観察ポイントを整理します。

(1) 放火症(6C70

強い衝動に抗えずに繰り返し放火を行う症です。重要なのは、放火の目的が「金銭的利益」「復讐」「妨害工作」「政治的主張」「注目を集める」など、はっきりした動機ではないことです(CDDR p.520)。

診断は医師が行います。次の表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。

診断の核心施設での観察ポイント
火を点ける衝動を制御できず、繰り返し放火または放火未遂を行う マッチ・ライターを集める、火に関わる物(消火器・消防車)への過度の関心、紙くずや布などを焼いた跡
火やそれに関わる道具・場面への持続的な没頭・魅了 火災ニュースを繰り返し見る、消防の話題に異常に詳しい、火を見つめ続ける
放火の前に緊張・興奮が高まる そわそわした様子、目が活発になる、「何かしたい」と訴える
放火中・直後に快感・興奮・緊張緩和を体験 火を見て高揚する、火災現場で手伝おうとする、消火の手伝いに熱心
合理的動機がない(金銭・復讐・主張のためではない) 本人の物・好きな物が燃えても気にしない、目立たない場所での放火
火のあとの場面への関与について、CDDRが述べていること

CDDRは、放火症の必須特徴のなかで次のように述べています。

「本人は、火をつける行為の最中および直後、ならびにその影響を目撃している間、あるいはその後の場面に関与している間に、快感、興奮、安堵、または満足を経験する」(CDDR p.520)。

また、正常との境界については次のように述べています。

「人は、利得のため、犯罪を隠すため、復讐の行為として、妨害工作を行うため、政治的主張を行うため、または注目を集めるため(例:わざと火をつけて、自分が最初にそれを発見して消し止める)に、火をつけることがある。……そのような場合には、放火症の診断は適切ではない」(CDDR p.521)。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。この一点だけで判断しないでください。記録すべきなのは「本人が周囲の注目をどう扱ったか」です。真っ先に人を呼びに行ったか、自分が発見者であることを繰り返し語ったか、それとも誰にも言わずに火を見つめていたか。この違いが、医療者にとっての手がかりになります。

放火の兆候を見つけたら

放火症は生命と財産に直結する重大な行動です。マッチ・ライターの所持、焼け焦げ跡、火への異常な関心といった兆候を察知した場合、決して見逃さず、直ちに上司と医療スタッフに報告してください。本人を責めるのではなく、本人の安全と他の利用者・職員の安全を守るための具体的な環境調整(火源の管理、観察体制)が必要です。

もっと詳しく:放火症の鑑別と発達上の注意

放火行為があったからといって、すぐに放火症と診断されるわけではありません。CDDRは以下の鑑別を求めています(正常との境界はCDDR p.521、他の疾患との境界は同 pp.522–523)。

  • 幼児期の発達的好奇心──幼い子どもは火に興味を示し、マッチやライターで遊ぶことがあります。これは放火症ではありません(CDDR p.521)。
  • ADHD・知的発達症による衝動的・無分別な行為──衝動性や判断力の問題から結果的に火を点けてしまうことがありますが、「火そのものへの没頭」「行為前の緊張高まり」「行為後の満足」がないため、放火症ではありません。
  • 素行・非社会的行動症の一部としての破壊行為──他者への嫌がらせや反社会的行為の一部として行う放火は、放火症ではなく素行・非社会的行動症として扱われます。CDDRは、この場合の放火は利得や復讐といった見分けのつく動機で行われることが多く、また放火症の人は放火以外に非社会的行動を示さないのが通常だ、とも述べています(CDDR p.522)。
  • 統合失調症の幻覚・妄想に基づく放火──「火を点けろ」という命令幻覚や妄想体系の中での放火は、放火症ではありません。
  • 認知症・脳損傷による脱抑制──衝動制御の全般的低下の一部として放火が起こる場合は、放火症の独立診断はつけません。

放火症と放火行動は男性に多いとされます(CDDR p.522)。典型的な発症年齢はまだ確立されていませんが、放火行動の多くは思春期・若年成人期に始まるとされています(CDDR p.521)。また、社会的スキルの問題や学習困難を伴うことが多く、特に女性では、性的虐待を含むトラウマへの曝露歴や自傷の既往が報告されることが多いとされています(CDDR p.520)。

数値についてCDDRは、放火症そのものは(放火行動一般とは区別して)まれであり、特に小児ではまれとしています。一方、成人における放火行動の生涯有病率は1.13%と推定され、高齢者で最も低いとされています。また放火による逮捕のほぼ半数は18歳未満の若年者です(いずれもCDDR p.521)。

(2) 窃盗症(6C71

盗む衝動に抗えずに繰り返し物を盗む症です。重要なのは、盗みに、はっきりした動機がないことです。CDDRが例として挙げるのは「個人的に使うために手に入れるのではない」「金銭的利益のためではない」という形です(CDDR p.523)。CDDRは、窃盗症の人が盗んだ品物を欲しいと思い、実用的な使い道があることもあるが、それを必要とはしていない(同じ物をいくつも持っている、買うだけの金銭的余裕が十分にある)と述べています(CDDR p.524)。

診断の核心施設での観察ポイント
盗みの衝動を制御できず、繰り返し盗む 居室・職員室・他利用者の所持品から物品が消える、本人の持ち物の中に身に覚えのない物がある
盗む物に明らかな動機がない 本人にとって不要な物・使えない物・既にたくさん持っている物を盗む、盗んだ物を使わずしまい込む
盗みの前に緊張・興奮が高まる 人目をうかがう、特定の場面でそわそわする、目的なく歩き回る
盗み中・直後に快感・興奮・緊張緩和を体験 盗んだ後に明らかに落ち着く、表情が和らぐ
盗んだ後に罪悪感・恥を感じることが多いが、繰り返しを止められない 「もうしない」と泣いて謝るのに繰り返す
もっと詳しく:窃盗症の鑑別と臨床的特徴

窃盗症は、施設での「窃盗のような行為」として最も誤解されやすい状態です。ほとんどの「物がなくなる」事案は窃盗症ではなく、別の理由によります。

  • 必要だから・欲しいから盗る──最も多い窃盗の動機。これは窃盗症ではありません。
  • 仕返しや嫌がらせのため──素行・非社会的行動症の一部として現れる窃盗は、窃盗症ではありません。
  • 知的発達症・認知症による所有概念の混乱──「自分の物」と「他者の物」の区別が困難なための無断使用は、窃盗症ではありません。
  • ADHDの衝動性──衝動的に手に取ってしまう行為は、窃盗症の中核(緊張高まり→盗む→緊張緩和のサイクル)とは異なります。
  • 気分症の一部──躁状態の一部として現れる無計画な窃盗は、躁の症状として扱います。
  • パーキンソン病薬・むずむず脚症候群薬(ドパミン作動薬)の副作用──薬剤性に窃盗様の行為が現れることがあります。

窃盗症は女性に有意に多く診断されるとされます(CDDR p.525)。ただし、臨床像や症状の重さに性別による差は観察されていません(CDDR p.525)。経過は人によりさまざまで、長い間隔をおいて時々起こる型、盗みが続く時期と収まる時期を繰り返す型、強さが変動しながら慢性的に続く型があります(CDDR p.524)。治療を求めて受診する人は、それまでに長年(例:10年以上)の万引きの経過を報告することが多く(CDDR p.524)、本人が深く悩みながらも、受診までに長い時間が経過していることが少なくありません。気分症、不安症、強迫症、物質使用症、他の衝動制御症との併発が一般人口より多いとされます(CDDR p.524)。

施設では、まず「物がなくなる」事案を窃盗症と決めつけず、上記の他の可能性を順番に検討する姿勢が必要です。窃盗症の可能性が浮上する場合は、医療スタッフへの情報提供が求められます。

(3) 強迫的性行動症(6C72

強い性的衝動・欲動を制御することに繰り返し失敗し、反復的な性的行動が長期間続いて、本人に強い苦痛または生活上の重大な支障をもたらしている状態です。制御の失敗は、「性的行動が生活の中心になる」「やめようと努力しても失敗する」「悪影響があっても続ける」「満足をほとんど感じなくなっても続ける」のいずれか1つ以上として現れます(下表の上3行がすべて揃う必要はありません)。パターンが長期間(例:6か月以上)続いていることも要件です(CDDR p.526)。

利用者保護の最優先課題

本症が施設内の他の利用者(特に未成年者・知的に脆弱な方)に向かう場合、被害を受けうる利用者の安全確保が絶対の最優先事項です。「支援関係を壊さないように」といった配慮よりも、まず物理的隔離を含む環境調整を直ちに行い、上司・医療スタッフ・必要に応じて第三者機関に報告してください。本症のある利用者を犯罪者として扱うのではなく、「医療的対応を要する状態」として把握しつつ、被害防止を最優先する──この両立が職員の役割です。

診断の核心施設での観察ポイント
性的衝動の制御に繰り返し失敗し、反復的な性的行動が中心的活動となる マスターベーションの異常な頻度、性的内容への異常な没頭、他のことが手につかなくなる
本人が制御しようと繰り返し努力するが失敗する 「もうしないと約束したのに」を繰り返す、自責的な表現
悪影響(人間関係の破綻、健康被害、法的問題)があっても続けてしまう 注意・指導されても繰り返す、人間関係の悪化があっても止まらない
パターンが長期間(例:6か月以上)続いている 一時的な発達的現象ではなく、継続的な問題として認められる
強い苦痛または重大な機能障害をもたらす 本人の生活が成り立たなくなる、他の利用者に被害が及ぶ
環境の移行に伴う増加について、CDDRが述べていること(CDDR p.528)

CDDRは、正常との境界について次のように述べています。

「強迫的性行動症は、これまで存在しなかった性的なはけ口の利用可能性が増す文脈への移行の期間中に生じる、性的な衝動・欲動・行動の比較的短い期間(例:数か月まで)の増加のみを根拠として、診断されるべきではない(例:新しい街への転居、交際関係の状態の変化)」(CDDR p.528)。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。施設は、この条件に当てはまる場面がきわめて多い環境です。入所、退所、別の施設への移動、大部屋から個室への変更、単身生活への移行、日中活動の場の変更──いずれも「これまでなかった機会」を生みます。移行の直後に性的な言動が増えたことをもって、本症を疑わないでください。移行から数か月が経ってもなお続いているかどうかが、次に見るべき点です。記録には、いつ環境が変わったかを必ず併記してください。

「自分は依存だ」という自己申告の扱い(CDDR p.527)

自分の性的行動に宗教的・道徳的な判断をもつ方や、他者からの評価や起こりうる結果を強く気にしている方が、自分を「セックス依存」と表現したり、自分の行動を「強迫的だ」と述べたりすることがあります。CDDRは、そうした場合には、その認識が内的・外的な判断や結果への懸念だけによるものなのか、それとも実際に性的衝動・欲動・行動の制御が損なわれている証拠があるのかを、注意深く検討する必要があるとしています。

職員は、本人の自己申告をそのまま診断名として記録に書かないでください。本人の言葉としてかぎかっこ付きで残し、実際に観察された行動とは分けて医療スタッフに伝えます。

道徳的判断による苦痛について、CDDRが述べていること

CDDRは、必須特徴のなかで次のように述べています。「性的な衝動・欲動・行動についての道徳的判断や否認にもっぱら関係する苦痛は、この要件を満たすには十分ではない」(CDDR p.527)。

また、正常との境界については次のように述べています。「強迫的性行動症は、性的な衝動・欲動・行動についての道徳的判断や否認に関係する苦痛──それ以外では精神病理の徴候とはみなされないであろうもの──を根拠として診断されるべきではない(例:自分は性的衝動をまったく持つべきでないと信じている女性、けっしてマスターベーションをすべきでないと信じている信仰心の篤い若い男性、自分の同性愛的な惹かれや行動について苦悩している人)」(CDDR pp.527–528)。

「この診断はまた、思春期の人々によく見られる高い水準の性的関心や行動(例:マスターベーション)を記述するために与えられるべきではない。それが苦痛を伴っている場合であっても、である」(CDDR p.527)。

もっと詳しく:強迫的性行動症の鑑別と注意点

本症は、ICD-11で新設された比較的新しい診断概念です。鑑別と判断が複雑な領域ですので、現場の判断は急がず、必ず医療スタッフ・心理職と協議してください。なお性差として、CDDRは男性のほうが本症と診断されやすいとし、本症のある女性は男性より小児期の性的虐待歴を報告することが多いとしています(CDDR p.529)。

  • 思春期・青年期の発達的な性的活発さ──この年代の性的関心の高まりは正常範囲。診断対象ではない。
  • パラフィリア症(小児性愛・露出など)──別カテゴリーであり、対象や様式に異常がある。本症と併発することはあるが、両者は別概念。
  • 気分症の症状──躁・軽躁状態の性的脱抑制は、気分症の症状として扱う。
  • ドパミン作動薬の副作用──パーキンソン病等の治療薬で性的脱抑制が現れることがある。
  • 認知症・脳損傷による脱抑制──全般的な脱抑制の一部としての性的脱抑制は、本症の独立診断はつけない。
  • パーソナリティ症の感情調節困難──情緒的苦痛を性行動で和らげるパターンとの区別。

知的発達症・ASDをもつ利用者の場合、性的発達と社会的スキルの解離(身体的成熟と社会的判断のギャップ)から「不適切な性的行動」が現れることがあります。これは本症ではなく、性教育・社会的スキル支援の課題として扱うべきです。本症と判断するには、上記の「衝動の制御不能」「反復性」「機能障害」が中心特徴であることが必要です。

(4) 間欠爆発症(6C73

挑発の程度に著しく不釣り合いな、激しい言語的または身体的な攻撃の爆発が繰り返される症です。本症は、施設で最も頻繁に遭遇しうる衝動制御症と言えます。目の前で爆発が起きたときの手順は2節「その場でどうするか」にあります。

診断の核心施設での観察ポイント
言語的攻撃(暴言・どなり声・癇癪)または身体的攻撃の爆発が反復 突然怒鳴る、物を投げる、人を叩く、自分や物を傷つける
爆発の激しさが、きっかけとなった出来事に著しく不釣り合い 「そんなことで?」と感じるほど些細な事で激高する
長期間(例:3か月以上)にわたり繰り返す 一過性ではなく、持続的なパターンとして現れる。CDDRは「長期間(例:少なくとも3か月)にわたり規則的に起こること」としており、3か月は例として挙げられた目安で、絶対的な線引きではありません。頻度の目安:高強度側(CDDRの例は「人に暴行を加える」など、深刻な結果をもたらす爆発)は年に数回でも該当しえます。低強度側(暴言のほか、暴行にも器物破壊にも至らない身体的攻撃を含みます)は週2回以上が目安とされます(CDDR p.531)
著しい苦痛、または生活機能の大きな障害があること 本人の強い苦痛、または対人関係・学業・仕事・日常生活への大きな支障として現れる
衝動的・反応的(計画的でない) 「考える間もなく」爆発する、後で「なぜあんなことを」と振り返る
6歳以上、またはそれに相当する発達水準(怒りの抑制が発達上期待される段階)に達している 幼児の癇癪は本症ではない
他の精神疾患、物質、身体疾患では説明できない ASDのこだわり破壊、ADHDの衝動性、気分症の易刺激性などとの鑑別が必要
前兆を捉える

本症の爆発の前には、ときに身体的な前兆症状があると報告されています。CDDRが挙げるのは、震え、胸の締めつけ感、より全般的な緊張感や興奮感です。爆発の後は、抑うつ気分、疲労、あるいは後悔・自責・恥・罪悪感といった否定的な感情が、しばしば(ただし常にではなく)現れるとされます(いずれもCDDR p.531)。これらの前兆を捉えることができれば、利用者・職員双方の安全確保のための事前対応が可能になります。日常的な観察記録に「いつもと違う緊張・興奮の様子」を残す習慣が大切です。手順は2-1節を参照してください。

なおCDDRは、本症の爆発が社会的な場面で「脅かされた」と受け取ったこと(実際には脅威がなくても、他者に敵意があると誤って読み取った場合を含む)や、日常の中で思うようにいかないことによって引き起こされやすいと述べています(CDDR p.531)。「何もないのに突然」に見える場面でも、本人の側では何かが起きています。

怒りと社会的文脈について、CDDRが述べていること

CDDRは、文化に関連する特徴の項で次のように述べています。

「さらに臨床家は、怒りが複数の環境的ストレッサー(例:差別、喪失、住まいを失うこと、限られた社会的支え、無力感、不正)の蓄積への反応であるときに、それを単一の引き金となる出来事に誤って帰属させることがある。臨床家は、診断を与える前に、より広い社会的文脈と、それが怒りの表出とどのように関係しうるかを考慮すべきである」(CDDR p.533)。

(原文はこの記述を、文化的マイノリティ・移民・紛争後の状況にある人が「過度に怒っている」と誤ってラベルづけされるリスクの文脈で述べています。)

施設で言えば、被虐待歴のある方、施設や病院を転々としてきた方、地域や学校や職場で排除されてきた方が、これに当たります。「今日、職員がコップを片づけたこと」が引き金に見えても、それは最後の一押しにすぎないことがあります。記録には、直前の出来事だけでなく、その日・その週に本人が経験した出来事もあわせて残してください。「些細なことで激高した」という書き方は、この文脈を消してしまいます。

性差について、CDDRが述べていること

CDDRは、性別に関連する特徴について次のように述べています。

「間欠爆発症は男性においてはるかに有病率が高いと当初は考えられていたが、近年の地域調査は、性別による有病率が同程度であることを示唆している」(CDDR p.533)。「重大な身体的暴行は男性により多く見られ、より軽度の身体的攻撃および言語的攻撃は女性により特徴的である」(CDDR p.533)。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。「女性だから間欠爆発症ではないだろう」という前提は、女性利用者の状態を見落とす原因になります。物を投げる、机を叩く、激しい暴言といった行動も、頻度と不釣り合いさの要件を満たせば、報告の対象です。

神経学的所見・脳波所見について、CDDRが述べていること

CDDRは、次のように述べています。

「間欠爆発症のある人の一部は、神経学的診察において(例:「ソフトサイン」)、および脳波において、診断可能な神経系の疾患を構成しない非特異的な異常を示す。そのような所見が存在する場合でも、診断要件が満たされるのであれば、間欠爆発症と診断してよい」(CDDR p.531)。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。てんかんの既往をもつ利用者が多い施設では、「脳波に異常があるのだから、これはてんかんであって間欠爆発症ではない」という短絡が起こりがちです。逆に、実際にてんかん発作である可能性を排除することも同じく重要です。発作との見分け方と目撃時の対応は第13章「てんかん」にまとめています。職員の役割はどちらかを決めることではなく、医療者が判断できる材料(前触れの有無、意識の状態、持続時間、けいれんの有無、その後のもうろう状態、呼びかけへの反応)を記録して渡すことです。

もっと詳しく:間欠爆発症の鑑別と発達経過

「突然の激しい怒り」は様々な状態で現れるため、本症の鑑別は施設臨床において特に重要です。

  • ASDのメルトダウン──環境変化、感覚刺激、ルーチンの中断、こだわりの妨害に対する反応。本症と異なり、特定の引き金(環境的・感覚的)と結びついている。
  • ADHDの衝動性──全般的な衝動性・多動性の一部として現れる。本症の「特異的に攻撃爆発が目立つ」パターンとは異なる。
  • 反抗挑発症(慢性の易刺激性−怒りを伴う型)──権威者からの要求への反応として現れる怒り爆発。本症と異なり、反抗的・対立的な特徴も伴う。
  • 素行・非社会的行動症──こちらの攻撃は計画的・道具的(目的達成のため)。本症の衝動的・反応的攻撃とは性質が異なる。
  • 気分症の易刺激性──うつ・躁状態の症状として現れる。気分エピソードに限定される。
  • 覚醒剤など物質の影響──物質使用中に現れる場合は本症の独立診断はしない。
  • せん妄──CDDRは、間欠爆発症の除外項目にせん妄を明示しています(CDDR p.531)。急に始まった意識のぼんやり、日内での変動、幻視を伴う興奮などがあれば、まずせん妄を疑って身体的な評価につなぎます(第9章参照)。
  • 認知症・神経系の疾患・脳腫瘍など──衝動的な攻撃行動がこれらで完全に説明される場合は、本症の診断はつけません(CDDR p.534)。
  • てんかん・脳損傷──身体疾患による場合は本症の独立診断はしない。ただし、診断可能な疾患を構成しない脳波異常やソフトサインがあるだけでは、本症の診断は妨げられません(CDDR p.531)。
  • 詐病(さびょう:症状を意図的に偽ること)との境界──CDDRは、繰り返し言語的・身体的な攻撃を行った人が、精神疾患の診断を得ることによって刑事訴追などの不利な結果を避ける目的で、間欠爆発症に合致する症状を偽って申告することがあるとし、その場合は診断しないと述べています(CDDR p.534)。触法(しょくほう:法に触れる行為)事案に関わる場面をもつ本章では、この可能性も念頭に置く必要があります。ただし判断は医療者と司法の領域です。職員は本人の申告と、日常の観察記録とを分けて提供してください。両者が食い違うこと自体が、重要な情報になります。

本症の平均発症年齢は10〜16歳の間とされ、典型的には他の併発症(抑うつ症群、不安または恐怖関連症群、食行動症または摂食症群、物質使用症)よりも早く現れます(CDDR p.532)。長期にわたり持続的な経過をたどりますが、攻撃行動は一般に年齢とともに減っていき、有病率も生涯を通じて低下していきます(CDDR p.532)。

本症の利用者の多くに外傷的な出来事への曝露歴(暴力の目撃、児童期の身体的虐待)があることが報告されています(CDDR p.531)。当法人の児童養護施設では、被虐待児にこのパターンが見られる可能性は十分あります。

5. 秩序破壊的または非社会的行動症群(6C90–6C9Z

5-1. 共通構造

この症群の正式名称は「秩序破壊的または非社会的行動症群(Disruptive behaviour and dissocial disorders)」です。本章では読みやすさのため「秩序破壊症群」と略すことがありますが、同じものを指します。反抗挑発症と素行・非社会的行動症の2つを含み、衝動制御症群とは異なり、「持続的な行動パターン」を中心概念としています。本人の内的な体験ではなく、観察される行動の積み重ねが診断の基盤となります。

共通する診断要件

ICD-11が秩序破壊症群について述べる共通の要件は次のように要約できます。

「適応的行動」は症状ではない

CDDRは特に注意すべき重要な原則を明示しています:「個人の置かれた環境的状況に対する適応的行動(例:虐待を受けている家庭から逃げ出す、生き残るために盗む)を、これらの診断の唯一の根拠としてはならない」(CDDR p.537)。以下は本マニュアルの運用上の考え方です。当法人が支援する被虐待児には、入所前の不適切な環境への適応として身につけた行動パターンが、入所後も持続している場合があります。この記述をふまえて、行動の背景もあわせて記録してください。

もっと詳しく:行動パターンと心理社会的環境

秩序破壊症群は、家族機能不全、養育環境の問題、虐待・ネグレクト体験、仲間関係の問題、親の精神疾患など、心理社会的リスク因子と強く関連するとCDDRは述べています。これは、これらの症群を「個人の病理」として閉じて理解することの限界を示しています。

被虐待児が施設入所後に示す行動が、本症群の診断要件を一見満たすように見えても、その背景には以下のような複雑な要素があります。

  • 愛着の問題:信頼できる養育者との関係が形成されていないことから生じる対人関係の困難
  • トラウマ反応:過去の体験への過敏化、再演、安全感の欠如
  • 適応的に身につけた行動:危険な環境で生き延びるために必要だった戦略(嘘、盗み、攻撃、誰も信用しない態度)
  • 発達上の遅れ:適切な養育を受けられなかったことによる感情調節能力・社会的判断力の発達遅滞

これらは秩序破壊症群の症状と表面上は区別がつかないことがあります。診断は医療者の役割ですが、職員が「適応的意味」「過去の体験との関連」を含む文脈情報を医療スタッフに提供することが、適切な見立てに不可欠です。

この問題は、第6章「ストレス関連症群」の内容と深く関連します。両章を併せて理解することが推奨されます。

5-2. 2つの症の概観

秩序破壊症群に含まれる2つの症について、それぞれの診断の核心と施設での観察ポイントを整理します。

(1) 反抗挑発症(6C90

同年代・発達水準・性別・社会文化的文脈と比較して著しく不従順・反抗的・非服従的な行動パターンが持続している状態です(CDDR p.538)。子ども・思春期に多く見られますが、成人にも持続します。CDDRは、成人の反抗挑発症では親・家族との関係の対立が続き、社会的な支えが乏しくなり、上司や同僚とのやりとりの困難から職場での機能に苦労することが多い、と述べています(CDDR p.540)。

診断の核心施設での観察ポイント
他者と折り合えない持続的な困難 権威者と言い争う、要求・指示・規則に逆らう、わざと他者を苛立たせる、自分の失敗を他者のせいにする
挑発的・意地悪・執念深い行動 他者を挑発する、SNSで他者を攻撃・嘲弄する
極端な易刺激性または怒り(該当する場合は特定用語で記録) すぐ機嫌を損ねる、頻繁に癇癪を起こす、怒りや不満を持続的に抱える
パターンが長期間(例:6か月以上)持続(CDDR p.538) 一時的な反抗期ではなく、継続的なパターン
特定の相手との関係だけでは説明できないこと 相手側が不当な要求や敵対的な関わりをしている場合、それへの反応は本症ではありません。CDDRが挙げる例は「親・教師・上司(supervisors)」で、施設ではこの「上司」に当たる立場が職員です。特定の職員にだけ反抗的な場合は、職員側の関わり方も検討します(CDDR p.538)
行動の頻度と診断について、CDDRが述べていること(CDDR p.540)

CDDRは、次のように述べています。

「子どもが年齢を重ねるにつれ、権威者による直接の要求は典型的には少なくなっていく。さらに、反抗挑発症のある子どもや青年とやりとりする他の人々は、その否定的な反応のために、彼らに要求を出すことを避けるようになることがある。したがって、反抗的または非服従的な行動が比較的まれにしか起こらないことを理由として診断が排除されることはない──それらが権威者とのやりとりの大半を特徴づけているかぎりにおいて」(CDDR p.540)。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。施設は、この状態がもっとも起こりやすい環境そのものです。職員は、断られる場面を重ねるうちに、無意識に「この人には頼まないでおこう」「この時間は声をかけないでおこう」と学習していきます。その結果、記録の上では「最近は落ち着いている」ように見えます。しかし実際には、本人の生活の幅が狭まり、状態の悪化が見えなくなっているだけかもしれません。

次の問いを、カンファレンスで定期的に立ててください。「この3か月で、私たちはこの人に何を頼まなくなったか」。頼まなくなった項目が増えているなら、それは改善ではなく、要求の回避が進んだ結果である可能性があります。記録には「拒否がなかった」だけでなく、「何を求めた場面が、どれだけあったか」を残してください。分母が書かれていない記録は、状態の変化を映しません。

易刺激性と怒りについて、CDDRが述べていること

CDDRは、次のように述べています。

「易刺激性と怒りの特徴(例:すぐ機嫌を損ねる、または容易に苛立つ、かんしゃくを起こす、怒りっぽく恨みがましい)が、臨床像の主要な特徴であることがときにある。しかしながら、易刺激性と怒りだけでは、診断にとって必要でも十分でもない。これらの症状は、同等の年齢および発達水準の人にとって非典型的な、著しく非服従的・反抗的・不従順な行動のパターンを伴っていなければならない」(CDDR p.540)。

「慢性の易刺激性−怒りを伴う反抗挑発症は、それを伴わない反抗挑発症より必ずしも重症でも、まれでもない。むしろ、慢性の易刺激性−怒りを伴う反抗挑発症は、気分調節不全のパターンを同定するものであり、その重症度は、頻回で機能を損なうかんしゃくから、気分調節不全のより極端な現れ方まで、幅がありうる」(CDDR p.540)。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。「怒りっぽい」だけを理由に本症を疑わないでください。

2つの特定用語(specifier)

反抗挑発症には、慢性の易刺激性−怒りがあるかないかを示す2つの特定用語(specifier)が用意されています。CDDRは「慢性の易刺激性−怒りの有無を示す2つの特定用語を、反抗挑発症の診断に与えることができる」と述べています(CDDR p.539)。

特定用語特徴注意点
慢性の易刺激性−怒りを伴う型
(6C90.0)
怒り・恨みを持続的に抱える、些細なことで苛立つ、頻繁に激しい癇癪を起こす。これらが「ほぼ毎日、複数場面で」現れる 後に抑うつ症群、不安または恐怖関連症群を発症することとの関連が報告されている(CDDR p.541)
慢性の易刺激性−怒りを伴わない型
(6C90.1)
怒りや易刺激性は時に見られるが、持続的ではなく、刺激に応じた一過性の反応 反抗・不従順が主であるパターン
もっと詳しく:反抗挑発症の鑑別と発達経過

反抗挑発症の典型的な発症時期は児童期の半ば(学童期のなかごろ)で、最初の症状は就学前の時期から現れていることが多いとされます。思春期の初め以降に初めて症状が現れることはまれです。有病率は6〜18歳の子ども・青年で3.3%と推定され、思春期・若年成人期以降は減少していく傾向があります(CDDR p.541)。学齢期では男児のほうが有病率が高い一方、生涯の他の時期では性別による差は見られないとされます(CDDR p.542)。文化的に「服従」を高く評価する社会では「反抗的」と判定される閾値(しきい値:判定の境目)が低くなる可能性があり、診断には文化的文脈を考慮する必要があります。

主な鑑別

  • 正常範囲の反抗・癇癪──発達上の一過性の反抗、新しい環境への適応反応、不安からの拒否は正常範囲。
  • 素行・非社会的行動症──より重篤で、他者の権利侵害・社会規範違反が中心。両者は併存しうる。
  • ADHD──不注意・多動性による「指示が守れない」を反抗と誤認しないこと。両者は併存しうる。
  • ASD──ルーチンへのこだわり、感覚過敏、社会的コミュニケーションの問題から反抗的に見えることがあるが、ASDの中核症状による。
  • 気分症──子ども・思春期のうつ症は易刺激性として現れることがある。気分エピソードに限定されるなら、反抗挑発症は別途診断しない。
  • 不安症──不安回避のため要求を拒否することがあるが、これは反抗ではない。
  • 間欠爆発症──こちらは爆発の反復が中心。反抗挑発症(易刺激性-怒りを伴う型)と重なる部分はあるが、激しい身体的攻撃は間欠爆発症により特徴的。

反抗挑発症は養育関係に著しい混乱があった子ども・思春期、養育が厳格・一貫性に欠ける・ネグレクト的な家庭で育った子どもに多いとCDDRは明記しています。当法人の児童養護施設の入所児では、この背景を持つ場合がしばしばあります。

(2) 素行・非社会的行動症(6C91

反抗挑発症よりも重篤で、他者の基本的権利または年齢相応の主要な社会・文化的規範、規則、法律を反復的・持続的に侵害する行動パターンが認められる症です(CDDR p.544)。

診断の核心となる行動領域具体例
人や動物への攻撃 いじめ、脅迫、けんかの開始、武器の使用、身体的虐待、動物虐待、強奪、性的強要
所有物の破壊 意図的な放火(深刻な損害目的)、他者の持ち物を意図的に破壊する(窓・自動車・タイヤなど)
欺瞞または窃盗 万引き・偽造、他者をだまして利益を得る・義務を逃れる、住居・店舗・自動車への侵入
重大な規則違反 夜間外出禁止に反する、家出を繰り返す、無断欠席を繰り返す

診断には、これらの行動が長期間(例:少なくとも1年以上)反復的・持続的に続くことが必要です。CDDRは、「単に1回以上の非行にあたる行為を犯したというだけでは、診断には十分ではない」と述べています(CDDR p.544)。

犯罪にあたる行為と診断について、CDDRが述べていること(CDDR pp.545–546)

CDDRは、次のように述べています。

「素行・非社会的行動症の診断に寄与する行動には犯罪にあたる行為が含まれうるし、とりわけ青年および成人においては、法的または懲戒上の帰結を伴うことがある。同時に、そうした犯罪にあたる行為を犯す人の多くは、他者の基本的権利、または年齢相応の主要な社会的・文化的規範、規則、法律が侵害されるような、持続的で反復的な反社会的行動のパターンを示さない。犯罪にあたる行動は、衝動的に、または機会的に、あるいは物質使用や酩酊との関連で起こることがある。臨床的評価と診断は、特定の行動や出来事の犯罪性のみにではなく、より広い行動のパターンに焦点を当てるべきである」(CDDR pp.545–546)。

「事件が起きたかどうか」と「診断がつくかどうか」を切り離して扱ってください。触法事案への対応は、法的な手続きとして粛々と進めます。一方で医療への情報提供は、その1件だけを持ち込むのではなく、1年以上にわたる行動のパターンとして整理してください。1件の重大事案が起きたときほど、この区別が失われやすくなります。

2つの下位型(発症年齢によるsubtype)

素行・非社会的行動症では、発症年齢による2つの下位型(subtype)が区別されます(CDDR pp.544–545)。反抗挑発症の慢性の易刺激性−怒りや、後述する向社会的情動が「特定用語(specifier)」であるのに対し、こちらは下位型です。用語を混同しないでください。またCDDRは、発症年齢の下位型と向社会的情動の特定用語は別個のものとして考えるべきであり、小児期発症であることが向社会的情動の乏しさを意味するわけではないと明記しています(CDDR p.545)。

下位型定義意味
小児期発症型
(6C91.0)
1つ以上の特徴が、青年期に至る前(例:10歳以前)に明確に持続的に存在 持続的・重症の経過をたどるリスクがやや高い
青年期発症型
(6C91.1)
青年期に至る前(例:10歳以前)には特徴がいずれも存在しなかった 非行的な仲間集団との関連が指摘されている(CDDR p.545)
「向社会的情動」の特定用語(specifier)──反抗挑発症と素行・非社会的行動症に共通

両症には、共通の特定用語(specifier)として、向社会的情動(こうしゃかいてきじょうどう:他者を思いやり、悪いことをしたと感じ、人と情緒的につながる心の働き)のあり方が記述されます(CDDR pp.548–549)。CDDRは、この特定用語が当てはまる人は秩序破壊的または非社会的行動症群の診断を受ける人のうちの少数であり、相対的により重症で、より頻度の低い現れ方であると述べています(CDDR p.548)。

特定用語特徴
向社会的情動の乏しい型
(6C9x.y0)
他者への共感や苦痛への配慮が乏しい/自分の行動への後悔・恥・罪悪感が乏しい/学業・仕事の不振への関心が乏しい/感情表現が浅く、しばしば道具的(目的達成のため)。これらが複数の場面・関係において持続する
典型的な向社会的情動を伴う型
(6C9x.y1)
上記の特徴を持続的・全般的なパターンとして示さない。共感の乏しさや後悔の乏しさに似た様子が時に見られても、それらは概して頻度が低く、一過性で、程度も軽い。この症群の診断を受ける人の多くはこちらに該当する(CDDR p.549)
「向社会的情動の乏しい」と判定する際の慎重さ

この特定用語は、利用者の長期的な特性を表すものであり、1回の出来事や1つの関係性での観察だけで判定してはなりません。長期間(例:1年以上)にわたり、複数の場面・複数の関係性で観察される場合に初めて該当します。また、判定には本人の自己報告だけでなく、長期間その人を知る複数の関係者からの情報を統合することが求められます。施設職員は、この長期的・多面的観察の重要な情報源です。安易な「あの子は冷たい・薄情だ」という印象判断を、長期的・客観的観察に置き換えていく姿勢が求められます。

もっと詳しく:素行・非社会的行動症の鑑別、経過、文化文脈

主な鑑別

  • 反抗挑発症──こちらは権威者との対立・反抗が中心。素行・非社会的行動症のような他者の権利侵害・規範違反は中核ではない。両者は併存しうる。
  • ADHD──衝動性による問題行動はあるが、それが他者の権利侵害・社会規範の重大な違反には至らない。両者は併存しうる。
  • 気分症──躁・うつ状態に伴う行動問題は気分エピソードに限定される。
  • 間欠爆発症──こちらの攻撃は衝動的・反応的。素行・非社会的行動症の攻撃はしばしば計画的・道具的。
  • パーソナリティ症──素行・非社会的行動症は性格そのものの問題ではない。両者は併存しうるが概念は別。
  • 物質使用症──物質取得・使用に限定された反社会行動なら、素行・非社会的行動症の独立診断はしない。
  • 政治的抗議活動──CDDRは「政治的抗議活動への参加は本症の根拠にはならない」と明示。
  • 環境適応的行動──虐待からの逃避、生存のための盗み、紛争地の子ども兵、ギャング化した地域での参加など、生き延びるための行動を、それだけで本症の診断根拠にしてはならない。

経過と予後

発症が早く、症状が重いほど予後は悪く、成人後も犯罪行動・物質乱用・他の精神疾患の併発リスクが高まります(CDDR p.546)。一方で経過は大きく多様で、成人期までに症状が完全に治まる人もいます(CDDR p.546)。ただしCDDRは、この寛解を発症年齢の下位型に結びつけてはいません。青年期発症と結びつけて述べられているのは、非行的な仲間集団との関連です(CDDR p.545)。本症が成人まで持続する場合、典型的には小児期・青年期からの重篤な行動問題の連続的な経過があります。

性差として、男性に多く、男女で行動パターンが異なる傾向があります(男性:窃盗、器物損壊、けんか、学校での規律の問題。女性:嘘、無断欠席、物質乱用、家出、売春)。また男性は身体的な攻撃と関係性の攻撃の両方を示すことが多く、女性は関係性の攻撃のみを示すことが多いとされます(いずれもCDDR p.547)。

文化的注意

CDDRは、地域・文化・社会経済的状況の文脈を考慮することの重要性を強調しています。たとえば、季節労働のため学校を長期欠席する地域、組織暴力・武力紛争・子ども兵募集が行われる地域では、子どもが暴力や物品窃取に巻き込まれざるを得ない場合があり、これは本症の診断根拠にはなりません。施設の利用者の背景を理解する際にも、この文化的・状況的視点が重要です。

6. 最重要視点:ベースラインと背景文脈

ここからが、本章の核心となる視点です。本章で扱う症群を見立てる上で、職員が最も意識すべきなのは、「その人の通常の状態(ベースライン)」と、その人の背景にある文脈の2つです。

問題行動を見立てる3つの軸 観察された 問題行動 発達特性として ・ASDのこだわり・感覚過敏 ・知的発達症の判断・所有概念 ・ADHDの衝動性・多動 虐待・愛着の影響として ・トラウマ反応・再演 ・愛着の問題・不信感 ・適応的に身につけた行動 独立した症(病気)として 本章で扱う症群の診断要件を満たす
図3 問題行動を見立てる3つの軸 観察された行動を「発達特性」「虐待・愛着の影響」「独立した症」のどこに位置づけられるかを多面的に検討する。複数が重なっていることも多い

知的発達症・ASDをもつ利用者の場合

知的発達症やASDをもつ利用者では、発達特性そのものから生じる行動が、本章で扱う症群と表面上は区別がつきにくい場合があります。

表面に見える行動発達特性として理解可能な場合本章の症群を疑う場合
激しい怒りの爆発 ASDのメルトダウン(環境変化・感覚過敏・こだわりの妨害が引き金として明確) 明確な引き金がない、引き金に著しく不釣り合い、繰り返し同じ攻撃パターン(→間欠爆発症)
盗み 知的発達症による所有概念の混乱、ADHDの衝動的な手の伸び 明らかに必要のない物を盗む、繰り返す、行為前後の緊張高まり・緩和が認められる(→窃盗症)
指示への抵抗 ASDのルーチン保持、知的発達症の理解困難、ADHDの注意持続困難 能動的・挑発的な反抗、複数の場面で持続、他者を意図的に苛立たせる(→反抗挑発症)
性的に不適切と見える行動 知的発達症・ASDによる社会的判断のギャップ、性教育の不足 強い衝動の制御不能、反復、本人の苦痛、長期間持続(→強迫的性行動症)
「発達特性」と「症」は両立しうる

重要な誤解を避けてください:知的発達症やASDがあるからといって、本章の症群が併発しないわけではありません。むしろ、知的発達症やASDは本章の症群との併発リスクが一般人口より高いとされます。「あの人はASDだから」と発達特性に全てを帰してしまうと、治療可能な症を見逃します。逆に、すべてを症と判断すると、その人の特性を理解しない不適切な対応になります。両方の視点を持ち続けることが必要です。

児童養護施設における虐待・ネグレクト経験のある利用者

当法人の児童養護施設の入所児・若者の多くは、過去に虐待やネグレクトを経験しており、問題行動が「過去の体験への反応」「適応的に身につけた行動」「愛着の問題」「感情調節の発達遅滞」「独立した症」のいずれか、あるいは複数の意味を重ねてもつ場合があります。この整理の詳細は付録「児童養護施設における理解」にまとめています。

もっと詳しく:背景文脈を踏まえた医療連携情報の整理

主任クラスの職員は、医療連携の際に背景文脈を整理して伝える役割を担います。以下の枠組みで情報をまとめると、医療スタッフの見立てに有用な情報となります。

(1) 既知の背景情報

  • 知的発達症・ASD・ADHD等の診断歴
  • 虐待・ネグレクトの種類、時期、加害者との関係
  • これまでの養育環境(家族構成、転居歴、施設・里親歴)
  • 過去の精神医学的評価・治療歴
  • 身体疾患・てんかんの既往

(2) 現在の症状の経過

  • 問題行動の発生時期と推移
  • 発生場面の特徴(特定の場面に限るか、複数場面で起きるか)
  • 引き金となる出来事の有無
  • 頻度・激しさの変化
  • 時間帯・季節・周期性

(3) 行動の前後と内的体験

  • 行為の前の状態(緊張・興奮・無関心)
  • 行為中の様子(衝動的・計画的・没入の程度)
  • 行為後の反応(後悔・無関心・満足・解放感)
  • 本人が行為について語る内容

(4) 環境的・関係的要因

  • 家族・他利用者・職員との関係性
  • 最近の生活上の変化
  • 服薬の変更
  • 身体的健康状態の変化

これらの情報を時系列で整理して提供することが、医療スタッフによる適切な見立て・治療方針決定の基盤となります。

7. 見誤りやすい鑑別

本章で扱う症群の中で、特に施設で見誤りやすい鑑別を整理します。

診断は医師が行います。本節の各表は、どちらであるかを職員が決めるためのものではなく、どちらの可能性も残したまま、両方の材料を記録して伝えるためのチェックリストです。

(1) 間欠爆発症 vs 反抗挑発症(慢性の易刺激性−怒りを伴う型)

どちらも激しい怒り・爆発を特徴としますが、性質が異なります。

視点間欠爆発症反抗挑発症(慢性の易刺激性−怒りを伴う型)
中核 不釣り合いな攻撃爆発の反復 反抗・不従順+持続的な易刺激性・怒り
身体的攻撃 顕著(殴打、破壊) 言語的な怒りが主、身体的攻撃は比較的少ない
反抗的態度 必ずしもない 顕著(権威者への対立、反対の行動)
引き金 挑発に著しく不釣り合い、または明確な引き金がない 権威者からの要求・指示が引き金になりやすい
持続性の易刺激性 爆発の前後限定、間は通常 「ほぼ毎日」持続する怒り・易刺激性

(2) 衝動行為(衝動制御症群)vs 計画的反社会行動(素行・非社会的行動症)

盗み、放火、攻撃などの行為は、どちらの症群でも見られます。しかし背景の構造が異なります。

視点衝動制御症群素行・非社会的行動症
動機 合理的目的なし、行為そのものへの衝動 金銭・復讐・嫌がらせなど明確な目的
計画性 衝動的・反応的(衝動が抑えられず)
※CDDRが「綿密な準備の段階(careful planning phase)を伴うことがある」と述べているのは放火症についてのみです(CDDR p.520。同じ放火症でも、準備なしに機会的に起こることもあるとされます)。窃盗症の記載には対応する記述はありません。本マニュアルとしては、計画の有無ではなく、上の「動機」の行を優先して見ることをお勧めします。
しばしば計画的・道具的
行為前 緊張・興奮の高まり 計算・タイミングを図る
行為後 快感・緊張緩和、しばしば罪悪感 目的達成への満足、罪悪感は低い
反復のパターン 衝動が抑えられず繰り返す 反社会的行動様式の一部として継続

(3) 症としての問題行動 vs 環境への適応的反応

特に被虐待経験のある利用者では、この区別が極めて重要です。

視点適応的反応として理解可能独立した症として見立てるべき
機能的意味 過去・現在の困難な環境を生き延びるために有用 本人・他者に害をもたらし、適応的意味が乏しい
環境変化への反応 安全な環境では徐々に減少する 環境が安全になっても持続する
関係性 信頼関係が築けると緩和に向かう 信頼関係構築後も続く
本人の苦痛 苦痛より「必要」として体験される 本人が「やめたい・困っている」と感じる
時間軸 過去の体験との連続性が了解できる 過去の体験だけでは説明できない
区別は時間と関係性の中で見えてくる

多くの場合、入所直後にこの区別をつけることはできません。安全な環境を提供し、信頼関係を築いていく中で、行動が変化するか、持続するかが、見立ての重要な手がかりとなります。職員の長期的な観察記録は、この見立てに不可欠の情報源です。

(4) 二次性原因の見落としに注意

本章で扱う症群と判断する前に、以下の二次性原因を排除する必要があります。これらは医療スタッフの判断ですが、職員が情報を提供することが助けになります。

8. 観察と記録のポイント

本章で扱う症群を見立てる上で、職員に求められるのは「決定的な判断」ではなく「正確で構造化された観察情報の提供」です。以下の枠組みを意識した記録が、医療連携の質を高めます。本節の各表も、診断のためではなく、報告すべき観察を思い出すためのチェックリストです。

衝動制御症群の観察:3段階フレーム

衝動制御症群(放火症・窃盗症・強迫的性行動症・間欠爆発症)が疑われる場合、行為の前・中・後の3段階を意識して記録します。

段階観察すべきこと記録例
行為の前 緊張・興奮・落ち着きのなさ、特定対象への没頭、身体的兆候(震え・赤面・発汗) 「30分前から落ち着きなく徘徊、目つきが普段と異なり鋭い」
行為中・直後 没入の程度、現実感の有無、外的刺激への反応の変化、身体的状態 「呼びかけに反応せず、行為に集中。直後に大きく息をつき、表情が和らぐ」
事後 本人の表情・態度、語る内容、後悔・無関心の有無、行為の記憶 「数時間後に『やってしまった』と泣く。なぜしたか説明できない」

なお、間欠爆発症・強迫的性行動症では、前後の緊張や快感が観察されなくても、その可能性を否定する材料にはなりません。

秩序破壊症群の観察:パターンの記録

秩序破壊症群(反抗挑発症・素行・非社会的行動症)の場合は、行動パターンの広がりと持続性に注目します。

視点観察すべきこと記録例
場面の広がり 同じパターンが複数の場面(居室・食堂・活動・外出)で見られるか 「居室では穏やか、活動場面でのみ反抗的」「すべての場面で攻撃的」
相手の広がり 特定の人だけに見られるか、複数の相手に対して見られるか 「A職員にのみ反抗的、他の職員には穏やか」「すべての職員・利用者に対して同様」
持続期間 いつから続いているか、頻度の推移はどうか 「3か月前の××以降増加、現在も継続」
引き金 どのような状況で起こりやすいか 「指示・要求のあった時に多い」「特に引き金なく頻繁」
反応 行動後の様子、本人がどう振り返るか 「『悪いと思ってない』と発言」「翌日には謝罪、しかし繰り返す」

記録時の言葉選び

記録には判断ではなく観察事実を書きます。

避けたい記録望ましい記録
「悪意があった」 「○○を5分間にわたり叩いた。理由を尋ねたが応答なし」
「反省していない」 「謝罪を求めても返答なし。表情に変化なし」
「またやらかした」 「×月×日、×日、×日に同様の行動。今回が4回目」
「衝動的だった」 「直前に緊張した様子。行為後『気がついたら』と発言」
もっと詳しく:「向社会的情動の乏しさ」を記録する際の留意点

主任クラスの職員は、長期の観察記録からこの特定用語に関する情報を医療者に伝える役割を担うことがあります。記録の際は、次の2点だけを守ってください。

  • 1回のエピソード、1人との関係だけで判定しない。本人の文化的背景と発達レベルを考慮せずに判定しない。緊張・不安・トラウマ反応による「感情の凍りつき」を「情動の乏しさ」と読み違えない。
  • 印象ではなく、具体的な場面を書く。いつ、どの場面で、本人が何と言い、どう反応したか。複数の職員・関係者の観察を集約する。CDDRも、本人の自己申告に加えて、長期間その人を知る他者からの情報を得ることが重要だとしています(CDDR p.549)。

誤判定が利用者の長期支援計画に与える影響は大きいものです。最終的な判定は医療者が行いますが、その材料を提供するのは現場の記録です。

9. 緊急性の判断と医療連携

本章で扱う症群が疑われる場合の医療連携の優先度を整理します。

直ちに対応・通報を要する状況

以下の場合は、医療連携と並行して安全確保・関係機関連携が最優先です。

数日以内の医療連携が必要な状況

以下の場合、数日以内に医療スタッフ・主治医に相談が必要です。

定期的な評価・カンファレンスでの検討が望ましい状況

以下は、定期的な多職種カンファレンスや診察での評価対象となります。

医療連携時に伝えるべき情報

本章の症群が疑われる場合、医療スタッフへの情報提供は以下の枠組みで整理してください。

もっと詳しく:薬物療法と心理社会的介入の枠組み

本章で扱う症群への治療は、症ごとに方針が異なりますが、共通する原則があります。主任クラスの職員は、これらの治療の枠組みを理解しておくと、医療連携の質を高め、支援計画の立案に貢献できます。

薬物療法の位置づけ

本章の症群への薬物療法は、症の中核を治療するものではなく、症状の一部を軽減することで他の介入を可能にする補助的役割を果たします。

  • 間欠爆発症:SSRI、気分安定薬等が一部に有効とされるが、確立された第一選択はない
  • 強迫的性行動症:SSRIが用いられることがある
  • 反抗挑発症・素行・非社会的行動症:併発するADHDへの治療(メチルフェニデート等)が主、これらの症自体への確立した薬物療法はない
  • 放火症・窃盗症:薬物療法のエビデンスは限定的

薬物療法に伴う副作用(特に小児・青年では成長・行動への影響)への観察も施設職員の重要な役割です。

心理社会的介入の中心性

本章の症群への対応は、心理社会的介入が中心です。施設はその主たる場となります。具体的な要素(環境調整、関係性の構築、行動支援計画、個別心理療法、家族支援、多職種連携)は、11節「支援計画への組み込み方」で扱います。

長期的視点

本章の症群への支援は、長期的な視点が必要です。1〜2回の対応で改善が見られなくても、それは介入の失敗ではありません。利用者の発達と回復には時間を要します。職員のバーンアウトを防ぎ、組織として継続的な支援を提供し続けることが、最も重要な臨床的態度です。

10. 家族・保護者への説明の仕方

本節の位置づけ

家族・保護者への説明は、多くの場合、施設長・主任クラス以上の職員、そして場合によっては法律職を含む上級職の判断・責任の下で行われるべき業務です。本節は、現場職員が「なぜそれが上級職の判断に委ねられるのか」を理解し、自らの役割の範囲を明確に把握するための内容です。第一線の職員が単独で判断・実施すべきことではない点に、特に注意してください。なお本節でいう「家族・保護者」には、児童養護施設における親権者・保護者と、成人施設における家族・成年後見人等の双方を含みます。

10-1. 説明の基本原則

本章で扱う症群について家族・保護者に説明する場面は、施設運営上避けて通れません。説明の良し悪しが、利用者・家族との信頼関係、その後の支援の継続性、時には法的・倫理的問題に大きく影響します。基本原則は以下の通りです。

10-2. 何を、誰が伝えるか

説明の内容によって、伝えるべき職員の階層が異なります。現場職員が単独で説明してよい範囲を超えるものは、必ず上司に判断を仰いでください。

説明内容 担当階層 注意点
日常的な出来事の報告(食事の様子、活動の参加など) 現場職員 事実中心、判断的な言葉を避ける
気がかりな行動の報告(軽度・継続的なもの) 現場職員+主任 「医療相談を始めようと考えている」段階で家族に共有
重大な行動化の報告(暴力・性的逸脱・放火・窃盗など) 主任以上、施設長判断 事実、対応、今後の方針を整理して伝える
診断名・治療方針の説明 医療スタッフ(主治医) 施設職員は同席して情報共有を行う
関係機関への通報判断(児童養護施設の場合は児童相談所、成人施設の場合は行政の障害福祉部署等、いずれも警察・消防を含む) 施設長、上級職、法律職 家族への伝達タイミング・方法を含めて慎重に判断
法的責任に関わる事項 上級職、法律家 現場職員は意見を述べず、観察情報の提供に徹する

10-3. 説明時の言葉選び

家族への説明では、専門用語をかみくだいた言葉に翻訳しつつ、過度な単純化や決めつけを避ける必要があります。以下は児童養護施設を想定した表現例ですが、成人施設では「お子さんは」を「○○さんは」に置き換えるなど、対象者の年齢に応じて適宜言い換えてください。

避けたい表現望ましい表現
「お子さんは衝動制御症です」 「最近、ご自身でも止めにくい行動が繰り返し見られています。医療スタッフに評価を依頼しているところです」
「反社会的な性格です」 「他のお子さんとの関係や、施設のルールとの関係で、繰り返し問題が生じています」
「親の育て方の影響でしょう」 (職員が言うべきでない。言わない)
「うちでは対応できません」 「現状の支援体制を見直す必要があるかもしれません。施設長・医療スタッフと相談しています」
「治る病気ではありません」 (職員が予後を断定すべきでない。「医師に詳しくお聞きください」とつなぐ)
もっと詳しく:困難な家族対応の場面

主任クラスは、現場職員からの相談を受け、家族との難しい場面に対応する役割を担います。以下の典型的な困難場面について、対応の枠組みを把握しておきましょう。

家族が問題行動を否認する場合

「うちの子(本人)はそんなことしません」「施設の対応が悪いから」と家族が事実を受け入れない場面は珍しくありません。この場合、議論で説得しようとせず、客観的な記録を時系列で示し、医療スタッフの評価を介して段階的に共有することが有効です。家族の防衛反応は、本人への愛情と罪悪感の裏返しであることが多いと理解しておきます。

家族が「家庭で見ます」と引き取りを希望する場合

重大な行動化への対応の中で、家族が利用者を引き取りたいと申し出ることがあります。この場合、その判断は施設単独ではできず、児童養護施設の場合は児童相談所等の措置機関、成人施設の場合は行政の障害福祉部署や成年後見人等、いずれも医療機関・家族との総合的な検討が必要です。現場職員は「持ち帰って検討します」と伝え、必ず施設長・上級職に報告してください。

家族間で意見が分かれる場合

父母、祖父母、保護者間、あるいは家族と成年後見人等の間で意見が分かれる場面があります。施設側が一方の意見に肩入れすることは避け、公式な保護者・親権者(成人利用者の場合は成年後見人等)を確認した上で、複数の関係者を含めた話し合いの場を設定します。法的な親権・後見関係が不明確な場合は法律職への相談が必須です。

家族の協力が得られない場合

連絡が取れない、面会に応じない、説明に応じない家族への対応は、施設単独の判断を超えます。措置元(児童養護施設の場合は児童相談所等、成人施設の場合は行政の障害福祉部署等)との連携、児童福祉法または障害者総合支援法等の枠組みでの対応が必要となります。

家族からの強い苦情・法的対応の示唆

家族から強い苦情、訴訟の示唆、第三者機関への申し立てなどがある場合、速やかに施設長・上級職・法律家に報告し、現場職員は単独で対応・回答しないことが重要です。記録を残し、組織として一貫した対応を取ります。

現場職員の役割

家族対応において、現場職員に求められる中心的役割は「正確な事実の観察と記録」「家族の感情への共感的な傾聴」「上司への速やかな報告」の3つです。診断・予後・法的判断に踏み込んだ説明を求められた場合は、「主任・施設長・医療スタッフから後日改めて説明があります」と伝えて、その場での回答を避けるのが基本です。

11. 支援計画への組み込み方

本節の位置づけ

支援計画の最終的な作成・承認は、多職種カンファレンスを経て施設長・主任の責任の下で行われる業務です。重大な行動化を伴う利用者の場合は、医療機関・措置元・場合によっては法律職を含む協議が必要です。本節は、現場職員がこの計画策定プロセスの中で果たす役割と、計画に基づく日常支援の実施について理解するための内容です。

11-1. 支援計画策定の基本枠組み

本章で扱う症群を持つ(あるいはその可能性が疑われる)利用者の支援計画は、通常の個別支援計画に加えて、行動化への予防・対応・記録を組み込んだものとなります。基本枠組みは以下の通りです。

  1. 多職種アセスメント──施設職員、医療スタッフ、心理職、必要に応じて措置元担当者を含めた評価
  2. 環境調整──引き金となる状況の特定と回避、構造化された日課、安全確保の物理的措置
  3. 関係性の構築計画──担当職員の配置、関わり方の基本方針、信頼関係構築のステップ
  4. 行動支援計画──望ましい行動の強化、問題行動への代替行動、対応プロトコル
  5. 医療連携計画──定期受診、緊急時対応、服薬管理
  6. リスク管理計画──予測されるリスクと対応手順、関係機関連携
  7. 記録・モニタリング計画──観察項目、記録様式、評価間隔
  8. 移行・退所計画──将来の住まい・通所先・就労先への引き継ぎ

11-2. 現場職員の役割

支援計画の策定・運用において、現場職員が果たす役割は4つの段階に整理できます。

段階現場職員の役割
策定前 日常観察の正確な記録、ベースラインの記述、引き金・パターンの整理。アセスメント会議での情報提供
策定時 計画案への意見提供(実行可能性、利用者の反応の予測)、自分が担当する具体的役割の確認
実施時 計画に沿った日常的関わり、観察記録の継続、変化・課題の速やかな報告
見直し時 計画の効果・課題の報告、新たに観察された事項の共有

11-3. リスク管理計画の重要性

本章の症群を持つ利用者の支援計画では、リスク管理計画が他の利用者と比べて特に重要になります。リスク管理計画には以下の要素が含まれます。

職員の安全も計画に含める

リスク管理計画には、職員の安全確保も明示的に含める必要があります。一人での対応を避ける、夜間体制、攻撃的場面での退避、職員バーンアウト予防の体制──これらが組織として整っていないと、適切な利用者支援を継続することはできません。現場職員から「これでは安全に支援できない」という声があれば、必ず上司に報告し、計画の見直しを求めてください。

もっと詳しく:移行・退所計画と関係機関連携

本章の症群を持つ利用者の支援は、施設内で完結することは稀で、関係機関との連携が不可欠です。主任クラスは、この連携の調整役を担うことが多くあります。

関係機関の例

  • 医療機関:精神科主治医、内科、必要に応じて専門医(小児神経科、てんかん科など)
  • 措置元:児童相談所(児童養護施設の場合)、行政の障害福祉部署
  • 教育機関:在籍する学校、特別支援教育の担当者
  • 就労支援機関:就労継続支援事業所、ハローワークなど
  • 司法機関:触法行為があった場合の警察、家裁、保護観察所
  • 地域支援機関:相談支援事業所、地域定着支援センター
  • 法律家:成年後見人、施設の顧問弁護士

移行・退所時の引き継ぎ

本章の症群を持つ利用者の移行(家庭復帰、別施設への移動、地域生活への移行)に際しては、受け入れ先が必要な情報を持って受け入れられるよう、丁寧な引き継ぎ書類の作成が必要です。引き継ぎに含めるべき内容:

  • これまでの行動化の経過、頻度、激しさの推移
  • 有効だった環境調整・関わり方
  • 引き金となる状況、避けるべき条件
  • 前兆のサイン
  • 緊急時対応プロトコル
  • 医療情報(服薬、主治医、定期受診)
  • 関係機関連絡先

守秘義務との関係で、共有できる情報の範囲については施設長・上級職の判断が必要です。本人・家族の同意手続き、措置元の了解などを経て初めて共有可能となる情報があります。

触法行為があった場合の特別な注意

本章の症群、特に放火・窃盗・性的加害・重大な暴力を伴う場合、触法事案として警察・司法手続きが関わる可能性があります。この領域は法律家の関与が不可欠であり、現場職員・主任クラスの判断を超えます。「事案発生→施設長への報告→上級職・法律家との協議→対応方針の決定→現場への指示」というラインを必ず守り、現場職員が単独で警察等と接触したり、家族に法的な見通しを伝えたりしないことが重要です。

記録の重要性(再確認)

関係機関連携・移行・触法事案対応のいずれにおいても、正確な日常記録の積み重ねが決定的に重要となります。「いつ・どこで・何があった・誰がどう対応した・利用者がどう反応した」を時系列で残しておくことが、あらゆる機関対応・支援判断の基盤となります。これは現場職員の最も重要な仕事の一つです。

本節のまとめ

支援計画は、現場職員が単独で作成するものではありませんが、計画の質は現場職員の日常観察と関わりに大きく依存します。良い記録、丁寧な日常支援、課題の速やかな報告──この基本姿勢が、本章の症群を持つ利用者への支援の土台となります。判断・責任が上級職に委ねられる領域があることを理解した上で、自らの役割を着実に果たすことが、職員一人ひとりに求められています。

この章のまとめ

本章で扱った2つの症群──衝動制御症群(放火症・窃盗症・強迫的性行動症・間欠爆発症)と秩序破壊的または非社会的行動症群(反抗挑発症・素行・非社会的行動症)──は、当法人が支援する利用者層において日常的に問題となる行動を含んでいます。

ICD-11はこの2群を別個の症群として分類していますが、施設現場では両者がしばしば連続して、あるいは重なって現れます。職員に求められるのは、診断ではなく、「決めつけずに観察し、背景を踏まえて多面的に見立てる」姿勢です。

特に重要な3つの視点:

  1. 知的発達症・ASD等の発達特性との区別──両方の視点を持ち続け、安易にどちらか一方に帰結させない
  2. 虐待・愛着の影響との関連──「適応的行動」「トラウマ反応」「愛着の問題」「独立した症」が重なって現れることを理解する
  3. 二次性原因の見落とし回避──薬剤、てんかん、身体疾患、気分症、急性精神症状態などの可能性を排除する情報を提供する

そして、見立て以前に必要なのがその場で安全に動くことです。爆発が始まったときの優先順位は、①職員自身の安全、②他の利用者の安全、③本人の安全、④物の保全です。この順番を崩さないでください(2節)。

これらの見立てを支える土台が、日々の構造化された観察と記録です。「いつから」「どこで」「誰に対して」「どのように」「行為前後の様子」「本人の語り」──これらの情報を時系列で蓄積することで、医療スタッフによる適切な見立てが可能となり、利用者にとって最善の支援が提供されます。

本章の記述は、WHO『Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural and Neurodevelopmental Disorders』(CDDR, Geneva: WHO, 2024)と照合し、有病率などの数値を含め、CDDRの記載に統一しています(2026年8月改訂)。CDDRの日本語版が刊行され、日本国内の数値が示された際には、あらためて追記する予定です。