ICD-11 に基づく神経発達症群と併存症の臨床マニュアル
知的発達症に関わる施設スタッフのための臨床ガイド(改訂3版・2026年8月 CDDR準拠版)
知的発達症をもつ方々への支援には、中核となる特性の理解だけでなく、併存する多様な精神的・行動的問題への深い洞察が求められます。本マニュアルの目的は、最新の国際疾病分類ICD-11に基づく共通言語と臨床的視点を提供することです。それによって、施設職員が日々の支援で遭遇する行動の背景を多角的に理解し、より質の高いケアを提供できるようになることを目指しています。
本版では、記述の全体をWHOのCDDR(Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural and Neurodevelopmental Disorders, 2024)と照合し、CDDRに準拠する形へ一括して改めました。本マニュアルは当初、CDDRの公刊前に、ドイツ語圏の教科書等を基に作成した経緯があります。改訂3版では、有病率・性比・持続期間・発症年齢・経過などの数値を、より国際的な基準であるCDDRの記載に全面的に置き換え、出典として書籍ページ(CDDR p.○○)を本文中に明示しました。CDDRに対応する記載のない数値は、出典を明示するか削除しています。
CDDRの日本語版が刊行され、日本国内の数値が示された際には、あらためて日本の数値を併記する予定です。
- 「その場でどうするか」を全章に新設しました。これまで本マニュアルは、観察・記録・報告については詳しく述べる一方、症状が目の前で起きているときに職員がどう動くかを書いていませんでした。改訂3版では、パニック発作・爆発・フラッシュバック・せん妄・発作など、現場で実際に起こる場面ごとに、番号つきの手順と「してはいけないこと」を緑色の枠で示しています。
- 第11章「気分症群」を新設しました。知的発達症のある方の抑うつは、言葉ではなく活動性の低下・食欲の変化・易怒性として現れ、見落とされやすいためです。「死にたい」と言われたときの対応を含みます。
- カタトニア・てんかんを本編の章に昇格させました(第12章・第13章)。いずれも生命に関わる内容であり、「付録」の位置では読み飛ばされるおそれがあるためです。
- 用語をICD-11の日本語病名に統一しました。「不安または恐怖関連症群」「ストレス関連症群」「身体への反復行動症群」「身体醜形症」など、章によって揺れていた表記を揃えています。
- 専門的すぎる解説を整理しました。分類の歴史やDSMとの比較など、日々の業務の判断に直接関わらない記述は削り、当法人の『精神医学マニュアル』(専門職向け)への案内に置き換えています。
- 図の文字を大きくしました。印刷や高齢の職員の閲覧に配慮し、図の中の文字をすべて読める大きさに改め、一覧として使うものは表に改めました。
目次
マニュアルは複数の章に分かれています。新人の方は、まず第1章「神経発達症群」から順にお読みいただくことを推奨いたします。
本マニュアルの章とICD-11の対応
本マニュアルの章の並びは、施設で遭遇する頻度の高い順にしてあり、ICD-11そのものの配列とは異なります。医師の診断書やCDDRを参照するときのために、対応関係を下の表に示します。
| 本マニュアル | ICD-11のグルーピング名 | コード | CDDR |
|---|---|---|---|
| 第1章 神経発達症群 | 神経発達症群 | 6A00–6A0Z | pp.91–159 |
| 第2章 排泄症群 | 排泄症群 | 6C00–6C0Z | pp.421–427 |
| 第3章 衝動制御症群 | 衝動制御症群 | 6C70–6C7Z | pp.519–535 |
| 第4章 秩序破壊的または非社会的行動症群 | 秩序破壊的または非社会的行動症群 | 6C90–6C9Z | pp.537–550 |
| 第5章 不安または恐怖関連症群 | 不安または恐怖関連症群 | 6B00–6B0Z | pp.265–297 |
| 第6章 ストレス関連症群 | ストレス関連症群 | 6B40–6B4Z | pp.337–363 |
| 第7章 強迫症または関連症群 | 強迫症または関連症群 | 6B20–6B2Z | pp.299–335 |
| 第8章 食行動症または摂食症群 | 食行動症または摂食症群 | 6B80–6B8Z | pp.397–419 |
| 第9章 神経認知障害群 | 神経認知障害群 | 6D70–6E0Z | pp.599–637 |
| 第10章 睡眠・覚醒障害群 | 睡眠・覚醒障害(ICD-11の第7章。精神疾患ではありません) | 7A00–7B2Z | 対象外(言及はpp.27–28) |
| 第11章 気分症群 | 気分症群 | 6A60–6A8Z | pp.211–263 |
| 第12章 カタトニア | カタトニア | 6A40–6A4Z、6E69 | pp.201–209 |
| 第13章 てんかん | てんかん(ICD-11の第8章 神経系の疾患。精神疾患ではありません) | 8A60–8A6Z | 対象外 |
| 付録 児童養護施設における理解 | 関係の問題とマルトリートメント/ストレス関連症群 | QE52.0、PJ20–PJ22、PF1B、6B44–6B45 | pp.707–731、355–360 |
統合失調症などの一次性精神症群、パーソナリティ症群、物質使用症群、解離症群、身体的苦痛症群などは、本マニュアルでは扱っていません。これらは、診断ではなく観察と連携を役割とする現場職員には、扱いが難しい領域だからです。これらについては、当法人の『精神医学マニュアル』(精神保健福祉士・社会福祉士等の専門職向け)をご参照ください。
利用方法
三層構造の学習設計
本マニュアルは、職員の経験年数や勤務状況に応じて柔軟に活用できるよう、以下の三層構造で設計されています。
「その場でどうするか」の枠(改訂3版で新設)
改訂3版では、三層構造とは別に、緑色の枠で「その場でどうするか」を示しました。パニック発作、爆発、フラッシュバック、せん妄、てんかん発作といった場面が目の前で起きているときに、職員が順番どおりに動けるようにしたものです。番号のついた手順と、赤い枠の「してはいけないこと」が対になっています。
この形の枠が、各章にあります
- 手順は番号の順に──上から順に行ってください。同時にできないことは、番号の早いほうを先にします。
- 職員自身の安全が先──他害のおそれがある場面では、まず自分と他の利用者の安全を確保します。
- 迷ったら報告──診断も判断も、職員の役割ではありません。見たことをそのまま記録して伝えてください。
- この枠だけを読んで、章の本文を読まないこと──なぜそうするのかが分からないと、応用がききません。
この枠のある場所は、各章の冒頭「どこから読めばよいか」に示してあります。新任研修では、まずこの枠のある節から読んでください。
新人職員の方へ
まずは第1章から、各章のコア層(本文)と図解だけを読んでください。それだけで、施設での日常支援に必要な基本的な視点は身につきます。「もっと詳しく」のボタンは無理に開く必要はありません。
中堅以上の職員の方へ
「+もっと詳しく」のボタンを開くと、各テーマについてより専門的な解説(精神医学的背景、鑑別診断のポイント、最新の研究知見など)が表示されます。シフトの合間や勉強会の準備に活用してください。
シフト勤務での学習について
本マニュアルはスマートフォン・タブレット・PCのいずれの端末でも快適に読めるよう設計されています。休憩時間や移動時間に少しずつ読み進めることが可能です。各章の所要時間(コア層のみ/全層含む)の目安は各章冒頭に表示されています。
本マニュアルは「読んで覚える」ためのものではなく、「現場で迷ったときに開く」ためのものとして設計されています。施設で気になる行動に遭遇したとき、関連する章を開いて参照してください。何度も繰り返し参照することで、自然に視点が身についていきます。
本マニュアルの特徴
ICD-11という共通言語
ICD-11は世界保健機関(WHO)が発表した最新の国際疾病分類です。これを共通言語として用いることで、医師・セラピスト・支援スタッフが同じ枠組みで利用者の状態を理解し、多職種連携を円滑にすることができます。本マニュアルは、ICD-11の診断要件と分類を、施設職員の日常業務に直結する形で解説しています。
「行動の背景を読む」視点
本マニュアルが一貫して強調するのは、利用者の行動を表面的にではなく、その背景にある身体的・感覚的・心理的要因まで含めて理解する視点です。「問題行動」と見える行動の多くは、本人が言葉にできない苦痛のサインである可能性があります。
支援上の鑑別ポイント
各章では、現場で職員が直面する「迷い」――挑戦的行動と衝動制御症の鑑別、ASDのこだわりと強迫症の鑑別、知的発達症の特性とカタトニアの鑑別、もとからの特性と認知症に伴う行動変化の鑑別など――について、具体的な観察ポイントを提示しています。これらは医学的診断のためではなく、医療スタッフへの適切な情報提供のための職員側の視点を養うものです。
参考文献
本マニュアルの作成にあたっては、主として以下の文献を参照しています。本文中で引用者名が示されている箇所は、これらの文献を典拠としています。(いずれも現時点で邦訳未刊。邦題は仮訳)
※ 改訂3版における典拠の整理 — 本マニュアルは当初、CDDRの公刊前に、下記2〜6などのドイツ語圏の教科書を基に作成しました。改訂3版(2026年8月)では、診断要件・分類・有病率などの数値については、文献1のCDDRを唯一の一次典拠とし、他の文献に由来する数値はCDDRの記載に置き換えました。本文中の「(CDDR p.○○)」は、その書籍ページを示します。CDDRに対応する記載のない事項(治療、看護・介護上の実務、日本の制度など)については、その旨が分かるように記述しています。
※ CDDR の訳語について — CDDR の公式日本語版は、現時点では発行されておりません。本マニュアルの訳語につきましては、日本精神神経学会の解説論文を参照のうえ、原語が DSM-5-TR に現れる用語と一致する場合には DSM-5-TR 日本語版の訳語を用い、いずれにも現れない用語については著者による仮訳を当てております。そのため、CDDR の正規邦訳版が刊行された段階で、一部の訳語が変更になる可能性がございます。
- World Health Organization. Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural and Neurodevelopmental Disorders (CDDR). Geneva: WHO, 2024.
(仮訳:ICD-11 精神、行動、および神経発達症群の臨床記述と診断要件) - Lieb K (Hrsg.). Intensivkurs Psychiatrie und Psychotherapie. 10. Auflage. München: Elsevier / Urban & Fischer, 2023.
(仮訳:精神医学・精神療法集中講座 第10版) - Lieb K, Jacob G, Turner D, Dreimüller N. 50 Fälle Psychiatrie und Psychotherapie: Typische Fallgeschichten aus der Praxis. 7. Auflage. München: Elsevier / Urban & Fischer, 2024.
(仮訳:精神医学・精神療法の50症例——実践からの典型的な症例 第7版)文献2の教科書に対応する症例集。各症例の末尾にICD-10とICD-11の診断が併記されており、第11章の重症度の記述(ICD-10からICD-11への変更)の背景資料として参照しました - Tebartz van Elst, Ludger; Biscaldi-Schäfer, Monica; Lahmann, Claas; Riedel, Andreas; Zeeck, Almut (Hrsg.). Entwicklungsstörungen. Interdisziplinäre Perspektiven aus der Psychiatrie, Psychotherapie und Psychosomatik des Kindes-, Jugend- und Erwachsenenalters. Stuttgart: Kohlhammer, 2023.
(仮訳:発達症群——小児・青年・成人期の精神医学、精神療法、心身医学からの学際的視点) - Tebartz van Elst, Ludger; Schramm, Elisabeth; Berger, Mathias (Hrsg.). Psychiatrie und Psychotherapie. Klinik und Therapie von psychischen Erkrankungen. 7. Auflage. München: Elsevier / Urban & Fischer, 2024.
(仮訳:精神医学と精神療法——精神疾患の臨床と治療 第7版) - Hölzel LP, Berger M (Hrsg.). ICD-11 – Psychische Störungen: Innovationen und ihre Bewertung. Berlin, Heidelberg: Springer, 2024.
(仮訳:ICD-11 精神疾患——その革新と評価) - Tyrer P (ed.). Making Sense of the ICD-11: For Mental Health Professionals. Cambridge: Cambridge University Press (Royal College of Psychiatrists), 2023.
(仮訳:ICD-11 を読み解く——精神保健従事者のために) - Horwitz AV. DSM: A History of Psychiatry's Bible. Baltimore: Johns Hopkins University Press, 2021.
(仮訳:DSM——精神医学のバイブルの歴史) - Shorter E. What Psychiatry Left Out of the DSM-5: Historical Mental Disorders Today. New York & London: Routledge (Taylor & Francis), 2015.
(仮訳:精神医学がDSM-5から除外したもの——今日における歴史的精神疾患) - van den Broek A-L. ICD-11 für die Psychiatrie: Praxisleitfaden zur Anwendung und Interpretation. Bookmundo, 2023.
(仮訳:精神医学のためのICD-11——実践解釈ガイド) - Pastor F. Diagnostic et accompagnement des troubles du neurodéveloppement : Validés par l'EBP, confirmés par les neurosciences. Préface de Pierre Oswald. Louvain-la-Neuve : De Boeck Supérieur, 2025.
(仮訳:神経発達症群の診断と支援——EBP により検証され、神経科学により確証された) - Yoshida A, Sugano T, Matsuishi T, Endo K, Yamada Y. An Epidemiological Study on the Cause of Mental Retardation in Yokohama City. Journal of Disability and Medico-pedagogy, Vol. 5, 2002.
- Brewin CR, Cloitre M, Hyland P, et al. A review of current evidence regarding the ICD-11 proposals for diagnosing PTSD and complex PTSD. Clinical Psychology Review, 58, 1–15, 2017.
(仮訳:PTSD と複雑性 PTSD の診断に関する ICD-11 提案——現行のエビデンスの総説。ICD-11のPTSD/複雑性PTSDの設計についての背景文献。詳細は『精神医学マニュアル』該当章)
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