第8章 食行動症または摂食症群
食の問題に、その場でどう動くか──ASD・知的発達症との関係と医療連携
コア層 約15分/全層 約38分食に関する問題は、当法人が支援するすべての利用者層に共通して高頻度で出現します。知的発達症や自閉スペクトラム症(ASD)のある方では、感覚の過敏さ・食へのこだわり・異食が問題になりやすく、また被虐待体験をもつ子どもには食行動の乱れや過食が現れることがあります。さらに、CDDRは神経性やせ症について「早期の死亡と関連しており、その原因はしばしば飢餓による身体合併症または自殺である」と明記しています(CDDR p.401)。見逃すと生命に関わります。本章は、「食べ方の問題」を叱ったり放置したりするのではなく、その場で正しく動き、背景を読み解き、適切に医療につなぐための章です。
本章では、ICD-11 が定める食行動症または摂食症群(6B80–6B85)を、施設支援の現場に引きつけて解説します。まず異食を発見したとき・食事を拒否しているとき・過食や嘔吐を発見したときの手順を示し、そのうえで、施設で出会う頻度の高い回避・制限性食物摂取症(ARFID)・異食症(Pica)・反芻・吐き戻し症と、神経性やせ症・神経性過食症・むちゃ食い症を扱います。とくに、言葉で説明できない利用者に、これらの状態がどう現れるかに重点を置きます。
新任の方・時間のない方は、3節「その場でどうするか」と10節「緊急性の判断と医療連携」だけをお読みください。これだけで日々の業務に必要な内容は足ります。経験のある方・主任以上の方は、全体をお読みください。とくに7節の「言葉にできない人の神経性やせ症の現れ方」と「主観的過食」は、施設での見落としを直接減らす内容です。折りたたみの「もっと詳しく」は、関心のある方向けの補足です。
1. なぜ食の問題は見逃されやすいのか
食に関する問題は、施設の現場でしばしば「わがまま」「こだわり」「食欲がないだけ」として見過ごされるか、逆に「行儀の問題」として指導的に対応されることがあります。しかし、食行動症または摂食症群は、独立した医学的状態です。
見逃されやすい理由はいくつかあります。
- 言語的説明の困難さ──知的発達症のある方は「なぜ食べられないか」を言葉で説明できないことが多く、行動としてしか現れない
- ASD特性との混同──感覚の過敏さや食へのこだわりは「ASDの特性だから仕方ない」と処理され、医療的介入の必要性が認識されにくい
- 体重変化の発見の遅れ──施設内では系統的な体重測定や栄養評価が行われないことがあり、神経性やせ症の深刻化に気づくのが遅れる
- 羞恥心による隠蔽──過食・嘔吐・異食・吐き戻しは本人が意図的に隠す行動であり、日常観察だけでは把握が難しい
- 「施設あるある」とする慣れ──経験が長いほど、異常な行動に慣れてしまい、危険なサインを見落とす
- 過食エピソードの「量」についての理解──CDDRは、過食エピソードには「客観的」なものと「主観的」なものがあるとしています(7節参照)
「あの子は昔から食が細い」「あの子はいつも変なものを口にする」という慣れと諦めは、適切な医療介入を妨げる大きな障壁になります。食行動の問題は固定したものではなく、適切な支援によって改善しうる医学的状態です。「いつも通り」に見えるからこそ、定期的な客観的評価(体重・栄養状態・機能への影響)が重要です。
2. ICD-11における分類と施設への関連性
ICD-11は本章で扱う疾患群を、大きく食行動症(体重・体型への懸念とは関係しない食行動の問題。非食用物の摂取や、食物の意図的な逆流など)と摂食症(食へのとらわれを伴う摂食の問題で、多くの場合、体重・体型への強い懸念を伴う)に分けています。CDDRが挙げるカテゴリーは、6B80〜6B85 の6つに、6B8Y(他の特定される食行動症または摂食症)と 6B8Z(食行動症または摂食症、特定不能)を加えた8つです(CDDR p.397)。本章では、このうち中心となる6つを扱います。
CDDRはこれらを、「他の医学的疾患ではよりよく説明されず、発達的に相応でもなく、文化的に容認されたものでもない、異常な摂食または食行動」と定義しています(CDDR p.397)。また、食に関する軽度の心配や、よく見られる/文化的に容認された行動を、この診断で分類してはならないとも明記しています(CDDR p.397)。診断の確定は医師の役割です。職員の役割は、「現れ方」と「観察すべき点」を知り、早期に医療につなぐことです。
3. その場でどうするか
食の場面は、職員の対応が本人の状態を最も直接に左右する場面です。ここでは三つの場面の手順と、食事場面での禁忌を示します。いずれも、その場で診断や見極めをすることは求めていません。
異食(食べ物でない物を口に入れている・飲み込んだ)を発見したとき
- まず、落ち着いた声で「口を見せてください」と伝える──大声を出さない。驚かせると反射的に飲み込みます。
- 口の中を確認する──明るい方を向いてもらい、正面から見ます。指を口の中に入れない。噛まれる危険があり、また異物を奥へ押し込む危険があります。本人が自分で出せるなら、手のひらか容器を差し出して出してもらいます。
- 窒息のサインを最優先で確認する──声が出ない、咳ができない、顔色が青い・紫色、喉に手を当てる。一つでもあれば異食の確認より救命が優先です。ただちに応援を呼び、施設の窒息時対応(背部叩打・腹部突き上げ)と救急要請を行ってください。
- 何を、どれだけ飲み込んだかを確認する──周囲を見て、同じ物がいくつ残っているかを数えます。包装や容器があれば捨てずに保管してください(成分の確認に使います)。
- 毒性・鋭利性を判断せず、そのまま報告する──洗剤・漂白剤・電池(特にボタン電池)・薬・塗料・金属・鋭利な物・磁石は、ただちに医療スタッフへ報告し、救急要請の判断を仰ぎます。判断に迷うときは報告してください。
- 吐かせない・水や牛乳を勝手に飲ませない──物質によっては吐かせることで食道をさらに傷つけます。飲ませるかどうかは医療の指示に従います。
- そばを離れず、様子を見る──腹痛、嘔吐、よだれ、飲み込みにくさ、呼吸の変化、意識の変化。時刻とともに記録します。
- その後、環境を点検する──同じ物が他にないか、居室・トイレ・廊下・園庭・ゴミ箱を確認し、届かない場所に移します。点検の結果は記録に残します(下の「異食の予防的な環境整備」を参照)。
- 記録する──何を・どれだけ・いつ・どこで・誰といるときに口にしたか、直前に何をしていたか、職員の対応、その後の様子。
- 口に指を入れてかき出す──噛まれる危険と、異物をさらに奥へ押し込む危険があります。
- 叱る・取り上げるために力ずくで押さえる──反射的に飲み込ませてしまいます。また、次から隠れて行うようになります。
- 「いつものことだから」と報告を省く──同じ物でも、量と部位によって危険度は変わります。毎回報告してください。
- 職員の判断で「無害だから大丈夫」と決める──毒性・腸閉塞・穿孔の判断は医療の役割です。
食事を拒否している・食べられないでいるとき
- まず、無理強いしない──口元へ運ぶ、口を開けさせる、残さず食べるまで席を立たせない、といった対応はしません。理由は二つです。①ARFIDでは、無理強いが食事場面そのものへの恐怖を強め、食べられる物をさらに減らします。②窒息・嘔吐の危険があります。
- 完食を目標にしない──「あと一口」「全部食べたら」という声かけをやめます。目標は安全に食べられた量を把握することであって、完食させることではありません。
- 量と時間を記録する──主食・主菜・副菜・汁物・水分について、おおよその割合(10割・5割・2割・0)と、食事にかかった時間、食べた物の種類を書きます。「あまり食べず」ではなく数字で書いてください。
- 食べられる物を出す──食べられる範囲の食品(本人の「安全な食べ物」)を、責めずに出します。ARFIDの人は好みの範囲の食品であれば、一般にまったく困難なく食べられるとCDDRは述べています(CDDR p.411)。まずは摂取量を確保します。
- 新しい食べ物は、その場で押しつけない──皿の端に少量置いておく、においだけ嗅いでもらう、といった段階は、管理栄養士・医療スタッフと相談した計画のもとで行います。その場の思いつきで挑戦させないでください。
- 環境を整える──騒がしさ、におい、席の位置、食器、温度。感覚的な理由で食べられないことがあります。変えてみたことと結果を記録します。
- 体重測定は淡々と──医療スタッフの指示のもとで、決まった曜日・時間・衣類で測ります。数値を本人の前で読み上げない、増減にコメントしない。拒否する場合は無理強いせず、拒否したことを記録します。
- 医療につなぐ基準を守る──次のいずれかで、当日中に報告します。
- 水分も摂れていない状態が続いている
- 食事をほとんど摂らない日が続いている
- 体重が続けて減っている、または成長期なのに増えていない
- ふらつき、立ちくらみ、脈の乱れ、手足の冷え、顔色不良を伴う
- 食事場面で強い恐怖・パニックが繰り返し起きている
- 完食指導・無理強い・時間内に食べさせる指導──ARFIDでも神経性やせ症でも症状を悪化させ、窒息・嘔吐の危険を生みます。
- 「みんな食べているよ」「好き嫌いはよくない」と言う──本人の困難を「わがまま」と扱う言葉で、援助を求めなくさせます。
- 食べたら褒美、食べなかったら罰──食事を取引にすると、食事場面全体が緊張の場になります。
- 「食べないなら下げます」と急に下げる──摂取の機会を失わせます。時間を決めて静かに置いておきます。
過食や嘔吐を発見したとき(食べ物を大量に持ち込んでいた、トイレで吐いていた、など)
- まず、本人を責めない──「なんでこんなことを」「約束したでしょう」と言わない。CDDRは、過食は非常に苦痛を伴う体験で、罪悪感・嫌悪・恥といった否定的な感情として現れることが多いと述べています(CDDR pp.405, 408)。責めると、以後さらに巧妙に隠されます。
- 短く、事実だけを伝える──言い方の例:「気づきました。心配しています。」「体のことが心配なので、看護師さんに伝えますね。」秘密にする約束はしません。ただし、他の利用者の前では話しません。
- 身体の状態を確認する──顔色、ふらつき、動悸、めまい、手の震え、喉の痛み、吐血の有無、手の甲の傷(吐く際に歯が当たる)、歯の状態。
- 口をゆすいでもらう。ただし、すぐに歯を磨かせない──胃酸で軟らかくなった歯の表面を傷めます。水か洗口液でゆすぐまでにとどめ、しばらく置いてから磨きます。
- 食後の様子を観察する──CDDRは、自己誘発嘔吐は典型的には過食後1時間以内に起こるとしています(CDDR p.404)。したがって食後1時間以内のトイレ利用は重要な観察点です。監視するのではなく、食後の時間を職員と一緒に過ごす日課(片付け、お茶、散歩)を組むほうが実際的です。
- 電解質と体重への懸念を医療に伝える──嘔吐・下剤・利尿薬の使用が続くと、血液中のミネラルのバランスが崩れ、意識の変容や心臓の不整脈につながることがあります。意識の変容・混乱・失神・動悸があれば、その場で緊急扱いにしてください。
- 糖尿病のある利用者では、インスリンの使用状況を確認する──CDDRは、糖尿病のある人が体重を増やさない目的でインスリンの投与を意図的に省略することを、神経性やせ症・神経性過食症の代償行動の一つとして明記しています(CDDR pp.398, 404)。服薬・注射の管理を担う職員は、残量と血糖値の記録の食い違いに注意し、疑いがあればただちに報告してください。
- 記録する──日時、場所、量(分かる範囲で「菓子パン3個」など具体的に)、嘔吐の有無と回数、直前の出来事、本人の言葉、身体所見、職員の対応。
- 叱責する・他の利用者の前で指摘する──恥が強まり、隠蔽が進み、発見がさらに遅れます。
- 食べ物を全面的に管理・施錠して終わりにする──行動の背景(感情の調整、空腹、孤立)が残ったままだと、別の形で現れます。管理は医療・心理と相談した計画の一部として行います。
- 「太るよ」「やせたね」と体型に触れる──下の禁忌を参照してください。
- 本人の求めに応じて秘密にする──身体的な危険を伴います。「心配だから伝える」と正直に告げてください。
次の四つは、施設の食事場面における明確な禁忌です。理由とともにチームで共有してください。
- ARFIDのある利用者に食事を無理強いしない・完食指導をしない──食事場面への恐怖を強め、食べられる物をさらに減らします。窒息・嘔吐の危険もあります。
- 神経性やせ症が疑われる利用者の食事量を、本人の前で話題にしない──「今日は食べたね」「昨日より少ないね」という何気ない一言が、量を減らす動機になります。食事量の共有は、記録と申し送りで行ってください。
- 体重や体型についてコメントしない──「やせたね」「太ったね」「健康的になったね」はすべて避けます。「やせたね」は本人にとって成功の合図になり、「太ったね」は強い苦痛と行動の激化を招きます。数値は淡々と記録し、本人の前で読み上げません。
- 他の利用者と食事量・体型を比べない──「○○さんは全部食べたよ」は、比較と競争を持ち込みます。
異食は、起きてから対応するより、起こりにくい環境をつくるほうがはるかに安全です。次を施設の手順として定めてください。
- 危険物質の保管管理──洗剤・漂白剤・消毒薬・薬品・電池(特にボタン電池)・塗料・接着剤・園芸用品・たばこは、施錠できる場所に保管し、鍵の管理者を決めます。使用中は目を離さず、使い終わったらその場で戻します。
- 居室の点検──ベッド下、引き出し、クローゼット、カーテンの裾、寝具の破れ、家具の緩んだ部品、ゴミ箱。担当職員が週1回、決まった曜日に点検します。
- 共用部・園庭の点検──植栽の周りの小石・木片・落ち葉、遊具のネジやキャップ、砂場、側溝、喫煙所周辺の吸い殻、ゴミ集積所。週1回、および行事や作業のあとに点検します。
- 点検の記録──点検日、点検者、見つけた物、とった措置を所定の様式に残します。記録がないと、事故後の検証も改善もできません。
- 異食のあった直後は、その場所を重点的に点検する──同じ場所で繰り返されることが多いためです。
- 安全な代替物を用意する──噛んでよいシリコン製の用具など。ただし、導入は作業療法士・医療スタッフと相談のうえで行い、その物自体が誤飲の原因にならないか確認します。
- 点検の頻度は、事例に応じて上げる──異食が続いている利用者がいる期間は、居室点検を毎日、園庭点検を週2回以上に上げるなど、チームで期間を決めて変更し、記録します。
4. 回避・制限性食物摂取症(ARFID)6B83
回避・制限性食物摂取症(Avoidant/Restrictive Food Intake Disorder:ARFID)は、体重や体型へのとらわれが動機ではないのに、食物の回避または制限が著しく、その結果として健康や生活機能に実害が生じている状態です(CDDR pp.410–411)。「やせたい」という動機が存在しない点で、神経性やせ症と区別されます。
診断要件(ICD-11)
- 食物の回避または制限があり、その結果として次のいずれか、または両方が生じている:
・エネルギーや栄養の必要量を満たすには不十分な量または種類しか摂取しておらず、著しい体重減少、臨床的に意味のある栄養欠乏、経口栄養補助食品や経管栄養への依存、その他の身体的健康への悪影響が生じている
・個人・家族・社会・教育・職業などの重要な領域に著しい機能障害が生じている(例:食事を伴う社会的な場への参加を避ける、それに伴う苦痛) - その食行動のパターンが、体重や体型へのとらわれによって動機づけられていない
- 食物が手に入らないためではなく、他の医学的疾患(例:食物アレルギー、甲状腺機能亢進症)や他の精神疾患のあらわれでもなく、物質や薬(離脱を含む)の影響でもない
制限の理由――本マニュアルによる三つの整理
CDDRは、食物摂取の制限にはさまざまな理由がありうるとして、食べることへの関心の欠如、特定の感覚特性(におい、味、外観、食感、色、温度)をもつ食物の回避、食べることで本人が感じ取る嫌な結果(窒息、嘔吐、健康問題)への懸念などを例として挙げています(CDDR p.411)。CDDRはこれらを「型」として分類してはいません。以下の三区分は、施設での観察をしやすくするために本マニュアルが独自に整理したものです。実際には複数が重なります。
診断は医師が行います。次の表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。
| パターン | 施設で見える姿 | 留意点 |
|---|---|---|
| 感覚的嫌悪型 | 食べられる物が非常に少ない(例:白米・パン・特定の菓子のみ)。同じ食品でも、メーカー・色・温度・盛り付けが変わると食べられない。新しい食品を強く拒否する | ASDの感覚の過敏さと重なりやすい。ASDのある人の制限的な食べ方が、著しい体重減少その他の健康上の結果を引き起こしている場合、または著しい機能の障害と特異的に関連している場合には、ARFIDの追加診断を与えてよいとされます(CDDR p.413)。「特性だから」と支援を止めない |
| 恐怖型 | 特定の食品や食べること全般を避ける。食事中に強い不安・パニックを示す、席を立つ、丸のみを怖がる | CDDRは、一部の症例では、特定の食物を食べたあとの窒息や嘔吐といった、食に関する嫌悪的な体験が背景にあるとしています(CDDR p.411)。ただし多くの場合、発症に先立つ特定できる出来事はありません。原因探しをせず、現在の様子を記録してください |
| 関心欠如型 | 食や食べることへの関心が長く乏しく、食欲が慢性的に低い、空腹を認識しにくい(CDDR p.411)。「食べるのが面倒」「お腹が空かない」。なお、食べる場面で強い感情の高ぶりや抵抗を示すタイプについて、CDDRはとくに子どもでは、食べるためにかなりの促しと励ましを要することが多いとしています(CDDR p.411) | 気分症・ADHD・知的発達症の症状としても食欲低下は起こります。下の枠を参照してください |
CDDRは、抑うつエピソードでの食欲低下・食への関心の低下と体重減少、躁・混合・軽躁エピソードでの食への関心の低下、統合失調症などでの食欲低下や被毒念慮による摂取制限を挙げたうえで、「食物摂取の制限が他の精神疾患によって完全に説明される場合、ARFIDの追加診断は通常は正当化されない」と明記しています(CDDR p.414)。
以下は本マニュアルの運用上の考え方です。食べなくなった利用者を見たとき、職員が最初に確認すべきは「食べないこと以外に何が変わったか」です。眠れているか、興味のあったことをしなくなっていないか、日中の活動量が落ちていないか、いらだちが増していないか。あわせて第11章「気分症群」を参照してください。
CDDRは、次のように述べています。「回避・制限性食物摂取症のある人は、一般に、好みの範囲内の食物を食べることには何の困難も経験しないため、低体重でないことがある」(CDDR p.411)。
以下は本マニュアルの運用上の考え方です。「体重は減っていないから大丈夫」で観察を打ち切らないでください。食べられる物の種類が減っていないか、行事・外食・買い物・実習などの参加が食を理由に減っていないかを見てください。
「偏食」「わがまま」との違い
CDDRは、変わった食べ方をする人や極端な「好き嫌いの多い人」であっても、著しい体重減少や、臨床的に意味のある栄養欠乏、選択的な食事による血中脂質の上昇などの健康上の結果、あるいは心理社会的な機能の障害(例:好みの食品がない社会的活動への参加が限られる)がなければ、ARFIDと診断してはならないとしています。また、選択的な食事に対する親や養育者の苦痛は、本人に健康上の結果や機能の障害がない限り、診断の根拠にはなりません(CDDR p.411)。
次のような状態は医療的評価が必要です。
- 体重増加が止まっている、または体重が減少している
- 特定の栄養素の欠乏が疑われる(疲れやすい、髪が抜ける、肌荒れが著しいなど)
- 食べられる物の種類が、この数か月で明らかに減っている
- 食事の場に参加できず、生活に影響が出ている
- 食を中心とした強い不安・パニックが生活全体を制限している
もっと詳しく:ARFIDの経過と、神経性やせ症・ASD・不安症との境界
経過(CDDRの記載)
- 回避的な摂食・食行動は幼児期に始まることが多いものの、年長児・青年・成人での初発もあります(CDDR p.412)。
- 回避的・制限的な食のパターンは成人期まで続くことがあります(CDDR p.412)。
- 著しい低栄養があると、成長や学習など典型的な発達の遅れと関連することがあります(CDDR p.412)。
- 有病率は男女で同程度ですが、ASDと併存する場合は男性で高くなります(CDDR p.412)。
神経性やせ症との境界
決定的な違いは動機です。神経性やせ症では、低体重を作り維持する行動が、やせ願望や体重増加への強い恐怖によって動機づけられているのが通常です。ただし、腹部の不快感への恐れ、自罰、宗教的・道徳的理由といった別の説明が語られることもあります。この場合、CDDRは「他の点では神経性やせ症の診断要件を満たしているが、体重・体型への懸念がはっきり語られない場合、その食行動を神経性やせ症の診断根拠とみなしてよいのは、臨床的な観察や周囲からの情報が『やせる意図・体重増加を防ぐ意図』を支持するときに限られる」としています(CDDR p.413)。
ARFIDと診断された人が、治療の中で食行動を変え体重が増え始めると、体重・体型への懸念がより明確に現れることがあります。その場合、神経性やせ症の診断要件がすべて満たされるのであれば、神経性やせ症へ診断を変更することが適切なこともあります(CDDR p.413)。
ASDとの境界
ASDでは、感覚の特性(食感への過敏さなど)や、決まった手順への柔軟性を欠く固執(同じ食品を同じ時間に同じ順で、特定のメーカーの包装の物だけ)から、食が制限されることがあります。ASDにはこれに加えて、社会的コミュニケーションと相互的なやりとりの持続的な困難があります。ASDのある人の制限的な食が、著しい体重減少やその他の健康上の結果を生じているか、著しい機能障害と特異的に関連している場合には、ARFIDの追加診断を与えることができます(CDDR p.413)。
特定恐怖症・他の不安症との境界
ARFIDでは、食べることの嫌な結果(喉に詰まる、むせる、吐く、健康を害する)への恐れから食を避けることがあります。ARFIDは食や食事に関する不安症状としばしば結びつき、経過とともに悪化することもあります。不安症状が特定恐怖症などの要件をすべて満たすなら、両方の診断をつけることができます(CDDR p.413)。
他の医学的疾患との境界
消化器疾患などによって、空腹感の低下・摂食の制限・体重減少が完全に説明される場合には、ARFIDと診断しません(CDDR p.414)。まず身体の評価という順番を守ってください。
5. 異食症(Pica)6B84
異食症は、土・粘土・チョーク・漆喰・プラスチック・金属・紙などの非食用の物や、生の食材(大量の塩やコーンフラワーなど)を、常習的に摂取する状態です(CDDR p.414)。
診断要件(ICD-11)
- 非栄養物質の常習的な摂取がある
- その摂取が持続的または重度で、臨床的な対応を要する。すなわち、摂取した物の頻度・量・性質のために、健康への損害、健康への重大な危険、または機能の障害を引き起こしている
- 年齢と知的機能の水準からみて、食べられる物とそうでない物を区別できると期待される(定型発達ではおおよそ2歳ごろ)
- 他の医学的疾患(例:栄養欠乏)のあらわれではない
なお、乳児や非常に幼い子どもが感覚を探索する手段として非食用の物を口に入れることは正常であり、異食症の診断は当てはめません(CDDR p.414)。文化的に容認された土食などの慣行も、摂取量が臨床的な対応を要するほど大きい場合にのみ診断されます(CDDR p.415)。
異食行動は消化管の穿孔・腸閉塞・中毒・感染症・窒息など、深刻な身体的合併症を引き起こす可能性があります。施設内での異食を発見したら、3節の手順に従い、物質の種類と量を確認してただちに医療スタッフに報告してください。毒性のある物(洗剤・塗料・電池・金属など)は救急対応を検討します。
施設での典型的な現れ方
- 床や庭の土・砂・小石を繰り返し口にする
- 紙・ティッシュ・布・衣類の一部を噛んで飲み込む
- 髪の毛・爪・皮膚の一部を食べる(毛髪の摂取は、飲み込んだ髪が胃腸の中で固まって詰まる毛髪球症〔ラプンツェル症候群〕のリスクがあります)
- プラスチック片・ボタン・ビーズ・消しゴムなどを口に入れ飲み込む
- 大量の塩・生の粉・チョーク・石灰などを摂取する
- ゴミや腐敗した食品を食べようとする
CDDRは、異食はエピソード的で変動する場合と、慢性・持続的な場合があり、変動する場合は、ストレスや不安の高まりと関連することがあると述べています(CDDR p.415)。発症は生涯のどの時期にも起こりえますが、小児期に最も多く観察されます。有病率は男女で同程度です(CDDR p.415)。
CDDRは、「非栄養物質の摂取は、知的発達症のある子どもや成人ではよく見られる」としたうえで、次の条件を示しています(CDDR p.416)。
「その人が食べられる物と食べられない物を区別できる場合に限り、行動が持続的であるか、または特別な臨床的対応を要するほど潜在的に危険であるならば、異食症の追加診断を与えてよい」
※CDDRはここで「重度(severe)」ではなく「潜在的に危険(potentially dangerous)」という語を用いています。同じp.416でも、他の疾患に伴う異食の項(下の枠)では「持続的または重度」と書かれており、日本語訳でもこの二つを訳し分けています。
ケース会議で「あの方は異食症ではないのですね」という結論が出ることがあります。診断がつかないことと、危険への対応義務は、別の問題として扱ってください。診断名の有無にかかわらず、窒息・中毒・腸閉塞の危険は同じだけあり、環境整備・観察・記録・医療報告の義務も同じだけあります。診断がつかないことを、対応を緩める理由にしないでください。
CDDRは、特定の栄養欠乏の症状として非栄養物を摂取している場合は異食症と診断しないとしたうえで、重要な但し書きを置いています。「その欠乏が補正された後も行動が続く場合を除く」――すなわち、欠乏を治療してもなお行動が続くのであれば、異食症と診断できます(CDDR p.416)。例として、ビタミンB12・葉酸・鉄の欠乏による貧血が、土を食べたいという欲求と関連しうることが挙げられています。
職員が行うこと:まず栄養状態の医学的評価(貧血の検査を含む)を依頼してください。そして、治療が始まったあとも異食の頻度を記録し続けてください。
CDDRは、次のような場合を挙げています(CDDR p.416)。
- 神経性やせ症のある人が、空腹を抑えるためにティッシュや紙などを食べることがある
- 抜毛症・皮膚むしり症のある人が、抜いた毛やむしった皮膚を食べることがある(第7章の身体への反復行動症群を参照。CDDRは、抜いた毛を常習的に飲み込む・食べる人(食毛)では、摂取した毛髪の量によっては、重篤で生命を脅かすこともある消化管の症状が生じうるとしています。CDDR p.328)
- ASDや統合失調症でも非栄養物の摂取が起こりうる
そのうえでCDDRは、「そのようなすべての場合において、異食症の追加の診断は、その行動が持続的または重度で臨床的注意を要する場合にのみ与えられるべきである。すなわち、摂取した物質・物体の頻度、量、または性質のために、その行動が健康への損害、機能の障害、または重大な危険を引き起こしている場合である」と述べています(CDDR p.416)。
知的発達症・ASDのある方の異食の背景
- 感覚探索──触感・味・質感への強い関心や刺激の追求
- ストレス・不安の発散──口から物を摂取することによる自己刺激・自己なだめの効果
- 食物と非食物の区別の困難さ──認知の発達段階として、境界が不明確
- 環境からの刺激不足──単調な生活環境や退屈から出現・維持される
行動論的なアプローチ(その行動が何のために起きているかを分析して支援につなげる方法。機能分析)が有効なことがありますが、まず医療的評価と環境整備が先です。「これが普通」と慣れてしまわず、異食の有無・種類・頻度を記録し、定期的に医療スタッフと共有することが重要です。
もっと詳しく:異食の機能分析
同じ「異食」でも、機能が異なれば支援の方向性も変わります。
- 感覚刺激の獲得が目的の場合→ 安全な代替物(噛んでよいシリコン製の用具など)の提供、感覚面への働きかけ
- 不安・ストレスの発散が目的の場合→ 不安の原因を同定・軽減する、安心できる別のなだめ方を提供する
- 退屈・刺激不足が原因の場合→ 活動量と刺激の種類を増やす環境整備
- 注目の獲得が目的の場合→ 異食以外の行動で職員の注目が得られる関係づくり
機能分析は、行動が「いつ・どこで・誰といるときに・何の前後に」起きるかを記録することから始まります。この記録は、心理士・医師・作業療法士との連携においても極めて有用です。
6. 反芻・吐き戻し症6B85
反芻・吐き戻し症は、一度飲み込んだ食物を意図的・反復的に口の中に戻し(吐き戻し)、再び噛んで飲み込むか(反芻)、意図的に吐き出す状態です。嘔吐とは異なります(CDDR p.416)。
診断要件(ICD-11)
- 飲み込んだ食物を意図的・反復的に口に戻す行動がある
- その行動が頻回(少なくとも週に数回)で、少なくとも数週間にわたって持続している
- 発達年齢が少なくとも2歳に達している人にのみ診断する
- 食道狭窄、食道の機能に影響する神経筋疾患、幽門狭窄など、逆流や嘔気・嘔吐を直接に引き起こす他の医学的疾患のあらわれではない(CDDR p.417)
施設での観察ポイント
- 食後に口をもごもごさせ、何かを咀嚼しているような動作がある
- 食後に酸っぱい臭い(胃酸の臭い)が口からする
- 食後すぐに吐き出す動作があるが、苦しそうな様子はない(苦痛なく行っている)
- 舌や腹筋を収縮させる、咳をする――CDDRは、これらの動作で意図的に逆流を誘発すると記しています。比較的容易に戻すことができ、不安の軽減や快感を得ることがあります(CDDR p.417)。この「誘発の動作」は、他の嘔吐との区別に役立つ観察点です
- 食べた内容物が衣類や周辺に付着している
- 体重増加不良、歯のエナメル質の侵食(身体的サイン)
CDDRは、反芻・吐き戻し症は知的発達症やASDのある人でやや多く、その場合、自己なだめ・自己刺激として機能しうると述べています。また、本人は恥や当惑を体験し、社会的に受け入れられないと認識して行動を隠そうとすることが多く、治療を求めたがらず、無治療では非常に長期間続きうるともしています(CDDR p.417)。人前で行う場合も隠れて行う場合もあるため、「見たことがないから起きていない」とは判断できません。青年・成人では戻した食物を噛み直さないことがあり、高齢者は社会的な状況によって飲み込むか吐き出すかを選ぶことがあるとされます(CDDR p.417)。
CDDRは、幼い子どもでは嚥下(飲み込み)を制御できないため、反芻・吐き戻し症は窒息の実質的な危険を生じうると明記しています(CDDR p.417)。児童部門では、この行動を「くせ」として見過ごさず、食後の見守りの体制と、窒息時の対応手順の確認を必ず行ってください。
- 乳児には診断しない――CDDRは、反芻・吐き戻し症を乳児には診断すべきでないとし、乳児の類似の現象は、消化器系の疾患の章にある「乳児反芻症候群」として診断すべきだとしています(CDDR p.418)。乳児の吐き戻しを、この章の疾患として扱わないでください。
- 自己誘発嘔吐との区別――自己誘発嘔吐は、神経性やせ症(過食・排出型)や神経性過食症の排出行動として起こります。また、精神疾患とは関連しない、ヨガの実践者などの文化的に容認された慣行として起こることもあります(CDDR p.418)。反芻・吐き戻し症は、体重や体型を目的とした行動ではありません。職員は「体重・体型に関する言動があるかどうか」を記録してください。これが区別の手がかりになります。
- 「心因性嘔吐」との区別――区別の根拠は、反芻・吐き戻し症の逆流が典型的に意志によるもの・意図的である点にあります。「心因性嘔吐」とされてきたものが実は随意的であるという根拠があれば、反芻・吐き戻し症の診断が適切なことがあります(CDDR p.418)。
放置すると栄養不良・逆流性食道炎・歯のエナメル質侵食・誤嚥性肺炎などの身体合併症につながります。専門的な行動的介入(食事姿勢の調整、腹式呼吸の訓練、構造化された食事環境)が有効とされており、早期の多職種連携が重要です。
7. 摂食症群──体重・体型への強いこだわりを伴うもの
神経性やせ症・神経性過食症・むちゃ食い症の3症は「摂食症」のグループに属し、多くの場合、体重や体型への強い懸念を中心的な特徴とします。施設内の青少年・成人の利用者に出現しうる状態です。
7-1. 神経性やせ症(Anorexia nervosa)6B80
CDDRは、神経性やせ症は早期の死亡と関連しており、その原因はしばしば飢餓による身体合併症または自殺であると明記しています(CDDR p.401)。疑いがある場合は速やかに医療スタッフに報告し、専門的評価につないでください。「本人の意思」「ダイエット好き」と見過ごすことなく、体重の急激な低下や食行動の変化は必ず報告してください。
また、医学的な危険は体重だけで決まりません。CDDRは、急激な体重減少(とくに小児)、起立性低血圧、徐脈または起立時の頻脈、低体温、心臓の不整脈、血液検査上の異常を、体重とは別の重要な危険因子として挙げています(CDDR p.400)。
診断要件(ICD-11の中核的特徴)
- 年齢・身長・発達段階・体重歴に対して著しく低い体重。よく用いられる目安は、成人でBMI 18.5未満、小児・青年で年齢相当のBMIが5パーセンタイル未満です。急激な体重減少(例:6か月以内に総体重の20%を超える減少)は、他の診断要件が満たされている限り、低体重という必須の特徴に代わることがあります。また、小児・青年では、体重減少ではなく、その子の発達の軌道から期待される体重増加が得られないという形で現れることがあります(CDDR p.398)。
- 異常に低い体重を作り出し、維持することに向けられた、持続的な行動のパターン。典型的には体重増加への強い恐怖を伴います。行動には、絶食、低カロリー食の選択、少量を極端にゆっくり食べる、食物を隠す・吐き出す、自己誘発嘔吐、下剤・利尿薬・浣腸の使用、糖尿病のある人でのインスリン投与の省略、過剰な運動、運動性の多動(じっとしていない)、意図的に寒さにさらす、エネルギー消費を増やす薬(刺激薬、やせ薬、やせるためのハーブ製品、甲状腺ホルモン)の使用が含まれます(CDDR p.398)。
- 体重や体型への過度のとらわれ。低体重が過大に価値づけられ(overvalued)、かつ自己評価の中心になっている、または実際にはやせているのに「普通」「太っている」と誤って認識している状態です(CDDR p.398)。
CDDRの「必須の特徴」と「発達に応じた現れ方」の項に、次の記述があります。
- 体重増加への恐怖を、はっきり口に出すことは絶対的な要件ではありません。低体重を保つ行動が意図的であると見え、体重・体型へのとらわれを示す他の行動指標(繰り返し体重を量る/体型を確認する、極端な回避行動)があれば要件を満たします(CDDR p.400)。
- 子どもは、身体イメージに関する懸念や、食を制限することに関わる感情を言葉にできないことがあります。そのため、低栄養の重篤さを否認しながら、身体イメージ以外の理由(「お腹が空いていない」「お腹が痛い」など)を挙げて食を避けるという形をとることがあります。また、言葉によらない形での食物拒否も見られます(CDDR p.401)。
- 体重・体型へのとらわれは、言葉にされなくても行動として現れます。体重計に繰り返し乗る、メジャーや鏡で体型を繰り返し確認する、食品のカロリー表示を常に確認する、やせる方法の情報を探す。逆に、鏡を置かない、体にぴったりした服を避ける、自分の体重を知ることを拒む、サイズの表示された服を買わないといった極端な回避も、同じとらわれのあらわれです(CDDR pp.398–399)。
ここからは本マニュアルとしての運用の考え方です:知的発達症のある利用者について、言葉だけでなく、上に挙げた行動を記録してください。なお、CDDRのこれらの記述は子どもについてのものであり、知的発達症のある成人への適用についてCDDRに記載はありません。
施設での観察サイン
| 観察できる行動・状態 | 注意すべき点 |
|---|---|
| 急激な体重減少、または成長期なのに期待される体重増加がない | 「食が細かっただけ」と処理せず、体重と身長の推移を記録する(CDDR p.398) |
| 食事を細かく切る、極端にゆっくり食べる、食べ物を隠す・吐き出す | 量だけでなく、食べ方そのものに注目。CDDRが挙げているのは「少量を極端にゆっくり食べる」「食物を隠す・吐き出す」です(CDDR p.398)。「儀式的な食べ方」は本マニュアルの言い換えで、CDDRの用語ではありません |
| 食後1時間以内にトイレに急ぐ | 自己誘発嘔吐は典型的に過食後1時間以内(CDDR p.404)。疑ったら必ず報告 |
| 過度な運動(夜中・早朝も含む)、じっとしていられない、寒いのに薄着でいる | エネルギー消費を増やす行動。意図的な寒冷曝露もCDDRに挙げられている(CDDR p.398) |
| るいそう(脂肪と筋肉の著しい減少)、触れて冷たい手足または手足が青く見える(チアノーゼ)、うぶ毛の増加、脱毛、浮腫、近位の筋力低下、無月経、骨減少症・骨粗鬆症、徐脈、低血圧 | 飢餓の身体サイン(CDDR p.400)。専門的な医療評価が緊急に必要 |
| 体重計に繰り返し乗る/逆に体重を知ることを拒む、鏡を避ける、体にぴったりした服を避ける | どちらも体重・体型へのとらわれのあらわれ(CDDR pp.398–399) |
| 体型・体重の話題への強い反応(激怒・泣く・話を打ち切る) | 食の問題を「秘密」として維持しようとしている可能性 |
| 糖尿病のある利用者で、インスリンの残量と記録が合わない | 体重を増やさないための意図的な省略の可能性(CDDR pp.398, 404)。ただちに報告 |
CDDRは、神経性やせ症の症状の現れ方は文化によって異なるとしたうえで、その一例として、アジアでは、神経性やせ症のある人の一部が、エネルギー摂取を減らす理由として体重増加への恐怖を表明しないことがあると記しています。代わりに、消化器の不快感や、文化的・宗教的な理由(断食や食のきまり)に帰することがあります。それでも、臨床的な観察や周囲からの情報が「やせる意図・体重増加を防ぐ意図」を支持するなら、体重・体型への過度のとらわれという必須の特徴を満たすものとみなすべきだとされています(CDDR p.402)。「やせたいとは言っていない」からといって除外しないでください。
低体重の程度と、回復期の扱い
| 特定用語(specifier) | 内容(CDDR p.399) |
|---|---|
| 著しく低い体重を伴う 6B80.0 | 成人でBMI 18.5〜14.0、小児・青年で年齢相当のBMIが5〜0.3パーセンタイル |
| 危険なほど低い体重を伴う 6B80.1 | 成人でBMI 14.0未満、小児・青年で年齢相当のBMIが0.3パーセンタイル未満(1000人に3人未満)。CDDRは、これを身体合併症の危険が高く、死亡率が大幅に上がることと関連する重要な予後因子と位置づけています。本マニュアルでは、この水準を運用上「即時の医療対応が必要な状態」として扱います(この扱いは本マニュアルの判断で、CDDRの記述ではありません) |
| 正常体重の回復期 6B80.2 | 健康な体重に達した人でも、完全で持続的な回復が達成されるまで診断を維持する。完全で持続的な回復とは、健康な体重の維持と、体重を減らすための行動の停止が、治療終了後、持続する期間(例:少なくとも1年)にわたって保たれること |
あわせて、体重に関わる行動のパターンを書き添えることができます。食事の制限や絶食によって(過剰な運動などエネルギー消費を増やす行動と組み合わせる場合も含みます)低体重を作り維持し、過食や排出行動を行わない制限パターン(6B80.x0)と、過食エピソードまたは排出行動を伴う過食・排出パターン(6B80.x1)です(CDDR p.400)。過食・排出パターンには、過食エピソードはあるが排出はしない人も含まれます。
7-2. 神経性過食症・むちゃ食い症6B81 / 6B82
神経性過食症は、制御を失った過食エピソードの反復+体重増加を防ぐための不適切な代償行動が中核です。むちゃ食い症も過食エピソードは同様ですが、代償行動を規則的には伴わない点が異なります。また、体重・体型への過度のとらわれは神経性過食症では必須の特徴ですが、むちゃ食い症では必須ではありません(よく見られはしますが、要件ではありません。CDDR pp.404, 408)。
CDDRは、神経性過食症とむちゃ食い症の両方について、次のように明記しています(CDDR pp.405, 408)。
「過食エピソードは『客観的』なもの――同じような状況で多くの人が食べるであろう量より多く食べる場合――であっても、『主観的』なもの――客観的には正常の範囲内と考えられる量でありながら、本人が主観的に大量だと体験している場合――であってもよい。いずれの場合も、過食エピソードの中核となる特徴は、食べることに対する制御を失った体験である。」
「見ていたけれど、そんなに量は食べていなかった」という理由で、観察を打ち切らないでください。食べた量とあわせて、制御を失っていた様子があったかどうかを記録してください。
制御の喪失は、次のように語られます(CDDR p.404):「食べるのを止められない」「食べる量や種類を制限できない」「いったん食べ始めると止めるのが難しい」「どうせ食べ過ぎるのだから、と制御しようとすること自体をあきらめている」。本人の言葉をそのまま記録してください。また、いつもよりずっと速く食べる、苦しいほど満腹になるまで食べる、空腹でないのに大量に食べる、恥ずかしさから一人で食べるといった特徴も挙げられています(CDDR pp.405, 408)。
診断の目安となる頻度と期間
| 過食エピソード | 代償行動 | |
|---|---|---|
| 神経性過食症 6B81 | 例:1か月以上にわたり週1回以上(CDDR p.404) | 例:1か月以上にわたり週1回以上。最も多いのは自己誘発嘔吐で、典型的には過食後1時間以内。他に絶食、利尿薬、下剤・浣腸、糖尿病のある人でのインスリン省略、激しい運動(CDDR p.404) |
| むちゃ食い症 6B82 | 例:3か月にわたり週1回以上。週に複数回あり、著しい苦痛を伴う場合には、より短い期間(例:1か月)で診断してよい(CDDR pp.407–408) | 規則的には伴わない |
上の表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。職員の役割は回数を数えて診断することではなく、「週に何回くらい・いつから続いているか」を記録して伝えることです。
CDDRは、次のように述べています。「神経性過食症は、時間の経過とともに体重増加と関連することがある。しかしながら、神経性過食症のある人は正常体重のことも、あるいは低体重(ただし神経性やせ症の診断要件を満たすほど十分に低くはない)のこともある。神経性過食症の診断は、過体重かどうかにかかわらず、規則的な過食と不適切な代償行動の存在に基づく」(CDDR p.405)。むちゃ食い症は体重増加や肥満と関連することが多いものの、正常体重や低体重の人もいます(CDDR p.408)。
これらが施設内で見落とされやすい理由は次の通りです。
- 食後に急いでトイレへ向かうという習慣が気づかれない、または「お腹が弱い」と思われる
- 体重が正常範囲内にあるため「問題ない」と判断される
- 食べた量が多くなかったため、過食と認識されない(主観的過食の見落とし)
- 本人が強い羞恥心・罪悪感から隠しており、発見が遅れる(CDDR pp.404–405)
- 被虐待経験のある青少年では、感情の調整の手段として過食・嘔吐が使われることがある
もっと詳しく:発症年齢・経過と、診断が変わりうる場合
発症と経過(CDDRの数値)
- 神経性やせ症:発症は青年期から成人期早期(10〜24歳)が多く、しばしばストレスの強い出来事に続いて起こります。思春期前の発症と40歳以降の発症は比較的まれです。多くは発症から5年以内に寛解しますが、要件を満たさなくなった後も、一般の人に比べて体重が低く、完全主義などの心理的特徴が残りやすいとされます(CDDR p.401)。青年の予後は成人より良好です(CDDR p.401)。
- 神経性やせ症の性差:世界的に女性で最大10倍多く診断されます。西欧圏の女性の生涯有病率は0.8〜6.3%と報告されており、東欧・アジア・ラテンアメリカの研究でも同様の幅が示されています(CDDR p.402)。男性の発症も増加しています。
- 神経性過食症:発症は10〜24歳が多く、思春期前や40歳以降はまれです。経過は変動しやすく、持続する場合も、寛解と増悪を繰り返す場合もあります。1年を超えて寛解した人は再発しにくい傾向があります(CDDR p.405)。物質使用、自殺、消化器の合併症などのリスクが高まります(CDDR p.406)。
- むちゃ食い症:発症は青年期・成人期早期が多く、成人後期に始まることもあります。しばしば持続的ではあるものの、他の食行動症・摂食症より寛解率が高く、自然に寛解することもあります(CDDR p.409)。
診断が変わりうる場合(職員は診断名の変更を追う必要はありません)
- 神経性やせ症の制限パターンが、時間の経過とともに神経性過食症の過食・排出のパターンに移行することがあります(CDDR p.406)。
- 神経性やせ症の人が体重を回復した後も過食・排出が続く場合、神経性やせ症の要件を満たすほど体重が低くない状態が1年間続いた時点で、神経性過食症へ診断が変更されることがあります(CDDR pp.403, 406)。
- 神経性過食症で排出などの代償行動が止まり、過食のみが残った場合、むちゃ食い症の診断要件がすべて満たされるのであれば、むちゃ食い症へ変更されることがあります(CDDR p.406)。
施設では、診断名よりも「何が起きているか(食行動・体重変化・感情状態)」を正確に記録・報告することが職員の役割です。診断の変更・確定は医師が行います。
むちゃ食い症と診断されない場合
過食が、他の医学的状態(例:プラダー・ウィリ症候群)や他の精神疾患(例:抑うつ症)でよりよく説明される場合、また物質や薬の影響による場合には、むちゃ食い症の診断は用いません(CDDR p.407)。プラダー・ウィリ症候群では、制御できない過食が症候群の特徴として現れます。
また、過食の定義を満たさない食べ過ぎ――気を散らされたり中断されたりすれば止められる「ぼんやりした食べ過ぎ」や、制御を失った感覚を伴わずに予定より多く食べること――は、たとえそれが本人にとって苦痛であっても、むちゃ食い症とは診断されません(CDDR p.408)。文化的に容認された祝祭でのごちそうも同様です(CDDR pp.405, 408)。
8. ASD・知的発達症と食行動症の関係
ASDや知的発達症のある方は、食に関する問題を抱えるリスクが高く、その背景は多層的です。
CDDRは、併存について次のように述べています。ASDのある方の制限的な食が、著しい体重減少やその他の健康上の結果を生じているか、著しい機能障害と特異的に関連しているなら、ARFIDの追加診断を与えることができます(CDDR p.413)。また、知的発達症のある方が食べられる物と食べられない物を区別できるなら、その行動が持続的であるか、特別な臨床的対応を要するほど潜在的に危険である場合に、異食症の追加診断を与えることができます(CDDR p.416)。以下は本マニュアルの運用上の考え方です。「特性だから」で観察を止めず、食行動の問題そのものを支援の対象として扱ってください。
養護施設に入所する子どもたちの多くは、過去の虐待・ネグレクト・貧困・剥奪の体験をもっており、食物への過剰な執着や貯食、摂食症のリスクの高さなど、食行動に深刻な影響が及ぶことがあります。この背景を「性格」「反抗」「甘え」と単純化しないための視点を、付録「児童養護施設における理解」にまとめています。
9. 観察と記録のポイント
日常的な観察記録は、医療スタッフの見立てを大きく支えます。次の観察項目を意識してください。
| 観察領域 | 具体的な観察項目 |
|---|---|
| 食事の量と質 | 1食あたりの摂取量(割合で記録)、食べられる食品の種類の数の変化、特定食品への固執や完全拒否 |
| 食事中の行動 | 食べ物を隠す・捨てる・吐き出す・口にためて飲まない、極端にゆっくり/素早く食べる、儀式的な食べ方、食事への強い恐怖・拒否反応 |
| 食後の行動 | 食後1時間以内のトイレ使用(CDDR p.404)、口をもごもごさせる(反芻の可能性)、舌や腹筋を収縮させる・咳をする動作、嘔吐音・嘔吐の痕跡 |
| 制御の喪失 | 「止められない」「気づいたら食べていた」といった本人の言葉(そのまま引用)。食べた量が多くなくても記録する(主観的過食。CDDR pp.405, 408) |
| 非食用物の摂取 | 何を・どのくらいの頻度で・どのような状況で口にするか。摂取した物の種類と量は必ず記録。抜いた毛を飲み込んでいないか |
| 身体的変化 | 体重の変化(成長期は身長も)、顔色・肌の変化、うぶ毛、疲れやすさ、脱毛、浮腫、手足の冷え、歯の変色・エナメル質の侵食、手の甲の傷 |
| 体重・体型への関心 | 体重計に繰り返し乗る/体重を知ることを拒む、鏡や服の避け方、体型の話題への反応 |
| 感情・行動面 | 食事前後の情緒変化(不安・恐怖・興奮・抑うつ)、社会的回避(食事の場を避ける)、睡眠と活動量の変化 |
| 背景状況 | 問題が始まった時期・きっかけ、ストレスとなる出来事との関連、生活環境の変化、薬の変更 |
もっと詳しく:体重測定と記録の実務
食行動症または摂食症が疑われる場合、定期的な体重測定は基本的な観察の一部です。ただし、測定の場面は利用者にとって非常にストレスの強いものになることがあります(特に神経性やせ症の方は強い抵抗を示すことがあります)。次の点に配慮してください。
- 体重測定は医療スタッフの指示のもとで行い、記録は医療チームと共有する
- 「太った・やせた」というコメントは絶対に避ける。数値のみを淡々と記録し、本人の前で読み上げない
- 測定を拒否する場合は無理強いせず、その状況を記録し医療スタッフに相談する
- 衣類の厚さを一定にする・同じ曜日と時間帯に測定するなど、測定条件を統一する
- 成長期の子どもでは、身長も同時に測る。CDDRは、小児・青年では体重減少ではなく「その人の発達の軌道から期待される体重増加が得られない」という形で現れることがあるとしています(CDDR p.398)。体重が減っていなくても、期待される増加がないこと自体が所見です。成長曲線を用いて確認するのは、これを実務で見やすくするための本マニュアルの方法です
また、栄養士・看護師・医師による定期的な栄養評価の機会を設けることが理想です。BMIだけでなく、摂取カロリー・栄養バランス・成長曲線を定期的に確認する体制が重要です。
10. 緊急性の判断と医療連携
即時の医療対応が必要な状態と定期的な医療的評価が必要な状態を区別してください。
次のいずれかが確認または疑われる場合は、ただちに医療スタッフに報告し、緊急対応の判断を仰ぎます。判断に迷う場合は、まず報告することを優先してください。
- 窒息のサイン――声が出ない、咳ができない、顔色が青い・紫色(救命処置と救急要請が最優先)
- 毒性のある物質・危険な異物を飲み込んだ(洗剤・薬・電池・金属・鋭利な物・磁石など)
- 神経性やせ症が疑われ、著しいやせ・低体温・徐脈または起立時の頻脈・起立性低血圧・浮腫が見られる(CDDR p.400。なお「失神」はCDDRの列挙にはありませんが、本マニュアルでは緊急サインとして扱います)
- 嘔吐が止まらない、または血液を吐いた
- 意識の変容・混乱・異常な行動(電解質異常〔血液中のミネラルバランスの乱れ〕による症状の可能性)
- 食事を完全に拒否している状態が数日続いており、水分も摂れていない
- 自傷・希死念慮が食行動の問題とともに現れている
- 糖尿病のある利用者で、インスリンの意図的な省略が疑われる(CDDR pp.398, 404)
成人でBMIが14を下回る水準(または急激にそこへ近づく体重減少)は、ICD-11が「危険なほど低い体重」(6B80.1)と定める領域です。CDDRはこれを、身体合併症の危険が高く死亡率が大幅に上がることと関連する重要な予後因子としています(CDDR p.399)。本マニュアルでは、この水準を運用上「即時の医療対応が必要」として扱います(この扱いは本マニュアルの判断です)。ただし、医学的な危険は体重だけでは決まりません(CDDR p.400)。体重が基準より上でも、上記の身体サインがあれば緊急扱いにしてください。
定期的な医療的評価が必要なサイン
緊急ではないが、次回の医療スタッフとの面談・回診で必ず報告すべき状態です。
- 食べられるものの種類が著しく減少しており、栄養状態の悪化が疑われる
- 体重が数週間にわたり継続して減少している、または成長期なのに増えていない
- 反芻・吐き戻し行動、異食行動が出現または増加している
- 食後のトイレ使用が急増しており、嘔吐が疑われる
- 「止められない」という訴えを伴う食べ方が繰り返されている(量の多少を問わない)
- 食事の場への参加を極端に避けるようになった
- 体型・体重へのこだわりが言動に現れている(体重計に繰り返し乗る、逆に知ることを拒むなど)
医療スタッフへの情報提供
報告の際は、次の情報を整理して伝えると有用です。
- 「いつから」(開始時期・きっかけとなる出来事・薬の変更)
- 「どのような行動が」(具体的な行動の内容・頻度・量)
- 「どのような状況で」(食事の場面か、それ以外か。どんなときに多いか)
- 「どのような変化が」(体重・身長・食事量・食べられる種類・行動・感情の変化)
- 「本人は何と言っているか」(本人の言葉をそのまま引用)
食行動症または摂食症群は、知的発達症・ASD・被虐待体験のある方が集まる当法人の施設で、高頻度に見られる問題群です。
- その場の手順を守る──異食では口に指を入れず、飲み込んだ物と量を確認して報告する。食事拒否では無理強いも完食指導もしない。過食・嘔吐では責めず、身体の状態を確認して伝える。そして、体重・体型にコメントしない。
- 「量」ではなく「制御」を見る──ICD-11では、客観的に大量でなくても、本人が「止められない」と体験していれば過食エピソードとして有効です(主観的過食。CDDR pp.405, 408)。
- 言葉にできなくても評価できる──神経性やせ症では、「お腹が空いていない」「お腹が痛い」といった別の理由や、言葉によらない食物拒否、期待される体重増加の欠如として現れます(CDDR pp.398, 401)。「やせたいと言っていない」は除外の根拠になりません。
- 診断がつかなくても、危険への対応は変わらない──重度の知的発達症で異食症の診断がつかない場合でも、窒息・中毒・腸閉塞の危険と、環境整備・観察・記録・報告の義務は同じです。
観察と記録が、医療スタッフによる適切な見立ての土台になります。
本章の記述は、WHO『Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural and Neurodevelopmental Disorders』(CDDR, Geneva: WHO, 2024)と照合し、有病率などの数値を含め、CDDRの記載に統一しています(2026年8月改訂)。CDDRの日本語版が刊行され、日本国内の数値が示された際には、あらためて追記する予定です。