第7章 強迫症または関連症群
こだわり・反復行動・身体への執着に、その場でどう関わるか
コア層 約12分/全層 約30分「同じ手順をやり直さないと気が済まない」「身体のある部分が気になって仕方がない」「物を捨てられず部屋が物で埋まっていく」「自分が臭うと思い込んでいる」「皮膚をむしり続ける」――これらはいずれも、ICD-11が一つの疾患群としてまとめた強迫症または関連症群に含まれます。施設職員が日常的に出会うこれらの行動は、本人の意志の弱さでも単なる癖でもなく、しばしば抑えようとしても抑えきれない、苦痛を伴う症状です。本章では、強迫行為が起きているときにその場でどう動くかを手順として示したうえで、ICD-11の6つの下位疾患と、施設で最も判断に迷うASDのこだわり・常同行動・チックとの鑑別を扱います。
新任の方・時間のない方は、3節「その場でどうするか」と10節「知的発達症のある利用者における強迫症群」だけをお読みください。これだけで日々の業務に必要な内容は足ります。経験のある方・主任以上の方は、全体をお読みください。とくに9節の鑑別と11節の記録・報告は、医療につなぐ質を左右します。折りたたみの「もっと詳しく」は、関心のある方向けの補足です。
1. なぜ「強迫症群」を学ぶのか
強迫症や関連症群は、知的発達症や自閉スペクトラム症(ASD)をもつ利用者、また被虐待歴のある子どもたちにおいて、しばしば「特性のあらわれ」「こだわり」「クセ」として片付けられてしまいがちです。しかし実際には、その背景に本人を強く苦しめる強迫症状が隠れていることが少なくありません。
施設職員にとって、この章を学ぶ意義は次の三点です。
- 見落とされやすい併存症を見出す――知的発達症やASDの「特性」と思われている行動の中に、適切な治療で軽減しうる強迫症状が含まれていることがあります。
- 「特性」と「症状」を見分ける視点を身につける――ASDのこだわりと強迫行為は表面的に似ていますが、本人の苦痛のあり方が根本的に異なります。この区別が支援の方針を分けます。
- 過剰な医療化を避ける――同時に、ASDのこだわりや常同行動を不用意に「強迫症」と呼ぶことは、本人の本来の特性を病理化することにつながります。慎重で正確な観察が求められます。
本章は、施設職員が強迫症群を「診断」することを目的とはしていません。職員が日常的に観察する反復行動の背景にある可能性として強迫症群の枠組みを知り、その場で本人の苦痛を増やさない関わりをとり、医療スタッフに適切に情報提供できることを目的とします。診断と治療は精神科医・心理職の役割ですが、その判断の質は、職員からの観察情報の質に決定的に依存します。
2. 強迫症または関連症群の全体像
ICD-11は、強迫症、身体醜形症、自己臭症、心気症、ためこみ症、身体への反復行動症群を「強迫症または関連症群」(6B2X)という一つのまとまりに置いています。CDDRはその理由を、これらが反復的な思考と反復的な行動を共通の特徴とし、診断の妥当性を支える主要な指標に共通性があり、互いに併存しやすいためだと説明しています。この併存には、共有された遺伝的要因が一部関与している可能性があるとも述べています(CDDR p.299)。
この群は、大きく二つに分けて理解すると整理しやすくなります。強迫観念・とらわれといった認知(頭の中の現象)が中心にある一群(強迫症・身体醜形症・自己臭症・心気症)と、行動が前面に立つ一群(ためこみ症・身体への反復行動症群)です。ためこみ症は侵入的な思考(自分の意思に反して繰り返し浮かんでくる考え)を伴わず、「物をためこまずにいられない」「手放すと苦痛」という行動と感情が中心です。身体への反復行動症群は、目立った認知的な側面をもちません(CDDR p.299)。
頭の中のとらわれが中心か、行動が前面に立つかで、大きく二群に分けて理解できる
群を通して見られる骨組み
6B2X群の各疾患にはそれぞれ固有の診断要件があります。群を通して共通するのは、次の二つです。
- 反復的な思考(強迫観念や、外見・臭い・病気などへのとらわれ)、および/または反復的な行動(強迫行為、確認、ためこみ、抜毛・皮膚むしり)が中核として存在する。どちらが前面に立つかは疾患によって異なる
- 症状が著しい苦痛を引き起こすか、個人・家族・社会・教育・職業などの重要な生活領域に著しい支障を引き起こしている。機能を保てている場合でも、そのために著しい追加的努力を要しているなら要件を満たす(CDDR p.300。ためこみ症では「著しい追加的努力」の一文は必須要件に含まれません)
これに加えて、強迫症・身体醜形症・自己臭症の三つでは、次の除外規定が必須要件に含まれます(CDDR pp.300, 308, 314)。
- 症状が他の医学的疾患のあらわれではなく、中枢神経系に作用する物質や薬(離脱を含む)によるものでもない
この除外規定は、心気症(CDDR p.317)・ためこみ症(p.322)・抜毛症(p.327)・皮膚むしり症(pp.330–331)の必須要件には含まれていません。ただしこれらでも、身体疾患や薬の影響を確認すること自体は臨床上重要です(抜毛症・皮膚むしり症については9節の「診断されない場合」を参照)。
もっと詳しく:病識の特定用語(specifier)と、その評価に必要な観察期間
強迫症・身体醜形症・自己臭症・心気症・ためこみ症では、病識(自分の考えや行動が事実でない、あるいは行き過ぎだと分かっている程度)を診断に書き添えることができます(CDDR p.300)。
- 中程度から良好な病識を伴う(6B2X.0)――多くの時間において、本人は自分の信念が真実でない可能性を考えることができ、別の説明を受け入れる用意がある。強い不安時など、限られた場面で一時的に病識が失われる場合も、この分類に含めてよい(CDDR p.301)。
- 乏しい〜欠如した病識を伴う(6B2X.1)――ほとんど、またはすべての時間において、本人は自分の信念が真実であると確信し、別の説明を受け入れられない。病識の欠如は不安の水準によって大きくは変動しない(CDDR p.301)。
職員の観察に直結する点:CDDRは、病識は短い期間でも大きく変動しうるため、その変動を含みうる十分な期間(たとえば数日から1週間程度)をふまえて評価すべきだと明記しています(CDDR p.301)。したがって、「今日の面接で本人がこう言った」という一点の情報ではなく、数日から1週間の記録を医療スタッフに渡すことが、正確な評価につながります。落ち着いているときと不安が高いときの両方の様子を記録してください。
なお、この分類の歴史的な経緯(ICD-10からの変更やDSM-5との設計思想の違い)については、当法人の『精神医学マニュアル』の該当章で扱っています。
3. その場でどうするか
強迫症群への関わりで最も難しいのは、「止めさせてはいけない」と「際限なく付き合ってもいけない」という、一見矛盾する二つの原則を同時に守ることです。ここでは、施設で頻度の高い三つの場面について、順番のついた手順を示します。いずれも、その場で診断や見極めをすることは求めていません。職員の仕事は、苦痛を増やさずにやり過ごし、正確に記録して伝えることです。
強迫行為(手洗い・確認・並べ直し・やり直しなど)が止められないでいるとき
- まず、時計を見る──始まった時刻を確認します。記録のためであり、急がせるためではありません。
- 急がせない・途中で中断させない──途中で止めると、多くの場合最初からやり直しになり、かえって時間が延び、不安が跳ね上がります。物理的に手を押さえる、水道を止める、物を取り上げるといった妨害はしません。
- 声をかけるなら、行為の内容に触れない短い一言にする──言い方の例:
- 「ここにいます。終わるまで待ちますね。」
- 「急がなくて大丈夫です。」
- 「終わったら、お茶にしましょう。」
- そばにいる人数を減らす──対応するのは一人にします。周囲に人が集まると、羞恥と焦りで行為が長引きます。
- 次の予定を、本人を責めずに調整する──行事や送迎に間に合わない見通しになったら、本人を急がせるのではなく予定側を動かします。「食事は後で出します」「車は次の便にします」と、変更を先に決めて短く伝えます。決めるのは職員であり、本人に選ばせて追い詰めないでください。
- 苦しそうなときは、不安そのものに言葉を当てる──言い方の例:
- 「つらそうですね。そばにいます。」
- 「不安が強いんですね。落ち着くまで待ちます。」
- 終わったら、話題を変えて日課に戻す──行為について感想を述べない。「よく我慢したね」も評価になるので言いません。水分をすすめ、静かに次の活動へ移ります。
- 記録する──次の6点を必ず書きます。
- 始まりの時刻と終わりの時刻(合計の所要時間)
- 回数(手洗いなら何回、確認なら何往復か)
- 直前に何があったか(きっかけと思われる出来事・場所・人)
- 行為中の本人の様子(表情、発語の内容、涙、いらだち、汗)
- 職員が何をして、どうなったか
- 手や皮膚の状態(赤み、ひび割れ、出血の有無)
- 強制的に止めさせる・物理的に妨害する──不安が急激に高まり、パニックや攻撃行動、職員のけがにつながります。行為を減らす計画的な取り組みは、必ず主治医・心理職の治療計画の枠内で行います。
- 「気にしすぎ」「わざとやっている」と言う──本人にとっての苦痛を否定する言葉は、症状を悪化させ、助けを求めなくさせます。
- 回数を数えて本人に告げる──「今日5回目ですよ」は監視されている感覚を生み、隠れて行うようになって、かえって把握できなくなります。数えるのは記録のためだけです。
- 職員によって対応を変える──ある職員は待ち、別の職員は止める、という状態が最も本人を混乱させます。対応は必ずチームで決めます。
「大丈夫ですか」と何度も確認され、安心の保証を求められたとき(巻き込まれ/accommodation)
- 1回目は、ふつうに答える──「はい、閉まっています」「大丈夫です」。最初の1回まで答えるのは、通常のやりとりです。
- 2回目以降は、答えを繰り返さない──ここが分かれ目です。繰り返し保証を与えると、「確認すれば落ち着く」という学習が強まり、確認の回数はむしろ増えていきます(図2の悪循環)。短期的に本人が楽になるほど、長期的には症状が固まります。
- 答えの代わりに、決めておいた同じ言い方を返す──言い方の例(チームで一つに決めておきます):
- 「さっきお答えしましたね。もう一度は言わない約束でしたね。」
- 「その質問には答えない、と一緒に決めましたね。となりにいます。」
- 「不安なんですね。答えの代わりに、そばにいます。」
- 「では、次の予定に移りましょう。」(話題を変えて日課へ)
- 本人の代わりに確認しない──「私が見てきましょうか」は、本人の儀式を職員が肩代わりすることになります(巻き込まれ)。同じ理由で、本人のために物を並べ直す、代わりに手を洗う、儀式に付き合って一緒に唱えるといった協力もしません。
- 怒りや泣きが出ても、対応を変えない──ここで折れて答えると、「強く求めれば答えてもらえる」という学習になります。落ち着くまでそばにいて、静かに待ちます。
- チームで統一する──この対応は、全職員が同じにしなければ意味がありません。夜勤者・非常勤者・実習生を含め、申し送りと掲示で共有してください。
- 独断で急に態度を変えない──今まで答えていたのに、ある日から突然答えないという変更は、本人には理由が分かりません。変更するときは、必ず心理職・主治医と相談し、本人にも事前に伝え、開始日を決めてから行います。
- 記録する──1日の確認要求の回数、内容、時間帯、職員がどう返したか、そのあと何分で収まったか。回数の推移が、治療の効果判定の材料になります。
- その都度ていねいに安心させ続ける──善意の対応ですが、強迫の悪循環をいちばん強く固定します。
- 「何度も聞かないで」と叱る/ため息をつく──羞恥を与えるだけで確認欲求は減らず、隠れて確認するようになります。
- 職員が独自の判断で「今日から答えない」と決める──計画外の急な変更は、不安の急上昇と行動化を招きます。必ずチームと医療で決めます。
- 本人の代わりに儀式を行う──長期的に症状を維持・悪化させます。
抜毛・皮膚むしりを見つけたとき
- まず、叱らない・手を押さえない──「やめなさい」と手をつかむのは、その場では止まっても、隠れて行うようになるだけです。傷の把握ができなくなり、かえって危険が増します。
- 行為ではなく、別のことに声をかける──言い方の例:「そろそろお茶にしませんか」「これ、一緒に持ってもらえますか」。手を使う別の活動に自然に誘うのが実際的です。
- 傷を確認する──本人の同意を得て、明るい場所で見ます。見るのは、①出血の有無、②傷の広がり(新しい傷か、前からの傷か)、③赤み・腫れ・熱感・膿の有無、④脱毛している範囲。
- 処置する──出血していれば清潔なガーゼで押さえ、流水で洗い、施設の手順に沿って被覆します。感染徴候(赤み・腫れ・熱をもつ・膿・痛みの増強)があれば、その日のうちに看護職へ報告します。
- 環境を調整する──毛抜き・ピンセット・爪切り・針などは本人の手の届かない場所に管理します。爪を短く整える、乾燥がきっかけになっている場合は保湿剤を使う、鏡の前に長時間いる時間を減らす、手持ちぶさたの時間に代わりの手仕事を用意する、といった調整を行います。
- 口に入れていないかを確認する──抜いた毛を口で弄ぶ・飲み込むことがあります(食毛。CDDR p.328)。むしった皮膚やかさぶたを口で弄ぶ・食べることもあります(CDDR p.331)。飲み込みが疑われる場合は、量と頻度を記録し、医療へ報告してください(理由は9節と第8章を参照)。
- 記録する──次の5点を書きます。
- いつ・どこで・どのくらいの時間行っていたか
- 部位と範囲(頭皮・眉・まぶた(まつ毛)・腕・顔など。可能なら図に印をつける)
- 本人が気づいて行っていたか、ぼんやりして気づかず行っていたか
- 直前の状況(退屈、ストレス、テレビ視聴中、就寝前など)
- 傷の状態と処置の内容
- 本人が恥ずかしがっている場合は、隠さずに済む配慮をする──帽子やスカーフの使用を止めない、人前で傷の話をしない、居室で処置する。羞恥は受診の遅れに直結します。
- 叱る・恥ずかしいことだと伝える──隠れて行うようになり、傷の悪化と発見の遅れを招きます。
- 手を押さえる・ミトンなどで拘束する──身体拘束にあたります。行動制限は法人の手続きと医療の指示なしに行ってはいけません。
- 「くせだから放っておく」──皮膚感染、脱毛の固定化、食毛による消化管の合併症につながることがあります。
- その場で「常同行動だ」「自傷だ」と判断して記録する──判断ではなく、見えたこと(部位・時間・様子)を書いてください。
・感染徴候――傷の赤みの拡大、腫れ、熱をもつ、膿が出る、痛みが強くなる、発熱
・食毛の疑い――抜いた毛を口に入れる・飲み込む様子がある。CDDRは、抜いた毛を日常的に飲み込む・食べる人では、飲み込んだ量によっては重篤で生命を脅かしうる消化管の症状が生じうるとしています(CDDR p.328)。腹痛・嘔吐・食欲低下・便秘が続くときは、この可能性を必ず医療に伝えてください(これらの具体的な症状名はCDDRの記載ではなく、本マニュアルによる観察の目安です)(第8章 異食症 も参照)
・これまでなかった抜毛・皮膚むしりの急な出現――特に成人では、身体疾患・薬の影響の確認が必要です
・妄想や幻覚が疑われる言動を伴う抜毛・皮膚むしり――「虫がいるから取っている」「声に言われた」など。この場合は身体への反復行動症群とは診断されず、別の評価が必要です(CDDR pp.330, 333)
4. 強迫症(6B20)
強迫症は、強迫観念および/または強迫行為を中核症状とする疾患です。ICD-11は両者を次のように定義しています(CDDR p.300)。
- 強迫観念:望まない侵入的性質をもつ反復的・持続的な思考(例:汚染への恐れ)、イメージ(例:暴力的な場面)、衝動(例:誰かを刺したい)。典型的には不安を伴い、本人はこれを無視・抑制する、または強迫行為によって打ち消そうと試みます。
- 強迫行為:強迫観念に応じて、または硬直した自分ルールに従って、または「完全である」という感覚を得るために、実行せざるを得ないと感じる反復行動や儀式(頭の中だけで行うものを含む)。目に見える例は手洗い・確認・物の配列。頭の中の例は、特定の言葉を繰り返す、害を与えていないか記憶を確認する、心の中で数を数える。これらは恐れている事柄と現実的につながらないか(例:家族を傷つけないために物を左右対称に並べる)、明らかに過剰です(例:病気を防ぐため毎日何時間もシャワーを浴びる)。
診断要件(ICD-11)
- 持続的な強迫観念および/または強迫行為が存在する
- 強迫観念または強迫行為が時間を要する(例:1日1時間以上)か、重要な生活領域で著しい苦痛または支障を引き起こす。機能を維持できている場合でも、それが著しい追加的努力によるものであれば要件を満たす
- 症状が、他の医学的疾患のあらわれではなく、中枢神経系に作用する物質や薬(離脱を含む)によるものでもない
①強迫行為が先に来ることがある――強迫観念と強迫行為がそろっている場合、ふつうは「観念→行為」の順ですが、発症の初期などでは、行為のほうが先に現れることがあります。たとえば、ガス栓を繰り返し確認しているうちに「火事になるのではないか」という恐れがあとから形になる、という経過です(CDDR p.302)。「不安を訴えていないから強迫ではない」と判断しないでください。
②子どもでは、行為から評価するほうが容易――CDDRは、子どもは認知発達の水準から強迫観念の内容を言葉にできないことがあり、そのため強迫行為の有無を評価するほうが容易であると述べています(CDDR p.303)。原文は「子どもでは、強迫行為の存在を評価するほうが容易でありうる」という表現です。なお、これを言語表出の限られた知的発達症のある成人に応用することについて、CDDRに記載はありません(本マニュアルによる読みかえです)。
症状内容のテーマ
強迫観念と強迫行為の内容には個人差がありますが、CDDRは次の三つのテーマ(症状次元)を挙げています。多くの人は複数のテーマにまたがる症状をもちます(CDDR p.301)。なお、「加害・危害」の考えは独立した次元ではなく、禁忌的な思考に含まれる攻撃的な内容として位置づけられています。
診断は医師が行います。次の表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。
| テーマ | 頭の中で起きていること(本人が語れば) | 施設で目に見える行動 |
|---|---|---|
| 汚染・洗浄 | 細菌・汚れ・体液で汚染されているという考え | 過剰な手洗い、長時間の入浴、消毒、洗濯の繰り返し、特定の物や場所に触れない |
| 対称性・整列 | 物が「正しく」並んでいない、しっくりこないという感覚 | 物を繰り返し並べ直す、決まった順序でしか動作しない、数える、やり直す |
| 禁忌的な思考 (攻撃的・性的・宗教的な内容) |
誰かを傷つけてしまうのではないか、火を消し忘れたかもしれないという考え(攻撃的)。性的・宗教的・冒涜的な内容の侵入的イメージ | 鍵・ガス・電気の反復的な確認、「大丈夫か」の繰り返しの確認、祈り、心の中で打ち消す言葉を唱える(外からは黙っているように見える)、その場面の回避 |
職員が繰り返し「大丈夫」と保証することは、③と同じ位置で悪循環に組み込まれる
もっと詳しく:強迫症の発症・経過と、併存しやすい状態(CDDRの数値)
発症と経過
- 発症年齢は、典型的には10代後半から20代前半です。35歳以降の発症は多くありません(遅発例では、閾値下の症状が慢性的に続いていた既往があることが多いとされます)(CDDR p.302)。発症は通常ゆるやかで、遅い発症や急な発症の場合はとくに、他の医学的疾患による症状でないかの追加評価が必要です(CDDR p.303)。
- 成人の罹患者の30〜50%が、小児期に症状が始まっていたと報告しています(CDDR p.303)。「大人の病気」ではありません。
- 小児期・青年期に発症した人のうち、約40%は成人早期までに寛解しうるとされています(CDDR p.303)。一方、成人の強迫症は一般に慢性の経過をとり、症状が強くなったり弱くなったりを繰り返します。一部はエピソード性の経過をとり、少数は悪化する経過をとります(CDDR p.303)。
- 症状の程度には幅があり、1日に数時間をとらわれや行為に費やす人から、ほぼ絶え間なく侵入的な思考や行為が続いて生活が成り立たなくなる人までいます(CDDR p.302)。
発達上の特徴と性差
- 10歳未満での発症は男性に多く(約25%が10歳未満の発症)、青年期の発症は女性に多くなります。成人期の有病率は女性のほうが高くなりますが、高齢者では男性のほうがわずかに高いとされています(CDDR pp.303–304)。
- 子どもは「大切な人に悪いことが起きる」という内容の強迫観念を報告しやすく、青年・成人では宗教的・性的な内容が増えます(CDDR p.303)。
- 強迫症をもつ人の最大30%が、生涯のうちにトゥレット症候群または他の一次性チック症を経験します(CDDR p.303)。小児期発症の男性で併存が多く、強迫症・チック症・注意欠如多動症の組み合わせで現れることもあります。
- 高齢の強迫症の人のおよそ半数が、整列・ためこみ・確認の行動を示します。これは制縛(アナンカスティック)特性を伴うパーソナリティ症の症状を反映していることもあります(CDDR p.303)。
治療
- 標準的な治療は、曝露反応妨害法(不安に直面しながら強迫行為をせずに過ごす練習を重ねる方法)を中心とした認知行動療法と、SSRI(抗うつ薬の一種)による薬物療法です。職員は治療を行いませんが、日常生活の場で治療計画と矛盾しない関わり(3節の手順)を担います。
5. 身体醜形症(6B21)
身体醜形症(従来「身体醜形障害」と呼ばれてきたもの)は、自分の外見の他人にはほとんど気づかれない、またはごくわずかしか気づかれない欠点や欠陥へのとらわれを中核とする疾患です。本人にとってその欠点は耐えがたいものとして体験され、強い苦痛と社会的回避を引き起こします。
診断要件(ICD-11)
- 外見上の一つ以上の欠点や欠陥(または全般的な醜さ)への持続的なとらわれがあり、それは他人にはほとんど気づかれないか、わずかにしか気づかれないものである
- その欠点に対する過度の自己意識を伴い、しばしば関係念慮(周囲の人が自分の欠点に気づいて、判断したり噂したりしていると確信すること)を含む
- とらわれや自己意識が、次の少なくとも一つを伴う:
・反復的・過度の行動(鏡や反射する面での確認、他者との比較など)
・欠点を覆い隠す、変えるための過度の試み(特定の服装、勧められない美容外科手術など)
・苦痛が高まる社会的状況・刺激の著しい回避(鏡、更衣室、プールなど) - 症状が、他の医学的疾患のあらわれではなく、中枢神経系に作用する物質や薬(離脱を含む)によるものでもない(CDDR p.308)
- 症状が著しい苦痛または機能障害を引き起こす。機能を維持できている場合でも、著しい追加的努力を要しているなら要件を満たす
とらわれの向かいやすい部位
あらゆる身体部位が対象になりえますが、最も多いのは顔面(特に皮膚、鼻、毛髪、目、歯、唇、顎、顔全体の印象)です。複数の部位に同時にとらわれることもよくあります。訴えは「しみ・しわ・傷・血管が浮いている・顔色が悪い・赤ら顔」「毛が薄い」「にきび」など具体的な場合もあれば、「なんとなく醜い」「しっくりこない」「男らしすぎる/女らしすぎる」といった漠然としたものもあります(CDDR p.309)。
筋肉醜形恐怖(muscle dysmorphia)は身体醜形症の一型で、多くは男性に見られ、「筋肉が足りない」というとらわれから、筋肉の断裂・肉離れ・ステロイド使用の副作用など、医学的対応を要する合併症のリスクが高まります(CDDR p.309)。
日本の臨床には「醜貌恐怖(しゅうぼうきょうふ、shubo-kyofu)」という古くからの用語があります。CDDRは、次のように述べています。
「たとえば、対人恐怖症の醜貌恐怖(「変形した身体への恐怖」)という下位型は、主として日本で報告されている。それは、変形していると知覚される自分の外見を通じて、他者を不快にさせ、恥ずかしい思いをさせ、あるいは傷つけてしまうことへの強い恐れによって特徴づけられる。病識は典型的には乏しいか、欠如している」(CDDR p.311)。
以下は本マニュアルの運用上の考え方です。日本の利用者の訴えを聞くときは、「自分が嫌だ」なのか「人に申し訳ない」なのかを、そのまま記録してください。
なお、CDDRは、身体醜形症の症状は文化を越えて似ているが、何を魅力的・許容できる・望ましいと考えるかという文化的な基準によって、心配の中身が形づくられると述べています。その一例として、東アジアの人々では蒙古襞(目頭の皮膚のひだ)に関心が向かうことがあり、皮膚の色に関する心配は「望ましい身体像」をめぐる人種化された観念と結びつきうる、としています(CDDR p.311)。「そんなこと気にしなくていい」と一言で否定しないでください。
施設での観察サイン
| 観察できること | 記録・報告のポイント |
|---|---|
| 鏡・窓ガラス・スマートフォンの画面で顔や体を繰り返し見る/逆に鏡を極端に避ける | 1日のおおよその回数と、1回の長さ。避ける場合は何を避けているか |
| 特定の服・帽子・マスク・前髪で、決まった部位を隠し続ける | 隠している部位。脱ぐことを求められたときの反応 |
| 写真・入浴・更衣・プール・外出を避けるようになった | いつから避けるようになったか。その前後の出来事 |
| 「変じゃない?」「見られてる」と繰り返し確認する | 回数と内容。関係念慮(人が自分のことを話していると感じる)を思わせる発言はそのまま引用して記録 |
| 皮膚をむしる、毛を抜く、髪型を極端に変える | 「醜いところを直すため」なのかどうか。理由の説明があればそのまま記録(6B25との区別に使われます) |
| 気分の落ち込み、ひきこもり、希死念慮を思わせる言動 | ただちに報告。下の枠を参照 |
CDDRは、青年期・成人期の身体醜形症では自殺のリスクが高く、とくに抑うつ症状を併存しているときに高いと明記しています(CDDR p.309)。さらに、恥や偏見への懸念から本人が症状を隠し、抑うつ症・社交不安症・強迫症の症状として受診することが多いため、身体醜形症そのものの把握が遅れやすいとも述べています。
また、18歳未満で発症した例は、経過と重症度がより悪く、併存疾患が多く、病識がより乏しく、自殺企図のリスクが高く、学校中退のリスクも高いとされています(CDDR pp.310–311)。思春期の入所児童に外見へのとらわれとひきこもりが見られたら、抑うつと希死念慮の評価を医療に依頼してください。
もっと詳しく:発症の時期、遅れる受診、他の状態との境界
発症と経過(CDDRの数値)
- 発症は青年期が多く、3分の2は18歳未満で発症します。前段階の軽い症状は12〜13歳ごろから現れることがあります(CDDR p.310)。
- 発症年齢が比較的早いにもかかわらず、助けを求めるまでに典型的には10〜15年かかります(CDDR p.310)。
- 青年期の有病率はおよそ2%と推定され、女性でより高くなります。ただし恥・当惑・偏見が受診を妨げるため、この数値は過小評価の可能性が高いとCDDRは述べています(CDDR p.311)。
- 介入がなければ、再発性・慢性の経過をとりやすい状態です(CDDR pp.310–311)。
他人の外見へのとらわれ(by proxy)
本人ではなく、他者(多くは自分の子どもや恋人)の外見への持続的なとらわれを示す例があります。「身体醜形症 by proxy」と呼ばれ、他者の身体に関して全ての診断要件が満たされる場合、とらわれている本人に身体醜形症の診断がつくことがあります(CDDR p.310)。施設で支援する子どもの保護者がこのパターンを示す場合、子どもが繰り返し美容処置を受けさせられる、外出を制限されるといった問題が起こりえます。
境界(鑑別)
- 摂食症:神経性やせ症などでは、とらわれが「理想化された低い体重」に集中します。身体醜形症のとらわれはそれ以外の多様な外見に及びます。低体重の理想化が中心にあり、かつ神経性やせ症の他のすべての診断要件も満たされる場合には、身体醜形症ではなく神経性やせ症と診断します(CDDR p.313)。
- 身体完全性違和:特定の身体部位(多くは手足)を「自分のものでない」と感じ、失いたいという願望に至る稀な状態です。外見の改善を求める身体醜形症とは異なります(CDDR p.313)。
- 性別不合:とらわれが、体験しているジェンダーと身体的性の不一致に集中します。当事者は性徴を体験するジェンダーに合わせて変えることを明確に望みます(CDDR p.313)。
- 妄想症:確信が妄想的な強さに見えても、それが外見の欠点に限られ、他の妄想の既往がなく、幻覚や思考のまとまりのなさを伴わなければ、妄想症ではなく身体醜形症と診断し、「乏しい〜欠如した病識を伴う」(6B21.1)と書き添えます(CDDR p.312)。
- 抜毛症・皮膚むしり症:「欠点に見える皮膚や毛を良くするため」に抜く・むしるなら身体醜形症の症状です。皮膚や毛の見た目への明確なとらわれとつながっていなければ、抜毛症・皮膚むしり症に分類するほうが適切です(CDDR p.312)。
6. 自己臭症(6B22)
自己臭症は、自分が不快な体臭や口臭を発しており、他者がそれに気づいて不快に感じているという持続的なとらわれを中核とする疾患です。その臭いは他者には気づかれないか、気づかれてもごくわずかで、本人の心配は(臭いが感知できるとしても)その程度に対して著しく不釣り合いです。関係念慮(人が自分の臭いに気づいて噂していると感じること)を伴うことがよくあります(CDDR p.314)。
施設での観察サイン
診断要件の逐条の確認は医師の仕事です。職員が見るのは、次のような行動です。
| 観察できること | 記録・報告のポイント |
|---|---|
| 自分の腋・服・息の臭いを繰り返し確かめる | 頻度と場面。人前か、隠れてか |
| 「臭くない?」と繰り返し職員に確認する | 1日の回数。職員がどう答え、そのあとどうなったか(3節の巻き込まれの手順を適用します) |
| 入浴・シャワー・歯磨き・洗濯の回数が極端に増えた | 回数と1回の時間。皮膚の荒れの有無 |
| 香水・消臭剤・制汗剤の多用、衣類を1日に何度も替える | 使用量。特定の食品を避けるようになっていないか |
| 集団活動・食事の席・送迎車など、人と近づく場面を避ける | 避け始めた時期と、避ける場面の共通点(他者との距離の近さかどうか) |
身体疾患を先に除外する
実際に不快な臭いを生じうる身体疾患の確認が先です。CDDRは、歯周病やトリメチルアミン尿症(体内で特定の物質を分解できず魚のような臭いを生じる病気)など、臭いを伴いうる医科・歯科の病気を先に除外すべきだとしています。とくにわずかであっても実際に臭いが感知できる場合には、この除外が重要です(CDDR p.315)。施設としては、まず歯科・内科の受診を確認してください。また、香水などで臭いを隠していると判断が難しくなるため、職員が実際に臭いを感じるかどうかを、感情を交えずそのまま記録することが医師の判断を助けます。
もっと詳しく:日本の「自己臭恐怖」・対人恐怖症との関係
この状態は、日本の精神医学が「自己臭恐怖」(自己臭症・自臭症)として古くから記載してきたものと重なります。CDDRも「文化に関連する特徴」の項で、日本の対人恐怖症(taijin kyofusho)と、韓国など他の社会の類似の状態を関連する文化的概念として挙げ、心配がもっぱら体臭に集中する場合には、自己臭症(6B22)が適切なICD-11診断であるとしています。そのうえで、このような事例では病識が乏しいか欠けていることが典型的だと述べています(CDDR p.316)。集団の和や恥を重んじる文化では、体臭への心配が「他者を不快にさせることへの恐れ」という形をとりやすい、とも記されています。
経過(CDDRの数値):発症は20代半ばが最も多く報告されていますが、思春期・青年期の発症もよく見られます。一般に慢性・持続性で、時間とともに悪化しうる状態です。当惑と恥、乏しい病識のために、臨床の場でも症状が過少に報告されがちで、診断がつく前に内科・外科・歯科などを何度も受診していることが多いとされています(CDDR p.316)。
施設との関係:知的発達症のある方でも、まれに見られます。「におい」を理由に人との接触や集団の場を避ける、必要以上に入浴やシャワーを繰り返す、香料を多用する、衣類を何度も取り替える――こうした行動が続くとき、背景にこの状態が隠れていることがあります。心配を言葉でうまく伝えられない方では、行動の変化としてだけ現れる点に注意してください。
7. 心気症(6B23)
心気症(健康不安症)は、一つ以上の重篤な、進行性の、または生命を脅かす病気にかかっている(またはかかるのではないか)という持続的なとらわれや恐怖を中核とする疾患です。ICD-11はこれを、身体症状に関する疾患群ではなく、強迫症または関連症群に位置づけています(不安または恐怖関連症群にも交差参照されます)。
診断要件(ICD-11)
CDDRが挙げる必須の特徴は、次の3点です(CDDR p.317)。
- 一つ以上の重篤な、進行性の、または生命を脅かす病気にかかっている可能性に対する持続的なとらわれまたは恐怖
- そのとらわれが、次のいずれかを伴う:
・反復的・過度の健康関連行動(病気の証拠を求めて身体を繰り返し調べる、恐れている病気の情報を過度に調べる、繰り返し安心を求める、複数の医療機関を受診するなど)
・健康に関する不適応的な回避行動(受診の予約を避ける、健診・医療機関・健康情報を避ける) - 症状が著しい苦痛または機能障害を引き起こす。機能を維持できている場合でも、著しい追加的努力を要しているなら要件を満たす
身体の徴候や症状の破局的な解釈――ふつうの身体感覚(例:緊張型頭痛)を、重い病気の証拠(例:脳腫瘍)だと受け取ってしまうこと――は、必須の特徴ではなく、典型的に伴う追加的な臨床特徴としてCDDRに記されています。CDDRは「心気症のある人は、正常またはありふれた感覚を含め、身体の徴候や症状について破局的な誤解釈をしばしば行う(例:緊張型頭痛が脳腫瘍を示すものではないかと心配する)」と述べています(CDDR p.318)。
施設での観察サイン
知的発達症のある利用者では、心気症的な体験を言葉にすることが難しいため、次のような行動として現れることがあります。
- 身体のささいな変化(小さな発疹、軽い頭痛、便の色の変化など)を、繰り返し・強く訴える
- 同じ症状について何度も職員に確認を求める(「これ、がんじゃない?」など)
- 医務室への訪問が急に増えた
- 身体の特定部位を頻繁に触る・見る・鏡で確かめる
- 病気を心配して特定の活動(入浴、外出、運動、食事)を避ける
- 逆に、受診・健診・検査を強く避ける(回避型。見落とされやすい形です)
- 誰かが病気になった、病気の話題を見聞きした、生活上のストレスがあったあとに訴えが増える(CDDR p.319)
「いつも体のことばかり訴える」「気にしすぎ」と片付けないでください。同時に、訴えられている身体症状そのものの医学的評価が十分になされていることが、心気症を考える前提です。「すべて心因」と決めつける前に、必ず身体的評価の実施を確認してください。CDDRも、慢性・急性の病気がある人や発症リスクが高い人では健康への心配は当然起こりうるため、心気症の診断には高いしきい値を用いるべきだとしています。すなわち、とらわれの程度と、反復的な健康関連行動または回避が、明らかに過剰かつ不釣り合いである場合にのみ診断すべきだとしています(CDDR p.319)。
また、高齢者では健康への不安はよく見られ、記憶の低下を心配する形をとることが多く、抑うつ症が背景にあることもあります(CDDR pp.319–320)。年齢による当然の心配と区別するためにも、「訴えの内容」ではなく「その訴えのために生活が損なわれているか」を記録してください。
8. ためこみ症(6B24)
ためこみ症は、所有物が過剰に蓄積し、生活空間が本来の用途で使えなくなったり、安全が損なわれたりすることを中核とする疾患です。この蓄積は、①物を集めることに関する反復的な衝動や行動(届いた郵便物やチラシをため続ける受動的なものから、無料の物や購入品を過剰に手に入れる能動的なものまで)と、②所有物を手放すことの持続的な困難(物の実際の価値とは無関係な「取っておかなければ」という感覚と、捨てることに伴う苦痛)の両方から生じます(CDDR p.322)。
なお、生活空間が散らかっていない場合でも、それが家族・清掃業者・行政など第三者の介入によるものであれば、要件を満たします(CDDR p.322)。施設では職員が定期的に片付けているために、外からは問題が見えなくなっていることがあります。「片付いているから問題ない」と判断しないでください。
施設で起こりうる実害
CDDRは、ためこみに伴って火災の危険、転倒によるけが、腐敗した食品による汚染、ほこり・花粉・細菌との接触によるアレルギーといった環境リスクが生じうると述べています(CDDR p.323)。また、大切な物(書類など)が見つからない、居室内を移動できない、緊急時に部屋から出られない、洗面台や家電・家具が使えない、といった支障が起こります。非常時の避難経路の確保は、支援と安全管理の両面から重要です。
CDDRは、次のように述べています。
「ためこみの症状は、自閉スペクトラム症またはプラダー・ウィリ症候群のある若年者においても、より多く見られる。しかしながら、それぞれの疾患の症状が独立した臨床的注意を要するのであれば、ためこみ症の追加の診断が適切でありうる」(CDDR p.324)。
「ためこみ症に特徴的な過度の収集と散らかりの蓄積は、養育者が過度の入手を制限しうるため、若年者では大人ほど明らかでないことがある。そのため、ためこみは、その子どもが最も容易に手に入れられる特定の場所(子どもの寝室など)や物の種類(学用品、おもちゃ、食べ物など)に限られやすい」(CDDR p.324)。
以下は本マニュアルの運用上の考え方です。判断は医師が行いますが、物の蓄積によって生活と安全が実際に損なわれているかどうかを職員が記録することが、その判断の材料になります。部屋全体が物で埋まっていない場合でも、引き出し・ベッド下・ロッカーの中を見てください。
もっと詳しく:ためこみ症の経過と、他の状態との境界
発症と経過(CDDRの数値)
- ためこみ行動はしばしば小児期・青年期に始まり、生涯続きます。40歳を過ぎてからの発症はまれです(CDDR p.324)。
- ためこみ症は典型的には慢性かつ進行性で、年齢とともに重症化し、生活への支障が大きくなります(CDDR p.324)。
- 発症は11〜15歳のあいだにあり、青年期中期までの有病率は2〜3.7%と報告されています(CDDR p.324)。
- 物を集めて取っておくことは6歳ごろまでの子どもでは発達的に当たり前の行動であり、問題のあるためこみとの区別を難しくします(CDDR p.324)。
- 高齢期に始まったためこみは、認知症に伴う認知機能の低下や行動の変化(抑制の低下、反復行動)のあらわれであることがあります(CDDR p.324)。
境界(鑑別)
- 強迫症:強迫症でも物が蓄積することがありますが、それは汚染恐怖や加害恐怖などの強迫観念に伴う不安を打ち消す目的で行われます。また強迫症では、病識が乏しい・欠如している人であっても、その行動は一般に望まないもので苦痛を伴うのに対し、ためこみ症では楽しみや喜びを伴うことがあります。両方の要件を満たせば併記できます(CDDR p.325)。
- ASD:ASDでは限局的興味の結果として物が蓄積し、慣れた環境が変わる苦痛から捨てられないことがあります。ASDには社会的コミュニケーションと相互的なやりとりの持続的な困難が加わります(CDDR p.326)。ただし上記のとおり、併存診断もありえます。
- 抑うつ症:エネルギーの低下・意欲の喪失・無関心により物が片付かない状態で、保持への意図や目的はなく、捨てることに苦痛を感じません(CDDR p.326)。
- 認知症:進行性の認知機能低下の結果として物が蓄積します。集めることへの関心や捨てることへの苦痛がほとんどなく、無関心・性的逸脱・運動性の常同行動といった重度の人格・行動の変化を伴うことがあります(CDDR p.326)。
- プラダー・ウィリ症候群:食欲の亢進と、食べ物の貯蔵を含む一連の強迫的な症状を伴います。低身長、性腺機能低下、成長不良、新生児期の筋緊張低下と哺乳の困難といった身体的特徴が鑑別に役立ちます(CDDR p.326)。
- 収集家との違い:収集家は入手する物の範囲が絞られ、計画的で、整理する傾向があり、過剰には積み上げません(CDDR p.323)。
- 文化的な節約の価値観:物を大切に取っておくことが奨励される文化的背景があります。文化的な規範を超えていない限り、ためこみ症とは診断されません(CDDR p.325)。
9. 身体への反復行動症群(6B25)
身体への反復行動症群(Body-Focused Repetitive Behaviour Disorders, BFRB)は、CDDRによれば、体表(皮膚・毛・爪など)に向けられた反復的で習慣的な行為を特徴とし、典型的にはその行動を減らす・止めようとする試みが繰り返されるが、うまくいかない状態です。結果として脱毛・皮膚病変・唇の傷などの皮膚科的な結果が生じます。行動は、1日のあいだに短いエピソードが散在する形でも、頻度は少ないがより長く続く形でも起こります(CDDR p.327)。
| 疾患 | コード | 特徴 |
|---|---|---|
| 抜毛症(trichotillomania) | 6B25.0 | 毛を反復的に引き抜き、著しい脱毛が生じる。頭皮・眉毛・眼瞼(まぶた。原語は eyelids。まつ毛を含む部位)が最も多く、腋・顔・陰部・肛門周囲のこともある。広い範囲から1本ずつ抜く場合は脱毛がはっきり見えないことがあり、化粧・スカーフ・かつらで隠されることも多い(CDDR pp.327–328) |
| 皮膚むしり症(excoriation) | 6B25.1 | 皮膚を反復的にむしり、著しい皮膚病変が生じる。顔・腕・手が最も多いが複数部位のこともある。健康な皮膚、小さな凹凸、にきび・たこ、前にむしったかさぶたが対象になる。多くは爪で行うが、ピンセット・刃物などの道具を使う人も相当数いる。化粧や衣服で隠されることがある(CDDR p.331) |
| 他の特定される身体への反復行動症 | 6B25.Y | 抜毛・皮膚むしり以外の、体表に向けられた反復的な習慣行為。CDDRは唇噛み・爪噛みを例として挙げている。止める・減らす試みがうまくいかず、著しい傷や外見への影響が生じ、著しい苦痛または機能障害がある場合に用いる(CDDR p.334) |
共通する診断要件
- 自分の体表に向けられた反復的な行為(毛を抜く、皮膚をむしるなど)がある
- その行動を止める・減らそうとする試みが行われるが、うまくいかない(unsuccessful attempts)。「やめようと思ってもやめられない」という点までを含む要件です(CDDR pp.327, 330)
- 結果として、著しい脱毛または著しい皮膚病変が生じている(隠されていて一見分からない場合もあります)
- 症状が著しい苦痛または機能障害を引き起こす
体験の特徴
本人は行動の前に衝動や緊張を体験し、行動の最中や後に安堵や満足を感じることが多いとされます。一方で、本人が気づかないうちに(テレビを見ながら、ぼんやりしている間に)行う自動型も多く、CDDRは子どもと青年(および小児期に発症した皮膚むしり症)でこの型が多いと述べています(CDDR pp.328–329, 331–332)。なお、知的発達症のある方でも自動型が目立つことがあるという点は、施設での経験にもとづく本マニュアルの補足であり、CDDRに知的発達症への言及はありません。行動のあとに、制御を失った感覚や恥といった否定的な感情を報告する人も多くいます(CDDR pp.328, 331)。抜毛・皮膚むしりは、退屈時、ストレス時、リラックス時、集中時など、さまざまな状況で生じます。
CDDRは、抜毛症では抜いた毛を目で確かめる、指でいじる、口で弄ぶといった儀式がしばしば伴うと述べています。そして、抜いた毛を日常的に飲み込む・食べる人(食毛、trichophagia)では、飲み込んだ毛の量によっては、重篤で、生命を脅かすことすらありうる消化管の症状が生じうると明記しています(CDDR p.328)。原文は「日常的に(commonly)飲み込む・食べる人」「飲み込んだ毛の量によっては(depending on the volume of hair consumed)」という限定を伴っています。
※ 飲み込まれた毛が胃や腸の中で固まって毛髪球(ベゾアール)となり、腸閉塞を起こす――という機序の説明は、CDDRには記載がなく、本マニュアルによる医学的補足です。
職員は、抜いた毛の行方を必ず観察してください。床に落ちているか、まとめて置かれているか、口に運んでいるか。腹痛・嘔吐・食欲低下・便秘が続くときは、抜毛と食毛の有無を医療に必ず伝えてください。第8章の異食症には、毛髪球症(ラプンツェル症候群)の記載があります。あわせてお読みください。
①精神病症状によるもの――統合失調症などの一次性精神症をもつ人が、妄想や幻覚に応じて毛を抜く・皮膚をむしる場合、抜毛症・皮膚むしり症の追加診断はつけられません(CDDR pp.330, 333)。「虫がいるから取っている」「声に言われた」といった発言は、そのまま引用して記録してください。
②物質によるもの――皮膚むしりは、精神刺激薬(stimulants。コカイン、メタンフェタミン、処方された精神刺激薬を含みます。日本の法令用語の「覚醒剤」より広い範囲を指します)の使用や誤用の結果として生じることがあり、皮膚むしりがこの文脈でのみ起きているなら皮膚むしり症とは診断されません(CDDR p.333)。抜毛については、アンフェタミンなどで悪化しうるものの、物質が反復的な抜毛の主因になるという根拠はないとされています(CDDR p.330)。職員が把握しておくべきなのは、処方薬の変更と抜毛・皮膚むしりの増加が時期的に重なっていないかです。重なっていれば必ず報告してください。
③他の医学的疾患によるもの――毛包の炎症や疥癬など、皮膚の病気が原因のことがあります。にきびなどの皮膚疾患に続いて皮膚むしりが始まり、皮膚疾患が治ったあとも続く場合には、皮膚むしり症の診断要件が満たされていれば、この診断がつくことがあります(CDDR pp.330, 332–333)。まず皮膚科の評価という順番を守ってください。
なお、宗教的な儀式の一部として身体に傷をつける行為(自己鞭打ちなど)には、この診断は与えられません(CDDR p.327)。
知的発達症の入所施設では、プラダー・ウィリ症候群(PWS)のある利用者の皮膚むしりに出会う頻度が高くなります。CDDRは、PWSのある人では、皮膚むしり症よりも常同運動症により合致する、早期発症の皮膚むしりが見られることがあると記しています(CDDR p.333)。PWSには、軽度から中等度の知的発達症、新生児期・乳児期の筋緊張低下、乳児期の哺乳の問題と体重増加不良、そのあとに続く小児期の過食と高度肥満といった一連の特徴が伴います。
支援上の意味:同じ「皮膚をむしる」でも、皮膚むしり症として扱う場合と、常同運動症として扱う場合とでは、支援の組み立て方が変わります。常同運動症に近い場合は、感覚面への働きかけと環境調整が中心になります。常同運動症については、第1章「神経発達症群」のその他の神経発達症を参照してください。ただし、どちらとして扱うかを決めるのは医師です。職員は、いつから始まったか(乳幼児期からか、思春期からか)と行為の様子(決まったパターンか、1か所を選んで集中的にか)を記録してください。この2点が判断の材料になります。
知的発達症やASDをもつ利用者の抜毛・皮膚むしり・爪噛みは、身体への反復行動症群にも、常同運動症にも、自傷行動にも見えうる、鑑別が極めて難しい症候です。これらの区別は支援方針を大きく変えるため、次の10節で詳しく扱います。
10. ASDのこだわり・常同行動・チックとの鑑別
本マニュアルが対象とする利用者層において、強迫症群の最も重要かつ困難な臨床判断は、その反復行動が「強迫」なのか、ASDの「こだわり」なのか、「常同運動」なのか、あるいは「チック」なのかを見分けることです。これら四つは表面的には似ていますが、本質的に異なる現象であり、支援方針もまったく異なります。
四つの現象の本質的な違い
表面的には似た行動も、何によって駆動されているかを見ることで区別できる
強迫行為とASDのこだわりの鑑別
ASDの限局的・反復的で柔軟性を欠く行動パターンと、強迫症の強迫行為は、表面的には区別が困難です。しかしASDと異なり、強迫症をもつ人は、強迫観念に応じて、硬直した規則に従って、不安を減らすため、または「完全である」という感覚を得るために、その行動を実行せざるを得ないと感じます。さらに強迫症は、社会的コミュニケーションと相互的なやりとりを始め・保つことの困難を特徴としない点でASDと区別されます(CDDR p.305)。
次の表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。どちらか一方に決めることが目的ではなく、各行について見えたことを書くことが目的です。
| 観察ポイント | 強迫行為 | ASDのこだわり |
|---|---|---|
| 行動の動機 | 「やらないと悪いことが起きる」という不安・恐怖 | その行動・順序自体への強い興味・没頭、予測できることへの安心 |
| 本人の表情・様子 | 苦痛、いやそうな表情、止めたいが止められないという葛藤 | 没頭、満足、しばしば穏やかまたは喜び |
| 発症時期 | 10代後半〜20代前半に多い(小児期発症も30〜50%が報告。CDDR pp.302–303) | 幼児期からの長期的・持続的なパターン |
| 行動の内容 | 洗浄・確認・整列など、不安と結びついた特定のテーマ | 特定の物・順序・手順への興味(電車、数字、回るものなど多様) |
| 邪魔されたとき | 「もう一度やり直さなければ」と感じ、不安が再び上がる | 同じであることが崩れたことへの混乱・パニック、最初からやり直しを求める |
| 社会的な関わり | 社会的なやりとりの中核的な困難はない | 持続的な社会的コミュニケーションの困難(ASDの中核症状) |
常同運動と身体への反復行動の鑑別
抜毛・皮膚むしり・爪噛みといった行動は、身体への反復行動症群と常同運動症の双方で見られうるため、特に注意深い鑑別が必要です。CDDRは、常同運動症では抜毛や皮膚むしりが含まれることはまれであり、含まれる場合でも、その動きは協調された、パターン化された、予測可能なものになりやすいと述べています(CDDR pp.330, 333)。
| 観察ポイント | 身体への反復行動症群 | 常同運動症 |
|---|---|---|
| 発症時期 | 抜毛症は早期小児期と早期青年期の二つのピーク、皮膚むしり症は思春期前後が多い(CDDR pp.329, 332) | 2歳以前の非常に早い発症が多い(CDDR pp.330, 333) |
| 行動のパターン | 毛を抜く、皮膚をむしる行為に特化 | 体ゆすり、手のひらひら、頭打ち、目つつき、手噛みなど協調された定型的反復運動 |
| 抜毛・皮膚むしりの形 | 選択的で、しばしば個別の毛や部位を選んで行う | まれにしか含まれない。含まれてもパターン化され予測可能 |
| 知的発達症との関連 | 知的発達症と独立して生じうる | 知的発達症・ASDに高頻度で併存 |
| 本人の意識 | 行動前の衝動・緊張、後の安堵を意識することが多い。※自覚のない自動型もある | 感覚の調整・自己刺激で、意識的な衝動を伴わないことが多い |
| 特記 | — | プラダー・ウィリ症候群の早期発症の皮膚むしりは、こちらに近いとされる(CDDR p.333) |
常同運動と自傷行動の鑑別
身体損傷を伴う反復行動については、さらに自傷行動との区別も重要です。CDDRは、皮膚むしり症の皮膚むしりは、自らを傷つけることをはっきりした目的として行われるものではないとしています。ただし、結果としてけがが生じることはあります(CDDR p.333)。以下は本マニュアルの運用上の考え方です。本人の意図と動機の評価は医師の役割です。職員は、行為の前後の様子と本人の言葉を、そのまま記録してください。
言語表出が限られた知的発達症の利用者の自傷的・反復的な身体行動を「強迫症」「常同行動」と即断することは避けてください。その背景には、しばしば身体的不調(中耳炎、歯痛、便秘、消化器症状、月経痛、頭痛など)の表出、感覚的な負荷、あるいは環境ストレスが隠れていることがあります。原則として、まず身体的評価が優先されます。
本マニュアル第3・4章「衝動制御症群および秩序破壊的または非社会的行動症群」および第12章「カタトニア」も併せて参照してください。動きが止まる・固まる・同じ姿勢を保ち続けるといった様子があるときは、カタトニアの可能性を必ず検討してください。
11. 知的発達症のある利用者における強迫症群
見落とされやすい理由と、気づくきっかけ
知的発達症をもつ人の強迫症状は、しばしば「いつものこだわり」「特性」として扱われ、診断と治療が大きく遅れる傾向があります。次のような変化が観察されたとき、強迫症群の可能性を考えて医療に相談してください。
- 「これまでとは違う」反復行動の出現:もともとあった常同行動とは異質の、新しい反復行動が現れた
- 苦痛を伴う反復行動:行動中、または行動を止められたときに、本人が明らかに苦しそうな表情を示す
- 機能の低下を伴う反復行動:その行動のために、これまでできていた活動・参加ができなくなっている
- 身体損傷の悪化:手洗いによる手荒れ、皮膚むしりによる傷の慢性化、抜毛による脱毛斑など
- 儀式的な順序や回数の固定化:「決まった回数」「決まった順序」でなければ満足しない様子
- 確認・安心保証要求の増加:「大丈夫?」「閉めた?」を繰り返し職員に尋ねる
言葉にできなくても評価はできる
本人から強迫観念の有無や病識の程度を言葉で確認することが難しい場合があります。しかし、これは評価をあきらめる理由にはなりません。CDDRは、子どもでは認知発達の水準から強迫観念の内容を言葉にできないことがあるため、強迫行為の有無を評価するほうが容易だと述べています(CDDR p.303)。これを言語表出の限られた成人利用者に応用することについて、CDDRに記載はありません(本マニュアルによる読みかえです)。
以下は本マニュアルの運用上の考え方です。本人が「これは無意味だ」と言えなくとも、行動の質的な変化と苦痛のサインを記録することはできます。職員が渡すべきなのは、本人の言葉だけでなく、行動の記録です。
児童養護施設で支援する被虐待児においても、強迫症群はしばしば見られます。汚染恐怖と過剰な手洗い、確認行動、抜毛・皮膚むしり、ためこみなど、トラウマと密接に関連した臨床像については、付録「児童養護施設における理解」にまとめています。
12. 観察・記録と医療連携
有効な観察と記録
医療スタッフが診断と治療方針を立てるうえで、職員からの観察情報は決定的に重要です。次の点を記録してください。
- 具体的行動:何を、どのように、どのくらいの時間、どのくらいの頻度で行っているか
- 本人の表情・様子:行動中の苦痛・満足・没頭などの様子
- 状況因子:いつ、どんな状況で生じやすいか/生じにくいか
- 邪魔されたときの反応:止められたとき、できなかったときにどう反応するか
- 身体的影響:手荒れ、脱毛、皮膚病変、睡眠時間の減少、生活への支障
- 変化のタイミング:いつから始まったか、その前後で何があったか(薬の変更を含む)
- 本人の言語化:本人が言葉にする内容をそのまま引用(「○○しないと不安」「やらなきゃいけない気がする」など)
- 数日〜1週間の幅で見た変動:落ち着いているときと不安が高いときの両方(病識の評価に必要。CDDR p.301)
記録の例
悪い例:「Bさん、今日もずっと手を洗っている。困った。」
→ 何分洗っているか、どんな状況か、本人の様子はどうかが分からず、評価に役立たない。
良い例:「Bさん、本日午前中だけで5回、各15〜20分にわたって手洗いを反復。トイレ使用後、食事前、外出から戻った時に出現。手が赤くひび割れている。本人は止めたい様子で『汚い気がして』と話す。先週から頻度が増加。今週月曜の家族面会後から特に増えている印象。」
→ 頻度、時間、状況、本人の自覚、身体的影響、変化の経過が具体的で、評価に活用できる。
医療連携を考えるべきタイミング
次の状況では、施設内対応のみで様子を見ず、医療スタッフへの相談・受診を検討してください。
・反復行動による身体的損傷の進行(手の皮膚損傷、脱毛斑の拡大、皮膚感染など)
・食毛が疑われる(抜いた毛を日常的に口に入れる・飲み込む。CDDR p.328。腹痛・嘔吐・便秘を伴えば緊急度が上がる、という判断の目安は本マニュアルによる補足です)
・反復行動のために睡眠・食事・入浴などの基本的生活が阻害されている
・強迫行為のための時間が1日数時間以上に及んでいる
・本人の苦痛が著しく、抑うつや希死念慮を示唆する言動がある(身体醜形症では青年期・成人期を通じて自殺リスクが高く、抑うつ症状の併存時にとくに高い。CDDR p.309。18歳未満で発症した例ではさらにリスクが高い。CDDR pp.310–311)
・これまでなかった反復行動・確認行動の急な出現(特に成人例では身体疾患の鑑別も必要。CDDR p.303)
・妄想や幻覚を思わせる言動を伴う(「虫がいる」「声に言われた」など。CDDR pp.330, 333)
・強迫症状に伴う激しい興奮・攻撃行動・パニックの増加
治療の概要(施設職員が知っておきたい範囲)
- 認知行動療法(特に曝露反応妨害法):不安を引き起こす状況に段階的に直面し、強迫行為を行わずに過ごすことで、不安が自然に下がる体験を積み重ねる方法です。職員はこの計画と矛盾しないよう、過剰な安心保証を控え、儀式への巻き込まれを避ける役割を担います(3節の手順)。
- 薬物療法(主にSSRI):職員は、内服状況の確認、効果と副作用の観察、医療スタッフへの情報提供を担います。薬の変更と症状の増減が時期的に重なっていないかを記録してください。
ICD-11の強迫症または関連症群(6B2X)は、強迫症、身体醜形症、自己臭症、心気症、ためこみ症、身体への反復行動症群(抜毛症・皮膚むしり症など)を、反復的な思考と反復的な行動という共通の基盤のもとにまとめた疾患群です。
職員の仕事は診断ではありません。その場で本人の苦痛を増やさないことと、正確に記録して医療に渡すことの二つです。強迫行為は急がせず中断させない。安心の保証は繰り返さず、チームで決めた同じ言い方を返す。抜毛・皮膚むしりは叱らず、傷を見て、環境を整え、食毛を確認する――この三つの手順を、まず身につけてください。
そして、反復的な行動を観察するときに、それが不安に駆動された強迫行為なのか、興味に没頭するASDのこだわりなのか、感覚調整のための常同運動なのか、神経学的なチックなのかを見分ける視点をもってください。行動の背景に本人の苦痛が読み取れる場合、それを「修正すべき問題行動」としてではなく「本人を苦しめる症状」として理解することが、支援の出発点になります。
本章の記述は、WHO『Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural and Neurodevelopmental Disorders』(CDDR, Geneva: WHO, 2024)と照合し、有病率などの数値を含め、CDDRの記載に統一しています(2026年8月改訂)。CDDRの日本語版が刊行され、日本国内の数値が示された際には、あらためて追記する予定です。