第9章 神経認知障害群

高齢化する利用者の認知機能低下をどう見抜くか

コア層 約15分/全層(上級職向け解説含む) 約50分
この章で学ぶこと

知的障害児者施設の利用者の高齢化が進むにつれ、もともとの知的発達症に加えてアルツハイマー病などの神経認知障害が重なる方が少しずつ増えてきています。本章では、ICD-11に基づく神経認知障害群(せん妄・軽度神経認知障害・健忘症・認知症)の全体像と、知的発達症をもつ方における診断の特別な難しさ、そして職員の日常観察が医療的判断の基盤となる理由について解説します。

本章を貫く基本姿勢は、「その人自身のベースラインからの低下を見抜く」ことです。一般向けの認知機能スクリーニング検査はほとんど役に立ちません。長年その方を見てきた職員の観察こそが、最も重要な診断情報となります。

どこから読めばよいか

新任の方・時間のない方は3節「ベースラインからの低下をどう捉えるか」4節「せん妄」、そして3つの「その場でどうするか」4-7節7-4節10-5節)だけをお読みください。これだけで日々の業務に必要な内容は足ります。経験のある方・主任以上の方は、全体をお読みください。折りたたみの「もっと詳しく」は、関心のある方向けの補足です。

本章の読み方について

本章は主に知的障害児者施設(特に成人棟・高齢者対応棟)の職員を主たる読者として書かれています。児童養護施設においても、稀に高齢化した利用者や、ご家族の介護に関わる場面で参考となる内容があります。知的発達症のない方(児童養護施設利用者や一般の方)における症状の現れ方は、本章で記述する「ベースラインがすでに非定型である場合」とは異なりますので、該当箇所には傍注をつけています。

1. なぜ今、この章が必要なのか

当法人を含め、日本の知的障害児者施設の多くは、今、歴史的な転換点に立たされています。かつては「生涯を施設で過ごす」という想定が意味をもっていましたが、医療水準の向上とともに、知的発達症をもつ方々の平均寿命は大きく延びました。60代、70代、そして後期高齢者に入る80代以降の利用者を支えることが、今や施設の日常となりつつあります。

この高齢化は喜ばしいことである一方で、新しい臨床的課題をもたらしました。もともとの知的発達症に、加齢に伴う神経認知障害が重なるケースが増えてきたのです。アルツハイマー病、脳血管性認知症、レビー小体病による認知症 ― これらはどれも、施設の職員にとって長らく「外の世界の病気」でした。しかし今、私たちが日々支援している利用者の方の中に、こうした疾患が静かに入り込みつつあります。

知的発達症の方における神経認知障害 ― 最大の難問

なぜこの課題がそれほど難しいのか。それは一言で言えば、「もともとできなかったこと」と「最近できなくなったこと」の区別がきわめて困難だからです。

一般の高齢者の場合、数年前までは仕事をし、新聞を読み、家計を管理していた方が、ある時から同じことができなくなる ― この「変化」は比較的容易に捉えられます。しかし知的発達症をもつ方では、そもそも字を読まれない方、時計を読まれない方、お金の計算をされない方が多くおられます。こうした方に「認知症」の典型的サインとされる「計算が苦手になった」「新聞が読めなくなった」を適用することはできません。

同様に、外来診療で医師が使う認知機能スクリーニング検査(MMSEやHDS-Rなど)は、もともと学校教育を受けた一般成人を前提に作られています。知的発達症をもつ方にこれらを実施しても、多くの場合、初回から得点はきわめて低く、あるいは検査自体が成立しません。この場合、「検査で低得点だから認知症」と判断することはできません。もともとのベースラインがすでに低いからです。

職員が診断の鍵を握る理由

標準化された認知検査が使えない以上、診断の鍵を握るのは「数年前のこの方はどうだったか」を知っている人 ― すなわち、長年日々支援してきた施設職員です。外来の医師はその方の現在の状態しか見られませんが、職員は「5年前にはこの靴下の履き方ができていた」「去年までは夕食後に必ずお茶を入れていた」「一昨年までは仲良しのAさんの名前を呼んでいた」というベースラインの記憶をもっています。この情報こそが、医療スタッフの診断判断に不可欠な一次情報です。

そして、これは施設が独自に編み出した工夫ではありません。ICD-11自身が、そう定めています。詳しくは3-2節の囲みで条文を引きます。

本章は、この「職員こそが最重要の観察者である」という立場を前提に構成されています。医学的な診断を職員が下すためのものではなく、職員が適切な情報を、適切な言葉で、適切なタイミングで医療スタッフに伝えられるようになるための視点を提供します。

2. 神経認知障害群の全体像

ICD-11において、神経認知障害群(Neurocognitive disorders)は、発達性のものではなく「後天的に獲得された(acquired rather than developmental)」神経認知機能の一次的な臨床的欠損を特徴とする一群の障害として定義されています(CDDR p.599)。ここでいう神経認知機能とは、脳の働きに直接関係すると考えられている認知の能力を指し、注意・集中、記憶、言語、視空間/知覚、処理速度、実行機能(問題解決、判断など)などが含まれます。なお、CDDRはこれらを「これらを含むが、これらに限らない」という書き方で例示しており、認知領域の数を確定的に定めているわけではありません。

この「後天的である」という一点が、第1章で学んだ神経発達症群との根本的な違いです。CDDRは続けて、神経認知障害群は「以前に到達していた機能水準からの低下」を表すものであり、生まれたときからある、あるいは発達期に生じる認知機能の欠損は、この群ではなく神経発達症群に分類されると明記しています(CDDR p.599)。知的発達症と認知症を区別する根幹はここにあります。

神経発達症群との根本的な違い

両者の違いは、ICD-11においてきわめて明瞭に示されています。

神経発達症群(第1章) Neurodevelopmental disorders 発達期(子どもの頃)から 存在する = その人の生来の特性 例:知的発達症、自閉 スペクトラム症、ADHD 「もともとそうである」状態 対比 神経認知障害群(本章) Neurocognitive disorders いったん獲得された機能が 後から低下する = ベースラインからの変化 例:せん妄、認知症 (アルツハイマー病など) 「変わってしまった」状態
図9-1 神経発達症群と神経認知障害群の根本的な違い
神経発達症は生来の特性、神経認知障害は後から生じる低下。この対比が本章の出発点です。

言い換えれば、神経発達症は「この方は最初からそうでした」という話であるのに対し、神経認知障害は「この方は以前はそうではありませんでした」という話です。後者を捉えるためには、「以前」を知っている必要があります。ここに、知的発達症をもつ方における認知症の発見の難しさが凝縮されています。

神経認知障害群の4つの下位分類

ICD-11は、神経認知障害群を大きく4つに分類しています。

表9-1 神経認知障害群の4つの下位分類。診断は医師が行います。この表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。
分類 ICDコード 特徴と経過
せん妄 6D70 急性(数時間〜数日)に発症し、注意・見当識(今がいつ・どこかの把握)・意識の障害を中核とする全般的な混乱を示す。症状は時間帯によって変動し(日内変動)、夜間に悪化することが多い。原因は身体疾患・薬剤・物質など様々で、原因を治療すれば可逆的。医療的緊急事態。
軽度神経認知障害 6D71 認知領域の軽度の低下があるが、日常生活は自立レベルで保たれている状態。いわゆる「MCI」。ただし知的発達症をもつ方では判別がつきにくい(本章第5節参照)。
健忘症 6D72 記憶だけが突出して障害され、他の認知機能は比較的保たれる稀な状態。脳損傷、アルコール、薬剤などによる。
認知症 6D80 〜 6D85
6D8Y6D8Z
2領域以上の認知機能の低下が持続的にあり、日常生活機能に明らかな影響を及ぼす状態。多くは慢性・進行性。アルツハイマー病が最も多いが、原因疾患は多様。原因が特定できても既存のコードに当てはまらない場合は6D8Y(他の特定される原因による認知症)、原因が分からない場合は6D8Z(原因不明または特定不能の認知症)を用います(CDDR p.617)。施設に届く診断書では、この6D8Zが使われていることも珍しくありません。

職員が日々の支援で最も遭遇しうるのは、せん妄と認知症の2つです。本章では、この2つに特に重点を置いて解説します。

もっと詳しく:ICD-11が例示する主な認知領域

CDDRは、神経認知障害群の総説で以下の認知領域を挙げています。ただし、これは「これらを含むが、これらに限らない」という例示であって、領域を数えて確定するための一覧ではありません(CDDR p.599)。疾患によって影響を受けやすい領域が異なる、という感覚をつかむために使ってください。

  • 注意/集中力(attention):特定の刺激に意識を向け続ける能力。せん妄では最初に崩れる領域。
  • 記憶(memory):新しい情報を学習し、保持し、思い出す能力。アルツハイマー病で早期から障害される。
  • 言語(language):言葉を理解し、表出する能力。前頭側頭型認知症の原発性進行性失語では第一の症状となる。
  • 視空間・視知覚能力(visuospatial / perceptual):空間の認識、物の位置関係の把握。レビー小体病による認知症で著明。
  • 処理速度(processing speed):情報を受け取ってから応答するまでの速さ。脳血管性認知症で低下しやすい。
  • 実行機能(executive functioning):計画を立て、問題を解決し、判断を下す能力(CDDRは「問題解決、判断」を例に挙げています)。前頭側頭型認知症で早期から障害される。

このほか、社会的認知(social cognition)精神運動速度は、認知症(6D80〜)の必須要件の文中で、記憶以外に障害されうる領域として挙げられています(CDDR p.618)。前頭側頭型認知症の行動変異型では、この社会的認知の崩れが最初に現れます。

知的発達症をもつ方では、これらの領域のいくつかが発達期からすでに低い水準にあります。そのため、単純に「低い/高い」の評価では診断に直結せず、「この方にとっての通常水準から下がっているか」という個別的な評価が必要になります。この考え方が、次節「ベースラインからの低下をどう捉えるか」の核心です。

もっと詳しく:ICD-10からICD-11への変化(職員の実務に関わる2点)

ICD-10では、認知症やせん妄は「F00〜F09 症状性を含む器質性精神障害」にまとめられていました。ICD-11では、神経認知障害群(Neurocognitive disorders)として、第6章(精神、行動または神経発達の疾患)の中の疾患グループに再編されています。神経認知障害群は「新しい独立した章」ではなく、第6章の中のグループです。

職員の実務に関わる変化は、次の2点です。

  • 原因が分からなくても記述できるようになった:「認知機能の低下」という共通の臨床像で括り直されたため、原因疾患が特定できない段階でも6D8Z(原因不明または特定不能の認知症)として記載できます。診断書に病名がはっきり書かれていなくても、支援は始められます。
  • 軽度神経認知障害(6D71)が正式な診断名になった:従来「軽度認知障害(MCI)」と呼ばれていた状態です。認知症の前段階を早期に捉えるための枠組みで、本章5節で扱います。

なお、この分類の歴史的な経緯については、当法人の『精神医学マニュアル』の該当章で扱っています。

3. ベースラインからの低下をどう捉えるか ― 本章の背骨

本節は、本章全体を通して繰り返し立ち返る背骨となる考え方を扱います。以降の節(せん妄、認知症、BPSD など)は、どれもこの考え方の上に成り立っています。新人の方も中堅以上の方も、この節だけは必ずお読みください。

本節の核心

知的発達症をもつ方の認知機能低下を見抜くには、その方自身の「通常」からの変化を捉えるしかありません。一般向けのスクリーニング検査は役に立たず、他の利用者や健常者との比較も意味をもちません。長年その方を支援してきた職員の観察と記録こそが、唯一の信頼できる手がかりです。

知的発達症との境界について、CDDRが述べていること(CDDR pp.620–621)

CDDRは、認知症と知的発達症の境界について、次の3点を述べています。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。職員が「靴下が履けなくなった」「部屋を間違えるようになった」と記録し、医療につなぐことを、本章では支援の基本手順として位置づけます。

3-1. なぜ標準化されたスクリーニング検査が使えないのか

一般の高齢者外来では、認知症のスクリーニングに以下のような検査が使われます。

これらの検査は、学校教育を受けた一般成人の高齢期を対象として設計されています。したがって、知的発達症をもつ方に適用すると、次のような問題が生じます。

30点 15点 0点 MMSE/HDS-R得点 MMSE 認知症疑い(23/24点) HDS-R 認知症疑い(20/21点) 若年期 認知症発症後 一般高齢者:変化が検査に現れる 知的発達症の方:最初から低得点 ⇒ 変化が見えない ⚠ 検査得点だけでは「認知症になったかどうか」が判別できない
図9-2 スクリーニング検査の得点の推移
一般高齢者では若年期から認知症発症までの間で明瞭な得点低下が現れますが、知的発達症をもつ方ではもともとの得点が検査の下限付近にあるため、「変化」が検査の数値として現れにくい構造があります。
※図中のカットオフ値(MMSE 23/24点、HDS-R 20/21点)は広く用いられている目安ですが、本マニュアルでは出典を特定できていません。数値そのものを判断に用いず、経時的な変化の把握にとどめてください。
具体的に何が起きるか

これらの理由から、知的発達症をもつ方の認知機能評価に、一般向けの認知症スクリーニング検査を単独で用いることは適切ではありません。医療機関でこうした検査が実施されることがあっても、それは参考情報の一つに過ぎず、判別の中心にはなり得ません。

3-2. では、何を見るのか ― 適応行動のベースライン

検査が使えないとすれば、何が手がかりになるのか。答えは、その方の日々の生活における「いつもの姿」がどう変わっていったかです。検査室での数十分ではなく、何年にもわたる日常の中でゆっくり進んでいく変化こそが、知的発達症をもつ方の認知機能低下を捉える唯一の窓口です。

具体的に何を観察するかと言えば、日常生活を送るために必要な実践的な技能の総体です。これは一般に「適応行動(adaptive behaviour)」と呼ばれ、第1章で見た知的発達症の評価においても「知能水準」と並ぶ2本柱のひとつに位置づけられる観点です。施設の支援そのものが、まさにこの適応行動に関わっています。以下の6領域について、「数ヶ月前、1年前、数年前と比べて、どう変わったか」を観察していきます。

評価に用いる情報源について、CDDRが述べていること

CDDRは、評価の根拠として何を用いるかを記述しており、そこに情報提供者(informant)が含まれています。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。日付入りの具体的な記録を持って医療者に会ってください。

3-3. 観察すべき6領域のベースライン

この方のベースライン =「いつものこの方」の姿 日常生活動作 食事・着替え・入浴 排泄・移動 コミュニケーション 語彙・指示の理解 表出・表情・視線 社会的交流 顔と名前がわかるか 人との関わりの量 興味・嗜好 好きな活動・食べ物 持ち物への関心 運動機能 歩行・バランス・転倒 指先の細かい動き 睡眠・覚醒 夜間の行動・中途覚醒 日中の眠気・日内変動
図9-3 ベースライン観察の6領域
「この方の通常の姿」を6つの領域に分けて観察します。どれも単独では変化と断定できませんが、複数領域にまたがる持続的な変化があれば、医療スタッフへの情報提供の対象となります。

領域① 日常生活動作(ADL・IADL)

最も基本的な観察領域です。食事・着替え・入浴・排泄・移動といった基本的な生活動作(ADL)と、買い物や金銭管理などのより複雑な生活動作(IADL)が、数ヶ月〜数年の単位でどう変化したかを見ます。

現場で最も参考になる指標 ― 自分の部屋のドアを間違える

横浜市の知的障害児者施設では、利用者の方は基本的に個室対応で生活されています。この環境において、「自分の部屋のドアを間違える」という行動は、認知機能低下を早期に捉えるための、実務上とても参考になる指標です。これはCDDRに書かれている指標ではなく、当法人の臨床経験にもとづく本マニュアル独自の整理です(次の段落でCDDRの記述との関係を示します)。

アルツハイマー病について、CDDRが典型的な最初期の徴候として挙げているのは、緩徐な発症、進行する記憶の問題、語想起の困難、および軽度の機能障害の4点です(CDDR p.622)。またCDDRは、最も一般的な型では記憶の形成に関わる内側側頭葉の神経の障害から始まるとしています(CDDR p.622)。なお、海馬のまわりの障害から空間認識能力の低下が早期に現れうる、という説明は、CDDRの記載ではなく本マニュアルによる補足です。何年も毎日出入りしてきた自分の部屋のドアを通り過ぎてしまう、隣の部屋のドアを開けてしまう、廊下で自分の部屋がどこか分からなくなって立ち止まる ― こうした観察は、その方の中で空間認識の機能が衰え始めていることを示すサインです。言葉での問答が難しい方では、この空間面の変化こそが、職員が観察できる最も実践的な早期サインになります。

この指標の大切な特徴は、職員が日々の業務の中で自然に観察できる点にあります。特別な検査も、構えた評価場面も要りません。朝の声かけ、夜間の見回り、食堂への誘導、入浴時の動線 ― その日常の中で捉えられます。「最近、◯◯さん、隣の部屋に入ってしまうことが週に2、3回あります」という短い一言が、医療スタッフにとっては貴重な情報になります。

領域② コミュニケーション

言葉の使い方、理解、表出の変化です。もともと言語を使われない方でも、非言語コミュニケーションに変化が現れます。

領域③ 社会的交流

周囲の人との関係性の変化です。これは本人の主観的な苦痛にも直結するため、特に丁寧な観察が必要です。

領域④ 興味・嗜好・こだわり

自閉スペクトラム症のこだわりとは別の次元の変化です。以前「好きだったもの」に対する関心が薄れるという現象に特に注意が必要です。

領域⑤ 運動機能

歩行・姿勢・巧緻動作(こうちどうさ=指先の細かい動き)の変化です。レビー小体病による認知症、血管性認知症、Parkinson病による認知症などでは、運動症状が認知症状に先行することがあります。

転倒は重大なサイン

高齢の知的発達症の方で転倒が増えたときは、単なる筋力低下としてではなく、認知機能低下・せん妄・Parkinson症候群・薬剤副作用などの可能性を含めて医療スタッフに情報提供してください。特に薬剤の副作用(眠剤・抗精神病薬など)による歩行障害は、薬の調整で改善可能な場合があります。

領域⑥ 睡眠・覚醒・夜間行動

睡眠覚醒リズムの崩れは、認知症の初期症状、あるいはせん妄の重要な警告サインです。

認知症を疑う前に ― まず睡眠の問題で説明がつかないか確かめる

この領域⑥だけは、他の5領域と逆向きの読み方も必要です。睡眠の問題は、認知症の早期サインであると同時に、認知機能低下そのものを「装う」からです。

CDDRは、軽度神経認知障害(6D71)の鑑別に「睡眠・覚醒障害との境界」という項を設け、こう述べています。

施設の場面に置き換えると、こういうことです。「最近、日中ぼんやりしている。認知症が始まったのだろうか」と感じたとき、その前に確かめるべきことがあります。──夜、いびきが途切れて息が止まっていないか。夜中に何度も起きていないか。夕方から脚がむずむずして眠れていないか。眠剤や抗精神病薬が増えていないか。

睡眠時無呼吸も薬剤性の眠気も、多くは治療の対象になります。高齢化する知的発達症の利用者で「日中ぼんやり=認知症の始まり」と早合点することは、治せるものを治さないまま放置することにつながります。詳しくは第10章 睡眠・覚醒障害群をご覧ください。

3-4. 変化の「時間軸」を捉える

上記の変化をどう解釈するかは、変化が起こった時間の長さによって大きく異なります。

数時間〜数日 数週間〜数ヶ月 半年〜1年 数年単位 ← 変化が起こった時間の長さ → ⚠ せん妄 医療的緊急事態 身体疾患を疑う 認知症の疑い 複数領域にわたる緩徐な低下 原因検索と長期的な対応が必要 中間域 鑑別に注意 急激な変化 → まず身体疾患を疑う(肺炎・尿路感染・脱水・薬剤変更など) 緩徐な変化 → 神経変性疾患・脳血管疾患を疑う
図9-4 変化の時間軸による見分け方
数時間〜数日の急激な変化はせん妄を疑い、数ヶ月〜数年の緩徐な低下は認知症を疑います。時間軸の判断が、医療対応の緊急性を大きく左右します。

特に重要なのは、「急激な変化=せん妄の可能性」という認識です。せん妄は身体疾患(肺炎、尿路感染症、脱水、薬剤副作用、便秘・尿閉など)の警告信号であり、見逃すと生命に関わります。詳しくは次節(4節 せん妄)で扱います。

3-5. 記録の意義と職員交代への対応

「ベースラインからの変化」を捉える作業は、一人の職員が一人で完結できるものではありません。施設は複数の職員がシフトで支援する場であり、かつ職員の入れ替わりもあります。したがって、「この方の通常の姿」が施設全体の記録として共有されていることが決定的に重要です。

記録を活かすための実践
もっと詳しく:適応行動尺度(Vineland-IIなど)の臨床的位置づけ

知的発達症をもつ方の機能水準を評価するための標準化ツールとして、Vineland適応行動尺度(Vineland-II)ABAS-II(Adaptive Behavior Assessment System)などがあります。これらは、日常生活における実践的な技能を、情報提供者(本人を日常的に知る人)への聞き取り形式で評価する尺度です。

一般成人向けの認知機能検査(MMSEなど)と大きく異なるのは、次の3点です。

  • 検査場面での本人への直接実施ではなく、情報提供者への聞き取りで評価するため、本人に検査ストレスをかけない。
  • 日常生活の実際の姿(食事・着替え・移動・対人関係など)を評価するため、認知症による日常機能低下を捉えやすい。
  • 知的発達症をもつ方にも適用可能な規準・換算方法が用意されている。

ただし、これらも認知症「診断」のためのツールではありません。Vineland等は、時間をおいて同一尺度で再評価することで、同じ方の経時変化を比較するために用いることができます。数年おきにVineland-IIを施行し、発達年齢が保たれているか低下しているかを追跡することは、一部の専門機関では知的発達症の高齢者の追跡評価として行われています。

施設でこれらを日常的に実施することは現実的ではありませんが、「ベースラインを何らかの形で客観化しておくこと」の重要性は共有されるべきです。職員の記録、ケア記録、家族からの聞き取りを総合して、「この方の通常機能」を施設全体の共有知として残していくことが、適応行動尺度の精神に近いアプローチと言えます。

なお、Down症候群の方の高齢期認知機能評価に特化した尺度(DMR:Dementia Questionnaire for Mentally Retarded persons、DSDS:Dementia Scale for Down Syndromeなど)も海外では用いられていますが、日本語版の整備や信頼できる規準は十分ではありません。詳細は9節(Down症候群による認知症)で扱います。

もっと詳しく:「どこまでが元からの特性か」という倫理的問い

ベースラインからの低下を捉える作業には、一つの倫理的な問いがつきまといます。それは、「この方の『通常』とは、そもそも何を指すのか」という問いです。

知的発達症をもつ方は、生涯を通じて固定した一つの状態にあるわけではありません。青年期・壮年期・中年期とともに、その方なりの成熟や変化があります。支援技術の向上や、環境の調整、本人の努力によって、獲得された技能もあります。一方で、加齢に伴う自然な変化(意欲の低下、活動量の減少など)は、認知症ではなくても起こり得ます。

したがって、「数年前にはできていたが今はできない」という事実だけでは、必ずしも神経認知障害があるとは言えません。次のような要素を合わせて考える必要があります。

  • 低下の範囲:一つの技能だけの低下か、複数領域にわたる低下か。神経認知障害では、複数領域にわたる変化が特徴です。
  • 低下の速度:数ヶ月〜1年の間に比較的明瞭に進んでいるか、数年かけてごく緩やかに変化しているか。
  • 環境要因の影響:職員の交代、居室の変更、親しい人の不在など、環境の変化による影響ではないか。
  • 身体要因の影響:うつ状態、痛み、睡眠不足、薬剤副作用など、認知機能を一時的に低下させる要因はないか。

これらをすべて考え合わせたうえで、それでも「神経認知障害の可能性がある」と判断される場合に、医療スタッフへの情報提供を行います。職員が「認知症だ」と診断を下すのではなく、「認知症を含めた可能性を検討してほしい」と医療スタッフに伝えるのが、本マニュアルの立場です。

本節のまとめ

知的発達症をもつ方の神経認知障害は、一般向けの検査では捉えられません。職員が日常の支援を通じて捉える「いつもと違う」という感覚 ― それを6領域(日常生活動作・コミュニケーション・社会的交流・興味/嗜好・運動・睡眠)の具体的観察に翻訳し、時間軸(急激か緩徐か)で整理したうえで、記録として残し、医療スタッフに伝える。この一連の作業が、神経認知障害の早期発見と適切な医療介入を可能にします。

次節からは、この背骨の上に、せん妄・軽度神経認知障害・健忘症・認知症の各論を積み重ねていきます。

4. せん妄(6D70) ― 見逃し厳禁の医療的緊急事態

せん妄は、本章で扱うすべての症候の中で最も緊急性が高く、最も可逆性の高いものです。見逃せば生命に関わる一方、早く気づいて原因を治療すれば元の状態に戻ります。この「気づけば戻る/見逃せば進む」という性質ゆえに、職員の観察力がまさに生命線となります。

4-1. せん妄とは ― 「半分夢を見て寝ぼけている状態」

せん妄という言葉は医療現場で使われる専門用語ですが、その中身は私たちの誰もが経験したことのある感覚と地続きです。一言で言えば、「半分夢を見て寝ぼけている状態が続いているようなもの」です。

朝、目が覚めたばかりのとき、あるいは夜中にトイレで起きたとき、一瞬、自分が今どこにいるのか、今が何時なのか、はっきりしない感覚を味わったことがあるはずです。周りの景色がまだ夢の続きのように感じられ、話しかけられても内容がすぐには頭に入らず、体がぼんやりしている ― この感覚です。

通常、この「寝ぼけ」は数秒から数分で消え、私たちは完全な覚醒状態に戻ります。ところが、何らかの理由でこの寝ぼけた状態が数時間、あるいは数日にわたって続き、しかも時間帯によって波があるとき、それがせん妄です。

「半分夢を見ている」という部分が大切です。せん妄の中にいる方は、実際にはないものが見えることがあります。部屋の壁の模様が虫のように動いて見えたり、天井から知らない人が覗いているように見えたり、亡くなった家族が枕元にいるように見えたりします。本人にとっては夢の続きのようなもので、「嘘を言っている」のでも「作り話をしている」のでもなく、本当にそう見えている・感じているのです。

せん妄は「体の警告信号」

せん妄は、それ自体が独立した病気というより、体の中のどこかで何かが起こっているという警告信号です。肺炎、尿路感染症、脱水、薬の副作用、低血糖、便秘や尿閉、転倒による頭部打撲 ― こうした身体的な異変が脳に影響を与えた結果として、せん妄という形で表に出てきます。したがって、せん妄に気づいたらできるだけ早く原因を突き止めて治療することで、多くの場合は元に戻るのです。逆に、見逃して放置すれば、原因疾患の進行によって命に関わることもあります。

4-2. せん妄の二つの顔 ― 高活動型と低活動型

せん妄というと、「興奮して暴れる」「わけのわからないことを叫ぶ」といった劇的なイメージを持たれる方が多いかもしれません。これは高活動型せん妄(hyperactive delirium)と呼ばれる形で、確かに存在します。しかし、実はもう一つ、そしてしばしば見逃される形があります ― 低活動型せん妄(hypoactive delirium)です。

観点 高活動型せん妄(hyperactive) 低活動型せん妄(hypoactive)
気づかれやすさ 目立つ・気づかれやすい 静か・見落とされやすい
観察される様子 興奮して落ち着かない/大声を出す・叫ぶ/ベッドから起きようとする/幻が見えて怖がる/人や物をつかもうとする/眠らない/攻撃的になることもある ぼんやりしている/うとうとしている/話しかけても反応が遅い/目の焦点が合わない/食事が進まない/表情が乏しい/動かず、じっとしている
誤解されやすい形 「BPSD」「問題行動」と受け取られ、行動対応の話にすり替わる危険 「今日はおとなしいですね」で流され、数日気づかれないまま進行する危険
知的発達症の方での注意 もともとの行動特性の悪化と区別しにくい。「いつから」を必ず書く とくに見逃されやすい。普段から活動量の少ない方では、せん妄の静けさが日常の姿に紛れる
「今日はおとなしいな」という違和感を大事にする

低活動型せん妄が知的発達症の方で特に危険なのは、その「静かさ」を日常の姿と見分けにくいからです。普段から活動量が少ない方や、言葉での訴えが少ない方では、せん妄による静かさがその方のいつもの様子に紛れてしまいます。その結果、せん妄が進行する数日間、誰にも気づかれないまま過ぎてしまうことがあります。「今日はおとなしいな」「いつもより元気がないな」という職員の直感的違和感こそが、しばしば最初の手がかりになります。この違和感を漠然とした印象のまま流さず、具体的な観察と記録に結びつけることが鍵です。

4-3. せん妄を疑うサイン ― ベースラインからの急変

知的発達症の方でせん妄を疑うべきサインは、必ずしも典型的な「叫ぶ」「暴れる」ではありません。3節で述べた「ベースラインからの変化」のうち、数時間から数日という短い時間で起こった変化に注目してください。以下のいずれかが、数時間〜数日の単位で現れたときは、せん妄を疑います。

これらのサインはどれか一つが決定的というものではなく、組み合わせと時間経過で判断します。特に重要なのは、「数日のうちに変わった」という時間軸です。同じ症状でも、数ヶ月〜数年かけて現れた場合は認知症を疑いますが、数時間〜数日で現れた場合は、まずせん妄として対応します。

4-4. 何がせん妄を引き起こすのか

せん妄の背後にある原因は、ほとんどの場合身体的なものです。代表的な原因を挙げます。

カテゴリー 具体例
感染症 肺炎(誤嚥性肺炎を含む)、尿路感染症、胆のう炎、皮膚感染症、敗血症など。高齢の方では発熱しないまま進行することがある。
水分・栄養・代謝 脱水、電解質異常(ナトリウム・カリウム等の乱れ)、低血糖、高血糖、ビタミン欠乏、低酸素、貧血。
排泄のトラブル 便秘、宿便、尿閉。知的発達症の方では本人が訴えないためにせん妄が唯一の手がかりになることがある。
薬剤 特に新しく始めた薬、用量を増やした薬、逆に急に中止した薬の前後に注意。抗コリン作用薬、ベンゾジアゼピン系眠剤・抗不安薬、オピオイド鎮痛薬、ステロイド、抗ヒスタミン薬など。
外傷・急性疾患 転倒後の頭部打撲(硬膜下血腫に注意)、骨折、心筋梗塞、脳卒中、痙攣発作後。
環境変化 入院、居室変更、親しい職員・利用者の不在、眼鏡や補聴器の紛失。これらだけでせん妄になるわけではなく、上記の身体要因があるところに環境変化が加わると発症しやすい。
「沈黙の危険因子」 ― 便秘と尿閉

知的発達症の方のせん妄で、しばしば見逃される原因が便秘と尿閉です。一般の高齢者であれば「お腹が張って苦しい」「尿が出なくて辛い」と訴えますが、知的発達症の方はこれを言葉にできません。本人は強い苦痛の中にいるのに、周囲には「なんとなく不穏」「ぼんやりしている」としか見えません。せん妄を疑ったときは、排便・排尿の状況を必ず確認することが基本です。排便が数日ない、尿量が極端に少ない、下腹部が膨らんで硬い ― こうした所見があれば、医療スタッフに必ず伝えてください。

もっと詳しく:薬剤性せん妄 ― 多剤併用への注意

知的発達症の方は、発達障害関連の薬、てんかん薬、抗精神病薬、睡眠薬、便秘薬、降圧薬、糖尿病薬など、多くの薬を併用している(多剤併用、polypharmacy)ことが少なくありません。高齢化に伴って処方がさらに増え、10種類を超えることも珍しくありません。この多剤併用は、せん妄の大きな誘因です。

特に注意すべき薬剤のカテゴリーは以下の通りです。

  • 抗コリン作用をもつ薬:第一世代抗ヒスタミン薬、三環系抗うつ薬、一部の抗精神病薬、過活動膀胱治療薬、胃腸薬(ブチルスコポラミン等)、抗パーキンソン薬の一部。複数の薬がそれぞれ弱い抗コリン作用をもつ場合、合算されてせん妄を誘発することがあります(抗コリン負荷=抗コリン作用をもつ薬が何種類も重なって、体にかかる合計の負担のこと)。
  • ベンゾジアゼピン系:眠剤(ブロチゾラム、トリアゾラム、ゾルピデム等)、抗不安薬(ロラゼパム、エチゾラム等)。高齢者では代謝が遅れ、持ち越し効果によって日中のせん妄を起こす。
  • オピオイド鎮痛薬:痛み止めとして処方されたものが認知機能に影響することがある。
  • ステロイド:高用量で使用すると、せん妄や精神症状を誘発することがある。
  • 抗けいれん薬の血中濃度変動:知的発達症の方で併存することの多いてんかんの薬が、体重変化・他剤併用・食事摂取低下などで血中濃度が変動すると、せん妄様の症状が出ることがある。

職員として重要なのは、「新しい薬が始まった/用量が変わった/急に中止された」という事実を記録しておき、その前後で利用者の様子に変化があれば医療スタッフに伝えることです。多剤併用の整理(減薬)は医師の判断ですが、職員の観察情報がなければその判断の材料が集まりません。

もっと詳しく:せん妄と認知症の見分け方

せん妄と認知症は、どちらも「認知機能の低下」として現れるため、混同されがちです。しかし、両者は病態も対応も全く異なります。下記の対比で基本を押さえておくことが有用です。

観察項目 せん妄 認知症
発症 急激(数時間〜数日) 緩徐(数ヶ月〜数年)
経過 日内変動あり、波がある 比較的一定、ゆっくり進行
注意 集中が保てない、散漫 比較的保たれる(進行期は別)
意識レベル もうろう、低下、変動 通常はクリア
幻覚・妄想 急に出現することが多い 進行期に出現(DLBでは早期から)
可逆性 原因治療で戻る 原則戻らない(一部の二次性は別)
緊急性 高(身体疾患の警告) 長期的な対応が必要

重要なのは、認知症のある方にも、新たにせん妄が重なることがあるという点です。普段は穏やかな認知症の方が急に錯乱状態になった場合、それは認知症の「進行」ではなく、身体疾患によるせん妄の合併である可能性が高いのです。この場合、身体疾患を治療すればせん妄部分は改善し、元の認知症状態に戻ります。認知症だから仕方ない、と片付けないことが大切です。

4-5. 知的発達症の方におけるせん妄の特別な難しさ

知的発達症の方のせん妄には、支援者側が特に意識すべき難しさがあります。

したがって、知的発達症の方のせん妄では、本人からの訴えを待っていてはいけません。職員が積極的に「いつもと違う」を探しに行く姿勢が必要です。具体的には次のような観察と記録を日常に組み込みます。

4-6. せん妄を疑ったら ― 医療スタッフへの伝え方

「せん妄かもしれない」と気づいたら、できるだけ早く医療スタッフに連絡します。そのとき医療スタッフが必要としている情報は、次の5点です。

  1. いつから変化が始まったか(最も重要。「昨日の夕食後から」「今朝から」など、できるだけ具体的に)
  2. 何か変わったことがあったか(新しい薬の開始、用量変更、発熱、転倒、食事摂取の変化、便通の変化、環境の変化など)
  3. どのように「いつもと違う」か(「ぼんやりしている」「反応が遅い」「目が合わない」「うとうとしている」「興奮している」「急に怖がる」など、具体的な言葉で)
  4. バイタルサイン(測定できれば体温・脈拍・呼吸数・血圧)
  5. 排尿・排便の状況(最終排便日、最終排尿時刻、尿量、便の性状)
救急対応が必要なサイン

以下のいずれかがあれば、医療スタッフにただちに連絡し、必要に応じて救急搬送も検討してください。

せん妄は、早期発見・早期対応ができれば、多くの場合数日から1〜2週間で元の状態に戻ります。職員の「何かおかしい」という気づきが、文字通り利用者の命を守ることにつながります。

4-7. その場でどうするか ― せん妄が疑われるとき

その場でどうするか

「今日はいつもと違う」と感じたとき(ぼんやりしている/急にそわそわしている/目が合わない/急に食べなくなった)

  1. まず、今日と昨日を比べる──「この方はもともとこうだったか」ではなく、「昨日の夕方はどうだったか」を思い出してください。前の勤務者に聞ける状況なら、その場で聞きます。数時間から数日で変わったのなら、せん妄を疑います。数ヶ月かけての変化なら、せん妄ではありません。
  2. 次に、身体を確認する──体温、脈、呼吸。そして最終排便日、最終排尿時刻、下腹部の張り、水分がとれているか、痛そうにしている部位はないか便秘と尿閉は、言葉にできない方のせん妄の最大の原因のひとつです(4-4節)。お腹を軽く触って硬く膨らんでいないか、必ず見てください。
  3. 薬の変更を確認する──この2週間以内に、新しく始まった薬・増えた薬・急に止まった薬はないかを、その場で薬歴で確認します。あれば、その日付を控えてください。
  4. 環境を整える──①明るさ:日中はカーテンを開けて自然光を入れ、夜は真っ暗にせず足元灯を残します。②:テレビ・ラジオを消すか小さくし、複数の職員が同時に話しかけないようにします。③見慣れた物:普段使っている枕・タオル・ぬいぐるみ・写真をそばに置きます。眼鏡・補聴器・義歯は外さないでください──見えない・聞こえない状態は、せん妄を悪化させます。
  5. 時間と場所を、繰り返し伝える──「今は朝の8時ですよ」「ここは〇〇(施設名)のお部屋ですよ」「わたしは〇〇です」と、短く、ゆっくり、何度でも伝えます。一度で伝わらなくてよいので、そのつど言い直してください。
  6. 転倒を防ぐ──ベッドの高さを下げ、床の物を片づけ、履物を滑らないものにします。立ち上がろうとする方には、止めるのではなく付き添って一緒に歩きます
  7. 記録する──①いつから(できるだけ具体的に。「昨日の夕食後から」)、②どう違うか(具体的な言葉で)、③バイタル、④排便・排尿、⑤2週間以内の薬の変更、⑥直近の転倒の有無。この6点を書いてください(4-6節)。
  8. 当日中に医療へ報告する──次のいずれかがあれば、様子を見ずにその日のうちに連絡します。──急な変化が数時間〜数日で起きている/発熱がある/水分がとれていない/半日以上尿が出ていない/3日以上排便がない/新しい薬の開始と時期が一致している/転倒後の変化。
    さらに、意識がもうろうとして呼びかけに反応しない、けいれん、呼吸が苦しそう、唇や爪が紫色、頭を打った後の変化があれば、ただちに連絡し救急搬送も検討してください。
してはいけないこと
  • 「今日はおとなしいな」で流さない──本改訂で最も強調したい一点です。低活動型のせん妄は、静かで手がかからないため、好ましい変化に見えてしまいます。もともと活動量の少ない方では、せん妄の静けさがいつもの姿に紛れます。「おとなしい」は、報告に値する所見です。そのまま数日流すと、背後の肺炎や脱水が進みます。
  • 「認知症が進んだ」で片づけない──すでに認知症のある方にも、せん妄は重なります。急に錯乱した場合、それは認知症の進行ではなく身体疾患によるせん妄である可能性が高く、原因を治せば元の状態に戻ります。
  • 身体拘束を安易に使わない──拘束それ自体がせん妄を悪化させます。やむを得ない場合も、必ず管理者の判断と手続きを経てください。職員個人で決めないでください。
  • 幻覚を否定しない──「そんなものはいません」と訂正しないでください。本人には本当にそう見えています。「怖かったですね」「わたしがそばにいますよ」と、恐怖のほうに応じてください。
  • 眠らせようとして眠剤を足さない──夜間の不穏に対して手元の頓服で対応しようとしないでください。ベンゾジアゼピン系はせん妄を悪化させます。薬の判断は医師の仕事です。
  • 刺激を減らしすぎない──真っ暗な部屋に一人にしないでください。暗闇と孤立は、幻覚と恐怖を強めます。

5. 軽度神経認知障害(6D71

軽度神経認知障害(mild neurocognitive disorder)は、かつて「軽度認知障害/MCI(Mild Cognitive Impairment)」と呼ばれていた状態を、ICD-11が正式な診断名として収載したものです。ただし、この診断を知的発達症をもつ方に当てはめることは、実務上きわめて困難です。本節では、その理由と、職員が現場でどう捉えればよいかを整理します。

5-1. 一般高齢者における軽度神経認知障害の位置づけ

一般の高齢者における軽度神経認知障害は、「正常な加齢よりは明らかに認知機能が下がっているが、まだ認知症とまでは言えない」という中間段階を指します。物忘れが増えた、複数の用事を同時にこなすのが苦手になった、計算が遅くなった ― といった変化があるものの、日常生活は基本的に自立している段階です。

この段階を捉える意義は、アルツハイマー病などの神経変性疾患の早期発見にあります。軽度神経認知障害の方のうち、一定割合は数年のうちに認知症へと進行します。早期に気づくことで、生活調整・家族支援・将来設計の準備を始めることができます。

5-2. なぜ知的発達症の方では診断が困難なのか

しかし、この「正常加齢と認知症の中間」という位置づけを、知的発達症をもつ方に適用しようとすると、複数の困難に突き当たります。

軽度神経認知障害の診断が困難な理由
軽度神経認知障害の境界について、CDDRが述べていること

CDDRは、軽度神経認知障害の鑑別として、施設現場に関わる2つの境界を挙げています。

職員としては、「認知症の入り口かもしれない」と思ったときに、夜の睡眠と、この数ヶ月の気分・意欲の変化を、あわせて記録して持っていくことが実務上の要点です。

実務上は、知的発達症の方において「軽度神経認知障害」という診断名がつくことはあまり多くありません。症状が明らかになってから医療機関を受診し、そのときには既に認知症に相当する状態へ進行していた ― というのが典型的な経過です。後から振り返って「数年前の時点では軽度神経認知障害に相当していたのだろう」と推測されることが多いのです。

5-3. 職員にとっての実践的な意味

以上を踏まえて、職員が日常の支援で意識すべきことは、以下の3点に絞られます。

  1. 「軽度神経認知障害」という診断名を目標にしない。診断を付けること自体が目的ではなく、その方の生活の変化を捉えることが目的です。医師が「軽度神経認知障害」と診断を下すかどうかは医療側の判断であり、職員はその判断材料を提供する立場にあります。
  2. 微細な変化を記録し続ける。3-3節で扱った6領域(日常生活動作・コミュニケーション・社会的交流・興味/嗜好・運動・睡眠)について、たとえ「気のせいかもしれない」程度の小さな違和感でも、日付とともに記録する習慣をもつ。数ヶ月〜1年後に振り返って初めて、その記録が経過を示してくれることがあります。
  3. 「進行しているか」を半年〜1年の単位で見直す。一度気になった方について、半年後・1年後に「より明らかになっているか/変わらないか/改善しているか」を評価する習慣をつける。明らかな進行があれば、医療相談のタイミングです。
「気のせい」を記録する価値

「以前より少し食べるのが遅くなった気がする」「前ほど自分から話しかけてこなくなった気がする」 ― こうした印象は、単独では取り上げるほどのものに見えません。しかし、記録として残しておくと、半年後・1年後に振り返ったときに「やはりあのときから始まっていた」という経過が見えてきます。「気のせい」と流さずに記録しておくことが、軽度の段階での気づきを可能にする唯一の方法です。

もっと詳しく:知的発達症の方の高齢期認知機能を追跡する特別な尺度

国際的には、知的発達症をもつ方の加齢に伴う認知機能変化を追跡するための専用尺度がいくつか開発されています。いずれも、一般向けの認知機能検査とは異なり、本人への直接実施ではなく、情報提供者(本人を日常的に知る人)への聞き取り形式で評価する点が共通しています。

  • DMR(Dementia Questionnaire for Persons with Mental Retardation):知的発達症の方一般を対象にした古典的な情報提供者評価尺度。
  • DSDS(Dementia Scale for Down Syndrome):Down症候群の方に特化した尺度。アルツハイマー病による認知機能低下の徴候を経時的に追跡することを目的とする。
  • CAMDEX-DS(Cambridge Examination for Mental Disorders of Older People with Down's Syndrome and Others with Intellectual Disabilities):情報提供者面接と本人評価の両方を組み合わせた、より包括的な評価体系。

これらは日本の施設で日常的に使用されるツールではありませんが、「情報提供者に繰り返し同じ項目を尋ね、経時的に比較する」という発想は、職員の日常記録にそのまま活かせます。過去の記録と現在の状態を対照させるとき、「同じ項目について、半年前の自分たちはどう書いていたか」を意識するだけで、変化を捉える視点が鋭くなります。

6. 健忘症(6D72

健忘症(amnestic disorder)は、記憶だけが突出して障害され、他の認知機能は比較的保たれているという珍しいパターンを示す神経認知障害です。一般的な認知症が複数の認知領域にわたって低下するのに対し、健忘症では「最近のできごとを覚えていない」「新しいことを学習できない」という記憶の問題が際立っています。CDDRは、健忘症の必須(要求される)特徴として、「他に著しい神経認知障害がないこと(in the absence of other significant neurocognitive impairment)」のもとで、年齢と病前の全般的な神経認知機能の水準から期待される程度に比べて記憶の障害が顕著であることを求めています(CDDR p.612)。記憶以外の領域にも著しい障害があるなら、それは健忘症ではなく認知症などを考えます。あわせて、新しいことを覚えられないという記憶の障害そのものによって日常生活に明らかな支障が生じていることも要件です(CDDR p.612)。

6-1. 健忘症の主な原因

健忘症を引き起こす主な原因は以下です。

6-2. 施設における実務上の位置づけ

知的障害児者施設で「健忘症」という独立した診断がつくことは多くありません。その理由は2つあります。第一に、上記の原因疾患自体が施設の利用者では比較的稀だからです。第二に、もともと記憶や学習に特性のある方では、「記憶だけの選択的な障害」というパターンを臨床的に抽出しにくいからです。

むしろ職員として実務的に重要なのは、健忘症という診断名そのものよりも、以下の2つの場面を認識しておくことです。

職員が意識すべき2つの場面
  1. ベンゾジアゼピン系薬剤の長期使用中の方:抗不安薬・眠剤として処方されているベンゾジアゼピン系薬剤(ロラゼパム、エチゾラム、ブロチゾラム、トリアゾラムなど)は、長期使用により記憶障害を含む認知機能への影響が出ることがあります。「急に物覚えが悪くなった」と感じたとき、この薬剤の影響の可能性を医療スタッフと共有することは有用です。
  2. 頭部打撲後の記憶の混乱:転倒で頭を打った後、直後は意識がしっかりしていても、数時間〜数日経ってから「さっきのことを覚えていない」「直前のできごとを繰り返し尋ねる」といった状態が出ることがあります。これは慢性硬膜下血腫や脳震盪後症候群の可能性を示すサインで、医療機関への相談が必要です。

いずれも、独立した診断としての「健忘症」というよりは、薬剤性の認知機能低下頭部外傷後の遅発性症候(ちはつせいしょうこう=けがのあと、しばらく経ってから出てくる症状)として捉えるほうが実践的です。本章の背骨である「ベースラインからの変化」の枠組みで、記憶に関する変化を他の領域と並べて観察していけば十分に対応できます。

7. 認知症の一般的診断要件と重症度

せん妄(急性の変化)、軽度神経認知障害(軽い低下)、健忘症(記憶だけの障害)を見てきました。本節からは、神経認知障害群の中で最も頻度が高く、かつ施設の日常にもっとも深く関わる認知症について解説します。まず本節で認知症の一般像と重症度の枠組みを扱い、次節で原因疾患別の特徴を見ていきます。

本節の要点

認知症とは、一言で言えば「2つ以上の認知領域の低下が続き、日常生活に目に見える影響が出ている状態」です。多くは数年をかけて徐々に進行し、知的発達症の方では既存の特性の上に重なる形で現れます。重症度は軽度・中等度・重度の3段階で、それぞれ必要な介護の内容が大きく異なります。

7-1. 「認知症」とは何を指すのか

ICD-11での認知症の捉え方はシンプルで、診断の柱となるのは次の3条件です。

診断はこの3条件がそろっているかどうかで判断します。認知症の多くは数ヶ月〜数年かけて緩やかに進行し、脳卒中後などでは階段状に進むこともありますが、「進行すること」自体は診断の要件ではありません。栄養・代謝の異常による認知症のように改善するものや、脳血管性認知症の一部のように安定したまま進まないものもあります。

この3条件のうち、特に「2領域以上」という点が大切です。記憶だけの低下は健忘症、注意だけの一過性の混乱はせん妄、というように、単一領域の障害は認知症とは呼ばれません。認知症は複数領域にわたる持続的な低下です。

知的発達症の方で「2領域以上」をどう確かめるか

前述の通り、知的発達症の方では標準化検査による認知領域ごとの定量評価は困難です。その代わりに、職員の観察で複数領域にまたがる変化が同時期に出てきているかを見ます。たとえば、「食事の仕方が崩れてきた(日常生活動作)」+「顔なじみの職員がわからなくなってきた(社会的認知)」+「夜間の徘徊が出てきた(睡眠覚醒)」のように、3領域にわたって新しい変化が揃っていれば、認知症の併存を疑う強い手がかりになります。一つの領域だけの変化は、他の要因(体調不良、環境変化、薬剤の影響など)であることも多いので、慎重に判断します。

「認知症ではありません」と言われたときの受け皿 ― MB21.0 加齢関連認知低下

医療機関で評価を受けた結果、「年齢相応の物忘れの範囲で、認知症ではありません」と言われることがあります。このとき家族に「では何もないのですね」とだけ伝えると、家族の不安は宙に浮いたままになります。

ICD-11には、この状態に対応する症状コードが用意されています。MB21.0 加齢関連認知低下(Age-associated cognitive decline)です。CDDRは、認知症の項では「正常加齢と一致する認知の困難があり、かつ臨床的に意義がある場合には、症状コードMB21.0 加齢関連認知低下を用いてよい」(CDDR p.619)、健忘症の項では「正常加齢と一致する記憶の困難があり、かつ臨床的に意義がある場合には……」(CDDR p.613)と述べています。健忘症の側では「記憶の困難」に限定されている点に注意してください。

家族への説明では、こう伝えられます。──「病気としての認知症ではありませんが、年齢に伴う物忘れとして、記録に残る形で確認されました。これからも同じ目で見ていきます」。「異常なし」ではなく「加齢の範囲として確認された」と伝えることで、観察を続ける根拠が共有できます。

7-2. 認知症の重症度 ― 軽度・中等度・重度

認知症は、その時点で介護にどれだけの手がかかるか、本人がどこまで自立した生活を送れているかによって、3段階で表されます。ICD-11では以下のコードで記載されます。

たとえばアルツハイマー型認知症の中等度の場合、6D80&XS0Tというようにアンパサンド(&)で連結して記載されます。職員がこれらのコードを日常で使うことはありませんが、医療機関からの診断書にこの形で書かれていることがあります。

重症度ごとの特徴を、一般高齢者と知的発達症の方の両方の視点で整理します。なお、CDDRは重症度を、神経認知および機能の障害の程度と、日常生活動作における自立の能力に応じて、「客観的な臨床診察と、十分な接触のある情報提供者(家族や介護者など)から提供された情報に基づいて」評定するとしています(CDDR p.634)。ここでも、職員の情報が評定の材料になります。

表9-5 認知症の重症度。「一般高齢者の典型像」の列はCDDR pp.634–635 の記述にもとづきます。「知的発達症の方で現れやすい姿」の列に対応する記述はCDDRにはなく、当法人の臨床経験にもとづく本マニュアル独自の整理です。診断・重症度の判定は医師が行います。この表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。
段階 一般高齢者の典型像 知的発達症の方で現れやすい姿
(本マニュアル独自)
軽度
XS5W
複雑な判断や計算は難しくなるが、基本的な日常生活は自立。買い物・金銭管理で混乱が出る(お釣りの計算、支払いなど)。よく知らない人には障害があると気づかれないこともある。見守りがあれば一人暮らしも何とか可能。 これまで自分でできていた日課(特定の作業、着替え、食事、入浴の一部)が部分的に崩れ始める。自分の部屋のドアを間違える・食堂への道順で迷うなどの空間認識の低下が早期のサインとして現れやすい。親しい職員の顔はまだわかる。
中等度
XS0T
家の外では支援が必要になり、家事も単純なものだけになる。着替えや身だしなみなど基本的な日常生活動作に困難が出る。物忘れが目立つ。家の中でも混乱しやすい。呼びかけ・しがみつき・徘徊・睡眠の乱れ・幻覚といった行動の変化を伴うことがある。まわりの誰の目にも明らかな段階 食事・着替え・入浴のすべてに何らかの介助が必要。顔なじみの職員と初対面の人を混同する。言葉による意思疎通が減る。夜間の徘徊・不穏が出る。中等度の後半から、排泄の失敗が増えてくることがあります。
重度
XS25
ほぼ全面的な介護が必要。入浴・排泄・食事といった基本的な身の回りのことは、すべて他者に依存する。時間と場所の見当識はほぼ失われ、判断はできない。周囲で起きていることの理解も難しくなる。この段階で尿失禁・便失禁が現れうる(CDDR p.635)。 日常生活のすべてに全面介助。食事は介助で一口ずつ、嚥下困難が出始める。尿便失禁が恒常化する。発語がほぼなくなる、あるいは単音のみ。痰の吸引・誤嚥性肺炎予防など医療的ケアの比重が増す。
失禁が出たら、まず「これは何段階目か」ではなく「他に原因はないか」

CDDRが尿便失禁を「出現しうる」と記しているのは重度の段階です(CDDR p.635)。したがって、軽度〜中等度と評価されている方に新たな失禁が出たときは、認知症の進行と決めつけないでください。尿路感染症、便秘・宿便、前立腺の問題、薬剤(利尿薬・眠剤)、トイレまでの動線や衣服の問題、せん妄など、他の説明がつくことがしばしばあります。いずれも対処できるものです。排泄の変化については第2章もあわせてご覧ください。

重症度は進行する ― 「今のこの方」ではなく「数年後のこの方」も見据える

認知症の多くは進行性です。軽度の段階で気づき、次に中等度、数年後に重度へと段階が進んでいきます。したがって施設側は、「現在のこの方」だけを見て支援を組み立てるのではなく、「この方は今後さらに変わっていく」という前提で、環境の連続性・顔なじみの関係の維持・日課のリズムの保持を早くから意識することが重要です。

7-3. 環境の連続性 ― 認知症の進行への備え

認知症の方は、新しいことを学ぶ力が弱っていきます。新しい場所、新しい人、新しい手順を記憶することが困難になるため、馴染みのある環境の連続性が本人の安心と機能維持の大きな支えになります。

もっと詳しく:重症度評価の実際と経過の記録

ICD-11の重症度コード(XS5W/XS0T/XS25)は、医療機関での評価時に付けられるものですが、一度付けられたら固定ではありません。経過とともに重症度は上がっていくのが通常です。

施設では、医療機関から受け取る診断書の記載の変化を経時的にまとめておくと、本人の進行経過が可視化されます。また、施設側の独自の記録として以下を継続的に残すことも重要です。

  • 食事摂取の形態と量(普通食 → きざみ食 → ペースト食 → 経管など)
  • 移動の手段(自立歩行 → 杖 → 車椅子 → ベッド上)
  • 発語・応答の変化(文での応答 → 単語 → うなずき → 無反応)
  • 夜間睡眠と日中覚醒の状況
  • 薬剤の種類と量の変化

これらの情報は、定期診察時に医療スタッフに提供することで、重症度評価と治療方針の見直しに貢献します。また本人のご家族に対しても、経過を具体的な事実として共有する基礎資料となります。

7-4. その場でどうするか ― 失敗を指摘しないための言い換え

認知症が加わってくると、その方は「できていたことができない」場面に一日に何度も出会います。そのたびに指摘されると、本人の中に「自分はだめになった」という感覚が積み重なります。これは不穏・拒否・引きこもりの、最も大きな原因のひとつです。ここでは、日々の場面での言い方そのものを具体的に示します。

その場でどうするか

利用者が、これまでできていたことに失敗している場面に出会ったとき(着替えの前後が逆、部屋を間違える、同じ話を繰り返す、道具の使い方が分からない、食事の途中で手が止まる)

  1. まず、5秒待つ──手を出す前に、5秒だけ待ってください。時間をかければご自分でできることは、まだたくさん残っています。先回りして手を出すことが、できることを奪います。
  2. 指摘せずに、次の一手だけを渡す──「違いますよ」と言わずに、次にやることを、物で示します。着替えなら、袖口を開いてそっと差し出す。食事なら、スプーンを手に握らせて、器を少し近づける。言葉での訂正より、物の位置を変えるほうが早く伝わります。
  3. さりげなく手を添える──後ろや横から、その方の手の甲に自分の手を軽く重ねて、動きの最初のひと押しだけを手伝います。始まれば、あとはご自分で続けられることが多くあります。正面から取り上げてやってしまわないでください。
  4. 間違いは、黙って直す──前後が逆の服、違う席、他の方のコップ。本人に気づかせずに、通りすがりに直します。直したことを本人に伝える必要はありません。
  5. 部屋を間違えたときは、案内する形にする──「そこは違いますよ」ではなく、「〇〇さん、こちらです。ご一緒しますね」と、道案内として自然に横に立ちます。間違えた事実には触れません。
  6. 成功で終える──その場面の最後は、必ずその方ができたことで締めくくってください。全部介助した場面でも、最後にタオルを畳んでもらう、コップを置いてもらう。そして「助かりました」「ありがとうございます」と、事実として伝えます。ほめるのではなく、役に立ったと伝えるのがこつです。
  7. 記録には、事実だけを書く──「できなくなった」ではなく、「10月15日、上着の前後が逆。声かけせず直す。ご本人は気づかれず」と書きます。解釈を書かないでください。
してはいけないこと
  • 「さっき言いましたよ」と言わない──同じことを何度聞かれても、毎回、初めて聞かれたように答えてください。本人にとっては本当に初めてです。「さっき」と言われても思い出せず、責められた感覚だけが残ります。
  • やり直させない──「もう一度やってみましょう」と失敗をなぞらせないでください。できなかった場面を二度体験させることになります。
  • テストしない──「今日は何日ですか」「わたしの名前わかりますか」と、確かめる質問をしないでください。これは本人にとって、答えられない問題を出されることです。職員が知りたい情報は、日常の様子から書けます。
  • 本人の前で、できなくなったことを話題にしない──申し送り、家族への説明、他の職員との立ち話。「最近この方、着替えもできなくなって」を、本人の聞こえるところで言わないでください。言葉の意味が分からなくても、話し方の調子と視線は伝わります。話すなら、部屋を変えてください。
  • 子ども扱いの言葉を使わない──「おりこうですね」「上手にできまちたね」といった言い方はしないでください。何十年も大人として生きてこられた方です。ふつうの大人に話す言葉で、ゆっくり短く話してください。
  • 「どうしてこんなことするの」と理由を問わない──理由を説明できないことが、症状そのものです。問われると、答えられない自分を責めることになります。
言い換えの実例
場面 言わないほうがよい言葉 言い換え
同じ質問を何度もされる「さっきも言いましたよ」「もうすぐお昼ごはんですよ」(毎回、同じ答えを同じ調子で)
他の方の部屋に入ろうとする「そこは〇〇さんのお部屋です」「〇〇さん、こちらです。ご一緒しますね」
上着の前後が逆「あ、逆ですよ。脱いでください」(黙って肩の位置を直しながら)「今日は少し冷えますね」
食事の途中で手が止まる「食べないんですか。冷めちゃいますよ」(器を少し近づけ、スプーンを手に)「これ、おいしそうですね」
財布がないと訴える「なくしてないですよ、探してみて」「大事なものですものね。一緒に探しましょう」
作業の手順が分からなくなる「いつもやってるでしょう」(次に使う物を目の前に置いて)「次はこれですね」
帰りたいと言われる「ここがお家ですよ」「お家のこと、気になりますよね」+お茶に誘う
介助が必要になった場面「わたしがやりますね」(全部やる)「ここ、持っていてもらえますか」+最後に「助かりました」

右の欄に共通しているのは、「事実の訂正をあきらめ、その方の感情のほうに応じている」ことです。事実を正すことに支援上の利益はほとんどありません。安心して次の行動に移れることに、利益があります。

8. 原因別の認知症

本節の目的

認知症には原因となる脳の病気がさまざまあり、それぞれに進行の速さ、現れる症状、対応の要点が異なります。本節では、施設で遭遇しうる代表的な原因別の認知症を概観します。職員が診断するためではなく、「原因によって経過も対応も違う」という感覚を身につけるためです。特に治療で改善可能なものを見逃さない視点を強調します。

8-1. アルツハイマー病による認知症(6D80

最も頻度が高い認知症で、高齢者の認知症の半数以上を占めます。

診断書に「混合型」と書かれてきたら ― 6D80.2 / 6D80.3

高齢の入所者では、アルツハイマー病の変化と脳血管の変化が両方そろっていることが、当法人の経験ではしばしばあります(有病率としてどの程度かはCDDRには書かれていません)。ICD-11には、これを表すコードが用意されています。CDDRは 6D80.2 の要件を、認知症の症状が併存する脳血管疾患に部分的に関連していると見えることと定めています(CDDR p.623)。

──①「アルツハイマーなのか脳血管性なのか、どちらか一つに決まるはず」と考えないこと。②混合型と書かれていたら、血圧・血糖・脂質の管理など内科的な管理の重みが増したと理解してください(この点はCDDRの記載ではなく、本マニュアルによる補足です)。

「自分の部屋のドアを間違える」を入り口の指標に

当法人の知的障害児者施設は基本的に個室対応になっており、一人ひとりに「自分の部屋」があるという前提で生活が組み立てられています。この環境は、アルツハイマー病の初期を捉えるうえで大きな強みになります。

アルツハイマー病についてCDDRが典型的な最初期の徴候として挙げているのは、緩徐な発症、進行する記憶の問題、語想起の困難、軽度の機能障害の4点です(CDDR p.622)。なお、海馬のまわりの障害から空間認識能力の低下が早期に現れうる、という説明は、CDDRの記載ではなく本マニュアルによる補足です。以下の「部屋のドアを間違える」という指標は、CDDRにある記述ではなく、本マニュアルが臨床経験から整理したものです。一般高齢者向けの認知機能検査では「日付がわからない」「単語を覚えていない」などを問いますが、これらは言語による問答を必要とするため、知的発達症の方には使えません。一方、「自分の部屋のドアを間違える」「他の方の部屋に入ってしまう」「食堂から自室に戻れない」といった行動は、言語によらない直接的な徴候です。職員が毎日の生活の中で自然に観察できる、最も実践的な指標の一つといえます。

「あの方、最近、部屋を間違えることが増えていませんか」という職員間の会話が、認知症の気づきの入り口になりえます。

8-2. 脳血管性認知症(6D81

脳梗塞や脳出血、目に見えないほど小さな血管病変の積み重ねによって生じる認知症です。

8-3. レビー小体病による認知症(6D82

アルツハイマー病に次いで頻度の高い認知症です。

ICD-11では、この4つ(幻視/エピソード的に生じる混乱=しっかりしている時間とぼんやりする時間の波/REM睡眠行動障害/パーキンソン症状)のうち2つ以上がそろっていることが診断の条件です(CDDR p.624)。1つだけなら他の原因も考えられますが、2つ以上重なったら「レビー小体病の可能性」として医療職に必ず伝えてください。

レビー小体病と抗精神病薬 ― 重大な薬剤感受性

レビー小体病の方は抗精神病薬に対する感受性が極めて高いという特徴があります。BPSDへの対応として抗精神病薬(ハロペリドール、リスペリドンなど)を投与すると、ごく少量でも著しいパーキンソン症状の悪化、意識レベルの低下、嚥下障害、時には重篤な全身状態の悪化が起こりえます。幻視・不穏が見られる利用者では、BPSDとして薬物対応する前に、まずレビー小体病の可能性を医療スタッフと共有し、薬剤選択・用量を慎重に判断することが大切です。

8-4. 前頭側頭型認知症(6D83

前頭葉・側頭葉の萎縮による認知症で、記憶よりも先に性格・行動・言語が崩れるという他の認知症とは異なる経過をとります。比較的若年(50-60代)で発症することが多いのも特徴です。

CDDRは、前頭側頭型認知症の変異型として次の3つを挙げています(CDDR p.625。原文は「変異型には〜が含まれる」という書き方で、この3つに限る排他的な分類ではありません)。最初にどの症状から始まったかで見分けます。

変異型 最初に現れるもの 職員が観察できるサイン
行動変異型 人格の変化。しばしばアパシー(無関心)を伴い、社会的にふさわしくない行動が進行していく。認知機能は初期には保たれることがあり、のちに実行機能(計画を立てる、問題を解決する)の障害が加わる。記憶は比較的保たれる。 社会的ルールの崩れ、脱抑制(人前での不適切な行動)、無関心、食行動の変化(甘い物への強いこだわり、詰め込み食べ)
原発性進行性失語 言語の障害が先に進み、初期には他の認知機能の障害を伴わない。CDDRは3つの下位型を挙げています。──ロゴペニック型(語を見つけられない)、意味型(語の意味が分からなくなる)、非文法型(語を作り出せない、文法が崩れる)。 「あれ」「これ」が急に増える/「鉛筆」と言われても何のことか分からない/話し出しにくい、文が短く崩れる
運動型
(motoric variant)
運動機能の障害が進行していく型。認知面では注意・実行機能・視空間の障害を伴うことが多く、記憶は比較的保たれる。含まれるのは進行性核上性麻痺(バランスが悪い、転倒を繰り返す、目の動きの制限による見えにくさ)、大脳皮質基底核変性症(片方の手足が思うように使えない、つまずく、こわばり、ジストニア)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)(筋力低下、筋のやせ、筋のぴくつき、つっぱり)。 転倒が急に増えた/つまずきが増えた/片手だけ使いにくい/手足がこわばる/飲み込みにくい/声が出にくい
転倒が増えた方で、運動型を思い出してください

施設で「最近よく転ぶ」という相談が出たとき、まず思い浮かぶのは筋力低下・薬剤・パーキンソン症状でしょう。しかしCDDRは、前頭側頭型認知症の運動型に、進行性核上性麻痺(バランス不良、転倒の頻発、目の動きの制限)を明記しています(CDDR p.625)。

職員として区別してほしいのは、「転び方」です。──つまずいて前に転ぶのではなく、後ろ向きにすとんと倒れる下を見るのが苦手で、足元の段差につまずく転倒に対して本人が驚かない、危険を予測しない。こうした様子があれば、「転倒が増えた」だけでなく、どう転ぶかを具体的に書いて医療者に伝えてください。単なる筋力低下との区別につながります。

前頭側頭型と知的発達症・ASDの特性の見分け

前頭側頭型認知症の行動変異型は、知的発達症や自閉スペクトラム症の行動特性と表面的に似ることがあります。両者を分ける決定的な点は「いつから出現したか」です。

「以前はこうではなかったのに、最近変わってきた」という時間軸の観察が、この鑑別の鍵になります。これもまた、本章を貫く「ベースラインからの変化」の枠組みに従う観察です。

8-5. 薬剤・物質による認知症(6D84) ― 治療可能性に注目

施設の利用者で特に注意が必要な原因です。薬剤を調整すれば改善する可能性があるため、見落としを避けたい類型です。

薬を「減らすと良くなる」認知症がある

知的発達症の方は、若い頃から長期にわたって向精神薬を服用していることが少なくありません。その方が高齢期に入り、認知機能の低下が疑われたとき、もし薬剤性の要素が混じっていれば、慎重に薬を減らすことで本人の認知機能が回復することがあります。職員として「この方、薬が多すぎるのではないか」という気づきは、医療スタッフに相談する価値の高い観察です。ただし急な中止は離脱症状を起こすため、必ず医療判断のもとで漸減します。

8-6. その他の疾患による認知症(6D85

ICD-11は、他の疾患による認知症として6D85.06D85.Yの11のコードを挙げています(CDDR p.626)。ただし、施設職員にとって重要なのは、その全部を覚えることではありません。「気づいて医療につなげば、大きく戻る可能性があるもの」を見逃さないことの一点です。ここでは、それだけを表にします。

原因 コード 気づくきっかけ(職員が見る所見) つないだ先で起こりうること
正常圧水頭症 6D85.6 歩行の障害+尿失禁+認知低下の3つがそろう。CDDRは、処理速度の低下と実行機能・注意の障害に、歩行異常と尿失禁が伴うのが典型としています(CDDR p.631)。すり足で足が上がらない歩き方が特徴です。 髄液を逃がす手術(シャント)で改善しうる。とくに早期に行った場合。見逃し厳禁。
頭部外傷後
(慢性硬膜下血腫)
6D85.7 転倒・頭部打撲の既往があり、その後しばらく(1〜3か月)してから認知低下・傾眠・歩行の悪化が進んだ。打った直後は何ともなかった、という経過が典型です。 血腫があれば手術で改善する。
ペラグラ
(ビタミンB3欠乏)
6D85.8 偏食・吸収不良・一部の薬剤が背景。CDDRは中核所見として皮膚の変化(日光過敏、皮膚病変、脱毛、むくみ)と下痢を挙げ、栄養欠乏が長期化すると攻撃性、運動の障害(失調やそわそわ)、混乱、脱力が現れうるとしています(CDDR p.632)。 栄養の補充(ナイアシン)で通常は症状が回復する。
重金属・毒物 6D85.2 鉛・水銀・マンガンなどへの曝露。急な曝露では進行が速いことがあります。 曝露を絶てば、症状が戻る場合がある(CDDR p.628)。
薬剤による認知症 6D84 前述8-5のとおり。向精神薬の長期使用、抗コリン作用のある薬の重なり。 医師の判断による慎重な減薬で回復しうる。
「認知症だから仕方がない」と決める前に

上の5つに加えて、甲状腺機能低下症(寒がり、むくみ、動作の緩慢、倦怠感を伴う認知低下)とビタミンB12欠乏も、認知症とよく似た像を示し、治療で改善しうるものです。これらはICD-11では認知症のコードではなく内分泌・栄養の疾患として扱われますが、現場で見るべきポイントは同じです。

そしてせん妄(4節)と睡眠の問題3-3節の囲み)と抑うつ(次の囲み)。認知症に見えるもののうち、戻せるものはこれだけあります。「年だから」「知的障害があるから」で止めないでください。

もっと詳しく:6D85のその他の原因疾患(診断書にこれらの名前を見たとき)

施設で遭遇する頻度は高くありませんが、診断書に記載されていたときのために概略を挙げます。いずれも職員の対応が変わるわけではなく、支援の基本(ベースラインの観察・環境の連続性・身体的不快の除去)は同じです。

  • Parkinson病による認知症(6D85.0:パーキンソン症状が先行し、1年以上あとから認知低下が加わる。注意・記憶・実行機能・視空間の障害が中心。感情の変化、アパシー、幻覚を伴うことがある(CDDR p.627)。
  • Huntington病による認知症(6D85.1:HTT遺伝子のトリヌクレオチド反復伸長により、常染色体顕性(優性)で伝わる。発症は潜行性で、CDDRは「人生の第3・第4の10年(おおむね20代〜30代)」が典型としており、進行は緩徐でゆっくりです。初期は実行機能の障害が中心で記憶は比較的保たれ、そのあとに動作の緩慢と舞踏運動が現れる(CDDR pp.627–628)。
  • HIVによる認知症(6D85.3:障害のパターンはHIVの病理過程が起きた部位によってさまざまでありうるが、典型的には実行機能・処理速度・注意・新しいことの学習に障害が出る皮質下型をとる。抗レトロウイルス薬の登場により、急速な低下は稀になっている(CDDR p.629)。
  • 多発性硬化症による認知症(6D85.4:脱髄の場所により症状は異なるが、処理速度・記憶・注意・実行機能の障害が典型。経過は原疾患に沿って階段状に進むことがある(CDDR p.629)。
  • プリオン病による認知症(6D85.5:クロイツフェルト・ヤコブ病など。発症は潜行性だが進行は急速で、ミオクローヌス(体のぴくつき)、失調、舞踏運動やジストニアなどの運動症状を伴う(CDDR p.630)。数か月で急激に悪化する認知症を見たら、必ず医療につないでください。
  • Down症候群による認知症(6D85.9:次節(9節)で独立に解説します。
  • 6D85.Y6D8Y6D8Z:上記のどれにも当てはまらない場合、原因が特定できるが該当コードがない場合、原因が不明な場合に使われます。
認知症のように見えて、抑うつであることがあります

これはCDDRが両方向から明記している境界です。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。知的発達症の方では、うつ状態そのものが言葉になりにくく、見分けはいっそう難しくなります。「急に食べなくなった」「活動に参加しなくなった」「反応が鈍くなった」──こうした変化を認知症の始まりと決める前に、抑うつの可能性を必ず並べてください。詳しくは第11章 気分症群をご覧ください。

職員が記録で区別に貢献できるのは、「いつから」と「どのくらいの速さで」の2点です(なお、「数週〜数か月なら抑うつ、数年なら認知症」という具体的な期間の目安は、CDDRの記載ではなく本マニュアルによる整理です)。

もっと詳しく:「偽認知症」という言葉について

抑うつによる認知機能の低下は、古くから偽認知症(pseudodementia)と呼ばれてきました。ICD-11/CDDRにはこの用語は登場せず、「抑うつエピソードに伴う認知症状」として記述されます。古い診断書や文献でこの語を見かけたときは、同じ状態を指していると理解してください。

臨床的に語られてきた対比は次のようなものです。──抑うつでは、本人に「わからない」「できない」というつらさの自覚があり、罪悪感や自責を訴え、進行が比較的急である。認知症では、本人の自覚が乏しく、作話(実際と違うことを話す)が混じり、進行は緩やかである。ただしこれは目安であり、実際には重なることが多く、職員が見分ける必要はありません。事実と時期を記録して、医療者に判断してもらってください。

9. Down症候群による認知症(6D85.9

本節の要点

Down症候群の方には、早い時期からアルツハイマー型の認知症が現れてくることがよく知られています。CDDRは、「Down症候群による認知症は、Down症候群のある人の約50%以上に生じ、典型的には人生の第4の10年を過ぎてから(おおむね40歳を過ぎてから)出現する」と述べています(CDDR p.619)。年齢の進んだDown症候群の利用者については、「認知症が併存してくる」という前提で支援を組み立てていくのが現実的です。

そしてCDDRは、知的発達症のある成人の一部は認知症の発症リスクがより高く、より早いと述べたうえで、その例として次のように記しています。──「例えば、ダウン症候群のある人が適応行動機能の著明な低下を示した場合は、認知症の出現について評価されるべきである」(CDDR p.621)。「評価されるべきである」という言い方は原文どおりで、本節の内容はまさにこの評価にあたります。3節の囲みもあわせてお読みください。

9-1. Down症候群の方にアルツハイマー病が加わりやすい理由

Down症候群は21番染色体が1本多い(トリソミー21)ことによる先天性の疾患です。CDDRは、その仕組みをこう説明しています。──アミロイド前駆体タンパク質(APP)の遺伝子は21番染色体上にあり、Down症候群ではこの染色体が3本になっているため、APPの発現が増加します。その結果、APPの産生と蓄積が異常に増え、ベータアミロイド斑とタウのもつれが形成されます(CDDR pp.632–633)。神経認知の障害と脳の病理は、アルツハイマー病で見られるものと同様とされています。

医療の進歩により、Down症候群の方の寿命は大きく延びました。これは同時に、認知症と向き合う時間が生涯のかなりの部分を占めることを意味します。CDDRは、Down症候群による認知症はDown症候群のある人の50%以上に及びうる(may affect)とし、発症は典型的には人生の第4の10年を過ぎてから(おおむね40歳を過ぎてから)で、しばしば機能の緩やかな低下を伴うとしています(CDDR p.633)。なお、頻度の書き方はp.619では「約50%以上に生じる」、p.633では「50%以上に及びうる」と強度が異なります。いずれにせよ「必ず起きる」ではなく、また「まれ」でもない、という受け止め方をしてください。

9-2. Down症候群の方の認知症の現れ方 ― 性格と行動の変化が先行

興味深いのは、Down症候群の方の認知症は、一般のアルツハイマー病と少し異なり、記憶障害よりも先に「性格と行動の変化」が現れる傾向があることです。

その後、日常生活動作の崩れ、尿便失禁、嚥下困難、歩行障害などが加わっていきます。

Down症候群の方では若いうちから「ベースライン」を記録しておく

Down症候群の方の認知症併存を早期に捉えるには、若いうち(20-30代)からの詳細なベースライン記録が決定的に重要です。以下を施設の記録として整えておくことをお勧めします。

これらは、10年後、20年後にその方の変化を捉えるための、唯一の基準点となります。

9-3. 支援の要点 ― 「早めの準備」が鍵

Down症候群の方が40歳を超えたあたりから、施設側はおおよそ次のような備えを意識し始めます。

10. 認知症に伴う行動・心理症状(BPSD、6D86

本節の要点

認知症の方には、認知機能の低下そのもの以外にも、行動や心の面でさまざまな症状が現れます。これらは総じてBPSD(behavioural and psychological symptoms of dementia、認知症の行動・心理症状)と呼ばれます。介護の現場では、認知機能の低下そのものよりも、BPSDへの対応が大きな課題になることが多くあります。知的発達症の方ではもともとの行動特性とBPSDの見分けが特に難しく、ていねいな観察が要となります。

10-1. BPSDの特定用語(specifier)― 介入の的になっている症状を、複数でも付記できる

ICD-11では、認知症の診断コードに、行動・心理面の特定用語(specifier)を添えて記載できます。ここで大切なのは、使い方の条件です。CDDRは次のように定めています(CDDR pp.618, 635)。

この一覧は、今、何に手を打とうとしているかの見出しとして使ってください。症状が落ち着けば外れますし、新たに問題が出れば足されます。

表9-8 認知症における行動・心理面の特定用語(CDDR pp.635–636)。診断・コードの付与は医師が行います。この表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。
コード CDDRの記述 施設で観察される形
6D86.0認知症における精神症症状:臨床的に意義のある妄想または幻覚「物を盗られた」と訴える、いない人が見える・聞こえる、鏡の中の人に話しかける
6D86.1認知症における気分症状:抑うつ気分、高揚気分、易刺激的な気分沈んで動かない、涙が増える、些細なことで怒る、日によって気分が大きく振れる
6D86.2認知症における不安症状:不安または心配落ち着かない、職員についていきたがる、一人でいられない、同じ心配を繰り返し訴える
6D86.3認知症におけるアパシー:無関心または興味の欠如何にも興味を示さない、発語が減る、好きだった活動に出てこない(10-2節)
6D86.4認知症における焦燥または攻撃性:臨床的に意義のある、緊張の増大を伴う過剰な精神運動活動、および/または敵意ある・暴力的な行動。「落ち着かない」だけでは足りず、緊張の高まりを伴うことが条件です落ち着かず歩き回る、叫ぶ、介助を強く拒否する、手を上げる、物を投げる
6D86.5認知症における脱抑制:臨床的に意義のある抑制の欠如で、社会的慣習の無視、衝動性、危険の見積もりの甘さとして現れるもの人前での不適切な言動、順番や場をわきまえない行動、危ないと分からずに階段や道路に出る、初対面の人に距離を詰める
6D86.6認知症における徘徊:臨床的に意義のある徘徊で、本人を危害の危険にさらすもの。歩き回ること自体ではなく、危険にさらされているかどうかが条件です施設から出ていこうとする、帰宅を求めて出口を探す、夜間に外へ向かう(10-5節)
6D86.Y認知症における他の特定される行動・心理面の障害上記に当てはまらないが介入が必要なほど重い症状。たとえば食べ物でないものを口に入れる、睡眠覚醒の大きな乱れ、性的に不適切な行動など
6D86.Z認知症における行動・心理面の障害、特定不能行動・心理面の問題があるが、どれと特定できない場合
脱抑制(6D86.5)の定義について、CDDRが述べていること

CDDRは、脱抑制を「臨床的に意義のある抑制の欠如で、社会的慣習の無視、衝動性、危険の見積もりの甘さとして現れるもの」と定めています(CDDR p.636)。異食(食べ物でないものを口に入れる)は、この記述には挙げられていません。「社会的慣習の無視・衝動性・危険の見積もりの甘さ」は、定義そのものではなく、抑制の欠如が現れる形として挙げられているものです。介入が必要なほど重い異食があるなら、6D86.Y(他の特定される行動・心理面の障害)で記述されます。

なお、前頭側頭型認知症では食行動の変化(甘い物への強いこだわり、詰め込み食べ、口に入れようとする傾向)が起こりますが、これは脱抑制とは別に、その疾患の特徴として記述されるものです。異食そのものへの対応は第8章 食行動症または摂食症群をご覧ください。

10-2. とくに見落とされやすいBPSD ― アパシー

BPSDというと、叫ぶ・暴れる・徘徊するといった目立つ症状に注意が向きがちです。しかし実は、施設で最も見落とされやすく、最も本人のQOLを損なっているのはアパシー(無気力)です。

「おとなしくなった」「手がかからなくなった」という表現でしばしば肯定的に捉えられがちですが、本人の中では興味・喜び・人との関わりが失われていく深刻な状態です。気分症状(抑うつ)と重なることも多く、言葉にならない苦痛として本人を覆います。

「静かになった」を警戒する

手のかからない利用者が、ある時期から急に「静かになった」「大人しくなった」と感じたら、介護の観点では好ましい変化に見えるかもしれませんが、その背景にアパシー・抑うつ・身体疾患・認知低下が隠れている可能性を考えてください。長年のにぎやかさが失われることは、必ずしも「落ち着いた」を意味しません。

10-3. 知的発達症の方のBPSD ― もとからの行動特性との見分け

自閉スペクトラム症や知的発達症の方には、もともと以下のような行動特性があることが多くあります。

これらは、その方の発達期からの特性であって、BPSDではありません。両者を見分けるポイントは以下です。

もとからの行動特性 発達期からずっとあるもの ・パターンが長年一貫している ・生涯にわたって持続 ・急な変化や崩れはない → BPSDではない BPSD 加齢とともに新たに出現 ・以前はなかった行動 ・他の変化と時期が重なる ・もとのパターンが崩れている → BPSDの可能性
図9-5 もとからの行動特性とBPSDの見分け
「以前からずっとあるか」「最近新たに出てきたか」という時間軸が決定的な鍵になります。

また、第7章 強迫症または関連症群で扱った反復行動や、第12章 カタトニアでも、同じような表面像を示すことがあります。とくに、動かなくなった・反応が減った・食べなくなったという変化は、認知症の進行、抑うつ、低活動型せん妄、カタトニアのいずれでも起こりえます。鑑別が難しいときは、必ず医療スタッフに情報提供してください。

10-4. BPSD対応の基本 ― まず環境と関わり、薬は最後の手段

BPSDへの対応の第一選択は非薬物的対応です。薬物療法は、本人と周囲の安全を守るためにやむを得ない場合の選択肢であり、最初から薬ではありません。

非薬物的対応の基本
BPSD対応での抗精神病薬 ― 慎重な判断を

BPSDの焦燥・攻撃性に対して抗精神病薬(リスペリドン、ハロペリドールなど)が使われることがあります。有効な場合もありますが、以下のリスクがあります。

※最後の点の出典:米国FDAは2005年、認知症に関連する精神症状のある高齢者に非定型抗精神病薬を用いた場合に死亡率が上昇するとして枠組み警告(boxed warning)を出し、2008年にはこれを定型抗精神病薬にも拡大しました。日本でも、規制当局から同様の注意喚起が行われています。具体的な数値は状況によって異なるため、ここでは挙げません。

職員としては、「まず環境と関わりで対応し、それでも困難な場合に医療相談」という順序を意識することが大切です。処方された場合も、副作用の観察(転倒、歩行の変化、傾眠、嚥下の低下)を続け、変化を医療スタッフと共有します。

10-5. その場でどうするか ― 帰宅願望・混乱への対応

「家に帰る」「もう帰らせてください」「母が待っている」──認知症が加わってくると、こうした訴えが繰り返されます。ここで職員が最も迷うのは、「話を合わせてよいのか、事実を伝えるべきか」という点です。結論から言えば、事実の訂正は目的にしません。目的は、その方が安心して次の時間に移れることです。

その場でどうするか

利用者が「家に帰る」と訴えている、荷物をまとめている、出口に向かっている、あるいは今いる場所が分からず混乱しているとき

  1. まず、出口の安全を先に確保する──話しかけるより先に、その方と外の出口のあいだに、自然に自分の体を置きます。走って回り込んだり、腕をつかんで止めたりしないでください。並んで歩けば、方向は変えられます。一人で対応できない場所なら、その場で他の職員を呼んでください。
  2. 横に並んで、同じ方向を向く──正面に立って向き合うと、対決の姿勢になります。横に並び、その方の歩く速さに合わせて歩いてください。「〇〇さん、ご一緒しますね」と声をかけます。
  3. 訴えを否定せず、そのまま受けとめる──「お家に帰りたいんですね」「お母さんのこと、気になりますよね」と、本人の言葉をそのまま返します。ここで大事なのは、「帰れます」とも「帰れません」とも言わないことです。約束もせず、否定もしません。
  4. 感情のほうに応じる──帰宅願望の中身は、「ここは自分の居場所ではない」という不安であることがほとんどです。事実の説明ではなく、その不安に応じてください。「ここにいてくださって、助かっています」「〇〇さんがいてくださると心強いです」。役割と居場所を渡す言葉が効きます。
  5. 身体と環境を確かめる──帰宅願望が出る時間帯には、しばしば理由があります。トイレに行きたい/お腹がすいた/寒い・暑い/うるさい/夕方で暗くなった/痛いところがある。とくに夕方から夜にかけて強まる場合は、照明を早めに点け、テレビを消し、静かな場所へ移ってください。
  6. 別の活動へ、自然に移す──「帰るのはやめましょう」ではなく、次の行動に誘います。「その前にお茶を一杯どうですか」「これ、手伝っていただけますか」「一緒に歩きましょうか」。手を動かす作業(洗濯物をたたむ、花に水をやる、テーブルを拭く)は、とくに切り替えの助けになります。
  7. 外に出ようとするときは、止めずに付き添う──玄関を出てしまった場合、制止より同行を優先します。「わたしもご一緒します」と横につき、数分歩いてから「少し寒くなってきましたね、戻りましょうか」と自然に向きを変えます。一人で外に出さないことが最優先です。同時に、他の職員に居場所を伝えてください。
  8. 記録する──①時刻、②その前に何があったか(面会、電話、行事、職員の交代、入浴など)、③本人の言葉、④どう対応して、何で落ち着いたか。この4点目が最も重要です。「何で落ち着いたか」の蓄積が、次の職員を助けます。「徘徊」とは書かず、何をしていたかを書いてください。
  9. 繰り返されるなら、チームの課題にする──同じ時間帯に繰り返すなら、それは個々の職員の対応力の問題ではありません。ケース会議で、①出やすい時間帯、②きっかけ、③効いた対応、④日課の組み替え、⑤出口の安全を共有し、対応をそろえてください。職員によって言うことが違うことが、最も本人を混乱させます。
してはいけないこと
  • 訂正しない──「ここがお家ですよ」「お母様は亡くなられましたよ」と事実を突きつけないでください。本人にとっては初めて聞く知らせであり、そのたびに新しい悲しみが生まれます。そして数分後には忘れられ、また同じ悲しみが繰り返されます。
  • できない約束をしない──「明日、帰りましょうね」「お迎えが来ますよ」と、実現しない見通しを言わないでください。その場は収まりますが、翌日には裏切られた体験になり、職員への信頼が失われます。「話を合わせる」ことと「嘘の約束をする」ことは別です。感情に合わせるのは支援ですが、事実でない予定を告げるのは支援ではありません。
  • 説得しない──理由を並べて納得させようとしないでください。理屈を追う力が落ちているので、伝わるのは「否定されている」という感触だけです。
  • 力で止めない──腕をつかむ、前に立ちふさがる、後ろから抱きとめる。これらは恐怖と抵抗を生み、けがにつながります。やむを得ず身体に触れる場面は、必ず複数の職員で、管理者の判断のもとで行ってください。
  • 一人で対応し続けない──玄関で押し問答が始まったら、その時点で応援を呼んでください。職員が交代するだけで、場面が切り替わって収まることがよくあります。
  • 記録に「徘徊」「問題行動」と書かない──何をしていたかが分からなくなります。「16時40分、荷物を持って玄関へ。『母が待っている』と発言。一緒に中庭を10分歩き、その後お茶を飲まれて居室へ」と書いてください。
  • 急に始まった場合に、BPSDと決めつけない──数日のうちに新しく出てきた混乱は、まずせん妄を疑ってください4-7節)。発熱・便秘・尿閉・薬の変更を確認してください。

11. 職員の日常観察と医療連携 ― 本章のまとめ

本節の要点

本章を通して繰り返し述べてきたことを、ここで実務的な形に整理します。職員の日々の観察を具体的な記録に翻訳し、適切なタイミングで、適切な医療者に、適切な情報として伝える ― この一連のつながりが、利用者の認知機能低下を早期に捉え、可能な対応へとつなげていく道筋です。

11-1. 観察を記録にする ― 具体的な事実として残す

「最近元気がない」「なんとなく違う」という職員の直感は、重要な一次情報です。しかしそのままでは医療連携の場面で使いにくいので、具体的な事実に翻訳していきます。

記録を「使える情報」にするための4つのコツ
  1. 具体的な事実で書く:「食欲がない」→「10月15日の夕食、主食半分、副菜は手つかず」
  2. 日付と時間を残す:「最近」「この前」ではなく「10月15日の朝食から」
  3. 頻度と持続を書く:「時々」ではなく「週3回程度、過去1ヶ月」
  4. 比較の基準を書く:「普段はお代わりをされる方だが、先月から最初の1杯を半分残されるようになった」のように、ベースラインとの対比を書く

11-2. 医療スタッフに伝える ― 話し方のテンプレート

診察の機会や嘱託医への報告で、何を話すかの基本形があります。以下の順で組み立てると、限られた時間の中でも核心が伝わります。

  1. 主訴:「この方に、最近こういう変化が出ています」(一言で)
  2. 時間経過:「○月頃から徐々に/○月○日から急に」
  3. 具体的エピソード:「たとえば、先週は〜〜ということがありました」(1〜2個)
  4. 背景の変化:最近の薬剤変更・環境変化・身体症状
  5. 相談事項:「認知症の可能性を検討していただけないでしょうか」「薬剤の影響の可能性はありますか」など、具体的に

11-3. どの医療者にいつつなぐか

状況 つなぐ先 タイミング
急な変化(意識・行動)救急、あるいは嘱託医即時
緩やかな変化が数ヶ月続いているかかりつけ医、嘱託医次回定期診察、あるいは早めに予約
身体疾患の合併が疑われる内科、必要により神経内科気づいてから1週間以内
気分・不安・精神症症状精神科医症状の持続が2週間以上で相談
転倒後の変化脳外科、整形外科即時〜数日以内
薬剤の見直しが必要と感じる処方医次回診察で具体的に相談

11-4. 家族との関係

ご家族は、本人の若い頃・壮年期・中年期を知っておられる、かけがえのない情報源です。また、認知症が進んでいく経過を、家族も一緒に受け止めていく必要があります。

11-5. 本章を閉じるにあたって ― 「その人」を見続けること

認知症が併存してきても、その方がその方であることは変わりません。名前で呼び、目を見て、手を握り、長年その方と関わってきた関係性を保つ ― これらの基本は、言葉が減り、認識が薄れていく中でも、本人に届きます。むしろ、認知機能が失われていく中では、こうした非言語のつながりがいっそうの重みを持ちます。

認知機能の低下は、本人にとっても「以前できていたことができない」という深い苦痛を伴います。それは、本人から見れば自分自身の一部が失われていく体験です。この苦痛に寄り添い、安心と尊厳を保てる環境を用意することが、職員の仕事の根幹です。ICD-11という国際的な共通言語は、そのために使う道具であって、目的ではありません。

この章のまとめ

知的発達症をもつ利用者の高齢化に伴い、アルツハイマー病などの神経認知障害が併存してくる方が増えてきています。一般向けの認知症スクリーニング検査は役に立たず、職員による「ベースラインからの変化」の観察こそが、唯一の信頼できる手がかりです。急な変化はせん妄(医療的緊急事態)を、緩やかな変化は認知症を疑います。対応の中心は非薬物的な関わりであり、環境の連続性・日課の維持・身体的不快の除去・穏やかな関わりが鍵となります。

本章を通じて強調したのは、施設職員こそが最も重要な観察者であるということです。何年、時には何十年にわたって本人と関わってきた職員の「いつもと違う」という気づきに、代わるものはありません。その気づきを具体的な事実として記録し、適切な医療者に伝えること ― これが、神経認知障害の早期発見と適切な介入を可能にします。

本章の記述は、WHO『Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural and Neurodevelopmental Disorders』(CDDR, Geneva: WHO, 2024)と照合し、有病率などの数値を含め、CDDRの記載に統一しています(2026年8月改訂)。CDDRの日本語版が刊行され、日本国内の数値が示された際には、あらためて追記する予定です。