第10章 睡眠覚醒障害群

「眠れない」「日中眠そう」の背景にあるものを読み解く

コア層 約10分/全層 約25分
この章で学ぶこと

睡眠の問題は、知的発達症の利用者、児童養護施設の子どもたち、そして高齢化が進む施設利用者において、職員がきわめて頻繁に遭遇する事象です。しかし、その背景は単純ではありません。本章では、ICD-11 第7章「睡眠覚醒障害群」の枠組みを概観し、施設職員が現場で出会う代表的な睡眠の問題――不眠(7A0x)、閉塞性睡眠時無呼吸(7A41)、むずむず脚症候群(7A80)、悪夢・夜驚症・夢遊病・REM睡眠行動障害(7B0x)――の臨床的特徴と、観察すべきサインを解説します。とりわけ、知的発達症の利用者では睡眠障害が言葉にできない苦痛として現れやすく、児童養護施設では悪夢や夜驚がトラウマ反応の一つの表現となりうることを強調します。

1. 睡眠覚醒障害群とは何か

睡眠は単なる「身体の休息」ではなく、学習・記憶の固定、免疫機能、代謝の再生、感情調整など、生命活動の多くの側面を支える基盤的なプロセスです。慢性的な睡眠の障害は、抑うつ、物質乱用、高血圧、心血管疾患、肥満、内分泌・免疫機能の変化、そして長期的には死亡率の上昇とも関連することが知られています。施設で支援する利用者の多くは、何らかの形で睡眠の問題を抱えており、それは本人の苦痛であると同時に、日中の支援の質や安全にも直接的に影響を及ぼします。

ICD-11 において、睡眠覚醒障害群は第7章として独立した一群を構成します。これは精神疾患(第6章)とも、神経系疾患(第8章)とも別の章に置かれており、施設職員がよく目にする「不眠」や「悪夢」は精神疾患の一部ではなく、独立した医学的領域として扱われるという位置づけです。とはいえ、睡眠の問題は精神疾患と密接に絡み合うため、本マニュアルでは併存症を理解するうえで欠かせない章として独立に解説します。

もっと詳しく:ICD-10 から ICD-11 への大きな変化

ICD-10 では、睡眠の問題は「器質性/非器質性」という二分法に基づいて分類されていました。すなわち、心理的・行動的要因による「非器質性」の不眠・過眠・概日リズム障害・夢遊病・夜驚症・悪夢などは精神疾患の章(F51)に置かれ、睡眠時無呼吸症候群やナルコレプシーなどの「器質性」の障害は神経系疾患の章(G47)に置かれていたのです。

ICD-11 はこの二分法を明確に放棄しました。CDDR の総論にも明記されているように、ほとんどの睡眠覚醒障害は生理学的要因と心理・行動的要因の両方を含む複雑な病態をもつことが現代の睡眠医学によって明らかになっており、「器質性」と「非器質性」を峻別する古い前提はもはや維持できないからです。たとえば夢遊病は、心理的ストレスではなく、深睡眠から覚醒への移行を司る生物学的メカニズムの未成熟が中心的な機序であることが明らかになっています。

その結果 ICD-11 では、睡眠の障害は原因論ではなく現象学的に――すなわち「どのような睡眠の問題が観察されるか」によって――分類されることになりました。これが第7章の枠組みであり、本章で解説する基本構造です。

2. ICD-11 による分類

ICD-11 第7章「睡眠覚醒障害群」は、観察される現象に基づいて以下の大区分を含みます。施設職員がまず把握すべきは、これら六つの大区分があるという全体像です。

ICD-11 第7章 睡眠覚醒障害群の構造 睡眠覚醒障害群 ICD-11 第7章 不眠障害 7A0x 過眠症群 7A2x 睡眠関連呼吸障害 7A4x 概日リズム障害 7A6x 睡眠関連運動障害 7A8x 睡眠時随伴症 7B0x 器質性/非器質性の二分法は廃止され、現象学的に再分類された
図1 ICD-11 における睡眠覚醒障害群の六大区分
大区分 コード 主な内容
不眠障害 7A0x 入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、非回復性睡眠。慢性型(3か月以上)と短期型に分けられる
過眠症群 7A2x ナルコレプシー、特発性過眠症、Kleine-Levin 症候群(周期性過眠)など。日中の過剰な眠気が中核
睡眠関連呼吸障害 7A4x 閉塞性/中枢性睡眠時無呼吸、低換気。施設利用者、特にダウン症の方で重要
概日リズム睡眠覚醒障害 7A6x 位相後退型、位相前進型、不規則型、シフト勤務型、時差型など、社会的時間と内的リズムの不一致
睡眠関連運動障害 7A8x むずむず脚症候群(7A80)、周期性四肢運動障害、ブラキシズム(歯ぎしり)、リズム性運動障害など
睡眠時随伴症 7B0x ノン REM 覚醒障害(夢遊病、夜驚症、混乱性覚醒)、REM 関連随伴症(REM 睡眠行動障害、悪夢障害、反復孤立性睡眠麻痺)
もっと詳しく:睡眠の生理学的な基本構造

睡眠覚醒障害を理解するには、睡眠そのものの基本構造をある程度知っておく必要があります。睡眠はノン REM 睡眠と REM 睡眠の二種類の状態が交互に現れるサイクルから成り立っています。

ノン REM 睡眠(NREM)

  • N1(浅睡眠):覚醒から睡眠への移行段階
  • N2(浅睡眠):全睡眠時間の 55〜60% を占める
  • N3(深睡眠/徐波睡眠):全睡眠時間の 15〜25%。加齢とともに減少。夢遊病・夜驚症はこの段階から発生する

REM 睡眠

  • 全睡眠時間の 20〜25%。「逆説的睡眠」とも呼ばれる
  • 心拍・呼吸・脳血流が増加するが、運動は通常抑制されている
  • 夢の想起が多く、内容は鮮明で感情的
  • 夜の後半(明け方)に増加するため、悪夢は明け方に多い
  • REM 睡眠行動障害では、本来抑制されている運動が現れ、夢の内容に従って動いてしまう

1サイクルは「N1 → N2 → N3 → REM」と進み、夜間に4〜6回繰り返されます。深睡眠は夜の前半に集中し、REM は夜の後半に増えていくという基本パターンを覚えておくと、随伴症が「夜の前半に出る」のか「明け方に出る」のかという情報から、どのタイプかを大まかに推測できるようになります。

ライフサイクルにおける睡眠の変化

  • 新生児:総睡眠時間 約16時間、うち REM 睡眠が約50%
  • 成人:平均7〜8時間、深睡眠は青年〜若年成人期が最大
  • 高齢者:深睡眠の減少、睡眠効率の低下、中途覚醒の増加

この生理的変化を理解することは、施設での「夜中に何度も目が覚める高齢利用者」を「不眠障害」と即座に病的に解釈せず、加齢に伴う正常範囲との関係でアセスメントするうえで重要です。

3. 不眠障害(7A0x

不眠障害は、施設利用者にきわめて頻繁に見られる睡眠の問題です。本人が「眠れない」と訴える場合もあれば、夜間巡回で「ベッドにいるが目を開けたままじっとしている」「夜中に何度もナースコールを押す」「明け方早くから起きて廊下を歩いている」という形で職員が観察する場合もあります。

診断要件(ICD-11)

下位分類

分類 コード 特徴
慢性不眠障害 7A00 不眠症状が 3か月以上持続し、典型的には週数回以上出現する
短期不眠障害 7A01 不眠症状が 3か月未満。引っ越し、入所、近親者の死など、明確なストレス因と関連していることが多い
職員への注意点

「最近、夜中に何度も起きるようになった」「以前は朝までぐっすり眠っていたのに、明け方に目を覚ますようになった」という変化は、それ自体が重要な情報です。利用者本人がそれを言語化できない場合、変化に気づけるのは日々接している職員だけです。背景には、身体疾患(夜間頻尿を引き起こす状態、痛み、呼吸の問題)、薬剤の変更、抑うつや不安の高まり、環境の変化、トラウマ反応の再活性化など、さまざまな要因が考えられます。「変化に気づき、医療スタッフに伝える」ことが職員の中核的役割です。

もっと詳しく:不眠の悪循環と認知行動療法

慢性不眠障害には、特徴的な悪循環があります。Lieb の解説によれば、典型的なパターンは以下のようなものです。きっかけはストレスや一時的な環境変化であっても、それが過ぎ去ったあとも不眠が続く理由は、患者自身が「眠れないこと」を意識し続けることにあります。

  • 日中から「今夜は眠れるだろうか」と心配する
  • 就床前から緊張が高まり、覚醒度が上がる
  • ベッドのなかで反芻が始まり、ますます眠れない
  • 結果として「ベッド=眠れない場所」という条件づけが成立する
  • 翌朝の疲労を補うために昼寝や早すぎる就床をする
  • 夜間の睡眠圧がさらに低下する

この悪循環に対しては、世界の主要なガイドラインが第一選択として推奨しているのは不眠の認知行動療法(CBT-I)であり、薬物療法ではありません。Lieb によれば、CBT-I の効果サイズは中〜高(0.5〜0.9)で、効果は3年程度持続するのに対し、ベンゾジアゼピン系薬剤の効果は中止後に消失することが多く、長期使用では依存と離脱(リバウンド不眠)が問題となります。

CBT-I の主要な構成要素は以下です。

  • 睡眠衛生教育:規則的な就床・起床、夕方以降のカフェイン回避、就床前の精神的・身体的負荷の低減、暗く涼しい寝室、夜の青色光(スマートフォン、PC)の回避など
  • 刺激制御:眠気が強い時のみ就床する、ベッドでは作業をしない、長く目が覚めていたらベッドから出る、起床時刻は規則的に保つ
  • 睡眠制限療法:寝床にいる時間を実睡眠時間に近づけて睡眠圧を高める
  • 認知再構成:「8時間眠らないとダメ」「眠れないと明日が台無しになる」などの歪んだ認知の修正
  • リラクセーション:漸進的筋弛緩法、安静画像など

施設の現場では完全な CBT-I を提供することは難しいですが、これらの構成要素のうち睡眠衛生刺激制御は、職員が支援的にかかわるなかで部分的に取り入れることが可能です。

薬物療法の位置づけ

不眠に対する薬物療法は、原則として例外的・短期的に、認知行動的アプローチと組み合わせて使用されるべきものとされています。施設で頻用される薬剤としては以下があります。

  • ベンゾジアゼピン受容体作動薬(Z 薬:ゾルピデム、ゾピクロンなど):短期使用(数週間以内)に有効だが、リバウンド不眠と依存形成のリスク
  • ベンゾジアゼピン系:依存性、高齢者では転倒・認知機能低下のリスクが大きい
  • 鎮静系抗うつ薬(ミルタザピン、トラゾドン、ドキセピンなど):依存性なし。低用量で使用される
  • ダリドレキサント(オレキシン受容体拮抗薬):2022年末認可の比較的新しい選択肢
  • メラトニン徐放錠:高齢者の一次性不眠に短期使用
  • 鎮静系低力価抗精神病薬(メルペロン、ピパンペロンなど):高齢者で使用されるが、一次性不眠への明確なエビデンスはない

これらの薬剤を施設で使用している利用者では、副作用(鎮静の翌日への持ち越し、ふらつき、転倒、せん妄)の観察が職員の重要な役割となります。

4. 過眠と睡眠関連呼吸障害(7A2x・7A4x

「日中に強い眠気がある」「夕食後すぐに椅子で眠ってしまう」「テレビを見ているといつの間にか寝ている」――こうした観察は、不眠とはまた別の重要な臨床的サインです。日中の過剰な眠気の背景には、夜間睡眠の質の問題(その代表が睡眠時無呼吸)と、原発的な過眠症(ナルコレプシー、特発性過眠症など)の両方がありえます。

4.1 閉塞性睡眠時無呼吸(7A41)――施設で見落とされやすい重要な障害

閉塞性睡眠時無呼吸(obstructive sleep apnea, OSA)は、睡眠中に上気道が反復的に閉塞することで呼吸が停止し、低酸素と覚醒反応が繰り返される状態です。施設の現場でとりわけ見落とされやすく、しかし健康への影響が大きい障害として、本マニュアルでは特に強調します。

閉塞性睡眠時無呼吸の病態と日中への影響 ① 入眠 咽頭筋の緊張低下 気道がやや狭くなる ② 上気道の閉塞 激しいいびき・呼吸停止 10〜60秒以上 ③ 低酸素・微小覚醒 深睡眠から浅い睡眠へ 本人は気づかない これが一晩に数十回〜数百回繰り返される 日中・長期への影響 日中の強い眠気 朝の頭痛、集中力低下 活動意欲の低下 心血管・代謝への負荷 高血圧、不整脈 心筋梗塞・脳卒中のリスク 行動・精神面への影響 易刺激性・抑うつ 記憶・注意の低下 施設利用者で特にリスクが高い背景因子 ダウン症(顔面・口腔の構造、筋緊張低下) / 肥満 / 加齢 / 中年男性 ベンゾジアゼピンや鎮静系抗精神病薬の使用 / アルコール飲用 / 鼻閉・扁桃肥大 これらの背景をもつ利用者で「いびき+日中の眠気」があれば医療相談を考える
図2 閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)の病態と日中への影響

職員が観察すべき所見

ダウン症の利用者における睡眠時無呼吸――特別な注意が必要

ダウン症(21トリソミー)の方々では、顔面中央部の発達の特徴、舌の相対的な大きさ、扁桃・アデノイドの肥大、筋緊張の低下といった解剖学的・生理学的要因が重なり、閉塞性睡眠時無呼吸の有病率が一般人口に比べて顕著に高いことが知られています。成人のダウン症の方では多くが無呼吸を有するとも報告されており、決して稀な合併症ではありません。

さらに重要なのは、ダウン症の方は若年期からアルツハイマー型認知症のリスクが高いことが知られており(第9章参照)、睡眠時無呼吸は認知機能低下を加速する独立した危険因子です。「ダウン症の利用者でいびきが激しく、日中うつらうつらしている」という観察は、本人の生命予後と認知予後の両方に関わる重要な医療連携のきっかけとなります。

もっと詳しく:睡眠時無呼吸の治療と CPAP

睡眠時無呼吸の標準的な治療は、CPAP(Continuous Positive Airway Pressure:持続陽圧呼吸療法)です。睡眠中にマスクを介して上気道に陽圧をかけ、気道の閉塞を機械的に防ぐ装置で、大規模な臨床試験により有効性が確立されています。Lieb の解説によれば、軽症例では減量・体位の工夫・口腔内装置(下顎前進装置)が有効であり、中等症以上では CPAP が第一選択、極めて重症で換気不能な場合に外科的治療や舌下神経刺激療法が検討されます。

知的発達症の利用者にとって、CPAP の使用にはいくつかの困難があります。マスクを顔に装着することへの抵抗、装置の音、空気圧の感覚、装置の毎日の管理などが、本人の感覚特性やコミュニケーションの特徴によっては大きな障壁となります。職員の支援としては、以下のような視点が役立ちます。

  • 段階的な慣らし:日中の覚醒時にマスクを試着する短時間の練習から始める
  • 感覚的な配慮:マスクの素材、ストラップの締め付け、空気の音について本人の反応を観察する
  • 視覚的支援:手順を絵カードで示す、装着後に楽しめる活動を組み込む
  • 家族・主治医との連携:本人にとって何が困難かを具体的に伝える
  • 他の手段との組み合わせ:体位(背臥位を避ける)、減量、夕方以降のアルコール・鎮静薬の調整

CPAP が継続できない場合でも、睡眠時無呼吸が放置されることは長期的な健康リスクが大きいため、体位治療、減量、鎮静薬の整理、口腔内装置の検討など、できる範囲の代替策を医療スタッフと相談することが重要です。

4.2 ナルコレプシーと特発性過眠症

ナルコレプシーは、いつでもどこでも入眠してしまう「入眠発作」、笑いや驚きで力が抜ける「カタプレキシー(情動脱力発作)」、入眠時の鮮明な幻覚、目覚めた直後に動けない「睡眠麻痺」などを特徴とする過眠症です。多くは思春期から若年成人期に発症し、視床下部のヒポクレチン(オレキシン)系の機能障害が中心的な機序とされています。比較的稀な疾患ですが、見過ごされやすく、適切な薬物療法(モダフィニルなど)で生活の質が大きく改善するため、思春期以降に発症した「強い日中の眠気」は鑑別に挙げる価値があります。

職員の視点

「笑った瞬間に膝の力が抜けて崩れ落ちた」「驚いた拍子に首が前に垂れた」というエピソードは、てんかん発作や失神とは異なるカタプレキシーの典型像です。ナルコレプシーが疑われた場合の確定診断には、ポリソムノグラフィと反復睡眠潜時検査(MSLT)など睡眠医学的検査が必要です。日中の眠気が強い利用者で、こうした情動誘発性の脱力エピソードを目撃したら、医療スタッフに必ず情報提供してください。

5. 概日リズム睡眠覚醒障害(7A6x

体温やコルチゾール分泌、メラトニン分泌など、人間の生理機能は約24時間周期の概日リズム(サーカディアン・リズム)に従って変動しています。社会的に求められる就床・起床時刻と、本人の内的な概日リズムが一致していない場合、結果として「夜眠れず、昼眠い」という訴えが生じます。これが概日リズム睡眠覚醒障害です。

主な下位分類

分類 特徴と施設での意味
睡眠相後退型 就床と起床が社会的に望ましい時刻より3〜6時間後ろにずれる。青年・若年成人に多く、児童養護施設の中学生・高校生で「朝起きられない」「夜更かしする」という形で現れることが多い
睡眠相前進型 逆に就床・起床が前にずれる。高齢者に多く、夕方早くから眠くなり、深夜から早朝に目を覚ます。施設高齢利用者の「夕食前から居眠り、深夜2時に起きてしまう」という訴えがこれにあたる
不規則型睡眠覚醒リズム 明確な日中・夜間のリズムを失い、24時間にわたって短い睡眠が散在する。認知症の進行期、重度知的発達症で見られる。介護負担がきわめて大きい
非24時間睡眠覚醒リズム 内的リズムが24時間より長く、毎日少しずつ就床時刻がずれていく。視覚障害(光による同期の喪失)や一部の発達障害で見られる
シフト勤務型・時差型 職員側の問題としても重要。夜勤の多い職員自身の睡眠管理にも影響する
不眠か、概日リズム障害か――鑑別の視点

「眠れない」という訴えのなかには、本人の体内リズムに合わない時刻に寝ようとしているために眠れないケースが少なくありません。たとえば睡眠相後退型の青年は、22時にベッドに入っても眠れませんが、これは不眠というより「まだ眠る時間ではない」という生理的なずれです。職員の観察として「本人が自然に眠ってしまう時刻はいつか」「放っておくと何時に目を覚ますか」を記録することが、この鑑別に役立ちます。

もっと詳しく:知的発達症と概日リズム

知的発達症、特に重度・最重度の方や、視覚障害を併存する方では、概日リズムの不規則化がしばしば観察されます。これは中枢神経系の発達特性に加え、外的な同期信号(特に朝の自然光)が十分に取り入れられない生活パターンによっても増悪します。

支援的な対応の基本は、リズムの「同期」を意識した日課の構築です。

  • 朝の光暴露:起床後の明るい場所での活動、可能ならば屋外活動
  • 規則的な食事時刻:消化器系のリズムも概日リズムの強力な同期因子
  • 日中の活動量の確保:身体活動と社会的接触
  • 夕方以降の照度の低下:暗くなる環境を意識的に作る
  • 夜の青色光の回避:スマートフォン・タブレットの使用時間と種類の調整
  • メラトニン製剤(医師の処方):自閉スペクトラム症や知的発達症の入眠困難に対する有効性が報告されている

これらは薬物療法の前段階として、また並行して取り組むべき基本支援です。とりわけ朝の光暴露と日中の活動量の確保は、施設の日課のなかで実現可能な、しかし実効性のある介入です。

6. むずむず脚症候群と睡眠関連運動障害(7A8x

むずむず脚症候群(restless legs syndrome, RLS/7A80)は、人口の5〜10%に見られるとされる、しかし施設の現場できわめて見過ごされやすい睡眠覚醒障害の一つです。利用者本人が症状を言語化できない場合、夜間に「ベッドのなかで脚を動かし続ける」「夕方になるとそわそわして座っていられない」「眠れずに廊下を歩き回る」という形で観察されます。

診断要件(ICD-11/国際 RLS 基準)

RLS は以下の5項目すべてを満たすことが診断要件です。

むずむず脚症候群(RLS)の5つの診断要件 1 脚を動かしたい強い欲求 通常、不快な感覚(むずむず、引きつり、灼熱感、痛み)を伴う 2 安静・無活動時に開始または悪化 座っている時、横になっている時に出現する 3 運動により改善する 少なくとも活動中は症状が軽減する 4 夕方・夜に悪化する(または専ら出現) 症状は概日リズムをもち、午前中は軽い 5 他の状態でよりよく説明されない 下肢痙攣、関節炎、抗精神病薬によるアカシジア、神経障害性疼痛などを除外する 5項目すべてが満たされて初めて RLS と診断される
図3 むずむず脚症候群の診断要件

背景因子

RLS の背景には、しばしば身体的な要因が潜んでいます。これらは医学的に治療可能であり、見つければ症状の改善につながる可能性があるため、特に重要です。

支援上の重要ポイント――抗精神病薬使用中の利用者

知的発達症で行動上の問題への対応として抗精神病薬を服用している利用者で、「夕方〜夜になると落ち着きがなくなる」「ベッドに入ると脚を動かし続ける」「なんとなく不機嫌になる」という観察があった場合、それは不安や易刺激性ではなく、薬剤誘発性の RLS あるいはアカシジア(静座不能症)の可能性があります。両者は重なり合いますが、「夕方〜夜に増悪し、運動で軽減し、脚を中心とする」という特徴が強ければ RLS が疑われます。「処方薬が増えてから夜のそわそわが始まった」という時間的関連も重要なサインです。本人を「落ち着きがない」と評価する前に、薬剤の側面からの評価を医療スタッフに依頼することを検討してください。

もっと詳しく:RLS の治療と知的発達症の利用者での評価

RLS の治療は、Lieb の解説に従えば、以下の段階で進められます。

  • 背景因子の除去:鉄欠乏があれば鉄補充(軽症ではフェリチン < 75 μg/L で経口、中〜重症では静注鉄)。誘発薬剤の見直し
  • 非薬物療法:規則的な運動、カフェイン・アルコール・ニコチンの制限、夜のリラクセーション
  • 第一選択薬:非エルゴット型ドパミン作動薬(ロチゴチン、ロピニロール、プラミペキソール)。少量から漸増し、夕方投与
  • 注意すべき副作用:消化器症状、起立性低血圧、入眠発作、そして増強現象(augmentation)――薬剤の継続使用により症状が日中にもシフトし強くなる現象
  • 第二選択:オピオイド、抗てんかん薬(ガバペンチン、プレガバリン)
  • L-ドパは持続治療には推奨されない(増強現象の最大の原因)。間欠的症状に限定して使用

知的発達症の利用者で評価が困難な理由と工夫

RLS は本来、本人の主観的な「不快感」と「動かしたい欲求」を中心に診断されます。言語的な訴えが困難な利用者では、診断が原理的に難しくなります。職員の観察として有用なのは以下のサインです。

  • 夕方になると落ち着きがなくなる、座っていられない
  • ベッドに入ると脚を動かし続ける、脚を擦り合わせる、脚をベッドにぶつける
  • 夜間に廊下を歩き回る(不眠と区別が困難だが、その間「脚が楽になっている」様子があれば RLS を疑う)
  • 朝になると静かに眠っている――概日リズムの特徴
  • 家族歴で同様の症状をもつ親族がいる
  • マッサージや脚を温めることで一時的に落ち着くように見える

これらの観察を時間経過とともに記録し、医療スタッフに伝えることが、見過ごされがちな RLS を救い上げる鍵となります。

その他の睡眠関連運動障害

7. 睡眠時随伴症(7B0x

睡眠時随伴症(パラソムニア)は、睡眠中に望ましくない行動・体験・現象が生じる障害群です。ICD-11 では発生する睡眠段階に応じて、ノン REM 覚醒障害REM 関連随伴症に大別されます。この区別は重要で、両者は時間帯、内容、対応、そして基礎にある神経生物学的機序が大きく異なります。

ノン REM 随伴症 と REM 関連随伴症の対比 ノン REM 覚醒障害 7B00 系 出現時間 夜の前半(深睡眠から) 代表的な現象 ・夢遊病(睡眠時遊行症) ・夜驚症(睡眠時驚愕症) ・混乱性覚醒 ・睡眠関連摂食障害 特徴 ・声かけにほぼ反応しない ・覚醒困難、見当識障害 ・翌朝はほとんど健忘 主な対象 小児・青年(成熟過程の障害) REM 関連随伴症 7B01 系 出現時間 夜の後半・明け方(REM 増加) 代表的な現象 ・悪夢障害 ・REM 睡眠行動障害(RBD) ・反復孤立性睡眠麻痺 特徴 ・覚醒すると比較的早く我に返る ・夢の内容を覚えていることが多い ・恐怖や不快感を伴う 主な対象 悪夢:年齢を問わず/RBD:高齢男性 「夜の何時頃か」「翌朝覚えているか」が両者の鑑別の最初のヒント
図4 ノン REM 覚醒障害と REM 関連随伴症の対比

7.1 ノン REM 覚醒障害――夢遊病・夜驚症

夢遊病(睡眠時遊行症)

深睡眠中、典型的には入眠後 1〜3時間(夜の前半)に発生します。本人はベッドから起き上がり、目を開けて、いじったり、つぶやいたり、歩き回ったりしますが、声かけにはほとんど反応せず、覚醒させることが困難です。覚醒後は一過性の見当識障害があり、翌朝はエピソードに対する健忘があります。5〜12歳の小児の約15%が少なくとも一度は経験するとされ、家族集積性があり、深睡眠から覚醒への移行を制御する生物学的メカニズムの成熟過程の問題が中心的機序とされています。

夜驚症

同じく夜の前半、深睡眠中に発生します。突然の大きな叫び声で始まり、強い自律神経興奮(頻脈、過呼吸、発汗、ときに失禁)と一過性の見当識障害を伴います。多くは10分以内に収束し、本人は再び深く眠り、翌朝は何も覚えていません。声をかけて起こそうとすると、かえって混乱が長引くことが多く、原則として静かに見守るのが適切な対応です。

職員の対応の原則

夜驚症や夢遊病のエピソードに遭遇したとき、最も大切なのは強引に起こさないことです。本人を声かけや揺さぶりで覚醒させようとすると、見当識障害が長引き、混乱から興奮や攻撃に発展することがあります。基本対応は次の通りです。
安全の確保:転倒・転落、ガラス・刃物などへの接触を防ぐ環境調整
静かな見守り:本人が落ち着くまで側で観察する
必要なら穏やかに誘導:歩き回っている場合、強く制止せず、ベッドへ戻るよう静かに導く
翌朝:本人にエピソードを詳しく説明する必要はなく、淡々と通常の朝を過ごす
記録:時刻、内容、自律神経症状、収束までの時間を医療スタッフに伝える

もっと詳しく:てんかん発作との鑑別

夢遊病・夜驚症において、必ず鑑別の対象となるのが睡眠関連てんかん発作です。両者は表面的には類似することがあり、誤った理解は本人の安全に直接影響します。鑑別のポイントは以下です。

  • 持続時間:てんかん発作は典型的にはより短く(多くは1〜2分以内)、終了がより明瞭。夢遊病・夜驚症は数分〜10分以上続くことがある
  • 運動の質:てんかんでは類型的・反復的な運動(自動症、間代性運動など)。夢遊病はより複雑で目的的に見える行動
  • 発生時間:前頭葉てんかんは夜間のさまざまな時刻に発生しうるが、夢遊病・夜驚症は深睡眠が多い夜の前半に集中
  • 頻度:てんかんでは一晩に複数回発生することが珍しくない
  • 意識状態:てんかん発作後はもうろう状態(postictal state)が見られることが多い

知的発達症の利用者は、もともとてんかんを併存することが少なくありません。「夜中に立ち上がって動き回る」エピソードに遭遇したら、夢遊病として扱い続ける前に、必ず医療スタッフに相談し、必要に応じて睡眠時脳波検査(ビデオ EEG)による評価を考慮してもらうことが安全です。とりわけ、エピソードの類型性(毎回ほとんど同じ動作)、持続時間の短さ、そして日中にも類似の動作が観察される場合は、てんかんを強く疑う材料となります。

7.2 REM 関連随伴症――悪夢障害と REM 睡眠行動障害

悪夢障害

悪夢は、生命の脅威、強い恐怖、屈辱などを体験する鮮明で感情的な夢で、REM 睡眠中、特に明け方に出現します。覚醒後は即座に見当識を回復し、夢の内容を比較的詳細に想起できる点が、夜驚症との大きな違いです。

悪夢が病的とされ、悪夢障害と診断されるのは、頻繁に出現し、本人に著しい苦痛または機能障害を引き起こす場合です。背景としては以下が知られています。

REM 睡眠行動障害(RBD)

本来、REM 睡眠中には筋活動が抑制されており、夢を見ていても身体は動きません。REM 睡眠行動障害ではこの抑制が解除され、夢の内容に従って身体が動いてしまう状態です。激しい夢の場合、ベッドから飛び出す、殴る、蹴る、叫ぶといった行動につながり、本人や同室者が外傷を負うことがあります。覚醒後は恐ろしい夢の内容を部分的に想起することが多い点で、健忘を伴う夜驚症や夢遊病と区別されます。

RBD と神経変性疾患――きわめて重要な臨床的意味

REM 睡眠行動障害は、50歳以降の男性に多く、神経変性疾患(特にレビー小体型認知症、パーキンソン病)の前駆症状でありうることが知られています。CDDR の神経認知障害群(第9章)の項では、レビー小体型認知症の臨床所見の一つとして REM 睡眠行動障害が明記されています。

「夫が夜中に大きな声を出したり、急に手を振り回したりするので、ベッドを別にした」「夢を見ながら本当に動いている」といったエピソードは、10〜20年後の認知症発症の予兆でありうるものとして、医療的評価の対象となります。施設の利用者でこうしたエピソードが観察された場合は、必ず医療スタッフに情報提供してください。安全のための環境調整(ベッド周囲の硬い物の除去、ベッドガードなど)も並行して必要です。

反復孤立性睡眠麻痺

覚醒直後(または入眠時)に数十秒〜数分間、運動・発話ができなくなる状態です。意識は明瞭で、しばしば強い恐怖を伴います。健康な人でも疲労時に経験することがあり、ナルコレプシーの一症状でもあります。施設の利用者から「夜中に金縛りにあった」と訴えられた場合、本人が一人で抱えてきた強い恐怖体験であることが多く、まずは「珍しいことではないこと」「短時間で消えること」を穏やかに伝えるだけでも支援になります。頻度が高い場合は他の睡眠覚醒障害との関係を医療的に評価する必要があります。

8. 知的発達症の利用者における睡眠障害の特徴

知的発達症の利用者では、睡眠の問題が一般人口に比べて明らかに高頻度で見られます。しかし、職員にとっての中心的な臨床課題は、「本人が睡眠の問題を言葉で訴えられない」点にあります。睡眠は本来、本人の主観的な訴え(「眠れない」「夢を見て怖かった」「脚がむずむずする」)を中心に評価されるものですが、その語彙的・言語的な訴えが困難な場合、職員の観察が決定的な役割を果たします。

知的発達症で多く見られる睡眠の問題

睡眠の問題 知的発達症の利用者で重要な点
入眠困難・中途覚醒 感覚過敏(音、光、温度)、不安、日中の活動量不足、内的概日リズムのずれが背景になりやすい。「環境調整」が支援の第一歩
閉塞性睡眠時無呼吸 ダウン症の方で特に高頻度。肥満、筋緊張低下とも関連。CPAP の導入には感覚的・行動的支援が必要
むずむず脚症候群 言語化が困難なため見過ごされやすい。「夕方〜夜のそわそわ」「脚をバタつかせる」として観察される。鉄欠乏や向精神薬の影響を医療的に評価する
概日リズムの不規則化 重度の方で多い。日中の光暴露と活動の確保、規則的な食事時刻が基本支援
睡眠中の異常運動・発声 てんかん発作と随伴症の鑑別が必須。記録(時刻、内容、頻度)を取り医療連携
薬剤誘発性の睡眠障害 抗精神病薬による持ち越し鎮静、ベンゾジアゼピンによる逆説的覚醒、SSRI による不眠など。処方変更との時間的関連を観察する

自閉スペクトラム症と睡眠

自閉スペクトラム症の方々では、入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒が高頻度に見られます。背景には複数の要因が関与していると考えられています。

支援の出発点

自閉スペクトラム症の利用者の入眠困難に対しては、薬物療法を考える前に、感覚的環境と就寝ルーティンの調整を試みることが原則です。具体的には次のような視点が役立ちます。
・寝具の素材、肌触り(タグの位置、縫い目の感触)
・室温、空気の流れ、湿度
・常夜灯の明るさ・色温度(暖色系の弱い光が好まれることが多い)
・廊下や隣室の音の遮断(ドアの隙間テープ、耳栓の試行)
・就寝前30〜60分の活動の固定化(入浴、絵本、特定の音楽)
・スマートフォン・タブレットの使用時刻と内容の調整
これらの環境調整は、薬剤の追加よりもはるかに大きな効果をもたらすことがしばしばあります。

もっと詳しく:知的発達症の利用者における向精神薬と睡眠

知的発達症の利用者は、行動上の問題への対応として複数の向精神薬を服用していることがしばしばあります。これらの薬剤と睡眠との関係は複雑で、施設職員が観察を共有することで、処方の最適化に貢献できます。

不眠を引き起こしうる薬剤

  • SSRI、SSNRI(賦活的に作用しうる):服用開始・増量と時期的に一致する入眠困難
  • ステロイド:朝に投与しても夜の覚醒を引き起こすことがある
  • テオフィリン、β刺激薬(喘息治療)
  • カフェインを含む嗜好品・市販薬
  • L-チロキシン(甲状腺ホルモン、過量で)
  • 抗てんかん薬の一部(ラモトリギンなど)

過剰な眠気を引き起こしうる薬剤

  • 抗精神病薬(特に低力価薬、クエチアピン、オランザピン):日中への持ち越し
  • ベンゾジアゼピン、Z 薬:高齢者でとりわけ持ち越しと転倒のリスク
  • 抗ヒスタミン薬(鼻炎、皮膚疾患の処方)
  • ガバペンチン、プレガバリン
  • 三環系抗うつ薬

RLS・周期性四肢運動を誘発・悪化させうる薬剤

  • 抗精神病薬全般
  • ミルタザピン(とりわけ強く誘発)
  • SSRI、SSNRI
  • メトクロプラミド(ドパミン拮抗作用)
  • リチウム

睡眠中の異常行動を引き起こしうる薬剤

  • Z 薬(ゾルピデムなど):稀に睡眠中の自動行動(歩き回り、食事、運転、その間の健忘)が報告される
  • 抗精神病薬:稀に夜間のもうろう状態

「処方の変更前後で睡眠がどう変わったか」を時間経過で記録することは、施設職員にしかできない重要な貢献です。これは医師が外来診察だけでは把握できない情報であり、薬剤の調整と本人の生活の質に直結します。

高齢化する利用者と睡眠の変化――第9章への接続

近年、知的発達症をもつ利用者の高齢化が進んでおり、施設では加齢に伴う睡眠の変化への対応が重要なテーマとなっています。一般人口でも加齢に伴って深睡眠が減少し、中途覚醒が増えますが、知的発達症の方々ではそれに加えて、神経認知障害(第9章)の早期所見として睡眠パターンの変化が現れることがあります。

第9章で扱った「いつもと違う変化」の感覚は、ここでも有効です。「以前は朝までぐっすりだったのに、最近は夜中に起きて部屋を出ていく」「昼間にうとうとしている時間が増えた」――こうした変化は、神経認知障害群の早期サインでありうることを念頭に置いて記録し、医療スタッフに伝えてください。

9. 児童養護施設における睡眠とトラウマ

児童養護施設で生活する子どもたちの多くは、虐待・ネグレクトの体験を背景にもっています。これらの子どもたちにおいて睡眠は、しばしばトラウマの主要な舞台となります。第6章「ストレス因関連症群」と密接に関連する領域として、睡眠の問題を理解することが本章の重要な柱の一つです。

トラウマと睡眠が結びつく理由

夜間・就寝時はトラウマを経験した子どもにとって、特別な意味をもつ時間帯です。多くの子どもにとって、虐待は夜間に発生したり、就寝時の無防備な時間と結びついていたりします。さらに、暗闇、静寂、一人になること、横になることそのものが、過去のトラウマを連想させる手がかりとなることがあります。その結果、就寝時刻が近づくにつれて過覚醒が高まり、入眠が困難になります。

子どもに見られるトラウマ関連の睡眠の問題

観察される現象 背景にあるもの
就寝時の強い抵抗 ベッドに入ること、電気を消すこと、一人で部屋にいることへの恐怖。トラウマを連想させる手がかり
入眠困難・遷延 過覚醒、警戒の持続。「眠ったら何かが起こる」という無意識的な予期
反復的な悪夢 PTSD・複雑性 PTSD の中核症状の一つ。トラウマ体験を直接または象徴的に再現する。同じ悪夢が繰り返されるのが特徴
夜驚(叫び声・パニック) 古典的な夜驚症と、トラウマに伴う夜間覚醒(フラッシュバック様)の鑑別はしばしば困難。両者が併存することも
遺尿の再発 第2章でも触れた退行現象。安全感が芽生えたサインでもある
過剰な早朝覚醒 抑うつ的な反応、過覚醒の持続、家庭での早朝の出来事の連想
過眠・引きこもり的睡眠 抑うつ、解離。日中ベッドから出ない、覚醒しても活動への意欲を欠く
トラウマインフォームドな就寝支援の原則

トラウマ背景をもつ子どもの就寝支援においては、以下の原則を意識することが重要です。

予測可能性:毎晩同じ手順、同じ時刻、同じ職員ができるだけ担当する。「次に何が起こるか」が分かることが安心感の基盤となる
選択肢の保障:「電気を消すか、常夜灯にするか」「ドアを少し開けておくか、閉めるか」を本人に選んでもらう。コントロール感の回復は治療的
身体的接触は本人の意思を尊重:頭をなでる、手を握るなどの接触は、本人の様子を見ながら、決して強制せず
叱責・処罰の絶対的回避:「眠らないと怒る」は過覚醒を強化する最悪の対応。眠れないこと自体を責めない
悪夢への対応:起きた本人を否定せず、安心できる場所であることを淡々と伝える。詳細を無理に話させない。再入眠の支援
「眠れない時はどうすればよいか」の合意:呼んでよいこと、本を読んでよいこと、特定の人形を抱いてよいこと――事前に合意しておく

もっと詳しく:悪夢障害の心理療法と PTSD 関連悪夢

反復的な悪夢が PTSD・複雑性 PTSD の中核症状である場合、悪夢への対応は基礎にあるトラウマ関連症の治療と分離できません。悪夢障害そのものへのアプローチとしては、以下のような方法が知られています。施設の現場で職員が直接実施するものではありませんが、心理職や医療スタッフとの連携において理解しておくと有用です。

  • イメージリハーサル療法(IRT):覚醒中に、繰り返し見る悪夢の結末を本人が望む形に書き換え、それをイメージで反復する。エビデンスのある悪夢障害の心理療法として広く認められている
  • 外傷焦点化認知行動療法、EMDR:トラウマそのものへの治療が進むと、悪夢の頻度・強度が低下することが多い
  • 薬物療法:PTSD 関連悪夢に対して、プラゾシン(α1遮断薬、現在日本では入手困難)、ドキサゾシン、ミルタザピン、トラゾドン、クエチアピン、クロニジンなどが用いられる。いずれも対症的であり、根本治療ではない

夜驚症と PTSD 関連夜間覚醒の鑑別

子どもの夜間の叫び声・パニックが、古典的な夜驚症(深睡眠からの覚醒、健忘を伴う、子どもに広く見られる)なのか、PTSD に関連する反復的な悪夢からの覚醒(明け方に多い、内容を覚えている、トラウマを連想させる手がかりに反応する)なのかは、しばしば鑑別が難しい問題です。職員の観察として、以下が手がかりになります。

  • 時刻:夜の前半(入眠後1〜3時間)は夜驚症、明け方は悪夢を疑う
  • 覚醒後の様子:すぐに我に返り内容を語れるなら悪夢、見当識障害が残るなら夜驚症
  • 翌朝の記憶:覚えていれば悪夢、健忘があれば夜驚症
  • 反復性:似た内容が繰り返されるのは PTSD 関連悪夢の特徴
  • 引き金との関連:特定の出来事・面会・場所と関連して増悪するなら PTSD 関連を強く疑う

多くの場合、両者は併存しうるものとして扱い、観察を心理職・医療スタッフに伝えることが現実的です。

10. 観察と記録のポイント・医療連携

睡眠覚醒障害の評価において、医療スタッフが診断と支援方針を立てるためには、夜間の様子に直接接している職員の観察と記録が決定的な役割を果たします。とりわけ、本人が言語化できない場合、職員の観察が唯一のデータ源となります。

夜間の観察項目

記録の例

悪い記録の例 → 良い記録の例

悪い例:「Bさん、今夜も眠れず徘徊。落ち着かない様子。」
→ 何時にどう起きて、どのくらい歩き、どのように落ち着いたかが分からない。

良い例:「Bさん、22時就床。23時頃まで脚を動かす様子あり、ベッドのなかで脚をこすり合わせている。1時頃ベッドから出て廊下を約15分歩行、その後再入床。3時、5時にも短時間の歩行あり。歩行中、脚を気にする仕草あり。先週まではこのような夜間歩行は見られなかった。先週水曜から抗精神病薬が増量されたところ。」
→ 時刻、行動内容、本人の様子、変化のタイミング、薬剤との関連が記載されており、医療スタッフが RLS や薬剤副作用の評価に活用できる。

医療連携を考えるべきタイミング

速やかな医療相談を要する状況

以下の状況では、施設内対応のみで様子を見ず、医療スタッフへの相談・受診を検討してください。
激しいいびきと呼吸停止、特に肥満・ダウン症の利用者(睡眠時無呼吸の評価)
これまでなかった夜間の異常運動・発声(てんかんとの鑑別が必要)
反復する夢の再演的行動、ベッドから飛び出す、隣の人を殴るなど(REM 睡眠行動障害の可能性、神経変性疾患の評価)
急に始まった日中の強い眠気、特に食後に座位で眠り込む(睡眠時無呼吸、薬剤、内科疾患)
カタプレキシー様のエピソード(笑い・驚きでの脱力、ナルコレプシーの可能性)
夕方〜夜のそわそわ・脚の動き(RLS、アカシジア、薬剤副作用)
処方変更後の新たな睡眠の問題(薬剤との関連評価)
反復する悪夢、就寝時の強い抵抗、トラウマ背景がある場合(心理職・医療スタッフとの連携)
急に出現した夜間の見当識障害・徘徊、高齢利用者の場合(せん妄・認知症の評価、第9章)

支援的アプローチの基本

睡眠覚醒障害への支援は、身体・環境・心理・薬剤の各側面を統合した多面的なアプローチが原則です。施設職員は、医療スタッフ・心理職と連携し、利用者ごとに個別化された支援計画を構築する一員となります。

この章のまとめ

睡眠覚醒障害は、知的発達症の利用者・児童養護施設の子ども・高齢化する利用者のいずれにおいても、施設職員がきわめて頻繁に遭遇する併存症です。ICD-11 はこの領域を独立した第7章として整理し、ICD-10 の「器質性/非器質性」の二分法を放棄して、現象学的な分類――不眠(7A0x)、過眠(7A2x)、睡眠関連呼吸障害(7A4x)、概日リズム障害(7A6x)、運動障害(7A8x)、睡眠時随伴症(7B0x)――を採用しました。

施設職員には、表面的な「眠れない」「日中眠そう」という観察の背後に、閉塞性睡眠時無呼吸(特にダウン症の利用者)、むずむず脚症候群、薬剤副作用、概日リズムの乱れ、トラウマ関連の夜間覚醒、認知症の早期所見など、多様な要因が潜んでいる可能性を読み取る視点が求められます。とりわけ、本人が言語化できない場合、夜間の様子に直接接する職員の観察が、医療的評価の唯一のデータ源となることを忘れてはなりません。

そして睡眠の問題は、しばしば本人の苦痛、安全、生命予後、認知予後に直結します。「眠れないだけ」「いびきがあるだけ」と片付けず、変化に気づき、観察し、医療スタッフに伝える――この基本姿勢が、本章を貫く実践原則です。