序
本章では、ICD-11 で「神経発達症群」と呼ばれる一群の障害を概観する。とくに、成人期に診療や相談の対象となる場面を念頭に置く。これらの障害には、発達期に始まって成人期まで続くものがある。また、学齢期をいったん通過したのち、職場や学校などで求められる水準が高まるなかで初めて表面に現れてくるものもある。近年、医療・福祉・教育・人事のさまざまな職種のあいだで、共通の理解の枠組みが求められている主題である。
神経発達症群とは
神経発達症群とは、発達期に生じる行動と認知の障害のうち、知的・運動・言語・社会的機能の特定の領域において、技能の習得とその遂行に大きな困難を伴うものをいう。ここでいう「発達期に生じる」とは、本人が最初に医療や相談の対象となる年齢がいつであるかにかかわらず、発症そのものは通常 18 歳より前である、という意味である。つまり、成人期に初めて診断がなされる場合でも、症状が発達期にすでに存在していたことの確認が必要になる。原因は複雑で、個々の事例では明らかでないことが多いが、主として、出生時から存在する遺伝的またはその他の要因によるものと推定されている。ただし、発達期における環境からの刺激の不足や学習機会の不足も要因として寄与しうるため、評価の際には常に考慮すべきものとされる。また、一部の神経発達症は、発達期に生じた中枢神経系への外傷・疾患などの侵襲から生じることもある。
ICD-11 の本群には、知的発達症(6A00)、発達性発語または言語症群(6A01)、自閉スペクトラム症(6A02)、発達性学習症(6A03)、発達性協調運動症(6A04)、注意欠如多動症(6A05)、常同運動症(6A06)の七つのカテゴリーが含まれる。これに加えて、第 8 章(神経系の疾患)に分類される一次性チック症群の三つのカテゴリー(トゥレット症候群、慢性運動チック症、慢性音声チック症)が、本群との併存や家族性の関連が強いことから本群の並びにも掲載され、診断の手引きが示されている。行動や認知の困難は、発達期に生じうる他の精神疾患(統合失調症や双極症など)にも見られる。しかし本群に含められるのは、神経発達上の問題がその障害の中核的特徴であるものだけである。診断については、本群の大部分の障害で、標準化された検査による評価が診断の基盤となるか、少なくとも診断の参考とされる。適切に標準化された検査が利用できない場合には、適切な根拠と評価にもとづく臨床判断への依拠が大きくなる。いずれの場合も、単一の所見だけで判断するのではなく、複数の情報源を踏まえた総合的な判断が必要である。
知的発達症(6A00)
知能と適応行動(日常生活や社会生活に必要な行動)の両方に大きな制限が、発達期から認められる障害群である。重症度は軽度(6A00.0)、中等度(6A00.1)、重度(6A00.2)、最重度(6A00.3)の四段階に分けられる。適切な評価がまだ実施できない事例のために、暫定的(6A00.4)というカテゴリーも用意されている。診断には二つの条件を満たす必要がある。第一に、標準化された検査による知的機能の評価で、平均よりおよそ 2 標準偏差以上低い水準(およそ下位 2.3 パーセンタイル)が認められることである。第二に、適応行動にも大きな制限が確認されることである。ここでいう適応行動とは、日常生活のなかで学習され実行される概念的技能(読み書き、計算、問題解決、意思決定などの知識の応用とコミュニケーション)、社会的技能(対人的なやりとりの管理など)、実用的技能の一群を指す。適応行動についても、可能なかぎり標準化された検査で測定し、総得点が平均よりおよそ 2 標準偏差以上低い水準(およそ下位 2.3 パーセンタイル)にあることが求められる。
軽度の知的発達症は、学齢期に気づかれないまま成人期を迎えることがある。職場や学校での作業の困難や対人関係の困難をきっかけに、あらためて評価される事例が認められる。
発達性発語または言語症群(6A01)
発音、発話の流暢性(なめらかさ)、言語の理解と表出に困難を伴う障害群である。発達性語音症(6A01.0)、発達性発話流暢症(6A01.1)、発達性言語症(6A01.2)の三つに細かく分けられる。多くは発達期に見いだされて早期の介入の対象となるが、症状の軽い例では、成人期に至るまで明確な診断がつかないこともある。
自閉スペクトラム症(6A02)
自閉スペクトラム症は、二つの特徴を中核とする障害群である。第一は、社会的コミュニケーションと相互的なやりとりにおける持続的な困難である。第二は、関心や行動の限定的・反復的で柔軟性に欠けるパターンである。臨床像の特徴は、知的発達症を併せもつかどうかと、機能的言語(日常の用を足すための言葉)の障害の程度との組合せを示す特定子(診断名に付け加えて状態を細かく記述するためのラベル)によって記述される。これは支援の個別化に役立てるために併存する制限を記すものであり、重症度の段階づけではない。このほか、いったん身につけた技能の喪失の有無を記す特定子も用意されている。
本症をもつ人のなかには、並外れた努力によって多くの場面で十分に機能できるため、その困難が周囲の目には明らかでない人がいる。そうした事例でも診断は可能とされている。社会から求められることが増える成人期になって初めて診療の対象となる事例があり、本書が扱う中心的な主題の一つを構成する。
発達性学習症(6A03)
全般的な知的機能は正常の範囲にありながら、読字、書字、算数という特定の領域で、学業的技能の習得に大きな困難が認められる障害群である。読字不全を伴うもの(6A03.0)、書字表出不全を伴うもの(6A03.1)、算数不全を伴うもの(6A03.2)などに細かく分けられる。発症は通常、学齢期の早い時期である。ただし、学習の場面で求められる水準が本人の能力を上回るようになるまで気づかれないことがある。このため、成人期に新たに診断されることが起こりうるカテゴリーの一つとされている。
発達性協調運動症(6A04)
協調的な運動技能(体の動きをうまくまとめる技能)の習得や遂行における困難を中核とする障害群である。注意欠如多動症と併存することが比較的よく知られており、両者の関係に注意を払う必要がある。
注意欠如多動症(6A05)
不注意、あるいは多動および衝動性、もしくはその両方の組合せの持続的なパターン(目安としておよそ 6 か月以上)が、年齢と知的発達の水準から期待される正常な変動の範囲を超えて認められる障害群である。症状は、家庭・学校・職場など複数の場面や状況で明らかであることが求められる。臨床像により、不注意優勢型(6A05.0)、多動・衝動優勢型(6A05.1)、混合型(6A05.2)の三つに分けられる。
多動の症状は年齢とともに目立たなくなる傾向があり、青年期以降には、じっとしていられない身体的な落ち着かなさとして残ることが多い。これに対して不注意の症状は年齢を経ても残りやすい。複雑な業務や課題の管理、注意を持続させる必要のある場面で、はっきりと現れやすい。
成人期になって初めて診療を求める事例も認められる。その場合、12 歳以前に症状があったことを、学校の記録や、本人を幼少時から知る人からの情報によって裏づけることが診断のうえで重要とされる。本人の自己申告だけにもとづいて成人期に本症を診断することには、慎重さが必要である。
常同運動症(6A06)
物質や医薬品の直接的な生理学的作用(離脱によるものを含む)によらない、みずからの意思による、明らかに目的のない反復的な運動行動を発達期に示し、それが日常の活動を著しく妨げるか、自分の体を傷つける(保護的な措置がなければ傷つきうる場合を含む)ほどに持続するものをいう。自傷を伴わない型(6A06.0)と自傷を伴う型(6A06.1)とに分けて記述される。多くは知的発達症や自閉スペクトラム症を併せもつ例として認められ、常同運動がそれ自体として臨床的な対応を要する場合には、これらの診断と並べて本症の診断を付すことができる。
成人領域における留意点
神経発達症群を成人期に評価するときに共通する留意点として、次の三点を挙げておきたい。
第一に、症状の始まりが発達期にさかのぼることを確認する必要がある。そのためには、本人の自己申告に加えて、家族・幼少時の知人・古い学校記録などの情報源を踏まえた総合的な判断が必要である。とりわけ注意欠如多動症を成人期に診断するときには、この点が強調されている。
第二に、不注意・対人関係の困難・作業遂行の困難といった成人期に観察される症状は、神経発達症群だけに見られるものではない。気分症や不安症、ストレス因関連症などでも、二次的に現れることがある。目に見える症状の特徴だけで即断することなく、診断の要件をひとつずつ丁寧に確認する必要がある。
第三に、診断の確定は専門的な評価を踏まえて行われるべきものである。医療・福祉・教育・人事の現場での日常の観察は、専門的評価へ適切につなぐための根拠として位置づけられる。職場における配慮、復職や復学にかかわる判断、家族や本人を支えるための支援といった具体的な実務は、こうした診断の枠組みの上に組み立てられることになる。