序
本章では、ICD-11 で「統合失調症または他の一次性精神症群」と総称される一群の障害について、その症状と各カテゴリーを概観する。本群の障害は、神経発達症群と比べれば頻度は低いが、発症したときに本人の生活全体に及ぼす影響が大きく、家族・職場・学校・地域社会のいずれにとっても重大な対応が必要となる。それゆえ関係する職種にとっては、各症状を診断のためのチェックリストとしてではなく、本人の体験を理解するための語彙として身につけておくことが、慎重な対応の土台となる。
統合失調症または他の一次性精神症群とは
本群は、現実検討(現実と現実でないものを見分ける心の働き)の重大な障害と、それに伴う行動上の変化を中核とする障害群である。妄想、幻覚、思考の障害、行動の解体といった症状によって特徴づけられ、精神運動症状や陰性症状(感情の平板化など)を伴うこともある。これらの症状が、薬物の使用や、本群以外の医学的疾患(例えばハンチントン病など)の影響として説明できる場合は、本群には含まれない。
本群の名称にある「一次性」には、CDDR の記載に沿えば、二つの意味が含まれている。第一は、精神症症状(妄想や幻覚など、現実の把握が損なわれる症状)が、その障害を定義する特徴そのものである、ということである。精神症症状は本群に限られたものではなく、気分症や認知症など、他の精神疾患の文脈でも現れることがある。しかしその場合、精神症症状は、それぞれの障害に特徴的な他の症状——気分の障害や、認知機能の低下——と並んで現れるものである。これに対して本群では、精神症症状そのものが障害を定義する。第二は、これらの症状が、物質の使用(幻覚剤による中毒など)や、精神・行動・神経発達の疾患以外に分類される医学的疾患(ハンチントン病など)の結果として主に生じたものではない、ということである。つまり、他の原因からは説明できない精神症症状である、という条件が本群の定義に含まれている。精神症症状が「付け足し」ではなく中核であり、かつ他の原因に帰すことができない——この二つを合わせたものが「一次性」の意味である。
本群には、統合失調症(6A20)、統合失調感情症(6A21)、統合失調型症(6A22)、急性一過性精神症(6A23)、妄想症(6A24)の五つのカテゴリーが含まれる。
もっと詳しく:ICD-11、ICD-10、DSM-5-TR の分類体系の対照
本群を構成するカテゴリーは、ICD-10、ICD-11、DSM-5-TR という三つの分類体系のあいだで、位置づけが微妙に異なる。日本では ICD-11 の正式な日本語訳がまだ公刊されていない。また公刊された後も、さまざまな事情から ICD-10 と DSM-5-TR との並行使用がしばらく続くと見込まれる。本群に属する障害は、復職審査資料や主治医意見書のかたちで関係職種の手元に届くことがある。そのとき、三つの分類体系のあいだの対応関係を知っておくことが役に立つ。以下に、Lieb(Hrsg., 2023)の表 5.1 を土台とし、これに DSM-5-TR の対応箇所を組み合わせて、本群全体の対照表を示す。なお統合失調症(6A20)の診断基準そのものについての詳しい対照は、本章後半の「もっと詳しく:ICD-11、ICD-10、DSM-5-TR の統合失調症診断基準の比較」を参照されたい。
| ICD-10 | ICD-11 | DSM-5-TR |
|---|---|---|
| F20.0–F20.9 統合失調症 F20.0 妄想型、F20.1 破瓜型、F20.2 緊張型、F20.3 鑑別不能型、F20.4 統合失調症後抑うつ、F20.5 残遺型、F20.6 単純型、F20.8 他の統合失調症、F20.9 特定不能の各亜型を区別。 |
6A20 統合失調症 亜型なし。経過特定子(初回エピソード/複数エピソード/持続性)と症状特定子(陽性/陰性/抑うつ/躁/精神運動/認知)、および 4 段階の重症度評価により記述される。特定子とは、診断名に付け加えて状態を細かく記述するためのラベルをいう。 |
295.90 / F20.9 統合失調症 亜型なし(DSM-5 以来)。経過特定子(初回/複数/持続性、それぞれ急性期/部分寛解/完全寛解)、緊張病を伴う場合の特定子(F06.1 を追加コード化)、現在の重症度評価(8 領域、0–4 の 5 段階)により記述される。寛解とは、症状がほぼ消えた状態をいう。 |
| F25.x 統合失調感情障害 F25.0 躁病型、F25.1 うつ病型、F25.2 混合型を区別。 |
6A21 統合失調感情症 統合失調症の症状基準と、中等度以上の抑うつエピソード・躁エピソード・混合エピソードのいずれかとが、同時に(または数日以内に近接して)少なくとも 1 か月にわたって現れる場合に診断。 |
295.70 / F25.x 統合失調感情症 双極型(F25.0)/抑うつ型(F25.1)に特定。生涯にわたる縦断的な(経過全体を見わたす)観点を採り、活動期・残遺期の総持続期間の大部分にわたって気分エピソードが認められることを満たす必要がある。 |
| F21 統合失調型障害 本群に位置づけられる。 |
6A22 統合失調型症 本群に位置づけられる(パーソナリティ症ではない)。診断には 2 年以上の持続が必要。 |
301.22 / F21 統合失調型症 パーソナリティ症の章に位置づけられる(DSM-5 以来)。 |
| F23.x 急性一過性精神病性障害 F23.0 統合失調症の症状を伴わない急性多形性精神病性障害、F23.1 統合失調症の症状を伴う急性多形性精神病性障害、F23.2 急性統合失調症様精神病性障害、F23.3 妄想を主とする他の急性精神病性障害を区別。 |
6A23 急性一過性精神症 2 週以内の急な発症、強い症状の変動、症状期間 3 か月以下を満たす必要がある。陰性症状を伴ってはならない。 |
298.8 / F23 短期精神病 症状期間 1 日以上 1 か月未満。著明なストレス因の有無、産後発症等の特定子をもつ。なお症状期間 1 〜 6 か月の場合は、別カテゴリー 295.40 / F20.81 統合失調様症として扱われる。 |
| F22 持続性妄想性障害 F22.0 妄想性障害ほか。 |
6A24 妄想症 持続的な妄想を中核とし、その他の精神症症状を欠く。発症後 3 か月以上続くことが必要。 |
297.1 / F22 妄想症 妄想の主題による特定(被愛型/誇大型/嫉妬型/被害型/身体型/混合型/特定不能型)と、奇異な内容を伴うかどうかの特定子をもつ。 |
| F24 感応性妄想性障害 独立した診断として保持。 |
(個別カテゴリーなし) | (独立した診断として保持されない;他の特定される統合失調症スペクトラム症等としてコード化) |
| F20.2 緊張型統合失調症として亜型のひとつとして残っている。 | 6A4 カタトニア 独立した章として分けられた。一次性精神症群では症状特定子 6A25.4(精神運動症状)として記述。 |
カタトニアは特定子 「With catatonia」を特定子とし、F06.1(catatonia associated with another mental disorder)を追加コード化。独立した「カタトニア症」のカテゴリー(293.89 / F06.1)も用意される。 |
| F28 / F29 他の精神病性障害/特定不能の精神病性障害 | 6A2Y / 6A2Z 他に特定される/特定不能の一次性精神症 | 298.8 / F28 他の特定される統合失調症スペクトラム症および他の精神症性障害/298.9 / F29 特定不能の統合失調症スペクトラム症および他の精神症性障害 |
出典:Lieb K(Hrsg.)『Intensivkurs Psychiatrie und Psychotherapie』第 10 版,München: Elsevier / Urban & Fischer,2023,第 5 章 表 5.1 を基礎とし、DSM-5-TR の対応項目を整え合わせて再構成。Hölzel L, Berger M(Hrsg.)『ICD-11 — Psychische Störungen』(Springer,2024)第 5 章 5.2 節および表 5.1 もあわせて参照した。DSM-5-TR の章構成は American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed., Text Revision,Washington DC:APA,2022,pp. 101–134(Schizophrenia Spectrum and Other Psychotic Disorders)による。
読み解きの要点は三つある。(一)統合失調型症は、ICD-11 と ICD-10 では本群(精神症群)に位置づけられるが、DSM-5-TR ではパーソナリティ症の章に位置づけられる。これは DSM-5 以来続いている方針である。(二)DSM-5-TR には、ICD-11/ICD-10 にない独立カテゴリーとして、症状期間 1 〜 6 か月の「統合失調様症」が置かれている。臨床経過のある段階を切り取って独立した診断とする発想は ICD の側にはなく、ICD-11 では「急性一過性精神症」(≤ 3 か月)または「統合失調症」(≥ 1 か月)のどちらかに振り分けられる。(三)カタトニアは、ICD-11 と DSM-5-TR では独立した位置づけ(章ないし特定子)へと移されたが、ICD-10 ではなお統合失調症の亜型として残っている。
診断のときは、文化的・宗教的・地域的な背景への配慮が求められる。この点は CDDR(ICD-11 の「臨床記述と診断要件」。診断の手引きにあたる文書)のなかで繰り返し強調されている。なぜ配慮が必要か。世界には、超自然的な力への信仰、霊との交流、特殊な体験を伴う宗教的実践など、本群の症状と表面上は似ている観念や実践が数多くあるからである。こうした観念や実践は、その文化集団のなかで標準的なものとして共有されているかぎり、病的なものとはみなされない。したがって診断の評価では、本人と評価者の文化的な距離が誤解を生む可能性を、つねに念頭に置く必要がある。
精神症の主要症状について
本群の障害を理解するための基本的な症状を、CDDR の記述に沿って以下に整理する。本書の読者にとって、これらの症状は、診断のために数え上げる項目ではない。本人の体験や、周囲が観察する出来事を意味づけるための語彙として用いられるべきものである。
妄想
妄想とは、現実とは食い違うが、本人にとっては揺るぎない確信として保たれる観念をいう。例を挙げると、自分が見張られている、迫害されていると考える被害妄想、自分が特別な使命や能力を担っていると考える誇大妄想、特定の出来事や偶然が自分に向けられていると考える関係妄想、配偶者の不貞を確信する嫉妬妄想などがある。
幻覚
幻覚とは、外からの刺激がないにもかかわらず、知覚として体験される現象をいう。最も多いのは聴覚での体験である。本人の名前を呼ぶ声、本人の行為を解説する声、複数の声どうしの会話などとして体験されることが多い。ただし、視覚・触覚など他の感覚での幻覚もありうる。
思考の障害(形式的思考障害)
思考の流れや結びつきがまとまりを失うことをいう。話題が本筋から逸れていく脱線、文や語のつながりがゆるくなる連合のゆるみ、新しく作り出した語を用いる新造語などが含まれる。これは発話にはっきりと現れる。重症の例では、話の意味そのものが成り立たなくなる状態(「言葉のサラダ」と呼ばれる)に至ることがある。
影響・受動・支配の体験(自我の体験の障害)
自分の感情、衝動、行動、思考が、自分自身から出たものではないと体験される現象をいう。外から入れられている、外に抜き取られている、あるいは他者に伝わってしまっている、と体験される。具体的には、考えが他者によって入れられる思考吹入、考えが奪い取られる思考奪取、自分の考えが周囲に放送されるように伝わる思考伝播、自分の意志が外部の何かに支配されていると感じる被支配体験などが含まれる。
陰性症状
本来そなわっているはずの精神機能が減退している状態をいう。感情の平板化(喜怒哀楽の表出が乏しくなる)、発話量の減少、意欲の低下、社会的な交流の減少、快感を感じる力の低下などが含まれる。陽性症状(妄想や幻覚など、通常はないものが現れる症状)と対をなす概念として位置づけられる。
行動の解体
目的に向かってまとまった行動が成り立たなくなる状態をいう。一見して奇妙な、あるいは目的のない行動、状況に釣り合わない感情反応、予測できないふるまいなどとして認められる。その結果、日常生活の課題をこなすことが著しく妨げられる。
精神運動症状
運動機能の異常をいう。落ち着きなく動き回る運動性興奮、特定の姿勢を取り続ける姿勢保持、外から動かそうとしたときに蝋のような抵抗を示す蝋屈症、指示に逆らう拒絶症、発話のなくなる緘黙、活動が消失する昏迷などが含まれる。これらの症状が完全な症候群として揃った場合は、別にカタトニアとして扱われ、第 3 章で論じる。
統合失調症(6A20)
統合失調症とは、前節に挙げた症状のうち少なくとも二つが、ほとんどの時間において 1 か月以上続いて認められるものをいう。ただし条件がひとつある。その二つのうち少なくとも一つは、妄想、幻覚、思考の障害、影響・受動・支配の体験のいずれかに属していなければならない。言い換えれば、陰性症状、行動の解体、精神運動症状だけがいくつ揃っても、本症の診断要件は満たされない。
症状が、薬物や医薬品の影響(離脱の影響を含む)、または本群以外の医学的疾患(脳腫瘍など)の現れとして説明できる場合は、本症の診断には至らない。他の一次性精神症との切り分けは、持続期間や症状の変動といった、それぞれの障害の側の要件によって処理される。
経過は、初発エピソード(6A20.0)、複数回エピソード(6A20.1)、持続性(6A20.2)の三つの型に分けられる。それぞれについて、現に症状を示している状態、部分寛解、完全寛解の特定子が付けられる。これらの経過特定子は、本症の長期にわたる経過の多様さを記述するための枠組みとして用いられる。
もっと詳しく:ICD-11、ICD-10、DSM-5-TR の統合失調症診断基準の比較
日本では ICD-11 の正式な日本語訳がまだ公刊されておらず、公刊された後もしばらくは ICD-10 と DSM-5-TR との並行使用が続くと見込まれる。臨床現場で使われる診断書や意見書も、三者のいずれかを基準として書かれることになる。そのため関係職種にとっては、三者の対応関係を知っておくことが、書面の読み解きや諸機関との連絡に役立つ。以下に、Hölzel における整理(表 5.3 および表 5.4)を引きながら、これに DSM-5-TR の対応箇所を並べて示す形で、診断分類の構造的な比較と中核症状の対応関係とを、二つの表に分けて示す。
診断分類における主要側面の比較
| ICD-10 (F20) |
ICD-11 (6A20) |
DSM-5-TR (F20.9 / 295.90) |
|
|---|---|---|---|
| シュナイダー一級症状 | 強調される(G1.1 群の単一症状で診断可能)。 | 重要視されない(一級症状に相当する体験は項目 [d] に収められ、妄想・幻覚・解体した思考と並ぶ四つの適格症状の一つとなった。単独項目としての特権はない)。 | 重要視されない(DSM-5 以来)。 |
| 機能基準 | 規定なし。 | 規定なし。 | あり(基準 B:仕事・対人関係・自己管理等の主要領域における機能水準が発症前より著しく低下)。 |
| 最低症状期間 | 1 か月。 | 1 か月。 | 活動期症状 1 か月(治療が効いた場合はそれ以下)、加えて障害の総持続期間 6 か月(基準 C)。 |
| 亜型 | 妄想型・破瓜型・緊張型・未分化型・統合失調症後抑うつ・残遺型・単純型・他に特定される・特定不能。 | 廃止。 | 廃止(DSM-5 以来)。 |
| 症状特定子 | 規定なし。 | 6A25 の 6 領域(陽性/陰性/抑うつ/躁/精神運動/認知)について、なし/軽度/中等度/重度の 4 段階で評価。 | 8 領域(幻覚/妄想/まとまりのない発語/異常な精神運動行動/陰性症状/認知障害/抑うつ/躁)について、過去 7 日間の最も重い状態を 0–4 の 5 段階で評価(Section III の評価尺度)。 |
| 経過特定子 | 持続性/エピソード性(増大する残遺)/エピソード性(安定した残遺)/エピソード性寛解/不完全寛解/完全寛解/その他/経過不確実。 | 初回/複数回/持続性、それぞれに症候性/部分寛解/完全寛解/特定不能。 | 初回/複数回/持続性、それぞれに急性期/部分寛解/完全寛解(発症から 1 年経過後にのみ使用)。緊張病を伴う場合は別途 F06.1 を追加コード化。 |
| カタトニアの位置づけ | 緊張型統合失調症(F20.2)として亜型のひとつとして残っている。 | 独立した章(6A4)に分けられた。一次性精神症群では症状特定子 6A25.4(精神運動症状)として記述。 | 「With catatonia」を特定子として規定し、F06.1(catatonia associated with another mental disorder)を追加コード化。 |
| 物質・身体疾患の除外 | あり。 | あり。 | あり(基準 E)。 |
| 気分症との除外 | 統合失調感情症(F25)の規定により処理。 | 統合失調感情症(6A21)の規定により処理。 | あり(基準 D:統合失調感情症および精神病性の特徴を伴う気分症の除外)。 |
| 自閉スペクトラム症との関係 | 個別規定なし。 | 一般原則として記述(個別規定なし)。 | あり(基準 F:既往がある場合は、顕著な妄想または幻覚が 1 か月以上認められる場合にのみ追加診断)。 |
出典:Hölzel L, Berger M(Hrsg.),ICD-11 — Psychische Störungen,Berlin:Springer,2024,第 5 章 表 5.3 を基礎とし、DSM-5-TR の項目を補い、本書の用途に合わせて再構成。DSM-5-TR の記述は American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed., Text Revision(DSM-5-TR),Washington DC:APA,2022,pp. 113–119(Schizophrenia, Diagnostic Criteria;本訳は要約)による。
中核症状の対応
| ICD-10 (F20 G1.1 / G1.2) |
ICD-11 (6A20 必須所見 [a]–[g]) |
DSM-5-TR (基準 A) |
|---|---|---|
| G1.1.b 支配妄想・影響妄想・作為体験・妄想知覚/G1.1.d 文化的に不適切で奇異かつ全く非現実的な妄想。 | [a] 持続的な妄想(誇大妄想、関係妄想、被害妄想等)。 | A1 妄想。 |
| G1.1.c コメントする声・対話する声・特定身体部位からの声/G1.2.a あらゆる感覚様式の幻覚(毎日 1 か月以上、薄い妄想思考または優勢観念を伴う)。 | [b] 持続的な幻覚(最も多くは聴覚性、あらゆる感覚様式が可能)。 | A2 幻覚。 |
| G1.2.b 新造語、思考途絶、または思考の流れへの闖入(割り込み)で、支離滅裂または的外れな応答に至るもの。 | [c] 解体した思考(形式的思考障害;脱線、連合のゆるみ、無関係な発語、新造語、重症例で「言葉のサラダ」)。 | A3 まとまりのない発語(頻繁な脱線・滅裂等)。 |
| G1.1.a 思考化声、思考吹入、思考奪取、思考伝播。 | [d] 影響・受動・支配の体験(自我障害;自分の体験・感情・衝動・行為・思考が他者から吹入された/奪取された/他者に伝えられたという体験)。 | 明示的な独立項目はなく、A1 の妄想に含めて記述される(DSM-5 以来、シュナイダー一級症状の特別扱いは廃止された)。 |
| G1.2.d 「陰性」症状(顕著な無感情、言語の貧困化、平板化または不適切な感情。抑うつや抗精神病薬の副作用によらないもの)。 | [e] 陰性症状(感情鈍麻、思考の貧困(アロギア)、言語の貧困化、無為、社会的引きこもり、快感消失等)。 | A5 陰性症状(感情表出の減少、意欲欠如等)。 |
| 独立項目なし(緊張病症状 G1.2.c の一部に近接)。 | [f] 著しく解体した行動(目標に向かう行為を妨げる奇異・無意味な行動、予測不能ないし不適切な感情反応)。 | A4「ひどくまとまりのない、または緊張病性の行動」のうち、まとまりのない行動の側面。 |
| G1.2.c 緊張病症状(興奮、姿勢の常同症、蝋屈症、拒絶症、緘黙、昏迷)。 | [g] 精神運動障害(落ち着きのない/興奮した緊張病、姿勢保持、蝋屈症、拒絶症、緘黙、昏迷等)。 | A4「ひどくまとまりのない、または緊張病性の行動」のうち緊張病性の側面。緊張病症候群が完全に揃う場合は別途「With catatonia」特定子として F06.1 を追加コード化。 |
出典:Hölzel L, Berger M(Hrsg.),ICD-11 — Psychische Störungen,Berlin:Springer,2024,表 5.4 に DSM-5-TR の対応項目を補ったもの。ICD-11 の項目記号 [a]–[g] は CDDR の記載順序に従う。
診断要件の組合せ規則
上の対照表は、三つの分類体系それぞれの中核症状をどう読み替えるかを示したものである。ただし、どの体系によるかによって、これらの症状をいくつ、どのような組合せで満たしたときに統合失調症と診断できるかは異なる。日本では当面、ICD-10、ICD-11、DSM-5-TR の三者が、それぞれの根拠にもとづいて用いられている。書面によって基準が異なるという事情を踏まえて、各体系の要件をここに整理して示す。
ICD-10(F20)では、G 基準が二段構えで規定されている。第一の G1.1 群には、(a) 思考化声(自分の考えが声になって聞こえる体験)、思考吹入、思考奪取、思考伝播、(b) 支配妄想、影響妄想、作為体験、妄想知覚、(c) 行動をコメントする声、対話する声、特定の身体部位からの声、(d) 文化的に不適切で奇異かつ全く非現実的な妄想、が含まれる。第二の G1.2 群には、(a) あらゆる感覚様式の幻覚(毎日 1 か月以上続き、薄い妄想思考または優勢観念を伴うもの)、(b) 新造語、思考途絶、または思考の流れへの闖入(割り込み)で支離滅裂または的外れな応答に至るもの、(c) 緊張病症状、(d) 顕著な無感情、言語の貧困化、平板化または不適切な感情などの陰性症状、が含まれる。診断には、G1.1 群のうち少なくとも一項目、または G1.2 群のうち少なくとも二項目が、ほとんどの時間において 1 か月以上続くことを満たす必要がある。シュナイダー一級症状(ドイツの精神科医クルト・シュナイダーが、統合失調症にとくに特徴的であるとした一群の症状)を多く含む G1.1 群では、単一の項目だけで診断要件を満たしうる。この点が ICD-10 の構造上の特徴である。
ICD-11(6A20)では、上の表に掲げた [a]–[g] の七項目のうち少なくとも二項目が、ほとんどの時間において 1 か月以上続いて認められることが必要である。かつ、そのうち少なくとも一項目は [a] 妄想、[b] 幻覚、[c] 解体した思考、[d] 影響・受動・支配の体験のいずれかに属していなければならない、と規定される。陰性症状([e])、解体した行動([f])、精神運動症状([g])だけでは診断要件を満たさない。シュナイダー一級症状の特別扱いは廃止され、[a]–[d] の四項目はいずれも同じ重みをもつ。この点が ICD-10 との構造上の違いをなす。
DSM-5-TR(基準 A)では、A1 妄想、A2 幻覚、A3 まとまりのない発語、A4 ひどくまとまりのないまたは緊張病性の行動、A5 陰性症状の五項目のうち二項目以上が、1 か月の期間(治療が効いた場合はそれ以下)のうち大部分の時間に存在することが必要である。かつ、そのうち少なくとも一項目は A1 妄想、A2 幻覚、A3 まとまりのない発語のいずれかでなければならない、と規定される。これに加えて、次の各基準がそれぞれ独立の要件として規定されている。すなわち、基準 B(社会的・職業的機能の著しい低下)、基準 C(障害の総持続期間 6 か月、うち活動期 1 か月)、基準 D(統合失調感情症および精神病性気分症の除外)、基準 E(物質・身体疾患の除外)、基準 F(自閉スペクトラム症の既往があるときは妄想・幻覚が 1 か月以上)である。なお A4 は、ICD-11 で [f] 解体した行動と [g] 精神運動症状の二項目に分けて立てられているものを、一項目にまとめて規定したものに相当する。
実務的観点からの注記
三者を比べると、診断要件の構造に、実務上意味のある違いがいくつか認められる。第一は症状期間である。ICD-11 と ICD-10 は、活動期症状が 1 か月続くことを時間の基準とする。これに対して DSM-5-TR は、活動期 1 か月に加えて、障害の総持続期間 6 か月を満たすことを求める(基準 C)。この違いのため、DSM-5-TR で「統合失調様症」(schizophreniform disorder、1〜6 か月)と分類されるものの一部は、ICD-11 では「急性一過性精神症」(6A23、3 か月以下)または「統合失調症」(6A20、1 か月以上)のどちらかに振り分けられる。したがって、両分類のあいだに完全な対応関係は成り立たない。
第二は機能基準の有無である。DSM-5-TR は、社会的・職業的機能の著しい低下を診断要件として明記する(基準 B)。一方、ICD-11 と ICD-10 はこれを採用していない。ICD は世界保健機関の国際統計分類として、まず疾病そのものを見分けることを優先する立場をとる。機能の評価は、WHODAS などの別の道具で扱う方針である。本マニュアルの読者が業務で接する書面のなかで、診断と機能評価とが別々の項目として書かれている場合があるのは、この事情による。
第三に、DSM-5-TR は、自閉スペクトラム症またはコミュニケーション症の既往がある場合の診断について、基準 F として明示的に規定している。すなわち、顕著な妄想または幻覚が少なくとも 1 か月以上認められる場合にのみ、統合失調症を追加で診断する。ICD-11 と ICD-10 には、これに対応する個別の規定がない。本マニュアル読者の業務、とくに成人領域で両者の重なりを見きわめる場面にとって、この基準 F の存在は実務上の意味をもつ。
第四に、シュナイダー一級症状の扱いがある。ICD-10 では、G1.1 群(思考化声、思考吹入・奪取・伝播、コメントする声・対話する声、妄想知覚、文化的に不適切な奇異な妄想)に属する単一の症状で診断が可能であった。ICD-11 はこの特別扱いを廃止した。これは DSM-5 がすでに採っていた方針に揃えたものである。その背景には、シュナイダー一級症状が統合失調症に特有である度合い(特異性)は必ずしも高くない、という研究上の知見があるとされる。とくに注目されるのは、ICD-10 G1.1.b に明記されていた妄想知覚(Wahnwahrnehmung)の扱いである。妄想知覚とは、正常な知覚に対して、それと結びつかない異常な意味づけが突然与えられるという体験を指す。知覚と意味づけの二段構造でとらえるこの形式的な概念は、ヤスパースからシュナイダーへと続く系譜に由来する。この概念は ICD-11 の診断要件の表面からは退き、項目 [a] には「持続的な妄想(誇大/関係/被害等)」という、内容の主題による例示が残るにとどまる。妄想知覚は、「妄想知覚があるからこそ本人がそのように考え、そのように確信するに至るのだ」という形で、本人の言動のなりたちを説明する記述語として臨床上有用であった。それだけに、診断要件のレベルから失われたことには実務上の不便がある。ただし、これらの症状を観察するための語彙としての価値そのものが失われたわけではない。本人の体験を記述する手立てとしては、今後も用いられうる。
第五に、DSM-5-TR における幻覚および妄想の定義について述べておく。DSM-5(2013)以来、幻覚は「外的刺激を伴わずに生じる知覚様体験であり、それらは鮮明かつ明瞭であって、通常の知覚と同様の力と衝撃[重み]をもち、随意的な制御下にはない」(“perception-like experiences that occur without an external stimulus. They are vivid and clear, with the full force and impact of normal perceptions, and not under voluntary control.”)と規定されている。この定義は DSM-5-TR にもそのまま受け継がれている(pp. 101–102)。あわせて妄想は、「相反する証拠に直面しても変更されない、固定された信念」(“fixed beliefs that are not amenable to change in light of conflicting evidence.”)と規定される。本マニュアルの読者にとっては、本人の体験について次の三点が、観察と聴き取りの場面で手がかりとなる。(一)鮮明かつ明瞭であるか。(二)通常の知覚と同等の重みをもって体験されているか。(三)本人の意志によって止めることができないか。なお、ドイツ語圏の伝統的な精神病理学では、一級症状としての幻聴に「正常知覚と同等の鮮明さ」を必ずしも求めてこなかった。知覚的な特性が部分的にしか備わらない事例も、典型として記述されてきた経緯がある。したがって、DSM-5-TR の知覚の強さに重きを置いた規定は、伝統的な記述語彙と完全に重なるものではない。本人の体験を記述するときは、知覚的な強さだけによらない、多面的な観察が望ましい。
第六に、DSM における奇異な妄想(bizarre delusion)の位置づけの変化について述べておく。DSM-IV-TR までは、A 基準に注(Note)が置かれていた。すなわち、「妄想が奇異であるか、または幻聴が患者の行動を実況する声、もしくは二つ以上の声が互いに会話する形式である場合は、A 基準の症状はそのうち一項目のみで足りる」というものである。このため、奇異な妄想と特定の形式の幻聴は、単独で統合失調症の診断要件を満たすことができた。これは、DSM がシュナイダー一級症状の系譜を受け継いでいた跡である。DSM-5(2013)はこの注を撤廃した。A 基準は、「妄想・幻覚・まとまりのない発語」のいずれかを少なくとも一項目含む二項目以上を要件とするよう、一律に改められた。これは DSM-5-TR にもそのまま受け継がれている。すなわち、現在の DSM-5-TR では、奇異であるかどうかにかかわらず、二つ以上の症状の存在が必要である。なお bizarre delusion の概念そのものは、A 基準の文面から退いただけである。本文中の解説には、「明らかに非現実的で、同一文化の人々にとって了解不可能であり、通常の生活経験から派生しない妄想」という定義が保たれている。その例示として、「精神または身体に対する統制の喪失を表現する妄想」(すなわちシュナイダー一級症状的な妄想)が挙げられている。撤廃の主な理由として論者が挙げるのは二点である。(一)奇異か奇異でないかの判定が、評価者のあいだで必ずしもよく一致しないこと(評定者間信頼性の問題)。(二)シュナイダー一級症状の特異性についての近年の研究的知見である。本マニュアルの読者は、DSM-IV までの時点で書かれた診断書のなかに、「単一の奇異な妄想に基づいて統合失調症の診断がなされた」という形の記述を目にする可能性がある。これは DSM-IV までの A 基準に基づく適正な判断であり、DSM-5 以降の枠組みとは異なる規定のもとでなされたものとして読み解いていただきたい。なお、本章の対象である統合失調症(295.90 / F20.9)においては、奇異な妄想は特定子(specifier)としても採用されておらず、診断記述の項目から消えた状態にある。この点を念のため付け加えておく。これは、姉妹カテゴリーの妄想症(6A24 / 297.1)において、「奇異な内容を伴うか否か」が現在も特定子として保たれているのと対照的である(本章冒頭の対照表における妄想症の項を参照されたい)。文献によっては、DSM-5 以降の変更点を「奇異な妄想は特定子に格下げされた」と書くものがある。しかしこれは、妄想症の側の事情と統合失調症の側の事情とを混同したものとみてよい。統合失調症の診断記述において、奇異な妄想が特定子として機能する場面は存在しない。
統合失調感情症(6A21)
統合失調感情症とは、統合失調症の症状と、本格的な気分症のエピソードとが、同じ時期に重なって現れる病態である。具体的には、統合失調症の診断要件と、中等度以上の抑うつエピソード、躁エピソード、混合エピソードのいずれかの診断要件とが、同時に、または数日のうちに前後して満たされる場合に診断される。両者の症状は、それぞれ少なくとも 1 か月以上続くことが必要である。したがって本症は、統合失調症の経過に気分症状が添えられただけの場合とも、気分症の重症型として精神症症状が伴う場合とも区別される。その意味で、独自のカテゴリーとして位置づけられる。なお CDDR には、本症の診断にあたって、抑うつエピソードは抑うつ気分そのものを含んでいなければならず、興味や喜びの減退だけでは足りない、という注が付されている。
もっと詳しく:統合失調感情症と気分症状を伴う統合失調症・精神症症状を伴う気分症との鑑別
気分エピソードに幻覚や妄想が伴って現れる場合、その症状の現れ方によって、統合失調感情症(6A21)、気分症状を伴う統合失調症(6A20.xx + 6A25.2)、精神症症状を伴う気分症(6A6 / 6A7x.x)のいずれに当たるかが分かれる。診断は精神科主治医の領域に属する事項である。しかし関係職種にとっても、この三者の区別の要点を知っておくことは役に立つ。主治医の診断書や意見書を読み解くとき、復職審査の資料を作成するとき、また職場の受け入れ体制を調整するときに、その理解が生きる。以下に、Hölzel における整理を引いて、鑑別(見分け)の要点を表に示す。
| 統合失調感情症 (6A21) |
気分症状を伴う統合失調症 (6A20.xx + 6A25.2) |
精神症症状を伴う気分症 (6A6 / 6A7x.x) |
|
|---|---|---|---|
| 診断基準 | 統合失調症の基準と、中等度ないし重度の気分症の基準とが、同時に、または数日以内の近接した時期に発症する。 | 統合失調症の基準を満たすものに、気分症状が伴って認められる。 | 中等度ないし重度の気分症の基準を満たすものに、加えて幻覚または妄想が認められる(形式的思考障害は含まれない)。 |
| 時間基準 | 両者の症状が同時に 1 か月以上にわたって持続する。 | 中等度ないし重度の気分症状は 1 か月未満に限られる。 | 妄想・幻覚は気分エピソードの期間中にのみ現れる(気分症状のない時期に統合失調症の診断要件を満たす症状が認められる場合は、統合失調症または統合失調感情症が検討される)。 |
| 重症度 | 症状は、少なくとも中等度の気分症の診断が成り立つ強さであることが必要。 | 気分症状の持続期間に制限はないが、その強さは軽度の気分症の診断が成り立つ程度にとどまる。 | 精神症症状の頻度や種類そのものに上限の規定はないが、統合失調症の必須所見(適格症状を含む二症状が 1 か月以上)を満たさないことが条件となる。 |
| 陰性症状の有無 | 認められうる。 | 認められうる(統合失調症では陰性症状はしばしば認められる)。 | 認められない。ただし、現象学的に(見かけの現れ方のうえで)よく似た症状、たとえば抑うつ気分が認められる場合はある。 |
| エピソードの総期間 | 1 か月以上、多くはより長期。 | — | 2 週間以上、しばしばより長期(抑うつエピソードは 2 週間以上。躁エピソードは CDDR では 1 週間以上であり、精神症症状を伴う躁エピソードはこれより短い総期間でありうる)。 |
出典:Hölzel L, Berger M(Hrsg.), ICD-11 — Psychische Störungen, Berlin: Springer; 2024, 第 5 章「Schizophrenie oder andere primäre psychotische Störungen」表 5.7 より試訳(原表は Schulze-Lutter et al. 2021 をもとに改変されたもの)。
訳注:原表のうち、「気分症状を伴う統合失調症」の陰性症状の欄(原表では「認められない」)、および「精神症症状を伴う気分症」の時間基準・重症度の欄(原表では「1 か月未満」「散発的・単一カテゴリーに限る」)は、CDDR 最終版(WHO, 2024)の規定——陰性症状は統合失調症の必須所見の一項目であり「統合失調症ではしばしば認められる」(p. 169)こと、気分症に伴う精神症症状の区別基準は「気分エピソードへの限局」と「統合失調症の必須所見を満たさないこと」(pp. 169–170)であって期間や種類の上限ではないこと——に合わせて修正した。原表が補助コードとして挙げる「6A25.2」は、ICD-11 において「一次性精神症性障害における抑うつ気分症状」を指す症状特定子である。気分症状が躁性のものとして伴う場合には、「6A25.3」(一次性精神症性障害における躁性気分症状)が用いられる。なお、これらの修正はいずれも原著の読み違いによるものではない。原著のドイツ語原文は、陰性症状の欄が「Nicht vorhanden(evtl. phänomenologisch ähnliche Symptome, z. B. Depressivität)」、重症度の欄が「Psychotische Symptome dürfen nur vereinzelt und aus einer Kategorie bestehen (z. B. nur Wahn oder nur Halluzinationen) und erfüllen nicht die Kriterien einer Schizophrenie」、時間基準の欄が「Wahn oder Halluzinationen < 1 Monat nur während der affektiven Episode」であり、本書旧版の訳文はこれを正確に写している。すなわち相違は、原著が依拠した ICD-11 関連文書と CDDR 最終版とのあいだに生じたものである。同様に、本章前半の表における「列挙された症状はすべて同等の重みをもつ」も、原著の「Künftig sind die aufgezählten Symptome in ihrer Gewichtung gleichwertig, es müssen generell zwei Symptome gegeben sein」の忠実な訳であって、CDDR 最終版が定める適格症状 a)〜d) の規則は、原著のこの記述には現れていない。原表が 6A25.2 のみを記している点については、Hölzel 本文および原典 Schulze-Lutter et al. 2021 を参照したうえで、改めて検討する予定である。
統合失調型症(6A22)
統合失調型症とは、発話、知覚、信念、行動における特異なパターンが、持続的に認められる障害である。ただしその強さは、統合失調症や統合失調感情症や妄想症の診断要件を満たすほどではない。具体的には、次のような特徴が複数組み合わさって認められる。感情の表れの幅の狭さ、奇妙で風変わりな行動や外見、対人関係における疎隔(打ち解けない距離があること)と引きこもり、文化的な規範を超える特異な信念や魔術的思考、強い錯覚、離人感(自分が自分でないような感覚)や現実感喪失、幻聴その他の幻覚をはじめとする知覚のゆがみ、疑い深さや被害的な考え、回りくどさや常同性(同じ言い回しの繰り返し)を含む奇妙な発話、そして、本人にとって異物として体験されない(やめたい・不合理だという感覚を伴わない)強迫的な反芻——しばしば醜形的・性的・攻撃的な内容をもつ——などである。
症状は 2 年以上にわたって、持続的または断続的に認められることが必要である。妄想・幻覚・思考の障害・影響受動支配の体験が一時的に生じることはあっても、1 か月を超えて続くことはない。この点で統合失調症と区別される。なお CDDR では、これらの症状が本人に苦痛を与えているか、生活の機能に障害を引き起こしていることが、本症の診断要件のひとつとされている。機能障害が診断要件に含まれない統合失調症(6A20)とは対照的であり、書面を読み解くうえでも意味のある違いである。
急性一過性精神症(6A23)
急性一過性精神症とは、前駆状態(発症前の予兆となる時期)を経ずに、2 週以内で明らかな精神症症状を呈する状態に至る、急な発症型の障害である。妄想、幻覚、思考の障害、影響受動支配の体験が現れうる。ただし、症状の性質や強さは日ごとに、ときには同じ日のうちでも急激に変化するという特徴がある。陰性症状はみられない。
持続期間は通常、数日から 1 か月程度であり、3 か月を超えない。これを超えて続く場合は、統合失調症や他の障害の枠組みから改めて検討される。
妄想症(6A24)
妄想症とは、持続的な妄想を中核とし、その他の精神症症状(持続する幻覚、明らかな思考の障害、影響受動支配の体験、陰性症状)を欠く障害である。妄想は通常 3 か月以上、しばしばそれよりはるかに長く続く。ただし CDDR は、妄想の内容に関連した特定の幻覚——たとえば、寄生虫や虫に感染しているという妄想における触覚の幻覚——が存在する場合はあると明記している。診断上問題となるのは、妄想内容から独立した、明瞭で持続的な幻覚である。
妄想の内容は人によってさまざまだが、その人個人のなかでは内容が比較的安定しているのが特徴である。主題としては、被害的なもの、身体的なもの(医学的検査では正常であるにもかかわらず、臓器が腐っているなどと確信する)、誇大的なもの、嫉妬的なもの、被愛的なもの(有名人や面識のない人物が自分を愛していると確信する)などが含まれる。
妄想の体系から直接派生する行動を除けば、感情、発話、行動の他の側面はおおむね保たれる。発症は他の一次性精神症より遅い傾向にあり、症状の安定性も比較的高い。
もっと詳しく:症状特定子(6A25)について
本章で扱った七つの症状領域(妄想、幻覚、形式的思考障害、自我体験の障害、陰性症状、行動の解体、精神運動症状)は、統合失調症(6A20)などの診断要件としての位置づけをもつ。ICD-11 はこれとは別に、現在の臨床像を記述するための任意の症状特定子(6A25)として、以下の六つの症状領域を設けている。診断書や復職審査資料に「6A20.xx + 6A25.x」のような併記が現れることがある。その読み解きの参考として、本節を設ける。
- 6A25.0 陽性症状:妄想、幻覚(言語性幻聴が最も多い)、解体した思考(形式的思考障害)、行動の解体(奇異で無目的な行動)、影響・受動・支配の体験等。
- 6A25.1 陰性症状:情動反応の減退、社会的引きこもり、無気力、発話の貧困等。
- 6A25.2 抑うつ気分症状:気分の落ち込み・悲しみ(観察の面では、涙ぐむ、打ちひしがれた様子)。抑うつ気分そのものに限って評定し、随伴する非気分症状(睡眠や食欲の変化等)は含めない。自殺念慮がある場合は、自動的に中等度以上と評定される。
- 6A25.3 躁性気分症状:気分の高揚・多幸・易刺激性・開放性(気分状態間の急速な変動を含む)、主観的なエネルギーの増大等。睡眠欲求の減少などの非気分症状は含めない。
- 6A25.4 精神運動症状:精神運動性の激越(そわそわと落ち着かない、手をもむ、常同的な動き等)、精神運動制止(動作と発話の全般的な遅れ)、カタトニア症状(姿勢保持、蝋屈症、拒絶症、緘黙、昏迷等)。
- 6A25.5 認知症状:集中困難、記憶障害、見当識障害(時間や場所がわからなくなること)、判断力障害等。
各領域は「なし/軽度/中等度/重度」の四段階で評価され、過去 1 週間の症状の重さに基づいて判定される。現在の臨床像を記述するのに必要なだけ、複数の領域を併せて適用してよい。また、その領域の症状は認められるものの情報が足りず重症度を判定できない場合には、重症度を付けずに領域コードのみ(例:6A25.0)を記録することも認められている。この特定子は、診断カテゴリーそのものを決めるものではない。診断に加えて、現在の症状像を個別に記述するための仕組みである。たとえば「統合失調症(6A20)+陽性症状中等度(6A25.0)+抑うつ気分症状軽度(6A25.2)」というように、一人の患者の臨床像を、診断名と症状像の二層で記述することができる。これにより、本人が現にどの症状領域でどの程度の困難を抱えているかという、診断ラベルだけでは伝わらない情報を共有できる。復職のときに職場で必要とされる配慮の内容を話し合う際、この情報は議論の土台として役に立ちうる。
経過と頻度について
統合失調症は通常、青年期の後半から成人期の前半にかけて発症する。CDDR によれば、本症は男性にやや多く、初回エピソードの発症は男性では 20 代前半から半ば、女性では 20 代後半に多い。女性では陽性症状がより多く、生涯の経過のなかで増悪しやすいこと、また気分の障害やその後の併存症を伴いやすいことが記されている。一方、解体した思考、陰性症状、社会的機能の障害は、女性では少ない傾向にあるとされる。
経過は人によって大きく異なる。陽性症状(妄想、幻覚、思考の障害)は時間とともに自然に減っていく傾向があるが、陰性症状はしばしば持続する。寛解と再発を繰り返す経過、症状が続く経過、初発エピソードだけで寛解する経過の、いずれもありうる。早く見つけて適切な治療を続けることが、長期の経過に影響を与えるとされている。
本群の頻度は、神経発達症群や気分症群に比べれば低い。しかし、発症したときに本人の生活全体へ及ぼす影響は大きい。本書が本章を独立した位置に置くのは、この影響の大きさを重くみるからである。
成人領域における留意点
本群の障害を成人領域で扱うときの留意点として、次の三点を挙げておきたい。
第一に、妄想や幻覚に似た体験、あるいはまとまりを欠く発話が観察されたからといって、それが直ちに統合失調症の診断を意味するわけではない。このような症状は、たとえば第 7 章で取り上げるストレス因関連症群でも現れることがある。PTSD のフラッシュバック体験は、その鮮明さのために幻覚とまぎらわしい場合がある。また、急性一過性精神症(6A23)として短期間で寛解する場合や、薬物・身体疾患・他の精神症に伴う二次的な症状として現れる場合もある。統合失調症の診断には、特定の症状の組合せが少なくとも 1 か月以上続くことが要件とされている。観察された症状をすぐに診断と結びつけることは、本人の生涯を左右する判断を性急に下すことになりかねない。
第二に、文化的・社会的な文脈への配慮である。CDDR はとくに本群について、文化的・宗教的に認められた信念や実践と、精神症症状とを混同しないよう、繰り返し注意を促している。霊や祖霊との交流、特定の宗教的体験、迷信的な信念などが、その人の属する文化集団のなかで標準的なものである場合、それらは精神症症状とはみなされない。同時に CDDR は、移民や少数集団の人々が本群の診断を不当に多く受けやすいことも警告している。本人と評価者のあいだの文化的距離が評価をゆがめる可能性への認識は、関係する職種のあいだで共有されるべきである。
第三に、本人の生活と就労・修学への影響をめぐる議論についてである。本群の障害をもつ人の、職場や学校への復帰、配置の検討、雇用や就学の継続といった事項は、本人・家族・主治医・関係職種のあいだでの慎重な議論を必要とする。診断それ自体が、本人の生活上の能力を一律に決めるわけではない。症状の現状(活動性、部分寛解、完全寛解)、機能の水準、適切な治療と支援の有無などを踏まえた、個別の判断が必要である。