第 5 章 ・ ICD-11 ・ 6B0

不安・恐怖関連症群

不安・恐怖の対象による分類

本章では、ICD-11 において「不安・恐怖関連症群」とまとめて呼ばれる一群の障害を概観する。気分症群と並んで、本書の読者である関係諸職種が、職場・学校・福祉・医療の現場で日常的に出会う障害群である。気分症と併存する(同時に存在する)ことも多いため、両者はあわせて理解しておきたい障害群である。

不安・恐怖関連症群とは

本群は、過剰な恐怖と不安、およびそれらに関連する行動の障害を中心的な特徴とする障害群であり、症状は著しい苦痛または機能の障害をもたらすほどの重さをもつ。CDDR(ICD-11 の臨床記述と診断要件)は、恐怖と不安を互いに近い現象としたうえで、次のように区別している。恐怖は、いま目の前にある差し迫った脅威を感じ取ったときの反応である。これに対して不安は、より未来に向いたもので、これから起こるかもしれない脅威を感じ取ったときの反応をいう。

本群に含まれる各障害は、不安や恐怖の「対象」──CDDR の言い方では、恐怖や不安の引き金となる刺激や状況──によって互いに区別される。対象が特定の事物に限られるのか(限局性恐怖症)、社会的な場面に集中するのか(社交不安症)、逃げ出しにくい状況が中心なのか(広場恐怖症)、日常生活の全般に広く分布するのか(全般不安症)。このように、不安・恐怖の対象がどのように分布しているかが、各障害を見分けるときの基本の軸となる。あわせて、本人がその対象について何を心配しているか(各障害に特徴的な考えの内容)も、対象を特定し障害を見分けるうえでの手がかりとなる。

ICD-11 の本群には、全般不安症(6B00)、パニック症(6B01)、広場恐怖症(6B02)、限局性恐怖症(6B03)、社交不安症(6B04)、分離不安症(6B05)、場面緘黙症(6B06)の七つのカテゴリーが含まれる。

本群の位置づけは、ICD-11 で大きく変更された。ICD-10 までは、不安に関する諸障害は「神経症性、ストレス関連性および身体表現性障害群」のなかに置かれていた。ICD-11 では、これらが独立した一群として位置づけ直された。あわせて、生涯のどの時期にも起こりうるという観点(「生涯軸」)に基づく再編成が行われた。その結果、ICD-10 では児童期に特有とされていた分離不安症や場面緘黙症も本群に組み込まれた。ただし、成人例の存在が CDDR に明記されているのは分離不安症のほうであり、場面緘黙症の診断要件は児童を想定して記述されている(場面緘黙症の節を参照)。

本章と関連する二つの障害の位置づけを確認しておく。第一に、心気症は伝統的には不安症の一種として理解されてきたが、ICD-11 では第 6 章で扱う強迫症または関連症群(6B23)に分類されている。第二に、抑うつ症状と不安症状の両方が持続して認められるものの、どちらか単独の診断の要件は満たさない場合のために、混合抑うつ不安症というカテゴリーがある。これは第 4 章で扱う気分症群(6A73)に位置づけられている。本群とこれらの群との境界をどこに引くかは、ICD-11 における不安・恐怖の体系の特徴のひとつである。

診断のときは、文化的な背景への配慮も重視される。CDDR は本群について、次の点を指摘している。文化集団によっては、不安・恐怖が考えの上の症状(認知症状)よりも、むしろ身体症状として表現されることがある。また、外的な力や呪術的な解釈の枠組みのなかで語られることもある。日本の臨床でも、不安症状が動悸・腹部不快感・震えなどの身体症状を入り口として現れることは、まれではない。

全般不安症(6B00)

特定の状況に限られない漠然とした不安(「自由浮動性不安」と呼ばれる。特定の対象のない、とりとめのない不安のこと)、または日常生活の複数の領域(仕事、家計、健康、家族など)にわたる過度の心配を中心とする障害である。これに加えて、筋緊張(筋肉のこわばり)、運動不穏(じっとしていられない落ち着きのなさ)、自律神経系の過活動(消化器症状、動悸、発汗、震え、口渇など)、神経過敏、注意集中の困難、易刺激性(ささいなことで苛立ちやすいこと)、睡眠障害などの症状が伴う。

症状は一時的なものではなく、少なくとも数か月以上にわたり、症状のない日よりも症状のある日のほうが多いという頻度で続くことが診断の要件である。気分症との重なりが大きく、抑うつエピソードの併存が頻繁に認められる。ただし CDDR は、抑うつエピソードと重なる時期の症状だけでは本症と診断せず、抑うつエピソードの発症より前、または完全な寛解(症状がほぼ消えた状態)の後にも本症の要件が満たされている場合に診断する、という境界規定を置いている。

パニック症(6B01)

繰り返すパニック発作を中心とする障害である。パニック発作とは、強烈な恐怖や不安が突然出現し、次のような症状が同時に急速に現れるものをいう。動悸または心拍数の増加、発汗、震え、息苦しさ、窒息感、胸痛、悪心(吐き気)または腹部不快、めまいまたはふらつき、悪寒または熱感、四肢のしびれ、離人感または現実感喪失(自分や周囲が現実でないように感じられること)、自制を失うこと、または気が狂うことへの恐怖、死が差し迫っているという恐怖などである。発作は急速に頂点に達し、通常は数分間しか続かないが、より長く続くこともある。

診断には、発作の少なくとも一部が、特定の状況に限定されず、予期しない形で出現することが必要である。発作のあとには、次のようなものが伴う。再発への持続的な不安や心配(数週間にわたるなど)、発作の意味をめぐる心配(心臓発作の前兆ではないか、など)、あるいは再発を避けるための行動の変化である。

パニック発作そのものは、他の不安または恐怖関連症をはじめ、それ以外の精神疾患の文脈でも出現しうる。そのため、発作があるというだけで本症と診断することはできない。このような場合のために、ICD-11 には「パニック発作を伴う」という特定子(MB23.H。診断に付け加える詳細情報の項目)が用意されており、パニック症の診断には至らない発作の存在は、この特定子によって記述される。

広場恐怖症(6B02)

逃げ出すことが難しかったり、助けが得られにくかったりする複数の状況において、過剰な恐怖や不安が出現する障害である。状況の例として、公共交通機関の利用、人混み、一人で外出すること、店舗や劇場、行列に並ぶ場面などが挙げられる。本人がこれらの状況を恐れる理由は、その場でパニック発作の症状が生じること、あるいは、転倒のように動きがとれなくなる事態や、失禁のように人前で恥ずかしい思いをする身体症状が生じることへの心配である。

本人はこれらの状況を自分から避けるか、特定の条件のもと(同伴者がいるときなど)でのみ立ち入るか、あるいは強い不安に耐えながらその場に居続ける。症状は数か月以上にわたって続く。本症はパニック症と併存することも、単独で存在することもある。

限局性恐怖症(6B03)

特定の対象や状況に対して、それが実際にもたらす危険とは釣り合わないほどの、過剰で持続的な恐怖や不安が一貫して出現する障害である。対象の例として、動物、注射、血液、高所、閉所、雷雨、飛行機などが挙げられる。その対象や状況に直面したとき、あるいはそれを予期しただけで、不安反応が引き起こされる。本人はその対象や状況を自分から避けるか、あるいは強い不安に耐えながら向き合う。恐怖・不安や回避のパターンは一時的なものではなく、数か月以上にわたって続く。

恐怖の対象が業務や学業に直接関わるものでない場合、生活全般への影響は小さくとどまることもある。しかし、回避が長期にわたる場合や、対象が日常生活に組み込まれている場合には、機能障害がはっきりと現れる。

社交不安症(6B04)

一つまたは複数の社会的な場面において、過剰な恐怖や不安が一貫して出現する障害である。場面の例として、他者との会話、他者の前での飲食、聴衆の前での発表などが挙げられる。本人が心配しているのは、自分が他者から否定的に評価されるような振る舞いをしてしまうこと、あるいは不安の症状(赤面、発汗、震えなど)を他者に見られて評価を下げることである。CDDR はこの否定的な評価の内容として、恥をかくこと、ばつの悪い思いをすること、拒絶されること、他者の気分を害することを挙げている。

本人はその社会的な場面を避けるか、強い不安に耐えながらその場に臨む。症状は数か月以上にわたって続く。本人が赤面、発汗、震えなどの身体症状だけを訴えて相談に来ることもある。その場合、背景に社会的評価への不安が隠れていないかに注意する必要がある。

社交不安症は、他の不安症や気分症との併存が多い。また、物質使用症の発症の入り口となることもある。社交場面の不安をやわらげるためにアルコールを用いることが、習慣になってしまう場合があるからである。

分離不安症(6B05)

本人が深い情緒的な絆を結んでいる相手(愛着の対象)から離れることに対して、過剰な恐怖や不安が出現する障害である。小児・青年期には、愛着の対象は親や養育者であることが多い。成人期には、配偶者、恋愛相手、子などであることが多い。本症は従来、児童期の障害と見なされてきたが、ICD-11 では成人例の存在もはっきりと認められている。

分離に関連する出来事や、分離を予期する状況では、過度の苦痛、登校・出勤の拒否、悪夢、身体症状などが出現する。症状は一時的なものではなく、数か月以上にわたって続く。成人例では、気分症、他の不安症、心的外傷後ストレス症、パーソナリティ症との併存がよくみられる。

場面緘黙症(6B06)

他の場面では話すことができるにもかかわらず、特定の社会的な場面(典型的には学校)では、一貫して話さない、またはほとんど話さない状態をいう。話す能力そのものは保たれており、神経学的な発話・言語の障害とは区別される。診断には、この状態が少なくとも 1 か月続くことが必要であり、入学・転入学の直後の 1 か月だけにみられる沈黙はこれに数えない。発症は典型的には児童期(多くは 5 歳より前)である。本症は、生涯のどの時期にも起こりうるという観点から本群に置かれているが、CDDR の診断要件そのものは児童を想定して記述されており、分離不安症と異なり、成人例への明示的な言及はない。社交不安症との関連が深く、その一変型と見なされることも多いとされる。

成人領域における留意点

本群を成人領域で扱うときの留意点として、次の三点を挙げておきたい。

第一に、不安症と気分症の重なりは大きく、両方を併発する事例は、本群を単独で示す事例と同じかそれ以上に多い。第 4 章で扱った抑うつエピソードと、本章の全般不安症との重なりは、とりわけ目立つ。両者がどちらも一定以上の症状を示しながら、どちらか単独の診断の要件は満たさない場合のために、混合抑うつ不安症(6A73)というカテゴリーが第 4 章に用意されている。実際の臨床において、本群と気分症は、連続したもの・併存するものとして扱われることが多い主題である。

第二に、不安症の症状は身体症状として現れることが多いという点である。動悸・呼吸困難・めまい・発汗・消化器症状などは、本人や周囲には内科的な問題として理解されることが多い。そのため、複数の医療機関を受診したあとで、ようやく精神科的な問題として把握されるという経路をしばしばたどる。職場や学校の場面で、本人が特定の場面(会議、発表、通勤など)に限って体調不良を訴えるとき、その状況の偏り(状況的特異性)が本群に気づく手がかりとなりうる。

第三に、休職・休学および復職・復学の判断についてである。本群は気分症と異なり、典型的には、区切りのある発症と回復を繰り返す経過(エピソード性の経過)ではなく、持続的な経過をとる。ただしパニック症については、長い寛解期を挟んでエピソード的に経過する人もいることが CDDR に記されている。つまり、症状の完全な寛解(症状がほぼ消えた状態)を待つというよりも、症状を伴いながら一定の機能水準を取り戻すことが、現実的な目標となることが多い。本章で扱った各障害には、それぞれ不安を引き起こす特徴的な対象や状況がある。本人にとっては、それが職場や学校の場面に組み込まれていることがあり、業務内容や学習環境の調整が回復過程の重要な要素となる。診断のラベルが本人の能力を一律に決めるわけではないという原則は、本章においても変わらない。

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