第 6 章 ・ ICD-11 ・ 6B2

強迫症または関連症群

反復的な思考と行動の諸相

本章では、ICD-11 において「強迫症または関連症群」とまとめて呼ばれる一群の障害を概観する。本群は、反復的な思考と反復的な行動を共通の特徴として、ひとつの群にまとめられている。前章で扱った不安または恐怖関連症群と臨床像が部分的に重なるが、ICD-11 では独立した一群として位置づけられている。本群には、本書の成り立ちという観点からとくに重要な意義をもつ自己臭症(6B22)も含まれる。

強迫症または関連症群とは

本群の障害は、いずれも反復的な思考または反復的な行動、あるいはその両方を中心的な症状とする。この特徴は、不安または恐怖関連症群など他の障害群の特徴と部分的に共通する。しかし CDDR(ICD-11 の臨床記述と診断要件)によれば、本群にまとめられた諸障害は、診断の妥当性を支える主要な指標のうえで互いに共通性をもち、併存することも多い。この共通性には、遺伝要因の共有が部分的に関係している可能性がある。ICD-11 が本群を独立した一群として置いたのは、この理由による。そのうえで本群の内部は、症状の認知的な側面(考えの側面)と行動的な側面が、それぞれどのように現れるかによって整理されている。

強迫症、身体醜形症、心気症、自己臭症の四者は、いずれも反復的な認知現象(強迫観念、侵入思考〔意思に反して頭に入り込んでくる考え〕、とらわれ)が中心にあり、それに対応する反復的な行動が伴う障害として位置づけられる。これに対して、ためこみ症の中心にあるのは侵入的で望まない思考ではなく、所有物をためこもうとする強迫的な必要感と、所有物を捨てることに関連する苦痛である。また、身体への反復行動症群(抜毛症や皮膚むしり症)の中心にあるのは、考えの側面が前面に出ない、習慣化された自分の身体への行為である。

ICD-11 の本群には、強迫症(6B20)、身体醜形症(6B21)、自己臭症(6B22)、心気症(6B23)、ためこみ症(6B24)、身体への反復行動症群(6B25)の六つのカテゴリーが含まれる。認知的な現象を中心とする四群(強迫症・身体醜形症・自己臭症・心気症)および ためこみ症については、本人の症状に対する病識(自分の信念や行動が過剰または不合理であると認める程度)の水準を、特定子(診断に付け加える詳細情報の項目)として記述する枠組みが用意されている。病識の水準は、「十分から良好」または「乏しいか欠如」の二段階のいずれかとして特定される。

ICD-11 の強迫症では、本人に病識があることは診断の要件ではない。従来の強迫症の概念のなかには、症状に対する強い病識があることを診断の要件として含むものがあった。しかし ICD-11 ではこの要件が廃止され、病識の水準は、診断の可否を決める条件ではなく、特定子によって記述する事項へと位置づけが改められた。これにより、病識が乏しい症例についても、強迫症の枠組みのなかで扱える設計に変わった。

強迫症(6B20)

強迫観念または強迫行為、あるいはその両方があることを中心とする障害である。

強迫観念とは、繰り返し、持続的に出現する思考、イメージ、または衝動のことをいう。これらは本人にとって、侵入的で望ましくないものとして体験され、しばしば不安を伴う。代表的な内容として、汚染への恐れ、危害への恐れ、対称性や正確さへのこだわり、宗教的・性的な内容のとらわれなどがある。本人は通常、これらを無視するか抑え込もうとする。あるいは、強迫行為によってそれらを打ち消そう(中和しよう)とする。

強迫行為とは、本人が行わざるを得ないと感じる反復的な行動や、心の中で行う行為をいう。強迫観念に応じて行われるもの、硬直した規則に従って行われるもの、「完全だ」という感覚を得るために行われるものがある。手洗い、確認、物の整列、儀式のような数えごと、特定の語句を心の中で繰り返すことなどが含まれる。これらの行為は、恐れている事柄と現実的なつながりをもたないか、つながりがあるとしても明らかに過剰なものとなる。

強迫観念や強迫行為は、時間を消費するものであるか(CDDR は一日 1 時間を超えることを例として挙げる)、本人の生活の重要な領域にはっきりとした苦痛または機能障害をもたらす。

身体醜形症(6B21)

自分の外見に一つまたは複数の欠点や欠陥がある、あるいは自分は全般的に醜いという、持続的なとらわれを中心とする障害である。その欠点は、他者にとっては目立たないか、ほとんど分からない程度のものである。とらわれには外見についての過剰な自意識が伴い、しばしば関係念慮(人々がその欠点に気づき、値踏みし、話題にしているという確信)を含む。

とらわれに伴って、外見を確認する反復的な行為(鏡で見る、写真を撮る、他者に確認を求めるなど)や、欠点を隠したり直したりしようとする反復的な行為(化粧、衣類で隠すこと、皮膚への接触、整形手術を強く求めることなど)が認められる。社会的な場面の回避を伴うことも多い。本人の生活への影響は重大で、社交、就労、就学に深刻な支障をきたしうる。

自己臭症(6B22)

自分が不快な体臭または口臭を発しているという確信または懸念を中心とする障害である。その確信や懸念は、客観的な事実に比べて著しく釣り合いを欠いている。実際には他者に感じ取られないか、ごくわずかにしか感じ取られない程度の臭いについて、本人は強い自意識をもつ。しばしば「他者が自分の臭いに気づき、評価し、語り合っている」という関係念慮(周囲の出来事を自分に関係づけて受け取る考え)を伴う。

このとらわれに伴って、次のような行動が認められる。体臭の確認を繰り返す行為(衣類の確認、他者に確認を求めることなど)。臭いを覆い隠そうとする反復的な行為(過度の入浴、香水の使用、衣類の頻繁な交換、特定の食品を避けることなど)。そして、社会的な場面の回避(公共交通機関の利用や、他者との接近を伴う場面を避けることなど)である。

本人の病識の水準は、時期によって変わりうる。不安が軽い状態では、自分の確信が過剰であることを認められる。しかし不安が高まる時期には、確信が妄想といえる水準に達することがある。本症については、社交不安症との鑑別(見分け)や、気分症や統合失調症の二次症状との鑑別が問題となる。本書の関係諸職種にとって、この点に留意を要する障害である。

日本の臨床的文脈——対人恐怖症と自己臭症

本症は、日本の精神医学が「自己臭恐怖」として古くから記載してきた障害である。日本の臨床には「対人恐怖症」という伝統的な概念があり、笠原嘉らの古典的な記載以来、これはひとつのスペクトラム(連続体)として理解されてきた。一方の極には、赤面恐怖や、他人の視線への恐怖がある。ここでは「恥をかくのではないか」「悪く評価されるのではないか」という恐れが中核にあり、病識は保たれている(緊張型)。他方の極には、自己視線恐怖(自分の視線が相手を不快にさせるという確信)、自己臭恐怖(自分の体臭が相手を不快にさせるという確信)、醜形恐怖がある。ここでは恐れの中核が「自分が他者を害している」という確信に移り、病識は乏しくなる(確信型・加害型)。

ICD-11 はこのスペクトラムを、恐れの対象に応じて複数のカテゴリーに分解して受け止めた。確信型のうち、心配が体臭に集中するものは本症(6B22)、外見の欠点に集中するものは身体醜形症(6B21)、確信が妄想の水準に達し他の特徴を伴うものは妄想症とされる。社交不安症(6B04)は、中核的な恐怖の定義に「他者の気分を害すること」への恐れを含めることで、加害型の一部を受け止める構造になっている。CDDR は少なくとも三つの箇所で対人恐怖症に触れている。社交不安症の項では、対人恐怖症を「自分の不適切な社会的ふるまい(例:不適切な視線や表情、赤面、体臭、大きな腹鳴)によって他者の気分を害してしまうことへの恐れ」を伴う社交不安症の一つの形でありうるとし、他の呈示は妄想症・身体醜形症・自己臭症のほうがよく捉えられることがある、とする。本症の項では、心配がもっぱら体臭に集中する場合には自己臭症が適切な診断であり、これらの事例では病識が乏しいか欠如していることが典型的である、と述べている。さらに身体醜形症の項では、対人恐怖症の下位型である醜形恐怖(shubo-kyofu)に触れ、変形していると知覚された自分の外見をとおして他者の気分を害し、当惑させ、傷つけることへの強い恐れを特徴とし、病識は乏しいか欠如しているのが典型である、と記している。自己臭恐怖に関するかぎり、この記載は日本の臨床的理解とそのまま一致する。

ただし、注意すべき点が残る。CDDR に取り込まれたのは、対人恐怖症のスペクトラムのうち、主として加害型の極である。しかも社交不安症の項では、赤面——日本の伝統的理解では、恥の恐れを中核とする緊張型の症状である——までが、「他者の気分を害するふるまい」の例に挙げられている。緊張型の対人恐怖(赤面恐怖、他人の視線への恐怖)の中核は、他者を害しているという確信ではなく、自分が悪く評価されることへの恐れである。この点で、CDDR の特徴づけは日本の古典的な記載と食い違っており、対人恐怖症の全体像——緊張型から確信型に至る連続体——は、ICD-11 の複数のカテゴリーに分散したかたちでしか残っていない。CDDR の原文だけを読んでも、日本の読者に対人恐怖症の全体像は伝わりにくい。本書がこの囲みを置くのは、そのためである。

DSM-5 との違いも記しておきたい。DSM-5 には本症にあたる独立した診断カテゴリーがなく、この状態は「他の特定される強迫症および関連症」の例のひとつ(olfactory reference syndrome)として挙げられるにとどまる。そこでは「jikoshu-kyofu(自己臭恐怖)」という日本語由来の名とともに、対人恐怖症の一変型として紹介されている。また、臭いへの確信が妄想といえる強さに達した事例は、DSM の枠組みでは妄想性障害(身体型)と診断されることがある。これに対して ICD-11 は、本症を独立したカテゴリー(6B22)として立て、確信の強さは病識の特定子(「十分から良好」「乏しいか欠如」)で書き分ける。確信が妄想的な水準に達していても、それが臭いのことに限られるかぎり、診断は本症のままである。日本で生まれた疾患概念が独立のカテゴリーとして採用された点で、ICD-11 のほうが日本の臨床伝統に近い扱いといえる。

参考文献:Nakagami Y, Ii T, Russ TC, Marques JG, Riese F, Sönmez E, Hopwood M, Akiyama T. Taijin kyofusho: A culture-bound diagnosis discussed by Japanese and international early career psychiatrists. Psychiatry and Clinical Neurosciences 2017; 71: 146–149. — 森田・笠原以来の対人恐怖症概念の系譜と、DSM 体系との対応の変遷を整理した書簡論文。

心気症(6B23)

一つまたは複数の重篤な疾患——進行性の、または生命を脅かす疾患を含む——に罹患している可能性があるという、持続的なとらわれまたは恐怖を中心とする障害である。本人は身体の感覚や正常な機能を疾病の徴候と誤って解釈し、繰り返し医療機関を受診したり、自分の身体を調べたり、健康情報を検索したりする。あるいは逆に、医療機関の受診そのものを避けることもある。

本人の苦痛の中心は、身体症状そのものではない。症状をめぐる解釈と懸念こそが、本症の中核である。第 11 章で扱う身体的苦痛症との鑑別が必要である。

ためこみ症(6B24)

所有物が集積し、生活空間が乱雑になって、空間の使用または安全が損なわれるまでに至ることを中心とする障害である。CDDR によれば、この集積は次の二つの両方によって生じる。第一に、物を集めようとする反復的な衝動や行動である。これには、届いたちらしや郵便物がたまるにまかせるといった受動的なものと、無料の物や購入した物の過剰な入手といった能動的なものがある。第二に、物を取っておく必要があるという感覚のために所有物を捨てることが難しく、捨てることに苦痛が伴うことである。

空間の使用または安全が損なわれるという水準は、診断の閾値そのものである。生活空間が片づいている場合でも、それが家族・清掃業者・行政といった第三者の介入によるものであれば、この要件は満たされると扱われる。火災のリスク、衛生上の問題、転倒のリスクといった生活の安全に関わる帰結は、CDDR が付随する特徴として挙げている。なお CDDR によれば、所有物は多くの場合、情緒的な意味(大切な出来事や人との結びつきなど)、道具としての有用性の感覚、またはそれ自体の価値の感覚(美的な質など)のゆえにためこまれる。

身体への反復行動症群(6B25)

皮膚や毛髪など身体の外表に向けられる反復的・習慣的な行為によって、皮膚科学的な結果(脱毛、皮膚病変など)が現に生じる障害群である。行為をやめよう、減らそうと試みてもうまくいかないことが、あわせて診断の要件となる。代表的な下位カテゴリーとして、抜毛症(6B25.0、毛髪を繰り返し抜いた結果、著しい脱毛が生じる)と皮膚むしり症(6B25.1、皮膚を繰り返しかきむしった結果、著しい皮膚病変が生じる)がある。なお CDDR は、広い範囲から一本ずつ髪を抜くために脱毛が外からはっきり見えない場合があることを注記しており、脱毛が「目に見える」ことは要件ではない。

強迫症と異なり、本人は侵入的な強迫観念に応じてこれらの行為を行うわけではない。行為の前に内的な緊張や衝動が高まり、行為のあとに解放感や満足感が得られるというサイクルは、意図して集中的に行われるタイプ(青年期・成人期に多い)の特徴である。CDDR によれば、これとは別に、本人がほとんど意識しないまま自動的に行われるタイプもあり(児童期に多い)、行為への気づきの程度は人によってさまざまである。

成人領域における留意点

本群を成人領域で扱うときの留意点として、次の三点を挙げておきたい。

第一に、本群の障害は、不安または恐怖関連症群と臨床像が重なる部分がある。しかし両者は ICD-11 において別々の群として位置づけられており、治療の方針もそれぞれに固有のものがある。本群の障害が「単なる不安」として扱われ、本来の枠組みでの対応が遅れることのないように、反復的な思考と行動という特徴的な臨床像に注意する必要がある。

第二に、自己臭症や身体醜形症の事例では、本人が自分の症状を「美容や衛生の問題」として受け止めていることがある。そのため、皮膚科や美容外科、歯科を長く回り続けたのちに、ようやく精神医学的な問題として把握されるという経路をとることがある。とらわれと反復行動に気づくことが、適切な相談経路につなぐ出発点となる。

第三に、本群の障害は、本人の苦痛が大きい一方で、本人が自分の体験を周囲に語ることをためらう場合が多い障害群でもある。とくに、自己臭症で社会的な場面の回避が目立つ事例や、ためこみ症で生活空間に他者が立ち入ること自体への抵抗が強い事例では、本人が問題を抱えていることそのものが周囲から見えにくい。職場・学校・福祉の現場での支援は、本人の生活の細部にある手がかりへの気づきから始まる。たとえば、遅刻や欠勤が特定の状況に偏っていること、特定の場面を一貫して避けていること、生活環境が急に変化したことなどである。

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