序
本章では、ICD-11 において「ストレス因関連症群」とまとめて呼ばれる一群の障害を概観する。本群では、特定できるストレス因(外傷的出来事、喪失、生活上の困難など)への曝露(そうしたものにさらされたこと)が、診断に必要な要件として組み込まれている。この点で、本書の他の章で扱う障害群とは異なる位置づけをもつ。本書の関係諸職種にとっては、休職・休学および復職・復学の判断の場面で最も頻繁に取り扱う適応反応症が含まれる。そのため本章は、第 4 章の気分症群と並んで、実用上の重要性が高い章となる。
ストレス因関連症群とは
本群の障害は、いずれも、特定できるストレス因への曝露と直接関連して発症するものとして定義される。ICD-11 に本章が設けられたことは、ICD-10 までの分類体系からの大きな転換を表している。ICD-10 では、本群に近いカテゴリーは「重度ストレスへの反応および適応障害(F43)」として、神経症的な諸障害と並ぶ小さな項目にとどまっていた。ICD-11 では独立した障害グループ(症群)として整備され、新しいカテゴリーも追加された。
本群の中心にある考え方は次のとおりである。本群の諸障害では、特定できるストレス因への曝露が、発症に必要な原因(病因)として診断概念そのものに組み込まれている。ただし CDDR が明記するとおり、ストレス因は発症の必要条件ではあっても、十分条件ではない。ストレス因を経験した人の大多数は、障害を発症しないからである。この位置づけは、他の障害群におけるストレスの役割とは異なる。ストレスや逆境は多くの精神疾患のリスク因子となりうるが、そこではストレスは病因として広く非特異的に働くのであって、特定の障害を直接引き起こすわけではない。たとえば第 4 章で扱う気分症群では、喪失体験のあとにうつ病が発症することはあるものの、診断はうつ病エピソードそれ自体の症状によってなされる。これに対して本群では、ストレス因への曝露そのものが診断の要件である。そのうえで、本群の各障害を互いに見分けるのは、出来事の重さのみによってではなく、主として、ストレス因に反応して生じる症状の性質・パターン・持続期間と、それに伴う機能障害である。ただし、一部の障害(心的外傷後ストレス症など)では極度に脅威的または恐ろしい性質の出来事への曝露そのものが要件となる一方、他の障害のストレス因は通常の生活経験の範囲内のもの(離婚、社会経済的問題、死別など)でありうる。
本章には、心的外傷後ストレス症(6B40)、複雑性心的外傷後ストレス症(6B41)、遷延性悲嘆症(6B42)、適応反応症(6B43)、反応性アタッチメント症(6B44)、脱抑制対人交流症(6B45)の六つのカテゴリーが含まれる。
注記しておくべき点がある。ICD-10 では、本群と並んで急性ストレス反応というカテゴリーが置かれていた。ICD-11 では、これはもはや精神疾患とはみなされず、正常範囲の反応として、ICD-11 の第 24 章「健康状態または保健サービスの利用に影響する要因」に分類された。本群の障害と見分けるときの参照点として位置づけられている。
ストレス因関連症群は、とりわけ文化的な配慮を必要とする障害群でもある。CDDR(ICD-11 の臨床記述と診断要件)は本群について、次の点を指摘している。苦痛の表現のしかたは文化によって異なり、外傷への反応が、その文化に固有の慣用表現や症候群(憑依状態など)のかたちをとることがある。外傷的出来事の原因を、運命、ねたみ、呪術、怒れる霊といった霊的・超自然的なものに帰属して理解する文化もあり、その理解のしかたがストレス因の個人的・社会的な影響を左右する。集団主義的な文化では、外傷に対する本人個人の反応よりも、家族や共同体との関係への懸念が前面に出ることがある。また、同じ出来事でも、文化的な意味づけによって外傷としての重さは変わりうるし、移民集団では、貧困や差別などの併存する社会的要因が苦痛を強めうる。したがって、外傷反応の重さを評価するには、本人の属する文化の規範についての知識が必要になる。
もっと詳しく:ICD-11、ICD-10、DSM-5-TR の分類体系の対照(ストレス因関連症群)
本群は、三つの分類体系のあいだで対応関係がもっとも入り組んだ群のひとつである。ICD-10 にはなかったカテゴリーが二つ新設され、ICD-10 にあったカテゴリーが一つ精神疾患の外へ出され、DSM-5-TR とは急性期の扱いと適応反応症の定義で分かれる。本群に属する障害は、休職・復職の書面にもっとも頻繁に現れる。診断書の病名がどの体系のどの概念を指しているかを読み分けるために、以下に対照表を示す。
| ICD-10 | ICD-11 | DSM-5-TR |
|---|---|---|
| F43.0 急性ストレス反応 | 急性ストレス反応 (QE84)──精神疾患ではなく、第 24 章「健康状態または保健サービスの利用に影響する要因」に置かれる | 急性ストレス症──精神疾患として本章に置かれる(外傷後 3 日から 1 か月) |
| F43.1 外傷後ストレス障害 | 心的外傷後ストレス症 (6B40)──3 症状群・6 症状、持続は「少なくとも数週間」 | 心的外傷後ストレス症──4 症状群・20 症状、持続 1 か月以上。解離症状を伴うもの、遅延顕症型の特定用語 |
| F43.1 外傷後ストレス障害 + F62.0 破局体験後の持続的パーソナリティ変化(CDDR の対応表による) | 複雑性心的外傷後ストレス症 (6B41)──F62.0 は廃止され、本症に置き換えられた | 対応する独立のカテゴリーはない。心的外傷後ストレス症の D 基準(認知と気分の陰性の変化)が部分的に対応する |
| 対応する固有のカテゴリーなし(CDDR の対応表は F43.8 その他の重度ストレス反応に対応させ、F43.2 適応障害への対応づけは ICD-11 の概念と整合しないと注記する) | 遷延性悲嘆症 (6B42)──死別後、少なくとも 6 か月を目安とし、文化的規範を超える持続 | 遷延性悲嘆症──DSM-5-TR(2022)で新設。成人は死別後 12 か月、児童は 6 か月 |
| F43.2 適応障害──短期抑うつ反応、遷延性抑うつ反応、混合性不安抑うつ反応などの下位分類 | 適応反応症 (6B43)──とらわれと適応の失敗による陽性の定義。下位分類は廃止。発症は通常 1 か月以内 | 適応反応症──「ストレス因の重症度に釣り合わない苦痛」による定義。発症は 3 か月以内。抑うつ気分を伴うもの、不安を伴うもの、などの特定用語を保持 |
| F94.1 小児期の反応性愛着障害 | 反応性アタッチメント症 (6B44)──不十分な養育という病因が要件に組み込まれた | 反応性アタッチメント症 |
| F94.2 小児期の脱抑制性愛着障害 | 脱抑制対人交流症 (6B45) | 脱抑制対人交流症(DSM-5-TR 日本語版の訳語は「脱抑制型対人交流症」) |
| F43.8・F43.9 | 他の特定されるストレス因関連症 (6B4Y) ストレス因関連症、特定不能 (6B4Z) |
他の特定される/特定不能の心的外傷およびストレス因関連症 |
出典:ICD-10 の欄は World Health Organization, The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines(1992)および Diagnostic Criteria for Research(1993)の F43、F62.0、F94.1–F94.2 による。ICD-11 の欄は CDDR(6B40–6B4Z)および ICD-11 MMS 第 24 章(QE84)による。DSM-5-TR の欄は American Psychiatric Association: DSM-5-TR, Washington DC: APA, 2022 の Trauma- and Stressor-Related Disorders 章による(訳語は DSM-5-TR 日本語版に従う)。ICD-10 から ICD-11 への対応関係は Hölzel L, Röpke S, Cionek-Szpak E, Ehring T「Spezifisch Belastungs-assoziierte Störungen」, in Hölzel L, Berger M(Hrsg.), ICD-11 — Psychische Störungen, Berlin: Springer; 2024, Kap. 10 の整理を参照した。三体系の対応表としての構成は本書による。
読み解きの要点は三つある。(一)急性期の扱いが正反対である。DSM-5-TR は外傷後 3 日から 1 か月の状態を「急性ストレス症」という精神疾患として診断するが、ICD-11 はこれを精神疾患とみなさず、正常範囲の反応として第 24 章に置いた。したがって同じ人の同じ 2 週目の状態が、一方の体系では診断名をもち、他方ではもたない。事故や災害の直後に書面を求められる場面で、この違いは実際に表面化する(本章末尾の囲みを参照)。(二)複雑性心的外傷後ストレス症は ICD-11 にしかない。DSM-5-TR による診断書では、この状態は心的外傷後ストレス症に境界性パーソナリティ症やうつ病が併記される形で現れることがある。(三)適応反応症は、両体系で定義の原理が異なる。DSM-5-TR はストレス因の重さとの比例を問い、ICD-11 は反応の形(とらわれと適応の失敗)を問う。日本で流通する診断書の「適応障害」は ICD-10 か DSM-5-TR の用法によることが多く、ICD-11 の陽性の定義を前提としているとは限らない。適応反応症の囲みで改めて述べる。なお、本群の編成の背景にある考え方──ヤスパース以来の反応概念と ICD-11 との関係──は本書の範囲を超えるため、当研究所レビュー誌の論考で別に扱う。
心的外傷後ストレス症(6B40)
極度に脅威的な、または恐ろしい出来事、あるいは一連の出来事への曝露のあとに発症する障害である。曝露の例として、自然災害や人為的災害の直接体験、戦闘への参加、重大事故、拷問、性的暴力、テロ行為、襲撃、急性の生命を脅かす疾患(心筋梗塞など)、他者が突然に・予期せず・あるいは暴力的に傷害や死に至る場面(またはその切迫した危機)の目撃、愛する人の突然の・予期しない・あるいは暴力的な死を知ることなどが挙げられる。
本症の中核は次の三つの要素である。第一に、外傷的出来事を「現在において再体験すること」である。単に思い出すのではなく、いま・ここで再び起きているかのように体験される。これは、鮮明で侵入的(意思に反して頭に入り込んでくること)な記憶やイメージ、フラッシュバック、外傷的出来事に関連する反復的な悪夢として現れる。フラッシュバックは、軽い場合には出来事が現在生じているような感覚にとどまるが、重い場合には現在の周囲の認識が完全に失われる。なお、出来事について考えたり反芻したりすること、当時の感情を思い出すことだけでは、この再体験の要件を満たすには足りない。第二に、再体験を引き起こしうる手がかりを、自分から避けること(能動的な回避)である。手がかりには、出来事に関連する思考や記憶、人物、会話、活動、状況が含まれる。極端な事例では、回避は転居や転職にまで及ぶ。第三に、現在の脅威に対する持続的な過敏さである。これは、過剰な警戒、予期しない音への驚愕反応(びくっとする反応)の強まり、安全を確保するための新しい行動様式の採用などとして現れる。
これら三つの要素が、外傷的出来事のあと少なくとも数週間にわたって続き、生活の重要な領域にはっきりとした機能障害をもたらすことが、診断の要件となる。機能が保たれている場合には、それが相当な追加的努力によってのみ保たれていることが要件となる。
もっと詳しく:心的外傷後ストレス症──ICD-10 からの変更、適応反応症との境界、治療
ICD-10 F43.1 からの変更
変更は三点にまとめられる。第一に、外傷の定義である。ICD-10 は外傷を「例外的に脅威的または破局的な性質の出来事や状況で、ほとんどすべての人に深い絶望を引き起こすであろうもの」と定義していた。ICD-11 は「極度に脅威的または恐ろしい出来事」という記述を保ちつつ、「ほとんどすべての人に」という句を削除した。ドイツ語圏の解説書はこれを、出来事の客観的な大きさから本人の主観的体験へ焦点を移したものと読み、児童期のネグレクトや心理的虐待、ストーカー行為、いじめのように、ICD-10 では外傷とされにくかった出来事が本症の入口に入りうるようになったと指摘している。第二に、症状の絞り込みである。ICD-10 が三つの症状群のもとに計 17 症状を挙げていたのに対し、ICD-11 は各群 2 項目、計 6 症状に絞った。第三に、時間基準である。ICD-10 と DSM-5 が症状の持続に少なくとも 4 週間を求めるのに対し、ICD-11 は正確な期間を定めず「少なくとも数週間」とした。また ICD-10 が外傷後おおむね 6 か月以内の発症を目安としていた点も、ICD-11 では要件から外れている。CDDR は経過の特徴として、発症は典型的には曝露後 3 か月以内だが、曝露から数年を経た遅発もありうること、および診断された人のほぼ半数が発症後 3 か月以内に完全に回復することを記している。
注記──CDDR 原文および作業部会長の解説との照合(2026 年 9 月)。外傷の定義については、三つの層を分けて読む必要がある。
(一)CDDR の文言。6B40 の必須要件は「極度に脅威的な、または恐ろしい性質の出来事または状況への曝露が診断に必要である」と、出来事の側の性質を述べ、本人の評価を要件として置いていない。さらに「適応反応症との境界」の項は、「より深刻でない出来事や状況への反応で、それ以外の点では心的外傷後ストレス症の症状要件を満たすものは、適応反応症と診断すべきである」と明記する。出来事の深刻さは臨床医が判断し、本人の体験の強さが出来事を外傷に格上げすることはない、という構造である。
(二)作業部会長の解説。ところが本群の作業部会長であった Brewin と Maercker は、Tyrer 編の解説書で次のように書いている。「心的外傷後ストレス症は、臨床医の判断において、本人によって極度に脅威的または恐ろしいものとして体験された出来事や状況のあとに生じる。そうした出来事は一般に外傷とみなされるものに限られず、その結果として本人が極度の恐怖や戦慄を経験するに至るのであれば、繰り返しつきまとわれる、いじめられる、拒絶される、辱められるといった経験を含みうる。脅威的な妄想や幻覚の体験、自閉スペクトラム症などに伴う社会的・感覚的世界の非定型的な処理も、主観的に極度の恐怖をもって体験されるがゆえに、該当する経験となりうる」(試訳)。ここでは判断の対象が出来事の性質から本人の体験へ移っており、CDDR の文言より明らかに主観の側に寄っている。
(三)Hölzel らの読みは、この作業部会長の解説と Hyland ら(2021)の実証研究に沿ったものであり、解説書として先走ったのではなく、作成者の意図を忠実に伝えたものと見るべきである。
したがって正確には、CDDR の条文は、その作成者たちの解説よりも保守的に書かれている。本書は本文において CDDR の文言に従う。しかし読者は、作成者の解説と Hölzel らの読みが主観的体験の側に立っていること、そしてそれらで学んだ臨床医の診断書がその読みを反映しうることを、知っておく必要がある。なお CDDR が本群の「一般的な文化的考慮事項」で認めているのは、曝露の外傷的な影響が文化的解釈に左右されるという文化の水準の意味づけであって、個人の主観的評価ではない。本村(2025)の「DSM-5 よりも主観的にみえる」という留保つきの表現は、この三層の事情に見合っている。
適応反応症との境界──「とらわれ」と「再体験」は別のもの
本症と適応反応症は、どちらも特定できる出来事のあとに生じ、どちらも本人の考えがその出来事のまわりを回る。両者を分けるのは、その回り方の質である。適応反応症の中核は、出来事とその意味についての思考的なとらわれ──心配、反芻、絶えず考えてしまうこと──である。本症の中核は、それとは別に、出来事がいま起きているかのように感覚を伴って押し寄せる再体験である。ドイツの症例集は、襲われて 8 週間後に睡眠薬を求めて受診した女性の例で、この区別を決め手にしている。日中に不意に押し寄せる再想起があり、そのたびに加害者の匂いを再び嗅ぎ、首に当てられた刃物を感じ、死の恐怖を毎回新たに体験する。この感覚を伴う再体験と回避と過覚醒は、適応反応症の中核とされる出来事への思考的なとらわれとは別のものである、と。逆に、極度に脅威的な出来事を体験した人の多くは、本症ではなく適応反応症を生じる、と CDDR は記している。出来事の重さは本症を保証しない。
治療
治療の細目は主治医の領域に属するが、方向を知っておく意味は大きい。ドイツの S3 ガイドラインをはじめとする現在のガイドラインは、本症にも複雑性心的外傷後ストレス症にも、外傷記憶の処理と外傷に関連する評価への取り組みを中心に置く外傷焦点化心理療法を第一選択としている。薬物療法は補助であり、ベンゾジアゼピンは推奨されない。複雑性の型では、これを感情調節・認知・対人関係の問題も扱う包括的な治療計画のなかに組み込む必要があるとされる。
関係職種にとって重要なのは、治療の順序である。外傷焦点化の作業は、生活の安全が確保され、感情の調節がある程度できるようになってから始められる。この段階に達する前に、職場の側が本人に出来事を語らせたり、事故現場や加害者と同じ空間への復帰を「慣れ」のために急がせたりすることは、不安症における曝露とは意味が異なり、再体験を強めるだけに終わりうる。前章で曝露の原理を述べたが、本症については、曝露にあたる作業は治療者の手の内で段階を踏んで行われるものであり、職場が代行できるものではない。
出典:ICD-10 の外傷定義と症状数は Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines(1992)および Diagnostic Criteria for Research(1993)F43.1 による。ICD-11 の診断要件は CDDR(6B40)に拠る。ICD-10 からの変更点の整理と主観的体験への焦点の移動については Hölzel L et al.(2024)Kap. 10、10.3 節。適応反応症との境界の例は Lieb 症例集(Lieb K, Jacob G, Turner D, Dreimüller N: 50 Fälle Psychiatrie und Psychotherapie, 7. Auflage, 2024)第 39 章による。治療に関する記述は Hölzel L et al.(2024)10.9 節が引く S3-Leitlinie Posttraumatische Belastungsstörung(Schäfer et al. 2019)による。職域への読み替えは本書の見方である。
複雑性心的外傷後ストレス症(6B41)
本症は、ICD-11 において新たに導入された診断カテゴリーである。診断には、まず心的外傷後ストレス症の中核となる三つの要素をすべて満たすことが必要である。そのうえで、さらに次の三つの障害が認められることが要件となる。第一に、感情の調整における重度で広汎な問題である(ささいなストレス因への過剰な情動反応、激しい爆発、無謀または自傷的な行動、ストレス下での解離症状、感情の麻痺——とりわけ喜びや肯定的な感情を体験できないこと——など)。第二に、持続的な否定的自己概念である(自分は劣っている、打ち負かされている、価値がないという持続的な確信に、外傷に関連する深く広汎な恥・罪悪感・失敗感が伴うもの)。第三に、対人関係を続けることと、他者に親密さを感じることにおける持続的な困難である(関係を築き維持することの難しさ、関係そのものを避けることなど)。なお CDDR は、驚愕反応について、本症では心的外傷後ストレス症と異なり、増強ではなくむしろ減弱している場合がありうることを注記している。
本症は、長期にわたる外傷的出来事や、繰り返される外傷的出来事、とりわけ逃げることが難しいか不可能な出来事のあとに発症することが多いとされる。例として、拷問、強制収容所、奴隷化、ジェノサイド(集団殺害)作戦その他の組織的暴力、長期にわたる家庭内暴力、児童期に繰り返される性的・身体的虐待などが挙げられる。本症と心的外傷後ストレス症とを区別する考え方は、ICD-10 に直接の対応物がなかった概念整理であり(先行する近縁概念としては、ICD-10 の「破局体験後の持続的パーソナリティ変化」(F62.0)がある)、治療の方針を含む臨床実務に影響を及ぼす。
もっと詳しく:DSM-5 との対比 ── ICD-11 はなぜ症状を絞り込んだか
日本の臨床現場では、ICD-11 と並んで米国精神医学会の DSM-5 が広く用いられている。とりわけ心的外傷後ストレス症は、どちらの体系によっても診断されうる。しかし両者は近年、対照的な方向へと歩みを進めてきた。DSM が症状の網羅性を高める方向に展開したのに対し、ICD-11 は症状を絞り込み、臨床的な使いやすさと国際的な適用可能性を優先する道を選んだ。
ICD-11 はこのように診断基準を整理し、より厳格にした。その結果、本症と診断される人の数は、DSM や ICD-10 による場合よりも少なくなる。ただしこれは、支援を受けられる人が減ることを意味しない。減った分の多くは、これまでうつ病などと重複して数えられていた人々である。その人たちは、うつ病などの診断のもとで引き続き支援を受けられる。むしろ ICD-11 は、DSM では見落とされてきた、明らかに生活に支障をきたしている一群を新たに拾い上げてもいる。
基準をこのように絞り込んだとき、なお残って浮かび上がってきた病態がある。長期にわたり虐待を受け続けるなど、逃れることのできない外傷にさらされた人に生じる状態である。過酷な養育のなかで子どもが生き延びるには、「自分が悪いのだから、つらく当たられても仕方がない」と考えるほうが、かえって心の安定を保ちやすい。この自己を守るための方策が、やがて根深い自己否定として身についてしまう。感情を自分で抑えられない、自分を否定的にしか見られない、他者と気持ちをかよわせられない——こうした特徴をもつ一群を、ICD-11 は複雑性心的外傷後ストレス症として独立に取り上げた。
本症は、感情や対人関係の不安定さという点で、境界性パーソナリティ症と紛らわしい。しかし下図に挙げた点によって、両者はかなりの程度まで見分けられるとされる。
診断書を読むときの注意 本症の診断は、外傷的な出来事があったという事実だけでなされるのではない。再体験・回避・現在の脅威の感覚という症状があるかどうかによってなされる。診断書を解釈するときも、出来事の重さではなく、これらの症状が記されているかに着目するとよい。
※ 本節は主として次のレビューに依拠する。Brewin CR, Cloitre M, Hyland P, et al. A review of current evidence regarding the ICD-11 proposals for diagnosing PTSD and complex PTSD. Clinical Psychology Review 2017;58:1–15. なお本節の図表を含む記載は、WHO の CDDR 最終版(2024 年)原文と照合した(2026 年 8 月)。
遷延性悲嘆症(6B42)
本症もまた、ICD-11 において新たに導入された診断カテゴリーである。その中核は、故人への思慕(恋しく思い続けること)または故人への持続的なとらわれを特徴とする悲嘆反応が、異常に長く持続することにある。すなわち、パートナー(配偶者・恋人など)、親、子、その他の親密な人との死別のあと、故人への思慕または故人への持続的なとらわれによって特徴づけられ、強烈な情緒的苦痛を伴う、持続的で広汎な悲嘆反応が認められ、その持続の長さが、本人の社会的・文化的・宗教的な文脈で通常とされる期間を大きく超えるとき、本症が考えられる。目安として、死別後 6 か月未満の悲嘆反応は、本症の診断要件を満たさない。また、文化によってはより長期の悲嘆が普通でありうることも明記されている。
中核となる思慕・とらわれに伴う強烈な情緒的苦痛は、次のような形で現れる。強烈な悲しみ・罪悪感・怒り・否認・非難、死を受け入れることの困難、自分の一部を失ったという感覚、肯定的な気分を体験できなくなる状態、感情の麻痺、社会的その他の活動への関与の困難である。あわせて、この障害が生活の重要な領域にはっきりとした機能障害をもたらしていることが、診断の要件となる。第 4 章で扱う気分症との鑑別(見分け)が必要であるが、両者が併存することもある。
もっと詳しく:遷延性悲嘆症──新設の経緯、正常な悲嘆との境界、抑うつエピソードとの見分け
ICD-10 にはなく、DSM-5-TR が後から並んだ
本症は ICD-10 に対応するカテゴリーをもたない、完全に新しい診断である。DSM-5(2013)はこれに相当するものを採用せず、DSM-5-TR(2022)で「遷延性悲嘆症」として新設した。本群のなかで、ICD-11 の側に DSM が歩み寄った唯一の例である。ただし時間の目安が異なる。ICD-11 は死別後少なくとも 6 か月を目安としつつ、本人の社会的・文化的・宗教的な規範で通常とされる期間を明らかに超えることを要件とし、固定した期間を置かない。DSM-5-TR は成人で 12 か月、児童で 6 か月と定めている。
正常な悲嘆との境界
新設に対しては、正常な悲嘆の過程まで病理化するという批判があった。これに対してドイツ語圏の解説書は、次の点を挙げている。診断要件を満たすのは、文化や年齢を問わず、死別者のおよそ 1 割という少数だが一貫した割合であること。生活の重要な領域における著しい機能障害という要件が、過剰診断を防ぐために必ず考慮されるべきこと。そして、症例を用いた研究では、本症の症例は 9 割を超える臨床家が正しく診断した一方、正常な悲嘆反応の症例には ICD-11 でもなお過剰診断の傾向が残り、とくに時間の基準が臨床家を迷わせたこと。境界の判断は容易ではないが、機能障害と文化的規範の二つを外さないことが、その判断を支える。
抑うつエピソードとの見分け
本症の中核は、故人への思慕と、故人へのとらわれである。本人の苦痛は故人という一点に向いており、故人のことを考えていないときには、限られた範囲であれ、喜びや関心が戻りうる。抑うつエピソードでは、気分の沈みと興味の喪失が故人から離れて全般化し、自己評価の低下や罪責感が、故人との関係を離れた自分自身に向かう。両者は併存しうるが、この区別は治療の方針を変える。ドイツ語圏の解説書は、本症には薬物療法だけでは十分でなく、悲嘆に焦点を当てた障害特異的な心理療法が有望であることを指摘している。
関係職種の実務では、忌引明けの復帰後に、業務上の機能低下が数か月にわたって続く事例がこれにあたる。本人はそれを悲嘆として語らず、集中できない、意欲が出ないという形で訴えることが多い。死別からの期間、故人へのとらわれの有無、そして機能障害の程度を確かめることが、本症を疑う手がかりとなる。
出典:ICD-11 の診断要件は CDDR(6B42)に拠る。DSM-5-TR の期間要件は American Psychiatric Association: DSM-5-TR(2022)Prolonged Grief Disorder による。有病割合、過剰診断に関する研究、治療に関する記述は Hölzel L et al.(2024)Kap. 10、10.5 節および 10.9 節が引く Lundorff et al. 2017、Keeley et al. 2016、Lichtenthal et al. 2018、Cacciatore & Francis 2022 による。抑うつエピソードとの見分けの整理と実務への読み替えは本書による。
適応反応症(6B43)
特定できる心理社会的ストレス因に対する、不適応的な反応を中心とする障害である。ストレス因は、単一のストレスとなる出来事のこともあれば、持続的な心理社会的困難のことも、複数のストレス状況の組合せのこともある。発症は、通常、ストレス因への曝露から 1 か月以内に生じる。ただし CDDR は、経過上の特徴として、より遅れて(たとえば曝露から 3 か月後に)発症する場合もあることを記している。ストレス因の例として、離婚や関係性の喪失、失業、疾患の診断、障害の発症、家庭や職場における対立などが挙げられる。
本症の核心は、ストレス因またはその結果に対する持続的なとらわれにある。これは、過剰な心配、ストレス因についての反復的で苦痛を伴う思考、その意味するところについての絶え間ない反芻(同じ考えを繰り返し思いめぐらすこと)として現れる。これに加えて、ストレス因への適応がうまくいかないことから、生活の重要な領域にはっきりとした機能障害が生じる。
本症の経過に関する重要な要件は、ストレス因とその結果が終わったのち、症状が 6 か月以内に消えていくという点である。ストレス因が取り除かれたあとも症状が長く続く場合は、別の障害を検討する必要がある。また、症状が他の精神疾患(気分症や、本群の他の障害など)によってよりよく説明される場合には本症と診断されないという除外規定が、診断要件に含まれている。本症は ICD-11 において、ICD-10 における適応反応症よりも明確に操作化されており(判定の手順が具体的に定められており)、症状の記述による定義が与えられている。
ICD-11 における本症のもう一つの重要な変更は、下位分類の廃止である。ICD-10 では「短期抑うつ反応」「遷延性抑うつ反応」「混合性不安抑うつ反応」「行為の障害を主とするもの」などの下位分類が置かれ、DSM-5 では現在も「抑うつ気分を伴うもの」「不安を伴うもの」「混合性の不安と抑うつ気分を伴うもの」「行動の障害を伴うもの」などの特定用語(下位分類)のもとで運用されている。この下位分類の存在は、臨床現場において二つの問題を生んでいた。第一に、診断の枠組みが緩やかであるために、本症は、他のどのカテゴリーにも収まりきらない症例の受け皿として使われがちで、診断としての厳密さが保たれにくかった。第二に、たとえば「抑うつ気分を伴う適応反応症」と、第 4 章で扱う抑うつ症との臨床的な区別がはっきりせず、両者の関係をめぐる現場の不信感が長く残ったままであった。ICD-11 はこれらの下位分類を一律に廃止した。そして本症の診断軸を、「ストレス因へのとらわれ」と「適応の失敗」という認知・行動面の特徴に集約した。これにより本症は、他の障害群の代わりの記述としてではなく、ストレス因への独自の反応様式として、明確な位置づけを得ることになった。
本書の関係諸職種にとって、適応反応症は最も頻繁に取り扱う診断カテゴリーの一つである。職場や学校での対人関係・業務・学業のストレス因に対して不適応的な反応が生じ、休職・休学が必要となる状況において、本症の診断が下されることが多い。あとの留意点で改めて触れる。
もっと詳しく:適応反応症──ICD-10 からの変更、DSM-5-TR との相違、抑うつエピソードとの見分け、治療と配慮
ICD-10 F43.2 からの変更
本症は本群のなかで、ICD-10 からもっとも根本的に改訂されたカテゴリーである。変更点を項目ごとに対照する。
| ICD-10(F43.2 適応障害) | ICD-11(6B43 適応反応症) | |
|---|---|---|
| 定義の原理 | ストレス因の存在を前提に、「他の障害の診断基準は満たさない」という除外によって定義される | ストレス因の存在に加えて、とらわれと適応の失敗という二つの陽性所見によって定義される。「他の精神疾患でよりよく説明されない」という留保は残る |
| ストレス因 | 例外的・破局的な規模ではない心理社会的な負荷 | 単一または複数の心理社会的ストレス因。規模は問わない |
| 中核症状 | 固有の症状はなく、感情障害・神経症性障害・行為の障害にみられる症状を示す | ストレス因またはその結果へのとらわれ(過剰な心配、反復的で苦痛な思考、その意味についての絶え間ない反芻)と、適応の失敗 |
| 下位分類 | 短期抑うつ反応、遷延性抑うつ反応、混合性不安抑うつ反応、他の情動の障害を主とするもの、行為の障害を主とするもの、など | 廃止 |
| 発症 | 1 か月以内 | 通常 1 か月以内。遅れて発症する場合もある |
| 持続 | ストレス因の終了後 6 か月を超えない(遷延性抑うつ反応を除く) | ストレス因またはその結果が持続しないかぎり、通常 6 か月以内に軽快する |
| 機能障害 | 明示的な要件ではない | 生活の重要な領域における著しい機能障害が要件として加わった |
出典:ICD-10 の欄は Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines(1992)および Diagnostic Criteria for Research(1993)F43.2 による。ICD-11 の欄は CDDR(6B43)に拠る。項目立ては Hölzel L et al.(2024)Kap. 10 の表 10.5「ICD-10 と ICD-11 における適応反応症の診断基準」を参照しつつ、本書が原典から組み直したものである。
この変更の意味を、ドイツ語圏の解説書は「ICD-10 のやや非特異的な症候群的反応から、明確に定義された診断へ」と要約し、頻繁に与えられながら独自の症状を欠いていたために臨床家間の一致度が低かったこの診断が、改訂によって変わることを歓迎している。本村は日本精神神経学会誌で、他の診断を下せないことを条件とされていた本症が、ICD-11 で「はじめて症状による診断が可能になった」こと、そしてかつて「うつ病の蔭に隠され続けている」と評されたこのカテゴリーが、心的外傷後ストレス症に隣接するものとして再概念化された経緯をたどっている。
DSM-5-TR との相違──比例判断か、反応の形か
DSM-5-TR の適応反応症は、ICD-11 とは別の道をとった。発症はストレス因から 3 か月以内、ストレス因の消失後 6 か月を超えて持続しないことは同じだが、定義の中心には「外的な文脈と文化的要因を考慮したうえで、ストレス因の重症度や強度に釣り合わない著しい苦痛」という比例判断が置かれ、「抑うつ気分を伴うもの」「不安を伴うもの」「行動の障害を伴うもの」などの特定用語が保たれている。ICD-11 は比例判断を定義の要件には置かず、反応の形──とらわれと適応の失敗──を問う。ただし比例の判断が消えたわけではない。「正常との境界」の項では、ストレス因の重さから見て正常と考えられる反応は急性ストレス反応(QE84)とするのが適切だ、と述べられており、比例判断は診断の入口から、正常との境界へと場所を移している。この違いは実務に直結する。日本で流通する診断書の「適応障害」は、ICD-10 か DSM-5-TR のいずれかの用法によっていることが多く、ICD-11 の陽性の定義を前提としているとは限らない。書面を読む側は、その「適応障害」が除外の結果として残った名なのか、ストレス因ととらわれを確認したうえで付けられた名なのかを、問える位置にいる必要がある。
抑うつエピソードとの見分け──三つの問い
産業保健の現場でもっとも頻繁に問題になるのは、本症と抑うつエピソード(第 4 章)との見分けである。臨床の側では、この鑑別が当面の治療方針を変えないため、優先順位が低くなりがちである。しかし関係職種の側では、診断名が休職の期間、復職の可否、再発の見込み、配置、制度上の扱いを左右する。ICD-11 の定義を、書面を読み本人と面談する側の問いに置き換えると、次の三つになる。
- ストレス因は同定できるか──誰にでも同じ訴えを引き起こしうる出来事や状況を、名指すことができるか。配置転換か、業務量か、対人関係か、家庭の出来事か。ストレス因が見えない抑うつは、本症ではない。
- とらわれはあるか──本人の考えが、その出来事とその意味のまわりを回っているか。面談で本人が語ることの大半が、その出来事の反芻であるか。これは ICD-11 が新たに据えた陽性所見であり、ICD-10 の運用では問われなかった。気分の沈みが出来事から離れて全般化し、本人が出来事について語らなくなっているなら、抑うつエピソードの側を考える。
- 抑うつエピソードの要件は揃っているか──三つの症状クラスターから 5 症状以上、うち 1 つは感情クラスター、ほとんど毎日 2 週間以上。とくに睡眠、集中、食欲・体重、精神運動性の変化という自律神経性クラスターの症状が現れているか。揃っていれば、ストレス因が見えていても抑うつエピソードである。ICD-11 は、ストレス因への反応として生じた抑うつエピソードを抑うつ症として診断することを妨げない。
順序に意味がある。ICD-10 の運用では第三の問いだけが問われ、届かなければ適応障害が残った。ICD-11 の運用では、第一と第二の問いに肯定で答えられることが先に確認され、そのうえで第三の問いが否定であることが確かめられる。二つの陽性所見と一つの陰性所見──この構えが、欠如による鑑別を根拠のある鑑別に変える。もとより、とらわれの有無は程度の問題であり、判別が容易になるわけではない。しかし概念が変わったことは明示されてよい。この主題は当研究所レビュー誌の論考 XII「適応反応症と抑うつエピソードの鑑別」で詳しく論じている。
心的外傷後ストレス症との境界
CDDR は、極度に脅威的または恐ろしい出来事を体験した人の多くが、心的外傷後ストレス症ではなく本症を生じる、と記している。出来事の重さは心的外傷後ストレス症を保証せず、いわゆる閾値下の心的外傷後ストレス症──外傷体験はあるが再体験・回避・脅威感の三要素が揃わないもの──は、本症として診断される。両者を分けるのは、思考的なとらわれと、感覚を伴う再体験との質の違いである(心的外傷後ストレス症の囲みを参照)。
治療と、配慮のかね合い
CDDR は、本症の症状が、ストレス因が取り除かれた場合、十分な支援が提供された場合、または本人が新たな対処の方策を身につけた場合に、通常は軽快することを記している。治療はこの三つの経路に沿って組まれ、低強度の介入──情報提供、問題解決の支援、自助的な方法──が中心となる。薬物療法は第一選択ではない。ただし自殺の危険を伴う急性の抑うつ反応では、事情が異なる。ドイツの症例集は、恋人に突然別れを告げられて 2 週間、自殺の準備をほぼ終えた状態で受診した 18 歳の例で、入院のうえ自殺傾向を毎日確かめ、引き金となった問題に焦点を当て、家族を巻き込むという危機介入の手順を示している。この段階では、状態を本症と呼ぶか抑うつエピソードと呼ぶかは、当面の手順を変えない。
関係職種にとって、本症は前章の不安症群と正反対の原則をもつ点を、はっきりさせておきたい。不安症では、恐れる場面を避けることが症状を維持し、配慮が回避を代行すれば回復を妨げる。本症では、ストレス因が定義の一部であり、ストレス因を取り除くか軽くすることが、正当な治療の経路である。業務量の調整、対人関係の再配置、配置転換は、不安症においては回避の固定になりうるが、本症においては回復の条件そのものである。したがって同じ「配慮」という語が、二つの章で逆の意味をもつ。診断書の病名が適応反応症であるか不安症であるかによって、職場の調整の方向が変わる──この点に、両章を続けて読む意味がある。ただし本症でも、ストレス因が持続する場合には症状も持続しうると CDDR は注記しており、ストレス因を残したまま復職させれば、本文末尾「成人領域における留意点」第一点に述べたとおり、再発の経路が残る。
出典:ICD-11 の診断要件および追加的な臨床的特徴は CDDR(6B43)に拠る。DSM-5-TR の要件は American Psychiatric Association: DSM-5-TR(2022)Adjustment Disorders による。解説書の評価は Hölzel L et al.(2024)Kap. 10、10.6 節および 10.9 節。本村啓介「ICD-11 の適応反応症」『精神神経学雑誌』127(11): 815–822, 2025。三つの問いは松石竹志「適応反応症と抑うつエピソードの鑑別——ICD-11 移行期における一症例集の記述をめぐって」横浜基礎研究所レビュー、論考 XII(2026)による。危機介入の例は Lieb 症例集(7. Auflage, 2024)第 1 章による。不安症群との対比は本書の見方である。
反応性アタッチメント症および脱抑制対人交流症(6B44 ・ 6B45)
反応性アタッチメント症(6B44)と脱抑制対人交流症(6B45)は、いずれも幼少期の著しく不十分な養育を原因(病因)として発症する児童期の障害であり、いずれも症状が 5 歳までに明らかであることが診断の要件とされる。前者では、抑制的で情緒的に引きこもった対人パターンが持続的かつ広汎に認められる。その要件として、苦痛なときに慰めをほとんど求めないことと、慰めが差し出されてもほとんど反応しないことの両方が求められる。肯定的な感情を示すことの乏しさも、しばしば併せて認められる。後者では、よく知らない大人に不用意に近づき、適切な警戒や自制なしに注意や愛情を求めるなど、抑制を欠いた社会的行動パターンを示す。
両症について、本書の関係諸職種が成人の臨床で直接出会う頻度は低い。しかし、児童・思春期の支援に関わる場面では、これらが本群に分類されていることを認識しておく必要がある。
もっと詳しく:反応性アタッチメント症と脱抑制対人交流症──児童期の章から本群への移動
ICD-10 では、この二つは F94.1(小児期の反応性愛着障害)と F94.2(小児期の脱抑制性愛着障害)として、「小児期および青年期に通常発症する社会的機能の障害」の章に置かれていた。ICD-11 はこれを本群に移した。移動の理由は本群の編成原理にある。本群の障害はいずれも、特定できるストレス因への曝露を診断の要件に組み込む。この二つでは、著しく不十分な養育という病因がその要件にあたり、ICD-11 では病因が診断要件の一部として明示された。DSM-5(2013)も同じ移動を行っており、この点で三体系のあいだに齟齬はない。
本書の関係諸職種が成人の臨床でこの二つに直接出会う頻度は低い。しかし児童福祉の場面では事情が異なる。社会的養護のもとにある児童では、不十分な養育という病因が既知であることが多く、それゆえに逆の注意が要る。病因が既知であることは診断を保証しない。反応性アタッチメント症には、苦痛なときに慰めをほとんど求めないことと、慰めが差し出されてもほとんど反応しないことの両方が求められ、脱抑制対人交流症には、よく知らない大人への不用意な接近という行動パターンが求められる。養育歴だけから診断名が付されている書面には、この要件が確かめられているかを問う必要がある。また、成人期に本群の他の障害──とりわけ複雑性心的外傷後ストレス症──を診断された人の既往として、この二つが語られることがある。
出典:ICD-10 の位置は Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines(1992)F94.1・F94.2 に、ICD-11 の診断要件は CDDR(6B44・6B45)に拠る。移動の理由については Hölzel L et al.(2024)Kap. 10、10.9 節。児童福祉の場面への読み替えは本書の見方である。
もっと詳しく:急性ストレス反応(QE84)──精神疾患ではないという判断と、出来事直後の職場の対応
ICD-11 と DSM-5-TR が正反対に分かれた箇所
ICD-10 の F43.0 急性ストレス反応は、ICD-11 では精神疾患の章から外れ、第 24 章「健康状態または保健サービスの利用に影響する要因」に QE84 として置かれた。極度の出来事の直後に生じる反応は、正常範囲の反応であって疾患ではない、という判断である。DSM-5-TR はこれと逆に、外傷後 3 日から 1 か月のあいだの状態を「急性ストレス症」という精神疾患として診断する。同じ人の同じ 2 週目の状態が、一方の体系では診断名をもち、他方ではもたない。本群のなかで、二つの体系がもっとも鮮明に分かれた箇所である。
CDDR は鑑別のために QE84 の要件も併記している。極度に脅威的または恐ろしい出来事への曝露があること。それに対する反応が、ストレス因の重さから見て正常と考えられるものであること(茫然自失、混乱、悲しみ、不安、怒り、絶望、過活動または不活動、社会的引きこもり、離人感など一過性の症状を含み、頻脈・発汗などの自律神経徴候が前面に出ることも多い)。症状は数時間から数日のうちに現れ、通常は数日のうちに、あるいは脅威的な状況から離れたのちに収まり始めること。ストレス因が続いている場合でも、おおむね 1 か月のうちに大きく軽減すること。この「ストレス因の重さから見て正常」という判断が、ICD-11 で比例判断の置かれた場所である。ICD-11 の判断は、出来事の直後の反応を疾患から区別するという原則を、体系の構造として実装したものと読める。急性の反応を疾患としないことは、支援を与えないことを意味しない。QE84 は保健サービスの利用の理由として記録されるコードであり、支援の根拠にはなる。診断名を与えないのは、出来事の直後の反応に病名を付すことが、本人の回復の見通しを不当に暗くしうるからである。
出来事の直後に職場が行うこと、行わないこと
事故、災害、職場での暴力、同僚の突然の死といった出来事のあと、関係職種はしばしば最初の対応者になる。この時期の対応について、国際的なガイドラインの方向はおおむね一致している。安全の確保、実際的な支援、情報の提供、本人の望むかたちでの人とのつながりの回復といった、いわゆる心理的応急処置(psychological first aid)が中心である。他方、出来事の直後に本人に体験を詳しく語らせる一回限りの集団的な「デブリーフィング」は、回復を促さず、場合によっては妨げるとして推奨されていない。語ることを求めないこと、しかし語りたい人の話は聞くこと──この二つを両立させるのが、この時期の要点である。
そのうえで、出来事から数週間を経て、再体験・回避・脅威の感覚が続いている場合には心的外傷後ストレス症の、出来事へのとらわれと適応の失敗が続いている場合には適応反応症の、それぞれ評価を主治医に求める時期になる。ICD-11 が急性期に診断名を置かなかったことは、この数週間を「見守る期間」として制度的に確保したものと読むことができる。
出典:QE84 の位置づけは ICD-11 MMS 第 24 章および CDDR 本群の序による。DSM-5-TR の急性ストレス症は American Psychiatric Association: DSM-5-TR(2022)Acute Stress Disorder による。ICD-10 からの移動については Hölzel L et al.(2024)Kap. 10、10.2 節。出来事直後の対応に関する記述は、英国 NICE ガイドライン(Post-traumatic stress disorder, NG116, 2018)およびドイツ S3-Leitlinie Posttraumatische Belastungsstörung(2019)の方向を本書が要約したものであり、個別の手順はそれぞれの原典に拠られたい。職場への読み替えは本書の見方である。
成人領域における留意点
本群を成人領域で扱うときの留意点として、次の四点を挙げておきたい。
第一に、適応反応症は、本書の関係諸職種が休復職・休復学の判断において最も頻繁に取り扱う診断カテゴリーである。診断と支援計画の両面で、次の時間的な枠組みが参照される。ストレス因を特定できること、発症がストレス因への曝露からおおむね 1 か月以内であること、そしてストレス因の終息後 6 か月以内に症状が消えていくことである。職場や学校への復帰のときは、ストレス因そのものが取り除かれているか、軽くなっていることを確認することが、再発予防の観点から必要である。
第二に、心的外傷後ストレス症の症状、とりわけフラッシュバック体験は、第 2 章で論じたとおり、その鮮明さのために統合失調症の幻覚と紛らわしい場合がある。再体験の中核的な特徴を確認することが、両者を見分ける出発点となる。すなわち、出来事が現在において再び起きているかのように体験されるという性質と、外傷的出来事との内容上のつながりである。
第三に、本群と他の精神疾患との併存は頻繁である。気分症(とくに抑うつエピソード)、不安または恐怖関連症群、物質使用症との併存は、本群の経過のなかでしばしば認められる。心的外傷後ストレス症や複雑性心的外傷後ストレス症の事例では、これらの併存症だけが医療現場での主訴(本人が中心的に訴える問題)として現れ、外傷の存在そのものが見逃されるという経路もある。
第四に、文化的な配慮の重要性である。CDDR は本群について、苦痛の表現のしかたが文化に固有の慣用表現や症候群のかたちをとりうること、外傷的出来事の意味づけや原因の帰属(霊的・超自然的な原因への帰属を含む)が文化によって異なること、そして外傷反応の重さを評価するにはその文化の規範についての知識が必要であることを指摘している。本書の関係諸職種は、本人が属する文化的・社会的な文脈のなかで体験を理解する姿勢が、本群の評価では他の章にも増して必要になることを、認識しておくのが望ましい。