第 8 章 ・ ICD-11 ・ 6B6

解離症群

心のはたらきのまとまりが崩れ、意識や同一性が途切れることをめぐる障害

Praefatio

本章は ICD-11 において「解離症群」と総称される一群の障害を概観する。本群は、同一性・記憶・知覚・情動・思考・身体運動・行動といった心のさまざまなはたらきの間の、ふだんは保たれているまとまり(統合)が、本人の意思によらず、望まないかたちで中断されたり途切れたりするものとして定義される。本書の関係諸職種にとって、本群の障害は他章の障害群ほど頻繁に出会うものではない。しかしその症状は、身体科や救急の場面に最初に現れることが多い。また、第 2 章で扱った統合失調症や、第 7 章で扱ったストレス因関連症群との見分け(鑑別)が必要になる場面も少なくない。そのため、本群の概念のあらましをあらかじめ整理しておくことが必要である。

解離症群とは

本群の障害は、いずれも、心のさまざまなはたらきの正常な統合が、本人の意思によらず中断されたり途切れたりすることを中核症状とする。中断や不連続が生じる領域は、同一性、感覚、知覚、情動、思考、記憶、身体運動の制御、行動のいずれかである。この破綻は完全なこともあるが、部分的であることのほうが一般的で、日ごと、あるいは時間ごとに変動しうる。本群の診断のときは、その体験が本人の属する文化・宗教・霊的実践の一部として受け入れられている場合には、症状と見なさない。この原則は ICD-11 において明示的に確認されている。また、本群の各障害の診断には、症状が生活の重要な領域(個人・家族・社会・教育・職業等)に著しい機能障害をもたらしていること(障害によっては、著しい苦痛をもたらしていることでも足りる)が、要件として組み込まれている。

ICD-11 における本章の設置は、ICD-10 までの分類体系からの大きな転換を表す。ICD-10 では、本群に当たる障害は「神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害(F4)」のなかの「解離性[転換性]障害(F44)」として、より広い神経症圏のなかに位置づけられていた。ICD-11 ではストレス因関連症群と並んで独立した障害グループ(症群)として整備され、いくつかの重要な再編が行われた。第一に、ICD-10 の「解離性[転換性]障害」という名称に残っていた「転換性」の語が廃止され、解離性神経学的症状症(6B60)として定義し直された。これにより、その症状の本質を「転換」という古典的な力動的説明の枠組みから切り離し、現象をそのまま記述することに集約することが目指された。第二に、ICD-10 における「解離性昏迷」は、独立した診断としては廃止された。第三に、トランス症と憑依トランス症が独自のカテゴリーとして整備され、文化的・宗教的実践と見分けるための枠組みが明示された。第四に、解離性同一症と並んで部分的解離性同一症が新設された。これにより、解離性同一症の境界例として臨床的によくみられる病像が、記述上の足場をもつことになった。

本群の障害は、トラウマ(心的外傷)となる体験や、繰り返される逆境的な体験との関連が認められることが多い。ただし、外傷の存在は本群の診断に必須の条件ではない。この点で、外傷的出来事への曝露が診断の条件として組み込まれているストレス因関連症群(第 7 章)とは、構造的に異なることに注意が必要である。

解離症群は、とりわけ文化的な配慮が必要な障害群である。トランス・憑依体験、複数の同一性の経験、一時的な解離体験は、多くの文化・宗教における儀礼的実践に組み込まれている。CDDR(ICD-11 の臨床記述と診断要件)は本群について、その体験が本人の属する文化・宗教共同体において受け入れられており、機能の障害をもたらさない限り、解離症群の症状と見なしてはならないことを繰り返し強調している。本書の関係諸職種は、本群の評価においては、本人の属する文化的・社会的文脈を理解することが他章にも増して必要になることを、認識しておくのが望ましい。

本章には、解離性神経学的症状症(6B60)、解離性健忘(6B61)、トランス症(6B62)、憑依トランス症(6B63)、解離性同一症(6B64)、部分的解離性同一症(6B65)、離人感・現実感喪失症(6B66)の七つのカテゴリーが含まれる。

解離性神経学的症状症(6B60)

運動、感覚、認知のいずれかの機能に、本人の意思によらない中断や不連続が少なくとも数時間にわたって生じ、それが神経系の疾患や他の医学的状態では説明されないことを中核とする障害である。ICD-10 における「転換性障害」、DSM-5 における「変換症/転換性障害(機能性神経症状症)」と概念的に対応する。ただし ICD-11 は、これを身体表現性障害群とは別に解離症群のなかに位置づけ、その本質を、解離現象が身体の領域に現れたものとして捉える立場をとる。この点で、ICD-11 と DSM-5 とは分類のうえで分かれている。

本症の症状はきわめて多彩である。視覚障害、聴覚障害、めまい、その他の感覚障害、非てんかん性発作、構音・発声障害、麻痺・脱力、歩行障害、運動障害(舞踏運動・ミオクローヌス・振戦・ジストニア・顔面けいれん・パーキンソニズム等)、認知症状などが含まれ、ICD-11 はこれらをサブコード(6B60.0–6B60.9)として整理している。診断の中核となるのは、臨床所見が既知の神経系疾患の所見と一致しないという点である。たとえば、見かけ上の発作の最中に脳波が正常である、といった所見がこれを裏づける。

本症の発症は、おおむね思春期から成人早期にかけて急に生じることが多く、外傷的または逆境的な出来事と時期的に関連している場合が多い。鑑別のときは、神経系疾患を除外するための医学的評価が必要になる。また、症状を意図的につくり出す作為症や詐病とも区別される。本症では、症状は本人の意思によらずに生じるからである。

解離性健忘(6B61)

通常の物忘れでは説明されないかたちで、自伝的記憶(自分の身に起きた出来事の記憶)の重要な部分を思い出せない状態を中核とする障害である。失われる記憶は、典型的には、外傷的またはストレスの強い出来事に関連する最近の自伝的記憶である。まれに、自分が誰であるかということや、生活史全体におよぶ全般的な健忘(記憶が抜け落ちること)のかたちをとることもある。より一般的なのは、特定の限られた期間の出来事を思い出せない状態(限局性健忘)、またはその期間の一部の出来事だけが思い出せない状態(選択的健忘)である。

ICD-11 では、解離性遁走(フーグ)の有無を特定するかたちで、本症が下位区分されている。解離性遁走とは、自分が誰であるかという感覚の喪失を伴って、家庭・職場・親しい人々から離れ、長期間(数日から数週間)にわたる突然の移動が生じる状態をいう。ICD-10 では独立した診断とされていた解離性遁走は、ICD-11 では解離性健忘の特定子(診断に付け加える下位区分)として位置づけ直された。

本症は、神経認知障害群(認知症、せん妄、健忘症候群)における記憶障害、頭部外傷後の記憶障害、物質使用に伴う健忘(アルコール性ブラックアウト等)との鑑別が必要である。これらでは、記憶障害は自伝的な領域に限定されず、特定の病因や疾患過程を特定できる。これに対して本症では、記憶喪失は主として自伝的記憶に向けられ、根底にある疾患過程は特定されない。

トランス症(6B62)と憑依トランス症(6B63)

両症はいずれも、意識状態の著しい変容を中核とする障害である。トランス症では、意識状態の著しい変容、または通常の自己同一性感覚(自分が自分であるという感覚)の喪失が生じ、そのトランス状態は、周囲への気づきの狭まり(または特定の環境刺激への異常に狭く選択的な集中)と、動作・姿勢・発話が本人の制御の外にあると体験される小さなレパートリーの反復への限定、という二つの特徴によって定義される。CDDR においても、両症の臨床特徴の多くは共通項としてまとめて記述されている。両症の決定的な違いは次の点にある。憑依トランス症では、意識状態の著しい変容に加えて、通常の自己同一性が、霊・力・神性・その他の霊的存在の影響によるとされる外的な「憑依する」同一性によって置き換えられ、行動や運動は、その憑依主体に制御されているものとして体験される。トランス症には、この置き換えが認められない。また、トランス状態での行為が一般に複雑なものでない(見つめる、倒れるなど)のに対し、憑依トランス状態では、より複雑で幅広い行動(まとまった会話、特徴的な身ぶりや表情、特定の言い回しなど)が現れうる、という違いもある。

両症の診断において最も重要な条件は、そのトランスまたは憑依トランス状態が、本人の意思によらず、望まないものであり、かつ集合的な文化・宗教実践の一部として受け入れられていない、という点である。これに加えて、エピソードが反復して生じていること——単一のエピソードに基づいて診断する場合には、そのエピソードが少なくとも数日間持続していること——が、必須の要件とされる。単発で一過性(数分から数時間)のトランス体験や憑依トランス体験は、それだけでは診断の根拠にならない。儀礼的・宗教的な文脈における短時間のトランス体験や憑依体験は、多くの文化において規範的なもの(その集団で普通と見なされるもの)として広く認められており、それ自体は精神疾患とは見なされない。これらが診断の対象となるのは、その状態が本人の属する集団において規範的な範囲を超え、かつ生活の重要な機能領域に意味のある障害をもたらす場合に限られる。

本邦の臨床において、憑依トランス症の典型的な臨床像に直接出会う頻度は低い。しかし、移民・難民や宗教的少数派の支援に関わる場面、あるいは民俗的な憑依体験が地域に根づいている場面では、本書の関係諸職種がその鑑別の枠組みを知っておくことが必要である。

解離性同一症(6B64)と部分的解離性同一症(6B65)

解離性同一症(6B64)は、二つ以上の異なる人格状態(解離性同一性)が存在することによって特徴づけられる。各人格状態は、固有の体験・知覚のしかたと、自己・身体・環境への固有の関わり方をもつ。少なくとも二つの異なる人格状態が、本人の意識と行動の実行的なコントロールを繰り返し交替で担い、日常生活の特定の場面(育児、就業等)や特定の状況への反応として現れる。人格状態の交替には、感覚・知覚・情動・認知・記憶・運動制御・行動の変容が伴い、典型的には、通常の物忘れでは説明されない健忘エピソードが認められる。

部分的解離性同一症(6B65)は、ICD-11 で新たに導入された診断カテゴリーである。本症でも、二つ以上の異なる人格状態の存在が認められる。ただし、一つの優位な人格状態が日常生活の機能を担い、優位でない人格状態は侵入(解離性侵入)として体験される。侵入は、思考、情動(恐怖・怒り・恥等)、知覚(侵入的な声、断片的な視覚像)、感覚(触感、痛み、身体の大きさが変わったような感じ)、運動(意思によらない腕の動き等)、行動(自分がしているという感覚を欠く行動)として現れ、優位な人格状態の機能を妨げるものとして体験され、典型的には苦痛を伴う。優位でない人格状態が実行的なコントロールを繰り返し担うことはない。ただし、極度の情動状態、自傷エピソード、トラウマ的記憶の再演といった場面では、限定的・一過性にコントロールを担うことがある。

両症はいずれも、児童期の身体的・性的・情緒的虐待やネグレクトをはじめとする、深刻なまたは慢性的な外傷的体験と強く関連することが多い。鑑別においては、第 2 章で論じた統合失調症および他の一次性精神症群との区別が必要である。本症で侵入的な声や思考が体験されても、典型的には、統合失調症や統合失調感情症にみられるような妄想・形式的思考障害・陰性症状は伴わず、急性一過性精神症にみられるような急速な発症・急速な変動の経過もとらない。第 7 章で論じた心的外傷後ストレス症および複雑性心的外傷後ストレス症との関係では、両群の併存が頻繁にみられる。診断要件をいずれも満たす場合は、両方の診断を併記することが ICD-11 において認められている。

離人感・現実感喪失症(6B66)

離人感または現実感喪失、あるいはその両方のエピソードが、持続的または反復的に生じることを中核とする障害である。離人感とは、自分自身や、自分の思考・感情・感覚・身体・行動を、奇妙なもの・実在しないもののように体験する感覚をいう。具体的には、情動や身体の麻痺感、自分を遠くから観察しているような感覚、「演劇のなかにいる」ような感覚、知覚の変容(時間感覚のゆがみ等)として現れる。現実感喪失とは、他者・物体・周囲の世界を、奇妙なもの・実在しないもののように体験する感覚をいう。世界が夢のように、遠くに、霧がかかったように、生気なく、色あせて、あるいは視覚的にゆがんで感じられる。どちらの体験においても現実検討(体験が現実かどうかを吟味する力)は保たれており、外的な存在に支配されているといった妄想的な解釈を伴わない。この点が、第 2 章で扱った統合失調症との鑑別の出発点となる。なお本症の診断には、これらの体験が著しい苦痛、または生活の重要な領域における著しい機能障害をもたらしていることも必要である。

本症の発症は思春期中期に最も多く、平均発症年齢はおおむね 16 歳前後とされる。25 歳以降の発症はまれである。経過は慢性・持続性となることが多い。症状の強さはエピソードごとに変動することもあれば、年単位・十年単位で一定のこともある。気分症群、不安または恐怖関連症群、パーソナリティ症との併存はしばしば認められる。本症の発症と児童期の言語的・情緒的虐待やネグレクトとの関連は、他の解離症群(解離性健忘、解離性同一症)に比べると弱いとされ、特定のきっかけが見当たらない突然の発症も報告されている。マリファナや幻覚薬の使用がきっかけとなる場合があるが、本症の診断は、中毒・離脱の期間を超えて症状が持続する場合に限って下される。

成人領域における留意点

本群を成人領域で扱う際の留意点として、次の四点を挙げておきたい。

第一に、本群の障害、とりわけ解離性神経学的症状症は、身体科や救急の場面に最初に現れることが多い。麻痺・発作・視覚障害・歩行障害といった身体症状のために医療機関を受診し、神経系疾患の除外を経て本症の診断に至る、という経路が一般的である。こうした症例において、本書の関係諸職種は精神医学的評価の役割を引き受けることになる。その役割は、身体科の同僚に対して症状の心因性を主張するためのものではない。本人の体験を理解し、心理社会的支援の道筋を提供するためのものである。

第二に、本群と統合失調症および他の一次性精神症群との鑑別が、臨床現場でしばしば必要になる。解離性同一症および部分的解離性同一症で体験される侵入的な声や思考は、第 2 章で論じた幻聴・思考吹入と現象として似ていることがある。しかし、一次性精神症の他の中核症状(妄想、形式的思考障害、陰性症状)を典型的には欠く点、そして体験が異なる人格状態に属するものとして理解されるという構造をもつ点が、鑑別の手がかりとなる。一次性精神症群と解離症群との鑑別に確信がもてない場合は、両者の併存もありうることを念頭に置きながら、経過観察のなかで判断を進めるのが実際的である。

第三に、本群と第 7 章で扱ったストレス因関連症群との関係である。両群とも外傷的体験との関連が認められることが多く、解離性同一症と複雑性心的外傷後ストレス症との併存は頻繁である。心的外傷後ストレス症のフラッシュバック体験は、一過性のトランスに似た状態を伴うことがある。しかし、それが再体験エピソードに限られている限り、トランス症の診断を追加することはしない。本群の障害とストレス因関連症群とが併存する例では、症状の記述において両群の各カテゴリーがどのように分担されているかを意識的に確認することが、治療方針を立てるうえで役に立つ。

第四に、文化的な配慮の重要性である。本群、とりわけトランス症および憑依トランス症の評価では、その体験が本人の属する文化・宗教共同体において規範的なものであるかどうかの判断が、診断の出発点となる。本邦の臨床においても、宗教的儀礼における憑依体験、地域民俗における憑きもの体験、あるいは移民・難民の支援場面における異文化的な解離体験に出会うことがありうる。CDDR の文化的考慮の枠組みは、こうした場面で本群の診断的判断を慎重に進めるための、基本的な参照点を提供する。

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