物質と行動への依存をめぐる障害
本章は ICD-11 において「物質使用症および嗜癖行動症群」と総称される一群の障害を概観する。嗜癖(しへき)とは、いわゆるアディクション、すなわち特定の物質や行動をやめたくてもやめられなくなる状態を指す。本群は、世界における病気と死亡のもっとも大きな原因の一つである。アルコール関連の死亡は世界で年間 300 万人(WHO が 2018 年に公表した推計)、たばこ関連の死亡は 870 万人(受動喫煙を含む近年の推計)にのぼる。本書の関係諸職種にとって、本群は産業保健・学校保健の現場で頻繁に取り扱う主題であり、休復職判断の場面では気分症群と並ぶ重要性をもつ。本章では、ICD-11 の枠組みのもとで本群を理解するための基本的な概念と、ICD-10 からの主要な変更点を整理する。
本群の障害は、次のように定義される。精神作用物質(脳に作用して気分や意識を変化させる物質。アルコール・薬物など)の使用、または特定の行動の反復が、本人の意志による制御を超えて続き、生活機能に大きな支障をもたらすものである。これらの物質や行動は、いずれも脳の報酬系(快感を生み、行動を強化する神経の仕組み)を活性化することで、使用したいという欲求を強める。その結果、有害な結果をわかっていながら使用が続くという経過をたどる。WHO は本群について、病気として把握すると同時に、社会的な害を最小限にすることを目指す公衆衛生的な接近法を採用している。この方針は、ICD-11 における本章の構成全体に反映されている。
ICD-11 における本章の整備には、ICD-10 の「精神作用物質使用による精神および行動の障害(F10–F19)」からのいくつかの重要な変更が含まれる。第一に、物質使用による障害群が、嗜癖行動症群と統合されて一つの独立した障害群として位置づけ直された。この統合は、物質使用と特定の行動とが、共通の遺伝的基盤・行動学的機序・神経生物学的機序をもつという認識に基づくものである。
第二に、対象となる物質クラスが、ICD-10 の十類から ICD-11 の十四類へ拡大された。新たに加わったのは、合成カンナビノイド(6C42)、合成カチノン(6C47)、MDMA および関連薬物(6C4C)、解離性薬物(ケタミン・PCP、6C4D)の四類である。これらは過去三十年間に乱用が広がった物質群であり、その薬理学的特性と臨床的影響を独立して記述する価値があると判断された。また、カフェインが独立した物質クラス(6C48)として位置づけられた点も注目に値する。カフェインの過剰摂取に伴うカフェイン中毒・離脱(使用を減らしたり中止した際に生じる心身の不調)・誘発性不安症は、エナジードリンクの普及とともに、臨床的注意を要する症候群として認識されるようになった。この変更はそれを反映している。
第三に、ICD-10 で衝動制御症(F63.0)に分類されていた病的賭博が、ICD-11 ではギャンブル行動症(6C50)として嗜癖行動症群に移された。これは、賭博行動への持続的なとらわれを理解するには、衝動の制御がきかないという説明よりも、報酬系を介して依存が形成されるという仕組みのほうが適しているという認識に基づく。さらに、ゲーム行動症(6C51)が ICD-11 で新設された。本症を採用するかどうかは国際的に議論を呼んだが、デジタルメディアの普及に伴って臨床像の報告が積み重なったことを踏まえ、独立した診断カテゴリーとして整備された。
ICD-11 における物質使用症は、各物質クラスのもとに階層的な診断構造をもつ。本書の関係諸職種にとって、この構造を把握しておくことは、本群の評価における基本となる。
本群の中心にあるのは、使用パターンに関する三つの一次診断である。第一は「精神作用物質の有害な使用のエピソード」である。これは、単発の使用が、本人の身体的・精神的健康への臨床的に重大な害(例:静脈注射による血液感染症、物質誘発性の精神症状)を実際に引き起こしたか、または中毒下の行動を通じて他者の健康への害をもたらした場合に診断される。害がまだ生じておらず、そのリスクが高まっているだけの使用は、この診断には該当しない(精神疾患ではない「危険な物質使用」として ICD-11 第 24 章に位置づけられる)。第二は「精神作用物質の有害な使用パターン」である。これは、同じ種類の健康への害が、単発の使用ではなく、繰り返される使用パターンから生じている場合の診断である。使用パターンと見なすには、断続的な使用であれば十二か月以上、毎日またはほぼ毎日の連続的な使用であれば一か月以上にわたって使用が続いていることが目安となる。第三は「物質依存」である。これは、物質使用の調節の障害を中核とし、次の三つの中心的特徴のうち少なくとも二つを満たす場合に診断される。使用の制御の障害(使用の開始・頻度・量・場面などを制御できないこと)。使用の優先(健康の維持や日常の活動・責任よりも使用が優先され、害や悪い結果が生じても使用が続くか拡大すること)。そして神経適応を示す生理学的特徴、すなわち耐性の形成(同じ効果を得るのにより多い量が必要になること)、離脱症状、離脱症状を防ぐための使用である。なお CDDR は、この生理学的特徴が一部の物質クラスにのみ適用されることを注記している(たとえば幻覚剤には離脱のカテゴリーが設けられていない)。依存の特徴は通常十二か月以上にわたって認められるが、毎日またはほぼ毎日の使用が三か月以上続いている場合にも診断しうる。
これら一次診断に加えて、急性の状態として「物質中毒」と「物質離脱」が診断されうる。物質中毒は、物質の使用中または使用直後に現れ、物質が体から排出されるにつれて消えていく、一過性の意識・認知・知覚・情動・行動・協調運動の障害である。物質離脱は、その物質への依存を形成した人、または長期間もしくは大量に使用した人が、使用を中止または減量した際に生じる症状群である。CDDR は、処方された精神作用薬(オピオイド、抗不安薬など)を通常の治療用量で使用していた場合にも離脱が生じうることを注記しており、処方薬の評価において見落とせない点である。
さらに、物質使用が他の精神症候群を引き起こした場合、これらは二次診断として記述される。物質誘発性せん妄、物質誘発性精神症、物質誘発性気分症、物質誘発性不安症、物質誘発性強迫症または関連症群、物質誘発性衝動制御症がこれに含まれる。CDDR の規定では、使用パターンを記述する一次診断(エピソード/パターン/依存。評価の時点で使用パターンが不明な場合は「特定不能の物質使用症」)がまず立てられ、物質中毒・物質離脱およびこれらの物質誘発性の各症候群は、いずれもこの一次診断に随伴する診断として、一次診断とあわせて記載される。単独でつけるものではない。本書の関係諸職種が、産業医や精神科主治医との議論のなかで本症の理解を共有するとき、この階層構造の把握が実務的判断の基盤となる。
ICD-11 における十四の物質クラスのうち、本書の関係諸職種が産業保健・学校保健の場面でもっとも頻繁に取り扱うのは、アルコール(6C40)、ニコチン(6C4A)、鎮静薬・催眠薬・抗不安薬(6C44)、大麻(6C41)、覚せい剤(6C46)、オピオイド(6C43)、カフェイン(6C48)である。
アルコール使用症は、本邦の産業保健の場面で、休復職判断にもっとも頻繁に関わる物質関連診断である。鎮静薬・催眠薬・抗不安薬使用症は、ベンゾジアゼピン系薬剤の長期処方を背景として臨床に現れる場合があり、医薬品の処方経過との関連から評価する必要がある。オピオイド使用症は、本邦では米国に比べて頻度は低い。しかし、慢性疼痛に対する処方オピオイドの使用拡大とともに、今後注視が必要な領域である。覚せい剤使用症は、本邦における違法薬物関連の中心的な臨床像である。覚せい剤誘発性精神症との関連で、第 2 章で論じた統合失調症との鑑別が必要になる場面が多い。カフェインが独立した物質クラスになったことは、エナジードリンクや高カフェイン飲料の普及に伴って臨床的意義が高まったことを反映している。カフェインは、青年期の不眠・不安症状の評価において見過ごせない要因となっている。
これらに加えて、揮発性吸入物質(6C4B)、合成カンナビノイド・合成カチノン・MDMA・解離性薬物といった新興物質群、複数物質の併用(6C4F)、不明物質(6C4G)、非精神作用物質の有害使用(6C4H)が、独立したカテゴリーを構成する。本書の関係諸職種が、個別の物質クラスの薬理学的な詳細に立ち入る必要は通例ない。しかし、ICD-11 の枠組みのもとで本群がこのように体系化されていることを認識しておくことが、専門医療との連携の基盤となる。
本群は ICD-11 で新たに整備されたカテゴリーである。CDDR の定義に沿えば、依存を生じさせる物質の使用にはよらない、反復的で報酬をもたらす行動の結果として生じ、苦悩または生活機能の障害を伴う、臨床的に意味のある症候群を指す(なお、制御できない性行動はここから除かれ、第 13 章で論じる強迫的性行動症として扱われる)。本群の位置づけは、こうした行動が脳内で薬物使用と似た報酬の仕組みを引き起こし、その行動への依存が形成されるという理解に基づく。本群には現在、ギャンブル行動症(6C50)とゲーム行動症(6C51)の二つの診断が含まれる。
ギャンブル行動症では、次の三つを満たす必要がある。賭博行動への制御の障害、賭博行動が生活上の他の関心や日常活動より優先されるほどの優位性、そして悪い結果が生じているにもかかわらず賭博行動が続くか拡大することである。本症のふるまいのパターンは、長期間(例:十二か月)にわたって認められることが必要である。症状が重い場合は、すべての診断要件が満たされていれば、六か月程度のより短い期間でも診断が考慮されうる。本症はオンライン主体(6C50.1)とオフライン主体(6C50.0)に下位区分される。本症は、物質使用症との併存、気分症群・不安または恐怖関連症群・パーソナリティ症との併存がしばしば認められる。治療を求める患者において、自殺念慮および自殺企図の頻度が高いことには、特に注意が必要である。
ゲーム行動症は、ギャンブル行動症と並行する診断構造をもつ。ゲーム行動への制御の障害、他の生活活動よりゲームを優先すること、悪い結果にもかかわらず続けることを満たす必要がある。期間の規定もギャンブル行動症と同じである。すなわち、長期間(例:十二か月)にわたるパターンが必要であり、重症例ではより短い期間(例:六か月)での診断が考慮されうる。下位区分はオンライン主体(6C51.0)とオフライン主体(6C51.1)であり、ギャンブル行動症と順序が逆である点に注意したい(オンラインゲームが主流である実態を反映したものと考えられる)。本症は青年期および若年成人期に発症することが多い。本書の関係諸職種が、学校保健や若年労働者の支援場面で出会う頻度の高い障害群である。
これら二つの診断とは別に、ICD-11 は、精神疾患には該当しないものの臨床的注意と助言の対象となりうる状態として、危険なギャンブル・賭博行為(QE21)と危険なゲーム行為(QE22)を整備した。これらは ICD-11 第 24 章「健康状態または保健サービスの利用に影響する要因」に位置づけられており、本症の診断要件は満たさないがリスクの高い使用パターンを記述するために用いられる。本書の関係諸職種にとって、このような診断に至らないリスクパターンに早期に助言する枠組みが ICD-11 で整備された意義は小さくない。
なお、インターネット使用症や買い物行動症など、本群に含まれる可能性が議論されている他の行動症もある。しかしこれらは、ICD-11 では独立した診断としてはまだ採用されておらず、要件を満たす場合に「他の特定される嗜癖行動症(6C5Y)」として記述する枠組みにとどまっている。制御できない性行動は、CDDR がこの 6C5Y の対象から明示的に除外しており、第 13 章で論じる強迫的性行動症(6C72)として扱われる。
本群を成人領域で扱う際の留意点として、次の四点を挙げておきたい。
第一に、診断構造の階層性への留意である。本群の評価では、使用パターンの一次診断(エピソード/パターン/依存)が判断の出発点となる。急性の状態(中毒・離脱)および物質誘発性の二次症候群は、これを補う形で記述される。本書の関係諸職種が、本症の症例について他の医療職と議論する場面では、この構造を共通の語彙として共有することが大切である。それが、診断記述の一貫性と治療方針の整合性を保つうえで実務的な意義をもつ。
第二に、産業保健の場面における本症の中心性である。アルコール使用症は、本邦の産業保健でもっとも頻繁に取り扱われる物質関連診断である。第 4 章で論じた気分症群との併存、勤務関連ストレスとの関連、家族機能への影響を含めた総合的な評価が必要である。鎮静薬・催眠薬・抗不安薬使用症は、医薬品の処方経過をていねいに調べる必要がある領域である。不眠症や不安症状への対処として始まった処方が長期化し、依存の形成に至る経路には注意が必要である。これらの判断は、本書の関係諸職種が産業医および精神科主治医との連携のもとで進めるのが望ましい。
第三に、嗜癖行動症群の取り扱いが新しい領域であることへの留意である。ギャンブル行動症が衝動制御症から移され、ゲーム行動症が新設されたことを受けて、本書の関係諸職種は臨床判断の枠組みを更新する必要がある。とりわけゲーム行動症は、若年労働者の職務遂行への影響や、青年期患者の学業への影響をめぐって、本書の関係諸職種が学校保健および若年従業員の支援場面で評価を求められる頻度の高い症候群である。本症の診断要件——制御の障害、優先性の上昇、悪い結果にもかかわらず続けること——を ICD-11 の規定に従って慎重に適用することが、過剰診断を避けるうえで必要である。
第四に、文化的考慮である。物質使用は、多くの文化において宗教的・儀式的・社会的な実践に深く根ざしており、その意味と評価は文化集団によって大きく異なる。本邦における飲酒文化の特性、宗教的少数派における物質に対する態度の多様性、移民・難民の支援場面で異文化的な物質関連の実践に出会うこと。これらはいずれも、本群の評価において文化的文脈の理解が必要であることを示している。CDDR(ICD-11 の臨床記述と診断要件)は本群の総論で、物質使用が強い文化的意味と伝統の影響下にあること、病理の有無とリスクを判断する際には物質が使用される文化的環境を考慮すべきこと、そして宗教儀式や祝祭の一部としての定期的な使用が本群の障害に当たらない場合があることを明記している。本書の関係諸職種は、本群の評価において、症状の表れ方と援助を求める経路が、その文化的文脈のなかで形づくられていることを認識しておくのが望ましい。
※ ※ ※