衝動への抵抗の失敗をめぐる障害
本章は ICD-11 において「衝動制御症群」と総称される一群の障害を概観する。本群の障害の中核は、ある行為を実行したいという強い衝動・欲動・urge(切迫した衝動)に抵抗することの、繰り返しの失敗である。その行為は、本人にとって少なくとも短期的には報酬となる(快や満足をもたらす)ものである。本群の障害は、本書の関係諸職種が成人臨床において直接の主訴として出会う頻度はそう高くない。しかし、間欠爆発症は職場における対人トラブルとの関連で、放火症・窃盗症は法的場面での精神医学的評価との関連で、本書の関係諸職種が関与する場面がある。本章では、本群の枠組みを実務的観点から整理する。
本群の障害を定義する中核は、短期的には報酬となる行為への衝動に抵抗することの繰り返しの失敗が、長期的には本人または他者への害、著しい苦悩、あるいは生活機能の障害をもたらすことである。この中核のまわりに、CDDR が記述する典型的な体験の流れがある。行為のエピソードに先立って、緊張または情動的な興奮の高まりがしばしば認められる(この高まりは、行為に抵抗しようとするときにも生じうる)。そして行為の最中または直後には、典型的には快感・満足感・緊張の解消が得られる。ただし経過のなかで、行為に先立つ緊張への気づきは弱まり、行為後の快感も減っていく場合がある。さらに、行為のあとに罪悪感や羞恥が伴うようになることが多い。
ICD-11 における本章の整備には、ICD-10 の「習慣および衝動の障害(F63)」からのいくつかの重要な再編が含まれる。第一に、本群はパーソナリティ障害(ICD-10 F60)から切り離され、独立した群として位置づけ直された。ICD-10 では衝動制御障害がパーソナリティ障害と同じ章に置かれており、両者が概念的に近いものだと受け取られかねないとして、長く批判されてきた。ICD-11 で本群を独立させたことは、この批判への応答である。第二に、放火症および窃盗症の名称が整理された。ICD-10 では「病的放火〔Pyromania〕」「病的窃盗〔Kleptomania〕」と、「病的」を冠する病名に古典ギリシア語由来の語を添える形だったものが、ICD-11 では「Pyromania」「Kleptomania」がそのまま主名称となった。第三に、強迫的性行動症(6C72)が ICD-11 において新たな診断カテゴリーとして導入された。これは、パラフィリア(性嗜好の偏り)によらない、制御できない性行動という臨床像に、独立した診断の足場が必要だという認識に基づく。第四に、間欠爆発症(6C73)が独立した診断として位置づけ直された。本症は ICD-10 では独立した診断の足場をもたなかった。易刺激性(ささいなことで怒りが生じやすい傾向)が前面に立つ場合の情緒不安定性パーソナリティ障害(F60.30)の枠内、もしくは「その他の習慣および衝動の障害(F63.8)」という残余カテゴリー(他のどれにも当てはまらない場合の受け皿区分)に含められていたのである。
これら本章内部の再編に加えて、ICD-10 で衝動制御障害に分類されていた抜毛症(F63.3)と病的賭博(F63.0)は、ICD-11 では本群の外に移された。前者は第 6 章で論じた強迫症または関連症群(6B25.0)に、後者は第 12 章で論じた嗜癖行動症群(6C50)に移されている。それぞれの病態の現象学的な核心、つまり体験の本質がどこにあるかに応じた再配置である。
診断概念についても、ICD-11 は焦点を移している。ICD-10 では「制御できない反復的行為」という、行為のレベルでの定式だった。ICD-11 では「衝動・欲動・urge に抵抗することの繰り返しの失敗」という、体験のレベルでの定式になった。この移行は実務的に重要な意味をもつ。行為の実行そのものについてはある程度の制御が残っている場合でも、行為のもとになる衝動への抵抗が繰り返し失敗しているなら、本症の診断が成り立ちうるということである。なお、本章には放火症(6C70)、窃盗症(6C71)、強迫的性行動症(6C72)、間欠爆発症(6C73)の四つのカテゴリーと残余カテゴリー(6C7Y・6C7Z)が含まれる。
金銭的利益・復讐・破壊工作・政治的表明・注目を集めることなどの明白な動機がないまま、放火または放火の試みが繰り返されることを中核とする障害である。診断には次の要件が含まれる。火および火に関連する刺激(火を眺めること、火を起こすこと、消防設備への関心など)への持続的な魅了または没頭。放火行為に先立つ緊張または情動的興奮の高まり。そして、放火の最中および直後、さらにその火の影響を目撃したり後始末に関与したりする際における快感・興奮・解放感・満足感である。
本症は青年期から成人早期に発症することが多く、治療されない場合は慢性の経過をとる傾向がある。社会的技能の障害、学習困難の既往、外傷的体験の既往(とくに女性において性的虐待の既往)が認められることが多い。放火行動には、第 14 章で論じる予定の素行・非社会的行動症、第 1 章で論じた注意欠如多動症、第 7 章で論じた適応反応症がしばしば関連する。また本症は、第 12 章で論じた物質使用症、ギャンブル行動症、気分症群、他の衝動制御症との併存が多い。なお、知的発達症などによる判断力の障害から放火が説明できる場合には、本症とは診断しない。また、児童期早期における火への関心や、発達のうえでの実験的な行為(マッチ・ライターでの遊びなど)は、本症の診断対象とならない。
明白な動機がないまま——すなわち個人的に使用するためでも金銭的利得のためでもなく——物品を盗みたいという強い衝動への抵抗が、繰り返し失敗することを中核とする障害である。盗まれる物品そのものは、本人が欲しいものや実用性のあるものでありうる。しかし本人はそれを必要としていない(同じ物を複数もっている、買う経済的余裕が十分にあるなど)。診断には、行為に先立つ緊張の高まりと、行為の最中および直後における快感・満足感・解放感が要件として含まれる。次のような窃盗は除外される。経済的な困窮、怒り、復讐のために行われる窃盗。物質使用やギャンブルの資金を得るために行われる窃盗。妄想・幻覚への反応として行われる窃盗。そして、第 14 章で論じる予定の素行・非社会的行動症の枠内で行われる窃盗である。
本症は他の精神疾患との併存が多い。気分症群、不安または恐怖関連症群、強迫症、他の衝動制御症、物質使用症との併存がしばしば認められる。本書の関係諸職種が本症と直接出会う経路としては、繰り返し万引きで検挙された患者について精神医学的評価を依頼される場面が代表的である。その評価では、本症と単なる反復的な窃盗との鑑別が必要になる。
本症は ICD-11 において新たに導入された診断カテゴリーである。その中核は、強烈で反復的な性的衝動または urge を制御することの持続的な失敗と、その結果として生じる反復的な性行動である。CDDR によれば、この制御の失敗は、次の四つのうち一つ以上の形で現れる。反復的な性行動が生活の中心的な焦点となり、健康・自己ケアや他の関心・活動・責任が著しくおろそかになること。性行動を制御または大幅に減らそうとする試みが何度も失敗すること。悪い結果(例:性行動を原因とする関係の破綻、金銭的・法的な影響、健康への悪影響)にもかかわらず行動が続くこと。そして、満足がほとんど得られなくなっても行動が続くことである。このパターンが長期間(例:六か月以上)にわたって続き、著しい苦悩または生活機能の重大な障害をもたらしている場合に、本症と診断される。なお CDDR は、生活の機能が保たれている場合でも、それが著しい追加の努力によってのみ維持されているのであれば、この要件は満たされると規定している。
本症をどの群に置くべきかについては国際的な議論があった。嗜癖行動症群や強迫症群への配置も検討されたが、最終的に衝動制御症群に位置づけられた。臨床的判断のときは、次の二点が必要である。宗教的・道徳的に否認されている性行動について本人が苦悩しているというだけで、本症の診断をつけないこと。そして、性嗜好の偏り(パラフィリア症群、第 16 章予定)との区別を確認することである。CDDR によれば、本症をもつ青年および成人では、物質使用症をはじめとする他の精神疾患の併存率が高いことが知られている。
挑発や引き金となる出来事に対して著しく不釣り合いな、言語的または身体的攻撃の爆発エピソードが、反復的かつ短時間に生じることを中核とする障害である。攻撃の強さは、引き金となった刺激の規模に比べて明らかに過剰であり、攻撃的な衝動の制御の失敗を反映している。エピソードの頻度については、軽度のものであれば週 2 回以上、重度のもの(他者への身体的攻撃を伴うもの)であれば年間数回が目安となる。いずれの場合も、爆発エピソードが長期間(例:少なくとも 3 か月)にわたり規則的に生じ、攻撃的行動の持続的なパターンをなしていることが必要である。診断は 6 歳以上、または同等の発達段階に達した者に限られる。
本症は、本書の関係諸職種が職場の対人トラブルの評価において出会う頻度の比較的高い障害である。鑑別では、次の障害との区別が必要である。第 1 章で論じた自閉スペクトラム症および注意欠如多動症。第 14 章で論じる予定の反抗挑発症および素行・非社会的行動症。せん妄。第 15 章で論じる予定のパーソナリティ症(とくに脱抑制の特性が顕著な場合。両方の診断要件を満たすときは併記が可能である)。物質中毒・離脱や、神経系疾患による爆発的行動も除外する必要がある。本症の評価では、爆発エピソードが「衝動的・反応的」な性質をもつこと、つまり計画性がなく、引き金となった出来事と時間的に近接して生じることが、計画的な攻撃行動との鑑別の手がかりとなる。
本群を成人領域で扱う際の留意点として、次の三点を挙げておきたい。
第一に、本群と他の精神疾患との併存および鑑別である。本群の障害は、気分症群、不安または恐怖関連症群、物質使用症、パーソナリティ症との併存が多い。これらの併存症が本群の症状の現れ方に影響している場合がある。そのため、衝動的な行為が他の精神疾患のエピソードのなかに限って生じている場合には、本群の独立した診断はつけられない。本書の関係諸職種は、本群の評価において、その衝動的行為が併存する精神疾患の文脈で説明しきれるのか、それとも独立した臨床的注意を要するのかを、慎重に判断する必要がある。
第二に、法的場面における本群の評価への留意である。本群の障害、とくに放火症・窃盗症については、刑事手続のなかで精神医学的評価が依頼される場面が一定の頻度で生じる。ICD-11 が診断概念の焦点を「行為の制御不能」から「衝動への抵抗不能」へ移したことは、責任能力の評価に一つの枠組みを示唆する。すなわち、行為のレベルで制御が可能だったかということと、衝動のレベルで抵抗が可能だったかということを、分けて検討するという枠組みである。本書の関係諸職種が本群について司法精神医学的判断を直接行う場面は限られる。それでも、本群の評価が求められる場面の概念的構造を認識しておくことには実務的な意義がある。
第三に、強迫的性行動症の評価における留意である。本症の診断をつけるときは、文化的・宗教的・道徳的な価値判断が本人の苦悩のもとになっている場合に、それをそのまま本症の診断要件に当てはめないことが必要である。CDDR(ICD-11 の臨床記述と診断要件)は本症の診断について、次の二点を明記している。性行動の制御の失敗がそれ自体として認められる場合に限って診断をつけるべきこと。そして、文化的に否認された性行動への本人の罪悪感だけを根拠に診断を行うべきでないことである。本書の関係諸職種は、本症の評価において、本人が属する文化・社会における性に関する規範と、本症の臨床的な中核とを、意識して切り分ける必要がある。
※ ※ ※