次元的アプローチによる人格機能の評価
本章は ICD-11 において「パーソナリティ症および関連特性群」と総称される一群の障害を概観する。本章の枠組みは、本書のなかでもっとも本質的な変更を含む。ICD-10 が設けていたカテゴリー型パーソナリティ障害——命名された八つの類型(妄想性・統合失調質・非社会性・情緒不安定性[衝動型・境界型]・演技性・強迫性・不安性・依存性)および残余カテゴリー——は、すべて廃止された。なお、統合失調型障害は ICD-10 では F21 として統合失調症圏に分類されており、パーソナリティ障害(F60)には含まれない(ICD-11 でも統合失調型症 6A22 として精神症群に位置づけられる)。かわりに、人格機能の障害というひとつにまとめた枠組みのもと、重症度の評価と特性領域の記述によって人格の病理を描き出す「次元的アプローチ」(型に当てはめるのではなく、連続的な程度の違いとしてとらえる方法)が採用された。本書の関係諸職種にとって、本章の理解は、職場・学校・対人関係をめぐる人格的な問題を評価するときの、共通の臨床的な語彙を与えてくれる。
ICD-11 における本章の整備は、パーソナリティ障害分類のパラダイム転換(考え方の枠組みの根本的な転換)である。Tyrer を委員長とする ICD-11 作業部会(2010 年発足)は、ICD-10 および DSM-IV のカテゴリー型分類が、複数の根本的な問題を抱えていることを確認した。第一に、十のカテゴリーと約八十の診断基準からなる体系は、複雑であるにもかかわらず、診断のための首尾一貫した理論モデルを欠いていた。第二に、臨床現場での診断率は、系統的な有病率調査の四分の一以下と報告されていた。つまり、本群の概念そのものが臨床現場で避けられる傾向が認められた。第三に、エビデンス(研究上の証拠)は、パーソナリティの異常が連続的な程度の違い(次元)の上に分布することを一貫して示していた。すなわち、正常なパーソナリティと病的なパーソナリティとの連続性が、経験的に裏づけられていた。第四に、機能障害を予測する因子としては、パーソナリティ障害の「型」よりも「重症度」が重要であることが繰り返し示されていた。重症度が高いほど、自傷・自殺のリスクと心理社会的な機能障害が増大するのである。
これらの認識のもと、ICD-11 は次の方針を採用した。カテゴリー型診断の全廃、重症度評価の優先、特性領域記述子の導入による次元的アプローチ、そして診断の閾値(診断に必要な最低ライン)に届かない状態(「パーソナリティ困難」)を体系のなかに明示的に位置づけること、である。これは ICD-10 から ICD-11 への単なる修正ではなく、本群の診断の構造そのものを設計し直すものであった。なお DSM-5 は、本文では従来の十のカテゴリー型を保ったまま、次元的代替モデル(Alternative Model for Personality Disorders, AMPD)を Section III に並べて置くという折衷的な構成を採用している。この点で、ICD-11 と DSM-5 の設計思想は分かれている。
ICD-11 におけるパーソナリティ症の診断は、二つの段階で構成される。第一段階は、パーソナリティ症の一般的な診断要件を満たすかどうかの判断である。一般要件は次のとおりである。自己機能(同一性・自己価値・自己評価の正確さ・自己統御)または対人機能(親密で互いに満足できる関係の構築と維持、他者の視点の理解、関係のなかで生じる葛藤の処理)における持続的な障害があること。それが長期間(目安として二年以上)にわたって続くこと。認知・情動経験・情動表出・行動の不適応的なパターンとして現れること。特定の対人関係や社会的役割だけに限られず、複数の生活状況にわたって認められること。そして、重要な機能領域に大きな苦痛または障害をもたらすことである。その人格的な特徴が発達上ふつうの範囲にとどまる場合(例:青年期における、独立した自己同一性の確立をめぐる困難)には、本症の診断は付与されない。社会的・文化的要因(社会政治的な対立を含む)によって主に説明できる場合も同様である。
第二段階は、診断が確定したパーソナリティ症についての重症度評価と、特性領域記述子の付与である。重症度は、軽度(6D10.0)・中等度(6D10.1)・重度(6D10.2)の三段階で評価される(重症度を特定できない場合のためのコード 6D10.Z も用意されている)。その評価は、CDDR が掲げる四つの観点に基づく。すなわち、自己機能の障害の程度と広がり、対人機能の障害の程度と広がり、情動・認知・行動面に現れる不適応の広がり・重さ・慢性度、そしてこれらの機能不全が苦痛や機能障害と結びついている程度である。自己および他者への危害は、これらと並ぶ独立した観点としてではなく、各重症度水準の記述のなかで考慮される。軽度では、人格機能の一部の領域に影響が及ぶ(または全領域に及ぶが、その程度は軽い)ものの、自己や他者への実質的な危害は通常伴わない。中等度では、複数の領域に影響が及び、ほとんどの対人関係にはっきりとした問題が認められ、自己または他者への危害を伴うことがある。重度では、自己機能および対人機能の重い障害として現れ、ほぼすべての対人関係に影響を及ぼし、しばしば自己および他者への危害を伴う。
これに加えて、「パーソナリティ困難(QE50.7)」という概念がある。パーソナリティ困難とは、本症の診断に見合う重症度には達しないものの、治療や保健サービスの利用に影響しうる顕著な人格特性をもつ状態をいい、長年(例:少なくとも 2 年)にわたって続くものとされる。本症との違いは現れ方にある。つまり、認知や情動の面での不適応が現れるのは、ストレスの強い時期などに限られる(間欠的である)か、または低い強度にとどまる。パーソナリティ困難は精神疾患には該当せず、ICD-11 第 24 章「健康状態または保健サービスの利用に影響する要因」に位置づけられる。Tyrer らが指摘するように、パーソナリティ困難はきわめて高い有病率を示す(英国の National Morbidity Survey の解析では推定 48.3 %)。また、他の精神疾患の経過に影響を及ぼし、治療や保健サービスとの接触にも実務的な影響をもちうる。そのため、本書の関係諸職種にとっても、この概念がどこに位置づけられているかを知っておくことには実務的な意義がある。
ICD-11 は、パーソナリティ症およびパーソナリティ困難の特徴を記述するために、五つの特性領域記述子を整備した。特性領域記述子とは、その人のパーソナリティのうち、もっとも目立ち、人格病理の中核をなす特徴を記述するための次元である。つまり、これらは診断カテゴリーではなく、パーソナリティの基礎構造に対応するひとそろいの次元であり、パーソナリティ症やパーソナリティ困難のない人の正常なパーソナリティ特性とも連続している。本症の診断のもとで、必要な数の特性領域記述子を組み合わせて付けることができる。より重篤な患者ほど、顕著な特性領域の数が多い傾向にある。ただし、重度のパーソナリティ症でありながら、顕著な特性領域が一つ(例:離隔)だけの場合もある。これら五領域は、パーソナリティ症の文献の系統的レビュー(一千四百を超える研究の解析)に基づいて経験的に見いだされたと、作業部会に関わった研究者らは報告している(この経緯自体は CDDR には記載されていない)。
「否定的感情(6D11.0)」は、不安・抑うつ・脆弱性・恐怖・怒り・敵意・罪悪感・羞恥といった幅広い否定的感情を、状況に対して不釣り合いな頻度・強度で経験する傾向を中核とする。共通の現れとしては、情動の不安定さと情動調節の不良(欲求不満への耐性の低さを含む)、否定的な態度(悪い結果を予期して提案を拒む傾向)、自尊心の低下と自信のなさ、そして不信感(他者に悪意があるのではないかと疑い、恨みを抱き続ける傾向)がある。
「離隔(6D11.1)」は、人との距離の取り方によって特徴づけられる。具体的には、対人的な距離(社会的離隔。対人関係の回避、友人関係や親密さの欠如)と、情動的な距離(情動的離隔。遠慮、飄々とした態度、情動の表出と経験の制限)の両方である。極端な場合には、肯定的・否定的いずれの出来事に対しても反応が乏しく、楽しみを感じる能力が制限される。
「非社会性(6D11.2)」は、他者の権利および感情への無関心を中核とする。共通の現れとしては、自己中心性(特別に扱われて当然だという権利意識、賞賛への期待、自己中心的な要求)と、共感の欠如(他者への迷惑や危害への無関心、他者の操作・欺瞞・搾取、他者の苦痛への冷淡さ)がある。
「脱抑制(6D11.3)」は、起こりうる悪い結果を考えないまま、目の前の外的・内的な刺激に基づいて軽率に行動する傾向を中核とする。共通の現れは、衝動性、注意散漫、無責任さ、無謀さ、計画性の欠如である。本特性領域は、第 12 章で論じた物質使用症、第 13 章で論じた衝動制御症群との関連が深い。
「制縛性(6D11.4)」は、自分のもつ硬直した完璧の基準と善悪の基準に狭く集中すること、自己および他者の行動を統制すること、そして状況をこれらの基準に従わせることへの集中を中核とする。共通の現れとしては、完璧主義(規則・義務・規範へのこだわり、細部への注意、硬直した日課、過剰なスケジュール管理)と、情動・行動の拘束(情動表出の硬い統制、頑固さ、リスク回避、決断の困難)がある。なお、本特性領域は DSM-5 の AMPD には独立した領域として含まれていない。この点は ICD-11 と DSM-5 が分かれるもう一つの点となっており、本特性領域の独立性については現在も研究上の議論が続いている。
境界性パターン記述子(6D11.5)は、本症の診断および特性領域記述の枠組みに、任意で付け加えることのできる追加の記述子である。Tyrer らが指摘するように、過去二十年にわたる因子分析的研究は、境界性パーソナリティ症を独立した分類として支持してこなかった。それでも本記述子が整備されたのは、境界性パーソナリティ症の概念のもとで積み重ねられてきた治療研究の遺産と、この領域における臨床的な有用性が考慮されたためである。本記述子は、対人関係・自己像・感情の不安定さと著しい衝動性の広汎なパターンが、次の特徴のうち五つ以上によって示される場合に付与される。見捨てられることへの強烈な恐怖。不安定で激しい対人関係。同一性の障害。強い否定的情動のもとでの衝動的行動。繰り返される自傷エピソード。情動の不安定さ。慢性的な空虚感。不適切な強い怒り。そして、強い情動的な高ぶりのもとで一時的に生じる解離症状または精神症様の体験である。CDDR は、これら九項目とは別に、境界性パターンの「その他の現れ」として、自己を不十分で悪いものとみなす自己像、他者から深く隔たり孤立しているという体験と広汎な孤独感、拒絶への過敏さなどを挙げている。
本記述子の使用は任意である。使用するときは、重症度評価および特性領域記述子(典型的には否定的感情・非社会性・脱抑制)と組み合わせることが推奨される。ICD-11 作業部会の立場としては、重症度と特性領域のモデルによって境界性パターンを十分に記述することが可能である。それでも本記述子が保持されたのは、臨床現場での治療選択に手がかりを与えるためである。とくに、特定の心理療法的介入への反応しやすさを見きわめるうえで役立つと考えられた。
本群を成人領域で扱う際の留意点として、次の四点を挙げておきたい。
第一に、ICD-10 から ICD-11 への移行に伴う、臨床的な語彙の刷新である。本書の関係諸職種が長年慣れ親しんできた境界性・自己愛性・反社会性・回避性といったカテゴリー型診断は、ICD-11 においては、もはや独立した診断としては存在しない。これらの臨床像は、重症度評価と特性領域記述子の組合せによって記述される。たとえば、従来の境界性パーソナリティ障害は「中等度パーソナリティ症、否定的感情・非社会性・脱抑制を伴う、境界性パターン」として記述される。従来の反社会性パーソナリティ障害は、たとえば「中等度から重度のパーソナリティ症、非社会性・脱抑制を伴う」のように記述されうる(境界性の例は CDDR 自身が挙げる記載例に対応するが、反社会性のこの対応付けは解説文献によるものであり、CDDR は個別の対応表を示していない)。本書の関係諸職種は、この新たな枠組みのもとで臨床所見を記述する技能を身につける必要がある。
第二に、重症度評価の実務上の重要性である。Tyrer らが強調するように、本症において機能面の予後(その後の見通し)をもっとも確かに予測する指標は、障害の「型」ではなく「重症度」である。本書の関係諸職種が産業保健や職場の対人問題の評価において提供できる中心的な臨床判断は、次の三点についての判断である。その人格的な問題が軽度・中等度・重度のどの水準にあるか。自己および他者への危害リスクがどの程度であるか。職務の遂行と対人関係の維持の能力が、どの程度保たれているか。この判断は、復職判断・配置転換・支援計画の組み立てに直接役立つ、実務的な有用性をもつ。
第三に、パーソナリティ困難の臨床的な位置づけである。本症の診断要件は満たさないものの顕著な人格特性をもつ状態は、他の疾患と併存したとき、その疾患の経過と治療反応に影響を及ぼす要因としてはたらく。ここでいう他の疾患には、第 4 章で論じた気分症群、第 5 章で論じた不安または恐怖関連症群、第 7 章で論じたストレス因関連症群が含まれる。本書の関係諸職種は、これらの疾患を評価するとき、背景にあるパーソナリティ困難の存在と特性領域の記述をあわせて把握しておくとよい。それによって、よりきめ細かな治療計画と予後判断が可能となる。
第四に、本群と他の群との鑑別(似た状態との見分け)および併存である。本群の障害は、本書の他章で論じた多くの障害群としばしば併存する。第 13 章で論じた衝動制御症群、および第 14 章で論じた秩序破壊的または非社会的行動症群との関係では、ICD-11 がこれら三つの群を別々の章として配置していることに意味がある。この配置は、それぞれの問題を体験のレベル(衝動制御症群)・行動のレベル(秩序破壊的行動症群)・人格のレベル(本群)として切り分ける設計を反映している。CDDR(ICD-11 の「臨床記述と診断要件」。診断の手引きにあたる文書)は、これらの群の併存および並記を認めており、診断要件はそれぞれ独立して評価する必要がある。なお、本症の診断は、その人格的な特徴が他の精神疾患のエピソードの期間だけに限られる場合には付与されない。また、物質・薬物・神経系の疾患によって説明できる場合にも付与されない。
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