非定型の性的興奮パターンと同意の概念をめぐる疾患
本章では、ICD-11 で「パラフィリア症群」と総称される一群の疾患を取り上げる。これらの疾患について、本書の読者が成人の臨床現場で主訴(本人が訴える中心的な悩み)として出会う頻度はきわめて低い。臨床例の多くは、司法精神医学や専門外来で扱われる。それでも本章を立てるのは、二つの理由による。一つは、ICD-11 がこの群の構成を ICD-10 から大きく組み直しており、その組み直しが性をめぐる社会的理解の変化を反映していることである。もう一つは、第 13 章で論じた強迫的性行動症(6C72)との鑑別(似た状態との見分け)が、この群の枠組みを通してはじめてはっきりすることである。
この群の疾患の中核にあるのは、持続的で集中的な、強い非定型の性的興奮パターンである。それは性的な思考・空想・衝動・行動として現れる。ICD-11 は、興奮の対象が「年齢または状態のために同意できないか、同意の意思を欠く他者」(思春期前の児童、窓越しにひそかにのぞかれていることに気づいていない人、動物など)を伴うかどうか、という同意の有無を軸にしてこの群を整理している。非同意者を伴う興奮パターンは、それ自体がこの群の診断の対象となる。これに対して、興奮パターンが単独行為または同意のある成人に向けられる場合には、診断に条件がつく。すなわち、本人に著しい苦痛があるか、または傷害・死亡の重大なリスクを伴う場合に限って診断される。
診断にあたって決定的に重要な原則として、CDDR(ICD-11 の「臨床記述と診断要件」。診断の手引きにあたる文書)は次の三点を明示している。第一に、非定型の性的興奮パターンが存在することそれ自体は、診断の十分条件ではない。つまり、それだけでは診断は成立しない。診断には、本人がそのパターンに基づいて行動したか、またはそのパターンによって著しく苦痛を体験しているか、のいずれかが必要となる。第二に、性的犯罪行為があったという事実もまた、診断の十分条件ではない。性的犯罪行為の多くは、持続的な非定型の興奮パターンを基盤とせず、一時的・衝動的・機会的に、あるいは物質使用症のもとで生じる。こうした場合に、この群の診断をつけることはできない。第三に、この群の診断は児童にはつけられず、青年期においても慎重に用いなければならない。青年期の性的な試行は典型的な発達の道すじの一部であり、衝動的・機会的に生じる性的行動が、必ずしも持続的な興奮パターンを反映するわけではないからである。
ICD-11 は、この章を ICD-10 の「性嗜好障害(F65)」から大きく組み直している。第一に、ICD-10 で独立した診断とされていた物品愛症(フェティシズム)、フェティッシュ的服装倒錯症、同意のあるサドマゾヒズムは、ICD-11 では独立した診断としては姿を消した。これらは現在では、本人に著しい苦痛があるか、傷害・死亡の重大なリスクを伴う場合に限って、6D36(単独行為または同意者を伴うパラフィリア症)の枠組みで扱われる。第二に、ICD-10 のサドマゾヒズム(F65.5)は、同意のある実践と非同意者への加害行為とを概念のうえで区別せず、一括して扱っていたが、ICD-11 はこれを改めた。非同意者への加害行為は強制的性サディズム症(6D33)として独立した診断となり、同意のある実践は同症の定義から明示的に除外された。同意のある実践が本群の診断の対象となるのは、本人に著しい苦痛があるか、傷害・死亡の重大なリスクを伴う場合に、6D36 の枠組みで扱われるときに限られる。こうした再編はいずれも、診断概念の中核を「同意の有無」に据え直そうとする ICD-11 の設計思想を反映している。
この群の前半は、興奮の対象が、同意できないか同意の意思を欠く他者を伴う疾患から構成される。共通する診断要件は、持続的で集中的な強い興奮パターンの存在に加え、次のいずれかである。本人がそのパターンに基づいて実際に行動したこと。または、そのパターンによって本人が著しく苦痛を体験していることである。
露出症(6D30)の中核は、公共の場で、それを予期しない他者に対して自分の性器を露出することへの興奮パターンである。窃視症(6D31)の中核は、他者の裸体や性的行為を、相手に気づかれないままひそかに観察することへの興奮パターンである。小児性愛症(6D32)の中核は、思春期前の児童に対する興奮パターンである。ただし本診断は、年齢の近い児童・青年どうしのあいだで生じる性的な興奮やそれに伴う行動には適用されない。強制的性サディズム症(6D33)の中核は、同意しない他者に身体的または心理的な苦痛を与えることへの興奮パターンである。本診断は、先に述べたとおり ICD-10 のサドマゾヒズム(F65.5)から「同意のある実践」を切り離して定義し直されたものであるため、対象は非同意者への加害に限定される。窃触症(6D34)の中核は、同意しない他者に身体接触や擦りつけ行為を行うことへの興奮パターンである。「非同意者を伴う他のパラフィリア症(6D35)」は、上記のいずれにも該当しないが、興奮の対象が同意できないか同意の意思を欠く他者を伴う場合に用いる残余カテゴリー(どれにも当てはまらない場合のための分類)であり、動物性愛、屍体性愛などがこれに含まれうる。
これら六つの診断はいずれも、興奮パターンの発症が青年期に報告されることが多く、若年成人期以降は比較的安定した経過をたどる。加齢に伴って衝動の制御が改善し、また性的な欲求の強さが低下することで、興奮パターンも行動としての表出も弱まる傾向がある。診断は男性に著しく多い。
本診断は、興奮パターンが単独行為または同意のある成人に向けられる場合に対して、限られた条件のもとでのみつけることができる。診断要件は、次のいずれかが満たされることである。一つは、本人がその興奮パターンの性質に著しく苦痛を体験しており、かつその苦痛が、伴侶・家族・社会などからの拒絶やその懸念だけによるものではないこと。もう一つは、そのパラフィリア的行動が、本人または相手に対する傷害や死亡の重大なリスクを、直接的かつ即時的に伴うことである。後者には、窒息性愛、呼吸制限による性的興奮、医学的処置を要するほどの傷害を生じる同意のあるサディズム実践などが該当する。ただし、傷害・死亡の重大なリスクを根拠に本診断をつける場合、そのリスクはパラフィリア的行動に直接かつ即時に結びついていなければならない。たとえば、性感染症にさらされる機会が増えるだろうという推定は、それだけでは本診断の根拠として十分ではない。なお本診断では、持続的で集中的な強い興奮パターンの存在と、苦痛の程度やその由来とを確かめるために、性的な思考・空想・衝動・行動についての本人自身からの直接の報告を得ることが、通常は必要とされる。
CDDR はこの診断について重要な留意点を明示している。興奮パターンが社会的・文化的な規範から外れているという事実それ自体は、本診断の根拠にはならない。同意のある成人または単独行為を伴う興奮パターンが、著しい苦痛も傷害・死亡の重大なリスクも伴わない場合には、本診断をつけることはできない。同様に、同性愛や両性愛の性的指向に関する苦悩について、本診断を適用してはならない。こうした場合に検討するのは、ICD-11 第 24 章 QA15「セクシュアリティに関連するカウンセリング」のカテゴリーである。あるいは、苦痛のパターンが他の精神疾患の診断要件を満たす場合には、その疾患(適応反応症、抑うつ症、不安または恐怖関連症群など)の診断を用いる。
この群を成人領域で扱う際の留意点を、四つに分けて述べておく。
第一に、第 13 章で論じた強迫的性行動症(6C72)との鑑別である。両者はいずれも、繰り返される性的衝動・行動を伴いうる。ただし、この群を特徴づけるのは、持続的・集中的で強い非定型の性的興奮パターンの存在である。これに対して強迫的性行動症を特徴づけるのは、興奮の対象が何であるかを問わず、性的衝動・行動の制御に失敗することである。この群の患者が、興奮パターンの行動としての表出をある程度制御できている場合には、強迫的性行動症の診断を追加する必要は通常ない。両症が併存しうる場合には、それぞれの診断要件を独立に評価する。
第二に、性的犯罪行為とこの群の診断との関係である。原則を先に述べれば、性的犯罪行為があったという事実は、ただちにこの群の診断を裏づけるものではない。CDDR が繰り返し強調するように、性的犯罪行為の多くは、持続的な非定型の性的興奮パターンを基盤としていない。むしろ多くは、衝動性や機会的な状況のもとで、あるいは物質使用症や他の精神疾患を基礎疾患として、一時的に生じる。基礎疾患の例としては、第 4 章で論じた双極症 I 型の躁エピソードまたは混合エピソード、第 18 章で論じる予定の認知症などがある。したがって、この群の診断は、こうした別の説明が除外され、かつ持続的な興奮パターンの存在が確認される場合に限ってつけることができる。CDDR によれば、証拠が一回またはごく少数の行為にとどまる場合、持続的な興奮パターンの裏づけとしては通常不十分である。本人が性的な思考・空想・衝動を報告しないときに興奮パターンの存在を支持しうる証拠としては、特定の種類のポルノグラフィーの選好、他の形の性行動よりもその行動を好むこと、機会を計画的に繰り返し探し求める行動などが挙げられている。一部の診断では、相対的注視時間の測定や陰茎プレチスモグラフィー(性的刺激に対する生理的反応の検査)といった検査室的な指標にも言及がある。本書の読者は、職場・学校・地域社会で発生した性的犯罪行為について評価を求められる場面に立ち会うことがあるだろう。そのときには、この原則を思い出す必要がある。
第三に、第 6 章で論じた強迫症との鑑別である。強迫症の患者のなかには、児童に性的にひかれてしまうのではないか、児童を性的に虐待してしまうのではないかという、侵入的な思考・心像(本人の意思に反して浮かんでくる考えやイメージ)を体験する者がいる。しかしこれらは典型的には、当人にとって著しく苦痛であり、性的興奮を伴わない。つまり、本人自身が受け入れがたく感じる自我違和的な強迫思考であって、パラフィリア的な興奮パターンを反映するものではない。当人が「自分にそうした傾向があるのではないか」と恐れていること自体が、この群の診断とは反対の方向を指し示す現象である。本書の読者は、この点を認識しておく必要がある。
第四に、性的指向とこの群との明確な区別である。同性愛および両性愛は、それ自体としては精神疾患ではなく、この群の診断対象ともならない。性的指向に関する苦悩を訴える患者を評価するときは、その苦悩が他者からの拒絶やその懸念に由来するものか、それとも本人の自己認識に由来するものかを、慎重に見分ける必要がある。ただし、いずれの場合であっても、この群の診断を当てはめてはならない。CDDR が示している道すじは明確である。その苦悩が他の精神疾患の診断要件を満たす場合には、その疾患の診断を用いる。診断要件を満たさない場合には、ICD-11 第 24 章のセクシュアリティ関連カウンセリングのカテゴリーを用いる。
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