心身相関と治療経過への影響
本章では、ICD-11 で「他に分類される疾患または病気に影響する心理的または行動的要因(6E40)」とまとめて呼ばれる一群のコードを概観する。本章は、本書の他の章で扱ってきた精神疾患群とは性格が異なる。独立した精神疾患を記述するものではなく、ICD-11 の他の章に分類される身体疾患・身体的状態の経過・治療・予後に、心理的・行動的要因が無視できない影響を及ぼしている場合に用いるコードだからである。この場合、その身体疾患の主診断に付け加える形で記載する、いわば付加診断のための枠組みである。本書の関係諸職種にとって、本章はリエゾン・コンサルテーション精神医学(身体科の診療に精神医学の側から協力・助言する領域)および産業保健における心身相関を臨床的に記述するための、基盤となる語彙を提供する。
本章のコードは、心理的または行動的要因が、ICD-11 の他章に分類される疾患・病気の発現・治療・経過に悪影響を及ぼしている場合に付与される。CDDR の記載に沿えば、その悪影響は次の三つの経路のうち一つ以上をとる。第一に、治療アドヒアランス(治療計画を守って続けること)や受療行動に影響して、治療を妨げる経路である(不安のために必要な受診を避ける場合など)。第二に、その疾患をもつ人にとって追加の健康リスクとなる経路である(糖尿病をもつ人のむちゃ食いなど)。第三に、症状の発現・悪化を引き起こす病態生理学的経路(体の中で病気が生じ進む仕組み)に影響を及ぼすか、その他の形で医学的な対応を必要とさせる経路である(冠動脈疾患をもつ人でストレス反応が胸痛を引き起こす場合、喘息をもつ人で不安が気管支けいれんを引き起こす場合など)。そのうえで診断のためには、これらの要因が苦痛・障害・死亡のリスクを高めていること、および、要因それ自体が臨床的注意の焦点となっていることが求められる。なお CDDR は、適応反応症との境界について、因果の向きが逆であること——適応反応症では身体疾患というストレス因への反応として心理的症状が生じるのに対し、本章のコードでは心理的・行動的要因が既存の身体疾患に悪影響を及ぼす——を区別の要点として挙げている。両者が互いに悪化させ合っている場合には、臨床的に有用であれば両方の診断を付与できる。
本章のコードは、対応する身体疾患の主診断と並べて記載する形で運用される。つまり、本章のコード単独で診断の記述が完結することはない。その定義上、影響を受けている身体疾患(虚血性心疾患、糖尿病、慢性閉塞性肺疾患、悪性新生物など、ICD-11 の他章に分類されるもの)の主診断と組み合わせて用いられる。
ICD-11 における本章の整備には、ICD-10 の F54「他に分類される障害または疾患に関連する心理的および行動的要因」からの体系的な拡張が含まれる。ICD-10 では、F54 はその他をまとめて受けとめる単一のカテゴリーとして置かれていた。これに対して ICD-11 は、この単一カテゴリーを五つの下位区分に分けた。これにより、心理的・行動的要因が身体疾患に影響を及ぼす経路を、より細かく正確に記述できる枠組みが提供された。
本章は次の五つの下位区分(および残りを受けとめる区分)から構成される。CDDR によれば、臨床像を記述するために必要であれば、複数の下位区分を同時に付与することができる。
6E40.0 他に分類される疾患または病気に影響を及ぼす精神疾患・行動症・神経発達症。本コードは、本書の他章に分類される精神疾患(抑うつ症、不安症、注意欠如多動症など)の存在が、別に分類される身体疾患の発現・治療・経過に悪影響を及ぼしている場合に付与される。CDDR が挙げる例は、神経性過食症をもつ人が、むちゃ食いによる体重増加を避けるためにインスリンの投与を抜かし、1 型糖尿病の管理を損なう場合である。このほか、抑うつ症が冠動脈疾患の予後を悪化させる場合や、注意欠如多動症が事故のリスクを高める場合なども、この枠組みで記述しうる。本コードを付けるときは、その精神疾患自体の主診断(第 4 章気分症群、第 1 章神経発達症群など)を独立して付与する。それに加えて、本コードを身体疾患の主診断と並べて記載する。
6E40.1 他に分類される疾患または病気に影響を及ぼす心理的症状。本コードは、精神疾患の診断要件には達しない閾値下(診断基準を満たすほどではない程度)の心理的症状が、身体疾患の経過・重症度・転帰に影響を及ぼす場合に付与される。CDDR が挙げる例は、術後のリハビリテーションを抑うつ症状が妨げる場合である。このほか、悪性新生物の治療経過において、抑うつ症の診断要件は満たさないものの、抑うつ的な症状が治療への積極的な取り組みを妨げる場合や、術後の回復期に、全般不安症の診断要件には達しない不安症状が回復を遅らせる場合なども挙げられる。
6E40.2 他に分類される疾患または病気に影響を及ぼす性格特性または対処様式。本コードは、第 15 章で論じたパーソナリティ症の診断要件には達しないものの、安定した人格特性や対処様式が身体疾患の経過に影響を及ぼす場合に付与される。CDDR が挙げる例は、がんの患者が外科的治療の必要性を病的に否認する(問題を認めまいとする)場合と、敵意を帯び常にせき立てられているような行動様式が心疾患の悪化に寄与する場合である。このほか、消極的・回避的な対処様式が慢性疾患への適応を難しくする場合なども、この枠組みで記述しうる。
6E40.3 他に分類される疾患または病気に影響を及ぼす不適応な健康行動。本コードは、健康に有害な行動パターンが身体疾患の経過に影響を及ぼす場合に付与される。CDDR が挙げる例は、過食と運動不足である。このほか、過剰飲酒や不健康な食事パターン、治療の指示を守らない態度などが、糖尿病・高血圧・冠動脈疾患・慢性肝疾患の経過に影響を及ぼす場合も、この枠組みで記述しうる。なお、6E40.1(心理的症状)と 6E40.2(性格特性・対処様式)には「精神疾患の診断要件には達しない」という限定が付されているが、CDDR の本コードの要件にはこの限定はない。行動が物質使用症(第 12 章)などの診断要件を満たしている場合には、6E40.0 の適用を検討する。
6E40.4 他に分類される疾患または病気に影響を及ぼすストレス関連の生理学的反応。本コードは、急性または慢性のストレス因子に対する体の生理学的反応が、別に分類される身体疾患の経過に影響を及ぼす場合に付与される。CDDR が挙げる例は、ストレスによる潰瘍・高血圧・不整脈・緊張型頭痛の悪化である(付随する特徴の項では、職業上の慢性ストレスが糖尿病を悪化させる場合にも触れられている)。このほか、心理社会的ストレスがストレスホルモンの分泌・炎症反応・免疫機能を介して感染症や自己免疫疾患へのかかりやすさを変化させる場合、職務上の慢性ストレスが冠動脈疾患の発症・悪化に関与する場合、心理的ストレスが気管支喘息の発作を引き起こす場合なども、この枠組みで記述しうる。
これらに加えて、上記のいずれにも該当しないが身体疾患の経過に影響を及ぼす他の心理的・行動的要因については、6E40.Y(他の特定される)または 6E40.Z(特定不能)として記述される。
本群を成人領域で扱う際の留意点として、次の四点を挙げておきたい。
第一に、本章のコードが付加診断としての性格をもつことへの留意である。本書の関係諸職種が本章のコードを用いるとき、これらは独立した精神医学的診断ではない。その身体疾患の主診断に対する補助的な記述として運用されるものである。診断記述の中心は、身体科の同僚との連携のもとで把握される身体疾患にある。本章のコードは、その経過に影響を及ぼす心理的・行動的要因を診断記述に組み込むための足場を提供する。本書の関係諸職種が産業医・主治医と診療情報をやりとりする場面では、本章のコードは身体疾患の臨床経過の理解を共有するための語彙として機能する。
第二に、本章と、本書の他章の独立した精神疾患診断との関係である。本章の 6E40.0 は、精神疾患が身体疾患の経過に影響していることを記述するものである。その精神疾患自体については、本書の関係諸章(第 4 章気分症群、第 5 章不安または恐怖関連症群、第 12 章物質使用症および嗜癖行動症群、第 15 章パーソナリティ症など)の診断が並行して付与される。たとえば、抑うつ症が虚血性心疾患の予後を悪化させている症例を考えてみよう。この場合、抑うつ症の主診断(第 4 章)、虚血性心疾患の主診断(ICD-11 第 11 章「循環器系の疾患」)、および 6E40.0 の三つを並べて記載する構造をとる。
第三に、産業保健における本章の臨床的な有用性である。職場での慢性ストレスが循環器疾患・糖尿病・消化器疾患の経過に影響を及ぼす、という臨床経過がある。これは、本書の関係諸職種が産業保健や復職判断の場面で頻繁に出会う状況である。本章の 6E40.4 のコードは、こうした心理社会的ストレスと身体疾患の経過とのつながりを診断記述のなかに残しておくことを可能にする。そのことは、産業医・人事担当者・経営側との議論において、職場環境調整の必要性を医学的に裏づける語彙としても機能しうる。
第四に、文化的な考慮である。心と体の関係についての解釈の枠組み、苦痛と疾患の表現のしかた、医療提供者と患者の関係、家族構造と性役割、痛みと死に対する態度。これらはいずれも文化によって大きく異なる。本章の評価においては、本人および家族にとっての身体疾患の経験が、その文化的文脈のなかで形づくられていることを認識する姿勢が必要である。本邦の臨床では、漢方医療・鍼灸その他の伝統的医療への信頼、家族中心の医療上の意思決定、痛みを控えめに語る様式といった、本邦に固有の特徴がある。これらを踏まえた評価が、本章のコードを実務で運用するうえでの基盤となる。
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