医学的状態の病態生理学的帰結としての精神症候
本章では、ICD-11 で「他に分類される疾患に関連する二次性精神または行動症候群」とまとめて呼ばれる一群のコードを概観する。本章のコードは、本書の関係諸職種にとって、リエゾン・コンサルテーション精神医学(身体科の診療に精神医学の側から協力・助言する領域)および産業保健・地域保健において、身体疾患を背景とする精神症候を評価する際に用いられる。本章は、前章(第 20 章 6E40)と表面的には似ているが、構造の面で異なる。前章は、心理的・行動的要因が身体疾患の経過に影響を及ぼしている場合の付加診断であった。これに対して本章は、身体疾患の病態生理学的帰結(体の中の病気の仕組みの直接の結果)として精神症候が直接引き起こされている場合の診断である。両者を混同すると実務上の混乱を生むため、本章の冒頭でその区別を明示しておく。
本群の名称にある「二次性」は、CDDR の記載に沿えば、精神または行動症候が、他の医学的疾患の直接の病態生理学的帰結(体の中の病気の仕組みの直接の結果)として生じている、ということを意味する。第 2 章などで扱った「一次性」の疾患群では、精神症候そのものが障害を定義しており、症候は他の医学的疾患の結果として生じたものではなかった。これに対して本章のコードは、ICD-11 の精神・行動・神経発達の疾患群以外の章に分類される医学的状態がまずあり、その直接の病態生理学的帰結として、無視できない精神または行動症候が生じているときに付与される。したがって診断のためには、病歴・身体所見・検査所見からの証拠に基づいて、次の二点を確認する必要がある。第一に、その医学的状態が、その精神症候を引き起こしうるものであること。第二に、症状の経過(発症・寛解・原疾患の治療への反応)が、その医学的状態によって引き起こされたと考えて矛盾しないことである。これに加えて、症状が臨床的関心の特定の対象となるに足るほど重いことも、各症候群に共通する要件である。
本章のコードは、以下のいずれにも該当しない場合に限って付与される。第一に、第 18 章で論じた せん妄(6D70)の枠内で説明される場合は、本章ではなくせん妄の診断が優先される。第二に、症状が他の精神疾患(一次性のもの、すなわち身体疾患によらず生じるもの)によってよりよく説明される場合は、その一次性障害の診断が用いられる。第三に、症状が、深刻な医学的状態(生命を脅かす疾患の診断など)に対する心理的に媒介された反応として理解される場合がある。たとえば適応反応症や、診断告知に対する不安がこれにあたる。この場合は本章ではなく、その精神疾患(第 7 章ストレス因関連症群、第 5 章不安または恐怖関連症群など)の診断が用いられる。逆に、医学的状態と精神症候とのあいだに生理学的なつながりの証拠が認められない場合には、本章の診断は通常は妥当とされない。
ICD-11 における本章の整備には、ICD-10 の「脳の損傷もしくは機能障害または身体疾患による他の精神障害(F06)」および「脳の疾患・損傷・機能障害によるパーソナリティおよび行動の障害(F07)」からの本質的な再編が含まれる。第一の重要な変更は、「器質性(organic)」から「二次性(secondary)」への用語の刷新である。ICD-10 が用いていた「器質性」という形容には、暗黙のうちに他の精神疾患を「非器質性」と対比する含みがあった。しかし、この対比は神経科学の進展のもとでは概念的に支持しがたい。そこで ICD-11 は、原因が「器質的」かどうかで分けるのではなく、症候が他の医学的状態の帰結として生じたという関係を示す「二次性」という用語を、本群について採用した。
第二の変更は、本章の構造が、ICD-11 の一次性疾患群の構造と並行する形で再編されたことである。一次性精神症群(第 2 章)に対する 6E61、一次性気分症群(第 4 章)に対する 6E62、一次性不安または恐怖関連症群(第 5 章)に対する 6E63 など、各一次性疾患群と対応する二次性カテゴリーが整備された。これにより、ある精神症候が一次性として発症したのか、医学的状態を背景として二次性に発症したのかを、診断記述の構造のなかで明示的に区別できるようになった。第三に、ICD-10 における軽度認知障害(F06.7)は、本章から第 18 章 神経認知障害群の軽度神経認知障害(6D71)に移された。
本章は次の十カテゴリーから構成される。
6E60 二次性神経発達症候群——発達期に発症する医学的状態(脳損傷、脳性麻痺、脳炎、てんかん、難聴、口蓋裂など)の病態生理学的帰結として現れる神経発達上の困難を記述する。ここで対象となるのは、知的発達症・自閉スペクトラム症・常同運動症の診断要件は満たさないものの、臨床的注意を要する困難である。なお、これら三症の診断要件を満たす場合は、その一次性診断と医学的状態の双方を付与する形が採られる。下位区分として二次性発話または言語症候群(6E60.0)が置かれており、発話・言語の領域では慣例が逆になる。すなわち、発達性発語または言語症の診断要件を満たす場合でも、症状が出生前または発達期に発症した医学的状態の直接の帰結と判断されるならば、一次性診断の代わりに 6E60.0 が付与される。
6E61 二次性精神症候群——医学的状態を背景として現れる精神症(妄想・幻覚・他の精神症症状)。下位区分として、幻覚を伴う型(6E61.0。顕著な妄想を伴わず、幻覚が顕著な場合)、妄想を伴う型(6E61.1)、幻覚と妄想の両者を伴う型(6E61.2)、特定不能の症状を伴う型(6E61.3)が整備されている。代表的な背景疾患として、脳炎(自己免疫性脳炎を含む)や脳症、てんかん、脳卒中、多発性硬化症、神経梅毒、全身性エリテマトーデス、甲状腺・副甲状腺・副腎の機能異常、低血糖、ビタミン B1・B12 欠乏、ウィルソン病、頭部外傷、脳腫瘍などが挙げられる。なお、ステロイド薬など治療薬剤によって引き起こされた精神症は、本コードではなく物質誘発性の精神症として扱われる(本章末尾の留意点を参照)。
6E62 二次性気分症候群——医学的状態を背景として現れる気分症候。下位区分として抑うつ症状を伴う型(6E62.0)、躁症状を伴う型(6E62.1)、混合症状を伴う型(6E62.2)、特定不能の症状を伴う型(6E62.3)が整備されている。代表的な背景疾患として、甲状腺機能亢進症・低下症、副腎皮質機能異常(クッシング症候群など)、鉄欠乏、悪性新生物(膵癌による腫瘍随伴症候群など)、脳卒中、多発性硬化症、ハンチントン病、HIV 感染などが挙げられる。なお、ステロイド薬やインターフェロンなど治療薬剤によって引き起こされた気分症状は、本コードではなく物質誘発性の気分症として扱われる。
6E63 二次性不安症候群——医学的状態を背景として現れる不安症状群。代表的な背景疾患として、甲状腺機能亢進症、褐色細胞腫、低血糖、心律動異常、肺疾患による低酸素血症などが挙げられる。
6E64 二次性強迫症または関連症候群——医学的状態を背景として現れる強迫症状群。代表的な背景疾患として、シデナム舞踏病、PANDAS(溶連菌感染に関連して生じる小児の神経精神症状群)、頭部外傷、てんかん、ハンチントン病、パーキンソン病、脳卒中などが挙げられる。
6E65 二次性解離症候群、6E66 二次性衝動制御症候群——それぞれ第 8 章解離症群、第 13 章衝動制御症群に対応する症候を、医学的状態を背景として示す場合に用いられる。なお 6E66 は、盗み・放火・攻撃的な爆発のほか、強迫的性行動や過剰なギャンブルなど、嗜癖行動症群に相当する症状も対象に含む。
6E67 二次性神経認知症候群——医学的状態の病態生理学的帰結として現れる神経認知機能の欠損のうち、せん妄・軽度神経認知障害・健忘症・認知症のいずれの診断要件も満たさず、発達期の発症でもないものに用いられる。これらの診断要件を満たす場合には、本コードではなく該当する神経認知障害の診断が付与される。また本コードは、症状が短期間(目安として 1 か月未満)にとどまり、原因となる医学的状態の治療によって寛解することが見込まれる場合を対象とする。
6E68 二次性人格変化——医学的状態(前頭葉損傷、神経変性疾患、脳卒中、脳腫瘍、てんかんなど)を背景として、その医学的状態の発症以降(または発症と同時期)に現れる、本人の従来の特徴的な人格パターンからの変化(著しい無気力や無関心、猜疑心、被害的な考え、脱抑制など)を記述する。これは ICD-10 の F07「脳の疾患・損傷・機能障害によるパーソナリティおよび行動の障害」を受け継ぐ診断である。
6E69 二次性カタトニア症候群——医学的状態(自己免疫性脳炎、代謝性疾患など)を背景として現れるカタトニア症候。なお ICD-11 においては、一次性のカタトニアは独立した章として整備されている(第 3 章 6A4)。本コードは、医学的状態による二次性のものに用いられる。
これらに加えて、上記のいずれにも該当しないが医学的状態を背景として現れる他の精神・行動症候については、6E6Y(他の特定される)または 6E6Z(特定不能)として記述される。
本群を成人領域で扱う際の留意点として、次の四点を挙げておきたい。
第一に、本章と第 20 章(心理的・行動的要因の身体疾患への影響、6E40)とをはっきり区別することである。両章はいずれも身体疾患の文脈に関わるが、構造の面で異なる。本章が記述するのは「医学的状態 → 精神症候」という方向、すなわち病態生理学的な因果による症候である。これに対して第 20 章が記述するのは「心理的・行動的要因 → 身体疾患」という方向、すなわち心理的影響の関係である。両章のコードは性格上区別される枠組みに属するが、症例によっては両者を併用することが臨床的に有用な場合がある。例を挙げれば、脳卒中後の二次性気分症候群(6E62.0)が、その後の心血管リスク管理への治療アドヒアランス(治療計画を守って続けること)の低下(6E40.0)につながる場合である。
第二に、本章の診断のときに必要となる、医学的状態と精神症候との因果関係の評価である。本章のコードを付けるためには、次の三点の確認が必要である。(1) その医学的状態が、その精神症候を引き起こしうるものであることが医学的に確立していること。(2) 症状の発症・経過・治療反応が、医学的状態の経過と時間的・薬理学的に矛盾しないこと。(3) 他の説明(一次性精神疾患、せん妄、認知症、物質性、薬剤性など)が除外されていることである。本書の関係諸職種が本章のコードを用いる場面では、身体科の同僚との診療情報共有を通じて、これらの要件が満たされているかを確認する必要がある。
第三に、薬剤性症候群との関係である。本章が対象とするのは、医学的状態それ自体を背景とする二次性症候群である。一方、その医学的状態の治療のために投与された薬剤が精神症候を引き起こす場合がある(ステロイド療法による精神症、インターフェロン療法による抑うつ症など)。この場合については、ICD-11 では第 12 章で論じた物質使用症および嗜癖行動症群の枠組みのなかで、物質誘発性症候群として記述する経路が用意されている。本書の関係諸職種は、本章のコードと物質誘発性症候群のコードのどちらを用いるべきかを、症候を引き起こしているものが疾患自体なのか、その治療薬剤なのかに基づいて判断する必要がある。
第四に、せん妄との鑑別である。第 18 章で論じたせん妄は、急な発症・症状の変動・意識および注意の障害という特徴的な臨床像をもち、本章のコードとは区別される。医学的状態を背景として精神症候が現れたとき、それがせん妄の枠内に収まるものか、せん妄を伴わない二次性症候群として独立して評価すべきものかを見分ける必要がある。この判別は、意識水準・注意機能・症状の変動性の評価によってなされる。多くの場合、せん妄は急性で、元に戻りうる経過をとる。これに対して本章の二次性症候群は、その医学的状態の経過に対応する形で、よりゆるやかな経過をたどる傾向にある。
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