一 なぜ「発祥」を問うのか
精神医学の発祥を問うことは、精神医学の現在を問うことである。本論文がこの問いに取り組むのは、過去への愛着のためではない。発祥を同定する作業は、現在のわれわれが日々の臨床において、また DSM/ICD の操作的診断基準を用いるたびに、依然としてそのなかで思考し続けている問題空間の構造を明らかにする作業だからである。
発祥という語は、しかし、慎重に取り扱わなければならない。それは「起源 origine」「誕生 naissance」「創設 fondation」「結晶化 cristallisation」「発祥点 point d'origine」など、意味の異なる複数の概念のうちの一つである。本論文が「発祥」という日本語を選ぶのは、ここに含まれる二重の含意――何かが「発する」(出現する)契機と、何かが「祥(しるし)として顕現する」契機――が、本論文が問うべき現象の構造に最も近いからである。発祥とは単なる時間的最初の出来事ではなく、ある問題空間が思考可能な形態として結晶化する構造的閾を指す。
この閾はどこにあるのか。これが本論文の問いである。精神医学を「医学・哲学的伝統 tradition médico-philosophique」のなかに位置づけるならば、その伝統の最古の結晶化は古代ギリシア(紀元前5世紀のヒポクラテス)にまで遡る。中世のトマス的調停、ルネサンスのウィエール対ボダン論争(1563–1585)、古典主義時代の一般施療院(1656年)、アンシャン・レジーム末期の医学制度的諸変動、そして1800年前後のピネル『Traité médico-philosophique sur l’aliénation mentale, ou la manie』初版――これら数千年にわたる長い系譜のなかで、どこに「発祥」を同定するか、あるいはそもそも単一の発祥点を同定することが可能か。これは哲学的にも歴史学的にも極めて非自明な問いである。
本論文は、この問いに対して20世紀以降に提出された四つの主要な解釈を、独立した発祥論として並列比較する方法を採る。フーコーの「大いなる監禁」発祥論、エーのルネサンス起源論、ケテルの経験史的記述、スウェインのピネル発祥論――これら四者は、精神医学の発祥という単一の問いに対して、それぞれ異なる答えを与えている。本論文の課題は、この四者の答えを比較することによって、最終的に最も整合的な立場を同定することにある。
二 なぜこの四者か――選択の根拠
本論文が比較の対象として選ぶのが、なぜミシェル・フーコー(1926–1984)、アンリ・エー(1900–1977)、クロード・ケテル(1939–)、グラディス・スウェイン(1945–1993)の四者なのか。この問いには複数の答えがある。
第一の答えは、影響史的な事実に基づく。フーコー『狂気の歴史』(1961年)は、精神医学の発祥論を20世紀後半における主要な主題として確立した著作である。本書以後、精神医学史の研究は、フーコー命題への賛否を中軸の問いとして組織されることになった。エーの1971年フーコー批判論文(『精神医学の進化』誌掲載)は、フーコー命題への最も影響力のある批判の一つとして、フランス精神医学界において広く受容された。スウェインの『狂気における主体』(1977年)は、フーコー命題とエー命題の双方を批判的に継承しつつ、第三の立場を確立した著作である。ケテル『狂気の歴史』(2009年)は、これら先行する哲学的・理論的諸命題を経験史的に検証する研究である。これら四者の著作は、20世紀後半から21世紀初頭にかけての精神医学発祥論の中心的潮流を構成する。
第二の答えは、立場の独立性に基づく。本論文が選ぶ四者は、それぞれ独立した発祥論を提出しているという点で重要である。フーコーは1656年「大いなる監禁」を発祥点とする。エーはルネサンスを発祥の場とする(その内実は本書第三章および第六章で詳論したように Wier-Bodin 哲学的基礎づけ+ピネル儀礼的聖別の二重構造、さらにエー Étude n°3 におけるピネル科学的閃光命題を加えた三層構造として再構成される)。スウェインは1800年前後のピネルにおける「狂気における主体」の組み立てを発祥点とする。ケテルは独立した発祥論を構成しないが、経験史的歴史家として明示的にスウェイン解釈への支持を表明する。四者の独立性は、この比較作業を意味のあるものにする条件である。
第三の答えは、本論文が日本における精神医学的思考の状況に対して持つ位置取りに関わる。日本の精神医学界においては、フーコー『狂気の歴史』は早くから紹介され、その「大いなる監禁」発祥論は批判的に検討されてきた。エーの組織力動論(日本語訳「器質力動論」)は、20世紀後半の日本精神医学に強い影響を与えた。ケテル『狂気の歴史』は2010年代に邦訳された。だがスウェインの『狂気における主体』および『人間精神の実践』は、日本においてはほとんど受容されていない。本論文は、この受容上の偏りを是正し、スウェイン立場の強さを日本語読者に紹介する目的をも持つ。
第四の答えは、四者の哲学的位置の補完性に基づく。フーコーが社会政治的契機を、エーが哲学的・人間学的契機を、スウェインが認識装置の構造を、ケテルが経験史的細部を、それぞれ同定する。これら四つの視点は、精神医学の発祥という多重的現象を、相互補完的に照らし出す。本論文は四者の対立を強調するためではなく、四者の哲学的位置を整理することによって、発祥の構造的多重性を明らかにするために、この比較を行う。
三 二次資料の誠実な利用――文献的方法の自覚
本論文の方法的構えに関して、一つの根本的な制約をあらかじめ明示しておきたい。精神医学の発祥という主題は、ヒポクラテスからピネルに至る二千五百年にわたる歴史的事象を扱う以上、いくつもの方法論的不可能性に直面する。第一に、実験的検証は不可能である。第二に、当事者による直接的証言を得ることもできない――生存者はすでに二〇〇年以上前に没している。第三に、本論文の筆者が日本に居住する以上、フランスならびにヨーロッパ各地に残るとされる本来の一次資料、すなわち各精神病院に保存されているとされる診療記録、患者の入退院状況、医師たちの個人書簡、未刊行の手稿類への直接的アクセスもまた、事実上不可能である。
この三重の制約のもとで、本論文の方法はおのずから一つに限定される――文献的方法以外にない。これは制約への屈服ではなく、研究主題の性格そのものから帰結する方法論的必然である。利用可能な資料は、すでに20世紀以降の研究者たち――フーコー、エー、ケテル、スウェイン、その他多数――によって整理され、解釈され、論述化された二次資料の集積である。これらの二次資料は、それぞれが研究者個人の哲学的・思想史的立場に対応した固有のバイアスを内包している。フーコーの権力論的構造、エーの器質力動論的継承、ケテルの実証的修正、スウェインの認識装置論――これら四者の解釈構造は、相互に独立した立場として並列するだけでなく、それぞれが異なる視角から精神医学発祥の歴史的事象を切り取る作業を表現している。
歴史家ケテル自身が、この方法論的姿勢を簡潔に定式化している――歴史家は利用可能な文献を可能な限りくまなく利用したうえで、独自の理論的整理を試みるべきである、と。本論文はこのケテル的方法論的姿勢を共有する。しかし同時に、ケテル自身の経験史的記述もまた、文献的に検証されるべき二次資料の一つであるという立場を取る。フーコー、エー、ケテル、スウェイン――四者の発祥論はいずれも、本論文にとっては、それぞれのバイアスとともに利用されるべき二次資料の集積である。
本論文の課題は、この文献的状況を否定したり超越したりすることではない。むしろ、これらの二次資料を、それぞれの研究者のバイアスを意識的に同定したうえで、誠実かつ巧妙に利用することによって、歴史的事象の特定の側面について独自の解釈視角を獲得することにある。換言すれば、本論文の方法は最初から徹底的に文献的であり、その制約と可能性の両者を自覚的に引き受ける。
本論文が用いる文献的方法は、より具体的には、以下の三つの操作の総体として規定される。第一に、原典への立ち戻り。四者の発祥論を比較する際、それぞれの主張を抽象的な命題として扱うのではなく、各著者が実際にどの一次資料をどのように読み、どの箇所をどう引用したかを精密に検証する。フーコー『狂気の歴史』511頁における『論考』458頁参照と、ピネル初版304頁との不一致は、この検証作業の典型例である。第二に、用語の精密化。「発祥」「起源」「誕生」「閾」「妊娠期」「基礎づけ」「聖別」「閃光」など、本論文が用いるすべての用語は、それぞれ異なる構造的含意を持つものとして区別される。第三に、長期的構造観の保持。精神医学の発祥を単一の時点に還元するのではなく、二千五百年にわたる「医学・哲学的伝統」のなかで、複数の閾が連続的に重なる構造として捉える。
これら三つの操作は、それ自体としては中立的な文献的技術であるが、それを通じて何が見えてくるかは、研究者の哲学的視角に依存する。本論文は、この依存性を明示することによって、自らの解釈構造を読者の批判的検討に開く姿勢を取る。
本論文の方法はまた、エー『精神医学研究』Étude n°3 が定式化した精神医学発祥の三重の根――モラル的根、哲学的根、慈善的根――の構造に対応する。本論文の章立ては、これら三重の根のそれぞれを別個の章で扱うことによって、エーの構造的整理を継承しつつ展開する。第三章ルネサンス論はモラル的根(Wier-Bodin 論争)、第五章アンシャン・レジーム末期論は哲学的根(カバニス『心身関係論』1802年、観念学派)、第六章ピネル章は慈善的根(ピネル=プッサンの博愛的(philanthropique)な身振り)と科学的閃光(ピネル『論考』初版)を扱う。本論文はエー長期的構造観のなかに自らを位置づけ、その上でスウェイン立場の現代的再活性化として読まれることを目指す。
以上の方法論的自覚を読者諸氏と共有したうえで、本論文の各章において文献的方法それ自体を明示的に前景化する場面は、原則として以下の三つの場合に限られる――(一)方法そのものを定義し論じる場面、(二)他の研究者の方法と本論文の方法を対比する場面、(三)文献的操作を他の操作(臨床的判断、思弁的推論、社会理論的解釈など)と区別する必要のある場面。それ以外の場面で本論文が分析・整理・推論・主張を展開する際、その作業がすべて文献的方法に基づいていることは、本序章において前提として確立されたものとして、当然の理解の地平に置かれたい。
四 Swain 立場の予告と基礎づけの順序
本論文は結論として1800年前後のピネル=ヘーゲル路線における「狂気における主体」の組み立てを発祥点とするスウェイン立場を採用する。だが本論文の課題は、この立場を冒頭で前提として提示することではない。それは、四者の発祥論を独立に比較することによって、スウェイン立場の正当性を 事後的に 基礎づけることにある。
なぜこの順序が重要か。第一に、厳密性のためである。スウェイン立場を結論として採用するためには、それが他の三者の立場よりも整合的であることを示さねばならない。それを示すためには、他の三者の立場を独立にかつ公平に検討する必要がある。第二に、本論文の説得力のためである。読者がスウェイン立場を受け入れるかどうかは、論文冒頭で立場を表明することではなく、四者の比較作業を通じて自然に得られる結論として提示することによってのみ、実質的に問われうる。第三に、哲学的姿勢として、本論文は読者に対して結論を強要するのではなく、検討のプロセスを共有することによって、読者自身が独立に判断する地平を準備する。
この方法的構えのもとで、本論文の章立ては以下の論理的順序を辿る。第一章「ギリシア医学と精神医学の起源」は、精神医学発祥の最古層的可能性条件としてのギリシア的哲学的・医学的伝統を再構成する。第二章「中世の閾」は、ギリシア的伝統のアラブ世界経由の継承とラテン中世における再受容、トマス的調停の構造、収容実践と中世文学における狂気表現を扱う。第三章「ルネサンスをめぐる解釈の対立」は、Wier-Bodin 論争を結節点として、エー第一期発祥論および第二期発祥論との関係を検討する。第四章「古典主義時代――フーコー対ケテル」は、1656年「大いなる監禁」をめぐるフーコー命題とケテルの実証的解体を比較し、スウェイン「妊娠期」概念の位置を同定する。第五章「アンシャン・レジーム末期」は、エー Étude n°3 の三重の根のうち哲学的根(カバニス、観念学派)を検討する。
これら五章を経たうえで、第六章「ピネル発祥論――スウェイン立場の採用」が、本論文の発祥論的中軸命題を展開する。1800年前後のピネル=ヘーゲル路線における「狂気における主体」認識装置の組み立てを発祥点とすること、エー長期的二層構造(1948年第一期+1971年第二期)との同型性、ケテルによる支持、フーコー命題への反論を、すべて整理する。続く結論章は、本論文がスウェイン立場の採用によって到達した知見を、現代精神医学の根本的問題(DSM/ICD、シュナイダー現象学的精神病理学、ラカン的主体論、フランス力動論的精神医学)への射程として展望する。最後の日本補論は、スウェイン立場の発祥論的視角を、日本文化的伝統における自意識・他性・主体性の哲学的構造のなかで独立的に再考する作業である。
五 本論文の構造的アーキテクチャ
本論文の全体構造は、以下のように整理できる。本論文は、序章+九章+結論章+日本補論の十二部分から成る。九章のうち、第一章(ギリシア)と第六章(ピネル発祥論)が本論文の二つの極を成し、これら二極の間に、第二章(中世)、第三章(ルネサンス)、第四章(古典主義時代)、第五章(革命前夜)の四段階が、それぞれ独立した対象として配置される。
第一章および第六章は、本論文の発祥論的アーキテクチャの「双子の柱」を成す。第一章は精神医学発祥の最古層的可能性条件を、第六章は発祥点そのものを、それぞれ同定する。両章の間の二千五百年にわたる長期的構造を、中間の四章が四つの段階(中世、ルネサンス、古典主義時代、革命前夜)として接続する。この構造的配置は、エー『精神医学研究』Étude n°2 が定式化した「力動論と機械論の永遠の振動」、Étude n°3 が定式化した精神医学発祥の三重の根、Étude n°4 が定式化した「アリストテレス→聖トマス→ヘーゲル→ベルクソン」哲学的系列、Étude n°7 が定式化した組織力動論的精神医学の「ヒポクラテス的源泉」自己定位――これら四つのエー長期的構造観と対応する。
結論章は、本論文の九章を経て到達した知見を、現代精神医学への射程として展開する。具体的には、(一)DSM/ICD の操作的精神医学とその哲学的不充足、(二)シュナイダー現象学的精神病理学の擁護、(三)ヤスパース-ハイデルベルク学派の現代的継承、(四)エー器質力動論の刷新、(五)ラカン的主体論の臨床的射程、(六)日本における精神医学的思考の固有性、(七)21世紀における精神医学の哲学的・倫理的課題――これらすべての主題が、ピネル発祥点が立ち上げた「狂気における主体」問題空間のなかで作動していることを示す。
日本補論は、本論文の独立的考察である。スウェイン立場が提示する「狂気における主体」概念は、ある特定の人間学的前提――個別的自我の哲学的成立、神学的拘束からの自然領域の自律化、詩的自意識の確立、変性意識の儀礼的分節化――を要求する。これらの前提が、西欧の歴史的展開のなかでいかに成立したかは本論文の九章で検討される。日本補論は、これと並行する問いを日本文化的伝統のなかで提起する――古事記・日本書紀以来の日本文化的伝統において、これらの哲学的前提はいかに準備され、あるいは準備されなかったか。包摂された他者、応神王権の構造、軽太子と衣通姫の哀歌をめぐる諸考察を通じて、本論文の主題を日本における精神医学的思考の固有性のなかに置き直す作業として、本補論は構成される。
六 予想される批判と本論文の姿勢
本論文の方法的構えに対しては、いくつかの予想可能な批判がある。本序章においてそれらを予想し、本論文の姿勢を明示しておきたい。
第一の批判は、四者比較という枠組み自体の恣意性に関する。なぜこの四者であって、他の研究者(例えばカルロ・ギンズブルク、ロイ・ポーター、エドワード・ショーター、ジャン・ガリエ)ではないのか。本論文の答えは、本序章二節で展開した通り、影響史的・哲学的・受容史的・補完性の四つの根拠による。だが他の研究者の発祥論的命題も重要であり、本論文の比較枠組みを将来的に拡張する可能性は開かれている。本論文は、四者比較を絶対化するのではなく、現時点における最も生産的な比較枠組みとして提示する。
第二の批判は、方法の妥当性に関する。原典への立ち戻り、用語の精密化、長期的構造観という三つの操作が、果たして「発祥」という哲学的問題に対して適切な方法であるのか。本論文の答えは、これらの操作が単なる文献学的細部の追求ではなく、哲学的判断と分離不可能な作業であることを再確認することである。原典・用語・長期的構造を精密化することは、抽象的な哲学的命題を経験的内容に結びつける唯一の方法である。それゆえ方法は、精神医学の発祥という哲学的問題に対しても、有効に作動する。
第三の批判は、スウェイン立場の事後的採用という方法的構えの公平性に関する。本論文は結論としてスウェイン立場を採用すると冒頭で予告しているが、この予告そのものが、四者比較作業の中立性を損ねるのではないか。本論文の答えは、予告の透明性こそが公平性を保証するということである。読者は本論文がスウェイン立場を結論的に採用することを知った上で、四者比較作業を読むことができる。各章の議論において、本論文がスウェイン立場を有利に取り扱う傾向があれば、読者はそれを批判的に検出することができる。本論文は読者の批判的検討を回避するのではなく、それに正面から開かれる姿勢を取る。
第四の批判は、日本における作業としての本論文の意義に関する。日本人読者にとって、フランス精神医学史の哲学的細部を追跡する作業は、はたして意味があるのか。本論文の答えは、現代日本の精神医学が依然としてピネル発祥点が立ち上げた問題空間のなかで作動している以上、その発祥点の構造を理解することは、日本における精神医学的思考の固有性を理解するための必要条件である、ということである。日本補論は、まさにこの必要条件のうえに日本独自の問いを重ねる作業として配置される。
七 本論文の限界と今後の課題
本論文は、いくつかの限界を持つことを冒頭で認めておく必要がある。
第一に、本論文は精神医学発祥論の網羅的研究ではない。発祥論はきわめて広範な領域であり、本論文が取り上げる四者は、その中心的潮流の代表者にすぎない。例えばイタリア・ルネサンスにおけるパドヴァ学派の医学的革新、ドイツ語圏におけるロマン主義精神医学(ライル、ハインロート、グリージンガー)、英国における道徳的治療の独立的展開(テューク家、ピンエル=コノリー連結)、ロシア・ソビエト精神医学(コルサコフ、ベフテレフ、パブロフ)――これらすべての主題は、本論文の比較枠組みのなかには現れない。これらの主題は、本論文の比較枠組みを将来的に拡張する重要な課題である。
第二に、本論文は精神医学発祥点以降の展開を網羅的には扱わない。19世紀から20世紀の精神医学的思考の展開――エスキロール、ファルレ、モレル、マニャン、シャルコー、ジャネ、フロイト、ブロイラー、ヤスパース、シュナイダー、ヘンリー・エー、ラカンに至る系譜――は、本論文第六章五節および結論章において概要的に触れられるにとどまる。各人物の独立的検討は、本論文の今後の続編に委ねられる。
第三に、本論文は精神医学の倫理的・社会的次元を中心的主題としない。精神医学の発祥は、同時にしばしば暴力的な収容実践、治療的権威の正当化、社会的他者の生産といった倫理的・政治的諸問題の発祥でもある。これらの諸問題は本論文の各章において随伴的に触れられるが、独立的主題化はなされない。これは本論文の意図的な範囲制限であって、主題化と倫理的・政治的批判の両者を一つの論文のなかで体系的に展開することは、も倫理的にも不可能だからである。倫理的・政治的次元への接続は、本論文の今後の課題である。
第四に、本論文は日本における精神医学的思考の固有性を、日本補論において象徴的にしか扱わない。日本補論は古事記・日本書紀以来の文化的伝統における自意識・他性・主体性の哲学的構造を検討するが、これは独立的研究の予告として書かれている。日本における精神医学発祥論の本格的展開は、本論文の続編「日本精神医学の発祥――森田正馬から土居健郎まで」(仮題)に委ねられる。
これらの限界を認めたうえで、本論文は、20世紀後半から21世紀初頭にかけての精神医学発祥論の主要な潮流を、批判的かつ建設的に統合する作業として位置づけられる。読者の批判的検討を通じて、本論文が立てる発祥論的命題が試され、修正され、深められることを期待する。
八 読者への謝辞と読み方の提案
本論文の構造は、しかし、必ずしも章立て順に読まれることを前提としていない。読者の関心と背景によって、複数の読み方が可能である。
第一の読み方は、章立て順――序章から第一章ギリシア、第二章中世、第三章ルネサンス、第四章古典主義時代、第五章革命前夜、第六章ピネル発祥論、結論、日本補論――である。これは本論文の議論の論理的展開を辿る読み方であり、各章の論証が次章への前提を構成することによって、最終的にスウェイン立場の採用が説得力のあるものとして受容される構造になっている。
第二の読み方は、結論先取り――第六章ピネル発祥論を最初に読み、その後で第一章から第五章を遡及的に読む――である。これは本論文の中軸命題を最初に把握することによって、各前史的章が「何のための前史か」を明確に意識しながら読む読み方である。Foucault『狂気の歴史』、Swain『狂気における主体』、Ey 1971年論文をすでに読んでいる読者には、この読み方が効率的である。
第三の読み方は、主題による横断――特定の主題(例えば「Wier-Bodin 論争」「Hegel-Pinel 関係」「エー長期的構造観」「コス対クニドス」「狂気における主体」)に従って、複数章の関連箇所を横断的に読む――である。各章の節構造と注番号は、この横断的読みを支援するように整備されている。
本論文の執筆過程は、二十数年にわたるアンリ・エー読書会(ル・プリ社会福祉法人内、研究員諸氏との共同作業)、横浜国立大学および YRIDEI における同僚諸氏との議論、フランス精神医学界の友人たち(特に Patrick Clervoy 氏、Cercle de recherche et d'Édition Henri Ey [CREHEY] 関係諸氏)との交流に支えられている。本論文の諸命題に誤りがあれば、それはすべて筆者個人の責任である。読者諸氏の批判的検討を、共同作業の精神において歓迎する。