研究資料(読書用私家版ノート・一)

Pigeaud, La maladie de l'âme(1981)
Avant-propos 読解ノート

印刷頁 I–II(架蔵スキャンPDF第6頁)|原文の翻刻・全訳ではなく、論旨と人名・地名の注解による再構成

一、位置づけと分量

Avant-propos はローマ数字頁の I–II、実質2頁弱のごく短い前書きであり、内容はほぼ全面的に個人的謝辞である。学説上の議論はここには一切なく、本書の問題設定・コーパス画定・方法論の提示はすべて次の Introduction が担う。したがって通読上は軽く読み流してよい頁だが、(1)本書の成立事情と審査陣の顔ぶれ、(2)著者の方法論的信条を予告する一句、の二点だけは押さえておきたい。

二、段落ごとの内容(要旨再構成)

段落要旨
第1段落十年の仕事を刊行するにあたり、少し個人的な——「いくぶん内輪の」——言葉を述べたいという開巻の辞。この十年は結局のところ幸福な十年だったが、その幸福は時に苛烈でもあった、と回顧する。
第2段落謝辞の中心。まず学位論文の指導教授アラン・ミシェル(Alain Michel)への深い感謝——判断の敏速さ、対話を高揚させる力、思想への愛、百科全書的な学識などの美質が列挙される。両者共通の師であるマルクー(Marcoux)にも挨拶。ついでグルメク(Grmek)に特別の謝意——高等研究院(Hautes Études)のセミネールへの友誼に満ちた受け入れ、その学識と厳密さへの讃嘆、多くの文献指示への恩義。審査員のギユルミ(Guillermit)(「まったく子が親に対するような愛情」で結ばれると言う)、ボンペール(Bompaire)マラシュ(Marache)にも謝辞。そしてグリマル(Grimal)の講評の言葉に特別の感動を覚えたと記す——グリマルは、博識と生、客観性と打ち明け話とを切り離すまいとしたこの仕事の中心と実質を射抜いたからである(後述の鍵句)。
第3段落師が友となり、友を師と見なしてきたこと。友情という「なんとみごとな学校」。すでに世を去った友たちへの想い。幼友達ジャン・ドブルイユ(Jean Debreuil)の名を特に書き留め、舟遊びの抒情的回想が続く——水面に砕ける光、舟縁から覗く怠惰な魚、水車のゆるやかな音。「なんとすべてが緩やかなことか」という詠嘆から、ヘラクレイトスの流れに舟を委ねよ、と続き、二人を結ぶヴァンデ(Vendée)の川と pigouille(ヴァンデ地方の平底舟を操る棹)の一突きが呼び起こされる。
第4段落両親への感謝——この学位論文はその庇護の蔭で育った。論文執筆の間に子どもたちが生まれ育ったこと。「学位論文に取り組む者は誰でも、それが家族の作品であることを知っている」。そして献辞(本扉裏の « à Friedchen »)の対象であるフリートヒェン(Friedchen)——妻と解される——にこの論文を捧げる。論文は彼女のものであり、彼女のエネルギーと綿密さ(acribie)と愛がなければ存在しなかった、と。
第5段落吉兆の地への挨拶:ダンジー(Dangy)、サナリー(Sanary)、ブリアンソン(Briançon)
第6段落「自分がどの祭壇に祈っているかを言っておくのもよいだろう」として、机上に置かれた肖像の列挙:ラブレー、ヘルダーリン、エピクロス、エウリピデス、ヒポクラテス、ロンサール、そして「老テイレシアス」ことホルヘ・ルイス・ボルヘス
末尾日付:La Châtaigneraie de l'Étang、1979年10月。頁下部に補記として、原稿全体を読み返してくれた Y・ダヴィド=ペール夫人(Mme Y. David-Peyre)と、挿画(巻頭の素描)を寄せた友人フィリップ・ウゼ(Philippe Heuzé)への謝辞。

三、注解——人名がそのまま本書の方法を体現している

謝辞に並ぶ名前の布置は、本書の副題にいう médico-philosophique(医学=哲学的)な方法の人的な見取り図になっている。

すなわち審査陣と謝辞の顔ぶれは、ラテン修辞学・哲学(Michel, Grimal)/ギリシア文学(Bompaire)/医学史(Grmek)という三極からなり、本書が文献学と医学史の交差点で書かれたことを人的に証している。

四、方法論的な鍵句——「博識と生を切り離さない」

唯一、本論の方法を予告するのが、グリマルへの謝辞に埋め込まれた次の自己規定である。ピジョーは自著を、

« ... un travail qui a tenté de ne pas séparer l'érudition de la vie, l'objectivité de la confidence »
——博識(エリュディシオン)を生から、客観性を打ち明け話から切り離すまいとした仕事

と呼ぶ。古代のテクスト校訂的な精密さ(第Ⅰ〜Ⅲ章の文献学)と、メデイアやヘラクレスの狂気、デモクリトスの笑いといった「生きられた」病理への感応(第Ⅳ〜Ⅴ章)とを一つの書物のうちに保とうとする本書の二重性格は、ここで最初に宣言されている。第6段落の「祭壇」の列挙——医学(ヒポクラテス)、哲学(エピクロス)、悲劇(エウリピデス)、詩(ヘルダーリン、ロンサール)、そして医師にして作家たるラブレー——も同じ信条の図像的表現と読める。盲目の詩人ボルヘスを予言者テイレシアスに擬える結びは、文学を「見者」の座に置くピジョーの美学をよく示す。

五、成立年代について

末尾の日付は1979年10月(脱稿)、刊行は1981年5月(奥付 Achevé d'imprimer)。「十年の仕事」という冒頭の言葉から逆算すれば、構想・執筆はおよそ1969〜79年、すなわちフーコー『狂気の歴史』(1961)以後・『監獄の誕生』(1975)前後のフランス学界で進められたことになる。ただし Avant-propos 自体にはフーコーへの言及はない。本書の位置取り(医学史をイデオロギー批判からテクストの側へ引き戻す仕事)は Introduction 以降で確認すべき論点。

本紀要論文群との関連メモ
◆ pinel-virgile 注[12]の参照先として:本ノートにより、読解案内「一、書誌」の「序によれば」の記述(アラン・ミシェル指導、グルメク・グリマル審査、十年の仕事)は原画像で確認済みとなった。読解案内側の当該箇所は「Avant-propos I–II 頁で確認」と更新可能。
◆ ピジョー=ウゼ(Heuzé)の交友は、ウェルギリウス的想像力と古代医学史の交差というテーマ(pinel-virgile の枠組)の傍証として、注記の素材になりうる。

六、次の読解単位

Introduction は印刷頁1以下(PDF第7頁の右頁=扉、本文は第8頁以降)。ここから「魂の病」概念の定義、médico-philosophique な伝統という対象の設定、コーパスの画定、章別計画が始まる。読解ノート(二)はこの Introduction を段落単位で扱う。

本資料は架蔵スキャンPDF(2017年作成、印刷2頁=PDF1頁)の原画像読解に基づく私的ノートであり、原文の翻刻・全訳は含まない。固有名の同定のうち要確認とした箇所は原本入手後に照合のこと。作成:2026年7月10日。
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