序章+第1章 てんかんの概要と発作の分類
この章で学ぶこと
てんかんは、知的発達症をもつ方々を支援する施設にとって、最も頻度の高い併存する神経疾患です。本章では、まずてんかんとは何かという定義から始め、疫学的な位置づけ、そして国際抗てんかん連盟(ILAE)が2017年に公表した新分類の三層構造(発作型→てんかん型→てんかん症候群)と病因の6カテゴリーについて解説します。
この章を通じて、医師・看護師との会話で用いられる専門用語を共通言語として理解し、発作を目撃したときに「何を観て、どう伝えるか」を考えるための基礎的な枠組みを身につけることを目指します。
本章の構成
1.なぜてんかんを学ぶのか
てんかんは、有病率が総人口の約0.5〜0.6%に達する、最も頻度の高い慢性神経疾患のひとつです。一般人口の中でも決してまれな疾患ではありませんが、とりわけ知的発達症・自閉スペクトラム症・脳性麻痺をもつ方々においては、その有病率は著しく高く、重度・最重度の知的発達症ではおよそ四人に一人にてんかんが併存すると報告されています。本法人の支援対象である知的発達症児者施設・児童養護施設の利用者集団は、一般人口よりもはるかに高いてんかん有病率を示す集団であり、てんかんに関する基礎的理解は、一部の医療職員のためのものではなく、施設職員全員にとっての基礎教養です。
さらに重要なのは、発作を目撃し詳細に観察できるのは、医師ではなく、現場の施設職員であるという事実です。発作は多くの場合、外来診察中ではなく、食事や入浴、就寝時や起床時、集団活動中といった日常生活の文脈の中で発生します。その瞬間に何が起こったのか、どのように始まり、どれくらい続き、どのように終わったのか──この観察情報こそが、後述するILAE分類のすべての階層で診断の決め手となります。施設職員の観察の質が、診断の質、そして治療の質を左右するのです。
分類を学ぶ目的は、診断名を覚えることではありません。医師が「焦点発作の両側強直間代への進展」と言ったとき、あるいは「全般発作の重積」と言ったとき、同じ臨床像を共有できるか──この共通言語の有無が、施設における医療連携の質を決めます。
2.てんかんとは何か
てんかんは、「繰り返し起こる誘因のない(unprovoziert)てんかん発作によって特徴づけられる脳の疾患」と定義されます。ここで重要なのは、「発作(seizure)」と「てんかん(epilepsy)」が同じ意味ではないという点です。
- 発作(てんかん発作)は、大脳皮質のニューロン群が制御を失って同期的に放電する、一回一回の出来事です。
- てんかんは、そうした発作を繰り返し起こす素因を脳が持っている、慢性的な状態を指します。
全人口の約5%が一生のうちに一度はてんかん発作を経験すると言われていますが、そのうち繰り返し発作が起こりててんかんと診断されるのは、その一部にすぎません。一度発作を経験したから必ずてんかんになるというわけではないことは、利用者のご家族への説明においても重要なポイントです。
また、脳炎、頭部外傷直後、低血糖、極度の睡眠不足、アルコールの離脱状態など、明確な急性の原因によって引き起こされる発作は「急性症候性発作」あるいは「誘発発作」と呼ばれ、これは原則としててんかんとは区別されます。原因が取り除かれれば発作も再発しないためです。
+ もっと詳しく:てんかん発作の病態生理と診断基準の変遷
発作の最小単位としての PDS
てんかん発作の最小の病態生理学的単位は、細胞レベルにおける「paroxysmal depolarization shift(PDS, 発作性脱分極シフト)」と呼ばれる現象です。これは通常の活動電位が数個の Ca²⁺ スパイクによって延長されたものであり、これが大脳皮質の広範な領域で同期的に生じることで、臨床的な発作として現れます。てんかんが大脳皮質の疾患である所以はここにあり、小脳や脊髄といった皮質下構造からのてんかん発作は知られていません。
診断基準の拡大
従来のてんかん診断は、「誘因のない発作が2回以上生じた時点で診断する」という基準に基づいていました。しかし2014年、国際抗てんかん連盟(ILAE)は診断基準を拡大し、初回の発作後であっても、再発リスクが高いと判断される所見がある場合には、てんかんと診断してよいことになりました。
再発リスクが高いと判断される所見の代表例は、次の二つです。
- 発作後の脳波(EEG)で、てんかんに典型的な電位(棘波や鋭波)が認められる場合
- MRIで、今回の発作と関連しうるてんかん原性の病変(例:海馬硬化、皮質形成異常、腫瘍、陳旧性脳梗塞など)が認められる場合
この変更により、初回発作後すぐに抗てんかん薬治療を開始する判断が、医学的根拠をもって下しやすくなりました。施設で支援する利用者が「初めての発作」を起こした場合、この診断基準の拡大によって、1回の発作でもてんかんと診断され、早期に治療が始まる可能性があることを知っておくと、ご家族への説明の際に役立ちます。
3.てんかんの疫学
てんかんの有病率は総人口の約0.5〜0.6%、生涯有病率は約1%弱とされ、全世界で活動性のてんかん患者は約5,000万人と推計されています。発症年齢には二峰性のピークがあり、ひとつは乳幼児期、もうひとつは60歳以上の高齢期にあります。高齢期のピークは主として、脳卒中や認知症、神経変性疾患に由来する症候性てんかんの増加を反映しています。
施設支援の観点から特に重要なのは、知的発達症とてんかんの強い関連性です。一般人口の有病率が0.5〜0.6%であるのに対し、軽度知的発達症では5〜10%、中等度から重度の知的発達症では20%前後、最重度の知的発達症および脳性麻痺を合併する場合には30%を超えることも報告されています。これは、てんかんと知的発達症がしばしば共通の神経発達学的・遺伝学的基盤を持つためです(本マニュアル第3章で詳述します)。
地域のクリニックで遭遇するてんかんと、知的発達症施設で遭遇するてんかんは、病因の分布・重症度・薬剤反応性のすべてにおいて異なります。施設で遭遇するてんかんは、構造的病因(皮質形成異常、脳性麻痺の基礎病変)や遺伝的病因(Dravet症候群、Lennox-Gastaut症候群など)の比率が高く、薬剤抵抗性の傾向が強いことを念頭に置く必要があります。
4.ILAE 2017新分類の全体像
1989年に制定された従来の国際てんかん分類は、長らくてんかん医療の基盤を支えてきましたが、神経画像診断、遺伝子医学、脳波解析技術の進歩にともない、見直しの必要性が指摘されるようになりました。2010年から国際的な議論を経て、2017年、国際抗てんかん連盟(ILAE)は包括的な新分類を発表しました。
この新分類の最大の特徴は、利用可能な情報に応じて三つのレベルで段階的に診断を進めるという実用的な構造を持つことです。脳波もMRIもすぐには利用できない初診の場で、まず「発作型」の同定から始め、情報が得られるにつれて「てんかん型」「てんかん症候群」へと診断を深化させていく──この設計は、世界中のあらゆる診療レベルで使える共通枠組みを目指したものです。
5.レベル1:発作型の同定
分類の最初のレベルは、目撃された一回の発作がどのタイプかを見分けることです。これは脳波やMRIを必要とせず、観察のみから判断できるレベルです。発作型は次の三つに大別されます。
- 焦点起始(fokal / focal onset)──大脳皮質の一側の限られた部位から発作が始まるもの。
- 全般起始(generalisiert / generalized onset)──発作がその開始から両側半球の広い範囲に同時に及んでいるもの。
- 起始不明(unbekannter Beginn / unknown onset)──目撃情報が不十分であるなど、焦点性か全般性かを判定できないもの。情報が追加されれば後から再分類されます。
焦点発作については、さらに二つの軸で細分されます。ひとつは意識の状態(意識保持/意識減損)、もうひとつは運動症状の有無(運動性開始/非運動性開始)です。また、焦点発作が進展して両側の大脳皮質に広がり全身の強直間代発作に至るものは、「焦点起始両側強直間代発作(fokal zu bilateral tonisch-klonisch)」と呼ばれ、これが旧分類における「部分発作の二次性全般化」に相当します。
旧分類で使われていた「前兆(Aura)」という用語は、2017年分類では使用されなくなりました。かわりに、本人が意識的に体験する初期症状は「意識的に経験される発作(bewusst erlebter Anfall)」と呼ばれるようになっています。これは、「前兆」が発作の予兆ではなく、すでに発作が始まっている(焦点発作の初期相)ことを反映した用語変更です。
+ もっと詳しく:施設での発作観察で見分けるべき7つのポイント
施設職員が発作を目撃したとき、次の7点を意識して観察し記録することで、医師が発作型を同定しやすくなります。すべてを完璧に観察する必要はありません。気づいた範囲で構わないので、憶測を加えず事実のみを記録することが重要です。
観察すべき7つのポイント
- 発作の始まり方──身体の一部だけで始まったか(焦点性)、最初から全身に及んだか(全般性)。手のしびれ、片方の口角の引きつり、頭の片側への回旋などは焦点起始を強く示唆します。
- 意識の状態──呼びかけに応答できたか、目線が合っていたか、途中で反応が失われたか。
- 運動症状──強直(こわばり)か、間代(カクカクした律動的収縮)か、あるいは両方が順に出現したか(強直間代)。局所的か全身性か。
- 自動症──口をもぐもぐさせる(口咽頭自動症)、手をまさぐる・衣服をいじる(手の自動症)などの、無意識の反復動作。これは焦点発作(特に側頭葉起源)の重要なサインです。
- 持続時間──秒単位で測る意識を。5分を超えれば重積状態の領域に入ります(第5章参照)。
- 発作後の状態──すぐに意識が戻ったか、しばらく朦朧としていたか、眠り込んだか、一側の麻痺(Todd麻痺)が残ったか。
- 発作直前の状況──睡眠中だったか、食事中か、光刺激(テレビ、屋外の陽光のちらつき)があったか、最近睡眠不足や発熱はなかったか。
本マニュアル第2章では、これらの観察ポイントを発作記録票の形で具体化し、現場で即座に記入できる形式で提示します。
6.レベル2:てんかん型の同定
発作型が判明したうえで、次のレベルではどのタイプのてんかんかを判断します。ここでは脳波所見が大きな役割を果たします。てんかん型は次の四つに分類されます。
| てんかん型 | 特徴と代表例 |
|---|---|
| 焦点てんかん Focal epilepsy |
焦点発作のみを呈し、脳波上で焦点性てんかん電位を示す。MRIで焦点性病変を認めることも多い。側頭葉てんかん、前頭葉てんかんなど。 |
| 全般てんかん Generalized epilepsy |
全般発作のみを呈し、脳波上で全般性棘徐波放電を示す。家族歴を伴うことが多い。若年ミオクロニーてんかん、小児欠神てんかんなど。 |
| 全般・焦点合併てんかん Combined generalized and focal epilepsy |
全般発作と焦点発作の両方を呈する。2017年分類で新設された重要なカテゴリー。Dravet症候群、Lennox-Gastaut症候群、びまん性構造異常によるてんかんなど。施設で支援する方々に多い。 |
| 不明 Unknown |
情報が不十分で焦点性/全般性を判別できない状態。追加情報により後から分類しなおされる。 |
2017年分類で新設された「全般・焦点合併てんかん」は、Dravet症候群やLennox-Gastaut症候群といった、知的発達症を伴う難治性てんかん症候群を適切に記述するために設けられたカテゴリーです。これらの症候群をもつ利用者は、強直間代発作、欠神様発作、脱力発作、ミオクロニー発作、焦点発作など、複数の発作型を時期によって使い分けるように呈します。「いろいろな発作が出る」のではなく「複数の発作型をもつ一つのてんかん症候群」として理解する視点が、本分類の提供する臨床的枠組みです。
7.レベル3:てんかん症候群の同定
最も精緻な診断レベルが「てんかん症候群」です。これは単なる発作型の集合ではなく、発症年齢、発作型の組み合わせ、脳波所見、画像所見、病因、認知発達の経過、併存症など、多数の電気臨床的特徴の束から構成される独特な臨床的実体です。症候群の同定は、治療薬の選択、手術適応の判断、予後の推定のすべてに直結します。
ILAEが認定する代表的な症候群は、発症年齢別に次のように整理されています。
- 新生児期──自然終息性家族性新生児てんかん、早期ミオクロニー脳症、Ohtahara症候群(大田原症候群)
- 乳児期──West症候群(点頭てんかん)、Dravet症候群、乳児ミオクロニーてんかんなど
- 小児期──中心側頭部棘波を伴う小児てんかん(ローランドてんかん)、Lennox-Gastaut症候群、小児欠神てんかん、Panayiotopoulos症候群など
- 思春期・成人期──若年欠神てんかん、若年ミオクロニーてんかん、全般性強直間代発作のみを有するてんかんなど
症候群と遺伝子変異が一対一に対応するケース(例:Dravet症候群とSCN1A遺伝子変異)もあれば、一つの症候群(例:West症候群)が多様な病因によって引き起こされることもあります。症候群は時間とともに別の症候群へ移行することもあり、West症候群のおよそ3割はLennox-Gastaut症候群に移行することが知られています。
+ もっと詳しく:「症候群の同定」が治療を根本から変える例
症候群を正確に同定することがなぜ重要なのか──代表的な例を示します。
Dravet症候群におけるナトリウムチャネル遮断薬の禁忌
Dravet症候群は、乳児期に発熱を契機として発症する難治性てんかんで、SCN1A遺伝子変異が約80%の患者で同定されます。ナトリウムチャネル遮断薬(カルバマゼピン、ラモトリギン、フェニトインなど)は、焦点てんかんでは有効な薬剤ですが、Dravet症候群に対して投与すると発作を著明に悪化させます。したがって、症候群の同定が薬剤選択を反転させる意味を持つのです。
GLUT1欠損症におけるケトン食療法
GLUT1欠損症(SLC2A1遺伝子変異)では、ブドウ糖の脳内取り込みが障害されています。抗てんかん薬はほとんど無効ですが、ケトン食療法によって劇的に発作がコントロールされます。症候群の同定がなければ、この治療は選択されません。
内側側頭葉てんかんにおける外科治療
海馬硬化症を伴う内側側頭葉てんかんでは、抗てんかん薬による無発作率はわずか10%程度ですが、てんかん外科手術によって約70%の患者が無発作となります。症候群の同定によって、早期に手術を検討する判断が下せます。
これらはすべて、「発作の分類」にとどまらず「症候群の分類」まで到達したときにはじめて可能になる治療的判断です。施設職員の発作観察と服薬記録は、この症候群同定を支える重要な情報源となります。
8.病因の6カテゴリー
2017年分類では、発作型・てんかん型・症候群の三層すべてにおいて、病因(etiology)を可能な限り同定することが強調されています。病因は次の6カテゴリーに分類されます。
| 病因カテゴリー | 内容と代表例 |
|---|---|
| 構造的 Structural |
先天性(皮質形成異常、結節性硬化症)または後天性(脳卒中、頭部外傷、脳炎後、腫瘍)の構造的病変。画像で確認される。 |
| 素因性 Genetic |
既知または推定される遺伝的欠損の直接的結果。SCN1A(Dravet症候群)、KCNQ2、STXBP1、CDKL5など。家族歴から推定される場合もある。 ※英語の"genetic"を、日本てんかん学会は「素因性」と公式に和訳しています。 |
| 感染性 Infectious |
既知の感染症の直接的結果。神経嚢虫症(途上国で最多のてんかん原因の一つ)、結核性髄膜炎後、ウイルス性脳炎後など。 |
| 代謝性 Metabolic |
先天性代謝異常などに由来。GLUT1欠損症、ピリドキシン依存性てんかん、ミトコンドリア病など。食事療法で劇的に改善するものもある。 |
| 免疫性 Immune |
発作が免疫疾患の中核症状である場合。抗NMDA受容体脳炎、Rasmussen脳炎、電位依存性カリウムチャネル複合体脳炎など。免疫療法が有効。 |
| 病因不明 Unknown |
現時点で基礎にある原因の性質が不明。旧来の「潜因性(cryptogenic)」に代わる用語。 |
これらのカテゴリーは相互に排他的ではなく、複数のカテゴリーにまたがって記述されるべき病因もあります。たとえば結節性硬化症は「素因性かつ構造的」であり、Leigh症候群は「素因性かつ代謝性」と記述されます。
9.用語の刷新──「特発性/症候性/潜因性」から記述的用語へ
2017年分類で廃止された最も重要な用語が、旧分類で広く使われていた「特発性(idiopathic)」「症候性(symptomatic)」「潜因性(cryptogenic)」の三区分です。これらは歴史的な経緯が絡み合い、意味の境界が曖昧になっていたため、いずれも廃止され、上記の病因6カテゴリーによって置き換えられました。
さらに、てんかんの自然経過を描写する用語も刷新されました。旧来の「良性(benign)」「悪性(malignant)」「壊滅的(catastrophic)」といった評価的・曖昧な用語は廃止され、より記述的な次の三用語が採用されています。
- 自然終息性(self-limiting)──自然に寛解する可能性が高いもの。例:旧「良性ローランドてんかん」は2022年に自然終息性中心側頭部棘波を伴うてんかん(SeLECTS)と改称されました。
- 薬剤反応性(drug-responsive)──抗てんかん薬で発作が速やかに抑制されうるもの。
- 薬剤抵抗性(drug-resistant)──2種類以上の抗てんかん薬を適切に試しても発作が抑制されないもの。
旧来の「良性」という用語は、その症候群をもつ本人・家族の立場からは必ずしも「良性」と感じられない経過をたどることもあり、用語としての客観性に問題がありました。「自然終息性」は、疾患の自然経過を価値判断を交えずに記述する用語として選ばれたものです(日本てんかん学会の公式和訳)。
10.併存症をあわせて記載する意義
新分類は、てんかんの診断を下す際に、併存症を必ず併せて記録することを求めています。併存症には、認知的・心理的・行動的・身体医学的なものが含まれます。とりわけ認知面の併存症については、新分類は重要な概念整理を行っています。
- てんかん性脳症(epileptic encephalopathy)──頻繁なてんかん性活動そのものによって引き起こされる認知・行動障害。発作がコントロールされれば発達上の改善が期待できる状態。
- 発達性脳症(developmental encephalopathy)──基礎にある遺伝子変異や脳構造の異常そのものに由来する認知発達の遅れ。発作をコントロールしても認知発達そのものは改善しない状態。
- 発達性・てんかん性脳症(DEE, developmental and epileptic encephalopathy)──両方の機序が共存している状態。Dravet症候群、CDKL5障害、West症候群の多くがこれに相当する。
この区別は、利用者とご家族への支援上の期待値を現実的に設定する上で重要です。「発作さえコントロールできれば発達は追いつく」と期待できる場合もあれば、「発作がコントロールされても認知面の支援は生涯にわたって必要」という場合もあり、これらは区別されて理解されるべきです。
医学的な併存症(うつ、不安、認知機能低下、睡眠障害、骨粗鬆症など)に加えて、施設職員は社会的・心理的な併存課題──スティグマ、雇用制限、運転制限、対人関係の困難、学習性無力感など──を日々目の当たりにしています。これらは狭義の医学的併存症には含まれませんが、生活の質(QOL)に重大な影響を及ぼす「てんかんの負担」の本体部分です。発作そのものではなくこれらの長期的な影響と日々向き合うことが、施設支援の中心的課題です。
11.2022年・2025年の更新について
ILAEは2017年の新分類公表後も、継続的に分類体系を改訂しています。本章をここまで読み進めていただいた方のために、2017年以降の2つの重要な更新──2022年の「てんかん症候群分類」と、2025年の「発作分類の再改訂」──について、施設職員の視点から必要な範囲で整理しておきます。
2022年:てんかん症候群分類の体系化(日本語公式訳あり)
2022年、ILAEの疾病分類・定義作業部会は『Epilepsia』誌に4本の立場論文と2本の補足論文を公表し、てんかん症候群の定義と分類体系を精緻化しました。具体的には、てんかん症候群を次の4群に整理しています。
- 新生児・乳児期発症(2歳まで)──West症候群、Dravet症候群、Ohtahara症候群など
- 小児期発症──自然終息性中心側頭部棘波を伴うてんかん(SeLECTS、旧ローランドてんかん)、小児欠神てんかん、Lennox-Gastaut症候群、Panayiotopoulos症候群など
- 可変年齢発症──側頭葉てんかんほか、年齢特異性のない症候群
- 特発性全般てんかん(若年ミオクロニーてんかん、若年欠神てんかん、全般性強直間代発作のみを有するてんかん、小児欠神てんかん)
2022年改訂では「病因特異的症候群(etiology-specific syndrome)」という概念が新たに導入され、また各症候群について必須・注意・除外の診断基準が明示されるようになりました。なお、日本てんかん学会は2024年に『2022 ILAEてんかん症候群』の公式和訳を『てんかん研究』41巻3号(6本立て)に掲載しており、現時点で日本語で参照可能です(末尾の参考文献欄にリンクを掲載します)。
2025年:発作分類の大規模改訂(日本語公式訳は未公開)
2025年4月、ILAEは『Epilepsia』誌上で発作分類の大規模な再改訂を公表しました(Beniczky et al., 2025)。2017年版から8年ぶりの改訂で、以下の変更が含まれます。
- 「awareness(気づき)」から「consciousness(意識)」への置換──2017年版の "awareness" は、多言語への翻訳が困難であったこと、また「応答性(responsiveness)」という意識の重要な側面を欠いていたことから、2025年版ではawareness(想起)+ responsiveness(応答性)の2要素で意識を操作的に定義することになりました。
- 発作名の変更──「focal aware seizure(焦点意識保持発作)」は「focal preserved consciousness seizure」に、「focal impaired awareness seizure(焦点意識減損発作)」は「focal impaired consciousness seizure」に改訂されました。
- 基本版(Basic)/拡張版(Expanded)の二層構造──資源の限られた医療環境でも使える簡略版と、詳細な発作症候学記述子を含む専門版の両方が提供されるようになりました。
- 拡張版は4主要クラス+21発作型──発作症候の記述子(運動・感覚・認知・自律神経・情動・発作後)が体系的に整理され、身体部位の修飾語(somatotopic modifier)も標準化されました。
- てんかん性スパズムの扱いの改訂──全般性スパズムは発作型として、焦点性の場合は発作の記述子として扱うようになりました。
2025年4月の原著公表、10月の実践ガイド公表のいずれも、現時点(2026年4月)で日本てんかん学会による公式日本語訳は公表されていません。ILAE公式ページの日本語翻訳一覧も2022年症候群分類で止まっています。
本マニュアルでは、日本の実臨床で現在使われている2017年公式和訳を共通言語の軸とし、職員が主治医の診断書・指示書・診療情報提供書で目にする用語と齟齬をきたさないよう配慮しています。2025年改訂の公式和訳が公開された時点で、本マニュアルは第二版への改訂を行う予定です。
+ もっと詳しく:2025年改訂の背景と意義
2017年改訂で導入された "awareness" という用語は、国際的な臨床現場での8年間の実装経験を通じて、いくつかの課題が明らかになりました。第一に、英語以外の多くの言語で "awareness" の適切な訳語を見つけることが難しく、日本語においても「気づき」「意識」「自覚」などの訳語が混在していました。第二に、"awareness" は意識のうち「想起(recall)」の側面のみを指す用語で、「応答性(responsiveness)」を含んでいませんでした。これは神経学における「意識」の標準的定義と整合しません。
2025年改訂では、意識を「想起」と「応答性」の2軸で定義し、両者が保たれていれば「意識保持」、いずれか(または両方)が障害されていれば「意識減損」と分類します。発作後に検査者が患者に発作中のテスト語句を思い出してもらう、発作中に職員が呼びかけたときに手が止まったか・応答したかを記録する──といった現場で実施可能な観察によって分類できるよう設計されている点が、2025年版の実用的な強みです。
施設職員の観察の枠組みは、2017年版から2025年版への移行によって本質的には変わりません。むしろ2025年版の定義は、職員が日常行っている観察(「呼びかけに応答したか」「発作後に本人が覚えているか」)により正確に合致しており、運用上はより分かりやすくなったといえます。
要約すれば、2017年分類は日本の臨床現場で今後もしばらく主軸として使われ続ける一方、2022年の症候群分類の公式和訳は日本語で完備されており、2025年の発作分類改訂は英文原著のみという状況です。職員研修用の本マニュアルは、この現実に即して構成されています。
Summary of Chapter I
てんかんは、大脳皮質ニューロンの同期的異常放電を基盤とする慢性神経疾患であり、一般人口での有病率は0.5〜0.6%だが、知的発達症集団では20〜30%にも達する身近な併存症である。診断はILAE 2017新分類により、「発作型(レベル1)→てんかん型(レベル2)→てんかん症候群(レベル3)」の三層構造で段階的に進められ、あわせて病因の6カテゴリー(構造的・素因性・感染性・代謝性・免疫性・病因不明)と併存症が記載される。用語はすべて日本てんかん学会の公式和訳(『てんかん研究』37巻1号、2019年)に準拠する。
施設職員にとって最も重要なのは、レベル1の「発作型」──特に焦点起始か全般起始か──を発作の目撃から判断する視点と、意識状態・運動症状・持続時間・発作後の状態という観察の枠組みを身につけることである。この観察が、医師による上位レベル(てんかん型、症候群)の診断を支え、薬剤選択や外科治療適応の判断そのものを変える情報となる。
旧来の「特発性・症候性・潜因性」「良性・悪性・壊滅的」といった用語は廃止され、記述的な用語(自然終息性・薬剤反応性・薬剤抵抗性)に置き換えられた。これは価値判断を含まず、本人と家族の尊厳を守るための用語刷新でもある。