知的発達症をもつ方におけるてんかんの併存率は、一般人口の数十倍に達することが知られており、特に重度・最重度の知的発達症、自閉スペクトラム症、脳性麻痺を伴う方では、その頻度はさらに高まります。また、児童養護施設で支援する被虐待児においても、頭部外傷後の症候性てんかんや、心因性非てんかん性発作(PNES)など、てんかんおよびその類縁病態への対応は、決してまれな臨床課題ではありません。
本マニュアルは、国際抗てんかん連盟(ILAE)が2017年に公表した新分類を共通言語として、施設職員が日々の支援の中でてんかんを正しく観察・記録し、医療スタッフへ的確に情報提供し、緊急時には適切に初期対応できるようになることを目的としています。診断や治療方針の決定は医師の役割ですが、発作を最も多く目撃し、最も詳細に記録できるのは施設職員であり、その観察の質がてんかん診療の質を決定づけます。
本マニュアルは、既刊の『ICD-11に基づく神経発達症群と併存症の臨床マニュアル』と対をなす姉妹編として編集されました。知的発達症・自閉スペクトラム症をもつ利用者の支援という文脈を前提とし、神経学・精神医学・生活支援の三領域をつなぐ視点から、てんかんという神経疾患を「施設職員のまなざし」で読み解きます。
マニュアルは全7章と付録から構成されています。新人の方は、まず第1章「てんかんの概要と発作の分類」から順にお読みいただくことを推奨します。緊急対応の要点のみを急いで確認したい場合は、第5章「てんかん重積状態と緊急対応」および付録「発作記録票・緊急連絡フロー」からお入りください。
てんかんという疾患の基礎。ILAE 2017新分類の三層構造(発作型→てんかん型→症候群)、疫学、知的発達症との関連。
焦点発作と全般発作の見分け方、発作の持続時間・意識状態・運動症状の記録ポイント。職員ができる側方化症状の観察。
知的発達症における高い併存率、West症候群・Lennox-Gastaut症候群・Dravet症候群などの主要症候群、遺伝性病因と治療選択の関係。
主要な抗てんかん薬(バルプロ酸・ラモトリギン・レベチラセタム・カルバマゼピンなど)の特徴と副作用、服薬アドヒアランスの支援、ジェネリック変更時の注意点。
5分を超える発作は重積状態。施設での初期対応(体位管理・口腔内介入の禁忌)、救急連絡のタイミングと伝え方、発作後のケア。
入浴時の溺水予防、外出・運動・移動の安全、睡眠リズムと誘発因子の回避、SUDEP(てんかんにおける突然予期せぬ死)の予防。
被虐待児の頭部外傷後症候性てんかん、心因性非てんかん性発作(PNES)との鑑別、トラウマ反応と発作の関係、「演技」と断じない姿勢。
現場で即座に使える実務資料。発作記録票のテンプレート、救急連絡時に伝えるべき情報のチェックリスト、SUDEPリスクの高い利用者の夜間見守り指針。
本マニュアルは、姉妹編『ICD-11臨床マニュアル』と同様に、三層構造で設計されています。職員の経験年数と勤務状況に応じて柔軟にご活用ください。
本マニュアルは「読んで覚える」ためのものではなく、「現場で迷ったときに開く」ためのものとして設計されています。発作を目撃したとき、服薬内容に疑問が生じたとき、入浴時の安全対策を考えるときなど、具体的な場面で関連する章を参照してください。繰り返し参照することで、自然と視点が身についていきます。
国際抗てんかん連盟(ILAE)による2017年の新分類は、それまで臨床家ごとに語彙がまちまちであったてんかん医療に、国際的な共通言語をもたらしました。本マニュアルは、この新分類の枠組み(発作型→てんかん型→症候群の三層、および病因6カテゴリー)を施設職員の視点に翻訳し、医療との共通言語として使いこなせるよう構成されています。
本マニュアルが一貫して強調するのは、目撃した発作を表面的な「けいれん/非けいれん」で済ませるのではなく、開始の様子(焦点性か全般性か)、意識の状態、持続時間、発作後の状態までを構造的に観察し、医療スタッフに有用な情報として伝える視点です。これにより、症候群の同定、抗てんかん薬の選択、外科治療の適応判断という診療の上流工程そのものが変わります。
本マニュアルは、精神神経学の教科書ではなく、知的発達症施設・児童養護施設の現場で働く職員のために書かれています。入浴介助時の発作、集団生活での服薬管理、夜間の見守り、外出・運動時の安全、被虐待児の心因性発作との鑑別など、施設特有の課題に焦点を合わせ、医療と生活支援の接点に光を当てます。
本マニュアルの編纂にあたり、以下の2冊を主たる参考文献として用いました。
本マニュアルで使用する用語はすべて、日本てんかん学会分類・用語委員会による公式和訳に準拠しています。
このほか、本マニュアル各章末に挙げた引用文献を参照しています。