第3章 知的発達症・自閉スペクトラム症とてんかん
この章で学ぶこと
知的発達症(IDD)および自閉スペクトラム症(ASD)の利用者におけるてんかんの併存率は、一般人口の数十倍に達します。重度・最重度の知的発達症、脳性麻痺を合併する方では、三人に一人がてんかんを有しています。しかも、これらの方々のてんかんは、薬剤抵抗性の傾向が強く、複数の発作型をもつ症候群(全般焦点合併てんかん)が多く、遺伝的病因によって治療選択そのものが左右されるという特徴があります。
本章では、本マニュアルの対象である施設利用者に特に多い発達性てんかん性脳症(DEE)の概念と、West症候群・Lennox-Gastaut症候群・Dravet症候群という代表的な3症候群を中心に、症候群ごとに異なる治療選択の論理を解説します。特に、Dravet症候群におけるナトリウムチャネル遮断薬の禁忌、GLUT1欠損症におけるケトン食の劇的な効果など、症候群の同定が治療を根本から変える例を通じて、職員の観察と記録が診療の上流で果たす役割を改めて確認します。
本章の構成
1.なぜ施設利用者のてんかんは難しいのか
本マニュアル冒頭の第1章でも触れた通り、知的発達症とてんかんは、しばしば共通の神経発達学的・遺伝学的基盤を持ちます。たとえばDravet症候群では、ナトリウムチャネル遺伝子SCN1Aの変異によって、てんかんと知的発達の遅れの両方が引き起こされます。結節性硬化症(TSC)では、皮質結節という構造的病変がてんかんを引き起こすと同時に、認知発達にも影響します。つまり、施設で支援する利用者のてんかんの多くは、てんかんという「症状」ではなく、てんかんを含む症候群そのものという視点で理解する必要があります。
この視点の転換には、3つの実務的含意があります。
- 第1に、発作型が複数共存する──強直発作、脱力発作、欠神様発作、ミオクロニー発作、強直間代発作、焦点発作などが、同一の利用者の生涯のなかで時期を変えて出現します。これがILAE 2017新分類で導入された「全般焦点合併てんかん」カテゴリーに相当します。
- 第2に、抗てんかん薬への反応が乏しい──一般のてんかん患者では約3分の2が無発作に到達しますが、知的発達症を伴う難治性てんかん症候群では、無発作到達率が10〜20%にとどまることもまれではありません。
- 第3に、薬剤選択が症候群ごとに異なる──とくにDravet症候群では、焦点てんかんで第一選択となるナトリウムチャネル遮断薬(カルバマゼピン、ラモトリギン、フェニトインなど)が発作を悪化させるため、症候群の同定は薬剤選択を反転させる意味を持ちます。
一般のてんかん診療では「発作を抑える」ことが第一目標です。しかし知的発達症を伴うてんかん症候群では、発作の完全抑制は多くの場合実現せず、「この症候群と、この利用者の生涯をどう支えるか」という長期的視点が必要になります。施設職員の役割は、日々の発作観察と生活支援を通じて、本人と家族の人生の質(QOL)を守ることにあります。
2.疫学──併存率の高さの理由
一般人口におけるてんかんの有病率は約0.5〜0.6%です(第1章参照)。これに対し、知的発達症および自閉スペクトラム症におけるてんかん併存率は、次の表のように著明に高くなります。
| 集団 | てんかんの併存率(概数) |
|---|---|
| 一般人口 | 0.5〜0.6% |
| 軽度知的発達症 | 5〜10% |
| 中等度〜重度知的発達症 | 約 20% |
| 最重度知的発達症・脳性麻痺合併 | 30%以上 |
| 自閉スペクトラム症(全体) | 約 20〜25% |
| 自閉スペクトラム症+知的発達症 | 約 30% |
| Rett症候群 | 60〜80% |
| 結節性硬化症(TSC) | 85〜95% |
この併存率の高さの背景には、2つのメカニズムがあります。
①共通の神経発達学的基盤
発達期の脳形成過程に影響する遺伝子変異や構造的異常は、認知発達とてんかん発症の両方を引き起こすことがしばしばあります。SCN1A、CDKL5、STXBP1、KCNQ2、PCDH19、ARXなどの遺伝子変異による「発達性てんかん性脳症」群がこれにあたります(後述)。
②後天的な脳損傷の影響
低酸素性虚血性脳症(周産期)、重症頭部外傷、髄膜脳炎、虐待による加速外傷(乳幼児揺さぶられ症候群)などの後天的脳損傷は、知的発達症と症候性てんかん(構造的病因)の両方を引き起こします。児童養護施設で支援する被虐待児の一部は、この経路でてんかんを発症している可能性があり、第7章で改めて扱います。
これら2つは表現が異なるだけで同じ方々を指しますが、視点は重要です。前者は施設支援の文脈、後者はてんかん診療の文脈です。本マニュアルは、利用者さんの生活支援という前者の立場に立ちつつ、てんかん診療の論理を橋渡しすることを目指しています。
3.発達性てんかん性脳症(DEE)とは
2017年ILAE新分類、および2022年のてんかん症候群分類で重要な概念として整理されたのが、「発達性てんかん性脳症(Developmental and Epileptic Encephalopathy, DEE)」です。第1章で触れたように、この概念は次の2つの機序が併存する状態を指します。
- 発達性脳症(developmental encephalopathy)──基礎にある遺伝子変異や脳構造の異常そのものによって認知発達が遅れる機序。発作を抑えても認知発達そのものは改善しにくい。
- てんかん性脳症(epileptic encephalopathy)──頻繁なてんかん性活動や発作そのものによって認知・行動が阻害される機序。発作が十分に抑制されれば発達上の改善が期待できる。
多くの難治性小児てんかんでは、両方の機序が共存しています。この場合、抗てんかん薬で発作を抑えることが部分的には認知予後の改善につながりますが、完全な正常発達への回復は期待できない──これが発達性てんかん性脳症(DEE)という二重概念の含意です。
英語の Developmental and Epileptic Encephalopathy (DEE) は、日本てんかん学会の2022年公式和訳で「発達性てんかん性脳症」と訳されています。単に「発達性脳症」「てんかん性脳症」とそれぞれ単独で用いる場合もあり、両方の機序を明示したい場合は「発達性・てんかん性脳症」(中点を挟む書式)が使われることもあります。
4.乳児期発症の主要症候群
乳児期(0〜2歳)に発症する難治性のてんかん症候群は、多くが発達性てんかん性脳症(DEE)に属し、成人期まで知的発達症を伴って経過するため、本マニュアル対象の施設利用者に最も多く遭遇する症候群群です。代表的な3症候群を取り上げます。
Dravet症候群では、体温上昇そのものがナトリウムチャネル機能異常を介して発作を誘発します。入浴時のお湯の温度、夏季の室温、衣服の過剰着用、発熱時の体温上昇──いずれも発作誘因となり得ます。特に入浴時の水温は38〜39℃以下に留め、長湯を避けることが推奨されます(第6章「日常生活の支援と安全」で詳述)。
また、上記のナトリウムチャネル遮断薬の禁忌は極めて重要です。施設で働く職員として、担当利用者の診断名が「Dravet症候群」である場合、処方薬にカルバマゼピン(テグレトール)、ラモトリギン(ラミクタール)、フェニトイン(アレビアチン)、オクスカルバゼピン(オクスカルバゼピン)が含まれていないことを薬局・主治医と確認する意義があります。ごくまれに他の適応で処方される場合には、必ず主治医と協議のうえで慎重な経過観察が必要です。
5.小児期発症の主要症候群
+ もっと詳しく:その他の重要な症候群(Rett症候群、TSC、CDKL5障害、Angelman症候群)
知的発達症を伴う利用者に遭遇する可能性のある、その他の重要な症候群を挙げます。
Rett症候群
MECP2遺伝子変異による、ほぼ女児のみに発症する進行性神経発達障害。生後6〜18か月の退行、手の常同運動(手もみ、手洗い様動作)、呼吸異常が特徴。60〜80%にてんかんが併存し、強直間代発作、ミオクロニー発作、欠神様発作などが混在。バルプロ酸、ラモトリギン、カルバマゼピンが用いられ、薬剤反応性はさまざま。
結節性硬化症(TSC)
TSC1またはTSC2遺伝子変異によるmTOR経路障害。皮膚の白斑、顔面血管線維腫、脳内の皮質結節・上衣下結節が特徴。85〜95%にてんかんを併発し、約3分の1がWest症候群を呈する。ビガバトリンが第一選択で、早期開始例では長期発作消失率が高い。mTOR阻害薬(エベロリムス)も有効。
CDKL5障害
CDKL5遺伝子変異による発達性てんかん性脳症。生後数か月以内の難治性てんかん発症、重度の発達遅滞、眼球運動障害が特徴。既存の抗てんかん薬への反応は限定的で、ガネクソロンなど新規薬剤の開発が進む。
Angelman症候群
UBE3A遺伝子の機能喪失(ほとんどが母性由来の欠失)による神経発達障害。独特の陽気な表情、発語の欠如または著明な遅れ、失調性歩行、重度の知的発達症が特徴。約80%にてんかんを併発し、非定型欠神発作、ミオクロニー発作、強直間代発作などが出現。バルプロ酸、クロバザム、エトスクシミドが有効。カルバマゼピンは悪化させうるため注意。
PCDH19障害
X連鎖性遺伝で、女児と稀にモザイク男児のみに発症するてんかん。熱で誘発される発作クラスター、自閉スペクトラム症様症状、重度知的発達症を伴うことがある。クロバザム、バルプロ酸などが有効。
ダウン症候群(トリソミー21)
知的発達症の代表的原因の1つ。小児期にはWest症候群(約1〜2%)が、成人期以降にはLennox-Gastaut様の症候群やアルツハイマー病に伴うてんかんが見られる。バルプロ酸、レベチラセタムなどが用いられる。
これらの症候群を持つ利用者を支援する場合、原因遺伝子名(MECP2、TSC1/2、CDKL5、UBE3A、PCDH19など)を診療情報提供書や家族からの情報で確認しておくと、発作への理解が深まります。
6.病因と精密治療の論理
2022年のてんかん症候群改訂で明示された重要な概念に、「病因特異的症候群(etiology-specific syndrome)」があります。これは、特定の遺伝子変異や代謝異常が、特定の治療選択を直接決定するという考え方です。施設職員にとっても、担当利用者の病因を知ることが、なぜその薬を使っているのか、なぜあの薬を避けているのかを理解する鍵となります。
| 病因 | 精密治療 | 背景 |
|---|---|---|
| SCN1A変異 Dravet症候群 |
ナトリウムチャネル遮断薬の回避 バルプロ酸+クロバザム+スチリペントール |
SCN1Aは抑制性介在ニューロンに豊富に発現。ナトリウムチャネル遮断薬は抑制を阻害し、発作を悪化させる。 |
| SLC2A1変異 GLUT1欠損症 |
ケトン食療法 | 血液脳関門でのグルコース輸送障害。ケトン体が脳の代替エネルギーとなる。抗てんかん薬単独ではほぼ無効。 |
| ピリドキシン依存性てんかん ALDH7A1変異 |
ビタミンB6(ピリドキシン)の静注・経口投与 | GABA合成に必要なPLPが不足。ピリドキシン補充で発作が劇的に抑制される。生涯投与が必要。 |
| 結節性硬化症(TSC) TSC1/TSC2変異 |
ビガバトリン(第一選択) エベロリムス(mTOR阻害薬) |
mTOR経路の過剰活性化が皮質結節形成を招く。mTOR阻害薬が病因に直接作用。 |
| Rasmussen脳炎 | 患側半球離断術 | 進行性片側半球炎症で抗てんかん薬ではほぼ無効。手術で約80%が無発作になる。 |
| PCDH19障害 | クロバザム、バルプロ酸 (ホルモン療法が試みられることも) |
女児・モザイク男児のみ発症する特異な遺伝様式。発作はしばしばクラスター状。 |
| 内側側頭硬化症 難治性側頭葉てんかん |
側頭葉切除術 | 抗てんかん薬での無発作率は約10%だが、手術後は約70%が無発作。早期の手術検討が推奨される。 |
施設で担当利用者の処方薬を管理する職員にとって、「なぜこの薬なのか」を理解していることは、服薬管理の質と体調変化時の対応を大きく改善します。たとえば、ケトン食療法中の利用者では、ブドウ糖を含む糖分を与えることは禁忌ですが、この理由(ケトン体産生が阻害される)を知っていれば、誤って甘い飲料を提供することを防げます。ピリドキシン依存性てんかんの利用者では、ビタミンB6を一日でも切らさないことが発作再発予防に直結します。
7.施設での観察の特殊性
第2章で提示した発作観察の5軸は、知的発達症を伴う利用者の場合、いくつかの特殊な配慮が必要になります。ここでは、本マニュアル読者の主な支援対象である方々における、観察の特殊性を整理します。
①ベースラインとの差分で評価する
定型発達者の発作観察では、「意識があるか/ないか」は呼びかけに対する応答で比較的明確に判断できます。しかし、重度・最重度の知的発達症では、もともと呼びかけに限定的にしか応答しないため、「意識減損」を客観的に判定するのが困難です。この場合、本人のベースライン(普段の状態)との差分で評価します。
- 普段なら名前を呼べば目線が合う方が、発作中は目線が合わない
- 普段ならお気に入りの音楽に反応する方が、発作中は無反応
- 普段なら触れれば顔を向ける方が、発作中は反応がない
こうした個々の利用者ごとの「普段の応答パターン」を、職員間で事前に共有しておくことが、発作時の意識評価の精度を上げる鍵です。
②常同行動との鑑別
自閉スペクトラム症をもつ方に多い常同行動(手をひらひらさせる、体を前後に揺する、特定の音や言葉を繰り返す、特定の光景を見続ける)は、発作の自動症やミオクロニー発作と誤認されることがあります。両者の鑑別のポイントは次の3点です。
| 観察項目 | 常同行動 | 発作(自動症・ミオクロニー) |
|---|---|---|
| 本人が止められるか | 声かけや別の活動で誘導すると止められることが多い | 止められない |
| 意識の状態 | 常同行動中も意識は保たれている | 意識の変容を伴うことが多い(ミオクロニーを除く) |
| 文脈依存性 | 特定の状況(不安・退屈・特定の刺激)で出やすい | 文脈によらず突然出現することが多い |
③非言語的な前兆(プレ・イクタル)のサイン
言語能力が限られる利用者では、焦点発作の前兆(意識的に経験される発作の初期相)を本人が訴えることができません。しかし、次のような非言語的な前兆サインを示していることがあります。
- 急に不安そうな表情になる、怯えた様子を見せる
- 一点を見つめ、周囲への関心が薄れる
- 特定の場所(壁際、ベッド、信頼する職員のそば)に身を寄せる
- 特定の音を発する、声を上げる
- 口に手を当てる、胸を触る、特定の身体部位をこする
これらは発作そのものではなく、焦点発作の初期相である可能性があります。日頃から利用者個々の「発作前の変化パターン」を職員間で共有しておくと、発作の予測性が高まり、安全確保の時間を稼げます。
④夜間発作の見落とし
知的発達症・脳性麻痺を伴う利用者では、夜間発作の頻度が一般人口より高いことが知られています。本人が発作を訴えないため、朝の様子から夜間発作の有無を推測する観察眼が必要です(詳細は第6章「日常生活の支援と安全」)。
+ もっと詳しく:てんかんとASDの行動症状の相互作用
自閉スペクトラム症と難治性てんかんが併存する場合、両者の症状が相互に増幅しあう現象がしばしば観察されます。
発作による行動悪化
複数日にわたる発作クラスターの後、ASDの中核症状(常同行動、こだわり、感覚過敏、睡眠障害、易刺激性)が一時的に悪化することがあります。これは発作後の脳機能低下(postictal state)が数日にわたって継続している状態と考えられ、「いつもの本人に戻る」までに1〜2週間を要することもあります。
抗てんかん薬の行動への影響
一部の抗てんかん薬(レベチラセタム、ペランパネルなど)は、攻撃性・易刺激性・不安を副作用として引き起こすことがあります。ASDをもつ方では、これらの副作用が中核症状と重なって、評価が困難になりがちです。職員は「処方が変わった後に、普段と違う行動が増えた」という観察を記録し、主治医と共有することが重要です。
てんかん性退行
ごくまれに、てんかん発作や脳波上のてんかん性活動が原因で、一度習得した言語・社会的スキルが失われる現象が見られます。代表例はLandau-Kleffner症候群(獲得性てんかん性失語)で、4〜7歳頃に言語理解が急速に失われます。ASDとの鑑別は困難で、睡眠時脳波での確認が必要です。
「ASDの悪化」「発達の退行」として観察された変化が、実はてんかん性脳症やてんかん性退行の現れである可能性を念頭に置いて記録することは、適切な医療介入への道を開きます。
8.経過と予後──移行期医療を見据えて
本マニュアル対象の施設利用者の多くは、小児期に診断された難治性てんかんを、成人期以降も継続して持ち続ける方々です。成人期のてんかん診療における課題は、小児期とは異なり、次のような特徴があります。
- 小児神経科医から成人神経科医・精神科医への移行が、必ずしもスムーズに行かない
- 小児期に使われていた特殊な治療(ケトン食、ACTH、特定の抗てんかん薬)の成人期での継続・変更判断が難しい
- 抗てんかん薬の長期服用による副作用(骨密度低下、代謝異常、腎機能・肝機能低下)が顕在化
- SUDEP(てんかんにおける突然予期せぬ死)のリスクが、成人期の難治性てんかんで高まる
- ご家族の高齢化に伴い、介護環境の変化が利用者の生活リズム・服薬管理に影響
SUDEP(Sudden Unexpected Death in Epilepsy)は、てんかん患者が予期せぬ死亡する現象で、成人てんかん患者で年間1,000人に1人、小児てんかん患者で4,500人に1人の頻度で発生します。全身強直間代発作の頻度が高い患者、夜間発作がある患者、長期罹患例、知的発達症を伴う難治例でリスクが高まります。本マニュアル対象の施設利用者は、多くがリスク群に該当します。夜間の見守り体制、発作後の体位管理、酸素飽和度の確認などが、予防的介入として意義を持ちます(第6章で詳述)。
小児神経専門施設から成人期の地域医療・施設支援への移行期医療(transition medicine)は、日本でも近年重要視されている分野で、日本てんかん学会・日本小児神経学会も積極的な提言を行っています。施設は、この移行の生活面のパートナーとして、次の情報を医療機関と継続的に共有する役割を担います。
- 発作の長期推移(記録票の積み重ね)
- 服薬アドヒアランスの状況
- 生活リズム・睡眠・食事・排泄・体重の変化
- 行動面の変化(易刺激性・不安・抑うつ・自傷など)
- 家族の介護力の変化
9.家族支援と職員の役割
難治性てんかんを伴う知的発達症の利用者を支えるご家族は、診断直後から数十年にわたる介護の負担を抱えてこられた方々です。施設職員は、医療的支援の隙間を埋める以上に、ご家族の「これまでの長い歩み」を理解し、尊重する立場にあります。
以下の点は、職員がご家族との関わりで特に留意したい視点です。
- ご家族は既にその利用者のてんかんの「専門家」である──長年の観察経験は、どの教科書にも勝る臨床的知識です。職員は謙虚にご家族から学ぶ姿勢を基本とします。
- 「いつもと違う発作」の発見は、ご家族との対話から生まれることが多い──記録票だけではなく、送迎時の会話やケース会議の機会に、ご家族の観察を丁寧に聞き取ります。
- SUDEPのリスクについての情報提供は慎重に──ご家族が既に不安を抱えている可能性が高いため、「必要な情報を、適切な時期に、適切な量で」という原則が求められます。主治医と連携しての情報提供が望ましいでしょう。
- ご家族の高齢化とレスパイト(休息)ニーズ──長期介護による身体的・精神的疲労は、客観的データでは見えにくい側面です。施設が提供するショートステイや日中活動が、ご家族の健康を守る上で大きな意義を持ちます。
- きょうだい児(sibling)への配慮──重度てんかんをもつ方のきょうだいは、幼少期から家族内で特殊な役割を担ってきた場合が多く、成人後もその影響を受けます。面会や行事の機会に、きょうだい児の存在と気持ちにも目を向けます。
難治性てんかんを伴う知的発達症の支援は、医療のみでも施設のみでも完結せず、本人・ご家族・医療・施設職員の四者が、互いに情報と知見を交換しながら連携するモデルが最も機能します。その連携の要となる情報が、施設職員の日々の観察と記録です。この章で学んだ症候群の理解が、その情報に意味と文脈を与えます。
Summary of Chapter III
知的発達症・自閉スペクトラム症とてんかんは、共通の神経発達学的・遺伝学的基盤をしばしば共有する。重度・最重度の知的発達症では併存率が30%を超え、本マニュアル対象の施設利用者の多くは、発達性てんかん性脳症(DEE)──遺伝子変異や構造異常による発達障害と、頻繁な発作による二次的脳機能障害の両方が共存する状態──に位置する。
代表的な症候群として、West症候群(乳児てんかん性スパズム)、Dravet症候群(SCN1A変異・温熱誘発)、Lennox-Gastaut症候群(多発作型・緩徐棘徐波・認知障害の三徴)、大田原症候群(新生児期発症・サプレッション・バースト)などがある。これらの多くは全般焦点合併てんかんのカテゴリーに属し、複数の発作型を持つ。
病因の同定は精密治療に直結する。Dravet症候群ではナトリウムチャネル遮断薬が禁忌、GLUT1欠損症ではケトン食が唯一有効、ピリドキシン依存性てんかんではビタミンB6投与が劇的に発作を抑制する。結節性硬化症ではビガバトリンが第一選択。施設職員が担当利用者の病因・症候群を知っていることが、処方の理解と適切な観察につながる。
観察には特殊性があり、本人のベースラインとの差分で意識を評価し、常同行動と発作を3つのポイントで鑑別し、非言語的な前兆サインを職員間で共有する。夜間発作の見落とし、SUDEPのリスク、行動面とのてんかんの相互作用にも注意する。
これらの利用者さんの支援は、本人・ご家族・医療・施設職員の四者連携によって最も機能する。ご家族は既にその方のてんかんの専門家であり、職員は謙虚に学びながら、医療との架け橋となる。長期的には移行期医療の視点も欠かせない。本章の理解が、次章以降の服薬管理・緊急対応・生活支援の実務的基盤となる。