第5章 てんかん重積状態と緊急対応Critical Care
この章で学ぶこと
てんかん発作のほとんどは1〜2分以内に自然終息します。しかし、発作が異常に長く続いたり、意識が戻らないまま繰り返す状態は「てんかん重積状態(status epilepticus, SE)」と呼ばれ、生命を脅かす神経学的緊急事態です。重積状態が長引けば長引くほど、脳損傷・後遺障害・死亡のリスクが高まります。
本章では、2015年にILAEが刷新し、日本神経学会ガイドライン2018に採用された「5分ルール」を基礎に、施設職員の緊急対応──計時・気道管理・頓服使用・救急要請・搬送時の情報伝達──を体系的に整理します。さらに、知的発達症の方で特に見逃されやすい非けいれん性重積状態(NCSE)も独立節で扱います。
本章の構成
1.重積状態の定義──ILAE 2015と「5分ルール」
国際抗てんかん連盟(ILAE)は2015年、重積状態の定義を根本から改訂しました。それまでの定義(1981年、ILAE)は「発作が30分以上続くか、意識回復のないまま短い発作が30分以上反復する状態」でした。しかし、発作が5分を超えると自然終息する確率が急低下し、薬剤抵抗性になること、そして30分を超えると脳に不可逆的損傷が始まるという動物・ヒトのデータから、治療開始のタイミングを5分まで繰り上げる改訂が行われました。
この新定義は、日本神経学会「てんかん診療ガイドライン2018」(2022追補版を含む)第8章に正式採用されており、現在の日本の標準的臨床基準です。従来「15分・30分で救急車」という運用をしていた施設では、この更新を機に規程を見直すことが推奨されます。
t1(治療開始閾値)=5分──発作がこの時間を超えて持続するなら、自然終息の可能性は低く、重積状態として治療を開始すべき時点。
t2(長期後遺障害閾値)=30分──発作がこの時間を超えて持続すると、神経細胞死・神経ネットワーク障害・長期的な後遺症のリスクが高まる時点。
したがって5分から30分の間に発作を止めることが、脳を守る「時間の窓」となります。施設の対応はこの25分間の窓に合わせて組み立てられます。
2.4段階の時間軸──5分・30分・60〜120分・24時間
現行ガイドラインでは、重積状態を持続時間と治療反応性によって4段階に分けて捉えます。施設職員は治療の実施者ではありませんが、どの段階にどのような医学的処置が行われるかを理解しておくことは、救急搬送時の判断と、受け入れ医療機関との情報共有に役立ちます。
| 段階 | 持続時間 | 医学的処置 | 臨床的意味 |
|---|---|---|---|
| 第1段階 早期てんかん重積 |
5分以上 | ベンゾジアゼピン系薬剤(ジアゼパム5〜10 mg静注、またはミダゾラム静注/筋注/鼻腔/口腔) | 治療開始の閾値。この時点で救急要請。 |
| 第2段階 確定したてんかん重積 |
30分以上(BZD無効) | ホスフェニトイン、フェノバルビタール、レベチラセタム、またはミダゾラム持続点滴 | 脳損傷閾値を超え、救急外来での専門的治療中。 |
| 第3段階 難治性てんかん重積 |
60〜120分以上 | 全身麻酔療法(ミダゾラム持続、プロポフォール、チオペンタール、チアミラール) | ICU管理・気管挿管・人工呼吸が必要となる。 |
| 第4段階 超難治性てんかん重積 |
全身麻酔でも24時間以上 | 確立した治療法なし。ケトン食、免疫療法など試みられる | 生命予後・機能予後が不良。 |
3.施設での対応原則──発作を見たら、まず計時
施設職員にとって最も重要な原則は、発作を目撃した瞬間から時計を見る・スマートフォンのストップウォッチを押すことです。これが重積対応のすべての出発点となります。
発作は見ている側に強烈な時間感覚の歪みをもたらします。30秒の発作が5分に感じられ、5分の発作が10分に感じられることが日常的に起きます。体感時間は当てにならず、客観的な計時なしに「5分ルール」を運用することはできません。
発作を目撃したとき、施設職員がまず行うべき動作は本人への介入ではなく、計時の開始です。理由は3つあります。
- 発作対応は数分〜十数分に及び、正確な経過時間が後の医療判断を大きく左右する
- 人間の時間感覚は発作を見ている間に著しく歪むため、記憶に頼った報告は信頼できない
- ストップウォッチの数字を見ることで、職員自身が冷静さを保ち、次の行動(呼吸確認、頓服判断、救急要請)の判断基準が明確になる
施設の全スマートフォンにワンタップでストップウォッチが起動する設定をしておく、各部屋にアナログの時計を置く、といった環境整備が役立ちます。
4.最初の2分間の行動──気道・体位・安全確保
発作開始から最初の2分間に施設職員が行うべきことを整理します。第2章で扱った「発作を目撃したときの最初の30秒」と一部重なりますが、ここでは重積を念頭に置いた対応です。
- 計時を開始──発作開始時刻を記録
- 周囲の危険物を除去──家具、熱源、階段、水場から離す
- 頭の下にクッション・枕・衣類を置く──頭部外傷予防
- 窒息リスクがあれば回復体位──横向き(左側臥位)にして口腔内分泌物・嘔吐物の誤嚥を防ぐ
- 眼鏡を外す、きつい襟元をゆるめる──気道確保
- 他の職員を呼ぶ──一人で対応しない
- 発作の様子を観察・覚えておく──対称性、持続時間、意識、運動パターン(第2章)
- 可能であれば動画撮影を開始(第2章第10節)
- 口に物を入れない──スプーン、箸、手指など。窒息・歯牙損傷・職員の受傷のリスク
- 発作中の体を強く押さえつけない──本人と介護者の両方の受傷リスク。周辺の危険物除去で十分
- 無理に水分や薬を飲ませない──誤嚥性肺炎のリスク
- 発作が「すぐ止まるはず」と待たない──5分を超えれば重積であり、自然終息の可能性は急低下
- 計時せずに経験則で判断しない──体感時間は信頼できない
- 発作後、本人が自発呼吸・応答するまで目を離さない
5.頓服薬の種類と使用判断
発作時の頓服(抗けいれん薬)は、施設で5分を超える発作の終息を目的として、医療機関からあらかじめ処方されているものです。頓服は医師が事前に使用基準・用量・投与方法を定め、施設職員(看護師または指定された支援員)が指示に従って使用します。
主要な頓服製剤
| 薬剤 | 投与経路 | 効果発現 | 特徴・注意 |
|---|---|---|---|
| ダイアップ坐薬 ジアゼパム坐薬 |
直腸内挿入(坐薬) | 20〜30分 | 日本の施設で最も普及。熱性けいれん予防では標準だが、重積中の即効性は乏しい。発作開始から早期の使用が望ましい。 |
| ジアゼパム注射液の注腸 | 注射液を肛門から注入(非坐薬) | 10分以内 | ガイドラインで推奨される実効的頓服。坐薬より即効性が高い。日本では保険適用外の運用。注射液(10 mg/2mL)を使用。 |
| ブコラム口腔用液 ミダゾラム口腔用液 |
頬と歯茎の間に注入 | 5〜10分 | 2020年に日本で保険適用。年齢別プレフィルドシリンジ。重積の施設頓服として最も推奨される新世代製剤。口腔粘膜から吸収され静注と同等の効果。 |
| ミダゾラム鼻腔内投与 | アトマイザーで鼻腔噴霧 | 5〜10分 | 海外(米国ではNayzilam®として)で承認。日本では保険適用外。静脈路不要で即効性あり。 |
| ミダゾラム筋注 | 大腿・上腕の筋肉内注射 | 10分前後 | 看護師等の医療職が必要。静注と同等の有効性(RAMPART試験)。施設では限定的運用。 |
ブコラム®口腔用液(ミダゾラム口腔用液)は2020年に日本で発売されて以降、施設での頓服の標準となりつつあります。年齢別(3ヶ月〜1歳未満/1〜5歳未満/5〜10歳未満/10〜18歳未満)のプレフィルドシリンジで、頬と歯茎の間に注入するだけで投与できます。坐薬と異なり衣服を脱がす必要がなく、集団活動中や外出先でも使えます。
ご本人の主治医に相談し、重積リスクの高い利用者さんではブコラムの処方を検討することをおすすめします。導入時は製薬会社提供の動画などで施設職員の投与訓練を行い、保管場所・使用手順・使用後の記録を整備してください。
頓服の使用タイミング
頓服を「いつ使うか」は、主治医の事前指示に従うのが原則です。一般的には次のいずれかの指示が出ます。
- 「発作が5分を超えた時点で使用」──現行ガイドラインに沿った標準的指示
- 「発作が3分を超えた時点で使用」──重積既往がある方、Dravet症候群などハイリスク例
- 「複数回の発作が短時間に連続した時(例:1時間以内に2回以上)」──群発への対応
- 「発熱時の予防投与」──熱性けいれん傾向のある小児で、38℃以上時に予防的に投与
施設で最も注意すべき誤った運用は、「頓服を使ったから、効くまで様子を見よう」と救急要請を遅らせることです。頓服は発作を止める可能性がありますが、止まらない可能性もあります。そして頓服が効かなかったと判明するのは、使用後10〜30分経ってからです。その時には既に第2段階(t2=30分)を超えている可能性があります。
現行ガイドラインでは、5分を超える発作では、頓服使用と救急要請を同時並行で行うべきです:
- 職員Aが頓服を準備・投与
- 職員Bが119番に電話
- 職員Cが搬送準備(処方リスト、お薬手帳、保険証)
頓服が効いて発作が止まった場合は、救急隊到着後に「止まりましたが、念のため受診させてください」という判断を救急隊員と共有します。救急要請が「来なくていい結末」で終わることは、失敗ではなく成功です。
6.救急要請のタイミング──「5分」は絶対の基準
救急要請(119番)のタイミング判断は、施設運営の中でも最も判断が揺れやすい場面です。「いつもの発作だから様子を見よう」「毎回呼ぶと救急隊に迷惑がかかる」といった心理が判断を鈍らせます。しかし、現行ガイドラインと安全運営の観点から、以下の基準を施設規程として明文化することをお勧めします。
必ず救急要請すべき状況
- 発作が5分を超えて継続──重積状態の定義を満たす。持続時間不明でも「長いな」と感じたら計時を見て判断
- 発作が止まっても、意識が戻らないまま次の発作が始まる──間歇期のない群発は重積に該当
- 30分以内に2回以上の発作(短い発作でも)
- 呼吸の異常が持続──チアノーゼ(唇・顔色の青紫化)、浅い呼吸が続く、気道閉塞疑い
- 誤嚥・嘔吐物の吸引が疑われる
- 頭部を強打した、外傷がある
- 水中・入浴中の発作(溺水リスク)
- 発作後の意識回復が通常より遅い・回復しない
- これまでと明らかに違う発作型の新規出現
- 高熱を伴う発作(感染症による急性症候性発作の可能性)
- てんかん既往のない方の初回発作
救急要請の判断を鈍らせる落とし穴
- 「いつもと同じ発作だから大丈夫」──長い発作は「いつも」ではない。5分が基準
- 「ご家族に先に連絡してから」──家族連絡より救急要請が優先。並行してもよいが順序を逆にしない
- 「主治医の指示を仰いでから」──時間外に連絡が取れない場合を想定した規程を整備
- 「夜間でスタッフが少ないから」──少ないからこそ早く救急を呼ぶべき
- 「何度も救急を呼ぶと病院に迷惑では」──施設の判断に対して救急隊・病院は専門家として対応する。遅らせる理由にならない
7.非けいれん性てんかん重積状態(NCSE)
ここまで扱ってきたのは、主にけいれん性(全身の強直間代を伴う)重積状態でした。しかし、重積状態の中には、けいれん(運動症状)を伴わず、意識障害だけが持続するタイプがあります。これを非けいれん性てんかん重積状態(Non-Convulsive Status Epilepticus, NCSE)と呼びます。
NCSEは臨床現場で見逃されやすいことで知られています。「ぼーっとしている」「反応が鈍い」「話しかけても生返事」「いつもの活動をしない」といった症状が、数分〜数時間、あるいは数日にわたって持続します。知的発達症の方では、この「意識障害しか出ない」タイプが特に発見困難です。
第4章で扱ったバルプロ酸誘発性高アンモニア血症性脳症(VHE)と、NCSEには同じ臨床構造があります。どちらも主要症状は意識障害で、知的発達症の方ではベースラインの反応レベルが既に低いため、軽度の意識障害が「今日は調子が悪い」「疲れているのだろう」で片付けられてしまうのです。
NCSEを疑うべき状況:
- いつもの表情・活動性・応答が失われ、「ぼんやり」している状態が数時間以上続く
- 馴染みの職員の声かけ・呼名への反応が鈍い
- 指示が通らない・理解できない(普段は通る指示なのに)
- 食事ができない・嚥下しない・時間がかかる
- 歩行がふらつく・立位が保てない
- 突然話が止まる・何度も同じ場所で止まる・行動のフリーズ
- 口元や眼瞼の微細なミオクロニー(瞼のピクつき、口の端がピクつく)を伴うことがある
- けいれん性重積が全身麻酔で止まった後、麻酔から醒めても意識が戻らない(subtle SE)
NCSEを疑う典型的な文脈:
- てんかんを持つ方が急に「ぼんやり」し始めた──数時間以上続く
- けいれん発作の後、通常なら30〜60分で戻る意識が半日経っても戻らない(postictal状態を超えている)
- Lennox-Gastaut症候群の方で、非定型欠神発作が長時間持続(欠神状態、absence status)
- 抗てんかん薬の急な中止、減量、飲み忘れの後の「ぼんやり」
- 感染、発熱、脱水の後の不自然な意識変容
対応:NCSEは脳波検査でしか確定診断できません。施設では確定はできませんが、「いつもと違うぼんやりが半日以上続く」「けいれん後の意識回復が極端に遅い」「原因不明の不自然な意識変容」は医療機関への相談対象です。主治医に連絡し、必要に応じて救急受診させます。NCSEは治療可能であり、早期発見で後遺症を最小化できます。
施設で抱える臨床的リスク:「いつものぼんやり」「眠いのだろう」「疲れているのだろう」で放置された結果、数日後に気づいたときには既に数十時間のNCSEが経過していた──このような症例が、実際に臨床報告されています。「この人の、いつもの様子」を複数の職員が共有し、そこからの逸脱を記録する文化が、NCSE発見の唯一の方法です。
+ もっと詳しく:NCSEの分類と予後
NCSEは発作型と臨床背景により複数のサブタイプに分類されます。施設職員が分類を覚える必要はありませんが、タイプによって予後が大きく異なることを理解しておくことは、ご家族への説明や長期支援計画の立案に役立ちます。
欠神状態(absence status epilepticus)
全般てんかんで見られる非定型欠神発作が長時間持続する状態。子どもや若年者で比較的予後が良く、脳損傷を残さないことが多い。Lennox-Gastaut症候群、若年性ミオクロニーてんかんなどで見られる。
焦点性意識減損NCSE(focal NCSE with impaired consciousness)
旧来の「複雑部分発作重積」。一側の側頭葉由来が多い。10分以上続くと局所脳損傷をきたし、治療されても後に限局性の萎縮が見られることがある。
昏睡型NCSE(NCSE in coma)
重症患者(脳卒中、頭部外傷、敗血症、心停止後など)の意識障害の背景に潜むNCSE。死亡率が40〜60%と、すべての重積の中で最も予後不良。集中治療室で脳波モニタリングされる。
subtle SE(微細な重積)
激しいけいれんが治療で止まった後、見た目には発作が収まったように見えて、脳波上はまだ発作活動が続いている状態。全身麻酔治療後の48%に見られるとの報告もある。「見た目で判断できない」ため脳波モニターが不可欠。
施設で支援する方でNCSEが疑われるのは、主として欠神状態と焦点性意識減損NCSEです。いずれも適切な治療で改善するため、早期発見が予後を決めます。
8.誘発因子と重積状態の前兆
重積状態は誘因なく起こることもありますが、多くの場合予測可能な誘因があります。誘因を施設内で管理することは、一次予防として最も重要です。
代表的な誘発因子
- 抗てんかん薬の飲み忘れ・急な中止(第4章)──施設で最も重要な予防可能因子
- ジェネリック切替後の血中濃度変動
- 感染症・発熱──Dravet症候群では発熱が直接誘因となる
- 脱水・下痢・嘔吐──血中濃度変動および代謝性誘因
- 睡眠不足・生活リズムの乱れ──旅行、連休、イベント後
- 月経周期(カタメニアル:月経関連てんかん)
- 他の薬剤の新規追加──相互作用(第4章第10節)
- ストレス、急激な環境変化──施設入所、退所、異動、家族の変化
- 光刺激──光過敏性の方、テレビ・ゲームの特定のシーン
- 代謝異常──低血糖、低Na血症、高アンモニア血症(VHE、第4章)
- 新規の脳病変──脳卒中、外傷、脳腫瘍、感染性脳炎
- 自己免疫性脳炎──急性の「新規の発作」が連続する場合
重積状態の前兆
重積状態の多くは前兆なく突然始まります。しかし、一部の方では以下のような徴候が先行することがあります。
- 普段より発作が長い(1分→3分など、持続時間の伸び)
- 普段より発作頻度が多い(週1回→日に数回)
- ミオクロニー発作の急な増加
- いつもと違う発作型の出現
- 発作後の意識回復時間の延長
- 服薬アドヒアランスの低下が直近にあった
- 「この人の、いつもの様子ではない」という職員の直観
こうした徴候を捉えたら、主治医への事前相談を行い、頓服の用意を確認し、夜勤時の見守り体制を強化しておくことが、重積の予防と早期対応につながります。
9.救急搬送時に施設が伝えるべき情報
救急隊が到着したら、受け入れ医療機関での治療判断に直結する情報を、簡潔に伝えます。慌てずに伝えられるよう、事前に「救急搬送時情報シート」を整備しておきます(付録参照)。
必須情報(救急隊に口頭で伝える)
- 氏名、生年月日、性別
- 発作開始時刻と現時点の持続時間(計時していた時計・ストップウォッチの数字を見せる)
- 発作の種類(全身のけいれん/片側/意識のみ消失)
- 発作中の呼吸・顔色
- 頓服の使用──何を、何分前に、どう投与したか
- 基礎疾患──てんかんの診断名(症候群名)、知的発達症の程度、その他の疾患
- 直近の発作歴──最後の発作はいつ、通常の頻度
- 普段の意識・コミュニケーションのベースライン──これは医師が発作後回復を判断するのに決定的に重要
必ず持参する書類・物品
- 処方リスト(お薬手帳、最新の処方箋コピー)──全抗てんかん薬の名称・用量・服用時刻
- 薬剤アレルギー歴──特にカルバマゼピン、ラモトリギン既往
- Dravet症候群などの症候群診断書──ナトリウムチャネル遮断薬禁忌の情報は救急外来での薬剤選択を左右する
- 保険証・医療証(小児慢性特定疾病医療受給者証、障害者医療証など)
- 最近の検査結果──血中薬物濃度、血液検査結果
- 主治医・かかりつけ医の連絡先
- ご家族の連絡先
- 動画を撮影していれば、その動画
Dravet症候群や、ナトリウムチャネル遮断薬禁忌が明らかな方(SCN1A陽性、過去にカルバマゼピンで増悪した既往など)では、救急隊・救急外来医師に「ナトリウムチャネル遮断薬を使わないでください」と明示的に伝える必要があります。
なぜなら、重積治療の第2段階でホスフェニトイン(フェニトインのプロドラッグ)が第一選択薬として使われることが多く、これはDravetでは重積をさらに悪化させる可能性があるためです。代替としてレベチラセタム、バルプロ酸、フェノバルビタールなどが選ばれます。
搬送時に同行する職員が、「Dravet症候群のためフェニトイン禁忌です」と書かれたカードやリストバンドを本人に用意しておくと、緊急時に情報が確実に伝わります。
10.施設の事前準備と訓練
重積状態はその場の対応力で結果が決まる緊急事態です。したがって事前準備と日常的訓練が、実際の対応の質を決定します。
物的準備
- 頓服薬の保管場所──各居住区・活動エリアから1分以内にアクセスできる場所
- 頓服薬の在庫管理──使用期限、温度管理、残数確認(週1回)
- ブコラム口腔用液の採用と投与訓練(動画・シミュレーション)
- ストップウォッチ・時計の複数配置
- AEDの設置(重積に限らないが、心停止併発時に必要)
- 酸素投与器具(施設によっては)
- 救急要請シート(119番での伝達事項を整理したテンプレート)
- 救急搬送時情報シート(付録)を利用者さんごとに整備
人的準備・訓練
- 全職員への年1回以上の重積対応研修──本章を基礎教材として
- シミュレーション訓練──実際の発作を想定したロールプレイ(計時、頓服、119番、記録の役割分担)
- 看護師・支援員の役割分担を明文化
- 夜勤体制での重積対応フローの整備(少人数でどう動くか)
- インシデント・ヒヤリハットの振り返り──過去の対応事例からの学習
- 新入職員へのオリエンテーションに発作・重積対応を必ず含める
実地訓練では、職員が以下の時間経過を身体で覚えることを目標にします。
- 0秒:発作目撃、計時開始、他の職員を呼ぶ
- 30秒:気道確保、回復体位、周囲の安全確保完了
- 2分:動画撮影開始、観察(対称性・意識・持続時間)
- 3〜5分:頓服準備(処方がある方)
- 5分:頓服投与+119番要請(同時並行)
- 5〜15分:救急隊到着まで気道・バイタル管理、動画記録継続
- 救急隊到着:情報シート・処方リスト・保険証を手渡す
この時間感覚を訓練で確立していれば、実際の重積で「何分が経ったか」の判断が揺らがない施設になります。
11.発作後の観察と記録
発作が止まり、本人が落ち着いた後も、観察は続きます。発作後の意識回復の経過は、NCSEの鑑別、後遺症の評価、今後の治療方針に直結する情報です。
発作後期(postictal phase)の観察項目
- 意識レベル──呼びかけへの反応、開眼、発語、指示理解
- 呼吸状態──呼吸数、SpO₂(モニタがあれば)
- 麻痺の有無──左右差(Todd麻痺の可能性、発作の側方化診断に有用)
- 発作後もうろう状態の持続時間──本人のベースラインに戻るまでの時間
- 外傷の有無──頭部、顔面、口腔内、四肢
- 失禁の有無
- 食事摂取・水分摂取の再開可能時期
- 睡眠への移行──発作後は多くの場合眠気が強い。誤嚥リスクを考慮した体位管理
記録すべき項目
第2章第7節で扱った発作記録票に、重積対応時は以下を追記します。
- 発作開始時刻(秒単位まで)
- 発作終了時刻
- 総持続時間
- 頓服使用の有無、種類、時刻、用量、投与経路
- 救急要請の有無と要請時刻
- 救急隊到着時刻、搬送先医療機関、帰所時刻
- 発作中の呼吸・顔色の状態
- 発作後の意識回復の経過(何分でベースラインに戻ったか)
- 対応した職員名
- 動画撮影の有無
これらの記録は、その日の振り返り、ご家族への説明、主治医への情報提供、施設内のインシデントレビュー、次回の対応改善すべてに役立ちます。重積対応後の記録を「その日のうちに完成させる」ことが望ましいです。
12.施設職員のためのまとめ
重積状態対応のエッセンスを、現場の行動指針として整理します。
- 5分ルールを施設規程に明文化──旧基準(15分・30分)で運用している場合は速やかに改訂
- 発作を見たら、まずストップウォッチ──体感時間は信頼できない
- 計時・気道確保・他職員招集の3つを最初の30秒に
- 口に物を入れない・強く押さえない──誤った介入が最大の危険
- 頓服使用と救急要請は同時並行──「様子を見る」は遅延の言い訳
- ブコラム口腔用液の採用を検討──集団活動中・外出先でも使える新世代頓服
- Dravet症候群の方ではナトリウムチャネル遮断薬禁忌を搬送時に明示
- NCSEの可能性を常に鑑別に置く──「いつもと違うぼんやり」が半日以上続けば医療へ
- 救急搬送時情報シートを利用者さんごとに事前整備(付録)
- 年1回以上のシミュレーション訓練で時間感覚を身体化
- 発作後も意識回復まで継続観察──記録は当日中に完成
Summary of Chapter V
てんかん重積状態は、ILAE 2015の定義改訂と日本神経学会ガイドライン2018により、「5分以上持続する発作」と定義されるようになった。従来の15分・30分基準は医学的には過去のものであり、施設規程の更新が推奨される。5分(t1)から30分(t2)の間に発作を止めることが脳を守る時間の窓であり、治療開始閾値が前倒しされたことが改訂の本質である。
施設の対応は計時の徹底から始まる。発作を目撃したら、まずストップウォッチを押し、他の職員を招集し、気道確保・体位調整・周囲の安全を確保する。口に物を入れる・体を押さえつける介入は禁忌である。5分を超える発作では、頓服使用と救急要請を同時並行で行う。頓服が効くのを待ってから119番するのではない。
頓服の選択肢としては、2020年から日本で使用可能なブコラム®口腔用液(ミダゾラム)が、集団活動・外出先でも使える新世代製剤として注目される。Dravet症候群の方では、救急搬送時にナトリウムチャネル遮断薬禁忌を明示的に伝える必要がある。
本章で特に強調したのは、非けいれん性てんかん重積状態(NCSE)の見逃しリスクである。意識障害だけで運動症状を伴わないため、知的発達症の方では「今日は調子が悪い」「疲れているのだろう」で片付けられやすい。第4章のVHEと同じ構造の臨床的盲点であり、「この人の、いつもの様子」を複数の職員が共有し、そこからの逸脱を記録する文化が、NCSE発見の唯一の方法となる。
事前準備(頓服管理、情報シート、AED)、定期的シミュレーション訓練、救急隊への的確な情報伝達、発作後の継続観察と当日中の記録──これらが施設の重積対応の質を決める。重積状態は「その場の対応力で予後が決まる」緊急事態であり、施設は医療と生活の境界で、最も重要な役割を担っている。