第7章 児童養護施設におけるてんかん
この章で学ぶこと
児童養護施設で暮らす子どもたちの中には、虐待・ネグレクトという重篤なトラウマ体験を背景とした、複雑なてんかん関連症状を示す方がいます。外傷性脳損傷による器質的てんかんと、心的外傷に関連した心因性非てんかん発作(PNES)が混在し、従来の医学的診断だけでは対応が困難な状況が生じます。
本章では、トラウマインフォームドケアの観点から、「演技」「仮病」として切り捨てない支援の在り方を学びます。また、18歳での措置解除を見据えた自立支援、服薬アドヒアランスの困難、思春期特有の課題、職員の二次受傷予防まで、児童養護施設特有の支援課題を扱います。
本章の構成
1.児童養護施設の特殊性──複合的なトラウマとてんかん
児童養護施設で暮らす子どもたちは、複合的なトラウマ(Complex Trauma)を経験している場合が多く、これがてんかん関連症状の発現と管理に大きな影響を与えます。虐待・ネグレクトによる直接的な脳損傷と、慢性的なストレスによる脳機能への影響が複合し、通常の医学モデルだけでは理解困難な症状が現れることがあります。
複合的トラウマの影響
- 身体的虐待による脳外傷──揺さぶられ症候群、頭部打撲、窒息による低酸素脳症が器質的てんかんの原因となる
- 慢性的ストレスによる神経発達への影響──海馬・扁桃体・前頭皮質の発達阻害、HPA軸(視床下部-下垂体-副腎軸)の異常
- 愛着障害と情動調節困難──感情のコントロール困難が「発作のような」症状として現れることがある
- 解離症状──意識変容・記憶障害・現実感喪失が、意識障害を伴う発作と紛らわしい
- PTSD症状──フラッシュバック・侵入思考・回避行動が日常生活に影響
- 学習面・認知面の遅れ──発達性の課題とてんかん性認知障害の複合
これらの背景により、児童養護施設では「純粋な」てんかんと「純粋な」行動問題という二分法では対応できない複雑なケースが多く見られます。症状がてんかん由来か、トラウマ由来か、両方の相互作用によるものかを判断することは、専門医でも困難な場合があります。
2.PNES(心因性非てんかん発作)──「演技」ではない脳の反応
PNES(Psychogenic Non-Epileptic Seizures)は、脳波上のてんかん性放電を伴わないが、発作のような症状が現れる現象です。「心因性」という名称から「心の問題」「演技」「仮病」と誤解されがちですが、これらは意識的にコントロールできない、真の神経学的症状です。
特に重要なのは、トラウマ体験のある子どもにPNESが高頻度で見られることです。虐待・ネグレクトの既往がある児童におけるPNES発症率は、一般人口と比べて顕著に高いことが報告されています。
PNESを理解する上で最も重要なことは、これが意図的な「演技」ではないという点です。トラウマを受けた脳が、過度のストレス状況に対して解離という防衛機制を発動することで生じる、脳の正常な(しかし不適応的な)反応です。
児童養護施設でPNESが疑われる症状が見られた場合、職員が避けるべき対応:
- 「演技だ」「嘘をついている」と決めつける
- 「本物の発作ではない」と軽視する
- 症状を無視する・注意を向けない
- 「気持ちの問題だから気をしっかり持てば治る」と説教する
- 他の子どもの前で「偽物の発作」と説明する
適切な対応は、本人の苦痛を真摯に受け止め、安全を確保し、医学的評価を求めることです。PNESの診断は専門医による長期的な観察・脳波検査・心理学的評価を必要とし、施設職員が独断で判断すべきものではありません。
PNESの特徴
- 心理的ストレス後の発症──叱責、対人関係のトラブル、嫌な記憶の想起、環境変化の後
- 意識レベルの変動──完全に意識を失っているように見えても、周囲の声や刺激に反応することがある
- 運動症状の多様性──けいれん様運動、脱力、硬直、振戦、非対称な動きなど、てんかん発作より多彩
- 持続時間の長さ──通常のてんかん発作(1〜2分)より長時間持続することが多い(数分〜数十分)
- 発作後の症状──混乱や記憶障害が軽度、または急速に回復することがある
- 誘発・軽快因子──特定の人物、場所、話題で誘発されたり、安心できる環境で軽快したりする
- 抗てんかん薬への反応──薬剤増量しても発作頻度に変化がない
PNESの背景にある心理社会的要因
- トラウマ体験──性的虐待、身体的虐待、心理的虐待、ネグレクト
- 愛着の問題──安定した愛着関係の欠如、複数回の養育者交代
- 感情表現の困難──言葉で感情を表現することが困難な子どもが、身体症状で苦痛を表現する
- 注意・関心を引く機能──適切な方法で関心を得られない環境での適応的反応
- コントロール感の回復──自分の身に起こることをコントロールできない状況での、唯一のコントロール手段
- 学習性無力感──何をしても状況が改善しないという学習された諦め
3.PNESとてんかんの鑑別──施設職員が知るべきポイント
PNESとてんかんの鑑別診断は専門医でも困難な場合があり、長期間の脳波モニタリングによる確定診断が必要です。また、PNESとてんかんが同じ人に併存することも珍しくありません。施設職員に求められるのは確定診断ではなく、適切な観察と記録です。
| 観察項目 | てんかん発作の特徴 | PNESの特徴 |
|---|---|---|
| 発症のタイミング | いつでも起こりうる(睡眠中も含む) | 覚醒時、人がいる場所、ストレス状況で多い |
| 症状の開始 | 突然始まる | 徐々に始まることが多い |
| 運動の特徴 | 規則的、対称的(GTCS)、または片側性(焦点発作) | 不規則、非対称、複雑な動き |
| 目の動き | 上転、側転、閉眼など一定 | 瞼の痙攣、強く閉眼、意図的な瞬き |
| 持続時間 | 通常1〜2分以内 | 数分〜数十分と長時間 |
| 意識 | 完全消失または部分的減損 | 変動的、刺激への反応が保たれることがある |
| 発作後状態 | 混乱、疲労、記憶障害が持続(数分〜数時間) | 急速に回復、または長時間の「疲労感」 |
| 外傷 | 舌咬傷、失禁、転倒による外傷 | 稀、または軽度 |
| 誘因 | 睡眠不足、発熱、点滅光、薬剤変更 | 心理的ストレス、特定の人・場所・話題 |
PNESとてんかんが同一人物に併存することは決して稀ではありません(約30〜50%で併存)。特に、器質的脳損傷の既往がある子どもでは、真のてんかん発作とPNESの両方が起こる可能性があります。
これは診断上の重要な意味を持ちます:
- 「PNES診断」=「抗てんかん薬不要」ではない
- 一部の「発作」がPNESでも、他の発作は真のてんかんかもしれない
- 症状の改善がない場合、併存の可能性を検討する必要がある
- 脳波で異常がない発作があっても、すべてがPNESとは限らない(深部てんかんは脳波に現れにくい)
施設職員に求められるのは、すべての「発作様症状」を丁寧に記録し、パターンの違いを観察することです。「いつもと同じ発作」「いつもと違う発作」の区別が、診断精度向上の鍵となります。
4.外傷後症候性てんかん──脳外傷と虐待の医学的関連
虐待による外傷性脳損傷(TBI: Traumatic Brain Injury)は、症候性てんかんの重要な原因となります。児童養護施設で暮らす子どもたちの中には、虐待による頭部外傷が原因で真のてんかんを発症している方がいます。
虐待による頭部外傷の種類
- 乳幼児揺さぶり症候群(SBS: Shaken Baby Syndrome)──現在は「Abusive Head Trauma(AHT)」と呼称。激しい揺さぶりによる脳挫傷・硬膜下血腫
- 直接的な頭部打撲──殴打、投げ飛ばし、床や壁への衝突
- 窒息による低酸素脳症──首締め、口鼻閉塞、溺水による脳の酸素欠乏
- 反復する軽度の頭部外傷──一回一回は軽微でも、累積的に脳損傷を引き起こす
外傷後てんかんの特徴
- 外傷から発症までの期間──即座に発症する場合もあれば、数年後に発症する場合もある
- 発作型──損傷部位により多様。前頭葉損傷では複雑部分発作、頭頂・側頭葉では感覚症状を伴う発作
- 薬剤抵抗性──外傷性てんかんは薬剤コントロールが困難な場合が多い
- 認知・行動面の症状──記憶障害、注意障害、易怒性、衝動性を伴うことが多い
- 画像所見──MRIで脳萎縮、血腫跡、脳軟化巣などが見られることがある
施設での外傷歴の把握
入所時の情報収集で、以下の外傷歴を可能な限り把握します:
- 乳幼児期の頭部外傷・入院歴
- 意識消失を伴う事故の既往
- 虐待による救急外来受診歴
- 過去の脳画像検査(CT・MRI)の結果
- 発達の遅れと頭部外傷の時期的関係
ただし、虐待の詳細について子ども本人に詳しく聞き取ることは避けます。これは二次受傷(re-traumatization)を防ぐためです。情報は児童相談所、前医、保護時の診療記録から収集することが適切です。
5.服薬管理の困難──拒薬・隠薬・過服薬への対応
児童養護施設での服薬管理は、一般の医療・福祉施設と異なる特有の困難があります。虐待体験のある子どもは、「大人に薬を飲まされる」こと自体にトラウマ反応を示すことがあります。
服薬に関する困難の背景
- 医療トラウマ──過去に医療機関で「怖い思い」をした記憶(注射、拘束、痛い処置)
- コントロールへの反発──自分の身体・意思をコントロールされることへの拒絶反応
- 大人への不信──「大人は自分を傷つける存在」という学習からの薬物拒否
- 副作用への不安──眠気・認知機能低下による学習・活動への影響を恐れる
- スティグマ──「薬を飲む自分は異常」「他の子と違う」という羞恥心
- 認知機能の問題──知的障害・注意障害により服薬の必要性を理解できない
- 反抗期・思春期の心理──大人の指示への反発、自立欲求
服薬アドヒアランス向上のアプローチ
| アプローチ | 具体的方法 |
|---|---|
| 関係性の構築 | まず子どもとの信頼関係を築く。薬のことを話す前に、その子の興味・関心に関わる。「薬を飲ませる人」になる前に「理解してくれる人」になる。 |
| 年齢に応じた説明 | なぜ薬が必要かを、その子の理解レベルに合わせて説明。「頭の中の電気の暴走を防ぐ薬」「脳を守る薬」など、身近な比喩を使う。 |
| 選択権の尊重 | 可能な限り、飲むタイミング・方法について選択肢を提供。「朝食の前と後、どちらが良い?」「水とお茶、どちらで飲む?」など。 |
| 副作用の正直な説明 | 「副作用は一切ない」と嘘をつかない。「眠くなることがあるけど、それは薬が効いている証拠で、体が慣れれば楽になる」など、前向きに伝える。 |
| 成功体験の積み重ね | 服薬できた日は必ず褒める。カレンダーにシールを貼る、好きな活動を優先的に参加させるなど、正の強化を用いる。 |
| ピアサポートの活用 | 同じように薬を飲んでいる年上の子どもに体験を話してもらう。「薬のせいで友だちができない」という不安を軽減。 |
| 家族・重要他者の協力 | 面会時にご家族から服薬の意味を説明してもらう。ただし、家族関係が悪化している場合は慎重に判断。 |
拒薬・隠薬への対応
- 理由の探索──なぜ飲みたくないのか、子どもの言葉で聞く。「薬が嫌い」の奥にある具体的な理由を把握
- 段階的アプローチ──完全拒否の場合、いきなり全量服用を求めず、少量から始めて成功体験を作る
- 剤型の工夫──錠剤が困難なら散剤、散剤が困難なら液剤やゼリー製剤の検討を主治医に相談
- 隠薬の発見時──叱るのではなく、まず安全確認。他の子が誤飲する危険、本人の発作悪化のリスクを説明
- 過服薬への対応──一度に大量服用は生命に関わる。薬の保管場所の見直し、服薬時の観察強化
- 医師との連携──薬剤変更、減量、服薬回数の調整について主治医と相談
児童養護施設では、服薬拒否を「反抗的行動」「問題行動」として捉えがちですが、トラウマインフォームドケアの視点からは、子どもなりの理由がある合理的な反応として理解することが重要です。
拒薬の背景にあり得るもの:
- 「前にこの薬で気分が悪くなった」(副作用体験)
- 「飲むと勉強ができなくなる」(認知機能への心配)
- 「薬を飲む自分は病気だと思われる」(スティグマ)
- 「大人に強制されるのが嫌」(自己決定権への欲求)
- 「発作が起きても自分が悪いと言われるのが嫌」(自己責任感)
これらの「子どもの論理」を理解し、それに対して適切に応答することが、長期的な服薬継続につながります。
6.行動観察の複雑性──発作か行動問題かの見極め
児童養護施設では、てんかん発作と行動問題の境界が非常に曖昧になることがあります。特に思春期の子どもでは、発作後の混乱状態での暴言・暴力、複雑部分発作中の自動症、前頭葉てんかんによる衝動性などが、「問題行動」として誤解されやすい状況があります。
発作症状として現れうる行動
| 発作型 | 症状 | 誤解されやすい「問題行動」 |
|---|---|---|
| 複雑部分発作 | 口をもぐもぐする、手をいじる、衣服をまさぐる、無目的な歩行 | 「指示に従わない」「勝手な行動」「集中していない」 |
| 前頭葉てんかん | 突然立ち上がる、大声を出す、攻撃的な動作、異常な姿勢 | 「授業妨害」「暴力行為」「反抗的態度」 |
| 発作後混乱状態 | 見当識障害、記憶障害、興奮、抵抗 | 「暴言・暴力」「指示無視」「嘘をつく」 |
| 欠神発作 | 数秒〜数十秒の意識消失、動作停止 | 「授業を聞いていない」「呼んでも返事しない」「ぼーっとしている」 |
| 側頭葉てんかん | 恐怖感、既視感、自動症、感情の変化 | 「情緒不安定」「突然泣く」「理由なく怖がる」 |
発作と行動問題の見極めポイント
- 突然性──発作は前触れなく突然始まることが多い。行動問題は通常、何らかのきっかけや文脈がある
- 一貫性の欠如──発作による行動は普段のその子らしさと一致しない
- 記憶の有無──発作中・発作後の行動を本人が覚えていない
- 持続時間──発作は通常数分以内。問題行動は数十分〜数時間続くことがある
- 誘発因子──発作は疲労・睡眠不足・薬剤変更後、問題行動は対人関係・課題困難時
- 事後の反応──発作後は疲労・困惑、問題行動後は後悔・反省または開き直り
児童養護施設では、てんかんのある子どもの行動を「問題行動」として処罰してしまうリスクがあります。これは子どもにとって二重の苦痛となります。
以下のような場合は、処罰・指導の前に医学的評価が必要です:
- 普段とは全く違う突然の行動変化
- 本人が行動を全く覚えていない
- 行動の前後に「ぼんやり」「混乱」がある
- 同じような行動が反復的に起こる
- 薬剤変更後の行動変化
- 睡眠不足・体調不良後の異常行動
これらが見られた場合は、まず発作の可能性を疑い、主治医に相談することが、子どもの人権を守り、適切な治療につながります。
7.思春期の課題──アイデンティティ形成とてんかん
思春期は誰にとっても困難な時期ですが、てんかんのある子ども、特に虐待経験のある子どもにとって、この時期の課題はより複雑になります。自分とは何者か?という根本的な問いに対して、「てんかんのある自分」「施設で育った自分」「虐待された自分」をどう統合するかが重要な課題となります。
思春期のてんかん特有の課題
- 身体イメージの問題──「発作を起こす身体」への嫌悪感、身体への信頼感の欠如
- 自立と依存の葛藤──「一人で大丈夫」という欲求と、発作時の援助の必要性
- 将来への不安──進学・就職・結婚・出産に対するてんかんの影響への心配
- 服薬への反発──「薬なしで生きたい」という願望と、現実的必要性
- 友人関係の困難──発作を見られることへの恐怖、カミングアウトの困難
- 異性関係への不安──恋愛・性的関係におけるてんかんの影響への心配
- 自己効力感の低下──「自分には何もできない」という学習された無力感
思春期支援のポイント
- 肯定的なアイデンティティ形成の支援──「てんかんのある自分」も含めた自己受容の促進
- 正確な医学知識の提供──てんかんに関する偏見・迷信を修正し、科学的理解を深める
- ロールモデルとの出会い──てんかんのある成人の成功例、社会参加例の紹介
- 自己決定権の段階的拡大──年齢に応じて、治療・生活に関する決定への参加を増やす
- ピアサポートの活用──同じ悩みを持つ同世代との交流機会の提供
- 将来設計の現実的支援──進路選択、職業選択に関する具体的情報提供
- 性教育・恋愛教育──てんかんと妊娠・出産、遺伝に関する正しい知識
思春期の服薬中断への対応
思春期には「薬をやめたい」「普通の人になりたい」という願望から、無断で服薬を中止するケースがあります。これは自然な心理的反応ですが、突然の中止は重篤な発作や重積状態を引き起こすリスクがあります。
- 気持ちの理解と受容──「薬をやめたい」気持ちを責めるのではなく、自然な欲求として理解
- 段階的な目標設定──「いずれは薬を減らせる可能性」を主治医と相談
- 中断のリスクの具体的説明──「死ぬ」などの脅しではなく、発作悪化の現実的リスク
- 自己モニタリングの導入──薬効・副作用の記録により、薬の必要性を客観視
- 家族・重要他者との対話──服薬継続の意味を多角的に検討
8.自立に向けた支援──18歳の措置解除を見据えて
児童養護施設の最も重要な使命の一つは、18歳での措置解除後に子どもたちが自立して生活できる基盤を築くことです。てんかんのある子どもの場合、医療的管理・服薬管理・就労・生活技能すべてにわたって、より綿密な自立支援計画が必要となります。
自立に向けて育てるべきスキル
| 領域 | 具体的スキル |
|---|---|
| 医療的自己管理 | 服薬スケジュールの管理、薬剤の補充・発注、副作用の自己観察、受診予約の取り方、主治医との相談方法、緊急時の対応(119番・頓服使用) |
| 発作記録と情報伝達 | 発作の自己記録、職場・学校への適切な情報開示、緊急連絡先の整理、医療情報カードの携行 |
| 就労準備 | てんかんに関する職業制限の理解、就労移行支援制度の活用、職場での配慮事項の説明、ハローワークの障害者雇用窓口の利用 |
| 住居確保 | グループホーム・一般住宅の選択、地域の障害福祉サービスの申請、生活保護制度の理解、家賃・光熱費の管理 |
| 経済管理 | 障害年金の申請、医療費助成制度、家計簿の作成、銀行口座の管理、社会保険の手続き |
| 対人関係・社会参加 | 適切な自己開示、困った時の相談先、地域の支援機関とのつながり、余暇活動への参加 |
段階的自立支援プログラム
自立支援は急に18歳で始めるのではなく、中学生頃から段階的に進めることが重要です。
- 中学生段階(13〜15歳)──てんかんに関する基礎知識の習得、服薬の意味理解、発作時の自己対処法
- 高校生前期(16〜17歳)──医療機関の受診同行、進路選択時のてんかん配慮事項の検討、アルバイト体験
- 高校生後期(17〜18歳)──一人での通院練習、就労体験、住居見学、福祉制度の申請練習
- 措置延長期(18〜20歳)──実際の一人暮らし体験、就労継続支援、定期的な振り返りとフォロー
2017年の児童福祉法改正により、22歳まで措置延長が可能となりました。てんかんのある子どもの場合、この制度を積極的に活用し、段階的な自立支援を行うことが推奨されます。
措置延長を活用した自立支援の例:
- 18歳で高校卒業後、就労移行支援事業所に通いながら施設をベースとする
- 19歳でグループホーム体験利用、20歳で本格移行
- 21歳で一人暮らし開始、22歳で完全自立
- この間、施設は「安全基地」として機能し、困った時の相談窓口となる
てんかんのある子どもにとって、18歳での急激な環境変化は発作悪化のリスクがあります。ゆっくりと着実に自立に向かうことが、長期的な成功につながります。
9.関係機関との連携──医療・教育・司法・家庭裁判所
児童養護施設でのてんかん支援は、施設だけで完結するものではありません。多様な専門機関との連携により、包括的で継続性のある支援を提供します。
主要な連携機関と役割
- 児童相談所──措置決定、自立支援計画策定、家族関係調整、成人期サービスへの移行調整
- 医療機関──てんかん専門医、小児神経科、精神科、心理検査・カウンセリング
- 学校・教育委員会──特別支援教育、個別指導計画(IEP)、進路指導、合理的配慮
- 障害福祉サービス事業所──就労移行支援、生活介護、グループホーム、相談支援
- ハローワーク──障害者雇用、職業紹介、職場適応支援
- 家庭裁判所──親権に関する法的手続き、成年後見制度の検討
- 地域の支援機関──保健所、市町村障害福祉課、社会福祉協議会
効果的な連携のポイント
- 情報共有の標準化──各機関で一貫した情報(発作型、服薬、配慮事項)が伝わる書式の作成
- 定期的なケース会議──年2〜4回、関係者が一堂に会する機会の設定
- 役割分担の明確化──「誰が何を担当するか」を明文化し、責任の空白を作らない
- 緊急時連絡体制──夜間・休日の発作時に誰にどの順番で連絡するかの事前取り決め
- 移行期の丁寧な引き継ぎ──措置解除、転校、転院時の情報継承
- 当事者参加の原則──本人(年齢に応じて)も含めた支援計画の策定
10.職員のメンタルヘルス──二次受傷の予防
児童養護施設で働く職員は、子どもたちのトラウマ体験に日常的に接することで、二次受傷(Secondary Trauma)や燃え尽き症候群(Burnout)のリスクがあります。特に、てんかん発作という「生命に関わる事象」を目撃し続けることは、職員にとって大きな心理的負担となります。
職員が感じる困難とストレス
- 発作目撃のトラウマ──重篤な発作、救急搬送を繰り返し経験することの心理的衝撃
- 責任の重さ──「自分の判断ミスで命に関わる」というプレッシャー
- 専門知識への不安──てんかんの医学的知識が不足している時の対応への不安
- 家族対応の困難──虐待をしたご家族への複雑な感情
- 制度的限界への無力感──18歳で措置解除される制度への疑問
- 子どもからの攻撃的行動──PNESやてんかん関連行動問題への対処困難
- 同僚との意見対立──「発作か問題行動か」の判断で職員間の見解が分かれる
職員支援の仕組み
- 定期的なスーパービジョン──経験豊富なスーパーバイザーによる個別相談の機会
- 症例検討会──困難ケースを職員全体で検討し、対応策を共有
- 外部研修の機会──てんかん・トラウマ・子ども支援に関する専門研修への参加
- メンタルヘルス相談──職員専用のカウンセリング・心理相談窓口
- ペアワーク・チームワーク──一人で抱え込まないペア制、チーム制の導入
- 勤務調整──過重な責任を一人に集中させない勤務体制
- 成功体験の共有──子どもたちの成長・回復を職員間で積極的に共有
児童養護施設では、職員が「完璧でなければならない」「常に冷静でなければならない」というプレッシャーを感じがちです。しかし、トラウマを受けた子どもたちにとって必要なのは、完璧な職員ではなく、人間らしい感情を持ちながらも安全で安心できる大人です。
職員の健康を保つための基本認識:
- 発作を見て動揺するのは自然な反応──恥ずかしがる必要はない
- すべての子どもを救えるわけではない──限界を受け入れることも必要
- 失敗から学ぶことが、より良い支援につながる
- 一人で抱え込まず、チームで支援することの重要性
- 自分自身のメンタルヘルスが、質の高い支援の前提条件
施設管理者は、職員が助けを求めやすい雰囲気作りと、職員の心身の健康を最優先にする姿勢が不可欠です。
11.児童養護施設職員のためのまとめ
- PNESは「演技」ではなく脳の正常な防衛反応──トラウマ体験のある子どもの神経学的症状として理解
- 外傷後症候性てんかんの可能性を常に念頭に──虐待による頭部外傷歴の把握と医学的評価
- PNESとてんかんは併存する──どちらかではなく両方の可能性。すべての発作様症状を丁寧に記録
- 服薬拒否は「問題行動」ではなく「コミュニケーション」──子どもなりの理由を理解し、関係性構築から始める
- 「問題行動」の前に発作の可能性を検討──処罰する前に医学的評価。前頭葉てんかん・発作後混乱への理解
- 思春期のアイデンティティ形成を支援──「てんかんのある自分」も含めた自己受容の促進
- 18歳措置解除に向けた段階的自立支援──中学生から始める医療的自己管理スキルの育成
- 措置延長を活用した丁寧な移行──急激な環境変化による発作悪化を避ける
- 多機関連携による包括的支援──医療・教育・福祉・司法の協働
- 職員のメンタルヘルスを最優先──二次受傷予防とチーム支援体制の構築
Summary of Chapter VII
児童養護施設で暮らす子どもたちは、複合的なトラウマを背景とした特有のてんかん関連症状を示す。虐待・ネグレクトによる直接的脳損傷(外傷後症候性てんかん)と心的外傷による心因性非てんかん発作(PNES)が複合し、従来の医学的診断だけでは対応困難な状況が生じる。
PNESは「演技」「仮病」ではなく、トラウマを受けた脳の正常な防衛反応である。施設職員は症状を「問題行動」として処罰するのではなく、本人の苦痛を真摯に受け止め、医学的評価を求める姿勢が必要である。重要なのは、PNESとてんかんが約30〜50%で併存する事実で、「どちらか」ではなく「両方」の可能性を念頭に置いた観察と記録が求められる。
服薬管理では、拒薬を「問題行動」ではなく「コミュニケーション」として理解することが基本となる。医療トラウマ、コントロールへの反発、大人への不信など、子どもなりの合理的理由があることを前提に、関係性構築から始める段階的アプローチが有効である。
思春期は「てんかんのある自分」を含むアイデンティティ統合の課題があり、肯定的な自己受容を支援する。18歳措置解除に向けては、中学生段階から医療的自己管理・就労準備・経済管理などの段階的自立支援を行い、措置延長制度を活用した丁寧な移行が推奨される。
施設職員は子どもたちのトラウマ体験に日常的に接することで二次受傷のリスクがある。発作目撃の心理的衝撃、責任の重さ、専門知識への不安などに対し、定期的スーパービジョン・症例検討会・メンタルヘルス相談・チームワーク体制が不可欠である。「完璧な職員」ではなく「人間らしい職員」として、自身の限界を受け入れながら、チームで子どもたちの複雑なニーズに応える──これが児童養護施設におけるてんかん支援の本質である。