フランスの精神医療体制ー序文

はじめに

セクトリザシオン(小区域精神科医療)のシステムは,フランス厚生省とポーメル,ドーメゾン,工一らの精神科医達との共同作業によりフランス全土に施行するようされたものである。最初の通達は1960年になされているが,実際に施行されたのは1970年からである。これは人口6万人から7万人を一小区域とする地域単位を制定し,そこに精神科無料診療所(ディスパンセール)と呼ばれる外来診療所兼精神衛生相談機関を設ける。もし入院加療が必要な場合は,それぞれの小区域と連携する病院あるいは病棟が担当する。そして,これらの患者の外来診療,入院加療ともに一貫してその小区域の精神科医療チームが対応する,というシステムである。

このような制度は,精神科治療法の効率化という点では大きな功績をもたらし,精神医学における第四の革命(第一はピネルからエスキロールにいたる歩み,第二は精神分析学の登場,第三は精神科薬物療法の発展である。)とも言われてはいる。しかし,バリュックなどは,このシステムの中では,患者として自由に医療機関を選ぶことができず,一方的に管埋されてしまうものである,として反対している。このように,フランス国内においても異論があるものであり,ヨーロッパの隣国においてもすぐさまこのような方策は踏襲されず,ドイツ,イタリア,スウェ一デン等で,地域を限定して試行的にその功罪を検討しているようである。その結果,このような制度は医療行政の効率化につながることは事実であるが,患者自身の治療に対する満足感の問題や,その管理的な側面に対する感情的な反発も根深いことが指摘されている。

このような意味で,フランスの小区域制度を手放しで称賛し,これを規範的な制度であると見なすことには慎重にならざるをえない,と思われる面があるのは事実である。しかし,精神科医療の効率化や内容の充実について論議する場合,多くの修正は必要であることはもちろんであるが,参考にしなければならない制度の一つであることは間違いない。日本においては,このシステムについての簡単な紹介が,何編かの論文や著書の中でなされてはいるが,詳細なものがなく,十分に周知されていないようである。1983年,本制度施行後約10年の経験をふまえたSERVICE SOCIALET PSYCHIATREIEと題した報告書が出版された。本論文においては,小区域精神医療チームの詳細な解説がなされている第4章を全訳して紹介する。なお,今回紹介するシステムは大人の精神障害著を対象としたものであるが,これと同等の制度に児童を対象とするものもあり,そこでは医療,福祉関係者だけではなく,教育関係著や社会学者も構成要員として含まれている。本邦においては行政面や医療法上の制約から,学校教育現場での精神衛生についてのケアは十分になされているとは言い難い。児童を対象とした精神科医療チームという発想は,このような面の改善策としても参考になることが多々あるかと思われるが,その点については別の機会に紹介と考察を試みるつもりである。

なお最近の精神科医療の状況の一端はJMA PRESS NETWORKの記事に掲載されている。

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