第 4 章 ・ ICD-11 ・ 6A6 – 6A8

気分症群

うつ病性障害および双極症

本章では、ICD-11 において「気分症群」と呼ばれる一群の障害を見渡す。気分症群は、本書の関係諸職種が職場・学校・福祉・医療の現場で最も頻繁に出会う障害群である。休職・休学や復職・復学をめぐる議論の中心となる障害群でもある。その意味で、本書全体を通じて最も実用的な意義をもつ章といえる。

気分症群とは

気分症群は、双極症および関連症群と、抑うつ症群という二つの大きな下位群を含む障害群である。どちらの下位群も、特定の「気分エピソード」と、それが時間の経過のなかでどのようなパターンをとるかによって定義される。

気分エピソードには、抑うつエピソード、躁エピソード、軽躁エピソード、混合エピソードの四種類がある。これら自体は単独で診断されるカテゴリーではなく、各障害を組み立てる単位として用いられる。つまり、どの種類のエピソードが、どのような組合せと経過で現れたかによって、双極症 I 型、双極症 II 型、気分循環症、単一エピソード抑うつ症、反復性抑うつ症、気分変調症、混合抑うつ不安症のどれに当てはまるかが決まる。

気分エピソード

抑うつエピソード

抑うつエピソードは、抑うつ気分または興味・喜びの著しい減退を中心に、複数の特徴的な症状が同時にそろって続く状態をいう。診断の要件としては、以下の三つの症状クラスター(症状のまとまり)から合計 5 症状以上が、一日の大半において、ほとんど毎日、少なくとも 2 週間以上にわたり同時に認められることが求められる。そのうち少なくとも 1 つは、感情クラスターに属する症状でなければならない。この三クラスターへの整理は、CDDR(ICD-11 の「臨床記述と診断要件」。診断のための詳しい手引き)が採用している分類である。つまり、オンラインの ICD-11 ブラウザ(Browser)上の簡略な表記とは異なり、CDDR のこの分類は、本人の体験をあらゆる面から捉えるための語彙として用意されている。

感情クラスター

少なくとも 1 つ必須

  • 抑うつ気分(沈んでいる、悲しい、涙もろい、敗北感がある等として現れる)
  • 従来は楽しめていた活動への興味や喜びの著しい減退
認知・行動クラスター
  • 注意・集中の困難、または著しい優柔不断(物事を決められない状態)
  • 自己評価の低下・無価値感、または過度で不適切な罪責感(自分を責める気持ち。抑うつであること自体への自責のみの場合は、この項目には数えない)
  • 絶望感
  • 死についての繰り返し浮かぶ考え、自殺念慮(自殺についての考え)や自殺行動
自律神経性クラスター(睡眠・食欲など身体の基礎的な働きの症状)
  • 睡眠の障害(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、または過眠)
  • 食欲・体重の変化
  • 外部から観察される精神運動性の興奮または制止(動きや話し方が目に見えて落ち着かなくなる、または遅く乏しくなる)
  • 易疲労性(疲れやすさ)とエネルギーの減退

三クラスターから合計 5 症状以上、うち 1 つは感情クラスターから、ほとんど毎日 2 週間以上続くことが診断の要件となる。

CDDR はこれに加えて、次の点も抑うつエピソードの必須要件として定めている。症状が死別(近親者を亡くしたことに伴う通常の悲嘆)ではうまく説明できないこと。他の医学的疾患の現れではなく、物質や医薬品の中枢神経系への作用(離脱の影響を含む)によるものでもないこと。臨床像が混合エピソードの診断要件を満たさないこと。そして、気分の障害が生活の重要な領域(個人・家庭・社会・学業・職業など)に著しい機能障害をもたらしていること——機能が保たれている場合は、著しい追加的な努力によってはじめて保たれている、といえることである。死別との関係についてはこう定められている。愛する人の死からおおむね 6 か月以内(より長い服喪が本人の宗教的・文化的文脈で標準的である場合はそれ以上)の通常の悲嘆は、ある程度の抑うつ症状を含んでいても、抑うつエピソードとはみなさない。ただし、通常の悲嘆の上に抑うつエピソードが重なることはありうる。喪失後 1 か月以上、途切れることなく抑うつ症状が持続すること、喪失と関係のない極端な無価値感や罪責感などの重い症状、精神症症状、自殺念慮、精神運動制止の存在などが、その手がかりとされる。

抑うつエピソードの重症度は、症状の数と強さ、および気分の障害が本人の生活機能に及ぼす影響の程度に基づいて、軽度・中等度・重度に分けられる。これとは別に、中等度および重度のエピソードには「精神症症状(幻覚や妄想などの症状)を伴う/伴わない」の区別が付けられる。軽度のエピソードは、定義上、精神症症状を含まない。中等度または重度の抑うつエピソードに伴う妄想として最も多いのは、被害妄想(架空の罪のために追われている、という思い込みなど)と関係妄想(周囲の出来事を自分に関係づける妄想)であり、これに加えて罪業妄想(重い罪を犯したという思い込み)、貧困妄想(財産を失ったという思い込み)、切迫した破滅の妄想(自分が招いたものと受け止められる)、心気妄想(重い病気にかかっているという思い込み)、虚無妄想(身体の臓器が存在しないという確信など)などが知られている。

この重症度の決め方は、ICD-10 から ICD-11 への移行にあたって変わった点の一つである。ICD-10 は、抑うつエピソードの症状を「典型的症状」三つと「その他の症状」七つに分け、それぞれをいくつ満たすかという症状の個数によって、軽症・中等症・重症を線引きしていた。ICD-11 はこの個数による線引きを採らない。症状の数と強さ、および生活機能への影響の程度をあわせて見る臨床的判断によるものとしている。エピソードの期間(2 週間)の基準は、両者で変わらない。同じ「中等症」という語が、ICD-10 に基づく診断書と ICD-11 に基づく診断書とで、必ずしも同じ手続きを経て付けられているとは限らない——この点は、書面を読むうえで意識しておくに値する。詳しくは本章末の「もっと詳しく:重症度概念の変更——ICD-10 の症状カウントから ICD-11 の強度と機能障害へ」を参照されたい。

躁エピソード

躁エピソードは、本人の普段の状態から著しくかけ離れた極度の気分状態と、活動性または主観的なエネルギーの増加とが、同時に続く状態をいう。一日の大半において、ほとんど毎日、少なくとも 1 週間以上続くことが求められる(治療によって短く収まった場合は、それより短くてもよい)。気分は爽快感、易刺激性(ささいなことで苛立ちやすい状態)、開放性として現れ、複数の気分のあいだをめまぐるしく移り変わることもある。

CDDR では、躁エピソードについては、抑うつエピソードのような三クラスター構造は採られていない。必須の特徴(極度の気分状態と、活動性または主観的なエネルギーの増加)と、それに加わる追加症状という、二段構えの構造で記述される。以下に、その構成をそのまま示す。

必須の特徴

二つとも必須

  • 本人の平素の気分から著しく逸脱した、観察可能または本人の申告による極度の気分状態(爽快感、易刺激性、または開放性として現れる)。複数の気分状態のあいだをめまぐるしく移り変わることもある(気分易変性)
  • 本人の平素の水準からの著しい変化を示す活動性の増加、または増大した主観的なエネルギー感覚
追加症状

いくつか(several)が認められること

  • 話したい衝動に駆られる多弁、または促迫的な発話
  • 観念奔逸、または急速な・疾走するような思考の体験
  • 自尊心の高揚または誇大性
  • 睡眠欲求の減少
  • 転導性(注意散漫)
  • 衝動的で無謀な行動
  • 性欲・社交性・目標指向性活動の増加

必須の特徴二つが同時に、一日の大半において、ほとんど毎日、少なくとも 1 週間以上(治療によって短く収まった場合は、それより短くてもよい)続くこと。これに加えて、本人の平素の行動や主観的状態からの著しい変化を示す追加症状が、いくつか認められること。この両方が診断の要件となる。追加症状については、CDDR は最小個数を数値で定めず、「いくつか(several)」という表現にとどめている。

もっと詳しく:ACE モデルによる躁エピソードの整理(Malhi & Bell)

上に示したのは CDDR 自身の記載の構成である。これに対して、Tyrer 編 ICD-11 解説書の気分症の章を担当した Malhi & Bell は、ACE モデル(Activity = 活動、Cognition = 認知、Emotion = 感情)という三領域の枠組みを採用し、抑うつと躁の両方に当てはめられる並行的な構造を示している。躁エピソードの症状をこの三領域に配分すると、以下のようになる。アスタリスク(*)が付いた二項目——活動領域の「エネルギーの増加」と感情領域の「極度の気分状態」——が、CDDR の定める必須の特徴に当たる。

Activity(活動)
  • エネルギーの増加*(必須)
  • 睡眠欲求の減少(数時間の睡眠で活動できる状態)
  • 衝動的・無謀な行動
  • 性欲・社交性・目的に向かう活動の増加
Cognition(認知)
  • 発話の促迫・饒舌(話したい衝動に駆られ、しゃべり続ける状態)
  • 自尊感情の高揚または誇大性(自分を実際以上に大きな存在と感じること)
  • 転導性(注意散漫)の増加
Emotion(感情)
  • 極度の気分状態*(必須):爽快感、易刺激性、開放性、気分易変性(気分の変わりやすさ)
  • 観念奔逸(考えが次々と移り、しばしば論理的でなくなる)、思考の急速化

この整理は、CDDR の項目を活動・認知・感情の三領域に Malhi & Bell が再配置したものであり、症状の内容そのものに追加や省略はない。ただし、CDDR 原文が採る構成自体は、この三領域ではなく、本文に示した二段構え(必須の気分・活動の基準+追加症状のフラットなリスト)である。診断書や意見書は CDDR の構成に沿って書かれるため、本書の本文も CDDR の構成のままとした。ACE モデルは、症状を見渡すための補助的な枠組みとして用いるのがよい。

なお、抑うつエピソードについても同じ ACE の三領域による整理が可能である。CDDR の三クラスターとの対応関係は、本章末の「もっと詳しく:抑うつエピソードの症状を二つの分類体系から見る」に掲げた。

出典:Malhi GS, Bell E「気分症(Mood Disorders)」, in Tyrer P(ed.), Making Sense of the ICD-11: For Mental Health Professionals, Cambridge: Cambridge University Press(Royal College of Psychiatrists); 2023, 第 4 章 図 4.2 を参考に、CDDR の定める要件と食い違わないように整理し直したものである。

躁エピソードは、精神症症状を伴う場合も伴わない場合もある。伴う場合に代表的なのは、誇大妄想(特別な使命や能力をもっているという確信)、被害妄想、関係妄想(周囲の出来事を自分に関係づける妄想)などの妄想であり、幻覚は妄想に比べると少ない。また躁エピソードの定義には、次のいずれかを伴うことが含まれている。すなわち、著しい機能障害、自分や他者への危害を防ぐための集中的な治療(入院など)、または精神症症状である。

抑うつエピソードにも躁エピソードにも精神症症状が伴うことがある。ただし ICD-11 では、気分エピソードに伴う精神症症状は、統合失調感情症(6A21)および気分症状を伴う統合失調症(6A20.xx + 6A25.2 / .3)とは別の診断カテゴリーに位置づけられる。この三者をどう見分けるかの概要と、ICD-11 における統合失調症の症状領域および症状特定子(6A25)の体系については、第 2 章「統合失調症または他の一次性精神症群」所収の「もっと詳しく」を参照されたい。

軽躁エピソード

軽躁エピソードは、躁エピソードと同じ系統の症状を示すが、症状はより軽い状態をいう。職業・社会・家庭の生活に著しい支障をきたすほどではなく、入院を要するほどでもなく、精神症症状も伴わない。持続については、一日の大半において、ほとんど毎日、少なくとも数日間続くことが求められる(CDDR は日数の厳密な区切りを定めていない)。本人にとっては、生産性が高まり活力に満ちた状態として体験されるため、必ずしも「病気である」という感覚を伴わない。このことが、診断と治療につながるうえでの困難の一因となる。

混合エピソード

混合エピソードは、躁エピソードにみられる顕著な症状と、抑うつエピソードにみられる顕著な症状とが、それぞれ複数、同じエピソードのなかで同時に、あるいは急速に(日ごとに、または同じ日のうちに)入れ替わりながら現れる状態をいう。症状には、躁エピソードまたは抑うつエピソードに合致する気分状態の変化(抑うつ気分、不快気分、爽快気分、または開放的気分)が含まれていなければならない。CDDR では、この状態が一日の大半において、ほとんど毎日、少なくとも 2 週間以上続くことが求められる(治療によって短く収まった場合は、それより短くてもよい)。気分の変動が激しく、易刺激性、焦燥、不眠、観念奔逸が、抑うつ気分や絶望感と同居する。そのため自殺の危険が高まる時期として、臨床的に重視される。

抑うつ症群

抑うつ症群は、躁・軽躁・混合エピソードをこれまでに経験したことがなく、抑うつエピソードだけが現れる障害群である。以下の四つのカテゴリーが含まれる。

単一エピソード抑うつ症(6A70)。抑うつエピソードを一回だけ示し、過去に他の気分エピソードの既往(過去にかかった記録)がないものをいう。重症度(軽度・中等度・重度)と精神症症状の有無、そして現在の状態(症状を示す状態、部分寛解、完全寛解。寛解とは症状がほぼ消えた状態をいう)の特定子(診断に付け加える細かい区分)が付けられる。

反復性抑うつ症(6A71)。抑うつエピソードを 2 回以上示し、過去に躁・軽躁・混合エピソードの既往がないものをいう。エピソードとエピソードのあいだには、著しい気分の障害のない期間が数か月にわたって挟まれることが求められる。なお、気分変調症(後述)の上に抑うつエピソードが重なった場合には、エピソードの前にあった慢性的な気分変調症の状態に戻ることで、この「あいだの期間」の要件は満たされる。経過の長さや再発の頻度は、人によって大きく異なる。

気分変調症(6A72)。少なくとも 2 年以上にわたり、一日の大半を占める抑うつ気分が、抑うつ気分のない日よりもある日のほうが多いという頻度で続く状態である。症状の数や持続は、少なくとも発症からの 2 年間、抑うつエピソードの診断要件を満たすほどには至らない。しかし長く続くことによって、本人の生活全体に静かに影響を及ぼす。なお、短い無症状の期間があってもよいが、発症以来、長く続く無症状の期間(2 か月以上続くものなど)があってはならない。また、発症から 2 年を過ぎた後に抑うつエピソードの要件を満たす状態が現れた場合には、気分変調症と抑うつ症(単一エピソードまたは反復性)の両方が診断されうる。

混合抑うつ不安症(6A73)。抑うつ症状と不安症状のどちらもが、2 週間以上にわたり、その期間の大半において認められるが、どちらの症状も単独では抑うつ症や不安・恐怖関連症の診断基準までは満たさない場合に用いられる。

双極症および関連症群

双極症および関連症群は、躁・軽躁・混合エピソードのいずれかをこれまでに経験しており、多くの場合、抑うつエピソードも伴う障害群である。

双極症 I 型(6A60)。少なくとも一回の躁エピソードまたは混合エピソードの既往があることを満たす必要がある。抑うつエピソードは、ほとんどの症例で経過のなかに認められるが、必須の要件ではない。現在のエピソードの種類と重症度、寛解状態の特定子が付けられる。なお CDDR には、過去に躁エピソードまたは混合エピソードの既往がある場合、現在の躁エピソードまたは混合エピソードの診断には所定の持続期間(躁 1 週間、混合 2 週間)を要しない、という注が置かれている(他の診断要件がすべて満たされている場合に限る)。再発のときには、期間の経過を待たずに診断し対応してよい、という趣旨である。

双極症 II 型(6A61)。少なくとも一回の軽躁エピソードと、少なくとも一回の抑うつエピソードの既往があることを満たす必要があり、かつ躁エピソードや混合エピソードの既往がないものをいう。臨床の場では、しばしば抑うつ症として治療されている。しかし軽躁エピソードの存在を見逃すと、双極症として本来受けるべき治療の道筋を取り損なう恐れがある。

気分循環症(6A62)。少なくとも 2 年以上続く気分の不安定さを中心とする障害であり、そのあいだ、軽い高揚の時期と軽い抑うつの時期とが数多く、入れ替わりながら現れる。CDDR によれば、高揚の時期は軽躁エピソードの診断要件を満たしていてもいなくてもよい。これに対して抑うつの時期は、少なくとも発症からの 2 年間、抑うつエピソードの診断要件を満たしたことがないことが求められる。また、躁エピソードまたは混合エピソードの既往がないことも要件である。気分の症状は、症状のない日よりある日のほうが多いという頻度で存在し、発症以来、長く続く無症状の期間(2 か月以上続くものなど)があってはならない。さらに、持続する気分の不安定さを体験することについての著しい苦痛、または生活の重要な領域における著しい機能障害のいずれかを伴うことが要件となる(機能が保たれている場合は、著しい追加的な努力によってはじめて保たれていること)。

経過と再発について

気分症群の経過は多様である。最初のエピソードだけで完全に寛解するものもあれば、寛解と再発を繰り返すもの、慢性化するものもある。反復性抑うつ症および双極症では、複数回のエピソードを経るのが典型的な経過である。各エピソードが寛解しても、同じ種類のエピソードや別の種類のエピソードが将来また現れる可能性がある。この認識を本人・家族・関係諸職種が共有しておくことが重要である。

抑うつエピソードと並行して、本書の他の章で扱う障害群との併存(同時に別の障害をもつこと)にも注意が必要である。第 5 章の不安・恐怖関連症群、第 7 章のストレス因関連症群、第 12 章の物質使用症および嗜癖行動症群との併存はとりわけ多い。併存は、自殺の危険を含む臨床的な重みを増す要因となる。

成人領域における留意点

気分症群は、本書の関係諸職種にとって、頻度の面でも実務的な重要性の面でも中心となる障害群である。以下、成人領域における留意点を四点に整理しておきたい。

第一に、抑うつエピソードの初期の表れ方は多彩であり、本人や周囲が必ずしも「気分の落ち込み」として気づけるとは限らない。睡眠の変化、食欲の変化、疲れやすさ、注意集中の困難、業務上の判断の遅れ、対人関係の希薄化などとして現れることがある。こうした変化が数週間以上続く場合には、気分症の可能性を念頭に置いた対応が必要である。とくに本人が「自分の弱さの問題」として自分を責めている場合、医療につながること自体に抵抗が生じうる。

第二に、双極症の見落としに注意を要する。双極症 II 型の軽躁エピソードは、本人にとってはむしろ生産性の高い好調な時期として体験されるため、本人からは申告されないことが多い。抑うつエピソードに対して抗うつ薬だけで治療を行うと、双極症の経過では症状を悪化させる場合がある。そのため、過去に高揚した状態がなかったかを丁寧に確認することが、診断と治療の道筋を分ける重要な手がかりとなる。

第三に、休職・休学および復職・復学の判断についてである。気分症群は再発しうる障害群である。したがって、現在のエピソードからの回復を確認することと、その後の経過を見越した支援の枠組みを設けることの両方が必要になる。寛解した直後に急いで復帰すると、再発のリスクが高まることが知られている。段階的な復帰、業務量の調整、必要な場合の配置の検討などが、本人・主治医・家族・関係諸職種のあいだで話し合われる事項となる。診断のラベルそのものが本人の能力を一律に決めるわけではない。現在の症状の状態(活動期、部分寛解、完全寛解)と機能の水準を踏まえた、個別の判断が中心となる。

第四に、自殺の危険についてである。重度の抑うつエピソード、混合エピソード、寛解期から再発に向かう前駆期(再発のきざしが現れる時期)、双極症における抑うつ相、薬物併用や物質使用を伴う例において、自殺の危険は高まる。死についての繰り返し浮かぶ考えや自殺念慮の出現は、医学的な緊急事態である。本人の安全を確保し、速やかに精神科医療につなぐことが、すべての関係者にとって最優先の事項となる。本人がこの種の考えを語った場合、それを「一時的な弱気」と解釈して放置してはならない。適切な相談機関や医療機関への接続を確保すること——この認識を、関係するすべての職種で共有しておくべきである。

もっと詳しく:抑うつエピソードの症状を二つの分類体系から見る(CDDR クラスター × ACE 領域)

本章の本文では、抑うつエピソードの症状を、CDDR が採用する三つのクラスター(感情・認知行動・自律神経性)に従って整理した。一方、躁エピソードについては、本文を CDDR の構成のままとしたうえで、Malhi & Bell が採用する ACE モデル(Activity・Cognition・Emotion)による整理を、躁エピソードの節の「もっと詳しく」に別に示した。この二つの分類体系は、抑うつエピソードの症状にも並行して当てはめることができる。Malhi & Bell は両者の対応関係を一覧にまとめている。本表は、同じ一つの症状が、CDDR の三クラスターと ACE の三領域のそれぞれで、どこに位置づけられるかを示すものである。両分類体系のあいだの「ずれ」を見ることで、抑うつ症状がもつ多面的な性格が浮かび上がってくる。

抑うつ症状 CDDR クラスター ACE 領域
抑うつ気分(児童・青年では易刺激性として現れることもある) 感情 感情
興味・喜びの喪失 感情 感情
自己評価の低下、罪責感、無価値感 認知・行動 感情
注意・集中・判断力の低下 認知・行動 認知
絶望感 認知・行動 認知
死についての反復的な考え、自殺念慮 認知・行動 認知
精神運動性の興奮または制止 自律神経性 認知
食欲・体重の変化 自律神経性 活動
睡眠の障害(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、または過眠) 自律神経性 活動
易疲労性、エネルギーの減退 自律神経性 活動

出典:Malhi GS, Bell E「気分症(Mood Disorders)」, in Tyrer P(ed.), Making Sense of the ICD-11: For Mental Health Professionals, Cambridge: Cambridge University Press(Royal College of Psychiatrists); 2023, 第 4 章 図 4.1「ICD-11 におけるクラスターと ACE モデルにおける領域による抑うつ症状の構成(Symptoms of depression forming clusters in ICD-11 and domains in the ACE model)」より試訳・再構成。

読み方の補足:本表中、太字で示した二項目(「自己評価の低下・罪責感・無価値感」と「精神運動性の興奮または制止」)は、CDDR と ACE のあいだで分類が異なる箇所である。分類体系が違えば、症状の位置づけに多少のずれが生じることがある。ただし、このずれが診断そのものに影響することはない。

もっと詳しく:ICD-11、ICD-10、DSM-5-TR の分類体系と診断要件の対照(気分症)

本書の本文は ICD-11(CDDR)に基づいて記述している。しかし、日本では ICD-11 の正式な日本語訳がまだ公刊されておらず、公刊された後も、さまざまな事情から ICD-10 と DSM-5-TR との並行使用がしばらく続くと見込まれる。気分症群は、本書の関係諸職種が復職審査資料や主治医意見書のかたちで最も頻繁に接する障害群であり、そこに書かれる診断名も、三つの体系のいずれかを根拠として書かれることになる。そのため、三者の対応関係を知っておくことが、書面の読み解きや諸機関との連絡に役立つ。以下に、第 2 章「統合失調症または他の一次性精神症群」と同じ形で、分類体系の対照とエピソード診断要件の対照とを、二つの表に分けて示す。

(一)分類体系の対照

ICD-10 ICD-11 DSM-5-TR
F30–F39 気分(感情)障害
双極症と抑うつ症を一つの章に収める。
6A6–6A8 気分症群
一つの章のなかに、双極症および関連症群と抑うつ症群という二つの下位群を置く。
二つの章に分離
「双極症および関連症群」と「抑うつ症群」を別個の章とする(DSM-5 以来)。
F30 躁病エピソード
単独のカテゴリーとして立てられる(F30.0 軽躁病、F30.1/.2 躁病)。
(独立カテゴリーなし)
躁エピソードまたは混合エピソードがあれば 6A60 双極症 I 型と診断される。気分エピソード自体は診断単位ではない。
(独立カテゴリーなし)
躁エピソードは双極症 I 型の構成要素として規定される。
F31 双極性感情障害
I 型と II 型を区別しない。
6A60 双極症 I 型6A61 双極症 II 型
体系的に区別する。
296.4x–296.7x / F31.1x–F31.7x 双極症 I 型296.89 / F31.81 双極症 II 型
DSM-IV 以来、区別されている。
F34.0 気分循環症 6A62 気分循環症 301.13 / F34.0 気分循環症
F32 うつ病エピソードF33 反復性うつ病性障害 6A70 単一エピソード抑うつ症6A71 反復性抑うつ症 296.2x / F32.x(単一エピソード)/296.3x / F33.x(反復性)
いずれも「うつ病(major depressive disorder)」という一つのカテゴリーのなかの区分として扱われる。
F34.1 気分変調症 6A72 気分変調症
少なくとも発症からの 2 年間は、抑うつエピソードの診断要件を満たさない強さのものに限る。
300.4 / F34.1 持続性抑うつ症(PDD)
抑うつエピソードの基準を満たし続ける重症例も含む。「純粋気分変調症候群を伴う」「持続性抑うつエピソードを伴う」「間欠性抑うつエピソードを伴う」の特定子で区別する。
F41.2 混合性不安抑うつ障害
神経症性・ストレス関連性・身体表現性障害の章に置かれる。
6A73 混合抑うつ不安症
気分症群(抑うつ症群)に置かれる。
(対応カテゴリーなし)
「他の特定される抑うつ症」(311 / F32.89)等としてコード化される。
F31.6 混合性の双極性感情障害 エピソードの一類型として維持され、双極症 I 型の現在のエピソードとして専用コードが与えられる(6A60.96A60.A)。 独立カテゴリーを廃止し、気分エピソードに付ける「混合性の特徴を伴う」特定子として記載する(DSM-5 以来)。
(対応する独立カテゴリーなし。近縁は N94.3 月経前緊張症候群) GA34.41 月経前不快気分障害
第 16 章(泌尿生殖器系の疾患)に分類され、気分症群には参照用として再掲される。
625.4 / N94.3 月経前不快気分障害
抑うつ症群の章に正式なカテゴリーとして置かれる。
(対応カテゴリーなし) (気分症群にはなし)
慢性の易怒性・怒りは 6C90.0「慢性の易怒性—怒りを伴う反抗挑発症」として、秩序破壊的行動症群に置かれる。
296.99 / F34.81 重篤気分調節症(DMDD)
抑うつ症群の章に置かれる(6 歳以上 18 歳未満)。
F43.2 適応障害
遷延した悲嘆に対する独立カテゴリーはない。
6B42 遷延性悲嘆症
ストレス因関連症群に置かれる(本書第 7 章)。
309.89 / F43.8 遷延性悲嘆症
DSM-5-TR(2022)で新設。心的外傷およびストレス因関連症群の章に置かれる。
F06.3 器質性気分(感情)障害F1x.x 物質使用による精神・行動の障害 6E62 二次性気分症候群(他章に関連づける 6E6x の枠)/物質誘発性気分症(第 12 章) 293.83 / F06.3x 他の医学的疾患による双極症・抑うつ症/物質・医薬品誘発性双極症・抑うつ症
第 5 桁による特定
身体性症候群の有無、精神病症状の有無。
6A80 症状特徴・経過特定子
顕著な不安症状、パニック発作、持続性、メランコリア、季節性発症、急速交代型。
エピソード特定子
不安性の苦痛を伴う/混合性の特徴を伴う/急速交代型/メランコリアの特徴を伴う/非定型の特徴を伴う/気分に一致する(一致しない)精神症性の特徴を伴う/緊張病を伴う/周産期発症/季節性パターン。

出典:ICD-10 の欄は WHO ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders(1992/1993)F30–F39 による。ICD-11 の欄は CDDR(6A60–6A80)および Malhi GS, Bell E「Mood Disorders」, in Tyrer P(ed.), Making Sense of the ICD-11, Cambridge University Press, 2023, 第 4 章による。DSM-5-TR の欄は American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed., Text Revision, Washington DC: APA, 2022, pp. 139–176(Bipolar and Related Disorders)および pp. 177–214(Depressive Disorders)、遷延性悲嘆症については pp. 322–327 による。

読み解きの要点は三つある。(一)ICD-11 と ICD-10 は、双極症と抑うつ症を一つの章に収める。DSM-5-TR はこれを二つの章に分ける。米国系の文献やトレーニングを背景にもつ医師の意見書では、両者が完全に独立した疾患群として記述されることがあるのは、この事情による。(二)ICD-11 では、同じ臨床像でも置かれる章が変わったものがある。月経前不快気分障害は泌尿生殖器系の章へ、慢性の易怒性は秩序破壊的行動症群へ移された。DSM-5-TR はいずれも抑うつ症群の章に置く。診断名を手がかりに本書の該当章を探すときは、この違いに注意されたい。(三)混合抑うつ不安症(6A73)は、ICD-11 が気分症群に置く独自のカテゴリーであり、DSM-5-TR には対応するものがない。ICD-10 では神経症性障害の章にあった(F41.2)。同じ臨床像が、体系によって三通りの扱いを受けている。

(二)気分エピソードの診断要件の対照

上の表は、カテゴリーがどこに置かれるかを示したものである。これに対して、個々の気分エピソードをどのような要件で認めるかについても、ICD-11 と DSM-5-TR のあいだに違いがある。ICD-10 との対比は本章末の「もっと詳しく:重症度概念の変更」にゆずり、ここでは ICD-11 と DSM-5-TR の二者を並べる。

観点 ICD-11(CDDR) DSM-5-TR
診断基準の性格 主要な数値基準は定めるが(抑うつ 5 症状以上・2 週間、躁 1 週間、混合 2 週間)、軽躁の期間(「数日」)や躁・軽躁の追加症状の数(「いくつか」)には数値を示さず、臨床的判断の余地を残す。 すべてのエピソードについて、症状数と期間の数値基準を明示する。
抑うつエピソード
の症状
三クラスター(感情/認知・行動/自律神経性)計 10 症状から 5 つ以上。うち 1 つ以上は感情クラスター(抑うつ気分または興味・喜びの減退)。「絶望感」が独立の症状として立てられている。 基準 A の 9 症状から 5 つ以上。うち 1 つは抑うつ気分または興味・喜びの喪失。「絶望感」に相当する独立の項目はない(抑うつ気分の記述に含まれる)。
抑うつエピソード
の期間
2 週間以上、一日の大半において、ほとんど毎日。 同じ 2 週間の期間中、ほとんど一日中、ほとんど毎日。
死別反応との鑑別 除外規定を明文で置く。喪失後おおむね 6 か月以内(文化的・宗教的文脈によりそれ以上)の通常の悲嘆は抑うつエピソードとしない。重畳の指標(1 か月以上途切れない症状、喪失と無関係な極端な無価値感・罪責感、精神症症状、自殺念慮、精神運動制止)を挙げる。 DSM-5(2013)で死別除外項目を撤廃した。代わりに基準 A に脚注を置き、悲嘆と抑うつエピソードの鑑別を臨床的判断に委ねる。遷延した悲嘆については、DSM-5-TR で遷延性悲嘆症を新設して対応した。
重症度の判定 症状の数と強さ、および機能障害の程度による臨床的判断(症状数の数値的な線引きはない)。 同じく、症状の数・強度・機能障害の程度による軽度/中等度/重度の区分(数値的な線引きはない)。
精神症症状と
重症度の関係
重症度に組み込まれる。中等度・重度のそれぞれに「伴う/伴わない」の区別があり、軽度は定義上これを含まない。 重症度から切り離された特定子である。コードの上では両者は排他的で、精神症症状があるときは重症度にかかわらず「精神症性の特徴を伴う」のコードを用いる。さらに気分に一致する/一致しないを区別する。
躁エピソード 必須の特徴 2 つ(極度の気分状態+活動性または主観的エネルギーの増加)が 1 週間以上。加えて追加症状が「いくつか」。著しい機能障害、集中的な治療(入院など)、または精神症症状のいずれかを伴う。 気分の変化と、活動性またはエネルギーの持続的な亢進とが 1 週間以上(入院を要する場合は期間を問わない)。加えて 7 症状のうち 3 つ以上(気分が易刺激性のみの場合は 4 つ以上)。著しい機能障害、入院の必要、または精神症症状を伴う。
軽躁エピソード 「数日(several days)」——CDDR は日数を明示しない(Malhi & Bell はこれを 3 日以上と解釈可能とする)。 連続する 4 日以上と明示。症状数は躁エピソードと同じ 3(易刺激性のみなら 4)以上。他者が観察できる明確な変化であることを要する。
混合の扱い 混合エピソードというエピソードの一類型。躁症状と抑うつ症状が複数、同時または急速に交代しながら 2 週間以上続く。 特定子「混合性の特徴を伴う」。躁/軽躁エピソードに抑うつ症状が 3 つ以上、または抑うつエピソードに躁症状が 3 つ以上、という数値基準で定める。
反復性の
エピソード間隔
エピソードのあいだに、著しい気分の障害のない期間が数か月にわたって挟まれること。 基準を満たさない期間が連続する 2 か月以上挟まれること。
機能障害の扱い 抑うつ・躁のいずれについても、生活の重要な領域における著しい機能障害を必須要件に含める(機能が保たれている場合は、著しい追加的な努力によってはじめて保たれていること)。 臨床的に意味のある苦痛または機能障害を要件とする(基準 B)。苦痛のみでも要件を満たしうる。
双極症 II 型の
位置づけ
軽躁エピソード 1 回以上と抑うつエピソード 1 回以上、かつ躁・混合エピソードの既往がないこと。 同じ要件。DSM-5-TR は本文の記述を改め、双極症 II 型は I 型の「軽い型」ではないこと(抑うつ相に費やされる期間が長く、機能障害も大きいこと)を明記した。

出典:ICD-11 の欄は CDDR(6A60–6A80)および Malhi & Bell(Tyrer 編、第 4 章)による。DSM-5-TR の欄は American Psychiatric Association: DSM-5-TR, Washington DC: APA, 2022, pp. 139–176, 177–214 による(本訳は要約)。

(三)書面を読むうえでの要点

以上の差異のうち、復職審査や職場対応の場面で意識しておくと役立つのは、次の六点である。

第一に、気分症の構造の差異。DSM-5-TR では抑うつ症と双極症が別の章に分かれている。そのため、米国系の文献やトレーニングを背景にもつ医師の意見書では、両者が完全に独立した疾患群として記述されることがある。ICD-11 では、両者は「気分症」という一つのグループのなかにあり、エピソードの種類とその時間的なパターンによって区別される。書面の上で「うつ病」と「双極症」が無関係な二つの病気のように読めても、臨床の実体としては、同じエピソードの組み合わせ方の違いを述べているにすぎない場合がある。

第二に、混合エピソードの扱い。ICD-11 では、混合エピソードはエピソードの一類型として維持され、双極症 I 型の現在のエピソードとして専用のコード(6A60.9、6A60.A)でコード化される。ただし CDDR が明記するとおり、気分エピソード自体は単独で診断される単位ではなく、固有の診断コードをもたない。DSM-5-TR では、混合症状は「混合性の特徴を伴う」という特定子として気分エピソードに付け加える形で記載される。混合エピソードは自殺の危険が高く、治療も難しい状態として臨床的に重要である。診断書の表記がこのように異なりうることは、知っておくに値する。DSM-5-TR の書面では「うつ病、中等度、混合性の特徴を伴う」という形で現れることがあり、これは ICD-11 の混合エピソードに相当する臨床像を指している場合がある。

第三に、慢性化した抑うつの扱い。ICD-11 の気分変調症(6A72)は、2 年以上続き、少なくとも発症からの 2 年間は「抑うつエピソードの基準は満たさない」軽症のものを指す(その後に基準を満たすエピソードが重なった場合は、気分変調症と抑うつ症の両方が診断されうる)。DSM-5-TR の持続性抑うつ症(PDD)は、抑うつエピソードの基準を継続的に満たすものも含むため、より広い診断範囲をもつ。同じ「持続的な抑うつ」を述べていても、分類体系によって用語の意味する範囲が異なる。PDD という診断名だけからは症状の重さが読み取れないため、特定子(純粋気分変調症候群/持続性抑うつエピソード/間欠性抑うつエピソード)の記載を確認する必要がある。

第四に、重症度と精神症症状の関係。ICD-11 では、精神症症状の有無は重症度の記述のなかに組み込まれている(中等度・重度のそれぞれについて「伴う/伴わない」を記す)。DSM-5-TR では、精神症症状は重症度から切り離された特定子であり、コードの上では両者は排他的である。すなわち、精神症症状があるときは、重症度のコードではなく「精神症性の特徴を伴う」のコードが用いられる。そのため、DSM-5-TR に基づく診断書に重症度の記載がないように見えても、それは重症度が評価されなかったことを意味するとは限らない。精神症症状の特定子が優先されている場合がある。

第五に、死別と悲嘆の扱い。ICD-11 は、喪失後おおむね 6 か月以内の通常の悲嘆を抑うつエピソードから除外する規定を、CDDR の本文に明記している。DSM は DSM-5(2013)でこの除外項目を撤廃し、鑑別を臨床的判断に委ねた。そのうえで DSM-5-TR(2022)は、遷延性悲嘆症を新設した。ICD-11 にも遷延性悲嘆症(6B42)があるが、両者の要件は完全には一致しない(DSM-5-TR は死別後 12 か月以上——小児・青年では 6 か月以上——、ICD-11 は 6 か月以上を目安とする)。近親者を亡くした後の休職・復職の判断にあたっては、書面に付いている診断名が抑うつ症なのか遷延性悲嘆症なのか、どちらの体系によるものかを確かめておくことが望ましい。なお遷延性悲嘆症は、本書では第 7 章「ストレス因関連症群」で扱う。

第六に、数値基準の有無。DSM-5-TR は、躁エピソードの追加症状 3 つ以上(易刺激性のみなら 4 つ以上)、軽躁エピソード 4 日以上、といった数値をすべて明示する。ICD-11 はこれらを「いくつか」「数日」とし、臨床的判断の余地を残した。この違いは、書面の書かれ方に現れる。DSM-5-TR に基づく診断書は項目を数え上げる形になりやすく、ICD-11 に基づく診断書は、症状が本人の平素の状態からどれだけ離れているかを記述する形になりやすい。関係職種にとっては、後者のほうが本人の状態を思い描く手がかりが多い。逆に、前者は基準を満たすか否かが明快である。どちらの書式であっても、必要に応じて、機能の水準についての具体的な記述を主治医に照会することが、実務上の要となる。

もっと詳しく:ICD-10 と ICD-11 の対応一覧(重症度特定子を含む気分症の分類)

本章では、各カテゴリーの臨床的な意味を本文で示してきた。しかし、現場で受け取る診断書や意見書には、ICD-10 の F コードと ICD-11 の 6A コードが併用されていたり、重症度・精神症症状の有無・寛解状態を特定する記号が末尾に付いていたりすることがある。以下に、Lieb の教科書から、両分類の対応を一覧にした表を引いて掲げる。同じ臨床像が ICD-10 と ICD-11 でそれぞれどのようにコード化されるか、また ICD-11 では症状の重症度がどれほど細かく記述されうるかを、この表から見渡すことができる。診断書や復職審査資料に現れる細かなコードを読み解くときの、参考資料として用意するものである。

ICD-10 名称 F コード ICD-11 名称 ICD-11 コード
双極症 I 型
または単一
双極症 II 型
躁エピソード
軽躁エピソード F30.0 ICD-11 では独立カテゴリーとせず、軽躁エピソードと少なくとも 1 つの抑うつエピソードがあれば双極症 II 型(6A61)と診断される。
精神症症状を伴わない躁エピソード F30.1 ICD-11 では躁エピソードまたは混合エピソードがある場合、双極症 I 型(6A60)と診断される。
精神症症状を伴う躁エピソード F30.2 ICD-11 では躁エピソードまたは混合エピソードがある場合、双極症 I 型(6A60)と診断される。
双極症 ── ICD-10 は I/II 型を区別しないが、ICD-11 はそれぞれにサブグループを設ける
軽躁エピソード F31.0 軽躁エピソード 6A60.2 6A61.0
精神症症状を伴わない躁エピソード F31.1 精神症症状を伴わない躁エピソード 6A60.0
精神症症状を伴う躁エピソード F31.2 精神症症状を伴う躁エピソード 6A60.1
中度から軽度の抑うつエピソード F31.3 軽度の抑うつエピソード 6A60.3 6A61.1
精神症症状を伴わない中等度の抑うつエピソード 6A60.4 6A61.2
精神症症状を伴う中等度の抑うつエピソード 6A60.5 6A61.3
精神症症状を伴わない重度の抑うつエピソード F31.4 精神症症状を伴わない重度の抑うつエピソード 6A60.6 6A61.4
精神症症状を伴う重度の抑うつエピソード F31.5 精神症症状を伴う重度の抑うつエピソード 6A60.7 6A61.5
混合エピソード F31.6 現症・精神症症状を伴わない混合エピソード 6A60.9
現症・精神症症状を伴う混合エピソード 6A60.A
部分寛解中 F31.7 現症・部分寛解中 6A60.B–E 6A61.7–9
現症・完全寛解 6A60.F 6A61.A
他の特定される双極性感情障害 F31.8 他の特定される双極症 6A60.Y 6A61.Y
特定不能の双極性感情障害 F31.9 特定不能の双極症 6A60.Z 6A61.Z
抑うつエピソード(単一エピソード抑うつ症 / Depressive Episode)
軽症うつ病エピソード F32.0 軽症抑うつエピソード 6A70.0
中等度うつ病エピソード F32.1 精神症症状を伴わない中等度抑うつエピソード 6A70.1
精神症症状を伴う中等度抑うつエピソード 6A70.2
精神症症状を伴わない重症うつ病エピソード F32.2 精神症症状を伴わない重症抑うつエピソード 6A70.3
精神症症状を伴う重症うつ病エピソード F32.3 精神症症状を伴う重症抑うつエピソード 6A70.4
現症・部分寛解 6A70.6
現症・完全寛解 6A70.7
他のうつ病エピソード F32.8 他の特定される単一エピソード抑うつ症 6A70.Y
うつ病エピソード特定不能 F32.9 特定不能の単一エピソード抑うつ症 6A70.Z
反復性抑うつ症
軽症うつ病エピソード F33.0 軽症抑うつエピソード 6A71.0
中等度うつ病エピソード F33.1 精神症症状を伴わない中等度抑うつエピソード 6A71.1
精神症症状を伴う中等度抑うつエピソード 6A71.2
精神症症状を伴わない重症うつ病エピソード F33.2 精神症症状を伴わない重症抑うつエピソード 6A71.3
精神症症状を伴う重症うつ病エピソード F33.3 精神症症状を伴う重症抑うつエピソード 6A71.4
部分寛解 F33.4 現症・部分寛解 6A71.6
現症・完全寛解 6A71.7
他のうつ病エピソード F33.8 他の特定される抑うつ症 6A7Y
うつ病エピソード特定不能 F33.9 特定不能の抑うつ症 6A7Z
持続性気分症
気分循環症 F34.0 気分循環症 6A62
気分変調症 F34.1 気分変調症 6A72
他の持続性気分障害 F34.8
持続性気分障害 特定不能 F34.9
その他の気分症
その他の単一気分症 F38.0
混合性感情エピソード F38.00
他の反復性気分症 F38.1
反復性短期うつ病性障害 F38.10
(対応する独立カテゴリーなし。近縁は N94.3 月経前緊張症候群) 月経前不快気分障害(ICD-11 第 16 章〔泌尿生殖器系の疾患〕に分類され、気分症群には参照用として再掲される) GA34.41
特定不能の気分障害 F39
ICD-11 における症状特徴と経過特定子(6A80)
顕著な不安症状 6A80.0
パニック発作を伴うエピソード 6A80.1
持続性抑うつエピソード 6A80.2
メランコリアを伴う抑うつエピソード 6A80.3
季節性発症 6A80.4
急速交代型(Rapid Cycling) 6A80.5

出典:Lieb K(Hrsg.), Intensivkurs Psychiatrie und Psychotherapie, 10. Auflage, München: Elsevier / Urban & Fischer; 2023, 表 6.1「気分症の分類(Klassifikation affektiver Störungen)」より試訳。

読み方の補足:(1)双極症の節に限り、同じ臨床像でも双極症 I 型と II 型のどちらに属するかによって ICD-11 コードの第二位以降が異なる。そのため、両者を二列で対比した。「—」は、そのコードがその型では用いられないこと(例:純粋な躁エピソードは I 型のみに現れる)を意味する。(2)ICD-10 から ICD-11 への移行では、二つの変更が重要である。中等度の抑うつエピソードについて「精神症症状の有無」がはっきりした区別として新たに導入されたこと(軽症のエピソードは定義上精神症症状を含まず、重症については ICD-10 でも区別されていた)、そして双極症 I 型と II 型の体系的な区別が導入されたことである。本書本文の各章の記述は、この ICD-11 の体系に基づいている。なお、重症度そのものの判定の仕方も ICD-10 から変わっている。この点については、次の「もっと詳しく:重症度概念の変更」を参照されたい。(3)ICD-10 で「うつ病エピソード」「躁病エピソード」と表記されていたものは、ICD-11 では「抑うつエピソード」「躁エピソード」と表記される。本表では原則として、ICD-10 列は ICD-10 の慣用表記に、ICD-11 列は ICD-11 の表記に従う。

もっと詳しく:重症度概念の変更——ICD-10 の症状カウントから ICD-11 の強度と機能障害へ

日本では ICD-10 と ICD-11 の並行使用がしばらく続くと見込まれ、関係職種の手元に届く診断書や意見書には、どちらかの体系に基づいた重症度の記載が付く。ところが、この「軽症」「中等症」「重症」という同じ語は、二つの体系のあいだで、決め方そのものが異なっている。ICD-10 は症状の個数を数えて線引きした。ICD-11 はその線引きを放棄し、症状の強さと機能障害の程度をあわせて見る臨床的判断に委ねた。以下に、その違いを一覧にして示す。

観点 ICD-10(F30–F33) ICD-11(6A60–6A71)
抑うつ症状の構成 典型的症状 3(抑うつ気分/興味と喜びの喪失/易疲労性・活力の減退)と、その他の症状 7(集中力と注意力の減退、自己評価と自信の低下、罪責感と無価値感、将来に対する希望のない悲観的な見方、自傷または自殺の観念・行為、睡眠障害、食欲の減退)という二階層 三クラスター(感情/認知・行動/自律神経性)に計 10 症状。典型/その他の階層はなく、「感情クラスターから 1 つ以上」という条件のみが置かれる。「絶望感」が独立の症状として新たに立てられた。
診断の閾値 典型的症状 2 つ以上+その他の症状 2 つ以上(合計 4 つ以上)。 三クラスターから合計 5 つ以上、うち 1 つ以上は感情クラスター。
軽症/軽度 典型的症状 2+その他 2(合計 4 以上)。いずれの症状も強度が高くないこと。 どの症状も特に強く現れていない。1 つまたは複数の生活領域で、機能がいくらか制限される。
中等症/中等度 典型的症状 2+その他 3 〜 4(合計 6 以上)。 複数の症状がより強く現れている、または多くの症状がやや軽度に現れている。複数の領域で機能が著しく制限される。
重症/重度 典型的症状 3 つすべて+その他 4 つ以上(合計 8 以上)。その他の症状のいくつかが強い強度をもつこと。 多くの症状がより強く現れている、または一部が強烈に現れている。ほとんどの領域で機能が重大に制限される。
精神症症状の位置 重症のみに「伴う/伴わない」の区別(F32.2/F32.3、F33.2/F33.3)。中等症にはこの区別がない。 中等度と重度の双方に「伴う/伴わない」の区別(6A70.1/.2、6A70.3/.4 など)。軽度は定義上、精神症症状を含まない。
身体性症候群 軽症・中等症にのみ第 5 桁で付記する(F32.00/.01、F32.10/.11)。重症は通常これを伴うと考えられるため、別記しない。 「身体性症候群」の呼称を用いない。相当する臨床像は 6A80.3「メランコリアを伴う抑うつエピソード」として、重症度から独立した特定子に移された。
エピソードの期間 2 週間以上。 2 週間以上(変更なし)。
躁エピソードの要件 高揚または易刺激性の気分に加え、9 項目(活動性の亢進、多弁、観念奔逸、転導性または活動計画の絶えざる変転、睡眠欲求の減少、性欲の亢進、自己評価の高揚、社会的抑制の喪失、危険を顧みない無謀な行動)のうち3 つ以上(気分が易刺激性のみの場合は 4 つ以上)。 必須の特徴 2 つ(極度の気分状態+活動性または主観的エネルギーの増加)に加えて、追加症状が「いくつか」。主症状と副症状の区別、および最小個数の要件が放棄された。

出典:ICD-10 の欄は World Health Organization, The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines(1992)および Diagnostic Criteria for Research(1993)の F30–F33 による。ICD-11 の欄は CDDR(6A60–6A71、6A80)による。両者の対比の枠組みについては、Lieb K(Hrsg.), Intensivkurs Psychiatrie und Psychotherapie, 10. Auflage, München: Elsevier / Urban & Fischer; 2023, 第 6 章、および同教科書の症例集(Fallbuch Psychiatrie)の該当例における ICD-10/ICD-11 の対照記述を参照した。

読み解きの要点は四つある。(一)ICD-10 の重症度は、症状を数えることで機械的に決まる面が強かった。ICD-11 は数を数えることをやめ、症状の強さと機能障害の程度という二つの軸の組み合わせに置き換えた(その具体的な様子は、本章末の「もっと詳しく:操作化された抑うつエピソードの重症度判定」の表に示した)。(二)そのため、ICD-11 の重症度は、本人の生活のうえで何がどれだけできなくなっているかという記述と、切り離せない関係になった。復職審査や就労支援の場面では、この点がむしろ扱いやすい。診断名だけでなく、機能の記述を主治医に照会する根拠にもなる。(三)中等度の抑うつエピソードに精神症症状の区別が新たに導入されたことにより、ICD-10 では表現できなかった臨床像——症状の強さは中等度だが妄想を伴う——が、コードの上で表現できるようになった。(四)ICD-10 の「身体性症候群」は、ICD-11 では重症度の付属物ではなく、6A80.3 のメランコリア特定子として独立した。軽症でも重症でも、メランコリアの特徴があれば付けられる。

実務上とくに注意を要するのは、同じ語が同じ手続きを指すとは限らないという点である。ICD-10 に基づく「中等症うつ病エピソード」(F32.1)は、典型的症状 2 つとその他の症状 3 〜 4 つが数えられたことを意味する。ICD-11 に基づく「中等度抑うつエピソード」(6A70.1/.2)は、症状の強さと複数領域における著しい機能障害が、臨床的に判断されたことを意味する。両者はおおむね重なるが、完全に一致するものではない。とくに、症状の数は少ないが一つひとつが強く、機能障害が大きい症例では、ICD-10 では軽症ないし中等症、ICD-11 では中等度ないし重度と判定されうる。逆に、症状の数は多いがいずれも軽く、就労がおおむね保たれている症例では、ICD-10 では中等症以上、ICD-11 では軽度と判定されうる。復職審査の資料に、旧い診断書と新しい診断書とが並んで綴じられている場合、重症度の記載の変化が、必ずしも状態の変化を意味しないことがある。

もう一点、躁エピソードについて述べておく。ICD-10 は躁病エピソードにも症状の個数の要件(9 項目中 3 つ以上)を置いていた。ICD-11 はこれを「いくつか(several)」に改めた。この変更は、躁エピソードの診断そのものを大きく動かすものではない。実際の症例では、下される診断はほぼ同じである。しかし、診断書の記述の仕方には影響する。ICD-10 の書式では、どの項目がいくつ満たされたかを列挙する書き方が自然であった。ICD-11 では、症状の存在と、それが本人の平素の状態からどれだけ離れているかを記述する書き方が求められる。書面から本人の状態を読み取るうえでは、後者のほうがむしろ手がかりが多い。

もっと詳しく:操作化された抑うつエピソードの重症度判定(Lieb 図 6.4)

診断書や復職審査資料では、抑うつエピソードに「軽度」「中等度」「重度」「精神症症状を伴う/伴わない」といった特定子が付き、対応する ICD-11 コード(6A70.0/.1/.2/.3/.4 等)が記載されることがある。この重症度判定は、「症状の現れ方」と「機能能力」という二つの軸の組み合わせによってコードに結びつく。その仕組みを、Lieb 教科書に載っている図解を参照しながら整理しておく。診断書の記述を、背景知識をもって読み解くための資料と位置づけられる。

軽度(leicht) 中等度(mittel) 重度(schwer)
症状の現れ方 どの症状も特に強く現れていない 複数の症状がより強く現れている、または多くの症状がやや軽度に現れている 多くの症状がより強く現れている、または一部が強烈に現れている
機能能力
(個人・家庭・社会・職業)
1 つまたは複数の領域でいくらか制限される 複数の領域で著しく制限される ほとんどの領域で重大に制限される
ICD-11 コード
(精神症症状を伴わない)
6A70/71.0 6A70/71.1 6A70/71.3
ICD-11 コード
(精神症症状を伴う)
6A70/71.2 6A70/71.4

出典:Lieb K(Hrsg.), Intensivkurs Psychiatrie und Psychotherapie, 10. Auflage, München: Elsevier / Urban & Fischer; 2023, 図 6.4「ICD-11 による抑うつ症の操作化された診断(Operationalisierte Diagnostik depressiver Störungen nach der ICD-11)」より試訳。原図は NVL Unipolare Depression 2022(ドイツ国家診療指針 単極性うつ病 2022 年版)に基づき改変されたものである。

訳注:原図のキャプションが示すとおり、本図は ICD-11 そのものではない。ICD-11 のコード体系を採用したドイツ国家診療指針(NVL Unipolare Depression 2022)に基づいて、運用しやすい形に整えたものとして示されている。CDDR 自身は、重症度判定について症状数の数値的な線引きを定めていない。症状の強さ・数・機能障害の程度をあわせて考える、臨床的判断によるものとしている。本図の質的な記述(症状の現れ方と機能能力の段階的な記述)は、この CDDR の編集方針と本質的に矛盾しない。本書本文の記述は CDDR の規定に基づいている。

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