第12章 カタトニア
「いつもの姿との変化」に気づき、その場で動き、生命を守るために
コア層 約15分/全層 約40分カタトニアは治療可能な医学的症候群でありながら、知的発達症や自閉スペクトラム症(ASD)の特性と酷似しているため、見過ごされやすいという深刻な臨床的課題があります。発見が遅れると、拘縮・疲弊・脱水・誤嚥、横紋筋融解症による腎不全など生命を脅かす合併症に至ることがあります(CDDR p.203)。本章は、施設職員がこの危険な見落としを避け、変化に気づいたときにその場で正しく動き、速やかに医療連携につなげるための実践ガイドです。
本章では、カタトニアという症候群の基本的な定義、知的発達症やASDをもつ方々で見過ごされやすい理由、観察すべき主な精神運動症状、原因の分類、そして施設職員に求められる「ベースラインからの変化を見抜く視点」と医療連携のあり方を学びます。あわせて、カタトニアを疑ったときと発熱+筋硬直に出会ったときに、その場で何をどの順番で行うかを手順として示します。診断や治療は医療スタッフの仕事ですが、カタトニアの兆候に最初に気づく可能性が最も高いのは、利用者の日常を最もよく知る施設職員です。
新任の方・時間のない方は、2節「その場の対応」と5節「印刷して使う観察チェックリスト」だけをお読みください。これだけで日々の業務に必要な内容は足ります。経験のある方・主任以上の方は、全体をお読みください。折りたたみの「もっと詳しく」は、関心のある方向けの補足です。
1. なぜカタトニアの理解が重要なのか
知的発達症や自閉スペクトラム症(ASD)をもつ利用者に、ある日いつもと違う変化が現れたとします。常同行動の頻度が急に増えた、あるいは逆に動きが極端に減った、これまで話していた言葉が出なくなった、食事介助で口を開けようとしない、特定の姿勢で長時間動かない――。
これらの変化を、私たちは時に「今日は調子が悪いのかな」「特性が強く出ているのかな」と受け止めがちです。しかし、その背景にはカタトニアという治療可能な医学的症候群が隠れている可能性があります。
カタトニアの怖さは、以下の二点にあります。
- 知的発達症やASDの特性と酷似しているため、もともとの行動特性として見過ごされやすい
- 適切な治療を行えば改善するのに、見過ごされると脱水・血栓症・誤嚥性肺炎・横紋筋融解症(筋肉が壊れて有害な成分が血液に漏れ出す状態)など、生命を脅かす合併症に発展しうる
つまり、施設職員がこの症候群を知り、「いつもと違う」に気づくこと自体が、利用者の生命と生活の質を守ることに直結します。
カタトニアは、以前の版では付録として扱っていました。しかし内容が生命に直結するため、本改訂で本編の第12章としました。知的発達症・ASDの利用者を支援するすべての職員に、特に注意深く読んでいただくことを推奨いたします。
2. その場の対応
本節は、目の前で起きているときに何をするかだけを書いています。診断は医師の仕事です。職員がするのは、安全を確保し、観察し、決められた基準で医療に伝えることです。
動きが減った・止まった、話さなくなった、同じ姿勢のまま動かない――カタトニアを疑ったとき
- まず、普段との違いを確認する──記録や前日までの申し送りと照らして、いつからその状態かを確かめます。「今日の朝食までは自分でスプーンを持っていた」というように、普段できていたことが最後に確認できた時点を特定してください。これが医療に渡す情報の中心になります。
- 無理に動かさない・話させない──手足を引っぱって動かそうとしない、返事を求めて繰り返し呼びかけない。動かすと抵抗が強まり、本人の苦痛と転倒の危険が増します。そばにいて、静かに見守ります。
- 水分と食事がとれているかを確認する──最後に飲んだ時刻、最後に食べた時刻、その量を確認します。飲み込めているかを見て、むせるようなら口に入れないでください。誤嚥の危険があります。飲めているなら、少量ずつ勧めます。
- バイタルを測る──体温・脈拍・血圧・呼吸数を測り、時刻とともに記録します。測れないときは「測ろうとしたが拒否・抵抗のため測れなかった」と記録します。測れなかったこと自体が情報です。
- 身体の危険を減らす──同じ姿勢が続いているなら、本人が抵抗しない範囲で体位を整え、圧のかかっている部位(かかと、仙骨、肘)を確認します。動かない状態が続くと、褥瘡・脱水・肺塞栓(足の血管にできた血のかたまりが肺に飛ぶこと)の危険が高まります。無理な体位変換はせず、看護職に相談してください。
- 排泄を確認する──最後の排尿・排便の時刻を確認します。半日以上排尿がない場合は、その事実を報告に含めてください。
- 次の基準に当てはまれば、当日中に医療へ報告する──
- 新たに現れた、または急に悪化した「動かない・話さない」
- 食事・水分の摂取が明らかに減っている
- 排尿・排便が止まっている
- 介助時にいつもと違う身体のこわばりがある
- 抗精神病薬を飲んでいる方に、いつもと違うこわばりや発熱がある
- 新しい薬を始めた、または量が変わったあとの急な変化
- 記録する──いつから/どの症状が/普段はどうだったかの3点を必ず書きます。「ぼーっとしている」ではなく、「10時、居室で椅子に座ったまま20分間動かず、呼びかけに返事なし。普段は呼べば顔を上げて『はい』と答える方」と書いてください。
- 「いつもの特性だろう」で終わらせない──常同行動・緘黙・独特な姿勢は、ASDの特性としてもカタトニアの症状としても現れます。特性かどうかを職員が判断しないでください。判断材料は「普段との違い」だけで足ります。
- 無理に口を開けさせない、飲ませない──拒絶症(指示に逆らう、口を閉ざす)が出ているときに無理に飲食させると、誤嚥・窒息につながります。
- 強く引っぱる・押さえる──筋のこわばりがあるときに力を加えると、関節や筋を傷めます。
- 「様子を見ましょう」で翌日に持ち越さない──上の基準に当てはまるなら、その日のうちに報告してください。判断は医療職の仕事です。
- 叱責・説得をしない──「なぜ動かないの」「わがままを言わないで」は、本人の苦痛を増すだけで、状態を変えません。
抗精神病薬を飲んでいる方の発熱+体のこわばりは、自律神経異常を伴うカタトニア(生命に関わる最重症型のカタトニア。臨床では慣用的に「悪性カタトニア」とも呼ばれますが、CDDRの用語ではありません)や悪性症候群(抗精神病薬による重篤な副作用)の可能性があります。両者の区別は難しく、職員は鑑別しません。CDDRは、区別が難しい理由を「カタトニアを発症する人の多くが抗精神病薬を服用しているため」と説明しています(CDDR p.209)。次の手順で動いてください。
発熱(多くの施設では37.5℃以上を発熱として扱います)と、いつもと違う身体のこわばりが同時にあるとき
- まず、バイタルを測る──体温・脈拍・血圧・呼吸数を測り、時刻とともに記録します。以後は測るたびに時刻を書き、変化の流れが分かるようにします。
- その場を離れず、応援を呼ぶ──一人で対応しないでください。もう一人が連絡と記録を担当します。
- 体を冷やしすぎず、水分をすすめる──衣服と寝具を薄くし、室温を下げます。飲み込めるなら少量ずつ水分をとってもらいます。むせる・飲み込めないときは口に入れないでください。
- 直ちに医療へ連絡する──「様子を見る」時間をつくらないでください。看護職・嘱託医・主治医のうち、その時間帯に連絡がつく先へすぐ連絡します。
- 次のいずれかがあれば救急要請(119番)──
- 呼びかけや揺さぶりに反応しない
- 呼吸が苦しそう、または呼吸が止まっている
- けいれんが起きている
- 体温が上がり続けている、または全身が硬く突っ張っている
- 脈が速い・血圧が大きく変動しているなど、バイタルが不安定
- むせて食べ物や唾液が詰まっている様子がある
- 連絡時には、次の4点を最初に伝える──
- 服薬内容と直近の変更(いつ、どの薬が、開始・増量・中止されたか)
- 体温(測った時刻と数値。複数回測っていれば全部)
- いつからか(こわばりと発熱に最初に気づいた時刻)
- 過去に似たエピソードがあったか(あれば、その時期と経過)
- お薬手帳・処方内容の控えを手元に用意する──救急隊・受診先にそのまま渡せるようにしておきます。
- 職員が薬を中止・変更しない──「薬のせいかもしれない」と考えても、勝手に飲ませない判断をしないでください。中止の判断は医師が行います。飲ませなかった場合は、必ずその事実を報告します。
- 悪性症候群かカタトニアかを見分けようとしない──職員は鑑別しません。どちらであっても、その日のうちに医療へ渡すという行動は同じです。
- 解熱剤を自己判断で使わない──指示された頓服がある場合を除き、使用しないでください。使ったときは薬品名・量・時刻を必ず報告します。
- 「熱があるだけ」と考えて経過観察にしない──感染症による発熱であっても、こわばりを伴うなら医療の確認が必要です。
- 入浴させない・長時間の移動をさせない──体温がさらに上がり、状態が悪化します。
抗精神病薬を飲んでいる人の「発熱+体のこわばり」は、理由を問わず当日中に医療へ。
原因が何であるかを考える必要はありません。この二つがそろったら報告する、という規則にしておくことが、いちばん確実に命を守ります。背景にある考え方(悪性症候群との関係)は9節で扱います。
3. ICD-11におけるカタトニアの定義
ICD-11では、カタトニアは「精神運動活動の低下、亢進、または異常のいくつかの症状が同時に起こることを特徴とする、主に精神運動の障害からなる症候群」と定義されています。
この定義の重要なポイントは以下の通りです。
- 「精神運動」とは、心の状態が体の動きに表れる領域のことです。動き方、姿勢、表情、発話などが含まれます
- 「いくつかの症状が同時に」──単一の症状ではなく、複数の精神運動症状が同時期に現れることが特徴です
- 「症候群」──カタトニアは単一の病気ではなく、様々な原因から生じうる症状の集まり(症候群)です
- 「観察・問診・身体診察」──CDDRは、カタトニアの評価は複雑で、観察・問診に加えて身体診察を要すると明記しています
診断の基本要件
ICD-11では、カタトニアの診断には次の4つの要件がすべて満たされる必要があります。
- 症状の数:後述する「精神運動活動の低下・亢進・異常」の3領域から合わせて3つ以上の症状が同時に認められること。症状は1つの領域のみから選んでも、複数領域にまたがっていても構いません。ただし、「亢進」領域については複数の症状が同時に見られても1つとしてのみ数えるという特別な規則があります。
- 持続時間:症状は通常は数時間以上続きます。ただし、昏迷・カタレプシー・無言症・拒絶症など特に重い症状や、バイタルサイン(体温・脈拍・血圧)の異常を伴う場合は、15分程度の短い持続でも該当するとみなされます。
- 重症度:日常生活機能に著しい障害をもたらしているか、あるいは拘縮・疲弊・脱水・誤嚥・横紋筋融解による腎不全など身体合併症を引き起こしうる深刻さがあること。
- 他の病気ではないこと:脳・神経の病気そのものによる運動の症状(一次性運動症)ではよりよく説明されないこと(この判断も医師が行います)(CDDR pp.202–203)。なお、パーキンソン病やハンチントン病といった具体例は、一般診断要件ではなく各型(6A40・6E69)の要件のほうに例として挙げられています。
診断は医師の役割ですので、施設職員が症状の数を数えて診断を下す必要はありません。求められるのは、変化に気づいて速やかに医療連携を行うことです。
もっと詳しく:カタトニアの歴史的背景
カタトニアは、1874年にドイツの精神科医カール・ルートヴィヒ・カールバウム(Karl Ludwig Kahlbaum)によって初めて記述された、150年以上の歴史をもつ概念です。長い間「統合失調症の一亜型」として位置づけられてきましたが、近年の研究の蓄積により、統合失調症だけでなく感情障害、神経発達症、身体疾患など多様な原因から生じうることが明らかになりました。
この知見を反映し、2019年にWHO総会で承認され2022年に発効したICD-11では、カタトニアが独立した症候群として再認識され、カタトニアの独立したグルーピング(6A40〜6A4Zおよび6E69)が設けられました。このうち6E69(二次性カタトニア症候群)は、コード上は「他所に分類される疾患に関連する二次性精神・行動症候群」のグループに属しますが、他のカタトニアと診断上の共通性があるため、CDDRではカタトニアの章にまとめて記載されています(CDDR p.201)。これは、カタトニアの早期発見と適切な介入の重要性が、国際的に再認識されたことを意味しています。
知的発達症やASDとカタトニアの関連は、特に近年注目されています。CDDRも、カタトニアが「統合失調症などの一次性精神症群、気分症群、そして神経発達症群、とりわけ自閉スペクトラム症」の文脈で生じうると明記しています(CDDR p.201)。なお、ASDのある方におけるカタトニアの併存率の具体的な数値は、CDDRには示されていません。文献によって数値の幅が大きいため、本章では数値を挙げず、施設で支援する利用者層にカタトニアの高リスク群が含まれているという点のみを押さえてください。
4. 観察すべき主な精神運動症状
ICD-11 CDDRは、カタトニアの症状を以下の3つの領域に分類し、合わせて15の症状を挙げています。この分類は、症状が精神運動活動の「量」の変化(低下/亢進)であるか、それとも「質」の異常であるかを区別するものです。
各症状の説明
以下に、ICD-11 CDDRの15症状について、現場での観察に役立つやさしい説明を加えてまとめます。難しい用語には括弧でかみくだいた言い換えを添えています。
診断は医師が行います。以下の3つの表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。症状の数を職員が数える必要はありません。
(1) 活動性の低下に属する症状(5つ)
| 症状名 | CDDRの記述 | 施設での観察例 |
|---|---|---|
| 凝視 Staring (一点をじっと見つめ続ける状態) |
視線が固定し、まばたきが減る。しばしば目を大きく見開く | テレビや職員の顔にも反応せず、一点をじっと見つめ、まばたきがほとんどない |
| 両価傾向 Ambitendency (動こうとして決められず固まる状態) |
決めかねて、ためらう動きのなかで「運動的に引っかかった」ように見える | 手を差し出しかけては引っ込める動作を繰り返し、座ろうとして立ち止まる |
| 拒絶症 Negativism |
依頼や指示に逆らう、あるいは反対の行動をとる。他者との関わりから引きこもる、食事・水分を拒む | 食事介助で口を開けるよう促すと、かえって固く口を閉ざす。「こちらを向いて」と言うと顔を背ける |
| 昏迷 Stupor (動かず、呼びかけにほとんど反応しない状態) |
不動状態。精神運動活動がないか著しく減少。外部からの刺激にほとんど反応しない | 呼びかけや軽い接触に反応せず、一点を見つめたまま動かない |
| 無言症/緘黙 Mutism (話さない、ほとんど声を出さない状態) |
発話がない、あるいはごくわずか。ささやくような声で、聞き取れないほど | 普段は発話がある人が、急に全く話さなくなる。問いかけに頷きもしない |
CDDRでは、神経系疾患や発達性の言語・発話障害、その他の発話に影響する病気による「話せなさ」は、カタトニアの症状としては数えないよう明記されています。この点から本マニュアルは、施設での運用として、これまで話せていた方が急に話さなくなった場合にこそカタトニアの症状として意味を持つ、と考えます(この運用上の言い換えはCDDRの記述ではありません)。
(2) 活動性の亢進に属する症状(1集合的基準)
CDDRでは、以下の4つの現れ方は互いに近い関係にあり、複数が同時に見られても「1つの症状」としてのみ数えるという特別な規則があります。
| 症状名 | CDDRの記述 | 施設での観察例 |
|---|---|---|
| 極端な過活動/激越 Extreme hyperactivity/agitation (理由のない激しい動き回り) |
理由のない極端な過活動や激越で、目的のない動き、あるいは制御できない極端な情緒反応を伴う | 普段は穏やかな人が、目的のない動きや声を発し続け、落ち着きなく徘徊する |
| 衝動性 Impulsivity (きっかけなく突然、不適切な行動をとる) |
きっかけなく突然、不適切な行動をとる | 状況に関係なく、急に立ち上がって走り出す、物をつかんで投げるなど予測できない行動 |
| 攻撃的言動 Combativeness (場当たり的に他者に手を出す) |
他者に対して場当たり的に打ちかかる。怪我を負わせる可能性があるかないかは問わない | 介助中に職員を叩く、掴むなど、明確な対象や目的のない攻撃的な動作 |
(3) 異常な精神運動に属する症状(9つ)
| 症状名 | CDDRの記述 | 施設での観察例 |
|---|---|---|
| しかめ面 Grimacing (状況と関係ない奇妙な表情) |
奇妙で歪んだ顔の表情。しばしば状況と関係なく、不適切 | 会話の文脈と無関係に、繰り返し顔を歪める |
| 衒奇症(げんきしょう) Mannerisms (わざとらしく芝居がかった動作) |
奇妙で目的のある動作で、その人の文化的背景に照らして不適切。日常動作の大げさな戯画 | ドアを開ける際に、回りくどく儀式的な手の動きをする |
| 姿勢保持 Posturing (自分から奇妙な姿勢をとり続ける) |
重力に逆らう姿勢を自発的かつ能動的に維持する。長時間、反応せずに座ったり立ったりし続ける | 理由なく腕を上げたまま長時間その姿勢を保つ。不自然な角度で立ち続ける |
| 常同症 Stereotypy |
目的のない反復的な運動活動(指遊び、自分を繰り返し触る・叩く・こするなど)。動作そのものが異常なのではなく、その頻度に異常がある | 同じ場所を意味なく行ったり来たりする、手を特定の形で振り続ける |
| 硬直 Rigidity (筋の緊張が強まり身体がこわばる) [身体診察が必要] |
筋の緊張亢進による抵抗。軽度の亢進から重度の「鉛管様」硬直まで幅がある | 関節を動かす介助時に、通常以上の抵抗を感じる。身体全体がこわばる |
| 反響現象 Echophenomena (他者の言葉や動作をそのままオウム返しに真似る) |
診察者の発話を真似る(反響言語:echolalia)か、動作を真似る(反響動作:echopraxia) | 「お風呂入ろうね」と声をかけると「お風呂入ろうね」とそのまま返す。職員が手を上げると同じように手を上げる |
| 語唱 Verbigeration (同じ語句を意味もなく延々と繰り返す) |
語、句、文を、目的もなく連続して繰り返す | 「ごはんごはんごはん……」と同じ言葉を抑揚なく長時間繰り返す |
| 蝋屈症(ろうくつしょう) Waxy flexibility (動かすと蝋人形のような抵抗を示す) [身体診察が必要] |
診察者が体位を変えようとすると、わずかに、そして一定の抵抗を示す | 介助で腕を曲げると、蝋人形のような柔らかな抵抗があり、ゆっくり動く |
| カタレプシー(強硬症) Catalepsy (受動的にとらされた姿勢を重力に逆らって保ち続ける) [身体診察が必要] |
受動的に誘導された姿勢(通常は診察者が受動的に手足を動かした結果)が、重力に逆らってそのまま保持される | 他者が腕を不自然な角度に動かした後、その姿勢を蝋人形のように維持する |
もっと詳しく:身体的診察でしか分からない症状
ICD-11 CDDRは、15症状のうち以下の3症状は身体診察によって初めて確認できると明記しています。日常的な観察だけでは見落とされる可能性が高いものです。
- 硬直(Rigidity):他者が関節を動かしたときに感じる筋緊張の亢進
- 蝋屈症(Waxy flexibility):動かそうとしたときの蝋人形のような柔らかな一定の抵抗
- カタレプシー(Catalepsy・強硬症):受動的にとらされた姿勢を重力に逆らって保ち続ける状態
看護師や医師の身体診察では、利用者の腕や脚を受動的に動かしてその抵抗の質を確認します。「鉛管様(lead-pipe)」と呼ばれる一定の抵抗、あるいは「歯車様(cogwheel)」と呼ばれるかくかくとした抵抗は、いずれも筋緊張の異常を示唆します。
施設職員は、入浴介助、着替え介助、移動介助の際に、「いつもより動かしにくい」「いつもと違う抵抗を感じる」といった微妙な感覚を覚えたら、それを言語化して記録に残す習慣をつけましょう。これは医療スタッフの診察にとって貴重な情報となります。
5. 印刷して使う観察チェックリスト
この表を印刷して、夜勤帯の申し送りにお使いください。1枚に収まるように作ってあります。気づいた症状にチェックを入れ、余白に「いつから」を書き込んで、そのまま次の勤務者と看護職に渡せます。
この表は、報告すべき観察のチェックリストです。チェックの数で判断しないでください。1つでも「普段と違う」があれば報告するのが施設での使い方です。
| 症状 | 施設での見え方(この様子があればチェック) | 確認 |
|---|---|---|
| 活動性の低下 | ||
| 凝視 | 一点を見つめたまま、まばたきが少ない。テレビにも職員の顔にも反応しない | □ |
| 両価傾向 | 手を出しかけては引っ込める。座ろうとして途中で止まる。動作の途中で引っかかる | □ |
| 拒絶症 | 促すとかえって口を固く閉ざす。「こちらを向いて」と言うと顔を背ける。食事・水分を拒む | □ |
| 昏迷 | 呼びかけや軽い接触にほとんど反応せず、動かない | □ |
| 無言症(緘黙) | 普段は話す方が、急に話さなくなった。ささやき声で聞き取れない | □ |
| 活動性の亢進(複数あっても、数えるときは1つ) | ||
| 極端な過活動/激越 | 理由なく激しく動き回る。目的のない動きが止まらない。抑えのきかない激しい感情の噴出を伴う | □ |
| 衝動性 | きっかけなく急に立ち上がって走り出す、物をつかんで投げる | □ |
| 攻撃的言動 | 対象や目的のはっきりしない形で、職員や他の利用者に手を出す | □ |
| 異常な精神運動 | ||
| しかめ面 | 場面と関係なく、繰り返し顔を歪める | □ |
| 衒奇症 | 日常の動作が、大げさで芝居がかった形になる(ドアを開けるのに儀式的な手の動きをするなど) | □ |
| 姿勢保持 | 理由なく腕を上げたまま、不自然な姿勢を長時間保つ | □ |
| 常同症 | 同じ動作の繰り返しが、普段より明らかに多い(動作そのものではなく頻度が問題) | □ |
| 反響現象 | かけた言葉をそのまま返す。職員の動作をそのまま真似る | □ |
| 語唱 | 同じ語句を抑揚なく延々と繰り返す | □ |
| 硬直[診察] | 着替え・入浴介助で、いつもより動かしにくい/こわばりを感じる | □ |
| 蝋屈症[診察] | 腕を曲げると、蝋人形のような柔らかく一定の抵抗があり、ゆっくり動く | □ |
| カタレプシー[診察] | 介助でとらせた姿勢を、そのまま保ち続ける | □ |
| あわせて必ず確認する(緊急度の判断に直結します) | ||
| バイタル | 体温( ℃)/脈拍( )/血圧( )/呼吸数( ) 測定時刻( : ) | □ |
| 発熱+こわばり | 両方ある場合は当日中に医療へ(2節) | □ |
| 飲食・排泄 | 最後に飲んだ時刻( : )/食べた時刻( : )/排尿( : )/排便( 月 日) | □ |
| 服薬の変更 | 直近2週間以内に、開始・増量・減量・中止のあった薬( ) | □ |
| いつから | 普段どおりだったと確認できる最後の時点( 月 日 : ) | □ |
[診察]の3項目は、本来は医師・看護職の身体診察で確認するものです。職員は「介助のときにいつもと違う感じがした」という気づきを、そのまま言葉にして記録してください。それが診察の手がかりになります。
6. 最重要視点:「ベースラインからの変化」
ここからが、施設職員にとって本章の核心です。
知的発達症や自閉スペクトラム症(ASD)をもつ方々の多くは、もともと以下のような行動を日常的に示しています。
- 常同行動(手をひらひらさせる、体を揺らすなど)
- 反響言語(聞いた言葉を繰り返す)
- 緘黙的な振る舞い(あまり話さない)
- 姿勢の独特さ
- 指示への抵抗
これらは利用者の「いつもの姿(ベースライン)」の一部であり、それ自体は病的なものではありません。問題は、まさにこれらの行動がカタトニアの症状と同じ言葉で記述されることです。常同症、反響言語、緘黙、姿勢保持、拒絶症――これらは、ASDの特性としても、カタトニアの症状としても現れうるのです。
では、どうすれば見分けることができるのでしょうか。答えは一つです。
カタトニアの兆候を捉える鍵は、症状そのものではなく「いつものその人からの変化」です。常同症や緘黙といった行動が新たに出現したか、あるいは以前よりも著しく頻度が増し、硬直的で融通の利かない質に変化していないか――ベースラインとの比較こそが、カタトニアを見抜く鍵です。
変化を捉えるための具体的な質問
「いつもと違う」を判断するために、以下のような自問自答が役立ちます。
- この行動は、1週間前にも同じように見られたか?
- この常同症や緘黙は、頻度や強度が増していないか?
- これまで対応できていた指示に、急に応じられなくなっていないか?
- 食事の量や水分摂取に変化はないか?
- 表情はいつも通りか?苦痛や困惑のサインはないか?
- 夜間の睡眠はとれているか?
- 体温・脈拍・発汗に異常はないか?
- 排泄のパターンに変化はないか?
もっと詳しく:日々の観察記録の重要性
「ベースラインからの変化」を捉えるためには、普段の状態が記録されていることが前提となります。利用者の常同行動の頻度、発話の量、食事量、睡眠時間、表情の特徴などについて、日々の観察記録に簡潔に残しておくことが極めて重要です。
記録すべき項目の例
- 活動性:自発的な動きの量、活動への参加の様子
- 発話:発話の量、いつもの言葉、新しい言葉
- 食事・水分:摂取量、好きな食物、拒否の有無
- 睡眠:就寝・起床時刻、夜間の様子
- 排泄:回数、性状
- 表情:穏やかさ、笑顔の頻度、苦痛のサイン
- 常同行動:種類、頻度、誘発状況
- 対人反応:呼びかけへの応答、視線
これらは「異常があるかどうか」を確認するためではなく、「いつもの状態」を確立するための記録です。「いつも」が把握されてはじめて、「いつもと違う」に気づくことができます。
多くの施設では既にケース記録やバイタルチェック表などの形でこれらの情報を蓄積していると思います。重要なのは、その情報が変化を察知するために活用されているかという点です。職員間の引き継ぎ時、定期カンファレンス時に、「ベースラインから変化していないか」を意識的に確認する習慣が役立ちます。
7. カタトニアの原因と分類
カタトニアは単一の病気ではなく、様々な原因から生じうる症候群です。原因の特定は治療方針を決定する上で極めて重要であり、ICD-11では原因に応じて4つに分類されています。
各分類の説明
(1) 他の精神疾患に伴うカタトニア(6A40)
統合失調症などの一次性精神症群、気分症群、神経発達症群などの経過中にカタトニアが生じる場合です。CDDRは、この文脈として「とりわけ自閉スペクトラム症」を名指しで挙げています(CDDR pp.201, 203)。施設で支援する利用者層では、まさにこの型が重要です。治療では、基礎にある状態のケアと並行して、カタトニアそのものへの介入も行います。なお、CDDRはこの型の診断にあたり、もとの精神疾患は別に診断するとしています(CDDR p.203)。
(2) 物質・医薬品誘発性カタトニア(6A41)
抗精神病薬、ベンゾジアゼピン、ステロイド、ジスルフィラム、シプロフロキサシン(抗生物質の一種)など、特定の薬剤の服用中や中止時にカタトニアが生じる場合です。違法薬物の中毒や離脱でも生じます。原因薬剤の特定と中止が治療の鍵となります。施設では、新規薬剤の追加や用量変更のあった利用者に変化が現れた場合、特に注意が必要です。
(3) 二次性カタトニア症候群(6E69)
脳に損傷や障害を与える身体疾患が原因のカタトニアです。具体的には以下のようなものがあります。
- 糖尿病性ケトアシドーシス、高カルシウム血症などの代謝異常
- 肝性脳症
- 頭部外傷、脳血管障害(脳卒中など)
- 感染症、特に脳炎
- 自己免疫性脳炎(急性にカタトニアを起こす可能性があり、特に重要)
- 脳腫瘍
これらの場合、基礎にある身体疾患の治療が最優先となります。急性に発症するカタトニアは、自己免疫性脳炎などの重篤な身体疾患のサインである可能性があるため、緊急の医学的評価が必要です。
(4) カタトニア、特定不能(6A4Z)
カタトニアの基準を満たすが、どの型に該当するかの情報が十分でない場合に用いられる分類です。
これまで安定していた利用者に急性にカタトニア症状が出現した場合、二次性カタトニア(身体疾患由来)の可能性を強く疑う必要があります。特に発熱、けいれん、意識障害、神経症状(麻痺、瞳孔異常など)を伴う場合は、自己免疫性脳炎、感染性脳炎、脳血管障害などの救急対応を要する重篤な身体疾患の可能性があります。直ちに医療スタッフに連絡し、医療機関への搬送を含めた対応を検討してください。
8. 経過の特徴と発症年齢
カタトニアは、いったん治まってもくり返すことがあります。また、年齢によって背景に多い原因が変わります。この2点は、施設で「誰を、どこに注意して見るか」を決める材料になります。
再発の早期徴候
CDDRは、経過について次のように述べています(CDDR p.204)。
- 他の精神疾患に伴うカタトニアの急性エピソードは、数時間から数日という短い間に、単一の症状から完全な像へと急速に進むのが典型です。
- 症状は多くの場合4週以内に改善しますが、数か月から数年続くこともあります。
- 数週間続くエピソードを、もとの病気の経過のなかでくり返すことがあります。
- 再発するエピソードの早期徴候は、両価傾向(動こうとして決められず固まる)や精神運動の緩慢化(動作がゆっくりになる)であることがあります。
- 持続性のカタトニアは、神経発達症群と統合失調症などの一次性精神症群に最も多く、その場合は青年期の発症が多くみられます。持続性のカタトニアでは、意志の障害(拒絶症・衒奇症・常同的な動き)が目立ち、昏迷が何週も続くことはまれです。
過去にカタトニアのエピソードがあった方については、「動作がゆっくりになった」「動き出しでためらうようになった」という小さな変化を、再発の入り口として扱ってください。昏迷や無言症がそろうのを待つ必要はありません。
そのためには、その方の普段の動作の速さが記録されていることが前提になります(6節)。「食堂まで自分で歩いて2〜3分」「呼べば数秒で顔を上げる」といった、いつもの姿を書き留めておいてください。
発症年齢からわかること
CDDRは発達的な特徴として次を挙げています(CDDR p.207)。
- カタトニアは生涯のどの時期にも起こりえますが、青年期より前に発症することはまれです。ただし8〜11歳の子どもの重症例の報告があります。
- 20歳より前の発症は、背景にある身体疾患――とくに神経系の病気――や、神経発達症群(自閉スペクトラム症など)と関連します。
- 物質・医薬品誘発性および二次性のカタトニアは40歳以降に起こりやすく、65歳以降に危険が大きく増します。
- 身体的に重い状態にある成人では、二次性カタトニアの頻度が年齢とともに増え、せん妄や昏睡の併存と強く関連します。
20歳より前にカタトニア症状が現れた場合について、CDDRは身体疾患または神経発達症との関連を述べています(CDDR p.207)。以下は本マニュアルの運用上の考え方です。若い利用者に症状が現れたときは、「特性が強く出た」で止めず、身体の病気を先に疑ってください。発熱・けいれん・意識の変化・麻痺などを伴うときは、12節の緊急基準に従ってください。
9. 見分けが問題になる状態
カタトニアと見た目が重なる状態がいくつかあります。見分けるのは医師の仕事であり、専門医にとっても難しい判断です。職員に必要なのは、「どれかを当てること」ではなく、どの状態であっても共通して必要になる情報を、正確に集めて伝えることです。
- 服薬歴:最近開始・変更・中止された薬剤、特に抗精神病薬と抗うつ薬の有無と、その日付
- 発熱の有無:体温の経時的な変化(測った時刻とセットで)
- 症状出現の経過:いつから、どのような順序で症状が現れたか
- バイタルサイン:脈拍、血圧、呼吸数の変化
- 筋のこわばりの程度:いつもより身体が硬くないか
- 意識状態:呼びかけへの反応の質(反応するか、内容が通じるか)
- 過去の類似エピソード:あれば、その時期と経過
- てんかんの既往と直近の発作
この情報を時系列で正確に記録し、医療スタッフに伝えることが、適切な診断と治療への道筋を作ります。
(1) 悪性症候群(抗精神病薬による重篤な副作用)
抗精神病薬などによる悪性症候群(神経遮断薬悪性症候群、NMS)は、高熱・筋のこわばり・意識の変化・自律神経の乱れ(血圧の大きな変動、大量の発汗、よだれ)を示します。CDDRは、これらの症状の多くは「自律神経異常を伴うカタトニア」でも起こりうると明記しています。そのうえでCDDRは、両者の区別が難しいのは、カタトニアを発症する人の多くが抗精神病薬を服用しているためだと説明しています(いずれもCDDR p.209)。区別は、薬を使った時期と症状が出た時期の関係、カタトニアを過去にくり返しているか(くり返している場合は悪性症候群の可能性が下がります)、カタトニアでは典型的でない検査所見(高カリウム血症、肝不全・腎不全)があるかなどをもとに、医師が判断します。
抗精神病薬を飲んでいる人の「発熱+体のこわばり」は、理由を問わず当日中に医療へ。どちらであるかを考える必要はありません。手順は2節に示したとおりです。
もっと詳しく(中堅職員・主任向け):悪性症候群とカタトニアの関係
ここから先は、医療職と話す機会の多い方に向けた補足です。日々の行動は「発熱+こわばりは当日中に医療へ」で足ります。
なぜ区別が問題になるのか
悪性症候群が疑われる場合、原因となる抗精神病薬は直ちに中止されます。一方、他の精神疾患に伴うカタトニアでは、慎重に選ばれた薬が使われることもあります。つまり、方針が反対になりうるため、医師にとっては重要な判断になります。しかしCDDRは、この区別は難しいとし、その理由を「カタトニアを発症する人の多くが抗精神病薬を服用しているため」と述べています。加えてCDDRは、悪性症候群の症状の多くは「自律神経異常を伴うカタトニア」でも起こりうるとも記しています(いずれもCDDR p.209)。以下は本マニュアルの運用上の考え方です。職員が持ち込む情報――薬を変えた日付、体温の推移、症状が出た順序、過去のエピソード――を、そろえて医療者に渡してください。
悪性症候群でみられる症状
- 高熱
- 著しい筋のこわばり
- 意識の変化[本マニュアルの補足:傾眠、昏迷から昏睡までの幅があります]
- 自律神経の乱れ:血圧の大きな変動、大量の発汗、よだれ(大量の唾液分泌)[本マニュアルの補足:頻脈もあわせて観察してください]
(症状の列挙はCDDR p.209に基づきます。ただし、CDDRが挙げているのは「高熱・筋のこわばり・意識の変化・自律神経の乱れ(血圧の大きな変動、大量の発汗、大量の唾液分泌)」で、「意識の変化」の中身の説明と「頻脈」はCDDRの悪性症候群の記述には含まれていません。観察の手がかりとして本マニュアルが補ったものです。発症頻度・致死率などの数値もCDDRに記載がないため、本章では挙げません。)
施設での予防的な観察
抗精神病薬を服用している利用者では、次の時期に注意深い観察が必要です。
- 薬剤の変更・増量のあった直後(数日〜数週間)
- 夏季など、脱水が起こりやすい時期
- 感染症などの身体疾患を併発しているとき
「いつもより硬い」「いつもより熱っぽい」「いつもより反応が鈍い」──この3つの気づきが、致死的な事態を防ぐ入り口になります。
(2) セロトニン症候群(抗うつ薬などによるもの)
抗うつ薬(SSRIなど)を増量した直後や、新しい薬を追加した直後に、興奮・そわそわ・筋のこわばりに加えて、高熱や頻脈が現れることがあります。これはセロトニン症候群と呼ばれる状態で、カタトニアと症状が重なります(CDDR p.209)。
CDDRは、セロトニン症候群のほうがカタトニアより現れやすい特徴として、振戦(ふるえ)、腱反射の亢進(クローヌスを含む。膝などを叩いたときの反応が強すぎる状態)、眼振(目が細かく揺れる)を挙げています。ただし、これらがあってもカタトニアが併存している可能性は否定されません。
施設では、抑うつや不安に対してSSRIなどの抗うつ薬を服用している利用者が少なくありません。抗うつ薬の増量・追加の直後に、ふるえ・こわばり・落ち着かなさ・発熱が現れたときは、「いつ、どの薬が、どれだけ増えたか」を必ず添えて、当日中に医療へ報告してください。抗うつ薬については第11章「気分症群」で扱っています。
報告の内容は悪性症候群のときと同じです。職員が薬の種類から原因を推定する必要はありません。
(3) せん妄
せん妄も、動きが増えたり減ったりする形で現れます。CDDRは両者の違いを次のように整理しています(CDDR p.208)。
| 観察される点 | せん妄に特徴的 | カタトニアに特徴的 |
|---|---|---|
| 注意・意識・覚醒 | 注意が向かない・意識がはっきりしない・覚醒の水準が変動する。ほかの認知機能の障害も伴う | これらはカタトニアの特徴ではない |
| 意志のはたらき | 意志の障害は特徴ではない | 両価傾向・拒絶症・衒奇症など、意志のはたらきの障害がみられることがある(例示。必ずみられるわけではない) |
| 筋の緊張 | 筋緊張の異常は特徴ではない | 硬直・蝋屈症・カタレプシーなどの筋緊張の異常がみられることがある(例示。必ずみられるわけではない) |
この表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。せん妄については第9章「神経認知障害群」4節で詳しく扱っています。せん妄は身体疾患のサインであり、見逃してはならない医療的な緊急事態です。どちらであっても、その日のうちに医療へ伝えるという行動は変わりません。
(4) てんかん(非けいれん性てんかん重積)
てんかんの発作のなかには、けいれんを伴わず、反応が乏しい状態や動きの止まった状態が続くものがあります(非けいれん性てんかん重積)。これは、動かない・話さない・反応しないというカタトニアと同じ見え方をすることがあります。CDDRは、カタトニアを起こしうる身体の状態のひとつとしててんかんを挙げていますが(CDDR p.206)、非けいれん性てんかん重積とカタトニアの見分けについてはCDDRに記載がありません。この節は本マニュアルによる補足です。
てんかんの既往と直近の発作の状況を、必ず報告に含めてください。「最後の発作はいつか」「発作の形は普段と同じか」「抗てんかん薬の飲み忘れや変更はなかったか」が重要な情報です。詳しくは第13章「てんかん」をご覧ください。同章には、発作を目撃したときの手順と救急要請の基準が示されています。
10. 施設職員による日常観察と記録
本章のここまでの内容を踏まえて、施設職員が日常業務のなかで実践できる観察と記録のポイントをまとめます。
「いつも」を記録する習慣
カタトニアを早期に発見するためには、まず利用者の「いつも」が記録されていることが前提となります。これは異常を探すためではなく、変化を察知するための土台です。
カタトニアを疑った時の観察ポイント
「いつもと違う」と感じたとき、以下の点を意識的に観察し、記録してください。
この表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。症状名がわからなくても、見えたことをそのまま書けば十分です。
| 観察領域 | 具体的な確認事項 |
|---|---|
| 運動・活動性 | 動きの量、姿勢の特徴、自発性、介助時の身体の硬さ |
| 発話 | 発話量、明瞭性、応答の速度、いつもの言葉が出るか |
| 食事・水分 | 摂取量、飲み込みの様子、口を開けるか、好きな食物への反応 |
| 排泄 | 回数、性状、トイレでの動作 |
| 睡眠 | 就寝・起床時刻、夜間の様子、覚醒度 |
| 表情・情動 | 苦痛、困惑、無表情、いつもの笑顔があるか |
| バイタルサイン | 体温、脈拍、血圧、呼吸数、発汗の様子 |
| 服薬状況 | 最近開始・変更された薬剤、内服管理の状況 |
| 環境変化 | 最近の生活上の変化(環境変更、対人関係、感染症流行など) |
観察記録の基本:5W1H
記録の際には、可能な限り具体的に、客観的に書きます。「ぼーっとしている」だけでは情報として不十分です。
- いつから(When):何時頃から、何日前から
- どこで(Where):居室、食堂、活動室など
- 誰が(Who):本人、関わっていた職員
- 何を(What):具体的な行動、表情、姿勢
- なぜ(Why):考えられるきっかけ、その時の状況
- どのように(How):どの程度の頻度・強度で
11. 治療と施設での支援
カタトニアの治療は医療スタッフの仕事ですが、施設職員も基本的な治療方針を理解しておくことで、医療連携の質が向上します。
CDDRは診断の要件を示す文書であり、治療については扱っていません。したがって、本節の治療に関する記述(第一選択薬、電気けいれん療法など)はCDDRではなく臨床文献に基づくものです。実際の治療方針は主治医が個別に判断します。本節は、医療職の説明を理解するための背景知識としてお読みください。
主な治療法
- ベンゾジアゼピン系薬剤(特にロラゼパム):第一選択薬として広く用いられます。多くのカタトニア症状を迅速に改善する効果が期待されます
- 電気けいれん療法(ECT):薬物療法が効果不十分な場合や、緊急性が高い場合に選択される、非常に有効な治療法です
- 原因疾患の治療:基礎にある精神疾患・身体疾患・薬剤性原因への対応
- 抗精神病薬:NMSのリスクを念頭に、慎重に選択されます
施設での支持的ケア
薬物療法と並行して、施設スタッフが日常的に行うべきケアは、合併症を予防し、安全な回復を支援する上で不可欠です。
もっと詳しく:知的発達症利用者への薬物治療上の注意
知的発達症をもつ方々は、薬剤に対して非典型的な反応を示すことがあり、注意が必要です。
奇異反応(paradoxical reaction)
ベンゾジアゼピン系薬剤(カタトニアの第一選択薬)は、通常は鎮静効果をもたらしますが、知的発達症や認知症の方では逆に興奮や錯乱を引き起こす「奇異反応」を示す可能性があります。投与後の反応を注意深くモニタリングし、いつもと異なる興奮や混乱が見られた場合は、速やかに医療スタッフに報告する必要があります。
少量からの慎重な投与
知的発達症の方々は、健常成人の標準用量で過剰な反応を示すことがあります。医師は通常、少量から開始し、慎重に増量する方針をとります。施設職員は、薬剤量の変更があった際には、変更後数日間の様子を特に注意深く観察してください。
個別化された行動支援計画
カタトニアからの回復過程では、医療的治療と並行して、本人が安心できる環境調整や、回復段階に合わせた個別化された行動支援計画を策定します。多職種で連携してケアにあたることが成功の鍵となります。
12. 緊急性の判断と医療連携
カタトニアの兆候を疑った場合、どの程度の緊急性で医療連携を行うべきでしょうか。以下に目安を示します。
以下の症状が見られる場合、救急搬送を含む緊急の医療対応を要します。
- 自律神経異常を伴うカタトニア(生命に関わる最重症型のカタトニア。臨床では慣用的に「悪性カタトニア」とも呼ばれますが、CDDRの用語ではありません)のサイン:高熱(38℃以上を目安)、著しい筋のこわばり、意識の変化、血圧・脈拍の不安定
- 呼吸異常:呼吸停止、著しい呼吸困難
- 意識消失:呼びかけや痛み刺激に全く反応しない
- けいれん発作
- 誤嚥を疑う窒息様の症状
- 急性発症のカタトニア症状(自己免疫性脳炎などを疑う)
ICD-11は、カタトニアに自律神経の異常を示す特定用語(specifier)を用意しています。CDDRは、身体疾患だけでは説明できないバイタルサインの異常が伴う場合、それは生命に関わる合併症の可能性を示すものであり、直ちに対応を要すると明記しています(CDDR p.203)。具体的には次のものです。
- 頻脈または徐脈(脈が速すぎる/遅すぎる)
- 高血圧または低血圧
- 高体温または低体温
該当する場合は、それぞれに対応するコード(MG26 原因不明の発熱、MG28 環境によらない低体温、MC80.0 高血圧の診断のない血圧上昇、MC80.1 非特異的な低血圧、MC81.0 頻脈、MC81.1 徐脈)が付されます。
以下は本マニュアルの運用上の考え方です。カタトニアを疑ったら必ずバイタルを測り、時刻とともに記録してください。測れなかった場合は、その事実を記録してください。また、CDDRはバイタル異常を伴う場合、症状の持続が15分程度と短くてもカタトニアの症状として数えうるとしています(CDDR p.203)。「短時間だったから様子を見る」という判断はしないでください。
以下の場合、当日中の医療スタッフへの相談・受診が必要です。
- 新たに出現した、または急速に悪化している昏迷・緘黙
- 食事や水分摂取の著明な低下
- 排尿・排便の停止
- 姿勢の異常な硬直、蝋屈症の出現
- 抗精神病薬服用中の利用者で、いつもと違う筋硬直や発熱
- 新規薬剤開始後の急な行動変化
以下の場合、施設内のカンファレンスや定期診察での評価を検討します。
- 常同行動の頻度や強度の漸増
- 緩やかな活動性の低下
- 表情の変化、対人反応の減少
- 「最近何かいつもと違う気がする」という直感的な印象
医療連携時に伝えるべき情報
医療スタッフ・医療機関に連絡する際には、以下の情報を整理して伝えると、適切な対応につながります。
- 利用者の基本情報:氏名、年齢、基礎疾患(知的発達症、ASDなど)
- 症状出現の経過:いつから、どのような症状が、どのような順序で出現したか
- 「いつもの状態」との比較:何が、どの程度変化しているか
- バイタルサイン:体温、脈拍、血圧、呼吸数
- 食事・水分摂取・排泄の状況
- 服薬状況:常用薬、最近の変更、頓服使用の有無
- 最近の出来事:環境変化、感染症状、外傷、その他のストレス因
- 過去の既往:類似のエピソード、てんかん、他の身体疾患
カタトニアは、知的発達症や自閉スペクトラム症(ASD)の利用者に生じうる治療可能な医学的症候群です。しかし、その症状(常同症、緘黙、姿勢の硬直、拒絶症など)が知的発達症やASDの特性と酷似しているため、見過ごされやすく、放置されると拘縮・疲弊・脱水・誤嚥、横紋筋融解症による腎不全など生命を脅かす合併症に至ることがあります(CDDR p.203)。
施設職員に求められる役割は、診断や治療ではなく、「いつものその人からの変化」を捉え、その場で正しく動くことです。カタトニアを疑ったら、無理に動かさず・話させず、水分と食事とバイタルを確認し、基準に当てはまればその日のうちに医療へ伝えてください(2節)。
とくに重要な行動規則は一つです。抗精神病薬を飲んでいる人の「発熱+体のこわばり」は、理由を問わず当日中に医療へ。悪性症候群かカタトニアかを職員が見分ける必要はありません。伝えるべきは、服薬内容と直近の変更・体温・いつからか・過去の類似エピソードの4点です。
あわせて、20歳より前の発症は身体疾患(とくに神経系の病気)や神経発達症と関連すること(CDDR p.207。原文に「急性の」という限定はありません)、再発の早期徴候は両価傾向や動作の緩慢化でありうること(CDDR p.204)、バイタルの異常は分類上も生命の危険信号として位置づけられていること(CDDR p.203)を押さえてください。
「決めつけずに、変化に気づいたら直ちに医療連携を行う」――この一行が、本章の最も重要なメッセージです。
本章の記述は、WHO『Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural and Neurodevelopmental Disorders』(CDDR, Geneva: WHO, 2024)と照合し、有病率などの数値を含め、CDDRの記載に統一しています(2026年8月改訂)。CDDRの日本語版が刊行され、日本国内の数値が示された際には、あらためて追記する予定です。