【日本語要旨】 本稿は、19〜20 世紀のフランスおよびドイツ語圏において「衝動」という概念がどのように形づくられたかを、アンリ・エー(Henri Ey)『精神医学研究』第 II 巻『症候論的諸相(Aspects séméiologiques)』(1950)所収の第 11 篇「衝動」を導きとしてたどる概念史の試みである。
フランスでは、ピネルの「理性は保たれたまま意志だけが無力である」症例(1809)から、エスキロールの本能的モノマニー(1838)、バイヤルジェの定式「意志が衝動を制御できなくなったときにのみ、人は真に狂気に陥る」(1853)へと、衝動は一貫して意志との関係において定義された。モノマニーという分類単位はファルレによって否定されるが(1854/1864)、その批判は――情念と狂気とのあいだに厳密な境界線を引きえなくなる、という――意志の無力を診断基準に用いることそのものへの批判でもあった。単位が消えたのちも現象は残り、リボー『意志の病』(1883)は意志を「推進する力」と「停止する力」に分け、抗いがたい衝動を意志の階層的協調の解体(dislocation)として、ジャクソンの解体論のもとに読み直す。マニャンとルグラン『変質者』(1895)は逆に、強迫と衝動を変質者の「挿間症候群」として一括し、意識の明晰・苦悶を伴う闘争・抵抗不能・情動の身体的徴候・行為後の安堵という五特徴を掲げて、これを意志の病ではなく自動症として読んだ。ドイツ語圏では、クレペリンの Drang 語彙、オイゲン・ブロイラー(Eugen Bleuler)『精神医学教科書』(第 3 版、1920 年)における「反応性欲動(reaktive Triebe)」と「病的欲動(krankhafter Trieb)」の弁別——大半の放火・窃盗は状況から了解可能な反応形成であり、真の一次的欲動障害は少数であるという、過剰診断への警戒——、ヴェルニッケ=クライスト学派の Drang 現象、ヤスパース『一般精神病理学』の三段階系列(内容も方向もない Drang → 目標を探し求める欲動 → 対象を規定する意志)、クルト・シュナイダーの意志規定を経て、その関係の様態が分節された。エーの「研究 11」は、この二つの伝統を一つの枠組みに収めた最後の総合であり、衝動現象を「制御を逃れる運動的放出」と「制御そのものの変容」という二極に分かつ。
本稿の主題はここで尽きる。第 3 部は、これとは水準を分けて、現代の国際分類における衝動概念の扱いを検討する。二〇二四年三月に公刊された『ICD-11 精神・行動・神経発達障害の臨床記述と診断要件(CDDR)』は、衝動制御症群の定義を「衝動(impulse)・欲動(drive)・urge に抵抗することの繰り返しの失敗」と改めた。本稿はこの変更をこの歴史の帰結としては扱わず、またその当否を判定する立場にも立たない。§6-bis では定式の来歴を起草過程の文書によって検証する——エスキロールのモノマニー論への自覚的参照のもとに DSM-III(1980)が三語構文を作ったこと、「抵抗の失敗(failure to resist)」の語形が法廷概念 irresistible impulse を避けるための法学側の勧告(1977)に由来すること——その法廷概念自体、レイ『精神病の医事法学論』(1838)を介してエスキロールのモノマニー論がアメリカ法へ移植されたものであった——、ICD-11 の三語が DSM-III の三語(impulse, drive, or temptation)の第三語を urge に置き換えて成立したことは、いずれも公刊文献によって確認できる。ただし文書で辿れるのはこの構文の線だけであり、ブロイラーやヤスパースとの一致は継受ではなく平行現象である。起草者の意図については資料を欠くため、本稿は問わない。最後に §9 は向きを変え、この歴史の側から現代の定義に三つの問いを差し向ける——「抵抗の失敗」は何によって測られるのか、快感価値と強迫との境界はどこにあるのか、神経科学との整合を求めるのは早すぎないか。答えを出すのは本稿の仕事ではない。
キーワード:衝動概念の歴史、フランスとドイツの精神病理学、意志の病理学、ICD-11/CDDR(2024)、抵抗不能、バイヤルジェ「意志の無力」、モノマニーとその盛衰、ファルレ、リボー『意志の病』、マニャン『変質者』と挿間症候群、クレペリン、ブロイラー『精神医学教科書』(反応性欲動と病的欲動)、Drang、ヤスパース『一般精神病理学』、クルト・シュナイダー、アンリ・エー「研究11 衝動」、プロトプルシオン、間欠爆発症(6C73)、責任能力
This paper traces how the concept of impulse was formed in nineteenth- and twentieth-century French and German psychiatry, taking as its guide Henri Ey's Étude no 11, Impulsions (in Études psychiatriques, t. II, Aspects séméiologiques, 1950). In France, from Pinel's case of a patient whose reason remained intact while his will alone was powerless (1809), through Esquirol's monomanie instinctive (1838) and Baillarger's formula of 1853, the impulse was defined throughout in its relation to the will. Falret's destruction of monomania as a diagnostic unit (1854/1864) was at the same time an objection to the criterion of an impotent will itself: maintain the doctrine, he argued, and no rigorous line can be drawn between passion and madness. The unit fell; the phenomena remained. Ribot's Les maladies de la volonté (1883) divided the will into a power of impulsion and a power of arrest, and read the irresistible impulse as a dislocation of the will's hierarchical coordination, importing Hughlings Jackson's law of dissolution into French psychology; Magnan and Legrain's Les dégénérés (1895) collected obsession and impulsion as the “episodic syndromes” of the degenerate under five characters — lucid consciousness, anguished struggle, irresistibility, exaggerated physical signs of emotion, and relief following the act — and read them, against Ribot, as automatism rather than as a disease of the will. In the German-speaking world that relation was articulated in its modes: Kraepelin's vocabulary of Drang, Bleuler's distinction between reactive and morbid drives, the Wernicke–Kleist school, Jaspers's three-stage series (Drang without content or direction → drive that seeks an object → will that determines one), and Kurt Schneider's account of the will. Ey's Étude no 11 is the last synthesis to hold both traditions in a single frame, dividing impulsive phenomena into two poles: motor discharges that escape control, and alterations of control itself.
The subject of the paper ends there. Part 3 turns, at a different level, to the treatment of the impulse in the current international classification. The definition published in the ICD-11 CDDR in March 2024 — "the repeated failure to resist an impulse, drive or urge" — is treated not as the outcome of that history but as a parallel event of our own time, and the paper takes no position on whether the revision is right. Section 6-bis then examines the pedigree of the formula itself through the published record: the DSM-III category of impulse control disorders (1980) was modelled on Esquirol's monomanias by drafters who consulted them; the phrase "failure to resist" was adopted in 1977 on forensic advice, to avoid the legal term "irresistible impulse" — a term of art which the law itself owed to psychiatry, Isaac Ray's Treatise (1838) having carried Esquirol's monomania, cases and all, into American jurisprudence; and the ICD-11 Working Group of 2014 carried the DSM-III triad forward with a single substitution, urge for temptation.
What the documents establish is one line of syntactic transmission, and nothing more. The correspondences with Bleuler, Jaspers and Ey are parallels, not receptions — the drafters' own intellectual matrix was the contemporary neurocognitive research on impulsivity and compulsivity, not the history recounted here. What the drafters intended cannot be recovered from the sources, and is therefore not asked. Section 9 reverses the direction and puts three questions from this history to the classification: by what is a "failure to resist" measured, once the requirement of self-report has been removed; where does the boundary with compulsion lie, given that the hedonic criterion is not applied consistently; and is it not premature to seek consistency with a neuroscience whose findings are not specific to any of these disorders? Answering them is not the business of this paper. History confers no authority on the current classification; it raises the resolution at which the classification can be read.
Keywords: history of the concept of impulse; French and German psychopathology; impulse control disorders; ICD-11 / CDDR (2024); failure to resist; pathology of the will; Baillarger; monomania and its fall; Falret; Ribot, Les maladies de la volonté; Magnan, Les dégénérés; Kraepelin; Bleuler, Lehrbuch der Psychiatrie (reactive and morbid drives); Drang; Jaspers; Kurt Schneider; Henri Ey, Étude n°11 Impulsions; protopulsion; intermittent explosive disorder (6C73); criminal responsibility
第 1 部 衝動概念の精神病理学史的形成
§1 序節——問いの設定
本稿の発端を記しておく。筆者はアンリ・エーの『精神医学研究』第 11 篇「衝動」(第 II 巻『症候論的諸相』所収、1950)を読み進めるうちに、そこに引かれるフランスとドイツの文献の系譜そのものを一度たどり直しておきたいと考えた。本稿の主題はそこにある——19〜20 世紀のフランスおよびドイツ語圏において、「衝動」という概念がどのように形づくられ、何を区別する道具として鍛えられたか。ピネルからエスキロール、バイヤルジェ、ファルレ、リボー、マニャンを経て、クレペリン、ブロイラー、ヤスパース、シュナイダーに至り、エーがその双方を総合するまでが、第 1 部の対象である。
本稿の主張は一つである。フランスの「意志の病理学」とドイツ語圏の記述精神病理学は、それぞれ独立の道筋をたどりながら、衝動を〈制御する審級と制御されない力との関係〉として概念化し、その関係の様態を区別する語彙を鍛えた。フランスでは、理性が保たれたまま意志だけが無力でありうるという事態の発見が出発点となり、ドイツ語圏では、Drang・欲動・意志という段階の分節がその内訳を与えた。エーの「研究 11」は、この二つを一つの枠組みに収めた最後の総合である。第 1 部と第 2 部は、この過程の記述にあてられる。
方法について一言。本稿は臨床概念の歴史を扱うのであって、制度史ではない。フランスとドイツの制度史・覇権移動については別稿(「ピネルからクレペリンへ」)に、エーの器質力動論の骨格については別稿(「エーの精神病理学における自由概念」)に委ね、ここでは「衝動」という概念そのものの内容の変遷に集中する。同じ限定は主題の広がりにも及ぶ。フランスにおける衝動概念が道徳的主体の構成や社会秩序の問題と深く絡んでいたことは確かであり、その断面は本稿にも現れる(§2-4 の法廷、§2-6 の変質論、§6-bis のアメリカ法)。しかしその全体を展開することは、本紀要の別稿——フーコー批判、1838 年法、エスキロール論、ゴーシェ=スウェインの施設論——に委ね、本稿は臨床概念の内容史という一本の線を保つ。フロイトの欲動論への言及も、術語的統制に必要な範囲(§6-2)に意図して限る。原典に当たりえた箇所は原語で引き、孫引きにとどまる箇所はその旨を注に記した。
構成は次のとおりである。第 1 部(§2〜§5)はフランスとドイツ語圏の系譜をたどり、エーの総合に至る。§2 は 19 世紀フランスの一世紀——ピネル、エスキロールのモノマニーとその崩壊、バイヤルジェ、ファルレ、リボー、マニャン——にあてられる。第 2 部(§6〜§6-bis)は、そこで鍛えられた語彙——衝動・欲動・Drang——の相互関係を解剖する。第 3 部(§7〜§9)は、この歴史とは水準を分けて、現代の国際分類における衝動概念の扱いを検討する。第 3 部で扱う ICD-11 の定義変更は、第 1 部の歴史の帰結ではない。本稿の準備中にたまたま公刊された、同じ主題をめぐる現代の出来事であり、本稿はその当否を判定する立場に立たない。歴史の側から現代の定義に何が問えるか——第 3 部の性格はそれに尽きる。
§2 19 世紀フランス——「意志の病理」としての衝動
エーが「研究 11」の冒頭で参照するのは、ほとんどが 19 世紀フランスの文献である。そこで形づくられたのは、一言でいえば〈理性は保たれたまま、意志だけが無力でありうる〉という事態を一個の病として確定する作業であった。この作業はピネルの症例記述に始まり、エスキロールによって「モノマニー」という分類単位を与えられ、法廷での濫用を経てファルレによってその単位を否定され、それでもなお現象そのものは残って、リボーの「意志の病」とマニャンの「挿間症候群」という二つの理論的定式を生んだ。本節はこの一世紀をたどる。あらかじめ全体の見取り図を掲げておく(図 1)。なお本節の配役は、「研究 11」が名を挙げる著者に限られない。ファルレとリボーは——筆者の見るかぎり——同篇には引かれておらず、モノマニーという単位の崩壊と、意志の理論的再記述という二つの蝶番を欠いては系譜がつながらないため、筆者の判断で補ったものである。
ピネル 1801/1809 理性は保たれ、意志のみ無力 │ ┌────┴────┐ エスキロール バイヤルジェ 1838 1853 モノマニー 「意志が衝動を 三類型 制御しえぬとき 知性/情動/意志 のみ真に狂う」 └────┬────┘ ↓ ファルレ 1854/1864 「モノマニーは存在しない」 単位の否定・法廷での崩壊 (現象は残り、単位は消える) │ ┌────┴────┐ リボー 1883 マニャン 1895 『意志の病』 『変質者』 意志=階層的 挿間症候群 協調 意識清明 停止する力の 苦悶の闘争 損傷 抵抗不能 意志の解体 身体徴候 (ジャクソン) 行為後の安堵 └────┬────┘ 「意志の病か、自動症か」 ↓ エー『研究 11』1950(§5)
2-1 ピネル——理性の保持と意志の無力
「理性は正しく機能しながら意志のみが衝動を制御しえない」という構図の臨床的原型は、ピネル『Traité médico-philosophique sur l’aliénation mentale』第二版(1809)§239 の「鎖につながれた患者」にある。この患者は、発作の最中にも正しく推論し、自らの状態と、自らを駆り立てる「抗いがたい性向(penchant irrésistible)」とを自覚しながら、なおその衝動を制御しえなかった。ピネルがこの症例を「病的状態(état de maladie)に由来し規則的治療を要する」ものとして明確に疾患の側に置いたこと――すなわち理性の保持と意志の無力との併存を一個の病として確定したこと――が、以下に辿る系譜の起点をなしている[1]。
この §239 の症例が「意志の病理」の原型でありうるのは、ピネルの分類においてそれが「manie avec délire」から明確に切り離されているからである。対照のために、ピネルが後者の例として何を挙げているかを両版から見ておく。初版(an IX=1801)第四節「aliénation mentale の諸種への区分」第三種「manie avec délire」§XIV は、この種の躁病を「悟性の一つあるいは複数の機能の毀損」と「délire の及ぶ対象の驚くべき数」によって性格づけたうえで、ビセートルの施療院で行く先々に出会ったという人物たちを列挙する——「五万の兵を地に倒してきたばかりだと自称する一人の将軍、自分の臣民と属州のことしか語らぬ一人の君主、至高者の名において威嚇する預言者マホメットその人、一吹きで大地を絶滅させうる世界の主権者」。さらに「複数の人間のあらゆる集まりを悪魔の軍団とみなし、叩きのめしに行こうと独房から出ようとした」患者と、「自分の衣服や寝床の藁までも、絡み合った蝮の堆積だと信じて、ことごとくずたずたに引き裂いた」患者が続く。第二版(1809)§155–156 はこの記述をほぼ逐語的に再録するが、将軍・君主・マホメット・世界の主権者の行列の一文を削り、悪魔の軍団と蝮の二例のみを残す。削られた誇大的形象は、第二版では「憂鬱症(mélancolie)」——délire exclusif——の章に移され、革命で財産を失いフランス王を自称するに至った大領主の執事、一人息子を失ってコルシカ王に変身したと信じた法律家、「世界の主権者」の幻想に囚われたヴェルサイユの住人として再配置される(§162 付近)。他方、第二版は躁病の章に §154 の症例を新たに加える——二十七歳の感じやすい女性が深い悲嘆と月経の突然の停止ののち、第三月に極度の観念の混乱に陥り、自らを支配する「倒錯した性向」を悪魔の示唆に帰して憑依を確信し、悪魔祓いを求めて家々を叫び回るが、サルペトリエール入院時の管理者の断固たる保証(「悪魔がこの施設に入る勇気をもったことはかつてない」)と、まじないを解く力があるとされた衣服の交換によって、翌日(délire maniaque の第十日)には憑依の誤りを認め、第三月に理性を完全に回復した、という経過である[2]。
この対照が示すのは、ピネルにおいて「délire を伴う」とは、知覚と観念の内容そのものの変質——「想像力が貸し与える形と色」、対象の途方もない数、誇大と憑依——であったということである。§239 の患者が「正しく推論し、自らの状態を自覚しながら」抗いがたい性向を制御しえなかったのに対し、悪魔の軍団を見る患者には、制御の主体となるべき「正しい推論」がそもそも残っていない。意志の病理と悟性(entendement)の病理という二つの軸は、ピネルの分類においてすでに分岐していたのであり、本稿が辿る衝動の系譜は前者の側に属する。
2-2 エスキロール——モノマニーの成立
ピネルが症例として置いたものに分類上の場所を与えたのが、その弟子エスキロール[3]である。『精神疾患論』(1838)第 II 巻の「モノマニー論」は、部分的な狂気を、侵される心的機能に応じて三型に分かつ——観念の側が侵される知的モノマニー、感情の側が侵される情動的モノマニー、そして意志の側が侵される第三型である。エスキロールはこの第三型をこう定義した。
Tantôt la volonté est lésée : le malade, hors des voies ordinaires, est entraîné à des actes que la raison ou le sentiment ne déterminent pas, que la conscience réprouve, que la volonté n’a plus la force de réprimer ; les actions sont involontaires, instinctives, irrésistibles, c’est la monomanie sans délire, ou la monomanie instinctive.
また時には、意志が損なわれる。患者は、常の道を外れ、理性も感情も決定していない行為、良心が咎めながら意志がもはや抑える力を持たない行為へと引きずられていく。その行為は不随意的・本能的・抗いがたいものである。これが monomanie sans délire、すなわち monomanie instinctive(本能的モノマニー)である。[4]
一文のうちに四つの契機が畳み込まれている——理性の保持、良心の抗議、意志の敗北、そして「抗いがたい」行為。この四契機の組み合わせが、以後一世紀半にわたって「衝動」を語る際の骨格となる。あわせて、エスキロールがこの第三型を monomanie sans délire とも呼んでいることに注意されたい。ピネルの manie sans délire(§2-1)の語をモノマニー論の内部に引き継いだ命名であることが、語形そのものに刻まれている。
定義を担っていたのは症例である。この定義が同時代に対して持った説得力は、抽象的な規定からではなく、『精神疾患論』第 II 巻がこの定義のまわりに並べた症例群から来ていた。「モノマニー殺人」の節でエスキロールは、まず部分的 délire を持ち「公言された熟慮的な動機」によって殺人へ駆られた患者たちを挙げたのち、筆を転じてこう書く——「以下の観察の主題である精神病者たちは、そうではなかった」[5]。続くのは短い症例の畳みかけである。産後十日の女が「突然、動機なく」わが子の喉を切りたい欲望に駆られる。四児の母は、子らを殺めたいという不随意の衝迫から、家を捨てることによってしか逃れられない。そして——
Une servante, chaque fois qu’elle déshabille, pour le coucher, un enfant confié à ses soins, est prise du désir irrésistible de l’éventrer.
一人の下女は、預けられた子どもを寝かしつけるため服を脱がせるたびに、その腹を裂きたいという抗いがたい欲望に襲われる。[5]
エスキロールの総括はこうである——「これらの不幸な者たちは、殺す前に理性を失ってはいなかった。そして殺すとき、いかなる情念にも、いかなる動機にも動かされていない。彼らは本能的に引きずられているのである」。個々の症例では、意志の敗北は患者自身の言葉で語られる。十一年ぶりの妊娠ののち嬰児殺しの観念に取り憑かれた T 夫人は、「この愛しい無垢な子よりも、私が死ぬほうがましだ」と言い、犯行を防ぐために自殺を図って炭の蒸気に倒れ、それでもなお言う——「祈りもしました。聞き届けられませんでした。自分が病気なのだと思い込めたらよいのですが、それができないのです。私は不幸な母です」[6]。理性の保持・良心の抗議・意志の敗北・「抗いがたい」行為という先の四契機は、これらの症例において、もっぱら患者自身の内的闘争の報告と、行為の動機の不在とによって認定されている——行為の外形が病を証しているのではない。のちにファルレが突くのは、抽象的な定義ではなく、まさにこの症例形式の急所である(§2-4)。なお同じ節には、面識のない弁護士に突然掴みかかり、事後に平静なまま「動機については何の記憶もない」と語る M 氏の症例(t. II, pp. 102–103)もあり、一世紀後にヤスパースが引くクロンフェルトの「青天の霹靂」症例(§4-3)と記述の型を同じくする——これは系譜ではなく、同種の臨床像が同種の記述を呼ぶ一例である。
この分類が同時代にどう受け取られたかは、半世紀後にマニャンが書いた要約が端的に伝えている。マニャンによれば、エスキロールは「精神的統一体を構成する諸部分がそれぞれ侵されうる」と考え、第一に「誤った奇矯な着想・錯覚・幻覚によって構成される」知的モノマニー、第二に近代の「理性的躁病」にほぼ相当する情動的モノマニー、第三に「意志が侵され、行為が衝動的・不随意的・抗いがたいものとして現れる」本能的モノマニーを認めた。カルメイユがこれに幻覚を基盤とする第四型(感覚的モノマニー)を加えている[7]。第三型に付された三つの形容詞——impulsives, involontaires, irrésistibles——は、エスキロール自身の一文をそのまま反復したものである。
ここで確認しておくべきことがもう一つある。この第三型は、その誕生の時点ですでに半ば法廷のものであった。放火モノマニー・窃盗モノマニー・殺人モノマニーという下位区分は、犯罪行為をそれ自体として医学の対象とするために立てられたものであり、鑑定人が法廷で「意志が抑える力を持たなかった」と証言するための概念装置として機能した——その先兵となったのが、エスキロールの弟子ジョルジェである[8]。次項に見るバイヤルジェの定式が刑法 64 条と共鳴し、次々項に見るモノマニーの崩壊が法廷での紛糾を直接の契機としたのは、この出自の必然的な帰結である。
この出自について、ゴールドスタインの専門職史はさらに順序を精確にする[9]。「意志の損傷(lésion de la volonté)」と殺人モノマニー(monomanie homicide)を 1825 年の小冊子で創始し、レジェ、ルクッフ、パパヴォワーヌの判決を公然と誤りと断じて、判事は「恐怖と警戒」から行動しているのだから医師の助言に依拠せよと迫ったのは、エスキロールではなくジョルジェであった。しかもそれは、エスキロール自身が 1818 年の辞典項目「Manie」で——狂暴は常に「前駆的」譫妄によって導入されるとして——退けていたピネルの manie sans délire(§2-1)の復活である。1826 年のコルニエ裁判でマルクがこの診断を刑事事件で初めて用い、論争が全国的になった翌年、エスキロールはホフバウアー仏訳(訳者は弟子シャンベイロン)に付した「殺人モノマニー覚書」で、約十年ぶりにモノマニーについて持続的に語り、弟子に従った。ただしゴールドスタインが「術語的手品」と呼ぶ仕方で、である。エスキロールは manie sans délire を認めないまま、「知性または感情の認めうる変化」を示さない「盲目の本能」に駆られる第二の型を立て、それを「意志の部分的譫妄」と呼んだ。当時の医学用語で délire は知的逸脱に留保されており、エスキロール自身が十年前に「俗語」でのこの語の乱用を冗談にしていた。この用法が導入した曖昧さは、1854 年の学会討論でアルシャンボーが「師は厳密には譫妄なきモノマニーを認めていなかった」と気づくまで、四半世紀のあいだ認識されなかった。本項冒頭に引いた 1838 年の定義——la volonté est lésée——は、したがって、師の理論の完成であるよりも、弟子の法廷戦略に師の術語が追いついた到達点である。ゴールドスタインはこれを「概念変形(conceptual deformation)」と呼ぶ。境界紛争のもとでは、概念の外的効力がその内的整合性より高く評価され、専門共同体内部の無私の検討は停止する。しかも、情念の正常な現れと病的な現れとの差を、ジョルジェも、1828 年に弁護士コラール・ド・マルティニーから「我々はあらゆる情念をモノマニー化(monomaniser)している」と挑まれたサークルの誰も、特定しようとはしなかった。ファルレが 1854 年に突く「情念と狂気のあいだの境界線」(§2-4)は、この時点から放置されていた問いである。
2-3 バイヤルジェの定式(1853)
エーが「研究 11」冒頭で最初に引くのは、バイヤルジェ[10]の 1853 年の定式である。
我々の患者の行動はしばしば「自動的」「不随意」かつ「強制的」であるため、精神医学的徴候学には、統合的活動の「制御を逃れた」多数の運動・行為・爆発的な衝動の放出が含まれている。こうした現象はすべて、その意味で「衝動的」である。衝動性という概念にこれほど一般的な意味を与えたからこそ、バイヤルジェは 1853 年に次のように記すことができたのである。(Ey, Étude No 11, p. 163)
On n’est réellement fou que lorsque la volonté est impuissante à dompter les impulsions.
意志が衝動を制御できなくなったときにのみ、人は真に狂気に陥る。[11]
エーはこの一文に「衝動」概念の最も一般的な内容を見る。衝動とは「意志」[12]との関係においてのみ定義される——意志が衝動を「制御できなくなる」ことが病理の核心である。この構図は後の ICD 定義を理解する上での基準点となる。なお年代に注意されたい。この定式の 1853 年は、次項に見るファルレのモノマニー批判が医学心理学会に提起されるのとほぼ同じ時期にあたり、二人は同じサルペトリエールにいた。エーの引くこの一文が論争とどのような関係で——どちらの側から、どの文脈で——発せられたものかは、原典の確認(注 11)を待って判断すべき問いとして残る。
2-4 モノマニーの崩壊——ファルレと法廷(1854–1864)
モノマニーの隆盛は長くはなかった。1854 年、サルペトリエールのジャン゠ピエール・ファルレは医学心理学会でモノマニーの存在そのものを否定する報告を行い、これを十年後に『精神疾患と精神病者施設』(1864)に「モノマニーの非存在について」として収める[13]。冒頭の一文が争点を言い当てている——「モノマニーの存在または非存在の問題は、単なる呼称の外見のもとに、一個の学説全体を含んでいる。この重要かつ論争的な主題についての我々の意見は明確である。我々は精神病における délire の単一性を認めない」[14]。
なぜ 1854 年であったのかについても、ゴールドスタインの再構成が答えを与える[15]。転回点は 1852 年、ファルレの学生バリオが「本能的モノマニーの非存在」を主題に学位論文を書き、同じくファルレの学生で地方アジールに職をもつモレルが全面的批判を発表した年である。ファルレ自身は 1819 年の学位論文以来モノマニーを信じたことがなかったが、四半世紀のあいだ公にはほとんど沈黙し、1837 年、1838 年法案について代議員に配布した小冊子でも懐疑を一瞬しか漏らさず「支配的な精神医学的意見」への敬意を保った。沈黙が破られた理由を、ゴールドスタインは専門職の安全に求める——1838 年法が全国アジール制度を命じ、専門職の将来がもはやモノマニーに懸からなくなったとき、この教説は初めて無私の検討に付せるものになった、と。当事者の証言がある。1852 年、ブリエール・ド・ボワモンはモレルの書評で、自分の意見が「基本的にモレル氏のものと似ている」と認めながら、反モノマニー説を支持する時期は「不適当」であり、「多数の反対者がこの医学的不和を利用して新たな抗議を演出する」ことが懸念されると書き、「待つ者にすべては来る」と結んだ。モレルは翌 1853 年の医学心理学会で、ナンシーの裁判長から「被告が窃盗モノマニーや詐欺モノマニーの持ち主として陪審に示されるたびに、彼を有罪にするモノマニーをもたねばならない」と言われた経験を語り、概念の放棄こそが法廷での医師の信頼を高めると述べている。数字もこの転回を裏づける——サルペトリエールの新規入所者に占めるモノマニー診断は、1850 年の 14%から 1858 年 10%、1860 年 8%、1865 年 2%と減り、1870 年には皆無となる。以下に見るファルレの論法は、こうして、専門職が法廷戦略の圧力から解放された瞬間にはじめて発せられえた臨床的反証であった。
ファルレの論法は二段構えである。第一に系譜の指摘。狂気を全般的なものと部分的なものに分かつ区分は古代からあり、「ピネルはその名の権威によってこの古い区分を追認し普及させたにすぎない。その最も高名な弟子であるエスキロールは、一群の限られた対象に、あるいはただ一つの対象に限局した精神病にモノマニーの名を課することによって、ピネルとその先行者たちの意見をより明確に定式化し、まさにそのことによって、以後医師たちのあいだに広まった学説をいっそう明白なものにした」[13]。第二に臨床的反証。同一の患者に情動的・知的・本能的の複数のモノマニーが同時にあるいは継起的に認められること、意識の明晰さが保たれた単なる感情の障害と、意識の失われた délire とが同一の群に混在していること、そして「他の諸部分の関与なしに悟性のみが孤立して侵される」という着想そのものの空疎さ——これらを列挙して、部分的狂気という単位を解体する[13]。
本稿にとって決定的なのは、ファルレがこの学説の帰結を法医学の側で引き受けたことである。彼は、モノマニーを否定することは裁判所に武器を与えることだ、という同時代の非難を正面から取り上げ、それをそのまま論敵に投げ返す。
On nous accuse de fournir, en niant la monomanie, des armes aux tribunaux, et d’exposer ainsi des aliénés monomanes à être condamnés comme responsables de leurs actes. Mais cette accusation, qu’on nous adresse, par suite d’un malentendu, nous la renvoyons précisément à nos adversaires. Que fait-on, en effet, en soutenant la doctrine de la monomanie ? On rend impossible toute ligne de démarcation rigoureuse entre la passion et la folie ; on abandonne ainsi le jugement d’une question aussi délicate à toutes les chances d’erreur d’une appréciation individuelle…
モノマニーを否定することによって我々は裁判所に武器を提供し、モノマニーの精神病者をその行為に責任ありとして断罪される危険に晒している、と非難される。だがこの非難は、誤解の結果として我々に向けられたものであり、我々はそれをそのまま論敵に返す。実際、モノマニーの学説を支持することによって何が生じるか。情念と狂気とのあいだの厳密な境界線は一切引きえなくなる。かくして、これほど微妙な問題の判断は、個人的な評価がもたらすあらゆる誤りの偶然に委ねられることになるのである。[13]
ここで指摘されているのは、「抗いがたさ」を診断の中心に据える定式に固有の困難である。情念に駆られて行為する者と、抗いがたい衝動に屈した者とを、行為の外形からは区別しえない。区別は結局、鑑定人一個の心証に委ねられる。ファルレの反論は、モノマニーという単位に向けられたものであると同時に、意志の無力を診断基準に用いることそれ自体に向けられていた。この論点は本稿 §9-1 で、現代の定義文に向けて改めて問い直されることになる。
崩壊のありようには注意を要する。消えたのは単位であって現象ではない。放火・窃盗・飲酒・賭博への抗いがたい傾向という臨床像は残り、それを指す名——pyromanie, kleptomanie, dipsomanie——もまた残った。ただし、それらを一個の疾患単位として支えていた学説を失って、症状名として漂流することになる。この漂流する残余が、20 世紀の分類のなかで再び居場所を探すことになるのだが、それは第 3 部の主題である。
2-5 リボー『意志の病』(1883)——停止する力と意志の解体
モノマニーという枠組みが失われたあと、「意志の無力」を理論的に語り直したのは、精神科医ではなく心理学者であった。テオデュール・リボー『意志の病』(初版 1883)は、記憶について行ったことを意志について行う試み——すなわち「進化」の原理ではなく「解体(dissolution)」という形式のもとに、異常から出発して正常の状態についての結論を引き出す試み——として構想されている[16]。
リボーはまず意志を二つの力に分解する。序論の副題がそれを示す——「推進する力としての意志について。停止する力としての意志について」(De la volonté comme pouvoir d’impulsion. — De la volonté comme pouvoir d’arrêt)。この二分に応じて、意志の弱化は二つの章に分かれる。第一章「推進の欠如」(Le défaut d’impulsion)は無意志症(aboulie)を、第二章「推進の過剰」(L’excès d’impulsion)は衝動を扱い、後者はさらに「突発的で無意識な衝動」と「意識を伴う抗いがたい衝動」とに分けられる[14]。
この第二の型——意識を保ったまま抗いえない衝動——について、リボーは二つの定式を与える。第一は機序の指定である。反射が誇張され暴力的である以上、「停止する力(その本性と機序が何であれ)は損なわれているのであり、意志的活動の構成と維持におけるその役割は決定的である」[17]。意志の病理はまず、押し出す力の過剰ではなく、止める力の欠損として位置づけられる。第二は構造の記述である。
…cette subordination hiérarchique des tendances — qui est la volonté — se coupe en deux tronçons : au consensus qui seul la constitue s’est substituée une lutte entre deux groupes de tendances contraires et presque égales, en sorte qu’on peut dire qu’elle est disloquée.
諸傾向のこの階層的従属——それが意志である——は二つの断片に切断される。意志を唯一構成している合意(consensus)に代わって、相反しほぼ拮抗する二群の傾向のあいだの闘争が立つ。それゆえ意志は脱臼した(disloquée)と言いうるのである。[15]
「意志の脱臼」——この比喩の含意は大きい。抗いがたい衝動とは、意志という能力が量的に減弱した状態ではなく、意志を成り立たせている階層的な統合そのものが二つに割れ、対等な二群の闘争に置き換わった状態である。したがって「意志が弱い」という道徳的な語り方は、ここで構造の語り方に置き換えられる。結論部でリボーはこれを一般化し、抗いがたい衝動は「それだけで意志の病理のほとんど全体を代表する」と述べたうえで、そのすべてが「階層的協調の欠如」という一個の定式に還元されると言う[18]。
そしてこの階層という考えは、ジャクソンから来ている。リボーは意志を「単純な反射を第一項とする漸進的進化の最後の項」と定義し、その解体の法則を次のように定式化する——「解体は、より意志的でより複雑なものから、より意志的でなくより単純なもの、すなわち自動症へと、退行的な歩みをたどる」。直後に引かれるのは 1868 年のヒューリングズ・ジャクソンである[16]。フランス語圏の「意志の病理学」がジャクソンの解体論と接続されるのは、この書物においてであり、およそ七十年の後にエーが器質力動論の名のもとに受け継ぐのも、まさにこの接続である(§5)。本稿が第 1 部で辿るフランスの系譜とドイツ語圏の系譜が、エーにおいて一つの枠組みに収まりうる理由の一半は、ここにある。
2-6 マニャン『変質者』(1895)——挿間症候群という定式
同じ問題を、臨床の側から、そして正反対の理論的立場から扱ったのがヴァランタン・マニャンである。マニャンとルグラン『変質者——精神状態と挿間症候群』(1895)は、モレル以来の変質論を継承しつつ、変質を「その直近の生殖者に比して、精神身体的抵抗力において体質的に減弱し、生存のための遺伝的闘争の生物学的条件を不完全にしか実現しない存在の病的状態」と定義する[19]。本稿にとって重要なのは書名の後半——「挿間症候群」(syndromes épisodiques)である。マニャンは、変質者の生涯に発作的に挿入されるものとして、強迫(obsession)と衝動(impulsion)を同一の構造のもとに置いた。
その構造の記述は、驚くほど克明である。患者はまず自らの一部の「一種の自動症」に驚き、「自分が二重化したように思われ、衝動の支配下で行為するこの存在は、先ほどまで意志の命令に従順であった当の存在ではないと感じる」。気を紛らそうと注意を他へ向けるが「強迫は、命令的に、苦悶させるように、苛立たせるように戻ってくる」。闘争が始まり、患者は自分が敗れるであろうことを予知している。強迫が注意を奪い取り、患者を「無力な犠牲者」に変えたとき「苦悶はその極点に達する」。そして——
Dès que ces deux phénomènes ont reçu satisfaction (le mot obsédant a été trouvé, le chiffre néfaste a été conjuré, l’acte homicide a été accompli, etc.) la lutte est suspendue pour un certain temps ; le malade, quoique profondément soulagé comme il arrive lorsqu’une difficulté a été vaincue, reste affligé de son impuissance… Cette satisfaction donnée à un besoin momentané et impérieux procure une sorte de bien-être indéfinissable, quel que soit d’ailleurs l’objet de l’obsession ou de l’impulsion.
この二つの現象が満足を得るや否や(強迫的な語が見出され、忌まわしい数字が祓われ、殺人行為が遂行される、等々)、闘争はしばらくのあいだ中断される。患者は、困難が克服されたときのように深く安堵しながらも、なお自らの無力を嘆いたままである。……この束の間の切迫した欲求に与えられた満足は、強迫あるいは衝動の対象が何であれ、一種の言いようのない快さをもたらす。[20]
そして「発作が終わりに近づかぬかぎり寛解は短く、強迫は再生し、衝動は新たな満足を要求し、苦悶がふたたび患者を締めつけ、闘争が再開される」[18]。マニャンはこの記述から五つの特徴を抽出し、一個の「一覧表(tableau synoptique)」に掲げる——意識の明晰(conscience lucide)/苦悶を伴う闘争(lutte angoissante)/抵抗不能性(irrésistibilité)/情動の身体的徴候の誇張/現象の遂行に続く安堵(soulagement consécutif à l’accomplissement du phénomène)。五つのうち「真に病態徴候的(pathognomonique)」なものは意識の明晰であり、これを取り去れば「我々は délire ないし精神病の領域に足を踏み入れる」[21]。定義そのものも与えられている。
L’impulsion pathologique est un syndrome morbide caractérisé par une action ou une série d’actions accomplies par un sujet lucide et conscient, sans l’intervention et malgré l’intervention de la volonté dont l’impuissance se traduit par une angoisse et une souffrance morale intenses.
病的衝動とは、明晰かつ意識を保った主体によって、意志の介入なしに、また意志の介入にもかかわらず遂行される一個の行為ないし一連の行為によって特徴づけられる病的症候群であり、その意志の無力は激しい苦悶と精神的苦痛として現れる。[19]
この枠組みのもとに、マニャンは二十余の「挿間症候群」を列挙する——疑惑症、接触恐怖、広場恐怖、閉所恐怖、場所恐怖、飲酒症(dipsomanie)、過食症、放火症(pyromanie)、火恐怖、盗み恐怖、窃盗症(kleptomanie)、買い物症(onio-manie)、賭博症(manie du jeu)、語探索症(onomatomanie)、計算症(arithmomanie)、反響言語、汚言、動物愛好症……。各項には同一の型が反復される。飲酒症であれば「飲むことへの衝動。絶対的な抵抗不能性。誘惑(tentation)に対する精力的だが無益な闘争。意識は明晰。身体徴候として現れる極度の苦悶。衝動が満たされたときの安堵」。賭博症であれば「抵抗したいという最も切実な願いにもかかわらず賭博へ駆り立てられる者たちの状態。自らの境遇を意識し、それを嘆いている。苦悶を伴う闘争、確実な敗北、きわめて激しい情動現象を伴う行為の遂行、そしてそれに続く、悔恨の混じった言いようのない満足」[22]。
ここで一つ、断り書きが要る。マニャン 1895 年のこの五特徴——意識清明・苦悶の闘争・抵抗不能・情動の身体的徴候・行為後の安堵——と、後年の分類が衝動制御障害に与える記述との一致は著しい。とりわけ「誘惑に対する闘争」の語と、行為後の緊張低減の記述はそうである(tentation は、DSM-III の三語の第三語 temptation と、また現行 MeSH 仏語訳が urge に充てる tentation——§6-1——と同じ語である)。だが本稿はこれを継受として主張しない。二十世紀の分類の起草者たちがマニャンを読んだことを示す文書を、筆者は持たない。ここにあるのは、同じ現象を意識の明晰さから記述しようとすれば同じ諸特徴に行き着く、という構造的な照応であり、その身分については §9-5 で改めて論じる。
理論的な立場においては、マニャンはリボーの正反対にいる。強迫と衝動は「意志の一種の一時的・病的な無力(anénergie)によって産み出されるのか、言い換えれば、そこには意志の病が存在するのか。そうではあるまい」——マニャンはそう書く。意志の正常なエネルギー量はむしろ保たれており、病理はそれを圧倒する自動症の側にある。彼はこの群の総括に「大脳脊髄自動症(automatisme cérébro-médullaire)」の語を添えている[23]。すなわち 19 世紀末フランスにおいて、同じ臨床像は二通りに読まれていた——リボーにおいては意志の階層構造の解体として、マニャンにおいては意志を圧倒する自動症として。この分岐は解消されずに二十世紀に持ち越され、エーの「二つの極」(§5-3)は、まさにこの分岐に一つの位置を与えようとする試みとして読むことができる。
2-7 エーが受け取った遺産——二つの複合語と二つの歪み
エーが「研究 11」で受け取ったのは、以上の一世紀の堆積である。彼はその要約を、二つの複合語の形成史として与える。エスキロールの「本能的モノマニー」において、衝動は知性が保たれているにもかかわらず単一の病的行動に支配される状態として医学的に記述された。その後ダゴネの「衝動性狂気」、ヤコビの「衝動性モノマニー」を経て、「強迫衝動」という複合概念へと発展する。[24]
しかし、衝動という概念は、一連の概念の中でその範囲を限定していくことで定義されてきた。まず、衝動は「衝動性単一思考」(ヤコビ)、「衝動性狂気」(ダゴネ)、「強迫衝動」といった名称の下で強迫観念と結びつけられることで、その定義の方向性が定まった。それにより、衝動とは、主体が衝動の駆り立てや、衝動システムの抗いがたい実現への傾向と闘うこととして定義された。(Ey, Étude No 11, p. 163)
「強迫衝動(obsession-impulsion)」という合成語が、マニャンが強迫と衝動を同一の挿間症候群として一括した操作の直接の帰結であることは、いま見たとおりである。エーはこの合成を受け継ぎながら、しかしそこに一つの問いを立てる——「衝動傾向としての衝動」と「成就された衝動」は本質的に異なるのか、程度の差に過ぎないのか。[25]
いずれにせよ、「衝動」が単なる「衝動」や「行為への傾向」として留まる場合と、すでに実行された行為として捕えられる場合との共通点の中にこそ、「衝動的構造」の正しい定義の要素を見出す必要があるのである。(Ey, Étude No 11, p. 163)
あわせてエーは、「衝動」という語が歴史的に二方向に歪んできたことを指摘する。一方では拡張されすぎ、「すべての自動的・不随意的行動」の同義語となった。他方では収縮しすぎ、精神科臨床において「暴力行為」の同義語となってしまった。
また、エーはフランス刑法 64 条を参照する[26]——「犯罪者が抵抗できなかった力によって行動することを強制された」場合に責任能力を問わないとするこの条文は、衝動概念の法的・医学的両義性を示す。エスキロールの第三型が誕生の時点で半ば法廷のものであったこと(§2-2)、ファルレの批判が法廷での境界画定の不可能性を突いたこと(§2-4)を想起すれば、この参照が系譜の末尾に置かれているのは偶然ではない。
わが国〔フランス〕の刑法第 64 条も、この趣旨に基づいて制定されたものであり、同条は、精神錯乱の場合と、犯罪者が「抗し得ない力に強いられた」場合の両方を規定している。これこそが、「衝動」という概念の最も一般的な内容である。(Ey, Étude No 11, p. 163)
§3 ドイツ語圏精神病理学における「衝動」概念の精緻化——ヤスパースへの道
3-1 クレペリンにおける衝動の記述
エミール・クレペリンは「一次的な病的衝動」の記述において Beschäftigungsdrang(強制的作業衝動)という語を用いた。[27]内側から押し出してくる切迫的な力という語の選択は偶然ではない。Sturm und Drang(疾風怒濤)と同語源[28]であり、外からの命令とは異なる有機的・内的な切迫性を表現する。クレペリンはこの語によって、衝動が単なる「行動の失制御」ではなく、行動を突き動かす内的力そのものの病理であることを示唆していた。
クレペリンの『精神医学教科書』第 6 版(1899 年)症状論 D「意志と行為の障害」は、衝動行為(放火・窃盗・放浪衝動を含む)を「病的欲動(krankhafter Trieb)」の臨床記述として収録している。この語彙はブロイラーに引き継がれ(後述 3-3)、さらにヤスパースの体系的区別へと連なる系譜の出発点をなす。
3-2 ヴェルニッケ─クライスト学派と Drang 現象(Drangerscheinungen)
カール・ヴェルニッケの「精神運動の精神病」(Psychosen der Motilität)は衝動現象を神経学的階層論の中に位置づけた。カール・クライストは「短絡行為」(Kurzschlusshandlung)・「強制的把握」(Zwangsgreifen)の精密な記述を発展させた。[29]エーが「強制的放出」「短絡的放出」と呼ぶものはクライスト起源の概念である。[30]
この学派で定着した「Drang 現象」(Drangerscheinungen)[31]という術語は、ドイツ語圏精神病理学における衝動論の集約点となる。エー自身がこの語彙群の広がりを一望する対照表を残している——「研究 11」脚注 2(164 頁)は、衝動的行為を指すドイツ語の多数の表現(Triebe・Antriebe・Drangentladungen・Drangberuhigung・Sucht・Zwangsphänomene 等)を仏語の impulsion 系語彙と対照させたもので、第 2 部で行う三語の解剖は、この表を出発点の一つとする。[32]
3-3 ブロイラー『精神医学教科書』——krankhafter Trieb と解釈転換
オイゲン・ブロイラー(Eugen Bleuler, 1857–1939)の『精神医学教科書』(Lehrbuch der Psychiatrie、初版 1916 年、本稿では第 3 版 1920 年を参照)[33]は、クレペリンの直接の継承者にして批判者として、衝動概念の概念史に重要な節点をなす。
ブロイラーの受容状況——概念史的空白の源泉。ブロイラーの教科書は、その統合失調症概念の影響力にもかかわらず、今日に至るまで著しく読まれていない著作の一つである。ドイツ語圏では第 15 版(1983 年)まで改訂が続けられたが、フランス語圏では彼の主著『早発性痴呆、または統合失調症の群』(Dementia praecox oder Gruppe der Schizophrenien、1911 年)の翻訳さえ 1993 年(EPEL 版、A. Viallard 訳)まで存在せず、長い間アンリ・エーの謄写版刷りによる注解が読者の唯一の窓口であった(このエーの注解は 1993 年のフランス語訳に付録として活字化されて収録された)。英語圏では A. A. Brill による英訳(Textbook of Psychiatry、ニューヨーク:Macmillan、1924 年)が初期版に限って存在するが、以後の改訂版は英訳されていない。日本でも翻訳の試みは途中で頓挫し、内容は十分に知られていない。患者の内面に深く入り込む彼の叙述は症例記載のドイツ語が極めて難解であることも翻訳困難の一因とされる。この特殊な受容状況が概念史的に重要な空白を生んでいる。
krankhafter Trieb の定義と reaktive Triebe。ブロイラーは『精神医学教科書』総論部に「反応性欲動」(reaktive Triebe)の章を設け、エスキロールの「本能的モノマニー」以来の衝動行為論を体系的に検討した。彼の基本立場は明確であった——「これら衝動行為の大多数は反応形成(Reaktionsformen)として解明されている」。すなわち放火症・窃盗症の症例の大半は、具体的な状況から了解可能な反応として理解されなければならない。「欲動行為としての診断が過度に頻繁になされることへの警戒」(man hüte sich vor zu häufiger Diagnose)はブロイラーが繰り返し強調した原則である。
真の意味での「病的衝動」(krankhafter Trieb)として残るものは少数であり、ブロイラーはその行動的指標を以下のように特定した。無用なものを盗む・入手したものを利用しない・被害者へ返還する、行為後に「それが自分のものとは言えないほど」後悔を示さない、あるいは月経周期・アルコール等の器質的文脈との関連が確認できる。これらの特徴によってのみ「病的欲動の証明」(Beweis des krankhaften Triebes)が可能となるとブロイラーは論じる。
教科書の症例像——下女の放火と百貨店の窃盗。この「大多数は反応形成」という命題を、ブロイラー自身は具体的な人物像で肉づけしている。放火の典型として挙がるのは、犯罪者類型でも変質者でもない。
Am auffälligsten ist wohl der Trieb, Feuer anzulegen (Pyromanie), den wir am häufigsten bei jungen Leuten sehen, die sich in einer (subjektiv) unerträglichen Situation befinden, vor allem bei halbwüchsigen Dienstmädchen, die aus der eigenen Familie herausgerissen, am neuen Ort keinen Gefühlsanschluß finden können.
最も人目を引くのは、火を放とうとする欲動(放火症)であろう。われわれはこれを、(主観的に)耐えがたい状況に置かれた若い人々に最も多く見る——とりわけ、生家から引き離され、新しい土地で感情のつながりを見出せずにいる、年端もゆかぬ下女たちにおいて。[34]
この下女たちの放火は、「衝動的」の通俗像を裏切る。行為の核——火を放ちたいということ——は欲動的でありながら、遂行は「まったく熟慮のうえ、しばしば一定の狡知をもって」行われ、すぐには発覚しないことさえある。行為に先立って「不安・『郷愁』・消化障害を伴う明瞭な不機嫌」が現れ、遂行のさなか、ある者は一種のもうろう状態にあるが、「ある者は熟慮し、欲動と道徳とのあいだの意識的な闘争を闘う」。窃盗の側では、当世の典型として「百貨店の女万引き」が挙がる——陳列の洗練された誘惑に屈して「使えるものも使えないものも一緒くたに」盗み(しばしば月経期に限られる)、他方、古い意味での窃盗症者は、盗んだ物を積み上げ、贈り、廃棄し、時には持ち主のもとへ返しさえする。そして——「こうした人々の道徳は、その他の点ではまったく良好でありうる」[32]。状況から了解可能な反応形成とは、このような人物像のことである。だからこそブロイラーは、行為の外形からの安易な診断を戒め、病的欲動には積極的な証明を要求した(前段落)。なお、この放火論の注でブロイラーが参照を求めるのは、ほかならぬ若き日のヤスパースの学位論文「郷愁と犯罪」(Heimweh und Verbrechen, 1909)である[32]——§3 と §4 の登場人物は、ここで文書のうえでも交差している。
ヤスパース「了解可能性」基準との収斂。この解釈転換の哲学的意義は大きい。ブロイラーが「了解可能な状況反応」と「真の一次的欲動障害」を弁別する実践は、ヤスパースが後に方法論的に定式化した「了解可能性」(Verstehbarkeit)の有無という基準と実践的に収斂している。了解可能なものは反応形成として位置づけられ、了解不可能なもののみが krankhafter Trieb として残る——この論理は衝動行為の医療化に対する慎重さの原則として機能し、「なぜ ICD-11 が診断に機能障害要件を必要とするか」という問いへの歴史的背景を提供する。
感情障害論との接続と ICD-11 の「urge」概念。ブロイラーはこの衝動論を彼の統合失調症精神病理学(連合障害・感情障害・自閉・両価性)の延長線上に位置づけていた。感情が連合機制の「切換え力」(Schaltungskraft)を持つという彼の洞察——特定の感情状態のもとでは対応する連合が優先的に活性化され、矛盾する連合が阻害されるという構造——は、衝動行為が単なる意志力の欠如ではなく、感情の構造的偏向として理解されなければならないことを示している。病的欲動は「精神生活の深部構造の問題」として把握されており、症状の羅列的記述をはるかに超えた病理論的洞察を含んでいる。
この洞察は、ICD-11 の「urge」概念と構造を同じくする。「衝動・欲動・urge に抵抗することの繰り返しの失敗」(failure to resist an impulse, drive or urge)という定式は、ブロイラーの krankhafter Trieb が「意志が制御できない状態」として定義されていたことと、同じ二項——制御する審級と制御されない力——の上に立っている。ただし、ここで語法に注意を要する。ブロイラーの概念が ICD-11 に流れ込んだと述べる根拠を、本稿は持たない。ICD-11 のワーキンググループ(Grant, Stein ら)[35]がブロイラーを参照した形跡は公刊文書に現れず、彼らの知的母体はまったく別のところにある(§6-bis-3)。ここで確認できるのは、すべての人間に生じる欲動のうちどれを病理として取り出すかという同一の問いに対して、二つの時代が構造の似た答えを与えたという事実であり、それ以上ではない。半世紀の迂回を経た「復活」としてではなく、同じ問いが同じ形の答えを呼ぶという事情の反復として読むべきである(この種の主張が空虚な一致の指摘に堕さないための条件については §9-5 で論じる)。
3-4 ベルツェの根本的区別とクロンフェルトの現象学
ヨーゼフ・ベルツェ[36]は『精神的活動の一次的不全』(Die primäre Insuffizienz der psychischen Aktivität, 1914)において、自動的行為の中に「主観的自発性の意識の障害に関連するもの」と「純粋に受動的な運動展開として体験されるもの」の二類型を区別した。エーはこれを「本研究を絶えず導く根本的区別」と呼ぶ。
アルトゥール・クロンフェルト[37]は「欲動的なものの現象学について」(Zur Phänomenologie des Triebhaften, 1924)において「行動の領域」と「運動性の領域」の二段階を区別した。その現象学的分析はエーとヤスパース双方の参照点となっている。
3-5 クルト・シュナイダー『臨床精神病理学』——感情と欲動の精神病理学
クルト・シュナイダー(Kurt Schneider, 1887–1967)の『臨床精神病理学』(初版 1950 年)は、ドイツ語圏記述精神病理学における欲動論の集大成的著作の一つである。その付録「感情と欲動の精神病理学要綱」は、感情と欲動を体系的に区別した上で、衝動現象の病理を精密に記述している。[38]
シュナイダーはまずスタンプフに依拠して感情と欲動の根本的区別を定式化する。感情とは「直接的に快・不快として体験される受動的な自我状態」であるのに対し、欲動はこれと対比的に「あるべき状態」へ向かう能動的な力として位置づけられる。欲動はさらに「身体的欲動」と「心的欲動」に分類される。[39]
この区別は抽象的な図式ではなく、具体的な生活体験に係留されている。生命的身体感覚の多くは「志向的性格」を持ち、生命過程にとっての利害を指し示す——「空腹は、食べるべしと言う。疲労は、休むべしと言う。食物への嫌悪は、それを食べるなと言う」。それゆえ「多くの生命的身体感覚は同時に身体的欲動であり、生命的希求であって、これと端的に切り離すことができない」。身体的欲動は食欲・性欲にとどまらず、「休息し、身体を動かし、眠り、あくびをし、排泄する欲動」にまで及び、「生とは間断なき欲動の流れ(Triebstrom)である」。そしてシュナイダーは、Trieb という語そのものの含意を次の一文で言い当てる——「Trieb の代わりに Streben(希求)と言うこともできる。これは奇妙なことである。Trieb は受動的に響き、Streben は能動的に響く。しかしそれは、後ろから押される能動性なのである。それは、駆り立てられてあること(Getriebensein)を背に負っている」[40]。内から突き上げる力としての欲動——§4 でヤスパースの系列に即して論じる「方向」の問題は、ここに最も簡潔な定式を得ている。
ヤスパースとの体系上の相違——Drang という段階を立てないこと。ここで、§4 で扱うヤスパースとの相違をあらかじめ明確にしておく。ヤスパースが衝動現象を〈内容なき Drang → 対象へ向かう欲動 → 対象を規定する意志〉という体験の系列として配置するのに対し(§4-1)、シュナイダーはこの種の段階系列を立てない。彼の体系の出発点は感情と欲動という状態の記述であり、Drang の語は、身体的欲動の異常を指す「運動的 Drang 状態」(次段落)のような形容的な用法で現れるにとどまって、欲動に先立つ独立の体験段階としては現れないのである。この差は分類趣味の問題ではない。系列は〈同じ一つの力が形をとってゆく過程〉を含意するが、状態の記述はそのような発生論的含意を負わない——そしてこの含意の有無は、三語並列の読解(§6-2)において urge の位置に効いてくる。ICD-11 の urge に Drang の系譜を読みうるとすれば、それはヤスパース的な系列の語法においてであって、シュナイダー的な状態記述の語法においてではない。なおこの対比は、時期の対比でもある。Drang を固有の体験段階として立て「内容なく方向なき」と積極的に規定する建築は、ヤスパース初版(1913)にはなく、第 4 版(1946)の所産である(§4-1——初版で「一次的な Drang の体験」は Triebregung の同格の言い換えとして動機論に現れるにとどまり、節の表題も「Triebregungen und Wille」の二項である)。臨床にとどまったシュナイダーの体系と臨床期の初版は、Drang を独立の段階として建築しない点で、互いに近いのである。
衝動概念との直接の関連において重要なのは、身体的欲動の異常として記述される「運動的 Drang 状態」である。シュナイダーはここに脳炎後遺症患者の一次的な運動的放出傾向と、統合失調症の衝動的行為を含める。ただし後者については「原発的な運動的欲動放出ではなく、感情に条件づけられた反応が多い」と注記し、機械論的解釈への慎重な態度を示している。この留保はエーが機械論的理論を批判する際の論点と重なる。[41]
シュナイダーの「欲動人間」(Triebmensch)という概念は、衝動制御症群の臨床的先駆として注目される。「周期的な放浪者、飲酒者、浪費者、放火者、窃盗癖を持つ者」をこのカテゴリーに含め、その動機の性質によって三群に分類する。①直接理解可能な動機を持つもの、②種々の気分障害を背景に二次的に生じるもの、③本当の意味での一次的欲動障害と考えられるもの——の三群である。この三分類は「行為の動機の性質」という問いを診断の核心に据えており、ICD-11 が「外的強化子」の問題を未解決として残したことの先駆的定式化として読むことができる。[42]
意志が登場する場面も、シュナイダーは具体的な問いの形で描いている——先に食べるべきか、飲むべきか(身体的欲動同士の争い)。性的希求に従うべきか、良心に従うべきか(身体的欲動と心的欲動の争い)。権力への欲動に従うべきか、人間的配慮に従うべきか(心的欲動同士の争い)。「こうして諸希求の闘争が起こり、より強力な希求が勝つ」。しかし——「これはなお純粋な力の戯れであって、意志についてはまだ何も語られていない」[43]。意志が語られるのは、この力の戯れのただなかで決断がなされるときに限られる。この基準は、ヤスパースが §6 で示す「選択と決断の体験」の基準(§4-1)と正確に一致する。その上でシュナイダーは、ハルトマン(Nicolai Hartmann)の層論を参照しながら、ヤスパースの論述と本質的に共鳴する定式を与えている。
Wille ist die Möglichkeit, zwischen zwei oder mehr verschiedenen Strebungen zu entscheiden. Er selbst hat keine eigene Kraft, er kann nur den Strebungen die Handlung freigeben oder sie versagen.
意志とは、二つ以上の異なる欲動の間で決断する可能性である。意志それ自体は固有の力を持たず、欲動に行為を解放するか拒否するかができるのみである。意志は、感情・価値評価・信念の力と助けを借りて、他の欲動を抑圧し、特定の欲動に従う決断をすることができる。[44]
この定式はヤスパースの「潜在する意志が背景に存在するとき、駆り立てられ・圧倒される感覚が体験される」という洞察と同一の構造を持つ。意志は欲動の力を創り出すのではなく、欲動の力を選択的に解放するか拒否するかするのである。衝動制御症とは、この解放と拒否の機能が損なわれた状態として理解される。
シュナイダーの欲動論における最も深い洞察は次の一文に凝縮されている。
Ein rein triebhafter Mensch wäre noch kein Mensch, ein rein bewußter Mensch wäre kein Mensch mehr. Zwischen beiden Polen treibt der menschliche Mensch hin und her.
純粋に欲動的な人間はもはや人間ではなく、純粋に意識的な人間はもはや人間ではない。この両極の間で人間たる人間は揺れ動く。[45]
この定式は、衝動に完全に支配される状態が人間性の剥奪を意味することを示す。「抵抗不能」を中心概念に置く ICD-11 の定式は、結果として、これと同じ人間学的地平——人は衝動に対して立つ存在であるという地平——の上に立つことになる。根拠の提供ではなく、地平の共有である。
§4 ヤスパース『一般精神病理学』における「衝動」概念の体系化
4-1 三段階の系列——Drang・欲動・意志
カール・ヤスパース(1883–1969)の『一般精神病理学』(Allgemeine Psychopathologie、初版 1913 年、最終版 1959 年)第 6 節「Drang・欲動・意志」(Drang, Trieb und Wille)は、衝動現象を「連続した系列」として配置する(図 2)。[46]
Wir unterscheiden das Erleben eines primären inhalts- und richtungslosen Dranges, die unbewußt auf ein Ziel gehenden natürlichen Triebe, den mit bewußten Zielvorstellungen, mit dem Wissen um Mittel und Folgen geschehenden Willensakt.
われわれは区別する——一次的な、内容なく方向のない Drang の体験と、意識することなく何らかの目標へと向かう自然な欲動(Trieb)と、意識的な目標表象を伴い、手段と結果についての知識をもってなされる意志行為とを。(Jaspers, 9. Aufl., S. 98)
Drang ——内容なく方向なき切迫 ↓ 対象・目標が与えられる 欲動(Trieb)——目標へ向かう自然な駆動力 ↓ 意識的目標表象+手段と結果の知識 意志(Wille)——意志行為
この系列を、単一のベクトル上の強度差の系列と読んではならない。最初の二段——Drang と欲動——は内から突き上げてくる力(シュナイダーの言う「後ろから押される能動性」、§3-5)であるのに対し、意志はその力に対して選択し、解放し、あるいは拒む審級であって、両者は方向を異にする。ヤスパース自身が明言するとおり、Drang・欲動・目的表象は「動機づけ」として競合するものであり、これと区別される「決断」——人格的な「私は欲する」「私は欲しない」——が熟慮と動揺と葛藤の後に来る。「われわれが意志ないし意志行為について語るのは、選択と決断の何らかの体験が存在するところに限られる」[47]。突き上げる力と、それを選ぶ審級——この二種のものが一つの系列に配置されているのであり、それゆえこの系列は意志の成立へと向かう段階の記述であって、後述する ICD-11 の三語並列(図 4)と同型の三分法ではない。両者の正確な対応関係は §6-2 で論じる。
系列の身分——診察の道具ではないこと。ただし、この系列の身分について一つの限定を明記しておかねばならない。三段階は体験の理念型的な秩序づけであって、診察の道具ではない。押し寄せたものが内容なき Drang であったのか、対象に向かう欲動であったのかを、患者自身が区別して認識しているとは限らず、事後の語りは体験を整形する。問診がこの区別を切り分けられるわけでもない——分節は精神病理学者の側の概念作業であって、患者の報告がそのまま三段のいずれかに落ちるのではない。この限定は系列を軽んじる理由にはならないが、系列を操作的基準と取り違えないための歯止めにはなる(この取り違えの危険が現代の定義文の周囲にもあることは、§9-1 で見る)。
版の問題——初版(1913)との対照。もう一つ、本稿の引用の身分について。§4 の引用はすべて第 9 版(1973——第 4 版〔1946〕の本文を実質的に引き継ぐ)による。『一般精神病理学』(本邦では『精神病理学原論』の邦題で知られる)は、初版(1913)がハイデルベルクの臨床のただなかで書かれたのに対し、第 4 版は戦時下の全面改稿であり、哲学へ転じて以後のヤスパースの手になる。初版の実用性に比して、第 4 版以降の大幅な増補改稿は臨床の用には遠い——この評価は広く行われている。そこで初版の当該節を検した(電子化本文の語句検索を予備とし、筆者所蔵の初版 pp. 68–73 の頁像により逐語確認した)。該当するのは現象学章の §4「Triebregungen und Wille(欲動性の動きと意志)」(pp. 68 以下)——表題からして二項であり、Drang は表題に立たない。そして結果は二層に分かたれる。骨格は、初版にすでにある。p. 68 は、「反射のような、なお辛うじて意識に伴われ、おのれの目標を知らない欲動行為(Triebhandlungen)から、系列(die Reihe)は、全生活を基盤とし、すべての欲動、結果についてのすべての知、パーソナリティの承認するすべての価値の完全な意識のうえでなされる意志決定(Willensentscheidungen)にまで至る」と複雑化の系列を立て、続けてこう区別する——「われわれは欲動性の動き(Triebregungen)、すなわち一次的な Drang の体験、目標表象、結果についての知を区別する。これらすべての契機は、動機として互いに闘争する」。この闘争に対して決断——「私は欲する」「私は欲しない」——が現れ、「選択と決断が何らかの仕方で体験されているところでのみ、意志を、随意行為を語る」。第 9 版の意志規定(前掲)と同旨の文が、初版にすでにある。§4-3 に引く「了解にとって抑制の可能性が考えられないとき異常と呼ぶ」も p. 69 にほぼ同文で存在し(ただし第 4 版が欲動行為の定義に加える「しかし人格の隠れた制御のもとで」の句は、初版にはまだない)、p. 70 には、後の版に引き継がれる二つの症例——昏迷から突然跳び起きて打ちかかり、翌日「抗いがたかった(unwiderstehlich)」と語る患者と、静かな診察のさなかに医師を殴る患者——までが既にある。しかし、建築は初版にない。注意すべきは p. 68 の統語である。「一次的な Drang の体験」は Triebregungen の同格の言い換えであって、欲動に先立つ独立の体験段階ではない。第 4 版はこの同格を二つの段階に切り分け、Drang に「内容なく方向のない」という積極的規定を与えて欲動の手前に置き、節の表題を「Drang, Trieb und Wille」の三項に改鋳したのである(「richtungslos」は初版に見出されない)。さらに初版は、運動現象の文脈では、「Drang」という語では何も言ったことにならず「運動性興奮」のような無記の表現に留まるほうがよい、とさえ述べていた(p. 113)。すなわち、動機の一項に Drang の体験を数えることと、Drang を固有の体験段階として建築することとは別のことであり、後者は哲学転向後の第 4 版の所産である。前項の限定——診察の道具ではないこと——は、これで歴史的な足場を得る。段階の建築は、臨床の書には無かったのだ[48]。なお初版の同じ節は、意志の側の病理を「意志の無力(Willensohnmacht)」の名で扱い(pp. 70–72、目次にも立項)、「意志作用を欠く体験なのか、意志作用が客観的に効かないことの意識なのか、しばしば不明である」と記していた。意志の無力を体験の水準で記述する語彙は初版にすでに整っており、フランスの「意志の病理学」(§2)との平行も、測定の問い(§9-1)も、ここに早い対応物を持つ。加えて p. 69 には、本稿第 3 部の主題に触れる一文がある——こうした現象に襲われた個人が、「無害な強迫的衝迫(Zwangsantriebe)には従う一方、重大な——例えば子どもの殺害へ向かうような犯罪的な——衝迫には、全力をもって抵抗し、成功する」のは「まったく通例のことである」。抵抗の成否が賭け金の重さに応じて分かれるというこの臨床的観察は、「抵抗の失敗」を定義の中心語に据えることの難しさ(§9-1)を、初版の側からすでに照らしている。なお本邦には、初版の訳(西丸四方訳『精神病理学原論』みすず書房、1971)と第 4 版系本文の訳(内村祐之・西丸四方・島崎敏樹・岡田敬藏訳『精神病理学総論』全 3 巻、岩波書店)とが併存する。本項で述べた二つの版の距離は、日本語では二つの邦訳の距離としてそのまま読むことができる——第 7 版からの英訳しか持たない英語圏では、この距離は翻訳の水準では見えない。〔照合〕p. 113 の一文のみ電子化本文の検索により、頁像での確認は未了。第 2 版(1920)・第 3 版(1923)は未検。
4-2 Drang の特性——内容なき方向なき力
Drang を「内容なく、方向のない」(inhalts- und richtungslos)[49]と形容することはこの語の精神病理学的核心を示している。それは何かに「向かう」のではなく、ただ「押し出してくる」力である。飢えという Drang は食物に向かうときに初めて欲動となり、意識的目標が加わったとき意志的行為となる。
この「内容なき切迫」がいかなる体験かを、ヤスパースは §6 の症例記述の中で具体化している。ティーレ(R. Thiele)の嗜眠性脳炎研究に依拠して、彼は原始的な Drang を「不快な落ち着きなさと緊張から生じる、基本的で、目標を欠き、方向づけられていない放出への傾向」として記述する——Drang は「その作用の中で初めて形をとり、状況と機会に応じて、一定の内容をもつ行為となる」。ここから、三段の差異を三つの動詞で言い当てる定式が導かれる。[50]
Such urges, like frustrated instincts, simply find an object; instincts always seek their object, whereas volition determines the wanted object.
このような Drang は、阻止された本能と同様、その対象をただ見出すにすぎない。欲動は常にその対象を探し求める。そして意志は、意欲される対象を規定するのである。(英訳 p. 118;独語原文は 9. Aufl., S. 99 付近、照合待ち)
見出す(Drang)・探し求める(欲動)・規定する(意志)——冒頭に挙げた空腹の例は、この三動詞に正確に対応する。漠然とした空腹の落ち着きなさは、いまだ固有の対象を持たず、状況と機会が差し出す対象を「見出す」だけの Drang である。目の前の食物へ向かう食欲は、対象を「探し求める」欲動である。そして、いま食べるか控えるかを決めるのが、対象を「規定する」意志である。ヤスパース自身、了解心理学の欲動章において「欲動とは身体的欲求である——たとえば空腹・渇き・睡眠欲。手段さえ与えられていれば、直接にその目標へ達する切迫である」と例示している。
4-3 「本能的行為」と「衝動的行為」の区別
ヤスパースは以下の区別によって病理的衝動を正常な本能的行動から明確に分離する。[51]「病理的な衝動的行為」はさらに厳密に定義される——「いかに共感的に理解しようとしても、その抑制の可能性が想像できない」行為として。[52]
Wenn Triebregungen ohne weiteres, ohne Kampf, ohne Entscheidung, aber doch unter verborgener Kontrolle der Persönlichkeit zur Entladung kommen, spricht man von Triebhandlungen. […] Abnorm nennt man sie dann, wenn für unser einfühlendes Verständnis keine Möglichkeit begreiflich ist, durch die sie hätten unterdrückt werden können.
欲動が葛藤なく、決断なく、しかし人格の隠れた制御のもとで放出されるとき、欲動行為(Triebhandlung)と語る。〔中略——原文はここで、抑制を欠き制御し尽くされない場合を衝動的行為(impulsive Handlung)と呼ぶ〕われわれの共感的理解にとって、その抑制の可能性が理解できないとき、それを異常と呼ぶ。(Jaspers, 9. Aufl., S. 99;〔 〕内は筆者の補い)
臨床例として、クロンフェルトが記録した統合失調症患者の証言[53]をヤスパースは引用する。患者が言うのは「制御できなかった」ではなく「抵抗の余地がなかった」——これは ICD-11 の定式と一致する。
そのころ、われわれは一同で親しい集いを持った。帰宅の途中で、まったく突然に、青天の霹靂のように——以前にはそんなことを考えたこともなかったのだが——こんな考えが私を捉えた。服を着たまま川を泳いで渡らなければならない、と。それは私が意識した強制ではなく、ただ一つの途方もなく激しい衝動であり、私は一瞬も考えずにまっすぐ飛び込んだ。水を感じたとき初めて、それが馬鹿げたことだと気づき、再び這い上がった。このことは私に深く考えさせた。初めて、何か説明のつかない、全く散発的で全く異質なことが自分に起きたのだ。(クロンフェルトより;Jaspers, 9. Aufl., S. 99)
ヤスパースは同じ箇所に、より簡潔な二つの症例を並べている——昏迷状態と見えた患者が突然ベッドから跳び出し、打ちかかり、噛みつき、壁に走りかかる。翌日には接触可能となり、何が起きたかを知っており、「あの衝動には抵抗できなかった」と語る。もう一人は、静かな診察のさなかに突然医師の胸を殴り、少し後に詫びて、医師が敵意を持っているという感じとともに「衝動は突然、抵抗しがたく襲ってきた」と述べる[54]。impulse の臨床的具体像はここにある。行為の内容そのものは明確である(川を泳ぐ・殴る)。しかしその行為は、当人の動機連関のどこにも位置を持たず、「青天の霹靂のように」到来する。内容を欠く Drang とも、対象を探し求める欲動とも異なる impulse の固有性は、〈行為としては規定されているが、動機としては無縁である〉というこの逆説にある。
4-4 「意志の背景」という現象学的洞察
ヤスパースの記述における最も洗練された洞察は次の箇所にある。[55]これは単純な「意志の欠如」ではない。意志は潜在的に存在しながら、urge や欲動の圧力の前に機能できない——この状態の記述は、「行為の制御不能」ではなく「抵抗不能」を中心に置く ICD-11 の定式と構造的に対応する。理由の説明としてではなく、同じ事態のより精密な記述として、である。
Steht dabei ein möglicher Wille im Hintergrund, so wird das Gefühl des Getrieben- und Überwältigtwerdens erlebt, fehlt jener Hintergrund, so geschieht eine biologische Zwangsläufigkeit ohne Willen.
そこに潜在的な意志が背景に存在するとき、駆り立てられ・圧倒される感覚が体験される。その背景が欠如するとき、意志なき生物学的必然性が生じる。(Jaspers, 9. Aufl., S. 98)
4-5 「欲動」と「渇望」——さらなる区別
欲動が「自己に属するもの」として体験されるのに対し、渇望(Sucht)は「異質で強制的なもの」として体験される。[56]
Die Sucht ist gegenüber dem Trieb nicht nur stärker in der Überwältigung, sondern als fremd und zwingend erfahren.
渇望は欲動と比べて、圧倒の強さにおいてのみ優るのではなく、異質で強制的なものとして体験される。渇望は、渇望の充足によって無効化されようとするが、それは無駄に終わる、異常な耐えがたさから生じる。欲動は渇望へと転化しうる。(Jaspers, 9. Aufl., S. 269–270)
独語の鍵語は fremd und zwingend(異質で強制的な)であり、英訳では “something alien and compelling” と訳される。欲動が「自己に属するもの」として体験されるのに対し、渇望は自我に異質なものとして体験される。この対比が示すのは、内から迫る力が必ずしも「衝動的なもの」として内省されない、という事態である。渇望の段階では患者は自身の行動を「衝動的なもの」として把握しがたく、評価は外的観察に頼らざるをえない。ICD-11 の自己報告要件の削除(§7-1)は、結果としてこの事態の記述と構造的に対応している——ただし、起草者がヤスパースのこの箇所を参照した証拠を本稿は持たず、ここにあるのは対応であって継受ではない(§9-5)。
§5 エー「精神医学研究 No 11」——二つの伝統の総合
5-1 三つの理論批判
エーは衝動の理論を三つに分類し、それぞれの限界を指摘する。[57]
機械論的理論。ヴェルニッケ─クライスト学派に代表される。衝動を「高次制御からの解放による低次自動機制の放出」として記述する。エーの評価——プロトプルシオンには適用可能だが、衝動的行動の全体には適用できない。高次機能が低次機能を逆規定するという方向への視点を欠く。
精神発生論的理論。精神分析的アプローチ。「衝動は欲望を表現し、欲望そのものである」[58]と定式化する。エーの評価——衝動の内容・意味は照らし出せるが、衝動が「なぜある時にある症状形式をとるか」という形式的構造は説明できない。
いかなる欲動の理論も、衝動そのもの、すなわちこれらの欲動の特異な形態を——あるいは言い換えれば、精神生活の退行的な構造の中に刻み込まれた病的行為の形態への移行を——説明することはできない。(Ey, Étude No 11, p. 199)
器質力動論的理論。エー自身の立場。意志的行動の統合という上位機能の解体が下位の自動機制を解放するという階層的把握。この理論においてのみ衝動は「解体の陽性症状」として形式と内容の両面において理解される(器質力動論の骨格については別稿を参照)。
5-2 二分類——「プロトプルシオン」と「衝動的行動」
エーの根本的区別は衝動現象を二大カテゴリーに分けることである。
プロトプルシオン。意識・人格の一次的障害なしに本能・反射の領域から上昇する精神運動的放出。モルセリに倣い「内因性」と「抵抗不能性」として特徴づけられる。行為は「自我に反して、自我にもかかわらず」遂行される。[59]
これらは、モルセリがすでに指摘していたような形式的な特徴——内因性と抵抗不能性——を備えた自動的な運動である。……衝動が自我の制御を逃れ、自我の働きの外で、そして自我に反して展開し、抵抗不能な行為として、あるいは自我が対抗することのできない行為として現れる。(Ey, Étude No 11, p. 167)
衝動的行動。意識の退行・人格の解体を背景として生じる衝動的行動。強制性の体験は逆説的に意識が保たれているほど鮮烈に感じられる。神経症・精神病における衝動的行動がここに属する。
Le caractère « forcé » est alors d’autant plus fortement vécu que la conscience est moins désorganisée.
意識が混乱していないほど、「強制」という性質はより強く感じられる。(Ey, Étude No 11, p. 170)
5-3 「二つの極」の定式——概念史的核心
エーは次の根本的定式によって衝動現象の二極を明確にする。[60]
…il faut distinguer deux pôles : celui des décharges motrices qui échappent au contrôle et celui des altérations de ce contrôle.
……すべての「自動的運動」や「衝動」の膨大な全体の中に、二つの極を区別しなければならない——制御を逃れる運動的放出の極と、この制御そのものの変容の極と。(Ey, Étude No 11, pp. 165–166)
この「二つの極」の区別は、ICD-10 と ICD-11 を分かつ概念的断層に——起草過程における系譜的な継受としてではなく、構造的な対応として——重なり合う。[61]すなわち、ICD-10 の「行為の制御不能」は「制御を逃れる運動的放出」(プロトプルシオン)の記述に親和的であり、ICD-11 の「衝動への抵抗不能」は「制御そのものの変容」(衝動的行動)への焦点の移行を示している(図 3)。
衝動現象の二つの極(Ey, 1950) ├─ 制御を逃れる運動的放出——プロトプルシオン │ → ICD-10「行為の制御不能」と親和的 └─ 制御そのものの変容——衝動的行動 → ICD-11「衝動への抵抗不能」と親和的
第 2 部 概念の解剖——impulse / drive / urge の三語
§6 三語の系譜と相互関係
6-1 WHO による三語並列の選択
ICD-11 英語版 CDDR が衝動制御症の核心として選択した三語——衝動(impulse)・欲動(drive)・urge——は、それぞれ異なる概念的伝統を背景に持つ。一語で済むはずの概念をなぜ三語で表現するのか。ここには意図的な選択がある。[62](この選択の来歴——定義文がどこから来たか——は、本節の意味論的解剖を承けて §6-bis で文書的に検証する。)
impulse(衝動)は外来的・突発的な引き金のニュアンスを持つ。ラテン語の「押し込む」(impellere)に由来し、衝動の「外側から来るかのような突発性」を表現する。[63]drive(欲動)は内的な駆動力・方向性を持つエネルギーであり、精神分析の Trieb の英訳としても使われてきた語、フランス語 pulsion と同系である。urge(独 Drang に対応)は切迫感・内側から押し出してくる力で、フランス語には公式訳がなく、既存の MeSH 定義では「誘惑」(tentation)または「欲求」(envie)が充てられている。[64]
6-2 三語それぞれの精神病理学的意義
impulse(衝動)の病理。「制御を逃れる突発的な力」として体験される。エーの「プロトプルシオン」に近い。ICD-10 の「行為の制御不能」はこの側面に焦点を当てていた。
drive(欲動)の病理。ヤスパースが「自然な本能的欲動が意志的行為によって抑制されることなく作動する」と述べる状態。フロイトの Trieb 概念が示すように、欲動は意識の表面に出てこないまま行動を方向づける。欲動の病理は必ずしも患者に「衝動的なもの」として体験されない。
urge(Drang)の病理。内容も方向も定まらぬまま内から迫る切迫(§4-2)。「意志の背後に潜在する可能性」が「駆り立てられ・圧倒される」感覚として体験される状態がこれに対応する(§4-4)。なお術語上の注意を一つ——ヤスパースが「異質で強制的なもの(fremd und zwingend)」の述語を与えたのは Drang ではなく渇望(Sucht)である(§4-5)。urge をこの述語で規定すれば、ヤスパースが立てた urge/渇望の区別そのものが消える(§6-4)。この水準の切迫は必ずしも「衝動的なもの」としては内省されない。自己報告要件の削除(§7-1)は、結果として、この記述と整合する——起草者がこの記述を参照した証拠はない。
三語の並列は冗長な同義反復ではない。それぞれが独立した病理次元を担っており、一語に還元すればその次元が定義から脱落する(図 4)。
impulse(衝動)——突発的放出の次元 「外から襲うかのような」引き金性 =エーのプロトプルシオンに対応 drive(欲動)——方向づけられた駆動力の次元 意識されぬまま行動を方向づける =欲動病理(Trieb)に対応 urge(Drang)——内から迫る切迫の次元 潜在する意志を圧倒する「駆り立て」 =ヤスパースの「意志の背景」に対応 (意志 Wille は三語に含まれない—— 「抵抗 resist」の主語として定義の反対側に立つ)
図 2 と図 4 の関係。ここで、ヤスパースの三段階系列(図 2)と ICD-11 の三語並列(図 4)とを、同型の三分法として重ねてはならない。図 2 の系列は Drang から意志へと上昇する「意志の成立の段階」であり、その頂点には意志が立つ。これに対し図 4 の三語は、意志に対峙して働く病理的な力の三形態であり、意志そのものは三語に含まれない——ICD-11 の定式において意志は、「抵抗の繰り返しの失敗」の主語として、定義の反対側に位置するからである。対応を正確に言えば、urge はヤスパース系列の第一段(Drang)に、drive は第二段(欲動)に由来し、系列の第三段(意志)は三語の側ではなく「抵抗(resist)」の語に引き継がれている。そして第三語 impulse は、この系列からではなく、フランス伝統の impulsion——エーのプロトプルシオン(図 3)——から来る。すなわち ICD-11 の三語並列は、ヤスパース系列のうち意志に先立つ二段(Drang・欲動)とフランス系譜の一語との合成であり、ドイツ記述精神病理学と 19 世紀フランス「意志の病理学」という本稿が辿ってきた二つの伝統が、一つの定義文の中で並置されている構図にほかならない。
フロイトの Trieb との異同——術語上の注意。drive の背後に立つ精神分析の欲動概念については、一点の術語上の注意が必要である。フロイトは『性理論三篇』(Drei Abhandlungen zur Sexualtheorie, 1905)において性欲動(Sexualtrieb)を範例としてこの概念を組み立て、論文「欲動と欲動運命」(Triebe und Triebschicksale, 1915)で一般的定義を与えた——欲動とは「心的なものと身体的なものとの境界概念」であり、Drang(衝迫)・Ziel(目標)・Objekt(対象)・Quelle(源泉)の四契機によって記述される[65]。注意すべきは、フロイトにおいて Drang があらゆる欲動の一契機——欲動が担う圧力、労働要求の量——であって、ヤスパース系列(図 2)のように欲動に先立つ独立の体験段階ではないことである。したがって ICD-11 の drive をフロイト的欲動として、urge をその Drang として読むならば、両者は同一物の二側面となり、並列の意味そのものが失われる。三語の並列が意味を持つのは、Drang を固有の体験様式として区別するヤスパース的な記述精神病理学の用法においてなのである。なお、フロイトが性欲動から概念を組み立てたことには概念的必然性がある——ヤスパース自身、性欲動こそ欲動の全範疇(意識されざる本能・身体的欲求・創造的形成・動機づけられた行為)を一身に含む範例であると述べている。本稿がフロイトに触れるのをこの術語的統制に限るのは意図的である。精神分析の欲動論そのものの展開は、本稿が辿る記述精神病理学の系譜の外にあり、それ自体で一篇を要する。
6-3 フランス語の問題——公式訳の不在
WHO 公式フランス語版 CDDR が 2024 年 3 月時点で未刊行であることは、この三語の翻訳問題を未解決のまま残している。フランス語圏では既存の MeSH 定義(ルーアン大学病院 CISMeF)が参照されるが、[66]エーの「研究 11」脚注 2 が示すように、Drang のフランス語的理解は「強制的放出」(décharge forcée)であり「誘惑」とはニュアンスが異なる。
6-4 日本語訳語の問題——覚書として
「欲動」は精神分析的文脈で Trieb の訳語として定着しており、drive に対応させることは合理的である。問題は urge(Drang)の訳語である。臨床運用は訳語を要求するから、候補を比較しておく。
(一)切迫。泌尿器科領域では urge/urgency がすでに「切迫」で定着しており(切迫性尿失禁、尿意切迫感)、日常語としての通りも最もよい。しかし切迫は差し迫っているという状態の記述であって、内から押し出す力そのものを名指す名詞性が弱く、「切迫=間近」という別系列の医学慣用(切迫早産など)とも干渉する。(二)衝迫。本邦精神病理学が Drang の訳として久しく用いてきた語であり(運動衝迫 Bewegungsdrang など)、本稿自身、フロイトの四契機の Drang を「衝迫」と訳してきた(§6-2)。衝動・欲動・衝迫と三語が同じ二字漢語の形態で並び、「内から衝き迫る力」という語義も、内容なく方向なき圧力というヤスパース的規定(§4-2)に正対する。難点は「衝動」との字面の近さであり、採用するなら初出での原語併記が必須となる。(三)促迫。思考促迫(Gedankendrängen)などの用例があるが、外から急き立てられる受動の色が濃く、主体を突き動かす力の訳としては一歩譲る。(四)渇望。craving の訳として嗜癖領域で確立しており、これを urge に充てれば、ヤスパースが丁寧に立てた urge/渇望の区別(§4-5)が訳語の水準で消える。(五)「衝動性緊張」の類の説明的複合語。正確さは得られるが、術語としての運用に耐えない。以上より本稿は、衝迫を暫定第一候補として提案する。ただし本文では、ICD-11 日本語正規版の公刊までは従前どおり原語を保持する。なお、チック研究の premonitory urge が本邦で「前駆衝動」と訳し慣わされている事実は、urge を「衝動」と訳す既成事実が一領域に存在することを示すが、同時に impulse との衝突をそのまま輸入した例でもある(§6-5)。
6-5 英語圏における urge の生活——四つの領域と一つの測定
第三語は英語で選ばれた。そして英語は、この語に単一の技術的定義を与えていない。urge は英語圏でいくつもの領域的な生活を送っており、その地図を引くことは、CDDR が何を拾い上げたのかを英語の側から照らす。実際、CDDR 自身が urge を少なくとも四つの声域で話している[67]。強迫症の章では強迫観念が「思考・イメージ・衝動(impulses/urges)」と注釈され、パラフィリア症群では DSM 由来の定型句「思考・空想・urges・行動」が反復され、賭博症・ゲーム症では「urges or cravings」と渇望に並べられ、そしてトゥレット症候群の記述では、子どもが十歳前後で「前駆衝動(premonitory urges——身体感覚)と、チックに先立つ不快の高まり、チックに続く緊張の解放に気づくようになる」と書かれる。
(一)チック研究の前駆衝動——唯一の測定。この最後の用法には固有の研究史がある。レックマンらがトゥレット症候群患者の内的体験として記述し(1993)、ウッズらが評価尺度(Premonitory Urge for Tics Scale, PUTS)として操作化した(2005)[68]。身体に局在し、高まり、行為(チック)によって解放され、対象へ向かわない——前駆衝動は、内容なく方向なき切迫というヤスパース的 Drang(§4-2)の、英語圏における最も近い親戚であり、しかも標準尺度で測られている唯一の urge である。ただし精密に言えば、PUTS は構造化された自己報告尺度である。つまり urge の測定に成功した唯一の領域も、測定とは報告を構造化することであって、報告を超えることではない——自己報告要件を外した ICD-11 の定義(§7-1)が失ったのはまさにこの足場であることを、§9-1 の問いに書き添えておく。なお文書的な隣接として、PUTS の筆頭著者ウッズは ICD-11 作業部会の一員である(注 50 の著者欄)。前駆衝動の研究が三語の選択に何を持ち込んだかは、公刊文書からは分からない。
(二)嗜癖研究の urge——渇望との再合流。嗜癖研究では urge は渇望(craving)とほぼ併走する。喫煙衝動の標準尺度は「喫煙 urge 質問票」(QSU, 1991)と名づけられ、再発予防の技法は「urge サーフィン」と呼ばれる[69]。作業部会自身の「urges or cravings」(注 50)はこの声域である。ここで §4-5 を想起されたい——ヤスパースは Drang と渇望(Sucht)を丁寧に分けた。英語の嗜癖研究は、この二つをほとんど同義語として運用している。§6-4 で述べた懸念(urge に「渇望」を充てればヤスパースの区別が訳語の水準で消える)は仮定の話ではない。英語では、それは半ば起きてしまっているのである。
(三)泌尿器科の urgency——身体医学の抵抗定式。国際禁制学会の標準用語(2002)は urgency を「突然の、抗しがたい排尿欲求であって、延期することが困難なもの(a sudden compelling desire to pass urine, which is difficult to defer)」と定義する[70]。§6-4 の訳語「切迫」の出所であるが、注目すべきは定義の構造である——身体医学もまた、みずからの urge を〈延期の困難〉によって、すなわち抵抗の語彙で定義している。抵抗定式は精神医学の発明ではなく、切迫一般の文法に属するのかもしれない。
(四)情動心理学の行為傾向。フライダの情動理論は、情動を行為準備性(action readiness)の変化として捉え、恐怖には逃走への、怒りには攻撃への「駆り立て」が内属するとした[68]。urge はここで正常心理学の市民権を得る——病理に限らず、あらゆる情動が urge を担うのである。
総合すれば、CDDR の群定義が緊張の高まりと行為後の解放をもって記述する urge(注 56)は、この地図の上では前駆衝動=渇望の家族——身体的で、高まり、行為で解放され、対象に乏しい——に最も近い。すなわち英語の側から見ても、urge の最も技術的な用法群はすでに Drang の現象学を担っており、本稿の対応づけ(§6-2、図 4)は英語の語誌からも支持される。そして、この語が測定に最も近づいた領域が、その測定を構造化された自己報告によって行っているという事実は、「抵抗の失敗は何によって測られるのか」(§9-1)という問いに、もう一つの照明を与えるのである。
§6-bis 三語並列の来歴——「抵抗の失敗」の定式は文書でどこまで遡れるか
本節が立てる主張は、本体の歴史的主張から独立した、限定された文書的主張である。ICD-11 の定義文の骨格——「〔内的な力〕に抵抗することの失敗」という構文と三語の並列——は、DSM-III(1980)から一語だけを替えて受け継がれたものであり、その DSM-III の章は、エスキロールのモノマニー論を起草者たち自身が参照して作られた。この一本の線は公刊文書によって辿ることができる(図 5)。しかしそれは細い線であって、それ以外の対応——ブロイラー、ヤスパース、エーとの一致——は継受ではなく平行現象である。しかも線の上で実際に何が起きたかを見れば、定義文はむしろ、法学からの介入や WHO 内の別系統との交渉といった、制度的で偶然的な経緯の産物として現れる(§9)。
前節では、impulse・drive・urge の三語がそれぞれ異なる概念的伝統を担うことを、意味論の水準で解剖した。本節では問いの水準を変える。この定義文そのものは、いつ、誰の手で、どのような判断を経て書かれたのか。ICD-11 の起草過程の内部議事録は公刊されていない——この限界は最初に明記しておく。しかし定式の来歴は、通常考えられているよりもはるかに具体的に、公刊された文書の連鎖として復元できる。しかもその連鎖は、本稿が第 1 部で辿った系譜と、文書で確認できる形で二箇所において接続しているのである。
6-bis-1 定式の直接の祖先——DSM-III「抵抗の失敗」の成立(1975–1980)
ICD-11 の定義文の直接の祖先は、1980 年の DSM-III が新設した章「他に分類されない衝動制御の障害」(Disorders of Impulse Control Not Elsewhere Classified)の総論定式である——「個人または他者に有害な行為を遂行しようとする衝動(impulse)、欲動(drive)、あるいは誘惑(temptation)に抵抗することの失敗」[71]。三語並列という構文そのものが、ここに始まる。この定式は DSM-IV-TR(2000)まで章の本質的特徴として維持された[72]。注目すべきは、DSM-III が第一項に「衝動への意識的な抵抗は、あってもなくてもよい。行為は計画されていてもいなくてもよい」と付記していたことである[69]。定義を患者の内省報告に依存させない姿勢は最初から書き込まれていたのであり、ICD-11 による自己報告要件の削除(§7-1)は、自己報告を定義に組み込んだ ICD-10 の迂回(6-bis-2)に対する、この原点への回帰という一面を持つ。
この DSM-III の章がどのように作られたかについては、近年、決定的な文書研究が現れた。米国精神医学会(APA)文書館に保存されたスピッツァー(DSM-III 作業部会委員長)の書簡・草稿・議事メモを渉猟し、スピッツァー本人への聞き取りで確認したローゼンタールの研究(2019)である[73]。その結論は本稿の主題にとって重大である。第一に、衝動制御障害のカテゴリーは「モノマニーの相続人であり、エスキロールの 19 世紀初頭の分類に多くを負う」。委員会の往復書簡・メモ・初期草稿にはモノマニーへの参照が繰り返し現れ、スピッツァーの手稿メモには「kleptomanie」という仏語綴りが「irresistible impulse」の語と並べて書きつけられていた。すなわち、本稿が §2 で辿った 19 世紀フランスの系譜は、DSM-III の起草者たち自身が意識的に参照した典拠だったのであり、ここでの連続性は構造的照応ではなく、文書で確認された歴史的継受である。第二に、委員会にはジョン・フロッシュ——1954 年にウォーティスとともに「衝動障害の疾病分類学への一寄与」を発表し[74]、精神分析の側から衝動障害の分類を準備した当人——が加わっていた。精神分析的欲動論(drive)の語彙が定式に流入する人的経路も、ここに特定できる。
委員会が継承していたものは、§2-2 に原文を引いたエスキロール『精神疾患論』(1838)第 II 巻の一文——理性の保持、良心の抗議、意志の敗北、そして「抗いがたい」行為[4]——にほかならない。DSM-III 委員会がモノマニーから受け継ぎ、AAPL 勧告を経て「抵抗の失敗」の語に鋳直したのは、この四契機の構図である。
第三の発見は、本稿 §8 の主題に直結する。委員会は当初、エスキロール以来の「抗いがたい衝動」(impulsion irrésistible/irresistible impulse)をカテゴリーの本質的特徴として定式化していた。これに対し 1977 年 6 月 12 日、米国精神医学・法学会(AAPL)の DSM-III 委員会が勧告を発する。
It is strongly recommended that the expression “irresistible impulse” be deleted from the DSM-III Draft wherever it appears and the words “failure to resist an impulse” substituted, since “irresistible impulse” has very special legal meaning and DSM-III would be likely to be used in ways not intended by the Task Force if this step were not taken.
「抗いがたい衝動」という表現は、DSM-III 草案に現れるすべての箇所から削除し、「衝動に抵抗することの失敗」という語に置き換えることを強く勧告する。「抗いがたい衝動」はきわめて特殊な法的意味を持つため、この措置を取らなければ、DSM-III は作業部会の意図しない仕方で用いられることになるだろうからである。[71]
委員会はこの勧告を容れ、「抵抗できないこと(inability to resist)」を「抵抗の失敗(failure to resist)」へ改め、「抗いがたい衝動」の代わりに、行為前の緊張の高まりと行為による解放という三相の緊張低減モデルを本質的特徴に据えた[71]。つまり、ICD-11 にまで受け継がれた「failure to resist」という文言そのものが、責任能力抗弁の法廷概念(irresistible impulse test)との混同を避けるための、法学からの介入の産物なのである。診断学の定式と法的評価との間の緊張——本稿 §8 と別稿(法医学篇)の主題——は、定式の誕生の瞬間に刻印されていたことになる。
勧告の意図——アメリカに移植されていたモノマニー問題。この勧告の背景には説明が要る。なぜ法医学の側は、この語をこれほど警戒したのか。「抗いがたい衝動」は、アメリカ英語において単なる記述的成句ではなく、責任能力抗弁の一基準——認識面のみを問う M’Naghten 準則を制御の側面から補う、いわゆる irresistible impulse test——を名指す法律用語だったからである。そしてこの法廷概念そのものの出自が、文書で辿れる。アメリカ法精神医学の建設的著作、アイザック・レイ『精神病の医事法学論』(1838)は、その「部分的道徳的マニー」の章を 19 世紀フランス学派の上に築いた。この病型は「ピネルによって初めて明確に記述され」、のちに「フランスでは Gall と Spurzheim、エスキロール、ジョルジェ、マルク……によって承認された」とレイは書き、「monomanie-homicide」の名を挙げ、エスキロールの二分法——公言された動機によって駆られる者と、「盲目的で抗いがたい衝動(a blind, irresistible impulse)に駆られる」者——をそのまま再現し、さらには §2-2 に引いた当の下女の症例を(フンボルト家の逸話として)「彼女はその衝動に抵抗できないのではないかと恐れた」と再話してさえいる[75]。意思的基準はイギリスのオックスフォード事件(1840)を経て、パーソンズ判決(Parsons v. State, 1887)でアメリカ法に定着する[76]。すなわち、エスキロールのモノマニーがフランスの法廷にもたらした紛糾(§2-4)は、レイを経由してアメリカに移植され、そこで一世紀にわたる独自の経歴を重ねていたのである。
その経歴の到達点には、ファルレの反駁とほとんど同文の定式が立つことになる。意思的基準への標準的批判を、APA 自身が後年こう表現した。
The line between an irresistible impulse and an impulse not resisted is probably no sharper than that between twilight and dusk.
抗いがたかった衝動と、抗われなかった衝動とを分かつ線は、おそらく、薄暮と黄昏を分かつ線ほどにも鋭くない。[77]
1977 年の AAPL 勧告の意図は、この文脈で読める。文書に現れている理由づけは「きわめて特殊な法的意味を持つ」の一句であって、フランスのモノマニー論争への明示的な言及は、少なくとも公刊された記録にはない。しかし勧告が防ごうとした事態は特定できる。診断分類が疾患群をこの成句で定義すれば、窃盗症や放火症の診断はそれ自体が責任能力抗弁の既成部品として法廷に到着することになり、DSM-III は「作業部会の意図しない仕方で」使われる——勧告は、診断文言が法的に自動執行されることへの防壁であった。ここには一つの皮肉がある。法学が精神医学に削除を求めたこの成句は、一世紀前に、レイを介して精神医学が法学に与えた当のものだった。エスキロール→レイ→アメリカ判例という往路と、AAPL→DSM-III→ICD-11 という復路——「抵抗」の語彙は、法と診断のあいだをこうして二度渡っている。そして往路の到達点で APA が書きつけた「薄暮と黄昏」が、実質においてファルレの反駁(§2-4)の再発見であることは、§9-1 の問いが一国・一時代の問いではないことを示している。ヒンクリー事件(1982)ののち、連邦法が意思的基準そのものを廃したこと(1984 年精神障害抗弁改革法)も、この文脈に属する[74]。
もっとも、この置き換えが防いだのは語の衝突であって、事態の困難ではない。「抵抗の失敗」は法廷概念との混同を避けるが、認定されるべき事実——抵抗が試みられ、そして敗れたということ——の認定しがたさは、一語たりとも変わらずに残る。「薄暮と黄昏」の一文は、置き換え後の語にそのまま適用できる(抗いがたかった失敗と、抗わなかっただけの不履行とを、何が分かつのか)。実際、意思的基準が連邦法から廃されたのは改名の七年後であり、CDDR の各論が「抵抗」を「制御」へ戻していること(§9-1)も、この困難の分類側での続きとして読める。一九七七年の置き換えは法的な防壁であって、認識論的な解決ではない——混乱は解消されたのではなく、名を変えて診断の側へ持ち込まれたのである。
6-bis-2 ICD-10 の迂回——行為の水準にとどまった定義(1992)
一方 WHO の側は、ICD-10(1992)の F63「習慣および衝動の障害」において DSM の定式を採らず、「明確な合理的動機のない反復行為で、概して当人自身と他の人々の利益を害し、当人が制御不能と報告する衝動と結びついたもの」という行為水準の定義にとどめた[78]。合理的動機の不在という消極的規準と、患者の自己報告への依存というこの二つの特徴が、のちに ICD-11 起草の直接の批判対象となる(§7-1)。
6-bis-3 ICD-11 作業部会——公刊された提案文書(2011–2014)
ICD-11 における衝動制御症の起草を担ったのは、国際諮問部会の下に置かれた「強迫症および関連症群の分類に関する作業部会」である。グラント、シュタインら部会員 12 名は、2014 年、提案の内容と論拠を『World Psychiatry』誌の論説として公刊した[79]。これが、三語並列の定義文が印刷物に現れた最初である。
These disorders should be defined by the repeated failure to resist an impulse, drive, or urge to perform an act that is rewarding to the person (at least in the short-term), despite longer-term harm either to the individual or others.
これらの障害は、当人にとって(少なくとも短期的には)報酬となる行為を遂行しようとする衝動・欲動・urge に抵抗することの繰り返しの失敗によって、定義されるべきである——長期的には当人または他者への害となるにもかかわらず。[77]
この一文は、十年後に公刊された CDDR(2024, p. 519)の確定定義(注 90)と、「a strong」の挿入等の微修正を除いてほぼ逐語的に一致する。定義文は 2014 年の提案から 2024 年の確定版まで、文言としてほぼ変わらずに維持された。確認できるのはこの安定性であって、部会がこの語形を選んだ動機ではない。同じ論説は部会の委任事項も記している——ICD-10 諸診断の使用経験と臨床的有用性の検討、DSM-5 のアプローチの世界的適用可能性の評価、そして広範な臨床現場での有用性を重視した ICD-11 提案の作成である[77]。
DSM-III 以来の三語と比較すると、変更は正確に一語である——temptation(誘惑)が urge に置き換えられた。この一語の交替の理由を明示する部会文書は公刊されていない。しかしその意味は用語誌の水準で読み取れる。temptation は行為の対象の魅力に定位した、道徳的含意を帯びる日常語である。urge はこれに対し、対象ではなく体験主体の内部から迫る切迫を指す臨床語であり、同じ 2014 年論説自身が、これらの障害の臨床的共通性を「患者が urge や渇望(craving)を報告すること」に求めている[77]。ここから交替の動機を推し量ることは、本稿はしない。起草者の意図を問う資料がない以上、それは推測にとどまるからである。指摘できるのは、交替がもたらした帰結だけである——この一語によって、定義文は行為の対象の魅力ではなく体験の側を名指す語を得た。そして独語版 CDDR がこの三語を Impuls, Trieb oder Drang と訳し返したとき(注 90)、定式は、temptation のままでは着地しえなかったドイツ記述精神病理学の語彙系に、そのまま重なることになった。誰がそれを意図したかは、わからない。
ここで、部会の側の知的母体についても記しておかねばならない。2014 年論説の署名者たち——グラント、シュタイン、ファインバーグ、ヴァン・デン・フーフェル、ウッズら——は、19 世紀の精神病理学ではなく、衝動性と強迫性をめぐる現代の神経認知研究を主たる研究領域とする臨床研究者である。論説が定義の当否を論じる際に動員する証拠も、脳画像所見、遺伝的脆弱性の共有、治療反応性であって、概念史ではない[77]。したがって、本稿が第 1 部で辿った系譜は、部会にとっての典拠ではない。三語並列が 19 世紀フランスに由来することは文書的事実であるが、それは DSM-III という中継を経て構文として伝わったのであって、部会がその由来を意識していたことを意味しない。定義文は、来歴を知らぬまま受け継がれた器に、現代の研究プログラムが内容を注いだものと見るのが正確である。この事情は、本稿の第一の主張(歴史的主張)の射程を限界づけると同時に、第二の主張(精神病理学的主張)がなぜ歴史から独立でなければならないかを説明する——三語の区別が臨床的に妥当であるとすれば、それは起草者がヤスパースを読んだからではないのである。
6-bis-4 2014–2019 年——公刊された論争と境界の画定
定義文が安定していたのに対し、群の外延は 2014 年以降も公刊文献上で激しく争われ、現在の形に落ち着くまでの経過が追跡できる。第一に、病的賭博。2014 年の部会論説は、賭博を物質依存と並ぶ「行動嗜癖」へ再分類する DSM-5 の路線を「発見的には魅力的だが証拠上時期尚早」と退け、衝動制御症群への残置を提案していた[77]。しかし WHO 内の別系統——精神保健・物質乱用部が 2014 年 8 月の東京会合以降主催した一連の専門家会合[80]——は、過剰なゲーム使用の公衆衛生問題を審議する中で「嗜癖行動症群」(disorders due to addictive behaviours)という新設群を用意し、確定版 ICD-11 では賭博症とゲーム症がそちらへ移された[81]。衝動制御症群の側に残ったのは、放火症・窃盗症・間欠爆発症・強迫的性行動症である。つまり現行の二群並立は、単一の委員会の設計ではなく、二つの起草系統の交渉の産物であり、その痕跡は ICD-11 の章構成そのものに読み取れる。
第二に、抜毛症は皮膚むしり症とともに、「身体集中反復行動症」として強迫症および関連症群へ移された(§7-4)——この移動と追加は、すでに 2014 年の部会論説に明記されていた[82]。第三に、間欠爆発症は ICD-10 では「その他の習慣および衝動の障害」の包含用語にすぎなかったが、妥当性と臨床的有用性の証拠を理由に独立カテゴリーへ昇格した[79](§7-bis)。第四に、強迫的性行動症は、行動嗜癖としての分類を求める有力な議論[83]に対し、「発生・維持過程が物質使用症と等価であるとの確定的情報を欠く」ことを理由に、保守的に衝動制御症群へ置かれた——その定義の核は「強烈で反復的な性的衝動(sexual impulses)または urge の制御の失敗」であり、道徳的判断や非難に由来する苦悩を診断根拠から明示的に排除する[84]。ここでも impulse と urge の対、および自己報告への慎重な距離(「自称セックス依存」の扱い)という、定義文と同じ設計思想が貫かれている。
対照のために、DSM の側の現況をここで確定しておく。DSM-5(2013)とその本文改訂版 DSM-5-TR(2022)は、DSM-III 以来の衝動制御障害の独立章を解体し、間欠爆発症・放火症・窃盗症を、反抗挑発症・素行症・反社会性パーソナリティ障害と同居する「秩序破壊的・衝動制御・素行症群」へ併合した。病的賭博はギャンブル障害(gambling disorder)として「物質関連障害および嗜癖性障害群」へ、抜毛症は強迫症の章へ移されている[85]。この再編とともに、DSM-III 以来章の総論に立っていた三語並列の定式文そのものが DSM からは姿を消し、「抵抗の失敗」の句は窃盗症の基準 A(「盗もうとする衝動に抵抗することの反復的失敗」)に残存するのみとなった——間欠爆発症は「攻撃衝動の制御の失敗を表す反復的な行動爆発」へ、放火症は「故意の、目的をもった放火」を要件とする記述へ書き換えられている[83]。すなわち三語並列の系譜は、その生家である DSM においては章とともに絶え、ICD-11 においてのみ——temptation を urge に替えて——群定義の水準で存続している。なお DSM-5-TR は保険病名コードに ICD-10-CM を用いるため、章を離れた今もギャンブル障害は F63.0、抜毛症は F63.3 という旧 F63 族のコードを保持しており、章構成の水準で絶えた系譜がコードの水準に化石として残っている。二つの体系のこの分岐が臨床現場のスクリーニングの単位の差として現れることは、比較研究の指摘するとおりである(注 81)。
最後に、DSM-III 以来の三相モデル(緊張低減モデル)の運命を確認しておく。CDDR は緊張の高まりと快・満足・解放の三相をなお記述するが、それはもはや必須要件ではなく、「経過とともに、行為に先立つ緊張の自覚や行為後の快が減弱しうる」という限定を付した随伴特徴へと降格された[86]。定義の重心が行為の現象学的随伴(緊張と解放)から「抵抗の失敗」そのもの——意志と衝動の関係——へ移動したことは、この降格において最も明瞭である。
6-bis-5 定式の検証——現場試験という「事後の議事録」
内部議事録を欠く代わりに、ICD-11 には前例のない規模の公開検証記録がある。提案は世界臨床実践ネットワーク(約 1 万人規模)でのインターネット現場試験と臨床現場試験にかけられ[77]、衝動制御症群についての国際現場試験の結果は 2024 年に公刊された。ICD-11 の診断ガイドラインは診断精度において ICD-10 を概ね上回った一方、「制御の失敗の様式が存在しない自称『セックス依存』の事例に診断を与えない」という判断に到達できた臨床家は約半数にとどまった[87]。「抵抗の失敗」という核心規準の運用こそが臨床家にとっての難所であるというこの結果は、本稿の観点からは、定義文が背負い込んだ百五十年の概念史的負荷——衝動と意志の関係をどう評価するかという §4・§5 の問い——の経験的な現れとして読むことができる。
ただし、この読みが唯一のものではないことは明記しておかねばならない。同じ数字は、「抵抗の失敗」という規準が臨床運用に耐えないという、定義そのものへの反証としても読める。半数の臨床家が到達できない判断を要求する規準は、概念史的に由緒正しいという理由によっては擁護されない。本稿が前者の読みを採るのは、後者を排除する証拠を持つからではなく、本稿の問いが定義の実用性ではなく定義の来歴にあるからにすぎない。定義の運用可能性そのものの評価は、現場試験の継続とその分析に属する課題である。
エスキロール(1838) モノマニー——impulsion irrésistible(§2) │ APA 文書館:委員会草稿に │ モノマニーへの参照。 │ スピッツァー手稿メモに │ 「kleptomanie」= │ 「irresistible impulse」 ▼ DSM-III(1980) 「衝動・欲動・誘惑(impulse, drive, or temptation)に 抵抗することの失敗」 +三相の緊張低減モデル (DSM-IV-TR まで維持) ——AAPL 勧告(1977)が法廷概念 irresistible impulse を排し 「抵抗の失敗」へ │ ├─〔傍系〕ICD-10(1992) │ 行為の水準:合理的動機の │ 不在+制御不能の自己報告 ├─〔DSM の現在〕DSM-5/5-TR │ (2013/2022):章を解体、 │ 総論の三語定式は消滅—— │ 「抵抗の失敗」は窃盗症 A に │ 残存。賭博は嗜癖の章へ ▼ ICD-11 作業部会提案(2014) 「衝動・欲動・urge に抵抗する ことの繰り返しの失敗」 ——temptation → urge │ 定義文は以後ほぼ逐語的に │ 安定。外延のみ公刊論争で │ 再編(賭博・ゲーム→嗜癖 │ 行動症群/抜毛症→強迫症 │ 群/間欠爆発症・強迫的 │ 性行動症→編入) ▼ CDDR 確定版(2024, p. 519) 「強い衝動・欲動・urge に 抵抗することの繰り返しの失敗」 緊張低減モデルは随伴特徴へ 降格。独語版:Impuls, Trieb oder Drang(注 90)
6-bis-6 小括——系譜的推論から文書的確認へ、そして残る空隙
以上を前節の意味論的解剖と重ねると、本稿の中心主張は次の形に精密化される。ICD-11 の三語並列は、(一)エスキロールのモノマニー論に自覚的に依拠して作られた DSM-III の三語構文を骨格として受け継ぎ——この継受は公文書研究により文書的に確認される——、(二)三語目を temptation から urge へ交替させることで、ドイツ記述精神病理学の Drang の系譜に定義を開いた——この対応は独語版の訳語選択において文字どおり顕在化する。フランス「意志の病理学」との接続は、もはや構造的照応にとどまらない。少なくとも DSM-III までの区間については、起草者自身が残した文書によって証明された歴史的継受である。他方、ICD-11 部会が temptation→urge の交替に込めた意図を記す内部文書は公刊されておらず、この一点は用語誌からの推論にとどまる。本稿はこの区別——文書で確認された継受と、テキストの構造から読み取られる連続性——を明示した上で、後者もまた、百五十年にわたり同じ問い(衝動と意志の関係)に答えようとしてきた学問の収斂の証言として提示するものである。
第 3 部 現代における並行——ICD-11 の定義変更をこの歴史から読む
本稿の主題そのものは、第 1 部と第 2 部で尽きている。第 3 部が扱うのは、その主題をめぐって現代に起きた一つの出来事——二〇二四年の CDDR 公刊にともなう衝動制御症の定義変更——である。ここでの問いは「この変更が正しいか」でも「歴史がこの変更を準備したか」でもなく、第 1 部で得た分節を道具として用いたとき、この一文に何が読めるか、である。
§7 ICD-11 における変更の全体像
7-1 変更点の整理
2024 年 3 月に WHO が公刊した『ICD-11 精神・行動・神経発達障害の臨床記述と診断要件(CDDR)』は、衝動制御症群[88]の定義を次のように定めた。第 1 部・第 2 部でたどった語彙が、そのまま国際分類の定義文に現れる箇所である[89]。ICD-10 のドイツ語版が衝動制御障害を「制御できない反復的行為」として定義していたのに対し、ICD-11 英語版(CDDR p. 519)は「衝動(impulse)・欲動(drive)・urge に抵抗することの繰り返しの失敗によって特徴づけられる」と改めている。[90]
Impulse control disorders are characterized by the repeated failure to resist a strong impulse, drive or urge to perform an act that is rewarding to the person – at least in the short term – despite longer-term harm either to the individual or to others…
衝動制御症は、当人にとって——少なくとも短期的には——報酬的な行為を、長期的には当人あるいは他者への害となるにもかかわらず実行したいという、強い衝動・欲動・urge に抵抗することの繰り返しの失敗によって特徴づけられる……
ICD-10(1992)——行為の水準 「制御できない反復的行為」 ↓ 定義の焦点の移動 ICD-11(2024)——衝動の水準 「衝動・欲動・urge への抵抗の繰り返しの失敗」
ただし、図 6 の対比は以下の議論のための単純化であり、そのことを最初に断っておく必要がある。ICD-10 の定義もまた「当人が制御不能と体験する衝動と結びついた」反復行為と述べており(§6-bis-2)、衝動への言及も患者の自己報告も、すでに定義の内部にあった。ICD-11 の変更は、行為から衝動への飛躍というよりも、既に定義内にあった二つの契機のうち衝動の側へ重心を移し、合理的動機の不在と自己報告という二つの要件を外した整理である。本稿が「焦点の移動」というとき意味するのはこの重心移動であって、無から有への転換ではない。
ICD-11 が ICD-10 に対して行った変更を、Hölzel(編)ICD-11 ─ Psychische Störungen: Innovationen und ihre Bewertung(第 16 章)および van der Broek ICD-11 für die Psychiatrie(第 13 章)を参照しながら整理する。主要な変更点は以下の四点である。
第一の変更。「行為の制御不能」から「衝動・欲動・urge への抵抗不能」へ——第 3 部の主題をなす転換。
第二の変更。「合理的動機の不在」要件の一般定義からの削除。ICD-10 では「保険金詐欺目的の計画的放火」のような「合理的動機」がある場合を除外する規定が一般定義に含まれていたが、ICD-11 の一般定義ではこれが削除された(個別診断の限定項では引き続き考慮される)。
第三の変更。「自己報告要件」の削除。患者自身が行動を「衝動的なものと感じ報告する」ことが ICD-10 では診断要件に含まれていたが、ICD-11 では削除された。これにより自己洞察が乏しい場合や内省能力が制限されている場合にも診断が可能となる。
第四の変更。機能障害の記述の精緻化。「個人的・家族的・社会的・職業的・学業的領域」にわたる具体的な機能障害が明示された。
7-2 「意志の病理学」との構造的照応
ICD-10 の定式化では問題が「行為」の水準に置かれていた。ICD-11 は「衝動への抵抗」という定式により、意志論を正面に据えることなく、その実質的内容——「内的衝動と行為を統御する能力との関係」——を再び定義の中心に置く形になっている。バイヤルジェが 1853 年に「意志が衝動を制御できなくなったとき」と述べたのと同じ二項——制御する審級と制御されない力——の上に、ICD-11 の定式は立っている。ただしバイヤルジェは、文書で確認された継受の線(§6-bis)の上にいない。ここで言えるのは照応であって、継承ではない。
Impulshafte Handlungen werden per Definition nicht mehr aufgrund fehlender Kontrolle über diese ausgeführt, sondern aufgrund des Unvermögens, dem zugrunde liegenden Impuls, Trieb oder Drang zu widerstehen.
衝動的行為は、定義上、もはやこれらに対する制御の欠如のために実行されるのではなく、基盤となる衝動・欲動・Drang への抵抗不能のために実行される。(Hölzel 編・第 16 章, §16.3)
7-3 行為水準と衝動水準の分離
エーが既に指摘していたように、行為が「制御されている」ことと衝動に「抵抗できている」こととは別の問題である。ICD-11 はこの区別を公式定義に組み込み、「衝動には抗えないが行為の実行様式には制御の余地がある」という状態を明示的に障害の範疇に含めた。この二層の分離が個別診断の水準でどう作動するかは、間欠爆発症を例に §7-bis で図式化する(図 7)。
Anders als im ICD-10 wird nicht die fehlende Kontrollmöglichkeit der Handlungen betont. Dies lässt in der ICD-11 Definition die Möglichkeit zu, dass Handlungen durchaus gesteuert und kontrolliert werden können und nur dem zugrunde liegenden Impuls nicht widerstanden werden kann, sodass eine Kontrollmöglichkeit bei der Ausführung der Handlung bestehen bleiben kann, ohne dass hierdurch die Störungswertigkeit in Abrede gestellt wird.
ICD-10 とは異なり、行為の制御可能性の欠如が強調されているわけではない。このことは、ICD-11 の定義において、行為自体は十分に操舵され制御されうるものであり、ただ基盤となる衝動には抵抗できないという可能性を認めるものである。したがって、行為の実行における制御可能性は残存しうるのであり、このことによって障害としての価値が否定されるわけではない。(Hölzel 編・第 16 章, §16.3・表 16.3)
7-4 抜毛症の強迫症群への移動——衝動と強迫の概念的境界
ICD-11 は抜毛症(Trichotillomania、ICD-10: F63.3)を強迫症および関連症群(ICD-11: 6B25.3)へと移動した。この移動は衝動と強迫の概念的境界の問題として、エーが半世紀以上前に論じた「行為への強制性」(contrainte à l’acte)と「表象の強制性」(contrainte représentative)の区別に対応している。[91]
この境界を、規準の水準でさらに体系化しておく。CDDR 自身が、放火症・窃盗症・強迫的性行動症の三診断で同一の境界定式を反復している——「強迫症で観察される強迫行為が、それ自体快として体験されることはほとんどない。強迫行為は典型的には、侵入的で望まれない、通常は不安を惹起する強迫観念への応答として生じる。これに対し(窃盗・放火は)緊張ないし情動的高ぶりの高まりに先立たれ、快・興奮・満足の体験が後続する」[92]。古典的記述と ICD-11 の運用規準を重ねれば、対照は表 1 のように整理できる。
| 対照点 | 衝動的行為(衝動制御症) | 強迫的行為(強迫症) |
|---|---|---|
| 先行する内的状態 | 緊張・情動的高ぶり、urge の切迫 | 侵入的・望まれない・不安を惹起する強迫観念 |
| 行為の快感価値 | 行為は少なくとも短期的には報酬的。緊張→快・興奮・満足(ただし必須要件ではなく、経過とともに減弱しうる〔注 86〕) | 「それ自体快として体験されることはほとんどない」〔注 92〕 |
| 動機連関 | 行為そのものが目標(遂行・獲得) | 危害の防止・不安の中和——行為は手段 |
| 自我帰属 | 行為時は自我親和的(DSM-III の ego-syntonic〔注 71〕)。事後に悔恨・羞恥がありうる | 自我異和的——過剰・無意味と自認する(ICD-11 は洞察不良の限定を許容) |
| 抵抗の位置 | 「抵抗の失敗」が定義の核心。意識的抵抗の有無は問わない(DSM-III・ICD-11) | 抵抗の存在が古典的規準の側に立つ |
| エーの区別 | 行為への強制性(contrainte à l’acte) | 表象の強制性(contrainte représentative) |
ただし、この表の第二行——快感価値——が ICD-11 の内部で一貫した規準として運用されていないことは、指摘しておかなければならない。群定義は「少なくとも短期的には報酬的」と限定を付し、経過とともに快が減弱しうることを認め(注 86)、強迫的性行動症に至っては「満足をほとんど、あるいは全く得なくなっても続ける」ことを発現形の一つに数える(注 84)。他方、強迫症群へ移された抜毛症では、緊張—快の系列は必須特徴からそもそも外され、「情動調整・緊張低減・快の促進と結びつくと報告され、これらがおそらく行動を強化している」という蓋然的な付随記述に退いている[90]。すなわち快感価値は「典型的だが必須ではない」目印として運用されており、衝動と強迫の境界は、規準の水準では程度問題として残るのである。この残余に対して、エーの区別——強制が向かう先が行為か表象か——は、快の有無という状態の目印よりも深い水準に問いを置き直す。シュナイダーが強迫の規準を「無意味と知りつつ迫られる」という自我関係に置いたこと(§3-5)も、同じ方向を指している。ただし、それで境界が引けたわけではない。抜毛症のように、緊張—快の系列を伴いながら強迫症群に置かれる診断が現にあり、強迫的性行動症のように、名に compulsive を負いながら強迫ではないと明言される診断もある。衝動と強迫の境界は、記述の水準でも概念の水準でも、なお結論には遠い——本稿がこの節で示しうるのは、境界がどこで揺れているかの所在であって、境界そのものではない。
7-5 神経科学との関係——仮説の段階にとどまること
本稿は方法として精神病理学史に限定してきたが、現代的文脈との関係を一言だけ記しておく。現代の神経科学は衝動制御症を、前頭前皮質—線条体回路によるトップダウンの行動制御と、腹側線条体を中心とする報酬系の駆動との不均衡として記述し[93]、さらに衝動性(impulsivity)と強迫性(compulsivity)を診断横断的な次元として測定する研究プログラムを進めている[94]——後者は、前節で見た衝動と強迫の境界が規準の水準で程度問題として残るという事情の、神経認知の側からの裏書きでもある。エーがジャクソンから継いだ解体の階層モデル——高次の統合の弱まりが低次の自動性を解放するという、本稿が「意志の病理」の系譜として辿った構図——は、前頭前野による制御の減弱として衝動制御症を捉える現代的記述と、語り口において似ている。しかし、この類似から何かを結論することはできない。前頭前皮質—線条体回路の所見は診断横断的であり、いずれの衝動制御症に特異的でもなく、群としての妥当性を支えるにはなお遠い。すなわち限界は本稿の側にあるのではなく、現在の神経科学の到達点そのものにある。ここで書きうるのは、両者が同じ臨床的事実の二つの記述でありうるという仮説の提示までであり、それ以上に踏み込めば、記述の同型性を機制の同一性と取り違えることになる。
§7-bis 間欠爆発症(6C73)——衝動概念転換の例証的検討
7-bis-1 ICD-10 における「不在」——二重包含の問題
間欠爆発症は ICD-10 において独立した診断コードを持たなかった。挑発に不釣り合いな激しい攻撃的爆発を反復するという臨床像は、感情不安定性パーソナリティ障害の衝動型(F60.30)と「その他の習慣および衝動の障害(F63.8)」残余カテゴリーの二箇所に分散していた。ICD-11 は 6C73 として独立した診断を設けることによって、この分類学的曖昧さを解消した。
7-bis-2 ICD-11 一般定義の四変更点の 6C73 への作動様式
§7-1 で整理した四つの変更点が、6C73(間欠爆発症)という個別診断においてどのように具体化されているかを検討する。第一の変更(行為水準から衝動水準へ)は、6C73 の必須要件に——ただし一つの語法上の留保つきで——作動している。CDDR の 6C73 必須要件は、攻撃的行動が「明らかに衝動的または反応的な性質のものであり、攻撃的衝動の制御の失敗(failure to control aggressive impulse)を表す」ことを求める[95]。定義の対象は行為ではなく衝動に置かれており、その限りで第一の変更は個別診断まで届いている。ただし動詞は、総論の「抵抗(resist)」ではなく「制御(control)」である——この語法の差が何を意味するかは §9-1 で論じる。第二の変更(合理的動機不在要件の削除)は、6C73 においては「挑発に不釣り合い」(grossly disproportionate)という基準として個別診断レベルで維持されている。第一の変更が 6C73 において作動する様態を図式化すれば、図 7 のようになる——①〈衝動への抵抗可能性〉は著しく低下している一方、②〈行為の実行における制御可能性〉は部分的に残存しうる。§7-3 で述べた二層の分離が、ここでは一個の診断の内部構造として現れている。
間欠爆発症(6C73) ① 衝動への抵抗可能性——著しく低下 (怒りの urge に抗し得ず、言語的・ 身体的な爆発が反復する) ② 行為の実行における制御可能性——部分的に残存しうる (爆発は非計画的だが、たとえば殴打が 1〜2 回で止まる程度の操舵性は保たれうる)
第三の変更(自己報告要件の削除)は、6C73 においてとりわけ重要な作動を示す。攻撃的爆発の当事者は、しばしば自らの怒りを外的挑発によって正当化し、それを「抵抗できなかった衝動」としては体験しない——攻撃性が自我親和的である場合、ICD-10 型の「患者自身が行動を衝動的と感じ報告する」という要件は診断の成立そのものを妨げてきた。ICD-11 が衝動性の判定を患者の自己報告から切り離し、爆発の非計画性・不釣り合いさという行動側の徴標に基づく臨床的評価へ移したことで、内省の乏しい症例——臨床的にはむしろ典型例である——にも 6C73 の診断が届くようになった。
第四の変更(機能障害記述の精緻化)は、6C73 の必須要件として明示されている。攻撃的爆発の反復パターンが「個人的・家族的・社会的・学業的・職業的またはその他の重要な機能領域」に著しい障害をもたらすこと、または著明な苦痛を生じることが、診断の成立条件に書き込まれた。一過性の激情と診断対象としての疾患単位とを分かつ閾は、もはや行為の性状にではなく、生活構造への浸潤の程度に置かれている。
整理すれば、四変更点のうち第一・第二は 6C73 の定義の核心(何を衝動制御の失敗と見なすか)に、第三・第四はその運用面(誰に、どの重症度から診断を適用するか)に、それぞれ作動している。6C73 は、一般定義転換のうち〈定義の焦点の衝動水準への移動〉が個別診断まで貫かれた例証である。ただし貫かれたのは焦点であって語法ではない——総論の「抵抗」は必須要件では「制御」に戻っている(§9-1)。この留保つきでなお、6C73 は次項の均質性評価——この章の診断群が概念的に一枚岩かという問い——にとって試金石となる。
7-bis-3 §16.4 の均質性評価とエーの二極による応答
ヴァイアシュタル=プストら(Hölzel 編第 16 章 §16.4)の総括は、平明に言い直せばこうなる。ICD-11 が「衝動制御症」を独立の章として立てたことは、放火症(6C70)と窃盗症(6C71)にとっては利益であった——両診断の記述は大きく拡充された。しかし、この章に強迫的性行動症(CSBD, 6C72)と間欠爆発症(6C73)が加えられたことで、章全体の概念的均質性——収められた診断がどれも同じ種類の病理を扱っているという一枚岩性——は、再び損なわれた、と彼らは結論する。間欠爆発症の項に付された彼らの注釈は、同じ判断をより鋭く定式化している——CSBD と間欠爆発症のために定義された基準によって、この章は「統一的な定義を失い、独立したカテゴリーとして強調されながらも、なお異質な残余カテゴリー(heterogene Restkategorie)にとどまる」[96]。
なぜ均質性が損なわれるのか。放火症と窃盗症は、行為に先立つ「緊張ないし感情的高揚の高まり」と、行為中・行為直後の「快・興奮・解放感・充足」とを診断の必須要件に持ち[97]、〈緊張の蓄積→行為→解放〉という古典的な衝動行為の型を共有する。エスキロール以来のモノマニー論の直系であり、この章の概念的中核をなす。これに対して CSBD の必須要件は——反復的な性行動が生活の中心となって健康や他の関心が犠牲になる、制御しようとする努力が繰り返し失敗する、有害な結果にもかかわらず継続される、もはや満足をほとんど得られなくなってもなお継続される——という形をとり[97]、その構造はむしろ嗜癖(行動嗜癖)のそれに近い。この判断は章自身のものでもある——「診断基準を一瞥すれば、CSBD がその現象学において行動嗜癖にもきわめて類似することは明らかである」。ギャンブル症(6C50)・ゲーム症(6C51)が ICD-11 で「嗜癖行動症群」の章へ置かれたことを考え合わせれば、CSBD をどちらの章に置くべきかは現に係争中の問題である[98]。そして間欠爆発症は、怒りという感情に駆動される攻撃性の突発であって、緊張解放型でも報酬追求型でもない、第三の型に属する。すなわちこの章には、①緊張解放型の古典的衝動行為(放火症・窃盗症)、②嗜癖に近い報酬型の反復行動(CSBD)、③感情に駆動される攻撃爆発(間欠爆発症)という、現象学的に異質な三種が同居している——「均質性の毀損」の内実はこれである。
エーの「二つの極」の枠組み(§5-3、図 3)は、この問いに一つの応答を与える。エーにおいて衝動現象は、意志的行動の統合という上位機能の解体(§5-1)の現れであり、この解体はつねに二つの面を同時に持つ。一方で、統合の緩んだところから下位の自動機制が解き放たれる——自動性の増大。他方で、人格が自らの行為を選び統御する余地そのものが狭まる——自由の縮減。この二つは別々の病理ではなく、同一の解体過程の裏表である(エーの「自由の病理学」については別稿を参照)。この観点に立てば、章内に同居する三種の異質な症候群は、二極の配合比を異にする変奏として読み直すことができる。放火症・窃盗症では、蓄積した緊張が自動性の放出へ雪崩れ込む面が前景に立つ。CSBD では、渇望の反復によって自由が漸進的に侵食されてゆく面が前景に立つ。間欠爆発症では、突発的な自動性の放出(①抵抗可能性の喪失)と、行為遂行における自由の部分的残存(②制御可能性)とが、特徴的な比率で共存する(図 7)。現象の水準では多様な三種が、〈統合の解体は自動性を解放しつつ自由を縮減する〉という単一の病理論理の、量的・質的な変奏として束ねられるのである。記述の水準では均質性を欠くと評されるこの章に対して、精神病理学の水準から与えうる統一的読解が、ここにある。
ただし、この読み替えの身分については正確を期さねばならない。「二極の配合比」という連続的な母数は、異質な症候群であればどれでも収容しうる。したがってこの読解は、章の異質性を解消したのではなく、異質性を別の語彙で言い直したものである。言い直しに意味があるとすれば、それは三類型のあいだに順序と距離を与える——放火症・窃盗症を一端に、強迫的性行動症を他端に、間欠爆発症をその中間に置く——という点にあり、章を一個の疾患群として正当化することにはない。ヴァイアシュタル=プストらの「異質な残余カテゴリー」という評価は、記述の水準においてはなお有効である。
§8 法医学の側に生じる問題
8-1 概念史的連続性——モノマニーから ICD-11「抵抗不能」へ
衝動制御症の定義が「行為の制御不能」から「衝動への抵抗不能」へ移行することは、刑事司法における責任能力評価にも直接の含意を持つ。エスキロールが「本能的モノマニー」(monomanie instinctive)を定式化したとき、その診断の核心は「良心が咎め、意志がもはや制御する力を持たない行為」——すなわち放火・窃盗・殺人衝動——の医学的認定にあった(1838 年の定義原文は §6-bis-1 に引いた[4])。ただし、ナポレオン刑法典 64 条の「抵抗できなかった力(contrainte)」は、法学上はまず外的強制と読まれてきた条文である。そこに内的な衝動を読み込みうるか——エスキロール派の鑑定実践はまさにこの読み込みを試み、そこが係争点となったのであり(§2-2、§2-4)、64 条が内的衝動の医学的認定の場をはじめから確立していたわけではない。
この読み込みが、精神医学の側からの一方的な進出ではなく、二つの専門職のあいだの「境界紛争」であったことを、ゴールドスタインは明確にしている[99]。彼女の定式では、エスキロールが「完全に新しい職務機能(アジール)を創出して」専門職の承認を得ようとしたのに対し、ジョルジェは「古く確立した専門職——法——が伝統的に占める領域からそれを切り出そうとした」。ピネルはすでに 1816 年に、「法学の領域と医学の領域との相互の限界が確立されるにはなお遠い」と地図の隠喩でこれを予感していた。切り出される側も黙ってはいなかった。1828 年、パリ王立裁判所の若い弁護士ルニョーは、médecine mentale の鑑定人が法廷の力の均衡に計算不能な要素を加え弁護士の陪審への影響力を損なうと見て、「狂気の陰影は雲と同様に分類になじまない」「この分野の現在の知識水準に達するには単なる常識で足りる」と論じ、コルニエ事件の検事長は陪審に、法がそれを求めるなら「我々の席に形而上学者を、諸君の席に十二人の医学者を置いたであろう」と述べた。王政復古の司法官はモノマニー教説を「偽りの憐れみ」「誤った博愛」と呼び、司法大臣ペロネは刑法 64 条の厳格解釈——免責は全体的狂気にのみ及ぶ——を掲げた。ここで注意すべきは、精神医学の側がこの紛争のなかで、情念と狂気の境界という当の争点を一度も特定しなかったことである(§2-2)。1830 年代の日常語では monomanie が「野心のモノマニー」として社会診断の語になっており、医学的診断と社会的論評は融合していた。「抗いがたい衝動」という定式が法廷で獲得した効力は、こうして、境界の画定によってではなく、境界の未画定のままの職能間の綱引きによって得られたものである。専門職化の過程そのものは本稿の主題ではなく、姉妹論文「エスキロールと1838年法」7.5 に委ねる。
エーは「研究 11」においてこのフランス刑法 64 条を明示的に引用した(§2-3)。ICD-11 が「抵抗不能」(failure to resist)を衝動制御症の核心に置いたことは、この古い問いを現代の国際分類の言語へと移植したことを意味する。バイヤルジェ(1853)の「意志の無力」から 150 年を経て、「衝動への抵抗の繰り返しの失敗」という定式が国際的疾病分類に登録されたとき、法医精神医学はこの転換の含意を評価し直さなければならない立場に置かれる。
この連続性の理解に、近年の公文書研究は決定的な一齣を加えた(§6-bis)。DSM-III の「抵抗の失敗(failure to resist)」という文言そのものが、当初の草案にあったエスキロール以来の「抗いがたい衝動(irresistible impulse)」を、米国精神医学・法学会の勧告(1977 年)に従って——それが責任能力抗弁の法廷概念(irresistible impulse test)として特殊な法的意味を持つがゆえに——置き換えて成立したものである[71]。すなわち診断分類の側は、その定義文の誕生の瞬間において、法廷概念との水準差をみずから画定していた。鑑定人が ICD-11 の「抵抗不能」を法廷の「抗いがたい衝動」とそのまま同一視してはならない理由は、定式の来歴そのものに刻まれているのである。
8-2 定義転換が鑑定評価に持ち込む三つの問題
Hölzel 編第 16 章(§16.3 Kommentar)は法医精神医学の観点から、(1)制御不能性の判断水準の移行、(2)行為の制御可能性の未決定性、(3)外的強化子問題の個別診断への委譲——という三点を整理している。原文が第一点に付す位置づけは明確である——この移行は、「刑法上関連する衝動的行為が精神疾患の枠内で行使されたかどうかについて判断が下されるべき場合に、洞察能力および制御能力(Einsichts- und Steuerungsfähigkeit)の評価において特に重要」となる[100]。日本の責任能力論における弁識能力・制御能力の対に相当する概念対である。特に「衝動への抵抗が不可能だったか」と「行為の実行において一定の制御の余地が残存していたか」という二層の問いが要求されることは、エーが論じた「プロトプルシオン」と「衝動的行動」の区別と対応する評価構造でもある。
この二層構造を図式化すれば、図 8 のようになる。①は行為前——衝動の水準——の問いであり、②は行為中——遂行の水準——の問いである。エーの二極(図 3)に引き付けて言えば、プロトプルシオンは①②がともに失われる場合に、衝動的行動は①が失われながら②が部分的に保たれる場合に、それぞれ対応する。ICD-11 の定義転換以後、鑑定人はこの二つの問いを混同せずに分けて答えることを求められる。
責任能力評価(行動制御能力) ├─ ① 衝動への抵抗可能性(行為前) │ ——衝動・欲動・urge に抗し得たか └─ ② 行為の実行における制御可能性(行為中) ——着手された行為の遂行に、なお制御の 余地が残っていたか
第三の点——「外的強化子問題の個別診断への委譲」——には説明を要する。外的強化子とは、行為そのものに内在する緊張の解放や快とは別に、行為の結果として外部から得られる利益——金銭、報復、犯罪の隠蔽、政治的主張、注目、性的満足など——を指す。ICD-10 では「明白な合理的動機の不在」が衝動制御障害の一般定義に含まれていたから、保険金目的の計画的放火のような、外的利益に動機づけられた行為は、定義の水準で一括して除外されていた(§7-1 第二の変更)。ICD-11 はこの要件を一般定義から削除し、除外の判断を個別診断の必須要件に委ねた。すなわち放火症(6C70)は「放火行為に明白な動機(金銭的利益、報復、破壊工作、政治的主張、注目を引くこと等)が存在しないこと」を、窃盗症(6C71)は「盗みに明白な動機がないこと(対象が個人的使用や金銭的利得のために取得されるのではないこと)」を、それぞれ診断の必須要件として明記している[101]。ヴァイアシュタル=プストら自身の表現を借りれば、外的強化子が「障害としての価値の評価に組み込まれるかどうか」は、一般定義の水準では「未決定のまま」(bleibt offen)とされており、「個別障害の限定項(Qualifier)において初めて考慮される」のである[100]。
鑑定実務にとって、この委譲は二重の含意を持つ。第一に、「衝動に抵抗できなかった病的行為」と「外的利益に動機づけられた通常の犯罪行為」との弁別は、もはや衝動制御症という診断群の一般的性格から自動的には導かれない。鑑定人は、当該の個別診断が定める除外要件に即して、この弁別を症例ごとに積極的に検討し、記載しなければならない。第二に、より根本的な概念上の移動がある。ICD-11 の一般定義は、行為を「当人にとって少なくとも短期的には報酬的」とみずから規定した(§1)。したがって、報酬の存在それ自体はもはや診断を妨げない。問われるべきは報酬の有無ではなく、その所在である——緊張からの解放や行為中の興奮のように行為に内在する報酬か、それとも保険金や報復の成就のように行為の外部にある利益か。鑑定人は、行為が「何によって強化されていたか」を、この内在/外在の軸の上で特定することを求められるのである。
8-3 本稿の立場と、別稿への委譲
以上を、本稿は問題の所在の指摘としてのみ述べる。分類の定義と法的判断枠組みとの整合を説明する任は、分類を作った側にあるのであって、概念史を書く者にあるのではない。本稿がなしうるのは、両者のあいだに何が生じているかを、精神病理学の語彙で書き留めることまでである。図 8 の二層構造を鑑定書の記載様式へ翻訳すること、日本の責任能力論(刑法 39 条の弁識能力・制御能力)および仏・独・米の比較法との接合、架空症例による例証など、司法実務に関わる事柄はすべて、弁護士との共著による別稿「『衝動への抵抗不能』と責任能力——ICD-11 衝動制御症の定義転換の精神鑑定への応用」(準備中)において扱う。同稿の骨子のみ挙げておけば——診断定式と法的判断枠組みのあいだの四つの落差(①「失敗」と「不能」、②反復的パターンと単発の行為、③疾患の存在と当該行為への因果、④行為の報酬性の評価)を分析軸に据え、日本の精神鑑定実務の着眼点および裁判例(最決昭和 58 年・59 年、平成 20 年・21 年等)との接続を図り、衝動的暴力(間欠爆発症)・窃盗衝動(窃盗症)・外的利益による放火(鑑別例)・薬剤性の衝動制御症状(医原性の例)の類型を架空症例により検討したうえで、図 8 の二層構造に基づく鑑定書の記載様式を提案する。19 世紀モノマニー論争の経験——概念の外的効力が内的整合性に優先し、境界が未画定のまま法廷で効力を得たこと(§2-2、§8-1)——は今日にとって警鐘でもある。ICD-11 の「抵抗不能」定式への移行が同様の社会的・法的緊張を生じさせる可能性は、精神科医が法曹・司法関係者と協力して検討すべき課題である。
§9 この歴史の側から現代の定義に問う
第 3 部はここまで、ICD-11 の定義文を第 1 部の分節と重ねて読んできた。最後に、向きを変える。整合を説明するのではなく、百五十年の記述精神病理学の側から、この定義文に問いを差し向ける。答えを出すのは本稿の仕事ではない。
9-1 「抵抗の失敗」は何によって測られるのか
第一の問いは、定義の中心語に向かう。そしてこの問いには、百七十年前の定礎がある。ファルレはモノマニーの学説を斥けるにあたって、その帰結をこう言い当てていた——意志の無力を診断の中心に据えれば「情念と狂気とのあいだの厳密な境界線は一切引きえなくなり」、判断は鑑定人一個の心証に委ねられる(§2-4)。この一文には四半世紀の前史がある。1825 年にジョルジェが「意志の損傷」を立てて以来、情念の正常な現れと病的な現れとの差は、弁護士から「あらゆる情念をモノマニー化している」と挑まれてもなお、サークルの誰によっても特定されなかった(§2-2)。ファルレの「境界線」は、外部からの批判に対する内部からの、四半世紀遅れの回答である。ICD-11 は「抵抗することの繰り返しの失敗」を群の核心に置いた。しかし抵抗は、それ自体としては観察されない出来事である。観察されるのは行為であり、抵抗はその手前で、失敗したときにのみ痕跡を残す。しかも ICD-11 は、ICD-10 が備えていた自己報告要件を外した(§7-1)。患者が「抗おうとして敗れた」と語ることは、もはや要件ではない。とすれば、何をもって「抵抗があり、それが失敗した」と判定するのか。ファルレの問いは、語を替えて回帰する。
ただし、この問いに対して歴史が何も差し出さなかったかのように書くのは正確でない。本稿がたどった歴史は、二種類の答えを既に試みている。第一は行動指標である。ブロイラーは「真の病的欲動」の証明を患者の語りにではなく行為の性状に求めた——無用なものを盗む・入手したものを利用しない・被害者へ返還する・器質的文脈(§3-3)。マニャンの一覧表もまた、情動の身体的徴候の誇張と行為後の安堵という、観察しうる項を含んでいた(§2-6)。第二は判定者の側の作業である。ブロイラーの弁別を最終的に支えるのは了解の成否であり(§3-3)、ヤスパースの Drang 記述は患者の語りに(§4-2)、エーの「意志の背景」は臨床像全体からの読み取りに(§5)、それぞれ依存する。行動指標による外形的な証明と、了解という解釈作業——二本の道である。付け加えれば、抵抗そのものが一様でないことも歴史は記している。ヤスパース初版(1913)は、強迫的衝迫に襲われた者が「無害な衝迫には従う一方、犯罪的な——例えば子どもの殺害へ向かう——衝迫には全力をもって抵抗し、成功する」のが「まったく通例」だと述べていた(§4-1)。抵抗は全か無かの能力ではなく、賭け金の重さに応じて動員される営みなのである。ICD-11 の個別診断は、このうち第一の道の要素——行為前の緊張の高まり、行為後の解放、動機の不在——を必須要件のなかに保持している。しかし群の定義の中心語である「抵抗」そのものは、どちらの道によっても要件化されていない。
実際、定義文の内部にこの事情は痕跡を残している。「抵抗の失敗」の語は、CDDR では群の総論(p. 519)にのみ現れる。個別診断の必須要件に降りると、動詞は一様に「制御(control)」に戻る——放火症「火を放とうとする強い衝動の制御の繰り返しの失敗」、窃盗症「物を盗もうとする強い衝動の制御の繰り返しの失敗」、強迫的性行動症「強い反復性の性的衝動または urge の制御の失敗の持続的パターン」、間欠爆発症「攻撃的衝動の制御の失敗」[93]。対象を行為から衝動へ移す焦点の移動(§7-1)は各論まで貫かれているが、エスキロール以来の語を AAPL 勧告が鋳直した「抵抗」の一語(§6-bis-1)は、分類の門前に掲げられたまま、診断の作業台には載っていないのである。すなわち、抵抗の失敗は百五十年にわたり読み取られるものであって測られるものではなかった——そして ICD-11 自身の文面が、各論でこの語を避けることによって、その事情を裏書きしているように見える。歴史が差し出した二つの答えのいずれも採らずに「抵抗」を総論の中心語としたことの運用可能性は、定義の側が答えるべき問いとして残る。二〇二四年の国際現場試験において、まさにこの規準の適用が臨床家にとっての難所として現れたこと(§6-bis-5)は、この問いが机上のものでないことを示している。
9-2 快感価値と、強迫との境界
第二の問いは §7-4 で見たとおりである。行為の快感価値は、衝動と強迫を分かつ目印として ICD-11 の境界記述に繰り返し現れながら、群定義においては「少なくとも短期的には」と限定され、経過とともに減弱しうるとされ、強迫的性行動症では満足を失っても続く事態が発現形に数えられる。目印でありながら必須要件ではないこの規準を、どの重みで用いるべきなのか。エーの「行為への強制性/表象の強制性」の区別は問いを構造の水準に移すが、それで境界が引けるわけではない。この境界はなお未決であり、本稿はその所在を示すにとどまる。
9-3 神経科学との関係——仮説にとどまること
第三に、7-5 で述べたとおり、前頭前皮質—線条体回路の所見はいずれの衝動制御症にも特異的ではなく、群の妥当性を支えるにはなお遠い。これは本稿の限界ではなく、現在の神経科学の到達点である。なお、語り口の類似そのものは新しくない——リボーの「停止する力(pouvoir d’arrêt)」(§2-5)は、今日の抑制制御(inhibitory control)の 19 世紀における最も直接的な相同物である。語彙の照応は容易に見出される。だからこそ求められるべきは、語彙の照応ではなく所見の特異性なのである。分類がこの水準の知見に整合を求めるのは早いのではないか——これも、分類の側に向けられた問いである。
9-4 定義文のもう一つの読み方——偶然と交渉の産物として
ここまでの三つの問いとは別に、定義文そのものの読み方についても一言しておく。第 1 部の分節と重ねて読むと、百五十年の系譜が一文に流れ込んだかのような印象が生じかねない。その印象は打ち消しておかねばならない。§6-bis が掘り出した事実を並べ替えれば、同じ資料から、まったく調子の異なる叙述が書けるからである。
——三語並列の構文は、エスキロールを読んだ委員会が作った。しかしその中心の語形「抵抗の失敗」は、精神病理学的考察の結実ではなく、法学の専門家団体が「抗いがたい衝動は法廷用語だから使うな」と勧告した結果である(§6-bis-1)。三語のうち一語が temptation から urge に替わった理由を記す文書は存在しない。章に何が含まれるかは、部会の設計というより、WHO 内部の別系統との交渉によって決まった——賭博とゲームは、部会の残置提案にもかかわらず、公衆衛生上の関心から立てられた新章へ移された(§6-bis-4)。抜毛症の移動は強迫スペクトラム論の勢力を、強迫的性行動症の配置は嗜癖論への保守的な距離を反映する。そして生家である DSM の側では、章そのものが解体され、定義文は消滅した。残ったのは、法学の介入によって語形が定まり、二つの起草系統の綱引きによって外延が定まり、由来を知らぬ委員会に受け継がれた一文である——と。
この叙述は、第 1 部の歴史と矛盾しない。同じ資料から二つの物語が書けるという事実は、どちらかが誤りであることを意味しない。分類の定義文は、概念の要求と制度の要求との双方によって形づくられるからである。ただし、二つのうち一方だけを語れば、他方は隠れる。ICD-11 を系譜の到達点として語ることは、定義文がどれほど偶然的な経緯を経て今の形になったかを読者から隠すことになる。
9-5 平行現象の身分——何が反証となるか
第 3 部の読解そのものについても、方法上の問いに答えておかねばならない。内的な力と、それを制御する審級——この主題を書こうとすれば、どのような書き方をしてもこの二項に行き着くのではないか。そうであれば、百五十年分の文献のどこかと「構造的に対応」してしまうのは当然であり、対応の指摘は何も語っていないことになる。この批判は正当であり、平行現象の指摘が空虚でないためには、対比事例が要る。
本稿は二つを挙げうる。第一に ICD-10 である。同じ二〇世紀後半の国際分類でありながら、その定義は行為の反復・合理的動機の不在・自己報告に定位し、意志と衝動の関係を主題としなかった。第二に DSM-5 である。こちらは章そのものを解体し、衝動制御を秩序破壊的行動と素行の隣に置いて、定義文を捨てた(6-bis-4)。すなわち、同じ臨床対象について、同じ時代に、別様の書き方が現に二つ選ばれている。「この主題を書けば必ず意志と衝動の二項になる」わけではないのである。この対比によって、ICD-11 が採った形は必然ではなく選択であったことが示され、その選択が第 1 部の分節と一致するという指摘は、はじめて内容を持つ。
もっとも、これで示されるのは一致であって、影響ではない。影響を主張するには文書が要り、文書があるのはエスキロール→DSM-III→ICD-11 の構文の線だけである(§6-bis)。図 3(エーの二極と ICD-10/ICD-11 の対応)および図 4(三語と三つの病理次元)は、この限定のもとで読まれねばならない——それらは継受の系統図ではなく、現代の定義文を精神病理学の語彙で読み解くための対照表である。
9-6 なぜ現代の定義文を扱ったのか
影響が示せないのなら、第 1 部・第 2 部の歴史記述にとどめ、現代の分類に触れない選択もありえた。それでも第 3 部を置いたのは、臨床の側に理由があるからである。ICD-11 の定義文を前にした臨床家は、三語を修辞的な同義反復と読むこともできれば、三つの区別されるべき次元と読むこともできる。前者ならば、定義は「衝動に負けること」という一つの事態を三度言い換えただけであり、診断は行為の反復の確認に帰する。後者ならば、面接で問うべきことが三つに分かれる——突発的な放出があったのか、意識されぬまま行動を方向づける駆動があったのか、内から迫る切迫があったのか。この読み分けを可能にするのが、ヤスパースとエーが与えた分節である。第 1 部の歴史がもたらす利得は、ICD-11 に権威を与えることにではなく、その一文を読む解像度を上げることにある。それは定義文が誰の子であるかとは、独立の事柄である。
結論
本稿がたどったのは、衝動という概念が二つの言語圏で鍛えられた過程である。フランスでは、ピネルの「理性は保たれたまま意志だけが無力である」症例からバイヤルジェの定式、エスキロールの本能的モノマニーへと、衝動は一貫して意志との関係において定義された。ドイツ語圏では、クレペリンの Drang 語彙、ブロイラーの反応性欲動と病的欲動の弁別、ヤスパースの三段階系列、シュナイダーの意志規定によって、その関係の様態が分節された。エーの「研究 11」は、この二つを一つの枠組みに収めた最後の総合である。本稿の結論は次の三点である。
- 両伝統が到達した核心は、衝動を〈制御する審級と制御されない力との関係〉として捉える視点であり、その関係の様態を区別する語彙——Drang・欲動・意志、プロトプルシオンと衝動的行動——である。これは分類の変遷とは独立に、臨床記述の資産として残る。
- 現代の定義文をこの分節で読めば、impulse・drive・urge の三語は同義反復ではなく、三つの病理次元——突発的放出、方向づけられた駆動力、意志を圧倒する切迫——を区別しうる形で保持していると読める(図 4)。ただし文書で確認できるのは、エスキロール→DSM-III→ICD-11 という構文の継受の一本の線だけであり、それ以外の対応は継受ではなく平行現象である(§6-bis、§9-5)。起草者の意図は資料を欠くため、本稿は問わない。
- この転換は、責任能力評価にも問題を持ち込む。鑑定は「衝動への抵抗可能性(行為前)」と「行為の実行における制御可能性(行為中)」の二層で問われることになるが(図 8)、両者を分けて評価する手立ては確立していない。本稿はこれを問題の所在として示すにとどめ、司法実務への応用は別稿に委ねる(§8-3)。
序節に掲げた主張——両伝統が衝動を〈制御する審級と制御されない力との関係〉として概念化し、その様態を区別する語彙を鍛えた——は、第 1 部と第 2 部そのものである。第 3 部は、この歴史とは水準を分けて現代の分類を扱い、§9 において向きを変えた。整合を説明するのではなく、問いを差し向けたのである——抵抗の失敗は何によって測られるのか、快感価値と強迫との境界はどこにあるのか、神経科学との整合を求めるのは早すぎないか。いずれも答えを出すのは本稿の仕事ではない。ICD-11 は精神病理学の問いへの回答として書かれたのではなく、百五十年の歴史がこの一文に向かって流れていたのでもない。
しかし、その一文を読むとき、この百五十年の分節を知っている読者と知らない読者とでは、読めるものが違う。impulse と drive と urge が同義の言い換えに見えるか、面接で分けて問うべき三つの事柄に見えるか——この差が、本稿が示したかったものである。歴史は現行の分類に権威を与えない。ただ、それを読む解像度を上げるだけである。
なお、臨床運用が避けて通れない urge の訳語について、本稿は切迫・衝迫・促迫・渇望などの候補を比較し、本邦精神病理学の Drang 訳の伝統に連なる「衝迫」を暫定第一候補として提案した(§6-4)。訳語の確定は ICD-11 日本語正規版の作業に属する。しかし、三つの語のどれを一語に畳み込み、どれを訳し分けるかという選択が概念の理解そのものを左右することは、temptation 一語の交替が定義の重心を動かした経緯(§6-bis-3)の示すとおりであり、訳語の検討は本稿の主題の直接の延長線上にある。
付録 訳語対照表(暫定)
本稿で使用する主要訳語の対照を以下に示す。urge および Drang については訳語未定のため原語を使用し、ICD-11 日本語正規版の公刊をもって改訂する予定。
| 英語(CDDR) | 独語(Hölzel) | 仏語(MeSH) | 日本語(暫定) |
|---|---|---|---|
| impulse | Impuls | impulsion | 衝動 |
| drive | Trieb | pulsion | 欲動 |
| urge | Drang | tentation / envie | 原語使用(暫定第一候補:衝迫、§6-4) |
| will | Wille | volonté | 意志 |
| instinctual act | Triebhandlung | acte instinctif | 本能的行為 |
| impulsive act | impulsiver Akt | acte impulsif | 衝動的行為 |
| craving | — | envie compulsive | 渇望 |
| impulse control disorder | Störung der Impulskontrolle | trouble du contrôle des impulsions | 衝動制御症 |
| failure to resist | Unvermögen zu widerstehen | incapacité à résister | 抵抗できないこと |