はじめに——「意識混濁」の後で何が確立されたのか
前稿「ジョルジェ『De la folie』(1820)を読む」で筆者は、譫妄概念の成立を三つの問いに整理した[2]。ジョルジェが délire aigu を「症状にすぎない」ものとして folie から切り離したこと、この切断が「délire」の二義性のもとでいったん忘却され、19世紀末にフランスでは confusion mentale として、ドイツ語圏では「意識混濁(Bewußtseinstrübung)」の物差しのもとで再発見されたこと[11]、そしてボンヘッファーの外因性反応型を取り込んだクレペリン教科書第8版(1910)において、譫妄が疾患形態ではなく原因非特異的な「状態像」として確立されたこと、である。前稿の結論はそこで止まり、後日譚として一足飛びにリポウスキと DSM-III へ跳んだ。
本稿はその跳躍の下に横たわる半世紀を、ドイツ語圏に限って埋める。問いは一つである。「意識混濁」という物差しを手にしたのち、譫妄概念はドイツでどのように体系の中に置かれ、その体系はどこで限界に達したか。「確立」という語を、本稿は前稿より一段深い意味で用いる。前稿で確立と呼んだのは、譫妄が原因非特異的な状態像として教科書の構造の中に居場所を得たことであった。本稿で問うのは、その状態像がなぜ非特異的であるのかを説明する理論、状態像を他の状態像から分ける基準、そして基準が及ばない症例をどう扱うかという、体系の側の仕事である。この仕事を、ドイツ語圏では三人の名で辿ることができる。ボンヘッファー、クルト・シュナイダー、ヴィーク。
本稿の中心は第二の名にある。クルト・シュナイダー『臨床精神病理学』の章「身体的に基礎づけうる精神病の構造(Der Aufbau der körperlich begründbaren Psychosen)」は、第14版で6頁(S. 37–42)にすぎない[1]。しかしこの6頁には、ボンヘッファーの発見を体系に翻訳するために必要なすべての部品——命名、必発と随意の区別、軸症候群、四要件、症状か誘発かの問い、そして体系が捉えられないものへの名指し——が、シュナイダー特有の圧縮された文体で置かれている。筆者はこの章を全篇にわたって翻字・翻訳し、本稿ではその要所を新訳で示す。カールバウム論文でシュナイダーのカタトニー論を扱ったとき、彼を無視して統合失調症の圏域の問題を語ることはできなかった[15]。譫妄についても同じである。ただし譫妄の場合、シュナイダーは当事者というより、ボンヘッファーとヴィークのあいだに立って、前者を評価し後者を受け入れる審判の位置にいる。その位置から章を読むとき、ドイツにおける譫妄概念の確立が、一つの枠の完成であると同時にその枠の限界の自認であったことが見えてくる。
本稿の見取りを先に述べておく。第I章はボンヘッファーの外因性反応型を、前稿で扱った範囲を超えない程度に要約し、クレペリンの留保と初期の批判を確認する。第II章はシュナイダーの章の解題であり、本稿の本体である。第III章はヴィークの通過症候群と機能精神病の構想を、シュナイダーがそれをどう受け入れたかを軸に描く。第IV章は考察として、三人の仕事を「確立」の三つの層として整理し、ジョルジェとの対応、DSM-III との対応、そして通過症候群の行方を論じる。
I ボンヘッファー——非特異性の発見(1908–1917)
カール・ボンヘッファー(1868–1948)の仕事は前稿の第IV章で扱ったので、ここでは本稿に必要な三点だけを確認する[3][2][12]。第一に、発見の内容。1901年の『常習飲酒者の急性精神疾患』でアルコール譫妄を記述したボンヘッファーは、1908年から1912年にかけて、急性感染症・全身疾患・内科疾患に伴う精神病が、原因の違いにかかわらず少数の定型的な像——譫妄、てんかん様興奮、もうろう状態、幻覚症、アメンチア——として現れることを主張した。1910年のモノグラフ『急性感染症および内科疾患に続発する症状性精神病』は、その主張を資料によって支えた書物である。1917年の論文「外因性反応型」がこの定型群に与えた名が、以後のドイツ語圏の用語となる。
第二に、発見の含意。ボンヘッファーの主張は、症状から原因を読むことができないという否定的な言明である。個々の感染症や中毒に固有の精神像はなく、脳は外的侵襲に対して限られた反応様式しかもたない。この含意は、原因ごとに疾患単位を立てるクレペリンの綱領と衝突する。前稿で確認したとおり、クレペリンは第8版第2巻の第IV章冒頭でボンヘッファーの「反復する障害群」を引用しつつ、「個々の感染症にはわれわれの大脳皮質への異なる毒作用が対応する」以上、いつか感染精神病の特殊形態を精神症状によって特徴づけられるようになると確信する、と留保した(S. 237)[4]。ボンヘッファーの側は、ジーメルリングとともに、感染症における精神病の諸形態は相互にも他の疾患像からも区別できず、せいぜい「ある種の外因性精神障害型」を立てうるにすぎない、と応じている。譫妄が確立された第8版の頁そのものに、非特異性をめぐる対立が書き込まれているのである。
第三に、初期の批判。ボンヘッファーの定型群には、当初から二つの方向の批判があった。一つは定型の数と範囲をめぐるもので、外因性反応型として挙げられた五つの像が少なすぎるのではないか、あるいは逆に、それらの像が本当に外因に固有なのか(アメンチアや幻覚症は内因性精神病にも現れる)という疑問である。もう一つは素因をめぐるもので、同じ外因が人によって異なる像を生むのは、罹患者の素質(Anlage)が像を形づくるからではないか、という指摘である。シュペヒト、クライスト、クリッシュらの名がこの議論に結びつく[6]。シュナイダーが章の中でボンヘッファーを「命名は狭すぎ、取り込んだものは少なすぎた」と評し、ホッヘとともにこれらの名を挙げるとき、彼はこの二つの批判の系列を引き継いでいる。ボンヘッファーの発見は、それだけでは体系にならなかった。体系にしたのは、発見を「必発」と「随意」に分けて配置し直した後続者たちであり、その配置の最も簡潔な形がシュナイダーの章である。
II シュナイダー「身体的に基礎づけうる精神病の構造」を読む
章は三節から成る。第 I 節は命名と原理(S. 37–38)、第 II 節は急性群と慢性群の記述(S. 38–41)、第 III 節はてんかんと先天性精神薄弱(S. 41–42)。以下、章の順序に従って読む。引用はすべて筆者所蔵の第14版の頁写真からの翻字と拙訳による[1]。
1 命名——「外因性」でも「器質性」でもなく
章は自らの表題の弁明から始まる。「この呼称はいささか回りくどいが、われわれはこれよりよいものを知らない」(S. 37)。回りくどい呼称を選んだのは、通用している二つの語がともに使えないからである。
Von „organischen“ Psychosen kann man nicht reden, weil wir auch Schizophrenie und Zyklothymie als „symptomatisch“ auf (allerdings unbekannte) organische Ursachen zurückführen möchten, wie eben alle Krankheiten organisch sind. Und von „exogenen“ Psychosen zu reden, ist mißverständlich, weil der Begriff des Exogenen zuerst näher zu erklären wäre.
「『器質性』精神病について語ることはできない。なぜならわれわれは統合失調症と循環病をも『症状性』のものとして(もっとも未知の)器質的原因に帰そうとするのであり、それはまさにすべての疾患が器質的であるのと同じだからである。また『外因性』精神病について語ることは誤解を招く。外因性という概念をまず立ち入って説明しなければならないからである」(S. 37)〔筆者訳〕。
「器質性」が使えないのは、シュナイダーにとって統合失調症も循環病も未知の身体疾患の症状だからである——「疾患はつねに身体的である(Krankheit ist stets körperlich)」という、彼が別の章で定式化した前提がここに働いている[1]。「外因性」が使えないのは、語義どおりに「外から引き起こされた」と解すると尿毒症や脳腫瘍の精神病が漏れるからで、それらも同じ像を作る以上、原因の内外は像を分ける基準にならない。残る言い方は「身体的に基礎づけうる(körperlich begründbar)」、つまり身体的な根拠を示すことができる精神病である。この語は原因の性質ではなく、われわれの知識の状態を言っている。既知か未知か、という認識の側の区別が、精神病を二つに分ける唯一の線なのである。
そして章は、この線の奇妙さを自ら指摘する。「これはきわめて奇妙なことである。ある精神病の原因をわれわれが知っているか知らないかが、その症状と関係しうるとは考えにくいからである」(S. 37)。知識の状態が症状と相関するはずはない。それなのに、身体的に基礎づけうる精神病は「その外観においても」未知のものからはっきり区別される。この不思議を見てとったことが、ボンヘッファーの功績である。
2 ボンヘッファーの評価——功績と二つの限界
Gesehen zu haben, daß körperlich faßbare Psychosen gemeinsame psychische Symptome haben, ist ein großes Verdienst Bonhoeffers, wenn auch seine Namengebung zu eng und das, was er hereinnahm, zu wenig war. Alle diese Bilder erkannte er als unspezifische „Prädilektionstypen“, d. h. man kann ihnen die spezielle Ätiologie nicht ansehen. Das gilt allerdings nur relativ.
「身体的に把握しうる精神病が共通の心的症状をもつことを見てとったのは、ボンヘッファーの大きな功績である。もっとも彼の命名は狭すぎ、彼がそこに取り込んだものは少なすぎたのであるが。彼はこれらすべての像を非特異的な『好発型(Prädilektionstypen)』として認識した。すなわち、それらの像から特定の病因を見てとることはできないのである。もっとも、これは相対的にしか当てはまらない」(S. 37)〔筆者訳〕。
一文のうちに、承認と二つの限定が置かれている。承認されるのは非特異性の発見そのものである。限定の第一は命名——「外因性」という語が狭すぎること——であり、これは第1節の議論の帰結である。限定の第二は範囲——ボンヘッファーが取り込んだ像が少なすぎること——であり、これは第 II 節で急性群の「肉づけ」を列挙する際に具体化される。そして「相対的にしか当てはまらない」という但し書きは、非特異性の主張を絶対化しない。「一般型の内部では、たとえばアルコール譫妄や誇大型の進行麻痺は、やはり特定の病因をかなりよく特徴づけている」(S. 37)。クレペリンが第8版で留保した「病因特異性」は、ここで一般型の内部の程度問題として救われている。ボンヘッファーとクレペリンの対立を、シュナイダーは一般型/特殊型の二層に分けることで解消したのである。
この評価に続いて、章は身体的基礎の三つの様態(病因を知る、形態学的変化を知る、両方を知る)を区別し、遺伝はこの意味での既知の原因ではないと断る。そして本稿にとって重要な一節が来る。
Niemand wird annehmen, die faßbare körperliche Grundlage sei stets die einzige Ursache dafür, daß diese Psychosen auftreten. Eine besondere Anlage ist für viele notwendig. Vollends aber kann man nicht das spezielle Aussehen, das Sosein der Psychose einfach aus dem körperlichen Geschehen ableiten. Nur daß eine Psychose da ist, ihr Dasein ist unmittelbar auf die diagnostizierbare Krankheit zurückzuführen: ohne diese Krankheit wäre sie nicht.
「把握しうる身体的基礎がつねに、これらの精神病が現れる唯一の原因であるとは、誰も想定しないだろう。多くの場合には特別な素質が必要である。まして、精神病の特定の外観、その『かくあること(Sosein)』を、身体的な出来事から単純に導き出すことはできない。ただ、精神病がそこにあるということ、その『あること(Dasein)』だけが、診断可能な疾患に直接帰せられる。この疾患がなければ、その精神病はなかったであろう」(S. 37)〔筆者訳〕。
Dasein と Sosein の区別は、ボンヘッファーの非特異性に哲学的な形を与えたものである。身体疾患が説明するのは、精神病があることまでであって、それがどのようにあるかではない。どのようにあるかは、素質と、次節で扱う随意的な肉づけの側に属する。ジョルジェが délire aigu を「より重篤な疾患の一症状にすぎない」と言い、それが「予後を立てるのに役立つ」が「治療薬の投与を指示しない」と付け加えたとき[2]、彼が言おうとしていたことは、この区別によって一世紀後にはじめて正確に言い表された。症状にすぎないとは、その存在が原疾患に従属するということであって、その姿が原疾患から導けるということではない。
3 必発と随意——ホッヘの「軸」
ボンヘッファーの発見を体系に翻訳する第一の部品は、症状の二分である。
Man unterschied bei diesen Psychosen „obligate“ und „fakultative“ Symptome, d. h. solche, die bei diesen Schädigungen immer da sind, und andere, die nur unter gewissen Umständen auftreten. Immer da ist z. B. bei einer gewissen Schwere der frischen Gehirnverletzung die Bewußtseinstrübung im Sinne der Trübung des Sensoriums und ebenso bei einer entsprechend fortgeschrittenen Paralyse der Persönlichkeitsabbau und die Demenz. Hoche hieß die fortschreitende Zerstörung der „Psyche“ die „Achse“ des klinischen Bildes. Diese Grundformen sind aber auch das einzige Obligate. Alle Ausgestaltungen sind fakultativ.
「これらの精神病について『必発の(obligat)』症状と『随意の(fakultativ)』症状とが区別された。すなわち、これらの障害においてつねに存在する症状と、一定の条件のもとでのみ現れる症状とである。つねに存在するのは、たとえば新鮮な脳損傷が一定の重症度に達した場合の、感覚中枢の混濁という意味での意識混濁であり、同様に、相応に進行した進行麻痺における人格の崩壊と認知症である。ホッヘは『心』の進行性の破壊を臨床像の『軸』と呼んだ。しかしこれらの基本形こそが、唯一の必発のものである。あらゆる肉づけは随意である」(S. 38)〔筆者訳〕。
ここで譫妄概念の確立に決定的な操作が行われている。ボンヘッファーが並べた五つの定型(譫妄・てんかん様興奮・もうろう状態・幻覚症・アメンチア)は、同じ水準に並ぶ五つの像であった。シュナイダーはそれらを二つの水準に分ける。必発の水準にあるのは意識混濁(急性)と人格の崩壊・認知症(慢性)だけであり、譫妄・もうろう状態・幻覚症・アメンチアといった像は、意識混濁という軸の上に乗る「肉づけ(Ausgestaltungen)」に降格される。「軸」という語はホッヘから借りられている——ホッヘは1912年の講演で、疾患単位の探求を批判し、症状複合を精神医学の記述単位とすることを提案した人物である[5]。その語をシュナイダーは、症状複合のなかの必発部分を指すために用いる。譫妄は、こうして、五つの像の一つであることをやめ、急性の身体的精神病の軸そのものに近い位置へ移る。ただし譫妄と意識混濁は同一ではない。次節で見るとおり、シュナイダーは「譫妄(Delirien)」を肉づけの一つとして列挙しており、軸はあくまで意識混濁である。譫妄の確立とは、この章においては、譫妄という名の像の確立ではなく、譫妄をその最も典型的な現れとする意識混濁という軸の確立なのである。
随意の肉づけは、さらに二種に分けられる。疾患が特定の脳領域を侵すことによる「局在的に随意のもの」と、罹患者の素質による「個人的に随意のもの」である。コルサコフ症候群は前者の例として挙げられるが、「びまん性脳障害もまた同じ健忘性障害を作りうる」ことから、局在では説明しきれず、「記憶に奉仕する装置はそもそも特に傷つきやすいらしい」という控えめな推測で留められる(S. 38)。そして「これらの関係については、どこにも積極的な知識、とりわけ解剖学的な知識はなく」、可能性を挙げるにとどめて「個々について思弁することはしない」。この自制は章全体の調子を決めている。体系は、知られていることの範囲を明示しながら組み立てられる。
4 四要件——身体的に基礎づけられた精神病を認めるために
第 I 節の末尾に、診断の実務に向けた要件が置かれる。「把握しうる疾患をその精神病の責任者として本当に認めるかどうかは、個々の症例においてはしばしばかなり恣意的である」(S. 38)。短いインフルエンザや膀胱炎を十分な原因と認めたがる臨床家に対して、シュナイダーは四つを要求する。
Wir möchten zur Annahme einer körperlich begründeten Psychose fordern: 1. Belangvolle körperliche Befunde. 2. Einen evidenten zeitlichen Zusammenhang zwischen körperlichem Befund und der Psychose. 3. Eine gewisse Parallelität der Verläufe von beiden. 4. Psychische Bilder, wie man sie bei faßbaren Körperschädigungen auch sonst zu sehen gewohnt ist, eben „exogene“ oder „organische“. Diese Forderung gilt am wenigsten streng.
「身体的に基礎づけられた精神病を認めるために、われわれは次のことを要求したい。一、意味のある身体的所見。二、身体的所見と精神病とのあいだの明白な時間的関連。三、両者の経過のある程度の並行性。四、把握しうる身体障害においてふだんから見慣れているような心的な像、すなわち『外因性』ないし『器質性』の像。この最後の要求は、最も緩やかにしか適用されない」(S. 38)〔筆者訳〕。
四要件の構造に注意したい。第一から第三は身体の側の要件であり、所見の重さ・時間的関連・経過の並行という、いわば因果推定の三条件である。第四だけが精神像の側の要件であり、しかもそれは「最も緩やかにしか適用されない」。つまりシュナイダーは、身体的精神病の診断において精神像の典型性を最も軽い根拠に置いている。これはボンヘッファーの非特異性の当然の帰結である——像が原因を語らないなら、像の典型性は原因の証明にならない。しかし同時に、それは第2節の「相対的にしか当てはまらない」とも整合する。像は証明にはならないが、見慣れた像であることは推定を支える。この四要件が、のちの操作的診断における「病歴・身体診察・検査所見から、障害の原因となった特定の器質的要因の証拠があること」という基準の、ドイツ語圏における原型であることは、第IV章で改めて述べる。
5 急性群——先鋭化、意識混濁、肉づけ
第 II 節は急性疾患の目録(脳損傷、急性中毒、感染症とウイルス疾患、慢性感染の急性増悪、バセドウ病のクリーゼ、尿毒症、糖尿病性昏睡、子癇、失血)から始まり、その像を三つの形態に分ける。第一は「人格の特徴の単なる先鋭化(Zuspitzungen)」で、アルコール酩酊がまず人格を「口走らせ、脱抑制し、戯画化する」だけで「個人を超えた特徴は現れない」段階である。第二が意識混濁であり、その極限は「もはや積極的な精神病とは評価されない」意識消失である。そして第三が、意識混濁の上に乗る肉づけである。
Die Bewußtseinstrübung ist, wie wir hörten, das obligate Symptom der akuten Gruppe, das alle anderen Symptome, alle Ausgestaltungen umgreift. Es kann eine einfache Somnolenz sein oder ein produktives und formal mitunter wenig auffälliges Benehmen. […] Fakultativ, sei es nun lokalisatorisch oder individuell, aber dem Bilde nach immerhin noch mehr oder weniger deutlich exogen, sind dann die näheren Ausgestaltungen der Bewußtseinstrübung: Verwirrtheiten, inkohärentes, widerspruchsvolles Denken, stuporöse, apathische, agitierte, expansive, angstvolle, traumhafte Zustände, Halluzinosen, Delirien mit motorischer Unruhe, Gegenstands- und Personenverkennung und endlich Gedächtnisstörungen.
「意識混濁は、すでに聞いたとおり、急性群の必発症状であり、他のあらゆる症状、あらゆる肉づけを包み込む。それは単純な傾眠でありうるし、あるいは生産的で、形式上はときにほとんど目立たない振る舞いでもありうる。[…]随意的——局在的であれ個人的であれ——であるが、像からすればなお多少とも明瞭に外因性であるのが、意識混濁の立ち入った肉づけである。すなわち錯乱、支離滅裂で矛盾に満ちた思考、stuporös な状態、無欲的・激越的・誇大的・不安に満ちた・夢様の状態、幻覚症、運動不穏を伴う譫妄、物および人の誤認、そして最後に記憶障害である」(S. 38–39)〔筆者訳〕。
この列挙が、ボンヘッファーへの第二の限定——「取り込んだものは少なすぎた」——の具体化である。五つの定型のうち、譫妄・幻覚症は名指しで残り、もうろう状態は意識混濁の一亜型として直前に触れられ(「意識障害者がある程度生産的で行動するとき、人は好んでもうろう状態と呼ぶが、これらの状態を他の意識混濁から鋭く際立たせることはできない」S. 38)、アメンチアは「錯乱(Verwirrtheiten)」に溶け、てんかん様興奮は「激越的な状態」に吸収される。代わりに stuporös・無欲的・誇大的・不安・夢様の状態と、誤認と記憶障害が加わる。範囲は広がり、名前は減った。譫妄(Delirien)はここでは「運動不穏を伴う」という限定つきで、肉づけの一項目にすぎない。
意識混濁を軸とすることの意味は、続く一節で「臨床的な指針(klinische Leitlinie)」として明確にされる。
Stets wenn ein Psychotischer deutlich bewußtseinsgestört ist, wird man eine akute körperlich begründbare Psychose (oder eine akute Episode innerhalb einer chronischen Krankheit) vermuten. Das darf man aber nicht umkehren. Es gibt auch einmal akute körperlich begründbare Psychosen ohne Bewußtseinstrübung. Klinische Systematik, die sich nach den Ausnahmen richten wollte, löste sich selbst auf. Sie muß aber an diese erinnern.
「精神病者が明瞭に意識障害を示すときにはつねに、急性の身体的に基礎づけうる精神病(あるいは慢性疾患の内部における急性エピソード)を推定することになる。しかしこれを逆にしてはならない。意識混濁を伴わない急性の身体的に基礎づけうる精神病も、ときには存在する。例外に従おうとする臨床的体系は、みずからを解体してしまうだろう。しかし体系は、例外を想起させねばならない」(S. 39)〔筆者訳〕。
ここに本稿の主題である「確立」の性格が凝縮している。意識混濁は急性の身体的精神病の必発症状であると同時に、その推定の指針である——意識混濁があれば身体的精神病を疑え。だがこの含意は一方向であり、逆は成り立たない。意識混濁を伴わない急性身体精神病は存在する(のちに M. ブロイラーが記述した内分泌性精神症候群は、その代表的な例である[10])。シュナイダーはこの例外を体系の外に捨てもせず、体系の基準にもしない。「例外に従おうとする臨床的体系は、みずからを解体してしまう」からである。体系は例外を「想起させる」義務だけを負う。譫妄概念の確立とは、ドイツ語圏においては、意識混濁を軸とする枠が完成したことであり、その完成は、枠に収まらないものの存在を枠自身が認めるという形で行われた。第 II 節の末尾でヴィークの通過症候群が導入されるのは、まさにこの「想起」の実行である。
6 症状性統合失調症と症状性循環病——「症状か誘発か」
肉づけの列挙に続いて、章は「もはや『外因性』でない像」に移る。統合失調症に見え、急性統合失調症から区別しがたい像であり、「あたかも統合失調症的な層が『叩かれた』かのように見える」(S. 39)。ここでシュナイダーは二つの立場をとる。一つは、ヴァイツの研究を引いて、一級症状という狭い意味での統合失調症性症状は身体的精神病においてきわめて稀だと述べつつ、「滅裂」「感情の空虚」のような漠然とした印象や幻覚一般を統合失調症性症状と呼んではならない、と診断の側を引き締めること。もう一つは、ボンヘッファーとともに「症状性統合失調症に対応するような症状性循環病は存在しない」と断ずることである。内因性うつ病の典型的な型は急性身体疾患において決して見られない。躁病についてはやや事情が異なり、症状性躁病と循環病性躁病の区別は難しいが、それは「躁様の像は、まったく一般的に、抑うつ性の像よりぼやけている」ためであって、症状性循環病の存在を認めることにはならない。
ところがこの断定は、次の段落で自ら相対化される。循環病相の「誘発(Auslösung)」は身体的精神病において稀ならず起こる。すると「症状か誘発か」という問いが立つ。そしてシュナイダーは、この問いが「どれも強制力をもたない単なる思考可能性のうちにとどまる」と診断する。「それによって、症状性の循環病性うつ病に対するわれわれの否認もまた相対化される。要は解釈(Deutung)次第なのである」(S. 39)。
Das ist immer und ohne Ausnahme so, wo man kausal erklärend über den metaphysischen Abgrund des Seele-Leib-Verhältnisses springt, also stets dann, wenn sich Psychopathologie zur Psychiatrie erweitert. Auch dann ist dies der Fall, wenn man auf dem Gebiet des Leiblichen Befunde kennt. Daß es sich um philosophische Vorentscheidungen handelt, sollte man stets im Auge behalten, wenn man sich des gewohnten Ansatzes bedient, d. h. den empirischen Dualismus zur Grundlage nimmt mit der Idee der Wechselwirkung.
「因果的に説明しつつ心身関係の形而上学的深淵を跳び越えるところでは、つまり精神病理学が精神医学へと拡張されるときにはつねに、例外なくそうである。身体の領域に所見を知っている場合でも、事情は同じである。それが哲学的な先行決定(Vorentscheidungen)であることを、慣れ親しんだ方法を用いるとき、つまり相互作用の観念を伴う経験的二元論を基礎に置くときには、つねに念頭に置いておくべきである」(S. 39–40)〔筆者訳〕。
この一節は、譫妄概念の確立史のなかで読むと、ボンヘッファー=クレペリン論争の哲学的な決着である。像から原因を読めるか(クレペリン)、読めないか(ボンヘッファー)という問いは、シュナイダーによれば、経験的に決着する問いではなく、心身関係についての先行決定に依存する。身体所見があっても、それが精神病の「原因」であるという言明は、心身の相互作用という形而上学的前提のもとでしか意味をもたない。シュナイダーはこの前提を放棄しない——「われわれもまたこれらの前提に従う。それなしには精神病の精神医学を営むことはほとんどできない——少なくとも医学の一分科としては」(S. 40)。だが前提であることは明示する。四要件(第4節)が因果推定の条件を列挙していたのは、この前提のもとでの実務的な折り合いであった。
続く段落は、統合失調症をモデルにして「症状性」と「誘発」の使い分けを実例で示す。基礎疾患とともに統合失調症性症状が消えれば「症状性」と呼びやすく、基礎疾患が治癒したのちに統合失調症的状態が発展すれば「誘発」がふさわしく、基礎疾患が持続し精神像も持続すれば「まったく選択の自由」がある。妊娠のように誘発する過程が疾患でなければ「症状性」と言う意味がない。「いずれにせよ、『症状性』のものはつねに『誘発』としても把握でき、少なくとも広い範囲で逆もまた成り立つ」(S. 40)。ここには、カールバウム論文で見たシュナイダーの記述的態度——中間例を「純粋に記述的で没理論的」と規定し、体質圏の混合説を退けた態度[15]——と同じ構えがある。症状か誘発かは事実の問題ではなく命名の問題であり、命名は解釈に従う。
7 慢性群——人格の崩壊と認知症
慢性疾患の目録(外傷後遺、中毒、感染、寄生虫、腫瘍、血管疾患、初老期・老年期・変性過程)に続いて、慢性群でも「先鋭化」がまず現れることが述べられる。「倹約家は吝嗇に、興奮しやすい者は癇癪持ちに、用心深い者は猜疑的になる」(S. 40)。シャイトの老年期性格研究が引かれ、「進行麻痺性の変化ですら、はじめは先鋭化にすぎないことがある。ニーチェを想起せよ」と付け加えられる。そして「人格と身体的に基礎づけうる(急性および慢性の)精神病とのあいだには、心理学的な現象像においては、確かに中間形(Übergänge)が存在する」。カールバウム論文で論じたとおり、シュナイダーの Übergänge は時間的な移行ではなく、両方の概念に該当する中間の症例群を指す[15]。ここでは、人格の先鋭化と身体的精神病のあいだに、どちらとも言い切れない像が連続していることが言われている。
慢性群の必発症状、「包括するもの」は人格の崩壊(Persönlichkeitsabbau)である——「機転、礼儀、配慮、より繊細な心の動きの減退」。その上に、多幸的・饒舌型、無欲的・緩慢型、易刺激的・爆発型という「互いに移行し合う三つの型」が随意的に乗るが、第三の型の特徴は「つねに脳症状としてではなく、しばしば体験された変化や身体的不快への心的反応として把握すべき」ものである(S. 40)。ここに第 III 節末尾の「体験反応」の主題が予告されている。もう一つの必発症状は「(不可逆の)認知症」であるが、必発なのは認知症そのものであって、記憶性か把握力か判断力か(グルーレ)という「知的崩壊の特定の外観」ではない(S. 41)。急性群における意識混濁と肉づけの関係が、慢性群では認知症と痴呆化の様態の関係として反復されている。
そしてシュナイダーは、慢性群の不可逆性をも硬直的に見ないよう注意する。「稀ならず回復、すなわちこれらの状態が改善し、ときに驚くほど改善する時期がある。時間単位の変動もある。たとえば脳硬化症者は、午前中は午後よりはるかに『元気』でありうる」(S. 41)。認知症の日内変動と改善期の観察は、次節の通過症候群の導入を準備している。慢性群の軸である認知症すら、可逆と不可逆の境界で揺れるのである。
8 中間形と通過症候群——軸が捉えられないもの
第 II 節の末尾に、本稿がこの章に求めていた一節が来る。
Zwischen den genannten akuten und chronischen Krankheiten gibt es alle Übergänge und ebenso zwischen den akuten und chronischen psychotischen Bildern; man denke vor allem an das Korsakowsyndrom. Es ist oft ein reversibles „Durchgangs-Syndrom“ (Wieck), das mit den Begriffen Bewußtseinsstörung, Persönlichkeitsabbau und Demenz nicht zu fassen ist. Manche schwer Demente neigen mehr und mehr zu Bewußtseinstrübungen, zum mindesten zu dauerndem Schlafen („Schlummerdemenz“). Auch gibt es Bewußtseinstrübungen als Episoden in chronischen Prozessen, wie vor allem bei Arteriosklerotikern oder chronisch Vergifteten.
「上述の急性疾患と慢性疾患とのあいだにはあらゆる中間形があり、急性と慢性の精神病像のあいだにも同様である。とりわけコルサコフ症候群を想起せよ。それはしばしば可逆的な『通過症候群(Durchgangs-Syndrom)』(ヴィーク)であり、意識障害・人格の崩壊・認知症という概念では捉えられない。重度の認知症者のなかには、ますます意識混濁へ、少なくとも持続的な睡眠へと傾く者がいる(『まどろみ認知症』)。また慢性過程のなかのエピソードとしての意識混濁もある。とりわけ動脈硬化症者や慢性中毒者におけるように」(S. 41)〔筆者訳〕。
三つのことが言われている。第一に、急性群と慢性群のあいだにも中間形がある。疾患の水準でも、像の水準でも。第二に、その代表がコルサコフ症候群であり、それは「しばしば可逆的」である。第3節ではコルサコフ症候群は局在的に随意の肉づけの例として、つまり急性群の意識混濁の上に乗るものとして扱われていた。ここではそれが、意識混濁でも人格の崩壊でも認知症でもないものとして、二つの軸のどちらにも属さないと言われる。第三に、この「捉えられないもの」に、シュナイダーはヴィークの語を借りて名を与える——通過症候群。名を与えるだけで、内容の説明はない。しかし名を与えたこと自体が、第5節の「体系は例外を想起させねばならない」の実行である。
次の段落は、通過症候群のほかにも軸に収まらない像があると認める。「アルコールその他の中毒およびある種の貧血における幻覚性・妄想性の状態」である。慢性状態においては「ほとんどつねに、誘発された統合失調症という問いが持ち上がる。それは、すでに述べたように、思弁のうちに終わる」(S. 41)。二つの軸——意識混濁と、人格の崩壊・認知症——を「軸症候群(Achsensyndrome)」と呼ぶ語がここで初めて現れるのは、皮肉である。軸症候群という語は、それに収まらないものを列挙する文のなかで導入されている。
9 第 III 節——てんかん、先天性精神薄弱、体験反応
第 III 節は本稿の主題から外れるが、章の論理を完成させる三つの主張を含むので短く記す。第一に、てんかんの精神病は身体的精神病に対して特別な地位をもたない。「てんかんを第三の『精神病』ないし第三の『圏』として統合失調症と循環病に並べて同等に置くことは、論理的にまったく歪んでいる」(S. 41)——統合失調症と循環病は精神病理学的事実であり、てんかんの決定的症状は痙攣という身体的なものだからである。てんかんの精神病像も「その急性および慢性の心的軸症候群は上に描いたものに完全に対応」する。第二に、先天性の精神薄弱状態も、疾患や脳奇形の結果として把握できるかぎり、この章の主題に属する。先天性と後天性を分けることに「原則的な意義はない」が、先天性の認知症には「本来の記憶性の形態」が欠けている。第三に、そして最も重要なことに、「あらゆる身体的に基礎づけうる精神病において、病んでいることの体験とその帰結に対する人間の心的反応もつねに存在することを、決して忘れてはならない」(S. 42)。熱病者の不安、脳損傷者の易刺激性は「体験反応的」である。先天性精神薄弱がこの点で異なるのは、「変化の体験」が欠け、「『以前』が欠け、比較が欠け」るからであり、そこにあるのは人格の崩壊ではなく「先天的な人格の低位(Persönlichkeitstiefstand)」である。
第三の主張は、章の冒頭の Dasein/Sosein の区別と呼応している。身体疾患が説明するのは精神病があることまでであり、その姿には素質と肉づけが関わる——そして肉づけの一部は、病むことへの人間の反応である。譫妄の像のうち、意識混濁は身体に帰せられるが、不安や易刺激性は、必ずしも脳症状ではなく、混濁した意識のなかで病を体験する人間の反応でありうる。この最後の留保によって、身体的に基礎づけうる精神病の章は、身体に還元されない層を自らの内部に確保して終わる。
III ヴィーク——通過症候群と機能精神病(1956–1967)
ハンス・ハインリヒ・ヴィーク(1918–1980)が「通過症候群」の語を提案したのは1956年の論文「いわゆる症状性精神病の臨床について」であり、その構想は1961年前後の一連の論文を経て、1967年の『精神医学教科書』にまとめられた[7]〔要確認——筆者は原典を未入手であり、以下の記述はシュナイダー本文と、コンラートおよびシャルフェッターの二次的記述に拠る〕。本稿にとって重要なのは、ヴィークの構想が意識混濁の軸に対してどのような位置をとったかである。
コンラートが1960年の『現代の精神医学』で症状性精神病を総説した際の整理によれば[8]〔要確認〕、ヴィークは身体的に基礎づけうる急性精神病を「機能精神病(Funktionspsychosen)」と呼び、それらが可逆的であることをもって不可逆の「欠陥精神病」から分けた。そして機能精神病を重症度の段階に並べた。軽度の段階には、欲動・気分・注意の障害や記憶障害を主とする像があり、中等度には健忘性の像や幻覚妄想性の像、重度には意識混濁とその深化(傾眠・昏迷・昏睡)が置かれる。「通過症候群」は、この系列のうち意識混濁に至らない可逆的な段階に与えられた名である。通過(Durchgang)とは、疾患が重症化する途上、あるいは回復する途上で通り過ぎる段階を意味する。
この構想が、シュナイダーの体系に対してもつ意味は二重である。一方でそれは、シュナイダーが「想起させねばならない」と言った例外——意識混濁を伴わない急性身体精神病——に、名前と位置を与える。コルサコフ症候群は、局在的な肉づけでも軸でもなく、機能精神病の中等度の段階である。他方でそれは、意識混濁の位置を変える。シュナイダーにおいて意識混濁は急性群の唯一の必発症状であり、他のすべてを「包み込む」軸であった。ヴィークにおいて意識混濁は、機能精神病の重症度尺度の一端、最も深い段階である。軸から尺度の端へ。この移動によって、意識混濁を伴わない急性身体精神病は、例外であることをやめ、尺度の浅い側の通常の段階になる。
シュナイダーがヴィークをどう受け入れたかは、前章第8節の引用が示している。彼は通過症候群を「意識障害・人格の崩壊・認知症という概念では捉えられない」ものとして、つまり自らの二軸体系の外にあるものとして認めた。しかし体系そのものは改めなかった。意識混濁は依然として急性群の必発症状であり、臨床的指針である。通過症候群は、体系が「想起させる」例外の名として章に置かれたにとどまる。ここには、シュナイダーの体系の性格がよく現れている。彼は例外を体系に取り込んで体系を作り替えるのではなく、例外を名指して体系の傍らに置く。「例外に従おうとする臨床的体系は、みずからを解体してしまう」からである。
通過症候群の概念は、その後のドイツ語圏で広く使われ、同時に批判された。シャルフェッターは、この語が意識混濁を伴わない可逆的な器質性症候群の総称として便利である一方、そこに含まれる像——健忘性・幻覚妄想性・抑うつ性・躁性・無欲性の症候群——が互いに異質であり、「通過」という語が経過についての予断(可逆性)を診断の名に持ち込んでいる点を批判した[9]〔要確認〕。この批判は、シュナイダーが第2節で述べた原則——像の名は経過の予断を含んではならない——を、ヴィークに対して適用したものと読める。通過症候群が国際分類に居場所を得なかった理由は、この批判にほぼ尽きている。ICD-10 の F05(他に分類されない譫妄)と F06(脳の損傷・機能不全および身体疾患による他の精神障害)の対は、ヴィークの尺度を「意識混濁を伴うもの」と「伴わないもの」に二分し、後者を病因群ではなく症候群の種類(幻覚症・緊張病性障害・妄想性障害・気分障害・不安障害など)で下位分類した。そこに通過という語はない。ICD-11 の 6D70 は譫妄を「注意と覚識の障害」で定義し、意識混濁の語すら用いない[14]。ドイツ語圏が国際分類に送り出したのは、シュナイダーの軸である譫妄であって、ヴィークの尺度ではなかった。
IV 考察——「確立」の三つの層
1 発見・体系化・相対化
三人の仕事を「確立」の三つの層として並べることができる。ボンヘッファーの層は発見である。身体的に把握しうる精神病が原因にかかわらず共通の像をとることを、資料によって示した。シュナイダーの層は体系化である。発見を必発と随意に分け、意識混濁を急性群の軸に据え、身体的精神病を認める四要件を立て、症状か誘発かの問いを哲学的先行決定に帰し、体系が捉えられないものに名を与えた。ヴィークの層は相対化である。軸を尺度の一端に移し、例外を段階に変えた。
この三層は、時間的に順に来ただけでなく、論理的にも互いを必要とする。発見は体系化なしには、五つの像の並置にとどまる。体系化は相対化なしには、例外を傍らに置いたまま閉じる。相対化は体系化なしには、何が相対化されたのかを持たない。ドイツにおける譫妄概念の確立とは、この三層が揃ったことである。そして揃った瞬間に、意識混濁という軸は、唯一の必発症状から重症度の一段階へ変わっていた。確立と相対化は同じ出来事の表と裏である。
2 ジョルジェとの対応——「症状にすぎない」の精密化
前稿でジョルジェの12項目対照表を DSM-III・DSM-5-TR・ICD-11 の要件と並べたとき、原因論・経過・治療の項目はほぼそのまま現在の要件に対応し、欠けているのは「意識/注意」の物差しだけであった[2]。シュナイダーの章を経由すると、この対応にもう一段の説明が加わる。ジョルジェの「症状にすぎない」は、シュナイダーの Dasein/Sosein の区別によって、はじめて正確な内容を得る。délire aigu が症状であるとは、その存在(Dasein)が原疾患に従属するということであり、その姿(Sosein)が原疾患から導けるということではない。ジョルジェ自身、délire aigu が予後の徴ではあるが治療の指示を与えないと言い、原因を脳疾患・交感性・摂取物質の三つに分けながら、その三つが異なる像を生むとは言わなかった。彼は非特異性を暗黙に前提していたのであり、それを明示的な主張にしたのがボンヘッファー、哲学的な形にしたのがシュナイダーである。
もう一つの対応は四要件にある。ジョルジェは délire aigu が「決して原発的でなく、常に他の症状に先行される」(第5・6項目)と述べた。これはシュナイダーの第二要件(時間的関連)と第三要件(経過の並行)の萌芽である。だがジョルジェには第一要件(意味のある身体的所見)がない——1820年に「所見」と呼べるものは症状と剖検しかなかったからである。シュナイダーの四要件が可能になったのは、身体的所見が精神像から独立に確定できるようになった時代の産物であり、その意味で四要件は、ジョルジェの経過論的な基準を所見論的な基準へ組み替えたものである。
3 DSM-III との対応——器質的要因基準の原型
前稿で引用した DSM-III(1980)の譫妄の診断基準は、A から D までが症状の基準であり、最後の基準が「病歴・身体診察・検査所見から、障害の原因と判断される特定の器質的要因の証拠があること」を求めていた[13]。この最後の基準が、シュナイダーの四要件の直系であることは、両者を並べれば明らかである。「意味のある身体的所見」「時間的関連」「経過の並行」は、「病歴・身体診察・検査所見」と「原因と判断される」に対応し、シュナイダーが「最も緩やかにしか適用されない」とした第四要件(像の典型性)は、DSM-III では A–D の症状基準として独立している。つまり DSM-III は、シュナイダーが最も軽く見た精神像の側を基準の本体とし、シュナイダーが本体と見た身体の側を最後の一項に置いた。順序は逆だが、部品は同じである。
この逆転には理由がある。シュナイダーの四要件は、精神病を身体疾患に「帰せられるか」を判定するための要件であり、譫妄という像を同定するための要件ではない。彼にとって像の同定は意識混濁の軸によって既に済んでおり、四要件は帰属の問題を扱う。DSM-III は、像の同定と帰属の判定を一つの基準セットに収めた。その結果、リポウスキが「意識混濁」の廃棄と「注意の障害」への移行を促したとき[2]、失われたのは像の同定の側の軸であって、帰属の側の要件は残った。DSM-5-TR と ICD-11 に至っても、他の医学的疾患・物質・多重病因という特定用語の形で、シュナイダーの帰属の要件は生きている[14]。
4 通過症候群の行方
ヴィークの語が国際分類に入らなかったことは第III章で述べた。ここで付け加えておきたいのは、その語が消えたのちに残った問題である。意識混濁を伴わない可逆的な身体的精神病——健忘性の、幻覚妄想性の、抑うつ性の、無欲性の像——は、ICD-10 では F06 の下位項目に、DSM では「他の医学的疾患による」精神病性障害・気分障害・不安障害として、それぞれの症候群のもとに分散した。分散は、シャルフェッターの批判に従えば正しい処置である。異質な像に一つの名を与える必要はない。しかし分散によって失われたものもある。ヴィークの尺度が示していたのは、これらの像と譫妄とが同じ機能精神病の重症度の段階であり、一人の患者において連続して現れうるということであった。コルサコフ症候群が「しばしば可逆的な通過症候群」であるというシュナイダーの一文は、譫妄から回復する途上の患者が健忘性の段階を通過するという、臨床では誰もが知る事実を体系の言葉で述べたものである。この連続性は、症候群ごとに分散した分類では表現できない。ICD-11 が譫妄に「持続性」の特定用語を設け、DSM-5 が「亜症候群性譫妄」の議論を抱えていることは、ヴィークの尺度が名を失ったのちも問題として残っていることを示している。
ドイツにおける譫妄概念の確立は、このように、二つの産物を残した。一つは意識混濁を軸とする譫妄であり、これは名を変えて国際分類に入った。もう一つは軸の外に名指された通過症候群であり、これは名を失って問題として残った。前者が後者を「想起させる」義務を負うというシュナイダーの原則は、分類の水準では果たされていない。
結語
本稿の問いは、「意識混濁」の物差しを得たのち、譫妄概念はドイツでどのように体系の中に置かれ、その体系はどこで限界に達したか、であった。答えはこうなる。ボンヘッファーが身体的精神病の非特異性を発見し、シュナイダーがそれを必発と随意の二層に分けて意識混濁を急性群の軸に据え、身体的精神病を認める四要件を立て、症状か誘発かの問いを哲学的先行決定に帰した。譫妄は、この体系においては、五つの定型の一つであることをやめ、意識混濁という軸の最も典型的な現れとなった。体系は、意識混濁を伴わない急性身体精神病という例外を捨てず、基準にもせず、「想起させる」ものとして傍らに置き、ヴィークの通過症候群という名をそれに与えた。ヴィークは軸を尺度の一端に移し、例外を段階に変えた。確立と相対化は同じ出来事の表と裏であった。
シュナイダーの章を読み終えて残るのは、その簡潔さへの驚きである。6頁のうちに、命名の弁明、先行者の評価、症状の二分、軸の設定、四要件、症状か誘発かの問い、二つの軸、中間形、通過症候群、てんかん、先天性精神薄弱、体験反応が、一つも欠けずに置かれている。しかもそのすべてが、「われわれは知らない」「思弁することはしない」「思弁のうちに終わる」という自制の言葉で縁取られている。譫妄概念の確立とは、ドイツ語圏においては、知られていることの範囲を明示しながら組み立てられた体系が、自らの限界を名指したことであった。ジョルジェが「症状にすぎない」と言った délire aigu は、一世紀と少しののち、「あることは身体に帰せられるが、かくあることは帰せられない」精神病として、自らの外に何があるかを知る体系の中に置かれたのである。