はじめに——三つの問い
ジョルジェの『De la folie』は、ポステルの言葉を借りれば「最初の近代的な精神医学の教科書」である[1]。筆者はこの本をポステル編の抜粋版(紙の本と Perlego 版)で通読した。読後に残ったのは、著者が32歳で結核に斃れたという事実の重さと、それにもかかわらず本書第4章に置かれた folie と délire aigu の対照表が、現代の譫妄(delirium)の概念をほとんど完成した姿で先取りしているという驚きである。ただし同じ本のなかで、彼が第5の genre として新設した stupidité には、のちに confusion mentale・メランコリーの stupeur・カタトニーの Stupor へと分岐する異質なものが同居しており、ここに本書の限界もある。
本稿は文献紹介の体裁をとるが、書誌と内容の紹介にとどまらず、次の三つの問いを原典照合によって整理することを目的とする。第一に、ジョルジェの切断は師のピネルとエスキロールにおいてどこまで準備されていたか。第二に、この区別はいかにして忘却され、19世紀末にどのような形で再発見されたか。第三に、クレペリンの教科書が版を重ねるなかで譫妄はどこに置かれ、『臨床精神医学入門』第3版(1916)には譫妄の症例が載っているのか。第三の問いは筆者自身の読書史に由来する。筆者が読んできたのは『入門』第2版からの仏語抄訳であり、そこには統合失調症と躁うつ病の講義しか取り出されていなかったため、原書第3版を開くまで、この本に譫妄の症例が載っているかどうかを筆者は知らなかった。結論を先に言えば、載っている。しかも一講義を割いて、である(第VI章)。第三の問いの背後には、より大きな問いがある。ジョルジェで始まった譫妄概念は、いつ、どの書物において、原因非特異的な単一の症候群として確立されたと言えるのか。本稿はこれに、クレペリン教科書第8版第2巻(1910)の構成と、『入門』第3版(1916)における症例の取り上げ方・まとめ方を根拠として答える(第V・VI章、おわりに)。そのうえで、時代を隔てた後日譚として、この概念が DSM-III(1980)の操作的定義を経て一般医学の領域に定着するまでを、リポウスキの役割を軸に素描する(第VIII章)。
本稿の中心命題を、先に一文で述べておく。譫妄(delirium)が「原因非特異的な急性の状態像」として確立される過程は、ジョルジェの délire aigu(1820)からクレペリン教科書第8版第2巻(1910)と『入門』第3版(1916)に至る一次史料によって再構成することができ、その確立点は第8版第2巻に置くことができる——これが本稿の主張である。三つの問いはこの命題を三方向から検証するためのものであり、第I章から第VI章までは、すべてこの一文の論証に当てられる。第VII・VIII章の後日譚は、確立された概念がその後どのように操作化され、精神医学の外へ普及したかを同じ物差しで追う補論であって、命題そのものの一部ではない。
本稿を貫く見取り図は、こうである。ジョルジェは délire aigu を「知性の廃絶(abolition)」として、すなわち folie の「逸脱(déviation)」との対比において捉えた。この対比は正しかったが、両者を分ける共通の物差しをまだ持っていなかった。その物差し——「意識の混濁(Bewusstseinstrübung)」——を19世紀ドイツ語圏の臨床が供給し、シャスランとボンヘッファーが「急性の脳の機能不全の定型的な現れ」として confusion と delirium を再定義したとき、ジョルジェの délire aigu は現代の譫妄として結晶した[2]。クレペリンの教科書の変遷は、この結晶化の過程を版ごとに写し取っている。この物差しの変遷を図 1 に掲げておく。以下の各章は、萌芽(第III章)・取り出し(第II章)・忘却と再発見(第IV章)・確立(第V・VI章)・確立以後(第VII・VIII章)の順にこの変遷を追う。本稿の図の役割分担を、ここで明記しておく。図 1 は「物差しの変遷」の図である——譫妄を folie(のちには急性精神病・認知症)から分ける基準が、時代ごとに何と呼ばれてきたかだけを一列に示す。これに対して「おわりに」の図 5 は「概念史の五段」の図である——萌芽・取り出し・忘却と再発見・確立・確立以後という五つの段の内容を、各章の結論とともに一望する総括図であり、図 1 の物差しは、その五段の下を流れる一本の線として図 5 のなかに再び現れる。章ごとの見取りは第III・V・VI章の冒頭に図(図 2〜4)として置く。読者は、図 1 で物差しの移り変わりを、図 2〜4 で各段の内部を、図 5 で全体を確かめる、という順に本稿を読むことができる。
I 書誌と著者
エティエンヌ=ジャン・ジョルジェは1795年4月2日、アンドル=エ=ロワール県ヴェルノン=シュル=ブレンヌに生まれた。両親は裕福でない農民で、医学の道に難色を示したという。トゥールで学んだのちパリに出て、1815年11月29日にサルペトリエールのインターンとなり、以後そこを離れなかった。1820年2月8日にパリ医学部で学位論文「狂気の原因についての試論」を審査され、同年これを骨子として『De la folie』を刊行する。同年、エスキロールが1819年に懸賞課題として提示した屍体解剖研究でも受賞している(賞品はピネル『論考』第2版一冊であった、とポステルは脚注に記す)。1828年5月14日、33歳で肺結核により死去。同時代人によれば「エスキロール氏の腕の中で」息を引き取り、師は「わが子の一人のように」悼んだ[1]。1795年4月生・1828年5月没であるから、満33歳の死である。
ポステルはこの若い医師を、麻痺性認知症を発見したベール(1799年生)と並べ、二人を「大家たちの影のもとでフランス精神医学に最も堅固な基礎を与えた」若き先駆者と呼ぶ。しかし両者の扱いは対称ではない。ベールの「天才的発見」は器質発生説の論拠として「濫用された」と序論冒頭から留保がつくのに対し、ジョルジェの功績は「発見」ではなく「境界画定(bien limiter)」に置かれる。すなわち精神病の領域を、器質的疾患に症状として伴う精神障害の領域から「きちんと限界づけた」こと——ポステルの言葉では、psychiatrie と neuro-psychiatrie の領域とその方法論的差異について「これらの語が命名される前に本質的なことを言った」ことである[1]。この対比は、抜粋版の序論に先立って、ポステルが没後150年(1978年)を期して書いた論考「ジョルジェとベール——対照的な二つの運命」で展開されていたものである。「わが師アンリ・エーの思い出に」と献じられたこの論考は、のちに彼の西欧精神医学史論集『Éléments pour une histoire de la psychiatrie occidentale』(2007)に収められた[35]。そこでポステルは、自らが1972年にプリヴァ社の « Rhadamanthe » 叢書で本書を再刊したことを記し、本書を「最初の近代的な精神医学の論考にして、おそらくは19世紀最後のそれ」と呼んで、「精神医学に固有の領域が、首尾一貫した脳心一元論に従って、これほど精密に限界づけられ記述されたことは二度となかった」と評している[35]。L'Harmattan 版の序論は、この論考の前半を要約したものと見てよい。
II 本書の構成と délire aigu の章
本体は5章から成る。第1章「狂気の症状」は délire を一般的に記述したのち、これを idiotie・manie・monomanie・stupidité・démence の5 genre に分ける。第2章「狂気の原因」は素因と直接的・間接的原因を統計表つきで論じ、第3章は経過と転帰を扱う。第4章「急性délire と folie の区別」が本書の核心であり、第5章「治療」は唯一の「直接的脳治療」としての traitement moral を重んじ、瀉血・穿頭・水撃・回転機械など当時の身体療法を「まず害をなすなかれ」の掟のもとに斥ける。
1 délire を「定義しない」という宣言
ジョルジェは délire の定義を意識的に拒む。
Je ne chercherai point à définir le délire de l'aliénation mentale ; il est extrêmement difficile de le caractériser en peu de mots, il vaut mieux le décrire.
「私は aliénation mentale の délire を定義しようとはしない。それを短い言葉で特徴づけることは極めて困難であり、記述する方がよい」(p. 37)〔筆者訳〕。
そのうえで彼は、これから述べる délire の一般論は manie・monomanie・stupidité の三 genre にのみ適用されるとし(p. 37)、idiotie と démence——知的器官の作用の絶対的な無効——を délire 論の外に置く。folie における délire の質は「廃絶されて(abolie)はおらず、多くの場合ただ歪められ(faussée)、昂進し(exaltée)、あるいは弱められている(affaiblie)」(p. 38)ものであり、monomaniaque においては「推論の原理、その基盤が偽である」だけで、それを真と認めれば「彼らが引き出す帰結はきわめて正当に見える」(p. 39)。この「逸脱としての délire」が、第4章で「廃絶としての délire aigu」と対置されることになる。
2 第5の genre——stupidité
ピネルの4 genre(manie・délire mélancolique・démence・idiotisme)をエスキロールが修正し、délire mélancolique を monomanie と改名し、思考の偶発的欠如を démence に統合して「急性」と形容した。ジョルジェはこの「急性 démence」を切り離して第5の genre とする。理由は明快である。
J'ai pensé que ces deux états étaient trop différens l'un de l'autre pour être réunis en un seul genre, et qu'il était convenable d'en faire deux ; la démence aiguë n'est point incurable, c'est un trouble intellectuel qui guérit aussi bien que le délire maniaque. La démence véritable, au contraire, ne guérit jamais ; le cerveau est usé par l'âge ou les maladies, et devient incapable d'exercer ses fonctions.
「私は、この二つの状態は一つの genre にまとめるにはあまりに異なっており、二つに分けるのが適当だと考えた。急性 démence は治癒不能ではない。それは maniaque な délire と同じくらいよく治る知的障害である。これに対して真の démence は決して治らない。脳は加齢や疾患によって摩耗し、その機能を営むことができなくなっている」(p. 44)〔筆者訳〕。
「imbécillité acquise」と呼ぼうかとも考えたが idiotie に近すぎるとして、彼は stupidité を選ぶ。定義は「思考の顕現の偶発的欠如。患者が観念を持たないか、あるいはそれを表出できないかのいずれかによる」(p. 52)。ポステルはこの定義の後半こそが新しいと強調する。患者は思考が空になった者としてではなく、思考を外化できない者として記述されており、「彼らを冒していた真の精神状態がどのようなものであったかを我々が知りうるのは、治癒後になってはじめてである」(p. 52)からである[1]。ジョルジェとベールを対比した論考では、ポステルはこの定義を「古典となった定義」と呼び、のちにこれを擁護したドラジオーヴも、「原発性精神錯乱」と改名したシャスランも、「ジョルジェの臨床記述に付け加えるものを何も持たなかった」と評している[35]。
ここに筆者は本書の限界も見る。第5 genre を立てる根拠は「治癒可能性」と「脳の摩耗の有無」であって、症状の質ではない。したがって stupidité には、事後的にしか区別できない異質な状態——のちにバイヤルジェが lypémanie avec stupeur として取り出すもの(1843)[3]、カールバウムがカタトニーとして分離するもの(1874)[4]、シャスランが confusion mentale primitive と名づけるもの(1895)[5]——が同居している。筆者が本稿の冒頭で「カタトニーの Stupor も混ざってしまった」と述べたのはこの意味である。もっともポステルは、第4章の脚注で、ジョルジェの délire aigu における「confusion mentale」の記述は彼自身の stupidité の記述とは混同されておらず、両者を器質論的観点から混同したのはシャスランだと注意している(p. 117 脚注)。ジョルジェ自身の枠組みでは、stupidité は folie の一 genre、délire aigu は folie の外にある症状であり、両者は別の場所に置かれていた。
なお、stupidité という語そのものの意味の変遷——ジョルジェの第5 genre から、バイヤルジェとドラジオーヴの論争、シャスランの confusion mentale への吸収、カールバウム以後のカタトニーとの分離を経て、今日ではもっぱら知的発達症の一段階(stupidity)を指す語へと縮小するまで——は、manie や mélancolie ほどには知られていない術語であるだけに、それ自体として解説を要する。本稿では délire aigu の系譜を追うために必要な限りで触れるにとどめ、カタトニーとの関わりを含めた stupidité の語誌は別稿で論じることにしたい。
3 第4章——délire aigu の定義と12項目の対照表
第4章は「délire aigu は folie のあらゆる変種を呈するとしばしば言われてきたが、自分はそう考えない」(p. 109)と切り出す。両者が似るのは同じ機能=知性の変質であるという一点にすぎず、現れ方・原因・経過・治療手段のすべてにおいて本質的に異なる、と。冒頭の定義は次のとおりである。
Le délire aigu, ou l'affection des fonctions intellectuelles qui le constitue, n'est ordinairement qu'un symptôme d'une maladie plus grave d'un organe de l'économie ou du cerveau lui-même ; symptôme qui sert plutôt à établir le pronostic, qu'à indiquer l'administration d'aucun remède.
「délire aigu、すなわちそれを構成する知的機能の疾患は、通常、生体のある器官ないし脳そのものの、より重篤な疾患の一症状にすぎない。それは、いかなる治療薬の投与を指示するというよりは、予後を立てるのに役立つ症状である」(p. 109)〔筆者訳〕。
原因は三つに分けられる。脳の重篤な疾患(arachnitis、céphalite、fièvre ataxique)、他の器官の急性疾患による交感性 délire(漿膜・消化管・心膜の急性炎症が最も速やかに脳に作用し、肺の影響は小さく、慢性疾患——肺癆・癌・水腫——の患者は死の間際まで知性を保つ)、そして胃に摂取された物質(アルコール、アヘン、ベラドンナ、チョウセンアサガオ、タバコ)である。第三の原因の記述には ivresse の三段階と delirium tremens への言及がある(p. 111–112)。
délire aigu の知的内実は「全般的(généraux)」でなければならない。感覚・情動・判断・意志のいずれもが健康時のようには現れず、知的活動は「まず部分的に、次いで全体的に消え去る。しかもそのすべてが数分ないし数時間のうちに起こる」(p. 113)。彼はここでピネルの『Nosographie』から fièvre adynamique・fièvre ataxique・phrénésie の記述を長く引き(p. 113–114)、そこに読み取れるのは「知性の全般的変質、それもほとんど常にこの機能の働きの減弱、ないし多かれ少なかれ広汎な廃絶(abolition)」である(p. 114)と結論する。
章の到達点である二欄対照表(p. 117–120)は12項目から成る。表 II.1 に、ジョルジェが章頭で予告した四つの差異軸に沿って要約する。
| 軸(項目) | folie | délire aigu |
|---|---|---|
| 現れ方(1〜4) | 知的障害がそれ自体で病を構成する(« Il n'y a point de folie sans délire »)。知性は全体としては損なわれず、逸脱・過剰・不調和。感覚は健全。患者は議論し、意志し、歩き、食べ、病中の記憶を保つ | 一症状にすぎず、原疾患を特徴づけない。「逸脱というよりむしろ廃絶(abolition)」。感覚は不完全か皆無、理解不能な数語、傾眠、夢見るような努力。治癒後はおぼろげにしか回想しない。démence とは「興奮・倒錯」対「エネルギーの喪失」で区別 |
| 原因(5〜6) | 知的器官が原発的に侵される。特発性(idiopathique)。原因は脳の知的機能に直接作用する | 決して原発的でない。常に他の症状に先行される。交感性であることが多く、常に二次性 |
| 経過(7・8・11・12) | 可変的で年単位に及びうる。それ自体は致死的でないがしばしば治癒不能。しばしば遺伝的。再発が頻繁 | 持続は原疾患に従属し、数時間〜数日、20〜30日を超えるのは稀。原疾患はしばしば致死的だが、治れば délire は生き延びない。原疾患以上に遺伝的でなく、再発もほぼ考えられない |
| 治療(9〜10) | 治療は損なわれた機能そのものに向かう。moyens moraux が作用し、治療の大部分を構成する | いかなる治療指示も与えない。「そもそも誰も moyens moraux で攻めようと考えたことがない」。原疾患こそが医師の注意を独占すべきである |
表の論理構造は明瞭である。原因論(5・6)で領域を分け、経過論(7・8・11・12)から「folie は本質的に脳の病である」と論証し(遺伝と再発は脳以外の器官が健康なまま脳だけが素因を伝えることを示す、p. 120)、治療論(9・10)で区別の実践的帰結を示す。folie = psychiatrie、délire aigu = neuro-psychiatrie という境界画定を、症状記述だけでなく病因・経過・治療のすべてで冗長に支えている点が、この表を本書の核心たらしめている。同時に注意すべきは、ジョルジェの délire aigu が現代の譫妄より広いことである。「傾眠」「昏睡」に至る記述は、意識水準の低下を伴う急性脳症候群全体を覆っており、譫妄と昏睡との区別はまだない。
III ジョルジェ以前——ピネルとエスキロールはどこまで認識していたか
第一の問いに移る(本章の要点は図 2 に要約した)。熱性疾患の délire を aliénation から区別する発想は古い。ポステルが指摘するとおり、カエリウス・アウレリアヌスは phrenitis(熱が délire に先行する)を aliénation(全般的な器質的侵襲がなく、熱があるとしても興奮に二次的)から明確に対置していた[1]。この区別がルネサンス以降損なわれ、18世紀末には事実上忘れられた理由として、ポステルは「sympathie(交感)」という曖昧な病因概念と、フランス語の「délire」が delirium(急性)と délire-aliénation(慢性の妄想)の二義を持つことを挙げる。英語は delirious states と delusions を、ドイツ語は Delirium と Wahn を区別していたが、ピネルもエスキロールもこの曖昧さを解消しなかった、と[1][35]。ポステルはさらに、ジョルジェが「外国、とくにドイツの精神科医のよき読者」であり、文通相手となったハインロートがのちに本書を独訳することになる、と付け加えている。師たちと正面から対立して「交感的」因果を斥け、その confusionnisme を告発したうえで folie の「特発性の脳性」を擁護したジョルジェにとって、folie を「古い著者たちの phrénésie」たる症状性 délire からできるだけ多くの目印によって区別することは不可欠だった、というのがポステルの読みである[35]。
1 ピネル——鑑別の困難の認識
ピネルにおいて熱性の délire は、精神医学の書物である『論考』ではなく、一般病理学の書物である『Nosographie philosophique』(1798)の「熱病」の項に置かれていた。ジョルジェが第4章で引用する fièvre adynamique・fièvre ataxique・phrénésie の症状記述はそこから採られている[6]。つまりピネルの体系では、熱性 délire と aliénation はすでに別の書物に属していたのであり、両者を分ける意識はあった。しかし『論考』のなかでピネルがこの問題に触れるのは、鑑別の困難という文脈においてである。第2版(1809)第2節 §69 は次のように言う。
L'extrême intensité des symptômes peut aussi quelquefois induire en erreur, et on peut comprendre sous le nom de manie une fièvre maligne ou ataxique ; car, outre que les mêmes causes peuvent également produire l'une ou l'autre de ces maladies, celles-ci peuvent avoir des caractères communs : de violentes agitations, un délire furieux, des alternatives de stupeur et d'excitation nerveuse ; quelquefois une accélération marquée du pouls, la sécheresse de la langue, un visage pâle et défait, un sommeil léger et interrompu, et un refus absolu de toute nourriture. La distinction est alors difficile à faire dès le début, et ce n'est qu'en observant la maladie plusieurs jours qu'on parvient à fixer ses incertitudes.
「症状の極度の激しさもまた、ときに誤りを招きうる。すなわち manie の名のもとに悪性熱ないし ataxique 熱を含めてしまうことがありうる。同じ原因がこれらいずれの病をも等しく生じさせうるのみならず、両者は共通の性格を持ちうるからである——激しい興奮、猛烈な délire、stupeur と神経的興奮の交替、ときに脈拍の著しい加速、舌の乾燥、青ざめ憔悴した顔、浅く途切れがちな睡眠、一切の食物の絶対的拒否。このとき区別は初期には困難であり、数日間病を観察してはじめて、その不確かさを定めることができる」(『論考』第2版、1809、§69、p. 99–100)〔筆者訳。筆者所蔵のOCR本文により照合〕。
ここでピネルが挙げている鑑別点は、経過観察の必要性である。症状の質——ジョルジェの言う「逸脱か廃絶か」——による区別は述べられていない。また、初版(1801)の序論では、Bicêtre の aliénés の死因の多くが fièvres ataxiques ou adynamiques であったという記述があり[7]、熱病が aliénés の終末に「二次的疾患」として重なるという観察は、ジョルジェの最終章「屍体の開検」における「見出される病変は aliénation の終末に伴う二次的疾患の原因であることの方が多い」という留保(原版 p. 496)に受け継がれている。
もう一つ、stupidité の側から見たピネルがある。エーは第24研究「Confusion」の歴史節で、ドラジオーヴがこの障害の最初の同定の功をピネルに帰していることを紹介する。ピネルは「idiotisme」の名のもとに、激しく急な情動に由来する「commotion」を記述した——自分の大砲の設計がロベスピエールに好意的に受け取られたと知らされ、その手紙を受け取ると「不動のようになり、完全な idiotisme の状態で Bicêtre に送られた」革命軍の砲兵の例である。ピネルはこの種の例を多数観察し、それらが manie の発作で終わると述べている[20]。エスキロールは idiotie を先天性の démence に限定したため、ピネルの idiotisme を「démence aiguë」と呼び直したが、その記述にはほとんど関心を示さなかった(『Dictionnaire des sciences médicales』「Démence」1814, p. 292)[20]。ジョルジェが第5 genre として切り出したのは、この「情動的衝撃に続く可逆的な思考の停止」であり、それがのちの confusion mentale の系譜の起点となる。
2 エスキロール——「sans fièvre」という消極的定義
エスキロールは1814年、『Dictionnaire des sciences médicales』の「Délire」の項で délire を定義した。「人は、その感覚が外界の対象と対応しないとき、délire の状態にある(Un homme est en délire lorsque ses sensations ne sont point en rapport avec les objets extérieurs)」に始まる定義である[8]。この項でエスキロールが急性(熱性)の délire と慢性の délire(aliénation)を区別していたことはベリオスらの概念史が指摘するところであるが[2]、筆者は同項の全文をまだ照合していない〔要確認〕。
確実に照合できるのは『Des maladies mentales』(1838)の定義群である。第1巻冒頭「De la folie」(初出1816)はこう定義する。
La folie, l'aliénation mentale est une affection cérébrale ordinairement chronique, sans fièvre, caractérisée par des désordres de la sensibilité, de l'intelligence, de la volonté. Je dis ordinairement, parce que la folie est quelquefois d'une courte durée, parce que, au début et dans le cours de cette maladie, il se manifeste des symptômes fébriles.
「folie、aliénation mentale は、通常は慢性で、発熱を伴わない脳疾患であり、感受性・知性・意志の障害によって特徴づけられる。私が『通常は』と言うのは、folie がときに短期間で終わるからであり、またこの病の初期や経過中に発熱症状が現れるからである」(t. I, p. 5)〔筆者訳。archive.org の全文により照合〕[9]。
同じ定型が manie(「affection cérébrale, chronique, ordinairement sans fièvre」)と démence(「ordinairement sans fièvre et chronique」)にも反復される。manie の項では「私が『通常は発熱を伴わない』と言うのは、manie の初期に、ときにはその経過中に、誤らせかねない発熱症状が観察され、診断を困難にするからである」(t. II, p. 138)と付け加えられている[9]。さらに「隔離」の章には、実践的な警告がある。
Tout individu qui a du délire ne doit point être isolé ; car, au début, l'aliénation mentale simule souvent le délire aigu et fébrile. Il est facile de s'en laisser imposer à cet égard, et l'erreur n'est point indifférente ; elle compromet la santé du malade, elle expose le médecin à des regrets et au blâme.
「délire のある者をすべて隔離してはならない。初期には、aliénation mentale はしばしば急性で熱性の délire に似るからである。この点で欺かれるのは容易であり、その誤りは無害ではない。患者の健康を損ない、医師を後悔と非難にさらす」(t. II, p. 770)〔筆者訳〕[9]。
ここで注目すべきは三点である。第一に、エスキロールは「délire aigu et fébrile」という語をすでに用いており、この語自体はジョルジェの造語ではない。第二に、エスキロールの区別は「sans fièvre」という消極的な、しかも「ordinairement」と留保つきの基準に依存している。熱の有無は délire の質を語らない。第三に、エスキロールの関心は誤診の回避、とくに不当な隔離の回避という実践的なものであり、délire aigu を積極的に記述してその内部構造を示すことではない。ジョルジェが第4章の表で行ったのは、まさにこの積極的記述である。師が「発熱を伴わない」と言ったところを、弟子は「逸脱であって廃絶ではない」と言い換え、原因・経過・治療のすべてにわたってこれを裏づけた。
加えてポステルは、ピネルとエスキロールがカバニス由来の「交感的」機序——情念が内臓に作用し、内臓が「放射」によって脳に反作用する——を保持していたことが、délire の二義性を悪化させたと批判する[1]。ジョルジェはこの内臓的媒介を「無用で証明されていない」として斥け、folie を「脳の特発性疾患」と規定した(p. 78)。逆説的だが、folie を脳の病として一元化したからこそ、彼は「脳の病でありながら症状にすぎない délire」を切り離す必要に迫られたのである。
IV 忘却と再発見——1820年から1900年まで
本章の目的は一つである。第II章で取り出されたジョルジェの区別が、なぜ忘れられ、どこで再び見いだされたかを、フランスとドイツ語圏という二つの経路について示すこと——それだけである。登場する人物は多いが、筋を担うのは三人にすぎない。忘却の側ではモロー・ド・トゥール(夢と狂気の類比によって「délire」の二義性を全面化した)、フランス側の再発見ではシャスラン(confusion mentale を原因の側から「症状」として捉え直した)、ドイツ語圏の再発見ではボンヘッファー(「意識混濁」という物差しのうえに原因非特異的な反応型を立てた)である。ベール、ラゼーグ、バイヤルジェ、ドラジオーヴ、レジス、グライナー、マイネルトは、この三人の位置を定めるために必要な限りで登場する。第1節が忘却、第2節がフランス側の再発見、第3・4節がドイツ語圏の再発見に当たる。なお、フランス側の再発見が stupidité という genre の解体を経由したことは本章の筋に欠かせないが、stupidité という語そのものの語誌——バイヤルジェ/ドラジオーヴ論争の全容、カタトニーとの分離、今日の語義への縮小——は本稿の主題ではなく、第II章第2節末尾に記したとおり別稿で独立に論じる。同様に、ベール以後のフランス精神医学史それ自体も別稿に譲る(本章第1節末尾)。
1 ベールの裏書きとモロー・ド・トゥールの夢の類比——区別の忘却
第二の問いに移る。ポステルの序論はここで最も論争的になる。ベール(1822)はジョルジェの区別を裏書きし、phrénésie が慢性でもありうること、démence paralytique はまさに慢性 arachnitis による「症状性の aliénation」であることを示した[1]。ベールは学位論文の冒頭で『De la folie』を長く引用したうえで、第一部を次の一文で結んでいる。
Voilà quels sont les phénomènes les plus essentiels de cette phrénésie chronique. Il n'entre pas dans mon plan d'en tracer le tableau complet, ni de parler de sa marche, de ses terminaisons, de ses signes, ni du traitement qui lui est applicable. J'aurai atteint le but que je me propose, si cette partie de mon travail peut prouver que l'arachnitis chronique existe, et qu'elle est la cause d'une aliénation mentale symptomatique.
「以上がこの慢性 phrénésie の最も本質的な現象である。その全体像を描くことも、その経過・転帰・徴候・適用しうる治療について語ることも、私の計画には入っていない。私の仕事のこの部分が、慢性 arachnitis が存在すること、そしてそれが症状性の aliénation mentale の原因であることを証明できたなら、私は自らに課した目的に達したことになる」(Bayle 1822, p. 47。強調はベール)〔筆者訳〕[36][35]。
ポステルの言うとおり、ここでベールはジョルジェに倣って二つの領域をいっそう明確に分けている。一方に aliénation すなわち特発性の脳の folie、他方に délire aigu すなわち急性 phrénésie と、症状性 aliénation すなわち慢性 phrénésie とである[35]。ここまでは、psychiatrie(特発性 folie)と neuro-psychiatrie(急性・慢性の phrénésie)の分離はむしろ明確化していた。
転機は「délire」の二義性が全面的に作動した瞬間である。モロー・ド・トゥールは『Du haschich et de l'aliénation mentale』(1845)と1855年の二論文で、大麻による夢幻状態と folie との類比を掲げ、医学アカデミーの議論ではバイヤルジェを除く出席者全員が両領野の単一性を受け入れた。ラゼーグだけが1846年の書評でこの confusionisme の危険を示し、のちに「Le délire alcoolique n'est pas un délire mais un rêve」(1881)において、délire aigu(アルコール性)を「délire ではなく夢」として、慢性 délire から切り離し続けた[1][10]。ポステルはラゼーグを、神経学が精神医学へと権力を拡張していく19世紀後半に、ジョルジェの区別を擁護し続けた稀な人物として称える[40]。1855年の二論文——「病理学的および解剖病理学的観点から見た狂気について」と「夢の状態と狂気の同一性」——でモローが到達した結論は、ポステルが引くところによれば次のようなものであった[37][35]。
On voit d'après cela que sous l'influence de certaines causes morbides élaborées, pour ainsi dire, dans les profondeurs de l'organisme, ou venues du dehors, le cerveau peut être lésé, modifié partiellement ou dans tous ses modes d'activité, suivant qu'on restreint cette influence ou qu'elle est portée à son summum d'énergie. La pathogénie de la folie ne fournit donc aucun motif de différencier, au moins d'une manière absolue, cette maladie des autres affections du système nerveux.
「これから分かるのは、いわば生体の深部で作り出されるか、あるいは外から来る、ある種の病的原因の影響のもとで、その影響を限定するか、その力の極限にまで高めるかに応じて、脳が部分的に、あるいはその活動のあらゆる様態において損なわれ変化しうるということである。したがって狂気の病因論は、少なくとも絶対的な仕方では、この病を神経系の他の疾患から区別するいかなる理由も与えない」(Moreau de Tours 1855, p. 19–20)〔筆者訳〕。
ここで消えているのは、ジョルジェが対照表の第5・6項に置いた「原発的か二次的か」の区別そのものである。同じ1855年の『Annales médico-psychologiques』には、モローの二論文のあいだに挟まれる形でベール自身の最後の論文「進行麻痺を伴う aliénation mentale の器質的原因について」が載り、そこでベールは、自分の記述した「麻痺性 aliénation」が「いわば病理学的諸家族のなかでブルジョワの地位を得た」と勝ち誇っている[36][35]。ポステルはこれを「時折の精神科医(psychiatre occasionnel)」が初めて精神疾患を解剖臨床的な「訪問カード」つきで医学分類に持ち込んだ瞬間と呼び、進行麻痺が「神経精神医学の紋章(emblème)」となって、ジョルジェが「特発性」folie から切り離しておいた症状性精神疾患の側から、精神医学全体を器質論へ回収する模範になったと論じる。「ジョルジェの教訓はすっかり忘れられていた。それを取り戻すには、50年以上のちのサルペトリエール学派の失敗を待たねばならない」[35]。ベール、ラゼーグ、シャスラン、レジスという19世紀後半のフランスの系譜については、本稿では区別の忘却と再発見の筋を示すために必要な限りで触れるにとどめた。モロー・ド・トゥールを含めたこの時期のフランスの展開——夢と狂気の類比、délire の二義性をめぐる語彙の攻防、そして進行麻痺という模範——は、それ自体を主題とする別稿を予定している。
2 stupidité から confusion mentale へ——フランス側の再発見
stupidité の運命は別の経路を辿った。エーの整理によれば、エトック=ドマジーは1833年の学位論文でジョルジェの見解に与しつつも、これを特別な疾患ではなく「manie と monomanie の合併症」と見なし、フェリュス(1838)は stupidité の「無熱性(apyrétique)」を強調した——この時期の研究はいずれも「発熱を伴わない深い錯乱性の stupeur」に当てはまる、とエーは注記する[20]。すなわち stupidité は最初から、délire aigu(熱性)の対極に置かれた「無熱の」急性錯乱として扱われていた。バイヤルジェは1843年、6例の観察から stupides には常に「メランコリーの基底(fond de mélancolie)」があるとし、これを lypémanie の「stupeur を伴う型(avec stupeur)」という一変種に還元した[3]。シャスランによればこの論文の効果は大きく、ルノーダン、オーバネルら大半の aliénistes がバイヤルジェに従った。これに対してドラジオーヴが1851年以降その特異性を擁護し、『Journal de médecine mentale』(1861–1870)で「confusion」の語を精神医学に与え、「stupides は自分の前で演じられる場面の、強いられた全く受動的な証人である」という記述を残した[11][20]。約20年に及んだこの論争にシャスランが1895年の『La confusion mentale primitive』で決着をつけ、ジョルジェとドラジオーヴに軍配を上げた[5]。ポステルの評価はしかし両義的である。シャスランは「おそらく病因論的関心にとらわれすぎた」ため、後続の神経精神科医は中毒・感染・脳腫瘍・外傷による症状性の confusion にしか関心を持たず、この概念から「精神医学的独自性」を奪い去った、と。その帰結として、confusion mentale は1968年のINSERM命名法から消えた、というのがポステルの告発である[1]。
筆者はここでポステルと立場を異にする。1895年の「原発性精神錯乱」から、レジスが1894年に予告し1901年に確定記述を与えた「中毒と感染の夢幻性 délire(délire onirique)」[12]への移行は、ジョルジェが第4章で行ったことの反復である。すなわち、急性の錯乱状態を「症状」として原因の側から捉え直すこと。ジョルジェ自身、délire aigu は「診断ではなく予後を立てるのに役立つ症状」であり「原疾患こそが医師の注意を独占すべきである」と書いていた。シャスランとレジスがそれを confusion mentale について言い直したとき、失われたのは精神医学的独自性ではなく、stupidité という雑多な genre の方であった。エー自身、シャスランの「primitive」という形容詞は原因不明の錯乱だけでなく「症状性の原発性錯乱」をも指し、「confusion が根本的な障害である」という意味であったと注意し、その後の展開がレジスとボルドー学派のもとで「confusion mentale = 中毒・感染性精神病」(レジス=エナール 1911:「何らかの形の中毒ないし感染があらゆる confusion mentale の基底にある」)と「confusion = onirisme」の二方向に急速に進んだことを記している[20]。これはポステルの言う「排除」ではなく、古い概念に含まれていたものが分析的に取り出され、名づけられていく通常の科学的展開である。
3 ドイツ語圏における物差しの成立——グライナー・マイネルトから外因性反応型へ
同じ過程をドイツ語圏の側から見れば、共通の物差しの成立史になる。グライナーは1817年、『Der Traum und das fieberhafte Irreseyn』において熱性の錯乱を夢に比し、意識の混濁を軸に据えた[13]〔要確認:筆者未見、ベリオスに拠る〕。マイネルトは1881年に Amentia(Verwirrtheit)を提唱し[14]、これは意識混濁と感覚・運動領域の刺激症状によって特徴づけられる急性の疾患形態であった——クレペリンはのちにその範囲を狭めることになる(第VI章)。そしてボンヘッファーは1910年の『Die symptomatischen Psychosen』において、急性感染と内科疾患に伴う精神病が、原因の別を問わず少数の定型(Delirium、epileptiforme Erregung、Dämmerzustand、Halluzinose、Amentia)をとることを示し、「外因性反応型」の概念を打ち立てた[15]。ベリオスはこれを、シャスランとボンヘッファーが「confusion と delirium を急性の脳の機能不全の定型的な現れとして再定義した」と要約する[2]。ジョルジェが「知性の廃絶」として捉え、原因からは三分していたものが、ここで「意識混濁を共通分母とする、原因非特異的な反応型」として再定義されたのである。
4 ボンヘッファーの外因性反応型と、クレペリンとの対立
本稿の議論はボンヘッファーに多くを負うので、彼の仕事の輪郭をもう少し記しておく。カール・ボンヘッファー(1868–1948)はブレスラウでヴェルニッケの助手を務め、ケーニヒスベルク、ハイデルベルク、ブレスラウの教授を経て、1912年からベルリン大学(シャリテ)の精神科を率いた[38]。習慣飲酒者の急性精神病についての1901年のモノグラフで振戦譫妄・コルサコフ症候群・アルコール幻覚症を記述したのち、彼は問題を感染症と内科疾患に伴う精神病へ広げ、1908年「症状性精神病の分類の問題について」、1909年「外因性精神病の問題について」——「外因性(exogen)」の語がここで主題化される——を経て、1910年のモノグラフ『急性感染症および内科疾患に続発する症状性精神病』に至る。同書は感染精神病の症例集(p. 3–)、「感染熱の精神病」(p. 13–)、「解熱期の精神病」(p. 38–)、経過型・診断・予後・治療(p. 51–67)、中枢神経系に局在する急性感染(p. 68–)、全身疾患・内臓疾患の精神病(p. 84–)、結語(p. 123–)から成る[15]。その臨床論の冒頭に置かれた一節が、本稿にとっての要である。
Es entspricht nicht der klinischen Erfahrung, von Typhus-, Erysipel-, Influenzapsychosen etwa in dem Sinne zu sprechen, daß es sich dabei um unter sich zu differenzierende psychische Entitäten handelte. Alles, was in dieser Richtung früher an pathognomonischen Eigenheiten der einzelnen Infektionspsychosen behauptet worden ist, muß bei einem umfassenderen Überblick über das gesamte Material aufgegeben werden.
「チフス精神病、丹毒精神病、インフルエンザ精神病といったものを、あたかも相互に区別しうる精神的な実体であるかのような意味で語ることは、臨床経験に合致しない。この方向で、個々の感染精神病の病理学的に特徴的な固有性としてかつて主張されてきたことはすべて、材料全体をより包括的に見渡すならば放棄されなければならない」(Bonhoeffer 1910, p. 13)〔筆者訳〕。
そのうえで彼は、原因の別を問わず反復して現れる少数の像——熱性譫妄と感染性譫妄、てんかん様興奮、感染性もうろう状態、幻覚症様状態、幻覚性・カタトニー性・支離滅裂性の Amentia 型——を「感染熱の精神病」として、また解熱期には知覚過敏性・情動性の衰弱状態と健忘性(コルサコフ型)の経過型を記述した(p. 13, 38–)[15]。第4章の三原因のもとに délire aigu を並べたジョルジェが、原因ごとの像の違いには立ち入らなかったのに対し、ボンヘッファーは原因ごとの像の違いを探した末に「ない」と結論し、そこから、脳が多種多様な侵襲に対して少数の定型的な反応形式でしか応えないという、のちに「急性外因性反応型」(1917年の論文の標題)と呼ばれる命題を導いた。多様な原因が同じ像に収斂する理由として、彼は原因そのものではなく、身体のなかで生じる中間産物(Zwischenglieder)——毒性の代謝産物——が脳に作用しているのだという仮説を立てている〔1912年の Handbuch 論文と1917年論文に拠るとされるが、筆者はいずれも未見〕[38]。この命題を第V章で見たクレペリン第8版の反応と並べると、両者の対立は正確に位置づけられる。クレペリンはボンヘッファーの「反復する障害群」の観察を受け入れ(第8版第2巻 p. 236)、Kollapsdelirium を消耗説から中毒説へ改釈した——これは Zwischenglieder 仮説の受容にほかならない——が、「個々の感染症には我々の大脳皮質への異なる毒作用が対応する」以上、いつか感染精神病の特殊形態を精神症状によって特徴づけられるようになると信じ続けた(同 p. 237)。病因特異的な疾患単位を求めるクレペリンと、原因非特異的な反応型を認めるボンヘッファーとの対立は、譫妄という一つの症候群の内部で、疾患単位の探索と状態像の記述という二つの方法が交差した場面であった。ボンヘッファーの Amentia 型に「カタトニー性」の変種が含まれていることは、ジョルジェの stupidité に混在していたものが、ここでもなお完全には分離されていなかったことを示している。ボンヘッファー以後の展開——Amentia 概念の運命、ヤスパースによる外因性反応型の受容、ヴィークの通過症候群(1956)に至る症状性精神病論の変容——は、それ自体を主題とする別稿で扱う。
V クレペリンの教科書における譫妄——第2版・第6版・第8版
第三の問いに移る。クレペリンの教科書における譫妄の扱いは、版ごとに位置を変える。筆者所蔵の第2版(1887)、第6版(1899)、第8版第2巻(1910)を照合した結果を、表 V.1 に整理する(章頭の図 3 はその要約である)。
| 版 | 位置と項目 | Delirium acutum | Amentia |
|---|---|---|---|
| 第2版(1887) | 「III. Die Delirien」を独立の類として立てる:A. Fieberdelirium、B. Intoxikationsdelirien、C. Delirium transitorium、D. hallucinatorische Verwirrtheit(p. 255–)。「IV. Die acuten Erschöpfungszustände」に A. Delirium acutum、B. Collapsdelirium、C. asthenische Verwirrtheit、D. Dementia acuta(p. 267–) | 「独立の疾患過程ではなく病理的過程に対応する Symptomencomplex」として掲げる(p. 267) | 「hallucinatorische Verwirrtheit」「asthenische Verwirrtheit」として二分 |
| 第6版(1899)第2巻 | 症状論的な「Delirien」類は消え、病因別に分散:I. Das infectiöse Irresein(A. Fieberdelirien、B. Infectionsdelirien、C. infectiöse Schwächezustände)、II. Das Erschöpfungsirresein(A. Collapsdelirium、B. acute Verwirrtheit (Amentia)、C. chronische nervöse Erschöpfung)、III. Die Vergiftungen(Delirium tremens 等) | 独立疾患としての正当性を「確信できなかった」と否認(p. 36) | マイネルトの Amentia から Collapsdelirium・てんかん性・周期性のものを除き、「明確な外的侵襲の結果として急性に生じる夢様の錯乱」に限定。「延長された Collapsdelirium」とも呼びうる(p. 38)。脚注にシャスラン1895を引用(p. 37) |
| 第8版(1910)第2巻 | 「Erschöpfungsirresein」の類が解体され、Kollapsdelirium と Amentia は「IV. Das infektiöse Irresein」(A. Fieberdelirien、B. Infektionsdelirien、C. akute Verwirrtheit (Amentia)、D. infektiöse Schwächezustände)に移る。冒頭でボンヘッファー1910を引用(p. 236–237) | 「frische infektiöse Schädigungen der Hirnrinde の一般的表現」たる状態像として Infektionsdelirien に組み込む(p. 253) | 「感染症に続いて独立の形態として出会う」ものに限定。「Kollapsdelirium はその特に激しい経過型にすぎないだろう」(p. 263) |
1 第2版(1887)——症状論的な「Delirien」の類
第2版は「Delirien」を一つの類として立て、これを定義する。
Als Delirien bezeichnen wir eine Gruppe rasch verlaufender psychischer Störungen, welche mit traumartiger Trübung des Bewusstseins und mehr oder weniger ausgesprochenen Reizerscheinungen (massenhaften Sinnestäuschungen, Aufregungszuständen) einhergehen. Die Entstehungsursachen des Deliriums haben, wie es scheint, das Gemeinsame, dass sie eine acute und intensive Reizwirkung auf die centrale Nervenmasse ausüben.
「我々が Delirien と呼ぶのは、夢様の意識混濁と、多かれ少なかれ明瞭な刺激症状(大量の錯覚・幻覚、興奮状態)を伴う、急速に経過する精神障害の一群である。Delirium の発生原因に共通するのは、見たところ、中枢神経塊に急性かつ強烈な刺激作用を及ぼすことである」(第2版、p. 255)〔筆者訳〕[16]。
これはほとんど現代の譫妄の定義である。ジョルジェの délire aigu との差は、「知性の廃絶」に代えて「夢様の意識混濁(traumartige Trübung des Bewusstseins)」が中心に据えられていることにある。1887年のクレペリンは、ジョルジェが持たなかった物差しをすでに手にしていた。同時に Fieberdelirium の項は、熱性譫妄を「その短い持続と『症状的』性格のゆえに、精神疾患への帰属をしばしば争われてきた」が、「進歩する経験はさらに短い精神病を教え、あらゆる Irresein の本質的に症状的な把握へと我々を導いた」と述べる(p. 255)。ジョルジェが délire aigu を精神医学の外に置いたのに対し、クレペリンはこれを精神医学の内に取り込み、その代わりに精神病全般を「症状的」に見る。境界の引き方が逆転している。
2 第6版(1899)——病因別分類への解体と Delirium acutum の否認
第6版では「Delirien」の類は消え、譫妄は感染性・消耗性・中毒性の三つの病因群に分散する。Fieberdelirien の項はリーバーマイスターに従って四段階を区別し(第一度:不快・易刺激性・不安な夢を伴う睡眠障害、第二度:錯覚・幻覚による知覚の偽造と夢様連鎖、第三度:強い意識混濁・無分別・錯乱した観念奔逸・激しい運動衝動、第四度:Flockenlesen・mussitirende Delirien・昏睡)、その基礎に熱そのもの・循環障害・感染毒を挙げる(第2巻 p. 12–14)[17]。
「Das Erschöpfungsirresein」の章で Collapsdelirium は「極めて激しく発展する高度の Benommenheit〔要確認〕と錯乱の状態で、夢様の錯覚・幻覚、観念奔逸、気分変動、活発な運動興奮を伴う」(p. 31)と定義され、1866年のヘルマン・ヴェーバーの記述に遡らせられる(p. 34)。そして Delirium acutum について、クレペリンは態度を変える。
Es ist daher erklärlich, dass man bisweilen die schwereren Formen des Collapsdeliriums mit gewissen tödtlich verlaufenden Fällen des paralytischen Deliriums und der Katatonie als besondere Krankheit unter dem Namen des „Delirium acutum“ zusammengefasst hat, dem sogar bestimmte anatomische Veränderungen [...] zu Grunde liegen sollen. Ich habe mich von der selbständigen Berechtigung dieser Krankheitsform bisher nicht überzeugen können.
「したがって、Collapsdelirium の重症型を、麻痺性譫妄とカタトニーの致死的に経過するある種の症例とともに、『Delirium acutum』の名のもとに特別な疾患としてまとめ、それに特定の解剖学的変化[…]が基礎にあるとさえされてきたのは理解できる。私はこの疾患形態の独立の正当性を、これまで確信することができなかった」(第6版第2巻、p. 35–36)〔筆者訳〕[17]。
Amentia の項では、マイネルトの Amentia が「本質的に症状的な把握のゆえに」Collapsdelirium・てんかん性・周期性の精神障害を含んでしまっていると批判し、「明確な外的侵襲の結果として、夢様の錯乱・錯覚ないし幻覚による知覚の偽造・運動興奮の状態が急性に生じ、良好に経過すれば早くとも2〜3か月で治癒に至る」症例に限定する(p. 37–38)。この項の脚注に、マイネルト(1881)、マイザー、ヴィレと並んで「Chaslin, la confusion mentale primitive. 1895」が引かれていることは、フランスの confusion mentale とドイツの Amentia が1899年の時点で同じ問題として認識されていたことを示す[17]。カタトニー性興奮との鑑別点として「Besonnenheit の良好な保持、把握・思考・見当識の障害の軽微さ」が挙げられている(p. 35)ことも、ジョルジェの stupidité に混在していたものを分ける物差しが「意識」であったことを裏づける。
3 第8版第2巻(1910)の目次——「外因性」の巻としての構成と「状態像」の原則
第8版で譫妄が「確立された」と言うためには、章単位の引用だけでなく、第2巻がどのような目次のもとに編まれているかを見ておく必要がある。第8版は4巻構成であり(第1巻総論 1909、第2巻臨床第1部 1910、第3巻臨床第2部 1913、第4巻臨床第3部 1915)、筆者所蔵の第2巻(Klinische Psychiatrie, I. Teil)の目次は表 V.2 のとおりである[18]。
| 章 | 標題(頁) | 譫妄に関わる項目 |
|---|---|---|
| 序 | Die Einteilung der Seelenstörungen(S. 1–18) | 状態像(Zustandsbild)と疾患形態(Krankheitsform)の区別(S. 1–2);外因性/内因性の大区分(S. 15–16);「消耗」を独立の原因として認めない旨(S. 16) |
| I | Das Irresein bei Hirnverletzungen(S. 23) | traumatisches Delirium |
| II | Das Irresein bei Hirnerkrankungen(S. 34) | 髄膜炎・腫瘍・膿瘍・脳炎などの限局性・広汎性・家族性脳疾患 |
| III | Die Vergiftungen(S. 66) | 1. 急性中毒(S. 67):尿毒症・子癇・急性黄色肝萎縮、エーテル・ハシシ・笑気・アトロピン等;2. 慢性中毒(S. 74):A. アルコール中毒(Delirium tremens S. 129、Korssakow 精神病 S. 167)、B. モルヒネ中毒、C. コカイン中毒 |
| IV | Das infektiöse Irresein(S. 236) | A. Fieberdelirien(S. 239)、B. Infektionsdelirien(S. 245:初期譫妄、Delirium acutum、Kollapsdelirium)、C. akute Verwirrtheit (Amentia)(S. 263)、D. infektiöse Schwächezustände(S. 272) |
| V | Die syphilitischen Geistesstörungen(S. 279) | — |
| VI | Die Dementia paralytica(S. 338) | agitierte Paralyse に「Delirium tremens 型の状態像」(S. 425) |
| VII | Das senile und präsenile Irresein(S. 533) | Altersblödsinn に seniles Delirium(S. 593–) |
| VIII | Das thyreogene Irresein(S. 633) | — |
一読して明らかなのは、第2巻がまるごと「外因性」の巻だということである。序章「精神障害の分類」でクレペリンは、病因論における最大の分割線は外的原因と内的原因のあいだにあり、「一方に、脳外傷・中毒・感染による、疑いなく外的侵襲に基づく精神障害が、他方に、生来の素因に条件づけられた疾患と異常状態が立つ」と述べ、両者のあいだに原因不明の精神病と心因性の障害を置く(S. 15–16)[18]。そして「以前はこの関連で、いわゆる消耗精神病も扱われていた。しかし私は、消耗が独特の疾患形態の独立の原因として実際上考慮に値しないと確信するに至った」(S. 16)と、第6版の「Erschöpfungsirresein」の類を明示的に廃棄する。譫妄は、こうして第I章(外傷性譫妄)・第III章(中毒性譫妄——尿毒症から Delirium tremens・コカイン譫妄まで)・第IV章(熱性・感染性譫妄)に三分して配置される。この三分は、のちに『入門』第3版の巻末が「a) 中毒性譫妄、b) 感染性譫妄、c) 外傷性譫妄」として逆引きするものと正確に一致する(第VI章第4節)。
もう一つ重要なのは、序章冒頭に置かれた方法論的宣言である。
Erst durch die namentlich von Kahlbaum angebahnte, zielbewußte Unterscheidung zwischen Zustandsbildern und Krankheitsformen ist eine befriedigende klinische Betrachtungsweise überhaupt möglich geworden. Eine Diagnose bedeutet heute für uns die Erkennung eines dem gegebenen Zustandsbilde zugrunde liegenden Krankheitsvorganges bestimmter Art.
「とりわけカールバウムによって道を開かれた、状態像と疾患形態との目的意識的な区別によってはじめて、満足のいく臨床的な考察方法がそもそも可能になった。今日われわれにとって診断とは、与えられた状態像の基礎にある特定の種類の疾患過程を認識することを意味する」(第8版第2巻、S. 1)〔筆者訳〕[18]。
クレペリンはさらに、糖尿病や神経炎も「まったく異なる疾患過程がその基礎にありうる状態像にすぎない」(S. 2)と内科の例を引く。この原則のもとでは、譫妄は疾患形態ではなく状態像であることが、章立てに先立って宣言されていることになる。第2版で「Delirien」という類を立てたときのクレペリンは、譫妄を症状論的に一括しながらも、それを疾患の類として扱っていた。第8版のクレペリンは、譫妄を外因の三群に分散させつつ、それらを貫く「状態像」として認識している。ジョルジェが「症状にすぎない」と言ったことは、ここで「状態像にすぎない」と言い直されたのである。そのうえで、章頭のボンヘッファー引用を読むと、その意味が明確になる。
4 第8版(1910)——ボンヘッファーの受容と Kollapsdelirium の改釈
「Erschöpfungsirresein」の類が解体された結果、Kollapsdelirium と Amentia は第IV章「感染性 Irresein」に移される。その章頭でクレペリンはボンヘッファーに言及する。
Immerhin kehren, wie auch Bonhöffer neuerdings betont hat, in den verschiedenartigen klinischen Gestaltungen gewisse Störungen mit besonderer Häufigkeit wieder, Erschwerung der Auffassung, Sinnestäuschungen, Bewußtseinstrübung, Merkschwäche, Unklarheit, abenteuerliche Wahnbildungen, lebhafte Stimmungsschwankungen oder Apathie, Unruhe oder stuporöses Verhalten.
「それでも、ボンヘッファーも最近強調したように、さまざまな臨床的形態のなかに、ある種の障害が特に高い頻度で回帰する——把握の困難、錯覚・幻覚、意識混濁、記銘力低下、不明瞭さ、奇怪な妄想形成、活発な気分変動あるいは無感情、不穏あるいは stuporös な態度である」(第8版第2巻、p. 236)〔筆者訳〕[18]。
ただしクレペリンは、ボンヘッファーとジーメルリングが「感染症における Irresein の諸形態は相互にも他の疾患像からも区別できない」とし「せいぜい『ある種の外因性精神障害型』を立てうるにすぎない」と主張することに対して、「個々の感染症には我々の大脳皮質への異なる毒作用が対応する」以上、いつか感染精神病の特殊形態をその精神症状によって特徴づけられるようになると確信する、と留保する(p. 237)。ここに「病因特異性を求めるクレペリン」と「原因非特異的な反応型を認めるボンヘッファー」の対立が明瞭に現れている。
Kollapsdelirium については自説を撤回する。以前は感染症による身体的消耗と体温急降下を原因と考え、産褥・出血・栄養不良・情動も同じ像を生むとしたが、「私は次第にこの見解から離れた」。以前 Kollapsdelirium と見なした症例の多くは経過観察により「循環性ないしカタトニー性の興奮」であることが判明し、残るのは感染症に続くものだけである。しかもそれを消耗に帰することはもはや支持できず、「Delirium tremens との一定の類似」から、「感染症によって間接的に生じ、特別な理由で十分に排出ないし無害化されえない毒が作用している」という仮定が最も蓋然的である、と(p. 259–261)[18]。Delirium acutum は「新鮮な感染性の皮質障害の一般的表現」たる状態像として Infektionsdelirien に組み込まれ、Amentia は「感染症に続いて独立の形態として出会う」ものに限定されて、「Kollapsdelirium はその特に激しい経過型にすぎないだろう」とされる(p. 253, 263)。
三版を通して読めば、クレペリンの動きは一貫している。1887年に症状論的に一括されていた「Delirien」は、1899年に病因別に解体され、1910年には病因群の内部で「状態像(Zustandsbild)」として再定義される。「Delirium acutum」「Kollapsdelirium」「Amentia」という疾患単位の候補は、順に「独立疾患ではない」「内的統一のない状態像」「感染後の残余群」へと格下げされていく。この格下げの過程こそが、譫妄が疾患単位ではなく原因非特異的な症候群として確立されていく過程にほかならない。
したがって本稿は、第8版第2巻(1910)を譫妄概念の近代的な確立点と見なす。ここで言う確立とは、譫妄が「疾患単位の候補」であることをやめ、原因を問わず反復する「状態像」として教科書の構造のなかに固定されたことを指す。その根拠はクレペリン個人の信念ではなく、この巻の構造——外因性の巻としての編成、状態像/疾患形態の原則、消耗類の廃棄、そして章頭におけるボンヘッファーの反復する障害群の受容——にある。第IV章第4節で見たボンヘッファーの外因性反応型と第8版とのこの連続性を、図 3 の第三欄の下に矢印で示しておいた。クレペリン自身が感染精神病の病因特異的な形態の発見をなお期待していたこと(p. 237)は、この確立の性格を限定する留保ではあるが、確立そのものを取り消すものではない。教科書の構造は、著者の期待よりも長く読者を拘束するからである。
VI 『臨床精神医学入門』第3版(1916)——譫妄の症例は載っているか
結論から言えば、載っている(章頭の図 4 に本章の要点を示す)。第3版は25講から成り、その第VII講「身体疾患における Irresein」(p. 68–78)が症例19(尿毒症性譫妄)、症例20(舞踏病性 Irresein)、症例21(丹毒後の感染性衰弱状態)を提示する。さらに第XIII講「頭部外傷後の Irresein」は症例37(外傷性譫妄)を、第XV講「アルコール性精神障害」は症例43(Delirium tremens)を、第XVI講は症例48(コカイン譫妄)を掲げる[19]。統合失調症と躁うつ病だけを取り出した仏語抄訳からは、この講義の存在はうかがえない。
1 第3版の構成——講義・体系・状態像の三層と症例の配置
載っているというだけでは足りない。どのように取り上げられ、どのようにまとめられているかが、概念の確立を測る尺度になる。第3版の構成をまず記しておく[19]。本書は三つの層から成る。第I部「臨床講義」は25講、75症例(Fall 1–75)から成り、各講は一ないし数例の患者を講堂に呼び入れる形で提示し、病歴と現症を語らせたのち、クレペリンが病像を総括し、鑑別と経過見通しを述べ、治療に触れて終わる。第II部「Irresein の臨床的諸形態」(S. 298–396)は、「既知ないし推定される原因と経過形態から出発し、可能な限り剖検所見に依拠する」(S. 298)と宣言して、精神障害の全体を五つの主群——I. 外的身体的侵襲による精神病、II. 内的身体的疾患過程による精神病、III. 心因性疾患、IV. 体質性精神障害、V. 生来の病的状態——に分け(S. 298–300)、その一覧(S. 301–303)と各形態の要約を与える。第III部「状態像と疾患形態」(S. 397–435)は17の状態像を見出しとし、各状態像がどの疾患形態に現れるかを、症例番号と第II部の頁を添えて逆引きする。以下、第IV部「疾患徴候と患者の診察」、第V部「精神状態検査のための質問票」、第VI部「連想検査」、第VII部「ビネ=シモン式知能検査」、第VIII部「薬剤と治療手段」が続く。
第III部の冒頭でクレペリンは、その意図を次のように述べる。
Bei unseren klinischen Betrachtungen haben wir häufig die Erfahrung gemacht, daß im gleichen Krankheitsverlaufe sehr verschiedenartige Bilder aufeinander folgen können. Keines dieser wechselnden »Zustandsbilder«, wie sie Kahlbaum genannt hat, ist daher an sich für einen bestimmten Krankheitsvorgang kennzeichnend; sie sind vielmehr zum guten Teil nur der Ausdruck gewisser allgemeiner Veränderungen des Seelenlebens, die sich in ähnlicher Weise bei ganz verschiedenen Krankheitsformen wiederholen können. [...] Als oberster Grundsatz ist dabei festzuhalten, daß so gut wie niemals ein einzelnes Zeichen, sondern immer nur das klinische Gesamtbild für die richtige Deutung maßgebend ist.
「臨床的考察のなかで我々はしばしば、同じ疾患経過のなかで非常に異なった像が相次いで現れうることを経験してきた。したがって、カールバウムがそう名づけたこれら変転する『状態像』のいずれも、それ自体としては特定の疾患過程を特徴づけるものではない。それらはむしろ大部分、まったく異なる疾患形態において同じような仕方で反復しうる、精神生活のある種の一般的変化の表現にすぎない。[…]その際、最高の原則として堅持すべきは、ほとんど決して単一の徴候ではなく、常に臨床的全体像のみが正しい解釈の決め手だということである」(第3版、S. 397)〔筆者訳〕[19]。
これは教科書第8版第2巻序章の「状態像/疾患形態」の原則(第V章第3節)を、教育用の一冊のなかで構造として実現したものである。譫妄に関わる症例が三層のどこに置かれているかを、表 VI.1 に整理する。
| 症例 | 第I部 講義(頁) | 第II部 体系上の位置(頁) | 第III部 状態像からの逆引き(頁) |
|---|---|---|---|
| Fall 19 尿毒症性譫妄 | 第VII講「身体疾患における Irresein」(S. 68–71) | I.2.A 代謝性中毒:尿毒症・子癇(S. 306) | 5.a) 中毒性譫妄——Delirium tremens に「明らかに近縁」(S. 404) |
| Fall 20 舞踏病性 Irresein | 第VII講(S. 71–75) | I.3.B 感染性譫妄(S. 315) | 5.b) 感染性譫妄——舞踏病性譫妄(S. 405);3. 舞踏病(S. 402) |
| Fall 21 感染性衰弱状態 | 第VII講(S. 75–78) | I.3.D 感染性衰弱状態(S. 317) | (15. 錯乱状態の項で Amentia に言及、S. 432) |
| Fall 37 外傷性譫妄 | 第XIII講「頭部外傷後の Irresein」(S. 133–) | I.1.A 外傷性譫妄(S. 304) | 5.c) 外傷性譫妄(S. 405);1.c) 健忘状態(S. 398) |
| Fall 43 Delirium tremens | 第XV講「アルコール性精神障害」(S. 155–) | I.2.C.b 間接的毒作用(S. 309) | 5.a) 中毒性譫妄——「我々の知る最もよく特徴づけられた疾患像のひとつ」(S. 404) |
| Fall 47・48 モルヒネ・アルコール/モルヒネ・コカイン中毒 | 第XVI講「モルヒネ中毒・コカイン中毒」(S. 171–、175–):deliranter Zustand、Kokaindelirium | I.2.D–E(S. 312–313) | 5.a) 中毒性譫妄——コカイン譫妄(S. 404) |
| Fall 50 てんかん性もうろう状態 | 第XVII講「てんかん性 Irresein」(S. 183–):deliriöse Zustände | II.8 真性てんかん(S. 347–349) | 4. もうろう状態(S. 403);5.d) てんかん性・ヒステリー性譫妄(S. 405) |
この表から読み取れるまとめ方の特徴は三つある。第一に、講義の症例は、尿毒症・舞踏病・丹毒・頭部外傷・アルコール・コカイン・てんかんという原因の側から選ばれ、それぞれ別の講に散らされている。第二に、第II部の体系はそれらを「外的身体的侵襲による精神病」の第1群(外傷)・第2群(中毒)・第3群(感染)に収める——教科書第8版第2巻の第I・III・IV章と同じ配置である。第三に、第III部第5項「Delirante Zustände」がこれらを一つの状態像の下に集め、しかも症例番号を添えて講義へ送り返す。すなわち読者は、症例19を第VII講で読み、第II部で「代謝性中毒」の項に見出し、第III部で Delirium tremens の隣に置かれているのを確認する、という三度の出会いを経験する。譫妄が原因非特異的な症候群として確立されているとは、教科書の記述がこのような三重の構造を持つに至ったということである。以下、その要となる症例と総括を読む。
2 症例19——尿毒症性譫妄
講義当日、患者は自分の状況と時間について明晰だが、入院して2〜3週間経ったと思っている。今朝になって、この数日の体験の多くが想像の産物にすぎなかったことに気づいたという。母の結婚式に出席していたような気がした、母が自分のために年老いたユダヤ人紳士と結婚した、楽隊と歌のある盛大な婚礼が宿屋で催され、多くの客がいた……すべてが変転し、「映画のように、さまざまな衣装の変身場面のようだった」。真鍮板に像が現れ、他の患者たちが拍子を取って話し歌った。看護人を婚礼の客と思い、彼が自分を去勢しようとしたが幸い逃れた。同室患者は恋敵で、やはり欺かれた。これらの体験は今では「洗い流されたような、夢のような」ものに思え、以前に報告した錯覚のいくつかは想起できない。
血清30ccm中の残余窒素31.3mg(正常の2倍強)——尿毒症性中毒の証拠であり、てんかん様発作の説明でもある。 典拠:Kraepelin, Einführung in die psychiatrische Klinik, 3. Aufl., 1916, S. 68–71. 患者は約5年後に死亡した旨の脚注がある(S. 71)。実在患者の症例であるが、クレペリン自身が公刊した教科書症例の要約であり、個人の特定に至る情報は含まない。
この症例に付されたクレペリンの総括が、本稿にとって決定的である。
Das seelische Krankheitsbild ist, wie bei vielen Vergiftungen, die das Gehirn in Mitleidenschaft ziehen, durch eine traumartige Bewußtseinstrübung gekennzeichnet, die mit lebhaften Sinnestäuschungen verschiedener Art, verworrenen deliranten Erlebnissen, Stimmungswechsel und Unruhe einhergeht. Dieser ziemlich plötzlich einsetzende und ebenso wieder schwindende Zustand hat etwa 8 Tage gedauert. [...] Sehr bemerkenswert ist die große Übereinstimmung des ganzen, hier sicher nicht durch Alkoholmißbrauch bedingten Krankheitsbildes mit dem später zu besprechenden Delirium tremens der Trinker, das wir Grund haben, auf Stoffwechselstörungen durch chronisches Alkoholsiechtum zurückzuführen.
「精神的な疾患像は、脳を巻き込む多くの中毒におけるのと同様に、夢様の意識混濁によって特徴づけられ、それはさまざまな種類の活発な錯覚・幻覚、錯乱した譫妄性体験、気分変動、不穏を伴う。かなり突然に始まり同じように再び消えていくこの状態は、約8日間続いた。[…]きわめて注目すべきは、ここでは確実にアルコール乱用によるものではないこの疾患像の全体が、のちに論じる飲酒者の Delirium tremens と大きく一致していることである。我々には後者を、慢性アルコール中毒による代謝障害に帰する根拠がある」(p. 70–71)〔筆者訳〕[19]。
ジョルジェが第4章で délire aigu の三原因のひとつに「胃に摂取された物質」を挙げ、そこで delirium tremens に触れていたことを想起されたい。ジョルジェにおいては並記にとどまっていた尿毒症性の délire とアルコール性の délire が、ここでは「夢様の意識混濁」という同一の症候によって同定され、しかも「代謝障害」という同一の機序仮説のもとに置かれている。譫妄が原因非特異的な症候群として認識される瞬間を、この一段落に見ることができる。
3 症例21と Amentia 批判
症例21(50歳女性、丹毒後の感染性衰弱状態)についてクレペリンは、この像がメランコリーとも早発性痴呆とも重ならないことを示したうえで、「把握・思考・記憶・感情・行為の領域に等しく現れる全般的な精神的麻痺(allgemeine seelische Lähmung)」から、先行する急性身体疾患の存在を病歴なしでも推定しうると述べる(p. 76–77)。そして第VII講の末尾に、Amentia への批判が置かれる。
Die nach Infektionskrankheiten auftretenden Verwirrtheitszustände sind früher nicht von anderen, äußerlich ähnlichen Krankheitsbildern abgetrennt worden, die der Dementia praecox und dem manisch-depressiven Irresein angehören. Vielmehr wurden alle diese Formen unter dem von Meynert geschaffenen Namen der halluzinatorischen Verwirrtheit oder »Amentia« zusammengefaßt. Daraus ergab sich, daß Schlüsse über den weiteren Verlauf der Erkrankungen gänzlich unmöglich wurden.
「感染症後に現れる錯乱状態は、以前には、早発性痴呆と躁うつ病に属する外見上類似した他の疾患像から切り離されていなかった。むしろこれらすべての形態が、マイネルトの作った幻覚性錯乱ないし『Amentia』の名のもとに一括されていた。その結果、疾患のその後の経過についての推論はまったく不可能になった」(p. 78)〔筆者訳〕[19]。
「Erschöpfungsstupor」「akute Demenz」についても同様に、「感染性衰弱状態が、早発性痴呆と躁うつ病の経過中に観察される Stupor 型と混同されていた」と続く(p. 78)。ジョルジェの stupidité がエスキロールの「démence aiguë」の相続人であったことを思えば、クレペリンがここで解体しているのは、まさに1820年の第5 genre に相当するものである。
4 巻末「状態像と疾患形態」——横断的症候群としての Delirante Zustände
第3版の構成上の特徴は、講義(第I部)と疾患形態の体系(第II部)に加えて、第III部「状態像と疾患形態(Zustandsbilder und Krankheitsformen)」が置かれていることである。ここでは症候群を見出しとし、それがどの疾患に現れるかを逆引きする。第5項がこれである。
Delirante Zustände, Bewußtseinstrübung mit traumartigen Wahnerlebnissen. Als vorübergehende Einschiebsel kommen Delirien fast in allen Formen des Irreseins gelegentlich zur Beobachtung, so namentlich bei der Manie, beim Altersblödsinn, bei der Paralyse, bei der Dementia praecox. [...] Eine selbständigere Bedeutung gewinnen die Delirien vor allem bei gewissen Vergiftungen und Infektionen.
「譫妄状態——夢様の妄想体験を伴う意識混濁。一過性の挿入として、Delirien はほとんどあらゆる形態の Irresein において時に観察される。とくに躁病、老年痴呆、麻痺、早発性痴呆において。[…]Delirien がより独立した意義を獲得するのは、何よりもある種の中毒と感染においてである」(p. 403)〔筆者訳〕[19]。
続いて a) 中毒性譫妄(アヘン、ハシシ、アトロピン、笑気、そして「我々の知る最もよく特徴づけられた疾患像のひとつ」たる Delirium tremens、それに「明らかに近縁の」尿毒症・子癇の譫妄、コカイン譫妄)、b) 感染性譫妄(熱性譫妄、敗血症性譫妄、髄膜炎・脳炎性譫妄、舞踏病性譫妄、初期譫妄、虚脱譫妄)、c) 外傷性譫妄が列挙され、d) てんかん性・ヒステリー性の譫妄は第4項「もうろう状態」の基準で区別すべきものとされる(p. 404–405)。各項には症例番号と第II部の頁が添えられている——「Delirium tremens(Fall 43; S. 309)」「尿毒症の譫妄(Fall 19)」「コカイン譫妄(Fall 48)」「舞踏病性譫妄(Fall 20)」「外傷性譫妄(Fall 37; S. 304)」——から、この項は講義で提示された症例を一つの状態像のもとに再集合させる索引として機能している(表 VI.1)。第II部の体系(p. 304–317)では外傷性譫妄・代謝性中毒・Delirium tremens・熱性譫妄・感染性譫妄・急性錯乱(Amentia)・感染性衰弱状態が病因群のなかに置かれているから、第III部はそれを症候群の側から再編したものである。教科書第8版の「状態像」概念が、ここで一冊の書物の構造として実現されている。
したがって第三の問いへの答えはこうなる。『入門』第3版において譫妄は、(一)第VII・XIII・XV・XVI講の症例として、(二)第II部の病因別体系のなかの項目として、(三)第III部の横断的症候群「Delirante Zustände」として、三重に載っている。ジョルジェが「délire aigu」の名で一括し、原因から三分したものは、ここで「意識混濁を伴う夢様の妄想体験」という単一の症候群定義のもとに、中毒・感染・外傷の三群と、他の精神病への「一過性の挿入」とに整理し直されている。
VII その後——20世紀における確立の素描
本稿の範囲を超えるので素描にとどめる。ボンヘッファーの外因性反応型はヤスパースの『精神病理学総論』とドイツ語圏の教科書に受け継がれ、譫妄は「意識混濁を伴う急性外因性反応」として定着した。フランスでは、アンリ・エーが『Études psychiatriques』第24研究「Confusion et délire confuso-onirique」(t. III, 1954)において、レジスとボンヘッファーに代表される古典的定義——confusion を「中毒・感染性という病因」と「外因性反応という性格」によって定義する立場——を斥け、次のように述べる。
Pour nous, la confusion est (quelles qu'en soient son origine et sa nature) l'état qui correspond au plus profond niveau de déstructuration de la conscience quand se mêlent inextricablement obnubilation, stupeur et « delirium ».
「我々にとって confusion とは(その起源と本性がどうであれ)、意識の脱構造化の最も深い水準に対応する状態であり、そこでは obnubilation、stupeur、そして『delirium』が解きほぐしがたく混じり合う」(Étude n° 24, p. 325)〔筆者訳〕[20]。
同じ頁の脚注でエーは、ここでの « délire » が「古い delirium という語の十全の意味」に対応するのに対し、先行する第23研究(急性妄想精神病)の水準の « délire » は wahnhaft/delusional と形容する方がよいと述べ、delirium と Wahn/delusion のあいだに「橋を架ける」語法を提案している[20]。ポステルが序論で「エーの構造的記述は confusion に『意識の脱構造化』という実によく特定された水準を割り当てた」と評するのはこの箇所である[1]。エーはまた、ドイツ語圏では「confusion」の概念が急性パラノイアと統合失調症の急性型のあいだで「押し潰され」、代わりに「外因性反応」と「コルサコフ精神病」の概念が用いられたと指摘する[20]。フランス語の délire の二義性という、ポステルがジョルジェの忘却の原因に挙げた問題を、エーは1954年に語彙の側から解こうとしていたわけである。同じ評価はジョルジェとベールを対比した論考にも繰り返されている。そこでポステルは、ミンコフスキーの現象学的分析が「漠然(vague)」の範疇と「錯乱(confus)」の範疇とを、したがって統合失調症者の精神状態と錯乱者の精神状態とをよく区別していたにもかかわらず、またエーの構造的記述にもかかわらず、「ジョルジェによってかくもよく分離された病態」は生物学的病因を主眼とする疾病分類から次第に排除され、フランスの精神疾患分類(INSERM 1968)から「まったく単純に消えた」と書き、ドーメゾンらの論文「なぜ confusion mentale か」を引いて、精神医学に固有の——とりわけ関係的な——問題設定が症候群の神経生物学的因果をめぐる議論に取って代わられるやいなや、この排除は不可避であったと述べている[35][39]。
第27研究「意識の構造と脱構造化」は、これを急性精神病全体の階層仮説に組み込む。急性精神病の統一性は「意識の脱構造化の諸水準」の統一性であり、その両極は一方に manie と mélancolie、他方に confusion である。下位の水準は上位の水準の障害を含みつつ固有の障害を加えるから、純粋な躁うつ性の発作が「最も高い水準」ないし「最も浅い解体」を、「最下位の水準にしか現れない confusion」が「下位の水準」を占める(Étude n° 27, p. 682)[20]。同頁の脚注でエーは、「バイヤルジェが confusion をメランコリーから分離することを聞き入れようとしなかったのはそのためである」と付け加えており、1843年の stupidité 論争を自らの階層仮説によって説明し直している。そして諸水準の現象学の筆頭に置かれる「1° délire confuso-onirique(『世界性 mondanité』の欠如)」の項で、彼は最下位の水準を「万人が最も真正な意識障害だと認めるもの、すなわち delirium、フランスの著者たち(ドラジオーヴ、シャスラン、レジス)の『état confuso-onirique』、ヤスパースの『zerfallende Bewusstsein』」と同定し、その本質を「意識が世界へ開かれる力を奪われている」こと——「confus は不在である(Le confus est absent)」——に見る(p. 683)[20]。ジョルジェが「知性の廃絶」、クレペリンが「夢様の意識混濁」と呼んだものは、ここで「世界へ開かれる力の喪失」として現象学的に言い換えられ、同時に躁うつ病から妄想性急性精神病を経て confusion に至る一つの連続的な階梯の底に据えられた。英語圏における展開——エンゲルとロマーノ(1959)からリポウスキと DSM-III(1980)を経て、ICD-11 の 6D70 Delirium に至る過程——は、時代を隔てた後日譚として次章で扱う。
この素描のなかでジョルジェの位置を測るなら、こう言える。1820年の対照表が示した「症状にすぎないもの/病そのもの」「廃絶/逸脱」「原疾患の治療/moyens moraux」という三重の対立は、のちに DSM-III の「器質性精神障害/機能性精神障害」の区分と、その内部での譫妄の位置づけに、ほぼそのまま対応することになる(第VIII章)。ジョルジェに欠けていたのは「意識」の物差しと、原因非特異性の認識だけであった。前者はグライナーからボンヘッファーへ、後者はシャスラン・レジスからボンヘッファーへと供給された。
VIII 後日譚——リポウスキと DSM-III、そして一般医学への定着
時代を大きく隔てる。1916年の『入門』第3版で三重に位置づけられた譫妄は、20世紀後半の北米において、操作的な診断基準と一般病棟向けの評価尺度を得て、精神科医の手を離れた内科医・救急医・看護師の道具になった。その転回点に立つのがズビグニエフ・リポウスキ(Z. J. Lipowski, トロント大学精神科・クラーク精神医学研究所)である。本章は、彼のモノグラフ『Delirium: Acute Brain Failure in Man』(1980)[23]と JAMA への寄稿「Delirium (Acute Confusional States)」(1987)[24]を軸に、DSM-III における彼の役割と、その後の一般医学領域での受け止めを記す。JAMA 寄稿は筆者所蔵の PDF により原文照合した。それ以外の DSM 各版・尺度論文については、筆者が bulletin-work の delirium フォルダに集めた APA 治療ガイドライン(1999)[32]、救急医学の総説(Murphy 2000)[33]、評価尺度の総説(Grover & Kate 2012)[34]を併読して記述し、原典未照合の事項には〔要確認〕を付す。
1 1959年——エンゲルとロマーノの「脳機能不全の症候群」と用語の混乱
リポウスキ自身が JAMA 寄稿の「病態生理」の節で「最も影響力のある病因仮説」として挙げるのは、エンゲルとロマーノが1940年代に行った一連の脳波研究である。彼らは「脳の酸化的代謝の全般的低下が、認知障害と、それに並行する脳波背景活動の徐波化の双方を説明する」と結論し、したがって「脳の代謝活動の基質の供給・取り込み・利用を低下させるいかなる疾患や毒物も譫妄を導きうる」とした(p. 1791)[24][21]。リポウスキ自身が晩年に書いた概念史(1991)も、19世紀が譫妄を「意識の障害と錯乱」に結びつけたこと、そして20世紀の最も重要な貢献としてエンゲルとロマーノの代謝仮説と脳波所見を挙げている[26]〔抄録による〕。1959年の論文の標題「Delirium, a syndrome of cerebral insufficiency」は、ボンヘッファーの「外因性反応型」を、病因の列挙ではなく共通の最終経路(脳の機能不全)から言い直したものと読める。エーが同じ1950年代に「意識の脱構造化の最も深い水準」として構造的に規定したものを、エンゲルとロマーノは脳波という計測可能な指標で規定したのである。
しかし概念の統一は用語の統一を伴わなかった。グローヴァーとケイトの尺度総説は、DSM-III 以前には譫妄の標準化された診断基準が存在せず、「acute brain failure、acute confusional state、acute organic syndrome、postoperative psychosis、toxic psychosis、ICU psychosis、cerebral insufficiency、encephalopathy」など多数の用語が文献で併用されていたと要約する[34]。リポウスキのモノグラフの標題「急性脳不全」も、JAMA 寄稿の副題「急性錯乱状態」も、この併存する用語のいくつかを標題に並べて同一物を指すと宣言する仕草であり、彼の寄稿は本文でも一貫して「delirium (acute confusional states)」と括弧つきで書き、1990年のモノグラフ改訂版は標題そのものを『Delirium: Acute Confusional States』に改めている[25]。エスキロールの「délire aigu et fébrile」からシャスランの「confusion mentale」、ドイツの「Amentia」「Verwirrtheit」に至る語の分岐を、英語圏は1980年代になお引きずっていたことになる。
2 1980年——モノグラフ『急性脳不全』と DSM-III
1980年は二重の年である。リポウスキのモノグラフ[23]と、アメリカ精神医学会の DSM-III[28]が同年に出た。筆者は1980年版を所蔵するが本稿執筆時点で書架に見当たらず、改訂版(1990)[25]を Internet Archive の貸出により参照した。用語をめぐる章(p. 42–45)でのリポウスキの立場は明確である。「confusion」と「acute confusional states」は曖昧で、一世紀にわたり一貫性なく使われてきた。「acute confusional states」は delirium の同義語と見なすべきであり、ただし不格好で扱いにくい同義語である。新しい精神医学の命名法(DSM-III)が広く受け入れられれば、この語は歴史のなかに葬られてよい(p. 44)。そのうえで彼は、両者を別物とする立場をわざわざ紹介して退ける。一部の内科系教科書は acute confusional state を「覚醒度と精神運動活動の低下を伴う広いカテゴリー」とし、delirium をその一亜型——振戦譫妄を典型とする、著明な失見当・過覚醒・幻視・精神運動興奮・自律神経亢進を示すもの——と位置づけるが、リポウスキはこれを採らず、delirium を「急性に発症する一過性の器質性精神症候群で、意識の障害と全般的な認知・注意の障害を伴い、精神運動活動は低下も亢進もありうる」と定義する(p. 43, 45)。すなわち静かな(hypokinetic)譫妄を delirium に含めることで、内科系文献が「acute confusional state」と呼んでいたものを delirium のなかに吸収するのである。副題に「acute confusional states」を残したのは、「最もよく使われる同義語だから」という、内科・神経科・老年医学の読者への接続のための便宜にすぎない(p. 42)。さらに彼は、「confusion は器質性・非器質性いずれの精神障害でも見られるので、疾病分類の用語としては避けるべきである」というリシュマンの見解に賛同し、心因性ストレスで生じる非器質性の状態に「acute confusional state」を当てる用法や、器質性と非器質性の confusional states を区別して後者を統合失調症圏とするフランスの分類を、混乱の実例として挙げている(p. 43)。ここで第IV章のフランスの系譜(confusion mentale)と第V・VI章のドイツの系譜(Delirium、外因性反応型)とは、英語の一語 delirium のもとに合流し、しかも「confusion」の側の語彙は意図的に捨てられた。DSM-III p. 104 の同義語の段落は、この選択の公式版である。救急医学の総説は「歴史的な認識と記述にもかかわらず、譫妄診断の最初の近代的な標準化基準は1980年刊行の DSM-III において定式化された」と書き、尺度総説も「DSM-III 以前には標準化された診断基準はなかった」と繰り返す[33][34]。DSM-III は「器質性精神障害(Organic Mental Disorders)」の章のなかで「器質性脳症候群(Organic Brain Syndromes)」を六つの群に分け、その第一に「Delirium と Dementia——認知障害が比較的全般的なもの」を置く(p. 103)[28]。続く括弧書きは、本稿の系譜にとって見逃せない宣言である。この手引きは器質性脳症候群を「他の分類がそうしてきたように、精神病性/非精神病性、あるいは急性/慢性(不可逆性)の形態には分けない」——それらの区別は重症度・発症様式・予後の推定に基づいていたが、本分類は「臨床症状のみ」に基づく——としたうえで、「ただし Delirium は DSM-I の急性脳症候群の概念に、Dementia は慢性脳症候群の概念に、おおよそ相当すると言ってよい」と付言する(p. 104)。Delirium の項はまず本質的特徴を述べる。
The essential feature is a clouded state of consciousness, that is, a reduction in the clarity of awareness of the environment. This is manifested by difficulty in sustaining attention to both external and internal stimuli, sensory misperception, and a disordered stream of thought. In addition, disturbances of sleep-wakefulness and psychomotor activity are present. The onset is relatively rapid, and the course typically fluctuates. The total duration is usually brief.
In DSM-I this syndrome was called "acute brain syndrome." It has also been termed "acute exogenous reaction type," "acute confusional state," "toxic psychosis," and "metabolic encephalopathy." Furthermore, some reserve the term "delirium" for a particular, agitated variety of confusional state with vivid visual hallucinations. In this manual, however, Delirium is intended to include the broad spectrum of clinical states having in common the essential features described above.
「本質的特徴は意識の混濁した状態、すなわち環境に対する覚識の明晰さの低下である。これは、外的・内的刺激の双方に対して注意を持続することの困難、感覚の誤認、思考の流れの乱れとして現れる。加えて、睡眠覚醒と精神運動性の障害が存在する。発症は比較的急速で、経過は典型的に動揺する。全持続は通常短い。/DSM-I ではこの症候群は『急性脳症候群』と呼ばれていた。それはまた『急性外因性反応型』『急性錯乱状態』『中毒精神病』『代謝性脳症』とも呼ばれてきた。さらに、『delirium』の語を、鮮明な幻視を伴う特定の興奮性の錯乱状態のために取っておく者もいる。しかし本手引きでは、Delirium は、上述の本質的特徴を共有する臨床状態の広い範囲を含むものとして意図されている」(DSM-III, p. 104)〔筆者訳〕[28]。
ボンヘッファーの「急性外因性反応型」が同義語の筆頭に挙げられ、フランスの「錯乱状態」がそれに続き、そして「delirium」を興奮と幻視を伴う型に限る古い用法(ドイツ語の Delirium、フランス語の délire onirique の狭義)が明示的に退けられて、「広い範囲」の症候群として定義されている。第IV章でシャスランとボンヘッファーが行ったことは、ここで一段落のうちに公式化されたと言ってよい。診断基準は次のとおりである。
Diagnostic criteria for Delirium
A. Clouding of consciousness (reduced clarity of awareness of the environment), with reduced capacity to shift, focus, and sustain attention to environmental stimuli.
B. At least two of the following: (1) perceptual disturbance: misinterpretations, illusions, or hallucinations (2) speech that is at times incoherent (3) disturbance of sleep-wakefulness cycle, with insomnia or daytime drowsiness (4) increased or decreased psychomotor activity
C. Disorientation and memory impairment (if testable).
D. Clinical features that develop over a short period of time (usually hours to days) and tend to fluctuate over the course of a day.
E. Evidence, from the history, physical examination, or laboratory tests, of a specific organic factor judged to be etiologically related to the disturbance.
「Delirium の診断基準 A. 意識の混濁(環境に対する覚識の明晰さの低下)で、環境刺激に対して注意を転換・集中・持続する能力の低下を伴うもの。B. 以下のうち少なくとも二つ:(1) 知覚障害——誤認、錯覚、幻覚 (2) ときに支離滅裂な発語 (3) 睡眠覚醒周期の障害——不眠または日中の傾眠 (4) 精神運動性活動の亢進または低下。C. 見当識障害と記憶障害(検査可能な場合)。D. 短期間(通常数時間から数日)に発現し、一日のうちで動揺する傾向のある臨床像。E. 病歴・身体診察・検査所見から、当該障害と病因的に関連すると判断される特定の器質的要因の証拠」(DSM-III, p. 107)〔筆者訳〕[28]。
鑑別診断の項も記しておく。統合失調症・統合失調様症・その他の精神病性障害も幻覚・妄想・思考と発語の障害を示しうるが、「Delirium ではこれらの症状は極めて無秩序で場当たり的であり、体系化の証拠を欠く。経過は動揺し、全般的な認知障害を伴う意識混濁状態の証拠がある。最後に、Delirium ではしばしば脳波の背景活動の全般的徐波化があり、症候群の原因は明らかに器質性である」(p. 106)。認知症との関係は「Dementia が正常な意識状態のもとで生じる全般的な認知欠損であるのに対し、Delirium は基本的に意識の混濁した状態である」(p. 106)と規定され、両者が同一個人に併存する場合には「顕著な Delirium の存在下で Dementia を診断することはできない」とし、どちらが基本かに不確かさがあるときは「Delirium の暫定診断を下すのが最善である。これはより積極的な治療的接近を導き、時間とともに正しい診断が明らかになるであろう」(p. 107)と勧める[28]。
この定義にリポウスキがどう関わったか。DSM-III の巻頭に掲げられた委員名簿によれば、彼はスピッツァーを委員長とする「命名法と統計に関するタスクフォース」の委員であると同時に、「諮問委員会——器質性精神障害」の11名(Byck, Clayton, G. D. Cohen, Frosch, Goodwin, Gurland, Kuehnle, Lipowski, Seltzer, Spitzer, Zeidenberg)の一人でもある[28]。器質性精神障害の諮問委員のうちタスクフォース本体にも席を持つのは、スピッツァー自身を除けばクレイトン、フロッシュ、グッドウィンとリポウスキだけであり、しかもこの領域を専門とするのは彼一人である。彼は DSM-III の公刊と同年に「器質性脳症候群の新しい見方」(American Journal of Psychiatry, 1980)を書いて新分類の趣旨を説き、1984年には英国の読者に向けて「器質性精神障害——アメリカの視点」(British Journal of Psychiatry)を寄せ、「器質性の概念は自由化され、認知障害を伴わないばかりか、場合によっては感情障害・パラノイド障害・統合失調性障害に似る、脳障害の精神医学的相関をも含みうるようになった」と DSM-III の器質性精神障害の章を解説している[27]〔筆者未見、抄録に拠る〕。刊行にあたって器質性精神障害の部分の解説論文を書いたのが彼であったことは、筆者の記憶とも一致する。名簿と解説論文を併せれば、この章の起草においてリポウスキが指導的な位置にあったと見てよい。確実に言えるのは、モノグラフの標題が示す「急性脳不全」という病態生理的な把握と、DSM-III の「器質性脳症候群」という記述的な把握とが、同じ年に同じ著者の手を経て英語圏に定着したこと、そして JAMA 寄稿が DSM-III と DSM-III-R の双方を自らの定義の典拠として引いていることである(p. 1789, 1790)[24]。
ジョルジェの側から見ると、DSM-III の構成は1820年の対照表の反復である。「器質性精神障害」と、それ以外の(のちに「機能性」と呼ばれる)精神障害との二分は、délire aigu(症状にすぎないもの)と folie(脳の特発性疾患)の二分に、そして「特定の器質的要因の証拠」を求める最終基準は、「常に他の症状に先行される」「常に二次性」というジョルジェの原因論の項目に対応する。異なるのは、ジョルジェが「知性の廃絶」と呼んだものが、ここでは「意識の混濁」——クレペリンの Bewußtseinstrübung の直訳——として第一基準に据えられていることである。1887年の第2版の定義(第V章第1節)が、ほぼ一世紀を経て北米の操作的基準の冒頭に現れたわけである。
3 1987年——JAMA 寄稿:「意識混濁」の廃棄と注意の障害
JAMA 寄稿は4頁の総説である。定義は次のように与えられる。
Delirium (acute confusional states) is a transient disorder of cognition and attention, one accompanied by disturbances of the sleep-wake cycle and psychomotor behavior. It is one of the so-called organic mental syndromes that constitute psychopathological manifestations of brain dysfunction.
「譫妄(急性錯乱状態)は認知と注意の一過性の障害であり、睡眠覚醒周期と精神運動性行動の障害を伴う。それは、脳機能不全の精神病理学的顕現を構成する、いわゆる器質性精神症候群のひとつである」(p. 1789)〔筆者訳〕[24]。
臨床像の節は「認知機能と注意(awareness, consciousness)の全般的障害、正常な睡眠覚醒周期の破綻、活動性と反応性の低下ないし亢進」を「症候群の枢要な特徴」とし、それらが「急性に発現し、日中に重症度が変動し、夜間に最も顕著になる」と述べる(p. 1789)。注意の項で、リポウスキは決定的な一文を書く。
Deficits of attention and awareness have been traditionally subsumed in the literature by the term clouding of consciousness. This obsolete and redundant concept is included among diagnostic criteria listed in the third edition of the Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders; however, it has been dropped from the recently revised version.
「注意と覚識(awareness)の欠損は、文献では伝統的に『意識の混濁』という語のもとに包摂されてきた。この時代遅れで冗長な概念は、『精神障害の診断と統計マニュアル』第3版に列挙された診断基準のなかに含まれている。しかしそれは、最近改訂された版からは削除された」(p. 1790)〔筆者訳〕[24]。
ここで DSM-III の第一基準であった「意識の混濁」が、その基準の形成に関与した当人によって「時代遅れで冗長」と宣告され、DSM-III-R(1987)から削除されたことが報告されている[29]。代わって中核に据えられるのは注意の障害——「注意を動員し、転換し、持続し、意のままに方向づける能力の低下」——である。クレペリンからエーまでのヨーロッパの伝統が共通分母としてきた「意識」は、リポウスキにおいて、計測可能な「注意」へと分解される。この移動の意味は両義的である。一方でそれは、ジョルジェが「délire を定義しない」と宣言したのと同じ動機——短い言葉で特徴づけるより記述する方がよい——による操作化であり、DSM-III-R 以後の尺度開発を可能にした。他方で、「意識」という語を捨てたことで、エーが第27研究で行った「意識の脱構造化の諸水準」による急性精神病の統一(第VII章)は、英語圏の基準からは見えなくなった。もっともリポウスキ自身、DSM-III が譫妄を統合失調症や躁病から区別する根拠として「脳波の広汎な徐波化」を挙げ(p. 1791)、病因を「広汎な脳機能不全による、病因論的に非特異的な症候群(an etiologically nonspecific syndrome due to widespread cerebral dysfunction)」(p. 1790)と規定しているから、意識の語を捨てても、ボンヘッファーの外因性反応型とエンゲル=ロマーノの脳機能不全は保持されている。
寄稿にはもう一つ、本稿にとって見逃せない要素がある。第3頁に置かれた「譫妄と認知症の鑑別」の表である(p. 1791)。発症・経過・持続・覚識・覚醒度・注意・見当識・記憶・思考・知覚・発語・睡眠覚醒周期・身体疾患ないし薬物毒性の13項目を二欄に対置するこの表は、形式においてジョルジェの12項目対照表(第II章第3節)と同型である。ただし対立項が違う。1820年に境界を引くべき相手は folie(精神医学の固有領域)であったが、1987年に境界を引くべき相手は認知症(同じ器質性精神障害の内部の隣人)になっている。folie との境界は DSM-III の器質性/非器質性の二分によってすでに引かれ、譫妄の実践的な問題は「高齢の入院患者において、認知症に重畳した譫妄を見落とさないこと」に移っていた。表 VIII.1 に二つの対照表を並べる。
| 軸 | ジョルジェ:délire aigu(対 folie) | リポウスキ:delirium(対 dementia) |
|---|---|---|
| 対立項 | folie=脳の特発性疾患、精神医学の固有領域 | 認知症=同じ器質性精神障害の内部の隣人 |
| 発症・経過 | 常に他の症状に先行され、数時間〜数日、20〜30日を超えるのは稀 | 急性、しばしば夜間に発症;動揺性で明晰間欠期あり、夜間に悪化;数時間〜数週 |
| 中核の障害 | 知性の「逸脱ではなく廃絶」、感覚は不完全か皆無、傾眠、夢見るような努力 | 覚識の低下、覚醒度の異常(低下または亢進)、注意の方向性・選択性の欠如と動揺 |
| 記憶・回想 | 治癒後はおぼろげにしか回想しない | 即時記憶と近時記憶の障害;回復後も譫妄期の部分健忘 |
| 知覚 | (「傾眠」「夢見るような」として記述、幻覚は独立項目でない) | 錯覚と幻覚、通常は視覚性で頻繁(必須ではない) |
| 原因 | 脳の重篤な疾患/他の器官の急性疾患による交感性/胃に摂取された物質 | 原発性脳疾患/脳に影響する全身疾患/外来物質による中毒/依存物質からの離脱 |
| 予後の位置 | 「治療薬の投与を指示するというよりは、予後を立てるのに役立つ症状」 | 「定義上、一過性の障害」だが高齢者では「重篤な予後徴候」、死亡率の高さを強調 |
| 治療の帰結 | 原疾患こそが医師の注意を独占すべき;moyens moraux は無効 | 器質的原因の探索と治療が第一;薬剤(とくに抗コリン薬)の中止;環境調整と看護、必要時ハロペリドール |
原因の四分類は、ジョルジェの三分類にほぼ「離脱」を加えたものであり、「予後の症状」「原疾患の治療」という実践的帰結も同じである。違いは、ジョルジェが「そもそも誰も moyens moraux で攻めようと考えたことがない」と切り捨てた領域に、リポウスキが「静かで明るい部屋、いくつかの見慣れた物、見える位置のカレンダーと時計」「見当識づけと安心を目指す優れた看護」を置き直したことである(p. 1792)。譫妄は、治療指示を与えない症状から、早期発見と環境的介入の対象へと変わった。リポウスキが「hyperactive/hypoactive」の亜型を提唱し、「多動を譫妄の目印と見なすのは誤りである」(p. 1790)と注意して、静かな譫妄が「誰にも迷惑をかけないため気づかれず診断されないまま」になる危険を強調したのも、同じ実践的関心からである[24][32][34]。
4 DSM-III-R 以後——基準の移動と CAM による一般医学への定着
DSM の基準はその後も動く。その動きを、「意識」と「注意」という二つの語がどこに置かれたかという一点に絞って追う(表 VIII.3)。DSM-III(1980)の A 基準は「意識の混濁(環境に対する覚識の明晰さの低下)」であり、注意の障害はその括弧のなかに、意識混濁の現れとして従属していた(第2節)。DSM-III-R(1987)はこの関係を逆転させる。A 基準は「外的刺激に対する注意を維持する能力の低下、および新しい外的刺激へ注意を適切に転換する能力の低下」となり、B 基準に「まとまりのない思考(とりとめのない・的外れな・支離滅裂な発語)」が置かれ、「意識水準の低下」は、知覚障害・睡眠覚醒周期の障害・精神運動性の増減・失見当識・記憶障害と並ぶ C 基準の六項目の一つ——二つ以上を要する随伴項——へと降格した(邦訳簡約版 p. 71:「意識水準の低下、例、検査中も覚醒を保つことの困難」)[29]。リポウスキが「時代遅れで冗長」と呼んだ意識混濁は、必須の基準から任意の随伴症状へ移されたのであって、消えたわけではない。同じ改訂で E 基準にも手が入っている。DSM-III が「特定の器質的要因の証拠」を無条件に求めたのに対し、DSM-III-R は「(1) その証拠がある」か、「(2) そのような証拠はないが、その障害がいかなる非器質性精神障害によっても起こっていないならば、器質性因子が病因であるとみなすことができる」かのいずれかでよいとし(p. 72)、器質性を除外診断によって推定する道を開いた。ジョルジェが「常に二次性」と書いた原因論の項は、ここで初めて「原因が見つからなくても譫妄と呼んでよい」という形に緩められたことになる。DSM-IV(1994)はこれをもう一度反転させ、「意識の障害(すなわち環境に対する覚識の明晰さの低下)で、注意を集中・持続・転換する能力の低下を伴うもの」を A 基準に戻し、B 基準に「認知の変化(記憶欠損、見当識障害、言語障害)ないし知覚障害の出現で、既存ないし進行中の認知症ではよりよく説明されないもの」、C 基準に短期間での発現と日内変動を置いて、原因別(一般身体疾患による/物質誘発性/多重病因による/特定不能)に下位分類した[29][32][33]。DSM-5(2013)と DSM-5-TR(2022)は、この振り子を「意識」の語を捨てることで止める。A 基準は「注意の障害(注意を方向づけ・集中し・持続し・転換する能力の低下)および覚識の障害(環境に対する見当識の低下)」となり、意識は「覚識(awareness)」に置き換えられ、しかも D 基準が「昏睡のような覚醒水準の著しい低下の文脈では生じない」と明記して、ジョルジェの délire aigu がなお含んでいた傾眠から昏睡への連続体を要件の外に切り落とした[41]。ICD-11 の CDDR(2024)はこれと平行しつつ、三分の構造をとる。6D70 Delirium の必須要件は「注意・見当識・覚識の障害(a disturbance of attention, orientation and awareness)が短期間(数時間から数日)のうちに発現し、典型的には著しい錯乱ないし全般的な神経認知障害として現れ、基礎にある原因の状態や病因に応じて動揺しうる一過性の症状を伴うこと」であり、原因(医学的状態/物質・医薬品〔離脱を含む〕/多重ないし未知の要因)の直接的な生理学的作用によること、既存ないし進行中の神経認知障害や他の精神疾患ではよりよく説明されないことが続く。全般的な認知障害は「典型的な現れ方」および「追加的な臨床特徴」として記述され、必須要件の三分——注意・見当識・覚識——には含まれない(CDDR p. 602–603)[22]。ここでも「意識」の語は用いられない。要するに、リポウスキが1987年に始めた「意識から注意へ」の移動は、DSM-III-R での逆転、DSM-IV での揺り戻しを経て、DSM-5 と ICD-11 において「注意と覚識(+見当識)」という形で四半世紀かけて完了し、その過程で、傾眠・昏睡という意識水準の連続体は譫妄の要件から切り離されたことになる。
| 版 | 中核(A)要件の語 | 「注意」の位置 | 「意識」の位置 |
|---|---|---|---|
| DSM-III(1980) | 意識の混濁(環境に対する覚識の明晰さの低下) | A 基準の括弧内——意識混濁の現れとして従属 | 必須(A) |
| DSM-III-R(1987) | 外的刺激に対する注意の維持・転換の能力の低下 | 必須(A)に昇格 | 「意識水準の低下」として C 基準六項目の一つ(任意の随伴項)に降格 |
| DSM-IV(1994) | 意識の障害(覚識の明晰さの低下)で、注意の集中・持続・転換の低下を伴うもの | A 基準の従属句に戻る | 必須(A)に復帰 |
| DSM-5/5-TR(2013/2022) | 注意の障害および覚識(awareness)の障害 | 必須(A)の第一項 | 語として消え、「覚識」に置換;昏睡は D 基準で除外 |
| ICD-11 CDDR(2024) | 注意・見当識・覚識の障害 | 必須要件の第一項 | 語として用いられない;全般的認知障害は「典型的な現れ方」「追加的特徴」 |
基準が操作化されたことの最大の帰結は、精神科医でない者が使える道具が作られたことである。イノウエらの Confusion Assessment Method(CAM, 1990)[30]は、DSM-III-R の枢要な要素に基づいて四つの特徴——(1) 急性発症と動揺性の経過、(2) 注意の障害、(3) 支離滅裂な思考、(4) 意識水準の変化——を立て、(1) と (2) を必須とし (3) または (4) を加えるアルゴリズムで診断する。非精神科医が5分で施行でき、老年科医・精神科医・神経心理学者の診断と DSM-III/III-R/IV、ICD-10 の基準に対して妥当性が検証され、7つの質の高い研究の統合で感度94%・特異度89%が報告されている[34]。人工呼吸下の患者にも使える CAM-ICU(Ely ら, 2001)[31]、小児版がこれに続いた。アメリカ精神医学会の「譫妄患者の治療に関する実践ガイドライン」(1999)は、DSM-IV の基準を掲げ、リポウスキの多動型/寡動型の亜型を採用し、スクリーニング尺度・診断尺度・重症度尺度・検査(脳波の広汎な徐波化)を整理したうえで、治療の第一を「器質的原因の同定と是正」に置く[32]。救急医学の総説は「譫妄は真の内科的救急であり、頻繁に生じるが、しばしば見過ごされる」と書き出し、「高齢患者では急性の錯乱が、発熱・疼痛・頻脈よりもよく見られる重篤な身体疾患の初発症状である」と注意する[33]。2012年の尺度総説は38の尺度を検討し、「ほとんどの尺度は DSM の基準に基づいて設計されている」こと、そして正確さ・簡潔さ・臨床家と非専門家による使いやすさのゆえに CAM が診断尺度として最もよく支持されていることを結論する[34]。
5 ジョルジェの12項目と現在の診断要件——先取りと欠落
後日譚の締めくくりとして、ジョルジェの対照表を現在の診断要件に直接並べてみる。表 VIII.2 は、表 II.1 の12項目を délire aigu の側から一つずつ取り出し、DSM-III(1980)、DSM-5-TR(2022)、ICD-11 の CDDR(2024)の対応する要件を添えたものである。DSM-III の要件は第2節に引用した原文に、ICD-11 のそれは CDDR の 6D70 の項(p. 602–606)に拠る[28][22][41]。
| 項目 | ジョルジェ(délire aigu の側) | DSM-III(1980) | DSM-5-TR(2022) | ICD-11 CDDR(2024) | 評価 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 症状か病か | 「一症状にすぎず、原疾患を特徴づけない」 | 器質性脳症候群の一つ。基準 E「特定の器質的要因の証拠」 | 基準 E「他の医学的疾患・物質中毒ないし離脱・毒物・多重病因の直接的な生理学的結果」 | 必須要件「医学的状態・物質(離脱を含む)・多重ないし未知の要因の直接的な生理学的作用による」 | 一致 |
| 2 知性の状態 | 「逸脱というよりむしろ廃絶(abolition)」 | 基準 A「意識の混濁」 | 基準 A「注意と覚識の障害」 | 「注意・見当識・覚識の障害」 | 方向は同じ、物差しが異なる |
| 3 感覚 | 不完全か皆無、理解不能な数語、傾眠、夢見るような努力 | 基準 B「知覚障害:誤解釈・錯覚・幻覚」「支離滅裂な発語」 | 基準 C「知覚の障害」。昏睡は除外(基準 D) | 追加特徴「錯覚・妄想・幻覚」 | 部分的に一致(傾眠~昏睡は現在の要件の外) |
| 4 記憶 | 治癒後はおぼろげにしか回想しない | 基準 B「見当識障害と記憶障害」 | 基準 C「記憶欠損、見当識障害」 | 「全般的な神経認知障害」 | 一致 |
| 5 原発性か | 決して原発的でなく、常に他の症状に先行される | 基準 E(器質的要因) | 基準 E | 原因要件(同上) | 一致 |
| 6 原因の性質 | 交感性であることが多く常に二次性。三原因:脳疾患/他器官の急性疾患/摂取物質 | 器質的要因の同定(原因別分類は DSM-III-R 以後) | 特定用語:他の医学的疾患/物質中毒・離脱/医薬品/多重病因 | 6D70.0 他に分類される疾患/6D70.1 精神作用物質(医薬品を含む)/6D70.2 多重要因。脳疾患は 6D70.0 に含まれ、外傷後の急性錯乱は境界で別扱い | 一致——三分類が下位分類に対応 |
| 7 持続 | 数時間~数日、20~30日を超えるのは稀 | 基準 D「短期間(通常数時間~数日)で発現し日内変動」 | 基準 B「短期間(通常数時間~数日)で発現、日中に変動」 | 「短期間(数時間~数日)に発現、一過性で変動」 | 一致(日内変動はジョルジェにない) |
| 8 転帰 | 原疾患はしばしば致死的、治れば délire は生き延びない | —— | 特定用語「急性/持続性」 | 経過「原因の治療ないし原因物質の排出で寛解」 | 一致(持続性譫妄は現代の追加) |
| 9 治療の対象 | 「いかなる治療指示も与えない」。原疾患こそが医師の注意を独占すべき | ——(基準外) | ——(基準外) | 「原因の治療」(経過の項)。APA ガイドライン1999:第一に器質的原因の同定と是正 | 一致 |
| 10 moyens moraux | 「誰も moyens moraux で攻めようと考えたことがない」 | —— | —— | ——。ただし現在は環境的介入・看護が中心(リポウスキ1987、CAM 以後) | 逆転 |
| 11 遺伝 | 原疾患以上に遺伝的でない | —— | —— | ——(危険因子として既存の神経認知障害・高齢) | 要件から消滅 |
| 12 再発 | ほぼ考えられない | —— | —— | ——(既存の神経認知障害は再発リスクを高める) | 要件から消滅 |
| ジョルジェにない要件 | —— | 意識混濁(A)、日内変動(D)、既存の認知症との関係 | 注意と覚識(A)、日内変動(B)、既存の神経認知障害では説明されない(D)、覚醒度の高低(多動型/寡動型/混合型) | 注意・見当識・覚識、変動、既存の神経認知障害との境界、睡眠覚醒周期の障害(追加特徴) | 19世紀後半以降の供給 |
表から読み取れることは二つある。第一に、原因論(5・6)、経過(7・8)、治療(9)の項目は、語彙を置き換えればほぼそのまま現在の要件に対応する。とりわけ原因の三分——脳そのものの疾患、他器官の疾患による交感性の délire、胃に摂取された物質——が、ICD-11 の 6D70.0/6D70.1/6D70.2 という下位分類と、DSM-5-TR の特定用語(他の医学的疾患/物質/多重病因)にほぼ重なることは、二世紀を隔てた符合として注目に値する。ジョルジェが「症状にすぎない」と言い、「原疾患こそが医師の注意を独占すべき」と書いたことは、DSM-5-TR の基準 E と CDDR の原因要件、そして「原因の治療で寛解する」という経過の記述に、そのまま生き残っている。第二に、現在の要件にあってジョルジェにないものは、「意識」ないし「注意と覚識」という共通の物差し(2)、日内変動(7)、既存の神経認知障害との境界、そして睡眠覚醒周期と覚醒度の高低である。これらはいずれも、第IV章で見た19世紀後半以降の供給物——グライナーからボンヘッファーへの「意識混濁」、リポウスキ以後の「注意」と寡動型——である。逆に、ジョルジェが「誰も考えたことがない」と切り捨てた moyens moraux の領域(10)が、現在では看護と環境的介入として譫妄治療の中心を占めていること、遺伝と再発(11・12)が要件から消えて危険因子の記述に移ったことも、表は示している。ジョルジェが時代に先んじていたのは、譫妄を病ではなく症状として原因の側から捉え、その経過と治療の帰結を書き切った点においてであり、彼に欠けていたのは、それを他の急性状態から見分けるための共通の物差しであった。表 VIII.2 は、図 1 が語ることを、要件の水準で言い直したものである。
6 筆者の評価——ヨーロッパの側から見た DSM-III と、鑑別の二本立て
ここで筆者自身の臨床経験に照らした評価を、二点だけ書き添えておく。第一に、DSM-III が譫妄にもたらしたものは、精神科の内部と外部で異なる。ヨーロッパの精神科には、シュナイダーの分類を下敷きにした ICD-9 の枠組みがすでにあり、譫妄は器質性ないし外因性の急性型として、慢性型の認知症と対比される形で収められていた(ICD-9 では 293「一過性器質性精神病状態」の 293.0 急性錯乱状態が、290 の老年性・初老期の器質性精神病状態と並ぶ〔コードは筆者の記憶に拠り要確認〕)。したがって精神科の側に大きな混乱はなかった。しかし精神科にとっても、DSM-III の操作的基準はリエゾンを容易にした——内科医や外科医に対して、共通の言葉で「これは譫妄である」と言えるようになったからである。そして精神科の外の諸科に譫妄の概念が広がったのは、前節で見たとおり、DSM-III とそれに基づく尺度のおかげであった。譫妄概念の「確立」を第8版に、その「普及」を DSM-III に帰するのは、この意味においてである。
第二に、概念の水準と、実際の見分けにくさの水準とは、別の次元である。エーの研究に出てくるように、あるいはピネルが『論考』第2版 §69 で最初から気づいていたように、急性精神病と器質性の譫妄との区別は、初期の段階では困難なことが多い。脳炎の場合にはとりわけ誤診がよく起こる。この点をとらえて、エーのように急性精神病と譫妄のあいだに連続性を認め、そのあいだに confusionnel な状態を置く態度も分からないではないし、リポウスキが「意識混濁」の扱いをめぐって定義に迷ったのも無理はない。しかし、概念として譫妄を急性精神病から分けることと、個々の患者において初期にそれを見分けられるかどうかとは、別の問題である。初期に診断が確定できなくても、鑑別診断を譫妄と急性精神病の二本立てで進めればよい。DSM-III 自身も、譫妄か認知症かが決めがたいときは「Delirium の暫定診断」を下して積極的治療に進み、「時間とともに正しい診断が明らかになる」ことに委ねよと書いていた(p. 107)。ピネルが「数日間病を観察してはじめて、その不確かさを定めることができる」と書いたのは、まさにこの二本立てのことであり、ジョルジェの対照表は、その二本立ての各項目を最初に明文化したものと読める。概念の水準でエーの階層仮説を認めることと、実践の水準で二本立ての鑑別を保つこととは、矛盾しない。
同じ区別は、「意識」と「注意」という語の選択にも当てはまる。DSM-III が「意識の混濁」を第一基準に据えた結果として混乱が生じたという見立ては、リポウスキ自身が1987年にそれを「時代遅れで冗長」と自己修正したこと、DSM-IV で「意識の障害」が一度戻り、DSM-5 で「注意と覚識の障害」に落ち着いたという経過が、そのまま傍証になる(第3・4節)。内科・外科を含む医療現場を考えれば、「注意」のほうが理解を得やすい。エーの「意識(conscience)」という語の使い方は人間存在の全体を指してしまうから、医療現場の用語としては使えない。しかしそのような哲学的思弁の可能性は、精神医学の分野の内側には残しておくべきだと筆者は考える。現場の用語を「注意」に譲ることと、意識の脱構造化という問いを手放さないこととは、やはり別の次元に属する。
この定着を、本稿の見取り図のなかに置いてみる。ジョルジェが「症状にすぎない」として精神医学の外に置いた délire aigu を、クレペリンは精神医学の内に取り込み、状態像として教科書の三層に組み込んだ。リポウスキと DSM-III はこれを操作化し、CAM 以後の尺度は、それを再び精神医学の外へ——内科・外科・救急・集中治療の病棟へ——送り返した。ただし今度は、「誰も moyens moraux で攻めようと考えたことがない」症状としてではなく、看護師と非精神科医が早期に発見し、原因を除き、環境を整えるべき症候群として、である。リポウスキの JAMA 寄稿の結語——「この古くから知られながら顧みられなかった器質性精神症候群は、実践的にも理論的にも重要であり、研究をひどく必要としている」(p. 1792)[24]——は、1820年にジョルジェが délire aigu の章を「自分はそう考えない」と切り出したときの姿勢と、一世紀半を隔てて呼応している。
おわりに——三つの問いへの答え、そしてポステルの読みと筆者の読み
冒頭の三つの問いに、順に答える。あわせて本稿の全体を図 5 に掲げておく。「はじめに」で述べた役割分担のとおり、序の図 1 が「物差しの変遷」の図であるのに対し、図 5 は「概念史の五段」の図である——萌芽・取り出し・忘却と再発見・確立・確立以後の各段の内容を、各章の結論とともに一望する。
第一に、ジョルジェの切断は師のピネルとエスキロールにおいてどこまで準備されていたか。譫妄概念の萌芽は、ピネルにもエスキロールにもあった。ピネルは熱性の délire を『Nosographie』の熱病の項に置き、『論考』第2版 §69 では manie と悪性熱・ataxique 熱の鑑別が初期には困難で経過観察を要すると認めていた。エスキロールは folie を「通常は慢性で、発熱を伴わない脳疾患」と定義し、「délire aigu et fébrile」の語をすでに用い、初期の aliénation mentale がそれに似ることを隔離の警告として書いていた。しかし両者において、この認識は鑑別の困難・誤診の回避・「sans fièvre」という消極的基準に分散しており、ジョルジェが第4章の12項目対照表で行ったように、単一のものとして積極的に取り出されてはいなかった。萌芽は師にあり、取り出したのは弟子である。
第二に、この区別はいかに忘却され、再発見されたか。「délire」の二義性と交感説のもとで区別は曖昧化し、stupidité をめぐる論争が20年続いたのち、シャスラン(1895)とレジス(1894/1901)が confusion mentale を「症状」として原因の側から捉え直し、ドイツ語圏ではグライナー以来の「意識混濁」の物差しがマイネルトを経てボンヘッファー(1910)の外因性反応型に結晶した。ジョルジェの「知性の廃絶」に欠けていた共通の物差しと原因非特異性の認識が、ここで供給された。
第三に、譫妄はいつ確立されたか。本稿の照合が示す範囲では、ジョルジェで始まった譫妄概念は、ボンヘッファーの外因性反応型の概念を取り込んだクレペリン教科書第8版において確立されている。本稿はこの第8版第2巻(1910)を、譫妄概念の近代的な確立点と位置づける。その根拠は三つある。第8版第2巻(1910)が序章で外因性/内因性の大区分と「状態像/疾患形態」の原則を掲げ、譫妄を疾患形態ではなく状態像と位置づけていること。同巻が「消耗精神病」の類を廃し、譫妄を外傷(第I章)・中毒(第III章)・感染(第IV章)の三章に配して、章頭でボンヘッファーの反復する障害群を引用していること。そして、Delirium acutum・Kollapsdelirium・Amentia という疾患単位の候補が、第2版から第8版にかけて順に「独立疾患ではない」「内的統一のない状態像」「感染後の残余群」へと格下げされていること、である。この確立は、『臨床精神医学入門』第3版(1916)における症例の取り上げ方とまとめ方によって確認できる。25講75症例のなかで譫妄は尿毒症・舞踏病・丹毒・頭部外傷・アルコール・コカイン・てんかんという原因の側から選ばれて別々の講に散らされ、第II部の体系ではそれらが外傷・中毒・感染の三群に収められ、第III部第5項「Delirante Zustände=夢様の妄想体験を伴う意識混濁」が症例番号を添えてそれらを一つの状態像のもとに逆引きする。症例19の総括で、尿毒症性譫妄と Delirium tremens が同一の症候と同一の機序仮説のもとに同定される一段落は、その確認の要である。ただし留保も記しておく。クレペリンはボンヘッファーの「せいぜい外因性精神障害型を立てうるにすぎない」という主張には与せず、いつか感染精神病の特殊形態を精神症状によって特徴づけられると信じていた(第8版第2巻 p. 237)。譫妄が原因非特異的な状態像として確立されたのは、クレペリンの信念によってではなく、彼の教科書の構造によってである。
後日譚として付け加えるなら、この構造を操作的定義に翻訳したのが DSM-III(1980)であり、その翻訳に立ち会い、「意識混濁」から「注意の障害」への基準の移動を促し、譫妄を一般医学の日常に送り出したのがリポウスキであった(第VIII章)。ジョルジェの12項目を DSM-III・DSM-5-TR・ICD-11 の要件に並べると(表 VIII.2)、原因論・経過・治療の項目はほぼそのまま現在の要件に対応し、原因の三分は ICD-11 の下位分類にまで重なる。欠けているのは「意識/注意」の物差しと日内変動という、19世紀後半以降に供給された要素だけである。
ポステルの序論は、ジョルジェを通じて20世紀後半の生物学的精神医学を批判するテキストである。ベールの発見の誤読と「délire」の二義性を口実に神経学が精神医学を回収し、ジョルジェが分離した stupidité(=confusion mentale)は1968年の命名法から消え、サルペトリエール学派は終焉した——これがポステルの筋書きであり、メドゥナ・モニス・チェルレッティへの一撃、「100年の忘却ののちに再発見された制度精神療法」という指摘は、いずれもその文脈にある[1]。
筆者はポステルの三点——境界画定・首尾一貫した脳心一元論・関係的治療の優位——がジョルジェに揃っていたという評価には同意する。しかし「排除」「回収」という筋書きには同意しない。本稿で辿ったのは、むしろ逆の過程である。ジョルジェが délire aigu について行った「症状としての把握」は、シャスラン・レジス・ボンヘッファーによって confusion mentale と Amentia にまで拡張され、クレペリンの教科書のなかで疾患単位の候補が次々に「状態像」へ格下げされることによって、譫妄は原因非特異的な症候群として確立された。この過程で消えたのは stupidité という雑多な genre であり、それは古い概念に含まれていたものが分析的に取り出され名づけられていく通常の科学的展開である。ジョルジェ自身が、「一つの genre から他の genre への気づかれない移行」と「genre 間の転化」のゆえに「これらの区分のいくつかは確固たる基礎をまったく持たない」(p. 43)と書いていたことを思えば、彼は自分の stupidité がそのような運命を辿ることを、誰よりも冷静に予期していたはずである。
最後に、本書を読む順序を記しておく。第4章の対照表(p. 117–120)から入り、第1章の délire 論(p. 36–45)に戻って「定義しない」宣言と5 genre の根拠を確かめ、そのうえでポステルの序論を読むのがよい。序論を先に読むと、ポステルの筋書きに引かれてジョルジェの対照表の冷静さを見失う。クレペリンの『入門』第3版は第VII講(p. 68–78)と第III部第5項(p. 403–405)を併読されたい。二つを並べたとき、1820年と1916年のあいだに何が加わり何が変わらなかったかが、一望のもとに見える。