反応概念の系譜と ICD-11 ストレス因関連症群(草稿)

ヤスパースの心因反応から複雑性心的外傷後ストレス症へ
Die Genealogie des Reaktionsbegriffs und die ICD-11-Gruppe der spezifisch belastungsassoziierten Störungen
Von Jaspers’ psychogenen Reaktionen zur komplexen posttraumatischen Belastungsstörung
松石 竹志 Takeshi Matsuishi, M.D., Ph.D.
Dissertatio · in statu nascendi · Draft v0.14 · September MMXXVI
本稿は、衝動概念史、不安概念史、二つのマニア論、メランコリー論と同じ次元に立つ概念史の一篇として、かねて計画していたものである。直接の契機は当研究所『精神医学マニュアル』第 7 章「ストレス因関連症群」の改訂であり、マニュアル本体には置けない思想史的な考察をここに移した。本稿は Draft v0.14 であり、文献の照合が未了の箇所を〔要確認〕として残している。Draft v0.14(2026 年 9 月)は、批評会の指摘を受けて、主張を I章に置き、章構成を三部(概念史・ICD-11 の分析・精神病理学的含意)に改めたものである(末尾の編集注記を参照)。
関連:当研究所『精神医学マニュアル』第 7 章 ストレス因関連症群、紀要既刊「不安の概念史」「衝動概念の精神病理学史」「シュナイダー精神病理学の DSM における継承と変容」
要旨

ICD-11 のストレス因関連症群(6B4)は、ドイツ語圏の精神医学が 20 世紀初頭に形を与えた「反応」の概念の、現代的な再構成として読むことができる。本稿の主張は次のとおりである。ICD-11 の本群は、反応概念のうち、どの国の臨床医が見ても同じように確かめられる部分──反応の形、すなわち症状の性質・パターン・持続──を取り込み、確かめるのに伝統と訓練を要する部分──了解的連関、人格との対応、観察者による誘因の評価──を落とした。この取捨は国際分類の特性であって欠陥ではないが、落とされた部分は消えたのではなく、条文の作成者が解説で戻し、ドイツの教科書が自国の伝統の語で補い、鑑定の場が出来事の大きさという別の物差しを持ち込んでいる。この主張を確かめる物差しとして、ヤスパースが 1913 年に定めた真の反応の三条件(その体験がなければ生じなかった、内容の了解的連関、原因が消えれば反応も収まる)を全篇に通して用いる。第一部(II・III章)は概念史である。シュナイダーが三条件のうち第一のみを無条件とし、第二・第三を手がかりに下げたこと、そして第三の条件が、ドイツでは戦後の迫害被害者補償の鑑定(Venzlaff、フォン・バイヤー)によって、米国では Horowitz のストレス反応症候群によって、別々に放棄された経緯を辿る。第二部(IV・V章)は ICD-11 の分析である。本群に施された四つの措置──急性ストレス反応を障害の外に置くこと、心的外傷後ストレス症の入口と中核の再定義、適応反応症の陽性定義、複雑性心的外傷後ストレス症の新設──が「出来事の大きさではなく反応の形によって定める」という一つの原理に揃うことを示し、次いで外傷の定義をめぐって、CDDR の条文(出来事の性質で定める)と作成者の解説(本人の体験で定める)とのあいだにある開きを、Hölzel らの解説書と Berger・Lieb 編のドイツの教科書の受け止めとともに取り出す。この開きは、条文が落とした「了解にとって十分な」誘因という限定を作成者が解説で戻したものであり、その働く範囲は診断の入口に限られる。第三部(VI・VII章)は精神病理学的含意である。反応と人格との関係についての二つの古典的な問いに ICD-11 が沈黙していること、シュナイダー門下の Huber の教科書(第 7 版、2005 年)と現行のドイツの教科書がその問いを脆弱性やパーソナリティ構造の語で保っていること、そして臨床では ICD を、鑑定では DSM-5 の基準を用いるという分業が、制度の側から見るかぎり当面は避けがたいものの、ストレスを受ける主体としての人格の問いを精神病理学から免除するものではないことを述べる。ICD-11 の沈黙が残した余白を反応概念の語で埋めることが、日本の精神医学に残された仕事である。

キーワード:反応、心因反応、異常体験反応、ヤスパースの三条件、ヤスパース、シュナイダー、Huber、Venzlaff、フォン・バイヤー、Horowitz、Maercker、ICD-11、適応反応症、心的外傷後ストレス症、複雑性心的外傷後ストレス症、外傷の定義、補償、CDDR、Berger、Lieb

Abstract

The ICD-11 grouping of disorders specifically associated with stress (6B4) can be read as a contemporary reconstruction of the concept of "reaction" that German-language psychiatry gave its form to in the early twentieth century. The claim of this paper is the following. Of the reaction concept, ICD-11 took over the part that any clinician in any country can verify in the same way — the form of the reaction, that is, the nature, pattern and duration of the symptoms — and dropped the part whose verification requires tradition and training: the meaningful connection, the correspondence with the personality, and the observer's appraisal of the precipitating event. This selection is a characteristic of an international classification, not a defect; but what was dropped has not disappeared. The authors of the text bring it back in their commentary, the German textbooks supply it in the language of their own tradition, and forensic assessment brings in a different yardstick, the magnitude of the event. As the measuring rod for this claim the paper uses, throughout, the three criteria of genuine reactions that Jaspers laid down in 1913: the reaction would not have occurred without the experience; there is a meaningful connection of content; the reaction subsides when its cause is removed. Part One (chapters II and III) is conceptual history. It shows how Schneider accepted only the first criterion unconditionally and demoted the second and third to indications, and how the third criterion was abandoned separately on both sides of the Atlantic — in Germany through the postwar assessment of persecution victims for compensation (Venzlaff, von Baeyer), in the United States through Horowitz's stress response syndromes. Part Two (chapters IV and V) analyses ICD-11. It shows that the four measures taken in this grouping — placing acute stress reaction outside the disorders, redefining the entry and core of PTSD, defining adjustment disorder positively, and creating complex PTSD — line up under one principle, to define by the form of the reaction rather than by the magnitude of the event; it then isolates, on the definition of trauma, the gap between the CDDR text (which defines by the nature of the event) and its authors' commentary (which defines by the individual's experience), together with the reception of that gap in Hölzel's handbook and in the German textbooks of Berger and Lieb. The gap is the return, in the commentary, of the qualification the text had dropped — Jaspers' precipitating event "sufficient for our understanding" — and its practical reach is confined to the entry into the diagnosis. Part Three (chapters VI and VII) draws the psychopathological implications: ICD-11's silence on the two classical questions concerning reaction and personality; the preservation of those questions, in the vocabulary of vulnerability and personality structure, in Gerd Huber's textbook (7th ed., 2005) and in the current German textbooks; and the division of labour by which clinical practice follows ICD while forensic assessment relies on DSM-5 criteria — unavoidable for the time being from the side of the institutions, but no exemption for psychopathology from the question of the personality as the subject that undergoes stress. To fill the margin left by ICD-11's silence in the language of the reaction concept is the task that remains for Japanese psychiatry.

Keywords: reaction, psychogenic reaction, abnormal experiential reaction, Jaspers' three criteria, Jaspers, Schneider, Huber, Venzlaff, von Baeyer, Horowitz, Maercker, ICD-11, adjustment disorder, PTSD, complex PTSD, definition of trauma, compensation, CDDR, Berger, Lieb

I 問題の所在

ICD-11 のストレス因関連症群は、ICD-10 の F43「重度ストレスへの反応および適応障害」を独立の群に格上げし、二つのカテゴリーを新設し、一つを精神疾患の外へ出した。この再編成を DSM-5 の「心的外傷およびストレス因関連障害群」(2013)の後追いと見ることは、表面的には可能である。しかし内容を見ると、ICD-11 の本群は DSM-5 とは別の論理で組まれている。その論理は、日本の精神医学がドイツ語圏から直接に受け継いだ「反応」の概念に、驚くほど近い。本稿はこの近さを、系譜を辿ることによって確かめ、同時にその限界を見定めようとするものである。

本稿の主張を先に述べておく。ICD-11 の本群は、反応概念のうち、どの国の臨床医が見ても同じように確かめられる部分──反応の形、すなわち症状の性質・パターン・持続──を取り込み、確かめるのに伝統と訓練を要する部分──了解的連関、人格との対応、観察者による誘因の評価──を落とした。この取捨は、国際的に使用できることを優先した分類の特性であって、欠陥ではない。しかし落とされた部分は消えたのではない。条文の作成者は解説のなかでそれを戻し、ドイツの教科書は自国の伝統の語でそれを補い、鑑定の場は出来事の大きさという別の物差しを持ち込む。本稿は、この主張を概念史と条文の両面から確かめることを目的とする。

確かめるための物差しとして、ヤスパースが 1913 年に定めた真の反応の三条件を全篇に通して用いる。その体験がなければ反応は生じなかったであろうこと(第一の条件)、体験と反応の内容とのあいだに了解できるつながりがあること(第二の条件)、経過が体験に依存し、原因が取り除かれれば反応も収まること(第三の条件)である。三条件のうち第一と第三は出来事と時間の関係であって外から確かめられるが、第二は観察者の了解を要する。反応概念の系譜とは、この三条件の格付けが変えられてきた歴史であり、ICD-11 の各カテゴリーもまた、三条件のどれを要件とし、どれを手がかりに下げ、どれを放棄したかによって記述することができる(図 1)。

ヤスパースの三条件の格付けの変遷——本稿の物差し 第一の条件 その体験がなければ生じなかった 第二の条件 内容の了解的連関 第三の条件 原因が消えれば反応も収まる ヤスパース 1913 『精神病理学総論』初版 要件 「了解にとって十分な」誘因 要件 要件 概念上の帰結として シュナイダー 1950 『臨床精神病理学』 無条件に妥当 誘因の限定はなく、人格に重みを置く 手がかり 「それほど厳密には妥当しない」 手がかり 間欠的体験反応を認める ICD-11 適応反応症 6B43 要件 同定可能なストレス因(重さを問わない) 要件に戻す ストレス因への「とらわれ」 要件 終結後 6 か月以内に消退 ICD-11 心的外傷後ストレス症 6B40・複雑性 6B41 要件 出来事の性質で定める(本人の評価は条文になし) 再体験として最大限に いま・ここでの再体験が中核 放棄 出来事が終わっても反応が続く
図 1 ヤスパースが 1913 年に定めた真の反応の三条件が、シュナイダーと ICD-11 でどう格付けされているか。本稿はこの表を物差しとして、概念史(II・III章)と ICD-11 の条文(IV・V章)を読む。第一と第三の条件は出来事と時間の関係であって外から確かめられるが、第二の条件は観察者の了解を要する。ICD-11 の条文が要件として書けたのは前者であり、後者は「とらわれ」「再体験」という症状の形に置き換えられた。

本稿は三部から成る。第一部(II・III章)は概念史である。II章はヤスパースの三条件と、シュナイダーによるその格付けを、病気の次元と異常の次元というシュナイダーの体系の骨組みとともに示す。III章は、第三の条件──原因が消えれば反応も収まる──が、ドイツでは戦後の迫害被害者の鑑定によって、米国では Horowitz のストレス反応症候群によって、それぞれ別の理由から放棄された経緯を辿る。第二部(IV・V章)は ICD-11 の分析である。IV章は本群に施された四つの措置が一つの原理に揃うことを三条件に照らして示し、V章は外傷の定義をめぐって条文・作成者の解説・ドイツの教科書のあいだにある開きを取り出し、その開きが何を意味するかを述べる。第三部(VI・VII章)は精神病理学的な含意である。VI章は、反応と人格との関係についての二つの古典的な問いに ICD-11 が沈黙していることを、Huber の教科書におけるシュナイダーの継承と対照しながら確かめ、VII章は、誘因の相応性の問題と補償の場との関係から、出来事の大きさという物差しが鑑定でだけ戻る理由を述べる。結語で、日本の精神医学にとっての含意に触れる。


II ヤスパースとシュナイダー──病気の次元と異常の次元

ヤスパースは『Allgemeine Psychopathologie』の初版(1913 年)において、体験に対する心の「反応(Reaktion)」を、疾患過程(Prozeß)から区別した[1]。初版でこの概念が置かれているのは「異常な機制における了解的連関(Verständliche Zusammenhänge bei abnormen Mechanismen)」の節であり、病的反応は、暗示、過去の体験の後作用、心的生活の分裂と並ぶ四つの機制の一つとして、「平均の圏内に生ずる現象から極端に病的な事実に至る系列(Reihen)」の上で論じられる。ヤスパースは反応を「もっぱら心理学的な意味で(ausschließlich im psychologischen Sinne)」とると断り、素材として真っ先に拘禁を挙げる。拘禁の意味の意識、孤独、暗さ、裸の壁、硬い寝床、粗暴な扱いへの心的反応を、粗末な食事や不眠といった身体的条件の作用から分けることが分析の課題である、と。真の反応(echte Reaktionen)は、単に誘発された精神病(bloß ausgelöste Psychosen)との対比で、次のように規定される。

die echten Reaktionen, deren Inhalt in verständlichem Zusammenhang mit dem Erlebnis steht, die nicht aufgetreten wären ohne das Erlebnis, und die in ihrem Verlauf von Erlebnissen abhängig sind.[1]

〔筆者訳〕真の反応とは、その内容が体験と了解的連関のうちにあり、体験がなければ生じなかったであろうものであり、その経過において諸体験に依存しているものである。

節の末尾で、ヤスパースは真の反応に共通する要因を次のように総括している。

Wir fassen zum Schluß noch einmal zusammen, was den echten Reaktionen gemeinsam ist: Der Anlaß, der in enger zeitlicher Verbindung mit dem reaktiven Zustand steht, ist ein für unser Verständnis zureichender. Zwischen Inhalt des Erlebnisses und Inhalt der abnormen Reaktion besteht ein verständlicher Zusammenhang. Besondere Formen desselben sind beispielsweise der Wunsch, krank zu scheinen, der Wunsch nach Erhöhung der eigenen Persönlichkeit, nach Begnadigung, die Befürchtung und Erwartung von Unheil usw. Da es sich um die Reaktion auf ein Erlebnis handelt, gleicht sich die Abnormität im Laufe der Zeit aus. Besonders mit Wegfall der Ursache (Entlassung in die Freiheit, Rückkehr der heimwehkranken Mädchen zu den Eltern) fällt auch die abnorme Reaktion fort. Dadurch steht die reaktive Abnormität im Gegensatz zu allen spontan auftretenden krankhaften Vorgängen.[1]

〔筆者訳〕最後にもう一度、真の反応に共通するものをまとめておく。反応状態と時間的に密接に結びついている誘因は、われわれの了解にとって十分なものである。体験の内容と異常な反応の内容とのあいだには了解的連関がある。その特殊な形として、たとえば病気に見えたいという願望、自分の人格を高めたいという願望、赦免への願望、災厄への危惧と予期などがある。体験に対する反応であるからには、異常は時とともに均されていく。とくに原因が消失すれば(釈放、ホームシックの少女が両親のもとに帰ること)、異常な反応も消える。それによって反応性の異常は、自発的に生ずるあらゆる病的過程と対立する。

大改訂後の本文による第 7 版(1959 年)の英訳では、同じ総括のうち誘因に付された限定が「相応なものとして受け入れうる(has to be one which we can accept as adequate)」と訳されている[20](英訳の総括の全文は文献欄の[20]に掲げる)。

本稿が両版を参照するのには理由がある。ドイツ語から英語への翻訳はこの第 7 版のものしかなく、英語圏の研究がヤスパースを引くときは、常に大改訂後の本文に基づいている。日本語は恵まれており、初版の訳と改訂版の訳の両方を読むことができる〔書誌要確認〕[1][20]。初版は、ヤスパースがまだハイデルベルクの精神科医院で臨床に携わっていた時期に書かれたものであり、大改訂は哲学者としての著述を経たのちのものである。両版のあいだの差は、本稿の主題にとって小さくない。骨格となる三条件は 1913 年にすでに揃っている。しかし二つの点が違う。第一に、初版で誘因に付された限定は「われわれの了解にとって十分な(ein für unser Verständnis zureichender)」であって、十分さは最初から観察者の了解に相対化されており、英訳の adequate が帯びる釣り合い・相応の含みはない〔第 7 版独文の文言要確認〕。第二に、初版の総括は了解的連関の「特殊な形」として、病気に見えたいという願望、人格を高めたいという願望、赦免への願望を並べ、その直前の本文では「患者は責任無能力でありたいと望んで拘禁精神病になり、年金を得たいと望んで年金神経症になり、施設で養われたいと望んで施設徘徊者の多種多様な訴えをもつ」と書いて、これを目的精神病(Zweckpsychosen)と呼んでいる[1]。ヤスパース自身が、反応性精神病の学説全体の基礎をなしたのは Wilmanns らの拘禁精神病の研究であると述べ、それに事故後の年金神経症、地震・災害の精神病、ホームシック反応を並べる[1]。反応の概念は、その起点において、司法と補償の場の素材から作られていた。この事実はVII章で再び取り上げる。

条件は三つである。その体験がなければ反応は生じなかったであろうこと。体験と反応の内容とのあいだに了解できるつながりがあること。そして経過が体験に依存し、原因が取り除かれれば反応も収まること。初版の総括では第三の条件は「体験に対する反応であるからには」という概念上の理由から導かれているが、同じ節でヤスパースは、突発的な体験(驚愕、恐怖、激怒)による情動の震撼と、持続する運命(老い、終身の拘禁)による情動の変化とのあいだに「重要な違い」があること、また反応性精神病のあとには精神病的内容がその後の生に「後作用(Nachwirkung)」する傾向があることを認めている[1]。原因が消えない反応と、戻り切らない反応とは、初版の記述のなかにすでにある。

シュナイダーは『臨床精神病理学』において、この線を体系の骨組みに組み込んだ[2]。ただしその骨組みは、ICD-10 以後の分類で教育を受けた読者には自明ではないので、少し立ち入って説明しておく。シュナイダーは精神生活の異常をまず二つに大別する。一方は「心的存在の異常な変種(abnorme Spielarten seelischen Wesens)」であり、異常パーソナリティと異常体験反応がここに入る。他方は「病気の結果(Folgen von Krankheiten)」であり、これがさらに二つに分かれる。身体的に基礎づけうる精神病(körperlich begründbare Psychosen)──脳の疾患または身体疾患が知られていて、精神症状をその結果として説明できるもの──と、内因性精神病(endogene Psychosen)、すなわち統合失調症と循環病(Zyklothymie、躁うつ病)である。

この体系の要は内因性精神病の位置づけにある。統合失調症にも躁うつ病にも、脳の病変も身体疾患も見出されていない。それでもシュナイダーはこの二つを、未知の疾患の症状であるという「要請(Postulat)」ないし「仮説(Hypothese)」によって「病気の結果」の側に置き、その根拠を体系の要請と法廷の要請とから述べたうえで、これを自ら「信仰告白(Glaubensbekenntnis)」と呼んでいる[2][27]。したがって病気の次元は、既知の身体疾患に基礎づけられた領域と、未知の身体疾患を信じて基礎づけられた領域とから成る。しかしこの信仰告白があるからこそ、病気と異常との境界は、身体因が見つかっているか否かではなく、身体因を想定するか否かによって引かれる。異常パーソナリティと異常体験反応は、身体因が見つかっていないだけではなく、身体因を想定しない。それらは正常な心的生活の量的な偏倚であって、質的に別のものではない。病気の次元では疾患過程が心的生活を外から断ち切り(ヤスパースの Prozeß)、異常の次元では心的生活が正常の幅のなかで偏る。二つの次元の区別とはこのことである。

この二層の構造は、日本の精神医学が長く用いてきた外因・内因・心因の三分法と同じものであり、ICD-9(1977 年)までは国際分類の骨格でもあった[22]。ICD-10(1992 年)はこの骨格を意図的に解体した。その序論は、精神病と神経症の区別を分類の組織原理として用いないこと、また disease や illness の語に伴う問題を避けるために disorder の語を全体に用いることを宣言し[23]、器質性(F0)からパーソナリティ(F6)までを同じ「障害」として並列に置いた。ICD-11 はさらに「器質性」の群そのものを廃している。したがって ICD-10 以後に学んだ読者にとって、「病気ではないが精神医学の対象である」というシュナイダーの言い方は、そのままでは意味をなさない。以下の引用を読むには、病気の語がこの狭い意味──身体的に基礎づけられた、あるいは基礎づけられると要請された精神病──で使われていることを念頭に置く必要がある。「異常体験反応(abnorme Erlebnisreaktion)」は、異常パーソナリティとともに異常の次元に属する。シュナイダーは明言している。

Daß hier überall der Ausdruck „Krankheit“ nicht am Platze ist, sei nur erwähnt. Wir haben wiederholt den Krankheitsbegriff in der Psychiatrie auf körperlich verursachte seelische Störungen eingeengt und können das hier nicht begründen. Da es sich nicht um Krankheiten handelt, kann auch die Behandlung, von möglichst kleinen Unterstützungen abgesehen, keine medizinische Therapie sein, sondern nur Psychotherapie.[2]

〔筆者訳〕ここではどこでも「病気」という表現がふさわしくないことは、ただ触れておくにとどめる。われわれは精神医学における病気の概念を、身体的に引き起こされた心的障害に限定することを繰り返し述べてきたが、ここでその根拠づけをすることはできない。病気ではないのだから、その治療も、できるかぎり小さな支えを別とすれば、医学的治療ではありえず、心理療法のみである。

しかし異常の次元は、病気の次元と並んで、臨床精神医学の対象そのものである。反応は病気ではないが、精神医学の外にあるのではない。この二つの次元を一語で包むのが、今日の disorder という語であり、日本精神神経学会が ICD-11 の翻訳にあたって「精神障害」を「精神疾患」と言い換えたとき、原語は変わっていない。ドイツ語圏の側からこの語の幅を見ていたのが Huber である。彼は ICD-10 が「病気、罹患、あるいは精神病、神経症、そして『心因性』という概念の、ICD-10 の哲学からすれば問題のある使用を避けるために」Störung(disorder)の語を一貫して用いていると述べ、そのうえで「原則として除去されたはずのこれらの概念は、F4 章の『神経症性』『心因性』を含めて、本文と見出しのなかで引き続き使われている」と付け加えている[17]。disorder は二つの次元を包む語であると同時に、包みきれずに旧来の語を残している語でもある。ドイツの現行教科書はこれを欠陥ではなく配慮として読み、ICD-10 は F40–48 の括りにおいて「神経症概念との歴史的連関──したがって生活史上の早期の負荷──を明示的に顧慮した(wurde der historische Zusammenhang zum Neurosenkonzept – und damit der biografisch frühen Belastungen – […] explizit beachtet)」と述べている[25]

異常体験反応の「異常」は強さや持続の程度においてであり、正常な反応とのあいだには流動的な移行がある。

Zwischen solchen abnormen und den normalen Erlebnisreaktionen gibt es fließende Übergänge. Oft hängt es weitgehend von dem Betrachter und seiner Bewertung der Ursachen ab, ob er eine Reaktion schon als eine abnorme bezeichnen will.[2]

〔筆者訳〕このような異常な体験反応と正常な体験反応とのあいだには流動的な移行がある。ある反応をすでに異常と呼ぶかどうかは、しばしば観察者と、彼による原因の評価に大きく依存する。

程度を測る尺度は出来事の物理的な大きさではなく、その人にとっての体験(Erlebnis)の意味である。

ここで見落としてはならないのは、シュナイダーがヤスパースの三条件をそのまま受け取ってはいないことである。同章の第二段落で、シュナイダーは三条件を一つずつ検討する[2]。第一の条件──その体験がなければ反応は生じなかった──は「いかなる場合にも、あらゆる体験反応に当てはまる」。体験によって引き起こされたことは体験反応の本質に属するからである。第二の条件──内容の了解可能なつながり──は「それほど厳密には妥当しない」。鉄道事故の驚愕のあとに朦朧状態でさまよう人の思考内容が事故ではなく、場違いな多幸的な色合いさえ示すことがあり、それでも体験反応と呼ぶ。ある体験の結果として心的な挫折、自己観察、心気症に至った人が、もはやその体験に心を占められていなくても、やはり体験反応と呼びうる。ただし大多数の場合にはこの条件は妥当し、体験反応の存在を示す「きわめて重要な手がかり」である。悲しい気分がある体験以来続いているが、その体験が気分の思考内容・主題をなしていないと聞けば、反応状態はほぼつねに除外され、せいぜい「心的な誘発」にすぎない。逆にこの条件を裏返してはならない──特定の体験を主題とする精神病は数多くあるが、その体験は精神病の原因ではない。第三の条件──経過が原因に依存し、原因が消えれば反応も収まる──も「完全に厳密には妥当しない」。反応の経過はつねに原因となる体験の状態と平行するわけではない。時間的に近く変わっていない事実でも、想起されるたびに同じように反応されるとは限らない。感情反応が途切れたり弱まったりしても、それが最終的とは限らない。こうした揺れは、時間的に遠い体験ではさらに大きい。「痛みを伴う経験は、しばしば(ときには、しかしつねにではなく、ある合図〔Stichwort〕によって現実化されて)ときおりにのみ苦しみをもたらし、それ以外のときには存在しない」。シュナイダーはこれを「一時的(間欠的)な体験反応」と呼ぶ。原文の要所を引く。

Hierzu ist zu sagen: Das erste Kriterium trifft auf jeden Fall für jede Erlebnisreaktion zu. Es gehört zu ihrem Wesen, daß sie von einem Erlebnis verursacht ist. Das zweite gilt weniger streng. […] In den allermeisten Fällen gilt allerdings dies Kriterium und es ist ein sehr wichtiger Hinweis darauf, daß eine Erlebnisreaktion vorliegt. […] Auch das dritte Kriterium gilt nicht ganz streng. Der Verlauf einer Reaktion geht nicht stets dem Stande des verursachenden Erlebnisses parallel. […] Häufig führt eine schmerzliche Erfahrung (manchmal, aber nicht immer durch ein Stichwort aktualisiert) nur von Zeit zu Zeit zu Quälereien, die sonst nicht da sind. Wir sprechen in solchen Fällen von einer zeitweiligen (intermittierenden) Erlebnisreaktion.[2]

〔筆者訳〕これについては次のように言わねばならない。第一の条件は、いかなる場合にも、あらゆる体験反応に当てはまる。体験によって引き起こされていることは、その本質に属するからである。第二の条件は、それほど厳密には妥当しない。〔中略〕もっとも大多数の場合にはこの条件は妥当し、体験反応が存在することを示すきわめて重要な手がかりである。〔中略〕第三の条件もまた、完全に厳密には妥当しない。反応の経過は、つねに原因となる体験の状態と平行するわけではない。〔中略〕痛みを伴う経験は、しばしば(ときには、しかしつねにではなく、ある合図によって現実化されて)ときおりにのみ苦しみをもたらし、それ以外のときには存在しない。このような場合をわれわれは一時的(間欠的)な体験反応と呼ぶ。

すなわちシュナイダーが無条件に認めるのは第一の条件だけであり、第二と第三は「手がかり」に格下げされている。とりわけ第三の条件の緩和は、本稿の主題にとって決定的である。原因が過ぎ去ったのちにも、合図によって間欠的に呼び戻される反応──これは、のちに心的外傷後ストレス症の再体験と呼ばれることになる現象の、最初期の記述の一つである。ただしシュナイダーの間欠的反応には、「いま・ここで起きている」という体験の形式は含まれていない。

それでも、シュナイダーの体系には二つの前提が残っていた。第一に、反応は原則として一過性であり、原因が消えれば収まる(第三の条件は緩和されても、廃棄されてはいない)。体験の作用価値が体験そのものを生き延びる場合があることをシュナイダーは認めているが、それは「まれな場合」にとどまる。

In seltenen Fällen bleibt aber darüber hinaus ein Zustand der Apathie, des Sich-nicht-aufraffen-Könnens. Der Wirkungswert des Erlebnisses überdauert dann dieses selbst, rein kausal, nicht mehr als Motiv wirkend.[2]

〔筆者訳〕しかしまれな場合には、それを超えて、無気力の、自分を奮い立たせることができない状態が残る。そのとき体験の作用価値は体験そのものを生き延びており、もはや動機としてではなく、純粋に因果的に働いている。

第二に、反応と精神病とのあいだには質的な境界がある──「Erlebnisreaktion und Psychose sind für uns Gegensätze〔体験反応と精神病はわれわれにとって対立概念である〕」[2]。この二点のうち第一が、のちに修正を迫られることになる。


III 第三の条件の放棄──二つの系譜

前章の末尾に挙げた第一の前提──反応は原則として一過性であり、原因が消えれば収まる──は、20 世紀後半に、大西洋の両岸で別々に放棄された。ドイツでは戦後の迫害被害者の鑑定が、米国では Horowitz のストレス反応症候群の臨床研究が、それぞれの理由からヤスパースの第三の条件を捨てた。本章はこの二つの系譜を順に辿り、両者が互いをほとんど見ていないことを確かめたうえで、ICD-11 がその合流点であることを示す。

ドイツ語圏の線──迫害被害者の鑑定と人格変化

修正の圧力は、意外なところから来た。第二次大戦後、ナチス迫害の被害者に対する補償(Wiedergutmachung)の鑑定において、ドイツの精神科医は、健康な人格はどのような体験も持続的損傷なしに乗り越えるという従来の学説に、正面から反する事例を大量に見ることになった。Venzlaff は 1958 年の著書で「体験反応性の人格変化(erlebnisbedingter Persönlichkeitswandel)」の概念を提出し[3]、フォン・バイヤー、ヘフナー、キスカーの『迫害された人々の精神医学』(1964 年)は、ハイデルベルクにおける鑑定経験からこれを体系的に基礎づけた[4]。フォン・バイヤーが 1955 年にクルト・シュナイダーの講座を継いだ人物であることは、この修正の意味を考えるうえで見落とせない。Eissler が 1963 年に発した「自分の子どもを何人殺されれば、正常な体質をもつ人間として症状なしに耐えられなければならないのか」という問い[5]は、旧学説に対するもっとも鋭い批判として知られる。この系譜はドイツの現行教科書にそのまま残っている。Berger の教科書第 7 版の心的外傷後ストレス症の章は、歴史の節で強制収容所症候群(KZ-Syndrom)と生存者症候群を述べたのち、フォン・バイヤーらの書を次のように位置づける[25]

In der wegweisenden Monografie „Psychiatrie der Verfolgten“ haben von Baeyer et al. (1964) die Psychopathologie und Verläufe der Störungsbilder dargestellt. Mehr als 45 Jahre nach Ende der Verfolgung erfüllten in einer Untersuchung 46 % der Holocaust-Überlebenden die Kriterien einer „posttraumatic stress disorder“ (PTSD) nach DSM-III-R. Unter den mit Identifizierungsnummern tätowierten Auschwitz-Überlebenden lag die Zahl mit 65 % noch höher.[25]

〔筆者訳〕道を拓いた単行本『迫害された人々の精神医学』において、フォン・バイヤーら(1964)はこれらの病像の精神病理と経過を叙述した。迫害の終結から 45 年以上を経た調査では、ホロコースト生存者の 46 % が DSM-III-R の「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」の基準を満たしていた。識別番号の入れ墨をされたアウシュヴィッツ生存者では、その数は 65 % とさらに高かった。

同じ節は、迫害の結果としての外傷化がそれほど強くなかった場合には「むしろパーソナリティ障害や性格神経症が生じた(traten eher Persönlichkeitsstörungen und Charakterneurosen auf)」と付け加えている[25]。極端な負荷は人格変化を、それ以下の負荷は人格の側の問題を、という二段の記述は、VI章に見るシュナイダーの定式の裏返しである。1964 年の書は、現行教科書では「道を拓いた(wegweisend)」書として引かれ、その知見は DSM-III-R の基準による追跡調査の数字で裏づけられている。ドイツ語圏の線と米国の線とは、ここでも一つの頁に同居している。

補償の問題が学説を歪めるという懸念は当時からあった。しかし実際には、補償の鑑定こそが学説の盲点を修正する契機になった。この系譜は ICD-10 の F62.0「破局体験後の持続的パーソナリティ変化」に流れ込む。

この修正がシュナイダーの学派の内部で完了したことは、Huber の教科書が示している。第 7 版(2005 年)の心因反応性障害の章には「極端な負荷(迫害状況)による体験反応性の人格変化」と題する節があり、見出しの直下に ICD-10 の F62.0 が掲げられている[17]。節の冒頭は、こうした心因反応性の人格変化が「つねに特定の人格構造を前提とするわけではない(nicht immer eine bestimmte Persönlichkeitsstruktur voraussetzen)」と述べ、素因説を退ける。続く囲みは、迫害の経験を精神医学にとって未知の種類の負荷として位置づける。

Eine vorher der Psychiatrie nicht bekannte Extrembelastung stellten die Verfolgungssituationen im Dritten Reich dar, durch die bei einem Teil der Häftlinge der Konzentrationslager nicht mehr ausgleichbare psychische Dauerschäden entstanden. Die KZ-Haft, zumal bei den rassisch Verfolgten, unterschied sich von anderen Extrembelastungen durch die absolute Entwürdigung und Annihilierung, die vollständige Sinn- und Wertberaubung der persönlichen und sozialen Existenz.[17]

〔筆者訳〕第三帝国における迫害状況は、それ以前の精神医学が知らなかった極端な負荷であり、それによって強制収容所の被収容者の一部には、もはや埋め合わせのきかない心的な持続的損傷が生じた。強制収容所での拘禁は、とりわけ人種を理由に迫害された人々の場合、絶対的な尊厳の剥奪と抹殺、個人的・社会的な存在からの意味と価値の完全な剥奪によって、他の極端な負荷から区別された。

Huber が記述する症状像──迫害状況の記憶が繰り返し浮かび上がる不安な動揺、不全感を伴う慢性の亜抑うつ、自律神経性の失調、不信あるいは敵意を伴う社会的退避、空虚と絶望の感情──は、のちの複雑性心的外傷後ストレス症の記述にほぼ重なる。そして「強制収容所・迫害症候群」の教えるところとして、純粋に心的な影響と極端な負荷のもとで、人格の再構造化、抑うつ性・強迫性・恐怖症性・臓器神経症性の持続的な反応、そして「身体的要因の決定的な関与なしに生活線の完全な断絶」が生じうる、と総括する[17]。反応は原因が消えれば収まるという第三の条件は、ここで正面から否定されている。Huber はさらに、旧東ドイツの政治的拘禁の被害者(「シュタージ迫害症候群」)にも同じ持続的人格変化を認め、「神経症性障害とは異なり、葛藤は抑圧されているのではなく、問題はむしろ痛みを伴う、つねに現前する記憶である(Anders als bei neurotischen Störungen werden Konflikte nicht verdrängt, das Problem ist vielmehr die schmerzhafte, immer gegenwärtige Erinnerung)」と書く[17]。これは、反応概念の側から見た再体験の規定である。なお同じ箇所は、連邦補償法では鑑定において立証責任が請求者に課されなかったのに対し、旧東ドイツの被害者に関する刑事名誉回復法(1992 年)では立証責任が本人に課されていると記しており、補償の制度が概念の適用を左右する例がここにもある。

米国の線──ストレス反応症候群と慢性化

ICD-11 の適応反応症には、別の系譜が合流している。米国の Horowitz は『ストレス反応症候群』(1976 年)において、外傷体験のあとに侵入と否認・回避が交互に現れる位相的な経過を記述し[6]、Horowitz 自身が後年述べるとおり、DSM-5 の「心的外傷およびストレス因関連障害群」という括りはこの書で構想されていた[7]。チューリヒの Maercker はこの枠組みを適応反応症に転用し、2007 年に、ストレス因への「とらわれ」と適応の失敗を中核とする新しい定義を提案した[8]。ICD-11 の 6B43 はこの提案をほぼそのまま採用している[9]

DSM-5-TR の適応反応症が「ストレス因の重症度に釣り合わない苦痛」という比例判断を定義の要件に置くのに対し、ICD-11 は比例判断を定義の要件からは外し、反応の形で定義する。尺度が出来事の大きさから反応の形へ移ったという点で、これは体験反応の論理そのものである。ただしその経路はヤスパースを直接引くものではなく、Horowitz の症候群論を経由している。比例の判断が ICD-11 のどこへ移されたかは、次章で見る。

この米国の線が第三の条件をどこで破ったかは、Horwitz の通史が指摘している[19]。Freud も Kardiner も外傷神経症は短命であると考えており、外傷症状が持続し潜伏期を経て発症しうるという要素を DSM-III に持ち込んだのは Mardi Horowitz だった、という。ストレス反応症候群の系譜は、米国の線において、ヤスパースの第三の条件──反応は原因が消えれば収まる──を破った当の場所であった。ドイツ語圏の鑑定が極端な負荷のもとでの人格変化として記述したものを、米国の線は症状の慢性化と遅発として記述した。

二つの線の相互不可視

二つの線は、同じ現象を扱いながら、互いをほとんど参照していない。英語圏の側の叙述として Horwitz の通史を見ると、このことが確かめられる[19]。Horwitz は PTSD 史を、外因論と素因論、被害者性と詐病、脳と解釈という三つの軸の往還として描き、補償を全篇の主題の一つに据える。鉄道事故と railway spine、1879 年の「補償神経症」、1889 年のドイツにおける外傷性神経症の補償対象化、Oppenheim の外傷性神経症、そして「賠償責任法がなければ事故神経症も年金目当ての神経症もおよそ存在しないだろう」という 1925 年のドイツの調査の結論──ドイツ語圏の第一期は、補償の線として正確に押さえられている。第二期については、Niederland の「生存者症候群」を経由してホロコースト生存者の知見が DSM-III の作業部会に届き、外傷症状が一過性ではなく遷延・遅発しうるという主張を支え、素因説を無効化した、という筋で扱われる。ここで英語圏に流れ込んだのは、まさに前節に見た迫害被害者の臨床であり、その経路は亡命した分析家であった。しかし、ヤスパースとシュナイダーの反応概念、Venzlaff と von Baeyer の鑑定論争、そして F62.0 への道筋は、この通史には現れない〔原著索引で要確認〕。Kraepelin の驚愕神経症への言及は「周縁的」と評され、DSM-III 以前の分類体系には慢性の外傷が存在しなかった、と述べられる。ドイツ語圏の側からすれば、慢性の外傷は 1958 年以来、体験反応性の人格変化として分類の外で記述され続けていたのであり、Huber の教科書はそれを連続体の一区間として組み込んでいた(VI章)。英語圏の通史が見落としているのは生存者の記述ではなく、それを受け止めた概念である。

ドイツ語圏では迫害被害者の鑑定が、米国では Horowitz の臨床研究が、それぞれ別の理由から同じ第三の条件を放棄した。ICD-11 の適応反応症が 6 か月の期限とともに第三の条件を保ち、心的外傷後ストレス症と複雑性心的外傷後ストレス症がそれを放棄しているのは、次章に見るとおり、この二つの放棄の合流である。なお、補償が反応を固定するという Huber の指摘──米国の線に対するドイツ語圏の側からの対抗評価──は、補償の場の問題としてVII章で扱う。


IV ICD-11 における再構成──四つの措置と一つの原理

以上を踏まえて ICD-11 の本群を見ると、次の四点が一つの原理──出来事の大きさではなく、反応の形によって定める──に揃っていることが分かる。

この原理は筆者の読み込みではない。CDDR は本群の冒頭で、これを自ら述べている。

Disorders specifically associated with stress are directly related to exposure to a stressful or traumatic event, or to a series of such events or adverse experiences. For each of the disorders in this grouping, an identifiable stressor is a necessary, though not sufficient, causal factor. Most people who experience stressors do not develop a disorder. Stressful events for some disorders in this grouping are within the normal range of life experiences (e.g. divorce, socioeconomic problems, bereavement). Other disorders require exposure to a stressor that is extremely threatening or horrific in nature (i.e. potentially traumatic events). With all disorders in this grouping, it is the nature, pattern and duration of the symptoms that arise in response to the stressful events – together with associated functional impairment – that distinguishes the disorders.[10]

〔筆者訳〕ストレス因関連症群は、ストレスとなる出来事または外傷的な出来事、あるいはそうした出来事や有害な経験の連続への曝露に直接関係する。本群のいずれの障害においても、同定可能なストレス因は必要ではあるが十分ではない原因因子である。ストレス因を経験した人の大多数は障害を発症しない。本群の障害のなかには、ストレス因となる出来事が通常の生活経験の範囲内にあるもの(離婚、社会経済的問題、死別など)がある。他の障害は、極度に脅威的または恐ろしい性質のストレス因(すなわち外傷となりうる出来事)への曝露を要件とする。本群のすべての障害において、諸障害を区別するのは、ストレスとなる出来事に応じて生じる症状の性質・パターン・持続──および随伴する機能障害──である。

「必要ではあるが十分ではない」ストレス因と、「症状の性質・パターン・持続」による区別。この一段落が、以下の四点を要約している。

第一に、急性ストレス反応を disorder の外に置いたこと。急性の反応は精神疾患ではなく正常範囲の反応として第 24 章(QE84)に置かれた。ここで注意を要するのは、ICD-11 の disorder がシュナイダーの「病気」ではないことである。disorder は病気の次元と異常の次元をともに包む語であり、6B4 の諸障害はシュナイダーの言葉でいえば異常の次元に立つ。したがって QE84 の切り出しは、病気と異常のあいだの線ではなく、異常な反応と正常な反応のあいだの線──シュナイダーが「流動的」であり「観察者に依存する」と述べた線──を、体系の構造として引いたものである。

前章に述べた比例の判断は、消えたのではなく、この線の上へ移された。「ストレス因の重さから見て正常と考えられる反応」を急性ストレス反応(QE84)とする、適応反応症の「正常との境界」の項と、QE84 の必須要件とがそれである[10]。両項の文言は次のとおりである。

In cases in which responses to traumatic events are considered normal given the severity of the stressor, a diagnosis of acute stress reaction from Chapter 24 on factors influencing health status or contact with health services (i.e. a non-disorder category) is generally most appropriate.[10]

〔筆者訳〕外傷的な出来事への反応が、ストレス因の重さから見て正常と考えられる場合には、第 24 章「健康状態や保健サービスの利用に影響する要因」の急性ストレス反応(すなわち障害ではないカテゴリー)の診断が、一般に最も適切である。

There is a response to the stressor that is considered to be normal, given the severity of the stressor.[10]

〔筆者訳〕ストレス因の重さから見て正常と考えられる、ストレス因への反応が存在する。

前者は適応反応症(6B43)の「正常との境界」の項、後者は急性ストレス反応(QE84)の必須要件の第二項である。釣り合いの判断は、障害の定義からは消え、障害と正常とを分ける敷居の側にだけ残っている。

第二に、心的外傷後ストレス症の入口と中核。ICD-10 が外傷の定義に付していた「ほとんどすべての人に深い絶望を引き起こすであろう」という句は削除され、DSM-5 のように該当する出来事を限定して列挙すること(死、死の脅威、重傷、性暴力の四種)もしなかった。他方で症状は、いま・ここで再体験されるという体験の形式を中核として 3 群 6 項目に絞られた。DSM-5 のように、20 の症状項目のうち何項目が揃うかを数えて診断する操作的な手続きはとらず[11]、症状がどのような体験の形をとるかによって定める。数えるのではなく形を見るというこの姿勢は、記述現象学のそれである。

第三に、適応反応症の陽性定義。除外による定義から、とらわれと適応の失敗という反応の形による定義へ。ヤスパースの三条件に照らすと、ここで起きたことの意味がはっきりする。ICD-11 の適応反応症は、第一の条件(同定できるストレス因)に加えて、第二の条件(ストレス因へのとらわれ)を必須要件に引き上げ、第三の条件(ストレス因とその結果が終われば 6 か月以内に収まる)を、期限を付して保持した。シュナイダーが「手がかり」に格下げした第二の条件を、ICD-11 は要件に戻したのである。逆に心的外傷後ストレス症は、定義上、第三の条件を満たさない反応である。出来事は終わっているのに反応が続き、しかも第二の条件は再体験という形で最大限に満たされる。シュナイダーの「一時的(間欠的)な体験反応」──合図によって呼び戻される苦しみ──は、この診断の前史に位置する。

条文の必須要件を、三条件の順に引く。

A maladaptive reaction to an identifiable psychosocial stressor or multiple stressors (e.g. single stressful event, ongoing psychosocial difficulty or a combination of stressful life situations) that usually emerges within a month of the stressor is required for diagnosis. […] The reaction to the stressor is characterized by preoccupation with the stressor or its consequences, including excessive worry, recurrent and distressing thoughts about the stressor, or constant rumination about its implications. […] Once the stressor and its consequences have ended, the symptoms resolve within 6 months. […] Failure to adapt to the stressor results in significant impairment in personal, family, social, educational, occupational or other important areas of functioning.[10]

〔筆者訳〕同定可能な心理社会的ストレス因または複数のストレス因(単一のストレスの強い出来事、持続する心理社会的困難、あるいはストレスの強い生活状況の組み合わせなど)に対する不適応的な反応で、通常ストレス因から 1 か月以内に生じるものが、診断に必要である。〔中略〕ストレス因への反応は、ストレス因またはその帰結へのとらわれ──過度の心配、ストレス因についての反復する苦痛な思考、その含意についての絶え間ない反芻を含む──によって特徴づけられる。〔中略〕ストレス因とその帰結が終結すれば、症状は 6 か月以内に消退する。〔中略〕ストレス因への適応の失敗は、個人的・家族的・社会的・教育的・職業的その他の重要な機能領域における著しい障害をもたらす。

なお作成者の解説は「とらわれ」と「適応の失敗」を「二つの症状群(the two symptom groups of preoccupation with the stressor and failure to adapt)」と呼ぶが[11]、条文では適応の失敗は症状ではなく機能障害の箇条に置かれている。Maercker が 2007 年に提案した三つの症状群(VII章参照)が、最終条文では要件のあいだに配り直されたことの、小さな痕跡である。

第四に、複雑性心的外傷後ストレス症。追加される三症状(感情調節・自己概念・対人関係)は人格の水準の現象であり、現象としては 1964 年のドイツの答えと重なる。しかし論理は同じではない。F62.0 は「破局的体験→持続的な人格変化」という因果と構造の診断であったのに対し、6B41 は症候群の診断である。CDDR は長期・反復・逃れがたい出来事を「最も一般的」な入口として挙げるにとどめる[10]

Exposure to an event or series of events of an extremely threatening or horrific nature – most commonly prolonged or repetitive events from which escape is difficult or impossible – is required for diagnosis. Such events include, but are not limited to, torture, concentration camps, slavery, genocide campaigns and other forms of organized violence, prolonged domestic violence, and repeated childhood sexual or physical abuse.[10]

〔筆者訳〕極度に脅威的または恐ろしい性質の出来事または一連の出来事──もっとも一般的には、逃れることが困難または不可能な、長期にわたる、あるいは反復する出来事──への曝露が診断に必要である。そうした出来事には、拷問、強制収容所、奴隷化、ジェノサイド作戦その他の組織的暴力、長期の家庭内暴力、児童期の反復的な性的・身体的虐待が含まれるが、これらに限定されない。

例示の筆頭近くに強制収容所とジェノサイドが置かれているのは、III章に見た系譜が条文に残した痕跡である。作業部会長の解説はさらに踏み込み、次のように明言する。

Although CPTSD is a disorder that most commonly develops following prolonged or repetitive events from which escape is difficult or impossible (e.g., torture, domestic violence, repeated childhood sexual or physical abuse), chronic trauma is a risk factor, not a requirement, for the diagnosis of Complex PTSD. Thus, CPTSD may be diagnosed following a single traumatic event, and PTSD following chronic or prolonged trauma.[11]

〔筆者訳〕複雑性 PTSD は、逃れることが困難または不可能な長期にわたる、あるいは反復する出来事(拷問、家庭内暴力、児童期の反復的な性的・身体的虐待など)のあとに発症することがもっとも多い障害であるが、慢性の外傷は複雑性 PTSD の診断にとって危険因子であって、要件ではない。したがって複雑性 PTSD は単一の外傷的出来事のあとにも、PTSD は慢性ないし長期の外傷のあとにも診断されうる。

ICD-10 の F62.0 との関係についても、解説は人格変化の証明を求めないことを明言している。

The ICD-10 included the condition ‘Enduring personality change after catastrophic experience’ (EPCACE) that also described disturbances in self-organization that can sometimes result from multiple, chronic, or repeated traumatic events. In contrast to EPCACE, CPTSD does not require exposure to chronic trauma or a demonstrable personality change, but it does require the presence of more specific symptoms, including PTSD symptoms. There is preliminary evidence that CPTSD is more readily distinguished by clinicians than EPCACE.[11]

〔筆者訳〕ICD-10 には「破局体験後の持続的パーソナリティ変化」(EPCACE)という病態が含まれており、これもまた、複数の、慢性の、あるいは反復する外傷的出来事から生じうる自己組織化の障害を記述していた。EPCACE とは対照的に、CPTSD は慢性の外傷への曝露も、証明可能な人格変化も要件としないが、PTSD 症状を含むより特異的な症状の存在を要件とする。CPTSD は EPCACE よりも臨床医にとって鑑別しやすいという予備的な証拠がある。

人格変化の系譜から現象を受け継ぎ、因果的な定義は手放した、というのが正確である。児童期の虐待という、シュナイダーの視野になかった主題は、Herman の複雑性 PTSD 概念[12]を経由して、ここで体系に入った。


V 外傷の定義──条文・解説・教科書の三つの層

前章の第二の措置には、注意を要する開きがある。CDDR 6B40 の必須要件は、出来事の側の性質を述べ、本人の評価を要件に置いていない。

Exposure to an event or situation (either short- or long-lasting) of an extremely threatening or horrific nature is required for diagnosis. Such events include, but are not limited to, […][10]

〔筆者訳〕極度に脅威的な、または恐ろしい性質の出来事または状況(短期のものでも長期のものでも)への曝露が診断に必要である。そうした出来事には、次のものが含まれるが、これらに限定されない。〔後略〕

さらに「適応反応症との境界」の項は、次のように明記する。

In adjustment disorder, the stressor can be of any severity or any type, and is not necessarily of an extremely threatening or horrific nature. A response to a less serious event or situation that otherwise meets the symptom requirements for post-traumatic stress disorder but that is beyond the duration appropriate for acute stress reaction should be diagnosed as adjustment disorder.[10]

〔筆者訳〕適応反応症では、ストレス因はどのような重症度、どのような種類のものでもよく、必ずしも極度に脅威的または恐ろしい性質のものである必要はない。より深刻でない出来事や状況への反応で、それ以外の点では心的外傷後ストレス症の症状要件を満たすが、急性ストレス反応にふさわしい持続期間を超えているものは、適応反応症と診断すべきである。

出来事の深刻さは臨床医が判断し、本人の体験の強さが出来事を外傷に格上げすることはない、という構造である。

同じ境界は適応反応症の側(6B43)からも述べられており、そこでは末尾に一文が加わる。

In adjustment disorder, the stressor can be of any severity or any type, and is not necessarily of an extremely threatening or horrific nature. A response to a less serious event or situation that otherwise meets the symptom requirements for post-traumatic stress disorder should be diagnosed as adjustment disorder. Moreover, many people who have experienced an extremely threatening or horrific event develop adjustment disorder and not post-traumatic stress disorder in its aftermath. The distinction should be made based on whether the full diagnostic requirements for either disorder are met, not solely on the type of stressor.[10]

〔筆者訳〕適応反応症では、ストレス因はどのような重症度、どのような種類のものでもよく、必ずしも極度に脅威的または恐ろしい性質のものである必要はない。より深刻でない出来事や状況への反応で、それ以外の点では心的外傷後ストレス症の症状要件を満たすものは、適応反応症と診断すべきである。さらに、極度に脅威的または恐ろしい出来事を経験した人の多くは、そのあとに心的外傷後ストレス症ではなく適応反応症を発症する。両者の区別は、いずれかの障害の診断要件が完全に満たされているかどうかに基づいて行うべきであり、ストレス因の種類のみに基づいて行うべきではない。

条文は、心的外傷後ストレス症の側では出来事の深刻さで線を引き、適応反応症の側では「ストレス因の種類のみによらない」と付け加える。この非対称は、VII章で述べる筆者の判断──両者は出来事の重さではなく症状によって分かれる──と条文とをつなぐ箇所である。

ところが本群の作業部会長であった Brewin と Maercker は、Tyrer 編の解説書で次のように書く。

Post-traumatic stress disorder (PTSD) follows an event or situation that in the judgement of the clinician has been experienced by the individual as extremely threatening or horrific. Such events are not limited to those generally regarded as traumatic but may, if the result is that the person comes to experience extreme fear or horror, include experiences such as being repeatedly stalked, bullied, rejected, or humiliated. Experiencing threatening delusions and hallucinations, and the atypical processing of the social and sensory world associated with conditions such as Autism Spectrum Disorder, may result in other types of experiences qualifying because they are subjectively experienced with extreme fear or horror.[11]

〔筆者訳〕心的外傷後ストレス症(PTSD)は、臨床医の判断において、本人によって極度に脅威的または恐ろしいものとして体験された出来事や状況のあとに生じる。そうした出来事は一般に外傷とみなされるものに限られず、その結果として本人が極度の恐怖や戦慄を経験するに至るのであれば、繰り返しつきまとわれる、いじめられる、拒絶される、辱められるといった経験を含みうる。脅威的な妄想や幻覚を体験すること、また自閉スペクトラム症などに伴う社会的・感覚的世界の非定型的な処理も、主観的に極度の恐怖や戦慄をもって体験されるがゆえに、それ以外の種類の経験が該当することにつながりうる。

ここでは判断の対象が出来事の性質から本人の体験へ移っており、条文より明らかに主観の側に寄っている。同じ章の「正常および他の障害との関係」の項は、適応反応症との境界をこう述べる。

Most people who experience extremely threatening or horrific events do not develop a disorder. They may exhibit PTSD symptoms, but these are likely to subside quickly. If symptoms persist after a stressor that did not produce extreme fear or horror, other diagnoses should be considered. Depression, for example, is often accompanied by intrusive memories, but these are not usually reexperienced in the present. If the requirements for other disorders are not met, a diagnosis of Adjustment Disorder can be assigned.[11]

〔筆者訳〕極度に脅威的または恐ろしい出来事を経験した人の大多数は障害を発症しない。PTSD 症状を示すことはあっても、すぐに治まる可能性が高い。極度の恐怖や戦慄を生じさせなかったストレス因のあとに症状が持続する場合には、他の診断を考慮すべきである。たとえば抑うつ症はしばしば侵入的記憶を伴うが、それは通常、現在において再体験されることはない。他の障害の要件が満たされなければ、適応反応症の診断を与えることができる。

条文が「より深刻でない出来事(a less serious event)」という出来事の側の語で線を引くのに対し、解説は「極度の恐怖や戦慄を生じさせなかったストレス因(a stressor that did not produce extreme fear or horror)」という情動の側の語で同じ線を引く。開きはこの一組の対照に尽きている。なお解説の冒頭の一節に付された注は、いじめ・拒絶・辱めについては Hyland ら(2021)[14]、妄想・幻覚と自閉スペクトラム症については Brewin 自身の論文[24]である。ドイツ語圏の標準的解説書(Hölzel ら)は、この点を次のように読む。

Die Diagnosekriterien für die „Posttraumatische Belastungsstörung“ (PTBS) wurden unter Beibehalt der drei Symptomcluster gegenüber der ICD-10 reduziert, beim Traumakriterium wurde auf das individuelle Erleben der betroffenen Person fokussiert und das Zeitkriterium offener formuliert.[13]

〔筆者訳〕「心的外傷後ストレス症(PTBS)」の診断基準は、三つの症状クラスターを保持しつつ ICD-10 に比べて削減され、外傷基準では罹患者個人の体験に焦点が置かれ、時間基準はより開かれた形で定式化された。

これは同章冒頭の「主要な変更点」の一項である。本文の外傷基準の項は、その根拠をこう述べる。

Die ICD-11 beschreibt, sehr ähnlich zur ICD-10, ein Trauma als extrem bedrohliches oder entsetzliches Ereignis oder als eine Reihe von Ereignissen, verzichtet aber auf den in der ICD-10 vorhandenen Zusatz „das bei fast jedem eine tiefe Verzweiflung hervorrufen würde“. Hierdurch können auch Ereignisse als traumatisch klassifiziert werden, die es nach ICD-10 nicht waren, z. B. Vernachlässigung in der Kindheit und emotionaler Missbrauch oder Stalking oder Bulling〔ママ〕 (Hyland et al. 2021). […] lediglich die Traumata in Ausübung des Berufes sind im ICD-11 nicht explizit aufgeführt, werden jedoch durch die breitere, auf das subjektive Erleben fokussierende Traumadefinition mit abgedeckt.[13]

〔筆者訳〕ICD-11 は、ICD-10 とよく似て、外傷を極度に脅威的または恐ろしい出来事あるいは一連の出来事として記述するが、ICD-10 にあった「ほとんどすべての人に深い絶望を引き起こすであろう」という付加を省いている。これによって、ICD-10 では外傷とされなかった出来事、たとえば児童期のネグレクトや情緒的虐待、ストーカー行為やいじめも、外傷として分類できるようになる(Hyland et al. 2021)。〔中略〕職務遂行中の外傷だけは ICD-11 に明示的に挙げられていないが、主観的体験に焦点を置くより広い外傷の定義によって、これも覆われている。

ICD-10 の句の削除から「主観的体験に焦点を置くより広い定義」を導くこの推論は、CDDR の条文からではなく、作成者の解説から来ている。挙げられる例(ストーカー行為、いじめ)は Brewin と Maercker の列挙と同じであり、典拠も同じ Hyland ら 2021 である。そのうえで Hölzel らは総括する。

Mit der neuen Definition eines Traumas in der ICD-11 wird empirischen Befunden Rechnung getragen, dass eine Vielzahl von Ereignissen subjektiv als „extrem bedrohlich“ oder „entsetzlich“ verarbeitet werden können (Hyland et al. 2021).[13]

〔筆者訳〕ICD-11 における外傷の新しい定義によって、多数の出来事が主観的に「極度に脅威的」または「恐ろしい」ものとして処理されうるという実証的知見が考慮されている(Hyland et al. 2021)。

この読みは、作成者の解説と、作成者自身が注に引く Hyland らの実証研究[14]に沿ったものであって、解説書として先走ったのではない。三つの層は同一の実証研究に遡る。先走っているのは、むしろ作成者自身の解説である。条文は、その作成者たちの解説よりも保守的に書かれている。

なお CDDR が本群の「一般的な文化的考慮事項」で認めているのは、曝露の外傷的な影響が文化的解釈に左右されるという文化の水準の意味づけであって、個人の主観的評価ではない[10]

The traumatic impact of certain exposures may be strongly influenced by cultural interpretations. For example, for some cultural groups, exposure to the destruction of religious and holy sites or sacred artifacts may be more stressful than personal trauma. It is the characteristic syndromic response that determines whether a diagnosis of a particular disorder is appropriate.[10]

〔筆者訳〕ある種の曝露の外傷的な影響は、文化的解釈に強く左右されうる。たとえば一部の文化集団にとっては、宗教的な聖地や聖なる器物の破壊への曝露のほうが、個人的な外傷よりもストレスが強いことがある。特定の障害の診断が適切かどうかを決めるのは、特徴的な症候群としての反応である。

文化の水準でも、結語は「症候群としての反応」に戻る。他方で作成者の解説は、DSM-5 との関係について「DSM-5 の診断は外傷曝露の定義がより狭い(A DSM-5 diagnosis has a narrower definition of trauma exposure)」と述べ[11]、ICD-11 の入口を DSM-5 より広いものとして提示している。本村が ICD-11 の A 基準相当部分を「DSM-5 よりも主観的にみえる」と留保つきで評したのは[15]、この三層の事情に見合った表現である。

Berger の教科書における受け止め──主観的評価と客観的基準のあいだ

Hölzel らの解説書は ICD-11 のための書物である。ドイツの精神科医が日常的に手にする総合教科書が本群をどう受け止めているかは、別に確かめる必要がある。Berger の『精神医学と精神療法──精神疾患の臨床と治療』第 7 版(Tebartz van Elst・Schramm・Berger 編、2024 年)の第 15 章「特異的にストレスと関連する障害」は、Frommberger と Angenendt による序節で DSM-5 と ICD-11 とを比較し、同じ両名による心的外傷後ストレス症の節がこれに続く[25]。序節はまず、本群の定義の型を、他の障害と対比して次のように述べる。

Im Unterschied zu den meisten anderen phänomenologisch konzipierten psychischen Störungen sind Störungen wie die PTBS ätiologisch auf ein externes belastendes Ereignis zurückzuführen. […] Das Ereignis ist eine Conditio sine qua non als kausaler Faktor und notwendige, wenn auch nicht hinreichende Bedingung. Viele Individuen entwickeln nach einem Belastungsereignis keine Störung.[25]

〔筆者訳〕現象学的に構想された他の大多数の精神障害とは異なり、PTBS のような障害は、病因論的に外的な負荷となる出来事に帰される。〔中略〕出来事は原因因子としての不可欠の条件(Conditio sine qua non)であり、十分ではないにせよ必要な条件である。多くの人は負荷となる出来事のあとに障害を発症しない。

「現象学的に構想された」障害に対して「病因論的に」定義される障害、という対比は、ICD-11 の本群の性格を、ドイツの教科書がどう見ているかを示している。IV章で述べた「反応の形によって定める」という原理は、ここでは病因論的定義の内側で症状を絞る操作として受け取られている。CDDR の「必要ではあるが十分ではない」は、ラテン語の Conditio sine qua non に置き換えられて、そのまま継承されている。

外傷の定義については、Frommberger と Angenendt は診断基準の節で、出来事の客観的特徴を列挙したのち、次のように書く。

Neben objektiven Charakteristika erhalten damit die subjektive Wahrnehmung und Bewertung des Ereignisses einen wichtigen Stellenwert in der Einschätzung eines Ereignisses als Trauma. Studien weisen darauf hin, dass die subjektiven Bewertungen, die Kognitionen, einen größeren Stellenwert bei der Genese der PTBS einnehmen können als die objektiven Parameter des Traumas. Möglicherweise spielen diese subjektiven Faktoren bei nicht ganz so schweren Traumatisierungen und erhöhter prämorbider Vulnerabilität eine größere Rolle.[25]

〔筆者訳〕したがって、客観的な特徴と並んで、出来事の主観的な知覚と評価が、ある出来事を外傷と見なす判断において重要な位置を占める。諸研究は、主観的な評価、すなわち認知が、PTBS の成立において外傷の客観的なパラメータよりも大きな位置を占めうることを示している。こうした主観的要因は、外傷がそれほど重くなく、病前の脆弱性が高い場合に、より大きな役割を果たすのかもしれない。

そして同じ節の要約は、こう結ぶ。

Die Definition des Traumas unterliegt einem Wandel. Aktuell werden vor allem die objektiven Kriterien für das Trauma berücksichtigt.[25]

〔筆者訳〕外傷の定義は変化の途上にある。現在のところ、考慮されているのは主として外傷の客観的な基準である。

Hölzel らが ICD-11 の外傷基準を「罹患者個人の体験に焦点が置かれ」と読んだのに対し、Berger の教科書は、実証研究が主観的評価の重みを示していることを認めつつ、現行の定義は「主として客観的な基準」に立つと総括する。本章の三つの層に、ドイツの総合教科書は第四の声として加わり、その声は条文の側に立っている。ただし同書が掲げる ICD-11 の診断基準の表には「連邦医薬品医療機器庁/DIMDI の草案、これまでのところ認可された版はない(Entwurfsfassung BfArM/DIMDI; bisher keine autorisierte Fassung)」という注が付いており[25]、ドイツ語圏でも ICD-11 の条文は、本稿執筆の時点で公式訳を待つ状態にある。教科書の記述は、CDDR の英文原典に依っているのではなく、草案の独訳に依っている。

本群を外的要因の必要条件によって定義する型は、専門医試験のための集中講義書である Lieb 編の教科書にも、同じ形で現れる。第 10 版(2023 年)の第 9 章「ストレス関連症群」を執筆しているのは Maercker、Eberle、Frauenknecht であり、すなわち ICD-11 の本群の作業部会長が、ドイツの受験生に向けて書いた章である[26]。第 9 章「ストレス関連症群」の序節は、ストレスが多くの精神障害の発症に先行し、あるいは誘発に寄与するとしても、それらの場合には「外的負荷は精神疾患の出現にとって必要ではない(Äußere Belastungen sind in diesen Fällen jedenfalls für das Auftreten der psychischen Erkrankung nicht notwendig)」と述べたうえで、本群を区別する[26]

Anders verhält es sich bei den stressassoziierten Störungen: Für diese Gruppe von Erkrankungen wird das Einwirken eines äußeren Faktors als notwendige und ursächliche Bedingung für das Auftreten der Symptomatik betrachtet.[26]

〔筆者訳〕ストレス関連症群では事情が異なる。この疾患群では、外的要因の作用が、症状の出現にとって必要かつ原因となる条件と見なされる。

「必要ではあるが十分ではない」の後半、すなわち十分ではないという限定は、ここでは落ちている。ドイツの教科書が本群を受け止める第一の語は、Berger でも Lieb 編の Maercker でも「必要条件」であり、外的要因の必要性による定義──ヤスパースの第一条件──が、本群の性格として最初に教えられている。

ここで見落とせないのは、主観的要因の役割についての最後の一文である。「外傷がそれほど重くなく、病前の脆弱性が高い場合に、より大きな役割を果たす」──これは、誘因が小さいほど人格に重みを置くというシュナイダーの定式(VI章)を、脆弱性の語で言い直したものにほかならない。ドイツの現行教科書は、出典を示さずにシュナイダーの答えを保持している。この点はVI章で再び取り上げる。

開きの意味──落とされた了解の回帰

ここで、この開きが何を意味するかを整理しておく。条文と解説は、同じ実証研究に立ちながら、外傷の判断を置く場所が違う。条文は出来事の性質に置き、解説は本人の体験に置く。本稿の物差しに戻せば、これはヤスパースの第一の条件に付された限定──1913 年の「われわれの了解にとって十分な」誘因──の扱いの違いである。条文は、観察者の了解を要するこの限定を落とし、「極度に脅威的または恐ろしい性質」という出来事の側の語だけを残した。解説は、落とされた限定を「臨床医の判断において、本人によって極度に脅威的または恐ろしいものとして体験された」という語で戻している。作成者が解説で戻し、Hölzel らが解説に従い、Berger が条文に従って割れるのは、落とされたものが消えていないからである。すなわち開きは、条文の欠陥でも解説の逸脱でもなく、国際的に検証できる語だけで書かれた条文と、了解を要する部分を捨てきれない作成者との、避けがたい距離である。I章に述べた本稿の主張──ICD-11 は、確かめるのに了解を要する部分を落とした──は、条文とその作成者の解説とのあいだに、もっとも近い距離で現れている。

この距離が実務に働く範囲は限られている。開きが働くのは入口──いじめや繰り返される辱めのあとの症状を、外傷への反応として扱うかどうか──であって、出口──心的外傷後ストレス症とするか適応反応症とするか──は、VII章に述べるとおり、出来事の重さではなく症状の形で決まる。しかし入口の判断は、診断書を読む側にとって小さくない。CDDR の条文で学んだ臨床医と、作成者の解説や Hölzel らで学んだ臨床医とでは、同じ症状を、前者は適応反応症と、後者は心的外傷後ストレス症と診断しうる。本群の診断書を読む側は、この開きの存在と、それが入口にだけ働くこととを知っておく必要がある。


VI 反応と人格──耐性の問いと、変化の問い

反応概念には、パーソナリティとの関係をめぐる二つの古い問いが付いている。第一は耐性の問いである。同じストレス因に曝されても、発症する人としない人がいるのはなぜか。ドイツ語圏の答えは、体験と人格との対応関係に求められた。シュナイダーの定式は明確である。

Die Reaktionen auf äußere Erlebnisse sind im ganzen mehr übercharakterlich, sind allgemein menschlich: Jeder kann über etwas traurig werden oder vor etwas Angst haben. Allerdings: je geringer der Anlaß ist, der genügte, um zu Traurigkeit oder Angst zu führen, und je abnormer das Ausmaß, das Aussehen, die Dauer dieser Reaktionen oder das sich daraus ergebende Verhalten ist, um so mehr Gewicht ist auf die Persönlichkeit zu legen.[2]

〔筆者訳〕外的体験への反応は、全体としてより性格を超えたものであり、一般に人間的なものである。誰でも何かを悲しみ、何かを恐れることができる。ただし、悲しみや不安に至るのに足りた誘因が小さければ小さいほど、またこれらの反応の程度・様相・持続、あるいはそこから生じる行動がより異常であればあるほど、それだけ人格に重みを置かねばならない。

クレッチマーの「鍵体験(Schlüsselerlebnis)」は、シュナイダーではこの外的体験反応の側ではなく、内的葛藤反応の側で引かれる。

Anschaulich heißt KRETSCHMER so etwas ein „Schlüsselerlebnis“. Haarscharf trifft das Erlebnis gerade den wunden Punkt. Schlüsselerlebnisse verstärken und verhärten innere Konflikte. […] Die inneren Konfliktreaktionen sind an ganz bestimmte Persönlichkeiten gebunden, und zwar wohl stets an sensitive, selbstunsichere.[2][16]

〔筆者訳〕クレッチマーはこのようなものを、目に見えるように「鍵体験」と呼ぶ。体験は髪の毛一筋の精度で、まさに傷ついた点を突く。鍵体験は内的葛藤を強め、硬化させる。〔中略〕内的葛藤反応はまったく特定の人格に、おそらくつねに敏感で自己不確実な人格に結びついている。

耐性の問いへの答えは、したがって二段になっている。外的体験への反応は原則として万人のものだが、誘因と反応の不釣合いが大きいほど人格が前面に出る。内的葛藤反応は最初から人格に結びついている。第二は変化の問いである。長期にわたるストレスへの曝露は、人格そのものを変えるのか。ヤスパースはこれを、一過性の「反応」と区別して「発展(Entwicklung)」と呼び、体験によって形づくられる人格の持続的な変化として位置づけた[1]。シュナイダー自身は、反応が「まれな場合」に無気力の状態として体験を生き延びること、および両群の反応が「異常な体験反応性の発展(erlebnisreaktive Entwicklungen)」に至りうることを、それぞれ一文で認めるにとどめている[2]。1958 年の Venzlaff と 1964 年のフォン・バイヤーらは、この一文を展開した、第二の問いへの答えである。シュナイダー門下の Huber の教科書が、異常体験反応と体験反応性の発展を続けて論じているのは、この二つの問いが一対のものだからである[17]

Huber による継承──変異の次元にとどまる反応

ここで、シュナイダーの異常体験反応が門下の教科書でどう引き継がれたかを確かめておく。Huber の『精神医学』は 1974 年の初版以来版を重ね、筆者が参照する第 7 版(2005 年)はその最終版である[17]。心因反応性障害(psychoreaktive Störungen)の章は、異常パーソナリティの章に続き、神経症性発展と目的反応の節を含む。反応が人格障害の隣に置かれているのは分類の混乱ではない。Huber はこの章の冒頭で、その配置の理由を述べている。

Danach sind erlebnisreaktive, neurotische und psychopathische Persönlichkeitsstörungen den normalen psychischen Äußerungen wesensgleiche Zustände und keine Krankheiten i. S. des medizinisch-naturwissenschaftlichen engeren Krankheitsbegriffs; daher ist eine strenge Trennung von normalen und abnormen Persönlichkeitsvarianten, normalen und abnormen psychoreaktiven Störungen nicht möglich.[17]

〔筆者訳〕それによれば、体験反応性の、神経症性の、および精神病質性のパーソナリティ障害は、正常な心的表出と本質を同じくする状態であって、医学的・自然科学的な狭い意味での病気概念における病気ではない。したがって、正常なパーソナリティ変異と異常なそれ、正常な心因反応性障害と異常なそれとを厳密に分けることはできない。

すなわち教科書の部立てが、II章で見たシュナイダーの二つの次元をそのまま章の順序にしたものである。病気の次元に対して、変異(Variationen seelischen Wesens)の次元に異常パーソナリティ・体験反応・神経症性発展・目的反応が一つの部として並ぶ。三条件はシュナイダーを引いて箇条書きで掲げられ、その格付け──第一は必須、第二は原則として、第三は厳密には妥当せず、間欠的体験反応がある──もそのままである[17]。異常の規定(程度と持続、まれに様相)、正常との流動的移行、判定の観察者依存、誘因が小さいほど人格に重みを置くという定式、鍵体験と内的葛藤反応の結びつきも、第 14 版の S. 20–23 をほぼ字句どおりに継承している。目的反応は独立の群として残り、年金願望・事故・恩給反応と並んで拘禁反応(Ganser 症候群、Puerilismus、Pseudodemenz)がそこに置かれる。1913 年のヤスパースが反応性精神病の学説の基礎とした拘禁精神病は、Huber では「たいていは意識に近い、あるいはまったく計算ずくで演じられた、すなわち偽装された目的反応」として、了解的連関の外縁に移されている[17]。なお Huber が異常体験反応の定義──「体験に対する直接の、基本的な、感情的な応答」──の典拠として挙げるのは『臨床精神病理学』ではなく、シュナイダーの『精神病質人格』第 9 版(1950 年)である[17][21]。反応の定義が、体験反応論の書物ではなく人格論の書物から引かれている。これはシュナイダー自身の振り分けに沿っている。第 9 版の序言(1949 年 11 月)は、精神病質人格の身体的基礎や分類について「より厳密に、すべてにわたって述べられている」のは『臨床精神病理学』だと断っており[21]、定義は『精神病質人格』に、基準とその検討は『臨床精神病理学』に、という Huber の二重の典拠は、二冊の役割の違いをそのまま映している。

継承のうえに、三つの発展がある。第一は連続体の定式である。

Normale und abnorme seelische Reaktionen sind in dieser Sicht als Kontinuum anzusehen, das von den unmittelbaren (akuten), mehr übercharakterlichen oder mehr charakterogenen Erlebnisreaktionen über die einfachen (nichtneurotischen) erlebnisreaktiven Entwicklungen und persistierenden Persönlichkeitsänderungen (nach Extrembelastung) bis zu den verschiedenen Typen neurotischer Entwicklungen und den Tendenzreaktionen reicht.[17]

〔筆者訳〕正常な心的反応と異常な心的反応は、この見方では一つの連続体と見なされる。それは直接の(急性の)、より性格を超えた、あるいはより性格に由来する体験反応から、単純な(非神経症性の)体験反応性発展と(極端な負荷後の)持続的パーソナリティ変化を経て、さまざまな型の神経症性発展と目的反応にまで及ぶ。

「極端な負荷後の持続的パーソナリティ変化」が、急性の体験反応と神経症性発展のあいだに、連続体の一区間として組み込まれている。シュナイダーが「まれな場合」と一文で片づけたものが、ここでは体系の正規の位置を得ている。III章に見た修正は、Huber の教科書では済んだ事柄として書かれている。

第二は、ストレス概念の取り込みである。Huber は内因精神病の誘因(life events)について述べたことを引き継いで、体験の「主観的な重み」を脆弱性ストレスモデルと Selye のストレス概念の語で言い換える。

Bedeutsam für den Stressorcharakter ist weniger der objektive Tatbestand als die subjektive Einschätzung.[17]

〔筆者訳〕ストレス因としての性格にとって重要なのは、客観的な事実よりも主観的な評価である。

「ストレス因の蚊がストレス因の象になりうる(Aus einer Stressor-»Mücke« kann ein Stressor-»Elefant« werden)」という比喩がこれに続く。V章で扱った Brewin & Maercker の解説──臨床家の判断において、その人が極度に脅威的あるいは恐ろしいものとして経験した出来事──は、実質的にこれと同じ命題である。ICD-11 の主観的側面の強調がシュナイダーに通じるという本稿の見方は、シュナイダー門下の教科書がストレス因の語彙で先に言っていたことになる。

第三は、誘因の語である。「(正常であれ異常であれ)体験反応は、十分な動機(ein zureichendes Motiv)がつかめるときにのみ認めてよい」[17]。ヤスパースの 1913 年の「われわれの了解にとって十分な」の zureichend が、Huber では誘因(Anlaß)ではなく動機(Motiv)に付いて生き残っている。相応性の要件は、出来事の大きさから、動機として了解できるかどうかへ移っている。この点はVII章で再び取り上げる。

ICD-10 との対照において Huber は一つずつ留保を付けている。抑うつ反応は社会機能の障害があるときにのみ F43.2 に当たり、性格を超えた抑うつ反応には ICD-10 の言う人格的素因は必須でない。驚愕反応は F43.0 と F43.1 に対応するが、原始的な関係反応には ICD-10 に居場所がない[17]。この留保の仕方そのものが、反応概念と操作的分類との距離を測っている。

耐性の問いに対するドイツの現行教科書の答えは、V章の Berger の節の末尾に見た一文に尽きるのではない。Berger の教科書の病因論の節は、遺伝的要因について次のように述べる[25]

Untersuchungen an Veteranen des Zweiten Weltkriegs ergaben, dass bei der Entstehung einer PTBS-Symptomatik bei denjenigen, die eher leichteren Belastungen ausgesetzt waren, genetische Faktoren eine besondere Rolle spielten. Bei besonders gravierenden Stressoren war dagegen die Manifestation weitgehend unabhängig von der Familienanamnese für psychische Störungen.[25]

〔筆者訳〕第二次大戦の退役軍人を対象とする研究は、比較的軽い負荷にさらされた人々における PTBS 症状の成立には、遺伝的要因が特別な役割を果たしたことを示した。これに対して、とりわけ重大なストレス因の場合には、発現は精神障害の家族歴からおおむね独立していた。

誘因が小さいほど素因が前面に出、誘因が大きいほど素因は問われない。シュナイダーが人格について述べた二段の定式は、ここでは遺伝的要因について、退役軍人の研究を根拠に述べ直されている。同じ節はさらに、重い負荷が累積すると「積み木効果(Baustein-Effekt)」が生じ、十分な「用量(Dosis)」に達したのちに外傷後の障害に至る確率が高まるという仮説を紹介する[25]。出来事の側の用量と人の側の脆弱性とを互いに補い合う量として扱うこの見方は、耐性の問いへの現代の答えであり、答えの構造はシュナイダーと変わっていない。変わったのは、人格の代わりに遺伝子と脆弱性が置かれたことである。

もっとも、人格の語そのものも消えたわけではない。Lieb 編の教科書の第 9 章──前章に述べたとおり Maercker らの執筆である──は、ストレスとなる生活上の出来事への反応がほとんどの人では持続的な障害なしに済むことを述べたのち、そうならない人がいる理由をこう説明する[26]

Dies hängt teilweise vom Ausmaß des Ereignisses ab, aber auch von der individuellen Belastungsgrenze. Diese wiederum wird von Faktoren wie der Persönlichkeitsstruktur und der Vulnerabilität, von entwicklungsgeschichtlichen Aspekten und vom verfügbaren sozialen Netz beeinflusst.[26]

〔筆者訳〕これは一部には出来事の程度によるが、個人の負荷の限界にもよる。この限界はまた、パーソナリティ構造や脆弱性、発達史上の側面、利用できる社会的ネットワークといった要因に影響される。

出来事の程度と個人の負荷の限界。その限界を左右する要因の筆頭にパーソナリティ構造が置かれている。同じ序節は、出来事への認知的評価が「負荷の程度とは独立に(unabhängig vom Ausmaß der Belastung)」まったく異なりうること──脅威として、あるいは挑戦と機会として──を、反応の基本現象の一つに数えている[26]。専門医試験のための教科書は、耐性の問いに対して、シュナイダーの答えをもっとも簡明な形で保っている。しかもそれを書いているのは、Tyrer 編の解説書で「個人の属性・環境資源・生物学的変数から生じる複数の危険因子と回復因子」と述べ、パーソナリティを名指さなかった当の Maercker である。国際分類の作成者として書くときには危険因子の語の陰に置かれた人格が、ドイツの教科書の著者として書くときには要因の筆頭に戻っている。

ICD-11 は、この二つの問いに対して、いずれも慎重な立場をとった。耐性については、ストレス因が「必要ではあるが十分ではない」と述べ、「ストレス因を経験した人の大多数は障害を発症しない」と記すにとどまり、なぜ発症するかを診断要件に書き込まない[10]。作業部会長の解説は、個人の属性・環境資源・生物学的変数から生じる複数の危険因子と回復因子の重要性を認める、と述べるが、パーソナリティを説明の軸として名指すことはない[11]。変化については、IV章に述べたとおり、F62.0 の因果的定義を手放し、複雑性心的外傷後ストレス症を症候群として定義した。パーソナリティ症との境界について、解説は症状の持続期間(一般に 2 年以上)とストレス因との結びつきの有無で線を引き[11]、条文は持続期間を挙げず、外傷想起の回避と現在の脅威の感覚の有無、および自己像の安定性で区別する[10]

Personality Disorders are also typified by pervasive problems in functioning related to the self and interactions with others. They differ in that the presence of the symptoms must have persisted over an extended period (generally 2 years or more) and is not specifically tied to a traumatic stressor. Symptom duration may be shorter in Complex PTSD, which also, unlike Personality Disorders, requires the presence of a traumatic stressor and consequent PTSD symptoms.[11]

〔筆者訳〕パーソナリティ症もまた、自己および他者との相互作用に関わる機能の広範な問題によって特徴づけられる。パーソナリティ症が異なるのは、症状の存在が長期間(一般に 2 年以上)持続していなければならず、外傷的ストレス因に特定して結びついていない点である。複雑性 PTSD では症状の持続期間はより短いことがあり、また複雑性 PTSD は、パーソナリティ症とは異なり、外傷的ストレス因の存在とそれに続く PTSD 症状を要件とする。

Many individuals with personality disorder have a history of traumatic events, particularly in childhood, and affective dysregulation can be a feature of both complex PTSD and personality disorder, particularly personality disorder with borderline pattern. However, there are several ways in which the specific symptom profiles of the two disorders differ. Avoidance of trauma-related reminders and a heightened sense of current threat are not diagnostic features of personality disorders. […] Individuals with complex PTSD tend to manifest a stable but persistently negative self-view, in contrast to personality disorder in which an unstable sense of self is more common.[10]

〔筆者訳〕パーソナリティ症をもつ人の多くは、とくに児童期の外傷的出来事の既往をもち、感情調節の障害は複雑性 PTSD とパーソナリティ症、とりわけ境界性パターンをもつパーソナリティ症の双方の特徴でありうる。しかし両障害の特異的な症状プロフィールはいくつかの点で異なる。外傷を想起させるものの回避と、現在の脅威の感覚の亢進は、パーソナリティ症の診断上の特徴ではない。〔中略〕複雑性 PTSD をもつ人は安定した、しかし持続的に否定的な自己像を示す傾向があり、これに対しパーソナリティ症では不安定な自己感覚のほうが多い。

境界性パターンとは、いずれも自己概念の安定性と対人関係の型で区別される。ここでも解説のほうが条文より一歩踏み込んでおり、「2 年以上」という期間は条文にはない。

すなわち ICD-11 は、反応の形は精密に記述しながら、反応と人格との関係については記述を控えた。クレッチマーやシュナイダーが体系の中心に置いた問いは、ICD-11 では「危険因子」という語の陰に置かれている。


VII 相応性と補償──鑑定にだけ戻る出来事の物差し

II章の引用に戻ると、見落とせない一語がある。ヤスパースの第一の条件には誘因についての限定が付いている。初版では「われわれの了解にとって十分な(ein für unser Verständnis zureichender)」、第 7 版の英訳では「相応なものとして受け入れうる(has to be one which we can accept as adequate)」である[1][20]。シュナイダーの要約──「反応状態はその原因となる体験がなければ生じなかったであろう」──にはこの限定がない。そのかわりシュナイダーは、異常か否かの判定を「観察者と、彼による原因の評価」に委ね、「誘因が小さければ小さいほど、反応が異常であればあるほど、人格に重みを置かねばならない」と書く[2]。すなわち両者は第一の条件からして違う。ただし違いの所在は、初版の文言を見ると、英訳から受ける印象より正確に定まる。ヤスパースの「十分」は初版においてすでに「われわれの了解にとって」と相対化されており、出来事の客観的な釣り合いを求めているのではない。それでもヤスパースは、誘因が了解にとって十分であることを反応の側の要件とし、了解の届かない場合を真の反応の外に置く。シュナイダーは同じ了解の不足を、反応の外に出すのではなく、人格の側で引き受ける。誘因が小さく見えるほど人格に重みを置く、とはそういうことである。相応でない反応を人格の問題として受け止める道を開いたのは、シュナイダーである。筆者の見るところ、これは臨床を続けた者と思弁の世界へ入っていった者との違いであり、同じ違いは、臨床医として書かれた初版と大改訂後の版とのあいだにも現れている〔第 7 版独文要確認〕。

この違いは、筆者にとって理論上の問題ではなかった。知的発達症や自閉スペクトラム症の患者を数多く診てきた立場から言えば、「相応な」誘因という条件は、そのままでは使えないか、差し引いて考えねばならない。彼らにとっての出来事の重さは、定型的な発達をした観察者が想定する重さと一致しない。ここで相応性を要件に立てれば、心因反応の診断はできなくなる。まして DSM や ICD-10 における心的外傷後ストレス症・急性ストレス反応の定義──「ほとんどすべての人に深い絶望を引き起こすであろう」出来事、あるいは限定して列挙された出来事──は、そのままでは適用できない。筆者はシュナイダーに戻って診断をつけていた。誘因が観察者の目に小さく見えるほど、その人の側──ここでは神経発達の条件──に重みを置き、観察者による原因の評価を、その人の世界がどう組織されているかの知識によって補正する。ヤスパースの「相応」を「この人にとって相応」と読み替えることが、この臨床では避けられなかった。

ICD-11 をこの経験から見直すと、V章で述べた条文と作成者の開きが働く範囲は、入口に限られることが分かる。ICD-11 において心的外傷後ストレス症とするか適応反応症とするかは、出来事の重さではなく症状によって明確に規定されているからである──ストレス因へのとらわれと、いま・ここでの再体験とは別のものであり、これに回避と脅威の感覚が加わる。ドイツの症例集もこの区別を鑑別の決め手として用いている[18]。しかし実際には、とらわれと再体験の区別がむつかしい場合があり、仕事上のストレス因が関わっていれば、職場や仕事内容の多少の回避も、過緊張もありうる。筆者は、適応反応症と心的外傷後ストレス症とは程度の差(グラデーション)の問題だと考えている。この見方は、概念の系譜からも支えられる。Maercker が 2007 年に提案した適応反応症の基準は、侵入思考・回避・適応の失敗の三群からなり、その侵入思考は「心的外傷後ストレス症にみられるものと類似」するとされていた[8][15]。ICD-11 の最終文言はこの「侵入思考(intrusions)」を「とらわれ(preoccupation)」に書き改めた[15]。適応反応症は、その出自においてすでにストレス反応症候群の弱い型として構想されており、心的外傷後ストレス症との境界は、症状の語を選び直すことによって引かれたのである。

この境界がなぜ必要とされたかを考えると、心的外傷後ストレス症という概念の発端にあった、米国における退役軍人への補償の問題に行き当たる[7][19]。補償の制度は、補償されるべき状態とされるべきでない状態とのあいだに、明確な線を要求する。筆者の考えでは、この補償の問題がなければ、シュナイダーの異常体験反応──そしてその異常は体験にかかるのではなく、反応の仕方にかかるという規定──で、医療的には十分である。シュナイダー自身、異常体験反応の異常を「並外れた強さ、そこには誘因との関係における不釣合いも数えねばならない、あるいは持続や様相の異常、あるいは異常な行動」に置いている[2]。不釣合いは反応の異常を記述する語であって、体験を選別する語ではない。ただし補償の問題はシュナイダーの体系にも影を落としており、彼は「年金願望反応(Rentenwunschreaktion)」を目的反応(Zweckreaktion)として体験反応から切り離している[2]。補償は体験反応の概念を外から歪めたのではなく、その境界を内側から定めてきた。II章で見たように、ヤスパースの 1913 年の反応概念そのものが、拘禁精神病と年金神経症を素材とし、年金への願望や赦免への願望を了解的連関の「特殊な形」として内側に含んでいた[1]。ドイツでは迫害被害者の補償が学説の修正を強い(III章)、米国では退役軍人の補償が新しい診断を生んだ。反応概念史は、その起点と二つの転換点のいずれにおいても、補償の場に立っている。

このことを、Huber の教科書の目的反応の節ほど端的に示すものはない。年金神経症について Huber は、その成立と様相には「客観的な事故の経過ではなく、主観的な事故の処理が決定的である」と書く。ところが同じ頁で、補償義務のある因果関係の手がかりについては、こう書く。

Anhaltspunkte für einen entschädigungspflichtigen Kausalzusammenhang, z. B. mit einem Unfalltrauma, sind um so eher gegeben, je massiver das Ereignis war und je stärker beeinträchtigend sich die geltend gemachten psychischen Störungen in der konkreten Alltagsgestaltung auswirken und je deutlichere Unterschiede zwischen prä- und posttraumatischem psychosozialem Funktionsniveau feststellbar sind.[17]

〔筆者訳〕たとえば事故外傷との、補償義務のある因果関係の手がかりは、出来事が大規模であればあるほど、主張される心的障害が具体的な日常生活を強く損なっていればいるほど、外傷前と外傷後の心理社会的機能水準の差が明瞭に確認できればできるほど、それだけ与えられやすい。

臨床では主観的な評価、鑑定では出来事の客観的な大きさ。出来事の大きさという物差しは、補償の場でだけ再登場する。この分業は 2005 年の Huber に限らない。Berger の教科書第 7 版は、一方で「WHO の ICD は保健制度において有効な参照体系であるから、日常臨床では優先される体系である(Da die ICD der WHO das gültige Bezugssystem im Gesundheitswesen darstellt, ist sie das bevorzugte System im klinischen Alltag)」と述べ[25]、他方で診断基準の節の冒頭にこう記す。

Ein Großteil der internationalen Forschung ist am DSM orientiert und hat auch in Europa und Deutschland einen hohen Stellenwert. Das gilt auch für die Begutachtung im deutschen Rechtssystem, wo im Bereich der stress- und traumabezogenen Störungen häufig auf die DSM-5-Kriterien zurückgegriffen wird.[25]

〔筆者訳〕国際的な研究の大部分は DSM に準拠しており、ヨーロッパとドイツにおいても高い位置を占めている。それはドイツの法制度における鑑定にも当てはまり、ストレス・外傷関連障害の領域では、しばしば DSM-5 の基準に立ち戻ることが行われている。

臨床は ICD-11 で、鑑定は DSM-5 で。V章に見たとおり、ドイツの教科書自身が ICD-11 の外傷定義を「主として客観的な基準」と読んでいるにもかかわらず、鑑定の場ではさらに狭く、四種の出来事を限定して列挙する DSM-5 の基準が選ばれる。補償の場が出来事の大きさという物差しを要求するという Huber の観察は、二十年後の教科書で制度の記述として確認されている。そして Huber は、補償が反応を固定することを、大西洋の両岸の対比で述べる。

Infolge einer solchen Einstellung gab es in den USA noch lange Zeit nach dem Zweiten Weltkrieg eine große Zahl von berenteten, jahrelang behandelten Patienten mit Kriegsneurosen, die infolge einer ärztlichen Fehleinschätzung in ihrem subjektiven Krankheitsbewußtsein verharrten, während bei uns ähnlich strukturierte Neurosen, z. B. die »Schüttelneurosen« des Ersten Weltkriegs, mit dem Wegfall der Rentengewährung praktisch verschwanden.[17]

〔筆者訳〕このような態度の結果、米国では第二次大戦後も長いあいだ、年金を受け、何年も治療された戦争神経症の患者が多数存在し、彼らは医師の誤った評価のために主観的な病識のうちにとどまり続けた。一方われわれのもとでは、同じ構造の神経症、たとえば第一次大戦の「震顫神経症」は、年金支給の停止とともに事実上消滅した。

これは、米国の退役軍人の線に対する、ドイツ語圏の伝統からの明確な対抗評価である。英語圏の心的外傷後ストレス症の歴史叙述が、通例、英国のシェルショックから米国の退役軍人と DSM-III へと進み、ドイツ語圏の反応概念に触れないのと同じだけ、ドイツ語圏の教科書は米国の線を「医師の誤った評価」として見ている。二つの伝統は、同じ現象を、補償に対する正反対の態度から記述してきた。ICD-11 の複雑性心的外傷後ストレス症は、この二つの線がはじめて一つのカテゴリーに合流した地点である。

それでは、臨床は ICD で鑑定は DSM-5 でという分業は、避けられないものなのか。制度の側から見るかぎり、当面はそうならざるをえないと筆者は考える。理由は二つある。第一に、補償や責任の判断は、争いうる出来事が「あったかどうか」を第三者が検証できる形で切り出すことを求める。四種の出来事を限定して列挙し、曝露の経路まで定める DSM-5 の A 基準は、鑑定人にとって該当か非該当かを答えやすい道具であり、ICD-11 の「極度に脅威的または恐ろしい」は、条文そのものが出来事の側の語で書かれていても、作成者の解説が主観的体験に寄せているぶん、争いの場では弱い。第二に、実証研究と評価尺度の大半が DSM を基準に作られてきたという事情がある。Berger の教科書が「国際的な研究の大部分は DSM に準拠」と書くのはこのことであり、鑑定書が研究の数字を引くとき、参照体系は自然に DSM になる。

しかしこれは分業であって、解決ではない。出来事の大きさという物差しが補償の場でだけ再登場するのは、その物差しを要る理由が臨床にも精神病理学にもなく、制度にあるからである。そして制度が出来事の側に線を要求するからこそ、精神病理学の側は、その線の手前で何が起きているか──同じ出来事がある人には外傷となり、ある人にはならない理由──を記述する責任を免除されない。ストレスを受ける主体としての人格の問題は、概念として、精神病理学として論じるかぎり、無視することができない。ドイツの現行教科書がその問いを捨てていないことは、前章に見たとおりである。Berger は遺伝的要因と脆弱性の語で、Lieb 編の教科書では Maercker 自身が端的にパーソナリティ構造の語で、誘因が小さいほど人の側に重みがかかるというシュナイダーの定式を保っている。分類は沈黙し、教育は答え、鑑定は出来事の側だけを見る。三つの態度が同じ国で並存しているのが現状であり、本稿が反応概念の系譜を辿ってきたのは、この並存のなかで精神病理学が引き受けるべき部分を見定めるためであった。


結語

日本の精神医学はこの反応概念を、ドイツ語圏から直接に受け継いだ。ICD-9 が「急性ストレス反応」と「不適応反応」を分けたとき、世界精神医学会と WHO の分類会議の双方で委員を務めていた加藤正明は、日本の精神医学はドイツの影響を最も強く受けており、「心因反応という項があれば足り、混乱がないように思われる」と述べている[15]。半世紀を経て、ICD-11 の本群は、その心因反応の論理をむしろ体系の中心に据え直した。ただし、その中心に置かれたのは反応の形であって、反応と人格との関係ではない。加藤が「心因反応という項があれば足りる」と言ったとき、そこには人格との対応関係が当然のこととして含まれていた。ICD-11 はその半分だけを受け取ったことになる。

ICD-11 のストレス因関連症群は、出来事の大きさではなく反応の形によって定め、正常な反応との境界を体系の内部に引くという点で、ヤスパース・シュナイダー以来の反応概念に忠実である。ただし disorder という語は、シュナイダーが「病気」の語を退けた異常の次元を、病気の次元とともに一つの語のもとに収めており、この語の幅そのものが両者の距離を示している。人格変化の系譜からは現象を受け継ぎ、因果的な定義は手放した。外傷の定義をめぐる条文と作成者の解説との開きは、条文が落とした「了解にとって十分な」誘因という限定を作成者が解説で戻したものであり、その開きが働くのは診断の入口に限られる。そして反応と人格との関係という、ドイツ語圏の伝統が体系の中心に置いた問いについては、沈黙している。この沈黙は欠陥というより、国際的に使用できることを優先した分類の特性であり、その限界である。ICD-11 が本群で残したのは、どの国の臨床医が見ても同じように確かめられる部分──反応の形、すなわち症状の性質・パターン・持続──であり、落としたのは、確かめるのに伝統と訓練を要する部分──了解的連関、人格との対応、観察者の評価──である。国際的に使えるということは、後者を体系から外すことと引き換えにしか得られない。条文は国際的に使える最小限を書き、作成者は解説で落としたものを補い、各国の教科書はさらに自国の伝統の語でその余白を埋める。Maercker が Tyrer 編では「危険因子」と書き、Lieb 編では「パーソナリティ構造」と書いたのは、国際版と自国版とで書けることが違うということである。臨床は ICD-11 で、鑑定は DSM-5 でという分業は、制度の側から見るかぎり当面は避けがたい。しかし分業は、ストレスを受ける主体としての人格の問いを、精神病理学から免除するものではない。日本の側から見れば、CDDR の日本語版が出たあとに、シュナイダー以来の反応概念の語でその余白を埋める仕事が残っている。その先を考えるのは、反応概念を原体験としてもつ側の仕事である。

編集注記 — Nota editoris

Draft v0.14(2026 年 9 月)。v0.2 の変更:II章を「病気の次元と異常の次元」に書き改め、V章第一項と結語の「疾患」の語を訂正し、VII章の鍵体験の位置づけをシュナイダー第 14 版 S. 22 に合わせた。v0.3 の変更:II章に、シュナイダーによるヤスパース三条件の検討(第一のみ無条件、第二・第三は緩和、間欠的体験反応)を加え、二つの前提の帰属を訂正した。V章第三項に、適応反応症と心的外傷後ストレス症を三条件に照らした整理を加えた。v0.4 の変更:引用文(ヤスパース英訳、シュナイダー独文、CDDR 英文、Brewin & Maercker 英文、Hölzel 独文)を原文と筆者訳の併置に改めた。ヤスパース[1]は英訳 p. 392 から引き、独語原典の頁は未照合〔要確認〕。v0.5 の変更:VIII章「相応性の問題」を新設(ヤスパースの adequate とシュナイダーの相対化、知的発達症・自閉スペクトラム症の臨床経験、ICD-11 条文と作成者解説の落差の再解釈)。旧VIII章をIX章とした。VIII章は筆者の口述をもとにした草稿であり、筆者自身の筆で書き直されるべき箇所である。v0.6 の変更:VIII章後半を、条文と作成者の落差を主題とする形から、適応反応症と心的外傷後ストレス症のグラデーション、および補償問題(米国の退役軍人、シュナイダーの目的反応、ドイツの迫害被害者補償)を主題とする形に書き改めた。[18][19]を追加。v0.7 の変更:ヤスパース[1]を初版(1913 年, S. 159–164)に改め、II章に初版の真の反応の規定(S. 160)と総括(S. 164)を独文と筆者訳で掲げ、第 7 版英訳の総括を[20]として併置した。両版を本文に並べるのは筆者の方針であり、完成時に冗長であれば英訳側を注に回す。II章に、初版における反応概念の位置(了解的連関の節、系列)、拘禁の例、目的精神病と拘禁精神病・年金神経症の起点、突発的体験と持続する運命の区別、後作用を加えた。VIII章第一段落を初版の文言(für unser Verständnis zureichend)に即して書き改め、補償論の結びを起点にまで遡らせた。〔要確認〕第 7 版の独文で誘因の限定がどう書かれているか(zureichend が残るか、adäquat 等に改められたか)。〔要確認〕和訳二種(初版の訳、改訂版の訳)の書誌と底本。v0.8 の変更:紀要の様式で HTML 化し、目次ページに草稿として掲げた。本文は v0.7 と同じ。今後の予定:(1)III章を「補償の場──三つの時期」として書き改める。第一期(1884 年の災害保険法、Oppenheim の外傷性神経症、年金闘争神経症、1913 年のヤスパースの目的精神病、1916 年のミュンヘン戦時会議、1926 年の帝国保険庁原則決定)、第二期(連邦補償法、迫害被害者鑑定、Venzlaff 1958、Kolle 1958、von Baeyer 1957・1961・1964、Eissler 1963、Niederland・Eitinger・Krystal)、第三期(退役軍人と DSM-III)、第四期(1992 年の F62.0 と Herman の複雑性 PTSD、ICD-11 6B41 での合流)。ドイツ語圏の線と英語圏の線を並行して記述し、現在VIII章後半にある補償論をそこへ移す。Venzlaff 1958 は入手次第、定義箇所を転記して組み込む。(2)〔v0.9 で実施〕VII章に Huber の節を設けた。(3)英語圏の PTSD 史(Horwitz、Young、Shephard、Lerner)がドイツ語圏の反応概念と戦後の鑑定論争をどこまで扱っているかの照合。Horwitz については各章の要約(筆者作成)に基づきVIII章に加筆した。原著の索引で Jaspers、Schneider、Venzlaff、von Baeyer、F62.0 の有無を確認し、引用する文は英文原文と筆者訳の対で置き換える〔要確認〕。Young、Shephard、Lerner は未照合。v0.9 の変更:Huber『精神医学』第 7 版(2005 年)S. 451–457、465–466、515–517 を筆者所蔵本から転記し(yrid: Huber_Psychiatrie7_Psychoreaktive_S451-457_465-466_515-517.docx)、VII章に節「Huber による継承」を新設、III章に S. 465–466(F62.0 の節、迫害症候群、シュタージ迫害症候群)、II章に S. 451 の Störung の語についての一節、VIII章に S. 515・517(鑑定における出来事の大きさ、米国の戦争神経症についての評価)を加えた。Huber の文献表により[2]第 14 版の刊行年を 1992 年と確定し、[17]の書誌を確定した。Huber が引く文献は、文献表(S. 751、768–770)により次のとおり確認した:(80) Schneider, Klinische Psychopathologie, 14. Aufl. 1992; (590) v. Baeyer/Häfner/Kisker 1964; (599) Eggers C., Psychische Folgeschäden nach Lagerhaft in der 3. Generation, Dtsch Ärztebl 1990; (632) Lungershausen E., Vahar-Matiar H., Erlebnisreaktive psychische Dauerschädigungen nach Kriegsgefangenschaft und Deportation, Nervenarzt 1968; 39: 123–126; (634) Matussek P., Psychische Schäden bei Konzentrationslagerhäftlingen, in: Psychiatrie der Gegenwart, 2. Aufl., Bd. III: 387–427; (640) Peters U. H., Die psychischen Folgen der Verfolgung. Das Überlebenden-Syndrom, Fortschr Neurol Psychiat 1989; 57: 169–191; (655) Schneider K., Die psychopathischen Persönlichkeiten, 9. Aufl., Wien: Deuticke 1950; (665) Winkler P., Grundlagen der psychiatrischen Begutachtung der sog. »Rentenneurosen«, Versicherungsmed 1998; 50: 219–225。III章の改稿にあたり Matussek と Peters を加えるかどうかを判断する。〔要確認〕S. 466 冒頭の数行(スキャンの不鮮明な箇所)。[7]Horowitz の序文(VA/DoD ガイドラインの短期治療への偏りが予算と兵員維持の要請によると述べる箇所)をVIII章の補償論に引くかどうか〔要検討〕。公開前に残る作業:[3]Venzlaff 1958 の正確な書名・出版社〔要確認〕。[4]の引用箇所の頁〔要確認〕。[5]Eissler 1963 の頁〔要確認〕。[16]Kretschmer の「鍵と錠」の初出箇所〔要確認〕。[17]Huber の教科書の版と節題〔要確認〕。フォン・バイヤーの Nervenarzt 論文(1957 年「Die Freiheitsfrage in der forensischen Psychiatrie mit besonderer Berücksichtigung der Entschädigungsneurosen」、1961 年「Erlebnisbedingte Verfolgungsschäden」)をIII章に加えるかどうかの判断〔要確認〕。完成時にこの注記を削除する。v0.10 の変更:CDDR(bulletin/CDDR.pdf)と Tyrer 編第 5 章の英文原文を照合し、条文と解説の対照を英文原文と筆者訳の対で本文に組み込んだ。IV章に 6B43「正常との境界」(p. 353)と QE84 必須要件(p. 362)、V章冒頭に本群の原理を述べる CDDR p. 337 の一段落、V章第三項に 6B43 必須要件(p. 352)、第四項に 6B41 必須要件(p. 344)と解説の EPCACE 段落(p. 62)、VI章に 6B43 側の境界条文(p. 354)、解説の「正常および他の障害との関係」(p. 60)、文化的考慮事項(p. 338)、解説の DSM-5 との関係(p. 60)、VII章にパーソナリティ症との境界の条文(p. 348)と解説(p. 62)を加えた。既存の四つの英文引用(CDDR p. 339・p. 343、解説 p. 59・p. 61)は原文と一致することを確認した。VII章の「2 年以上」は解説にのみある文言なので出典を[11]に改めた。解説 p. 59 の当該文の注が Hyland ら 2021[14]と Brewin ら 2019 BMJ であることを確かめ、後者を[24]として加えた。[10][11]の書誌に引用頁を補った。v0.11 の変更:Berger『精神医学と精神療法』第 7 版(Tebartz van Elst・Schramm・Berger 編)第 15 章の序節(15.1)と心的外傷後ストレス症の節(15.2.1–15.2.4)の筆者による原訳(yrid: Elstkap15.1StressIntro原訳.docx, ElstKap15.2.3PTSDSymptomatik原訳.docx)をもとに、[25]として組み込んだ。II章に ICD-10 と神経症概念の連関(S. 528)、III章にフォン・バイヤー 1964 の現在の位置づけと生存者の追跡調査(S. 530–531)、VI章に新節「Berger の教科書における受け止め」(S. 528 の病因論的定義、S. 534 の主観的評価、S. 535 の要約と ICD-11 草案の注)、VII章に退役軍人研究と積み木効果(S. 535)、VIII章に臨床=ICD・鑑定=DSM-5 の記述(S. 530, 534)を加えた。[25]の書誌(第 7 版、2024 年、編者三名、15.1・15.2 とも Frommberger と Angenendt の執筆、15.1 は S. 527 から)は筆者所蔵本の扉と章扉により確定した。引用頁は原訳の欄外表示 528L–536R による。なお同章 15.5 適応反応症(S. 565–572)は Bachem・Maercker・Linden の執筆で、15.5.7 に憤懣反応(Verbitterungsreaktionen)の節をもつ。本稿では引かなかったが、主体の側の体験によって定義される反応の例として、改稿時に照合する価値がある。同書 15.2.3 の型分類(Typ I–IV)と 15.2.4 以下の神経生物学の記述は本稿の主題外として採らなかった。v0.12 の変更:Hölzel ら[13]の第 10 章を原典(筆者訳 PDF、独文併記)で照合し、二つの引用の頁を S. 180(主要な変更点)と S. 183(外傷基準)に確定、その間に外傷基準の項(S. 183)の原文を補った。Lieb 編の教科書第 9 章(Maercker, Eberle, Frauenknecht 執筆)序節(9.1 Einführung)の筆者による原訳(yrid: LiebKapStress9.1入門原訳.docx)をもとに[26]として組み込み、VI章の Berger 節末尾に本群の定義の型(必要条件)、VII章に個人の負荷の限界とパーソナリティ構造の一節を加えた。[26]の書誌(第 10 版、2023 年、第 9 章 S. 297–315、執筆者 Maercker・Eberle・Frauenknecht)は筆者所蔵本の章扉により確定した。Lieb 第 9 章の他の節(9.2 以下)は未照合。v0.13 の変更:VIII章末尾に、臨床=ICD・鑑定=DSM-5 の分業が当面避けがたい理由と、それが精神病理学に人格の問いを免除しないことを述べる二段落を加え、結語をこれに合わせて書き改めた。さらに結語に、ICD-11 の沈黙を「国際的に使用できることを優先した分類の特性であり限界」と位置づける一段を加えた。要旨・Abstract・index の抄録をこれに同調させた。

v0.14 の変更(2026 年 9 月):批評会において、目的と問いが途中で増殖して読者が何を証明する論文かを見失うこと、歴史記述と分類学的分析とが混在して ICD-11 の分析に至るまでの負荷が大きいこと、条文と解説の開きの分析は優れているがその意味が結語で整理されていないことが指摘された。三つの指摘はいずれも、本稿の主張が結語で初めて言い切られ、冒頭に置かれていなかったことに帰着すると判断し、次のように改めた。(1)I章に主張を一文で置き、ヤスパースの三条件を全篇の物差しとして宣言し、三部構成を予告した。図 1(三条件の格付けの変遷)を新設した。(2)章構成を三部に改めた。第一部=II・III章(概念史)、第二部=IV・V章(ICD-11 の分析)、第三部=VI・VII章(精神病理学的含意)。旧III章と旧IV章を「III 第三の条件の放棄──二つの系譜」に統合し、旧VIII章末尾の Horwitz の二段落と「二つの放棄の合流」の段落をそこへ移した。旧IV章の比例判断の条文はIV章第一項の直後へ移した。旧IX章「日本の精神医学にとっての意味」は結語に吸収した。(3)II章を減量した。第 7 版英訳の総括は文献[20]に、シュナイダーの内因性精神病の要請と信仰告白の引用は新設の注[27]に移し、ICD-9/ICD-10 の骨格の説明を短くした。(4)V章末尾に節「開きの意味──落とされた了解の回帰」を新設し、条文と解説の開きを、条文が落とした「了解にとって十分な」誘因という限定の作成者による回帰として位置づけ、その働く範囲が入口に限られることを述べた。これに伴い、旧VI章「実務に直結する」、旧VIII章「実務上は大きな問題ではない」、旧結語「実務上見過ごせない開き」という三箇所の食い違いを解消した。(5)章参照をすべて新番号に改め、文献欄の引用箇所を付け直した。文献[24](Brewin ら 2019)が v0.10 の注記にありながら文献欄に欠けていたので補い、[25]の重複登録を一本にした。要旨・Abstract・index の抄録を新構成に同調させた。

Bibliographia
文献
[1] Jaspers K. Allgemeine Psychopathologie. Ein Leitfaden für Studierende, Ärzte und Psychologen. Berlin: Springer, 1913, Abschnitt 2 „Verständliche Zusammenhänge bei abnormen Mechanismen“, § 1 „Die pathologischen Reaktionen“, S. 159–164(反応の四つの語義と拘禁の例 S. 159–160; 真の反応の規定 S. 160; 後作用、目的精神病 S. 161–162; 拘禁精神病・年金神経症・災害精神病・ホームシック反応、突発的体験と持続する運命 S. 162; 構造型 S. 163; 総括 S. 164)〔部・章の表示要確認〕. 独語原文は筆者所蔵の初版による; 訳は筆者. 和訳は初版に基づくものがある〔書誌要確認〕. VII章の「発展(Entwicklung)」の箇所は頁未照合〔要確認〕.(引用箇所:II章、VI章、VII章)a b c d e f g h i j k l
[2] Schneider K. Klinische Psychopathologie. Stuttgart: Thieme, 1950(初版); 筆者の参照は 14., unveränderte Auflage, mit einem Kommentar von G. Huber und G. Gross, Stuttgart/New York: Thieme, 1992, „Klinische Systematik und Krankheitsbegriff“, S. 3–5(S. 3: 循環病と統合失調症は未知の疾患の症状であるという Postulat/Hypothese; S. 4: 要請の根拠と疑い、刑事鑑定; S. 5: Ärgernis der Human-Psychiatrie、Glaubensbekenntnis)および „Abnorme Erlebnisreaktionen“, S. 20–31(S. 20: ヤスパースの三基準とその検討、間欠的体験反応; S. 22: 正常との流動的移行、観察者依存、鍵体験、人格の役割; S. 22–23: 誘因と人格の重み; S. 24: „Krankheit“ の語の不適、心理療法のみ、erlebnisreaktive Entwicklungen; S. 25: 作用価値の残存; S. 30: 体験反応と精神病の対立). 独語原文の引用は筆者による転記(2026 年 9 月、Word 文書)に拠り、訳は筆者による. 第 14 版には Huber と Gross の注解(Kommentar)が付され、その「異常体験反応」の項が本稿VI章に関わる. 訳書:西語訳 Psicopatología clínica. Con un comentario de Gerd Huber y Gisela Gross, trad. Andrés Sánchez Pascual, Madrid: Fundación Archivos de Neurobiología, 1997(第 14 版底本、注解を含む); 仏語訳あり〔書誌要確認〕; 和訳:平井静也・鹿子木敏範訳『臨床精神病理学』文光堂〔刊行年・底本要確認〕、針間博彦訳『新版 臨床精神病理学』文光堂, 2007(第 15 版底本〔要確認〕).(引用箇所:II章、VI章、VII章)a b c d e f g h i j k l m n o p
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[18] Lieb K, Jacob G, Turner D, Dreimüller N. 50 Fälle Psychiatrie und Psychotherapie: Typische Fallgeschichten aus der Praxis. 7. Auflage. München: Elsevier / Urban & Fischer, 2024, Fall 1 „Liebeskummer“, Fall 39 „Das Leben danach“.(引用箇所:VII章)a b
[19] Horwitz AV. PTSD: A Short History. Baltimore: Johns Hopkins University Press, 2018. Chapter 2 „PTSD Emerges“(鉄道事故、補償神経症、Oppenheim、1889 年のドイツの補償法、1925 年の調査); Chapter 3 „The Psychic Wounds of Combat“(Kardiner、年金); Chapter 4 „Diagnosing PTSD“(DSM-III の成立、ホロコースト生存者の範型、Niederland、Horowitz の寄与); Chapter 6 „PTSD Becomes Ubiquitous“ および Chapter 7 „Implications“(補償の役割)〔頁要確認〕.(引用箇所:III章、VII章)a b c d
[20] Jaspers K. Allgemeine Psychopathologie. 7. Auflage. Berlin: Springer, 1959(第 4 版〔1946 年〕の大改訂以後の本文〔要確認〕). 英訳 Jaspers K. General Psychopathology. Trans. J. Hoenig & M. W. Hamilton. Manchester: Manchester University Press, 1963(Baltimore: Johns Hopkins University Press 版あり), vol. 1, „Pathological psychogenic reactions“, pp. 383–393, 引用は p. 392 による. ドイツ語から英語への翻訳はこの第 7 版訳のみ. 和訳は改訂版に基づくものがある〔書誌・底本要確認〕.第 7 版英訳における真の反応の総括の全文は次のとおり(II章に掲げた初版 S. 164 の総括に対応する).

In conclusion let us once more summarise the factors common to all genuine reactions: There is a precipitating factor, which stands in a close time-relationship with the reactive state and has to be one which we can accept as adequate. There is a meaningful connection between the contents of the experience and those of the abnormal reaction. As we are concerned with a reaction to an experience, any abnormality will lapse with the course of time. In particular, the abnormal reaction comes to an end when the primary cause for the reaction is removed (regaining one's freedom, the return of the homesick girl to her people). Reactive abnormalities are therefore a complete contrast to all morbid processes which appear spontaneously.

〔筆者訳〕結論として、あらゆる真の反応に共通する要因をいま一度まとめておこう。反応状態と時間的に密接に結びつき、かつ相応なものとして受け入れうる誘発因子が存在すること。体験の内容と異常反応の内容とのあいだに意味のあるつながりが存在すること。われわれが扱うのは体験への反応であるから、いかなる異常も時の経過とともに消えていくこと。とりわけ、反応の一次的な原因が取り除かれれば(自由の回復、郷愁に苦しむ娘が身内のもとへ帰ること)、異常な反応は終わる。したがって反応性の異常は、自然発生的に現れるあらゆる病的過程と完全な対照をなす。

(引用箇所:II章、VII章)a b c d e
[21] Schneider K. Die psychopathischen Persönlichkeiten. 9. Auflage. Wien: Deuticke, 1950. Huber[17]が異常体験反応の定義の典拠として挙げる(筆者未見、Huber の文献表 (655) による). 第 9 版の序言は 1949 年 11 月ハイデルベルク付で、1923 年の初版以来の版歴(第 8 版 1946 年)と、『臨床精神病理学』により厳密な全体的叙述があることを記す. 和訳:懸田克躬・鰭崎轍訳『精神病質人格』東京: みすず書房, 1954(第 9 版底本; 筆者の参照は 1964 年第 5 刷). 仏訳:Les personnalités psychopathiques, trad. Francis Demers, Bibliothèque de psychiatrie (dir. Jean Delay), Paris: Presses Universitaires de France, 1955.(引用箇所:VI章)a b
[22] World Health Organization. Manual of the International Statistical Classification of Diseases, Injuries, and Causes of Death. Ninth Revision. Geneva: WHO, 1977, Vol. 1, Chapter V „Mental disorders“ (290–319): Organic psychotic conditions (290–294), Other psychoses (295–299), Neurotic disorders, personality disorders and other nonpsychotic mental disorders (300–316), Mental retardation (317–319).(引用箇所:II章)
[23] World Health Organization. The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines. Geneva: WHO, 1992, Introduction(„disorder“ の語の採用理由、神経症/精神病の区別を組織原理としないこと)〔頁要確認〕. 和訳:融道男ほか監訳『ICD-10 精神および行動の障害——臨床記述と診断ガイドライン』東京: 医学書院, 1993(新訂版 2005).(引用箇所:II章)
[24] Brewin CR, Rumball F, Happé F. Neglected causes of post-traumatic stress disorder. BMJ 2019; 365: l2372 (doi: 10.1136/bmj.l2372; 2019 年 6 月 10 日公開). Brewin と Maercker の解説[11]が、脅威的な妄想・幻覚および自閉スペクトラム症に伴う非定型的な処理を外傷体験に数えうるとする箇所に注として付す論文.(引用箇所:V章)
[25] Tebartz van Elst L, Schramm E, Berger M (Hrsg.). Psychiatrie und Psychotherapie. Klinik und Therapie psychischer Erkrankungen. 7. Auflage. München: Elsevier, 2024. Kapitel 15 „Störungen, die spezifisch Stress-assoziiert sind“: Frommberger U, Angenendt J. 15.1 Die Kategorien „Trauma- und belastungsbezogene Störungen“ (DSM-5) und „Spezifisch Stress-assoziierte Erkrankungen“ (ICD-11), S. 527–530; Frommberger U, Angenendt J. 15.2 Posttraumatische Belastungsstörung, S. 530–552(15.2.1 Terminologie und Auswirkungen von Traumafolgen S. 530; 15.2.2 Epidemiologie und Verlauf S. 531; 15.2.3 Symptomatik und Typisierung S. 532, Tab. 15.1–15.2; 15.2.4 Ätiologie und Pathogenese S. 535). 独語原文は筆者所蔵本からの転記に拠り、訳は筆者による. 本論では「Berger」と略称する.(引用箇所:II章、III章、V章、VI章、VII章)a b c d e f g h i j k l m n
[26] Maercker A, Eberle DJ, Frauenknecht S. Stressassoziierte Erkrankungen. In: Lieb K (Hrsg.). Intensivkurs Psychiatrie und Psychotherapie. 10. Auflage. München: Elsevier, 2023, Kapitel 9, S. 297–315; 引用は 9.1 Einführung, S. 297–298 による. 本論では「Lieb」と略称する. 独語原文は筆者所蔵本からの転記に拠り、訳は筆者による.(引用箇所:V章、VI章)a b c d e f
[27] 注:シュナイダーの内因性精神病の位置づけについて. 『臨床精神病理学』総論の冒頭[2]でシュナイダーは、循環病と統合失調症を未知の疾患の精神病理学的「症状」とみなす「要請(Postulat)」を保持すると述べ、「『要請』を一つの要件と解するならば、それはむしろ『仮説(Hypothese)』と呼ぶほうがよい」と言い換える. 遺伝性、世代過程との結びつき、身体的治療の優位といった根拠を挙げたうえで、この要請を疑い拒むことも、自分の体系を性急で独断的だと断罪することもできると認め、それでも仮説に与する理由を、体系の要請と法廷の要請──内因性精神病を覆わない疾患概念は刑事鑑定で使いものにならない──とから述べて、次のように結ぶ.

Daß es außer den abnormen Spielarten seelischen Wesens und den durch Krankheit begründbaren seelischen Abnormitäten auch noch diese „endogenen Psychosen“ gibt, ist das Ärgernis der Human-Psychiatrie. In der Veterinär-Psychiatrie ist das anders: es gibt nur das erste und das zweite. Wir stehen aus den oben angegebenen Gründen im Sinne eines heuristischen Prinzips zu der Hypothese und damit zu dem „krankhaft“. Das ist ein Glaubensbekenntnis und es fehlt nicht an Anfechtungen.

〔筆者訳〕心的存在の異常な諸変種と、疾患によって基礎づけうる心的異常とのほかに、なおこの「内因性精神病」が存在するということ、これこそ人間精神医学の躓きの石である。獣医精神医学では事情が異なる。そこには第一のものと第二のものしかない。われわれは上に挙げた理由から、発見的原理の意味において、この仮説に、したがって「病的」ということに与する。それは一つの信仰告白であって、異論に事欠かない。

信仰告白(Glaubensbekenntnis)という語はシュナイダー自身のものである.(引用箇所:II章)
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