付録 児童養護施設における理解

ストレス関連症群を中心に、排泄症群・衝動制御症群および秩序破壊症群・強迫症群・食行動症群・睡眠・覚醒障害群における、虐待・ネグレクトを背景とした子どもたちへの視点

コア層 約15分/全層 約45分
この付録について

本マニュアルの各章は、主として当法人が運営する成人の知的障害者施設(施設入所・グループホーム・通所)における支援を念頭に解説しています。一方、当法人はこれとは規模の異なる児童養護施設も運営しており、そこで支援する子どもたちのほとんどは、虐待・ネグレクト・家族の崩壊といった深刻な逆境を経験して入所しています。とりわけストレス関連症群は、児童養護施設における支援の中心をなす領域であるため、本付録では最初にこれを扱います。第6章では知的発達症のある成人利用者を中心に一般的な診断体系を解説していますので、本付録の1節では、それを踏まえて子どもたちに固有の現れ方と対応の原則を詳しくまとめています。また、排泄症群・衝動制御症群・秩序破壊症群・強迫症群・食行動症群・睡眠・覚醒障害群についても、その背景にトラウマがある場合には観察の視点や対応の原則が異なってくるため、第2・3・4・7・8・10章のそれぞれと関連づけながら解説します。

どこから読めばよいか

新任の方・時間のない方は2節「その場の対応」8節「マルトリートメントのICD-11カテゴリー」の一覧表だけをお読みください。これだけで日々の業務に必要な内容は足ります。経験のある方・主任以上の方は、全体をお読みください。折りたたみの「もっと詳しく」は、関心のある方向けの補足です。

1. 児童養護施設におけるストレス関連症群(第6章 関連)

当法人の児童養護施設で支援する子どもたちのほとんどは、虐待・ネグレクト・家族の崩壊といった深刻な逆境を経験して入所しています。第6章では、ICD-11におけるストレス関連症群の一般的な診断体系と、知的発達症のある成人利用者における現れ方を扱いました。本節では、それを踏まえ、児童養護施設で支援する子どもたちに固有の現れ方と対応の原則をまとめます。

なぜ「ストレス」と「トラウマ」を学ぶ必要があるか

かつての児童養護施設は、両親を亡くした孤児を受け入れる場所でした。しかし現代の児童養護施設で支援する子どもたちのほぼ全員が、虐待・ネグレクト・家族崩壊といった深刻な逆境を経験して施設に来ています。

これらの子どもたちは、施設での新しい生活が始まっても、過去の体験の影響を背負い続けます。施設職員が日常的に遭遇する「理解しにくい行動」――急な激しい怒り、職員への過度な警戒、自傷行動、夜驚(夜中に突然おびえて叫び出す)、退行(年齢より幼い行動に戻る)、見知らぬ大人への不適切な接近、「いい子」すぎる振る舞い、他児への暴力、食事への異常な執着など――の多くは、過去のトラウマが現在の行動として表れているものです。

これらを単なる「しつけ」や「性格」の問題と捉えると、必要な支援を提供できないだけでなく、子どもをさらに傷つける対応につながりかねません。職員がトラウマの基本を理解することは、子どもたちの回復と成長を支える上で不可欠な基盤です。

トラウマインフォームド・ケアの考え方

近年の児童福祉の実践では、「この子は何が悪いのか」ではなく「この子に何が起きたのか」と問う姿勢が基本とされています(トラウマインフォームド・ケア)。第6章で学ぶICD-11の枠組みは、この問いに具体的な答えを与えるための臨床的な羅針盤です。

PTSDにおける子どもの現れ方

子どもの場合、PTSDの中核症状(再体験・回避・脅威の持続的な感覚)は大人とは異なる形で表れることが少なくありません。

子どものPTSD症状の現れ方

児童養護施設に来る子どもたちの多くは、身体的・性的虐待、家庭内暴力の目撃、重大な事故・災害、突然の親や近親者の死などのいずれか、あるいは複数を体験しています。しかし、入所時の情報が限定的な場合も多く、職員が後から「この子の行動の背景にはこういう体験があったのか」と気づくことがあります。PTSD症状は、トラウマ体験から数週間〜数ヶ月以内に出現することが多いですが、遅発性といって、何年も経ってから初めて症状が顕在化する場合もあります。施設での生活が安定してきた頃に、過去のトラウマに関連する症状が表面化することは決して珍しくありません。

複雑性PTSDと児童養護施設

複雑性PTSD(cPTSD)は、児童養護施設の支援対象児童の理解に特に重要な概念です。慢性的な家庭内虐待、長期にわたるネグレクト、養育者の頻繁な交替などを経験した子どもたちは、単発の外傷体験によるPTSDではなく、cPTSDの像を呈することが多いとされています。これらの子どもたちが施設で見せる「扱いの難しさ」――感情の不安定さ、職員との関係の極端な振れ、自己肯定感の低さ、繰り返される対人トラブル――は、性格や反抗ではなく、cPTSDの症状そのものとして理解する必要があります。対人関係の困難のパターンとしては「試し行動」が典型的です。その場での対応は本付録2節に、背景の理解は第6章5節にまとめてあります。

適応反応症としての現れ方

児童養護施設では、入所直後の数ヶ月、進学や進級時、職員の異動時、長期休暇明けなどに、適応反応症的な変化が見られることがあります。一時的な睡眠の乱れ、食欲不振、退行、易刺激性(ささいなことで苛立ちやすくなること)などは、新しい環境への適応プロセスの一部として理解する必要があります。

反応性アタッチメント症と脱抑制対人交流症

幼少期に著しく不十分な養育(ネグレクト、養育者の頻繁な交替、安定した選択的アタッチメントの形成を妨げる環境での養育、マルトリートメントなど)を経験した子どもには、対人関係のパターンに二つの対照的な障害が現れることがあります。ICD-11では、いずれの診断にも著しく不十分な養育の既往が前提として必要です。あわせて次の要件があります(CDDR pp.355, 358)。

この「暦年齢1歳、または発達年齢9か月」という基準は、知的発達症のある子どもを評価するときに特に重要です。発達がゆっくりであっても、発達年齢が9か月に達していればアタッチメントは形成されうると考えられているためです(CDDR pp.357, 360)。

「児童養護施設に固有の診断」ではありません

CDDRは、診断要件として「著しく不十分な養育の既往が診断のために求められる」「症状が5歳になる前に明らかである」ことを挙げています(このほかにも要件があります。CDDR pp.355, 358)。そして「著しく不十分な養育」に含まれうるものとして、家庭で生じるもの(基本的な情緒的・身体的欲求の持続的な無視、主たる養育者の繰り返される交代、不適切な養育)と、安定した選択的アタッチメントの形成を妨げる環境(例:施設)での養育の両方を例示しています。

「施設で育った子どもの診断」として理解すると、家庭で育った子どもについて検討から外してしまう危険があります。第6章8節の記述と合わせてお読みください。

反応性アタッチメント症(6B44

大人に対して抑制的で感情的に引きこもった行動を示す状態です。困ったときや苦しいときに、大人に助けを求めようとしません。慰めを求めず、慰められても反応が乏しく、相互的な関係を築くことが困難です。CDDRは、「つらいときに慰めを求めることがほとんどない」「慰めが与えられても反応がわずかしかない」の二つがそろうことを要件としています(CDDR p.355)。

長期の見通し──高年齢児を支える施設に関わる情報

CDDRは経過について次のように述べています(CDDR p.356)。

幼少期にアタッチメントの問題が指摘されていた子どもが思春期を迎えたとき、「反抗期」や「性格」として片づけられがちな沈み込み・意欲の低下・食事や睡眠の変化が、抑うつのはじまりであることがあります。見るべき変化と記録のしかたは第11章「気分症群」にまとめてあります。とくに「死にたい」という言葉や自傷が新たに出たときは、その日のうちに報告するという第11章の規則を、必ず共有しておいてください。

脱抑制対人交流症(6B45

反応性アタッチメント症とは対照的に、見知らぬ大人に過度に馴れ馴れしく、警戒心なく接近する状態です。初対面の大人にも抱きついたり、ついていこうとしたり、個人的な情報を不適切に話したりします。CDDRは具体的な行動として、見知らぬ大人に慰めを求める、年齢に不釣り合いな質問をする、離れて動き回ったあとに養育者を振り返って確認しない、見知らぬ大人にほとんどためらわずについて行くを挙げています(CDDR p.358)。

頻度について、CDDRが述べていること

CDDRは明確に述べています。「著しく不十分な養育の既往がある子どもは脱抑制対人交流症を発症する危険が高まる――とくに、それが2歳以前などごく早期に生じた場合に。しかし脱抑制対人交流症はまれであり、そうした既往のある子どもの大多数は発症しない」(CDDR p.359)。発達的特徴の項でも、「比較的まれであり、そうした環境を経験したすべての子ども・青年が発症するわけではない」と繰り返されています(CDDR p.360)。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。「入所している子どもだから」「人懐っこいから」という理由で、この診断名を職員が口にしないでください。職員間の会話で「あの子はDSED」といったラベルが使われ始めたら、それは注意すべき兆候です。診断は医師が行います。職員が記録するのは、誰に対して・どの場面で・どのような近づき方をしたかという具体的な事実です。

著しく不十分な養育への二つの対照的な反応 著しく 不十分な養育 反応性アタッチメント症 6B44 引きこもり型 つらいときに慰めを求めない 慰められても反応が乏しい 脱抑制対人交流症 6B45 無警戒接近型 見知らぬ大人に馴れ馴れしい ためらわずについて行く どちらも「健全な関係の構築」が困難という点で共通 現れ方は対照的だが、根は同じ「安全な大人との関係の不在」 いずれもまれな診断。診断名は医師が付けます
図 反応性アタッチメント症と脱抑制対人交流症の対比
脱抑制対人交流症と安全管理

脱抑制対人交流症の子どもは、外部の見知らぬ人物に過度に近づく傾向があるため、性的搾取・誘拐・暴力被害のリスクが特に高いと認識する必要があります。施設外活動時の見守り、入所者と外部者の接触ルールなどについて、職員間でしっかりと共有しておくことが重要です。

また、「人懐っこくて可愛い子」と表面的に評価せず、その背景にある対人関係の困難さに目を向ける視点が大切です。

もっと詳しく:アタッチメント症の改善可能性

反応性アタッチメント症は、適切な養育環境が提供されればほぼ完全に回復することが多いとされています(CDDR p.356)。一方、脱抑制対人交流症の「誰にでも馴れ馴れしい」行動は、安定した養育環境が整い、特定の大人への愛着が育った後も長く残りやすいことが知られています(CDDR p.359)。したがって安全管理(外部の人との接触ルールなど)は、関係が安定した後も継続する必要があります。改善には時間がかかり、特に以下の条件が重要とされています。

  • 担当職員の継続性:担当者が頻繁に変わると改善が困難になります
  • 少人数の安定した養育環境:大規模な集団養育よりも、可能な限り小規模で家庭的な環境が望ましい
  • 感情的な応答性:子どもの感情に丁寧に応答する関わりが必要
  • 予測可能な日常:規則正しい生活リズム、変化の事前予告

これらの条件を整えても、アタッチメントの基盤が形成される乳幼児期を逃してからの改善は容易ではなく、思春期以降になっても対人関係の困難さが残ることがあります。職員はそれを理解した上で、長期的視点で支援を続ける必要があります。

もともとの特性との見きわめ

知的発達症やASDのある子どもでは、対人反応の乏しさや距離感の独特さが、もともとの特性である場合があります。ICD-11では、これらが知的機能の制限やASDの特性では説明できない場合にのみアタッチメント症と診断されます(CDDR pp.355, 357, 360)。判断は医師・心理職の仕事ですが、職員は「養育環境が安定してから対人行動がどう変化したか」の記録で評価に貢献できます。

知的発達症のある児童とトラウマ

当法人の児童養護施設には、知的発達症や自閉スペクトラム症を併せもつ被虐待児も少なくありません。これらの子どもたちは、以下の理由から、通常のトラウマ反応とは異なる像を呈することがあります。

「ベースラインからの変化」を見る視点

知的発達症やASDのある子どもにストレス反応やトラウマ症状が現れているかを評価する際、「いつものその子と比べてどう変化しているか」という視点が決定的に重要です。

これらは第12章「カタトニア」で扱う「ベースラインからの変化」の視点、および第6章9節で扱う知的発達症のある成人利用者への視点とも共通します。日常的な観察記録があってこそ、変化に気づくことができます。

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2. その場の対応

本節は、目の前で起きているときに何をするかだけを書いています。診断や見立ては医師・心理職の仕事です。職員がするのは、その場で安全と関係を守り、観察したことを記録して伝えることです。

子どもの試し行動に出会ったとき

わざと約束を破る、挑発する、「どうせ見捨てるんでしょ」と迫る、大人が怒るまでやめない。こうした行動は、意地悪や反抗ではなく、過去にくり返し裏切られてきた経験から生まれた確認行動です。子どもは「この大人は、どこまでやったら自分を見捨てるのか」を確かめています。ここで見捨てないことが、そのまま支援になります。

その場でどうするか

子どもが、関係を試すような挑発的・破壊的な行動をとったとき

  1. まず、自分の感情に気づく──腹が立ったと感じたら、それを口に出さない。声の大きさと速さを、意識して一段落とします。大人が興奮すると、子どもは「やっぱりこの人も怖い大人だ」と学びます。
  2. 行動と人を分けて言う──「そのやり方は認められません」。「あなたは」で始めない。「またあなたは」「いつもあなたは」は、人格への評価になります。
  3. 限度は一度だけ、短く、静かに伝える──「ここでは物を投げません」。理由を長々と説明しない。くり返さない。
  4. 関係が続くことを、言葉にして伝える──その場での言い方の例です。
    • 「今は一度離れます。10分たったら、また来ます。」
    • 「私は○○さんの担当です。それは変わりません。」
    • 「今日のことがあっても、明日も一緒にごはんを食べます。」
    • 「怒っています。でも、きらいにはなりません。」
    • 「ここにいていいです。それは決まっています。」
  5. 離れる時間をつくる。ただし戻る時刻を言い、その通りに戻る──言った時刻に戻ること自体が、いちばん強い支援になります。「あとで来る」ではなく「10分後に来る」と言い、必ず10分後に行ってください。
  6. 同じ日のうちに、必ず関係を修復する──寝る前までに、落ち着いた場面で短く声をかけます。「さっきは大変だったね。もう終わり。明日は○○をしよう。」謝罪を要求しない。大人の側から先に関わりを再開することに意味があります。
  7. チームで対応を統一する──その日のうちに、使った言葉・示した限度・修復のしかたを職員間で共有します。職員によって対応が違うと、子どもは「誰なら通じるか」を探すことになり、試し行動はかえって強まります。夜勤者にも必ず申し送ってください。
  8. 記録する──何がきっかけで/何が起きて/職員が何と言って/どう修復したかの4点を書きます。「反抗的だった」ではなく、「16時、宿題を促した直後に机を蹴った。『ここでは物を蹴りません』と伝え、10分後に戻ると約束して離室。10分後に戻り、一緒におやつを食べた」と書いてください。次の職員が同じ対応をとれる記録が、良い記録です。
してはいけないこと
  • 「もう知らない」「勝手にしなさい」と言う──子どもが心の奥で確信している「どうせ見捨てられる」を、こちらから裏づけてしまいます。数か月分の積み重ねが一言で崩れます。
  • 罰として楽しみ・外出・面会・帰省をとりあげる──関係や家族との時間を人質にすることになり、試し行動の根を強めます。とくに面会・帰省は、子どもの権利に関わる事柄です。
  • その場で謝らせる、反省文を書かせる──形だけの服従を学ばせるだけで、関係の修復にはなりません。
  • 他児の前で叱る──恥をかかせることは、子どもにとって別種の傷になります。場所を移してください。
  • 「わざとやっている」とだけ記録する──背景が伝わらず、次の職員が同じ失敗をくり返します。
  • 一人で抱え込む──必ずチームに出してください。試し行動に応じ続けることは職員の消耗を招きます(第6章10節の「二次受傷」を参照)。

夜間に混乱・夜驚が起きたとき

夜中に突然叫び出す、部屋を出て歩き回る、呼びかけても通じない。夜間は、トラウマを経験した子どもにとってもっとも警戒がゆるまない時間帯です(本付録7節)。対応の原則は、刺激を増やさないことです。

その場でどうするか

夜間に、子どもが叫ぶ・おびえる・混乱して動き回っているとき

  1. まず、急に触れない──後ろから抱きとめる、肩をつかんで起こすことは避けてください。寝ぼけている状態や、夢の続きのなかにいる状態では、接触が「襲われた」体験になります。まず、少し離れた位置から様子を見ます。
  2. 危険なものだけを、静かにどける──ぶつかりそうな家具の角、床の物、階段への出口。本人を止めるのではなく、環境を安全にします。
  3. 明かりは、全部つけない──天井の照明を一気につけると、覚醒が強まり、混乱が長引きます。常夜灯か廊下の明かりだけにとどめ、その子の顔が見える程度にします。
  4. 低い声で、短く、同じ言葉をくり返す──「○○さん、施設です。夜です。安全です。」質問をしない。「どうしたの」「何があったの」と尋ねると、答えようとしてかえって覚醒します。名前・場所・時間・安全の4点だけを、ゆっくり伝えてください。
  5. 触れるときは、必ず予告してから──「手にさわりますね」と言ってから、正面ではなく斜め横から、手や肩に軽く触れます。いやがるそぶりがあれば、すぐに離してください。
  6. 収まったら、そのまま眠らせる──詳しく話をさせない、内容を確認しない。眠りに戻れることが最優先です。本人が話し始めたときだけ、短く聴いてください。
  7. 朝、問い詰めない──「昨日の夜、大変だったね」と事実だけを短く伝えるにとどめます。「なぜ叫んだの」「何の夢を見たの」と聞かないでください。覚えていないことも多く、聞かれること自体が負担になります。本人が話したければ話します。
  8. 記録する──時刻・きっかけらしきこと・様子・かけた言葉・落ち着くまでの時間・翌朝の様子(覚えているか)を書きます。時刻と「覚えているかどうか」は、夜驚症と悪夢を見分ける手がかりになるため、心理職・医療スタッフに渡す情報として重要です(本付録7節の「もっと詳しく」)。
してはいけないこと
  • 大声で名前を呼ぶ、揺さぶって起こす──恐怖を強め、混乱を長引かせます。夜驚症では、無理に起こさないことが原則です。
  • 「早く寝なさい」と叱る──眠れないこと自体を責めると、過覚醒(神経が張りつめて警戒がゆるまない状態)が強まります。翌晩からさらに眠れなくなります。
  • 他児を集める・見せる──本人の羞恥と、他児のからかいの原因になります。ほかの子が起きてしまったときは、簡潔に「大丈夫です、部屋に戻りましょう」とだけ伝えてください。
  • 個室に閉じ込める、鍵をかける──閉じ込めは、それ自体が心理的マルトリートメントに当たりうる行為です(本付録8節)。
  • 翌朝、罰やペナルティを課す──夜間の出来事を理由に予定や楽しみを削らないでください。本人が制御できない事柄です。

面会前後に変化が見られたとき

保護者との面会・外出・帰省の前後は、子どもの状態が大きく動く時期です。期待と不安、忠誠心の葛藤(親をかばう気持ちと責める気持ちの同居)、過去の記憶の想起が同時に起こります。落ち着かなくなる、退行する、逆に「いい子」になりすぎる、夜間の症状が増える――いずれも珍しくありません。

その場でどうするか

面会・外出・帰省の前後に、いつもと違う様子が見られたとき

  1. 面会の前に、予定を具体的に伝えておく──いつ・どこで・誰と・どのくらいの時間・終わったらどうなるかを、日付の分かる形で伝えます。「今度ね」というあいまいな伝え方が、いちばん不安を強めます。中止・延期になったときは、必ず、すぐに、理由を添えて伝えてください。黙って流すことは避けます。
  2. 面会の前に、本人の希望を確かめる──「会いたいか」「どのくらいの時間ならよいか」「途中でやめたくなったらどうするか」を確認し、やめたいときの合図を一緒に決めておきます。「トイレに行きたいと言ったら、職員が入る」など、具体的な形にします。
  3. 面会中は、決められた立ち会いの範囲で観察する──立ち会いの有無と範囲は、児童相談所との取り決めに従います。観察する点は子どもの様子です。表情、身体の向き(親のほうを向いているか、背けているか)、声の大きさ、身体が固くなる場面、話題が変わったときの反応、別れぎわの様子。会話の内容の評価ではなく、見えたことを記録します。
  4. 面会の直後は、予定を空けておく──すぐに活動や学習に戻さず、一人になれる場所と、そばにいる職員の両方を用意します。どちらを選ぶかは本人に決めてもらいます。
  5. 感想を聞き出さない──「どうだった?」「楽しかった?」と評価を求めないでください。「おかえり。何かあったら言ってね。」で十分です。話し始めたら、さえぎらずに聴きます。
  6. 親を評価する言葉を使わない──「お母さんもがんばってるからね」「お父さんはひどいね」のどちらも避けます。子どもは親を悪く言われることにも、無理にかばわれることにも傷つきます。事実だけを扱ってください。
  7. その日から数日、いつもより丁寧に観察する──睡眠、食事、夜尿、自傷、他児との関係、退行(年齢より幼い行動)、身体の訴え(腹痛・頭痛)。変化は面会当日ではなく、2〜3日後に出ることがあります。
  8. 記録する──面会前の様子/面会中に見えたこと/面会後の様子/数日間の変化を、時系列で分けて書きます。「不安定だった」ではなく、「面会翌日から2日間、夜間に3回覚醒。食事は主食を半分残す。普段は完食」と書いてください。
  9. 次の基準に当てはまれば、児童相談所へ報告する──施設内の取り決めに従い、担当職員・施設長を通じて報告します。判断を一人で抱えないでください。
    • 子どもが、面会中または面会後に暴力・脅し・不適切な性的な言動を受けたことをうかがわせる発言をした
    • 説明のつかない外傷(あざ、やけど、傷)がある
    • 面会を機に、自傷・希死念慮・著しい退行・夜間症状の急激な悪化が現れた
    • 子どもが面会を強く拒むようになった、または面会前に身体症状(腹痛・嘔吐など)が繰り返し現れる
    • 保護者から、子どもに口止めをうかがわせる発言や、取り決めに反する接触があった
してはいけないこと
  • 面会を「ごほうび」や「罰」に使わない──日々の行動を理由に面会を増減させないでください。関係を取引の材料にすることになります。
  • 子どもに親の情報を探らせない──「お母さん、今どうしてるって?」と職員が情報収集の目的で尋ねることは、子どもを板挟みにします。
  • 「よかったね」と気持ちを決めつけない──面会がうれしいとは限りません。会いたい気持ちと会いたくない気持ちが同時にあるのが普通です。
  • 子どもの前で保護者や児童相談所の話をしない──職員同士の会話は、必ず子どもの聞こえない場所で行ってください。
  • 報告を先延ばしにしない──上の基準に当てはまるなら、その日のうちに施設内で共有します。「様子を見ましょう」と職員の判断で止めないでください。

3. 排泄症状とトラウマ(第2章 排泄症群 関連)

児童養護施設で生活する子どもたちの多くは、虐待・ネグレクトを背景として施設に入所しています。これらの子どもたちにおける排泄症状は、しばしばトラウマ反応の一つの表れとして理解する必要があります。

排泄症状とトラウマの関連

虐待・ネグレクトを経験した子どもにおいて、排泄症状は以下のような形で現れることがあります。

トラウマインフォームドな対応の原則

排泄症状を呈する被虐待児に対して、職員が絶対に避けるべきことがあります。
叱責、皮肉、恥をかかせる言葉:トラウマを再活性化し、症状を悪化させます。
排泄訓練的な厳しいスケジュール強制:コントロール感の喪失というトラウマの中核を再現します。
他の子どもの前での排泄介助・声かけ:羞恥と恐怖を強化します。
他のスタッフへの軽率な情報共有:必要な共有は行うべきですが、本人の尊厳を損なう形で語ることは避けてください。

原則として、排泄の問題は個別的・私的な事柄として、最小限の関係者のみで、淡々と、共感的に扱われるべきです。

退行現象としての夜尿の再発をどう理解するか

施設に入所して数週間〜数か月経ってから、それまで乾いていた子どもがおねしょを始めることがあります。これは多くの場合、「環境に慣れ、緊張がほどけた結果として、抑え込まれていた退行欲求が表出した」ものとして理解されます。

これは決して「悪化」ではなく、むしろ本人がその施設・職員に対して安全感をもち始めたサインでもあります。職員はこれを「期待を裏切られた」と感じる必要はありません。淡々と対応し、子どもが安心して退行できる場を提供することが、長期的な回復への道筋となります。

もっと詳しく:複雑性PTSDと排泄症状

ICD-11で正式に診断概念として採用された複雑性PTSD(cPTSD)は、長期的・反復的なトラウマ(特に小児期の虐待・ネグレクト)を背景に発症する症候群です。複雑性PTSDの中核症状(PTSDの三症状+自己組織化の障害=感情調節不全・否定的自己概念・対人関係の困難)に加えて、身体化症状として排泄機能の不調が見られることがあります。

具体的には:

  • 解離(つらい体験のときに、心が切り離されたようになって、その間の記憶が抜けたり、ぼんやりして反応が乏しくなったりすること)のエピソード中の失禁
  • 過覚醒状態における頻尿・尿意切迫
  • 自己身体への嫌悪感に関連する排泄回避と便秘
  • 特定の感覚刺激(流水音、便器の冷たさなど)によるフラッシュバックと排泄行動の異常

これらは厳密にはICD-11の遺尿症・遺糞症の診断要件を満たさないこともありますが、利用者の苦痛は同じく強烈です。職員は、複雑性PTSDをもつ利用者の排泄症状を、単なる「行動の問題」ではなくトラウマの身体的表現として理解する視点をもつ必要があります。詳細は「第6章 ストレス関連症群」を参照してください。

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4. 虐待・ネグレクト経験のある利用者における衝動制御症群・秩序破壊症群(第3・4章 関連)

当法人の児童養護施設の入所児・若者の多くは、過去に虐待やネグレクトを経験しています。この背景がある利用者の問題行動は、複数の意味を含んでいる場合があります。

これらは互いに排他的ではなく、しばしば重なって現れます。「虐待があったから症ではない」「症だから虐待は関係ない」のどちらも誤りです。背景を理解した上で、現在の状態を多面的に見立てることが必要です。

また、放火症・間欠爆発症・反抗挑発症など本章で扱う個々の症についても、被虐待児では外傷的経験(暴力の目撃、身体的虐待)への曝露歴が高頻度に報告されています。CDDRは「個人の置かれた環境的状況に対する適応的行動(例:虐待を受けている家庭から逃げ出す、生き残るために盗む)を、これらの診断の唯一の根拠としてはならない」と述べています(CDDR p.537)。以下は本マニュアルの運用上の考え方です。入所前の不適切な環境への適応として身につけた行動パターンが入所後も持続している場合には、この記述をふまえて、行動の背景もあわせて記録してください。

対応の原則──背景を理解したうえで、行動には枠を示す
  1. 安全を最優先にする──暴力が起きているときは、まず他児と職員の安全を確保します。応援を呼ぶ基準を、あらかじめチームで決めておいてください。爆発時の3段階(前兆・発生時・収束後)の具体的な手順は第3・4章にあります。
  2. 背景の理解と、行動の許容を混同しない──「生き延びるために身につけた行動」であることを理解することと、施設で暴力や窃盗を認めることは別です。理解は職員の内側に、枠は行動として示します。
  3. 枠は短く、一貫して、同じ言葉で──「ここでは人を叩きません」。理由の説明を重ねず、職員によって言い方を変えないでください。
  4. 代わりの手段を一つ用意する──取り上げるだけでは行動は減りません。「腹が立ったらこのカードを出す」「別室に行ってよい」など、その子が実際にできる行動を一つ決めて共有します。
  5. 収束後に必ず関係を修復する──同じ日のうちに。謝罪の要求はしません(2節)。
  6. 記録し、パターンを探す──時刻・場面・直前の出来事・その後の経過を書き、いつ・どこで起きやすいかをチームで確認します。環境の調整で減る行動が少なくありません。
  7. 診断名で説明しない──「この子は素行・非社会的行動症だから」と結論づけないでください。診断は医師が行います。職員が扱うのは、目の前の行動と、その前後の事実です。

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5. 被虐待児における強迫症状(第7章 強迫症または関連症群 関連)

児童養護施設で支援する被虐待児においても、強迫症群はしばしば見られます。トラウマと強迫症状は密接に関連しており、以下のような臨床像が知られています。

トラウマと強迫症の関係

これらの強迫症状は、本マニュアル第6章「ストレス関連症群」で扱った複雑性PTSDの症状と重なり合うことがしばしばあります。ICD-11の枠組みでは、両者の併存は珍しくなく、両診断が必要に応じて並列されます。施設での支援においては、強迫症状を「悪い行動」として修正しようとするのではなく、その背景にある不安・トラウマ・安全感の欠如に注意を向けることが基本です。

対応の原則──やめさせようとしない、巻き込まれすぎない
  1. その場で止めさせない──手洗いや確認を力ずくで中断させると、不安が急激に高まり、かえって回数が増えます。「終わるまで待つ」が基本です。
  2. 時間で区切るのは、医療・心理職と決めてから──職員の判断で「あと1回まで」と制限しないでください。制限のしかたは治療の一部です。
  3. 安心を求められたら、短く一度だけ答える──「大丈夫だよ」を何度もくり返すと、確認行動そのものを強めます。二度目からは、「さっき答えたとおりです」と穏やかに繰り返すにとどめてください。この対応は必ずチームで統一します。
  4. 身体の被害を確認する──手洗いによる皮膚の荒れ、抜毛による脱毛、皮膚むしりの傷。見えている被害は記録し、看護職に伝えます。
  5. 叱責・からかいを許さない──他児からのからかいが起きていないかを確認し、起きていれば止めます。恥の体験は症状を悪化させます。
  6. 「いつから・どの場面で・何分ぐらい」を記録する──回数と所要時間の変化が、治療の効果を見る指標になります。
  7. 背景にある不安に目を向ける──症状そのものではなく、安全感が崩れている場面を探してください。面会の前後、担当職員の交替、進級など、時期との関連を記録に残します。

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6. 被虐待体験と食の問題(第8章 食行動症または摂食症群 関連)

養護施設に入所する子どもたちの多くは、過去の虐待・ネグレクト・貧困・剥奪体験を持っています。これらの体験は食行動に深刻な影響を与えることが知られています。

ネグレクトと食の剥奪

食事を与えられなかったり、食事が著しく不規則だったりした体験を持つ子どもは、食物への過剰な執着・貯食・隠れ食い・速食い・他者の食物を盗るなどの行動を示すことがあります。これらは「しつけの悪さ」ではなく、食の剥奪に対する適応反応として理解すべきです。施設の安全な食環境に移行しても、しばらくの間はこれらの行動が続くことがあります。

性的虐待・身体的虐待と摂食症

性的虐待・身体的虐待の既往は、神経性やせ症・神経性過食症・むちゃ食い症のリスク因子として研究で確認されています。虐待体験のある青少年での摂食の問題は、以下のような文脈で理解されることがあります。

食の問題の背景を「単純化」しない

食行動の問題を「性格」「反抗」「甘え」と単純化することは、背景にある深刻なトラウマ体験や医学的状態を見逃す原因になります。食に関する問題行動を観察した際は、その行動がいつ・どこで・どんな状況で起きるかを記録し、心理士・医師・管理者と共有することが最初のステップです。特に「虐待歴のある子ども」というカテゴリーで一括りにせず、一人ひとりの文脈を理解しようとする姿勢が大切です。

対応の原則──食を安全にし、取引の材料にしない
  1. 食べ物が確実にあることを、行動で示す──決まった時刻に、決まった量が、必ず出てくること。「次も必ずある」という経験の積み重ねだけが、ためこみや隠れ食いを減らします。
  2. 隠していた食べ物を、責めずに扱う──見つけても取り上げて叱らないでください。腐敗の危険があるものだけを、本人に伝えたうえで片づけます。「おなかがすいたときのために置いておきたいんだね」と、意味を言葉にして返します。
  3. 食事を罰や取引に使わない──「食べ終わるまで遊べない」「言うことを聞かないとおやつなし」は避けてください。食は、剥奪の記憶に直接触れる領域です。
  4. 速食い・大量摂取は、環境で調整する──叱るのではなく、一度に出す量を分ける、隣に座る、食器を変えるなど、場面の工夫で対応します。
  5. 身体の変化を数字で記録する──体重、食事量(主食・副食の割合)、嘔吐の有無、排泄。「食べすぎ」「食べない」ではなく数字を残してください。
  6. 体重が減り続けている、嘔吐がある、飲み込めないときは、その日のうちに医療へ──やせや嘔吐は身体の危険に直結します。判断は医師が行います。
  7. 性的虐待の可能性を頭の隅に置く──急な食行動の変化が、被害の表現であることがあります。決めつけず、事実を記録し、心理職・医師・施設長と共有してください。

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7. 児童養護施設における睡眠とトラウマ(第10章 睡眠・覚醒障害群 関連)

児童養護施設で生活する子どもたちの多くは、虐待・ネグレクトの体験を背景にもっています。これらの子どもたちにおいて睡眠は、しばしばトラウマの主要な舞台となります。第6章「ストレス関連症群」と密接に関連する領域として、睡眠の問題を理解することが本節の重要な柱です。

トラウマと睡眠が結びつく理由

夜間・就寝時は、トラウマを経験した子どもにとって特別な意味をもつ時間帯です。虐待は夜間に起きたり、就寝時の無防備な時間と結びついていたりすることが多く、さらに、暗闇、静寂、一人になること、横になることそのものが、過去のトラウマを連想させる手がかりになることがあります。その結果、就寝時刻が近づくにつれて過覚醒(神経が張りつめ、警戒がゆるまない状態)が高まり、入眠が困難になります。

子どもに見られるトラウマ関連の睡眠の問題

診断は医師が行います。この表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。

観察される現象 背景にあるもの
就寝時の強い抵抗 ベッドに入ること、電気を消すこと、一人で部屋にいることへの恐怖。トラウマを連想させる手がかり
入眠困難・遷延 過覚醒、警戒の持続。「眠ったら何かが起こる」という無意識的な予期
反復的な悪夢 PTSD・複雑性 PTSD の中核症状の一つ。トラウマ体験を直接または象徴的に再現する。同じ悪夢が繰り返されるのが特徴
夜驚(叫び声・パニック) 古典的な夜驚症と、トラウマに伴う夜間覚醒(フラッシュバック様)の鑑別はしばしば困難。両者が併存することも
遺尿の再発 本付録「3. 排泄症状とトラウマ」でも触れた退行現象。安全感が芽生えたサインでもある
過剰な早朝覚醒 抑うつ的な反応、過覚醒の持続、家庭での早朝の出来事の連想
過眠・引きこもり的睡眠 抑うつ、解離。日中ベッドから出ない、覚醒しても活動への意欲を欠く
トラウマインフォームドな就寝支援の原則

トラウマ背景をもつ子どもの就寝支援においては、以下の原則を意識することが重要です。

予測可能性:毎晩同じ手順、同じ時刻、同じ職員ができるだけ担当する。「次に何が起こるか」が分かることが安心感の基盤となる
選択肢の保障:「電気を消すか、常夜灯にするか」「ドアを少し開けておくか、閉めるか」を本人に選んでもらう。コントロール感の回復は治療的
身体的接触は本人の意思を尊重:頭をなでる、手を握るなどの接触は、本人の様子を見ながら、決して強制せず
叱責・処罰の絶対的回避:「眠らないと怒る」は過覚醒を強化する最悪の対応。眠れないこと自体を責めない
悪夢への対応:起きた本人を否定せず、安心できる場所であることを淡々と伝える。詳細を無理に話させない。再入眠の支援
「眠れない時はどうすればよいか」の合意:呼んでよいこと、本を読んでよいこと、特定の人形を抱いてよいこと――事前に合意しておく

もっと詳しく:悪夢障害の心理療法と PTSD 関連悪夢

反復的な悪夢が PTSD・複雑性 PTSD の中核症状である場合、悪夢への対応は基礎にあるトラウマ関連症の治療と分離できません。悪夢障害そのものへのアプローチとしては、以下のような方法が知られています。施設の現場で職員が直接実施するものではありませんが、心理職や医療スタッフとの連携において理解しておくと有用です。

  • イメージリハーサル療法(IRT):覚醒中に、繰り返し見る悪夢の結末を本人が望む形に書き換え、それをイメージで反復する。エビデンスのある悪夢障害の心理療法として広く認められている
  • 外傷焦点化認知行動療法、EMDR:トラウマそのものへの治療が進むと、悪夢の頻度・強度が低下することが多い
  • 薬物療法:PTSD 関連悪夢に対して、プラゾシン(α1遮断薬、現在日本では入手困難)、ドキサゾシン、ミルタザピン、トラゾドン、クエチアピン、クロニジンなどが用いられる。いずれも対症的であり、根本治療ではない

夜驚症と PTSD 関連夜間覚醒の鑑別

子どもの夜間の叫び声・パニックが、古典的な夜驚症(深睡眠からの覚醒、健忘を伴う、子どもに広く見られる)なのか、PTSD に関連する反復的な悪夢からの覚醒(明け方に多い、内容を覚えている、トラウマを連想させる手がかりに反応する)なのかは、しばしば鑑別が難しい問題です。職員の観察として、以下が手がかりになります。

  • 時刻:夜の前半(入眠後1〜3時間)は夜驚症、明け方は悪夢を疑う
  • 覚醒後の様子:すぐに我に返り内容を語れるなら悪夢、見当識障害が残るなら夜驚症
  • 翌朝の記憶:覚えていれば悪夢、健忘があれば夜驚症
  • 反復性:似た内容が繰り返されるのは PTSD 関連悪夢の特徴
  • 引き金との関連:特定の出来事・面会・場所と関連して増悪するなら PTSD 関連を強く疑う

多くの場合、両者は併存しうるものとして扱い、観察を心理職・医療スタッフに伝えることが現実的です。

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8. マルトリートメントのICD-11カテゴリー(QE/PJ系)

本付録はここまで「虐待・ネグレクト」という言葉をくり返し使ってきました。実は、ICD-11には、マルトリートメント(不適切な養育・虐待)そのものを記録するためのコード群があります。CDDRは「関係の問題とマルトリートメント」の章(CDDR pp.707–731)でこれらを定義しています。

これらは病気の診断名ではなく、その子に何が起きたのかを記録するためのカテゴリーです。医療機関の記録、児童相談所とのやりとり、医師の診断書に登場することがあります。職員が意味を知っておくと、医療・児童相談所との共通言語になります。

この節の使い方──コードを付けるのは医師です

これらのコードを付けるのは医師であり、職員ではありません。職員の役割は、観察したことを事実として記録することです。「この子はPJ22だ」と職員が判断することはありません。

この節を読む目的は二つです。第一に、医療・児童相談所から示された記録の意味が分かるようになること。第二に、何を記録しておけば医師や児童福祉司の判断の材料になるのかが分かるようになることです。

主要なカテゴリーの一覧

診断・コードの付与は医師が行います。この表は、報告すべき観察のチェックリストとしてお使いください。

コード 名称 CDDRの定義の要点 職員が記録すること
QE52.0 養育者−子ども関係の問題 養育者と子どもの関係に対する相当かつ持続的な不満足があり、行動・認知・情緒・身体の健康・対人交流・生活上の役割のいずれかの領域に支障が出ている状態(CDDR p.721)。虐待には当たらないが子どもに悪い影響を与えている関わりが含まれます(CDDR p.723) 面会・帰省の前後の様子、家に帰りたい/帰りたくないという発言、親子のやりとりで見えたこと
PJ20/QE82.0 身体的マルトリートメント 子どもに対する少なくとも1回の、偶発的でない物理的な力の行使(押す、平手打ち、殴る、けがをさせうる物を投げるなど)があり、それが身体的な傷害・著しい恐怖・著しい身体的傷害の相当な可能性のいずれかを引き起こした(または悪化させた)こと(CDDR pp.723–724) あざ・傷・やけどの部位と形と大きさ、気づいた日時、本人の説明(言葉のまま)、身体接触を避ける場面
PJ21/QE82.1 性的マルトリートメント 大人と子どもの間の性的な身体接触、または身体接触を伴わない性的搾取(子どもの性器・肛門・乳房を露出させる、自慰をさせる・自慰を見せる、性的な姿勢や脱衣をさせる、第三者との性的行為に参加させるなど)。CDDRは身体接触を伴わない性的搾取を、大人が強制・欺き・誘惑・脅迫・圧力によって、誰かの性的満足のための行為に子どもを参加させることと定義しています(児童買春・児童ポルノを含む)(CDDR p.725) 本人の発言をそのままの言葉で、日時、その場にいた人。詳しく聞き出さないこと
PJ22/QE82.2 心理的マルトリートメント 心理的な害を与えうる言葉によるまたは象徴的な行為があり、著しい恐怖・心理的苦痛・身体症状・重要な活動の回避のいずれかを引き起こした(または悪化させた)こと(CDDR p.727) 面会中・電話中に聞こえた言葉、そのあとの子どもの様子の変化
PF1B/QE82.3 ネグレクト 養育者による、年齢に応じた必要な養育を奪う著しい行為または不作為が少なくとも1回あり(遺棄、適切な監督の欠如、危険への曝露、必要な教育・医療・栄養・住居・衣服を与えないこと)、身体的傷害・健康への重大な影響・著しい恐怖や心理的苦痛・発達の重大な阻害・正常な機能を妨げる身体症状のいずれかを引き起こした(または悪化させた)こと(CDDR p.729)。
重要:CDDRの原文は「確認された、または疑われる行為・不作為が少なくとも1回」であり、疑われる段階でもこの要件は満たされます。また影響の側も、傷害・健康への悪影響・心理的害については「相当な可能性(reasonable potential)があれば足りる」とされており、実際に起きたことだけが要件ではありません。
入所時の身体状況(歯・皮膚・体重・予防接種)、衣類の状態、生活習慣の未習得
カテゴリーは加害者ではなく、被害を受けた子どもに割り当てられます

CDDRは各カテゴリーに同じ注記を置いています。「これらのカテゴリーは、加害者ではなく被害者に割り当てられる」(CDDR pp.724, 725, 727, 729)。

加害者と被害者の関係(親・その他の親族・他人)は、別の拡張コードで記録されます(CDDR p.724)。

QE52.0 とアタッチメント症の使い分け

CDDRは、反応性アタッチメント症または脱抑制対人交流症の診断要件がすべて満たされる場合には、QE52.0(養育者−子ども関係の問題)は通常付与しないとしています(CDDR p.723)。

これは、二つが別のものを見ているためです。

職員の記録が、この区別を支えます

この区別に必要な情報は、職員の日々の記録にしかありません。次の観察を意識的に残してください。

しつけと身体的マルトリートメントの境界

CDDRが示す線引き

CDDRは次のように述べています(CDDR p.724)。

身体的なしつけ(子どもの好ましくない行動を受けての尻叩きなど)は、必ずしも子どもの身体的虐待の診断要件を満たすわけではない。身体的なしつけは、その影響によって身体的虐待と区別される。身体的なしつけが傷害をもたらす場合、身体的傷害を引き起こす相当な可能性がある場合、または著しい恐怖を引き起こす場合には、子どもの身体的虐待の診断が妥当となりうる。

あわせてCDDRは、自分の身を守るための行為(青年の殴打を防ぐなど)や、子どもを守るための行為(幼児が車道に飛び出すのを止める、青年の自殺企図を止めるなど)は、これに当たらないとしています(CDDR p.724)。

この基準は、職員自身の行動を振り返る基準でもあります。施設内での身体的な制止が、傷害・傷害の相当な可能性・著しい恐怖のいずれかを生んでいないか。この問いは、記録と振り返りの場で定期的に確認されるべきものです。

同年代同士の性的な遊びについて、CDDRが述べていること

CDDRは明確に述べています。「同年代の子ども同士の相互的な性的遊びは、性的虐待とはみなさない。青年期のパートナー間の性的行為は、子どもの性的虐待と診断すべきではない」(CDDR p.726)。

以下は本マニュアルの運用上の考え方です。年齢差がある場合、力関係の差がある場合、いやがっているのに続いた場合は、別の問題として扱ってください。また、施設という集団生活の場では、性的な行為をめぐる取り決めと安全確保が必要です。

職員の対応
  1. その場では、静かに分ける──大声で叱らない、他児の前で問い詰めない。別々の場所に移します。
  2. 恥をかかせない──「汚い」「変なこと」といった言葉を使わないでください。性的虐待を受けた子どもにとって、二重の傷になります。
  3. 事実を記録する──日時・場所・関わった子ども・年齢差・見えた行為・どちらから始まったように見えたか・いやがるそぶりの有無。解釈ではなく事実を書きます。
  4. その日のうちに施設長・心理職に報告する──判断は職員一人で行いません。児童相談所への報告の要否は、施設の取り決めに従って判断されます。
  5. 安全確保の見直しを行う──居室の配置、見守りの体制、入浴・就寝時の動線を点検します。

心理的マルトリートメントの行為リスト──面会・家庭復帰前の観察指針

CDDRは、心理的マルトリートメントに当たる行為を具体的に列挙しています(CDDR p.727)。本マニュアルでは、この列挙を、職員が面会時や家庭復帰前の観察で「何を記録すべきか」の手がかりとして用います。

CDDRが挙げる行為 面会・電話・帰省で観察されうる形
罵倒・けなし・貶め・辱め 「お前がいるから」「産まなければよかった」「バカ」「役立たず」。他の子と比べて笑う
脅し(将来の身体的な危害、遺棄、性的暴行をほのめかす、または示唆する) 「今度こそ叩く」「もう迎えに来ない」「施設から出さない」「言ったら承知しない」
子どもが大切にしている人・ペット・物を傷つける、または傷つけると脅す ペットを処分したと告げる、大切にしていた物を捨てたと言う、きょうだいや配偶者への暴力を子どもに見せる・聞かせる
閉じ込め(手足を縛る、椅子やベッドに縛りつける、押し入れなど狭い場所に閉じ込める) 子ども自身の発言、閉所を極端に怖がる、暗い場所・狭い場所を避ける
スケープゴート化(本人に責任のないことで子どもを責める) 家庭の不和・経済的困窮・きょうだいの問題を、面会の場で子どものせいにして語る
自分自身を傷つけるよう強いる 子どもの発言。自傷の直後に面会・電話があったという時間的な関連
過度なしつけ(身体的・非身体的を問わず、極端な頻度や長さで行われるもの) 長時間の説教・正座・立たせ続けたという発言、面会の時間の大半が叱責で占められる
記録のしかた

聞こえた言葉は、そのままかぎかっこで書いてください。「威圧的だった」「不適切な発言があった」という要約では、判断の材料になりません。

良い記録の例:「14時35分、面会室にて保護者が『今度こそ迎えに行かない』と発言。本人は下を向いて沈黙。面会後、夕食を残し、19時から2時間、居室から出てこなかった」

あわせて、CDDRは、心理的マルトリートメントは通常くり返される行為のパターンとして現れるが、影響が十分に大きければ1回の出来事でも診断されうるとしています(例:子どもを罰するためにペットを傷つける)(CDDR p.727)。「一度だけだから」と記録を省かないでください。

ネグレクトの影響──身体に残るマーカー

CDDRは、ネグレクトを受けた子どもに見られる所見として次を挙げています(CDDR p.730)。

入所時の身体の記録が、あとで意味をもちます

入所時に、歯の状態、皮膚の状態、体重と身長、予防接種の履歴、視力・聴力、慢性的な症状を記録しておいてください。これらは、その子に何が起きていたかを示す資料になると同時に、施設での回復を示す資料にもなります。

とくに未治療のむし歯と中耳炎は、痛みや聞こえにくさを通じて、行動や学習に直接影響します。入所後すみやかに歯科・耳鼻科の受診につなぐことが、行動面の支援の一部でもあります。

なお、CDDRは、ネグレクトは1回の出来事でも要件を満たしうるが、多くの場合は持続的なパターンの一部として起こり、精神疾患・身体疾患・発達の阻害の危険を大きく高めるとしています(CDDR p.730)。

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この付録のまとめ

児童養護施設で支援する子どもたちのほとんどは、深刻な虐待・ネグレクトを経験して入所しており、ストレス関連症群(PTSD・複雑性PTSD・適応反応症・反応性アタッチメント症・脱抑制対人交流症)が支援の中心をなします。第6章で学んだ一般的な診断体系の上に、子どもに固有の現れ方――トラウマ遊びの反復、「試し行動」、5歳以前の不適切な養育に起因するアタッチメントの障害など――を重ねて理解することが、児童養護施設における支援の出発点です。

排泄症群・衝動制御症群および秩序破壊症群・強迫症群・食行動症群・睡眠・覚醒障害群も、いずれも知的発達症をもつ成人利用者と、児童養護施設で暮らす子どもたちの双方に見られる併存症です。しかし、後者の場合には、症状の背景にほぼ例外なく虐待・ネグレクトのトラウマが存在し、観察の視点と対応の原則が異なってきます。

共通する基本姿勢は、症状を「しつけの問題」「反抗」「甘え」として片づけず、その背景にある安全感の欠如・過覚醒・身体化した苦痛を読み取ろうとすることです。そして、叱責的・処罰的な対応が、いずれの症状もほぼ例外なく悪化させるという点も共通しています。トラウマインフォームド・ケアの視点を各章の知識と組み合わせることが、児童養護施設における支援の土台となります。

その場で何をするかは2節にまとめました。試し行動には関係が続くことを言葉で伝えて必ず同じ日に修復する、夜間の混乱には急に触れず明かりを全部つけず質問をしない、面会前後は予定を具体的に伝え感想を聞き出さず数日間観察する──この三つが柱です。

そして、ICD-11には、マルトリートメントそのものを記録するカテゴリー(QE52.0、PJ20/QE82.0、PJ21/QE82.1、PJ22/QE82.2、PF1B/QE82.3)があります8節)。これらは医療・児童相談所との共通言語です。コードを付けるのは医師であり、職員の役割は観察を事実として記録することです。聞こえた言葉はそのままかぎかっこで、見えた傷は部位と形と大きさで、身体の状態は入所時から記録してください。その記録だけが、子どもに何が起きたのかを証言します。

本章の記述は、WHO『Clinical Descriptions and Diagnostic Requirements for ICD-11 Mental, Behavioural and Neurodevelopmental Disorders』(CDDR, Geneva: WHO, 2024)と照合し、有病率などの数値を含め、CDDRの記載に統一しています(2026年8月改訂)。CDDRの日本語版が刊行され、日本国内の数値が示された際には、あらためて追記する予定です。