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横浜基礎研究所紀要

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Conferentiae · Lectures

本コーナーには、研究会・症例検討会等で行った講演のスライド集を収録する。スライドは紀要論文の主要内容を視覚的に再構成したものであり、論文を通読する時間のない臨床医にとっての概略把握の手段となることを意図している。引用句・原典文章・参照頁数は紀要論文の典拠と同一であり、用語の正確性を期している。

講演内で言及される歴史的人物の肖像、古典作品の絵画的再現等については、著作権・肖像権への配慮からスライド本体には収載していない。日本の臨床医にとってあまり親しみのない西洋古典・近代精神医学史上の人物について、各エントリーの「関連視覚資料」に外部公的アーカイブへのリンク集を併載することで、視覚的理解を補完できるよう配慮した。

X.
90 min(質疑15分を含む)
Septembris MMXXVI
11 · 40 tabulae

衝動概念の精神病理学史

アンリ・エーから ICD-11 へ——「行為の制御不能」から「衝動への抵抗不能」へ
Histoire psychopathologique du concept d’impulsion
de Henri Ey à la CIM-11

九〇分一回(本編七五分・質疑一五分。投影は NotebookLM 版スライド 11 面、説明は当日資料——詳細版スライド 40 面の A4 二面付け・20 頁——に沿って行い、持ち帰り用に論文短縮版 A4 9 頁を配布する)。2024 年 3 月に WHO が公刊した ICD-11・CDDR は、衝動制御症群の定義を ICD-10 の「制御できない反復的行為」から「衝動(impulse)・欲動(drive)・urge に抵抗することの繰り返しの失敗」へと改めた。本講演の主張は一文に尽きる——この定義変更は語句の修正ではなく、19〜20 世紀の精神病理学が積み上げてきた「衝動と意志の関係」という核心的問題への回答である。前半は概念史の縦走。ピネル『論考』§239 の「鎖につながれた患者」に臨床的原型をもち、バイヤルジェが 1853 年に「意志が衝動を制御できなくなったときにのみ、人は真に狂気に陥る」と定式化したフランス「意志の病理学」から、クレペリンの Drang 語彙、ヴェルニッケ=クライスト学派の「Drang 現象」、ブロイラー『精神医学教科書』(第 3 版、1920 年)の「反応性欲動/病的欲動」の区別と診断への警戒、ベルツェ・クロンフェルトを経て、シュナイダーの欲動論——「後ろから押される能動性」、欲動人間の三分類、「意志とは二つ以上の欲動の間で決断する可能性である」——とヤスパース『一般精神病理学』の三段階系列(Drang・欲動・意志)・「意志の背景」・渇望論に至り、エー「精神医学研究 N° 11 衝動」(1954 年)がこの独仏両伝統を「二つの極」——制御を逃れる運動的放出の極と、制御そのものの変容の極——へ総合するまでを辿る。後半は現代への降下。三語 impulse / drive / urge がフランス系譜・精神分析の Trieb・ヤスパースの Drang という異なる伝統を負い、衝動現象の三つの病理次元を保持するための構造的選択であること(意志は三語に含まれず「抵抗 resist」の主語として定義の反対側に立つ)、フロイトの欲動概念との異同を確認したうえで、ICD-10→ICD-11 の四つの変更点を整理し、間欠爆発症(6C73)を試金石として①衝動への抵抗可能性と②行為の実行における制御可能性の二層の分離が個別診断の内部構造にまで貫徹されていることを示す。章の均質性への批判(「異質な残余カテゴリー」)にエーの二極が与える統一的読解を検討し、結びに責任能力評価の二層構造と外的強化子の「所在」の問題という法医学的含意に及ぶ。質疑応答のための論点五題を持ち帰り資料に付す。投影用スライドは Google NotebookLM で作成し、筆者が校訂したものを用いる。

Keywords — ICD-11 · CDDR 2024 impulse / drive / urge failure to resist Baillarger 1853 monomanie instinctive Pinel §239 krankhafter Trieb Drangerscheinungen Kurt Schneider Jaspers · Drang, Trieb und Wille Henri Ey · Étude N° 11 protopulsion deux pôles 間欠爆発症 6C73 責任能力
IX.
90 min × 3
Septembris MMXXVI
28 · 27 · 15 tabulae

アンリ・エーとオイゲン・ブロイラー

第一回「ブロイラーの体系」/第二回「一九二六年、ローザンヌ」/第三回「魂の自然史」
Le système de Bleuler · Lausanne MCMXXVI · Naturgeschichte der Seele
le poids philosophique du relâchement des associations, la double conversion herméneutique, et le monisme mnémique

九〇分(本編七五分・質疑一五分)を三回。第一回「ブロイラーの体系——『精神医学教科書』から読む統合失調症論」(投影 28 面/当日資料 48 面)は、一九二五年夏にアンリ・エーがピレネー山麓の無人の家でブロイラー一九一一年著作を訳していた場面から入り、日本では知られていないブロイラーの五著作の全体像を示したうえで、『精神医学教科書』第 3 版(1920 年)をクレペリン第 6 版(1899 年)と対比する。クレペリンが「何が観察されるか」を問い、ブロイラーが「なぜそれが生じるか」を問うという方向の差が、A 章「心理学的手引き」から B 章・N 章へ至る構成そのものに現れていることを、各節の内容に即して辿る。続いてエーが一九四〇年の講演で抽出した三つの論点——「実体ではなく反応形態の群」「一次症状と二次症状(骨軟化症のアナロジー)」「自閉症」——を追い、そこから le principe de l’écart organo-clinique(器質—臨床間隔の原理)を取り出す。講演の中心は第四節、連合弛緩の哲学的重みである。「連合が弛緩している」という観察から「脳に病変がある」という結論へ渡る橋は、ロック・ヒュームの経験論の枠組みでは架からない。アリストテレスが『オルガノン』と『記憶と想起について』という二系譜双方の源泉であること、連想論的伝統がさらにイギリス経験論的受容と大陸合理論的受容に分岐したこと、そしてブロイラーが立つのはカント(統覚の先験的統一)—ヘルバルト(意識閾・抑制)—グリージンガー(「精神疾患は脳疾患である」)へ続く後者であることを示す。ユングとの単語連想実験(1904–06)が連合弛緩を測定可能な概念として出発させていたことを確認したうえで、シュナイダーの批判——「診断基準として役に立たない」、および自身の「これは信仰告白である」——を、誤りの証明ではなく問いの水準の変換として位置づける。

第二回「一九二六年、ローザンヌ——ブロイラー対クロード」(投影 27 面/当日資料 47 面)は、一九二六年八月二日から七日にジュネーヴ=ローザンヌで開かれた第三〇回フランス語圏精神科医・神経科医会議を、報告書(Masson 1926/L’Harmattan 2001 リプリント)に即して復元する。フランス語圏の「報告(rapport)」という制度、主報告をブロイラー本人が、対抗報告をアンリ・クロードが行ったという構図、討論に立った人々——ミンコフスキー、アングラード、ラニェル=ラヴァスティーヌ、クルボン——を確認したうえで、ブロイラーの三つの宣言を原文と訳で読む。「自分は語ったことのない言葉を帰せられる伝説的人物のようだ」という冒頭の一句、「統合失調症は臨床的実体であるだけでなく同時に解剖病理学的実体でもある」、そして「器質的起源は今日、必要なすべての証拠をもって実証できる」。クロードの対抗報告が「早発性痴呆」と「統合失調症」の区別と「急性統合失調症」の否定を論じ、それが同年三月のギロー=エー論文と共鳴していたことを見る。講演の山場は討論の場面、クルボンによる「コンゴの例」への異論である——「エジプトはどこにあるか」に「アッシリアとコンゴの間」と答えることは教育程度の低い一般人でもしうる、という批判に、第一回で組み立てた道具立てをもって答える。問題は連想の内容の奇異さではなく、連想の選択的制御であった。後半では、ミンコフスキーのベルクソン的読解との分岐、後期ブロイラー(『魂の自然史』『精神様体』)とヤスパースの方法論的批判、そしてエーがジャクソンの解体論を召喚したことによって「多くの妄想観念の(vieler)」が事実上「すべての(aller)」として働き始める過程を追い、フランスにおける受容が「正確な継承」ではなく二重の創造的変換であったことを示す。ボンヌヴァル(1946)とラカン、クロルプロマジンの先行的使用、Manuel de Psychiatrie とカプサンベリス教科書における系譜の明示、そして DSM-5 と ICD-11 の対照までを結びとする。

第三回「魂の自然史——ブロイラーの要素心理学と、二人の巨人はすれ違ったのか」(投影 15 面/当日資料 55 面)は、第一回・第二回で繰り返し顔を出しながら正面から読まれることのなかった一冊——『魂の自然史とその意識化。要素心理学』(Berlin: Springer, 1921)全 338 頁——を通読する。出発点は二つの評言の食い違いである。エーはこの書を「本質的に原子論的・連想主義的で、要するにさほど興味深いものではない」と譲歩しつつ「しかし精神を脳の組織化そのものに浸透させる明確に動力学的な一元論だ」と評した。他方ヤスパースは『精神病理学総論』で、ブロイラーの構想からは「理念の図式は得られても、現実の認識の探究可能な対象は得られない」と断じた。ただしヤスパースが名指すのは『精神様体』(1925 年)である。二人は同じ書物に届いているのか。四部構成を順に辿る——哲学への宣戦と心身平行論の否認、「思惟する実体は存在せず、思惟する機能が存在する」(S. 41)に至る意識の導出、著者自身が認める「大きな空隙」、記憶痕論の本体と「すべての細胞は記憶痕担体から」(S. 87 註)という細胞理論の書き換え、連合の選択を統べる思考目標・布置・切替、自閉的思考の dereierendes Denken への改名(そこでヤスパースが名指しで批判されている)、そして目的概念の適用を禁じる終章。中心となるのは第五節、連合弛緩において緩むのは連合ではないという論点である。本書の思考論に Lockerung の語は一度も現れず、巻末索引の立項も切替緊張を論じる二箇所のみ。緩むのは連合を選択する切替であり、その力は本書において自我の統一そのものの原因とされている。最終節では二つの評言を本文に突き合わせる。鍵はヤスパースが精神様体の内容として挙げた三項目——記憶(ムネーメ)的諸機能・統合・構造と力の合目的性——にある。前二項は 1921 年にすでに完全な形で存在し、第三項のみが「目的とは、人間のように意識された目標に従って行為する存在との関連においてのみ存在しうる」(S. 326)として明示的に禁じられている。1925 年が加えたのは新しい素材ではなく、素材の統合と、目的性に対する態度の転換であった。なお『精神様体』および『機械論・生気論・記憶論』は現在も入手しえない状態が続いており、1925 年についての判定は暫定的な推論である旨を講演中に明示する。投影用スライドは Google NotebookLM で作成し、筆者が校訂したものを用いる。

Keywords — Eugen Bleuler Henri Ey Lehrbuch 1920 Lockerung der Assoziationen Kraepelin 1899 autistisches Denken symptômes primaires / secondaires écart organo-clinique Kant · Herbart · Griesinger Kurt Schneider Lausanne 1926 Henri Claude Eugène Minkowski Courbon Psychoïde · Jaspers Hughlings Jackson Kapsambelis ICD-11
External Resources — 関連視覚資料

本講演で言及される原典・肖像・場所への参照リンクを以下に掲載する。著作権・肖像権上の配慮から、原画像はスライド本体には収載していない。リンク先は Internet Archive・Wellcome Collection・BIU Santé(パリ大学医学図書館)・Wikimedia Commons・各学会公式サイトなど、広告を伴わない学術的閲覧環境を提供する公的アーカイブに限った。なお一部は全文閲覧ではなく書誌情報の確認先である旨を各項に付記した。

リンクは順次検証・追補中である。一九二六年ジュネーヴ=ローザンヌ会議の報告書については、Masson 原版(1926)・L’Harmattan リプリント版(2001)ともに公開電子版を確認できていない。本講演の引用は、著者が所蔵する L’Harmattan 版の実物——報告・対抗報告・討論記録からなる全三部構成——による

VIII.
90 min
Iulius MMXXVI
15 · 61 tabulae

不安の概念史と、その逆像

恐怖はいかにして「病気」になったか/不安を知らぬ者は何を持たなかったか
A Conceptual History of Anxiety, and Its Negative Image
from Homeric thymos to ICD-11 6A73, and to Don Giovanni

90 分構成(本編 75 分・質疑 15 分)。紀要所収の二篇を一つの講演に編み直した。第 I 部「前史 ── 二重の不在」(18 分・15 枚)は、不安の概念史がそれを帰属させる「心」の概念史を前提とすることから始める。スネルの示したホメロス的人間の多元的な魂と、ブレマーが前 5 世紀末の歴史的形成物とした統一的な魂の成立。恐怖を「一人の人間の病」として記述したヒポクラテス『箴言』第 6 部 23 が、まさにこの時期に属することの一致。アリストテレス『問題集』第 30 巻の黒胆汁論とフィチーノの pleasant melancholy。そしてデカルト『情念論』第 174 条とスピノザ『エチカ』第 3 部定理 18 備考 2 における「不安の構造的不在」が、それぞれの体系からの必然的帰結であることを示したうえで、その空白を埋めたシェリング『人間的自由の本質』(1809)の Sehnsucht から『世界年代』(1813–14)の Angst への語彙の移行を、ベルゴの「スピノザ主義の動態化」という規定とともに辿る。1841 年冬のベルリン講義でシェリングを直接聴講したキルケゴールが『不安の概念』(1844)で行ったのは、この宇宙論的構想の一人の実存への翻訳であった。第 II 部「19 世紀の臨界点」(14 分・10 枚)は、ホルヴィッツの中心テーゼ ── 不安が増えたのではなく、それを見る枠組みと助けを求める場所が変わった ── のもとに、医学化の四条件、ビアードの神経衰弱(1869)、ダーウィン『表情』(1872)、そしてフロイトが 1895 年に神経衰弱から切り出した四症状群が 85 年後の DSM-III に制度化される連続性と、1926 年『制止・症状・不安』における「抑圧 → 不安」から「不安 → 抑圧」への反転を扱う。第 III 部「不安の時代と分離革命」(11 分・7 枚)では、オーデンとロロ・メイにおいて不安が病ではなく人間の条件として語られた時代に、メプロバメート(1955)とベンゾジアゼピン(1960)が重なり、1962 年の FDA 規制改正が「認められた疾患」への有効性証明を求めたことが、不安を正常な苦悩から特定の疾患へ再定義せよという制度的圧力として DSM-III の背景をなしたことを論じる。第 IV 部「不安から鬱へ、そして再統合」(11 分・7 枚)は、GAD と大うつ病の生涯共存率 60〜70 パーセントという臨床的現実に対し、SSRI が診断の重心を動かした構造を示し、ICD-11 6A73「混合抑うつ不安症」の正式カテゴリー化を、統合(古代〜19 世紀)・分離(1980 年〜)・再統合(2022 年〜)という弁証法の第三段階、すなわち古代のメランコリア的統合の現代的復権として積極的に評価する。第 V 部「逆像 ── 不安を知らぬ者の肖像」(15 分・17 枚)は、その概念の陰画である。キルケゴールが『あれか、これか』(1843)でモーツァルト《ドン・ジョバンニ》を「天才的作品の中の天才的作品」と呼んだ理由を、言語が時間を分節するものであり、語ることがすでに省察の始まりであるという一点から解く。エルヴィラには言語があり、省察があり、したがって不安がある。ドン・ジョバンニにはそのどれもない。カタログのアリアの一〇〇三人が示す「対象なき欲望」は、キルケゴールの「対象なき不安」と対をなしながら、一方が未来へ開いた傷口であるのに対し、他方は現在という一点に閉じた円環である。石像を前に彼が悔いないのは意志の力ではなく精神の構造の問題であり、省察を持つ者は必ず倦むというレーナウ=シュトラウスの《ドン・ファン》との対照がこれを裏書きする。結論として、不安が贈り物であるのは、それが人類がようやく手に入れた「統一された自己」という精神の構えに付いてくる贈り物だからであること、そしてその構えはいつも張りつめていなくてよいことを述べる。

Keywords — Snell · Bremmer thymos Hippocrates Aph. VI.23 Problemata XXX Ficino pleasant melancholy Descartes Spinoza Schelling · Sehnsucht Kierkegaard 1844 Beard 1869 Darwin 1872 Angstneurose 1895 Signalangst 1926 FDA 1962 DSM-III SSRI Horwitz Kapsambelis Bergo ICD-11 6A73 RDoC Don Giovanni Reflexion
External Resources — 関連視覚資料・原典
本講演で用いた図像・楽譜・原典のうち、オンラインで参照できるものを掲げる。所蔵機関の記載に Public DomainCC とあるものは保護期間満了ないし自由利用許諾であり、スライドに挿入した図版はこの範囲から選んでいる。美術館の写真そのものに権利が及ぶ場合、および現代の広告・写真については、その旨を各項に付した。
VII.
90 min(質疑15分を含む)
Iulius MMXXVI
30 tabulae

バルザック『アデュー』のステファニー

解離性遁走の診断と、その先の精神病理学
Stéphanie dans « Adieu » de Balzac
Du diagnostic (CIM-11) à la psychopathologie classique

バルザックの中編『アデュー』(1830)の女主人公ステファニー——ベレジナ渡河の惨劇を契機に発狂し、外傷の最終語「アデュー」を無感情に反復し続ける——を試金石として、外傷性の精神変調を二つの水準から照らす90分講演(後半15分は質疑応答)。第一層では、彼女の病像が ICD-11 解離症群(6B61.0 解離性遁走を伴う解離性健忘+随伴 6B60.5 発話の障害)によって確実に診断しうること、そしてその診断可能性が ICD-10 からの一連の是正——遁走の過剰要件の削除、転換概念の廃止、外傷との時間的関連の必須要件からの除外——の成果であることを示す。だが分類は、なぜ記憶が外傷を中心に脱落し、なぜ発語が一語へ縮減し意識の統御の外で自律反復するのかを語らない。第二層以降では、ジャネの心理的自動症(désagrégation・idée fixe・automatisme)、アンリ・エーの器質力動論と「粉砕」批判、ヤスパースの病的反応の三側面とシュナイダーの第三条件批判を通じて、確実にコードできることと理解できることとの間隙を埋める。あわせて外傷病理の概念史における〈ジャネの再興〉、そして治療をめぐる補節(再演による暴露か、受容的な段階的治療か)を扱う。

Keywords — Balzac Adieu ベレジナ渡河 ICD-11 解離性遁走 6B61.0 Pierre Janet 心理的自動症 固定観念 Henri Ey 器質力動論 Jaspers Schneider 第三条件批判 PTSD 段階的治療
External Resources — 関連視覚資料

バルザックの肖像・原典、ベレジナ渡河とナポレオンのロシア遠征敗退、およびピエール・ジャネの肖像・原典への外部リンクを掲載する。著作権・肖像権上の配慮から、画像そのものはスライド本体には収載していない。ジャスパース・シュナイダー・アンリ・エーの肖像および関連原典は、本ページ第 I・II 講演の External Resources を参照されたい。

VI.
45 min
Iulius MMXXVI
20 tabulae

継体天皇論

淀川水系の掌握と大和の資本 —— ピゴット第3章を起点とした検討
Le roi Keitai
le contrôle du réseau fluvial de la Yodo et le capital de Yamato

継体天皇(在位507?–531?)の事跡が持つ二つの相貌——大伴金村らの推挙を受けながら二十年にわたり大和入りを果たせなかった空洞化の相貌と、辺境の地方勢力が最終的に大和の中枢を制した征服者的な相貌——を起点に、ピゴット『The Emergence of Japanese Kingship』第3章が明示的には踏み込まない空白を七つの論点で埋める試み。息長氏の製鉄年代については、大橋信弥という一人の研究者の中で1980年代から2000年代にかけて生じた年代観の修正という学説史上の経緯を跡づけ、「積極論対慎重論」という単純な対立図式を退ける。騎馬文化については、藤ノ木古墳の馬具を大王権による威信財分配体制の中に位置づけ、江上波夫の騎馬民族征服王朝説を、想定される征服年代(崇神・応神期)と継体期との一世紀以上のずれ、および考古学的批判の両面から退ける。磐井の乱は、大和王権と自立的な筑紫勢力との対外交渉権をめぐる対立として再検討し、岩戸山古墳の石人・石馬破壊という象徴的報復と、五屯倉設置という実務的な統治インフラ構築とが並行して進んだ過程を辿る。継体の出自をめぐる王族説・大和側擁立説・地方勢力進出説の三説を、地縁・武力・血統という複数の正統性資源の重層的動員として統合的に読み直し、樟葉宮・筒城宮・弟国宮という淀川水系沿いの遷宮を水運掌握の軌跡として、また『和名類聚抄』の田積比較や集約農業の伝統を「大和という代替不可能な資本」の傍証として示す。結語として、継体の大和入りを、単一の資源(製鉄・騎馬・血統)に還元しえない、複数の資本の段階的統合過程として位置づける。

Keywords — 継体天皇 息長氏 磐井の乱 岩戸山古墳 藤ノ木古墳 今城塚古墳 江上波夫 騎馬民族征服王朝説 大橋信弥 淀川水系 屯倉 Piggott Emergence of Japanese Kingship
External Resources — 関連視覚資料

継体朝(6世紀初頭)の物質文化を代表する古墳・出土品について、博物館・自治体公式サイトおよび Wikipedia へのリンクを掲載する。著作権・肖像権上の配慮から、画像そのものは本ページには収載していない。推古朝の仏教美術(法隆寺・中宮寺ほか)については、本ページ第 V 講演「推古朝仏教美術の様式」の資料集を参照されたい。

本講演は「継体天皇論」(Commentarii Yamatenses de Antiquitatibus 続巻として公開準備中)の骨格に基づく。ピゴット原注からの孫引きにとどまる文献(塚口義信 1976・角林文雄 1979・直木孝次郎 1958・和田萃 1988・大橋信弥 1984 の五件)については、論考本文および巻末書誌に「孫引き・原典確認中」と明記しており、本スライドでもその区別を保持している。

V.
視覚資料集
Iulius MMXXVI
13 groups · 30+ links

推古朝仏教美術の様式

寺院・仏像・書画・古墳出土品にみる推古期の物質文化 —— ピゴット第3章精読のための視覚資料集
Ars Buddhica aetatis Suiko
templa, simulacra, picturae

本資料集は、推古朝(593–628)を中心とする飛鳥仏教美術の諸相を、推古天皇・聖徳太子論を進めるにあたっての視覚的下地として整理したものである。現存する世界最古の木造建築である法隆寺西院伽藍に始まり、鞍作止利(鞍作鳥)作の金堂釈迦三尊像に見られる「古拙の微笑」(アルカイック・スマイル)、止利派とは異なる柔和な肉身表現を示す百済観音、宮殿形の意匠を伝える玉虫厨子、中宮寺の弥勒菩薩半跏思惟像と日本最古の刺繍遺品である天寿国繍帳、蘇我馬子発願になる飛鳥寺の飛鳥大仏(日本最古の仏像)、そして四天王寺式伽藍配置に至るまで、推古朝様式を代表する建築・彫刻・染織の実例を、国立博物館・寺院公式サイト等の公的アーカイブへのリンクとして整理した。ピゴット『The Emergence of Japanese Kingship』における推古・聖徳太子論の精読に先立ち、当該期の物質文化を目視で把握するための準備資料と位置づける。論考本体は Commentarii Yamatenses de Antiquitatibus 続巻として別途執筆準備中であり、本資料集はその視覚的先行作業にあたる。ピゴット第3章(pp. 67–101)の精読ノートに基づき、藤ノ木古墳出土の金銅製冠・馬具(6世紀副葬品の性格変化を示す)、前方後円墳終焉期の見瀬丸山古墳、敦煌石窟壁画に連なる図像系譜として言及される法隆寺金堂壁画、603年制定の冠位十二階、そして小墾田宮の推定地である雷丘東方遺跡を、追加の視覚資料として収録した。継体朝(磐井の乱・今城塚古墳ほか)の物質文化は、同じ第3章の前半部を扱う第 VI 講演「継体天皇論」の関連視覚資料に分けて収録している。

Keywords — 推古天皇 聖徳太子 飛鳥様式 法隆寺 中宮寺 四天王寺 飛鳥寺 鞍作止利 古拙の微笑 百済観音 玉虫厨子 天寿国繍帳 弥勒菩薩半跏思惟像 藤ノ木古墳 見瀬丸山古墳 法隆寺金堂壁画 冠位十二階 小墾田宮 Piggott
External Resources — 関連視覚資料

推古朝仏教美術を代表する建築・彫刻・染織の実例について、寺院公式サイトおよび国立文化財機構(東京国立博物館・奈良国立博物館ほか)・文化庁の公的アーカイブへのリンクを以下に掲載する。著作権・肖像権上の配慮から、画像そのものは本資料集には収載していない。

IV.
90 min
Iunius MMXXVI
37 tabulae

ピネル発祥論

スウェイン立場の採用と、
エー長期的構造観の同型性
La naissance pinélienne de la psychiatrie
L’adoption de la position de Gladys Swain et son isomorphisme avec la structure de longue durée d’Henri Ey

紀要『精神医学の発祥』第六章を視覚的に再構成した、講演 90 分・全 37 枚のスライド集。「精神医学はいつ生まれたのか」という問いを、文献考証と哲学史の二つの光から照らす。まず、ピネル神話(鎖を解いた解放者ピネル——ただしこの物語を確立したのは息子スキピオン 1836 年である)とフーコー的反神話(客体化・無力化の身振り)が、相反する理由からともに「眼差しの客観性 l’objectivité du regard」という前提を共有することを示し、スウェイン(ゴーシェ)がこの二項対立の手前に発祥点を移して、狂気を「主体としての主体の問題化」として捉え直す認識装置の設立を発祥と見ることを論じる。続いて Traité 初版(共和暦 9 年・304 頁)と第二版(1809・458 頁)の系統的区別、「manie sans délire」における理性の潜在性、『哲学的疾病分類学』におけるカレンの「神経症 névroses」綱の反転利用とその「空洞化 vidée」、ヘーゲル『精神哲学』(1817)の「依然として存在する理性の内部における矛盾 ein bloßer Widerspruch in der noch vorhandenen Vernunft」による哲学的承認、カントからヘーゲルへの転換(理性の外部から内部へ)を、原典引用と図解によって辿る。後半では、エスキロールの二つの収縮(自我 le moi から殺人偏執狂 monomanie homicide へ、対話的治療から隔離 isolement へ)と、その外在化の身振りが DSM-III(1980)操作的診断へと至る長い弧を提示し、四者発祥論(フーコー 1656・エー・ケテル・スウェイン)を「閃光 étincelle」の一点からの距離において交差させる。フーコーの「誤謬の二重性」(前史を発祥と取り違え、収縮に属する客体化を発祥へ遡及適用する)、エーが 1948 年 Étude n°3 と 1971 年フーコー批判論文に二三年を隔てて書き残した三重構造(基礎づけ fondation・聖別 consécration・科学的閃光 étincelle)、そしてスウェイン立場とエー長期的構造観との同型性を、積層図・対応表・長期的連続体の年表で示す。臨床的射程として、シュナイダー的了解・エー的意識のレヴェル・ヤスパース的現象学・ラカン的主体論が、いずれもピネルの開いた問題空間のなかで作動していること、DSM/ICD の「客観性」追求がその回避の代償を払うことを論じる。各スライドに発表者ノート(日本語)を付した。引用句・原典頁数・参照文献は紀要論文第六章と同一の典拠による。

Keywords — Pinel Traité 初版 (an IX) Gladys Swain Marcel Gauchet le sujet de la folie manie sans délire Cullen · névroses Hegel 1817 Verrücktheit Kant → Hegel Esquirol monomanie isolement Foucault étincelle Henri Ey triple structure Quétel DSM-III 操作的診断
External Resources — 関連視覚資料

講演スライド中で言及される歴史的人物の肖像、および参照される原典・原書への外部リンクを以下に掲載する。著作権・肖像権上の配慮から、原画像・本文はスライド本体には収載していない。下記のリンク先はすべて公的アーカイブ——Gallica・BnF(フランス国立図書館)・Wellcome Collection・Internet Archive・Wikimedia Commons・BIU Santé(パリ大学医学図書館)・Wikipédia・Revue Esprit 等——であり、広告を伴わない学術的閲覧環境を提供する資料を厳選して案内する。スウェイン『狂気における主体』(1977)、ケテル『狂気の歴史』(2009)、ポステル『精神医学の起源』等の現代二次文献は著作権下にあるため、書誌情報の公的典拠へのリンクにとどめた。

III.
90 min
Iunius MMXXVI
40 tabulae

1838年法の制定と
その改定の歴史

エスキロールによる収容モデルの誕生から、
アンリ・エーとセクツール制による解体まで
La loi de 1838 : son établissement et l’histoire de ses révisions
D’Esquirol à Henri Ey

講演 75 分・質疑 15 分/全 40 枚。当紀要の対をなす二論文「エスキロールと 1838 年法」(第 IV 論文)と「1838 年法体制からセクツール制へ」(第 XVII 論文)を、一つの法体制の《誕生》《解体》《改定》という一連の物語として再構成した講演スライド集。第一部(CHARENTON)でピネル神話とエスキロールの権力獲得を経た 1838 年法による「収容モデル」の制度的完成を、第二部(クロルプロマジン)でサンタルバン的精神療法からセクツール制を経た 1985・1990 年法による同体制の解体を、第三部(REVISIO)で改定史(1838/1990/2011/2013)と「悪法」評価を超える公正な再評価を辿る。各スライドに発表者ノート(累積時間マーカー付)を付し、関連画像・一次資料への外部リンクを巻末に収載した。

Keywords — Loi de 1838 Esquirol Henri Ey Sectorisation Pinel Myth Charenton Saint-Alban Postel Massé-Houssin Loi de 1990 Largactil Désinstitutionnalisation
External Resources — 関連視覚資料

講演スライド中で言及される歴史的人物の肖像・原典および古典絵画への参照リンクを以下に掲載する。著作権・肖像権上の配慮から、原画像はスライド本体には収載していない。下記のリンク先はすべて公的アーカイブ——BIU Santé(パリ大学医学図書館)・Gallica(フランス国立図書館)・Wellcome Collection・Internet Archive・Wikimedia Commons・アンリ・エー協会・Base SantéPsy 等——であり、広告を伴わない学術的閲覧環境を提供する資料を厳選して案内する。

II.
90 min
Maius MMXXVI
48 tabulae

シュナイダー精神病理学の
DSM における継承と変容

接続法第 II 式・妄想知覚・幻覚定義をめぐって
Rezeption und Transformation der Schneiderschen Psychopathologie im DSM
Konjunktiv II, Wahnwahrnehmung und die DSM-5-Halluzinationsdefinition

紀要 VIII の論証を視覚的に再構成した全 48 枚の講演スライド集。Moritz ら(2024, Schizophrenia Bulletin)の国際的専門家調査を起点に、接続法第 II 式(Konjunktiv II)の喪失・妄想知覚(Wahnwahrnehmung)の全 DSM 版からの欠落・幻覚定義への知覚強度要件の付加という三つの変容を提示し、Richarz・Falret・Jaspers に連なる「内容よりも形式」の系譜から DSM-III—DSM-5 の径路までを図表とタイムラインで辿る。シュナイダー精神病理学の核心が症状リストではなく診断行為そのものの方法論にあることを論じた。引用句・原典頁数・参照文献は紀要論文 VIII と同一の典拠による。

Keywords — Kurt Schneider Konjunktiv II Wahnwahrnehmung 妄想三形式 形式論的選別 Huber & Gross Spitzer Carpenter 1973 Andreasen 2007 Moritz 2024 EASE · BSABS DSM-5 幻覚定義
External Resources — 関連視覚資料

講演スライド中で言及される歴史的人物の肖像、および参照される原典・主要論文への外部リンクを以下に掲載する。著作権・肖像権上の配慮から、原画像・論文本文はスライド本体には収載していない。下記のリンク先はすべて公的アーカイブ・学術出版社の正規ページ——Biographisches Archiv der Psychiatrie・Oxford Academic(Schizophrenia Bulletin)・PubMed/PMC・Universität Heidelberg・Karger・BIU Santé(パリ大学医学図書館)・Internet Archive 等——であり、広告を伴わない学術的閲覧環境を提供する資料を厳選して案内する。

I.
90 min
Maius MMXXVI
65 tabulae

感情障害の系譜

ピネルから ICD-11 まで
La généalogie des troubles affectifs
de Pinel à l’ICD-11

90 分構成の感情障害講演スライド集。第 I 部「ピネルからクレペリンへ」(約 30 分・22 枚)では、ピネルの古典的素養とヴェルギリウス『アエネイス』第 4 巻ディドの臨床的形象、1785 年弟宛書簡、Traité 初版(1801)における情念概念の体系化、メトリオパテイア対アパテイアの対比、エスキロール 1805 年学位論文の三重構造、リペマニーの疾病単位化を経て、クレペリン躁鬱病第 6 版(1899)に至る系譜を辿る。第 II 部「躁鬱混合状態論の系譜」(約 60 分・38 枚)では、F 夫人例の臨床的導入の後、Aretée から Ritti までの前史、Kraepelin 第 6 版と Weygandt 教授資格論文の同年刊行という annus mirabilis、Weygandt の三次元論と Labilität 仮説の本邦初の本格的紹介、Jaspers の哲学的留保、Schneider の Konjunktiv II による否定、フランス精神医学の受容と抵抗、Henri Ey の構造論的読解、DSM の七十年の試行錯誤、Malhi–Bell の ACE モデル、そして ICD-11(2022)による混合エピソードの復権までを辿る。臨床的切迫性として、抗うつ薬使用の自殺リスク、混合エピソードの見逃しと長期予後、F 夫人例の治療困難、ICD-11 編纂者たちの臨床的動機を取り上げる。

Keywords — Pinel Virgile · Aeneid IV Dido Esquirol Lypémanie Kraepelin Weygandt 1899 Mischzustände Labilität Jaspers Schneider Henri Ey DSM-5 ICD-11 CDDR ACE Model
External Resources — 関連視覚資料

講演スライド中で言及される歴史的人物の肖像および古典絵画への参照リンクを以下に掲載する。著作権・肖像権上の配慮から、原画像はスライド本体には収載していない。下記のリンク先はすべて公的アーカイブ——BIU Santé(パリ大学医学図書館)・Tate Britain・Royal Collection Trust・National Gallery London・メトロポリタン美術館・Wellcome Collection・Internet Archive・各種医学史協会等——であり、広告を伴わない学術的閲覧環境を提供する資料を厳選して案内する。